日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「嵐の中の君へ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:曇、プロポーズ、激しい】


「──ごっ……、ごめんなさーい!」
 そう半ば泣き出したように彼女は駆け出していった。文字通り逃げられた。
 拓也は何がなんだが分からなかった。
 意を決して告白したものの、振られてしまった。多分そういうシュチュエーションである
のだろうが。
 だが、自分は彼女を泣かせるほどに迫っただろうか? 確かに緊張して少し声が上擦って
しまったかもしれないが、そう脅すような声色ではなかったと思いたい。
 なのに……彼女は泣いていた。
 最初はぼんっと顔を真っ赤にして、でも次の瞬間にはしょぼんと俯いてしまい肩から全身
を震わせて。
 そうしたら──急に空が曇って、大雨になった。
 泣きたいのはこっちなんだが……。バケツをひっくり返したような急な降雨で全身が大い
に塗れそぼる。多分自分もショックで泣きたかったろうに、それすらも突然の雨は流し去っ
てしまうかのようだった。
「……」
 雨音の中で、彼女の足音がどんどん遠くなり、やがて耳に届かなくなった。
 一体、何だってんだ……?
 振られたらしいショックと、泣きっ面に鉢ならぬ突然の雨。
 拓也ただ、暫くその場で雨に打たれるがままに天を仰ぐしかなくて──。


「ふーむ。それは災難だったな」
 クラスの教室。拓也の話をじっと聞いていた沼田は、わざとらしく(実際は本人の癖なの
だが)口元に指を添えて小さく唸ると、そう実に淡白に短い感想を呟いた。
「災難ってもんじゃねぇよ……何であのシュチュエーションで大雨が来るんだか。おかげで
家に帰ったらすぶ濡れだぜ? ちょうど風呂が空いてなかったら風邪までひいてたかもしれ
ねぇし」
「ご愁傷様。まぁ恋も病気みたいなものだよ。遺伝子レベルのね」
「……他人事だと思って」
 ぶすっと憎まれ口を叩いたが、それでも一方はまぁこの友人は元々からこういう奴だから
なと拓也は内心でホッとしていた部分もあった。
 その証拠に、沼田の方もけろっとした表情(かお)で文庫本に目を落とし直している。彼
はいつもいい意味でも悪い意味でも冷静なのだ。だからこそ、こうしてわざわざ「敗戦」の
報告もできた訳だが……。
「とはいえ、意外だよ。勉強もそこそこに野球ばかりやっている君が一丁前に恋をするなん
てってね。それもあの天宮さんがお相手ときたものだ」
 よく喋りながら本を読めるよな。
 そう割とどうでもいいことを考えながら、拓也は「ぐぬ……」と渋い顔をした。
「一言で表現するなら、清楚可憐な文学少女。にも関わらず、これまで意を決して告白した
男子は皆が皆撃沈しているという難攻不落ぶりだ。もしかしたら実はもう彼氏ないし想い人
がいるのかもしれないね。或いは……彼らを振り落とす魔性の女、かもしれない」
「そんなことねぇよ!」
 ざわっと、教室内のクラスメートらが驚いたように一斉にこちらを見遣ってきた。
 そっと口元を手で押さえ、やがて皆が小さな疑問符と共に再び休み時間の談笑に戻ってい
くのを待つ。今度は声量を抑え気味に、拓也はずいと沼田に詰め寄る格好で言った。
「あの時の天宮さんはそんな風には見えなかった。お前に言うように、かわいらしい感じそ
のままだったぜ? 別に俺、罵られた訳じゃねぇし、さっきも話したけどごめんなさいって
叫びながら逃げられただけで……」
「そうか。まぁどちらにしろ、撃沈記録は更新された訳だけど」
「……ぐぬぬ」
 推測が違うと分かっても、沼田は至って落ち着いていた。意趣返し、という訳ではないの
だろうけれど、しっかり科白の末尾にピリリと皮肉を加えることも忘れない。
「ただ……僕としては少し気になるな。今のご時世、異性に恐怖心を持つような繊細な女子
が生き残っているとは考え難いのだけど」
「お前、何気に今、女子全員を敵を回したぞ……」
 だが彼の残した疑問は、拓也も同じく抱くものであった。
 自分の自惚れでなければ、あの時の彼女は「嫌悪」というより「逃避」に近い形で自分を
拒んでいた……ような気がするからだ。
(うーん……。未練がましいのかなぁ……)
 もやもやした気持ちはまだ晴れそうにない。ちらと拓也は窓の外へと眼を遣る。
 外は──昨日の告白以来ずっと──どんより雨模様が続いていた。

 故に、普段部活で使っているグラウンドは使い物にならなかった。
 放課後の活動時間。野球部に所属している拓也は、雨天の時にはこうと決められた通り、
他の部員達と共に校舎内の走り込みで軽く汗を流していた。
 続いて、いつもの軒下スペースに集まって筋トレ。見渡してみれば他の外の運動部も似た
ような基礎トレーニングで時間を潰しているようだった。
 すぐ脇の体育館では、バレー部のキュッキュッというシューズの音やバトミントン部のロ
ケットが打たれる音が漏れ聞こえてくる。
(うちの部も、室内練習場とか作れないのかなあ……)
 すっかり慣れた所作で、拓也はいち早く筋トレのノルマを終える。一度深呼吸をして襟元
から突っ込んだ手でパタパタと汗を引かせてやる。
『──ぁ、う……。そ、その……』
 ただ、何も筋力がしっかりついているからではない。
 昨夕の事を思い出していると、不思議と身体が普段の二割増しで動いていたのだ。
 やはり。あの絶叫のような「ごめんなさい」の前、彼女は──泣いていた。記憶が自分に
訴えかけてくる。
 振られた。その事実はもう仕方ない。そう自分に言い聞かせることにする。
 だが、気掛かりではあった。あの子を泣きじゃくらせてしまった何かが(あの時の)自分
にあったのならば、せめて謝ることくらいはすべきではないのか……。
「……よしっ」
 それすらも拒まれたたら、それこそ掛け値なしの失恋だと自分に言い聞かせられる。
 近い内に謝りに行こう。拓也は運動ジャージに身を包んだ格好のまま、渡り廊下の向こう
に見える教室棟を見上げる。
「──」
 そんな自分を、物陰から覗き込んでいる人影に怪しく反射する眼鏡に、気付くことなく。


 そう拓也が決心してから数日が経った。
 あの時降っていた雨は流石に止み、今は静かに陽の光すら差し込んでいる。
(今日はここにいるって聞いたけど……)
 尻込みしてなかった、というと嘘にはなってしまうだろう。
 だがそれと同時に拓也には彼女との接点が少なかった。告白の時は図書館にいる所に顔を
出して呼び出したのだが、彼女がいつも此処にいる訳でもない。
 故に沼田にも協力して貰い、せめて彼女がどのクラスにいるのかを最初に調べた。
 その上で実際に訪ね、何処にいるかをクラスの生徒に訊いてみた。先日沼田が話していた
ように文学少女の評はあながち間違いではなく、彼女は図書委員として窓口当番の日には昼
食を司書室で摂っているとのこと。
 それが今日だと聞いて、拓也はまだ心臓がバクバク鳴っているのも構わずこうして足を運
んできたという訳だ。
「……よ、よし」
 この時間帯は──それとも場所が場所だけにかしんと静かだった。
 もしや誰もいないんじゃないかと不安になったが、息を呑んでそっと引き戸に手を掛けて
みればガラガラッと容易に開く。
「──ッ!?」
 いた。彼女が、あの時の少女・天宮雫がいた。
 手元だけが切り抜かれた硝子の間仕切りの向こうで、彼女は小振りな弁当箱を抱えた格好
で座っていた。急に入ってきた相手が先日の男子生徒だと分かったようで、口に含みかけて
いたおかずを詰まらせて咽る。
「お、おい大丈夫か? あ、失礼します……」
 拓也は慌てた。ノックすべきだったなと反省しながら、咽る雫の傍へと駆け寄る。
 間仕切りの向こうでは、彼女が水筒のお茶で食べ物を流し込んでいた。
 けほけほっ。少し涙目になったその顔は、やっぱり可愛いなと、経緯からして不謹慎なが
らも拓也は思った。
「あ……。あの、確か昨日の……。えっと、澤村……くん?」
「お、おう。そうそう。B組の澤村拓也。ごめんな、驚かせちゃって」
「いいえ……。あの、どうしたんですか? 貸出・返却はもう少し待って下さると……」
「あ、いい、そうじゃないんだ。俺、昨日の事を──」
「こらぁあああ!!」
 そんな時だった。
 おそらく先に蔵書整理でもしていたのだろう。部屋の奥、本棚の向こうから別の女子生徒
が物凄い剣幕で駆け出してきたのだ。
 言い掛けた言葉を中断され、拓也も雫も同時に彼女を見る。三つ編みのおさげに角ばった
黒フレームの眼鏡。しかしそれでも隠せない気の強さが節々より滲み出ている。
「あんたね? あんたが昨日雫を泣かせたっていうスカポンタンね!」
「えっ。泣かせ……それは」
「えぇいっ、ここまで追ってくるなんて! 帰りなさい、あんたなんかに雫をどうこうさせ
ないんだからっ!」
「へ? ちょ、まっ──」
 拓也にその気はなかったが、既に彼女は臨戦態勢だった。
 片手には整理の途中だったのか、厚手の辞書。冗談抜きで鈍器になるレベルである。
 とはいえ所詮女子の腕力だし、運動部の自分が振り払えないこともないが……。
「ま、待ってマユちゃん!」
 だが、助け舟は他ならぬ雫から出されていた。弁当を木机の上に置き、司書室のドアを開
けて中から出てくる。
 すると眼鏡の少女は今まさに殴りかかろうとしていた手を止め、しかしながら不満そうに
数歩下がる。
「な、何で? だってこいつなんでしょう? この前雫に迫って泣かせたのって」
「せま……っ!? ご、誤解だって! た、確かに俺、天宮に告ったけど、でも振られてる
し……。でも去り際に泣いてたみたいだったから、俺何か怖がらせるようなことしたんじゃ
ないかと思って。せめて、謝りに……」
 眼鏡の少女──雫曰くマユちゃんの警戒の眼に、拓也は思わずたじたじとなった。
 途中何度も詰まりながらも、何とか今日ここを訪ねた理由を話し、弁解しようとする。
 雫が目をぱちくりとして胸元に手を遣っていた。一方で眼鏡の少女はまだ辞書(どんき)
を握ったまま不機嫌そうに立っている。
「そうだったんですか……。こちらこそごめんなさい。私あの時、頭の中がワーってなっち
ゃって……」
 そして、雫はそうはにかんで苦笑した。
「いや、こっちこそごめん。いきなり呼び出してあれだもんな。怖がられちまうのも無理の
ない話だよな……」
 安堵。嫌いだからじゃなく、怖かったからだと本人の口から聞けた。
 はにかむ様子もとても可愛らしい。だが、そこまでだ。これ以上話そう──口説こうとす
るのは未練がましい。男としては宜しくない。
「あ、いえ……そうじゃなくって」
「? 違うって?」
 だが彼女は、まだ別の懸念を持っているらしかった。
 はて何のことだ? 何気なく──いつの間にか彼女の傍にスタンバっていた──眼鏡少女
を見てみると、何故か今まで以上に渋い表情をしている。
「……。あの時“私の所為で大雨になった”ことです」
 すると彼女は、きゅっと唇を結ぶとそう大真面目に言った。

『──つまり、天宮が泣くとお天道さんごと泣くってことか?』
 最初は信じられなかった。
 だが彼女当人と山路さん(眼鏡少女の姓である)が語ってくれたさまは、とても冗談を言
って自分を騙そうとするような感じに見受けられなかった。
『まぁ、ざっくりと言うとそういうことになるのかしら。とにかく、何故か今でも分からな
いのだけど、雫が昂ぶると辺り一帯が大雨になるの。……かれこれ十年近い付き合いの私が
言うんだから間違いないわ』
 曰く、感情の昂ぶりに呼応するかのように雨を呼んでしまう体質。差し詰め雨女か。
 だが彼女の場合は嘯いて乾いた笑いを放つ、という余裕はなかった。
 だってそうだろう。少しでも感情を昂ぶらせて──大きな心の動きがあれば、それだけで
辺りの天気が雨になる。どんなに晴れていても、だそうだ。実際、彼女が在籍していた学校
ではこれまで多くの行事で雨天に見舞われてきたらしい。
『……だから、この前も急にあんなこと言われてドキドキしちゃって。そうしたまた大雨に
なっちゃって……。私……私……』
『……』
 山路さんが泣き出しそうな彼女の背中を優しく擦ってあげている。
 辛い思いをしてきた筈だ。
 少しでも感情の波が強くなるだけで、雨になる。その不思議な体質に気付いた時、彼女と
いう繊細で心優しい人間がどれだけ苦悩を抱えることになったか。想像するに余りあった。
『だからね、澤村』
 故に踏み止まれなかった。
『──もう、雫には関わらないで』
 山路さんからの、そんな冷たく突き放すような一言に。

(はぁ~……)
 そんな事が昼休みにあって。
 拓也が午後の授業に集中できなかったのは無理もない(元から勤勉ではないのだが)。
 現在は五時限目、物理。黒板には別言語としか思えない数式が書き連ねられており、その
前で教壇に立った壮年の教師が延々と講釈をしている。
(俺は、なんてことを……)
 自分の机に突っ伏した拓也は、授業内容など全く頭に入らないまま悶々としていた。
 振られたのは事実だ。だけど──こんなのあんまりじゃないか。
 好きだとか嫌いだとか、そんな感情を大きく抱くだけで、周りが雨(めいわく)になる。
 きっと彼女は、そんな自分の体質を気に病んでいるのだろう。男子達が玉砕してきたのは
単に好き嫌いというもの以上に、その雨女ぶりで自分から他人と距離を取っている点にある
ことは最早明白だったからだ。……まぁ「異性として嫌です」という感情も、既に持たれて
いるのかもしれないが。
「……」
 思うと、余計に凹んだ。
 未練がましいとは分かっている。だけど、それとあの子の体質とやらは別問題の筈だ。
 恋愛とか、そこはもう二の次だった。拓也の頭の中には、彼女のそれを何とかしてやれな
いものか、その思案ばかりが延々と繰り返されるばかりだった。
 だが分からない。そもそも雨女というのは理屈でどうこうなるものかも分からない。
 嗚呼、こんなことなら一目惚れなんてしなければよかったのだろうか……。
 そう拓也が何度目かの嘆息をつこうとした、その時だった。
「──というように、一度発表され確定された理論も、解釈を他方向から検証し直すことに
よって大きく変化・修正せざるを得ないケースがある訳だな。うん」
 はたと、耳にそんな教師の解説の一部が届いていた。
 最初数秒は何てことはない(ことは本来ないのだが)午睡の呪文のように無意識に聞き流
そうとしていたのだが、
(……ん? 解釈を、検証し直す……?)
 ふと、そんな言葉が思考の中に引っ掛かる。
「──そうか!!」
 そして次の瞬間、思わず拓也は自分の席から立ち上がっていた。
 だがそれは周りから見れば奇行そのもので、淡々と眼を遣っている沼田を始め、クラスの
面々や教師もが一斉にこちらに怪訝の視線を送ってくる。
「……。すんません」
 ハッと我に返って、すごすごと座り直す。
(でも、もうそうなら……)
 しかし拓也の内心は、一縷の希望を見たように光が差し込み始めていた。


 善は急げだった。
 拓也はその日の内に再び図書室を訪れ、二人の予定を聞きだした。
 言った傍から関わってきた……当然山路は厭そうな表情(かお)をしていたが、ひそひと
耳打ちをしてきた拓也の言葉に、驚き渋々と承諾する。
 週末。休日の緑地公園に拓也たちは集まっていた。
 メンバーは拓也、雫に山路、あと沼田。
 今回雫を除き、二人には事前にあることを話してある。
「よーし、今日は天気もいい。絶好の遊び日和だぜ」
 公園に立った拓也が取り出したのは、人数分のグローブや白球、バットなどの野球道具。
彼はそれらを面々に渡すと、早速「遊ぼうぜ!」と呼び掛ける。
「……。何で澤村くん……」
「まぁ細かいことは気にしない気にしない。読書もいいけど、たまには外で身体を動かすの
も有用だと思うよ?」
 おどおどと戸惑う雫に、沼田はさりげなく微笑んでフォローを入れていた。
 彼も呼ばれたのは、これに尽きる。ポーカーフェイスで物事を進めるサポーター、この友
人ほど適切な人材は中々見つからない。
 四人はそれから暫く、晴れ空の下でキャッチボールや草野球を楽しんだ。
 女性陣は根っからの文化系らしく四苦八苦していたが、そこは現在進行形の経験者である
拓也が充分に手加減をし、アシストした。
 正午辺りになれば、一旦四人は昼休憩と取ることになった。
 緑の眩しい芝生にレジャーシートを広げ、雫が持ってきた手作りの弁当を皆で突付く。
 はっきり言おう。物凄く美味かった。拓也が「いいお嫁さんになれるなぁ」と素で口にし
ようものなら、当人はぼんっと顔を真っ赤にして俯く始末。
(……。何で? 何で雫がこうなのに雨にならないの?)
 だからこそ、一番長く彼女の傍にいた筈の山路には、疑問符ばかりが膨らんでいく。

「──要は解釈の問題なんだよ」
 昼食を済ませて、今度は四人でひなたぼっこ。朗らかに談笑。
 するとはたと痺れを切らしたように「何故」と詰め寄った山路に、拓也はニカッと笑って
そう答えると晴れ空を見上げた。
「何もさ、昂ぶるってのは“怖い”だけじゃねぇだろ? 楽しいってのも感情が高まるって
点では同じだろ。俺だって野球をしてると楽しくってワクワクする」
 ちょこんと座った雫が目を瞬きながらそんな拓也を見つめ、山路はその意図を汲み取ろう
と必死に眉を顰めている。そんな三人を、心持ち遠目に沼田は眺めて文庫本を広げている。
「天宮だってワクワクするもの、ないか? 図書委員にまでなってるし、本好きだろ?」
「はい……。雨ばっかりだから部屋で読んでて、気が付いたらすっかり……」
「じゃあ先に本を読んでる時はどうよ? 読んでる──好きなことをやってワクワクしてる
時にいつも雨が降ってたか?」
『──!?』
 雫が、山路が、お互いに顔を見合わせていた。
 明確な返事にこそしなかったが、それだけで拓也から投げ掛けられた質問が否であること
が窺える。
 嗚呼、やっぱりか……。
 拓也は確信を持ったような、心底安堵したような笑みを見せて、言う。
「何でもネガティブに思うからだよ。そうやって哀しむから──雨になるんじゃねぇかな」
 それが、彼の見出した光だった。
 感情が昂ぶると雨になる。だけど今はどうだ? あれだけ皆で遊んで楽しんだ──間違い
なく当の雫も笑って存分に愉しんでいた、感情は高まっていたのに、今は雲すら殆ど見られ
ない快晴だ。
 雨女たらしめる本当の理由は、もっと狭い範囲だったのだ。
「だからさ、もっと笑おうぜ? そうすりゃもう自分の所為で雨になるって気負わなくて済
むと思うんだ。きっとその方が似合うと思うし。……ごめんな、俺のわがままにわざわざ付
き合わせちまって」
「──……っ、……ッ」
 雫の表情がみるみる変わっていた。
 くしゃっと歪み、ぼろぼろと涙がこぼれる。
 だがそれは苦痛のそれではない。嬉し泣きという奴だ。
「……実際にこんなに晴れてるんだから、反論の余地が無いわね。ごめんね、雫。私が貴女
のためって言ってずっと縛ってたんだね……」
「ううん……。そんなこと、ないよ……」
 雫と山路、親友同士はがしりと抱き合っていた。今度こそ本当に、すれ違いは無く本当に
お互いを大切に思う友達として。
(……やるじゃないか。脳筋の君にしては素晴らしい冴えだよ)
(うっせぇな。俺だって考えるくらいするっての)
(ふふ。なるほど? これが愛、か……)
(~~ッ!?)
 一方で、拓也も沼田という友とひそひそ声でそんなやり取りを交わしていた。
 全く……てめぇは毎回一言多いんだよ。拓也の頬が、かぁっと赤く熱を帯びる。
「あ、あの。澤村くん」
 そんな時だった。ふと、それまで抱き合い慰め合っていた雫がもぞりと居住まいを正し、
緊張気味に拓也に向き合ってきた。
「ん? ああ、例とかならいいから。俺のお節介だよ。だからこれからは──」
「……その。この前の告白のことなんですけど」
 言い掛けて、拓也の動きが止まる。心臓の音が一際ドクンッと鼓動を刻む。
「い、いきなりこ、恋人はき、緊張しちゃいますけど、改めて返事をさせて下さい。私なん
かでよければ、その……宜しくお願いしますっ!」
「ッ!? ~~ッ!?」
 今度は拓也の表情がみるみる内に変わる番だった。
 脳味噌がその意味にすぐには追いつかない、でも全身はかぁっと熱くなって歓喜の勝鬨を
あげている。
「え? あ、でも、俺振られたんじゃ……?」
「……? あ。いえ、そんなこと、ないです。……図々しいと思われるかもしれませんが」
「いやいやいや! こここ、こちらこそ宜しくお願いしまっす!」
「落ち着け。大逆転じゃないか」
「お、落ち着いてられるか!? そこまで頭回ってねぇよ!?」
 勿論、断るべくもない。最初にアプローチしたのはこっちなのだから。
 沼田はにやにやと茶化し、山路は落雷にでも撃たれたかのように呆然としたままだ。
 すると──ぽつと、拓也達の頬に水滴が落ち始めた。
 それは程なくして大粒の雨となり、晴天の緑地公園は一挙にして濡れそぼる。
「えぇぇ!? 何で!?」
「ご、ごめんなさい……。多分、嬉し泣きの所為です……」
 慌ててレジャーシートで四人を包んでしのぎつつ、雫が笑顔で泣き腫らしながら言うその
手を取って、拓也は駆け出す。雫はそれに一切抵抗することなく委ね、もう一方の手を呆然
としたままの山路を引っ張ることに回す。沼田もこのにわか雨の中、飄々と後に続く。
「最後の最後にかー。こりゃあ、もっと本腰入れて対策を練らないとなあ」
「……っ」
「ん? どうしたよ?」
「いえ……。ありがとうございます、澤村くん」
「? お、おう……」
 四人はシートを傘代わりに敷地内の屋根付きベンチへと走る。
 拓也は苦笑いを溢し、手を取られた雫はほんのりと頬を赤く染めている。
 
 何だかむず痒い。でも、これはきっといいものだと少年は少女は思った。
 こんな気持ちになれるのなら──この雨だって悪くない。
                                      (了)

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  1. 2012/12/01(土) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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