日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔33〕

 どれだけ慌しくても、時の流れはヒトを待ってくれはしない。
 その日はアルスにとって定期試験の初日だった。生徒によっては既に一つ二つ受けたかも
しれないが、今週から概ね全ての講義が試験モードに突入している。
「用紙は行き届いているか? 問題用紙三枚、解答用紙一枚の計四枚だ。足りない者はすぐ
に言うように」
 奥に長い講義室に、若い男性教官の声が響いた。
 最前列から後ろに回されて来た用紙は裏返しにされたままで、少なからず緊張した面持ち
で周りの生徒達は長机に着く互いの距離をそれとなく取っている。
 アルスもそんな一人だった。……いや、むしろ自ら他の学院生達に気を遣ってぽつねんと
していたというべきか。
「……」
 細めた目に机の木目が映る。渡された裏返しの試験用紙が置かれている。
 今は違うものだと分かってはいる。だがこうしてピリピリした空気の中にいると、それが
自分に起因しているのではないかという錯覚に、アルスは襲われる。
 思いがけず、自分や兄が皇国(トナン)の皇子であることが分かったあの内乱。
 諦めかけた、でも学びたい本心を見抜いて背中を押してくれた母、そして仲間達。
 そんな仲間の一人──ミアさんが、自分の所為で倒れた。
 そして彼女を一刻も早く助ける為に向かった忌避地(ダンジョン)で戦う羽目になった、
大型の魔獣。
 何よりも倒した後に全身が訴えた、あの猛烈な疲労と──撃ち貫くような虚無感。
 自分は、一体何の為に此処にいるのだろう……?
 フッと意識の全てを閉ざし、無に溶かそうとしてくるかのような闇色。
 あの時も、今までも、これからも、自分はあの暗い恐怖と闘わねばならないというのか。

『お疲れさん。……どうだ? これが魔獣を殺す(まもるためにたたかう)ってことだ』

 師(ブレア)があの時そっと肩を叩いてきたのも、自分がそんな奈落を見た心地を気取っ
たからなのだろうと思う。
 そして多分……彼自身もまた、かつて辿った道なのだと。
 揺らぐ。言い聞かせていなければ、すぐに弱い自分が顔を出す。
 村が魔獣に襲われたあの日、力もないのに精霊達の悲鳴に同調しなければ──。
 皇国内乱の後、さっくりと学院を辞めて向こうで暮らす選択をしていれば──。
(……ッ)
 でも、と心の中で強く首を横に振る。
 そこで弱さに流れれば、暗さの中に自ら溶ければ、これまでの歩みは水の泡になる。
 仮にそういった別の選択へとやり直したとしても“結社”が自分達を敵視しているという
現実は変えられないし、何より今の自分──進むと決めた意思を護ろうとしてくれてる皆に
申し訳が立たなくなる。
 小刻みに震え始めた肩を、アルスはぎゅっと静かに押さえつけた。
 怖い。言い聞かせても、やはり怖い。
 もっと強くならなければ力をつけなければ、また誰かが傷付くのではないか。
 いや──違う。そうじゃない。それだけじゃない。
 もっと怖い、情けないのは、ややもすればそうやって仲間達の心を力を信じることを忘れ
てしまう自分自身なのだ。
 結社(てき)の暴力に自分が屈してしまうことは、間違いなく皆が寄せてくれている──
筈の信頼を裏切ることでもある。それこそ、本当の“敗北”ではないか。
(“敵”か……)
 実際、先に自分達に手を出してきたのは結社(やつら)の方だ。
 だがたとえどんな理由──主張を持っていようとも、それらを暴力で広めようとするのは
間違っている。
 それでも……時々分からなくなるのだ。
 自分達は知っている。“結社”を敵視したり無関係を貫きたい人々が多い一方、逆に彼ら
に共鳴する人々も少なからずまた存在していることを。
 保守だとか革新だとか、イデオロギーの問題だろうと言えばそれだけ、ではある。
 でもそうして単純な言葉で押し込めてしまえばしまうほど、その奥底で滾るエネルギーの
塊はどんどん暗く重くなっていく気がするのだ。
 兄は、リュカ先生達と共にあの日旅立っていった。
 あの場で自分は確かに聞いた。兄が明確に“結社”を“敵”だと表明したのを。
 分かっている。奴らが今まで自分達にしていた仕打ち──加えて父までもが囚われている
と知って、憤らなかった訳ではない。
 だけど……“それでいい”のだろうかと思ってしまう。
 兄のように敵と味方、両者を峻別できるしてみせるという自信が、自分には持てない。
 やはり怖いのだろう。そうやって線引きをすればするほど、自分の周りを争いに巻き込み
続けることになる。アウツベルツに帰還してから……厭というほどに経験していること。
「一小刻(スィクロ)前──」
 だが、そこで怖気づいて立ち止まってしまうのは、やはり仲間達を裏切ることになるのだ
ろうと思う。教官が腕時計に目を落としながら口上したのを合図に、アルスも周りの生徒達
も、目の前の試験用紙を凝視しながら身構えた。
 ──兄のような戦い方を、多分自分はできないのだろうなと思う。
 だから、闘おう。兄や仲間達ができる事は彼らを信じ委ねて、自分は自分のできることを
全力で成せばいい。
「……」
 ちらと窓の外に視線を遣る。そこには微笑で頷くエトナがいた。
 入学試験の時もそうだったが、不正防止の為、持ち霊は筆記試験中は契約主の傍にいては
いけない決まりとなっている。
『大丈夫。アルスならきっとできるよ──』
 そんなエールを送られた気がして、アルスはふっと微笑み返すとすぐに視線を戻した。
 彼女もまた通じ合ったとみたのか、そのまま淡い翠の光を残しながら顕現を解いて一時そ
の姿を消してゆく。
 出来ることを精一杯。寄せられる仲間達の真心に応える、今はそれだけを考えよう。
 もっともっと強くなる。強くならなければならない。
 だけどそれは、必ずしも武力という名のチカラだけではない筈だ。
 皆が幸せになれるように、幸せにできるように。その為に自分は学びたい。探したい。
 その為に、僕は──。
「では、始め!」
 教官が時間きっかりに試験の開始を告げる。
 剣ではなくペンを握り締めて、アルスは目の前の問題に立ち向かい始めた。


 Tale-33.善意と悪意の環状奔流(ループメント)

 新団員の選考作業が大詰めを迎えていた。
 連日の選考会とその後の手続き諸々。予めイヨら侍従衆とも相談し、指針・基準を組んだ
上で臨んだ筈だったのだが、やはりというべきか作業はしばしば困難をみることになった。
 それでもイセルナ達は話し合い──吟味を重ね、この日ようやく新生ブルートバードの各
部編成に漕ぎつけることができた。
 創立メンバーは勿論、既存の団員達が見守る中、宿舎会議室のテーブルの上にはその草案
をまとめたリストが広げられる。大まかな配置は以下の通りだ。

 一番隊(本隊中衛)→隊長:イセルナ・カートン
              配属:サフレ・ウィルハート、マルタ他
 二番隊(前衛中央)→隊長:ダン・マーフィ
              配属:ミア・マーフィ他
 三番隊(前衛左翼)→隊長:ホウ・リンファ
              配属:ジーク・レノヴィン他
 四番隊(前衛右翼)→隊長:グノーシュ・オランド(クラン・ジボルファング代表)
 五番隊(中衛右翼)→隊長:シフォン・ユーティリア
              配属:クレア・N・ユーティア他
 六番隊(中衛左翼)→隊長:リカルド・エルリッシュ(史の騎士団共闘部隊隊長)
 七番隊(後衛支援)→隊長:ハロルド・エルリッシュ
              配属:レナ・エルリッシュ、ステラ・マーシェル他

「ま……。最初の内はこんなもんだろうなあ」
 暫く皆が目を落としている中、始めにそう口を開いたのはダンだった。
 後ろ髪を掻きながら片眉を上げ、団長(イセルナ)や仲間達にざっと眼を遣る。
「もっと欲を言えば新しく入れた面子も含めて隊を増強したいんだが、まだ任せられるかま
では分かったもんじゃねぇし」
「……ええ。少なくとも一度は全体の運用をしてみないと。数だけ増えてもしっかり連携が
取れないようでは本末転倒だものね」
 だよなぁ──。ダンを含め、場に顔を出す団員らがしみじみと難しい顔で頷いていた。
 確かに今回の募集によって多くの志願者が集まった。実際に相応に名の知れた腕利き達も
このリストには含まれ、各隊に配分される予定となっている。
 だが……彼らのこれまでの実績とこれからの信用は、現状分けて考える必要があった。
 ダン自身も予想していたように、志願者の多くは功名心に動かされた者達だ。
 レノヴィン兄弟を護る──その最大の目的を個人的野心と同一視するような人材は、本音
を言えば正直迎え入れたくない。しかし現実として今の兵力のままでは“結社”の脅威と闘
うには心許ない。
 執政館襲撃の一件を経て、団長(イセルナ)もまた苦渋の決断を下したのだと、団員一同
はそんな意識を共有していたのである。
「……だとすりゃあ、やっぱ俺達んとこだけが初っ端から先頭を張るのは拙いんじゃないん
ですかい? うちのクランだって“余所者”には変わりない訳ですし」
 するとそんな、確認するような問い掛けを向けてきたのはグノーシュだった。
「つれない事言うなよ。第一、後々で編成を見直すにしても新しい面子を全部排除してたら
選考会を開いた意味がねぇだろ?」
 イセルナの代わりに、誰よりもダンが心持ち辛そうな声色を漏らしていた。この赤毛の友
は勿論、その配下や他の団員らにも伝わるよう、彼らは敢えて口にする。
「……全員が集まった時にはちゃんと話すさ。これがまだ仮の編成って事も、各々の頑張り
次第で今後増えるだろう隊を任せていくつもりだって事も」
「本音を言えばすぐに彼らを“信頼”はできない。でも、だからといってこちらが突っ撥ね
てしまえば“不信”が生じるだけ……。その為にもグノーシュさん達には先ず、この集団に
おける新旧同士の取っ掛かりを務めて欲しいの」
 クランの強化を図るに当たり、最も懸念される点がそこだった。
 レノヴィン兄弟を護る。
 それは積極的に戦うというよりも、むしろ力ある者達が集まり大きな盾を形成している、
そのさまを周囲に知らしめる──抑止力という側面が大きい。
 故に、最も重視すべきなのはその結束なのだ。新しい戦力を取り入れることが内通者を作
るようなことになってしまっては本末転倒なのである。
 だがそんな自分達「身内」の想いは、きっと功名心を揺さぶられた「新参者」達にはピン
と来ないことだろう。
 だからこそ……少しずつ、慎重に見極めながら闘っていくことになる筈だ。
 現実の脅威である“結社”は勿論の事、そうした内と外という区分が故の疑心暗鬼とも。
「……了解だ。こりゃあ随分な大役を任されたもんだねえ」
 正面に座るイセルナの静かな懇願に、グノーシュはぽりぽりと頬を掻いていた。
 苦笑、いや照れ笑いか。ダンという旧知の戦友(とも)故のコネクション、それが他の新
団員らにどう見られるか──ほぼ間違いなくやっかみであろう──という内心の懸念と彼女
達に信頼を示されたことへの嬉しい戸惑い。そんな複数の感情が混在しているらしい。
「ところでイセルナ団長。このリストにはジーク皇子達の名もありますが、確か彼らは現在
このクランから籍を外している筈では?」
 そうしていると、じっと他の面々と共にリストに目を落としていたリカルドが言った。
 未だ慣れないのか、それとも安易に馴れ合う気はないのか、三柱円架を胸に下げた黒法衣
の一団はこの場においても異彩を放っている。
「ええ。確かにあの子達は出て行きました。自分達のせいで私達に迷惑が掛かる前に、と」
「だけど、きっと戻ってきますよ。何たってアルス君が──弟が待ってくれている。友人と
して、彼がこのまま全てを捨ててしまうとは思えない。そう僕らは信じています」
「できれば、その際には御身をご自愛して欲しいのだけどね……」
「あいつの事だ、俺も戦うって前衛を張るだろうからよ。だから、戻ってきた時はリンの隊
で副長でもやって貰おうかなと、そう一応は考えてるんだが」
 だがイセルナ以下団員達は、信じて疑わなかった。
 ジーク達はまたきっと此処に帰ってくる。それは弟(アルス)がいるからという理由だけ
でなく、仲間達(みんな)の願望でもあった。
 このクランが嫌いになったのではない。自分達が在籍したままでは迷惑になる──そんな
彼なりの気遣いなのだと、皆解っていたのだから。
「……そうですか」
 そんなシフォン達を、リカルドは言葉少なく見遣っていた。
 胸中で何を考えていたのだろう。その表情は“仕事モード”の域に在って、硬い。
「言っておくが、ジーク君が帰ってきても六華は渡さないぞ。実行上も血統上も、あれは紛
れもなく彼の剣だ」
「……分かってるよ。教団(ほんざん)からも方針変更は言われてるんだって」
 だがそんな無表情も、ハロルドが警戒の眼差しを向けてきた次の瞬間にはぶすっと不快の
それに変わっていた。
 こちらはこちらで相変わらずの兄弟。リカルドは半眼を寄越しつつため息を吐く。
「そういやシフォン。お前、ジーク達のことはまだ分からんにしてもいいのか? あの従妹
の子──クレアも戦力に数えちまって」
「ああ、その件なら」
 一方で、腕を組んだままちらとこちらを見遣ってくるダンにシフォンは苦笑していた。
「まぁ……仕方ないよ。本人がその気になっているからね。勿論、伯父さん達の事を考えれ
ば大人しくして貰えるに越した事はないんだけど。でも当人の意思を無視してまで強いたく
はないかな」
「そっか。まぁお前がそれでいいってんなら文句はねぇんだが……」
「何、俺達もついてるんだし大丈夫だろう。あの娘、中々面白い技を使うんだぜ? それに
“身内”の戦力が加わるんなら好都合じゃねぇか」
 渋々、だけど志が嬉しくてはにかむような。
 そんな彼にダンは了解と頷き、グノーシュは先日まで旅を共にした彼女の力に太鼓判を押
して笑ってみせる。
「……そうですね」
 シフォンが柔らかく静かに笑い、ふと会議室から窓の外に眼を遣っていた。
 何となく、ダンら他の面々もその視線に倣ってめいめいに外を眺め出す。

「あ、お帰りなさい。ミアちゃん、クレアちゃん」
「ん……」「ただいまー!」
 一方、会議室に収まり切らなかった面々、その一部は酒場の方にたむろしていた。
 会議が済めば、すぐに自分達にも知らされるだろう。
 そう思い各々がまったりと待機していると、はたと入口のドアが開いてクレアとミアが姿
を見せた。その後ろには彼女達に同行していた団員四・五人も立っている。
「それで……どうだった?」
 ティータイムと洒落込んでいたレナとステラは逸早く、この友人達の帰宅を出迎えた。
 ニコニコとしているクレアを見てすぐに予想はついたが、それでも皆を代表してステラが
問い掛ける。
「ふっふーん。もちろん合格だよ。じゃーん!」
 そう言ってクレアが取り出してみせたのはレギオンカードだった。
 金属質の表面にプリントされている、当人と同じ顔写真や名前といった情報。
 即ちそれは、彼女が七星連合(レギオン)の人材──冒険者となった事を意味している。
「おおっ、おめでとう!」
「これでクレアちゃんも冒険者の仲間入りだな!」
「えへへ……。ありがと」
 すると酒場にいた団員らは、次々に彼女を囲んで祝福の言葉を掛けた。
 レギオンに加盟する──正式な冒険者となるには、相応の実力を証明するという意味合い
から認定試験に合格する必要がある。今日はクレアにとって、その本番の日だったのだ。
 尤もこうしてカードを手に入れて帰って来た時点で、その結果は明らかだった。
 ぱあっと明るくなる皆の反応。
 その祝福に、クレアもまたほうっと照れを帯びた満面の笑みを浮かべている。
「ふふっ。よかったねー」
「……でもさ。別に急いでライセンス取ることもなかったんじゃない?」
 そんな中、レナが微笑む隣で、ふとステラが小首を傾げていた。
「私もレナもカードは持ってないけど、クランの皆のサポートはしてるから。まぁレナの場
合はハロルドさんの手伝いだし、私に至っては居候な訳だけど……」
 自慢げに手にされたクレアのレギオンカード。
 その光沢に目を細めながら、彼女は何処か心苦しいような、そんな表情を漏らす。
「うん……。確かにそうかもしれないけど、ね。でも私、憧れてたの」
 そんな機微を感じ取ったのだろうか、クレアもまた少しばかり曇った表情になっていた。
 しかしそれも束の間、彼女は一度カードの感触を確かめるように、一瞥してから言う。
「皆も知ってると思うけど、私たち妖精族(エルフ)は昔ながらの考え方をしてる人が多い
んだよね。だから里から出て行くってだけでも結構揉めるんだー。……だからかな? そう
いう束縛のない、冒険者って存在にずっとなりたくて……。おじさんには心配ばっかり掛け
ちゃうことになるけどね」
『……』
 あくまで苦笑しながら。だがその告白に、ステラ達は黙り込んでしまっていた。
 自分は、余計な事を言ってしまったのかもしれない。
 この子の明るさは、もしかすると──。
「……大丈夫」
 そんな中で、ミアがぽつりと呟いた。
 いつもと変わらぬクールな面持ち。
「クレアなら大丈夫。認定試験を受けている所を見ていたけど、あれだけ勘の鋭さがあれば
充分。あとは経験次第、どれだけノウハウとして落とし込めるかだと思う」
 だけど、その言葉は確かにクレアを認め、鼓舞するもので。
「ミアちゃん……」
「うん……っ、私頑張る! 皆の力になる魔導師になるよ!」
 当の本人もまた、感銘を受けていたらしい。
 苦笑がまた一転して笑顔に。周りの面々も「そうだな」と頷いて、このルーキーの成長を
皆で見守っていこうと誓い合う。
「……そういや、クレアちゃんってどんな魔導が得意なんだい?」
「認定試験を通ったってことは、それなりに実戦に耐えうるものなんだろうけど……」
 そしてふと、同行していなかった団員らの何人かが、そんな小さな疑問──好奇心を発揮
して言葉を漏らした。
「そうですねえ……。じゃあ、これから実演してみせましょうか?」
 すると当のクレアは嫌な顔一つ見せずに、むしろにこっと笑ってそう応える。

 成りゆきのまま、一同はぞろぞろと運動場(グラウンド)に出た。ちょうどクラン宿舎と
酒場に挟まれた空き地の空間である。
「おーい、持ってきたぞー」
「二つでいいんだよな?」
「あ、はい。そこに並べてくれますか?」
 面々がクレアを囲んでいる中、グラウンドの端にある物置小屋から数人の団員が歩いてく
るのが見えた。
 こちらに運んでくるのは訓練用の木偶人形(等身大サイズ)が二体。彼らはそれをクレア
の指示に従って、彼女と向かい合うように並べて配置する。
「じゃあ、さっそく披露しますねー。と、その前に……誰か魔導使える人いますか?」
「? ああ」
「使えるけど……」
 問われて、団員が何人か小さな疑問符を浮かべて手を挙げた。
 クレアがにこにこ笑ったままその内の一人を指名する。そんな様子を、グノーシュの部下
達──ジボルファングのメンバーな新団員らは何処か微笑ましく見守っている。
「ええとですね。一度軽く鳴魔導をあっちの方の人形に撃って貰いたいんです。比較するの
に使うので、力加減を覚えておいて下さいね」
「……? ああ、分かった」
 そして団員が訝しみながらも、サッと精神を集中させて詠唱を始めた。
 靄のように彼の身体に滾ったマナ。次の瞬間、片方の木偶人形の頭上中空に黄色の魔法陣
が出現する。
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落(ライトニング)!」
 閃光を伴って雷が落ちた。
 当然、直撃を受けた木偶人形は頭から肩口にかけての部分を撃ち焦がされ、ぐらりとゆっ
くり崩れて地面に倒れる。
「……。で?」
「クレアちゃん、一体何を……?」
「まぁまぁ。そう焦らないでくださいよー」
 だが、これではごく一般的な魔導である。そもそもクレア自身は何もしてない。
 レナや団員達は益々疑問符を大きくしていった。しかし当の本人はむしろ皆のそんな反応
を嬉しそうに眺めている。言いながら、彼女はそのままサッと腰のポーチに手を伸ばした。
「じゃ、今度は私の番です。よーく見ててください」
 もぞもぞとポーチの中を探って取り出したのは、一本の針(ピン)だった。
 大きさは掌よりも一回りほど小さなサイズ。但しその柄先の穴には何やら粗目気味の紙が
ちょこんと結んである。
 それを指と指の間に挟んだ状態で、彼女はそっと投擲の構えをみせた。
 心なし真剣な表情になり、魔導の心得のある者はこの時、彼女がピンにマナを込めたのを
知覚する。
「──ふっ!」
 そして、投擲。
 腕を振って投げられたピンは、まっすぐもう片方の木偶人形の方に飛んでいった。
 しかし皆が驚いたのはそこではない。ピンの針先が人形に刺さった次の瞬間、ピン──に
結び付けられた紙から水色の魔法陣が現れ、ばしゃっと辺りに水がぶちまけられたのだ。
 なるほど……魔導具のようなものか。
 少なからず皆はそう理解する。どうやらあの紙には予めルーンが描いてあったらしい。
「よし……。じゃあさっきのおにーさん、もう一度同じように雷撃の落(ライトニング)を
撃ってくれますかー?」
「あ、ああ……」
 びっしょりと濡れそぼった木偶人形。
 それを確認するや否や、クレアは肩越しに振り返ると先程の団員にそう指示を飛ばした。
 まだ頭には疑問符。それでもこの団員は頷き、もう一度同じ力加減でもって素早く詠唱を
完成させる。
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落(ライトニング)!」
 同じように木偶人形に落ちる電撃。
 だがその結果は、一度目とは大きく異なるものになっていた。
 電撃がヒットした瞬間、この二体目の木偶人形が大きく砕け散ったのである。
 力加減は間違ってなかった筈だ。なのに今度は、明らかにターゲットに大きなダメージを
与えることに成功している。
「なっ……!?」
「え? どうなってるんだ……?」
 一体目は焦がされて一部が崩れ落ちただけ。
 二体目は直撃の瞬間、全体に威力が伝わり粉砕。
 並べられた人形の変化は明らかだった。術を放った当人も含め、場を囲む団員らが思わず
目を丸くしてその残骸に目を凝らしている。
「これが、私の得意技──付与魔導(エンチャント)です」
 そんな皆の驚きに、クレアは得意げな笑みで答えていた。
 ポーチからまた例のピンを取り出し、くるくると指先で回しながら説明を始める。
「やっている事自体は単純なんですよ? 最初に魔導的な力場を与えておいて、その後から
撃ち込まれる魔導の効果をサポートする……そういう補助用の魔導なんです。楔を打つって
いうのかな。今みたいに“相手を濡らして電気を通し易くする”なんてこともできるし、逆
に敵が使ってくる属性と相反する力場を用意してダメージを軽減するとか……。まぁその辺
は皆と一緒に冒険していく中で追々みせることになると思うんですけど」
 口では、確かに簡単だ。
 だが理論と実践は全く違う。臨機応変にピンを撃ち込み、味方にとって有利な状況をアシ
ストする──。それは想像する以上に難しく、勘と経験がものを言う技術の筈である。
「ふわ~……凄いね」
「知識としては知ってたけど、実際に見るのは私も初めて」
「だろ? 俺達も最初見た時はびっくりしたんだ。魔導は素人だから、なんだこれ手品か?
なんて思ったりもしてよお」
「でもこのクレアちゃんの特技のお陰で、此処に来るまでの路銀には困らなかったんだぜ。
底が尽きそうになったら街中でこれを使ったパフォーマンスをして、おひねりを稼いでくれ
てたんだ」
 驚き、関心。
 クレア自身もだが、ジボルファングのメンバーらもまた得意げに笑っていた。
 団員らが改めて彼女を見遣る。自分から披露を言い出したとはいえ、やはり恥ずかしいの
か、その表情は照れて緩んだ柔らかいものとなっていた。
「……ははっ。なるほど、こいつは心強いや」
「使いようによってはもっと確実に敵を追っ払えるんだもんなあ。認定試験もそこを見込ま
れて通ったってことか」
 ややあって驚きから笑いへ、皆の表情もまた緩む。
 彼女を囲んで、皆の笑顔がぱあっと咲き乱れる。
「……ところでクレア」
「? なぁに、ミア?」
「人形、壊した分は最初の稼ぎから引いておくから」
「うぇっ!? そ、そんなあ……」

「──何だかんだですっかり馴染んでるみたいだな」
「そうだね。ちょっとそそっかしい所はあるけど、根は素直でいい子みたいだから」
 そんな眼下のグラウンドで繰り広げられていた光景を、会議室の面々は窓から見下ろして
微笑ましい表情になっていた。
 ダンが口角を吊り上げて圧し掛かけていた片腕を窓から除け、横目を遣って同じく外の様
子を見ていたシフォンが微笑む。
「……ま、団員同士の仲は俺達が端っからどうこう言うもんじゃねぇわな。イセルナ、さっ
きまでの続きだが」
「ええ。ハロルド、結果通知の件はどうなってる?」
「既にアウルベ伯と交渉済みだよ。今度の街の広報に結果を載せてもらうよう手筈は整えて
ある。私達が回っていくよりも、ずっと確実で信頼性も担保できるからね」
 とはいえ、それも束の間。イセルナたち会議室の面々はすぐに話の続きに戻っていた。
 正式な発表をする下地は既に用意してある。
 あとはこの第一波のリストを皆に納得して貰えばいい。
「やっとここまで漕ぎつけたか……慌しかったな」
「そうね……。でもまだまだ課題は山積みよ?」
「ああ。一番は新入りどもの教育だろう。選考を通ったぶん腕は立つんだろうが、クランの
毛色ってものを呑み込んで貰わなきゃ使いモンになりゃしねえ」
「それに増えた人数をどうカバーするのかという問題もある。今の宿舎規模では全員を収容
し切れない。酒場の供給能力も見直さなければならないだろう」
「“七星”レベルともなりゃあ街丸々がホームだったりするんだがな……。でも俺達にそこ
までの余裕はないし……。投資の為に破産しちまったら元も子もねぇよ」
 だが、決してそれで終わりではないことは皆が分かっていた。
 むしろこれからが本番(はじまり)なのだ。そう現実を見渡してみれば、ずんと胸奥に重
苦しい感覚が圧し掛かってくる。
「……前途多難だね」
 全くだ──。
 自分達で決めた道とはいえ、彼女達の試行錯誤はまだまだ続くらしかった。


 長らく続いていた再建の音も、最近は少しずつ緩やかになっている気がする。
 トナン皇国王宮玉座。かつての内乱、その終焉を見届けたこの場所も、今は念入りに清め
られてから大よその修理・改築が施されている。
「──分かりました。では国軍本隊の一部を出向させることにしましょう」
 少しずつ慣れてきた皇の装束、皇の玉座、何よりもその責務。
 この日も諸候列席の下、女皇代行たるシノは終わりの見えない政務に追われていた。
「復興もそろそろ地方に軸足を移し始めるべき頃合ですし、治安維持なども併行していく必
要がありますからね。……但し、住民の皆さんを無闇に萎縮させること、傷付けることだけ
は絶対にしないように」
「はっ……。ご英断、感謝致します」
 何十件目かの案件は、内乱前後の混乱に乗じた賊の対応についてだった。
 請願を出してきた将校の話を聞き入れ、シノら政権は今まで以上に都以外にも目を配る事
とする。少々緊張気味に、しかし確かにホッとして、この中年武官は御前で低頭したのち下
がっていった。
「……」
 さて、次は──。
 そうしてまた一つ案件に裁定を下すと、シノは傍らのサイドテーブルに置いた会議資料の
頁を捲る。
「これは……。また、ですか」
 するとはたとその手が止まる。彼女の表情が困ったように控えめに顰められた。
「同じ案件であれば纏めておいてくれませんか? たださえ今の私達はこなすべき仕事が多
いんですよ?」
 それ以上に困った──不快な顔色を見せたのは、列席していた諸侯達だ。
 シノが再び資料の頁を捲っては確認して注文をつけるのを聞き、彼らは互いに顔を見合わ
せている。
「分かっております。ですがどうぞご容赦を。それだけ各部門から同様の要請があるという
ことなのです」
「僭越ながら陛下、アズサ先皇の喪明けも近づいています。戴冠式に備えて、そろそろ王宮
の再建にも予算を割いて頂かねば……」
「……ええ。もう何度も貴方達から聞かされていますから」
 表面上は恭しく、しかし主張したい点はねちっこく。
 シノは一度そっと目を瞑ると大きく深呼吸をした。
 まだ完全ではないこの王宮の再建──彼ら取り巻きの諸侯達が事あるごとに急かして来る
のはそんな進言だった。
 正直な話、シノは少なからずうんざりしている。
 自分達は内乱後の人々を救い、支える為に政務を執っている筈ではないのか?
 なのにただでさえ疲弊した財源で王宮を飾り直すなど……順番が違うのではないのか?
 何よりも、そういった大事なことを──。
「この件に関しては既に答えているでしょう? 優先すべきは人々の生活を可能な限り早く
取り戻すことです。その為に多少王宮(ここ)が古びていても私は構いません。戴冠式も外
で会場を設ければ済む話ではないですか」
「で、ですが……」
「陛下の御意思はよく存じ上げております。しかし、戴冠式は御身が名実共にこの国の皇と
なられる大切な節目でございます。その折に来賓をもてなせない、王宮が損傷したままとあ
れば、他国に足元を見られかねません。長い目で見ても、そうなれば国益を損う筈です」
「それに……陛下が真に皇となられる瞬間(とき)を、民は心待ちにしておりますよ? 彼
らにとっても忘れがたい日となるでしょう。民に尽くしたいとの御心は我々とて感服の至り
でございます。ですが、せめてもう少しご自愛下さいませ」
「……」
 それでも諸候達は、今回もまた粘ってくる。
 ただの見栄だけではない、それは自分も重々承知しているのだ。
 むしろ自分よりも政治というものを良くも悪くも知っている彼らだからこそ、必死に語っ
てくれているのだと思う。
 だが──どうしても、疼くように胸の奥が不安になる。
 自分は奪ったのだ。アズサ皇(おばさま)から、その王位を。
 どれだけあの内乱で自分達に“正義”があったとしても、未だにこの身に宿らんとする権
力に、正直自分はまだ恐れを拭えないのだ。

“ご自愛下さいませ”

 目の前の臣下がそう訴えかけている。自身の立場もあるのだろうが、その言葉には個人と
して自分を案じてくれている感情もあるのだと信じたい。
(……まだまだ、私は皇として未熟ね)
 気難しかったシノの表情が、フッと半ば無意識に緩んだ。
 御前に並ぶ諸候らが少々戸惑った様子をみせている。それでも彼女は想った。
 ──少し前、アウツベルツの執政館で開かれた息子(アルス)の歓迎式典に“結社”の刺
客が押し入ったという報告を聞いた。
 あの時はつい心配になって途中でデスクワークを切り上げてしまったものだが、後日リン
やイヨからの報告を聞く限り、アルスに大した怪我はなかったらしい。……ただその代わり
にミアちゃん──副団長(ダン)さんの娘さんが一時負傷離脱していたようだが。
『アルス様も随分気を病んでおられたようです。お優しい方ですから……』
 思えば、ああ似ている。何だかんだで自分達は親子なんだなと思った。
 あの時リンが導話越しに漏らした声、そこに宿された感情は──思慕と、見守ってくれる
優しい眼だった。
 懐かしい。それはきっと、村(サンフェルノ)にいた頃に近い肌感覚なのだろう。
 今も昔も変わらずにいるのだ。成すべき成長を変化を、未だに自分は成せていないのだと
思った。
 かつては落ち延びた自分を匿い続けてくれた、村の皆に尽くしたいと思った。
 そして今は贖罪のつもりで、一度は逃げた故郷の復興に身を削ろうとしている……。
「……分かりました」
 そんな長考、実際には十数拍の間の後、シノは言った。
「意地になってすみません。それではもう少し、皆さんの厚意に甘えたいと思います。現在
の予算配分の四分の一を王宮修理の側に回しましょう。……それで、いいですか?」
「は、はい!」
「……賢明なご判断、感謝致します」
 そしてにわかに安堵するさまの諸候達。
 中には突然譲歩した彼女に疑問符を浮かべている者もいたが、概ね彼らは好意的に受け取
ってくれたようだ。
(これで、また一つ片付くかしら……?)
 微笑ましいような、こそばゆい喜びのような。
 思わず苦笑いを零し、シノは再び資料の頁を捲ろうとする。
「へ、陛下っ!」
 突然、一人の壮年官吏が王の間に飛び込んできたのは、ちょうどそんな時だった。
「ぬ……? 何だ何だ?」
「皇の御前だ。いきなり飛び込んでくるなど無礼であるぞ」
 シノを含めた、列席者全員の視線が彼に集まっていた。
 中にはこの不躾な入室者に眉を顰め、ピシャリと警句を発する諸侯もいる。
「お止めなさい。私なら構いません。……それで、一体どうしたのですか? 落ち着いて、
ゆっくりと話して下さい」
 だがシノはそんな諸候を窘めつつ、この官吏に優しく問い掛けた。
 よほど慌てていたのだろう。彼は大きく肩でしていた荒い呼吸を整えると、一度ごくりと
息を呑んで叫ぶ。
「た、大変なのです! 殿下が──ジーク様が、大変なことに!」


 それは何度目かの直談判の最中に起こった。
 軟禁先である風都(エギルフィア)のとある屋敷。その一室で“万装”のセロと出せ出さ
ないの押し問答を繰り返していたその時、はたと隣室から彼の部下らしい者が数人、やって
来ては何やら耳打ちをしていたのである。
「……そうか。存外早かったな」
 言ってセロは同じく何やらひそひそと指示を飛ばし、この部下達を下がらせた。
 応接テーブルを挟んで向かい合うジーク達四人に目を遣り直し、彼は再びその飄々とした
上っ面で一行を捉えてくる。
「……。何かあったのか?」
「まぁね。ちょっと外でヒステリックな集団が騒いでいるらしい。……レノヴィン君、君達
をこの街から追い出すためだよ」
『ッ──!?』
 ジークの、四人の表情が凍りついた。
 自分達を……追い出す?
 最初、そんな外の状況を告げられた時、ジークはすぐにその意味を理解できなかった。
「おいおい、何を今更そんなに驚いているんだい? 考えてみるといい。君達は“結社”に
喧嘩を売った、世間からみれば“歩く着火剤”な訳だろう? そんな連中が近くまで来てい
ると分かったら……誰だって不安にもなるさ」
 だが一方のセロは、むしろこの状況を愉しむように口角を上げ、脚を組み直している。
 思わず深く顰めた表情。だがジークは一方で、彼の言わんとすることは確かに“常識”な
のかもしれないとも思った。
 要するに、保身的行動が起きているのである。
 “正義”はどちらにあるか、どこにあるか──そんな大きなことよりも、今自分達が繰り
返している日々の生活さえ担保されればいい。そういったより小さく圧縮された“正義”が
その集団を動かしているのだろう。
 ジークはリュカとサフレとマルタと、仲間達と互いに顔を見合わせた。
 やはりというべきか、皆──自分も含めて困惑している。
 ただ父を取り返したい、その為に選んだ自分達の道さえも、平穏平常を願う市民からは厭
だという視線を、叫びを向けられてしまうというのか。
「……」
 いや、それ以前に何故自分達の所在がバレたのだろう?
 真っ先に疑い、視線を向け直したのは目の前のセロだった。だがジークはすぐにその可能
性はないと感じて、思考の中で打ち消しの斜線を引く。
『悪いが、君達にはもう暫く待機していて貰いたいんだよ。こっちもこっちで各所との調整
に手を焼いていてね……。また“結社”に襲われるのは、お互いにデメリットだろう?』
 先日から、早く解放しろと迫っても柳に風と受け流されては聞かされている、彼の弁。
 どうやら言葉の端々から察するに、彼は自分達をどうにかしようとしているらしい。
 とはいえそれは危害を加えるというものではなく、むしろ腫れ物を扱うように別の誰かに
引き渡そうとしている……そんな印象だ。
 最初に会った時に口にした「保護」の延長上なのだろうか。少なくとも力ずくで自分達の
視界から追い出しさえすればいいという様子ではない。
 何よりも、己の直感が告げている。
 この男は下手な自作自演──後々に露見して面子が傷付くような手は採らない筈だと。
「……とんだ嫌われ者になったもんだな」
 たっぷりと黙り込んだ後、ジークはそうクスリとも笑わずに呟いていた。
 取り戻したいもの、成すべきもの、守りたいもの。
 全ては、互いの“我”を貫くからこそ拗れるというのだろうか?
 それとも、そうした差異や溝を煽るような“悪意”が──。
「儂だ。入るぞ“万装”」
 突如しゃがれた老人の声と共にドアが開かれたのは、ちょうどそんな時だった。
 はたと思考を遮断されジーク達は背後を振り返る。そこには目深にローブを被り錆鉄色の
長い杖を手にした老人と、その取り巻きらしき似た装束の者達が立っていた。
「あんたらは……?」
「衛門族(ガディア)……。まさか」
「ああ。顔を合わせるのは初めてだったね。彼は老モルモレッド、此処エギルフィアの領主
だよ。街の防衛に協力するという条件で、この館──うちのクランのアジトの一つを提供し
て貰っている」
 セロが飄々とした笑みを崩さなかったのに対し、当のモルモレッドは終始ぶすりと不機嫌
を全方位に張りつけた様子だった。
 老齢ながら矍鑠とした、大柄で威圧感のある眼。
 ジーク達はその突き刺さるような視線──間違いなく敵視に、思わずごくりと息を呑む。
「……やはりお前達は災いを連れてきたようだ。“万装”、もうこれ以上は待てぬ。一刻も
早く彼らをこの街から排除しろ」
 ぴしゃりと。彼の態度に、ジーク達は言葉も出ずに眉根を寄せていた。
 第一印象、纏う空気から友好的でないことはすぐに分かってはいた。だが初対面早々いき
なりその言い草はないだろう。
「お前──ッ!」
 唇を噛み、ジークは今度こそ言い返そうとする。
 だがリュカは、それをさっと肩を取って制止していた。
 無言のまま、ゆっくり首を横に振る彼女。そのさまを見てジークは瞳を揺らしていたが、
ややあって諦めたのか込めかけた全身の力を抜いて座り直す。
「……モルモレッド首長。以前導きの塔で貴方がたの同胞を巻き込んでしまったことはお詫
び申し上げます。ですが、ただ私達は──」
「今更遅いわ。詫びる気があるのなら、もうこれ以上儂らを巻き込むな。そこの若造の身分
さえなければとうに追放処分にしておるのだぞ」
 しかし冷静に話し合おうとしたリュカの言葉すらも、モルモレッドは端から聞く耳を持っ
ていないらしかった。
「楽園(エデン)の眼もお主らも、世を乱す存在に変わりはない。自身が掲げる大義名分と
やらがどれだけの者を不安にさせておるか……。恥を知れ」
 領主として住民を守ること。何よりもセカイを掻き乱す存在への嫌悪感。
 彼──彼ら守人の民は、只々理想の秩序を願っている。
 更に苛立ちを溜め込むジークを始め、四人はそんな徹底した態度にぐうの音も出ない。
「……ったよ。出て行きゃいいんだろ、出て行きゃあ! 言われずとも出て行くつもりだ。
精々街ん中で引き篭もってろ!」
 だが、決裂は一層強くなる。
 リュカ達が止めるのも聞かず、ついにジークは我慢の限界を迎えて吠えた。
 まただ。あの日々と同じだ。
 保身や主義主張に凝り固まってしまった力ある者達。……それだけならまだいい。だが、
その固執を棚に上げ一方的に責められるのは納得がいかない。
「やれやれ……仕方ないな。老モルモレッド、こちらの調整を無視してまで強行されるとい
うのなら、この街の導きの塔を彼らに。そうすればすぐに彼らは視界から消えますよ?」
「……ふん」
 ジークの怒りにもセロの飄々とした声色にも、モルモレッドは一貫して冷淡だった。
 使命感と価値観。揺るがぬ芯は強く、そして頑なだ。
「それでレノヴィン君。一体此処を出て何処に行くつもりなんだい?」
「あ? んなの西に決ま──」
 だから激情と話の流れに沿わせたセロの質問に、ジークはつい口を滑らせてしまった。
「ふむ……。やはりヴァルドーか」
 気付き慌てて自らの口を塞ぐが、もう遅い。
 それに、セロは予め知っていたかのような口ぶりだった。反射的に身を硬くするジーク達
にその胡散臭い笑みが向けられている。
 妙な場の空気だった。
 ジーク達とモルモレッド──風都の領主サイドがいがみ合い、一方でその間に信用できる
とは言えない緩衝材(セロ)が割って入っているような……。
「長(おさ)!」
 だが──災いの足音は止まらない。
 気まずい沈黙が流れる中で、街の官吏らしき者が数名、部屋へと駆け込んでくる。
「……どうした。喧伝者達に何か新しい動きでも?」
「はい。さ、先程から大変な事に……!」
「も、申し上げます! デモ隊が守備隊と衝突し始めましたっ!」

「くっ……! や、止めなさい!」
「そんな物騒な物は捨てるんだっ! 逮捕されてもいいのかっ!?」
 風の都に怒号の嵐が吹き荒れていた。
 最初は街角にこじんまりと集まり出したに過ぎなかった。だがデモの徒は時間と共にその
数を増し、今やあちこちの通りから溢れ出す規模にまで膨れ上がっている。
「黙れっ! レノヴィンを出せ! お前達が匿っているんだろう!?」
「領主は何をしている! この街を“結社”との戦場にする気かっ!!」
 まるで、濁流を見ているかのようなデモ隊の人波。
 中央広場に続々と集結する彼らは、必死にその行く手──執政館などが建ち並ぶ中枢区画
への進入を阻もうとする街の守備隊と押し合い圧し合いの攻防を繰り返す。
 隊士らは戸惑っていた。
 先日より街の警備に念を入れるようにという通達はあったが、まさかこんな連中が押し掛
けてこようとは……。
 これはもう非暴力(デモ)ではない。実際に鈍器まで持ち出している暴徒の群れだ。
 だが安易に実力行使に出れば、内外で騒がれ問題とされるだろう。
 眼前の現実としての憤怒と、対応次第で起こりうる泥沼。何重にも重なって見えるかのよ
うなその熱量に、只々彼らは長盾を連ねた防壁を維持して耐えるしかない。
「──言わんこっちゃない」
 モルモレッド達に連れ出されるようにして、ジーク達は館内の別室に移っていた。
 外に面した窓ガラスは壁一面に広がる巨大なもの。そこからは眼下に広がるエギルフィア
の街並み──になだれ込むデモの波が垣間見れる。
「見えるか、ジーク・レノヴィン? あれが人の声だ。セカイを掻き乱す、その所業に異を
唱える者達の群列だ」
 物理的距離と窓ガラスの厚みに遮られてはいるが、それでもジーク達には聞こえていた。
 “レノヴィンを追い出せ”
 “結社との戦場になるのは御免だ”
 “平和を脅かす者は要らない”
 お互いの想いがすれ違い、激しく軋む心の音。だからこそ、ジークの胸奥に過ぎり積もっ
ていくのは、解ってくれない憤りよりも風穴を開けられるかのような虚しさで。
「まったくもって愚かだよ。お主らも楽園(エデン)の眼も、あの威示の輩も、自分達の事
ばかり考えて周囲を如何に不安にさせているかを想像しておらん。むしろ逃げようとする者
達を方々から捕まえ、無理やりに巻き込もうとすらしておる。……そうは思わんか?」
「……」
 だからだろうか。モルモレッドがそう視線を向けてきても、ジークは先程のような威勢の
いい反発心を発揮できずに黙り込むしかなかった。
 仲間達も、それぞれに沈痛の面持ちだった。
 サフレはじっとデモのうねりを凝視し、リュカは口元に手を当てじっと考え込み、マルタ
は響き届く人々の怒声に怯えている。
 でも──と、ジークは眉間に皺を寄せ、己が五感を集中させる。
 ここからでも見える。聞こえる。
 眼下の街並み、その隙間を縫うように逃げ惑い、怯えている街の人々がいた。
 違う……こんな筈じゃなかった。
 ただ自分は奴らに囚われた父を取り戻したかった。奴らの暴挙を止めなければならないと
思っただけだ。
「……どうしたものか。内幕が掴み切れていない以上、下手に手を出せば連中の思う壺だ」
 なのに、全く接点のない筈の人々が怯えている。守るべき人々を悲しませている……。
「やれやれ。抑え切れなかった……かな?」
 すると、一旦席を外し何処かへ行っていたセロが数名の部下らと共に合流してきた。
 モルモレッドらもジーク達も、その声に振り向く。こちらは深刻だというのに、尚も彼の
表情は相変わらず飄々としていた。
「何をもたもたしている? 早く奴らを追い払わないか。何の為にお前達と組んでいると思
っている?」
「はは、守備隊を動かす領主様の台詞じゃないでしょう? まぁお互い下手に“敵”を作り
たくないという思惑は同じなんでしょうけど。……それに」
 静かに焦りを漏らすモルモレッドに、セロは言いながら手にしていたものを手渡した。
 それは、複数枚の写真。ジーク達も何だろうとその輪に交ざり、何枚かを彼から受け取っ
て目を通す。
「……これは?」
「仮装パーティ、ではないですよね?」
「分からないかい? まぁ無理もない。こいつらは十中八九“保守同盟(リストン)”さ」
 盗み撮りをしたと思われるそれらには、何故か真っ白無表情な仮面やローブで全身を隠し
た一団が端々で写っていた。
 モルモレッドが無言のまま深く眉間に皺を寄せている。マルタがちょこんと小首を傾げて
訊ねてくるのをフッと笑い、セロは続ける。
「これは先程、街中に潜行させている部下達が撮影したものだ。デモ隊の流れの中にこっそ
りと混じっているのが確認されている。……老モルモレッド、貴方の仰るように下手に手を
出すべきではありませんよ。あれはただ民衆が集まっただけの徒党じゃない。明らかにイデ
オロギーの闘争屋(プロ)どもが噛んでいる脅しです。これは政争ですよ。たとえ張りぼて
な“正義”でも、先ずその奴らの化けの皮を外さない限り、こちらが“一方的な悪者”に引
きずり込まれるだけです」
 モルモレッドが言葉少なげに唸り、ジークが片眉を上げていた。
 今の状況を端的に伝えているらしいセロの言葉。
 だがそこには、どうにも斜に構えた哂いが込められているような気がした。
「保守同盟(リストン)っつーとアレだよな? トナン行の飛行艇が“結社”に落とされた
時も、連中に味方してた、あの……」
「ええ。セカイの“開拓派”に対抗するべく結成された、超党派の保守派連合──構成員は
皆、政敵に狙われるのを防ぐ為にこういった仮面で素顔を隠してるの」
「……アズサ皇の次はジーク、という訳か」
「? 何でだよ?」
「……。理由は大きく二つだ。一つはリュカさんが言ったように、彼らは“結社”に共鳴し
ている勢力だからだ。たとえ過激派──テロリストであっても、開拓派を敵視する姿勢は同
じだからな。もう一つは皇国(トナン)の国政そのものにある。アズサ皇の開拓路線は言わ
ずもがな、シノブさん──シノ女皇代行は、巷では温和ながらも開明派だと云われている。
引き続き連中にとっては“敵”なのだろうな。その息子である君達も……」
 そんなサフレの解説に、ジークは唖然としていた。
 母さんが……連中の敵?
 自身、巷説に敏感である方ではなかったが、そんな見方をされているという事実、その前
提からの眼前のデモ隊を前に、虚ろになっていた心の中が再び憤りの熱で赤くなり始める。
「違うだろっ! 敵とか味方とか、そう簡単に切り捨てていいもんじゃ、ねぇだろ……」
 思わず吐き出すように。しかし次の言葉が見えない何かに引っ掛かって出てこない。
 沈痛と心配。仲間達はそれぞれに辛そうな面持ちで黙っていた。セロやモルモレッドも、
そんな彼の吐露に眼を遣りながらじっと眉を顰めている。
「……止めねぇと。こんなの、誰も幸せにならねぇじゃねえか」
 ややあって、ジークは歯を食い縛り俯き加減になった髪に表情を隠しながら、一人部屋を
出て行こうとする。
「待って、ジーク! 今貴方が真正面からぶつかったら……!」
「でもこのまま放っておけるかよ! リュカ姉も見ただろう? あちこちで皆が泣いてる、
怯えてる……。こんな事をする為に俺達は戦ってきたんじゃない!」 
 リュカが逸早く、その手を取り止めようとした。
 だが振り返ったジークの表情は悲痛に歪んでいた。憤りや責任──負い目。今まさに、彼
の胸奥にはそんな複数の感情が渦巻いて悲鳴をあげている。
「“万装”、今すぐ俺達を解放しろ。連中の狙いは俺なんだろ? だったらここでじっとし
てたんじゃ埒が明かねぇ。あんたもこのままじゃ都合が悪いんだろ?」
「……まぁ、そうだけどね」
「止められるのか? お前に?」
「止めるんだよ。今守れないで、いつ俺達は人を守るんだ」
 セロとモルモレッド、間違いなく格上の相手とジークは暫くの間睨み合っていた。
 場に流れる緊張、外の街並みから聞こえてくる混乱の音。今動かなければ、自分はあの中
にいる人々を見殺しにすることになる。
「……分かったわ」
 そしてそんな沈黙を破ったのは、一度は引き止めようとしたリュカで。
「彼らを止めましょう。でも一人では突っ込まないで? 一つ策があるわ。目には目を歯に
歯を、デモにはデモを……ってね」
 静かに神妙に、おずっとしながらも頷くサフレやマルタと共に、彼女は言った。


 それは、端的にいえば情報戦だった。
 ようやく軟禁から解放されたジークは仲間達、そしてセロの部下である工作兵らの協力を
得て、混乱冷めやらぬ風都の只中へと潜り込んでいた。
(……しっかしこうして近くで見ると、不気味以外の何者でもねぇな)
(全くだ。だがあの見た目で周囲を威圧できるというのも、あのような仮装をしている理由
なのかもしれないな……)
 人波の中、家屋の物陰に隠れて点々と移動しつつ、ジーク達はこのデモ騒ぎを起こしたと
思われる黒幕達──リストン保守同盟メンバーらの視認を繰り返している。
 一見して何かの仮装パフォーマーを思わせる、仮面とローブで素性を覆い隠した姿。
 だがサフレも頷くように、彼らには人を明るくさせるようなエネルギーを纏っていない。
むしろ逆、陰気な引力を伴うようなエネルギーの使い方をしている連中なのだ。
 ──保守同盟(リストン)は保守勢力の連合体である。
 しかし彼らは単なる烏合の衆では決してない。後発組ながら現実に六大陣営の一角を成し
ており、今日の世界情勢にも一定の影響力を及ぼしている。
 つまり、相応の権力・財力を持つ賛同者達がその内部にいるのである。
 彼らは自ら素性を明かそうとはしないが、各地の保守的な諸候ないし国々が手を組んでい
るらしいということは今や公然の秘密となっている。
(レノヴィン殿)
(こちらの準備、整いました)
 そうしてデモ隊の中に彼らが居残っていることを確認していると、街中に散っていた工作
兵達が戻ってきた。
(……分かった。じゃあ始めよう)
 同じく小声で、感情の読めない淡々とした様子で掛けられた合図に、ジークはサフレ達と
共に振り向き表情を引き締める。

「──おい、大変だ。これを見ろ!」
 “反撃”はすぐにデモ隊側にも知れ渡ることとなった。
 混乱する人波の中で、携行端末を持参・配布されていたメンバーらが次々とその仕掛けら
れた変化に気付くと、彼らはそれらを周囲の同志(なかま)達に知らせ始める。
『黙れっ! レノヴィンを出せ! お前達が匿っているんだろう!?』
『領主は何をしている! この街を“結社”との戦場にする気かっ!!』
 それは現在進行形で行われている、この街のデモ──その最前線を発信する映像だった。
 面々が端末の画面を凝視する。撮られていたのは守備隊とぶつかり、レノヴィン追放の主
張を叫ぶ自分達の姿だ。そんなリアルタイムの様子が今、導信網(マギネット)を通じて世
界中に配信され始めている。
 だが……おかしい。
 確か予定では証拠映像を壊されないよう、撮影班はもっと下がっている筈なのだが。
「おいおい誰だよ……。勝手に予定外の事をしてるのは」
「これじゃあまるで、俺達が守備隊に喧嘩売ってるように見えちまうじゃないか……」
 何よりも、面々が懸念したのはその映像場面のセレクトだった。
 映し出されているのは全て、抗議活動──を超えて“暴力的”になりつつあるさま。加え
てこのカメラアングルは、自分達の群列を怯えながら眺め、身を潜めている市民達の姿まで
ばっちりと映している。
「拙いぞ……。これはネガキャンだ。向こうが手を変えてきやがった」
「チッ! 領主の野郎、小癪な真似しやがって……!」
 デモ隊の面々は焦った。
 威圧しようとしているのは市民相手ではない。あくまでレノヴィンを匿っている執政館側
なのだ。こんな映像を流されたら……風向きは百八十度変わってしまう。
『拙いぞ……。デモ隊を“悪役”にされてしまえば、レノヴィンを引き摺り下ろす我々の大
義名分が損われてしまう』
『おい、この配信主を捜せ! 急いで始末するんだ!』
 だがしかし、デモ隊の面々が驚かされたのはそれだけではなかった。
 戸惑う中ではたと切り替わった映像。そこには真っ白な仮面とローブで素顔を隠した集団
──保守同盟(リストン)らしき者達が、街の陰でそんな物騒な指示を飛ばしている様子が
映し出されていたのである。
「ど、どういう事だよ……?」
「聞いてねぇぞ……。このデモってまさか保守同盟(リストン)が噛んでるのか?」
「何でだよ? あいつらって確か“結社”にエールを送ってたよな? 違うぞ、俺達はそん
なつもりでここに来たんじゃない!」
 デモ隊──に参加した一般人達は、次第に戸惑い、憤り始めていた。
 この配信されている映像が真実なら、自分達は彼らに踊らされていたのではないか?
 ただ“結社”との戦場になるのを、勝手に巻き込まれるのを避けたいが為に起こした行動
を、こっそり別の意図で利用されていたのではないか?
『──さて。この映像を見てあんたはどう思う? 言っておくが、これは今現在進行形で起
きている風都(エギルフィア)の一部始終だ』
 再び画面が切り替わったのは、次の瞬間だった。
 世界樹(ユグドラシィル)を背景に風都の一角に立ち、そう画面の向こうの人々に語り掛
け始めたのは、他ならぬ騒動の要因たるジーク本人。彼は尚も続く街の騒々しさを一瞥して
から、引き続き正面に向き直って口を開いていた。
『……先ずは謝りたい。俺の意図しない所で皆に迷惑を掛けた、怖がらせた。その事実は否
定しようがない。勇んで“結社”の矛先が自分だけに向くと過信した……俺の落ち度だ』
 言って、最初にあったのは頭を垂れる姿だった。
 デモ隊の、市民の、保守同盟(リストン)の。携行端末や避難した先での映像器を通じて
各々がそんな皇子の言動を凝視し、ごくりと重い息を呑む。
『だけど、これだけは言わせてくれ。そりゃあそれぞれが何を考えようかは自由だ。俺だっ
て結社(やつら)とは──奴らに大切な人を囚われているから、戦うって決めてる』
 風都だけではない。世界が見ていた。
 導信網(マギネット)に乗せられた彼からのメッセージは世界中を伝わり、各メディアも
大慌てで緊急速報として映像器に流し始めている。
『見えるだろ? この街の混乱ぶりが。怯えてる人達が。……何を思うかなんてぶっちゃけ
勝手だ。俺も含めて色んなことを思って生きてる。でもな、そいつらを力ずくでホンモノに
しようとした結果が……これだ』 
 領主モルモレッド、雇われの用心棒・セロ一味だけではない。
 デモに加わった者も加わらなかった者も、或いは遠く別な場所で息づく人々も。
『考えてくれ。俺の所為で暴れる“結社”とこの街のデモ隊、こいつらの差は一体何だ?』
 こんな荒々しいざわめきに“大義”など……。
 眉間に深い皺を寄せ、ジークはぶんと片腕を水平に払って叫ぶ。
『正しさなんて一通りじゃねぇんだ。だけどじゃあ何でもやっていいって訳じゃねえ。少な
くとも他人をこんなに怯えさせて、苦しめて……そんなやり方は間違ってる。皆が皆に俺を
支持してくれなんざ言わない。でもよ、ああやって無理やり巻き込んでくる連中がいるのは
事実なんだ。現実なんだ。だから……皆も自分なりに考えてくれ。こんなクソったれな企み
に引っ張られないような意思を、持って欲しい』
「……。ジーク」
「兄さん……」
 遠い場所、それでも近しい仲間達もまた、そんなジークの言葉を姿を観ていた。
 トナン王宮では、急の報せを受けたシノが臣下一同と通信回線に乗せたホログラム越しに
そのさまを見、アウルベルツではその日の試験を済ませて帰って来ていたアルスが、クラン
の皆や酒場の常連達と共に兄の映る映像器を見つめている。
『……俺からは以上だ。これから、このごたごたにケリを付けて来る』
 そしてジークは、バサリと上着を踵を返して背を向け歩き出し、それを合図に配信されて
いた映像もぷつりと途切れ──。

「随分とこなれてたじゃない。アウルベルツ襲撃の一件が活きたのかしら」
「……さてね」
 機材を繋いだ端末を一旦オフにし、リュカが声を掛けてきた。
 場所は風都の多くを見渡せる高台スペース。軟禁されていたセロのアジトや執政館のある
方向、その向こうには全景の見えない巨大なストリーム──世界樹(ユグドラシィル)が変
わらず静かに茜色の輝きを放ち続けている。
「俺はただ、打ち合わせ通りに喋っただけだよ。自分の言葉でさ」
 彼女に何となく茶化されるような、微笑ましく見守られるような視線を向けられ、ジーク
はぷいっとそう視線を逸らして呟いていた。
 上着のポケットに突っ込んだ両掌。静かに滾ってくる身体、胸奥のエネルギー。
 ほうっと染まっている頬の赤は、何もこの街のストリームの色に影響されているからだけ
ではない筈だ。
「それに、肝心なことはまだ終わってないんだ。サフレ」
「ああ。マルタ、連中の動きはどうだ?」
「は、はい。う~んと……」
 促され、マルタは手で庇を作って遠く街の各所に目を細めていた。その周りでは工作兵達
も端末を片手に、既に何やら連絡を取り合っている。
「見つけました! 北西に約五大往(ディリロ)(=約五キロメートル)、周りと違ってじ
っと動かないでいる一団があります!」
 ややあって、彼女の被造人(オートマタ)としての視力がその姿を捉えた。
 魔力を込めて茜色に輝いた瞳。こちらに振り向き指差した方向に、ジーク達は一斉に視線
を遣って臨戦態勢に入る。
「よしっ……! リュカ姉っ!」
「ええ!」
 今度はジークが合図を送り、リュカが魔導の詠唱を始めていた。
 程なくして一同の足を包んだのは風紡の靴(ウィンドウォーカー)。空中浮遊の風を受け
たジーク達はそのままぐっと両脚を踏ん張って地面を蹴り、一気にマルタが指し示した方角
へと飛翔する。
 ──これこそ、ジーク達の真の目的だった。
 作戦の概要はこうだ。先ずここ風都にジークがいることを大々的に知らせ、同時に今回の
デモを扇動した黒幕がいることを印象付ける。そうすれば自分達に吹く風向き──大義を失
うと焦り、保守同盟(リストン)のメンバーが動き出す筈だと踏んだのだ。
 だが……それはまだ第一段階。狙っていたのはここからである。
 ジークも至りかけていたが、この作戦を提案したリュカもまた同様、疑問に思っていた。
 何故自分達がこの街にいることを、彼らは知っていたのだろう?
 セロに連れて来られる際は貨物に紛らされていたし、その後からつい先刻まで身柄は彼の
アジト内にあった。普通に考えれば、外部から知りようが無い筈なのである。
 しかしただ一つだけ、可能性があった。
 “結社”だ。セロの軍勢に一度は撤退させられたとはいえ、そのまま彼らがサックリと自
分達への追撃を諦めたと考えるには不自然さが残る。もしかしたら、今回のデモ自体が彼ら
による攻め返しではないか? そう一つの仮定に至ったのである。
「……?」
 はたして、そんな仮説は見事的中していた。
 ジーク達が上空から見下ろす風都の街並み、マルタが示した北西方向。
 その一角にある石畳の広場に、仮面とローブの一団が立っていた。
 もし彼らが保守同盟(リストン)であれば、先程のジーク達の先手を受けてその捕縛に動
き出している筈だ。実際、工作兵らの情報網によれば殆どの仮面集団が動いているという。
 だが、この一団だけにはそんな素振りがない。
 故に結論付けられる。あぶり出される。
「──おぉぉぉぉぉッ!!」
 奴らは、結社の手の者(こんかいのくろまく)だと。
 空中からぐんと加速して下降し、ジークは腰の二刀を抜き放っていた。向こうもこちらの
接近に気付いたようだ。リーダーらしい人影を庇うように、ザッと複数が動くのが見える。
 それでもジークは止まらなかった。振り出す刀身を手元で瞬時に逆刃に持ち直し、そのま
ま彼らに向かって一閃を放つ。
「ぐっ……!?」
 射出されたような一撃が入った。
 逆刃とはいえ、その衝撃は凄まじい。だが庇い立てした人影らがあげた声は無機質にくぐ
もっており、むしろ人間的な苦痛を漏らしたのは吹き飛ばされた彼らの巻き添えを喰らった
リーダー格の方だった。
「やっぱりお前らだったか……楽園(エデン)の眼!」
 一閃の威力で、この仮面集団らの化けの皮が剥がれていた。
 仮面が割れ、ローブが破れ、本性を現したのは紛れもなく“結社”のオートマタ兵達。
 そんな、ふらつきながらも構わず鉤爪手甲を構えるこの黒衣の量産兵士らに護られるよう
にして立ち上がったのは、予想とは違い一人の女性であった。
「ジーク・レノヴィン……。何故? どうやって私達を……?」
「……ふん。まぁこっちにだって、頭の切れる仲間やらがいるってことさ」
 驚きを隠せないといった様子の女性。そんな彼女に相対し、着地したジークは二刀を構え
直して小さくほくそ笑む。
「け、結社……!?」「ひぃ……ッ!」
「皆さん、落ち着いて!」
「急いでここから離れて下さい!」
 その間に、リュカら仲間達は突然の事態に戸惑い怯える市民──やデモ隊だった人々を場
から逃がすべく奔走し始めていた。限りなく悲鳴に近い声が重なり、我先にと彼らは広場を
抜けて駆け出してく。
「覚悟しな。こっちは色々、てめぇらに問い詰めたいことやら恨みやらがあるからよ」
「くっ……!」
 ざっと見る限り、オートマタ兵は三十といない。女性だから舐めているという訳ではない
が、空中からの一撃をかわせなかったのを見てもそう強敵ではないと感じる。
「な、舐めるな! ここで会ったが百年目! 大命の下、この信徒シェリィが直々に引導を
渡してやる!」
 だが相手──シェリィと名乗った“結社”の刺客は撤退を選ばなかった。
 左右に肉壁を張るように展開するオートマタ兵。その後ろで、彼女はローブ(元々下に着
ていた方だ)の懐からボウガンを取り出すと構えてくる。
 一度睥睨した直後、ジークは地面を蹴っていた。同時相手側も動き出す。
 飛び掛ってくる黒衣の兵を、ジークは錬氣を込めた二刀で、今度は逆刃ではなく容赦なく
斬り捨てていた。
「……ッ」
 ぐらつき、身体を分断されて倒れていく雑兵。
 そんなこの皇子の進撃に、シェリィは眉を顰めながらも引き金をひく。
「はんっ!」
 だがジークはその放たれた矢をことごとく二刀で叩き落し、弾いていった。
 更に互いの距離が縮まる。……だが、彼女の口元にはにやりとほくそ笑む口角があって。
「……!?」
 あらぬ方向の中空に飛ばされた矢全てが、次の瞬間まるで意思を持ったようにピタリと止
まっていた。
 狙い定めたように、一斉に向いたその矢先はジークの背後。シェリィが密かにほくそ笑む
のとリンクするかのように、一度は防がれた射出物は再びジークに襲い掛かろうとする。
「──迸る雷波(スパークウェイブ)!」
 だがその搦め手からの奇襲は、離れた位置から放たれたサフレの援護攻撃によって焼き落
とされていた。
「往け、ジークっ!」
「ああ!」
 中空を猛スピードで駆け抜けていった電撃。
 ジークが肩越しに振り返ると、彼は頷いて叫ぶ。
 再び二刀が地面と平行に奔った。
 驚いてしまい第二射への動作が遅れているシェリィ。ただ隊長権限を与えられている彼女
を警護しようと迎撃に転じ、しかし「どけぇッ!!」とジークの雄叫びと共に斬り捨てられ
ていく黒衣の兵士達。
「おぉぉぉッ!」
 六華がその解放を受けた。紅と蒼の軌跡が交錯するように黒衣の兵らをバラバラに壊し、
シェリィの懐に肉薄する。
「ガッ……!?」
 一撃目は先ず、そのボウガンを中ほどから両断していた。次ぐ二撃目はもう片方の剣を握
る手を返して、彼女の鳩尾に強烈な一発。
 海老折りになったその体勢が衝撃の強さを物語っていた。
 ぐわっと白目を剥いてゆく彼女。そして斬り飛ばされたボウガンの残骸が地面に落ちたと
ほぼ同じくして、その身体はどうと崩れ落ちる。
「……」
 二刀を手に下げたまま、ジークは昏倒した彼女を見下ろしていた。人々の避難誘導を工作
兵らに任せて、仲間達がこちらに駆け寄ってくるのも見える。
「……これでデモも収まるか」
 後は捕まえおき、意識を取り戻すのを待って父の情報を搾り出し、当局に引き渡せばいい
だろう。そう思って、仲間達を迎えながらもこの女刺客を抱え起こそうとし──。
「神妙にしろ! 我々はサムトリア及び南方諸国連合軍である!」
 突然、広場に物々しい軍勢の一部がなだれ込んできたのはそんな時だった。
「エギルフィア領主ミカルディオ侯より援軍要請を受け、押しかけた不安分子摘発の援軍に
馳せ参じた! 下手な抵抗をみせれば拘束が長引くぞ!」
 広場を繋ぐ路地から姿を見せる軍服姿の一団。その隊長格が叫んだのを見て、まだ逃げ切
れていなかった市民らも戸惑うように立ち止まっている。
「共和国(サムトリア)? 何でまた……」
 既に無力化、全滅している“結社”達を足元にジークが眉を顰めていた。
 その間にもサムトリア軍は広場に踏み込み、残された人々や残骸になったオートマタ兵を
視て回っている。
「心配ならいりませんよ。レノヴィン殿」
「あれもボスの講じた策の一つです」
「……。そうなのか」
 だがそんな様子を横目に近寄ってくる工作兵らの言葉で、ジーク達はフッと身体に込めた
緊張を心持ち解いた。
 “万装”の息が掛かっているのなら、こちらが下手に介入すべきではないか──。
 そうお互いに目配せをして、四人はようやく石畳の上で人心地をつき始める。

「──本当にこれでよかったのかしら……?」
「勿論ですわ。これまで内政故に出遅れたこの国も、今回の件で“結社”に毅然とした態度
を示すことができたのですから」
 一方、その軍隊を送ったサムトリア大統領ロゼの不安に、
「それに星々(ストリーム)の導きも言っています。近い将来、セカイに節目の変化が訪れ
ると……」
 用心棒たる“黒姫”ロミリアは、円卓上の占札(タロット)を捲りながら語っていて。


 風都になだれ込んだ災いは、かくして一先ず立ち消えていった。
 しかし市民達の動揺はそう簡単に収まる筈もなく、守備隊とデモ隊──及び一時街に入っ
ていたサムトリア軍とが衝突・交錯した剣呑さの残滓は事件から数日が経った今も尚、街の
あちこちに漂っているように感じられる。
 出発の準備が整うまでの間、ジーク達は再びセロの館に滞在することとなった。
 とはいえ、もうその扱いは軟禁ではない。
 彼の部下達がいざという時の対応の為にこっそりと付いて来る状態ではあったが、自分達
で街中に出て旅荷を補充することもできたし、デモの黒幕とその顛末、これから西方に向か
うことになったという旨もアルスやクランの皆、シノ達にしっかりと導話で伝えてある。
「転送装置の全起動フェイズ、動作を確認しました」
「うむ。ご苦労」
 旅立ちの朝、ジーク達は風都内にある導きの塔にいた。
 これまで見てきたそれよりも一回り以上大きく、豪奢な巨塔。曰く導きの“大”塔。
 世界樹(ユグドラシィル)に最も近い街であるが故の、特別な存在感を示すということな
のだろうか。
 衛門族(ガディア)の官吏らが塔内部の魔法陣、その周囲に配置された転移装置の起動を
確認して報告すると、モルモレッドはそう短く峻厳な応答を返す。
「……準備は出来たぞ。往くか?」
「ああ。あんたもさっさと出て行って欲しいんだろう?」
 彼が振り向いて確認してきた言葉に、ジークは皮肉交じりに応えてみせた。
 ふん、とモルモレッドは眉間に皺を寄せて哂う。
 デモの一件を収めてみせたことで多少態度は軟化したように思われるが、それでも基本的
に自分達への「疫病神」扱いは変わっていない。たが自分達がこの街にいる──先日の一件
でその情報を得たマスコミの取材攻勢を阻んでくれている、その点は感謝しておかないとい
けないだろう。
(いよいよか……)
 リュカ、サフレ、マルタ。仲間達を伴って、ジークは転移の魔法陣へと歩いていった。
 既にマナが充填され始めているらしく、円形の外周からは順に藍の光が漏れ始めている。
 面々が見守る中、四人はその中央に並んだ。
「気を付けなよ? 西方(あっち)は特にきな臭いからね」
 それまで悠々とし黙していたセロが言った。
 一行が向かう先は、西方の盟主・ヴァルドー王国の王都グランヴァール。
 何故かはよく分からないが、セロ曰く国王ファルケンは西方に向かうジーク達を歓迎する
意向なのだという。
「……分かってるさ。だからこそ、俺達の捜しているものも見つかるかもしれねえんだ」
 望むところだ。ジークは彼の言葉に、そう心持ち口角を吊り上げて答える。
 結局、あのシェリィという女からは父についての情報は得られなかった。
 先日クランの皆と導話で話した際、ハロルドから“結社”内には階級制が存在しているら
しいと聞かされたが、やはりもっと強い者──あの魔人(メア)連中でもなければ分からな
いのかもしれない。
 魔法陣の光が強くなってきた。そろそろ、空間転移が始まる。
「……ジーク・レノヴィン」
 すると、じっと目を細めてふとモルモレッドが訊ねてくる。
「お前達はそこまで希求し、如何しようというのだ……?」
 それはこの街を巻き込んだことを責めている、という感じではなかった。
 厳密に解釈しようとするならば、むしろ“何故そこまで突き進める?”といった個人的な
疑問から来ているように思える。
「……どうもしねぇよ。ただ俺達は取り戻したいものがあるってだけだ」
 仲間達は困ったように黙っていた。
 そんな中でジークはついっと片眉を上げ、少々間を置いてから口を開いていた。
「生きてる限りはとことん足掻く、我を張ってる。それがヒトってもんじゃねえのか?」
「……」
 しかしその返答に、問うたモルモレッドは形ある反応を示さない。
 ジークはもやもやとする気持ちを抱えたまま、この頑固老人を見遣って思う。
 人なら誰もが幸せになりたいと願う。欲しいと思う。そしてぶつかり合う。
 だがその営みを虚しく思い、生きること全てを諦めてしまえば、同様に幸福もまた得られ
なくなるのではないか?
『君達は、何故このセカイに生まれたと思っている?』
 答えながら思い出していたのは、あの時“嘆きの端”でそう問うてきたクロムの横顔。
 冒険者という職業柄もあったとはいえ、毎日が全力で精一杯で、あまりそんなことを自分
はじっくり考えようともしなかった。
 だがこうしてこのセカイを憂い、諦め、縮こまる彼のような者達に出会うと……伝わる。
 憎悪や辟易。
 世の悪意を推し進めているものは、きっとそんな人々の失望感なのではなかろうかと。
「……」
 黙したまま、モルモレッドが部下らに目配せをした。
 転移装置が作動し、ジーク達四人を魔導の光で包んでいく。
『──ッ!?』
 だが、異変はそんな最中に起きた。
 それまで静かに光を強めていた魔法陣が、突然ノイズを伴う奔流を辺りに撒き散らし始め
たのである。
「えっ? な、何?」「装置が、暴走している……?」
「おい、一体どうした!?」
「わ、分かりません! 突然導力回路(パス)が乱れて──」
 場の面々が慌てふためいていた。
 仲間達は足元から起こる異変に戸惑い、モルモレッドらは原因不明の不調に狼狽し、セロ
一派に至っては黙してただ巻き起こる突風に身を任せている。
(何だ……? 六華が、啼いてる……?)
 理屈ではない。だが異変のど真ん中に立つジークにはそう感じられた。
 腰に下げていた愛刀・護皇六華たちがカタカタとひとりでに揺れている。
 何より、目の前で荒れ狂っている奔流の色は紅・蒼・黒・白・緑・金──全て六華を解放
した際に見てきたそれと一致している。
 一体、何が起こってるんだ……?
 そう戸惑うジークの脳裏に蘇ったのは、トナン王宮でのあの戦いだった。
 あの時“結社”の魔人(メア)達は六華に細工を加えていた。この六振りの中に封じられ
ていたもう一本の聖浄器、告紫斬華を手に入れる為に。
(……まさか、あの時の影響が?)
 ジークは思わず掴んで抑えようとした。だが愛刀らの震えは収まらない。
 道中、他の塔を使った時はこんな事はなかったのに……。
 焦りから不安、恐れへ。胸奥を突く感情の色彩はどんどんと青く暗くなっていく。
「皆、ジークにつかまって! このままじゃストリームの乱れに弾き出されるわ!」
 リュカが叫んでいた。
 魔導師である彼女が下した判断。彼女は勿論、サフレとマルタも言われるがままに手を伸
ばし、ジークとはぐれないようその肩や腕を取る。
 一層魔導の光は荒々しくなり、辺りを暴風で掻き回していく。
 モルモレッドやセロ達は助けに入ることもできなかった。吹き飛ばされないよう巻き込ま
れないよう、ただその場で両足を踏ん張り手で庇を作って耐えるしかない。
『──』
 やがて膨張した光が弾け、辺りが真っ白になった。
 暫しの間眩んだ視界。それでも面々は一体何が起こったのかを確かめようと、おずおすと
眼前の魔法陣へと眼を遣ってみる。
「……い、いない」
「じゃあ転移、できたのか……?」
「おい、早く解析を! 彼らの座標情報を早く!」
 だがようやく奔流が収まった時、既にそこにはジーク達の姿はなかった。
「……一体、何が起きたのだ?」
「さて。何でしょうね……」
 大慌てで状況把握を始めようとする衛門族(ガディア)達。
 そんな彼らの中で、モルモレッドとセロは焦りと驚き、それぞれの表情をみせて立ち尽く
している。
(やれやれ……。試練に愛される青年だな、君は)
 乱れていた場のストリームは、徐々に落ち着きを取り戻していく。
 だが彼らの目の前には、ぽつねんと沈黙した魔法陣だけが取り残されていた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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