日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「太陽の児」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:太陽、少年、燃える】


 “親方、空から女の子が!”なんて云う台詞回しがあったっけ。
 だけどなぁと、俺は思う。
 実際にそんなことが現実に起きたら、間違いない殆どの人間は狼狽するものだ。

「だぁー!? 部屋がっ、俺の部屋がぁぁぁ!!」
 落ちてきた。
 夜中ぼーっと転寝を楽しんでいた俺の部屋に、そいつは轟音と共に落ちてきた。
「……つーか熱っ! え? 何? も、燃えて──うおぁぁぁーーッ!?」
 だが残念ながらそいつは空に浮く石を首から提げている訳でもなければ、アニメ・漫画で
よくあるような可愛い女の子でもなかった。
 というより、そんな選り好みをしている余裕自体この時の俺にはなかった。
 何たって燃えている(萌えているではない)。
 突然の来訪者──もとい墜落者は、それはもう隕石のように高熱を帯びたまま、何故だと
小一時間問い詰めたくなるほどピンポイントに俺の部屋へと降って来たからだ。
 故に被害は壊れる、だけに留まらない。
 墜落の中心地、飛び散る無数の火の粉。それらが赤々と燃え広がり、この築二十五年の安
アパートを覆おうとしている。
「……う、うぅん」
「ッ!?」
 これは一大事だ。とにかく目下──いや目前というべきか?──の危険から逃げようと慌
てて貴重品を纏めている途中で、そいつは姿を見せた。
 大雑把に詰め込んだ鞄を肩に引っ掛けたまま、ビクリと俺はそっち、今し方墜落してきた
何かの方を見遣る。
 床下をぶち抜き、ちょっとしたクレーターになっていたそこからのそりと顔を出してきた
のは……予想外にも一人の男の子だった。
 背格好は十歳くらいか。カーキ色の布を身体に巻いた、何処ぞの未開民族のような服装を
しており、肌はこんがりと焼けた焦茶色。加えて俺をほげ~っと見つめている真ん丸な瞳は
炎のような、それでいて澄まされた紅をしている。
「……お。お前、誰だ?」
 自分の部屋が──いやこのアパートそのものが大変なことになった、させられた原因だと
考えられるにも関わらず、俺はおずおずとこの男の子に訊ね掛けていた。
 暫し、パチパチと燃える中で彼は目を瞬いて周りを見ている。
 そしてゆっくりとこちらに視線を戻し、まるで俺の言葉を咀嚼するように少しずつ小首を
傾げてみせると、
「僕は……タイヨウだよ?」
 こいつは、まるでさも当たり前であるかのように言ったのだ。

 結局、その夜は同じアパートの住人や駆けつけた消防隊らと死に物狂いで消火活動を繰り
広げた記憶しかない。
 身体に纏わりつく熱気と猛烈に訴えかける疲労感、虚脱感。
 聞くところによると、幸い死者や重症人は出なかったらしい。
 だが……失ったものは目を瞑れないくらいに大きかった。
 家がない。それまで万年金欠ながらも何とか糊口をしのいできた我が家はすっかり焼け落
ちてしまった。他の住人もだが、火元(と呼ぶのかは分からないが)である自分の部屋の燃
え具合はまさに「消し炭」状態で……。
 俺は焼け出され、無宿人となった。
 一応可能な限り貴重品を掻き集めておいたとはいえ、そのまますぐに元の生活に戻れる筈
もない。だからそれから暫くは友人らを頼って仮住まいとしたり、警察・消防からしつこく
事情を聞かれるという日々が続いた。
『……隕石? 君の部屋に?』
『はい。だから自分が何か火の不始末をしたとか、そういうものでは──』
 ぶっちゃけると、疑われていたのだ。
 当然だろう。現場(アパート)を調べれば一番燃えたのはどの部屋のどの辺りかなどすぐ
に知れる。非難の矛先が向けられるのは予想がついていた。
 それでも、じゃあ“隊員さん、空から男の子が!”なんて言っても間違いなく信じては貰
えない。だから俺はオブラートに嘘半分真実半分でそう答えることにした。
 ちなみに後日、ご近所の奥さんが実際に隕石(タイヨウ)が俺の部屋に墜ちる所を見たと
証言してくれたし、最寄の監視カメラの映像からでもそれは証明されたそうだ。
『……まぁいい。それで? その子は?』
『ええ。それは自分も訊きたいくらいなんですがね……』
 むしろ問題は、この子供・タイヨウの扱いだった。
 そもそもの火事の原因を作っておきながら──というか、あれだけ猛スピードで墜ちて来
たのに何故か死ぬこともなく──こいつはいけしゃあしゃあと俺の後をついて回っていた。
 常識的に考えれば、赤の他人なのだからさっさと警察に突き出して保護して貰えばいいの
だろう。実際そうしようとした。
『君、お父さんとお母さんは? お家は何処かな?』
『……?』
 なのに、こいつは。
『……。上』
 訊ねられると決まって、そう空高くを指差すばかりで。
 何度か俺は、この(物理的な意味でも)疫病神なこいつを引き渡そうとした。
 だが毎回こんな調子ということもあり、途中から警察も真面目に相手をしてくれなくなっ
てしまった。
『すみませ~ん。現在近隣の捜索届と照合中ですので、宜しければ暫く貴方が預かっていて
は下さりませんかねぇ……?』
 上辺ではそう対応していますよとアピールはしてくるものの、ああもう調べる気ないんだ
なとは幾ら頭がそういい方ではない俺でも分かっていた。
 だから結局、俺はタイヨウを連れたまま友人らの厄介になるしかなかったのだが──。
『すまん、輝彦。そろそろ他を当たってくれないか?』
『俺とお前との仲だ、困ってるなら助けるさ。でもな……その子までは面倒看切れねぇよ』
『おい、テル! あのガキは何なんだよ!? お前らは俺ん家までぶっ壊す気か!?』
 最初は俺に同情的だった彼らも、次第にその態度を変化させていった。
 理由は言うまでもないだろう。タイヨウだ。
 俺の予想以上にその精神が幼かったのか、タイヨウは厄介になった先々で色んなトラブル
を起こした。
 先ず以って現代人の常識が通用しなかったのだ。
 具体例を挙げれば暇がないが、とにかく自身にとって目新しいもの、興味を持ったものに
はとりあえず近付いてみるし弄ってみる。
 ……まるで、手のかかる赤ん坊を看ているような。
 その所為で外にいても家にいても、俺はタイヨウから目が離せなくなっていた。何かしら
こいつが粗相をして他人の機嫌を損ねる、或いは備品が壊れたりする度に俺は平謝りする他
なかった。俺は、何度となくタイヨウと一緒に居候先から追い出された。
「──はあ。どーすんだよ……。もう頼れる奴がいねぇよ……」
 そうして何人の友人を怒らせてしまったのだろう。
 俺はあの時持ち出した貴重品プラスアルファを詰め込んだ鞄を手に、とぼとぼと夜の噴水
広場の前に差し掛かっていた。
 嘆息。ひたすらに嘆息。
 それでもタイヨウは、最初出会った頃に比べると感情豊か──やんちゃに微笑んでいて、
相変わらずトコトコと俺の後をついてくる。
「……ッ」
 だから、もう俺の苛立ちはとうの昔に限界で。
「おいてめぇ! いい加減にしろよ!」
「っ!?」
 俺は周囲も気にせず怒鳴っていた。ビクッとタイヨウが目を見開いたのが見えたが、この
時の俺は怒りのレバーを限界まで押し切らんとしていた。
「何なんだよ、一体何なんだよ!? お前のせいで家を失ったダチともあんな状態になっち
まった、ボロボロだ! ついてくんなよ! 俺はお前の兄貴でも親父でもねぇんだぞ、もう
付き纏うなよ!! つきまとう、なよ……ッ」
「……」
 多分今までで初めて、タイヨウが“哀しい”表情をしたように見えた。
 ぐわんと思わず胸の奥が揺らぐ。
 でもここで情に流されてしまっては、これからも周りに迷惑を振りまくだけ……。
「ごめん、なさい……」
 なのにタイヨウは謝った。酷くしょげた顔をして謝ってきたのだ。
「僕……嬉しくって。色んなものがあって、それで……」
 思わず俺は驚きと怪訝、両方の意味で眉を顰めていた。
 まさか、本当にこいつは“知らなかった”というのか? 都会(まち)の仕組みも、最低
限の良識も。それをようやく今になって悟って、負い目を感じて……。
「……今夜だけだからな」
 だからか、俺は結局甘く出てしまった。
 パンパンに詰まった鞄を握り直し、星も隠れる真っ暗な夜空を見上げる。
「いくら何でも、夜の街に放り出す訳にはいかねぇし。……ネカフェなりで夜が明けるのを
待ってからもう一度警察行ってお前の親御さんを捜そう」
 少しだけ明るくなる表情(かお)。
 だけどそれも一瞬のことで、タイヨウはまた俯き加減に黙り込む。
 肩越しに俺はこいつを見遣っていた。何だろう? ただ落ち込んでいるというよりは、何
か考え込んでいるような……?
「……テルは、暗いの嫌?」
「あ? まぁそりゃあそうじゃねぇの? 夜勤でもない限り、人間ってのは昼起きて夜は寝
るものなんだろうし……」
 妙な質問だった。
 そして俺が何の気なしに答えた次の瞬間、タイヨウは予想もしなかったことをやってのけ
たのである。
「──じゃあ、明るくしてあげる」
 いくら遠巻きにネオンの灯りが在ったとはいえ、この時既に暗がりに目が慣れていた。
 だからこそ最初、こいつが放出し始めたものの正体に、俺は眩しくて気付くことができな
かった。
 それでも、やがて慣れてくる視覚。
 ゆっくりと手の庇を除けた俺が目の当たりにしたのは……辺り一面の灯火で。
「こいつあ……」
 一言で表現するなら、イルミネーションという奴か。
 だがこいつにそんな仕込みの持ち合わせがないことは、ここ一月近くの付き合いで分かり
切っている。それにこの灯火は、間違いなくタイヨウの両手、その全身から生み出されてい
るようにしか見えない。
 ……まるで、こいつ自身が光源そのものかのように。
「明るくなった? テル、元気になった?」
 タイヨウは微笑んでいた。自分の手足のように光を纏い、空中に無数の灯火を浮かべる。
 俺は呆然の途中で、はたとこんなことを思った。
 そういえばこいつが最初墜ちて来た時も「炎」に包まれていた。
 だけど、同じ「炎」でもこうやって使い方次第ではこんなにも溢れんばかりの光を作り出
すことだって出来るんだと。
「……ああ。全く、お前は一体何者なんだよ……?」
 破顔した俺に、タイヨウは明るさを取り戻していた。
 だけど気のせいだろうか?
 その笑顔は以前のそれに比べて、何だか理知的であるような──。
「て、輝……彦?」
 そんな時だった。買い物途中だったのだろう、パサッとビニール袋を手から落とし、驚愕
の表情(かお)でこちらを見ている女がいた。
 タイヨウが俺が、ほぼ同時に広場の心持ち向こう側にいる彼女の方へと視線を向ける。
「……テル、誰?」
「あ、ああ……。あいつは──」
 訊ねられて俺は答える。
 しまった、夜中でもこんな灯りが点いてりゃ他人バレすると内心が焦りを訴え始めても、
もう時既に遅しだった。 
「茜っていうんだ。俺の、昔っからの知り合いだよ」
 狐につままれたような状態で立ち尽くすこの幼馴染(くされえん)。
 俺はきっとまた一つ面倒事が増えるんだろうなあと思い、苦笑する他なかった。

 
『いいのかよ? 簡単に男を部屋に入れてたら危ないんだぞ?』
 その後、俺は茜の部屋に厄介になることになった。
 当然ながら最初俺は渋った。これまでこいつを頼らなかったのも、仮にも異性だから。
 しかし焼き出された俺のこと、そしてタイヨウについて問い詰められ恐る恐る本当の事を
白状すると、向こうから「じゃ……じゃあ、私の所に来なよ」と言ってきたのだ。
『意地張ってる場合? 大体あんたとは知らない仲じゃないんだし、そういう危なさがある
ほどあんたの肝が据わってるとも思ってないし』
『ぐぬぬ……』
『そ、それにタイヨウ君があんたにくっついてて、他に行く当てがない以上、放ってはおけ
ないじゃない。こんな、まだ小さな子……』
『……。まぁな』
 何というか、相変わらず行動力のある女である。ガキの頃から一部「姐さん」なんて呼ば
れていた性格は今になっても変わらない。
 半ば押し切られる形で、他に当てもないため、俺とタイヨウは結局その申し出を受け入れ
ることにした。早速その夜の内に荷物を運び入れ、茜の部屋に厄介になり始める。
 最初、俺はまた友人らと似たような結果になるのではないかと内心冷や冷やしていた。
 だがその心配は杞憂だったと、数日が経って知る。
 それまでは気付く余裕もなかったが、タイヨウも少しは学習しているらしい。不慣れだっ
た街の色々な機能、家の中の家具、諸々の色んな道具。それらを覚束ない様子ながらも使い
こなし始めていたのだ。
 そして多分、それ以上にタイヨウが茜に懐いたのも大きいのだろう。
 今までは友人らに対して終始他人行儀だったタイヨウだが、甲斐甲斐しく──歳の離れた
弟を可愛がるように接してくれる茜には心を開き、あれこれの言いつけをしっかり守るよう
になっていた。
(……ふぅ)
 穏やかな日々が続いていた。
 俺も茜も、昼間交代でバイトや仕事に出掛け、帰ってくればすっかり落ち着きを持つよう
になったタイヨウが「おかえりなさ~い」と出迎えてくれる。ふと俺が「何だか父親にでも
なった気分だなあ」と漏らした時には、茜は何故か顔を真っ赤にしていたけれど。
 その日も、俺達は夜のテレビ番組を流したままぼうっと三人の時間を過ごしていた。
 茜はファッション雑誌を読んでいるし、俺は二つ折りにした座布団を枕代わりに天井の照
明を眺めている。
「……? 何だよ?」
 タイヨウが、俺と茜に挟まれる位置でちょこんと座り、にこにこと笑っていた。
 何の気なしに遣った眼が合い、俺は何処か照れ臭くてそんな言葉を漏らしてしまう。
「ううん。その、こーゆーのっていいなぁって……」
「呑気な奴だなあ。結局あれから警察から何も連絡ないし。いいのかよ? 親御さんも探し
てるんじゃねぇのか?」
「……大丈夫。それに僕、テルもアカネも好きだよ? 楽しいよ?」
「……。媚びるガキは好きじゃないね」
 少し黙った後、タイヨウはそう答えていた。多分嘘は言っていない。目が綺麗だ。
 だけど俺は、そんな姿が眩しくてつい顔を逸らしてしまう。そんな俺をタイヨウを、傍の
茜はちらと横目で微笑ましく見遣ってくる。
 温かい。でも何だかなぁ、妙に調子が狂うっつーか……。
「ん──?」
 そんな時だった。はたと玄関の呼び鈴が鳴らされていた。
 俺達は互いの顔を見合わせる。こんな夜中(じかん)に誰だろう?
「出ようか?」
「う~ん……いや、私が出るわ。家主だしね」
 立ち上がった俺に、茜は少し迷ってから答えると歩き出していた。それでも何だか嫌な予
感がして、俺はそのまま茜の少し後ろで様子を窺う格好になる。
「はい。どちらさまでしょうか?」
 チェーンを掛けたまま、茜がそっとドアを開けて訊ねようとしている。
 だが俺はしっかりと見ていた。この来訪者が、ドアが開いた瞬間に足を捻じ込ませていた
のを。何より半開きにされた隙間から、その真っ黒なサングラスの顔を近づけてきたのを。
「……あの?」
 茜もまた不安を感じたのだろう。半ば無意識に、手がドアを閉め直そうと伸びる。
 だが来訪者──黒スーツの男ら数名は既にドアを取り、ギリギリとその力を密かに押し返
してくる。
「いきなりで申し訳ありません。夜分失礼します」
 俺達がざわっと不審を抱き始める。
「警察署より連絡を受けた者です。彼──タイヨウ君を引き取りに来ました」
 だが黒服達は、そんな俺達の感情には一切触れないかのように、そう告げたのだった。


 タイヨウの、保護者? 俺と茜は互いに顔を見合わせていた。
 やっと見つかった。以前ならそんな安堵で先ず感情が満たされていたのだろう。
 だが今は違った。少なくとも目の前の彼らに「親」の雰囲気は感じ取れない。至って事務
的な、慈しみとは真逆のそれだ。
 それに、タイヨウはもう俺達にとって──。
「? タイヨウ……?」
 ガタッと、背後で音がした。
 振り返るとそこには、こちらを──黒服達を見て大きく後退っているタイヨウの姿。加え
てその表情には明らかな怯えが張り付いている。
『……』
 俺達は、確信した。
「すみません。開けますよ?」
「私どもも、ずっと彼を探し──ぎょわっ!?」
 次の瞬間、捻じ込ませた身体から勝手にチェーンを外し入ってきた黒服達が、急にドミノ
倒しに目の前でコケていた。
 ぎょっと驚く俺。だがその原因が茜のそっと出していた足だと分かるや、俺は妙にこの女
が頼もしく思えてきた。狭い場所で転び、すぐに起き上がれないでいる黒服達。茜は彼らの
上に跨って自重を掛けると言う。
「輝彦、縛るもの。何か縛るもの出して! そこの引き出しにあるから」
「お、おう……」
 勢いに押され、俺は傍の台所の引き出しを探ってビニール縄の束を取り出した。新聞とか
を縛って廃品回収に出す時などに使うアレだ。俺からそれを受け取ると、茜は早速この黒服
達の手足を固く縛り上げる。
「……やっぱお前凄ぇわ」
「感心してる場合? ほら、タイヨウ君を追わなきゃ!」
「え? お、おう……」
 気付けばタイヨウの姿が見えなくなっていた。ベランダの戸が開いていることから、どう
やらあそこから外に飛び出したとみえる。
 茜が飛び出していくのを追って、俺も黒服達を放置して部屋を出た。その時に一応、合鍵
を使って施錠しておく。物騒な連中が入り込んだ後に掛けた所でもう遅い気もしたが。
(というかここ六階だぞ? あいつ、飛び降りたのか……?)
 先を行く茜を追いながら、俺は怪訝に思った。
 だがそんな思考もすぐに詮無いと悟る。
 ……そうだよ。あいつは最初に出会った時も、空から堕ちて来たにも関わらず傷一つ負っ
ていなかったじゃないか。

「タイヨウー!」
「タイヨウ君~!」
 アパートを飛び出し、俺達はタイヨウを探した。
 子供だからそう遠くまでは行っていない筈。そう思って最初は近場を探したのだが、一向
にその姿は見つからない。
「……もしかして」
 俺は考えた。あいつが行きそうな所、或いは行ったことのある所。
 そして最初に脳裏に蘇ったのは、あの噴水公園だった。
 今の俺達三人が始まったというべき場所。
 茜もその可能性に頷いてくれ、俺と茜は急いで駆け出す。
「タイヨウ!」
 予想は当たっていた。あの時と同じ、夜闇の深まった噴水の前に、あいつは佇んでいた。
 俺達は呼び掛ける。駆けつけながら呼び掛ける。
「だ、駄目! 今来ちゃ──」
 だが思えば、俺達は浅薄だったのだ。
 何も……肝心なことには、長らく目を瞑り続けてまどろんでいたのだから。
 俺達がタイヨウに向かって駆け出した、次の瞬間だった。
 公園の物陰、そのあちこち四方八方から黒スーツの男達が出て来たのだ。
 尾行けられていたのだろう。カッと、一斉に乗りつけてあったと思われる車からのヘッド
ライトが俺達を差す。
「やれやれ……全く乱暴な方達だ。ですが、これでお終いです」
 目が眩んでいる中で、黒服のリーダーと思しき男が進み出てきた。
 他の連中のようにサングラスではなく薄眼鏡の優男。だがその語り口はどうにも俺達の神
経を逆撫でする。
「さぁアンノウン、こちらに来るのです。望むのあれば今以上の環境を用意しますよ」
「アン……? そいつはタイヨウって……」
「ああ。貴方達はそう呼んでいるようですね」
 黒服達で取り囲んでおきながら、リーダーの男はタイヨウにそう呼び掛けていた。
 やっぱりこいつは保護者でも迎えの人間でもない。何よりタイヨウ自身が怯えてまた一歩
噴水の際に後退っているじゃないか……。
 俺は苛立ちながらも、男達に問い掛けた。
 遠巻きに、お前達は何者なんだ? タイヨウに危害を加えたらただで済まさないぞ、と。
「いいでしょう。今後の貴方達の為にも教えて差し上げます。既にお気付きのことだと思い
ますが、この少年は人間ではない……地球外からの来訪者なのですよ」
 俺と茜は、暫く目を見開いて返す言葉を見つけられなかった。
 驚きはある。だがそれは最初に出会ったあの日、そして不思議なイルミネーションを見せ
られて以降、何処となく分かってはいたことだ。
「私達は宇宙開発局の者です。この度、地球外へ多数の墜落体が確認されたとの情報からこ
うして各地の落下先を調査しているのですよ。お二方、今日までアンノウンを保護して下さ
りありがとうございました。後の事は、我々にお任せを」
『……』
 だから合点がいった。だけどそれは納得とイコールじゃない。
 お互いに顔を見合わせる。多分、抱いていた思いはきっと同じだと思った。
「……ふざけんな。あんなにビビらせてる奴をはいそうですかって信用できるかよ」
「少なくとも貴方達にはタイヨウ君を任せられません。その子は……もう家族だもの」
 タイヨウが、その澄んだ紅い瞳をゆらゆらと揺らしていた。
 だがそんな俺達の回答に、リーダー格の男は心底見下したため息をついてみせる。
 眼鏡のブリッジを押えて静かにふるふると横に振る首。やはりその高慢さはナチュラルに
鼻につくものがある。
「サンプルに情が移りましたか……。仕方ないですね、後々面倒なのですが」
 すると優男は、口ではそう言いつつも本当は事前に見透かしていたかのように、パチンと
指を鳴らした。
 瞬間、夜闇の広場に、聞き慣れぬ押え込まれたような小さな音が響く。
「ッ……!?」
 俺は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 どさりと膝をついたのは、隣に立っていた筈の茜だった。
 慌てて見れば、その腿──蒼いジーンズには暗い色の、いや間違いなく血がじわりと染み
始めている。
 撃たれ……た?
 俺は数秒遅れてやっと理解した。茜の名を叫んで、苦しむその身体を抱き支える。
 全身の血が沸騰するような感覚。バッと顔を上げて周りの黒服達を睨めば、何人かが銃口
をピタリとこちらに向けている。
 ……そうか、さっきの音はあの拳銃の消音器(サイレンサー)か。
「勘違いしないで頂きたい。貴方達に拒否権などないのですよ? そんな情に流された末に
この地球(ほし)が危険に晒されたらどうするのです?」
 優男の、眼鏡の奥の眼が狩る者のそれに変わっていた。
 繕っていた営業スマイルはいつの間にかなりを潜め、こちらを見つめてくるのは只々冷淡
に見下す眼だった。
「……タイヨウはそんな奴じゃねぇよ。俺達は見てきたんだ。そりゃあ最初はハチャメチャ
だったけどさ、それでもこいつは学んできたんだ。ドジってもちゃんと謝れる、人間と変わ
らない心をこいつは持ってる」
「そうよ……。貴方達こそ、始めから危ないものだって思い込んでいたら宇宙人と仲良くな
れる訳がないじゃない」
 俺達はお互いに奴らを睨み、言い返した。
 それでも優男の態度は変わらない。むしろ「……愚か者が」と益々侮蔑した態度で俺達を
見返し、そっと合図代わりに小さく手を挙げる。
「人間同士で出来ないものを、種族の違う者らと出来る訳がないでしょう? 拙速で楽観的
に過ぎるんですよ。……だからこそ、貴方達のような勝手者は始末しなければならない」
 ガチャリと、黒服達の男らが再び銃口を動かした。
 今度は足ではなく、俺達の頭へ。
 もしかしなくても連中は、言葉通り始めから俺達を消す気でいたってことなのか……。
『──っ!?』
 だが、異変はそんな時に起こった。
 突然夜闇を、ヘッドライトの光すら掻き消してしまうほどの強い光が辺りを満たす。
 手で庇を作り、慌てて俺達が目を凝らしたその先には──文字通り強烈に光り輝いている
タイヨウの姿があった。
「あ、熱っ!? 燃えるっ!!」
「と……溶けっ!? うぁぁぁッ!!」
 そして強烈な光は、同時に強烈な熱波とも為った。
 不思議なことにタイヨウが放つ光はピンポイントに黒服達の位置だけに伸びていき、彼ら
が構えていた拳銃は勿論、黒服自身をも燃やさんとしている。
 悲鳴が重なった。俺達は唖然としたまま、明る過ぎて真っ白な視界に目を凝らす。
「……よくも二人に手を出したな。テルもアカネも、僕の大切な友人だ。彼らに危害を加え
るというのなら、僕はお前達を許さない……」
「タイ、ヨウ──」
 そういえば、以前にもここであいつの「炎」を観たんだっけ。
 あの時はとても温かい、励ましと癒しの灯火だった。
 だけど今は違う。これは放射された者全てを焼き尽くす、徹底して攻撃的な炎。
「焼けるっ! 焼けるぅぁぁぁッ!!」
「チーフ、危険です! このままでは我々の方が……!」
「ぬぅ……仕方ない。撤退、総員撤退だー!」
 拳銃ごと黒服らの何人かを蒸発させ、石畳を抉り取り、乗りつけられていた車すらその熱
線によってドロドロに溶かしてしまうタイヨウ。
 やがてこれは敵わないと悲鳴を上げて連中が逃げ出し始めた。
 リーダー格である優男の、プライドを傷つけられた余裕の失せた一声。その合図を以って
ようやく連中は全面逃走を図っていく。
 ただ人間の足よりも、光の方がずっと早い。
 俺達はわざわざ確認することもその余裕もなかったが、果たして奴らの内一体どれだけが
生き残ったのか。
「──……」
「タイヨウ!」
 それまでの強烈な光が止んだ。
 同時、その中心であったタイヨウがぐらりとまるで力尽きるように崩れ落ちた。
 俺は叫び、茜に肩を貸してやると、急いでその下へと駆け寄る。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「……」
 頷き不安そうにしている茜を一瞥して、今度はタイヨウを抱きかかえた。
 何だろう? 俺達は大慌てなのに、こいつは酷く落ち着いている。まるで少年から青年に
でもなったかのように。
 それに──部屋を飛び出す前に比べて、明らかに痩せこけ小さくなっているような……。
「ごめん、ね。こんな目に……遭わせちゃって」
「……気にしないで。私なら、大丈夫だから」
「それよかお前、一体どうしたんだよ? こんなガリガリになっちまって。やっぱあいつら
の言ってたように、お前は……」
 俺と茜が見守る中、タイヨウはただフッと力なく微笑んでいるだけだった。
 先程までの閃光が嘘であったかのような真っ暗な空。だが俺達の周囲にある無数の焦げ跡
はあれが現実のものであったことを物語っている。
「……テル達の言う所の宇宙人とは、違うかな。僕達は……太陽の欠片、だから」
「欠片?」
 腕の中でタイヨウはそう答えた。
 俺と茜は顔を見合わせる。欠片ってどういう意味だ? それに僕“達”って……。
「言葉の通りだよ。僕達は太陽の欠片。太陽が生み出す熱や光、ガス──そうした生成物に
意識を宿らせた存在なんだよ」
「……??」
「じゃあ宇宙人っていうより、宇宙……物?」
 茜の戸惑った疑問符に、タイヨウはまたふふっと笑っていた。
 遠からず浅からず。彼は遥か遠くの夜空を見上げながら続ける。
「僕達はずっと見ていた。何十億年もの間、同胞達が切り離され光になって飛んでいくを見
ていた。そしていつかは僕も母体を離れ、この宇宙の塵になるんだって覚悟していた」
「……」
「でもね? その前に見たいものがあった。地球(このほし)だよ。ずっと見ていたよ? 
何十億年もずっと、この星は繰り返す試練を乗り越えて沢山の生命を育んできた。たくさん
の産声を僕達に聞かせてくれた。……一人じゃないんだって思えた。せめてこの星を照らす
光になれれば、僕も生まれてきた意味があるのかなって思えた」
 つまりタイヨウは願ったのだ。
 ただ宇宙の片隅で消える火の塵に為る前に、地球の生命に会いたいと。
 連中の言っていた侵略とか、そんなものはまるっきり意図すらしていなくて。
「だから、ある時僕達は意を決して飛び出した。目指すのは地球。そこに息づく者達を見な
がら最期を迎えようって。彼らの光になろうって。その途中で燃え尽きちゃった仲間もいた
けれど、僕を含めた何体かはこの惑星(ほし)に辿り着くことができた」
「……それが、俺のアパートに降って来た墜落(アレ)か」
 ごめんね。そう肯定してタイヨウは力なく苦笑する。
 俺の表情もそれに倣っていた。最初の頃ならきっとここで激怒していただろうが、今の俺
にはそんな一方的な恨みは沸いてこない。
「僕、テルやアカネに会えてよかった。この星は色んな命で満ちている。真っ暗なままでも
ないんだ。それが僕たちの太陽(ぼたい)のお陰だって知った時には……これ以上ないほど
嬉しかった。僕達は、無駄なんかじゃなかったんだね」
「……そうよ。太陽はいつも私達を照らしてくれるの。明けない夜なんて、ないんだから」
「ああ。なのに……ごめん……な。折角、こうやって──」
 分かる。タイヨウが今どういう状態にあるのか。
 燃え尽きようとしているのではないか? 自身を太陽の欠片と名乗ったなら、その内部に
持っている熱や光はきっと限界がある。文字通りこいつは、自分の身を削ってまで俺達二人
を助けてくれたのではないのか。
「……」
 そっと、俯き声の震える俺達の手を、タイヨウが静かに握った。
 酷くか弱かった。間違いなくその身は衰えている。
 だけど、温かかった。あの時のイルミネーションのように、今はとても安らぐ体温だ。
 俺達も握り返す。
 ごめん。言葉として口に出せなかった侘び。そんな事情(こと)なら、人間の悪意なんか
蹴っ飛ばしてもっともっと楽しい世界を見せてやりたかった。
 でも、タイヨウは首を振る。俺達の考えていたことを、感じ取っていたのだろうか。
 俺も茜も、わなわなと震えていた。
 嫌だ。こんな終わり方なんて。茜だって口元に手を当てて今にも泣きそうだ。あんなに懐
いてくれていたんだ。もう、俺達にとっては子供同──。
「ありがとう。テル、アカネ。二人に会えて凄く幸せだった……」
「タイヨウ!」「タイヨウ君!」
 なのにお前は消えてしまう。最期の最期にそんな言葉を残して。
「……ありがとう」
 その身体が徐々に紅い光の粒子に変わっていく。抱きかかえていたその重さがどんどん軽
くなっていく。
 俺達は必死に名を呼んだ。留めようと手を伸ばした。
 仮初の、でも確かにホンモノだった俺達の家族の名前。
「タイヨ──」
 夜闇に、ゆらりと舞いあがって霧散する小さな陽(ひ)。
 その日の夜、俺達のタイヨウは……その力を使い果たして燃え尽きた。


 結局“太陽の欠片”騒動が表沙汰になることはなかった。
 タイヨウのような子が何人もいなかったからなのか、或いはあの黒服連中のような役人達
が裏で揉み消していたのか。今になっては定かではないし確かめる術もない。
 だけど俺達は、一生あの日々のことを忘れはしないだろう。
「──はいっ、ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!」
 あれから数年、俺と茜は結婚した。翌年には妊娠も発覚し、今俺は分娩室で主治医や助産
師らと一緒になって茜(つま)の出産に立ち会っている。
 男の俺には分からないであろう陣痛に耐えながら、ぎゅっと軋むほどに手が握られる。
 そうやって何十回、何百回と格闘した頃だったろうか。
 ……生まれた。途端、室内に赤ん坊の大きな泣き声が鳴り響く。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
 身体を塗らしていた色んなものを拭き取り、茜の呼吸が落ち着くのを待って、助産師が俺
達の前に毛布で包まれたその子を差し出してきた。
 二人して見遣る。
 よく頑張ったな──。そう妻の手を取り頭を撫でてやってから、俺達はその子を見る。
 ぎゃんぎゃんと強く強く泣いている男の子だった。後々で聞いた内容だが、標準的な体重
よりも二キロほど重かったらしい。道理で難儀した筈だ。
 暫くの間、俺達は我が子を愛でた。
 新しい家族が増えたのだ。今の仕事……もっと頑張らねぇとなあ。そんな事を考える。
「あの、そろそろ宜しいですか? お名前はもう決まってらっしゃいますでしょうか?」
 そうしてたっぷりと一先ずの対面を果たした後、医師らが俺達に聞いていた。
 ちらと互いの顔を見合わせて笑う。
 名前なら……もうとっくに二人で話し合って決めてある。
『──この子は、太陽です』
 俺達は同時に答えた。
 それ以外に“家族”の名前などないよねと、全会一致で決めてある。
                                      (了)

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  1. 2013/01/27(日) 21:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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