日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「土塊のメモリア」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:土、時間、壊れる】


 仮にその者を“アイ”と呼ぶことにしよう。
 最初に言及しておくならば、アイは人間ではない。とある時代のとある国、そこに居を構
える一人の魔術師の青年によって生み出された土塊人形(ゴーレム)であった。
 多くの場合、魔術によって創れた者らは創造者の従者・使い魔として使役する目的で生み
出される。
 だがこの青年は、そんな多くの魔術師らの中においては特殊な人間だったと言えよう。
「僕のことが分かるかい? 一応、君の主ということになるのだけど」
「……。はい、認識しました。何なりとご命令を」
 彼はモノではなく、ヒトを創ろうとしていた。
 ただ魔術師の下僕ではなく、共に日々を豊かにし合えるパートナーとなる新たな生命種を
生み出そうと、独り人里離れた工房で研究に勤しんでいたのである。
 故に、アイは限りなくヒトそっくりの外見を持って生まれた。
 故に、青年はただアイに人間とその社会の様々な知識を教えた。
 故に、アイは理解に苦しんだ。主がそこまでして自分を“ひとり”として扱うのかを。
 故に、青年は答えた。苦笑まじりの微笑みで「もう一度人間を信じたいからかな」と。
 アイには魔術師の眷属のような、人外の力を備えてはいなかった。
 ただ人間そっくりの──男性のような女性のような、中性的な顔立ちと他のゴーレムには
持ち得ない複雑なココロを組み込まれていた。
 最初、アイは非力な自分を呪いさえした。
 魔術師の眷属なのに、出来ることは人間の手先とさして変わらない。主に護身目的の魔術
を教えて貰いこそはしたが、彼が専ら知識として勧めてくるのは人間としての知ばかり。
 これでは、まるで家政婦というものではないか──?
 生み出されてからの数年、アイはすっかりモノにした家事全般を一手に引き受ける日々を
過ごしながらも、何度となくその存在意義を疑った。
 だが……やがてその認識は誤っていたと、アイは知ることになる。

(──? これはマスターのアルバム、でしょうか?)
 ある日アイはいつものように家の中を掃除していた。
 ちょうど青年は用事があって外出中で、必然的に家の中には自分しかいない。
 そんな中、主の書斎ではたきを掛けている最中、偶然その本棚の中に一冊の分厚く古びた
ファイル束を見つけたのである。
 つい好奇心に押されて──本来ヒトならざる者が抱くということ自体が奇妙な感情だと、
アイ自身も後々で振り返るのだが──アルバムを捲った。
 そこに保管されていたのは、多くの古びた写真達だった。
 面影のある少年は、主だろう。となるとその周りに立っている壮年の男女らは彼の家族と
いうことになるのだろうか。
(……マスターにもご家族はいらっしゃるのですね)
 思って、何だかおかしくなった。
 自分とは違ってマスターは人間なのだから、当然彼を産み育てた家族がいる。
 しかしだ。思い返せば、彼は自分に家族のことをあまり話したがらないようでもある。
 妙だなと思った。
 それに、この写真らは何処か焦げて──。
「何を見てるんだい?」
「ッ!?」
 不覚だった。はたと気付くと当の本人が帰って来ていた。
 思わずアルバムを掻き抱く。だが抱えた腕の中でそれはばっちりと彼の視界に映り込んで
しまっている。
「……ああ、それを見てたのか」
 研究用の物だろうか、紙袋の詰めた薬剤や本を一旦木目のテーブルの上に置き、彼はアイ
からそっとアルバムを取り出した。
 ぱらぱらと、暫くその中身を捲り、目を細めて黙り込む。
 そうしてやがて、一枚の写真をアイに抜き出し差し出すと彼は言った。
「僕の両親と弟妹(きょうだい)たちだよ。……今はもういないけれどね」
「えっ?」
「……家が放火に遭ったんだ。父は新興の交易商でね、利益よりもお客の笑顔を大事にして
いた人だった。でも、それが他の同業者達には癪だったんだろう。ギルドの取り決めを無視
して自分だけ顧客の支持を取り付ける裏切り者だと」
「だから、放火……? そんなこと!」
「……間違っている、かい?」
 ハッと叫びかけた言葉が途切れる。アイは二重の意味で戸惑っていた。
「これもまた人間というものなんだよ。大切なものの為なら他の誰かの大切なものを奪う事
も厭わない。……でもそれは、彼らの不安や恐怖──余裕の無さがそうさせると思うんだ」
 主は微笑(わら)っていたのだ。
 理不尽な、一方的な憎悪の末に大切な人々を失った筈なのに、それでも人間という者らへ
の憎悪を否定しようとするかのような姿に。
 何よりも、そんな感情を理解し自発的に義憤した、この作り物の自分自身に。
「だからね……。僕は使い魔を単なる下僕にしたくないんだよ。魔術という不思議な力があ
れば、ヒトと同等のパートナーが生まれ共に支え合う関係が作られれば、そういった余裕の
無さを取り払ってくれるんじゃないかと、そう考えて僕は今まで研究を続けてきたんだ」
 眩暈のように、意識がぐわぐわと揺れている。
 まるで熱病に侵されたように、胸の奥がチクリと熱を帯びて痛み始めている。
「……でも、どうやら成功したみたいだね」
 アイは胸元を掻き抱いてこの主を見る。
 この魔術師の青年はフッと笑って、実に愛おしい笑顔でこの従者を見る。
「おめでとう。君の感情(こころ)は、もう完全に人間そのものだ」

 曰く、アイという“ヒトなるモノ”の研究が成功したからなのだろうか。
 それとも、ずっと以前から何処かでもう憎しみなど捨て去っていたからなのだろうか。
 魔術師とその従者の住む工房に、新たな住人が加わった。
 一人は青年と歳の近い、街のパン屋に勤めていた朗らかな女性。
 残り二人はそんな彼と彼女との間に生まれた、しっかり者の娘と大人しい息子である。
『まさか、こんな世捨て人の所に来てくれるなんて思いもしなかったけど……』
 結婚が決まったその翌日、彼はアイに報告しながらそんな風に笑っていた。
 アイはただ祝いの言葉を返した。
 主の幸せは自分の幸せ。あの日開いてしまったアルバムの一件もあり、彼が再び人間の中
で生きられるようになったことは嬉しかった。
 なのに……何故だろう?
 幸せそうに妻となった女性と、後に生まれた幼子らと語らう主を見る度に胸の奥がきゅう
と苦しくなるような気がするのは。
 
 ──長い長い時間が流れた。
 ついぞはたと過ぎるその痛みの正体が判らず、されど誰かに打ち明けることもせず、アイ
は主とその妻子らに尽くした。
 苦しさは完全には拭えなかった。
 だけど彼らが小さな家の中で笑っていてくれるだけで、ふっと温かさが胸奥を癒してくれ
るような気がした。
 だけど……それはいつまでも続かない。
 時が流れるにつれ、主たる青年は壮年になった。壮年から老人になった。夫人もまた同じ
く歳を取って老婆と為り、幼かった子らは気丈な娘と父譲りの穏やかな文学青年に為った。
 二つの死に目を看取った。
 最初は、主だった。
『妻と子供達を、頼む──』
 そう皺だらけの白髪となった彼は自分に託した。アイは謹んで承りますと答えた。
 次は、夫人だった。
『子供達を、よろしくね。私の骨は、あの人と同じ所に──』
 夫を亡くして三年目の冬。彼女はそう最期まで家族を想い続けた。アイはこの身に代えて
も必ずと答えた。
 哀しかった。そう、作り物の筈の自分が哀しいと確かに感じていた。
 歳月は巡り回る。その度に大切な人達は皆年老い、二度と会えなくなっていった。
 アイは生まれ育った小さな家に一人ぼっちになった。
 主とその妻から託された子供達も、今では立派に成長し、娘はこの国の有名政治家になっ
ていた。息子は人好きのする魔術の先生として教壇に立つ日々が続いている。
「……」
 カタリと、アイはその日も家の中をすっかり綺麗にした。
 かつては何故人形(じぶん)が? と思っていた家事の諸々も、今では己の一部のように
身に染み付いている。
 夜ということもあって、家の中は静かだった。
 ただ一人で、アイは居間の椅子に座ったまま鈴虫の音に耳を傾けていた。
『ねぇ、一緒に暮らしましょう? 貴女と私の仲じゃない。公邸暮らしも悪くないわよ?』
『どうかな? うちの生徒達も興味深々なんだ。一緒に教壇に立ってくれないかな?』 
 夫妻が亡くなってから何度も、成長した子供達はアイを自分達の下へ誘ってくれた。だが
アイはそれらを全て、やんわりと断り続けてきた。
 彼らが嫌だという訳でない。
 ただ……そうすべきではないと思ったのだ。
 どれだけヒトに近くても、どれだけ彼らと歳月を共にしてきても、自分は人形だから。
「……今夜ならば、届くでしょうか?」
 長い長い沈黙の後、アイは立ち上がった。
 大切な想い出がたくさん詰まったその家を後にしてアイが向かったのは、主とその妻が眠
りに就く墓地であった。
 外は寒い。秋から冬に季節は移り変わろうとしている。
 そう、またあの日がやってくる。マスターと奥様が亡くなった、冷たいあの季節が。
 アイは持って来ていた紙袋からいくつかの薪を取り出した。墓地の広場に場所を移し、そ
れらをバラバラと地面に並べる。
 次いで取り出したのは、マッチ。軽く擦ると、煌々と闇の中で赤が映えていた。
(マスター、奥様。お嬢様、坊ちゃま……)
 アイは焚かれた火を暫しじっと見つめていた。
 冷たさを照らす熱。自分がただの人形であったなら、この暖かさを愛おしく思えることも
なかっただろう。
 いや──だからこそ、もう限界だった。
 我が主はあの日「研究は成功した」と言った。確かに本来ただの土塊である自分は人間と
変わらぬ心を持ち、とても豊かな人生を送ってこれたと思う。
 でも、同じくらい苦しかった。
 最初に自覚が確信に変わったのは、マスターが妻を娶って蜜月を送り始めた頃。
 一番最初、あの日アルバムの一件でみせた彼の微笑みに胸が苦しくなった理由を、アイは
ようやくその時になって知ったのである。
 ──愛していたのだ。マスターを、一人の男性として。
 見た目こそ中性的、性別を決めて創られた訳ではなかったが、いつの間にか自分はすっか
り女性としてのベクトルに傾き、決定付けられていたらしい。
 勿論、その事は主も夫人も気付いてはいた。
 だがそこにある種の嫉妬が含まれていようとは……流石に思いもしなかったらしい。
 では殺める? そんな選択肢は無かった。一度家族を失った過去を持つマスターに対し、
そんな仕打ちはあまりにも酷過ぎる。何より主への反逆という意思は今でも微塵も無い。
 だから、待った。ひたすらに待った。
 その中でまた一つ確信を得たことがある。……自分だけは、歳を取らない。
 当たり前といえば当たり前だが、主たち一家や知り合った人々が年老いていく中で、自分
だけは変わらぬ姿を保ち続けた。土塊人形(ゴーレム)であることは皆重々承知ではあった
が、その気遣いが逆に“彼女”を苦しめたのだ。
 決して報われることのない、最初で最後の思慕。
 決して埋めることのできぬ、老いと死の有無。
 アイという名の人形は苦悩し続けた。ヒトと共に暮らし、彼らを支えることに喜びを感じ
る存在である自分が、結局はそういう意味でヒトと相容れないのだと悟った、その絶望を。
「申し訳ありません」
 くべた炎は強く高くなっていた。
 そこへアイはゆっくりと、しかし確実に身を投じていく。
「私も、貴方の下に居たいのです……」
 ゴウッと炎が強くなった。
 高熱が人を模した身体を容赦なく包んでいく。身体の内部に刻まれた無数のルーンが崩れ
変色し、やがて彼女の身体はヒトとしての形を維持できなくなる。
「こ……れで、わた、しも……おな、じ──」
 夜闇の中、長い歳月の末に土塊の彼女は“答え”に至った。
 愛ゆえにアイは、己もまた「有限であること」を選んだのだ。
                                      (了)

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  1. 2013/01/13(日) 23:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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