日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「雨に落ちたら」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:散歩、雨、昨日】
本文は追記部分からどうぞ↓


 雨が降ると憂鬱だという人は多い。
 だけど、僕はむしろ雨の日の方が好きだったりするタイプだ。
 別にしとしとと雨が降る風情を楽しめるから、そんな文学的な感性が最初の理由ではなか
った気がする。
 ただ……雨の日だと、傘を差したりして他人と顔を見合わせなくて済むから。
 正直言って僕は人が苦手だ。だけどその代わりなのか、そうではない犬猫や植物といった
ものを眺めているのは結構好きだったりする。気付けばそんな感性を自覚できる一時が、僕
の心を安らぎで満たしてくれる。
 だから、僕は雨の日なると一人内心うきうきして傘を片手に散歩に出掛けるという習慣が
いつの間にかついていた。
「~♪」
 どんよりと曇り空。雨脚は少し強めだが、僕には好都合だった。
 天候に関わらず人だかりが蠢く駅の構内などは極力避けて、僕はのんびりと住宅街から郊
外へと濡れそぼる道を歩いてゆく。ちなみに足元は長靴なので憂いもない。
 民家の軒先で、ぼんやりと曇り空を見上げている飼い犬の円らな瞳。
 公園の、石造りのドームを土台にした滑り台の内部で身を寄せ合っている野良猫の親子。
 空からの恵みの水を受けて、雫を控えめに輝かせながら潤っているように見える紫陽花。
 しとしと。文明のコンクリートで凝り固めた大地を、自然の営みは抉ってゆくように縦横
無尽に流れてゆく。
 ビニール傘の下で、僕はそんなひっそりとした息遣いに目移りする。
 そういえば、昨日の天気予報では梅雨入りが宣言されていたっけ……。
 つまり僕にとっては、愉しみな時間が増える訳だ。まぁ、講義に出る時間は優先しないと
いけないけれど。
「……?」
 そんな時だった。
 ぱしゃんと、ふと背後で水たまりを踏みつけたような物音がしたのだ。
 何気なく傘を肩に乗せて、振り返ってみる。だが……見渡す限り、周りに僕以外の人間の
姿は見られない。そもそも今日は雨だ。僕でもない(一応変わっているという自覚はある)
のに、誰が好き好んでこの天気の下を出歩くのか。
「何──」
 反射的なものか、それともこの散歩中だったが故に好奇心が疼いたのか。
 ただ間違いないことは、僕がその音のした方向へ引き返し、同心円の波紋を残して震えて
いるその大きめの水たまりを覗き込んだこと。
「……おぅっ!?」
 そして、何気なくその水たまりの縁に足を踏み出した次の瞬間、僕はぐらりと重力とバラ
ンスに負けて“落ちた”ことで──。

「──……ぅう?」
「お。目ぇ覚めたか、兄(あん)ちゃん」
 それから、どれだけの時間が経ったかは分からなかった。
 沈んでいた意識が戻ってきた時、最初に全身に感じたのは懐かしい──温もりのある木と
土の香りだった。
 背中と腕に掠れる粗い目の感触。どうやら僕は茣蓙の上に寝ていたらしい。
 目を開いた視界に映ったのは藁葺きの古めかしい家屋の屋根だった。次いで呼び掛ける声
に視線を向けてみると、そこにはガタイの良い男性を始めとした家族らしき面々が僕の目覚
めを見てホッと微笑んでくれているのが見える。
「……貴方達は? ここは、何処ですか」
「こっちが聞きてぇよ。お前さん“底”から浮かんできたんだぜ?」
「そ、こ……?」
 質問を質問で返され、加えて理解に苦しむフレーズを挟まれて、僕は目を瞬かせて暫しそ
の場でぼんやりとしていた。
 浮かぶ……。確かに今の自分は殆ど半裸に近い。
 身体を起こして室内を見渡してみれば、その一角に囲炉裏の熱気にあぶられていた僕の服
が吊るされているのが確認できた。どうやら乾かしてくれていたらしい。
「確か、自分は水たまりの中に“足を踏み外した”ようになって……」
 まだ状況が掴め切れずに、僕はまだ湿っている髪をポリポリと掻きつつ呟いて、流石に不
安になってくる。
「あ~……なるほど」
「貴方は“向こう側”の人なのね」
 だが僕が呟いたその一言で、彼らの方はおおよその状況を察したらしい。
 袖無しシャツに短パン姿の男性と、その妻らしい、幼い男の子と女の子を抱えじゃれつか
れている女性。二人はどちらからともなく互いに顔を見合わせると、言った。
「動けるか? 口だけよりも見てみれば早いだろ」
 立ち上がる男性に、僕は半ば有無を言わされることなく頷き倣っていた。
 藁葺きの家──いざ出てみて分かったのだが、相当な高床式であった──を出ると、そこ
に見知った景色は何処にもなかった。
 先ずあったのは、そこかしこに点在する、自分達が出てきたのと同じような高床式の家屋
から成る集落。
 そして何よりも、棚田のような段差の入り組んだ周囲の地形に、並々と注がれたかのよう
な水が湖のように点在していたことだった。
「今は、一番の雨季なんだよ」
 力仕事が故とみえる太い腕を組んで、男性は言う。
 曰く、自分達の住んでいるこの国は普段は水がそう多くない。だがこの時期になると何処
からともなく地面の“底”から水が溢れてきて、このような水びたしの風景に一変するのだ
そうだ。
 この周囲の不自然なまでの高床式の建築は、そうした周期的にやって来る水位の上昇に対
応したものであるのだという。
「俺自身が見た訳じゃないんだがな? 何でもこの出所の分からない水ってのは、別の世界
から来てるって話なんだよ」
「別の、世界……?」
 そして彼がまことしやかに語るその言葉に、僕はもしかしてと想像(かせつ)の点と線が
繋がったような気がした。
「ああ。何でも水が出てくる時に地面に開く穴ぼこは、その世界への入口なんだとか」
「……」
 他愛も無い噂だけどな。
 彼自身は(おそらくはこちらの皆も)そんなニュアンス。
「あの。一つ質問してもいいですか?」
「うん? おう、何だい?」
 だけど、僕は確かめる為に、敢えてその話題に突っ込んでみる。
「こちらでは……雨は降りますか?」
「アメ? 飴は降るんじゃなくて食うもんだろ?」
「……そうですか」
 返ってきたのは、ボケている訳ではない、至って真面目な態度の反応。
 その様子と語られていた話を、今目の前に映っている景色を、ざっともう一度見渡してか
ら、僕はある種の確信を抱く。
 多分、間違いない。
 此処は“水たまりの裏側”なのだと。

 それから数日の間、僕はこの集落の皆さんの厄介になることになった。
 僕自身、これからどうするかをすぐに決めることができなかったというのもあるが、何よ
りも彼とのやり取りの中で「どうやらこの兄ちゃんは穴の向こうから来たらしい」という話
がいつの間にか集落全体に伝わってしまった……という面も大きかった。
 ムラ社会恐るべし、とはこうした経験の時に使うべきなのだろう。
「じゃあ、兄ちゃんの歓迎を兼ねて……乾杯~!」
『乾杯~!』
 そういう訳で、行く当てもある筈もなく、それ以上に人々の寄越す物珍しさも相まって初
日の夜は集落のメンバー全員が集まった宴会が開かれることになった。
 地中より湧き出すという水──湖で獲った魚による料理。
 棚田に流すことで短期的にでも収穫できるという米、もちもちした食感のご飯。
 見知らぬ土地だけに、もしかしたらとんでもないゲテ物が出てくるかと思った割には案外
普通で正直安心したのは……ここだけの秘密だったりする。
 ──加えて僕を戸惑わらせたのは、この集落の人々のフレンドリーさだった。
 僕は、他人が苦手だ。所謂コミュニケーションは得意ではない。
 なのに彼らは、ガチガチになっている僕に構うことなく親しげに接してきた。
 実際物珍しさが大きく後押ししていた部分も大きいのだろう。
 だがそれまでの自分なら、こういった場は極力避けていたのは間違いない。
 大学内でも特に親しくしている友人も知り合いもおらず作らず、只々自分の時間を目一杯
に愉しむという生活。勉学(ほんぶん)に勤しんでいればいいのだと、思っていた。
 なのに……この感じは何なのだろう?
 ホコホコとする。胸の奥がじわりと熱を持っているような、違和感。
 相変わらず身体は緊張でガチガチだった。
 それでも、この身の内側は……徐々に解されている気がした。
「本当に穴ぼこの向こうから人が来るなんてなぁ」
「なぁ、兄ちゃんのいた所ってどんな感じなんだ?」
「え……。その……」
 戸惑いだったのだろうか。いや、多分違う。
 焦りだ。この“温もり”に身を委ねてはいけない──。ここから自分を放り出さなければ
ならないという、内側から突き動かされる衝動だったのだと思う。
 方々から何度も皆さんに質問攻めに遭っていた。
 だけど相変わらず、僕の受け答えは上手くいかない。
 でも衝動は強くなる。ここに居たら、駄目だ。
 今まで通りの逃げ腰なのかもしれない。
 それでも何だか違う、熱を帯びた衝動が僕を早くここから抜け出すようにと急き立てる。
「あ、あの……っ」
 だから。僕は意を決した。
 頭に小さく疑問符を浮かべる彼らに、僕は訊ねる。
「水が引くのは──此処の雨季が終わるのは、いつになりますか?」

 それからの一月近くを、僕はこの集落で過ごす他なかった。
 豊かに湖を、棚田を、辺り一帯の自然に恵みをもたらしていた水も、雨季を終えて今では
多分干からびつつある。
 しかし僕は待っていた。この時が来るのをじっと待っていた。
「……本当に行くんだね?」
 場所はかつて湖があった筈の広々とした、すり鉢の底のような状態の地面の一角。
 そこで僕は、集落の皆さん──この長いようで短い時間を共にした、何処か南洋の趣きを
連想させる人々の見送りを受け、揺らぐ決意を繋ぎ止めるように立っていた。
 目の前には、幾つか空いている大きな穴ぼこ。
 彼ら曰く、雨季になるとここから水が溢れてきて自分達の生活を潤してくれるという。
 そしてこれまでの話を総合するに、おそらくこの穴こそが……向こう側の、元いた現実世
界の何処かの水たまりに通じている筈だった。
「ええ。多分、向こうでは騒ぎになってしまっているでしょうし」
 僕は神妙な面持ちでそう言っていたが、正直向こうに戻った所で一体自分を心配している
人間がどれほどいるか、分かったものではない。
 ──いっその事、こっちで暮らしてしまえばいいじゃないか。
 そんな誘惑は何度もあった。
 転校するいじめられっ子の採る作戦。そんな気分だったのかもしれない。
 だけど、この一月の時間で確かだと分かったことがある。
 あの時──初日の歓迎会で感じた違和感、逃げ出したい衝動は、ただ“人が怖い”からで
はなかったのだと。
 気付いたんだ。知ることができたんだ。
 ……人は、その温もりは、捨てたものじゃないんだって。
 だから焦っていたのだと思う。取り戻したかったのだと思う。
 もう一度、やり直したい。心の中の僕が、深く刻んで閉じ込めていた後悔が溢れてこよう
としてた。それがあの時胸の奥を突いた熱さ、衝動だったんだと。
「そうか……」
「大丈夫、だよな? このまま落ちて御陀」
「やめなよ。縁起でもない……」
「向こうでも、しっかりな」
「短い間だったけど、楽しかったぜ」
「……はい」
 最初、僕を助けてくれた漁師さん夫妻とその子供達。気が合い酒を酌み交わすことも多か
った集落の青年グループ。甲斐甲斐しく“客人”の自分に世話を焼いてくれた──正直を言
うとタイプだったお淑やかな女の子。色んな土地の昔話を語ってくれた長老衆。
 皆、気持ちのいい人達だ。
 でも僕は、行かなくっちゃいけない。
 きっと同じになってしまうから。嫌だから逃げるのも、心地いいから留まるのも。
「それでは……。皆さん、お世話になりました」
 ぺこりと深く頭を下げて、僕は彼らに背を向けた。
 目の前には、底知れぬ深さの大きな穴がある。
 ちらと見上げた空には、梅雨明け間近の晴れ空がある、
 行こう。ここで得たものを本当の意味で僕のものにする為に。
 暫し躊躇。だけど僕は一歩を踏み出し、穴の中へと駆けて跳ぶ。

 僕は雨の日が好きだ。そのおかげで彼らにも出会えたから。
 だけどこれからは──晴れ渡った空の下ででも、胸を張って歩けたらいいな。
                                      (了)

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  1. 2012/04/15(日) 23:20:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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