──これから毎週、小説を書こうぜ?
毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。
【今週のお題:玩具、コーヒーカップ、欠片】
──まさか、よりにもよって今更此処に戻ってくるとは思いもしなかった。
あの頃に比べて明らかに、すっかり寂れて果ててしまった構内をゆっくりと歩く。
コンクリートと申し訳程度の緑を設え、日常から少し外れた娯楽を提供──していた筈の
この場所。
だが今や薄灰色の地面はあちこちがひび割れて汚れ、点在していた緑もすっかり枯れて色
彩を失って久しいとみえる。
これが、歳月の成せる業だと言えばそれまでだ。
実際今の自分はそれを当然とし、むしろその残滓すら消し去ることが仕事なのだ。
『おお……誰かと思えば。久しぶりじゃないか』
すると、しゃがれた声で私を呼ぶ声があった。
嗚呼、そうだ。彼らはまだ此処にいる(いきている)。
それまで俯き加減だった私はスッと顔を上げ、久しぶりの対面に内心ギクシャクしながら
も彼らと暫し語らうことにした。
「覚えていたんですね。自分以外にもいっぱい子供はいたでしょうに」
『ふふ。人間の記憶力と一緒にしてもらっては困るよ。私はずっと長い間子供達──だけで
なく多くの者達を乗せて愉しませてきたんだ。もうそれが叶わないと分かっていても、あの
感触や声はずっと覚えているさ』
「……」
ギシッと軋むように笑いながら、≪滑車≫は言った。
しみじみと、空を見上げて過ぎし日々を語る老いた身体。その姿に私はえもいわれぬ寂寥
感を覚えていたが、そこはぐっと堪えて出かかった言葉を押し込める。
『そうだねぇ……あの頃は楽しかった。皆、いっぱい笑ってくれた。まぁ怖いって泣きなが
ら乗せられていた子もいたけど』
そうしていると他の皆も私がやって来たのを認め、声を掛けてきた。
のんびりと、同じく軋む身体を寒風に任せているのは≪秋千≫だ。
先の彼と同じく思い出を脳裏に呼び起こしているようだったが、こちらは声色がのんびり
としている所為か、あまり辛さの類は感じられない(内心はそうでもないのだろうが)。
『だが、時代の変化はどんどん速くなるな。……分かっているよ。とうとう私達もお役御免
なのだろう?』
≪滑車≫が言った。
確認するように、静かに。
だがそこに込められている感情は怒りではなかった。こちらで無理やりに形容するなら、
諦観……なのだろうか。私はどうしても彼らを直視できず、睫毛を伏せがちになる。
「ええ。今は、そういう仕事に就いていますから」
『……なるほど。やはり老いには勝てんな。私達ではもう彼らは満足できぬか』
『うーん、残念だけど……』
彼らはそれぞれに呟いていた。いや、露骨にではないが嘆いていた。
人とはどんな対象であれ、それが長く続けば慣れっこになってしまう。その状態とは即ち
感性の鈍化であり、長い目でみれば衰退の始まりでもある。
方法はいくつかあるだろう。
だが多くの場合、人はその問題(しゅくめい)を“挿げ替える”ことで解決しようとする
ようだ。
鈍化している、その事実を直視して悶々とするよりも、新たな刺激を導入することで自ら
を慰めているのではないか──。そう私は常日頃考えていたりする。
『ま、貴方達は特に入れ替えの時期が激しいからね』
『それに比べてボクらの場合、基本的に似たり寄ったりで替わりようがないからねー。ある
意味もっと悲惨だよ?』
そう言って自嘲気味に笑ったのは≪造馬≫と≪茶器≫だ。
私は「ええ……」と眉を顰めて哀しくなる他なかった。
入れ替わりが激しい──つまり変化の容易な場合もあれば、逆に中々変わることができな
い者もいる。
疎外される哀しみ、追いつけない哀しみ。
どちらがより不幸な星の下にあるのか、それは私には分からない。
……私は、どうやっても“彼ら”には為れない。
むしろ今の私は、彼らを侵奪していく立場にさえあるのだから。
『いえ……そもそも今の時代に私達が必要なのかすら、私には疑問です。娯楽の選択肢は今
や多方面に渡っています。ただ人々を待つだけの“受身”では、私達に限らずそう遠くない
将来に必要とされなくなる──或いはそもそも認識さえされないでしょう』
なのに、彼らはこちらが哀しくなる程に自分達の命運を知っていた。
冷静に淡々と語るのは≪屋敷≫だ。
流石は当時も、客寄せの第一波を張っていただけのことはある。常に人々の欲求──彼の
場合は如何に肌を刺すようなスリルを与えられるか──を研究しては改善を加え、その度に
リニューアルを繰り返してきた、その実績が過去の彼を作っている。
だが……そんな彼もまた諦観を抱いている。
どれだけニーズを研究しても、それに応えようとしても、世の人の欲求は我がままで留ま
ることを知らないからだ。
焦って「個性」に走れば奇を衒っているとして冷められるし、かといって彼らの欲求全て
に「従順」過ぎれば迎合だと指弾される。……だから衰退はいつか必ずやって来るのだと。
『かといって、新しいコンテンツを入れたよーって宣伝しても、それはそれで“煩い”って
言われちゃうんだよねぇ。何というか、与える側(おれたち)の方が四六時中顔色を窺って
ビクビクしてたっていうか……』
そんな一方で≪遊舎≫の見解は何処か楽観的だった。
……いや、そういう表現は厳密ではないのだろう。もう疲れた──もう愉しませる義務は
自分達にはないんだという、一種の安堵に似た感覚か。
しかし、と私は思う。
だったら今日までの隆盛と衰退、消滅へと推移してきた日々は何だったのだろう?
所詮彼らは使い捨ての宿命からは逃れられず、その終焉で以ってようやく救われるという
のか。今の私の立場で言う資格がないのは分かっているが……あんまりではないか。
『顔を上げなさい。そう落ち込むことはないよ』
それでも、皆を代表するかのように≪滑車≫は私に語り掛けてきた。
気付いてみれば、私の周りには最期の時を迎えようとする面々が集まっている。
これから自分達がどうなってしまうのか知らない筈はないのに、私という“死神”を温か
く見守ってくれている。
違和感──いや、罪悪感。何よりも、躊躇い。
『如何なるものにも常などない。時が経てば皆等しく朽ち果ててゆくものだ。誰にどのよう
にという違いはあっても、その辿り着く先は変わらんよ』
『そうさ。ボクらには思い出がある。昔、皆を愉しませ、育んだという誇りがある』
『……無駄ではないと信じたいですね。現在は過去の上にあります。そして現在は未来の為
にまた敷かれてゆくもの。少しでもその一部となれたなら、まぁ上々でしょう』
「……」
だから私の頬には、いつしか一条の涙が伝っていた。
脳裏に蘇るのは、まだこの場所が華やかだった頃の記憶。
まだ幼子だった私は、両親に連れられて何度もこの園にやって来た。他の親子連れと同様
に、私は日が暮れるまで目一杯遊び、笑い、明日が来るのを瞳を輝かせて待ち構えた。
なのに……今はどうだろう?
少なくとも輝きはどんどんと褪せてしまったように思う。
常に道往く先に光がある訳ではないと、それを知り受け入れることが即ち大人になること
なのだと、自分に言い聞かせながらこの歳月を過ごしてきた。
「すみません……。こんな、恩を仇で返すような真似になるなんて……」
だから、せめて紡ぐ。
運命の巡り合せ、その性悪さに悔しさの唇を噛む。
『気にするな。君は大きくなった。君は君の未来(これから)を生きればいい』
『だからさ、もし俺達の後輩に会ったら伝えて欲しいんだ。子供も大人も、いっぱい愉しま
せてやれって』
『最近は皆忙しないみたいだから……。もっと、もう少し、のんびり優しい顔になってくれ
ればいいなあ……』
自己犠牲の精神。エンターテイメントとはそういうものなのかもしれない。
でも、だけど、それを当たり前として彼らを使い潰し続けるなんて──。
「お~い、新見! 何やってんだ、そろそろ始めるぞー!」
そんな時だった。
青年がぼんやりと空を見上げていると、彼の上司である男性が遠巻きから声を掛ける。
傍には同僚達と複数の重機。そこには同じ社印を塗装した一団が出来上がっている。
「……はい。今行きます」
促されて青年はゆっくりと向き直り、歩き始めた。
ガシャガコッと、足元に散乱したコンクリートの瓦礫が、その歩みを受けるごとに物言わ
ぬ軋みを放って転がっていく。
そんな彼の背後には、朽ちた大型遊具が鎮座している。
錆び付いた旧式のジェットコースター、以前落下事故を起こして問題となった物と同系の
ブランコ型アトラクション。汚れの目立つメリーゴーランドやコーヒーカップに加え、それ
自体が廃墟になったお化け屋敷、時代遅れの筐体が放置されたゲームセンター館。
此処は、今や営業すらされずに閉鎖された元・遊園地だった。
青年達はこの日、地主から依頼を受けてこの場所を訪れていた。
話では、後日最新鋭の大型ショッピングモールが建てられる予定なのだそうだ。その為に
長らく放置していたこの場所を“解体”すべく、その専門業者である青年達に仕事が舞い込
んだ訳である。
「……」
もう一度、もう一度だけ、青年は後ろを振り返った。
かつてこの場所は幼き日に遊んだ娯楽の園。だがその姿は廃れ、今日という日を以って存
在すら消し去られる。
鈍化する感覚、衰退する世の常。
それでも人間は新たな刺激を快楽を求め続け、かつて在ったものを次々に壊しては先端を
名乗るものを築き直す。まるで始めからなかったように、されど時折、都合のよい時だけは
はたと思い出してありし日々を──壊し(けし)続けるその業を省みずに──美化する。
(……ありがとう。さようなら)
故に、ふっと虚ろな哀しみが胸奥を衝く。
最期にかつての、幼き日々に別れを告げると、青年は再び前を向いて歩き始めた。
(了)
Author:長岡壱月
(ながおか いつき)
創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)
【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。
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