日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)叩くより、励まし伸ばす人ならむ

やっとこさエネルギィが戻って来てくれたようですφ(・▽・)<書クゾ~!!
先日に続いてこんにちは、逆反動なうの長月です(揺り戻しがこれまた怖いんですけどね)

現在、連載の二十四章を執筆中です。
進捗状況は区切りのつく毎にツイッタで呟いていますので参照頂ければと。
まぁ今回の章立てはシーン数が少ないので、本文区切り通りにツイートをしていたらいつに
も増して呟きの間隔が空く気も、しなくはないんですけどね……。
前回の雑記の通り、つい先日までグロッキーだったものでUPが今月中(二回目)に間に合わ
ない可能性があります。それでも来月初めくらいには書き上げたいなぁと算段している段階
ですので、気長に生温かい目でお待ち下さいm(_ _)m
(大雑把な予定ですが)六月始め頃に二十四章→同月中頃に二十五章をUPし、第Ⅱ部を完結。
残りの月内日数で続編(第Ⅲ部)のプロット固めを可能な限り進めていければ──。
一応、そんな感じの心積もりでやっていきまっしょい。……体調とも相談しつつねφ(=_=)


心境の変化か、或いは単に気移りなだけなのか。
どうにも最近の僕は原稿テキストを書いていたり、他人様の文章やら映像を拝読・拝見して
いたりするとつい醜いもの──もっと厳密に言うと陰気な方向性のものに対して嫌気を強く
感じるようになっている気がします。
「また奇麗事ですか(笑)」と思った方は半分正解です(苦笑)
確かに以前にも言及していた“汚い言葉じゃなく綺麗な言葉を紡ごうよ”はまさに文字通り
のキレイゴトですものねえ……。
ただ、今回の思考は少しばかり角度を変えている……つもりです。
それは何を隠そう、今僕が執筆している連載FT(ユー録)自体が基本的にシリアス、往々に
して人の「醜い」部分を暗示する展開・描写を織り交ぜてているということがありまして。
正直な所を言いまして、現章部分のプロット──作成時は確か昨年末でしたか──をざっと
眺めていても“全面的なポジティブ”とはお世辞にも言えないのですよね。何と形容すれば
いいのでしょう(そもそも作者ではなく、読者さん個々人で判断するべき感触であろうもの
なのでしょうし……)謂わば“逆説的にポジティブを匂わせるネガティブ”、でしょうか。

難儀なものだよなぁと、今更ながらにペンを片手に苦笑をしつつ。
僕らヒトは、伝えたいことを必ずしもストレートに言葉にしただけでは伝わらない。
それは根本的に伝える側と伝えられる側という別個の自我が存在するから……という点もあ
るのですが、どうにも「捻くれて」いるなぁと、自身を含めて周りを見渡し思うのです。
ストレートに綺麗な言葉を紡げば、奇麗事だと哂い。
かといって、それらを忘れて馬事雑言を吐けば吐くだけ自分も他人もどす黒くなる一方。
仮に「オブラートに包んで」も、今度は気付かれないことだってあるし、場合によっては尚
の事曲解された人々によってボッコボコにされかねない。

言葉は、本当に難しい。だけど紡ぐことを止められないのは愛しさ──思考中毒者が故?
ツイッタなどネット上でも、言葉の交差点で事故(故意の有無を問わず)があちこちで起き
ているのを目にします。……或いはそうなるよう、煽り文句で吹っかける輩もちらほらと。
(見下している訳ではなく、現実的に不可能に近いとの認識の上で)どだい誰か何かの言葉
の意図を汲み取るには皆々が相応に知的・理性的であることが前提、必要となると僕は思う
のですが……実際は結構に「脊髄反射」が多い気がします。
感覚的、直感的。人間の生の心に一番近いものだ。
故に普遍ではなく、理性的ではなく、全て捨てなければならないという方針は極端過ぎる。
それは重々理解しているつもりです(実際、僕もまたこの「感覚的」にある程度揺り戻った
ことで救われている一人なのですし……)
なのに、自分の中にはそれでも釈然としないものがあってなりません。
「生身の声」──それをまるで免罪符のようにして、皆々の心の薄暗い部分を刺激し煽って
いる事例の何と多いことか。
犯罪被害への憤り。政治不信。とかく「失敗」した者を袋叩きにする為のネタ探し──。
落ち度を晒す方が悪い、そういう理屈も分からなくはないのですが、僕には人が持つチカラ
はきっと、今日においてはその少なからぬパーセンテージがそういったどす黒い方面に浪費
されているのではないかと、半ば確信的に思っているのですよね……。

誰かを何かを賞賛する声があれば、その影が如く時に苛烈に批判の打撃がこだまする。
極端に走っているだけ──「信者乙」「アンチ乙」と切って哂えば済むけれど、でもそれは
あくまで自分への火の粉を避けているだけで、叩いて(グロッキーに)伸ばさんとする光景
自体は遠く視界の外に残っている。
──自分は、体育会系のノリがどうにも好きになれません。しばしば確認する価値観です。
テレビ番組などでも“部活に勤しんで成長した”的ストーリーは今も昔も後を絶たずに語ら
れています。
でも、その影で「叩くだけ叩いて上の者が発散するだけ」なこともきっと多かろうに……。
僕自身がお世辞にも“今風の人間”とは言えないこともあるのやもしれませんが、どうにも
未だに『とにかく耐えろ。俺達に従順でいろ。そうすれば教えてやるから』という前提での
対人構図には生理的レベルの嫌悪感を拭いきれません。
多分それは、何処か(我が内の何処にあるかが分からないという意味)僕自身がそういった
前提に乗っかった所で“履行してくれる保証”なんてないじゃないか、という疑心を傷跡の
ように持ち続けているからなのでしょう。

疑ることは知性の出発点でもあるけれど、同時に死滅(自滅)への基点でもあると、僕は日
頃折々に触れて思います。
先に述べた「ストレートでは伝わらない」ことも、人が質・量を問わずにそうした疑心と常
日頃共にあるからなのだろうなと、想像にするには難くないのではないでしょうか。
「何故?」がそのまま知る意欲になれば幸運になるかと思います。
でも、その何故が「疑ること」で点いた火なら、きっとそれらは赤ではなく黒い色をしてい
るのではないかとイメージします。つまりその根っこが「真実を知って満足へ向かう」ので
はなく「それみろ。疑った通りだ(或いは通りになった)」へと変質してしまっているのだ
と思うのです。
捉えようによっては、自分や物事への“防衛線”であるとも言えるのでしょう。
結果が如何あれ“思った通り”になれば、近ければ、受けるショックは軽減されますから。
でもそれは……そのまま認めていっちゃいけない。
だってそんな心理は“何かの不遇に渇くこと”になるから、それがその人の心において常態
と化してしまうからです。
──まさしくそれは、今このセカイを覆う『怨嗟』や『呪詛』そのものではありませんか。

皆が希望ばかりを語れとまでは言えません。辛い時は辛い。僕も貴方もそれは一緒です。
でもそこで“感情的”なままになる前に、ちょっとでもいいから自分のブレーキを踏んでみ
て欲しいなと、僕は切に願います。

僕自身、物語を描く物書き──人を愉しませ糧を提供する者であるから、という側面も多分
にあるのでしょうが。
ココロもカラダも、個々に限りある資源のようなものだと思うのです。
だったらそれらを、できる限り建設的に使いたくはないですか?

闇を見つめて闇の中にため息を吐き出すだけじゃなくって。
闇の中をそれぞれが見出した光で照らしてみる方が、よっぽど善いと思うのです……。

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  1. 2012/05/24(木) 17:00:00|
  2. 【雑記帳】
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

長月さんの雑記にはいつも考えさせられます。
今回も、稚拙な思考ながらに、物事をじっくりと考えながら拝読させていただきました。

誰が言っていたのかは失念していまいましたが、
「小説というものには暗い磁場のようなものが存在して、普通に書いているつもりがどんどんと暗い方向に引き寄せられてしまう」
という意見を見たことがあります。
私は、小説の書き手にどういう性格の人間が多いかを考えると、上記の意見は多少突飛ではあれども、概ね正しいと思っています。

それを前提とすると、小説は自然と暗い方向に向かってしまうものなのだからと割り切った上で、じゃあどうしようってなったときに、長月さんがおっしゃる「綺麗な言葉を紡ぐ」ということが大切になってくるんじゃないかなーって思っています。

すみません、文章をよく咀嚼しないままに、感情任せにレスポンスをしてしまって、いつものごとく要領を得ないコメントになってしまいました。

バランス感覚って大切ですよね、ってことで。笑
  1. 2012/05/25(金) 01:48:22 |
  2. URL |
  3. 鳩里 #-
  4. [ 編集 ]

折に触れてのレスポンスありがとうございます。
自分の思考が何にせよ誰かに伝わっているんだというのは……フッと高慢かなぁと思いつつも
嬉しいものがありますね。恐縮ですm(_ _)m
まぁ僕自身も(書く前にぼんやりと思う所があって筆を取っているのですけど)割合“感情的”というか
書く際の勢いに任せて、その時に熾ってきた言葉をしたためている向きがあるのですけども……;

鳩里さんの仰る「小説書きの暗い磁場」というもの、自分も分かる気がします。
所詮ヒトなんてセカイなんて──というような、或いはもっと個別具体的事象に対するネガティブへの
吸引力とでもいうものか……確かに僕もはたと気付けば作中でキャラを「虐めている」ような状態に
気付くことなどがままあります。
(それが彼らの試練→乗り越えた先に掴む何か良きもの、であればいいのですが)
端っからエンターテイメントとして書く心意気の方ならいざ知らず、基本的に僕も小説書き(物書き)を
しようと思う人というのは、何かしら──ねちっこく薄暗く──思い含める所を吐き出したい(表現したい)
という欲求が少なからずあると思いますからねぇ。それを如何に「昇華」して他人の眼に耐えうるものにするのかが作品としてのクオリティを決めるのかしらん、等々と……。

自己弁護的で噴飯物ですが、だからこそ、物書きであるならばこそせめて物語くらいはそんな引力に
負けない「光」なるもの──奇麗事を読者さんに見出して貰えるものにできればなぁと思いますね。
どす黒いもので笑うよりも、少しでも前へ光るもので笑っていて欲しいですもの。

“人を描く物書きが、人を簡単に諦めちゃいけない”
臭いですけど、そんな自分の言葉のアルコールを時折心に含んでは書き散らしています。
お互い、精進・思索は尽きませんなφ(=_=)
  1. 2012/05/25(金) 09:33:00 |
  2. URL |
  3. 長月 #oOZ748FU
  4. [ 編集 ]

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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