日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「雨音レシピ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:傘、鍋、レストラン】
本文は追記部分からどうぞ↓


 二度あることは三度あると云うが、今僕はまさに現在進行形で、その言葉を厭というほど
身に沁みて感じている。

 最初は、父が倒れたという報せだった。
 故郷にある商店街の一角で、小さな食堂を切り盛りしていた両親。
 特に裕福という訳ではなかったけれど、それでも一度店へ顔を出してみれば馴染みの小父
さんや小母さん達が迎えてくれ、入れ替わり立ち代りに賑わっていた──とても温かな場所
であったように思う。
 だからか、気付けば僕も、成長したのち選んだ進路は同じく料理の道だった。
 調理師免許も取れる家政系の専門学校。
 そこでみっちりと学び、肝心の資格も修得し、さぁこれからが本当の修行だと意気込んで
いただけに、当時僕が受けたショックは大きかった。
 父は、癌だったらしい。
 だが当人は倒れる寸前までその病魔には気付かず、病院に運び込まれた時には既に手遅れ
の状態だった。そして懸命の治療も虚しく……半年も経たぬ内に逝ってしまったのだ。
 そうなると「二度あることは~」である。
 生家の食堂は父と母が二人三脚で切り盛りしてきた店だ。
 故にその片割れが亡くなってしまえば、店を続ける限りその負担は全て母一人に向かう事
になってしまう。
 だから当然の成り行きだったのだ。……やがて母もまた、病に伏せてしまったことは。
 ──もっと早く、自分が一人前に成れていれば。
 本音の所、そう悔やんだことは何度あったか知れない。
 幸い母の方は命まで持って行かれなかったものの、もう既にその身体に店を切り盛りする
だけの余力は残っていなかった。
 唐突に始まった入院生活。日ごと徐々に衰えてゆくばかりの身体。
 どれだけ母は辛い思いをしていることか。
 なのに、今日もまた僕が見舞いに病室を訪れると、彼女はあくまで無事を装って笑顔を繕
おうとしてくるのだ。それが……何よりも辛い。

 夕暮れの帰路に就く頃には、梅雨時の空はすっかり曇っていた。
 商店街(じもと)までは病院前から電車が出ているが、一旦降りると後は歩くしかない。
 僕は暫く電車に揺られた後、もう好例となってしまった病床の母を嘆く胸の痛みを抱えて
独り帰宅を急いでいた。
 そうしていると、ぽつぽつと肌に水滴が落ちる感覚がし始めた。
「……拙いな。今日は傘持って来てないのに」
 やはり災難は重なるものなのか。それとも、単に気の持ちようでしかないのか。
 それでも、雨足は弱まってくれることはなくて。
 やがてどうっとまとまった降雨になった空の下を、僕は上着のフードを深く被って駆け出
していた。
 嗚呼、鬱屈とする。お天道様まで僕らを見放すというのか。
 理屈で考えれば可笑しい限りの思考回路だが、母と同様、弱った感情というものは存外に
人を捻り上げてしまえるものなのである。
(この調子じゃ、帰って店を開けても……)
 そうして、またネガティブは脳裏で螺旋を描く。
 父が亡くなり、母も病床の身である以上、店を存続させるのは自分──学校を出たばかり
の見習い料理人しかいない。
 だからこそだと言っていい。
 故に、自分が店の看板を継いでからの客入りは……連日の開店休業。閑古鳥が鳴くという
奴だった。
 もう廃業してしまえば。そう思考が過ぎったことは枚挙に暇がない。
 だけど今の自分を育んでくれたあの店をこの手で潰したくはなかったし、何よりも現実と
して、たとえ閑古鳥でも営業しなければ母の入院費すら賄えなくなる。
「…………」
 次々と家に送り付けられてくる種々の請求書。
 小耳に挟む「あの倅(せがれ)じゃあ、もう駄目だろうな」という周囲のひそひそ声。
 そうしたもの全てが、まるでこの夕立の勢いに凝縮されているようで、僕は正直言って心
身共にフラフラになっていた。トットットッとアスファルトの地面を蹴り、目深なフードで
俯いたまま、僕はようやく自宅兼店舗のある軒先までやって来る。
「あら? もしかして、今日はお見舞いに行っていたのかしら」
「? あっ……」
 そして、鉢合わせになったのだ。
 雨宿りよろしく軒先に立っているのは、傘を差したままの妙齢の女性が一人。
「お帰りなさい。ずぶ濡れでしょう? 中に入って温まりましょうよ」
 ゆたりと張りを退けて肩越しに微笑。
 実はこんな半人前の自分にもいる、数少ない常連さんなのである。

 女性は、雨音(あまね)さんといった。
 最初に知り合ったのは……母が倒れてしまい、いよいよ僕がこの店を守らなければと覚悟
を決めようとしていた頃だったか。
 何とか店の再開にこぎ着け、しかしそれまで店の味の一手を担っていた父がいなくなった
が故に、どんどん客足が遠退いていた折。
 そんな時分に、彼女はふらりと店に姿を現したのである。
 あの時も、よくよく思い返せば今日のように雨の降る日だった。
 暖簾を潜ってすぐ、何処か懐かしそうな眼で店内を見渡した後、彼女はおもむろに座敷席
の一角に座った。
 そして次に飛んできたのは「ご主人(勿論、父のことである)は何処に?」という質問。
 曰く、彼女は父の古い知り合いらしかった。
 その割には随分と若い感じに見えたが、それよりもあの時の僕は内心の躊躇いで胸がいっ
ぱいだった。
 微笑んでいる彼女の表情(かお)。その美貌を哀しさで変えてしまうのが心苦しくて。
『……そう。もうそんなに時が経ってしまったのね』
 だけどもかといって嘘を突き通せる気もせず、僕はややあって正直に父の死を伝えた。
 予想通り彼女は哀しそうに瞼を伏せていたけれど、それでも彼女自身、いつかは別れの日
が来ると分かってはいたらしかった。
 暫く、中々話しかけられない沈黙が続いた。
『……ねぇ。じゃあ今は、貴方がこの店を継いでいるのよね?』
『は、はい……。そうなります。まだまだ修行中みたいなものですけど』
 しかしそんな沈黙も、先に破ったのは彼女の方で。
『じゃあ、作ってくれるかしら? この食堂の“特製スープ”を』
 可愛げに小首を傾げて、初めて僕に注文してきたのは──父自慢の看板メニューだった。

 それからだ。雨音さんが度々店を訪れては、この特製スープを中心として食事を摂ってい
くようになったのは。
 相変わらず僕に代替わりした店は閑古鳥が鳴いていたけれど、彼女が顔を出してくれた時
だけはそんな虚しさも少なからず埋めることができたように思える。
 ある時は、味付けが濃過ぎると。
 またある時は、煮込み加減が甘いと。
 どうやら雨音さんは中々の美食家──少なくとも父の味をよく知っているようだった。
 いち客に毎回批評されていては、普通精神的に来るものがある筈なのだが、不思議と僕は
彼女がくれる、この毎度のアドバイスをいつしか自身の励みにしていた。
 勿論、ただ助言を待つだけでなく、自分でも試行錯誤は繰り返した。
 亡き父の部屋から遺品を引っ張り出し、書き溜められた大量の料理のメモと格闘したり。 
 材料費で余計に赤字になると分かっていても、鍋を前に何度もその父のレシピの再現に挑
み続けて。
「──どうかな、母さん?」
 その日、僕は一時帰宅を許された母に、それまでの成果をみて貰っていた。
 テーブルの上には父のレシピ通りに作った(筈の)看板メニュー『雨宿亭特製スープ』。
 繰り返し繰り返し挑戦し、つい先日雨音さんに「やっとお父さんの傍に辿り着けたのね」
と満面の微笑みで合格を貰ってはいた。
 だけど、やはり一番傍にいた筈の母からの評価が、僕にはどうしても気になっていた。
「……」
 ずずっと、母がすっかり弱った身体にコンソメ仕立てのスープを摂ってゆく。
 時刻は既に夜。それでも梅雨時の雨は夜闇の中にあっても断続的に降り続いており、軒先
やアスファルトの地面を叩く音を届けている。
「嗚呼……!」
 だけど、この時僕の意識はすっかり母の方に奪われていた。
 一口スープを啜り、じっくりと喉を潤していた母の目に、突然ボロボロと大粒の涙が溢れ
てきたのだから。
「か、母さん? どうしたの!?」
 僕は慌てて傍に寄り添っていた。
 また発作か。一時帰宅中とはいえ、まだ普通に食事をさせるのは無茶だったか……?
「いんや。大丈夫……」
 でも、そんな心配は杞憂だったらしい。
 両肩を掴まれても、母は(相変わらず弱った顔だったが)笑っていた。
 久しぶりに見た気がする。こんなに穏やかに笑っている母は、とても懐かしくって。
「……あんた、いつの間に腕を上げたんだい?」
「えっ?」
「この味だよ。この味……。間違いなく、これはお父さんの味と一緒……」
 だから僕はぎこちなくだけど、つい一緒に笑っていた。
 ようやく辿り着けたと、確認できた。
 父がかつて、馴染みの客に振舞っていた自慢の味を、僕はようやく理解することができる
ようになったのだと。
「……そっか。ははっ、よかった……。本当に……良かった……っ」
 亡き父に、一人前だと認めて貰えたような気がして。

 季節は流れ、梅雨明けの快晴な日々が続いている。
 そしてそんな時の移ろいと入れ替わるように、ぱたりと雨音さんは姿を見せなくなった。
 一時帰宅の一件の後、僕はそれとなく母に彼女のことを訊いてみたのだが、返ってきた言
葉は「覚えがないねぇ……」といったものばかりだった。
 もしかしたら、雨音さんとは僕ら父子(おやこ)の前に現れた梅雨の精だったんじゃない
かと、僕は今そんなメルヘンチックなことを考えている。
 あくまで想像であって証拠も何もないけれど……かつて父にあの味を伝え、そしてその父
が逝ったことを知り、今度は僕に伝えようとしてくれたのではないか。
 少なくとも、父の味を再現できるようになって、店には客が戻り始めていた。
 といっても現状はその生前の頃には及ばない。
 だれど、多分もうこれで店の存続に頭を悩ませる事は少なくなるだろう。
 ──不思議なアドバイザー。
 これも、もしかしたら「二度あることは~」の一つだと言えなくもない。
 幸福も不幸も、きっと僕らの身近にあるんだと思う。
 レシピがそうであるように、ただ文面だけをなぞるだけでは得られないものが、きっと僕
らの周りにはごまんとあるのではないか。少なくともそう思っていた方が心は穏やかだ。
「大将、雨宿定食一つ!」
「あいよ~!」
 がらりと引き戸を開けて、また一人馴染みの客がやって来た。
 頼んでくるのは、やはり父が自慢としていた特製スープを囲む定食メニュー。僕は厨房の
壁に吊るした父のメモを時折チェックしながら、ぐつぐつと煮える鍋と向き合う。

 今度、雨音さんが来てくれるのは何時になるのだろうか。
 確証なんてない。だけど……また来年、あの頃のように梅雨の音が響くようになったら、
彼女は再びふらりと現れるような気がする。
「──お待ちどう。雨宿定食です!」
 だから、僕はゆったりと待とうと思う。
 再び皆の声で温かくなったこの店(ばしょ)で、料理の腕を磨きながら。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2012/05/15(火) 18:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(歌帳)とある物書の気紛短歌 2012 | ホーム | (長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔23〕>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/163-47a5e7bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (147)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (86)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (27)
【企画処】 (334)
週刊三題 (324)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (315)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート