日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「或る親子のフォトグラフ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:公園、映画、雪】
本文は追記部分からどうぞ↓


 結婚から数年、彼ら夫婦には子供に恵まれなかった。
 実際誰かに後ろ指を指されていた……という訳ではない。
 だが当時はまだ今よりも「旧い」価値観の中に人々は暮らしていた。生物的な原義から捉
えても、結婚と子を成すことはイコールで結ばれていたと考えて差し支えないだろう。
 だからこそ、ようやく子供──しかも男の子と女の子の双子である──が生まれた時には
当の夫妻は勿論、周囲の人々も祝福してくれたものだ。
 ──私の記憶(フィルム)は、ちょうどその頃から始まっている。
 歳月を経た私は今、その走馬灯の中にある。

 最初に焼きついたのは、赤子二人を一人ずつ抱いた夫妻の様子だった。
 場所は彼らの住んでいた近所にある公園(というには些かこじんまりしているが)だ。
『はいはい~。もうちょっとお互いに寄って?』
 彼らは義姉に私を任せ、生まれて間もない我が子らを映像に収めていた。
 待望の子だ。必ず健やかなよい子に育てよう……。
 いきなり子供が二人というのは大変であろうと思った。実際この後の長きに渡り、彼らは
様々な場面で苦戦・奮闘することになる。
『それじゃあ、その子達を紹介してくれる?』
『ああ』『はい。お義姉さん』
 だが、それでも。
『息子の名前は勇毅(ゆうき)だ。逞しい元気な子に育って欲しいなあ』
『娘の名前は優陽(ゆうひ)です。心優しい木漏れ日のような子になって欲しいなって』
 まだ歳若い彼ら夫妻は、新しい家族の誕生、その慶びに只々浸る。

 それからも、夫妻は何かにつけて私を持ち出していた。
 毎年の誕生日は勿論、七五三や端午の節句、雛祭りなど子らの成長に関わるイベントには
必ずといっていいほど記録を残していった。
 子は宝だと云う。
 少なくとも彼らにとっては、我が子達はまさに宝だった。
 苦労した末に生まれたこともあって、彼らは惜しみなく二人に愛情を注いだ。
 時には厳格な父、抱擁する母として、夫妻は我が子らの辿る道を試行錯誤しながら示そう
と奮闘していた。
 名は体を現すと云う。
 少なくともフィルムに映るこの兄妹は、その願いを受けてすくすくと育った。
 兄は名と願いの通り、近所でも有名なやんちゃ坊主──そして何よりも“悪”を許さない
正義感の強い子としての自我を発揮し始めていた。
 妹も名と願いの通り、近所でも有名な可愛らしい文学少女──大人しく控えめで、いつも
お気に入りの絵本を片手に、とてとてと兄の後をついて回っていた。
 
 最初は、それでよかったのだろう。実際に夫妻は個性の出てきた子らを愛でていた。
 だがそんな“可愛い時期”は長くは続かないものだ。
 成長するごとに、兄妹は自我が強くなっていく。
 さも当然の事であるかのように、徐々に周囲の子供達との衝突が増えていった。
 兄は、益々やんちゃになっていた。
 蛮勇とでも言うべきなのか。とかく持ち前の正義感から、困っている子・泣いている子を
放っておけなかった。近所の坂道や野山を駆け回り、知らず知らずの内に鍛えられた腕っ節
で、何かにつけては束になって誰かを苛める子らに“侠気”を振るった。
 妹は、益々たおやかになっていた。
 同じ年頃の子供達がグループを形成し始め、幼年が故の視界狭窄に陥ってゆく中、彼女だ
けはマイペースを崩すことなく、そんな面々から距離をおいて一人絵や活字の山と語り合い
続けた。この頃には兄の“速さ”についてゆけなくなり、この傾向に拍車が掛かっていた。
 兄が「動」で、妹は「静」。
 二人が現し強くしていた個性は一見対照的だったが、ただ一点“周りから浮いている”と
いう面では等しかったと言える。
 故に、兄妹は彼らの標的になった。
 “出る杭は打たれる”──。
 閉じたセカイ(であることに気付く筈もない)子供達にとって、二人という存在は心の奥
底では邪魔者(きょうふのたいしょう)であったのだろう。
 腕っ節では中々勝てない。だから彼らは兄をいない者として扱い始めた。
 元より関わり合いになろうとしない。だから彼らは妹に陰湿な嫌がらせを始めた。

 夫妻(りょうしん)は、最初その事にすぐには気付けなかった。
 まだあどけない頃の記憶を引き摺っていたから、と詰ることは簡単だったろう。
 しかし私には分かる。映像の断片を比べれば分かることも、近過ぎるが故に気付けない。
何より愛情を注いだ子らの個性が、他人にとって“害”になるという意識が希薄だった。
『──勇毅、優陽ッ!』
 だから、その日学校から連絡を受け、妻の方は血相を変えて駆け付けていた。
 そこに広がっていた光景は……彼女には信じられなかった。
『お子さんが、傷害事件を起こしました』
 現場となったのは妹のクラス。
 そこで長らく彼女に嫌がらせを続けていた者達に、兄がいよいよ拳を振るったのである。
 加害者が被害者になっていた。顔が変形するほどに殴られ、ぐったりと倒れていた。
 被害者が加害者になっていた。兄の拳は赤色に染まり、目を見開いたまま妹がそんな兄の
後ろ姿に、教室の隅で震えている。
 警察が来ていた。学校関係者もその大半が兄を“悪者”だと決め付けていた。
『なんで……どうして、勇毅……』
『だって、ひーちゃん(妹の呼び名だ)を泣かせてた……。僕は兄ちゃんだから……』

 折りしも当時は、少年犯罪がマスコミで取り沙汰されていた。
 ただ兄は妹を守る。ただその一念だった。そもそも苛めていた側に咎がある──。
 しかしセンセーショナルな報道は、そんな狭い子供達のセカイを掻き乱し、人々の冷静な
眼を失わせていた。
 代わりに公共の電波は兄の“凶暴性”を殊更に強調していた。
 幼い頃から気が強く、すぐに手を上げる性格──。
 その本当の理由は「悪い奴は許さない」という真っ直ぐ過ぎた正義感だったが、世の大人
達はそんな“単純さ”を理解しようとはしなかった。互いに異質同士の“単純さ”だった。
 この頃から、私の出番はなりを潜め始めた。
 だが、無理もないことだった。
 もう夫妻には子供達の成長をのんびりと撮影している余裕などなくなったのだから。
 連日、夫妻の下には“凶暴なる子”を育てた詰りの声が届いた。心無い取材──知る権利
を旗印に押しかける者達がいた。
 夫妻の仲が険悪になるのは、時間の問題だった。
 共に育ててゆこうと誓い合ったあの日は遠く霞み、顔を合わせればどちらが悪かったのか
と罵り合う日々が続いた。息子は司法権力に連れ去られ、娘は事件のあった日以来、彼ら両
親にすら心を閉ざして部屋に引き篭もるようになってしまった。

 “悪い”のは、誰だ──?

 ある者は親だと言い、ある者は苛めを放置した学校だと言った。
 またある者は元凶となった苛め加害側への批判を始め、或いは社会全体が“許さない”故
に起きた悲劇だと語った。
 だけど……そうじゃない。私も夫妻も、その思いは共有していた筈だ。
 悪者を決めて全てを押し付けるのではなく、あの日彼らが何を思っていたのか、それを色
眼鏡を排して報せること。そうすべきではなかったのか。
 とにかく、夫妻の周囲は変わった。
 夫妻は疲弊と口論の末に離婚し、慣れ親しんだ街を出てゆく他なかった。
 兄は「逆送」を受けたものの、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
 妹は心を閉ざしたまま両親のいずれにも従わず、伯母に引き取られた後“世間の枠組み”
からドロップアウトした者達が集まる私設塾へと通い始めた。
 人々の矛先は──やがて苛めていた側に向いていた。
 あるメンバーは最後の最後まで咎を認めることはせず、行方を眩まして余生を過ごした。
 あるメンバーは兄妹と同じくその後の人生を狂わされ、やがて兄と似た末路へと堕ちた。
 あるメンバーは向けられた無尽なる憎悪の眼に耐え切れず、事件の最中自ら命を絶った。

 誰も、救われなかった。
 “悪者”は、誰だったのだろう……?


「──泣いてる、のか?」
 はたと背後から声を掛けられて、優陽はビクッと身体を震わせていた。
 背中の中程まで伸びた豊かな黒髪。だが手入れの方はそう行き届いている訳ではなく、顔
の半分はその前髪によって隠れてしまっている。
「……。ちょっとだけ」
 彼女は振り向きながら、きゅっと唇を結んでいた。
 視線の先に立っていたのは、兄。
 腕っ節の強い、頑丈な肉体は今も健在だが、教師となったその姿にはもう幼い頃にみた向
こう見ずな正義感はない。ワイシャツに黒のズボンという簡素な喪服で、兄・勇毅は全身淡
い黒のワンピースを纏った妹と静かに向き合っている。
「俺は、泣けなかったよ。まだ……恨んでるのかもな」
「……仕方ないよ。一番苦労したのは兄さんなんだし。私が甘いだけ」
 あの事件から──泣きじゃくる妹の声を聞きつけ、激情に任せて後輩を殴り倒してしまっ
たあの日から、何十年もの歳月が経っていた。
 もう長く、互いに会うこともしなかった。教師と孤児院の職員。互いの現状くらいなら連
絡を交わすこともあったが、あの日以来、兄妹は何となく顔を合わせずらかった。
 今日は、父の葬儀だった。
 母は離婚後ややあって心労で倒れたという。
 その頃はまだ事件の混乱が続いており──何よりも勇毅自身がマスコミや世間の眼でろく
に動けなかったこともあり──結局葬儀に出ることすらまともにできなかった。人目を忍ぶ
ように、こっそりと焼香をしに行った記憶だけが忌々しい。
 まるで自分達が母を殺したかのような世間の扱いだった。
 何よりあの頃はまだ、自分達が“悪”だとされたことに納得できなかったこともある。
 かといって、かつての苛め加害グループの一人が自殺したと聞いても、思ったほど実際は
清々などしなかった。むしろ何とも言えぬ虚無感だけが、ぬめるように胸の奥を這っただけ
でしかなかったと記憶している。
「甘いもんか。父さんや母さんを恨むのは筋違いだろ。それに俺はもう法の裁き(むくい)
を受けた。……受けてる」
 優陽は眉根を寄せて兄の横顔を見つめ返していた。
 自身の自虐を宥められたこと、ではない。言葉の端に、今もあの事件の“前科”が兄を苦
しめているのだろうかと思ってしまったからだ。
 この先、子供達に同じ思いをさせたくない。そんな決意で敢えて教職の道に進んだ兄。
 だが──あくまで推測だが──大人になっても、職場の同僚からは“あの兄の方”として
見られて蔑まれているのではないか。優陽にはそう思えてしまい、悔しかった。
「……そっちは、どうだよ? 施設の子達、気難しくないか?」
「そうね。ないと言えば嘘にはなるけど。でも……私も兄さんと同じ動機だから。ここで音
を上げたら自分の全否定になっちゃう」
「……。そっか」
 暫くの間、二人は言葉少なく互いに黙り込んでいた。
 季節は初夏。日差しが徐々にきつくなってくる。空は清々しいほどに青く、まるで苦悩を
抱える自分達を笑い飛ばしているかのようでもある。
 二人の遣った視線の向こう──葬儀場から煙が一本、立ち上っている。
 既に骨は拾った。今頃父は、煙と一緒にあの世へ旅立っているのだろうか。
「……なあ。ひー」
 それは、懐かしい呼び方だった。同時にあの頃を思い出してしまう言葉でもあった。
 少なからず怪訝の眼で優陽は兄を見た。ワイシャツの胸元をパタパタと仰ぎ、彼は険しく
なった妹の表情に苦笑を返している。
「この前親戚連中(みんな)で撮った集合写真、持って来てるよな」
「ええ。今日来る前に現像したのを貰ってきたけれど……。何のつもりなの? わざわざ昨
夜電話して持って来いだなんて」
「まぁ、ちょっと、な」
 勇毅の苦笑が一層濃くなったような気がした。
 そしてフッと、彼が手にしていた布包みから取り出したのは──古びたフィルムの束。
 優陽は、暫し目を瞬かせていた。
 最初は何だろうと思った。だがややあって、記憶の奥底からこれが何であるかが引き出さ
れて脳裏に再生される。
「これ……私達の……」
「ああ。俺達の成長記録。遺品整理の時に、持って来たんだ」
 優陽は益々ぶすっとした表情になった。
 よりにもよって、忌々しい品を持ち出していたなんて……。
 だがそんな思考もすぐ彼方へ。兄のことだ。先程の集合写真の件もあるし、きっと何か考
えがあってのことなのだろうと推測が走る。
「燃やそう。俺達で」
 だからこそ、はたと、それも酷く真剣な表情で言い出した兄に優陽は驚いていた。
 もう片方の手には懐から取り出した銀箱のライター。準備は既に整っていた。
「決別ってのもあるけどさ……もうこいつらを撮って見てた当人達は空の上だろ? だった
らこいつらも煙にして上げてやろうって思ってさ……」
「……」
 成る程。言葉にはしなかったが、優陽は瞬きつつも小さくコクと頷いていた。
 元よりまとめて処分する予定だったものではある。だが古びたあのフィルムには「今」の
自分達は映っていない。だから先日撮った集合写真も一緒に燃やし、二人への手向けとしよ
うと考えたのだろう。
「分かったわ。なら早く済ませちゃいましょう。……お父さんもちょうど今昇ってる頃だか
ら、きっと届くと思う」
「……ああ」
 そして頷き合って、兄妹(きょうだい)は畦道の一角に屈んだ。
 燃え移って火事にならないよう、なるべく草の茂っていない所にフィルムを置く。水分補
給用に勇毅が尻ポケットに差していたペットボトルの飲料水を、火消しの水代わりにする。
 記憶(フィルム)達は、よく燃えた。パチパチと煙を上げながら、その姿を徐々に茶褐色
から黒い灰へと変えてゆく。
 二人は暫く無言で空を見上げていた。
 父の煙と記憶の煙。二つは誰に指示されるでもなく、遠く空の向こうで重なっていくよう
に見えた。
 ちゃんと届いた……のだろうか? 兄妹はチラッと互いを見合って苦笑する。

 決別する為、何より未来(これから)を生きる為。
 火は記憶を薪とし紅く光る。記憶は物から人へ、確かに受け継がれてゆく。
 私は、彼らの心も一緒にこれらの記憶(ひび)をかの夫妻へ届けようと旅立った。
 遠く眼下で、二人は天に昇る私を見上げている。
 初夏の空、その片隅に灰色の雪が降り始めていた。
                                      (了)

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  1. 2012/07/29(日) 18:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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