日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「サイハテヒコウ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:鍋、雲、飛行機】


 最初にこの夢を抱いたのは、幾つの頃だったろうか。
 この世界は──謎が多い。
 子供の頃、青年の頃。いずれも私が目にしたどの世界地図にも、この世界は平面的で何処
か遠くに“果て”があるとされていた。
 ただそれは、誰かが実際に確認した訳ではない。誰もその気にならなかったのだ。
 もしかしたら過去の歴史の中でそういった人間はいたかもしれない。でもこうして現実の
世界の版図が、曖昧とした靄に囲まれた中の一部分であると描かれている以上、皆に証明し
てみせた人間はいないのだろう。
 だから、私はいつしか夢見ていた。
 いつの日か、この世界の果てを見たいと。
 閉じ篭ったセカイに生きる人々に世界はまだこんなに大きく広がっているんだと、そう証
明したかった。勇気付けたかった。

『悪いことは言わねぇ。無謀な事は止めとけ。な?』
『だいたい、大陸の外には化け物がうようよいるって話だろ? 死にに行くようなもんだ』
『馬鹿馬鹿しい……。そんな絵空事を語っている暇があったらもっとキリキリ働いてろ』

 しかし私がその夢を語ると、周囲の人々は決まってそう私を窘めた。或いは哂った。
 世界の果てがどうなっているのか? そんな疑問には、彼らは端から関心が無かった。
 それは日常への埋没、その甘受──変わらないと信じたい日々を守ること、その一心から
来る反感であったのかもしれない。たとえ私達の生きる此処が閉じたセカイだと分かってい
ても、変わらない事は同時に「平穏」を手繰り寄せるものであるから。
 だが私は諦めなかった。皆がそう語り返すからこそ……諦めたくなかった。
 とはいえ、私が成そうとしている──いや、成せるかすらの確証も無い──ことは前代未
聞である事に間違いはない。
 故に私は、周到に準備を進めた。
 先ずは資金稼ぎ。世界の果てを目指す飛行機(あいぼう)を手に入れ、改造を施す費用の
為だ。そして旅立つその日まで、人々からの好奇の眼を少しでも逸らす効果もある。
 次に学問習得。資金と時間の余力を見つけては、古今東西の文献を読み漁った。
 セカイの全景を探し求めた先人達の記憶、現在判明している世界の地理を把握し、旅の進
路をどう取るのがベストか、それをじっくりと吟味する。
 日常に忙殺されたこともあった。
 親戚から夢を咎められ、無理やりに所帯を持たされ掛けたこともあった。
 だから……いや、探そうと心に決めたあの日から決まっていた事だったのかもしれない。
『お前、その歳になってまだそんな馬鹿げた話を……!』
『もう知らん! とっと出て行け! 二度とこの街に帰って来るな!!』
 いよいよ待ちわびた出発が近付いた頃、私と周囲との溝は決定的なものになっていた。
 寝食を忘れて倉庫の中で相棒を調整している最中、何度も親戚や街の有力者らがやって来
ては怒鳴り散らしてくる日々が続いた。
 この頃、もう私を「心配」している者はいなかった。
 ただ「不都合」なだけだった。
 私という異端者がコミュニティにいることで、自分達の立場が危うくなると、侵されると
感じていたのだろう。実際、そんな旨の罵詈雑言も数え切れないほど浴びた。

 だから旅立ちは、殆ど出奔に近かった。見送ってくれる者は、もう一人もいなかった。
 長らく準備を続け、待ち侘びたその日は寒々しいほどに静かだった。
 皆の眼に映らないよう、私は相棒を街の外れに移し、夜明け前の寒空を一瞥してからその
エンジンを掛ける。
 ゴゴゴッっと、重低の機械音が周囲にこだました。
 さて……もう後には退かない。急がなければまた彼らが邪魔しに来るだろう。
 私はしっかりとヘルメットとゴーグル、厚手のジャンパーを装備し、操縦席に乗り込む。
『──! ──……ッ!!』
 誰かが叫びながら駆けて来るのが見えた。遠目だがあの格好は街の役人連中か。
 しかしエンジンの音で、もうその言葉は私には届くことはない。私は構わずギアを握り締
めると、それまで抑え込んでいたものを吐き出すかのように一気に押し出す。
 重低音が更に激しくなった。機体がゆっくりと、しかし確実にがらんとした空き地のど真
ん中を走ってゆく。
 尚も、食い下がろうとする者達が後方にいた。
 だが私達は止まらない。……ずっと待っていたんだ、この日を。この目で閉じたセカイに
風穴を開ける、光を差し込ませるその第一歩となるこの日を。
 加速につれて、ギアを順繰りに上げてゆく。ぐわんと身体が浮く感触が始まる。
 嗚呼、いよいよだ。
 テイクオフ。私という夢追い人を乗せた鋼鉄の鳥は、飛び立つ。
 地面が、街が、長く見知った人々が、どんどん小さく見えなくなってゆく。
 代わりに視界いっぱいに広がるのは……空。
 夜明けを迎えた廣く深く濃い青は、静かに厳かに輝く乳白色にセカイを塗り替えてゆく。
(待っていてくれ……。まだ見ぬ世界たち……!)
 ずっと胸奥に燻っていた不安を光で焼き払うような、眩いばかりの高揚感。
 あの日確かに、私はこの閉じ篭もってしまったセカイから躍り出て──。


「……よし」
 あの若き日の旅立ちから、幾らの歳月が経っただろう。
 私は相棒と共に、気候やエンジントラブル、或いは訪れた先での人々とアクシンデトを繰
り返しながら只管に世界の果てを目指し続けていた。
 既にもう、見聞きしたことのある街は遥か遠くに過ぎ去った。
 今はもう、私は他人の気配も珍しい荒野の中に佇んでいる。
 随分としつこく伸びるようになった顎鬚、髪を掻きながら私は手にしていた容器を相棒の
収納スペースの中に放り込んだ。
 飛行機は燃で以って飛ぶ。
 だが旅が進めば人里を望めなくなるのは、あの準備を進めていた日々からとうに予測済み
の一つだった。だからこそ、改造により相棒を雑多な燃料でも動かせるようにしてある。
 もう随分と前から、燃料は現地の生えている植物や屠った動物から採っている。
 最初こそ抵抗はあった。だが人間というのは怖いもので、それが生活の一部になるとそう
いった感性すら磨耗していくらしい。
(……閉じても開いても、人は人か……)
 そうフッと誰もいない中で笑い、私はふるふると首を降る。
 何を今更。自分は、この夢の為に今まで全てを捧げて来たのだろう?
「さて……そろそろ行こうか。相棒」

 この頃になると、空は随分と様変わりしていた。
 日がな年中曇っていたのだ。まるで──この先を、世界の果てに至るのを拒むように。
 だが私は退かなかった。
 燃料が尽きないようこまめに計器をチェックし、墜落しないように降り立てる地面も空中
から把握しておく。
(だいぶ、濃くなってきたな……)
 だがここ数日、その併行作業も困難になっている感が否めない。こうなってくると、いつ
飛行中のアクシデントが起きてもおかしくなかった。
 自然と操縦桿を握る手に力が入り、震える。
 だが……それは単に恐怖だけではない。
 それは即ち、ずっと捜し求めていたものが──世界の果てが近いかもしれないから。
「……」
 閉じてなどいなかった。セカイは、こんなにも広い。
 あの若き日々を生きた街の人々には、もうきっと会えないだろうけど。それでも、旅の成
果は充分過ぎるくらいに私を奮い立たせ、興奮させてくれる。
 まだこんなに、セカイは「空き」を用意して私達を待っている。
 変わる事を恐れて閉じ篭っていたら、彼らと同じように視界に映るだけの日常に埋没して
いたら……きっと見えなかった景色。その拡がりを、今私は独り占めしている。
 だがもう少し待っていて欲しい。
 もう少し、もう少しで届く。そうしたらきっと皆に……。
「──ッ!?」
 そして、その瞬間(とき)はやって来た。
 長く長く濃い雲と肌を刺すような冷たい靄の中を、どれだけ繰り返し飛んだのだろう。
 不意に空の淀みが開けた。
 思わず私は一挙に増した眩さに目を細める。
 相棒と共に駆ける身体が、フッと軽くなった錯覚を感じていた。
「…………な、に?」
 だが、辿り着いた筈の私を迎えてくれたのは達成感ではなかった。
 言うなれば、絶望の類だ。私の夢が弾き返された感触だった。
 果ては確かにあった。
 しかしそこに世界を一つに繋ぐ一巡はやって来なかった。
 眼下に広がっていたのは……途絶え、端から崩れている荒れ模様の大地。その更に深みへ
と落ちてゆく深く見通せぬ蒼暗い広大な闇(あな)。
 そして何よりも、私達が飛ぶその進行方向、視界一杯に拡がる──幾何学模様がびっしり
と刻まれた“壁”の存在。
「ふざ、けるな……っ!!」
 相棒は尚もプロペラを回し続けている。果てを目指して飛び続けている。
 だが私は操縦桿に両拳を叩き付けて、叫んでいた。
「ふざけるなぁあぁぁぁーッ! こんな終わり、認められるかぁぁぁーッ!!」
 “やはり世界は閉じていた”。
 そんな返事(こたえ)だなんて……いくらなんでも、遅過ぎる。


 ──気付けば転寝をしてしまっていた彼を弾き起こしたのは、部屋の一角からボンッと噴
き出した爆発音だった。
 真っ白なローブ、複雑な文様を刻んだネックレス。
 まだ歳若いとみえる彼はぼうっと視線を遣り、数拍遅れてやっと起きた事態に理解が及ぶ
と慌てて椅子から立ち上がる。
「あわわわっ!? え? 何で? 配合は間違ってなかったよね?」
「うーん……? その筈だよ?」
「ほらもう、落ち着いて。チャッチャッと検める検める」
 その声と物音に、今度は彼の下へと数名の人影が姿を見せた。
 だが彼らは「人」というには小さ過ぎた。更に耳は尖がっており、背には透明な三対の羽
が生え、彼らを宙に浮かせている。
「……うぅん? 見た感じ、小宇宙(コスモ)が壊れたみたいじゃないけど……」
 その部屋の中には、装飾の施されたサイドテーブルが幾つも等間隔に並べられていた。
 更にそれら全てに一つずつ、両取っ手の付いた鍋のような、金色の陶器めいた大きな壷が
置かれている。
 ローブ姿の青年はその一つ、先程もうっと爆発が起きた壷の中を暫し覗き込むと呟く。
「中で何かトラブったんだろうねぇ。予測外の動きをされるとよくある事だよ」
「もう……。だからあれほど初期の知性パターンは単純化しておけっていったのに……」
「そう言われても……。いくら試験だといっても“創られた”セカイとその中の生命体達は
ちゃんと生きているんだし……」
 羽を生やした指導係(アドバイザー)らは、この若き見習いのおずおずと控えめな言葉に
思わず顔を見合わせていた。
「まったく……。だからアンタはいつまで経っても“神格”が下級のままなのよ」
「でもまぁ、オイラはそういうの、嫌いじゃないよ?」
 互いに嘆息或いは苦笑。
 だが改めて向き直る彼らの表情は──それぞれに表面上の性格が違っているとはいえ──
決して彼を哂う旨ものではなかった。
 気の強い彼女と、大らかな彼。
「さてと……。じゃあ早速修復作業を始めましょう?」
「大丈夫だーよ。試験期間はまだ余裕があるからね」
 二人のアドバイザーはそれぞれにこの担当する被験者に向かって言う。
「……うんっ」
 無数のセカイが生まれるその神域の中で。
 決して巧みで聡明とは言えない、だけどちょっぴりお人好しな見習い神様の下で。
 セカイは、こうしてまた一つ創られてゆく。
                                      (了)

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  1. 2012/09/02(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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