日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「Dying kitchen」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:食器、音楽、恋愛】
本文は追記部分からどうぞ↓


 休日のとあるアパートの一室に、小気味良い鼻歌が響いていた。
「~♪」
 その主はこの部屋の住人である一人の女性。
 今彼女は、紺色のエプロンをつけた格好で台所の前に立っている。
 料理を作っていた。
 深底の鍋にはじっくりコトコトと煮込まれたカレーがコンロに掛けられ、完成の時を焦ら
されるように待っている。
 室内には、その匂いが拡がっていた。
 勿論、換気扇を掛けて家具に匂いが染み付いてしまうのを防ぐ手は打っているが、それで
も彼女の手料理は些かへヴィなものであるらしい。
(もうちょっと待っててね。もうすぐ、だから……)
 鍋の中をおたまでゆっくりとかき回す。
 テーブルの上には既にサイドメニューのサラダが二人分こしらえてあり、ちょこんと真っ
白な食器の上に鎮座している。
 穏やかな休日だった。時刻はそろそろ正午といった所だろうか。
 彼女は時計を見上げて「うん」と小さく頷いた。
 ──玄関のチャイムが鳴ったのは、それとほぼタイミングを同じくしての事だ。
「やあ。こんにちは」
 彼女がるんとドアを開けると姿を見せたのは、一人の青年だった。
 清潔感のある容姿、ガジュアルなジャケットとジーンズ。
 今、彼女達は“恋仲”にあった。
「いらっしゃい。時間通りね」
「ああ。仕事柄、こういう約束事には何事にも正確でなくっちゃ」
 彼を上がらせながら、彼女は肩越しに微笑んでいた。
 そう。彼はまだ若いが実業家として頑張っている。元々優秀な人材だけあって学生の頃か
ら人脈もしっかり作り続けており、それが現在の仕事にも少なからず好影響を与えている。
彼女の見立て、周囲から聞き及ぶ範囲ではそんな所だ。
 青年は流しで軽く手を洗うと、彼女に促されてテーブルに着いた。
 時刻はお昼時。ちょうど彼女は、手料理で彼に昼食を摂って貰おうと招いた訳である。
「うん……。いい匂いだ。相変わらず上手だね」
「ふふっ、ありがと」
 彼女は変わらず微笑を浮かべたまま、サッサッと二人分のカレーライスを皿に盛った。
 とはいえ、彼の方が背も高いしよく食べる。ご飯自体は一回りほど彼の分の方が多めによ
そってあげる。何時もの一コマだった。
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
 ポンと手を合わせて早速この一時を。
 彼がルゥを染み込ませたご飯を口に運んだのを見てから、彼女もまたしずしずと小さな口
へと自身の料理を運んでゆく。
「嗚呼、美味しい。前から言っていた事だけど、先生でもできるレベルだよ」
「そうかしら……? 私は、貴方が喜んでくれているならそれだけで充分なのだけど」
 少々大袈裟かもしれないが、彼は往々にして人を持ち上げたがる。
 彼女自身は小首を傾げつつ苦笑を浮かべていたが、やはりそういう人好きのする部分が彼
を若くして今の地位に押し上げたとも言えるのではないだろうか。
 順調だった。
 彼の手掛けている事業も、自分達の関係も。
「……」
 暫くの間、二人はとりとめもなく談笑を交わしていた。
 だから自然と、用意された料理もあっという間に消えてゆく。
 ゆったりとした時間だった。本当ならもっと彼と一緒にいたい。この穏やかな時間がもっ
と続けばいいのにと、彼女は切に願った。
 でも……。
「うん。このサラダも美味しいな。ドレッシングも……もしかして」
「そうよ。私の自家製。あまり濃い味にしないように気を付けているのだけど」
「ああ。大丈夫。いい具合にサラダに馴染んでるよ」
 もしゃりと、サイドメニューのサラダにもフォークを伸ばして咀嚼し終えてから一言。
 彼の笑う表情(かお)に、彼女は少しだけ、少しだけ微笑の目を開き──。

「──うぃ~……帰ったぞぉ」
 辺りはすっかり真っ暗だった。
 そんな夜の静寂の中を、ほろ酔いを混じらせた男性の声が無遠慮に破っている。
 おぼつかない手で部屋の鍵を取り出し、開ける。
 するとややあって、パタパタと奥から女性──昼間の彼女が姿を見せた。
「お帰りなさい」
「おう。何だ、まだ起きてたのか」
「ええ……」
 彼は彼女の夫だった。
 偉丈夫の、しかしちょっと昔気質な中堅サラリーマン。
 加えて帰り道に飲んで来たようで、酔いの勢いも相まってその様はいつも異常に荒々しい
印象を彼女に与える。
 寝巻き姿だった彼女は、昼間とは打って変わり、至極淡々とした表情でこの男を見遣って
いた。酔いで赤くした顔のまま、のそのそと家の中に上がってゆく夫。そんな彼を眺めてい
る内に、彼女の眼に自然と激しい炎のような色が宿っていく。
「水、あるか?」
 それでも彼は気付かない。
 いつものように、妻がこの時間にも起きている事を深く考える事もなく、どっかりとテー
ブルの席に腰掛けると、一先ず身体中に回ったこの酔いをどうにかしようとして言う。
 彼女は特に返答する訳でもなく、そっと台所からミネラルウォーターを取り出していた。
 食器乾燥機の中に入れてあったコップを一つ、引っ張り出すと、そこへたぷたぷと注ぐ。
「……。ん? 昼、カレーだったのか」
 ピタリと、彼に背を向ける格好だった彼女の動きが止まった。
「ええ。よく分かったわね」
「ちょっとだがそれっぽい匂いが残ってる。お前はいいよなぁ、昼間そうやって好きに色々
飯を食えてよお。俺なんて近所の丼物屋で──」
 夫がぽろりと愚痴をこぼし始めている。
 だがそんな彼に背を向けたまま、彼女は黙っていた。コップのガラス質が、注がれたミネ
ラルウォーター越しにこの台所の照明を静かに弾いている。
「…………」
 彼女は、そっと懐から取り出した。
 それは包装された小袋一つ。
 酔いの勢いで訥々と語り続けている彼の横で、彼女はサァッとその小袋から流れる粉薬を
静かにミネラルウォーターに混ぜていた。
 しゅうっと微かな溶ける音がしてそれら薬は見えなくなる。
 だがそんな小さな音は、他ならぬ彼の語る仕事上の(聞いてもいない)苦労話の声量によ
って掻き消されてしまっていて。
「はい」
「おう。サンキュ」
 くしゃりと小袋をポケットにねじ込み、振り向きざまに彼へ彼女はコップを渡す。
 何も疑う素振りなど微塵もなかった。
 ただ「水をくれ」と言えば応えるように、自分が稼いでくるからお前は家のことを頼む。
そんな──今の時代となっては最早石化しつつある価値観を当然としての、振る舞い。
「……そろそろ寝るわ」
「ああ」
 それが別れ際の言葉だった。
 再び踵を返し、彼女は台所から居間の方へと歩いていく。その後ろ姿をちらと見てから、
彼は何の気になしにコップの水を口に含み、飲み干して──。
「……ッ!?」
 彼が突然苦しみ出した。
 それまでのほろ酔い気分など何処かと吹き飛んだ。それ程の、衝撃が彼の喉元を襲った。
 くわっと目を見開く。熱い。喉が身体の中が焼け焦げるように熱い。
 もがき出す彼の腕にコップがぶつかって床に落ち、ガシャンと甲高い音と共に粉々に砕け
ていた。テーブルに突っ伏した彼の口から、ごぼっと血を混じらせた泡が吹き出始める。
「……お、お前……」
 いつの間にか立ち止まっていた彼女は、そんな夫の急変に肩越しの無表情な視線をちらと
寄越すだけだった。
 その眼には力がない。フッと糸が切れたように色彩を失っている。
 夫は絶え絶えになった息で、ようやくその言葉を口に出せていた。
 まさか。お前、コップに何か──。
 しかし彼女は応えることはなかった。
 ぼんやりとしたまま視線を逸らし、ちょうど立っていた居間の入り口、そのドア越しの壁
に寄り掛かりぐったりと事切れていた男性──昼間一緒に食事を共にした青年の亡骸をじっ
と見下ろして押し黙っている。
「もう……疲れたのよ」
 ぽつりと、彼女はそれだけを言った。
 室内には彼女と二人の男性。
 かつては荒々しさを男気として惚れたが、今ではすっかり冷めてしまった名義上の夫。
 そんな冷えた日常から逃げるようにネット越しから出会いを果たした、不義の愛人。
 ただ、彼女に罪悪感という感触は薄れていた。
 何故なら、何も変えられなかったから。
 夫への色彩はどんどん色褪せていく。愛人も自分を大切にしてくれたが、自分が夫のある
身とは知らぬ・知らせぬままここまで来てしまった。
 望んだはずの二重生活も、限界だった。
 男と女。共に奏でる二重奏という名の色恋も、もう自分には鬱陶しい重荷でしかないのだ
と気付いてしまったから。
「終わりにしましょう」
 いえ。終わりにするの。
 半端に照明の届かぬ居間の片隅で、彼女はそう力なく虚ろな眼で身勝手な嘆息をこぼす。
 その吐息とほぼ同時に、テーブルの上の彼はとうとうグタリとして事切れていた。
                                      (了)

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  1. 2012/04/30(月) 18:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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