日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)ある男の贖罪

【注】先日、物書きさん達との練習の場で自分が書いた三題噺です。
   <お題:川、泥棒、新聞>
   本文は追記部分からどうぞ↓


 夕暮れの堤防道をのそのそと歩く。
 今日もまた一日が終わろうとしている。ある人間にとっては何ともない普通の時間なのか
もしれないし、またある人間にとっては貴重な──或いは疎ましい時間の集合体であるのか
もしれない。
 季節が秋から冬に変わろうとしている。
 嗚呼、俺と同じで、世の中も寒くなっていくって寸法か。
 彼は独り道を往きながら、フッと自嘲するように哂っていた。
 カサカサと風に吹かれてどこからか新聞の端が転がり、眼下の住宅の中に物寂しく点在さ
せられた木々が泣いているかのように、一斉に枝葉を揺らして音を寒空に放つ。
(……ん?)
 そんな時だ。ふと耳にざわついた──今の時間帯ではあり得ないような人の気配が届いて
きたのは。
 正直、男は半ば反射的に関わりたくないと思った。
 今の自分が“あそこ”へ交ざってはいけない。あれからずっと、そんな思いばかりに駆ら
れてどうにも身体が、精神(こころ)が重くて仕方ない。
 とはいえ、このまま進路を変更しなければならないのは億劫だった。
(仕方ない……か)
 どうせ何処に行っても同じなのだ。
 ……面倒だが、やり過ごすしかないらしい。
 
 だが──そこで彼は“終わっていた”のだろう。
 もう既に、かもしれなかったが。
「頑張れ! 絶対に手を離すんじゃないぞ!」
 暫く先程の声のした方へ向かってゆくと、やがてその人ごみと口々に声を張り上げる様子
を見聞きすることができた。
 何をやっているんだ?
 彼は何気なく、何気なく彼らの傍を通りすぎようとしながら、視線の先を──。
「……ッ!?」
 小さな女の子がいた。それも、激しい勢いで流れてゆく川の只中に。
 そこでようやく彼はこの状況を理解できた。
 あの子が何かしらの理由で川に落ち、今まさに流されようとしているのだ。
 そういえば昼間、大粒のにわか雨が降っていたっけ……。
 そのことをを考えれば、目の前の水流の変化にも納得がいく。
「う、うぅ~~!」
 少女は、必死に流されまいと川辺から伸びる木の枝を掴んで何とか流されずに踏ん張って
いるようだった。
 しかしこの流れの速さでは……いずれ、あの子の体力が尽きてしまうのは明らかだ。
 それは周りの大人達、一緒に遊んでいたと思われる子供達も多かれ少なかれ分かっていた
のだと思う。
 だけど、彼らはそこへ飛び込んでいくことができなかった。
 水面から辛うじて出ている女の子の顔。川の深さは大人でも下手をすれば足を取られる程
だと知れる。……頑張れと叫んでみても、結局誰もが巻き添えになるのが怖いのだ。
「誰か! 誰か娘を!」
 そう人だかりの中、半泣きで叫んでいた女性があの子の母親なのだろう。
 彼女は必死に呼び掛けていたが、生憎人間というものはいざという時には保身に走る。
 それは──彼自身、いやというほど経験したことだ。
 ズキリと、胸が背後に漂う黒衣の影に突かれ、冷たく撫でられている気分がした。
「……くそったれが!」 
 殆ど、苛立ちに近かった。
 彼自身、気付けば次の瞬間にはボロボロの上着を脱ぎ捨てながら土手を駆け下り、驚いて
振り返る人だかりを押し退け、一人その濁流へと飛び込んでいく。
 すかさず、轟と水の質量が彼を押し流そうとした。
 しかしそれでも彼は諦めずに水圧で重く感じる四肢を振り出し続け、少女の下へと向かっ
ていった。ざわざわと、後方で恐れの白線の内側に下がった大人達のざわめきが耳に入って
きていたが、そんなものは彼の意識にも、荒ぶる水流の音にも掻き消されて認識されない。
「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
「ふぇ……っ?」
 そうして、何とか彼は少女の下へと辿り着いた。
 何度も何度も、水圧が二人を押し流そうとしている。それでも彼は構わず、泣き腫らした
この子の手を取り、しっかりと自身の胸の中に抱え込む。
「──大丈夫だ。おっちゃんが、向こうまで連れてってやる」
 不器用で、酷くぎこちない笑みだった。
 だがそれでも想いは通じてくれたらしい。少女はきょとんと驚いていたが、ややあって彼
の顔をまじまじと見上げたまま、コクと確かに頷いてくれた。それだけで……よかった。
 母親が、向こう岸の大人達が叫んでいる声がする。
 分かってるよ……。連れて帰って言ってんだろ……。
 
「──××ちゃん!」
 そして少女は母の胸元へと移った。
 ぐっしょりと濡れ、濁流の汚れで服は散々だ。それでも母娘は構う様子はない。
 周りの大人達も歓喜していた。……自分達の臆病などすっかり忘れたように、あたかも自
分達の手柄のような気分になって。奇怪な団結の情熱へとまとまって。
「…………」
 そんな輪の外で、少女を助けた筈の当の彼はずぶ濡れのまま川岸に倒れ込んでいた。
 目も虚ろになっていて、まるで川に生命を抜き取られたように。
「? お、おいあんた……!」
 遅過ぎた面々の視線が、ようやく彼の下へと向けられ始めた。
 次々と投げ掛けられる雑多な声。乱暴に揺さ振られる身体の感触。
 ……さっきと同じだ。こいつは“手柄を横取り”してるだけだ。
 彼は虚ろな眼で哂おうとしたが、もうそんな余力も残っていなかった。
 元より食うにも困っていた、もう引き返すことも叶わない身なのだ。
(まぁ……。こんな終わり方で、よかったのかもしれねぇな……)
 ただ朽ちるのが自分の予想より早くなった、ただそれだけなのだろうと、彼はぼんやりと
思っていた。そして自分を哂っていた。
「おじ、ちゃん……?」
 ただせめて、この子には見せずに逝こう。彼はそこだけは曲げなかった。
 こちら側に戻ってくる途中、水面下で腹に刃先のように突き刺さってきた木材の破片を。
 そこから漏れ続け、この身を静かに汚している赤色を。
(……俺には、おあつらえ向きの──)
 そして今度こそ、彼の瞳は力を失っていった。
 耳に残響するのは、相変わらずの喧しいだけの大人達の叫び声。
「──ありがと」
 そしてその中に交じっていた、だけど確かに聞こえた、少女からのそんな言葉。
 
 こっちこそ……“ごめん”な……。
 
 だけどもう、彼の言葉は何処にも届かない。発することは叶わない。
 ただ代わりに、木枯らしの風が彼の傍らへパサリと届けたのは。
『強盗殺人容疑で指名手配の○○△△、現在も尚、逃走中──』
 そんな文言が記された、彼の顔写真を写した新聞記事の切れ端で。
                                      (了)
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  1. 2012/03/28(水) 01:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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