日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)NIGHT GUNNERS〔5〕

 記憶に刻み付いて離れないのは、焼ける鉄と咽返るような血の臭い。
 あの日を境に僕は多くのものを失った。
 両親、環境、故郷……何よりも僕の眼に映る世界は大きく変わってしまった。
 もう戻れなかった。何も知らずにいられる無知な子供のままでは、いられなかった。
 両親が死んだ後の混乱。まだ心の整理も満足にできてない僕の下にやって来たのは、親戚
縁者を名乗る見知らぬ──実際、赤の他人も混ざっていたかもしれない──人間達だった。
 島では名の知れた資産家でもあった両親の遺した財産を目当てに、彼らは様々な名目で貪
り食っては横柄に去っていく。
 僕には何もできなかった。奴らと戦うには、幼過ぎた。
 最初は絶望に近い感覚だったと思う。だがそれを決定的に憎しみへと焚き付けたのは、両
親が死ななければならなかった理由が、単なる不幸ではなく、誰かの手で引き起こされたら
しいと分かった時だった。
 ──義さん(父の事だ)さえいなきゃ、俺達はお上に睨まれずに済んだんだよ……。
 多分それが切欠だったのだと思う。
 僕の眼に映る世界は、決定的に変わっていた。
 人は、不完全な存在。
 人は、裏切る存在。
 人は、何処までも、何処までも醜くなれる存在。
 世界は……悪意で満ちている。幼かった僕の意識はそんな反発で、憎しみで燃え滾るよう
になっていた。それは居場所を失い、清浜本土へ引っ越す事になった時も変わらなかった。
いや……むしろ拍車が掛かったのかもしれない。予想はついていたとはいえ、結局僕を引き
取ると申し出て来た面識のない“親戚”も、その本音は僕という人間を手元に置いておけば
遺産相続に有利になると考えていただけだったのだ。だから里親としての振る舞いなど、殆
ど僕の記憶にはない。はっきりと覚えているのは、搾れるだけ搾り取った後で僕を施設へと
半ば捨てるように入れたのだという事だけだ。
 申し訳なかった。
 父さんも母さんも悔しかったに違いないのに、僕はただ生き残っただけで、見知らぬ連中
にその形見になるものを根こそぎ奪われる日々。
 だから僕は……自分だけが生き残った事に対して、子供心ながらに大きな疑問を持つよう
になっていた。
『……そうか』
 だからこそ。
 あの日、ビルの上から鉄骨が落ちてきた時、その足場の一角に僕を冷たく見下ろす人影を
見つけた時、一人で納得していたのだろう。
『……やっぱり僕も、邪魔なのか』
 これでやっと、僕もこんな世界とおさらばできる……。
 だけどそうはいかなかった。気が付いた時には、僕は一人の少年によって突き飛ばされて
いた。すぐ足元に鉄骨が突き刺さっている。本当なら僕がその下敷きになっていた場所に。
 彼の名は黒田一聖。
 転校先のクラスにいた、何かと近づいて来る物好きな奴だった。
『…………どうして僕を助けた?』
『どうしても何もあるかっ! お前、もうちょっとで死ぬとこだったんだぞ!?』
 彼は怒っていた。僕には理解に苦しむ反応だった。
 放っておけばいいのに。何故わざわざ自分の命を投げ出すような真似をする……?
『……あのまま、死なせてくれればよかったんだ』
『──ッ!? てめぇっ!』
 そして彼に胸倉を掴まれても、僕は実感が湧かなかった。
 ただ脳裏を駆け巡っていたのは、その瞬間まで間違いないと信じていた想い。
『…………僕は、いない方がいいんだ』
 だけど次の瞬間、僕は頬に痛みを感じていた。
 それが、彼が僕の頬を引っ叩いたのだと気付くのにそんなに時間は掛からなかった。
『ふざけるなっ!』
 どうして? 彼は怒っているように見えた。
『この世の中に、いなくていい人間なんかがいて堪るかよっ!!』
 だがそれは自分が迷惑を被ったからではないようだった。もっと別の……僕を叱るような
それ。どうして? どうして、君は僕にそこまで熱くなる……?
 僕には、もう搾られるような財産も何も残っていないのに。
 だけど彼は叫んでいた。涙を流して叫んでいた。
 言葉だけが、細切れの情報だけとなって僕の頭の中を反響する。でもそれは僕を貶める為
のものではなくて。
『ここに、いる! ここにだって、お前が死んだら泣いちまう奴がいるんだよっ!!』
 僕を……必要としてくれるという人間の言葉だった。
(……僕が死んだら、泣く?)
 それは長らく忘れていた事だったのかもしれない。
 もう僕を必要とする人間など、僕が必要とする人間など、いないものだとばかり思ってい
たのだから。
(……似ている)
 同じだった。彼は、院長先生に似ていた。
 顔形というのではなくて、その妙に赤の他人である僕にお節介な所が。
 彼女は他の施設の子供達と共に僕を“息子”と呼び、彼は僕を一方的な友と呼ぶ。 
『君は、お人よし過ぎる。何も……知らなさ過ぎる』
 正直そう思った。僕の何が分かるっていうんだ。
 だけど、何故だろう。もしかしたら──いやきっと、僕の錯覚なのかもしれない。
 あの時、彼の背後に父さんと母さんと、院長先生が微笑んで頷きながら、そっと佇んでい
るように見えたんだ……。
『でも……そういう馬鹿は、嫌いじゃない』
 僕は思わず少しだけ笑っていた。そんな自分に内心驚いていた。
 生き残っていて、いいというのか……?
 利用され搾取される以外に、僕に価値があるとでもいうのか……?
 不思議な感覚だった。そして……それはある種の安堵だったのかもしれない。
 尤も、それらを全身で受け止められるようになるには、もっと長い年月が必要となる事に
なるのだが。
 生きていてもいいという承認。存在を許されるということ。
 だけど、僕は誰かに与えられるだけではいけないとも思った。
 そしてそれがきっと、今の僕を生かしてきた力だったのかもしれない。
 僕がここにいる理由を、その意味を。自分の力と納得を以って。探し続けて。
 そして今日も、僕はこの決して美しいとは言い切れない世界を生きている──。


 Slot-5.黄金の銃士と白銀の銃士

「おい、ナナっ! しっかりしろ!」
 青紫の霧の中で、一聖は地面に倒れてしまった奈々子を揺さぶって声を掛けていた。
 だが彼女はそれでも一向に目を覚ます様子はない。重く閉じた瞼とぐったりと力の抜けて
いる身体。効果がないと判じた一聖はぐっと口元を引き締めてから、片膝をついた状態から
立ち上がって周りを見渡す。
「……どうなってんだよ。これは……」
 霧が公園内を覆い尽くすのと併行するように、人々は自身を残して皆同じ様にぐったりと
地面に倒れ伏していた。
 屋台の人間も、祭りを楽しんでいた筈の客達も。
 周囲の人々は皆一様に沈黙し、周囲は異様な静けさに陥っている。
 ただの現象ではない。しかし自分はこうした奇怪な現象を起こしうるものを知っている。
(まさか、皆ユニテルを……?)
 そう思い立ち、一聖は和美と翔太、そして奈々子の傍に順繰りに歩み寄って行き胸元に耳
を当てると、じっと耳を澄ませてみた。
 だがそんな心配に関係する事なく、彼女達の心臓はきちんと動いているようだった。服越
しで正確とは言えなかったかもしれないが、ドクドクと血流を送り出す音がする。それに夜
の外気に晒されてはいるものの、触ってみた彼女達の肌からは生命を脅かすほどの冷えも感
じ取れない。
「とりあえず、命に別状はない……か」
 立ち上がり一先ず安堵する。
 だとすれば次に取るべきは行動は……。
「……間違いないな」
 すると、もそもそと上着の内ポケットの中からゴルダが顔を出してきた。
 一聖がさっと懐を開けてやる。ゴルダは飛び出すとひゅんと宙を舞い、周囲の様子を再度
確認するように見渡すと言う。
「これは、スリープ(催眠)のユニテルだぜ」
「スリープの……? そうか。やっぱユニテルの仕業なのか」
「あぁ」
 自分の正面に戻ってくるゴルダを見ながら一聖はやはりかと思った。
 つまりこの蒼い霧のようなものが、そのユニテルによって発生したものという事になる。
「スリープ(催眠)のユニテルの能力は、生体の強制的休眠。身体の活性を抑えんで無理矢
理に対象を休眠状態にしてしまうんだ」
「休眠って……。じゃあ、姉貴達は寝てるのか?」
「そうだ。でもまぁ、普通の睡眠とは訳が違うからな。余程の事がない限り、暫くは目を覚
ます事はないだろうよ」
「目を覚まさないって……。だ、大丈夫なのか?」
「う~ん、大丈夫だと思うぞ。体内の催眠ガスが切れたら効果も切れる筈だし」
「……そっか」
 だとすれば無理に起こそうとせずともいい訳か。
 ならば尚更、この騒ぎの元凶を断つ方に舵を切れる。
「だが妙なんだよなぁ……。そもそもこのユニテルはこんなにも広範囲に広がる性質のもの
じゃない筈なんだが……」
「……」
 一聖は周囲を見渡しながら思考を巡らせていた。
 人間を強制的に眠らせるユニテル。一体、何の為に? いやそもそも……。
「それは張本人──スリープのドールを探せば分かるだろ。それよりもゴルダ。じゃあ何で
俺はピンピンしてるんだ? このユニテルは人間を強制的に眠らせるんだろ?」
「ん? あぁ。その事か……」
 ゴルダは一聖の問いに何処か軽々しい反応を見せた。ふよふよと宙を漂いながら、彼の胸
元の方を翼で指差し(?)て言う。
「イッセーが普段から折りにつけてユニテル・コートを着てるからさ。一般人に比べれば、
お前さんはユニテルの影響を受け難い身体になってる筈だからな」
「……要するに、耐性があるのか。俺は」
「ざっくり言えばそうだな。まぁ、あくまで耐性だから完全に無効化するって訳じゃねぇん
だけど」
「ふむ……」
 なら、尚更ここでじっとしている訳にはいかない。
 一聖は念の為、もう一度周囲を確認すると、懐からグリップを取り出した。
「分かった。ともかく、この霧の出元を突き止めるぞ。多分何処かでそのスリープのドール
がこの霧を起こしてるんだろ?」
「だろうな。でも何処にいるかまではちょっと分からねぇな……。こう、周りにこれだけユ
ニテルが充満してちゃ、サーチしようにも精度が落ちてはっきりしねぇんだよ」
「そうなのか? よし、だったら……」
 後ろ髪の紐を解き、ちろと舐めた指先を外気に当てながら霧全体を凝視する。
 ゆっくりと蠢き霧の動き。指先に感じる風の微妙な感触とその方向。
 両者が、一つの方角に一致していた。
「……あっちか」
 一聖は視線をその方向に移した。
 方角的には、大体北北西。ちょうど海浜公園の奥に続く位置だ。
「行くぜ、ゴルダ!」
「おうっ!」
 グリップを掲げて一聖は叫んだ。ゴルダもそれに応えて宙を舞い、翼を格納してコネクタ
を出現させた状態になり、グリップの先端の紅い小玉に接続する。
「変身っ!」
 次の瞬間、一聖は紅い発光と共に全身を靄のようなものに包まれた。
 ユニテル・コートの装着。数秒の後、力の余波が弾き飛ばすように靄を払い、一聖は金髪
赤眼の銃士──ナイトガンナーに姿を変える。
 弾け飛んだ力の波が止むのを待って、そっと目を開いた一聖は、背後で深く深く眠りにつ
いたままの三人を見遣って呟いた。
「……姉貴、翔太、ナナ。ちょっとだけ……待っててくれよ」
 そして、一聖は地面を蹴ると高く跳び上がっていた。
 屋台の屋根の骨組み。道端の街頭。枝に緑の葉を携える樹。
 一聖は霧が及ばない高い場所に位置取りをして次々と飛び移っていきながら、あっという
間に夜闇に紛れつつも公園の奥へと飛び去っていく。

「一体どうしたんだ……。何が、起こっている……?」
「……」
 高台の上から、大良と真田は青紫の霧が公園全体を覆っているのを見下ろしていた。
 目を見開き、よろよろと一歩また一歩と前に進んでから、真田は眼下に映る異様な光景に
言葉を無くしている。その少し背後で、大良は眉間に皺を寄せて黙り込んでいる。
 たっぷり数十秒。真田は立ち尽くしていた。
 だがやがてギリッと拳を握り締めると、大良に振り返りながら言う。
「……私が様子を見て来る。白沢君、君はここに残──」
『Memory(記憶)』
 だが、その言葉は最後まで発せられる事はなかった。
 彼の発言を遮るように響いた無機質な音声。その不意に聞こえてきた音に、真田は振り向
きなながら一刹那、思わず間隙を見せる。
 カチャリと。
 その隙を突き抜けるように、真田の額ギリギリの所に冷たい何かが突き付けられていた。
「!? 白沢く──」
 大良が手にしていた、銀色の銃器。
 次の瞬間、その感触の正体に気付いた真田は思わず声を上げようとする。
 ──ズンッ!
 だが、それは叶わなかった。
 躊躇なく引き金が引かれ、鈍い音が夜闇に溶けながら、真田は吹き飛ぶ意識と共にぐらり
と背後へ倒れていく。
「……」
 その身体を、大良は前に踏み出しながらがしっと受け止めていた。
 背中から抱え込んだ腕の中で、完全に意識を失いぐったりとしている真田。周囲で瞬きな
がら消えていくシアンの輝き。
「……すみません、教授。ここに残るのは……貴方です」
 大良はぐいと真田の身体を起こしながら小さく呟く。
 意識を失った真田を、大良はずりずりと引き摺りながら移動させ、ベンチの上に仰向けに
寝かせた。ぶらんと下がった腕を胸元で組み直させてから、傍らに立ったまま見下ろす。
「……マスター」
 大良の手の中、銃身となっていたシルヴィが控えめに主に呼び掛けていた。
 躊躇する事もなく恩師に銃口を向けた事にか、それともつい先刻まで彼の懐の中で耳にし
ていた真田とのやり取りや彼自身が語った心中を慮ってなのか、その声色は何処か暗い。
 だが大良は黙っていた。
 コツと軽く握った拳でシルヴィの顎を叩き、シアン色のカードを排出させる。
 彼女同様、懐に忍ばせていたホルダを取り出してそのカードをしまう。銃器形態のままで
ふよふよと宙に浮かぶシルヴィは、そんな主の横顔を心配そうに見遣っている。
「……整理がついたら、いつか君にも話そうとは思っていた」
「えっ?」
 再びグリップ部分に手を伸ばし、シルヴィを握り直しながら大良は呟いた。
 蒼い眼のランプが数度、彼女の小さな驚きのような感情と共に点滅する。
「黙ったままでは、いけないのだろうな……。この前のイッセーの時のように、気まずい溝
を作る結果になってしまうだろうから」
「そ、そんな事は……」
 シルヴィは思わず否定を、そうでなくとも慰めの言葉を掛けようとした。
 お二人はあれくらいの事で断絶してしまうような仲ではない筈です──。
 しかし、言葉が続かない。上手く出てこない。
 雰囲気は俯き加減に。シルヴィは言葉を詰まらせて黙り込む。
「……すまない」
 大良が、謝っていた。
 先刻の教授との対話で何かを見出せたのか、吹っ切れたのか。
 それは良かったと思いはするものの、一方でこんなマスターは何だか違和感がある……。
「いえ……。私はマスターのデバイスです。マスターに何かお考えがあるのであれば、私は
それに従うまでの事ですから……」
 シルヴィは改めて機械としての自分を言い聞かせながら、そう言葉を返していた。
「……。そうか」 
 何を思ったのだろう。その返答に大良は暫し沈黙を置いてから呟いていた。
 ゆっくりと、高台の入り口の方へと、公園内へ下る階段の方へと足を運ぶ。
 見下ろしてみると、階段の一番下から三分の一程までが青紫の霧に脅かされていた。いや
霧というのも正確な表現ではないのかもしれない。何かのガス……とでも言うべきか。
「シルヴィ、あれは……ユニテルの仕業、だな?」
「はい。あれはスリープ(催眠)のユニテルですね。身体全般に働きかけ、生体を強制的な
休眠に陥れるものです」
「……強力な眠り粉のようなもの、か」
「そのようなものと考えて貰って支障はないかと思います。ただスリープ・ユニテルがここ
まで広範囲に及んでいるのが少し気になる所ではありますが……」
「…………」
 大良は空いている手で口元を覆い、じっと考え込んでいた。
 今回も間違いなくドールの、奴らの仕業だろう。だが今回は今まで直面してきたケースと
は勝手が違う。こんな目立つようなアクションを起こしてくる必要性が何処にあるというの
だろう。
 スリープ(催眠)のユニテルが覆う、祭り会場全域。そこに巻き込まれた人々……数だけ
でも一人二人といったレベルではない。
(大人数を眠らせる……ドールの目的……目立つアクションを起こす理由……)
 そして大良はハッと顔を上げた。
 遠くまで広がる青紫の霧、催眠ガスの流れ。端から端まで、眼下から確認できる海浜公園
全体を凝視するように見渡すと大良は訊ねた。
「シルヴィ、スリープのドールの位置は?」
「……すみません。こう広範囲にユニテルが充満している中では私達のサーチでも精度が十
分に働かなくて……」
「いや、正確さは今はいい。大体の方角だけでも分からないか?」
「大体の……? そうですね……おそらく北西の辺りだと思われます」
「北西……。公園の奥か」
 その返答に大良は一度その方角を見遣った。
 だがすぐにその視線は戻され、大良は踵を返し、今度はそれとはむしろ逆の方向へと向い
てしまう。
「マスター? あの、方向はそっちじゃ……」
「……いや、こっちでいい」
 シルヴィが小首を傾げるように行ったが、大良は短くそう返していた。
 蒼いガスに覆われた公園の入り口方面。その先には更にネオンに照らされた清浜の都市の
風景が佇んでいる。
「僕の推測が正しければ、優先すべき敵は別にいる」
 銃器形態のシルヴィを持ち上げながら大良は呟いていた。そっと眼鏡を外して上着の内ポ
ケットの中にしまう。
 マスターに考えがある。それならば……。
 そしてシルヴィも、同意したかのように黙り込んで眼のランプを点滅させている。
「……変身」
 次の瞬間、大良の全身を蒼い発光と共に靄のようなものが包んだ。
 ものの数秒で彼の姿はユニテル・コートを纏ったものとなり、銀髪蒼眼の銃士が靄を弾き
飛ばして現れる。
(教授……僕はまだ、貴方の言うような人間にはなれそうにありません。僕の中の不信や憎
悪は、きっとそう簡単には消える事はないのでしょう……)
 横目で、ベンチの上で仰向けになっている真田を見遣りながら、大良は思う。
(だけど、この街には僕を受け入れてくれた人もいる。貴方の言うように、全てを許せるま
でにはまだ至りませんが……僕は、戦おうと思います。守ろうと思います)
 ぶらんと下げたシルヴィをもう一度強く握り締め直し、大良は全身に力を込めて駆け出す
と、強く地面を蹴り、眼下の青紫の霧の中へと跳び出してゆく。
(……自分の心に、従って)
 人々を深い眠りに誘い、災いを起こさんとする我が敵と戦う為に。

 夏祭りで賑わう筈の園内は奇怪な沈黙に包まれていた。
 立ち込める青紫の霧の中で倒れ伏す人々の群れ。虚しく灯り続ける照明と延々と響き続け
る録音された祭り用のBGM。
 活気は失せ、不穏な空気が霧と共に具体化しているかのようだった。
「──! 見つけた……!」
 公園の奥を目指して駆けていた一聖は、そこで彼らを発見する。
 周囲を樹木に囲まれた広めの空間。そこには二体の怪人達が待ち構えていた。
 一体は全身に羊毛のような体毛を持つ、ずんぐりむっくりな羊型の怪人。もう一体は宙を
漂い一聖を見下ろしている、鳥人間のような怪人。
「……解析完了っ。間違いねぇ、スリープ(催眠)とバード(飛鳥)のドールだ」
「やっぱりか……」
 ゴルダを、金の銃器を構え直して、
(一対二か……。でもやるしかない、よな……?)
 真剣な表情を浮かべながら一聖は、二体のドール達と対峙する。
「──……ギギッ」
 一方その頃、深い眠りと共に倒れていた早苗に、不穏な影が近づこうとしていた。
 早苗の横顔に異形な影が映り込む。
 そして、彼女に向かってその手がそっと伸ばされて……。
「ギギャッ!?」
 だが次の瞬間、その異形──ドールの横っ腹を突然の銃撃が襲った。
 思わず短い悲鳴を上げてよろけるドール。ふらついた身体を支えながら、攻撃が放たれた
方向にザッとその視線を向ける。
「……」
 そこには、銃口を向けた大良が立っていた。
 眼鏡を外した怜悧な眼差しがそのドールへと向けられている。
 中心で分割された仮面の顔、肩防具、縄を思わせる身体に巻きつく文様。その外見全てが
シメントリーになっている。
 白に近い銀色の顔、仮面に描かれた目鼻口が何処か怒っているようにも見えた。
「……やはり、こちらが本命か」
「ほ、本当にいましたね……。スリープのユニテルに影響されず、且つこの霧の中で動けて
いるものを探せ……マスターの指示、ドンピシャです」
 大良は黙り込んだまま、銃口を向ける手を下ろす事なくドールの近くで眠ったままの早苗
を見遣っていた。他にも傍らには女性が二人。おそらくは彼女の友人なのだろう。
「悪いが、お前達の思い通りにはさせるにはいかない」
 ──それに彼女は、僕の知人だからな。
 しかし大良は浮かんだその台詞を飲み込んでいた。
 わざわざ付け足す事でもない。それに、不用意に情報を漏らす事で自分の正体を奴らに知
られるような事態は避けなければならない。
「ギギギ……ッ!」
 シメントリーな仮面のドールが、ガクガクと首を震わせて威嚇の声を漏らしていた。
 だが大良は臆しない。銃口を向けたまま、じっとその顔を冷淡に睨み返す。
 同じ青紫の霧の中、されどそれぞれ違う場所で。
 一聖と大良は互いに人々に奇襲を掛けて来たドール達と対峙する。
 銃口を向けて見据える眼差し。一呼吸二呼吸。全身の感覚をそっと研ぎ澄ませて、
「さぁ、てめぇらの在るべき姿に」
「…………在るべき姿に」
 二人は、自らの意志で戦いの火蓋を切る。
『──還って眠れ』


 二体のドール達は一斉に一聖へと襲い掛かってきた。
 地面を蹴って駆け出すずんぐりむっくりなスリープのドール。中空を飛びながら翼を大き
く広げて力を込めるバードのドール。
「クァァッ!」
 最初に飛んできたのは、ドールの翼から射出された無数の羽根だった。
 身体を捻りながら飛び出していくそれらは、勢いよくまるで弾丸にように一聖に向かって
雨あられと降り注ぐ。
「チッ……!」
 それら羽根手裏剣を、一聖は銃撃で撃ち落しつつ、同時に何度も素早く身を翻して回避し
ていく。綺麗に舗装された一聖の立っていた地面に、彼が回避する度に硬化した羽根が刃の
ように次々と突き刺さっていく。
「ギュモッ!」
 すると今度は、一聖に向かってスリープのドールが飛び掛ってきた。
 中空でずんぐりむっくりな身体を丸め、まるで大きな肉塊のような形になって一聖を押し
潰そうとする。
「……おっと!」
 だが間一髪、一聖は大きく後ろに跳んでそのプレスから逃れた。
 ズシンと大きく鈍い音と共に、一聖を狙った押し潰しは虚しく地面を叩き付けるだけに終
わった。だが地面には大きな亀裂と凹みが生じ、その衝撃の大きさを物語っている。
「ふぅ危ねぇ……。伊達に図体がデカイだけあるな」
 空中でひらりとバック転をして、一聖は着地しながら呟く。
 一方でドールはもぞもぞと、もっさりとした毛に覆われた身体でもがいている。
「お返しだ!」
『Slash(斬撃)』
 今度は一聖がドールに飛び掛っていった。
 空いた間合いを詰めるように駆けながら、ゴルダにカードをセットして銃器を水平に振り
被る。銃器が刀剣状に可変し、形成された刃がドールの胴を薙ごうとする。
 だが……。
「へっ……?」
 その一閃はこのドールには通じなかった。
 確かに振り抜いた筈の斬撃は、このドールの全身を覆う羊毛に阻まれ、弾かれてしまった
のである。手応えはゼロ。威力を削がれた攻撃は、間の抜けた柔らかさの前に無力と化す。
(効いて、ねぇ……?)
 一聖は弾かれた勢いで思わず大きく仰け反っていた。
 もわっと揺れるドールの羊毛を眼に映して、直接的な物理攻撃がこの相手には効果が薄い
らしい事を判断、多少よろめきながらも何とか踏ん張り直す。
「もしかして、毛が邪魔して……」
「!? 危ない、避けろっ!」
 だが次の瞬間にはゴルダが何かを察知して叫んでいた。
 同時、スリープのドールが丸めた身体を解き起こしてバッと顔を上げていた。浅黒い顔に
あって鈍く光る金の双眸。その視線が一聖を捉え、大きく息を吸うモーションを見せる。
「──ッ!?」
 マズい。一聖はゴルダの言葉と全身で感じる直感で、すぐさま横に飛び退いていた。
 すると直後に、それまで立っていた位置に目掛けてドールの口から大量の青紫色の息が吐
き出される。
 霧のように四散しながら勢いよく噴射されるドールのブレス。
 一聖は、間一髪その反撃を回避していた。
「あれってまさか……」
「あぁ、スリープ・ドールの催眠ガスだ。直撃は何としてでも避けろよ。いくらお前に耐性
があるっつっても、何発もアレを浴び続けちまったらお終いだ!」
 その言葉に一聖の表情が険しくなる。
 少なくとも至近距離にいてはマズい。直接攻撃も効果が薄いらしい。ここは……。
「モォ……ッ!」
 するとスリープのドールは大きな図体を揺り動かして再び一聖に向き直った。両手を広げ
て大きく息を吸い込み始め、二度目のブレスを吐き出そうとする。
「はん。そう何度も同じ手に……」
 再び一聖は回避の為に地面を蹴ろうとした。しかし。
「ぬぉわっ!?」
 ふと側方が陰ったと思った瞬間、突如猛烈な風が吹きつけてきた。
 その場に立つ事もできない程の強風。一聖はそのまま突風に押されて──催眠ガスから逃
げようとした方向とは逆、つまり吐き出される催眠ガスの真っ只中へと押し込まれる。
「ぐぁっ……!」
 視界が青紫一色になるのとほぼ同時に、身体中を押さえ込むような強烈なだるさが襲い掛
かるのを感じる。一聖は思わず顔をしかめると、片膝をついてその場に崩れそうになった。
「シュバルツ!」
「……だ、大丈夫……」
 それでも一聖は折れそうになった両膝をガシッと掴んで踏ん張っていた。
 ゴルダの声に何とか応えてみせ、耐える。
 だが催眠ガスの威力は予想以上に強烈なようだった。耐性のおかげが徐々に遠のいていく
ようだったが、それでもまだ身体を引き倒すようなだるさが幾分残っている。
(こいつは、確かに直撃するとやべぇな……。俺だってそう何発ももたねぇぞ……)
 正面には羊のようなスリープのドール。側方には時折羽ばたきながらこちらを見下ろして
いる鳥人間のようなバードのドール。
(……さっきの突風はあの鳥野郎の仕業か。厄介だな……)
 今までは基本的に一体ずつと戦ってきた事もあり、今回ばかりは勝手が違っていた。
 奴らにどれだけ知能があるのかは知らないが、少なくともこの二体は間違いなく互いに連
携と取っている。催眠ガスの中へ突風で相手を押し込み、ダウンするのを狙っているのだ。
「……?」
 ちょっと待て。
 だが、一聖はふと脳裏に引っ掛かるものを感じた。
 大良の話ではドールは人間のユニテルを採取する為に暗躍している筈だ。なのに、今回の
騒ぎは何だ? こそこそと隠れながらやっていた筈のコイツらは、今回はまるでわざと自分
にバレるような事までして……。
(おい。まさか……)
 そこまで思考が回って、一聖はようやく気付いた。
 おかしい。これじゃあまるでコイツらは始めからナイトガンナー(じぶん)を狙っていた
みたいじゃないか。
 いや……本当にそれだけか? いくら誘き寄せる為だとしても、祭り会場全員を襲うなん
て真似はリスクが大き過……。
(……。畜生、まんまと騙された……っ!!)
 一聖は歯を食い縛りながら顔を上げていた。
 これは囮だ。コイツら、祭り客全員からユニテルを採る気でいやがる……。
 コイツらは、俺達をを引き寄せておく為の囮なんじゃないのか……?
「チッ……!」
 そう思えた瞬間、一聖は居ても立ってもいられなかった。
 マズい。このままじゃ祭りに来ている皆が危ない。
 ジリジリと。一聖は、ゆっくりとこの場から抜け出そうと試みる。
「──うぉっ!?」
 だが、その動きをドール達は見逃さなかった。
 脚を擦り動かそうとした瞬間、バードのドールから羽根手裏剣が降り注ぎ、一聖の退路を
断つように地面に突き刺さる。思わず動きを止め、何とかその牽制は直撃せずに済む。
 一聖は中空のドールを見上げた。横目でもう一体の要注意ドールを一瞥する。
「……やっぱ、そう易々と逃してくれる訳はねぇよな」
 コイツらをぶっ倒すしか方法はない、か……。
 ジリジリと身構えてくる二体のドールに挟まれながら、一聖は引き金にゆっくりと指を掛
けると、手の中のグリップを強く握り締めた。

「ギギ……」
 シメントリーなドールは、やや中腰の体勢で大良と対峙していた。
 周りには催眠ガスを吸って昏睡している祭り客達が倒れている。大良は銃口をドールに向
けたまま相手の出方を窺っていた。
(やはり、本命はこちらだったみたいだな……)
 この霧は標的である祭りの客達を行動不能にする他にも、僕ら──ナイトガンナーを誘き
寄せる餌を兼ねている。だが、僕らはあくまで邪魔者だけの筈だ。あくまで奴らの目的は僕
の推測が正しければ“変革”の準備。ただ僕らを始末する為だけに、これほど大規模の作戦
を起こすのは不自然だ。
(……む?)
 大良の思考。
 だがそうしている中で、先にドールが行動を起こしてきた。
 ビュッと両手首を振るうと次の瞬間、その両掌に瞬く間にガラスのような破片が次々と現
れて瞬く間に何かを形成していく。
「……ギギッ」
 それは湾曲した二刀の片刃剣だった。
 そして握り締めたその得物を構え、シメントリーなドールは地面を蹴って大良に向かって
突き進んで来る。
 だが大良は躊躇なく引き金を引いた。
 一発、二発、三発、四発、五発。ドールを正確に狙い済ました連射。
 だがその銃撃を、ドールはスピードを緩めず駆けて来ながら剣で薙ぎ叩き落としていく。
「ギギィッ!」
「……」
 そして間合いに入った瞬間、ドールは刃を振り下ろした。
 しかし大良は冷静にその軌跡を見極め、半身を捻ってその攻撃をかわす。更にドールは追
撃の剣を放ってくるが、それらも大良は最小限の動きを以って回避する。
 一見すると守りに入った動き。
 だが、大良はその中にあっても自分達が倒れている人々から離れていけるようにと考えて
位置取りを変えていっていた。
 ややあって、両者は砂利道を外れ、倒れている人のいない芝生の上へと足を踏み入れる。
(直接的な戦闘能力はそれほど高い訳ではない、か……)
『Thrust(刺突)』
 そして回避を続けながら、大良はカードをシルヴィにセットした。
 大良の側方にドールが迫る。だが次の瞬間には、可変させたシルヴィの両端から瞬く間に
棍状の長物が延びてその腹にめり込んで押し返す。
 延びた棍先のドール側には末端が、大良の利き手側には槍の切っ先が生成される。
「ふっ……」
 よろめくドール。その身体に大良は一撃、二撃と棍の打撃と槍の突きを叩き込んだ。
 一歩、また一歩とそのよろめきを追加されるドールは反撃できなかった。それでも振り出
そうとする剣と手元を、大良は槍先で叩き伏せては封じていく。
「──はぁっ!」
 そして大良の、力を込めた刺突。
 腹のど真ん中を突き上げるように叩き込まれたその一撃で、遂にドールは大きく弾き飛ば
されて地面を転がっていった。
「ギギ……ッ」
「……」
 地面に転がりもがいているドールに、大良は槍を片手にゆっくりと歩み寄っていく。
 よろめきながら起き上がってくるドール。大良はそっと槍先を持ち上げて次なる一手を撃
ち込もうとした。
「! マスター、気をつけて下さい!」
「……?」
 すると、何かに気付いた様子でシルヴィが呼び掛けてくる。
 そしてドールが反撃の兆しを見せてきたのは、それとほぼ同時の事だった。
「ギ、ギギッ!」
 突如ドールが一段と声を荒げると、その身体が急に残像を帯びたようにブレ始めたのだ。
 いや……残像ではない。目を凝らしてみると、それらは全て元のドールと全く同じ姿形を
したドールのようだった。
 無言で眉根を上げる大良。だがその間にも、ドールは次々と別のドールの陰から顔を出す
ようにして増殖していくように見える。
「……解析、完了しました。相手はジェミニ(分身)──分身能力を持つドールです」
「……。なるほどな」
 間に合わなくてすみません。
 そう言いたげなように、控えめに声色を落としたシルヴィが告げる。
 大良は相手の様子を見遣りながら納得していた。
 なるほど。これならこの会場の人間全員を一挙にサンプリングする事も可能だろう。
「ギギギ……」「ギッ、ギッ……」「ギ、ギギ……ッ」
 そうこうしている間に、ジェミニのドールの数は数え切れない程に増殖、いや分身を果た
していた。全く同じ姿、全く同じ能力のドールの群れ。ドール達は口々に何事か声を漏らし
ながら、ぐるりと大良を取り囲む。
「マ、マスター……」
「……」
 人数の倍の本数の曲剣が大良に向けて構えられていた。
 彼らに対し槍を構えたまま、大良はその様子をざっと見渡して押し黙る。
(流石にこれは……。どうする……?)
 ぎゅっと槍を握り締めて。
 大良は静かに眉間に皺を寄せた。

「──ちぃっ!!」
 二体のドールを相手に、一聖は苦戦を強いられていた。
 銃口を向けて放つ。だがそれらの銃撃を、スリープのドールはゴム鞠のように身体全体で
弾んで跳ねながらかわしてしまう。
 続いてその陰に隠れるように飛んでいたバードのドールが羽根手裏剣を放ってくる。
 次々と地面に突き刺さっていく刃のような羽根。一聖は繰り返し飛び退きながらそれを回
避していく。だが。
「……! しまっ……」
 不意に頭上から陰ができる。
 慌てて見上げた時には既に遅かった。ちょうど真上から、スリープのドールが大きく息を
吸い込む体勢で一聖に跳びかかろうとしている。
 かわす余裕が足りず、真上から青紫のガスが吹き付けられた。
 全身に走る重いだるさ。身体を力ずくで押し込めようとする感触。
「ぬぅ……っ!」
 離れそうな意識を必死に引き寄せて、一聖はゴロゴロと地面を転がりながら催眠ガスから
何とか退避する事ができた。直後、スリープのドールが毛玉な肉塊となって地面に落下、舗
装された地面に何度目かの大きな凹みとヒビ割れを刻む。
「クァーッ!!」
 だがその退避も束の間、今度はバードのドールが急降下して体当たりを仕掛けてきた。
 間一髪何とか反応して身を捻ってかわす一聖。それでもバードのドールは何度となく執拗
に急降下してはすれ違いざまに鋭い爪を振るってくる。
「くっ!」
 苦し紛れに放った反撃の連射。
 だがバードのドールはそれらを自由自在に滑空しながら全てかわしていったた。
 空中に舞い戻りながら、再び羽根手裏剣が飛んでくる。立ち位置を定められないように、
誘導されてしまうように。一聖は再び回避の為に飛び退かざるをえない。
 そしてちょうどのその先に、体勢を立て直したスリープのドールが待ち構えていた。
 大きく胸を反らして息を吸い込むモーション。催眠ガスを吐き出す前兆。
「……チッ!」
 一聖は避けようとした。地面を蹴る脚に力を込めようとする。
 だが、バードのドールがそれを許さなかった。そのタイミングを計ったように両翼から放
たれた突風。一聖はまたかと風圧に顔をしかめながらも、吐き出されたガスの中へ押し込ま
れる格好になってしまう。
「ぐぁ……っ!!」
 また、ズンと意識が重くなる。身体の感覚が押さえつけられる。 
「……く、そっ」
『Bazooka(砲撃)』
 それでも一聖は力を振り絞ると、カードを取り出しゴルダにセットした。
 可変し、形成される両手持ちの砲身。催眠ガスの効力に顔をしかめながらも、一聖はその
砲身の照準をドールにではなく、すぐ近くの地面へと向ける。
 引き金を引いた次の瞬間、爆音が響き渡った。
 着弾の威力と余波で催眠ガスは四散し、空中のバード・ドールは思わず及んできた風圧で
バランスを崩し、一時的に身動きが取れなくなる。
「…………ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
「シュ、シュバルツ、大丈夫か?」
「……あぁ。何とかな……」
 そして煙が晴れた後には、地面に大きな破壊の痕が残された。
 焦げたような地面の窪み。それを挟んで砲身をぶら下げた一聖とスリープ・ドールが向か
い合っている。その様子を体勢を立て直したバード・ドールが空中から見下ろしている。
(くそ……。このままじゃ埒が明かねぇや……)
 一聖は構えを維持したまま、内心焦り、思案していた。
 囮として待ち構えていただけあってこの二体の相性は中々いいらしい。相応に本気で自分
を倒しに掛かってきているようだ。
 催眠ガスだけでは不十分で、それを上手くバード・ドールが誘導しようとしてくる。
 園内にあれだけ催眠ガスが広まっていたのも、おそらくは奴が翼から起こすこの風にガス
を乗せて拡散させていた為なのだろう。
(こんな時にタイラがいれば……)
 ふと、そんな想いが脳裏を過ぎる。
 だが一聖はぐっとその思考を呑み込んだ。
 何言ってるんだ。そうやってあいつに色々任せてきちまったから、あいつに悩みを背負わ
せちまったんだろうよ……。
(……俺がやらなきゃ、誰がやる?)
 眉間に皺を寄せて、一聖はもう一度状況を整理し始めた。
 相手の動きにこちらが合わせるから誘導されるんだ。多少邪魔はされても、とにかく先ず
はこの数の差を埋めるべきだろう。
 だとすれば、優先的に倒すべきは……厄介な催眠ガスの方、スリープのドールだ。
「……」
 一聖の握っていた砲身が換装を解き、基本の銃器の形状に戻っていった。
 排出されたカードをしまいながら、一聖はちらりと目だけで背後に浮かぶバード・ドール
の位置を確認する。
 下手に退避しようとすれば、突風で押し戻される。ならば……。
「おぉぉ……っ!」
 気合いの声を上げながら、一聖は猛然と駆け出していた。
 スリープのドールへ。銃口を向けたまま。
 敢えて突っ込んでくる一聖に一瞬だけ、動きを迷う二体のドール。
 だがそれも束の間、スリープ・ドールは迎え撃つように再び大きく息を吸い込み始めた。
背後のバード・ドールはまだ動かない。様子を見ながら援護に回ろうと判断したのだろう。
 大きく口を膨らませて、ドールはギリギリまで引き付けようとしていた。
 そして今だと判断した瞬間、その口から青紫の催眠ガスが射出される。
「……!?」
 だが、今度は一聖には当たらなかった。
 催眠ガスが直撃する瞬間、一聖は駆け出した助走の勢いそのままに、大きく前方へと跳び
上がっていたのだ。スリープ・ドールの浅黒い肌の中の金の眼が驚きで見開かれている。
『Fire(火炎)』
 その頭上真上。一聖は空中でカードをセットした銃口を向けていた。
「火力、全開……!!」
 そして引き金を引いた瞬間、スリープ・ドールの身体が一挙に炎に包まれた。
 断末魔の叫び声。火達磨になったドールは激しくもがきながらのた打ち回る。
 ──毛が邪魔なら、燃やしちまえばいい。
 中空で身体を捻ってその背後に着地しながら、一聖は燃え上がる炎によって防壁を失って
いくドールの身体をしかと確認した。
『FULL BURST』
『Slash(斬撃)』
 着地と同時に刀剣状に可変したゴルダを、渾身の力で振り抜く。
 燃え盛るドールのその身体に、今度こそ強烈な斬撃が叩き込まれた。
 一撃、二撃、三撃……。紅い軌跡を描きながら、一聖の連続攻撃がドールの身体を斬り刻
んでいく。
 最後の一閃。
 一聖は大横薙ぎに振り抜いた体勢のまま、ドールに背を向けて一八〇度身を返す。
 スリープのドールの断末魔が聞こえた。
 熱を帯びた無数のヒビが身体中を覆い、ドールは一聖の背後で爆ぜて消滅する。
 カードが排出され、一聖の手の中に収まる。
 先ずは一体。厄介な方はこれで片付いた──。
「……って、うぉっ!?」
 しかしその状況の変化に、残されたバード・ドールも対応を変えてくる。
 激しく放たれる羽根手裏剣。一聖は慌てて飛び退き、身を捻り、地面に次々と突き刺さっ
ていく刃状の羽根を回避する。
「こんのぉっ!」
 反撃とばかりに銃を撃つ。だがバード・ドールは空を飛んでいる。直線的な地上からの攻
撃は、自在に小回りの旋回を繰り返しながら全てかわされてしまう。
 そしてお返しにとばかりに、今度は強烈な突風で一聖が吹き飛ばされてしまう。
「あでっ!?」
 背後の茂み、太い樹の幹に一聖は強かに頭をぶつけた。
 思わず涙目になって後頭部を摩る。上向きに遣った視線。そこには身構えたまま宙を浮か
ぶバード・ドールの姿がある。
 その姿を見遣りながら、一聖は小さく唸って呟いた。
「……やっぱりアレだな。飛んでる相手ってのが分が悪い。狙って撃とうにも全然当たって
くれねぇし」
「すまん……。火力を上げるのは得意なんだが。シルヴィがいてくれりゃあ……」
「……。何、分かってるさ。気にすんな」
 そうは言っても、このまま撃ち合いを続けても埒が明かない。むしろこちらが不利ですら
あるだろう。それに奴らが囮である事が分かっている今、時間を掛け過ぎるのも頂けない。
(何とかして同じ条件にもっていければいいんだが……)
 そうして、一聖がおもむろに樹を見上げた時だった。
「……? あれは……」
 ポツリと。一聖は小さく呟く。
 そして何かを思いついたかのように、一聖はそっと起き上がりながらニッと口元に小さく
弧を浮かべた。
「ク、ァァッ!!」
 何を笑っている?
 そう叫んでいるかのように、バード・ドールの鳴き声と共に羽根手裏剣が飛んできた。
 だが一聖はすぐには動かなかった。ギリギリまで引き付ると、すんでの所で姿勢を低くし
て突如として屈む込む。
 次の瞬間、バリバリと背後の樹が無数の羽根手裏剣によって斬り倒された。
 突き刺さった無数の羽根が鋸を引いたようになり、その部分を切り口にして太い樹が上下
に分断される。上部が重みで倒れる。上がる大きな音と土煙。
「…………」
 バード・ドールはそんな倒木の様子を上空から見下ろしていた。
 やったか? 攻撃の手を休めてじっと目を凝らす。
「……よっと」
「!?」
 だが、一聖は生きていた。
 土煙の中から突如ふわりと飛び立とうとした風船。その紐をむんずと掴みながら。
 晴れていく土煙。背後の切り倒された樹。
 一聖は風船を片手に、小さく驚きを見せるバード・ドールを見上げて言う。
「上手い事樹にこいつが引っ掛かってて良かったぜ」
 言って、風船を手にしたままホルダから空のカードを取り出す。
 そして上蓋を開くと、そっとそのカードを風船にかざした。カードの表面が炙り出される
ように着色されていく。色は鈍めの空色。ロゴ文字は「F」。
 ユニテルが充填され、自動的に閉じたカードを握り締めて、一聖はにやりと笑った。
「これで……俺もお前と同じ土俵だ」
『Float(浮遊)』
 すぐさまそのカードをセットし、銃口を掌で覆って引き金を引く。
 すると次の瞬間、一聖の身体がゆっくりと地面から浮き始めたのである。
 目を見開くバード・ドール。一聖は不敵な笑みを浮かべながら、ぐぐっと両足に力を込め
ると、地面を蹴り出すようにしてその身を空中へと射出した。
「……って、うぉい!? 飛び過ぎ飛び過ぎっ!」
 だが一聖は加速がついたまま、バード・ドールの前を通過して予想以上に飛び上がり過ぎ
てしまう。思わず唖然と見上げるドールの視線。一聖は誰にともなくツッコミを入れながら
何とか制御を物にしようとする。
「こん、の……っ!」
 空中で全身を捻らせてブレーキを掛け、ドールに向かって方向転換。
 再び滑空しながら急接近する。
「グギャッ!? ギッ!?」
 何度かの、空中ですれ違いながらの拳や蹴りがドールに入っていった。
 制空権は自分にあると油断していたからだろうか。ドールは急に懐に飛び込んでき始めた
一聖の動きにすぐには対応できていなかった。
「よしっ……。大分、勝手が分かってきたぞ……」
 そしてその間に、一聖は身体でこのユニテルの力の有り様を把握しようとしていた。
 空中で何度か方向転換をしながら、ホルスターに収めていたゴルダを抜き放ち、その銃口
をドールの方へと向ける。
「ク、ァァ……!」
 空中戦が始まった。
 羽根手裏剣と突風。矢継ぎ早に攻撃を放ち、ドールは一聖を撃ち落そうとする。
 しかし既に空中という条件は同じになっていた。一聖は巧みに身を捻りながらその攻撃を
次々とかわしていき、ドールとの射撃戦に持ち込んでいく。
 相手の攻撃をかわすお互い。ぶつかり空中で爆ぜる羽根手裏剣と一聖の通常弾。
「──ガッ!?」
 そして、その撃ち合いはドールの方が片翼に銃撃を浴びて体勢を崩しかけた事で決着がつ
くことになる。
「とどめだっ!!」
『FULL BURST』
『Fire(火炎)』『Hammer(大槌)』
 一聖はその隙を見逃さず、グリップの底蓋を引いた。
 紅い奔流が銃身全体を奔り、開いたゴルダの口の中に一聖は複数のカードをセットする。
 振り上げた銃身は可変し、瞬く間に巨大な鎚に変わった。重さと浮遊のバランスを保ちな
がら、一聖はゆっくりと大鎚を自分の身体を軸にして振り回し始める。
「ギ……ッ!」
 ドールはバランスを崩しながらも、そうはさせまいと羽根手裏剣と突風を放った。
 しかし急速に回転する巨大な独楽のようになった一聖に、その攻撃は通じない。弾かれ、
受け流されるドールの攻撃。振り回される大槌に、突如炎が噴き出しはじめる。
 それは高速回転して襲い掛かる、炎の鉄槌のようだった。
 心無しか顔を引き攣らせたようにして攻撃を放って抵抗しようとするドール。だがそれら
は全て炎と回転の勢いによって無力と化す。
「おぉぉぉぉ……っ!!」
 そして一聖の雄叫びと共に、その鉄槌は振り下ろされた。
 大槌の自重と高さ、更に噴き出す炎の推進力で爆発的な勢いを持ったその一撃は燃えるよ
うな赤を空に光らせてドールを空中から叩き潰したのだった。
 断末魔の叫びを掻き消す程の爆音。
 爆ぜたドールと空に残った煙の中を貫いて、一聖はストッと地面に降り立つ。
「……ふぅ」
 熱を帯びたままの大槌が静かに消滅し、基本の銃器の姿に戻った。
 ゴルダから排出されたカードを受け取り、ホルダにしまいながら、一聖はやれやれといっ
た感じで大きく一息をつく。
 先刻から大分薄くなったとはいえ、例の催眠ガスはまだ園内に漂っていた。
「随分、遅れちまったな……」
 間に合うだろうか。いや、間に合わせてみせる。
「……急ぐぜ、ゴルダ!」
「おうっ!」
 そして大きく深呼吸をしてから、一聖は全身に力を込めると、一気に地面を蹴って高く中
空へと跳び出していく。

『FULL BURST』
 襲い掛かってくるジェミニのドール達を十分に引き付けてから、大良はグリップの底蓋を
引いていた。
 冷気を纏った槍先を地面に向け、思い切り突き刺す。
「ギ……ッ!?」「グギギ!?」「ギギッ……!?」
 次の瞬間、急速に芝生の地面が凍てつき始めた。巨大な氷柱を造りながら走っていく冷気
の奔流。迫ろうとしていたドール達は立ち止まるのもそこそこに次々とそれらに巻き込まれ
ていき身動きを取れなくなる。
「……」
 槍を引き抜き、切っ先を向けて構えた大良の身体が俄かに霞み始めた。
 駆動する前のエンジンのように。スタートダッシュの前兆。
「──ふっ!」
 刹那、大良の姿が霞むような速さで消えたように見えた。
 同時に、凍りつかされていたドール達に次々とその身を砕く程の強烈な一撃が貫かれ、加
えられていく。
 数秒にも満たない所要時間。霞む速さで以って彼らの背後に移動していた、槍を振り抜い
た体勢の大良。その背後でドール達が次々と叫び声を上げて爆ぜ、消滅する。
「ギギ……」
「ギッ、ギッ……」
 だがドール達はそれで全滅してはいなかった。
 大良の攻撃から逃れた一部のドール達。彼らはよろめいて立ち上がると、カクカクと身体
を揺らしながらブレて、再度各々に自分の分身を生み出していく。
「……やはり駄目、か」
 換装した槍が銃器に戻る。排出されたカードをホルダにしまう。
 大良はそんな周りの様子を見遣りながら、渋い表情で呟いていた。
 これで何度目のフルバーストだろう。確かに強力で一挙に大人数を仕留める事はできる。
 だが足りない。如何せん相手の数が多過ぎるのだ。常時といってもいいほど分身を続けて
くるジェミニのドール達。こちらがどれだけ数を削ろうとも、次の瞬間にはその空きを埋め
てしまうのである。
(今の所、ドール全員が僕に向いてくれているのがせめてもの救いだが……)
 曲剣を構えて再び大良を取り囲むドール達。
 大良はそんな彼らへの警戒を怠らないまま、
(……このままでは手持ちのカードが底をつくのも時間の問題だな)
 それでも冷静さを保ちつつ思考する。
「! マスター!」
 するとシルヴィが気配に気付いて叫んだ。
 振り返る。すると背後から数体のドールが剣を振り上げて飛び掛って来ようとしていた。
 小さく口の中で舌打ちをして、大良は即座に銃口を向けようとする。
 その時だった。
『Metal(鋼質)』
 突然聞こえてきた聞き覚えのある無機質な音声と共に、何者かの影が大良の前へとまるで
彼を庇うかのように割って入ってきたのである。
 響き渡る鋭い複数の金属音。折れて宙を舞って落ちる、複数の剣の破片。
「ギギッ……!?」「ギッ……?」
 ドール達は驚きの様子を見せて、突然立ちはだかってきたその姿を見遣る。
「……ふん」
 両者の間に立っていたのは、全身を金属色のグレーに染めた一聖だった。
 得物を折られて仰け反るドール達。その怯んだ隙を見て、彼は全身鋼鉄と化したその拳や
脚でドール達をあっという間に殴り、蹴り飛ばした。
 短い声を漏らして地面を転がるドール達。新手の出現に警戒を強める他のドール達。
 暫しの間。沈黙する一同。
 やがて、金属色に染まったその身体が薄い煙を上げつつ元の肌色に戻っていく。
「…………よぅ。やっと会えたな」
 排出されたカードを受け取りしまいながら、一聖はそう笑み掛けると、大良に肩越しの視
線を寄越してきた。
「イッ……。シュヴァルツ……」
「お前も来てたんだな。正直助かったよ。こっちはちょいと足止めを喰らってたからさ」
「……僕は」
「ま、積もる話はあるけどよ。それよりも今はこいつらをぶっ倒すのが先だろ?」
 大良が思わず言葉を詰まらせるのと対照的に、一聖は一見して飄々とした様子に見えた。
 気まずそうに眉間に皺を寄せて口篭る友に、彼は改めて真剣な表情に戻って言う。
「……いくぜ、相棒」
「……。あぁ」
 そして大良が小さく頷くのを合図にするかのように、それまで様子を窺っていたドール達
が一挙に襲い掛かってきた。
「へ……っ。うらぁっ!!」
 千切っては投げ、殴り飛ばす一聖。
「……」
『Thrust(刺突)』
 再びシルヴィを槍型に換装し、剣撃を受け流しては突き倒していく大良。
 二人に群がるようにドール達は入れ替わり立ち代わり襲い掛かってきていた。最初こそ二
人は両方向へ押していったが、それでも数は相手の方が圧倒的に多い。ややって勢いは相手
に移り、二人は互いに背中合わせの格好になって身構えるざるを得なくなる。
「チッ……。何だよコイツら、やったら多いな。何なんだ?」
「ジェミニ(分身)のドールだ。自分の分身を作る能力がある」
「あ~、ジェミニか。厄介なのが出て来たなあ……」
 ドール達の攻撃をしのぎながら、一聖はぼやいていた。
 大良の努めて平静な返答にゴルダが面倒臭いと言わんばかりに嘆きの声を漏らす。
「数が違い過ぎます。シュヴァルツさんが加勢してくれてもこれでは……」
「そりゃそうだけどさ。でもだからってどうするんだよ……?」
「……」
 確かにそうだった。このままではその内押し切られてしまうだろう。
 シルヴィの言葉に一聖も困っているようだった。殴り飛ばし、時に撃ち倒しながらドール
達の攻勢を防ぎつつ、苦々しい表情を浮かべている。
「……シュヴァルツ」
「何だ?」
 すると、思案顔になっていた大良が一聖に呼び掛けて来た。
 肩越しに振り返る彼に、大良は飛び掛ってきたドールを槍の一振りで弾き飛ばすと言う。
「どれもいい。ドール達の一体を捕獲してくれないか?」
「捕獲……? 倒すんじゃなくてか?」
「そうだ。頼めるか」
「あぁ。まぁいいけど……」
「では頼む。その間、僕ができるだけ奴らを引き付けておこう」
『Accel(加速)』
 そう言い残して、大良は次のカードをセットして霞むような速さでドール達の中へ切り込
んでいった。速さの勢いと槍の一閃にドール達が吹き飛んでいる。
「……じゃあ、俺もやるとしますか」
『Muscle(筋力)』
 その様を肩越しに一瞥して、一聖もカードをセットした。
 銃口を掌で覆い引き金を引き、ズンという鈍い音と共にその肌が赤く上気する。
 ゴルダをホルスターにしまってポキポキと拳を鳴らしながら、一歩また一歩と前へ進み出
て行く。
 攻撃的で不敵な笑み。そんな様子の変化に、ドール達は思わずお互い顔を見合わせて、
「ギギ……ッ!」「ギ、ギッ……!」
 半ば本能的に迎え撃つよりも退く方を選んでいた。
「待ちがやれっ!」
 叫びながら、一聖は地面を蹴って飛び出した。散り散りになりながら後退していくドール
達。その群れと混乱の中に飛び込みつつ、一聖はザッと周囲を見渡して標的を絞る。
「──てめぇだ!」
「グギャッ!?」
 視界に映った、一歩逃げ遅れたドール達の内の一体を押し倒し、身動きを封じる。
 そしてもがくその標的の首元を掴み、全身で押さえ込みながら一聖は背後でドール達を相
手に立ち回っている大良に向けて叫んだ。
「おい、捕まえたぞ! どうすればいい!?」
「サンプリングだ。僕と君、二人分のユニテルを採ってくれ」
 すると槍の横薙ぎでドール達を吹き飛ばしながら、大良はそう答える。
「……なるほど。そういう事か」
 その言葉で一聖はようやく彼の意図を理解した。
 ドールを押さえつけたまま、ホルダから空のカードを二枚取り出して蓋を開ける。
 近づけるとカードが染め上げられる。配色は水銀色。ロゴ文字は「G」。
「受け取れ、ヴァイス!」
 そうして採取したユニテル・カードの一枚を、一聖は大良に投げて寄越した。
 宙を舞ったカードを、大良はしかと受け取る。
 一聖は捕まえていたドールを蹴り飛ばすと彼の下へと合流した。
 何か来る。それまで隊伍を崩され散り散りになっていたドール達は互いを見合わせると、
急いで集結し、二人に対峙するように立ち塞がった。
「……数には数だ。僕は時計回りに囲い込む。君は反時計回りに動いてくれ」
「了解。任せとけ」
 大良と一聖は身構えるドール達を見据えたまま短く確認し合うと、
『Gemini(分身)』
 同時に先程のカードの上蓋を開いた。
 カードをセットし、銃口を掌で覆いながら引き金を引く。
 すると二人の姿が急にブレ始めた。二人はちらと互いを見て頷き合うと、そのままドール
達に向かって走り出す。大良は左方向、一聖は右方向に。
『──!?』
 するとどうだろう。二人のその走っていく軌跡に沿うかのように、今度は彼ら二人の分身
が次々と出現し始めたのである。更にその分身は新たに別の分身を生み、さらにその分身は
また別の分身を生み出す。
 気付けば、ドール達の周りには彼らと同数、いやそれ以上の無数の一聖と大良が取り囲ん
でいたのだった。利を取っていた数を埋められた。ドール達は一様に動揺し、おろおろと自
分達を取り囲む彼ら二人(とその分身達)を見渡している。
「……一気に畳み掛けるぞ。一体につき二人以上だ。取りこぼせば意味が無くなる」
『Thrust(刺突)』『Freeze(氷結)』
『Accel(加速)』『Rapid(迅速)』
 大良達はそう言いながら、ドール達を見遣りつつ各々にカードをセットしていき、
「あぁ、分かってるよ。……ぶっ潰すぜ」
『Slash(斬撃)』『Fire(火炎)』
『Muscle(筋力)』『Bullet(剛弾)』
 一聖達も、不敵に笑いながら其々に得物を換装して身構える。
「……掛かれっ!!」
 そして大良の一言で、分身達を従えた二人は猛然とドール達へと組み掛かっていった。
 だがドール達も、怯みつつも逃げられないと悟ったのか、やや遅れて迎撃を開始する。
 多数対多数の白兵戦が始まった。
 数の上では自由に増殖できるドール達の方が有利であったかもしれない。だが、こと個々
の戦闘能力においては多くの経験を重ねてきた二人──ナイトガンナー達に圧倒的な分があ
るのは間違いなかった。
 剣戟、銃撃、打撃。様々な激突の音が響く中、徐々にドール達はその数を減らしていく。
「…………」
 そんな様子を、近くの物陰から見守っている者がいた。
 少し離れた場所で繰り広げられる激突の模様。断続的に爆ぜていく様が見える。ドール達
が倒されていく瞬間だ。
 それを確認する度にその者はビクつき、ゆっくりと身を後退させて……。
「何処に行くんだ?」
「……ッ!?」
 すると、不意に背後から声がした。
 どんとその胸元に肩が当たり、その者は驚いて思わず振り向き後退る。
「こんな所に隠れてやがったか」
「……」
 そこには一聖と大良が立っていた。
 不敵な眼と冷淡な眼。二種類の眼差しが向けられる。
「ギ、ギギ……ッ」
 その者──ジェミニ・ドールはガクガクと動揺で身体を震わせながら声を漏らした。
「……お前の能力の真骨頂は自在な自身の増殖。だが、それは完全な全滅に遭えば意味を成
さなくなる。ならばどうするか? 簡単な事だ。お前のような“保険”を置けばいい」
「ま、一緒にいたら巻き添えを喰うから別行動してたんだろ? でもだからって離れ過ぎた
場所にいちゃ予備の意味がねぇしな。だから近場で俺達を見てる筈だと思ったんだよ」
 一歩また一歩と進み出ながら、大良と一聖が交互に口を開く。
 ドールはそれに合わせるように更に後退っていた。その背後遠くではほぼ仲間、いや分身
達が壊滅状態に追いやられようとしている。
「……ギギィッ!」
 すると、ドールは背を向けて逃げ出した。
 少なくとも“全滅”しなければいくらでも逆転は可能だ。そう思ったのだろう。
「逃がすかよっ!」
『FULL BURST』
『Muscle(筋力)』『Fire(火炎)』
 だが二人がその逃走を許す筈もなかった。
 二人は同時にグリップの底蓋を引くと、
「……これで、終わりにする」
『FULL BURST』
『Thrust(刺突)』『Accel(加速)』『Rapid(迅速)』
 先ずは霞むように加速した大良が地面を蹴っていた。
「!?」
 逃げようと駆け出していたドールの眼の前に、突如として大良の姿が回り込む。
 驚くドール。だがその反応がドールの見せた最期となった。
「ふっ──!」
 瞬間、放たれたのは槍の刺突。だがそれは一発ではない。見えないほどの速さでドールの
身体に無数の突きが打ちち込まれたのだ。大きく仰け反るドール。更に大良は槍を大きく振
るうと大薙ぎを放ってその身体を中空に吹き飛ばす。
 今度は一聖の番だった。
 中空を吹き飛ぶドールへ向かって駆け出すその足元。その強化を施した身体にごうと炎が
上がり始める。そして距離を計り、タイミングを見極めて一聖は大きく跳躍した。
 空中で前転をしながら、繰り出される蹴り。
「はぁぁぁ──ッ!」
 その脚には燃え盛る炎が纏わりついていた。
 赤い軌跡となって、ドールの身体をその蹴りが捉える。
 同時、断末魔の叫びと爆音が周囲に響き渡った。
 夜闇を一瞬間だけ照らす火の灯り。
 爆ぜる残滓と煙の中を抜け、一聖はストンと地面に着地を果たしたのだった。
「……」
 槍の換装を解き、排出されたカードをしまいながら大良が近づいてくる。
 敵は倒せた。だが彼のその表情はまだ何処か硬いように見える。同じく排出されたカード
をしまっていた一聖は、
「終わったな。いやぁ……やっぱ、一人で戦うよりはお前との方がずっといいや」
 そんな友の姿を見遣りながらフッと小さく笑い返していた。
 少し驚いたように、大良は無言のまま小さく眉根を上げていた。暫し黙り込む。だが。
「…………。そうだな」
 僅かにだったが、彼もまたややあって小さく笑っていた。
 一聖は内心で安堵していた。それほど気まずくはない。やはりこいつも別に悪意を持って
いる訳じゃないんだ……。
「それにしても……」
 すると静かに息をついて、一聖はふと自分達の立っている芝生の向こう、道端で倒れてい
る人々を目を凝らして見遣ると呟いた。
「流石に祭り客をこのまま放置……って訳にはいかないんだよな?」
「当然だ。あれだけの人数の当事者を放置しておけば、騒ぎは間違いなく大きくなるぞ」
「まぁそうなんだけどよ……。記憶、消すんだよな? 一体何人いるんだよ……」
「今年の客入りは知らないが、例年のペースで考えれば数千人はいるだろうな。加えて屋台
を始めとした祭りの関係者も含めればもっと増えるだろう」
「……しんどいな」
「何、心配はない。だからこそ、さっきの分身達がいる」
 そう言って大良は視線を移した。一聖もそれに倣う。
 そこには自分達と全く同じ顔形の大良と一聖──いや、ナイトガンナー軍団がこちらを見
ていた。今更だったが、これだけ自分が大勢いると奇妙な感覚が拭えない。
「なるほど……。それも考えてたんだな。流石はお前だ、やっぱ頭いいや」
「……世辞はいい。それよりも急げ。まだ催眠ガスは辺りに残っているが、人々がいつ目を
覚ますとも限らない」
「あ、あぁ……そうだな」
 二人は分身達の下に近づいていった。その彼らは、一様に同じ自分からの指示を待ってい
るかのように見えた。
「記憶を消す作業は今まで通り僕がやる。君は分身達と共に会場中の人々を一人残らずここ
に集めてきてくれ」
「おう。分かった。任せとけ」
 言って一聖……達は一斉にカードを取り出した。全く同じ動作でカードの上蓋を開ける。
『Muscle(筋力)』
 無機質な音声が無数に重なって聞こえた。
 またも同じ動きで銃口を掌で覆い、引き金を引く。肌を赤く上気させた、身体能力を強化
した無数の一聖達が出来上がる。
「よ~し、じゃあ俺達、手分けして運ぶぞ。くれぐれも見落とすなよ」
『応ッ!』
 そして一聖とその分身達は、まるで洪水が通っていくかのようにその場から跳び出してい
った。一挙に半分に減った分身達の群れ。残るは大良とその分身達である。
「……では僕らも始めようか。先ずはこの付近の人間の記憶を消していく。イッセー達が戻
って来たらそちらを優先してくれ」
『……了解だ』
 大良の指示で、彼の分身達もまた動き始めた。数個のグループに分かれて近場にいる人々
を探しては銃口を向ける。所々でシアン色の輝きが瞬いては消えていく。
「……」
 大良はそんな分身達とは少し別行動を取っていた。
 ゆっくりと歩を進め、近づいていったのは──早苗の所。最初にドールに狙われていた所
を阻止したポイントだった。
『花岡君や雪村君も気にしているみたいだ』
 不意に、真田が話していた言葉を思い出す。
 教授はともかくとして、花岡や雪村にまで勘付かれていたというのか。
(……そんなに僕は、感情が豊かではないと思っていたんだがな)
 相応の付き合いの長さから……なのか。
 分からないが、あまり好ましい事ではなかった。事情を知り共に戦ってきた一聖ならとも
かく、無関係な彼らまで巻き込んでしまう事は避けたかったのに。
「……」
 大良は静かに首を横に振った。
 感傷に浸るのはよそう。それよりも、自分には成さなければならない事がある。
 様子を窺うように黙っているシルヴィをホルスターから引き抜くと、
『Memory(記憶)』
 大良はカードをセットして、倒れたままの早苗にそっと銃口を向ける。
「……君は、僕に関わるべきじゃない」
 聞こえぬであろう彼女にそんな思いを呟いて。
 大良は静かに、その引き金を引いた。

「──海浜公園のドールは全滅したか……」
 会議室でリアルタイムの状況報告を見つめていた上座の男は、そう感情を微塵も感じさせ
ないほど淡々とした声を呟いていた。
 薄暗い室内。窓の類は一切なく、円卓に座す面々の前には複数のデータを示すホログラム
が浮かび上がっている。
「これだけ仕掛けておいてやられちゃうなんて……嫌な子達」
「今回は上手くいくんじゃないかと思ってたのにね~?」
「ヘッ、今回も何もあるかよ。こんなちまちましてるから邪魔者が片付かないんだろうが。
さっさとぶっ潰せばいいだろうが。この前のホームレス連中(何処ぞの駒)みたいによ」
 円卓の面々の反応は様々だったが、多くはある種の落胆に近いものだった。
 室内が俄かにざわつく。すると眼鏡のブリッジを弄りながら、痩身の男が口を開いた。
「……あれは所詮、向こうの仕掛けた餌だ。だからそれと分かっていたからこそ、君達にそ
の駒となった者を纏めて始末させたんだろう? 口封じと、見せしめを兼ねて」
「そうだよなぁ。指示だけしてりゃあ楽さ。だがどうだ? ナイトガンナーはまた出やがっ
たじゃねぇか。効いてねぇんじゃねえのか? 脅すくらいならちゃっちゃと始末しちまった
方がスッキリするだろうがよ」
「……力だけで全てが片付くとは思えないな。鞭ばかりでは使える者も使えなくなる」
 荒っぽい男と痩身の男が無言で視線を交じら、静かに火花を散らしていた。
 それでも面々は特に止めに入ろうとはしない。むしろ一抹の嬉々を以って傍観に徹してい
るかのように見える。
「──ぉ?」
 そんな時だった。
 ふとその場に似つかわしくない軽快なメロディが聞こえてくる。
「はいはい~、もしも~し?」
 それは携帯電話の着信音だった。するとすぐに、円卓を埋めていた少年のような人物がポ
ケットから携帯を取り出すと応対する。
 ちらと面々が視線を寄越していた。少年は暫し電話でやり取りを交わすと、通話を切りな
がら彼らに向き直って言う。
「各定点からの報告が集まったよ。予定通り“市街地でのサンプリング作業”は妨害者もな
く、つつがなく終了。撤収作業に移りました……っと。五分程で詳細が送られてくるので、
こちらに出力するね」
 一部の面々が頷いていた。にこやかに、いや不敵に少年は微笑んでいる。
「……全く、お前も回りくどい真似しやがるぜ」
 すると、先の荒っぽい男が半ば吐き捨てるように呟いていた。
 その言葉に妖艶な女性の声が続く。
「そうねぇ。潮風祭りのドール達はあくまで囮……あれだけ目立つ騒ぎを起こしておけば、
ナイトガンナー達もそっちに気を取られる」
「で、その隙にこっちはコソコソと各定点でドールを増やしての本命のサンプリング、か。
どうにも俺は性に合わねぇけどな。何でたかが二人の邪魔者の為にこれだけ面倒臭い事をし
なけりゃいけねぇんだよ……」
「……それは私も同意する。だが我々の目的は計画の進行だ。ナイトガンナーなる者達と戦
う事ではない……」
 痩身の男が釈然とはしない様子で呟くのを、少年は満足そうに見つめて頷いていた。
「でもさぁ、あれだけ目立つ事しておいて大丈夫なのかなぁ? 揉み消せるの~?」
「問題ないよ。だって僕らには強力なスポンサーがついてるもの。ね、チーフ?」
「……」
 にこやかに振ってくる少年に、上座の男はちらと目を遣るだけの反応しか見せなかった。
 そして面々がそうしているとホログラムにデータが送られてきた。今回の計画に関わった
状況の報告と成果などのデータである。
 暫くの間、円卓の面々はその詳細に目を通していった。
「……ふむ。中々いい収穫だったな。これなら遅れも大分取り戻せそうだ」
「だね~。じゃあさ、もっと今回みたいな事を続ければいいんじゃない?」
「馬鹿言え。いくらなんでも連発してちゃ、揉み消せるもんも揉み消せねぇっつーの」
 再び面々が互いに声を交わし合っていた。
 飛び交う言葉とデータと。そんな中にあっても上座の男だけは膝をつき腕を組んだまま、
じっとまるで微動だにしていない。
「…………諸君」
 だが、そんな彼が重々しい雰囲気を纏いふっと口を開いた。
 それだけだった。なのにそれまで言葉を交わしていた面々全員が一斉に黙り、その視線を
彼一点に向け直している。
 そしてその静けさを確かめるようにしてから、彼は言った。
「今回の実験で計画の遅れは随分と取り戻す事ができた。事後処理の件ならば心配は要らな
い。我々に楯突く者があれば、一人残らず排除する……」
 しんと静まり返る会議室の中にあって、この上座の男の声だけがやけに強く響き渡ってい
るかのように聞こえていた。
「皆の尽力に感謝と賛辞を贈ろう。諸君のお蔭で私達の計画は順調に運んでいる」
 面々がじっと耳を傾ける中、彼は言う。
「……そこで、ここで私は提案したい。現在の計画を、次なる段階に進めたいと思う」
 するとその言葉を耳にして、面々はザワッと色めきたったように見えた。
 だがそこで言葉を区切ってしまう彼に気付き、面々は互いに顔を見合って徐々にその興奮
を鎮めていく。
「……。異議ある者はいないか?」
 それは疑問形であっても、実質は宣言に等しいものだった。
 面々は言葉少なげに力強く頷いていた。
 計画を、次の段階へ。皆は一様にその進展に喜びすら見せている。
 そんな同意の雰囲気をじっと見遣ってから、
「……それでは計画を進めよう。我らが望む、在るべき世界を確かなものとする為に」
 上座の男はそう、現実を繋ぎとめんとするかのように言い放つ。
 その後、清浜のメディアに“夏祭りで大規模ガス中毒発生”の見出しが踊ったのは、それ
から数日と経たずしての事である──。


『海浜公園の高台に来て欲しい。君に話したい事がある』
 一聖の下に大良からのそんな連絡が届いたのは、潮風祭の一件から数日が経ったとある日
の夕暮れ時の事だった。
 何だろうと思ったのと同時、やっと来たかとも思った。
 それは、結局あの後の事後処理を終えても、大良が電話で語ったあの言葉の真意、理由を
話してくれなかったからだった。
『…………すまない。もう暫く、時間をくれ……』
 そう言い残してトボトボと帰っていってしまった大良。
 一聖は何となくその背中に追及する事ができず、結局今日まで何処かもやもやとしたもの
を抱えながら待つ事しかできなかった。
 あいつは、何かを背負い込んでいる。それは部屋でシルヴィと話した時に感じてはいた。
 何があいつにあったのかは未だはっきりとは分からない。だが、帰り際のあの口振りから
していずれは話してくれるのだろうとも思っていた。
 ならば俺は待とう。あいつが自分で抱えてるものにきちんとけじめをつけられるように。
 だから連絡が来た時は正直、一聖は慌ててしまった。
 その日抱えていたデスクワークも、急を要するものだけはとりあえず捌くと、一聖はいつ
もより早めに、そして足早に社を後にした。
 それでも空気は既に随分と茜色の光を帯びていた。急いで待ち合わせの場所へと向かう。
 到着した時には、時間は言われていた時刻ギリギリ。
「……」
 果たしてどれだけ前から待っていたのだろう。
 対する大良は、ぽつんと独り高台のベンチに腰掛けたままそっと振り向くと、やや息を切
らせてやって来た一聖に静かな眼差しを向けてくる。
「────……そっか」
 そして、そんな彼の傍らに座り、訥々と語られていくその話に耳を傾けている間に辺りは
すっかり暗くなっていた。
 全てを話し終わったかのように、じっと俯き加減に黙り込んでいる大良。
 その隣で一聖は深く長い吐息をついてから、短い言葉で反応の第一声を漏らしていた。
 シルヴィを通じて現れたハカセのメッセージ。ヒューマン・ユニテルである理由。
 それらから大良が組み立てた、敵の目的と組織の大きさに対する推測。
 その推測を実際に確かめる為に、彼が橋の下のホーレムスを介して敵の出方を窺った事。
「あの橘川橋のホームレス殺人は、お前も一枚噛んでたんだなぁ……」
「……」
 一聖もまた、大良から語られた話を頭の中でじっと整理しようとしていた。そこでやっと
長く疑問に思いもやもやとしていたものも解決したように思う。
 やはりあの時見かけたのは大良で間違いなかったのだ。
 この場に及んで、彼はまだ“敵の正体”については言及してようとはしなかった。だが、
それ以外の経緯を聞いた今なら分かるような気がする。
 こいつは、俺を守ろうとしたんだ。
 きっと不器用ながらも、俺を一連の奴らの件から手を引かせる事で自分に橋の下の彼らと
同じ末路を辿らせまいとしたのだろう。
(全く、こいつは……)
 一聖は何処かこそばゆい思いを感じつつ、この些か不器用な友を見遣った。
「……すまない」
 だが当の大良は重苦しそうな表情を見せていた。
 ぐっと結んだその口元に力が入りながら、静かに吐き出すような謝罪の言葉が漏れる。
「お前が謝る事はねぇよ。俺だって、お前の話を最後まで聞かずに切っちまったんだしさ。
お前一人で全部背負い込もうとしてたのには正直イラついた事もあったが、それはお前なり
の事情があったからだったんだろ? ならもう責めやしねぇよ」
「……。それもあるが、そうじゃない。僕が言っているのは、何の関係もない筈のホームレ
スを利用した事についてだ」
「……あぁ、そっちか」
 大良は深刻そうに顔をしかめていたが、一聖はそれでもできる限り穏当であろうと努めて
いた。だがその受け答えが予想と違っていたのだろう。大良は少し驚いているようだった。
「……怒っていないのか?」
 らしくない、おずおずと様子を窺うようにして彼は一聖を見遣っていた。
「怒る? 何でだよ?」
「それは……僕が他人を、駒に使ったからだ。ホームレスという人選自体が僕自身、いなく
なっても大丈夫だろうと算段があった筈だ……。正義感の強い君なら、きっと怒りを覚える
だろうと思っていた」
「う~ん……」
 言われて、一聖はそうかもしれないとは思った。
 彼にそんな評を聞かされるのは気恥ずかしくも思ったが、確かに何も知らずあの事件の現
場に出向いた時にはそういった感情はあったように思う。だが……。
「でも、お前はああなった事を反省してるんだろ?」
 不思議と彼を責める気にはなれなかった。
「なら別に俺までお前を責める事もないんじゃねぇの? 自分で反省して悔いてるならさ」
「……だが僕は彼を捨て駒として利用したんだ。加えてそれ以上の多くの犠牲者まで出して
しまったんだ。僕が、彼を巻き込みさえしなければ……」
「……後悔する気持ちは分かるけどさ。でもだからって俺がお前に当たるのは違うだろ? 
おっさん達を殺したのはお前じゃない、奴らだ。憎むべき相手が違うじゃねぇか」
「しかし……」
「あ~、だからそうしぼむなっての。一人で背負い込むなってば。そうやって後悔してるな
ら尚の事、俺達でおっさん達の無念を晴らしてやるべきなんじゃないのか? 俺だって無関
係じゃねぇんだ。このまま手を引くなんてできやしねぇよ」
 そうだろう?と問い掛ける一聖。
 そんな友を、大良は一抹の驚嘆の眼差しで見ていた。再びふっと下がった視線。自分の中
を何かと見比べているような暗転した瞳の色合い。暫しの間を置いて彼は呟いていた。
「君は……強いな」
「そうか? 買い被りだって。俺はお前みたく頭で色々考えるよりは先に動いちまう方の人
間ってなだけださ。行動力と言えば聞こえはいいが、言い換えれば向こう見ずなだけだろ。
一応そういう自覚は持ってる。だからこそ……俺には、お前が必要なんだと思ってる」
「……。そうか……」
 そこで大良はようやく微かに元気を取り戻したように見えた。
 顔を上げ、僅かに苦笑する。一聖は星が瞬き出した夜空を見上げて深く一呼吸をつく。
「……理由なんてのは何だっていいんだよ。それが俺の場合は“この街が好きだから”なん
だろうぜ。物事ってのは小難しいようで案外簡単だったりもするもんさ。どんな理屈があっ
たって、結局人間が落ち着ける所ってのは……」
 そして傍らで迷う友に応えるように彼は言い、
「ここだろ? 感情ばかりってのも考えものだが、ハートがなくっちゃ人間面白くねぇよ」
 ポンと自身の胸元を叩きながらそう微笑みかける。
「心……」
 大良は暫くその言葉に顔を向けたまま黙り込んでいた。
 再び内部のデータを照合するような、暗転した眼差しの後、彼は誰にともなく呟く。
「……私怨でもか?」
「ん?」
「……。いや、何でもない」
「? そっか」
 ぽつりと漏れた言葉は何だったのか。だが一聖は特に追及する事はしなかった。
 ちらと見遣ってみる友の横顔。気のせいかもしれないが、その様子は何処か前よりも吹っ
切れたようにも見えなくもない。
「俺はこれからも戦うぜ? お前と一緒に。たとえ相手がどんな奴らでもな」
「……僕は」
「あ~……いいっていいって。無理に話さなくても。敵の事、詳しく話さないのはお前なり
の配慮なんだろ?」
「……」
「ならいいさ。話してくれるのは心の整理がついてからでも。それに、お前の今までの断片
的な話からして俺も何となく予想はついてるしな」
 言いながら、一聖は高台から見える夜の海原を見た。
 夜闇に染まった海。その一角には煌々と灯った潮城島──エネ研の姿が遠くに見える。
「……今度、橘川橋のおっさん達に花、手向けに行こうな」
「……。そうだな」
 ぽつりと呟き互いに言葉少なげになる。
 暫くの間、二人は並んで座り、ぼんやりと夜の海原を眺めていた。
 ゆったりと流れていく時間。先日の事件もあり、園内はまるで人気なくしんと静まり返っ
ていた。潮風が微弱に吹いてくる。二人は共に佇んでいた。
「イッセー!」「マスター!」
 そんな静寂を破ったのは、二人の懐から飛び出してきたゴルダとシルヴィだった。
 紅と蒼。それぞれの眼のランプを光らせて、暗がりの中を飛び交い二人の前に出てくる。
 一聖と大良は顔を上げた。
 彼らが出てきたという事は、すなわち……。
「出たぜ、ドールだ!」
「距離は北北西に約三・二キロ。繁華街の方向です」
「チッ、出やがったか。忙しない連中だぜ」
「祭りからまだ日は浅いが……。今までの活動周期からすれば頃合、か」
 ドール出現。その言葉に二人は後ろ髪を解き、眼鏡を外しながら振り返って立ち上がる。
 高台から見下ろす夜の清浜はネオンの光で満ちていた。そして今夜もまた、そんな街の片
隅で怪人が人々を狙っている。
 二人は懐からグリップを取り出して、並んだ。
「……いくぜ、相棒」
「……あぁ」
 握ったグリップを掲げ、そこに可変したゴルダとシルヴィが接続する。銃器となったその
姿を手元に引き寄せ、二人は叫ぶ。
「変身っ!」「……変身」
 次の瞬間、紅と蒼の発光を放ちながら二人の身体を靄のようなものが包んだ。
 だがそれも数秒。やがて弾かれるように四散したその靄の中から、金髪紅眼の銃士と銀髪
蒼眼の銃士が姿を現す。
『……』
 潮風が背後から吹いてくる。眼下には夜でも煌々と光る清浜の街が広がっている。
 二人はちらと互いを見合って頷き合うと、同時に地面を蹴って遙か眼下の街並みへと飛び
込んでいく。

 潮騒と開発の荒波が並立する街・清嶺ヶ浜。そこには一つの噂があった。
 夜な夜な人々を襲い暗躍する異形の怪人達。そしてそんな怪人達から人々を守り、戦って
いるという正義の銃士・ナイトガンナー。
 彼らは今日も密かに暗躍している事だろう。今日もまた密かに戦っている事だろう。
 ではそれは一体何の為なのだろう。誰の為なのだろう。
 答えは見つかっていないのかもしれない。もしかすると見つかりえないのかもしれない。
 それでも彼らは進む。自らの心に、自らが信じるものに従って。
 知らぬ方が幸せでいられる事もある。だが、知らぬ事で迫ってくる危機がそこにはある。
 故に彼らは武器を取った。自らの意志で、自分達の街と大切な思いを守る為に。
 天には瞬く星の夜空。地には瞬く街の灯り。
 今宵もまた、夜の街を二人の銃士が駆け抜ける。
                                      (了)

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  2. NIGHT GUNNERS
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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