日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「お天気お兄さん」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:朝、雲、パート】
本文は追記部分からどうぞ↓


 瞼の裏にじわりと差し込む感触がカーテン越しから差し込む陽の光であることに気付いた
のは、まだ意識が睡魔の水面近くにいる時分であった。
 その日、いやその日もまた、青年は日が十二分に昇ってからもそりと目を覚ました。
 一人暮らしの安アパートの室内には、カップ麺やペットボトルがごみ箱代わりのダンボー
ルの中に乱雑に放り込まれている。
 お世辞にも片付いている部屋とはいえない。だが当の青年自身は──元より一人の男とい
うもの自体がそうかもしれない──特にその散らかり具合を気に留めるでもなく、薄い毛布
を跳ね除けて、暫しぼうっと万年床の上で眠気眼を擦っていた。
「……あ~、十時半か」
 枕元の携帯電話を手に取って(急いでいる訳でもないが)時間を確認。彼にしては昼前に
起きれたことだけでも上出来だった。
 髪をガシガシ、大きな欠伸をしながら青年はようやくのそりと立ち上がった。
 寝間着兼用のハーフパンツはそのままに、ランニングシャツの上から半袖の薄い上着を軽
く羽織る。キッチンまでふらふらと歩いていき、蛇口を捻って形ばかりの洗顔を。
「……ふあ」
 青年は、定職に就いていなかった。懐が尽きる前に短期のバイトをこなす程度である。
 普段なら(所持金の消費回避も兼ねて)一日の大半をゴロゴロして過ごすのが常だった。
 しかし今日に関しては、不思議と早め──といっても彼にしては、である──に目が覚め
ていた。だがそれは何も彼が急に奇特になったからではない。
 ──声がするのだ。先刻から、アパートの外で複数人の子供達の声が聞こえていた。
 少しずつ自己主張し始める陽の光と共に、そんな外の声に流石に彼もじっと寝ている訳に
はいかなくなったという具合だったのだ。

 平日の朝から一体何をしてやがる。
 青年は半ば内心むっとした思いで部屋を出ていた。つかつかとサンダルを引っ掛け、件の
声が聞こえてくる方へ──アパートのすぐ向かいにある空き地へと足を運ぶ。
「うーん……」
「ダメ、かなぁ……?」
 するとそこには、案の定近所の子供達が集まっていた。
 ただ「おや?」と思ったのは、彼らが単に空き地で遊んでいるというのではなく、一様に
不安そうな表情(かお)で空を見上げているというその様子。
 青年もまた、そっと空き地の入口に突っ立ったまま彼らの格好に倣っていた。
 見上げた今日の空は、曇天。視界の殆どが鈍色の雲に覆われている。
 とはいえ、別に驚きはしなかった。曇り空なら一昨日辺りからずっと続いている。テレビ
はもう屑鉄の箱と化しているが、携帯から見たここ一週間の天気予報は、概ね曇り時々雨。
 どんよりするだけなら、一度ザッと降ってくれた方がまだすっきりしそうなのだが……。
 生温い微風を肌に感じながら、青年はぼんやりとそんな事を思っていた。
「──でも、今夜なんだよ?」
 しかし、どうやら子供達の方は別の理由で曇天を嫌っているらしい。
 見上げた視線を戻し、少々声に耳を澄ませてみると、青年はようやくこの子供達が何を思
ってここに集まっているかを知ることができた。
「分かってるよ。だけど俺達に天気をどうにかできる訳ないじゃん」
「うん。天気予報でもしばらくこのままだって言ってたし……」
「やっぱり見れないのかなぁ、流星群……?」
 流星? ああ、そう言えばそんなニュースもあったっけ。
 青年は記憶の引き出しを開けてゆき、確かに近い内に流星群がやって来る、天体ショーを
皆で楽しもうといった旨のニュースを見たことを思い出していた。
 それが今夜だったのか。
 すっかり忘れていたのだが、子供達の落胆ぶりを見る限りは間違いないのだろう。
(……ま、確かにこんな天気じゃあ星空を拝むなんてのは無理だわな)
 どうでもよかった。よい筈だった。星が見れたって、腹も膨れやしない。
 なのに──どうしてこう後味の悪い、責められているような感覚を味わってしまうのか。
「……」
 小さく、ほんの小さく舌打ちをして。
 青年はズボンのポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出す。

「──よう。来たか」
 そこは、街の片隅にある小さな工場(こうば)だった。
 着崩した作業着に着替えてやって来た青年を待っていたのは、同じ作業着に身を包んだ複
数名の男性達。皆、その殆どが青年よりもずっと年上であることが分かる。
 その中でも一際貫禄のある、恰幅のいい壮年男性はにやりと口角を吊り上げ、姿を見せた
彼を見遣っていた。
「すんません。言い出しっぺが遅れちまって」
「んなこったあ気にするな。口を動かしてる暇があるならさっさと手伝え。機材(こっち)
の準備はもうできてる。すぐにでも始められるぞ?」
「はい……。お願いします、親方」
 親方。そう青年に呼ばれたリーダー格の男は、ぺこりとぎこちなく頭を下げた彼に再び言
葉のない笑みを返してから、フッと真剣な表情に戻って他の面々と共に傍らに設えてある大
型の機械へと向き直った。
 工場の天井を突き抜けようとするかのような、一見すると酷く無骨で図太い煙突のよう。
 作業員の一人が別の場所でギコギコと金属のハンドルを回してゆくと、それに合わせて天
井が左右に開いていった。同時に機材の先端がゆっくりと延び、曇天の続く空と天地で向か
い合う格好になる。
「始めるぞ。配置につけ」
「うッス」
 言われて、青年もぱたぱたと彼らの中に交じって行った。
 彼らの手元にある制御卓(コンソール)は、デジタルも何もない、アナログ全盛の年季が
入った雑多な計器群。それらの針が示す目盛り値を見ながら、彼らは「いっせーのーせ!」
と合図の声を掛け合い、ぐんとタイミングを合わせて各々のレバーやハンドルを全開状態に
もってゆく。
 次の瞬間だった。この煙突状の機械が大きく振動しながら動き始めたのだ。
「……んっ」
 無骨だが、確かに感じ取れるキカイの鼓動。
 実はこういった“臭さ”が青年は好きだった。
 世に蔓延る奇麗事や湿っぽい弱音も吐かない、背中で語る昔ながらの仕事人のような。
 複数のレバーを操作する掌が汗ばみ、されど胸が躍る。
 気付けば煙突からは、濛々と何やら濃い霧のようなものが吹き出していた。そしてその霧
のような無数の粒子はやがて曇天の空へと吸収されるように消えてゆき、暫くの間その放出
を続けていた。
「よーし、出力安定だな。全員、粉末が空になるまで維持体勢」
『ういッ~ス!』
 ゴウンゴウンと煙突状の機械は暫く霧を吐き出したままだった。
 親方の一言で操作の峠は越えたらしく、青年を含めた面々は何処となくホッとした様子で
返事をし、制御卓の前で待機する。
「……上手く、いきますかね?」
 そんな中で青年はぽつりと、はたと不安げになって呟いていた。
「ま、所詮はお天道様の気分次第ではあるんだがな。大丈夫さ、シゴトはやったんだ。お前
はどーんと構えてりゃいい」
「……。はい」

 その日の夜。朝からずっと曇っていた街の空模様は、日没に入った頃に一変した。
 天気予報では今日も一面の曇り空。だが何故か今夜という時に限っては、その予報がまる
で嘘であるかのようにスッキリと晴れ渡っていたのだ。
 それは即ち、今宵の流星群を絶好の環境で観ることができると同義であって……。
「わ、わ、凄い! お星さまがこんなにいっぱい!」
「奇麗だなあ……」
「でも、こんなに沢山流れてたらどれに向かって願い事すれば……」
 街の一角にある河川敷には、老若男女の住人達が集まっていた。
 河原から市街地と背を向けた方向には高い建物は無い。この辺りで星空を観るには一番の
スポットだと言えた。実際今この場では、星々に負けず劣らずに目を輝かせている子供達や
若いカップル、或いは親子連れなどが思い思いにこの束の間の天体ショーに見入っている。
「──よかったな。上手くいったぜ」
 そんな中で、青年はふと近付いてきた足音と共にぽんと肩を叩かれた。
 振り返ってみれば、そこには作業着ではなく甚平を着た親方や普段着姿の工場の同僚達が
立っている。
 見物人らと同じく流星が走る空を見上げている者もいたが、彼らの目的はそれよりもむし
ろ、この青年──『今夜、機材を動かして(はれをよんでくれ)ませんか?』と連絡を寄越
してきた最年少のバイト君からの“仕事依頼”の完了を報告する為であった。
「ええ……。ありがとうございます」
 すると青年は苦笑いし、ジーンズの尻ポケットに突っ込んでいた茶封筒を親方に手渡して
きた。眉根を上げつつも彼はそれを受け取り、ちらと中身を検める。
「確かに。これで支払いも完了だな」
「でもさ……。お前、本当によかったのか?」
「そうだぜ? 仕事だから受けたとはいってもよ……。同僚から金を貰う訳にゃあ……」
「いいんスよ。これは俺の我が侭なんですから。バイトだっつっても、けじめッス」
「いや、そうじゃなくてさ……。この金もうちの給料から出てる訳だろ? だったら金を身
内で回してるだけになるし、それって意味があるのか──」
「まあいいじゃねぇか。それで困ってる奴が、今この場の何処にいるよ?」
 年上の従業員らの何人かが、今回の“依頼主”に内心戸惑い気味だった。
 しかしそんな彼らの問い直す声も、フッと笑ってみせた親方の一言で収まってしまう。
 確かに、誰も困っていなかった。
 自分達を含めた、河川敷に集まった人々。彼らは皆、今この夜空に描かれる星々のショウ
に見入っている。特に大きな娯楽もない小さな地方の町に、束の間の嬉色が訪れている。
 何よりも──この天体ショーが観られたことを、心から楽しんでいる子供達の満面の笑み
が、青年には密かに嬉しく思えて。
「……よかったな。ガキどもも笑ってる」
「……はい」
 昼間、どんよりした空を見上げ落胆していた子供達。
 だが彼らに笑っていて欲しいと願うのは、罪だろうか? 彼らの為に、自分達が人工的に
自然の営みを捻じ曲げたのだとしても。
「今度からは、もうちょっと真面目に顔を出そうと思います」
「ははっ。そうかそうか。……ま、お前も知っての通り、普段から閑古鳥な商売だがな?」
 そして青年は、親方達はそっと河川敷から踵を返して歩き始めていた。
 ──“お天気お兄さん”達の仕事(ミッション)は、これにて完了(コンプリート)。
                                      (了)

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  1. 2012/07/15(日) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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