日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ライフ・ワンモア」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犬、スーパー、時計】
本文は追記部分からどうぞ↓


 陽も大分頂点から落ちてしまった、半端な晴れ空の下を往く。
 私はとぼとぼと一人、田舎町のまばらな建物の間を歩いていた。
 いや……一人ではないか。一応は二人だ。厳密には一人と一匹だが。
 今私は、飼い犬と一緒に歩いている。むしろ、無駄に元気なこいつに引っ張られる形で道
端を歩いていると言ってもいいのかもしれない。
 薄焦げ茶の毛色をした、何の変哲もない雑種犬。名をチョコという。
 色がチョコレートみたいだから。そう安直な──だが実際ペットな名前なんてそんなもの
かもしれない──理由で命名したのは、子供達だったか。
 しかしその息子も娘も、もういない。
 二人とも随分と前に独立し、街へ出て行ってしまっており、気付けば長い間ろくに連絡を
取ることもなくなっている。何より私には、既にあの子達が今何処で何をしているのかさえ
把握する術がない。
 それだけなら、まだ“普通”だったのかもしれない。
 もしかしなくても、ずっと前からもう“普通”ではなかったのかもしれない。
 ──先日、妻が家を出て行った。
『悪いけれど、もう貴方とはやっていけないの。いいから判を押して頂戴』
 突然の離縁だった。そっと居間のテーブルの上に出されたのは、びっしりと必要事項が書
き込まれた後の離婚届。あとは私がサインをするスペースだけが残されていた。
 今更離婚して……お前、生計はどうする? 自分で稼げるのか?
 そんな台詞も過ぎったが、私は口にする気にはなれなかった。
 頭の大半が白髪に占領された定年退職者ではあったが、そんな台詞で“脅した”ところで
今時の夫婦が元の鞘に納まるなど甘い夢想だ。それぐらいの知識は私にもあった。
 熟年離婚。今は法律の改正でそれまでの資産の半分は妻に渡る筈だ。妻も全くの無一文で
はなかろうし、ああして離縁を突きつけてくるまでに色々と準備は整えていたらしいことが
実際その後、私の認識の視界内で一気に確認できた。……女は男よりも、ずっと強いのだ。
 結局私は殆ど妻に言われるがまま、最後の一押しを自ら記すことになった。
 お互い面倒な法律闘争は厭った。
 多少役所のたらい回し(おいえげい)はあったが、離婚の手続き自体は特にこれといって
トラブルが起こる事もなく終了し、今はこうして名実共に遅過ぎるシングルライフがやって
来ているわけだ。
 残されたのは、時代遅れの小さな──それでも一人には手持ち無沙汰なマイホームとこの
愛犬くらい。事実今日も今日とて勤め先(いくあて)もない私は、気持ち早めにこの焦げ茶
犬を連れ出し、ぼうっと散歩などをしている。
 急激に時間が私を置き去りにしていったかのような、そんな感覚が続いていた。
 時折草むらに分け入っては飽きもせず匂いを嗅いだり、糞尿を致したり。
 私はいつぞやの買い物袋とティッシュ数枚から成る即席エチケット袋で以ってそれらを始
末し、しっかりと口を締めてぶらぶらと手首に下げる。
「……」
 そうして暫く歩いていると、ふと近所のスーパーが視界に入ってきた。
 何の変哲もない、地方に出店している小売のチェーン店舗。
(そういえば、チョコの餌(めし)が残り少なかったな……)
 私はぼんやりとしていた意識の中で、フッとそんな事を思い出す。
 当の我が愛犬も餌を買ってくれると知ってか知らずか、はっはっと舌を出して緩やかに尻
尾を振りながらこちらを見上げている。
「……分かったよ。寄って行こうか」
 何となく急かされたような、それとも私自身、何処か行く当てが欲しかったのか。
 進行方向後ろで赤信号になり、車通りが止んだのを確認してから、私達はバイパスを挟ん
で向かいにあるこの店舗へとのそのそ歩いてゆく。

「じゃ、大人しくしてるんだぞ?」
 店の軒先、その柱の一つにリードを回して繋ぎ、私は愛犬を置いて店内に入って行った。
 買い物カゴは……まぁいい、買う物は一つだ。ただこんな事なら買い物袋も提げてくるべ
きだったかもしれないとちょっぴり後悔する。
 店内は、少し効き過ぎな節のある空調と疎らな客足で何とも言えない寂寥感があった。
 無駄に明るい店内アナウンス。対比的に買い物客達は皆一様に寡黙で、棚に多くの商品が
積まれているにも関わらず、手に取られてゆくのはごく一部のセール品ばかりのようだ。
 だが私もそんな客の一人でしかない。
 あまり他の客と目を合わせてしまわないよう無意識の内に気を付けつつ、私は天井から下
がっている分類プレートを頼りにペット用品のコーナーへと足を運んだ。
 ホームセンターの方が良かったか。お世辞にも品揃えはそう多くはないらしい。
 だがわざわざ出直すのも面倒だ。私は手頃な袋詰めのタイプを一つ選ぶことにした。
(……十歳以上用、か)
 そして手に取った、見覚えのあるパッケージに書かれているその文字を見て、私はぼんや
りと心の中である思いを抱く。
 チョコも、昔はもっと小さくてコロコロしていたのに。今ではすっかり妙な貫禄のある頑
丈な身体に育っている。
 だがそれも在りし日々のことだった。今では老境に至り、私の目から見ても確実に老いて
いるのが目元や毛並み、痩せてゆく身体つきから感じ取れてしまう。
 確か今年で十二歳。人間に換算すれば……ざっと六十五歳。なんだ、私と同じなのか。
 私は、他人の気配のない棚の片隅でフッと哂っていた。
 歳月は流れてゆく。それも私達の思いなど微塵も省みることなく。
 この十数年という時間の中で、多くのものが変わり果ててしまったかのように思える。
 息子や娘の成長と自立、妻からの離縁は勿論のこと、かつて経済発展に邁進していたこの
世の中も随分と様変わりしたなぁとしみじみと感じてならない。
 かつては慎ましくも幸せだったと──私自身が仕事に打ち込んで悦に浸っていただけなの
かもしれないが──思う。幼い日々のチョコを可愛がっていた子供達、それを眺める私や妻
は穏やかだった筈だ。
 何が……いけなかったのだろう?
 いや、そうして未だに気付けないからこその、今この咎なのかもしれない。
 ──時計を抱えている。そんな思考の中で私は漠然とそんなイメージを抱いた。
 皆が皆、己の中に時計を抱えているのだと。生の残りを刻一刻とその針により刻んでゆく
時間制限付きの生命装置。そしてそれらは、きっと何もヒトだけのことではないのだろう。
 私と、チョコ。犬は人間よりも何倍も速く歳を取る。
 だとすれば、それだけ犬猫などの他の動物は私が感じているよりももっと速い時計の針を
持っているのだろうか。
 そう考えると、何とも私達は虚しいのかと思ってしまう。
 今日は若い命がいとも簡単に散ってしまう。散らされてしまう。自ら散らしもする。
 今日はとかく効率と目先の利益を求めて邁進する(時限性が故とも言えなくもないが)。
 ……そんなに急いでどうするつもりだ? 私は内心の嘆息と共に問い掛けてみた。
 どのみち、己の中の時計はいずれ最期の刻(とき)を指し示すのだ。それを自分達の意思
で速く速くと回してしまっては、生きる甲斐など何処に見つけられるのか。
 いや──むしろ見つからないから、なのか。
 急かされ罵倒され、逃げ道もない。厭を言えば「弱虫」と詰られ存在すら否定される。
 どうしてこうなったのだろう? ただ私達は“己の幸せ”を願って生きてきた筈なのに。
余りにもその“己”が過ぎたのだろうか。互いに寄り添ってこその、社会の存在理由であろ
うものなのに。
(……いけないな)
 そこまで思考が堂々巡りし、私は頭を振っていた。
 詮無いことだ。もう後先限られた新人老いぼれが今更とかく言うのは、今の若者達に酷で
はないか。
 老兵はただ去るのみ。奇麗な引き際が肝心だと、私は思う。

 長考で立ち止まった末にドックフードを片手にして、私は足早に会計を済ませた。
 流石に長居をしてしまったか。私は少し急いで愛犬の下に戻ろうとしたのだが……。
「──ワンちゃん何処の子~?」
「もっふもっふ~」
 時間的に下校途中の小学生だろうか。気付けば、チョコは数名のランドセル姿の子供達に
囲まれてわしゃわしゃと愛でられていた。
 老齢ということもある。元々大人しい性格だということもある。
 幸いうちの焦げ茶犬は特に嫌がる訳でもなく、へっへっと舌を垂れて息をしつつ子供達に
遊ばれるままになっていた。
 ただ、それだけのことだった。外見は、それだけだ。
(……。勇(いさむ)、愛(あい)──)
 なのに私はその光景を重ねていたのだ。息子と娘達が、かつて同じように自分達が拾って
きた犬を愛でていたあの日々を。
 曇り気味の空に、目の前の視界に、サァッと光が降りたような気がした。
 そうだ……変わらないものだってある。
 生ける者らの時間は確かに有限だ。だが、だからこそ私達は精一杯もがいてきたのではな
かったか? だからこそ、その針が零を指し示す前に子という後達を生み育て、想いを受け
継いで貰ってきたのではなかったか?
 一昔は、その抗いイコール経済的豊かさとなっていただけなのだと思った。
 では今は何だ? 正直もうすっかり老いた私には分からない。仮にこれだと声を上げたと
しても的外れに受け取られるかもしれない。
 だが……一つだけ確かなことは、見えた気がする。
 慈しみだ。誰かが誰かを、思いやる心。利益云々を時に無視してでも採るべき倫理。
 “己”の快楽、安寧ばかりを私達は求め過ぎていたのではないか?
 老境の戯言かもしれない。だが私は今、あの子供達と愛犬の触れ合いを見ているだけ心が
酷く穏やかだ。……それは金で買うものではない。ただ優しく寄り添っていれば済むもの。
「……」
 私は静かに微笑んでいた。
 嗚呼、そうだ。確かに妻子との繋がりは切れてしまっている。だがそれは自分が絆を切っ
ていることと必ずしもイコールではない筈だ。
 ──笑おう。何かを嘆くのではなく、誰かを踏み躙るのではなく。
 その為にはもっと、この老人一人とて残された己が内の時計を大切に抱かねば。
「……その子はね、チョコっていうんだよ」
「チョコ~?」
「この子、おじちゃんのワンちゃん?」
「ああ。そうだよ。茶色いから、チョコ。簡単だろう?」
 私は歩き出していた。軒下に置いてあった求人のフリーペーパーを一冊取って。
 私は歩み寄っていた。未来を担うべき──いや、担って欲しいこの子供達の下へ。
                                      (了)

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  1. 2012/07/08(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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