日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユウキのヒカリ〔3〕

 彼らはその日も静かに、そして確実に準備を整えていた。
 街の往来の中に紛れて今日もターゲットの行動を観察していた。
 大丈夫だとは思うが、目立って気付かれないように数人ごとに分かれて、且つ互いのやり
取りに支障を来たさない程度の距離を保つ。これも、整えてきた準備の一つだ。
「……来たぞ」
 張っていた内の一人が呟く。
 標的はその日、独りだった。商店街や繁華街へと結ぶ大通り。そこへと出る路地の一角か
ら何も知らずに歩いている。当然、標的も往来の一人に過ぎない。特に目立つというわけで
もない。むしろ、車や人ごみの波にやや飲み込まれているような感すらある。
「どうだ?」
 そう短く、仲間の一人に確認を取る。
「……範囲内だな。こっちに来る頻度といい、独りな場合の時といい、これまでと大きく変
わらないと思うぜ」
 その仲間は、暫し手帳らしきメモに目を落とした後で、そう答えてほくそ笑んでいた。
 よし。そう小さく、順調な事を確認し合い小さくガッツポーズをする面々。
「……やっとここまで来たな」
 頷く面々。向けられた顔には一様にぎらついた眼。
 あれからかなり日数が経っていた。
 それでもすぐに向かって行かなかったのは、何よりも先ず標的の傍にいる奴らの存在の為
である。人数ではこちらが上だ。だが、こっちとは持っているものの格が違いすぎるのだ。
あの時も……そうだった。
 だが、こうして相手の行動パターンを叩き込めば、何処かに付け入る隙はきっとある。
 そして自分達はやっとその空白のポイントを見つけたのだ。
 奴に気付かれないように。
 ちらと様子を確認してみるが、当の本人は何も知らずに通りの歩道を進んでいるだけだ。
「長かった」
 リーダー格らしき一人が感慨深げに、そしてほくそ笑みながら皆を見て呟いた。
「そろそろ、実行に移そうと思う」
 あぁ……。皆が待ってましたといった表情でその言葉を受け取る。中にはそれだけで行動
に移した時の情景を思い浮かべているのか、口角を吊り上げて拳を握り締めている。
「手筈は今までに打ち合わせた通りだ。分かってるな?」
「おぅ」
「任せとけって」
 俺達をこんな状況にさせざるを得なくした、恥辱を味わされた発端、あのお節介野郎。
 奴にやっと目に物見せてやる事ができる。
 一同の表情には言葉にこそしないが、統一された高揚感が浮かび上がっていた。
「……決行は、ここでの次のサイクルの時にしよう。……抜かるなよ」
『応ッ』
 リーダー格が宣言する。
 完遂するまではあくまで気付かれないように。これまでの、正直言って性に合わないとい
っていい慎重な準備を無駄にしないためにも、あくまで控えめに決意を声にして。
(……待ってやがれ。そのいい子ぶった面を引き剥がしてやるぜ……!)
 往来の中に紛れたまま、彼らは動き出そうとしていた。


 第三話:それぞれの時間

 奏とセーラの試合から数日が経っていた。
 その日、優紀は普段よりも少し遅めに起床し、ぼんやりと居座る眠気に目を擦りながら、
私服姿で二階の自室から階下へと降りていた。
 今日は、試合があってから始めての休日である。
「ふぁぁ……。うぅん……」
 ぼんやりとする。
 それはまだ残っている眠気の為でもあったが、それよりもそこまで眠気が残るまで起きて
いた理由による部分が大きかったからだ。
 とりあえず洗面所で顔を洗う。冷たい水が心地よく、だるさと共に眠気を洗い落としてく
れるかのようだ。
「……」
 それでも、頭を掠める煩いはくすぶっているらしい。
 優紀は思案顔で黙ったまま、傍に引っ掛けられていたタオルを手探りで引き寄せると心持
ち念入りに顔を拭っていた。
「おはよう。優紀」
「……うん。おはよう」
 キッチンに足を踏み入れると、蛇口の前で沙紀が洗い物をしていた。既にいつもの朝食時
は回っているのでテーブルの上もだいぶ片付いている。
 冷蔵庫を開けて食パンをトースターに放り込む。牛乳は……まぁ、温めなくていいか。
 テーブルの一角にはラップを被せてある玉子焼き(ハム付き)が一皿。自分の分だろう。
 優紀はややあって焼け終えたトーストにジャムを塗り、ごそごそと簡単なメニューの朝食
を摂ることにする。
「今起きた所かの?」
 すると、隣の和室の襖が開き、老人が一人こちらへやって来た。
「うん」
 天粕紀之介。優紀の祖父である。
 向かいに座った祖父を一瞥。伏せてあった湯飲みを片手に茶を注ぐと、ふぅとまったり。
 人の良さそうな好々爺。のほほんとした柔らかい雰囲気は父娘共々だが、これでもれっき
とした八意神社の現・神主である。その見た目から近所では「生き布袋さん」なんてあだ名
もついているとかいないとか。
 暫し、トーストを齧る。熱めの茶を啜る。
 背後で沙紀が水音と共に洗い物をする音、小鳥の囀り、休日の穏やかな日差し。ゆったり
とした休日の朝の一時。無意識に静かに目を細めて、優紀は暫しその静けさに身を委ねる。
「ところで」
「うん?」
 トンと湯飲みを一旦テーブルの上に置き、紀之介がふと口を開いた。
「……何を考えとる? 随分と思案顔じゃが」
 ゴクリと、思わず十分に噛み砕いていないまま飲み込んでいた。
 顔は相変わらずにこにこ笑っているが、視線はじっと優紀の返答を待っている。
「何って、別に……」
「そうかのぉ? 今朝だけではない。何日も前からそんな表情(かお)をしとるような気が
しておるんじゃがな?」
 表情は穏やかななのに、勘がいいよなぁ……じいちゃんは。
 優紀は少し戸惑った。やっぱ神主だからかな? いやそんな訳でもないのか?
「…………大した事じゃないけどね」
 無理に隠すこともないか。
 優紀も手を止めて彼を見返す。
「ちょっと、気になっててさ」
「ふむ?」
 数日間の記憶を思い出すように。数秒間を置いてから。
「その、ここ数日避けられているような気がするんだ……奏に」
「ほぅ。奏ちゃんにか」
「うん……。見た目はいつも通りだと思うんだけど、何となくね。上手く言葉では言えない
んだけど……その、何となく」
 それが先刻頭に引っ掛かっている煩いであり、正直な感想であった。
 紀之介はふむふむと呟きながら再び茶を啜っている。
 ──多分、セーラと試合があってからだと思うんだけど。
 だが、本当に憶測、直感でしかなかった事もあり優紀は続きのその言葉は飲み込んだ。
「……僕、奏に何か悪い事したかなぁって思って……」
 だとしたら、何だろう。
 彼女は大人しく、そして繊細な子だと思う。だからこそ自分に非があったのならちゃんと
謝りたいというのが正直な気持ちだった。とはいえ、皆目見当はつかなかったのだが。
「本当に避けられてるの?」
 また思案の深みにはまりかけた所で、沙紀がちらりとこちらを見ながら訊いていた。
 優紀は少し斜めに座り直してから、
「……多分。僕相手だと俯き加減で、あんまり話してくれないし」
「それっていつもの奏ちゃんじゃない。照れ屋さんだものね、奏ちゃん」
「……そう、なのかなぁ?」
 そう何となしに言って微笑む彼女にぼそっと声を漏らした。
 まぁ確かにいつも通りと言えばいつも通りではあるのだが。気のせい……なのだろうか?
「まぁ、そんなに気にせんでもいいと思うぞ? 優紀が何もしとらんのなら無闇に気に病む
こともないじゃろ。いつも通りにしとればええ」
「…………うん」
 そうするしかないのかなぁ……やっぱり。
 優紀は再びはむっとトーストに齧りつく。ジャムの味が、妙に甘ったるい気がする。

 それでも、優紀はその煩いを払拭し切れずにいた。
 朝食の後、自室に戻った優紀はベッドの上に仰向けになりぼんやりと考え込む。
 静かだ。ここからはちょっと距離があるので聞こえないだろうが、佐々岡道場は稽古をし
ているだろうか。……奏も、舞姉もいるだろうか。
 紀之介にはああ言われたが、どちらかに訊いてみるかなと優紀と思う。
 奏本人は多分答えてくれそうにないし、だとすれば舞姉に? 知ってるのかな……?
(う~ん……)
 どうにも、ここ暫くこんな調子で色々考えっ放しだった。
 最も明らかな発端はセーラ、なのだろうが、彼女を責める気にはなれない。
 ああ真っ直ぐに恩義と共にやって来られては、むしろ色々煩っている自分の方が何だか悪
者みたいに思えてしまう。
(こんな筈じゃ……なかったのになぁ)
 ずっと一緒だった幼馴染達。
 そりゃあ確かにそうは言っても他人だし、一から十まで把握しているというわけでもない
のだが、それなりに平穏に、仲良くやって来た……つもりだったのに。
 時折思っていた通りなのだろう。
 いつまでも、昔のままではいられない──。
 昔……幼馴染・ご近所さん。そして、力から畏れて逃げたあの頃の自分。
「……あ~、駄目だ駄目だ。どんどん深みにはまってく……」
 ゴロゴロとベッドの上を転がって煩悶。再び仰向けになって大きくため息。
 気に病むなってさっき言われたばかりじゃないか。そう、自然に。自然に……。
 何か、気分を紛らわせないと。
「……」
 そして、ちらと壁際の本棚の方へと視線を向ける。
 読み溜めてきた書籍諸々。目でそのずらっと並んだ背表紙に書かれた題名を読み取りなが
ら、記憶に留めた読破状況を確認。うん……あるものは全部一通り読み終えている。
 ちょうどいい。
(……気晴らしに、行って来ようかな)
 再び視線を仰向けに。天井に。
 優紀は深く息をつきながら、ようやく落ち着いてきたように思った。


 精神を、集中させる。
 静寂。聞こえてくる鳥の囀りや僅かな風の音も、スウッと意識の帳の外の遠い出来事のよ
うになっていく。そう、この感じだ。
 道場で、袴姿の奏は独り木目の床に正座し静かに己の心を鎮めていた。
 頭に甦る記憶。先日の試合の決着の一場面。
 勝敗は引き分け。彼女は辛くも自分に食らいついたのだ。
 私は抜かった。原因はきっと、熱し過ぎた自分だ。故に直感的に近い状況であれ、彼女は
自分の肩に一撃を入れる事に成功したのであろう。
『……では、これならどうデショウ?』
 蘇ったあの時の耳打ち。
 奏は連鎖的にその時の記憶を思い出し、全身が熱くなる感覚を覚える。
「──ッ!」
 咄嗟に目を見開き、傍らに置いていた木刀を手にとって目の前の空間に、一閃。
 空気が揺れていた。奏の呼吸が静かに道場内に反響し、消える。
「……」
 振り抜いた木刀をそっと再び床に置く。大きく息を整え、静かに座り直した。
「精が出るね。カナ」
 その時、正面の入り口が開いた。舞子が姿を見せる。
「…………」
 もしかして、見られただろうか。奏は答える代わりに彼女を見上げた。
「今日は朝稽古ないのに。うん、感心感心」
 姉はいつものように明るく笑っていた。
 こちらに歩いてきながらそう言うと、自分の傍の壁際に背を預けて腕組みをしながらじっ
と自分の姿を眺めている。
「……一体、何?」 
 奏は、少々つっけんどんな反応に自分に、内心驚いていた。
 やっぱり乱れている。あの一言がこんなにも尾を引いているなんて。
「いや別に。頑張っているなぁって……」
 それでも舞子は特に気分を害する様子はなく、小首を傾げて微笑みを返すだけ。
 暫く、沈黙があった。
 いや、正確には奏が喋らなかったからだった。一度姉に向けた視線を床に戻し、再び静か
に己の精神を研ぎ澄ませようとしていたからだ。
「…………悔しかったの?」
 短く、一言。
 舞子の言葉に、奏がピクリと僅かに反応した。それでも視線は姉を合わせる事なく、何と
か床の木目──集中し研ぎ澄ませた意識の先へと己を向けようと努めている。
 間違いなく試合の話だろう。奏は数秒、また黙した後で、
「ないと言えば、嘘になると思う」
 きゅっと唇を結びながら答えていた。
「私は、勝てなかった」
 少し本音が漏れ始めている。奏は思った。
「まぁ、引き分けの判定だったけどさ。でもあれは殆どカナの勝ちみたいなものじゃない」
「……違う」
「う~ん……そうかなぁ。もしかして不服、おじいちゃんの判定?」
「ううん。そんな事は、ない」
 だけど……姉さんになら。話しても、いい筈。
「……引き分けになったのは私の所為。私が、熱く……なり過ぎたから」
 そうだ。セーラさんのあの言葉に、ずっと引きずられていたのだ。
 いつもの冷静さを欠いていたのだ。だから、最後の最後に抜かったのだと。
 舞子は暫く黙っていた。笑みは変わらないが、若干目を細めて、このストイックな妹の横
顔を見つめている。奏は静かに目を閉じて、暫くその沈黙に身を寄せていた。
「……やっぱり、か」
 ようやく口をひらいた舞子の言葉は、そんな短い呟き。
 奏は薄っすらと目を開き、その言葉をしかと聞く。
「気付いてたんだね」
「まぁね。あれだけ本気に……熱くなってたカナも珍しいから」
 そう、ふっと笑い声を漏らす舞子。
「だけどさ。あれって、セーラちゃんの筋がよかったからだけじゃ……ないんだよね?」
「…………」
 奏はすぐには答えずに黙する。
(流石は姉さんだな。何でもお見通し……)
 心持ち俯き気味。静かに膝の上で握っていた手を僅かに握り直す。
「まぁ、そこまでは聞かないよ。何となくだけど、予想はついてるし」
「……そう」
 まだまだだなと思う。姉さんには、及ばない。
「だけどさ」
 だが、舞子は別の切り口から独白し始めた。
「ユウを避ける事で自分を保とうってのは、ちょっと安直だと思うなぁ」
「……ッ」
 目を、カッと見開いていた。
 お願い。その名前を……出さないで。
「……姉、さん」
「だから言ったでしょ? 予想はついているってね」
 見上げる姉の表情は穏やかだった。無意味に明るさを振り撒かない適度な光の量。
 暫く二人は互いを見つめていた。何を思っているのか、考えているのか、お互いに言葉を
選んでいるかのように。
「……確かに、カナは熱くなってたかもね。だけど、熱くなることの全部が全部悪い事じゃ
ないことくらい本当は分かっているんじゃない?」
「……」
 ぐっと膝の上の拳を握り締める。
 声色は優しいのに、どうしてこんなに──。
「私は……姉さんみたいに強くなんかないっ、だから……っ!」
 思わず叫んでいた。
 そうしてから思わず泣きそうになるのを感じて、必死に堪える。
「……ふ」
 静かに、舞子がもたれていた身体を起こした。
 え? どうして? 私、姉さんに怒鳴っちゃったのに……笑ってる?
「うん。それでいい」
 舞子の満面の笑み。
「……冷静ってのは、何も心を無理やり閉ざす事じゃあない。きちんと向き合って自覚する
事なんじゃないかな?」
「……姉、さん」
 それはまるで、
「ちゃんとカナにだって心はあるんだから。その気持ち、もっと大事にしなきゃ」
 満点の解答を返してきた教え子を褒める先生のような。
「……まぁ、言うまでもないか~。カナだって武術家である前に女の子だもんね~」
「う……。え。それは、その……」
 その言葉に少し頬を赤らめる奏。
 妹のそんな反応に、舞子は愉快そうに満足そうに微笑むとさっと踵を返して出口の方へと
歩き出す。そして出て行く、その去り際に、
「……実はちょっと羨ましかったんだよ? 私も、あんた達の賭けてるものに混ざりたいな
って思ってたんだからさ……」
「……え?」
 少し声色を落として、だがすぐに笑顔を取り戻し、そう言い残して。
「……」
 再び奏独りになった道場。
 扉が閉まった後には、遠くからまた鳥の囀りや微風の音が小さく聞こえくる。
 静かな時間の流れ。見た目こそ同じ。だけど、舞子が顔を出してくる前までとはまるで違
う、そんな一皮向けたかのような世界が奏の目の前には広がっているような気がした。
(……姉さん)
 奏はその中で、最後に姉が残していった呟きを頭の中で再生し直していた。
 私も羨ましかった。混ざりたかった。
(…………そっか。姉さんも、なんだね……)
 参ったな、同じなんだ……。
 だけど、奏は不思議と微笑まざるを得なかったのだった──。

「…………」
 風に呼び掛けられたような気がして、舞子はそっと目を開いた。
 視界に移るのは茶色の地面。そこに映された無数の穴開きの粗い繊維のような影は、今こ
うしてもたれ掛かっている樹がたわわに垂らし纏う枝々や葉のものだ。
 地面に俯けていた視線をそっと、傍ら、敷地の奥の方へと移す。
 そこに建っているのは家の道場。今日もまた門下生達が稽古に勤しむ声が僅かに聞こえて
くる。腕を組んだまま、舞子は静かに微笑を向けてから視線を正面に戻した。
 我が家の家業。肉体を、そして精神と向き合い鍛える術の一つ──佐々天心流。
『ちゃんとカナにだって心はあるんだから。その気持ち、もっと大事にしなきゃ』
 目を瞑っていた間に思い出していた、数日前、例の試合のすぐ後に妹と交わした一節。
 その自ら放った筈の言葉を反芻し、思わず苦笑する。
(この私が、よく言ったもんだよ……)
 そっと眺めるのは、自分の拳。
 他人(ひと)はこの私の拳を、力を、化け物みたいな言い方で評する。
 その度に、自分は笑いはしながらも心の片隅で小さな痛みを感じてきた。
 自分も武器を持てば少しは評も変わるだろうか。いや、今更同じか。
「……」
 何よりも──あの時の誓いを破るつもりなどない。
 思い出す。あの日の事を。
 目の前で血を流して倒れ込んだ近所のガキ大将。
 何だかんだ言ってあの頃はやいのやいのと張り合っていったっけ。多分向こうも、女に負
けるのが嫌だったのかもしれない。自分もあの頃から負けるのは嫌いだった。
 幼かったんだ。力も心も、何もかも。
 そして、あの日私はアイツをぶん殴っていた。近くに落ちていた落ち木の棍棒で。
 そもそもの原因は確か、カナに手を出してきたからだったか。
 後先も考えず、自分には力がある。その驕りでアイツをぶん殴っていた。
 子供とはいえ凶器持ちだ。無事じゃすまなかったのに。
 それからの記憶は、流石に風化しかかっている。
 でも印象に残っているのは──温かい光。
 アイツの頭に掲げられた、ユウの掌だ。
 例の一件で、私は確実にあのガキ大将に大怪我を、いやもしかしたら命すら奪っていたか
もしれない。だけど、何故か彼は大事に至らずに済んだのだ。
 理由は未だに分からない。
 だけど、正直助かったとは思った。まぁ、しっかり後で父さんや母さん、おじいちゃん達
に大目玉を喰らったけど……。
 だから、という訳ではないけど。
 その時から私は誓ったんだ。
 力の使い方を誤らない事。それをできる限り同じように力を振るう者にも広める事。
 そして──。決して二度と「武器」を使わない事。
 それは武器を握るのが怖くなったからじゃない。
 今後、誰かを傷つけることになった時には、己の拳で相手に与えるその痛みを直接感じら
れるように。分かっておけるように。たとえできなくても、できるようになれるように。
 誓いの為に、一生懸命修行を頑張った。
 ただの腕っ節じゃなくて、本当の意味での強さを身につける為に。
 まぁ、その成果なのか、随分周りからは怖がられたり、妙に熱っぽい眼で見られるように
はなったみたいだけど……。
 でも今には満足している。
 こうして自分が成長できた事。カナも自分の意志で自分を鍛え始めた、姉としての安堵。
朱璃を始めとした友人達。日常にスパイスをくれる、時折やって来る挑戦者君達。
 そして……ユウ。私が、いや私達が守りたいと目標に、励みになった大切な幼馴染。
(…………だから、カナもああ思ってるって事なんだよなぁ)
 風が吹く。服がはためく、髪が揺れる。
 全く。姉妹揃ってどうしてあんな頼りない奴をねぇ……?
(ま、でも……)
 それでも後悔はない。一切。
 ただ、こっちの方では妹に一歩取られているかなという感こそあれど。
 風が通り過ぎた。そっと顔を上げる。
 敷地の向こう。木々に囲まれるようにして、小高い位置に見える赤い鳥居。
 八意神社。優紀の実家。
(…………さて。当のユウは何やってるのかな)
 たまには、こっちから顔を見に行ってもいいかな。
 多分、カナに避けられる事を多かれ少なかれ感付いてる筈。また悶えているだろうなぁ。
 本人にもああ言った後だし、マシになってはいるとは思うけど。ついでにそれとなく心配
ないと伝えておいてあげようかな?
「~……♪」
 さっと身を翻して。
 舞子は、ふっと口元に笑みを浮かべて歩き出す。

 
 時を前後して。
 奏は大通りの一角にあるデパートの入り口前にいた。
「ほぉ……ここがそうデスか」
「はい。この辺りで一番品揃えもあります」
 傍らには片手で庇を作って店舗を見上げているセーラの姿がある。
 今日は、彼女の誘いで二人してショッピングにやって来ていたのだった。
 まだ武ヶ原に来て間もない彼女の為に、行き先の選定は奏が、集合場所も分かりやすいよ
うに一旦二人とも学園前で合流してから。
 それほど珍しいわけでもなかろうに、彼女は心なしハイテンションに辺りを見回していて
楽しそうだ。奏はそんな彼女の姿を見遣りながら思う。
(……結局、セーラさんのペースに呑まれてるよなぁ、私……)
 先日の試合引き分けたからといって怨恨などは更々無いのだが、どうにも彼女に苦手意識
ができてきているような気がして少しげんなり。彼女が悪い人ではないのは分かるから尚の
事である。
 一度、優紀のクラスで顔を合わせた時(にも既に加わっていたが)以来、昼食時には彼女
も同伴するようになっていた。その関係で、ここ数日でかなり面識を深めた。
 その最中、彼女がこっそりと告げてきたのである。
『奏サン。次のお休み、一緒にShoppingに行きマショウ。私達のDateの準備デス』
『え? 私……達?』
 その時、奏は思わず慌てて周りを見渡していたものだ。
 そもそも、何故無用な争いを好まない奏が今回、セーラからの手合わせに応じたのか。
 その理由はあの時、
『──勝ったら、ユウキと一日Dateできる……というのはどうデショウ?』
 セーラから耳打ちされたその言葉の所為だった。
 今冷静に思えば、この時既に自分は彼女の術中(性格からしておそらくそういう悪意はな
かったと思われるが)に嵌っていたのだろう。
「あの、セーラさん……」
「? 何デスか?」
 だが、だとしたらやっぱりおかしいと思うのだ。
「その……本当に行くつもりなんですか」
「ハイ。折角のDateです、目一杯オシャレをするのがLadyの嗜みというものですカラ。あ、
奏サン……もしかして懐が寒いデスか? 大丈夫ですヨ。私、多めに持ってきてマス」
「あ、いえ。そうじゃなくって……」
 やっぱりちょっと、色々とペースが早い人だなと奏は思う。
「そもそも、今回の勝負、引き分けで勝者はいません。ですからデートの話も……」
「そうなんデスか? どちらもよくやったとユウキは言ってくれましたが?」
 確かにそんな事を兄さんは言っていたっけ……。
 だからといってそれを「どちらも勝った」と捉えるのはちょっと早合点な気がする。
 奏は記憶の中の彼の微笑みと、目の前のセーラの表情を見並べていた。
「だからといって、どちらも……というのはそもそも私達が戦った理由に矛盾しますよ? 
その、わ、私は兄さんとデ、デート……できるって言われたので、つい……」
 優紀と──ユウ兄さんとデート。
 その言葉だけで顔が自然と赤くなってしまう。
 言い出しこそ平静を保っていた奏だったが、それだけでもごもごと口篭もる。
「そ、それにそもそも私達のこの約束自体、兄さんは知らないままなんですし……いきなり
私達とデートしてくれなんて……とても」
「したくないんデスか? ユウキとDate」
「し、したいですよそりゃあ!」
 セーラの言葉に反射的に答える奏。
 だが、すぐに自分の発言にまた頬を染めて「……あぅ」と俯く。
 その返答にセーラは満面の笑みで、
「ならいいじゃないデスか。この機会にユウキのGirlfriendになりマショウ♪」
「え、あ、その……」
 そう目論む人間がここに“二人”いるって事、自覚しているんだろうか……この人は。
 そもそも、デートしようなんて言ったら兄さんはどう反応するだろう? 動揺したりする
のだろうか? だとしたら、少しは意識してくれているという事になるけれど……。
「…………ぁ」
 そう少し妄想が先んじた所で、しかして奏は思う。
(兄さんなら、普通に外出する感覚のままでオーケーしそう……)
 確かにそんな感覚なら断りはしないかもしれないけれど。
 そういえばこういう事には鈍いんだっけ……兄さんって。
 だとすれば……今こうやってオシャレにと服を新調した所で気付かれないというケースも
十分に考えられる。いや、おそらくそうなる……。
 奏は急に冷静さが、非情な現実が戻ってきたようで思わず頭を抱えた。
「? どうかしましたか、奏サン?」
「……い、いいえ。何でもないです」
 顔を覗き込んで来るセーラに、奏は苦笑を滲ませながらそう答えておく。
「OK. では行きマショウ。Let's Go」
 奏の思考など知るよしもなく、そう言ってセーラは一足早くデパートの中へと駆け出して
いく。満面の笑み。自分の思うような懸念など頭にないかのようだ。
「……」
 たとえそれでも、いい。少なくとも一緒にいられるだけで嬉しいのは嘘じゃないから。
 だけど、少しずつでもいいから気付いてくれるといいな……。
 そう淡い期待を胸の奥に抱きつつ、奏はセーラの後を追っていったのだった。

 昼下がりの八意神社は参拝客も疎らだった。
 規模としてはそれなりに大きい筈なのだが、何せ住宅街の端且つ少し小高いという立地の
条件があるのからなのかもしれない。
 舞子は鼻歌交じりに上り切った石段、鳥居の真下に立ち、ぐるりと境内を見渡した。
 砂地を多く含む薄茶色の地面。その一面を区分けするように石畳の太い直線が延び、境内
の諸々の施設へと曲がっては続いている。
 人気は多くなく、ご近所の老夫婦や子供達がいるくらい。あとは地面を突っ突く数羽の鳩
の姿か。ゆっくり歩き出しながら、舞子は他の場所よりも心持ち神聖なようなこの場の空気
を、静かに胸いっぱい吸い込む。
(小さい頃は、ユウやカナとよくここで一緒に遊んだっけ……)
 懐かしい風景が蘇る。横をわあ~っと喜々として走り過ぎていく子供達を目にして、ふと
彼にあの頃の自分達の姿を重ねていた。
「……あら?」
 そうしていると、少し離れた位置から見慣れた姿を見つけた。
「どうも。こんにちは、おばさま」
「ふふ……。こんにちは、舞子ちゃん」
 優紀の母親・沙紀だ。和装束姿に身を包み竹箒を手にしている。境内の掃除だろう。
 にこにこと微笑んでいる彼女に小さく頭を下げて挨拶をしながら、舞子は彼女の下に歩い
ていく。
 そういえば、あの頃もこうして自分達を見守っていてくれてたっけ……。
 変わらぬ微笑み。温かさ。
 優紀自身は何度か彼女のぽやぽやした性格を心配するような事を言っていた記憶がある。
 ──だけどユウだって似たようなものだよ。二人とも、同じ類の微笑みだもの。
 親子だものね。ちらりと、舞子は境内奥に垣間見える天粕宅を見遣る。
「優紀なら、いないわよ」
「え?」
 笑顔のまま、沙紀がとつとそう言った。
 一瞬視線を逸らしたのを見たからか、それとも自分が顔を出しに来た時点で予想していた
のか。舞子は再び彼女にサッと視線を戻す。
「少し前に出かけて行ったわ。本を見に行くって言っていたから……いつもの本屋さんか、
古本屋さんね」
「いつもの本屋……ああ、三國屋ですね」
 しばしば優紀が足を運んでいる店だ。彼は割合読書家の方に入る。
 入れ違いになったかな。まぁいつもこっちの都合の通りに動いている訳でもないし。
「折角だからお茶でも淹れましょうか?」
「あ、いえ。お構いなく」
 沙紀がそう言ってくるが、舞子はやんわりと断る事にした。
「私も、出向いてみようかなと思います」
 そして一礼をして踵を返そうとする。
「……舞子ちゃん」
 その時だった。
「? はい、何ですか?」
 不意に沙紀に呼び止められた。
 何だろう。心なし雰囲気が違ったような。
 舞子は足を止めて再び彼女に向き直る。
「そのね。優紀の事なんだけど……」
 沙紀は小首を傾げて頬に手を当てていた。表情こそにこやかに見えるが、若干眉が下がっ
ているような気がする。
「何だか、悩んでいるみたいなの」
「はい……」
 それってもしかして……?
 舞子はじっとそんな彼女の様子を見ながら先を促す。
「その……ね。何だか奏ちゃんに避けられているじゃないかって……」
「奏にですか」
 やっぱりそうか。
 カナにはそれとなく言っておいたつもりだが、まだ解消には若干のタイムラグがあったら
しい。その時の状況は分からないが、親御さんに漏らしていたとは。ちょっと軽く考え過ぎ
ていたかもしれない。そう舞子は思った。
「貴方達のことだから、そんな心配するほどの事じゃないって言ってはおいたんだけどね」
「ええ。私もそう思います。ちょっとカナの方がこじれただけですから……近い内に元通り
になると思いますよ?」
「そう? だったらいいんだけど……」
 ほっとしたように、沙紀の微笑みがまた少し温かくなった。
 だがその言葉尻はまだ何か余韻が残っているような気がする。
「……何ですか?」
「……ええ」
 彼女は少し迷っているようだった。話してしまっていいものかどうか。そんな思案をして
いるように見える。
 だが、やがて彼女は舞子を見つめながら意を決したように、
「そのね。優紀は、貴方達に嫌われるのが怖いんじゃないかなと思うのよ」
「……怖い?」
 自分達が(腕っ節的に)怖いのではなく?
 舞子は、少し予想外といった様子で彼女の言葉を短く反復していた。
 沙紀はその様子を確認しながら、こくりと頷く。いつの間にか眼が真剣になっている。
「……優紀は小さい頃に道場通いを辞めているでしょう? それが今も負い目になっている
んじゃないかって思うの。まぁ本人から直接聞いたわけじゃなく、私の勘みたいなものなん
だけど……。一緒にいたいのに、道場の稽古についていけなくて貴方達と距離ができてしま
うんじゃないかってね。まぁ、あの子の性分じゃ武術は怖かったのかなって思うのだけど」
「そんな……ことは」
 言いかけて舞子は言葉が続かなかった。
 確かに彼は一時的に同門だったけど、長続きせずに辞めてしまっている。
 でもそれが私達との決別になるだなんて……私達はそんな事微塵も思っていないのに。
「その負い目だけじゃないわ。あの子は優しい子だから……いくら武術だと分かっていても
舞子ちゃんや奏ちゃんが戦って──強いから大丈夫だとは思うんだけど、怪我をしたりする
のを見たくないと思っているんじゃないかしら? だけど、本人は貴方達を止められる力も
ないし、かといって無理に辞めさせる訳にもいかないし。その意味でも辛いのかなって」
「…………」
 舞子は言葉が出なかった。
 おっとりした見た目の沙紀がここまで自分の息子の事を推測し、心配し、こうして当事者
に向かって話してくれている事にも驚いていたが、それ以上に、彼の抱える闇のようなもの
の深さを今までちゃんと分かっていなかったのではないかと思い至った、その自分の浅はか
さに驚き、閉口したからだった。
「本当の事、なんですか……?」
「どうかしらね。結局は私の勘というか、推測でしかないから……」
「……」
 だけど、少なからず彼が負い目を背負っているのは多分本当だ。
 力から畏れて逃げた過去と、争いを嫌うのにそれを止められない自分の不甲斐なさと。
 舞子は無意識のうちにぎゅっと拳を握っていた。
「でも。こうして話してくれました」
「……ええ」
 そうねと。沙紀はその微笑みに僅かな影を落とす。
「いつにも増してあの子が深刻そうに見えたから、かしらね……」
 頬に当てていた手はいつの間にか立てた竹箒の上に添えられていた。傾げていた小首も今
はしゃんと立ち、俯き加減に視線を落としている。
「……ごめんなさいね。突然こんな話をしちゃって」
「いいえ……」
 それでも、彼女は微笑みを絶やさないように努めているようにも見えた。
 舞子は謙遜でも何でもなく、この慧眼の母を見つめる。
「……大丈夫ですよ」
 ぽつぽつと。それでも言っておかなければ。
 舞子はきゅっと唇を結んでから顔を上げ、想いのままに口を開き始める。
「道場を辞めた事は、私もカナも、道場の皆も誰も責めてませんから」
 そうだ。おばさまの言うようにユウは優しいんだ。
 元より武術という荒々しさには向いていなかったのだ。むしろそれを私達が無理に引っ張
り込んでしまったんだと思う。負い目を感じるべきは、むしろ自分達の方……。
「そりゃあまぁ、ユウは腕っ節は弱いですよ? でもだからって佐々天心流(うち)の皆と
比較するのは酷ってもんです。むしろ私達の方が特殊なんですって」
 若干自嘲も含めて、舞子はスッと目を細めていた。
「……それに、強さは何も腕っ節だけで決まるものじゃない。ユウはその意味での強さなら
きっと持っていると思います。それは多分私でも敵わない……」
「……」
 過ぎる過去の記憶。あの日の光景。
 何か分からない。でもあの光の温かさは彼の優しさそのものだったのではないか。
 明確な根拠は無いが、舞子はそう思っていた。
「まぁ、考え過ぎな所は確かに毒ですけど……でもそれも含めてユウだと私は思いますよ。
考え込んだ末に自分を褒めちぎるような逃げ道は選ばずに、真面目に悩んでいるのなら……
それはユウの持っている強さの一つだとは思いませんか?」
 自分でも驚くぐらいに、そんな想いを吐き出していた。
 嗚呼そうか。だからこそ、私やカナが──
「……ふふ。そうね。ありがとう、舞子ちゃん……」
「……いいえ」
「良かったわ。優紀も、いいお友達を持って」
 沙紀が何処となく苦笑混じりに笑う。雰囲気を作ってしまった後悔か、それとも自分の独
白を息子への賞賛と受け取り照れているのか。
 だが、穏やかな表情(かお)だった。
 少しでも彼女の憂いを和らげてあげられたのなら嬉しいな。舞子は素直にそう思った。
『…………』
 そして、暫しの沈黙が流れる。
 お互い次に何を言おうか、どう振舞おうか身体がついてこなかったのかもしれない。
 周り遠くで静かに声や音が聞こえてくる。子供達の歓声、鳥の囀り、木々の揺れる音。
「……それじゃあ、私はこれで」
「ええ。またね」
 今度こそ身を翻して、舞子は沙紀に別れを告げる。
 彼女に見送られながら鳥居をくぐり、石段を降りていく。
(ユウ……)
 風が通り抜けていく。サワサワと鳴る緑のざわめき。
 尚の事、彼の顔が見たくなった。話したくなった。
 舞子は心からそう思っていた。

 身長を越える高さにまで本棚がずらりと並んでいる。
 整えられた平面、静かに買い主を待つように並ぶ背表紙の題字とそれらによって取りまと
められた紙面の束達。
「…………」
 優紀は、何度目ともなる店内の各本棚と本棚の間のスペースの往復を繰り返していた。
 一冊一冊に込められたもの。それは筆者の想い、編集者やその一冊を作り上げる為に関わ
った人々の色々な想いや労力であるだろう。それを想像しながら頁を捲ればより深くその本
を味わう事ができうる。簡素な文章でも、難解な論文でも同じ……とは思うのだが。
(う……。これは文字量が多過ぎるな、僕みたいな人じゃなきゃゴミにされちゃうよ)
 そう内心思いながら、分厚いちょっとした辞書サイズの文学書を元の場所へ。
 てくてくと本棚を眺めつつ、ふと目についた作品を手に取りざっと目を通してみる。
 これはある意味出会いによく似ていると思う。
 何万何億、いやもっと沢山の中から自分と出会う。そして更に好みなどで精査され、手元
に残っていくものは僅かだ。それも恣意的に、されど何処か運命の定めかのように。
 優紀はこうした時間が好きだった。
 それは多分、自分自身の現実とダブらせているからでもあるからだろう。
 幸い、自分は舞姉や奏、大ちゃんといった良き幼馴染・友人らに囲まれている。だが、同
時に彼らの期待や心をいつ裏切ってしまうかもしれないという恐怖がしばしば自分の中で疼
き出すことを自分は知っている。
 知っている。奇麗事だけじゃ、どうにもならない世界がある。
 いや、それ以前に、彼女達と同じ土俵に立つ事すらかつてふいにした身でそんな事を言う
のは偉そうなのかもしれないが……。
 だから……だからこうして、本を選ぶという名の擬似的な出会いを繰り返しているのかも
しれない。勿論、現実の彼女達に我慢できないような不満があるわけではないのだが。
(……これって自分勝手だよな。自分に都合のいい……)
 静かに目を細めて、優紀はそっと本棚と距離を取っていた。
 暫くそのままの距離感で、これで何周目となるであろうか店内のスペースをゆっくりと巡
っていく。耳には小気味良い何処かのバンドの演奏が聞こえてくる。視界には同じく店内を
うろつきつつ商品を吟味しているらしい客が数名。
 あ、このシリーズ最新刊が出ているのか。あ、あっちにも……。
「…………いけない。あまり目移りしちゃなぁ」
 ただでさえ、今月は少々買い込み過ぎた所がある。今日は見ていくだけだと行く前に決め
ていたってのに。
(……ん?)
 そろそろ帰ろう。そう思って通路を引き返していた時、優紀は本棚の片隅にふと目を止め
て立ち止まっていた。
『あなたの知らない古武術の世界』
『あなたの中に眠る力~神秘のオーラ大研究~』
 五十音順に並んだ、端の隣り合う二冊。ある意味で定番のB級モノが他の本と本棚の枠に
挟まれ押し潰されそうして佇んでいた。
 装丁は少々脱色気味。見た所、中々手にも取られず、買いもされず残り続けているものの
一部かと思われた。
「……」
 数奇といえば数奇だが、これも日頃佐々天心流というお隣さんを持っている所為であると
もいえる。優紀は思わずおかしくなって表情を緩めた。
(全く……僕って奴は) 
 こういう類のものに引き寄せられるのは、内容と逆に自分がそうではないからだと思う。
 無いものに対する憧れ。でも、そういう皆は何処かで自分が平凡である事に気付いている
筈なのだ。そして、自分もまたそんな一人。彼女達は確かに特殊なのかもしれないが、それ
が自分自身特別であるといったイコールではないだから。
 むしろ、自分はどちからというと頼りない方だと思う。腕っ節だって弱い。
 だから今の自分は不相応に恵まれていると考える事だってできる。
 だけど……だからといってそれを露骨にもできないだろう。相手に悪い。自惚れかもしれ
ないが、舞姉や大ちゃんには気に入って貰っているし、奏には(今はちょっと微妙だが)昔
は結構懐いてくれていたと思うし。
(あ~……駄目だ。またループしてきてないか?)
 ふるふると首を振り、誰も見ていない本棚の陰で落ち着いて深呼吸。
 そうだ。そろそろ帰ろうと思っていたんだっけ。
 優紀は再び歩き出す。
 どうしようもない自分だけど、何とかやっていっている。それだけで満足する事を覚えた
いと思う。だからせめて、この日常を守っていければいいなと願う──。
「……よう」
 そう思ったのも束の間だった。
 本屋を出たその瞬間、突然声を掛けられる。自分よりも体格がいい少年だ。身長・体格の
差から、自然と見上げる格好になる。
 誰だ? すぐに顔も名前も出てこない。
 少なくとも友人・知人の類ではない事は確かのようだった。
「今帰りか?」
 そう言われながら、いつの間にか優紀は何人もの少年達に取り囲まれていた。
 知らない人達ばかりだ。それに何より、目付きが、雰囲気が荒々しく剣呑だった。
 今は抑えているようだが、もし迂闊に動くとすぐにでも喰らい付かれそうな。優紀はそう
思いその場で立ち止まる。
 リーダー格らしき青年が、ぐいと顔を近づけて呟いた。
「……今から、ちょいと顔貸せや」
「…………」
 これは、マズい事になった。
 優紀は冷や汗が背中に滲むを感じながら、じっと彼らを見上げるしかなかった。

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  1. 2011/04/28(木) 20:30:00|
  2. ユウキのヒカリ
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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