日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔34〕

 世界が粗いノイズに打ち付けられるように何度も何度も乱れていた。
 ジークが次に気付いた時、視界一面に広がる世界は何処か色褪せたような、自分という存
在だけを遠くに置き去りにしているような、そんなセピア調の色彩を帯びていた。 
(……?)
 怪訝に眉を顰める。
 五感へ訴えかけてくるのは確かに臨場感だ。
 なのに……視線を落としてみた自分の掌、いや身体全体がぼんやりと霞んでいるのは何故
なのだろう? 半ば透き通ってさえいるのは、何故なのだろう?
 少し離れた眼前に、たくさんの連結されたテーブルが並んでいた。
 そして更にそれらを囲んで多くの人々が座り、或いは後ろで立ち見状態になっている。
 静かに目を凝らす。
 彼らは皆、ローブ姿に杖──魔導師と思しき格好をしていた。
『開放すべきです。この独占的な構造が続けば我々全体への信頼は失墜するばかりだ。魔導
とはヒトとセカイを結ぶもの。閉じ込めるなど本来あってはならない筈です!』
『愚かな……。魔導とて力ぞ? 正しき理を知らぬ、知ろうともせぬ凡俗どもに扱わせては
摂理が侵されるだけ……それこそ本末転倒ではないか。所詮利益が欲しいだけであろう?』
『そんなことはない! 我々は人々の幸福の為を思っているのだ!』
『貴方達こそ、今の利権を手放したくないだけではないか!』
『言葉を慎め下郎! 己が我欲(ごう)を棚に上げて我らを愚弄するかっ!?』
 どうやら、彼は延々と何かを話し合っているらしい。
 だがその実情は最早喧々囂々──「議論」と呼べるほど冷静・理知的ではなくなっている
ように思えた。
 席に着いていた者すら多くがガタッと立ち上がり、互いに売り言葉に買い言葉の様相。
 そんな歪な白熱ぶりに、立ち見している者達も次々に割って入っては相手方を批難し合っ
ている。そんな有り様。
 ジークが先ず覚えたのは、焼け付くような胸糞悪さだった。
 いかに自分という人間が正しさや理性、良識を標榜しているとポーズしていても、実の所
はより情動的な部分で動いている、その矛盾を認めようとしない偽りさ。……いやそれ以上
に思いは伝わらず、只々空回りして傷を掘り深めることへの落胆のようなものか。
『──! ──!』
 それに、気のせいだろうか。
 先程から延々と口論している彼らの髪が、どんどん黒みがかった銀色、白みがかった銀色
に変色してゆくように見えて──。

(……。あれ?)
 はたと気付くと、景色が変わっていた。
 瞬きをした、その僅かな暗転の瞬間に何が起きたのか。
 ジークはもう一度、相変わらず霞み半透明な自分の掌に目を落としてから、ざっと周りを
見渡してみる。
 そこは先程のような会議室ではなかった。
 言うなれば工場──作業場のような内装か。だだっ広い空間に等間隔に並べられた作業台
と道具一式。それら一つ一つに、鍛冶師らしき職人と数名の魔導師がセットで着いている。
 彼らは黙々と作業をしているようだった。
 門外漢なので詳しくは分からないが、不思議な光沢を持つ金属を熱し、職人が鎚で叩いて
鍛えながら魔導師らが掌から靄のような何か──おそらく魔力(マナ)──を注いでいる。
 徐々に形になっていくのは剣や槍といった武具、或いは指輪などのアクセサリー類。
(これってもしかして……)
 再び辺りを見渡し、確認する。
 一心不乱に製造を続ける職人や魔導師らの並び立つこの場にあって、一方でそんな彼らに
何かを届けている者達がいたのだ。
 その抱えた箱に詰まっていたのは、宝玉。
 ジークにも見覚えがあった。
 間違いない。これは魔導具の製造現場ではなかろうか?
 実際、届けられた宝玉を嵌め込む作業を経て、彼らは次々に作り出した武具・装飾品──
魔導具を完成させていく。
 ああやって作られるのか……。フッとそんな感慨を抱き、ジークは何気なく普段得物を、
六華を下げている腰に手を遣っていた。
 だが──手は空を切る。
 見てみれば、腰に六華は差さっていなかった。まさかと思って懐に差してある脇差三本の
方も確かめてみたが、やはりその姿はない。
(……?)
 眉根を顰め、そうだったと思い出す。
 そうだ。自分は転移の直前で六華が啼いていることに気付いて……。
「──ッ!?」
 その瞬間だった。ぞわりと、全身を蝕むような猛烈な悪寒がジークを襲った。
 帯刀していた筈の腰から視線を顔を上げて、再び近くて遠い作業場の光景を見る。
 一層、人々が遠くに色褪せているように思えた。
 代わりに、存在感を増して訴えかけてくるのは……宝玉達。
 気のせい? いや確かに感じる。視界一杯に宝石一つ一つから濃い靄が上がっていた。
 赤、黄、緑、青、紫、白、黒──様々な色彩が静かに揺らぎ、蠢き、ジークにはそれらが
まるで無数の人影を成しているかのように感じられる。
 いや……ように、ではない。
 見ていた。その無数のオーラ状の人影の全てがこちらを見ていた。
 靄の中で薄暗く窪み、中央に深い深い光を宿す瞳。

“──そうだ。これがお前達(ヒト)の歩んできた道だ”
 
 そして脳髄へ直接流れ込んでくるような、大量に共鳴された重苦しい声。
 ジークは思わず動揺で目を見開き、漠然としかし巨大な畏怖に気圧され大きく後退る。


 Tale-34.巧機なる地の千年紀(前編)

「──ッ、ぁ……っ!?」
 悪夢を振り払い逃げるようにして、ジークはようやく覚醒をみた。
 意識の中から駆け出し、跳ね起きた身体。
 気付けば額や背中から嫌な汗が大量に噴き出していた。じわりと肌着に染みる水気。同時
に背中や脚、地面に直接接していた部分からキンと冷やっこさが伝わってくる。
「ジ、ジーク……?」
「大丈夫ですか? 何だか魘されていたみたいですけど……」
 そんな自分の動きに、リュカとマルタが心持ち驚いた声を漏らしていた。
 二人の顔が近い。多分、意識の飛んでいた自分を看てくれていたのだろう。
 身体も霞んでいない、半透明になっていない。こっそり腰に懐に手を伸ばしてみても六華
はちゃんと差されている。
「……ああ。何ともねぇよ。お前らこそ何ともないか?」
「はい。おかげさまで何とか……」
 だからジークは、それとなく無事をアピールしてみせた。
 ぐるぐると肩を回し、大きく深呼吸。ざっと確かめてみる限り、何処か身体に異常を来た
している訳でもなさそうだ。
「本当に何ともない? 転移直前、六華の様子がおかしくなっていたじゃない。あんなに魘
されていたのも、それと何か関係があるんじゃないの?」
 だが、一方でリュカはまだ警戒心──怪訝を持ったままのようだった。
 流石はリュカ姉、鋭いな……。
 そうジークは思ったが結局夢の中でみたことは話さず、その場はただ苦笑いを返して茶を
濁すだけだった。
 彼女に言われてようやくまさかと思ったが、あれは六華が見せた景色だったのだろうか?
 そういえば一番最初に六華を使った時も、奇妙な景色と出会いをしたんだっけ……。
 しかしジークは、そんな推測を一旦放棄した。
 自分は魔導に関して素人だ。リュカ姉の言うように六華があの時の異変の原因なら、自分
だけで決め付けてしまうべきではない。……何より、訳も分からぬまま見せられた“幻”に
踊らされるがままというのも個人的には癪である。
 目の前の餌を鵜呑みにするほど、自分は馬鹿ではないと思いたい。
「やっと目が覚めたみたいだな」
 すると向こう側からサフレがひょこっと顔を出してきた。
 薄暗い土と岩のでこぼこの上をとんとんと跳び、彼はそう言いながらジーク達の下に近付
いてくる。
「あ。マスター、お帰りなさ~い」
「それで……どうだった? 向こうの様子は」
「大した変化はありませんでした。似たような洞窟が広がっているばかりです」
 どうやら自分を二人に任せて、辺りの状況を調べに行っていたらしい。
 リュカが一応といった感じで問うてくる言葉に、彼は小さく首を横に振ると、相変わらず
薄暗いこの場──何処かの洞窟の天井をぼやっと見上げて答える。
「ただ見ている限り、どうやらここは完全な天然の洞窟……という訳ではないようですね。
規則正しく掘削された跡、錆びたり壊れたまま埋もれた機材──ずっと以前、誰かがここを
利用していた痕跡があります」
「……。ホントだ」
 確かに辺りを見渡してみると、サフレの言うような痕跡はあちこちと確認できた。
 明らかな人工物らの朽ちた成れの果て。使われていた時分から随分と歳月が経っているら
しいが、もしかするとここは昔何かの施設だったのかもしれない。
「一体ここは何処なんだ? どう見ても王都(グランヴァール)じゃねぇよな?」
「ええ。私達も目が覚めてから調べたのだけど……一応はヴァルドー領内よ。座標を照会す
る限り王都から南南西に百六十大往(ディリロ)(=約百六十キロメートル)。十中八九、
あの時転移先が狂ったんでしょうね。でもこうして皆五体満足なんだから、まだ運が良かっ
た方だと思うべきなんでしょうけれど」
「……ぬぅ」
 携行端末を片手に、もう片手の指先に魔導で灯りを点して、リュカは言う。
 ジーク達は(目的地とは違う故)不本意ながらも諾と頷く他なかった。
 空間転移──空門の魔導は特に扱いが難しい。だからこそ専用の装置まで造られ利用され
ている。彼女の言う通り、アクシデントに見舞われたにも拘わらず無事だったことには素直
に感謝しなければならないのかもしれない。
「にしたって離れ過ぎだろ……。さっさとここから出ようぜ? とりあえず人里に出ない事
には埒が明かな──ぎょわっ!?」
 しかしふるふると首を振って立ち上がり、歩き出し始めた次の瞬間、ジークは何かに足を
取られて盛大にずっこけた。もうっと土煙が巻き上がり、仲間達が「大丈夫!?」と灯りを
向けながら近付く。
「痛つつ……。何だよ? 足元に何か──」
 全くの無警戒で顔面から打ち付けてしまった。
 少しばかり涙目になりつつもジークは起こしたが、ふいっと目を凝らして自分を転ばせた
ものの正体を見た時、彼も仲間達も思わず言葉を失う。
 それは機械だった。
 歳月の流れか、土の埋もれて全体がすぐには見えなかったが、ややあって四人はそれが大
きな人型をした機械人形であることに気付く。
「機人(キジン)さん……」
 マルタが呟く正体。四人は暫しその姿を見遣っていた。
 彼女のような被造人(オートマタ)が魔導による生命体ならば、機人(キジン)は機巧技
術による生命体である。
 見る限りこのキジンは左腕の肘から先と脇腹を失い損傷しているものの、全身が黒紺色の
機械装甲で覆われた、所謂サイボーグ型のようだ。
 つまり、兵器としての能力を重視して作られたタイプで……。
「なんだよ。驚かせやがって」
 何の気なしだったのだろう。ジークはふぅと息をついた後、コツンとこの朽ちたキジンの
頭を軽く叩いて呟いていた。
 しかし──変化はまるでそれを切欠にして起こり始めた。
 次の瞬間、ブンッという鈍い音がこのキジンの内部で響いたかと思うと、突然それまで沈
黙していた顔面装甲の奥で丸い茜色の光──双眸が点灯したのである。
「ちょっとジーク、何をしたの!?」
「えっ? い、いや、俺は別に……」
 仲間達がリュカが慌てて言うが、一番焦っていたのはジーク当人だった。
 だがその間もこのキジンの内部では何かが始まっている。
 次々に処理されていく起動シークエンス。
「──……」
 やがて機械的なそれらはフッと静かに遠退き、次にジーク達が目の当たりにしたのは、明
らかにじっとこちらを見つめ始めている彼(?)だった。
「あ~……、お前埋もれてるけど大丈夫か? つーか何でこんなとこに?」
 おいどうするんだよ。
 仲間達からジト目で見られた事もあり、代表してジークが話しかけてみることとなった。
 おずおずと気持ち片手を上げて「よう」と成る丈フランクに。するとこのキジンはもぞり
と土に埋もれていた身体を起こすと、損傷した腕や脇腹を見つめてから答える。
「基本駆動ニオイテ支障ハアリマセン。私ハ『オズワルドRC70580』、ゴルガニア帝
国軍所属ノ汎用陸戦機兵デス。状況カラ推察スルニ、貴方ガ本シークエンスノマスターダト
イウ認識デ宜しいノデショウカ?」
「あ? マスター?」
「えっと……。きっとこのキジンさんは、自分を起こしてくれたジークさんが自分のご主人
様なのかって訊いてるんだと思います。小鳥さんの刷り込みみたいなものですね」
「はあ……」
 同じ作られた存在として解る部分があるのだろうか、片眉を上げるジークにマルタがそう
補足を挟んでくれた。
 こんな馬鹿でかい鳥がいるかよ……。
 ジークはそう思ったが、(身長差からどうしても)見下ろしてくるこのキジンの眼を見て
いると何だか円らだなとも思えてくる。
「まぁ、起こしちまったのは確かに俺だよ。ええっと、オズワル──あ~……長いな。おい
お前、その名前長いから“オズ”でいいか? 多分だがさっきの言い方は型番なんだろ?」
 茜色の眼のランプがぱちくりと瞬かれていた。
 言葉が通じていない、という訳ではない。何故という出力が彼の内で成されていたのだ。
「……。マスターガソウ仰ラレルノナラ」
 それでも彼・オズは淡々と承諾の言葉を返した。それにジークはうむと頷いている。
 何だか成り行きで一人増えてしまった……。サフレはジト目のままポリポリと頬を掻き、
隣のマルタは何だか嬉しそう。一方でリュカは「帝国軍……やっぱり……?」と彼らを眺め
ながら、口元に手を当て何やらぶつぶつと呟いている。
「ソレデ、現在ノ帝国暦は何時デショウ? 反乱軍トノ戦況ハ如何ナッテイマスカ?」
『えっ……?』
 だが次の瞬間、オズがごく自然に訊ねてきた言葉にジーク達は息を呑んだ。
 彼自身が語った、ゴルガニア帝国軍の機兵だという名乗り。
 彼ら機人(キジン)が生み出された経緯──帝国が機巧技術を梃子に、キジンという兵器
たる金属生命体を用いて当時の乱世を勝ち抜き、そして解放軍との戦争の末に滅んだ歴史。
 止まっている。
 彼の中の意識・記憶・時間は、一千年前の大戦の頃から止まっている……。
「……あのな。オズ」
 お互いに気まずく顔を見合わせ、ジーク達は語ろうとする。
 もう大戦はずっと昔に終わったんだ。もう帝国(ゴルガニア)も存在しない。もう戦わな
くていい。今はお前達はヒトの中で一緒に生きている。
 そう、現在(いま)を語って聞かせようとしたのだが。
『──ッ!?』
 何処からともなく轟音が響いてきた。
 おそらくは砲撃。やや遅れて散発的な銃声。パラパラと洞窟の天井の方々から砂が零れ落
ちたが、どうやらこの騒音の現場はここから離れた場所であるらしい。
「……戦闘音。敵襲ノ可能性アリ」
「何でもかんでも“敵”って言うな。実際に見てみないことには分かんねぇよ」
 逸早くオズが反応していた。相変わらず淡々としているが、間違いなくその発した言葉は
兵器としての性質を色濃く示している。
 ジークは彼に気取られぬよう、少しばかり顔を逸らして言い返していた。仲間達も明確な
言葉にこそしなかったが、一様に首肯して身構えている。
「何処かに外へ通じる道がある筈だ。探すぞ」

 聞こえてくる交戦の音を頼りに、ジーク達は洞窟の出口を目指した。
 リュカが点してくれる魔導の灯りの下、やたらに入り組みいくつもの空間に分けられた内
部を進む。その道中にも人の手が入れられた跡、種々の朽ちた機材が放置されており、加え
て(結局そのままついて来た)オズの「現在地ハ帝国軍ノ工廠デス」との返答もあって四人
の不安は更に強くなる。
「シカシ何故、ココマデニ設備ノ損傷ガ激シイノデショウ? 私ガ駆動シテイナイ間ニ敵襲
ヲ受ケテシマッタノデショウカ……?」
「……さてな。少なくとも俺達は知らねぇよ」
 やがて一行に本物の光が差してきた。
 にわかにホッとし、小走りになって脱出に至る。ざりっと踏みしめる粗い目の土の感触。
どうやら此処一帯は全体としては人の手が入っていない──街のように整備されてはいない
らしい。
 暫くジーク達は周囲を見渡し、そっと空を仰いでいた。
 今出てきた洞窟ばかりではない。少なくともこの周囲は岩肌の露出した崖や山ばかりのよ
うだった。先刻オズが工廠(の跡)と語ったように、足元には錆び付いたレールが断片的な
がらに残っているのも確認できる。
「ここは鉱山、なのか?」
「だろうな。元々西方は赤の支樹(イグ・ストリーム)──火のマナの影響が強い地域だ。
他よりも鉱資源が豊富に在る。だからこそ機巧技術も隆盛を極めたんだ」
 時折吹き降ろしてくる風を受けながら、サフレは淡々と呟いていた。
 極めた。その言い方に思わずジークは眉を顰める。
 ふと顔を見合わせたリュカもきっと同じことを考えていたようで、二人はこっそりとぼん
やり空を、周囲の山々を見渡しているオズの横顔を窺う。
「……多数ノ生体反応、及ビ火薬反応ヲ確認。交戦状態トミラレマス」
「えっ?」
「私にも聞こえます。たくさんの人の足音がします。それにこれは……砲台の、車輪?」
 オズとマルタ、二人の造られた者達が件の交戦を気取ったのはそんな時だった。
「洞窟の中で聞こえた音ね。マルタちゃん、何処から聞こえるか分かる?」
「はい。えっと……大体、あっちの方」「北東方向デス」
「北東だな。よし、行ってみるか」
「……正直いきなり面倒事に巻き込まれたくはないが。仕方ないか」
 勘付かれてなくてよかった……。
 だがそんな安堵はすぐに消化されて立ち消え、ジーク達は次の瞬間には二人の指差す方向
を目指して駆け出していく。

 交戦の当事者達はすぐに見つかった。
 ぼこぼこと起伏の激しい地面や崖の合間を駆け抜けた先。
 そこでジーク達は、とある二者が対峙する、その現在進行形を目撃する事になった。
『──開発を中止しろ! 世界の破壊と開拓利権を許すなー!』
『──繰り返す! 関係者以外は立ち入り禁止だ! 違法な威示行為を続けるのなら、作業
員の安全の為にも君達を排除する!』
 一方は何やらプラカードを掲げて、シュプレヒコールを上げている市民の集団。
 もう一方はそんな彼らから鉱夫と思しき人々を遠ざけ、守るように剣や銃口を向けている
軍勢のようだった。
「……」
 ジーク達は互いに顔を見合わせ、少し離れた物陰からその様子を窺う。
 武装という面では勿論軍隊の方が勝っているが相手は市民、拡声器で立ち去るよう警告を
続けているものの手を焼いているという感じに見える。
 それでも市民の集団は退く様子がなかった。むしろシュプレヒコールは怒声の色を強め、
軍隊の背後に避難した作業員らを嫌悪・萎縮させている。
 軍隊からの威嚇射撃が空を撃った。山々に鋭い銃声がこだまし、消えていく。
 集団の前列に立つ、粗末な鉄板盾を並べた面々が下がるのと同時に、市民側が一度後退る
のが見えた。だがそれも数秒のこと。すぐに彼らは体勢を立て直し、再びじりじりっと前進
しながらこの軍隊と背後の鉱夫らに迫っていく。
「もしかしなくてもあれはデモ隊ね。叫んでいる内容からして反開拓派って所かしら」
「わざわざ前線にまで押しかけているのか……。随分とアクティブだな」
「……っ」
 ひそひそと仲間達が呟く。そんな中ジークは、胸糞悪さにギリッと歯を噛み締めていた。
 否応なく思い起こされるのは、あれと似たかつての光景だ。
 一つは皇国(トナン)にいた頃の、アズサ派とアカネ派の抗争のさま。もう一つは風都で
直面した、自分に対する巨大な──いくら悪意を以って仕組まれたものだったとはいえ──
否を示すメッセージ。
 意に沿わないからと蹂躙していい筈はない。
 しかしだからといって見て見ぬふりをしても事実は残り続ける。
 何故だ、何故そこまで分かり合えない? 何故だ、何故そこまで争おうとする?
 そんな時だ。市民側の一人が手製の何か──口に塗れた布を詰めた瓶を投擲した。
 放物線を描き、軍勢の足元に落下したそれ。
 瓶は簡易の手榴弾だった。衝撃を受けて爆ぜ、炎と破片が近くの兵士を襲う。
「この……っ!」
 あたかもそれが合図のようになった。
 我慢も限界だったのだろう。仲間が負傷したことに怒りを覚え、兵士の一人が瓶を投げた
この青年を撃ったのだ。
 銃声一発。幸い即死はしなかったようだが、弾を右肩にもろに受け、青年は鮮血を撒き散
らしながら倒れ込む。
 即座に上がる怒声、相手への批難。飛び交う罵声。
 理性の鍍金(メッキ)が剥がれていく、そんな音が聞こえるような気がした。
 実害が出たことにより「排除開始!」と将校が指示を飛ばしたのが風に乗って聞こえた。
末端の兵士達もそれによってタガが外れたのか、それまで空中に威嚇目的でしか放たなかっ
た銃撃を一斉に市民達に向け始める。
 一人また一人と、市民が凶弾に倒れていく。そして更に怒りで理性を投げ棄ててゆく。
「やーめーろォォォ──ッ!!」
 そして次の瞬間、ジークは一人物陰から飛び出していた。
 待ちなさい、ジーク!
 だがリュカら仲間達の制止も聞かず、彼はぐんと地面を蹴り、犠牲者が増えてゆく市民ら
の前へ猛然と躍り出る。
 擬似的スローモーション。視界に映る多数の弾丸。飛び出した半身を返し、ジークは懐か
ら六華の一つ・緑柳を抜き放ち、解放する。
『……!?』
 市民達、そして兵士達が驚きで目を見開いていた。
 次の瞬間自分たちの目の前に在ったのは、突然現れた少年とその短刀を基点に広がる透き
通った翠色の結界。
 弾丸は全てそれらに防がれ、威力を失って地面に転がっていた。だが当のジークはぶすり
とした表情(かお)を変えることなく、肩越しに背後の市民らに叫ぶ。
「もう止めるんだ! 早く逃げろ!」
 いきなりの事態の連続に、驚愕のまま数拍。
 ……だが、次第に我に返った彼らの反応は思いもよらぬものだった。
「なっ……何言ってんだ!」
「このまま開拓派どもに背を向けろっていうのか!」
「仲間が撃たれたんだぞ!? 負けたまま終われるか!」
「馬鹿野郎、死んだら元も子もねぇだろうがッ! そんな簡単に暴力を使うんじゃねえ!」
 プツン。刹那、ジークはそんな彼らすら竦むほどの怒号で叫び返していた。
 大馬鹿野郎だ……何も分かっちゃいない。そうやって手前の“正しさ”を押し付けたのが
皇国内乱(あのたたかい)の正体だと、お前らは学ばなかったのか……?
「ジーク!」
「だ、大丈夫ですか~!?」「防御系魔導ヲ確認。マスターニ負傷ナシ」
「全く。相変わらず世話の焼ける……」
 気圧されて大きく後退るデモ隊たち。
 そんな鬼のような剣幕のジークに、ようやく仲間達が慌てて駆け付けてくる。
「──な、何が起きたんだ?」
「わ、分かりません。魔導反応が検出されていますので障壁か何かを張ったものかと……」
 一方で兵士達も狼狽していた。
 前線から少し離れた、基幹部隊の乗る鋼車。そこに乗った将校が手で庇を作りながら今し
方起こった出来事に目を細めている。
 応えるのは車内で観測機材を見ている技術兵らだ。戸惑っている点では彼らも変わらず、
ただ画面に表示されるデータを元に今起こったものがいつもとは様子の違うものではないか
との推測を伝える。
「という事は奴らの中に魔導師が? いつもの暴徒ではないというのか? と、とりあえず
一旦攻撃を停──」
「構わん、潰せ。おそらく奴らの援軍だろう」
 だがそんな将校の出そうとした指示を遮る者があった。
 通信装置に伸ばされた手をパシリと止め、ちょうど入り込もうとしていた女性──リュカ
の音声を電源ごと切ってしまう。
「ぐ、グノア卿!?」
「まさか。御身自ら……?」
「……手こずっていると聞いたのでな」
 その者は、軍服を上着だけ羽織った厳つい顔の中年男性だった。
 セルジュ・グノア。此処ヴァルドー王国の諸候の一つグノア侯爵であり、現在は開拓派と
保守派の対立が続く地域の一つであるこの地に派遣されている。
 グノア侯は淡々と応えながら、攻撃を続けるよう指示した。
 逡巡をみせた将校。だが公の有無を言わせぬ睨みの前に、ややあって彼は部下達に追加の
攻撃を命令する。

『来るなら来いよ、ジーク・レノヴィン。お前はきっと……このクソったれな世界を変える
起爆剤(クスリ)になる』

 グノア侯は思い出していた。あの日、自分達諸候列席の中、ファルケン王が呟いた言葉。
 以前から破天荒な王であることは重々知っている、分かっているつもりだった。
 だが……それと自分が「理解」を示せるのかは、また別問題であるとも思う。
 王曰く、あの皇子が膠着した世界を変えるという。
 しかし自分にはそうは思えない。これ以上戦火を拡げ続けて──よりにもよって他国の王
族までも巻き込んで、一体貴方は如何な世界を成そうというのか?
「……」
 不安しかなかった。嘆きしか積もらなかった。
 台車に載せられた大砲がゴロゴロと自分達の左右を通り過ぎていく。兵士達が砲弾を装填
し、砲撃の準備を始めている。
(いっそ、このまま不慮の事故として葬ってしまえば……)
 グノア侯は厳つい顔を更に険しくして、眉間に深い深い皺を寄せた。
 さっと片手を身体の前で払い、合図。
 ずらりと並べられた大砲が、静かに鈍色を反射させて口を開ける。
「──ぐぅ……っ!!」
 銃撃が続いていた。ジークはそれでもじっと、歯を食い縛って緑柳の結界を維持し続け、
後ろにいる人々を守ろうとする。
「畜生! あいつら、マジで殺りにきてやがる!」
「な、何で? 何でなんですか!? ジークさんだって分からないんでしょうか?」
「さてな……。奥の連中はともかく、前列の兵ならジークの顔を視認できている筈だが」
 結界が銃弾を何度も何度も弾いていた。その間に仲間達は(ジークの怒号で)怯えてしま
ったデモ隊の面々を説得し、何とかこの場から撤退させようとしている。
「……おかしいわ。向こうの回線に入り込んで呼びかけようとしたのだけど、寸前で切られ
ちゃった……」
「は? つーことはアレか? 連中は俺達のことを分かってて攻撃を止めないのか?」
「……そう考えるのが、自然でしょうね」
 一方で、端末から何とか軍勢に停戦のメッセージを送ろうとしてたリュカもまた、不可解
な拒絶に遭っていた。
 だんだん辛くなってきたのか、呼吸が荒くなりながらジークが半ば苛立ちと共に問い返し
てくる。リュカは神妙な顔つきのまま小さく頷いていた。
 何故……? 仲間達の表情に困惑の色が滲む。
(!? あれは……)
 そして更に、状況は悪化しようとしていた。
 必死に結界を張り続ける、その視界の向こう。何と軍の連中はこちらに向けて大砲を用意
し始めたではないか。
 明らかにこのままデモ隊もろとも撃ち殺す気だ……。
 ジーク達の表情に、じわっと緊張と憤りが奔る。
 オズも事態の緊急性を認識したらしく「マスターヘノ敵意ヲ確認。迎撃準備」とその右腕
を彼らに向けようとしている。
『──そこまでだ。てめぇら!』
 だが、そんな時だった。
 突然頭上から降って来たのは、大音響の声と加速度的に増していく機械音。
 ジーク達は勿論、兵士達も思わず攻撃の手を止め、一斉に何事だと天を仰ぐ。
 そこには……鉱山の合間を縫ってこちらに向かって下降してくる小型の飛行艇があった。
 まだ結構な高度がある。にも拘わらず、機内ではその引き扉を開けっ放しにして、一人の
男性が一同を不敵な笑みで見下ろしているではないか。
「……陛、下」
 ぽつりと、グノア侯が目を丸く何処か怯えるように呟いたのを切欠に、そこでジーク達は
ようやくこの人物の正体に気付き、驚くことになった。
 西方の盟主・ヴァルドー王国現国王、ファルケン・D(デュセムバッハ)・ヴァルドー。
 ツンツン頭の茶髪と額に巻いた紺の鉢巻、さり気ない刺繍を施した、首元と裾にもふもふ
が付いたマント。先程の一声で使ったとみられる拡声器を肩に担ぎ、彼はにまりとその口角
を吊り上げている。
(あれが、ヴァルドーの王……)
 ゆらゆらと、翠色の結界と散在する硝煙が辺りを覆っていた。
 彼を見て、何か具体的な像(ビジョン)が浮かんだ……という訳ではない。
 だがジークは、この西方での旅もまた平穏無事にはいかないのだろうという確信めいた直
感を、この時その胸奥に感じ取っていたのだった。


 思わぬ第三者の登場によって、悲劇寸前の暴動は最小限の被害を残して治められた。
 すぐに手分けして、近隣の病院へと搬送される怪我人達。
 それでも尚、デモ隊はファルケン王──この国、ひいては世界の開拓派らを牽引している
この王に詰め寄ろうとしたが、何よりも彼自身の向け返した眼光の前に怖気づき早々に退却
を余儀なくされることとなった。
 安堵すべき、なのか……?
 だが一方、騒ぎが治められていくのを眺めながら、ジークの胸中は複雑だった。
 情動に突き動かされた人々。危うく失いそうになった沢山の生命。
 その被害を押さえ込めたのは安堵に違いないのだろう。
 しかし自分にはそれができず、彼らを止められず、ファルケン王には出来た。
 それだけ自分には、願うような「力」が無いということなのか……。
「──遅くなってすまねぇな。風都(エギルフィア)から転移中にトラブルが起きたって報
告は受けてたんだが、お前さんらの位置座標を追跡するのに思いの外時間を喰っちまって」
 暴動処理が一段落し、ジーク達は鉱山内の一角にある詰め所に場所を移していた。
 埃っぽい室内。同行の部下達があくせくと周りを綺麗にしようとしていたが、当のファル
ケン王はそういったことには気を留める様子はなく、どかっと椅子に腰掛けるとそう言って
先ずは介入の遅れを詫びてくる。
「いえ……。こっちこそわざわざ足を運んで貰って申し訳ないです」
 つい気難しい表情。ジークは声色を内心を抑えながらそう畏まっていたが、ファルケン王
はフッと頬を緩めて笑っていた。
「まぁそんなにガチガチになってるなって。お前さんだって王族だろうよ。それに礼を言い
たいのは俺の方さ。うちの領民を守ってくれてありがとな。もう少し着くのが遅かったら、
どっちもがもっと血を流すことになっていた」
「……」
 どうやら現ヴァルドー王とは中々の変わり者であるらしい。
 王自ら紛争地に乗り込んできたことを始め、いくら公式の会談ではないにしてもサッパリ
と砕けた口調。加えてその言葉の中には、端から多少の“犠牲”は織り込み済みであったか
のようなニュアンスすら読み取れる。
「グノア。お前に言ってんだぞ? 俺が駆けつけたからよかったものの、まとめて吹き飛ば
して死なせてみろ。皇国(トナン)とデカい外交問題を抱えることになる」
「……申し訳ありません。まさかジーク皇子がこちらに来ているとは思いもせず……。先日
の会議でグランヴァールにおられるとばかり……」
 ついっと顔を向け、ファルケン王はこの場に同席していたグノア侯にそれとなく非難の言
葉を放っていた。
 それに対し、グノア侯は心なし俯き加減で淡々と弁明。
 リュカら仲間達は大人の対応と努めて表情を変えなかったが、ジークは「この嘘つきが」
と内心で再燃する憤りにくしゃっと顔を歪めてしまっている。
「……ま、そういうことにしておいてやる」
 おそらくはファルケン王も気付いていたのだろう。ふんと小さく鼻で哂い、視線を彼から
再びジーク達へと移す。対するグノア侯も、静かにぎゅっと拳を握って俯いている。
 嫌な感じだった。
 これが政治家の本音と建前というものなのかもしれないが、少なくともこの型破りな王は
その内面までそっくりそのままという訳ではないらしい。
 ちらと横目でグノア侯を一瞥しつつ、ジークはぼんやりとそんなことを思う。
「一応確認させて貰うぜ? トナン皇国第一皇子ジーク・レノヴィン、都市連合(レスズ)
のフォンテイン侯公子サフレ・フォンテイン、その従者で被造人(オートマタ)のマルタ、
竜族(ドラグネス)の魔導師リュカ・ヴァレンティノ──で、さっきから気になってたんだ
が、そこのキジンは? 情報にはないっぽいんだが……」
「ああ、そうッスね。俺達もこっちに来て偶々見つけたんで……」
 心持ちばかり、ファルケン王が真面目な気色を纏ったような気がした。
 話に入る前のワンクッション。一度メディアの前で大見得を切った経験から今更驚くこと
ではないが、彼──ひいてはヴァルドー王国は既に自分達の情報は収集済みらしい。
 そんな中でフォンティン(ほんせい)を知られていることにサフレは静かに眉間を寄せて
いたが、ジーク自身、内乱後のトナン滞在中にこっそりアルスから聞き及んでいた素性だと
いうこともあって、ここで敢えて直接反応することは避けておくことにする。
「私ハオズワルドRC70580、ゴルガニア帝国軍所属ノ汎用陸戦機兵デス。現在再起動
間モナイタメ、コノ方ヲ暫定ノマスタートシテ行動シテイマス」
「ほう……? オズワルド、ねえ……」
 やはりというべきか、ファルケン王もこの場にオズが混じっていることは気になっていた
ようだ。付け加えて訊ねる彼に、オズは少々杓子定規な自己紹介をしている。
 ジーク達──特にマルタが帝国滅亡(しじつ)を明るみにされないかとひやひやしたが、
結局ファルケン王はそう一言呟いただけでそれ以上の言及はしなかった。むしろにやりと口
角を上げて、オズをジーク達をしげしげと眺めている。
 何か思う所があるのか? ジーク達は頭に疑問符を浮かべていたが、その真意をここで知
ることはなかった。
「……さて。それじゃあ本題に入るとしますか」
 組んだ脚の上に肘を乗せ、スッとファルケン王の眼が細く鋭くなる。
 口調は砕けたまま、だが声色は最初よりもずっと真剣なものと為っていく。
「ジーク皇子とその同行者一行。我々ヴァルドー王国は貴公らの入国を歓迎する。かねてよ
り世界中で暴れ回っている結社“楽園(エデン)の眼”及び反開拓過激派は、我々にとって
共通の脅威であり、敵だと考える。しからば我々はここに、貴公らとの共闘を提案したい。
必要であればこちらから軍勢や物資などを供与しよう。その上で彼の者らに関して得られた
情報を相互共有したい。……どうだろうか?」
『…………』
 暫くの間、ジーク達は驚きと戸惑いで立ち尽くしていた。
 ヴァルドーと手を結ぶ? 共通の、敵?
 リュカもサフレもマルタも、そしてオズも、四人が一様にジークを見ていた。加えてそん
な仲間達の向こう側では、半ば睨みに近い眼光でグノア侯もがこちらを見遣っている。
「……。悪いが、今すぐにあんたの手は取れない」
 そしてどれだけの長考と沈黙が流れただろうか。
 ジークは眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりとファルケン王を見返すと、言った。
「俺達はただ、大切な人を取り返したいだけなんだ。好きこのんで戦いを起こすとか、そう
いうことじゃない」
 違和感だった。
 確かに自分達は現状“結社”と戦っている格好ではある。だがそんな状況は、自分が望ん
で起こしたことではない……筈だ。
 ただ取り戻したかった。笑っていて欲しかった。
 ただそれだけなのに、この王は今、平気でそんな多くの人々の願いであろう平穏を一緒に
荒々しく横切ろうと言ったのだ。
「まだ俺は……国も、人も、知らなさ過ぎる。俺達は、俺達の足で歩くよ」
 仲間達が心なし目を見開いているようだった。グノア侯も安堵のような怪訝のような、何
とも断言し難い表情を浮かべている。発揮した冷静さへの驚きか、それとも一国の王の誘い
を断ったという畏れ多さか。
「……そうか。分かった」
 だがそれでも、ファルケン王だけは相変わらず不敵な笑みを崩さなかった。
 益々興味深い奴だ。まるでそう言いたげにそっと目を細め、きゅっと唇を結んだジークを
しげしげと見つめている。
「国の中がこうきな臭いもんでな、トナンの内乱ではすぐに手を貸してやれなかった。その
侘びも兼ねての提案だったんだが……。まぁいい、俺はいつでも待ってるぜ。存分に悩んで
考えればいいさ」
 言ってファルケン王はもそっと椅子から立ち上がった。バサリとマントを翻し、傍に控え
ていた部下に紙とペンを用意させた。
 さらさらっと走り書きされたのは何某かの文字や記号の羅列。
 彼はそれをメモ紙よろしく千切り取ると、そのままジークに差し出して言う。
「俺個人の導話回線の番号だ。困った事があったら連絡して来い。力になるぜ?」
 少し戸惑ったが、ジークは結局その勢いに押されて受け取っていた。メモに書かれた番号
へ一度目を落としてから、覗き込んでいた仲間達、中でも端末を所有するリュカへとそれを
預けることにする。
「グノア、皇子達を街まで送ってやれ。せめてそれぐらいはしねぇと面子がアレだろ?」
「……承知しました」
 ファルケン王は扉に向かいながら、肩越しにそう最後に指示を飛ばした。
 淡々と、無愛想ながらに低頭してみせるグノア侯。そんな臣下にやはり不敵な一瞥を残す
と、彼は「じゃあな。また会おう」と、部下と共にその場から立ち去っていく。
 暫くの間、ジーク達はぼやっと立ち尽くしていた。
 何だか嵐のように現れて、嵐のように去っていったな……。
 風の噂では多少耳にしていた、型破りな王。結局自分達はほぼ終始、彼のペースに呑まれ
続けたのではないだろうか。
「……皇子ご一行」
 そうしていると、ぽつとそれまで黙していたグノア侯がジーク達に呼び掛けてきた。
 四人(いや五人)が振り返ったが、彼が丁寧なのは声色だけで、向けてくる眼はやはり暗
い陰のような凄みが宿り続けている。
「陛下からのご命令です。部下らに最寄の街まで送らせましょう。……それと、私から申し
上げるのは些か不謹慎ではございますが、この国、ひいて西方には気性の荒い人間が多数お
ります。道中、ゆめゆめ失念なさらぬよう……」
 気遣いの弁だろうか。いや……これはおそらく、彼の中の鬱屈なのだろう。
 ジーク達は不安や不審をそっと胸の内に押し込めると「はい。留意しておきます」と彼に
そう静かな礼を述べた。

 その土地がどのような性質を備えるかは、影響圏内に在る魔流(ストリーム)の質と量、
及び定着状態の如何に大きく左右される。特にそれらの中核たる世界樹(ユグドラシィル)
と東西南北の四大支樹(ストリーム)の場合は顕著だ。
 “青の支樹(アキュ・ストリーム)”──水の力が強い東方では、豊富な水源に恵まれ、
同時にそれら海洋や大河が土地を分割するため各々の土地に独立独歩な気風を生む。
 “赤の支樹(イグ・ストリーム)”──火の力が強い西方では、鉱物を始めとした資源が
数多く地中に眠り、それらを狙い人々が山々を切り拓くため荒くれ者が多く集まる。
 “緑の支樹(テラ・ストリーム)”──地の力が強い南方では、肥沃な大地が広がり、緑
豊かで一年を通して穏やかな気候を恵まれている。故に人々も概して温和でマイペースだ。
 “黄の支樹(エギル・ストリーム)”──風の力が強い北方では、常に大質量の気流が渦
巻くため気候の変動幅が大きく、人々に恵みと試練の両方を与え、彼らを忍耐強くする。
 そうした環境の差を考えても、かつてゴルガニア帝国が西方にその本拠を構えたのは必然
の成り行きだったのだろう。
 機巧技術は大量の鉱物を必要とする。その為には西方──火の力を強く宿す基盤が生命線
であった。そして事実、帝国は大成させたこの物的技術を梃子に長い長い乱世を集結させ、
史上稀にみる巨大な統一国家を作り上げた。
 結果的にその繁栄を推し進める強権は民の不満を買い、滅亡へと至らしめたが、かの国が
かつて成したこの“成果”は今日の世界にもしっかりと引き継がれている。

(……やっぱ、西方(こっち)は随分と雰囲気が違うものなんだな)
 グノア侯から遣られた兵らに送って貰い、ジーク達五人は一先ず鉱山地帯を下りた。
 彼らと別れて足を踏み入れたのは、その鉱山を遠景に仰ぐ最寄の町。
 そこで一行は暫く、この町を散策してみることにした。
 すぐ山間の立地という事もあって、至る所で波打つ上り下りの坂道模様。そんな中ジーク
がぼんやりと思ったのは、ここが所謂「職人街」の性質を持っているらしいということ。
 石畳で大雑把に舗装された道の左右には、たくさんの店が戸口を開き営業していた。
 全てがそうではなかったが、見ればその多くは機巧技術関連の店舗であるようだ。北方に
いた頃も技師を見かけなかった訳ではなかったが、密度と数はその比ではない。
 ヴァルドー国内でも地方とはいえ、やはり西方(ここ)は、機巧技術の最前線──。
「……」
 あちこちから聞こえる機材の音、舞う埃や煙、粗野ながら生き生きとした人々の声。
 ジークは一人、ふっと静かに頬を緩ませていた。
 確かにこの地の人々の気性は荒そうではある。だが自身、冒険者という身分で長らく暮ら
してきたこともあり、それが一概に悪しきものとは思わない。
 むしろ好ましくさえあった。自分もかつて、経験を通して──クラン・ブルートバードと
いう集団(なかまたち)の中で学んだ。
 人が人と共にそこにあるのは、何も徒党を組んで威圧する為ではない。生き抜く為だ。
 確かに世の中は少なからずクソッタレなのかもしれない。それでも……日々の、至近距離
の営みを放棄してまで闘争し、その未来をどうしようというのだろう?
 どれだけ争っていても、必ず人々はそこへ戻る。戻る他ない。
 だから……あんな風にただ憎きものを壊せばいいんだというのは、違うと思う……。
「──帝国ガ、滅ンダ……。アレカラ、千年……」
 そうしていると、ぽつぽつとオズの呟きが聞こえてくる。
 数歩先を行くジークは、そっと肩越しに仲間達を振り返った。
 心なしかヨロヨロと歩いた末──落胆のあまり立ち止まってしまうオズ。そんな彼の左右
をマルタとリュカが、更に背後に目を細めたまま黙したサフレが囲っている。
「目覚めていきなりはショックでしょうけど、事実よ。帝国はもう無く、今は多数の国々が
世界を治めている。……でもね? 確かに国としてのゴルガニアは否定されたけど、見ての
通り機巧技術は今も魔導と並んで息づいている。今も私達の生活を支えてくれているの」
「そ、そうですよ! だからもう、戦争だの兵器だのって立場に拘らなくていいんです! 
今じゃ被造人(オートマタ)も機人(キジン)も、ヒトと一緒に暮らしてるんですよ?」
 リュカが端末に映した歴史資料を見せながら語っていた。マルタも落胆するオズを励ます
ようにぎゅっと胸の前で両手を握り、必死に“戦争は終わった”ことを説いている。
(……二人に任せて正解だったみたいだな)
 ジークは内心そう安堵し、この鋼の生命を見つめていた。
 一行は何も、ただ単に物珍しさで町をぶらついている訳ではない。
 彼の、オズの為だ。
 長い間眠っていたらしいとはいえ、あのまま千年前──ゴルガニア戦役(解放戦争)時代
の意識のままであることに、ジーク達は重苦しい申し訳なさを感じてならなかったからだ。
 確かに今日も尚、争いは各地で絶えることはない。
 それでもあの戦争はもう遠い昔の出来事だ。かつては戦争兵器として使役されるばかりで
あったキジン達も、今では人々と共に日々を生きている。
 だから伝えたかった。解って欲しかった。
 もういいんだと。お前はお前の望むように生きればいいんだと。
 ……とはいえ、自分には上手く伝えられるほどの学がない。だから彼女達二人にフォロー
を頼んだ訳だ。リュカ姉にはそれが存分にあるし、マルタも同じ“造られた者”という仲間
意識をみているように思われたので適任だろうと考えたのである。
「まぁさっきのように人々の争い自体が消えて無くなった訳ではないが……それでも戦役の
頃のような戦火ではないよ。君は、これからどうしたい?」
「……。私、ハ……」
 半ばサフレに促される形で、オズはその茜色の灯の眼をまん丸に見開いていた。
 ゆっくりと、辺りを見渡す機械の身体。その視界の中、戦役より千年後の町角には人々と
機人(どうほう)らが共に寄り添い、笑っている姿が散在している。
「……分カリマセン。私ハ一体、コレカラ如何スレバヨイノデショウ……?」
 だが、やはりなのか、オズから漏れた言葉は困惑のそれだった。
 長く兵器として生きてきた自分を、ものの数刻で一新するのは流石に無理があるか……。
 ジーク達四人はそんな事を思い、心配を纏った顔色で互いを見合わせる。
「……。だったら、俺達と来るか?」
『えっ?』
「マス、ター……?」
 すると少し黙り込んだ後、ジークがふとそう口を開いた。
 小さく驚きを示す三人、そしてオズ。変わらず荒々しくも活気ある町並みを背景にするよ
うに、ジークはサッと肩越しから身を返した体勢になって向き直り、言う。
「これも何かの縁さ。俺達は西方(こっち)の人間じゃねぇから、お前の持ってる知識もこ
の先役立つかもしれねえ。……それに、故障(ケガ)したままの奴を放ってはおけねぇよ」
 ニカッと笑っていた。そっと控えめに風が通り過ぎ、その髪や上着を揺らす。
 リュカら三人も、やがてつられるように苦笑を漏らしていた。
 とはいえそれは決して否定的なニュアンスではない。むしろ「そう言うと思ったよ」とい
った、容認と安堵の気色。彼らもまた、期せずして出会ったこのキジンの行く末を案じる気
持ちは同じだったのである。
「ヨロシイノ、デスカ? コノママ貴方ヲマスタートシテモ……?」
「別に断る理由なんてねぇだろ? まぁ変に畏まられるのは好きじゃねぇが、お前らが主従
を大事にしてるのはマルタっていう例があるからなあ」
 言われた当のマルタがコクコクと、何処か嬉しそうに頷いていた。一方でサフレは何処か
照れ臭そうにあらぬ方向を眺めながら、ゆっくりと立ち尽くすオズの横を通り過ぎていく。
「では当面は、彼を修理して貰える先を探すことになるのか」
「ああ。技師ならここにはごまんといるんだ。何とかなるだろ」
 言って、ジーク達は再び歩き出していた。
 戦役から約千年を経た町並みの中に、変容したヒトと造られたモノらが共存するセカイの
中に、彼らは徐々に紛れていく。
「お~い、オズ。行くぞ~」
 一人立ち尽くしていたオズに向けて、ジークが再び呼び掛け手を振っていた。
 リュカ、サフレ、マルタの三人も彼の傍に立ち、同じく「行こうよ」と眼を遣っている。
「……ハイ。マスター、皆サン」
 ゆらゆらと機械の身体の中で茜色の双眸が揺れていた。とても眩しく……温かかった。
 呼び掛けてくる新たな主、仲間達に応えると、オズはのしとその一歩を踏み出していく。

(──……結局、あの二人が出会ってしまった……)
 時を前後し、町の執政館。
 ジーク達を送り出したグノア侯は、一人自身に宛がわれた執務室で黙々と書類仕事をこな
していた。
 カリカリッと、書類を走るペンの音。時折間を塞ぐように判子の音。
 身体は官僚としての職務に浸る一方で、彼の思考の中でどんよりと纏わり付いてくるのは
先のファルケン王とジーク皇子一行の会談だった。
 出会ってしまった二人。あの時皇子当人は陛下から伸ばされた手を取らなかったが、あの
方のことだ、いずれまた彼という人間が備える影響性を取り込むよう策を巡らせるだろう。
 破天荒な王ではある。
 しかし国力増進という「実績」を目に見える形で達成してきた指導者でもある。
 ただ単に思うがままに生きているのではない。抱く信条を現実のものへと引っ張り出す、
その為のノウハウ──政治的実務能力・人身掌握術も、あの方はよく知っているのだから。
 ……だからこそ、不安なのだ。
 このままではこの国、いや世界がより対立の火を激しくするばかりではないのか。
 繁栄の為の犠牲? 人々が富を望むから? ……その果てに灰燼と為るかもしれぬのに。
(いや……。それよりも早く私の首が飛ぶ、か)
 言及こそされたものの、陛下が私の“故意”を看破していなかったとは思えない。
 転移トラブルによって飛ばされた先、そこにいる私という部下。かねてから一連の強靭策
に消極的な私に疑いの念を用意していたことは想像に難くない。
 にも拘わらず、軽い口頭注意で済ませた理由。……それは、十中八九「結束」の為だ。
 分かっていない筈はなかろう。私を始め、官民を問わず開拓推進に否定的な者が少なから
ず国内にいることぐらい。
 それでもあの方は突き進む。一見してこの国が機巧技術の国──開拓に関し、さも一枚岩
であるかのように内外に印象付けようとする。
 何故だ? 今日の対立が拭えぬ焔であることを分かっていて、何故その火の手を一層強く
する方向へと持っていこうとする?
(……潮時かもしれないな)
 御前会議でいきなり斬首、などという処罰が下ると考えるのは些か極端に過ぎるかもしれ
ないが、少なくとも何かしらの意趣返しがあるとみておいて間違いはない。
 妻と子らには──今の暮らしへの未練故に──反対されるだろうが、今回の滞在期間が終
われば、この国を出よう。これ以上望まぬ政(まつりごと)の片棒を担ぐのはもう御免だ。
(──ん?)
 そんな時だった。ふと考え事をするグノア侯の耳に、ゴトンッと鈍い物音が届いた。
 女中が何か粗相でもしたか? 彼は最初そんな事を思ったが、直感は違うと告げている。
何よりも……館の中が妙に静かではないか。
 黙ったまま懐に手を伸ばし、鍵の束を取り出す。そこから小さな鍵を一本握りデスクの引
き出しの一つを開場すると、そこには厚布の上に置かれた拳銃があった。
「……」
 それを握り締め、引き金に指を引っ掛け、彼はそっと席から立ち上がる。
 ゆっくりと扉の方へ、部屋の中央へと忍び足。思考の中で張り詰めていた猜疑心が、今度
はその身体と行動に伝播する。
「──ッ!?」
 次の瞬間だった。まるで彼がそう動くのを待っていたかのように、突然四方を囲むように
黒い靄が噴き出したのだ。
 瘴気……!? 視認と同時、グノア侯は咄嗟に袖口で口元を塞ぎ、身を硬くする。
 すると、そんな靄の中から出現──いや転移してきたのは、
『……』
 にたりと口角を吊り上げ彼を見据える、白衣と撫でつけ髪の“使徒”ルギスと、その量産
兵たる黒衣のオートマタ達で……。


「う~ん……」
 とある機巧技師が自身の店先で唸っていた。
 向かい合っているのは、左肘から先と脇腹を損傷した機人・オズ。そんな二人をジーク達
四人は、先ほどから固唾を呑んで見守っている。
「……ど、どうですか?」
「直せそうか?」
 勿論、こうして一行が足を運んでいるのはオズの修理を頼む為である。
 しかしこの中年技師は、暫くオズの状態を検めた後、ふぅと深く溜め込んでいた息を吐き
出してからゆっくりと首を横に振る。
「悪いが、俺には手に負えないよ。損傷(きず)自体はそう重症って訳じゃあないんだが、
こいつはタイプ・オズワルド──ゴルガニア時代最後の型だろ? 合う部品がそもそも今は
製造も流通もしてねぇんだよ。旧式の部品を造れる個人か、それともこいつ自身をごっそり
現在(いま)の規格に弄り直すかしないと……。どちらにしても、俺達みたいなそこら辺の
技師じゃあ難しいと思うぜ?」
「……。そうか」
「う~ん、困りましたねえ。ここでも駄目ですか」
「まぁ、予想はしていたがな……」
 ジーク達は互いに顔を見合わせた。
 これでもう十数軒になるか。この町の技師らに診て貰えど、返ってくる返事は彼のような
お手上げ状態の表明ばかりだった。
 彼ら曰く、ゴルガニア時代当時のキジンは今や“骨董品”クラスで、時折史跡などで発見
されても残骸であったり再起動不可能な場合が殆どであるという。故にオズのような、損傷
こそ抱えどヒトと意思疎通に支障ないレベルまで起動しているのは奇跡的なのだそうだ。
「スミマセン。手間ヲオ掛けシマシテ……」
「いやいや、構わねぇよ。こっちこそ、あんたみたいなのを目の当たりにできるのは貴重な
経験だからな。力になれなくって申し訳ない」
 最初、オズ自身の自己紹介の時点でまさかとは思っていたが、修理の担い手探しは思った
以上に難航していたのである。
 禿げかけた頭をポリポリと掻き、この技師の男性はぺこりと軽く頭を下げた。
 いえいえ、こちらこそ。
 オズとマルタ、そしてリュカが思わずそんな彼に謙遜で以って倣っている。
「あの。食い下がるようで申し訳ないのですが、他に心当たりはありませんか? もっと腕
が立つような技師の方とか……」
「ん~……。あんたらあちこち回ってるみたいだけど、ここで粘っても無理じゃないかね?
 別にこの町に限った話じゃねぇけど、俺達みたいな零細の技師って基本工具とかのメンテ
で食ってる所があるからさ。もっと街の方──それこそ一から造る仕事をやってる技師を訪
ねた方が可能性は高いと思うんだよ」
「なるほど……」
「ふぅん? 要はピンキリってことか。技師も大変なんだなあ」
 だが、これで何度目とも分からないリュカの問い掛けに、彼ははたと変化を帯びた回答を
示してくれた。
 しかして、その言い方はどことなく自嘲気味で。
 隣でジークが何気なくそう呟いていたが、リュカはお姉さんらしく眼でそれを窘めて黙ら
せると、この技師に「例えば、何処があるでしょう?」と言葉の続きを促す。
「そうだなあ……。大きな所はいくつかあるけど、やっぱ“鋼都(ロレイラン)”だろう。
何たって機巧技術の聖地だからな。腕のいい技師も大勢いるぜ?」
 ジーク達は、誰からともなく互いの顔を見合わせていた。
 鋼都ロレイラン。
 赤の支樹(イグ・ストリーム)に程近い場所に栄える、鋼鉄の都。
 かつてはゴルガニア帝国の遺産として疎まれたものの、キジン達の戦後復興の助力、更に
はヴァルドーなど新たに生まれた国々がその技術の消滅を惜しみ、保存に努めたことによっ
て、現在は王都グランヴァールに次ぐ大都市となっている。
「……決まりだな」
「ええ」「ああ」「そ、それでオズさんを治せるなら」
 次の瞬間には、全員一致で決まっていた。
 一応ジークがオズ本人にも確認を取ったが、彼は頷き「皆サンノ御厚意ニ感謝シマス」と
慣れない様子でお辞儀のポーズ。くすっと、四人はそんな直向さに思わず笑顔になる。
「ありがとよ、おっさん。俺達行くよ、鋼都(ロレイラン)に」
「そうか。気ぃつけていけよ」
 そうしてこの技師の男性に礼を言って手を振り別れ、一行は早速新たな目的地に向けて歩
み出そうとした。
 ちょうど──そんな時だった。
『節度なき開発を中止しろ!』
『世界の破壊と開拓利権を、許すなー!』
 聞き覚えのある、そう……つい先刻も目の当たりにした、反開拓派のデモ隊だった。
 徒党を組みプラカード掲げ、彼らが町の通りを進んでいくのが遠巻きに見える。
 鉱山であんな痛い目に遭ったばかりなのにと思ったが、おそらくはあの時とは違うグルー
プなのだろう。更に邪推してみるなら、むしろ鉱山で同志(なかま)達が傷つけられたから
こそ、余計に反発しているのかもしれない。
「……ま~たあいつらか。兄(あん)ちゃん達、関わらない方がいいぜ。他のとこでもああ
いう連中はいるんだろうが、何にせよ下手に関わり合いにならないのが一番だ」
 そんな群列を見遣りながら、別れ際だったこの技師の男性は冷笑を込めて忠告してきた。
一行は暫し、町中を威示して回るこのデモ隊を眺める。
 男性の言う通り、西方(こちら)では──開拓派と保守派の争いが激しい故──こうした
風景は日常茶飯事なのだろう。彼だけでなく、店先や通りすがり、大半の人々はデモ隊の声
に耳を貸すこともなく、代わりに少なからず鬱陶しいと言わんばかりの冷たい目をして只々
やり過ごそうとしている。
「……」
 ジークはじっと、眉間に深い皺を寄せていた。
 何故だ? 何故解らない? 解ろうとしない?
 思いをぶつけることは、お前達が信じるほどそんなに“綺麗”ではないと、何故──。
「あぁもう、頭来た!」
「五月蝿いんだよてめぇら! 奇麗事ばっかり抜かしやがって!」
「技師(おれたち)に飯を食うな、死ねっていうのか!?」
「お前らこそ皆の足を引っ張る疫病神じゃねぇか! お前らこそ出ていけ!」
 なのに溝は深く暗く、燃え上がる感情は鎮まることを知らない。
 かねてより腹に据えかねていたのだろう。そんな喧伝をするデモ隊らの真正面・左右から
飛び出し罵声を浴びせ始めたのは、まだ年若い層の技師達だった。
 無理もないのかもしれない。反開拓派の潔癖な主張は、世界の開拓という需給の中で生計
を立てる機巧技師らにとっては到底受け入れられないものなのだから。
「あ~……あの馬鹿ども。こりゃあ一悶着起きるぞ」
 先の男性技師が顔に手を当てて呟いた通り、技師達とデモ隊はややあって罵詈雑言の応酬
から掴み合いの喧嘩へと発展していった。
 騒然とするストリート。こうなると血の気の多い国民性は火に油を注ぎ続けてしまう。
 最初はまだデモ隊の方が多かった人の数も、次々と加勢してくる──同じく彼ら反開拓派
の喧伝に苛立っていた技師や町の人々によってひっくり返され、半刻も待たずして状況は彼
らによる集団リンチへと変貌していった。
 憎悪、無理解、暴力。
 最初は多くが店先で知らぬ存ぜず・関わらずを貫いていた人々も、そんなどす黒い熱気に
呑まれる内、一人また一人とその逆襲を「いいぞ、やっちまえ!」と焚きつけ始める。
「……ちっ」
 ギリギリと歯を噛み締めていたジークが動いた。
 勿論リュカ達は彼が何をせんとするかを察して止めようとしたが、ジークは前方の暴力の
渦を睨んだままその手を振り解き、ずんずんと彼らの中へ向かっていく。
「おい止めろ! お互い頭を冷やせ。こんな事したって何も解決しねぇだろうが」
「うるせぇ黙ってろ! 若造が口出しするんな!」
「そうだ。つーかお前何モンだよ? こいつらの仲間か?」
「……そんなんじゃねぇよ。俺はただの──」
「ならすっ込んでろ! 余所者が出る幕じゃねぇ!」
「これは正義の闘いだ! 我々は決して開拓者達に屈しはしない!」
「……ッ!」
 なのに、町の人々からもデモ隊からも、ジークは乱暴に突き飛ばされた。
 よろめく身体。だがショックだったのは、彼らがこんなにも意固地になっていること。
 それでもジークは止めようとした。こんなことは間違っていると思った。振り上げられる
拳や棍棒、プラカードにゴツゴツとぶつかりながらも、ジークは何とか両者の境目に割って
入りその衝突を止めようとする。
「違うだろ! こんな……こんな……ッ!!」
 背後から仲間達がいいから止めろ、戻って来いと叫んでいるのが聞こえた。
 傍観者でいようというのではない。自分が巻き添えを喰って傷付くことを心配しての言葉
だとは分かっている。
 でも、ここで見て見ぬふりなんて……俺は……。
「──ああ、やっと見つけましたよ。こんな所にいたんですか」
 ちょうど、そんな時だった。
 ふとジーク達に、落ち着いたよく通る声が響いてきた。
 一瞬面々の暴力が止まる。ぐらりとその中途半端な体勢に押されて、ジークがまた人ごみ
の中から弾き出されてよろめく。
(……。誰だ?)
 少なくともジークが知っている人物ではなかった。
 ばさついた茶髪に、鞄を小脇に抱えた白いワイシャツ姿の人族(ヒューネス)男性。
 年格好は三十手前といったところか。またこれが地顔なのか、その表情は何とも底の知れ
ぬ線目な微笑を湛えている。
『……??』
 また、少し離れた位置のリュカ達も同じく頭に疑問符を浮かべている。やはり彼に見覚え
はなさそうだった。
 だがそれでも彼は微笑のまま彼女達を(いやオズを?)そっと一瞥し、何事かと固まって
いるジーク達の下へと近付いてくる。
「ほら、行きますよ? こんな所で道草を食っていたら帰りの鉄道に乗り遅れちゃいます」
 呆気に取られたままのジーク、乱闘の面々。
 そんな中で彼は変わらず悠然とした歩みでジークの前に立つと、そうにこやかにその手を
差し伸べてきたのだった。

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  1. 2013/01/24(木) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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