日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅲ〔30〕

 結果からすれば、今回の社交デビューは「失敗」になるのだろうか。
 当然の成り行きながら、晩餐会は闖入者──“結社”の刺客らの登場とその撃退の後、自
然と閉会扱いになった。
 気分は底なしに沈んでいくようだった。それでも晩餐(ほんもと)が済んだ、その後の事
件であったことはせめてもの救いだったのかもしれない。
 会場の混乱や逃げた刺客達の追跡をルシアンと守備隊らに任せ、アルス達はミアが搬送さ
れた街の病院へと急ぎ同行した。ややあって、連絡を受けたダンやシフォンらも合流する。
『──はい。怪我自体はそう深いものではなく、命に別状はありません。ただ、刃に塗られ
ていたと思われる毒物が少々特殊なもののようでして……。今、大至急解毒剤を取り寄せて
いる所です』
 ベッドの中で魘されるように眠るミア。
 彼女を囲んだアルス達に──今にも飛び付かん勢いで娘の無事を問うダンに、当直の医師
はそう答えていた。
 曰く、現状は毒を中和剤や治癒魔導で抑制するのが精一杯であるらしい。
 根本的な治療には、薬物に対応した解毒剤が不可欠なのだそうだ。
 一旦身体に入った毒はそう簡単には消え去りはしない。蝕む大元を除かねば……いずれ彼
女の身体が持たなくなる筈だ、と。
 長い夜だった。一小刻(スィクロ)一細刻(セークロ)がとても長く感じた。
 すっかり辺りは暗くなっている。ミアの病室には灯りも点けられず、ただ暗闇の曇天から
除く月の明かりだけが時折差し込む。運ばれてきた当初より魘された様子は和らいでいるか
に見えるが、それでも彼女は点滴と心拍を測る機材に繋がれたまま未だ目を覚まさない。
「……」
 アルスはおずっと傍らに目を遣った。
 そこには、じっと娘を見守っている父(ダン)の姿がある。
 反対側、アルスの背後で浮かぶエトナの淡緑の光はその横顔を静かに照らしており、ただ
でさえ強面な表情がより威圧的な印象を与えるかのようだ。
「その……ダンさん。すみません、僕の所為で」
 慌しかった搬送当初から時間も経ち、夜も更け、団員の殆どが一旦ホームに戻ってもの寂
しくなった病室内で、アルスはそうか細い言葉を紡いでいた。
「何言ってんだ。責めるべきはお前じゃねぇ。結社(れんちゅう)だろうが」
「で、でも……」
 しかしダンは眠る娘を見つめたまま、視線を向けてくることは無い。
 アルスは思わず喉を詰まらせていた。
 返って来た言葉こそ赦しだったかもしれない。
 だが彼が全身でみせるその姿は、アルスの胸奥を抉り回すには充分で……。
「……こいつはな、自分の意思でついて行くと言ったんだ」
 それでもダンは敢えて語っていた。
「お前を護るっていう俺達の役目、それと個人的に気に掛けていたっていうのもある。まぁ
こっちは日頃こいつを見てて何となく感じてた事なんだが……」
 クランの副団長として、父親として。
「もっと上手くやれた。ドジったとみることなら幾らでも出来る。自分がぶっ倒れちゃあ元
も子もねぇもんなあ」
 何よりも、一人の戦士として。
「だけどなアルス。いくらお前でも、護ろうとしたこいつの意思を踏み躙るのは許さねぇ。
お前の言う“ごめん”は見当違いなんだよ。お前が謝る事は、こいつの意思を否定すること
にもなるんだ。……分かるよな?」
「……」
 無言のまま、アルスは重々しく頷いていた。
 不思議と責められているという感じは薄かった。窘められている──そんな感触の方が厳
密だなと思った。
 言い方こそ少々乱暴だが、彼は彼なりに自分と娘、双方を慮って語っている。
 何となくぼやっとだが、アルスはある種の確信に近い形でそう思えた。
 誰か他人を責めるのではない。むしろ──。
「……アルス、お前はそろそろ帰った方がいい。明日から学院だろ?」
「えっ? ですけど、ミアさんは」
「大丈夫だ。今夜は俺が看てる。お前はいつも通り学生をやってろ」
「で、でも……っ」
 暫く雲間からの月明かりと静寂に身を委ね、やがてダンは口を開いた。
 後ろめたさもあって、アルスは半ば反射的に食い下がろうとしたが……ふと視線を下げた
次の瞬間、その意志はあっけなく砕け散ることになる。
「分かってる。でもお前は“平常”を装わなきゃ駄目だろうが……」
 ごくりと息を呑み、アルスは深く眉根を顰める。 
 きゅっと唇を結び、エトナは悔しさで顔を歪める。
「お前(かんじん)がブレるな。皆が余計に不安がる」
 二人が遣る視線の先で、ダンは己の拳を強く強く握り締めていた。


 Tale-30.淀む闇に掃う力(て)を

 他人を踏み台にして高みに登るのが貴族だというのなら、自分は向いていないと──許さ
れるのならば登りたくないと──アルスは思った。
 どんなに長い夜にも、必ず朝はやって来る。
 その言葉はアルス達に対しても例外(ようしゃ)なく、太陽は再びアウルベルツの街並み
を見下ろしている。
 ダンの横顔と言の葉に気圧され、自室に帰って一夜。
 正直気が塞いだままの身体を引き摺りつつ、アルスは休日明けの学院生活に戻っていた。
「……」
 しかし、つい先日までのように講義に集中することなど……出来る筈もなかった。
 朝方の講義を二コマ。だがその内容はおそらく半分も頭に入っていない。後で復習したり
相棒(エトナ)に聞き直せばいいのだろうが、果たして帰宅する頃までにこの鬱屈した気分
を切り替えられているかは疑わしい。
(ダンさんや皆は“いつも通り”にって言ってたけど……)
 キャンパスの中をとぼとぼと歩きながら、向けられてくる視線に己の感覚を注いでみる。
 気のせいかもしれない。だが直感が訴える、明らかな変化があった。
 周囲の眼だ。先日の歓迎会以前は「物珍しさ」といった好奇の視線だった彼らが、昨夜の
襲撃事件を経て「咎め」或いは軽い「忌避」に近い視線を送ってきている気がするのだ。
 無理もないな……とアルスは思った。
 ただでさえこの街は、一度“結社”の襲撃を受けている過去がある。
 もし彼らの、あの時の記憶が今回の一件で再び呼び起こされたのなら、自分達を疎む感情
が湧いて来るのは無理からぬことだろう。
 予測していなかった訳ではない。
 しかし、こうして実際に掌を返すような態度を嗅ぎ取れてしまうというのは、決していい
気分ではない。元より帰還から先日までが“浮かされていた”だけだとはいえ……。
「よう。……流石にグロッキーみたいだな」
「おはよう。ニュース観たよ、大変だったみたいだね」
「……うん」
 すると見慣れた姿がこちらに近付いてきた。学友コンビのフィデロとルイスだった。
 既に昨夜の事件は街中──いやもう各地に報道されているらしく、いつも気さくに話し掛
けてくれる二人ですらも流石に最初の一言に躊躇いが見られる。
「言いたくないなら言わなくていいけど、やっぱり“結社”の刺客……なんだよね?」
 そう静かに、慎重に問うてきたのはルイスだった。
 ちらりと、昨夜も今日も傍らに控えてくれているリンファを見遣り、その小さな首肯を確
認すると、アルスはこの友らにゆっくりと頷いてみせた。
 やはりか……。彼らは互いに難しい表情で顔を見合わせている。
 二人がこうして訊いてくる、という事は既に“結社”絡みであるらしいという情報は街の
人々に行き渡っているのだろう。先程までの──いや現在進行形で向けられる視線が宿す色
の変化も、改めて頷ける。
「ヴェルホーク君、フィスター君。少し場所を」
「ん? ああ、そうッスね」
「……とりあえず、中庭にでも」
 アルスが言い出すよりも早く、リンファがそう二人に言い掛けてくれた。
 二人もすぐにその意図を汲み取ってくれ、ちらと行き交う周囲の学院生や出入りの業者ら
の視線からアルスを守るように身体を動かすと、そのまま連れ立って人気の少ない場所へと
移ることにする。
「なんつーか……。ごめんな、どいつもこいつも掌返しやがってよ」
「仕方ないよ。そもそもこの街に戻って来たのだって、殆ど僕の我が侭なんだし」
「……そう自分を責めない方がいい。昨日の晩餐会を滅茶苦茶にしたのは君じゃない、連中
だろう? 何より君が帰って来てくれなかったら、僕らはこうして話をすることすら出来な
かったんだから」
「そーだよ。大事なダチを見捨てられるかっつーの」
「……。ありがとう」
 心遣いが嬉しかった。そして辛くもあった。
 昨夜、ダンに言われた言葉が蘇る。
 悪いのは自分(たち兄弟)の所為じゃない。結社(やつら)が悪いんだ──。
 だが……そうやって自分を宥めていいのだろうかと、アルスは内心思っていた。
 連中の肩を持つ気は更々ない。だが只「悪人」に全ての責任を丸投げして、果たして善い
ものなのだろうか? そんな尽きない後ろめたさ──罪悪感が何度も胸奥を突付いてくる。
「なぁ、アルス。ところでニュースでやってた“負傷した獣人女性”ってのは……やっぱ」
「うん……ミアさんだよ。僕を庇って、毒の斧に──」
 そしておずっと訊ねてきたフィデロの問いに、その抉りは不意に深くなった。
 気丈にも答えようとして、だけど途中でくしゃっと顔を歪めて、言葉を詰まらせて。
 思わず「あっ」と漏らす相棒に、ルイスは無言の肘鉄を浴びせていた。ぐらっと一瞬だけ
揺れて、フィデロはバツが悪そうに俯いたアルスを見る。
 アルス達三人は周りに誰も来ていない事を確認してから、この友人達に昨夜の詳細を話し
てあげることにした。
 最初はとぎまぎしながらも、穏やかに進んだ晩餐会。
 しかしその平穏をぶち壊した、突然の“結社”の襲撃。
 主犯格とみられる三人の内、一人は射殺された。
 だが残り二人は転移石で逃走、現在も守備隊の追跡から逃げ回っている──。
「そっか。いつもアルスに弁当作ってくれてるねーちゃんがなあ……。道理でお前が凹んで
る筈だよ……」
「それで、彼女は大丈夫なのかい? 毒にやられたと君はさっき言っていたけど」
「うん……。今は病院で処置を受けてる。でも専用の解毒剤がないと治らないみたいで、今
急いで取り寄せて貰っている所」
「……そうか」
 フィデロとルイスは、再び互いの顔を見合わせていた。
 この友が自責の念に苛まれているだろうと予想していても、もっと具体的な仲間の犠牲が
あったとまでは思考が回っていなかったらしい。
「な、なぁに。獣人ってのは頑丈に出来てるんだ。そう簡単にくたばりゃしねぇよ」
「縁起でもないことを……。だがまぁ、少なくとも君が大丈夫であることが何より彼女にと
っての見舞いになる事に間違いはないと思うよ」
「……うん。そう、だね」
 だが、同じく沈んだ顔はしていられないと思ったのだろう。
 二人は口調こそ静と動だったが、そう口々に語ってアルスを励ましてくれた。
 そして陰を持ちながらもふっと微笑んだアルスに、リンファとエトナ、彼の左右に控える
彼女達は何処か良いものを見たと言わんばかりに肩に手を置き、或いは寄り添ってくる。
「……分かっているとは思うが。この話は、無闇に口外しないでくれ」
「アルスの友達だから、話したんだよ?」
「わ、分かってるよ……」「ええ。勿論です」
 日差しは昨日と変わらず注いでいた。
 緑の木々を照らす陽の光。入学当初は穏やかだったそれも、今では徐々に汗ばんでくる程
の熱を──初夏の気配を載せている。
 そうして暫く、中庭で何となく互いに無言のまま立っていると、ふと遠巻きにチャイムが
聞こえてきた。小刻みに奏でる短い音色。五小刻(スィクロ)前の予鈴だ。
「っと、もうこんな時間か」
「みたいだね。じゃあ行こうか、アルス君」
「? 次の講義、一緒だったっけ?」
 するとはたと顔を上げたフィデロを横目に、ルイスはふっとそれまでの神妙な表情をわざ
と崩すようにして静かに微笑み、言う。
「一緒も何も……次はガイダンスじゃないか。そろそろ、初めての定期試験だろう?」

 一回生全員を対象としたガイダンスは、キャンパス内の大講堂を丸々使って行われる。
 リンファには外の駐輪場で待っていて貰い、アルス達三人(と一体)は同学年の人の波に
交じりながら講堂内へ入った。
 予鈴後ということもあり、室内には既に多くの学院生らが集まっていた。
 これだけの人数──同級生全員が一堂に会するのは入学式以来ではないだろうか?
 アルスはぼんやりとそんな事を思いながら、友人らと最上段の席へと歩いていく。先刻と
同じく、自分を疎む眼が方々から感じられたからだった。最後列座っていれば、少なくとも
ガイダンス中はその憂いは絶てる。
「……」
 その途中、中程の席に見慣れた顔があった。シンシアだ。
 昨夜の一件が気まずかったのだろう。アルスも彼女も互いの存在には気付きながらも、そ
の場では軽く視線で会釈を交わす程度に留まっていた。
「──皆さん、揃いましたね?」
 やがてアルス達一同が席に着いて待っていると、開始のチャイムに寸分狂わぬタイミング
でエマが入ってきた。きびきびとした所作で演壇に立つと、彼女は一度ざっと場の面々を見
渡し、呼び掛けてから静かに眼鏡のブリッジを触る。
「では、早速ガイダンスを始めようと思います。就学の手引きにも定期試験について頁が割
かれているので既に目を通しているとは思いますが。先ずは配布資料を開いて下さい」
 各席には事前に数枚綴じのプリントが用意されていた。
 マイクを通した、よく響くエマの声。アルス達は紙面の内容に目を通しながら、淡々とし
た彼女の言葉に耳を傾ける。
「魔導学司校(アカデミー)では四半期に一度、定期試験が行われます。内容は主に筆記、
論文、実技及び導力検査の四つです。ですがこれはあくまで年最大頻度であって、講義毎に
実施する時期は各教員の裁量に委ねています」
 コクコクと各々に頷きながら、或いは軽くメモを取りながら学院生らはエマの方を見遣っ
ていた。この点も、既にしおりに書かれている内容をなぞっている。
 以前の記憶を呼び起こしながら、アルスは沈んでいた感情をこの伝達事項へと集中させる
ことで紛らわそうとする。
 ──アカデミーの最大の目的は、後進の魔導師を育成することにある。
 故に学院側が最も力を入れるのは、魔導学司(アカデミア)の公式免許(ライセンス)を
取得する、その資格試験対策に他ならない。
 魔導師資格試験が行われるのは瑪瑙節(=八月)と紫晶節(=二月)、毎年夏と冬の半年
スパンというのが通例だ。学院の定期試験は、謂わばその時に備えた模擬試験も兼ねている
と言ってもいい。
 月長節、青珠節、瑠璃節、藍珠節──四季の最終月に設けた試験期間を利用し、各人の習
熟具合を測る。それらの結果を照らし合わせて、来たる資格試験(ほんばん)に挑戦するか
否かを担当教官と話し合う……そんな運用だ。
 勿論、普段からレポート等の課題を出してよりこまめに力量を測る教員もいる。また資格
試験の日程を優先し、敢えて定期試験に加わる回数を減らしている講義も少なくない。
 エマが「各教員の裁量」と言っているのもこの点である。
 シラバスに事前に記載してある通り、或いは各講義中において、この定期試験という期間
をどう扱うかは近々情報が示されてゆくことだろう。
(……もう三ヶ月になるのか。いや……まだ、なのかな)
 学院に入学して最初の定期試験が近付いている。それは即ち、兄を頼って上京してきたあ
の日から三ヵ月の節目がすぐそこまでやって来ていることを意味する。
 アルスはぼうっと、心持ち遠くなるエマや周囲の物音を眺めながら、今日という日が訪れ
ていることに少なからぬ不思議さを──因縁じみた薄暗さを覚えていた。
 始めは、夢を抱いて上京した一介の学生の筈だった。
 しかしある日“結社”の影と出会い、何度となく刃を交え、やがて故郷で自分達の身体に
流れる血脈を知った。血の故郷に残された因縁を知った。
 争いたくなんてない。
 だけど、既にもう戦いは始まっていて。誰かを犠牲にしなければ終わらせられなくて。
 力が足りないと思った。
 もっと強く為らねば、賢明に為らねば、誰一人守れないのだと思い知らされた。
 そして帰って来た、この梟響の街(アウルベルツ)──兄や仲間達と共に過ごした土地。
 もう平穏無事が叶わないとは、覚悟をしていたつもりだったのに。
 ……また自分は、大切な人を守れなかった。迷惑ばかりが、負担ばかりに皆に掛かる。
 この三ヶ月は、果たして自分にとって意味のある時間だったのだろうか?
 振り返れば悔恨ばかりだった。もっと、もっと多くを救える道はなかったのかと、叶わぬ
願いばかりが薄暗い背後から足音を鳴らしてくるようで……。
「──皆さんは一回生ですので、資格試験本番にはまだ縁遠いとは思います。ですが早い段
階から自身の力量と社会が求める魔導師像とをしっかりと把握する事は、今後の修業におい
ても大きな意味を持つでしょう。自身をマネージメントすること、これも立派な鍛錬の一つ
であると肝に銘じておいて下さい」
 その間も、エマの説明は続いていた。
 導力検査は日時を分けて全員に実施するが、筆記・論文・実技に関しては講義一つにつき
二百点満点を各教員が自身の裁量で配分するのだという。
 要するに三種を満遍なく試験に課す教員もいれば、特定の種目に特化して測る教員もいる
ということである(エマの話ではむしろ此方の場合の方が多いらしいが)。
「各試験内容については、追って担当教員が発表・掲示をします。聞き漏らしの無いよう、
各自こまめに確認するようにして下さい。……これで説明は以上となります。何か質問があ
る生徒は挙手を。まだ時間がありますで残りは質疑応答とします」
 暫くの淡々とした説明が終わり、やがてエマはそう言ってもう一度面々を見渡した。
 とはいえ、まだ皆が未経験であり且つ彼女が細かく説明をしてくれていたこともあって、
質疑応答自体は軽く数回のやり取りで終了をみる。

「ん~……! よく寝たぁ」
「寝てどうする」
「いいんだよ。肝心の内容は講義中に聞けるんだろ?」
「……居眠りの常習者がよく言うよ」
 講義時間を幾分余らせて、ガイダンスはそのまま閉会となった。
 大講堂からはぞろぞろと同じ一回生の生徒達が散開してゆく。アルス達もまたそんな人の
波に交ざりながら、外で待機してくれていたリンファと合流する。
「……」
 学友二人の何時ものやり取りに、アルスはその傍らを往きながらそっと微笑んでいた。
 落ち込んでばかりでは駄目だ。病院で眠っている彼女の為にも、自分は自分の出来る事を
精一杯やらなくては。
「やぁどうも。昨夜は大変だったッスね」
 そんな時だった。捌けてきた人気の中、ふと見覚えのある人物がこちらに近付いてくるの
が見えたのだ。
「……キースさん」
「お互い様です。どうかなさいましたか?」
 シンシアの護衛役兼お目付け役、そのコンビの片割れ・キース。
 見知らぬ間柄ではなかったが、一人で現れた彼にリンファはサッと心持ちアルスを庇うよ
うにして身を挟んでいた。ルイスとフィデロも、その交わされた言葉の意味をすぐに悟り、
既に唇を結ぶこの友と同様、少なからず浮かない顔つきになる。
「ええ。まぁ……ちょっと」
 それでも一見気さくな、しかし感情の読み辛い表情(かお)を覗かせると、キースは周囲
を気にしながら控えめな声色で言った。
「皇子、少しお時間を頂いて宜しいですか? 折り入って大事なお話があります」


 地図の上では、南方に足を踏み入れて数日が経っている。
 しかしジーク達は、今尚各地でテロを繰り返す“結社”の影をニュースで拾いながらも、
肝心の戦鬼(ヴェルセーク)──コーダスの所在を未だ掴めずにいた。
『では、遂に楽園(エデン)の眼とレノヴィン兄弟との全面対決が始まったと?』
『……どうでしょうか。当局の捜査は始まったばかりですし、現段階で断定してしまうのは
些か早計ではと思われます』
『ですが、執政館筋ではアルス皇子を名指しした犯行であるとの情報もありますが』
『“結社”から放たれた刺客か、或いは彼らに同調した者の犯行かは未だ明らかにされてい
ませんからね』
 時はアルスの歓迎会──を襲った闖入者達が逃げ去って一夜。
 処は南方北東部のとある小村。
 そこに取った宿の一室で、ジーク達はリュカと彼女が操作する携行端末を囲いながら事件
の続報を観ていた。画面の向こうでは特集を組んだ朝のワイドショーが流されている。
(……好き勝手な事ばっか言いやがって)
 それが、報道を見聞きしていたジークの印象だった。
 事件があってまだ日が浅過ぎる──情報量が足りないというのは分かる。だが、それを棚
に上げてまで結社対自分達という図式を流布しよう、扇動しようとするキャスターの言い口
は正直見ていて不快以外の何物でもなかった。
「そう渋い顔をするな。マスコミ(むこう)も数稼ぎをしたいだけで、他意はない」
「余計に性質が悪ぃっての。アルス達の気持ちも知らないでしゃあしゃあと……」
 淡々と、サフレは何処か諦観を帯びてこちらを一瞥していたが、ジークはむしろため息を
増やすだけだった。
 一番苦しんでいるのは、他ならぬ弟(アルス)自身の筈だ。
 それを周りからあれやこれやと口を挟み、或いは……迷惑だと不機嫌面をしてみせる。
 テロがそういった影響を狙っている、という知識自体は一応ある。
 それでも違和感、悔しさは隠し切れない。
 責められるべきはあいつではなく、結社(れんちゅう)の筈だというのに──。
「……流石にどの局も似たり寄ったりばかりね」
「そうですねぇ。昨日の今日ですから無理もないんでしょうけど」
 そうして暫く四人で端末を眺めていたが、目ぼしい新情報は流れていないようだった。
 一旦リュカがニュース映像を切る。画面が一瞬だけ光を失い、各種ウェジットが並べられ
た待ち受けに切り替わった。
「やっぱり、本人達に直接訊いてみるのが一番よね」
「そうだな……」
 一呼吸を置き直す彼女に、ジークはポリポリと髪を搔きながら呟くように同意した。
 流石に昨夜、事件当夜は連絡を控えていた。取材攻勢が押し寄せていた筈だし、何よりも
一番ショックの大きい直後にしゃしゃり出て余計な心配をさせたくなかった事もある。
「一晩経ってるし、そろそろ連絡してみましょうか? 昨夜の内にメールはしてあるから、
心積もりはしてくれているとは思うのだけど」
「そっか……。じゃあ頼む」
 頷き、リュカが再び端末を操作し始めた。
 画面をスクロールし、奥へ格納された連絡先から「イヨ・ミフネ(侍従衆)」の名を呼び
出してコールする。
『も、もしもし!?』
 相手が自分達だと知って大慌てで応じたのだろう。通信の向こうで彼女は分かりやすい程
におたおたとしていた。
「もしもし、リュカです。今通信して大丈夫ですか?」
『は、はいっ、大丈夫です! 少々お待ち下さい。すぐに皆さんにもお知らせを……』
 一度互いに顔を見合わせ、通信モードを導話から映像に切り替える。同じく向こうでも顔
が映るように端末を操作をしたらしく、次の瞬間には彼女のアップと揺れる周囲──クラン
の皆へと知らせに走っている様子が画面に映り込み出す。
 暫し待って、画面の向こうにはイセルナやダン、団員達が周囲を囲み始めていた。
 馴染みの顔だ。ジークはその姿にホッとしたものの、すぐに彼らの表情が一様に険しさを
含んでいると感じ取り、湧いてきた内心に蓋をする。
「……おはようッス。団長、副団長、皆」
『おう』『えぇ、おはよう。そっちの旅は順調?』
 端末を手にしたリュカの隣にジークが立って覗き込み、更にその左右からサフレとマルタ
が同じように倣っている。
「まぁ旅自体はのんびりしてるけど……。肝心の父さんの情報は全然」
「ニュース見ました。そちらこそ大丈夫ですか? アルスは……?」
『学院に行ったわ。勿論リンも一緒』
『……ここでヘコたれてる所を見せりゃあ、それこそ連中の思う壺さ。周りからの締め付け
だってもっと強くなる』
 ジーク達は誰からともなく黙り込んでいた。
 先程のワイドショーも然り。やはり今回の襲撃で、周囲の眼が再びネガティブになってい
るのだろう。
 それに何より、そんな気丈を装うダンを見るのが辛かった。
 確か報道では“クラン所属の獣人少女”が負傷したと言っていた筈……。
「──そっか。やっぱりミアだったのか……」
『ええ……アルス君を庇ってね。怪我は大したことないんだけど、毒が仕込まれていたの』
 ジーク達は、向こうと互いに情報をやり取りした。
 旅で得た“結社”達の断片的な動向、イセルナから語られる昨夜のあらまし。そして何よ
りも、クランからミアという負傷者が出ているという事実。
『今はハロルドとレナ、ステラが看に行ってるよ。シフォンは遊撃班の面子を何人か連れて
昨夜から守備隊の捜索に交ざってる』
『暫くは依頼(しごと)どころではないな。この一件が何かしら区切りを迎えるまでは、我
らは守勢を強いられることになるだろう』
 彼らは淡々としていた。
 普段から沈着冷静なイセルナとその相棒(ブルート)は勿論の事、実の娘が文字通り毒牙
に掛かったダンすらも、必死に激情を抑え込んで「務め」を果たそうとしている。
「……すみません」
『何でお前が謝るんだよ。ったく、兄弟──いや母子(おやこ)揃ってよぉ……。いいか?
 こういう局面でお前らが折れちまったら負けなんだよ。奴らの思う壺さ。もっと胸を張っ
てろ。連中をぶっ飛ばして親父さんを連れ戻すんだろ? お前達(かんじん)がブレるな。
俺達なら大丈夫さ』
「……はい」
 なのに、彼らは自分達を励ましてくれる。最前線で諸々の非難を浴びている筈の彼らが。
 ジークは徐々に口数が減っていた。いや……何と言葉を返せばいいか、頭の中が静かに沸
騰して引き出せなかったのだろう。
 元より“挫折”で終わるつもりはない。
 だが少なくとも、今あの街へ戻ることは、弟を仲間達を一層苦しめる事になると悟った。
『南方か……。共和国(サムトリア)や保守同盟(リストン)だな』
『ジークの親父さんの情報、見つかりますかねぇ?』
『一応私どもも随時情報収集はしています。ただ生憎、こちらも“結社”に関しては謎だら
けでして……』
「手を回して下さっているだけでありがたいです。でもイヨさん達は、何よりアルスのこと
に集中して下さい。あの子の事ですから、きっと今回の件も気に病んでいる筈です」
『ええ……。今朝も元気があられないようでしたし……』
 ぼんやりと、しかし確かに罪悪感が胸奥を刺しては抜けるを繰り返している。
 その間もリュカはクランと侍従衆の皆とやり取りを続けていた。
 今や彼女は、自分達一行のブレーンでもある。
 この緩やかでしかし理不尽な窮地に、彼女は一体何を想っているのだろうか。
「……アルス達が学院から帰って来たら、俺の所為で迷惑を掛けてすまないと伝えておいて
くれますか? ミアも、お前を恨みはしていない筈だって」
『あたりめぇだ。あとお前も、そう自分を責めるな。何でもかんでも背負い込んじまうのは
お前ら兄弟の悪い癖だぜ?』
 ジークは苦笑いを返すことしか出来なかった。
 見透かされている。守られている。物理的な距離を隔てても尚、自分は未熟だと思った。
 強くあらねばならない。守られる心地に埋もれるままでは、いけないと思った。
『そっちは、これからどうするつもり?』
「……前に話した通りですよ。連中の足跡を追いながら、地道にこっちをぐるりと回るつも
りです。まぁ今日一杯は此処で物資補充になりそうなんですが」
 小っ恥ずかしいような、申し訳ないような。
 ジークは団長(イセルナ)の向けてくる優しい眼差しと声色に、何処となく逸らし気味の
視線を繰り返しながら、呟く。

「──解毒剤が……作れるんですか!?」
 人目を避けて、アルス達は研究棟のロビーに移動していた。
 その分厚いガラス壁が並び囲む半個室の一つで、アルスはキースから語られた内容に思わ
ず弾かれたように立ち上がる。
「え、えぇ……。自分は密偵なので(しごとがら)薬物の知識もあるもんですから……」
 その勢いのまま、キースは半ばアルスに詰め寄られるような格好になっていた。皇子のあ
まりの変化に面食らいながらも、彼はコクコクと頷いて言う。
 話を聞くに、昨夜ミアが搬送された病院を彼らもまた訪ねていたのだそうだ。
 そしてちょうどそこで病理検査用のサンプル(ミアから採取した血液だ)が運ばれる場面
に出くわし、事件目撃者の証言を餌に、検査に同席したのだという。
『俺や医者達の見立て通り、マーフィの娘さんは速効性の毒にやられてました。それも自然
のモノじゃない。端っから相手を仕留める、その為に作られた合成毒の一種ッス』
 その事実に、アルス達は目を見開いていた。
 予感がなかった訳ではない。元は“結社”の刺客が、自分を抹殺する為に得物に仕込んで
いたものなのだから。
 本来なら……彼女が魘されるほどのあの苦しみは、自分が受けるものだったのだ。
 自分の落ち度を庇ってくれた、ただそれだけの所為で、今彼女は苦しんでいる。
『病院側が解毒剤を取り寄せてるって話ですが……正直言って、あの手の毒は一刻も早く身
体から出さないとマズいんッスよ。相手を壊す、それに特化した薬物ですからね。最悪何か
しら後遺症が残るかもしれない』
 それだけは、絶対に避けたかった。そんな彼女を皆に晒すなど……自分が許せなかった。
『だから、お節介かもしれないですけどお時間を貰ったんです。既製品みたいに純度の高い
物とまではいきませんが、材料さえあれば俺でも解毒剤は作れますから』
 故に彼がそう持ち掛けてきた話を断る選択肢など、アルスには始めから存在しない。
「よかった……。これで、ミアさんが……」
「え? あ、ちょっと泣かないで下さいよ。まるで自分が悪者みたいじゃないっスか……」
 キースに詰め寄った格好のまま、アルスの両の瞳から涙が溢れていた。
 助けられる。自分の手で……。
 そんな感極まった皇子の姿に彼は狼狽えていたが、アルスはごしごし袖で涙を拭いながら
赤くなった目を向けてはにかむ。
「すみません。嬉しくて……」
「……キース殿。それで、その材料とは何処に?」
「ええ。問題というか本題はそこなんスけど」
 そっと体勢を戻したアルスと、ふらっと後ろによろめくキース。
 涙を拭い、友人らに慰められ落ち着こうとするそんな主を横目にしてリンファが問うと、
キースは何故か困った顔をして頬を搔き始める。
「この辺で採れる場所となると……忌避地(ダンジョン)になっちゃまうんですよね」
 アルス達四人は、思わず顔を見合わせていた。
 忌避地(ダンジョン)──それは周囲よりも多くの濃いマナが滞留するが故に、一度瘴気
が発生してまうと大量の魔獣を生み出す、危険を孕んだ場所の総称である。
 周辺への被害を抑えるべく冒険者や守備隊によって定期的に駆除活動が行われているとは
いえ、概して一般人にとっては滅多に立ち入らないスポットと言える。
「マナが豊富ってことはそれだけ色んな薬草も採れるんですよ。でもダンジョン認定されて
る場所へ、ふらふらと皇子を連れて行く訳にはいかないですからね……」
 懸案はそこだった。要するにこういう事である。
 魔獣が沸く危険地帯に行ってまで、一刻も早く解毒剤を手に入れるのか?
 或いはこのまま病院の采配に任せ、既製品の解毒剤が届くまでの時間を待つのか?
「……。決まってるじゃないですか」
 だがアルスの心はとっくに決まっていた。
 驚きや戸惑い、そんな表情がサァッと霧散し、次の瞬間彼には決して退かぬ意思が宿る。
「行きます。少しでも早くミアさんが元気になってくれるなら、ダンジョンだろうが何だろ
うが乗り込んでみせます。解毒剤の調合、お願いします」
 アルスはぶんと頭を下げてキースに、リンファに懇願していた。
 学友達はポカンと呆気に取られ、リンファは一瞬眉根を寄せたものの、静かに頷く。
「……だと思いましたよ」
 そしてキースは、まるでその言葉を待っていたかのように口角を吊り上げると、笑った。
 次いで座っていたソファからおもむろに立ち上がり、彼はついっとロビーの向こう側──
研究室(ラボ)が並ぶ方向を見渡し出す。
「お、来た来た……」
 するとその向こう側からこちらに近付いてくる人影があった。
 どちらも見覚えがある。革鎧を纏った巨人族(トロル)の男性と、ぼさぼさ頭にラフな上
着を引っ掛けた魔導師の男性。
「ふむ? 話はついたかの?」
「ええ、ついさっき。ホーさんも?」
 一方はキースの相棒、シンシアの護衛コンビの片割れであるゲドだった。
 もう一人は間違う筈もない、アルスの担当教官であるブレアだった。
 合流したコンビは、短くそう互いに連れてきた面子を確認しながら言葉を交わすと、サッ
と並び直し再び口を開き始める。
「皇子。僭越ながら先に教官殿に話を通させて貰いました。彼も、皇子の決断に協力してく
れると仰っておりますぞ」
「……ま、そういう訳だ。根回しっつーか学院長らには俺が掛け合ってやる。名目上は俺が
付き添う実技試験ってことにしとく。仮に渋い顔されても、向こうだって昨夜の一件は少な
からず知ってる筈だからな。人の命も掛かってる。皇子の意向だってごり押してやるぜ?」
 リンファとエトナと学友と。
 アルスは彼らと顔を見合わせ、そして破顔した。
 見ればキースとゲドが頷き、微笑み掛けてくれている。どうやら研究棟まで移動したのは
始めからこれを意図しての事だったらしい。
「ありがとう、ございます……!」
 もう一度アルスは深々と頭を下げていた。
 キース達は恐縮していたが、ブレアはもう慣れたものらしく口角を吊り上げ笑っている。
 すると彼はぽんとアルスの肩を叩き顔を上げさせると、早速と言わんばかりに面々に指示
を飛ばし始める。
「じゃ、善は急げだ。アルス、お前は俺と一緒に学院長のとこに行くぞ。OKが出たら今度
は領主の方に連絡して許可を取り付ける。それまでに準備はしっかりしとけ? 出向く場所
が場所だからな」
「……レイハウンド先生」「お、俺達は……?」
「アルスの友達(ダチ)のルイスとフィデロだな? お前らは一旦自分の研究室(ラボ)に
戻れ。つーかお前らまで講義すっぱかしてどーすんだよ」
「で、でもっ!」「……僕達は」
「ん? 何勘違いしてんだ。さっさとお前らの教官から許可貰って来いって言ってんだよ。
エマもバウロのおっさんもベクトルは違うが石頭だからなぁ……。ま、こっちで学院長を落
とせば問題ないとは思うが」
 フィデロとルイス、学友二人は驚きで目を丸くし、互いの顔を見合わせていた。
 そしてそのまま弾かれたように席を立ち、猛ダッシュでロビーを走り去っていく。その去
り際にフィデロが「待ってろよアルス、すぐに追いつくからな!」と叫んだ事で他にもいた
ロビーの学院生らの視線を集めてしまう結果になったが、アルスはそれ以上にほこほことし
た胸奥の温もりに笑顔を取り戻しつつあった。
「よし、んじゃ俺達も行くか」
「はいっ」「お~!」
「……これは、ホームにも知らせておくべきだな……」
 その後ろ姿を見送った後、ブレアを含めたアルス達三人(と一体)もまた腰を上げ、早速
根回しを行うべく学院長室へと急ぐ。

「本当にこれで良かったんですか、お嬢?」
 キースがそう誰もいないように見える方向へそんな声を投げたのは、そうしてアルス達が
研究棟を後にしてたっぷり数十拍が経ってからだった。
「……何がよ?」
 するとひょっこり、その物陰から姿を見せたのはシンシア。
 そんな護衛対象の様子を横目で見ながら、キースはゲドと共ににやりと笑いつつ言う。
「何って、そりゃあねぇ。俺達にやらせてることって紛れもなく“恋敵に塩を送る”ような
真似じゃないっスか。もっとお嬢がポイントを稼ぐ手段なんて他にもあったでしょうに」
「なっ、何を言ってるのかしら? わ、わた、私はただ命の危険に晒されている庶民に救い
の手を差し伸べようと──」
「ふぅん……? ま、そういう事にしておきますか」
「はははっ。いやはや、シンシア様もご立派になられた。私どもも嬉しいですぞ!」
「~~ッ」
 顔を真っ赤にして、シンシアは何か言いたげにこの従者二人を睨んでいた。
 だがここで余計な言葉を発する訳にはいかない。この本心を悟られるのは恥かしい。
 故に彼女は、唇をぎゅむっと噛み締めたままじっと煩悶する。
(い、言える訳ないじゃありませんの……。か、彼があんなにしょんぼりしているのが見て
いて辛かったから、なんて……)
 尤もこの“バレないように”という彼女の意図は、とうに看破されていたのだが。
「……ホーさん。俺が出てる間のお嬢ですけど」
「うむ分かっておる。シンシア様は私が責任を持って手綱を握っておく(おまもりする)。
そちらもしっかり皇子達をサポートしてやってくれ。お主がおらねば使う薬草すら区別が付
かぬのだろう?」
「ええ……。宜しく頼んます」
 一方でキースは相棒とそんなやり取りをそっと交わし、深く静かに息を吐いた。
 関係各所からの許可が下りるにはもう暫く時間が掛かる。そこから出発したとしても、肝
心の解毒剤が完成するのは日没後になるか。
(……これ以上厄介事が起こらなければの話、だけどな……)
 もう一度、妙に塞ぐ胸奥の淀みを吐き出すように深呼吸をして。
 キースはぼんやりと、ロビーの窓から差し込む日差しを眺めていた。


 今日という日ほど、公正な手続きという名の動きの悪さをじれったく感じることはなかっ
たのではないかと思った。
 関係各所への根回し──もとい懇願は、思いの外長い時間を要した。
 彼らにもそれぞれ立場があるのは分かっている。加えて忌避地(ダンジョン)へ赴こうと
しているのが、本国より預かっている一国の皇子ともなれば余計に神経を使うのだろう。
 それでも、アルスは粘り強く戸惑う学園の理事らに説得を続けた。とはいえ、最終的には
ブレアの(半分脅しに近い)後押しと、以前に「助力を惜しまない」と約束してくれていた
ミレーユの一存が彼らを頷かせる事になったのだが。
 そしてそのまま、アルス達は彼女を経由して街の執政館──アウルベ伯に連絡を取った。
 最初はやはり、彼も皇子自らがダンジョンに潜ることに不安を表明していた。
 だが……あの場に居合わせ、犠牲者を出してしまったことに同じく負い目を共有していた
のだろう。やがて彼は現地警備兵らの同行を条件に許可を出してくれた。
『思ったより手間取っちまったな……。アルス、お前達は先に戻って待機しててくれ。残り
の細々したとこは俺も加勢して片付けてくるからよ』
 そう言われてブレアと分かれたのは、昼下がり頃だったろうか。
 一応残りの講義に出席はしてみたものの、やはりろくに内容は入って来なかった。どうや
らまた相棒(エトナ)の記憶力や学友らのノートを頼ることになりそうだった。
『……なぁ、やっぱり俺達もついて行った方がいいんじゃないか?』
『忌避地(ダンジョン)なら冒険者(おれたち)の方が慣れてるし、わざわざアルスが打っ
て出なくても……』
 その合間、昼休みにはリンファから連絡を受けたダンと数名の団員達が顔を出しに来た。
 やはりというべきか、彼らは一様に不安そうだった。事情は分かっているとはいえ、これ
以上自分に何かあったらという思いはひしひしと感じ取れた。
『我が侭だってことは、分かっているつもりです。でもミアさんがああなったのは僕の所為
だから……。僕自身で何とかしたいんです』
『……私はアルス様の意向に従うまでさ。元より御身は何が何でも護るつもりだよ』
『まぁ、リンさんがいりゃあ心強いけど……』『うん……。でもなぁ……』
 戸惑いつつ顔を見合わせている団員(なかま)達。
 だがダンだけは、そんな中にあってじっと決意を固めたアルスの表情(かお)を見つめて
いた。
『……本当なら、父親(おれ)が行くべき所なんだろうが』
 表向きブレアからの実技試験ということもあり、皆を連れて行こうとすればまた話をつけ
るのにややこしくなるという面もあった。
 だがそれ以上に、ただでさえ心が搔き乱れている筈の皆を徒に巻き込みたくないという思
いが強かった。……それが手前勝手な感情だと、気付いてはいても。
『任せて、いいんだな?』
『はい。絶対に解毒剤の材料を揃えてきますから……。ミアさんの看病、お願いします』
『……すまん』
 互いに気を遣っている。分かっていても、その歯痒い軋みはどうしようもなくて。
 そっと片手を差し出し、アルスはダンとしっかりと握手を交わした。
 ──気のせいか、この時の彼の大きな掌の感触は、歴戦の戦士というよりも一人の父親と
しての迷いを伝えてきたように思う。

「らぁッ!!」
 薄暗い洞窟に、何度目とも分からぬ閃光が瞬き、消えた。
 ジュワっと焼き切れるような異臭が嗅覚を刺激する。地面にべたりと叩き付けられ、やが
て半液体の身体を維持できずに消滅したのは、不定形の魔獣──ブルーゲルだ。
 手甲型の魔導具・迅雷手甲(ヴォティックス)を装着したフィデロは、そのさまを見て本
能的に逃げてゆく他のゲルらを一瞥、勝気に鼻の下を擦る。
「盟約の下、我に示せ──風紡の刃(ウィンドスラッシュ)」
 頭上からは、キィキィと鳴きながら蝙蝠型の魔獣が数体。
 だがその群れを、風繰りの杖(ゲイルスタッフ)を握ったルイスは一撃の下に沈めた。
 落ち着いて天魔導の詠唱。サッと白い魔法陣を纏った手をかざしてみせると、蝙蝠達は次
の瞬間風の刃に切り裂かれて四散し、亡骸の山に加わる。
 キースの案内でやって来た忌避地(ダンジョン)は、街から暫く歩いた森の中に口を開け
るとある洞窟だった。
 入り口には『忌避地のため立ち入り厳禁』の立て札と規制テープ、そして警備の兵が五人
ほど。話は既にルシアンから通っているらしく、彼らは内二人を引き続き入り口の警備に残
すとそのままアルス達に同行してきた。
 洞窟内は総じて薄暗かったが、あちこちが苔生しており、マナを浴びて淡く光っている。
 あくまで付き添いという態のブレアが殿を務め、先頭に立つリンファ、そしてフィデロと
ルイスが時折姿を見せる魔獣達を率先して追い払う。
(一応僕の実技試験って形なんだけど……いいのかなぁ? 任せっきりで)
(いいんじゃない? 実際、目的は解毒剤の材料なんだし。早く摘んじゃおうよ)
(うん……)
 キースに指示を貰いながら、アルスはその戦線の後ろでちみちみと無数に生える薬草を籠
の中に収めていた。
 先にミレーユに許可を貰った事もあり、友二人へのそれも割合すんなりと通ったらしい。
 止めても無駄だったのだろうが……それでもアルスは彼らまで巻き込んでしまい、正直言
って申し訳なく思っていた。
 頼もしさ半分、でも後ろめたさも半分。
 誰かを守ろうと動く、その行動自体も誰かに護られている。……これでいいのだろうか。
「あ、それは違いますよ。食うと美味いんですけど薬用じゃあないです」
「うーん……似てるけど別のですね。ほら、こうやって葉の付け根に跳ねっ気が付いてるで
しょう? 今回採ってるのはこっちの方です」
「あぁぁ!? 違う違う、それ毒薬の方だから! つーか全然形違うから!」
 その間も、案内役のキースは皆の間を忙しなく動き回っていた。
 話では、今回使う薬草は複数種あるらしい。
 一つでも自分達素人には中々見分けがつかないというのに更に複雑となれば、いくら生え
ている分は多くとも“当たり”を見つけることはそう容易ではない。
 沸いてくる周囲の魔獣をあらかた追い払うと、アルス達はいつしか総出での採取体勢に移
行していた。
 リンファや警備兵らは変わらず周囲に気を配ってくれていたものの、洞窟内には薬草をプ
チプチと摘んではキースに確かめて貰い、また摘み……という音だけが妙に反響してゆく。
「──んんっ……」
 此処に来てから一体どれだけの時間が経ったのだろう。
 一心不乱に材料を摘み続けて暫く、アルスがぐぐっと何度目かの伸びをした頃には、持っ
てきた籠には随分とたくさんの薬草が蓄えられていた。
 土で汚れた手を近くの湧き水で洗い、軽くハンカチで拭う。
「随分沢山集まったねぇ」
「つーか、解毒剤一個にこんなに使うのか?」
「一度で成功するとは限らないさ。予備用の材料もあった方がいいだろう? それに煮詰め
て作ると思うから、かなりしなっとする筈だし」
「ああ。実際はここから必要な部位を抜き取るからな。一言調合するって言っても、結構地
味な作業なんだよ。まぁ……これだけ量があれば充分だろう。暫く休んでてくれ。念の為に
もう一度中身を検める」
 キースのその言葉を合図に、アルス達は思い思いに腰を下ろし始めた。
 指先が泥まみれになっていたり、大きく息を吐き直して一先ずの安堵としたり。
 緩く広い円陣。汗を引かせる面々の姿。その中でキースは、皆が摘んだ野草の一つ一つを
念入りに再チェックしてはもう一度籠の中に戻している。
「……これで、ミアも元気になるよね?」
「うん。そうだといいんだけど」
「大丈夫ですよ。キース殿を信じましょう」
「……なぁ。確かエトナって樹木の精霊なんだよな? お前は薬草の知識とかねぇの?」
「無い訳じゃないけど……。そういうのって精霊族(わたしたち)にとっても後付けのもの
なんだよ。地元ならともかく、此処は私の棲んでた所じゃないしね」
「草花の声は聞けるんだけどね、エトナは」
「まぁそう都合よくはいかないって事かな? 精霊の力は個体によってかなりの差がある。
こうして僕らと会話が成立しているだけでもかなり珍しい方だよ」
「ん~……。そりゃあ、そうかもしれねぇけど……」
 暫しの雑談。
 壁に背を預けていたフィデロが、何気なく場所を移してトスンと体重を掛け直す。
「──ォ、オォォォ……」
 異変が起きたのは、ちょうどその時だった。
 突如として、地の底から響いてきた獣の声。アルス達は誰からともなく、弾かれたように
して一斉に立ち上がって周囲を見渡す。
「フィデロ。お前何をした」
「な、何って……。俺は別に──」
 だがその正体はすぐに姿を見せた。
 フィデロが顔を引き攣らせて呟きかけた直後、そのすぐ背後からぎゅんと、地面から飛び
出すように巨大な影が現れたのである。
「ひゃあああ!?」
「……こいつは、地蛇(アースワーム)か」
 洞窟内を揺るがす咆哮。思わず悲鳴を上げて皆の下に転がり込むフィデロ。
 そんな彼をむんずと受け止めながら、それまで皆を心持ち遠巻きで眺めていたブレアは、
眉間に皺を寄せてこの巨体の正体を見定める。
 それはくすんだ土色の肌を持った、巨大な蛇の魔獣だった。
 サッとブレアが魔導で灯りを焚き、苔の反射光だけだった周囲を照らし出す。
 するとそこ──ちょうど先程フィデロが立とうとしていた一角には、多数の穴ぼこが開い
ている。一つ一つが巨大な暗がり。十中八九、アースワームの巣穴なのだろう。
「し、しかし教官殿。確かアースワームは大きくても五往(リロ)(=約五メートル)程の
筈ですが……」
「……認めたくは無いが、こいつは“変異種”なんだろう。たまにいるんだよなぁ……馬鹿
みたいに育っちまうのがさ……」
 驚く面々の中にあって、リンファは真っ先にブレアの隣に立ち、アルスを守るようにして
腰の太刀に手を掛け始めていた。
『…………』
 彼の、魔獣学の教員が語る推測は否応無しに説得力があった。
 急速に背を伝う嫌な汗。アルス達はおずおずと、この肥大化した大蛇の魔獣を見上げる。

 どれだけ胸奥がもどかしくても、夜は着実に更けてゆく。
 この小村に宿を取って今夜で二泊目。既に物資の補充も昼の間に終えている。
 明日の朝一には此処を発とうと思っていた。……顔が割れる事によってどんな悪影響があ
るか、及ぼすことになるのか、もう自分には予測し切る事も御する事も難しくなっている。
「……」
 平屋建てな質素な宿のベッドで、ジークはじっと薄闇の中を横になっていた。
 周囲はやたらに静かだった。時折遠くから夜行性の動物のものらしき声が聞こえてはいる
が、元より山村育ちのジークにとっては気にならないに等しい。
 だからこそ──思考はむしろ一層に冴えてくる。頭の中を憂いばかりが満たしていく。
 弟(アルス)が狙われた。自分ではなく、あいつが。
 確かに、自分達兄弟を標的とするのならばあちらの方が所在ははっきりとしている。だが
あいつの周りには沢山の仲間がいる。そう思って……油断していたのかもしれない。
 心配は勿論だが、悔しかった。
 アズサ皇の葬儀があったあの日、あんな芝居を打ってまで自分は“結社”を引き付けよう
とした。にも拘わらず、奴らはあっさりとアルスを狙った。……まるでそんな自分の思惑を
嘲笑うかのように。
 全く迷惑を掛けないとまでは、流石に思っていない。
 だが出来ることなら、この旅は自分と奴らとの戦いにしたかった。
 皇国(トナン)での戦い──“結社”の者達にその闇を弄ばれたアズサ皇の凄惨な末路。
 彼女の政治姿勢を褒める気はないが、今でもあんな終わり方は避けられたのではないのか
と、折につけてもう一人の自分が責め立てている。
 力が──足りない。
 正直を言えば、虚しいサイクルなのかもしれないと思う。敵に合わせて己を鍛え上げ、何
度となく激突する。その繰り返しの果てに、はたして自分は何を得るのだろう?
 仕掛けてきた奴らが悪い、もう今更後には退けない……理由なら幾らでも、何度でも自分
を宥める意味でも繰り返してきた。折れたら負けだと思った。

『──君達は、何故このセカイに生まれたと思っている?』

 何日か前、嘆きの端で出会ったあの僧侶が漏らした言葉が、ふと脳裏に蘇ってきた。
 あの時はぼんやりとだが“それを探す為に生まれてきた”のだと、直感的に思い、答えた
と記憶している。しかし……その返答は、果たしてホンモノだっただろうか。
 人は誰しも望んで生まれてきた訳ではない。
 両親に望まれはしたかもしれない──そう信じたいが、少なくとも自分達兄弟は今という
現実の中、それ以上に「腫れ物」扱いされているのではないか? ただ多くの人々を搔き回
す為に生きているようなものではないのか?
 違う……。そんな事は、望んでいない。
 ジークは眉間に深く皺を寄せ、強く唇を噛んだ。
 あの日誓った筈だ。──この剣は、誰かを守る為に振るうのだと。
 なのに、ただ存在するだけで誰かを傷付け、ひいては殺めさせるのだとすれば……自分は
“要らない子”に他ならない。
 勿論、こんなことを口にしてしまえば近しい仲間達は烈火の如く怒るのだろう。諭そうと
するだろう。だが……これらは一面否定しがたい事実だ。実際にアウルベルツは二度の襲撃
の憂き目に遭っている。傷付いた者らは、きっといる。

『──だが、混同するなよ? 魔人(ヒト)は皆一様じゃない。良いメアもいれば、悪いメ
アもいるというだけだ。……“敵”に情を掛けていたら、死ぬぞ』

 もぞりと、被っていた毛布を手繰り寄せ、ジークはふるふると首を横に振った。
 戦いの後に戦友(とも)となった仲間が一人、今自分の背後のベッドで眠っている。
 彼はああ言っていたが、自分もいつかは全ての者を「敵」と「味方」に線引きして割り切
れることが出来るのだろうか──?
(……ん?)
 ジークの思考が途切れさせられたのは、ちょうどそんな時だった。
 遠め部屋の外から聞こえてくる足音。一応忍び足であるようだったが、如何せん建物が古
い所為でギシギシと床板の軋む音はしっかりと此方に届いている。
(起きているか、ジーク)
(ああ。聞き間違い……じゃあねぇみたいだな)
 その物音に気付いたのだろう。同じく背後からサフレの小声がした。
 ごそっと、相手に起きたことを悟られぬようジークはベッドの中で向きを変えると、壁に
掛けてあった六華の包みを握りながら彼に応える。
 時刻は、深夜の三大刻(ディクロ)を回ろうとしている頃だった。
 普通に考えて宿の人間──ではない。
 ジークとサフレは互いに頷き、そっとベッドから抜け出る。
『……』
 程なくして、カチャリと静かに部屋のドアが開けられた。大方宿のマスターキーが持ち出
されたのだろう。
 二人は気配を探る。一人どころではない。三人四人……間違いなく徒党。
 雲間から覗く月明かりが彼らを一瞬照らした。キラリと、手に握られているのは短剣。
 その刃がゆっくり持ち上げられ、そのまま勢いよく二人の寝ていたベッドへと──。
「そこまでだ!」
 次の瞬間ジークは部屋の死角から地面を蹴り抜刀、切っ先をその襲撃者の喉元へとピタリ
と突きつけた。
 グサリと短剣が突き刺さった空のベッド。俯き加減で固まったままの人影。
『──オァァァッ!!』
「ッ……!?」
 しかし、その正体はジークが予想していたものとは少々違っていた。
 魔獣などとは間違える筈もない。彼らはこの村の住人達だった。
 だが明らかにその様子はおかしかった。そもそも喉元に剣を向けられたにも拘わらず、全
く怖気づく様子がなかったのだ。
 次の瞬間、彼らはまるで飢えた獣のように目を血走らせ、思わず刃を引いてしまっていた
ジークへと一斉に掛かってくる。
「くっ……! おい、どうなってんだ!? 結社(れんちゅう)のオートマタどもじゃねぇ
のかよ? おいサフレ、そっちは大丈夫なのかっ?」
「ああ平気だ。マルタもリュカさんも保護した。一旦外に出るぞ!」
「お、おう!」
 隣室には、一足早くベランダ伝いに飛び込んでいたサフレが対応していた。
 ジークへのそれと同じく、マルタとリュカを庇った彼に血走った村人達が棍棒や鉈といっ
た得物を装備して襲い掛かっている。
 サフレは普段とは逆に持ち替えた手槍でそれらを防ぎながら、彼女らと共に窓際へと下が
りつつ、叫ぶ。
 四人は村人達の襲撃を掻い潜り、急いでベランダから外へと飛び出した。
 その足音に、宿の中からは勿論、村の四方八方から武器を持ち殺気立った村人達が沸いて
くる。弱い月明かりの中、ジーク達はあっという間に全方位を囲まれる格好となった。
「次から次にわらわらと……。これってやっぱ村の連中全員、だよな?」
「だろうな。数は多くても力量はそう大したことはないだろうが……」
「うぅ……血走ってます、まるでゾンビです。生体反応(バイタル)はありますから、本当
に死んでる訳ではないですけど」
「……やはり洗脳系の魔導みたいね。完全に操り人形になっているわ。ジーク、サフレ君。
向こうは躊躇いも何も感じない筈だから、気絶でもさせないと止められないわよ」
「ちっ……」「やはり、ですか。厄介だな……」
 リュカとマルタを内側に抱え込むようにして、ジークとサフレは二刀と手槍を構えた。
 サフレの呟くように、確かにまともにぶつかれば突破は出来るかもしれない。
 だが相手はあくまで村人──無関係な一般市民だ。ここで下手に傷つける訳には、いかな
かった。
「おい、こんな真似せずに出て来やがれッ! 楽園(エデン)の眼、てめぇらの仕業だって
事はもう分かってんだよ!」
 ジークが眉間に皺を寄せ、夜闇へと叫んでいた。
 それは目の前の窮地というよりも、間違いなく市民を巻き込んで刺客とするようなやり方
に憤っているが故のそれだった。
「──なんだ。もうバレてたのか」
 数拍の間。だが闇の中から叫びに応じる者達は確かにいた。
 雲がおもむろに流れ、遮られていた月明かりがにわかに強くなる。
 その静かな明かりに照らされたのは、ジーク達の頭上、村の家屋の上に立つ四人の人影。
「つまんないなぁ。折角これから君達の殺戮ショーを録画しようと思ったのに」
 一人は、携行端末を掌で転がす、狡猾な印象の少年だった。
 その言葉からして、おそらく村人に洗脳を施したのは彼なのだろう。
「ま、いいじゃん。要は潰せばいいんだし」
「人形達も用意してきたからな。尤も、我がいる以上その必要はないだろうが」
 一人は、身体中に包帯を巻いた、一見するだけでは病弱そうな女性だった。
 一人は鎧に身を包んだ、いかにも武人といった感じの竜族(ドラグネス)の男性だった。
 ばさついた髪先を指で弄り、或いはガチャリと鎧を鳴らし、彼らは余裕綽々である。
「生憎、そう簡単にくたばるつもりはない。この旅が始まった時から、いずれこの瞬間が来
る筈だと警戒していたからな」
「寝込みを襲おうとしたようだけど……私は魔導師だし、マルタちゃんはオートマタ。どん
なに巧妙にやったつもりでも、ストリームの変化に敏感な私達の眼はごまかせないわよ」
 サフレがサッと槍先を彼らに向け、リュカがすぐに詠唱に移れるように身構える。その後
ろではマルタが魔導具の竪琴(ハープ)を取り出し、恐る恐るながらも戦闘態勢に加わろう
としている。
「……」
 だが、ジークだけは様子が違っていた。
 二刀を構えた手が、心持ち脱力して下がっている。両の瞳がまるで驚愕したかのように大
きく見開かれ、静かに揺れ動いている。
「ジーク?」
 その様に、ややあって仲間達も気付いた。
 声を掛けても反応が薄い。そのまま三人は彼の視線を追い──同じく固まる。
「……。まさか、君がレノヴィンの片割れだったとはな」
 四人目。その僧侶風の男性には、皆見覚えがあった。
 間違いない。しっかり記憶に焼き付いている。
 彼はつい先日嘆きの端で出会った、あの不思議な印象の修行僧・クロムだったのだから。
「坊さん……何で……」
 短く言葉を。だがその溝は、知らぬ間に深くなっていて。
 じっと“結社”達の中に佇む彼に、ジークは震えるような戸惑いを漏らす。

 セカイは再び夜を迎えていた。どれだけの困難を、その自らの内に抱えようとも。
 兄はついに仇との対面を果たし、弟は大切な仲間の為に困難と退治する。
 赤髪と妖精族の少女一行はその頃雲上──飛行艇から北方入りを果たし、未だ目覚めない
少女をクランの仲間達は代わる代わるに見守り続ける。
 試練の夜が……始まろうとしていた。

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  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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