日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユウキのヒカリ〔4〕

 商店街や繁華街に繋がっていく二車線の大通り。
 その通りの一角に、自転車&バイク店『鳴神サイクル』は在る。
 大吉はその日、店内に所狭しと並ぶ二輪車の中に混じりながら、調子が悪いと持ってこら
れたバイクの修理作業を手伝っていた。
「大吉、十三号のスパナ」
「あいよ」
 持ってきた客が見守る中、作業着姿の大吉の父が慣れた手つきで金属の塊の不具合を直そ
うと診断、分解、調整を繰り返した。いつものようにパッと出る指示に従って、大吉は工具
の詰まった金属箱から目的の物を取り出しては父に手渡していく。
 金属独特の平べったい微香、油臭い機械でなければそれはさながらオペのようだった。
 決して子の父親としては立派とは言い難い、少し気難しい父。だが、こうして黙々と仕事
をしている姿を見るのは大吉は嫌いではなかった。
 暫く、先と同じように父が弄っては大吉が工具を手渡すといった光景が続く。
「…………さて。どうかね」
 すっくと父が立ち上がり、試しにと一度元に組み直したバイクのエンジンをかける。
 ブゥゥ、グォォォォンッ!
 それまで沈黙していたバイクが息を吹き返すようにエンジン音を響かせた。
「うん、これでよし。直ったぜ」
「あ、はい。ありがとうございます!」
 そして安堵の声を漏らした客の青年と数度やり取り。工具や部品に侵食されたかのような
壁際のテーブルの上から領収書の束の一枚をもぎ取ると、走り書きで即席の請求書を作る。
 厳密な会計というのは妻任せ。長年の仕事の情報を詰め込んだ頭の中から、今回の仕事で
の料金の数字だけを淡々告げて、
「じゃあ、これで」
「あいよ」
 青年から渡された代金を受け取る。
「ありがとうございました」
「ああ。愛車、大事にしろよ」
「毎度あり~」
 復活したエンジン音を響かせて、ヘルメットをつけた青年が走り去っていく。
 父と大吉は二人して店先でその姿を見送った。
「……大吉。一旦休憩入れていいぞ」
「ああ。そうするよ」
 振り返り店の中に戻って行こうとする父の声に、大吉はこくと頷いた。着けていた、所々
油汚れのついたままの店名ロゴ入りの紺色エプロンを脱いで片手でぶら下げつつ、その後に
続こうとした。
(……ん?)
 その時だった。
 視界の端に何か映った。見覚えのある人影を。
(お。優紀じゃねえか)
 大通りの向こう側、斜め向かい。少し離れた位置のビルに収まっている本屋の入り口から
出てきたのは間違いなく親友の姿だった。
「お~い、優──」
 そして、そう自然に手を振って呼び掛けようとした、次の瞬間、
「紀……」
 大吉は、大通りの向こうで、彼が突然そこかしこから現れた少年達に囲まれる一部始終を
目撃したのだった。
(何だ……?)
 距離があってはっきりとは分からないが、どう見ても何かの待ち合わせのようには見えな
かった。そもそもあんな知り合い、あいつにいた記憶などない。
 怪訝が大吉の頭を駆け巡る事数秒。そうしていると、集団が優紀を囲い込んだままで動き
始めているのが見える。
(……嫌な予感がする)
 そう直感が告げていた。大吉が顔をしかめて立ち去っていく少年達を見遣る。奴らの様子
はちょっと普通じゃない。優紀があんな連中と知り合いとは思えないし……。
「親父、ちょっと出掛けてくる!」
「ん? ああ、おう……」
 そう思った次の瞬間には、大吉はエプロンを店のテーブルの上に放り投げながら奥の方で
小休止をとっていた父親に叫ぶとそのまま店を飛び出し、彼らの姿を追って駆け出していた
のだった。


 第四話:力(るい)は敵(とも)を呼ぶか

(……こりゃ、つけてみて正解だったな)
 物陰に隠れてそっと様子を窺いながら、大吉はそう思った。
 少し距離を置いて先を行く優紀と彼を囲む少年達。店先からでは分からなかったが、こう
してある程度距離を詰めてみれば彼らが風体、まとう雰囲気からしていわゆる不良の類だと
いうことが分かる。
 間違いない。優紀は絡まれたんだ。奴らめ、何処かへ連れ込む気か……。
(それにしても……)
 何故よりによって優紀なんだと大吉は思った。
 舞子や奏ならばまだ分からなくもない。何かで伸された事を逆恨みにして……という可能
性は十分にあり得ると思ったのだ。
「……」
 だが、その思考もややあって頭から除外せざるを得ない。
 そもそも二人の強さは市内外に知れ渡っている。そこら辺のチンピラ風情がリベンジしよ
うと思った所で怖くてできないか、実行しても返り討ちに遭うのは目に見えている。
 それに、目の前でターゲットにされているのは優紀だ。佐々岡姉妹ではない。
(だとすれば……何でだ?)
 少なくとも優紀は腕っ節も弱いし、自分から喧嘩を吹っ掛けるような性格ではない事くら
い大吉も佐々岡姉妹ほどでなくとも長い付き合いからよく知っている。
 いや、待てよ。優紀は腕っ節が弱い……。
(なるほど、そういう事か)
 むしろ、だからこそ優紀が狙われたのだ。
 佐々岡姉妹と真正面からぶつかればただでは済まない。だから日頃彼女達の傍にいる優紀
を標的にすることで復讐に代えているのではないか。こう言ってしまっては言い方は悪いか
もしれないが、実行の有無を問わなければ、佐々岡姉妹にリベンジを思う輩は腐るほどいる
筈である。
(ま、それと同じぐらい、負けてそのまま舞子さんや奏ちゃんのファンになってる奴も多い
んだけどさ……。実際俺も似たようなもんだし)
 それにしてもどのみち彼女達にはバレそうなもんだがな。頭がいいんだか悪いんだか。
 大吉はそう思った。確かに優紀は告げ口みたいな事を好みこそしないが、傷負いになった
彼を彼女達が放っておくとは到底思えない。
(だとすりゃあよほど恨んでるわけか……。何時の時だろうな)
 自分が関わっていないケースという可能性もあるが。大吉は何度か新しい物陰に身を移し
つつ、連中と距離がつかず離れずになるように慎重に尾行を続けながら記憶を辿る。
 そうしていると、いたではないか。直接は見ていないが、最近聞いた一件が。
(……もしかしてセーラをナンパしてたっていう連中、なのか?)
 少し眉根を寄せつつ、大吉は連中の背中を見る。
 だとすればやられた時期自体は随分前の事の筈だが。
 いや。でもだと仮定すれば先ほどから頭を過ぎっている幾つかの疑問にも説明がつく。
 先ず、狙い済ましたように奴らが優紀の前に現れた事。
 これは多分、事前に彼の行動パターンを調べ上げていたのではないか。現にあの本屋は彼
がしばしば通っている場所である。今更になってというのもそれだけ時間をかけていたとい
う証拠だろう。それは慎重さだ。執念深さだ。佐々岡姉妹──仮定通りならば伸したのは奏
一人でだが──の強さに脅えつつも、刻んだ復讐心を抱き続けた陰湿さだ。
 だからこそ、こうして実行している今も、優紀に逃げられないように囲っている。だが、
最初の時とは違い、現在は数人のグループに分かれて分散し、かつ適度な距離を互いに維持
しつつ移動している。こうした様子もまた、怪訝に思われ、万一佐々岡姉妹の耳に入ってし
まう……復讐の途中に駆けつけられるのを防ぐ策なのだろう。そして事前の周到さも示す。
 最初に大勢で取り囲んでいたのを目撃したからよかったものの、これだけを見れば遠目に
は彼らの目的に気付かなかったかもしれない。
(ま、でも結局は俺にバレてるわけなんだが……)
 そう良かったと思う反面、さてどうしたものかとも思う。
 すぐにこの場で奪還するか? しかし街中で暴れられるのも面倒だ。数も向こうの方が多
いし、優紀自身を盾にされれば迂闊に手も出せなくなる。
 そもそもこの尾行に優紀が気付いてしまえばこの状況すら崩れかねないのだ。仮にこっそ
り彼だけに自分の存在を知らせて隙を衝いて逃げてもらう……という非戦闘的な作戦を採る
としても、彼にそんな顔芸ができるかは不安が残る。
 ──やっぱ、舞子さんらに知らせて伸して貰うってのが順当かな。
 せっかくつけておいてちょっと情けない気もするが、事実彼女達の方が圧倒的に強いのは
明白な事実である。その方が優紀も無駄に傷つかずに済むだろう。
(……もう暫くつけてみてから舞子さんに連絡するか。こう動き続けられても面倒だ)
 変わらず少し先を行く連中と優紀の後姿を窺いながら、大吉はそう結論付けた。

(……参ったな。どうしよう)
 囲まれている。一体何処に連れて行かれるのだろうか。
 往来に混じって歩道の一角を進みながら優紀は静かに思っていた。
『来いよ、天粕優紀』
 歩き出す直前、リーダー格らしき少年は確かにそう言っていた。
 僕の事を知っている……?
 怪訝に思いながらも、結局彼らに連れて行かざるを得なかった。下手に抵抗すれば何をさ
れるか分かったものではなかった。行きつけの店の前で揉め事を起こしたくなかったという
思いがあったからかもしれない。自分の身が危ないというのに呑気なものだなとは思うが。
(どうにか逃げられないかな……)
 ちらと視線を移してみる。最初は全員で取り囲んできたが、今は数人ごとのグループに分
かれて、それでいてお互いに連携できるように間隔を保っているように見える。
 空間こそ空いてはいるが、相手の守備範囲内にいる事には変わらないようだ。
(駄目かなぁ……)
 また心持ち気を落として歩を進めていく。
 背後、左右、正面。視界の中、隅、感じる気配。周りからは特に不審がられていないよう
であったが、優紀自身は彼らが向けてくる剣呑な視線に正直困惑していた。
(何でまた僕なんだろう……?)
 何か悪い事しったっけなぁ。この人達といい、ここ数日の奏といい、参ったなと思う。
(う~ん……)
 暫く考え込む。気付いていないだけで何か心当たりがある筈だ。
 先刻彼らから自分の名前が出た。少なくとも彼らは自分について知っている節がある。
 ちらちらと彼らの顔を見遣ってみる。皆、周りに悟られまいとしているが表情にはやはり
強い敵意──もっと言えば憎悪?──が滲み出ている。
 あ? 何だこの野郎。
 そうガンを飛ばされ続けているような。参ったな。怖い……。
 そうして歩き続けながら彼らを恐る恐る観察している最中だった。
『……って、待てよてめぇ!』
『邪魔するんじゃねぇよコラァ!』
 ふっと蘇ってきた記憶。二ヶ月以上も前の光景。
 それはセーラという新たなクラスメートとの最初の出会い。そして奏と一騒動あった事で
どうにも記憶の中に根を張ったらしい場景。奥底の記憶がやっと再生を始める。
(あぁ……そうだったのか)
 やっと思い出した。この人達、あの時の……。
 という事はやはり通りすがりの絡みではない。これは仕返しなのだろう。大方、奏相手で
は敵わないと思って、もう一人の方に自分に矛先を向けてきたといった所か。
 今更になってか。いや、それだけ執念深いという事なのか。
 多分、自分の事を調べる為に今まで掛かったのだろう。そう優紀は推測する。
 忘れた頃にやって来る、とはいうものの……。
 だからといってセーラを助けた事に後悔の念など起きないが、こうして自分に矛先が向い
てきた事には正直参ったという気持ちが強かった。
 喧嘩みたいな事はしたくない。そもそも腕っ節も弱いし。
 いっそ、彼らの気が済むまでやり過ごして終わりにして貰えればいいだろうか?
 でも……そうなっても舞姉や奏、大ちゃん、皆に余計な迷惑を掛けてしまうだろうし。
(参ったな……本当、どうしようか……)
 何とか隙を見て今の状況知らせるのが妥当なのだろうが……。
 優紀は、今更ながら独りで出てきた事を悔やむ気持ちが沸いてきた。
 色々思案しながらだった事もあるが、知らぬ間に結構な距離を歩いていたようだ。大通り
から離れてきた為、人通りも今は少なくなり、今こうして通っている道も通行人の姿は殆ど
見られなくなってきている。間違いなく彼らは人気のない場所を選んだ上で進んでいた。
「そこを左だ」
 果たして何度目になるだろうか。
 傍を歩く少年の一人に顎で示されながら、優紀は目の前のより細い路地へと入っていく。
 その前後に、何人もの少年達を引き連れるようにして。


 本棚に囲まれるようにして立っていた舞子に微弱な振動が伝わる。
 ズボンのポケットに入れておいた携帯電話の着信だった。店内という事もあって一度辺り
の様子をちらりと窺ってから、舞子はディスプレイに表示された名前を確認する。
「は~い。もしも~し」
『もしもし。舞子さん、俺っす』
 電話の相手は大吉だった。何故だか少し声が小さい気がする。ひそひそ声のような。
 一瞬妙なだなとは思ったものの、最初舞子は特に気にはしていなかった。
「ちょうど良かった。大吉君、ユウ何処にいるか知らない? 探してるんだけど見つからな
くってさぁ……」
 何の気なしに訊いたつもりだった。
 なのに電話の向こうの大吉が押し黙っていた。その反応に、舞子はようやく何かおかしい
と確信した。僅かに眉根を寄せる。
『舞子さんは、今どこです?』
 最初に返ってきたのは優紀の居場所ではなく、舞子の居場所を問う言葉。
「私? 三國屋だけど。大通り前の」
『三國屋? そ、そうでしたか……』
「?」
 舞子が答えると、大吉はあちゃ~と言わんばかりの反応を見せた。
「どうしたの、大吉君? その、何だか様子が変だけど」
『……ええ。その』
 ゴソゴソと音が聞こえてきた。何だろう。これは……草木の擦れる音?
『……大変なんです。優紀が、拉致られました』
 舞子は思わず目を見開いていた。
 ユウが? どうしてまた?
「どういう事? 詳しく説明して」
『はい』
 大吉はぐっと耳元の携帯電話を近付けた。周りを警戒するようにちらちらと時折周囲に目
を遣りながら、
「俺、家の店先にいたんですが、ちょうど三國屋から出てくる優紀を見たんですよ」
「そうなの……。それで?」
 という事は入れ違いになっていたのか。舞子はそう思いながら一抹の悔しさを抱きつつ彼
に続きを促す。大吉もはいと呟き、少し呼吸を整える。
「そうしたら妙な連中に囲まれてそのまま拉致られていったんです。多分ですけど、セーラ
を助けた時に優紀と奏ちゃんが相手した連中だと思います。さっきから後をつけているんで
すけど、あいつら、優紀を人気のない所に連れ込む気みたいっすね」
「なるほど……。とりあえずグッジョブよ、大吉君。それで、今何処にいるの?」
「今ですか? そうですね、人目を避ける為に随分遠回りしていたみたいっすけど、今いる
のは倉添町の倉庫群です。やっと奴らが移動するのを止めたのでこうして連絡を」
「倉添町ね? じゃあその、もっと他に目印になりそうなものは見えない?」
「目印っすか。ええっと……」
 そう言われて大吉は辺りを見渡した。さっき喋った通り周囲は雑多な大小様々な倉庫が軒
を連ねて他の建物の姿を隠している。元々から品物などを保管するだけの場所なのか見渡す
限りそれらしい人影もない。人目につかないという点では、優紀にこっそり仕返しをするに
は絶好のスポットだと言えるだろう。
「『花岡倉庫(有)第三倉庫』って書いてありますね。さっき奴らが優紀を連れ込んで入っ
ていった所の入り口に」
「オーケー、分かったわ。すぐにそっちに行く。大吉君はそこで待ってて」
「……了解っす」
 ごくと唾を飲むようにして大吉は頷いていた。
 舞子はそこで通話を切って携帯電話をしまう。
 ユウが、危ない。
 舞子の表情にいつもは見せないほどに真剣な色が宿っていた。心なしか周囲の空気がざわ
めくかのように。静かに口元を引き締めて、彼女はやや早足で歩き出す。
(今そっちに行くからね……ユウ)

 休日という事もあってデパートの中は買い物客で中々に繁盛していた。
 セーラは奏と共に、両手に抱えた買い物袋を手に店内を歩き回っていた。
「……随分、買い込みましたね」
「奏サンこそ。でも、これくらいジョートーですヨ。きっとユウキもメロメロです」
「そう、でしょうか……」
 笑いかけるセーラに、奏もほうっと頬を染めて満更でもない様子。
 セーラは内心心踊り今にも飛び上がりそうな心地だった。自然と顔にも笑顔が溢れて止ま
ない。新しくできた友人とのショッピングだからという事もあったが、何よりもこれが来た
るべき優紀とのデートの為だと思うと嬉しくて楽しくて堪らなかった。
(ユウキ、喜んでくれるデショウか……)
 妄想の中で既に優紀とのデートが始まっているセーラはふんふんと英語の鼻歌を漏らしな
がら、後ろをやや遅れてついてくる奏を引き連れて期待に胸を膨らませている。
 一度は冷静になって……先ずはデートから。
 奏という好敵手が一緒だが、そんなに気に病む事はない。そんな思考すら乏しい。
 決めては欲しいが、だからといってすぐでなくともいいとも思う。一緒に仲良くなればい
いと思う。彼女がそうであろうように、自分もまた彼と一緒にいられれば幸せだから……。
『──♪♪~……』
 ちょうどそんな時だった。
 店内のBGMに紛れて単調だが軽快なリズムが二人の耳に聞こえてた。
 奏がその音色に反応し、抱えていた買い物袋を一旦その場に置き、ごそごそと服を弄って
いる。セーラも自然と立ち止まった。
「はい、もしもし」
 携帯電話の着信だったようだ。
 奏は他の買い物客の通行の邪魔にならないようにと荷物と共に通路の端に移動し、耳元に
携帯電話を当ててコールに応えている。セーラも同じようにしてから隣に並んだ。
「どうしたの、姉さん」
 姉さん。どうやら舞子からの電話らしい。
 セーラは小休止がてら静かに彼女の通話の様子に耳を傾けて佇む。
 買い物に出た事を知って何かをついでに頼んできた、そんな所だろうか。
「…………え?」
 だが、どうやら様子がおかしい。奏の表情が曇った。いや、神妙な面持ちになっていた。
セーラは何事だろうと思わず彼女の横顔を覗き込む。
「本当なの? うん、うん……」
 それでも平静を保とうとしながらしきりに頷く奏。
 一見声色は普段通りのクールなものだ。だが、友人として、一度一戦を交えた者として、
何より同じ人を想う同志として、何かがあったのは察知できた。彼女がこうにも動揺してい
るという事は、まさか──。
「…………分かった。私もすぐに行く」
 奏が通話を切った。手早く携帯電話をしまう。
「……奏サン、何があったんデスか?」
「……」
 数秒、彼女は言い出しかねるようにセーラを見つつも黙っていた。
「……兄さんが、何者かに連れ去られたようです」
 だが隠し切れはしないだろうと、あくまで静かにそう告げる。
「ユウキが……? Why? どうして……」
「…………」
 セーラはどっと不安に駆られて慌てた。思わず一歩、奏に詰め寄るような格好になる。
 その様子を見ながら、奏は何処か迷っているかのように黙り、言葉を選んでいるかのよう
に数秒思案顔を見せる。そして表情に悔しさを静かに滲ませながら、
「……私達姉妹にとって、兄さんは身近な人です。大切な、人です。私達に倒された人達が
その報復に兄さんを標的に選ぶ事はあり得ない話ではありませんから……」
「そんな、コト……」
 卑怯デス。思わず出掛かった言葉を飲み込む。彼女に言ったって仕方がない。
 報復? セーラはその言葉に陰湿さや嫌悪感を覚えていた。
 確かに彼女達姉妹は武術の猛者として今まで多くの腕自慢達と戦い、これを撃破してきて
いるとは聞いていたが……。
 それに、日本の武士道の美点にはその高貴な潔さも含まれている筈ではないのか……?
「これから私は姉さんと合流して兄さんを助けに向かいます。ですので、すみませんが今日
の買い物はここで中止させて下さい」
 そう小さく一礼をして告げると、奏は自分の分の買い物袋を抱えて立ち去ろうとする。
「待ってクダサイ!」
 だが、セーラは咄嗟にそう叫んで彼女を呼び止めた。奏はピタッと立ち止まり、ちらりと
こちらに向かって振り返る。その眼には既にあの時と同じ、いやそれ以上に強い力を秘めた
意志を感じる。
「私も、行きマス」
「……ですが」
「ユウキが心配なのは私も一緒デス。そんな話を聞いてじっとなんてしていられません」
 ぐっと奏に詰め寄るように身を乗り出すセーラ。巻き込みたくないのだろう、奏は彼女を
見遣りながら困った顔をしていた。
「行かせてクダサイ」
 だが、セーラは退かなかった。
 同じ人を想っているなら、助けたい気持ちは同じ筈だと。
「……大丈夫デス。私だって、戦えます。奏サンには及びませんが」
「……」
 奏はそのままの姿勢で少しの間、じっとセーラを見ていた。瞳の色を、強さを、意志を。
「……分かりました」
 そして。
「一緒に、行きましょう」
 一度目を瞑ってから、また開きそう言った。セーラもコクリと強く頷いてみせる。
 これまではただ己の心身を、騎士道──いや、この国の武士道に憧れて鍛えてきたつもり
だったが、今は少し違う。
 守るべき者ができた。守りたいと心から願える人ができたから。
「……その前に」
 と、奏が僅かに神妙な面持ちを崩して、
「この荷物をどうにかしておかないといけませんが」
「……oh」
 お互いが持つ大量の買い物袋を見下ろして言った。
「大丈夫ですよ。ここには各階にコインロッカーがありますから。一旦そこに預けておけば
いいでしょう」
「ハ、ハイです」
 ふっと僅かに緩んだ表情。しかしそれも僅か。奏は再び強い瞳の表情に戻ると、自分の分
の買い物袋を抱え上げたセーラを見つつ言った。
「……急ぎましょう。時間が惜しいですから」
「……Yeah」
 そして二人は買い物袋を抱えて駆け出していく。
 同じ、大切な人を守る為に。

「…………これで、よし」
 携帯電話を閉じポケットにねじ込むと、大吉は神妙な面持ちで僅かに吐息を漏らした。
 お世辞にも整備されいるとは言えない、乾いた地面と虫食いのようにその上を覆っている
薄汚れた灰色のコンクリートの地面。それらの上に見渡す限り所狭しと大小雑多な倉庫が並
んでいる。
 大吉はそんな人気の感じられない敷地内の、申し訳程度の茂みに身を潜めていた。
(これで後は時間との勝負だな。舞子さんが来てくれればどうにかなるだろ……)
 ごそごそと、注意を払いつつ茂みから身を乗り出し、大吉は連中が入っていった倉庫の中
を探ろうとする。
 舞子に告げた通りの社名が書かれた、だいぶ剥げて色落ちしてきている大きめの倉庫。
 先刻、連中は優紀を連れてここに入っていった。来た時には既に開きっ放しになっていた
事から連中の中に関係者がいるのか、或いは元々警備などない放置された類の場所か。
(う~ん……。暗くてよく見ねぇな)
 昼間だというのに、中の様子はよく見えなかった。位置的に陽が当たらないらしかったり
中の照明が点いていなかったりで、妙に小気味悪い暗闇の入口のような外観だった。
(見た所見張りはいないが……。もう大丈夫と高をくくって全員で優紀をボコるつもりでい
やがるのか……)
 尾行は確かに成功しているが、当の優紀本人が危険な状況には変わらない。
 見かけた段階でもっと早く連絡すべきだっただろうか。己の判断ミスかと後悔が疼く。早
くしないと彼に何をされるか分かったものではない。加減ってのものを知らない馬鹿ほど扱
いあぐねる奴はいないのだから……。
「──ぐぅっ!」
「!?」
 その時、倉庫の中からくぐもった声が聞こえてきた。大吉は思わず更に身を乗り出してそ
の変化に聞き耳を立てる。
 間違いない……優紀の声だ。
 畜生、あいつら始めやがった。
 舞子さんは? 大吉は辺りを見渡してみたがそれらしき姿はまだ見えない。その間も間隔
を置いて、倉庫の中から鈍い音と滑り擦れる音が交互に耳に届く。
 無傷での救出は、難しいらしい。
 いや、元より向こうもここまで周到につきまとっておいて「はいそうですか」と返してく
れる訳もないだろう。できれば無闇に荒事にせずに片付けたいとは考えていたが。
(舞子さん……早く、早く来てくれ。間に合わなくなる!)
 彼女ならその名だけで奴らも逃げ出す可能性は大きい。わざわざ優紀の方を狙ったのだ、
彼女達姉妹の強さを恐れているのは間違いない。だからこそ、大吉は自分がすぐに突っ込ん
でいく事はせず、彼女の力を頼る選択をしたのだ。
 それに……。仮に自分が突っ込んで彼を助けていたとしても、
『大ちゃん……ごめんね、こんな危ない目に遭わちゃって……』
 当の本人はこんな台詞をのたまうだろうから。
「がぁ……っ!!」
「──ッ!?」
 再び、一際大きな苦痛の声。
 思わず大吉は顔をしかめて息を呑んだ。また、キツイのを入れられた……!
 馬鹿野郎が……。こっちの心配するよか自分の心配をしろっての。
 頭の中のイメージの優紀にそう荒っぽい口調で言い放ち、大吉は今にも飛び出さんばかり
の体勢になっていた。がさごそと茂みの葉が千切れて地面に落ちる。
(ど、どうする……? このままじゃ優紀がもたねぇ……。だけど、舞子さんには待ってろ
って言われてるし……)
 拳を握りながら、大吉はぐるぐると巡る焦燥に身を焦がされていた。
 相手は大勢。こっちは一人。頼みの彼女もまだ到着するには時間を要する。
「…………」
 暫しの間、大吉はしかめっ面で逡巡していた。
 そうしているとでまた一発、思いっ切り力を込めた殴打音と優紀のくぐもった声が小さく
耳に届いてくる。どさっと倒れる音。床に降りかかった砂地が擦れる音。
「……舞子さん」
 俯き加減。何かがぷつりと切れたかのように、大吉はもぞっと上着の懐を弄った。
 そして両手に握られたトンファー。元は舞子相手に少しでもその高みに近づく事ができる
ように、小細工ながら自分の力を入れ込んだ代物。
 だが今は。ただ憧れを追いかけるだけのツールでは、最早なくなろうとしている。
「…………すんません。俺、行ってきます」
 くわっと顔を上げ、大吉は全身に力を滾らせながら歯を食いしばった。


 突き飛ばされるようにして、優紀はそこへと押し込まれた。
 よろめく身体。ツカツカと近づいてくる何人もの足音。向けられるにやついた顔、悪意を
滲ませたたくさんの視線。
 中は薄暗かった。背後の高い位置の小さな窓とガタが来た天井に空いた穴から差し込む光
が申し訳程度に中を照らしている程度だ。
 鼻を刺す滑り気のような臭い。多分、腐食したダンボールか何か。ちらと視線を向けてみ
ると、確かに錆付いた金属製の棚が少し離れた位置の両脇に置かれ、そこにだいぶ長い間放
置されたと見られる朽ちかけたダンボールが何個も鎮座している。
 どうやら、この倉庫群の中でも長い間使われいない所であるらしい。
(こっそり僕に仕返しするには絶好の隠れ家ってわけか……)
 苦しそうに顔をしかめて見上げると、先刻から自分を連行してきた少年達が退路を塞ぐよ
うにしてずらりと半円陣で並び、威圧感と共に見下ろしてきていた。
 いよいよ来るか。
 優紀はごくりと唾を飲み、心持ち身構えて彼らの剣呑な視線と対峙する。
 拳を掌で握って摩っている者。事前に用意しておいたのだろう、木刀や鉄パイプを片手に
トントンと掌や肩でリズムを取っている者。小首を傾け舌を舐めている狂気を滲ませた者。
くっちゃくっちゃとガムを噛んでいる者。
 皆、街中を歩いていた時には抑えていたのであろう。いかにも不良らしい、その内に宿し
ている粗暴さを今は隠すことなく晒しながら無言の圧迫を与えていた。
「…………僕に暴力を振るった所で何にもならないよ」
 それでも、優紀は内心震えて折れそうになる自分を宥めながらそう語り掛けてみる。
「なるさ。俺達がスッキリする」
 だが、内の一人がきっぱりと狂おしそうな眼で見下ろしてきながら言った。それは同じ思
いであるらしく、その言葉に他の面々もにたにたと笑いながら各々に頷いている。
 やっぱり仕返し……復讐なんだな。
 自分を見下ろす眼には隠さない憎悪の色。自身の激情に支配された瞳。
 話し合って逃がして貰えそうにはないな。薄々悟っていた優紀だったが、彼らの見せてい
る本性を見て改めてそう思う。
「俺達が何をしようってのはもう察しがついてるみたいだな」
「……そりゃ、まぁ」
 あれだけ人を連れ回しておいて、加えてこの剣呑な雰囲気だ。流石に勘付くだろう……。
「確認しとくが、俺達を覚えてるか? 天粕優紀」
「…………二ヶ月ぐらい前に、外国人の女の子を困らせていた人達、だよね」
「おう。なんだ、覚えてるじゃねぇか。ハハッ!」
「でも困らせてたんじゃねぇよ、口説いてたんだぜ?」
「それを邪魔しやがって……。おまけにとんだ恥を曝させやがってよぉ……」
「……」
 優紀は取り囲まれた瞬間は思い出せず、道中でやっと思い出したとまでは言わなかった。
 そこまで正直に言っても、機嫌を損ねられそうでいい事はないからだ。どうせ、この後に
たんまりと彼らに殴る蹴るされるのだろうと思うと無駄に一発増えるのは勘弁だ。
 それに……。
 他人を、女の子を──セーラを大人数で取り囲み困らせておいて、それでも自分達の面子
にしか注意がいかないその神経に、流石の優紀も苛立ちを覚えていた。
 これは所謂正義感というものなのだろうか? そんな大それたものではないかもしれない
が、少なくとも、あの時彼女を助けた自分の行動は間違ってはいなかった。間違いだとして
しまってなるものか。
 腕っ節は確かに弱いけれど、それでも気持ちまで負けてしまったら、きっと自分には何も
残らないと思うから。そうなれば舞姉や奏にだって顔向けできやしない。
「まぁ、分かってるなら話は早ぇ。早速ヤらせてもらう……ぜっ!」
「ぐぅっ!」
 言い切るまでもなく、中央に立っていたリーダー格が踏み込みながら拳を放った。
 腹にめり込む一撃。優紀は苦痛に顔をしかめてくぐもった声を漏らす。力が押し込まれて
いく感覚。そしてそれはやがて押し出されるベクトルになり、優紀を後方へと吹き飛ばす。
 どうっと倒れる。走る痛み。背中を強く打った。灰色の地面に粉をまぶしたような薄い茶
色の土の砂粒達が、滑り込む優紀を擦ってバラけた。
「ぐぅ……」
 やっぱり喧嘩は駄目だな。合わないや……。
 ぼんやりと地面に仰向けになり、ぼやけた視界を映しながら優紀は改めてそう思う。
「おら。立てよ」
 ぐいっと服の襟を掴み、そのまま持ち上げられる。ぐったりと身体の中身が下に溜まった
かのように全身が重くなっている気がする。
 こういう時、気概のある男なら反撃の一発でもぶちかますのだろう。だけど……。
「…………」
 殴れなかった。拳を握ろうとした手が震えているのが分かった。
 なんてこった。確かに喧嘩は嫌いだけど、こんな状況になってでも身体がいう事を聞いて
くれないなんてとんだ臆病者じゃないか。
 今、反撃したって責められはしないぞ。そう思考が過ぎっているのに。
 なのに……自分の中のもう一人自分が静かに首を横に振っていた。
「まだまだ終わらせねぇからな!」
 再び殴られる。今度は顔面。さっきよりずっと痛い。一瞬宙を浮いて、またどうっと床に
倒れ込む。足音。再び持ち上げられて殴られる、蹴られる。たまに木刀や鉄パイプといった
武器攻撃もついてくる。入れ替り立ち替り。次から次へと、倒れてから起こされる数秒の間
を空けての殴打の雨霰。
 冷たい倉庫内の空気に何度も打撃の音が鳴っては消えていく。意識が、世界が遠くなって
いくような錯覚。身体だけではなく、まるで精神まで荒削りされているんじゃないかとさえ
思えてくる。
「…………」
 一体、どれぐらい殴られ続けたのだろう。
 長い打撃の嵐がようやく一段落ついたらしい。少年達の息切れした呼吸の音が重なって聞
こえてくる。それでも、その音には相手を叩き伏せる事に快感を覚える者達の嬉々の気配が
込められているかのようだ。
 優紀はコンクリート床の冷たい感触に頬を触れさせたまま、もはや焦点も合わなくなって
きた視界を言葉無く見つめるしかなかった。
「ぜぇ、ぜぇ……。ハッ、どうだこの野郎」
「てめぇが正義の味方を気取った結果がこれなんだよ。分かるか? あぁ!?」
「ハハハッ! ざまぁみやがれってんだ!」
 少年達の声がやけに遠くに聞こえる。
 駄目だ……身体が動かない。
 殴られるのを見るのは嫌だが、こうして殴られるのも痛くて嫌だな……。
 やっぱり、力の無い自分が誰かを守りたい、平穏でいて欲しいと願うのは無理な願いなの
だろうか? 力を伴わない理想が無力であるように、自分の願いもまた、こうした連中の存
在によって砕かれしまうのが末路だというのか。
(…………舞姉、奏。大ちゃん……)
 悔しかった。だけどそれ以上に、この後この傷だらけの自分を皆に見せてしまうのが嫌だ
なと思った。心配させてしまう、皆の心を乱してしまうのではないかと思った。
 それでも……まぁ。
 自分だけでよかったとも思う。
 舞姉や奏、多分大ちゃん。自分のように一方的にやられはしないだろうけど、皆を無用に
危険な目に遭わせてしまうくらいならと。死にさえしなければ、いつかはこの怪我も治って
いくだろうし……。
 でも今度は舞姉や奏が彼らに報復なんてしたらどうしよう……。
 大人しい奏はともかく、舞姉や大ちゃんならもしかしたらあり得るかもしれない。
 皆そうそう負けはしないだろうけど、そんな事になったらまた面倒になる。
(……って、何考えているんだろ、僕は)
 そんな思考が過ぎっている自分に、優紀は静かに自嘲の念を向けていた。
 結構にボコボコにされている癖して頭はまだ大丈夫みたいだ。怪我だけで何とかなるかも
しれない。そんな心配している場合なのかなぁ、本当ならもっとなにくそと怒って立ち向か
っていくぐらいの気概がないといけないのでは……。
 そう、自分を笑っていたのがいけなかった。
「……何笑ってんだよ。テメェ」
 ドスの効いた低い声色と共に叩き込まれた腹に蹴りが一発。
 その勢いで仰向けに引き剥がされた優紀の視界に、苛立った表情の少年達の姿が映る。
 しまったな……機嫌を損ねてしまった。
 それでも割りと思考が回る自分を心持ち呪いつつ、優紀は自分が再び襟を掴まれて持ち上
げられる感触を覚えた。
「まだやられ足りねぇみたいだな。あぁっ!?」
「がぁ……っ!!」
 トーンの上がった末尾と同時に放たれた少年の蹴り。
 脇腹にもろにめり込んだその一撃に肺の中の空気が無理やり吐き出される。また吹き飛ば
されて倒れこむ。
「もう、いっちょっ!」
「ぶぐっ!」
 そしてすぐに別の少年が優紀を持ち上げて顔面に右ストレートを一発。
 吹き飛ばされ、ズザザッと地面を滑る。映像の中の胎児のように、優紀は丸く背を曲げた
格好で横倒しになった。息が荒い。さっきのは相当効いたようだ。
 自分の呼吸音が聞こえる。荒い呼吸のリズム。身体が把握する空間の狭さが変わっている
のが分かった。何度も殴られ、蹴り飛ばされた所為だろう。奥の壁際にまで身が追いやられ
ている。
「馬鹿な奴だ。せっかくスッキリしたのに興を削ぎやがって」
 近づいてくる何人もの足音。
 優紀は見上げることもできず、ただ自分の呼吸に混じって聞こえるリーダー格の少年の見
下した声を耳に届かせるだけしかできない。
「……もう一セットだ。今度はサンドバックにしてやる」
 促され、二人掛かりで両脇を抱えられて無理やり立たされた。彼とやっと視線が合う。
「……もう、反抗してくるその態度すら気にいらねぇ」
 その瞳は当初見せていた凶暴さだった。いや、もしかしてそれより酷くなっているか。
 引き摺られ、優紀は壁際に押し付けられた。配管か何かか、腕や脚にゴツとした感触を感
じる。そこを利用し、少年達は優紀の身体を倉庫内を物色し調達してきた縄で縛り付ける。
 少し距離を置き直し、少年達はじっくりと優紀を見定めた。
 獲物を狙う眼。凶暴さの色。また、あの激痛の連打が始まってしまう。
(ま、まずい……本当に、し、死ぬかも……)
 まだ整え切らぬ息をしながら、優紀はそう思った。
 殴って終了、だけは終わらないのか。いくらなんでも加減を知らなさ過ぎる。もしかした
ら、彼らは過去にも誰か人を殴り殺しているんじゃないだろうかとさえ……。
 そんな不穏過ぎる考えと恐怖感がせり上がって来る。
「……やれ」
 非情に、そうリーダー格が言い放ったその時だった。
「──待ちやがれっ!!」
 倉庫内に響き渡った怒号。その声に優紀が、少年達がゆっくりと、一斉に反応する。
「……ぁ」
 入り口に、少年が一人立っていた。
 両手にはトンファー。体格のいい少年。優紀がよく知っている少年だ。
「誰だ、てめぇ……」
 振り返った少年達。内の一人がガンを飛ばしながら呟いた。
 既に両者の間に火花が散っているように優紀には見えた。
「俺か?」
 一歩、また一歩。逆光が引いていく。少年達はその場でじっと身構えて近づいてくる彼を
睨み付けていた。彼はふーっ……と長めの息をつく。
「…………俺は、通りすがりのバイク屋だよ」
 親友・鳴神大吉は、そう、いつもは見せない程の強烈な強さの瞳を湛えて言い放った。

「大、ちゃん……」
 縛られたままの格好で優紀は思わず呟いていた。
 殴られすぎた所為でまだ視界がぼやけたままだが、駆けつけて来た友の姿はやけに頼もし
く、そして逞しく映っているような気がした。
 数秒の沈黙。大吉と少年達の無言の威圧の向け合い。
「…………おい。あいつ、天粕とちょくちょく一緒にいた奴だ」
 そうしていると、ふと少年の一人が思い出したように仲間達に告げる。その言葉に彼らは
より一層警戒感を露わにした。
「チッ……。そこまでは見張ってなかったな」
「どうする?」
 ひそひそと互いに相談を始める少年達。
 その様子を大吉はじっと睨み付けたままだった。
 でも、どうしてここが分かったんだろう? 知らせる暇はなかったんだけど……。
 優紀は暫し思案する。助けに来てくれた事は嬉しかったが、それでもやはり彼を巻き込む
結果になってしまった事には申し訳なさが先に立つ。
(…………あ、そうか。大ちゃんの家は三國屋の近くだ。あの時、見かけてたのか)
 だとすれば説明がつく。追って来てくれたんだ。
 という事は、舞姉に……あと奏にももう知れているんだろうか。
 彼の事だから多分、応援を呼ぶくらいの頭は回っている筈だ。
(でも、結局は皆に迷惑を掛けちゃったな……)
 しかし嬉しさや安堵の反面、やはりそんな気持ちが強い自分がいるのを感じる。
「……一応言っとくが」
 ぽつと、大吉が少年達に向かって口を開いた。
「優紀をこっちに渡す気はないか? できる事なら平和的に解決したいんだが」
「……はんっ。誰がはいそうですかって言うかよ」
「っていうか、武器持ってる和平の使者が何処にいんだよ」
「五月蝿ぇな。てめぇらに言われたかねぇよ」
 予想通りと言わんばかりに大吉は吐き捨てるように言った。
 確かに大吉はトンファーを、少年達は木刀や金属棒といった武器をそれぞれ持っている。
 また暫しの沈黙。そして、
「……悪ぃな、優紀。助けに来るのが遅れてよ」
「はは……。ううん、気にしないでよ」
「……ま、待ってろ。今助けるから」
「ハッ……! 余裕こきやがって」
「構わねぇ、やっちまえ! 佐々岡姉妹じゃないんだ。怖かねぇぞ!」
 優紀を気遣う大吉の言葉を皮切りに、少年達が一斉に仕掛けてきた。
 相手は複数、こっちは一人。大吉はトンファーを身構え脇をしめて拳闘のポーズ。日頃、
舞子と組み手をしている際の基本形。
「うらぁっ!」「ふっ……」
「どりゃぁ!」「ほっ……」
 連続して振り被られる少年達の拳、木刀。
 だが、大吉はゆっくりと前に進みながらそれらを全て軽々と交わしてみせる。
(……遅いな)
 ブンッ。右手を振り、空振った少年の一人の顔面に一撃。さらに逆方向に身を交わしなが
ら別の大上段に構えた少年の腹に鋭い左のジャブ。そして正面から来た三人目に右フック。
 短い悲鳴が重なった。一様に白目を剥いてどうっと床に倒れ込む。
 少年達が思わず突撃の足を止めていた。
(……なるほど。舞子さんから受けた稽古、無駄にはなってねぇって事か……)
 行けるか? この数相手でも。
 大吉はゆらっと振った両手を構え直し、また一歩と少年達の方へと進んでいく。
「うっ……」
「い、一瞬で?」
「な、何やってる! 相手は一人だぞ、囲んじまえば何てことはねぇ筈だ!」
 リーダー格の指示で、今度は残りの面々が左右に展開し、大吉を取り囲む陣形を取った。
「大ちゃん……!」
 優紀が思わず叫んだ。
「…………」
 だが、大吉は特に慌てる様子もなく彼らを一瞥しただけで、再び歩き出した。
「……このっ!」
 数人が飛びかかる。だがその同時複数方向からの攻撃も、大吉はひょいひょいと交わして
みせ、すれ違いざまにトンファー越しの打撃を叩き込み昏倒させていく。
 いくら囲んだとはいえど、数人毎に掛かってくるようでは結局は同じ。両腕に武器がある
という利点を最大限に活かし、複数同時の攻撃にも対応してみせる。
「遅いっ!」
「ぶはっ……!」
 死角からの一撃にも、大吉は即座に反応して身を返してがら空きになった胸元にアッパー
カット。天井を仰ぎながら、その少年もまた宙を数秒浮いてから床に倒れ込む。
 立ち回り、反撃する反応のその速さ。それは紛れもなく舞子との稽古の成果であった。
「チッ……!」
 すると別方向から、また別の少年が突っ込んできた。
 その手には銀色に光る刃が覗く。折りたたみ式のサバイバルナイフだった。
「──なっ……!?」
 だが、大吉はその攻撃にもしっかりと反応していた。
 飛び込んで来た右斜め方向からの突き立ててきたナイフの刃。
「……」
 それを握ったトンファーの身──棍部分の上部から起き上がって出現した両刃のナイフが
しっかりと受け止めていたのだ。
(あれって……)
 優紀は目を凝らした。突然刃が出たよね、さっき?
(そうか、あれも大ちゃんの仕込み……)
 そういえば舞姉も「他のギミック」がどうと言っていたっけ。
「そんなもん、振り回してるんじゃねぇよ」
 また一つ少年達の素行に幻滅したのか、小さく舌打ちをして大吉が呟いた。少年の繰り出
して来たナイフはトンファーの本体と仕込まれていたナイフの直角部分に受け止められ、完
全にその勢いを殺されていた。
 そのまま、大吉は抵抗する少年ごとトンファーの向きを返して少年の体勢を崩させると、
ナイフを握る手元に膝を打って手放せさせ、続けて左のトンファーを首筋に打ち込んでまた
一人戦闘不能に陥れる。
「な、なんだありゃ……」
「気をつけろ! あいつのトンファー、ナイフが仕込んである!」
「……それだけじゃねぇぞ?」
 また動揺する少年達に大吉はにっと口角を吊り上げた。今度は地面と水平にトンファーの
先端を少年達に向けて、もぞっと握り手の指先を僅かに動かす。
「──でっ!?」
「──痛っ!?」
 カコン、という何かが開いた小さな音がした瞬間、数人の少年が額を抑えて仰け反った。
「な……何が──」
 しかしダメージは気絶するほどではない。少し涙目になりながら、少年の一人がちらりと
床に視線を落としてやっとその正体に気付いた。
 彼らの足元に転がっていたのは、大きめの銀の玉。
「……パチンコ玉だよ」
 トンファーを向けたまま大吉が呟く。
 今度はトンファーの身の中ほどから細かしい装置が出現している。細長い、奥行きのある
蓋のない箱のようなパーツ。それらを結ぶ黒いゴム。そこに装填されているパチンコ玉。
「え……」
 そして顔を見上げた少年は目を丸くしていた。
 自分の額に、赤い光の点──レーザーポインタが照準を合わせられてる。視線の向こうの
トンファーからも赤い光が灯っていた。
(やば……っ!)
 そう思った瞬間には遅かった。
 再び射出されたパチンコ玉。今度は、連射。
「────ッ……」
 今度こそ、少年は思わず床に倒れ込んだ。
「こ、この野郎……!」
「妙な仕掛けばっかり使いやがって……!」
 倒されていく仲間達。この時点で既に彼らは最初の作戦、囲んで一気に攻めるという連携
を忘れていた。それは実は大吉の作戦でもあったのだが……。
「ふん」
 頭に血が上って、それぞれがバラバラに大吉に襲い掛かってきた。
 それでも彼は冷静に面々を観察するように視線をぐるりと巡らせ、両腕をぶんっと振って
交差させた。
 バシュ……!
 次に出てきたのは二本の鎖分銅だった。トンファーの尾の部分、そこの蓋金部分が堅い金
属の錘となり、本体下部から延び射出された鎖と連動している。
「げぶっ!?」
「あだばっ!?」
「ぬがっ!?」
「でばっ!?」
 それらは彼が振るった腕の勢いとリンクして、二本のうねる銀の鞭となって襲い掛かって
きた少年達を容赦なく薙ぎ払う。少年達の漏らす短い声の多重奏。大吉は彼らの中心の位置
で舞うかのように両腕を振るって、二本の鎖に何度も少年達を打ち付けてはうねらせ、薙い
では弾き飛ばすことを繰り返す。
「……う、あ」
 時間にして数秒。それでも叩き込まれた鎖の打撃は数知れず。
 残りの少年達はついに力尽きて一挙に倒れ込む。どさどさと音が重なり、砂埃が舞った。
「す、凄い……凄いよ、大ちゃん」
 そんな一連の様子を見つめながら、優紀は思わず友に声を放っていた。
 だいぶ視界も元気になってきた。代わりに少年達があちらこちらで倒れて蹲っているが。
「ま、俺の工作もたまには役に立つって事だろ。舞子さんには多分通じないだろうけど」
 掃除機のコードよろしくギュウウンと巻き戻った鎖をトンファーの中に戻し、大吉はふっ
と優紀を見て笑いながらそう言う。
「……さて」
 ふっと表情を真剣なものに戻し、大吉は残ったリーダー格の少年の方へと歩いていく。
「く、くそ……」
「諦めな。もう数の利はねぇぜ」
「……い、いや、まだだ……」
 だが、それでも彼は焦りながらも諦めてはいなかった。
 その手には──携帯電話。
「!」
 大吉がそれを見てハッと振り向いた。
 人影。入り口にまた大勢の者達が集まっている。
「お願いします!」
 少年が叫ぶ。
「……おう」
 こちらを見て立っていたのは、少年ではなかった。
 同類と言えば同類。不良の輩。だが彼らの見てくれはこの少年達よりもずっと柄が悪い。
 特攻服姿。見た所、暴走族の類か。これも事前にリーダー格の少年が不良ネットワークで
備えておいた予防線なのだろう。おそらくは、もしもの時の為の対佐々岡姉妹用に。
「ま、またあんなにたくさん……」
「……チッ。厄介な」
 優紀と大吉がそれぞれに彼らを見て呟いた。
(今度はさっきみたいにはいかねぇかもなぁ……。さて、どうしたもんか)
 そっと、トンファーを握り締めて身構える大吉。
 ゆっくりとガンを飛ばしまくって歩いてくる怖いお兄さん達。
「…………」
 優紀が言葉も出ずに息を呑んだ……その時だった。
「──げぶっ!?」
 突然、強烈な突風のような衝撃と共に数人がまとめて吹き飛んだのだ。
 特攻服男達が驚いて、思わず飛び退きながら振り返る。
 もうっとわく土煙、皆が視線を凝らした。
「やほ。お待たせ」
 そこに立っていたのは、舞子だった。
「……」
「大丈夫デスかっ、ユウキ!?」
 その左右には相当怒っているらしい様子の奏と安否の確認を叫ぶセーラの姿もある。
「舞子さん……!」
「舞姉、奏……。それに、え? セーラも……?」
 舞子と奏。二人が口走った名前で気付いたのだろう。さっきまで威勢の良かった特攻服男
達がじりじりと後ろに下がり始めたのである。
 だが前門の佐々岡姉妹、後門の(舞子達が駆けつけてくれて士気の高まった)大吉。
 形勢逆転だった。
「随分と派手にやったみたいだね。大吉君?」
「う……。そ、それは──」
「よく頑張ったね。後は私達に任せて」
 にこっと舞子が笑う。大吉が苦笑いと安堵の表情を漏らした。
「……さて」
 そして息を呑む特攻服男達に向かって、
「色々ごちゃごちゃしてるけどさ、あんた達全員、ユウを攫った奴らの一味と見てオーケー
なんだよね?」
 やけに清々しい笑顔を振り撒く舞子と、
「……覚悟は、できていますね?」
 既に倒れた男の一人から木刀を拾い上げて、ゆらりと静かに殺気を放っている奏。
『…………』
 年下であろう筈なのに、男達は完全にその対照的な気迫に圧倒されていた。誰一人言葉を
発する事もできず、ただ固まったように二人を見つめている。
「な──」
 それを破ったのは、
「何やってんですか! 名を揚げたいんでしょう!?」
 先のリーダー格だった少年の震えながらの叫び声だった。
 ピクリと反応する男達。そうだ、この為にわざわざ用心棒になったんだと思い出したかの
ように、おもむろに体勢を立て直すとじりじりっと舞子達を狙い始める。
「……ふん。いいよ」
 舞子がそんな彼らをざっと見渡す。勝気で快活な表情(かお)。
「──掛かってきな!」
 叫んだ瞬間、男達の雄叫びのような気合の声が響いた。それぞれに武器を振り上げてこの
武名高い姉妹を倒すべく襲い掛かる。
「破ァッ!」
 が、その勢いすら舞子は拳一つで一挙に吹き飛ばした。白目を剥いて吹き飛び、ドタドタ
と倒れ込んでいく男達。舞子はその拳一つで次々と戦闘不能者を量産していく。
「──ッ!」
 彼女がパワーなら、奏はスピードと技だ。
 まるで周りが止まったような霞む速さで立ち回りながら、次々と確実に彼らに剣撃を叩き
込んでいく。彼女が動く軌跡に応じるように、男達が短い叫びと共に吹き飛び、倒れる。
「……わ、私も助太刀シマス!」
 もう圧倒的な二人をポカンと見遣っていたセーラも、遅れて戦闘に加わった。
 昏倒している男の一人から一本、木刀を拾い上げて水平に構える。フェンシングの構え。
「ヤァァ──ッ!」
 奏が斬撃なら、彼女は刺突。
 翻弄するように相手の動きを乱し、生まれた間隙を見て確実に突き込む。撃破の早さこそ
佐々岡姉妹には及ばないものの、ろくに反撃できないまま倒れていく男達の姿から、彼女が
二人と同様に只者ではないという事を窺い知ることができる。
 打撃・斬撃・刺突。三人の少女の闘舞。
 黒や赤の特攻服の色彩で占められていた空間が物凄い早さで塗り替えられていく。倒れ伏
した彼らはあちこちに吹き飛ばされ昏倒し、完全に気を失っている。
(うわぁ……な、なんか凄い事になってるなぁ)
 その様を優紀は唖然として見つめていた。
 舞子達が強いのは重々分かっているのだが、こうして大立ち回りをしているのを目の当た
りにするとそれが強烈な実感として再認識されるかのようだ。
「にゃろう──!」
 金属バットを振り上げて、男の一人が舞子の背後から襲い掛かる。だが、
「!?」
「……へっ。させるかよ」
 その一撃を、大吉のトンファーが受け止めていた。
「舞子さんの後ろをとろうなんざ──」
 トンファーをさっと横にずらし、同時に先端からはカシュンと伸長用の小振りの棍がせり
出てくる。そして、そのミニ棍が金属バットに触れた瞬間、
「百万光年早ぇんだよ!」
 棍から金属バットを伝い、男に青い電撃が迸った。
 わけの分からない叫び。痺れたショックで痙攣を起こした男は、全身を焦がされたように
身体中から煙を噴き出しつつ、そのまま床に倒れ込む。
「サンキュ、大吉君。それ、そんな使い方もできるんだ?」
「なぁに、いざって時の為の奥の手っすよ」
「……大吉さん。光年は時間ではなく距離の単位です」
 舞子と大吉のやりとり。
 そのすぐ脇を、ぼそっとツッコミを入れながら奏がまた一人と薙ぎ倒していく。
「……そ、そんな」
 リーダー格だった少年は目の前の地獄絵図のような光景によろよろと後退っていた。
 用心棒として雇っておいた特攻服の方々も最早限りなく全滅に近い状況。
 強い……。マジで強過ぎる……。
「……ふぅ」
 どさっと床に倒れた最後の一人。
 それを背にして歩み寄って来ながら、舞子はやれやれと息をついた。
 奏も、セーラも、同じように周囲の掃除を終えて彼女の左右に並んでいた。大吉も彼女達
の後に続く。
「さて、と……」
「……後は貴方だけです」
「ユウキを、返して下さい」
「ま、諦めてくれや」
 四人が一列に並んだ。それぞれ彼に、勝利宣言と優紀の返還を口にする。
「く……」
 だがしかし、
「来るなぁぁぁぁぁぁっ!」
 少年は既に後先を考えられくなったようだった。
 バッと縛られたままの優紀の傍らに走り寄ると、上着のポケットの中からナイフを取り出
して優紀の喉元に突き付けてみせたのだ。
「……あらら」
「……」
「ユ、ユウキ!」
「……チッ」
 四者四様に見せる反応。舞子達はそれ以上距離を詰めるわけにもいかず、その場の立ち止
まる。荒く息をしながら満足そうに表情を歪ませて笑う少年。不穏な沈黙。
「……あ、あの。その、やめてくれないかな? 頼むから……」
 そして当の優紀は、何とか落ち着かせようとできるだけ穏やかに少年に声を掛ける。
 確かに命の危機なのだが、ちょっと色々と身体にクるものが多過ぎた(殴る蹴るとか)。
ちょっと目に焼きつく乱戦模様を見過ぎた。
 ピンチの筈……なのに、妙に落ち着いてしまっている自分がいる。
「う、五月蝿ぇ! てめぇは黙ってろ!」
「……」
 だが少年はすっかり興奮し切っていた。優紀の声にもまともに耳を貸してくれるようには
見えなかった。どうしよう? 優紀は困ったなといった表情で四人に目を遣る。
「……やれやれ。カナ?」
「……うん」
 お互いに目配せをして。舞子と奏が一歩を踏み出した。
 その動きに、少年がビクッと震えて目を見開く。
「く、来るなぁ! さ、刺すぞ? こいつが刺されてもいいのかぁっ!」
「そう言われてもねぇ」
「……無謀」
 苦笑する舞子、嘆息をつく奏。その様子を先ほどの位置で見守っている大吉とセーラ。
 優紀は成り行きを見守るしかなかった。状況が状況だ、無理をする事はしないと思うが。
「ユウ」
「……?」
 すると、舞子が不意に声を掛けてきた。何だ? 妙に清々しい笑顔だけど。
「そのまま動かないでね」
「……動かないで」
「え?」
 告げられた言葉。その真意を量りかねるままに、舞子と奏が同時に構えた。
 拳をぎゅっと引き寄せる。木刀を居合いの形に構え直す。
(……ま、まさか……?)
 見覚えのあるその動作に優紀は顔をひきつらせた。だが、少年の方はそれが何を意味する
のかが分からずぼうっと突っ立っている。
『佐々天心流──』
 姉妹の揃った掛け声。心持ちざわめき出す周囲の空気。
 やっぱりそうだ。いやちょっと待って、まだ心の準備が──。
『飛蜂!』
 ドンッと。次の瞬間、優紀と少年に向かって突風が吹いた。
 迫ってくるのは飛ぶ打撃・飛ぶ斬撃。螺旋状に渦巻くネジのような空気の塊。
「びぎゃっ!?」
 思わず目を瞑った直後、吹き抜ける衝撃と共に声にならない叫びが聞こえ、一瞬で背後へ
と吹き飛んでいった。冷や汗。たっぷり数十秒は沈黙を保ってから優紀はゆっくりと瞑った
目を開けた。
(……うわぁ)
 佐々岡の技の痕跡。優紀のすぐ真横、少年のいた場所が地面ごと抉られたように溝を作っ
て外に延びていた。二人分。その威力の大きさを物語るように、さっきまで壁だった部分に
は大きな風穴が開いている。
 更にその先で、少年がぐったりと、白目を剥いたまま土煙の中で気を失っていた。
「……ふぅ。これで一丁上がりっと」
 パンパンと両手を叩いて舞子が朗らかに笑顔を見せていた。奏も握っていた木刀を片手に
静かに息を整えている。同じように唖然としていたのだろう。やや遅れて大吉とセーラが二
人の後ろから歩み寄ってくる。
「大丈夫だった、ユウ?」
「うう……怪我が酷いデス」
「悪ぃな。もっと早く駆けつければよかった」
「……兄さん」
 四人の心配そうな眼。それでも安堵する自分がいる。
「待ってろ、今縄解いてやっから」
 そう言って大吉が近くに落ちていたナイフを拾うと、優紀を縛っていた縄に宛がって切り
落とす。ふっと軽くなる身体。だが、
「おっと……」
「に、兄さん……!」
 身体が悲鳴を上げていた。当然と言えば当然だろう。あれだけ彼らにボコボコにされたの
だから。力が入らず倒れそうになる優紀を、咄嗟に舞子と奏が支えてくれる。
 泣き出しそうになる奏。ハッと息を呑んだセーラ。
「…………ごめん」
 彼らの姿を見て、優紀はそう言わずにはいられなかった。
「……皆に迷惑、掛けちゃって」
「何言ってるの。気にしない気にしない」
「そうデスよ。ユウキが無事なら、私達はそれでいいんデスから」
「だな。全く、他人より先ず自分の心配をしろっての……」
「……行こ?」
「…………うん」
 ありがとう。安堵と感謝の思い。だけど、それ以上に申し訳なく思う気持ちも否めない。
 結局皆には守って貰ってばっかりだ。情けない。だけどほんのりと胸が温かくなる……。
 皆に支えられて、優紀はよろよろと歩き出した。
 その時だった。
「……」
 気配。倉庫の入り口に誰かがいる。
 優紀も、大吉もセーラも、舞子も奏も。静かに佇むその気配を感じ取り、ゆっくりと顔を
上げてその方向を見る。
 そこには、
「……」
 入り口の背に身体を預け、じっとこちらを見ている鋭い目付きの少年が一人。
(……誰だ?)
 怪訝と警戒。思わずその場で立ち止まる。交差する、互いの視線。
 優紀達は、その寡黙な眼差しをじっと見つめ返していた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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