日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:池上永一『シャングリ・ラ』

書名:シャングリ・ラ
著者:池上永一
出版:角川文庫(2008年)
分類:一般文藝/SF

舞台は、急速な森林化を強行した近未来の東京。
天へ延び続ける巨大都市を巡る陰謀に、運命に、ゲリラの少女は立ち向かう。


今回の読書感想は「テンペスト」でお馴染み、池上永一氏著「シャングリ・ラ」の文庫版
です。本編は上下巻の合計1000頁弱にも及ぶ長編ですが、感想もみっちり両巻を読んだ後に
したためているのでご心配なく。ちなみに本作は2008年に漫画化、2009年にはアニメ化も果
たしています(僕がこの作品を知ったのは此処)。尤も媒体によって演出の変更があったり
するようなので、一応留意の程をば。

本作の概要は……何と言ったら良いのか。
分類上は一応SF(サイエンスフィクション)ですが、少なくともガチガチな科学物語でない
事は確かです。ネタバレに関わってくるので多くは言及できませんが、作中には科学的要素
以上にオカルティックなテイストも加味されています。
僕自身ファンタジー系の創作人という事もあり、このある種の「何でもあり」にはそれほど
抵抗感は無かったのですが、SFという枠組みを重んじている方は眉を顰めっぱなしで読む事
になりそうな気がします。

物語は、近未来の東京。
但しその姿はリアルのそれとは随分と脚色というか、個性的な色づけが成されています。
加速する地球温暖化。その猛威を食い止めるために地球規模で導入された「炭素説」そして
その新しい経済により勃興する“カーボニスト(砕いて言うと排出量取引の投資家)”達。
そんな炭素税=CO2排出のペナルティの重圧に世界があくせくとする中、日本はとある巨大
プロジェクトを強行します。
それは東京の大部分を森林で覆い、都市機能を一点に集積すること。
炭素を固定化する新技術を独占した日本はその巨大集積都市<アトラス>に中枢を移転、
空前の復興を遂げています。
ですが……その一方でアトラスへの移住を果たせなかった大多数の人々は肥大化する森林に
怯えながら暮らすしかなく、地上とアトラスとの格差は広がるばかり。
そこに現れたのは、反政府ゲリラ「メタル・エイジ」
本編はその時期総統として育てられた少女・北条國子が少年院の刑期を終えて出所してくる
場面から始まります。
國子の下、再び息を吹き返すメタル・エイジ。
しかしまるでその帰還を待っていたかのように<アトラス>を巡る陰謀が、國子自身も知ら
ない運命が動き出す──といった内容。

物語の性質上、個々を語ってしまうとそれだけでネタバレになりかねないので、今回は僕が
本作を読んでいて印象的だったことを幾つか挙げる形で感想としたいと思います。
一つ目は、何よりも個性的なキャラクタ達でしょう。
主人公である國子(の超人的な才覚)は勿論、彼女の養育係であり諸々の師匠であるニュー
ハーフのモモコ、ゲリラ古参戦士・武彦、モモコの相棒ミーコといったメタル・エイジ側の
面々もさることながら、新進気鋭の若きカーボニスト・香凛一味、病弱の貴族少女・美邦と
従者の小夜子ら、果ては女性に免疫?のない真面目な青年将校・草薙、何よりも異様な存在
として國子達に立ちはだかる<アトラス公社>──。物語は彼らのフォーカスを何度も繰り
返し向け直しながら進んでいきます。
僕個人の執筆経験からなのですが、こういう“群像劇”はキャラクタの「生」と文章の緻密
さが無いとちぐはぐして色褪せてしまうものです。ですが池上氏はこの多彩なキャラクタ達
を余す所なく使い分け、最後までドキドキハラハラさせてくれました。驚嘆物です。
(まぁ如何せん、本編の分量が長いというのがネックやもしれませんが……)
二つ目は、作中で描かれる「狂気」の取り扱い方。
これもまた個人的な創作経験なのですが、概して狂気のキャラクタというのは所謂「悪役」
に仕立て上げられ、最後は主人公らに熨される……という演出が多いように思います。
それらは読者の求めるカタルシスであり、言うまでもなく物語の一つの形なのですが、本作
では必ずしも狂気の沙汰=罰すべきという視点ではないように感じました。
言うなれば“誰の狂気にも理由がある”とでも主張したげな。
実際、作中のキャラクタは各々の狂気に苛まれ、或いはむしろ積極的に利用します。
陰謀──自分達の理想の為に邁進する者達。
屈折した倒錯、過去の痛みがために只管今を激走する者達。
己の内に正義を信じて、その正義の為に鬼畜へ走る者達。
そしてこれは三つ目、作中の近未来の東京──の大森林が辿る姿と重なるのですが、僕自身
は今まで足りない頭で“正しさ”とは何かをずっと考えてきたつもりです。
『画一的な正しさなんてないよ』それが現状の、ちょっと嘯いた感じにもみえる回答ですが
本作を読んでいてこの方向性は多分外れてはいないんだろうなぁとも思いました。
どれだけ人間が“征服”しようとしても、自然は常に猛威を振るう。
どれだけ人間が理屈を捏ね回そうとも、セカイは変わらずそこに在り進化し続けていて……。

『経済の本質は欲望だ』『それを利用しながら新しい世界を創る』という物語の落とし所に
はまだ青二才な僕は、あまり追従できません。一から善き倫理で立て直せると、まだ何処か
で人間を諦めていないのかもしれませんね……。
まさかこの物語のような世界情勢にはならない──とも言えなくなりそうなのがSFの怖さで
あり魅力でもあるのでしょうが──にせよ、虚構も現実も、ふとセカイを見渡せばひたひた
とディストピアの足音がする気が僕にはします。
何かにつけて誰かが誰かを縛り、その事に色んな理屈を持ち出して正当化しようとする。

どうにか、このセカイが善きものらで覆われる日が来るのを望んでなりません。
物語の中とは違い、現実世界がもしディストピアになった時……救世主なんてのは多分現れ
てくれないだろうから。


<長月的評価>
文章:★★★★☆(景色・情景描写共に重厚。ただ如何せん分量があり過ぎるのがネックか)
技巧:★★★★☆(多彩なキャラクタ達の群像劇、更にそこからの展開の大回転──お見事)
物語:★★★★☆(たっぷりもっさり。だけども躍動する物語、美味しゅうございました)

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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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