日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)セカイの広さという問題

書ける(創れる)時とそうではない時の落差ってしんどいですね_(:3 」∠)_(挨拶 )
こんにちは。今日も今日とて思考の海の藻屑、長月です。
気付けば押し寄せていた寒波群はなりをひそめ、代わりに列島を覆うのは雨──春の嵐。
じわじわと気温も上がっているようですし、今後は少しずつでも冬から春へと季節が移り変
わる頃合となるのでしょうか。
喜ばしい表現であろう「春の足音」 。
しかし一方で、自分達の都合とはお構いなしに進むの時の流れという事実。
新たな季節への淡い期待以上に、そんな時の流れの無情さもまた強く感じてしまったり。
果たして自分は、ひたすら進む時代に対応できているのでしょうかね……f(=_=;)


ここ最近(僕のツイッタTL上のフォロワーさん達が)TwitCasting(注釈:ツイッタの垢が
あれば利用できる簡易ラジオのようなサービス)を始めている方が増えているようです。
配信系サービスは他にもあるのですが、この様相を傍目に見つつ──或いはちょこっと顔を
出しつつ、僕はしみじみと思わされました。
こうも自分を発信するのが容易となる時代が来ようとは。
一昔では考えられなかったことなのでしょうね。
以前公私や分別といった主にモラル面での運用課題は残り(ひいては全体へのネガティブな
意見の原動力となり)ますが、これもまたインターネットという現代のツールが成し遂げよ
うとしている社会の変化、そのうねりなのかもしれません。
──本来、物理的にも精神的にも関わることはなかった筈の人々。
そんな彼らの「筈」をネットはものの見事に乗り越えてしまいます。
僕自身あまりバイタリティに溢れる人間ではありませんが、自分も当頁の開設やツイッタの
利用などで(少なくとも形の上では)他人との繋がりは随分と増えたように思います。

しかし。此処で今、僕は大きな岐路に立っているのではないかと。
有体に言うと『他人との距離感を問い直す』こと。
創作活動にしろ、他者との交流にしろ、自分の手が届くセカイをどう規定するのか。その再
整理ともいえるニーズが僕の中にあるように思うのです。
一つは“できる事にも限りがあるし、受け入れてくれる者だけを相手にしていればいい”と
いうような<閉じて限定的になってゆくベクトル>に舵を取ってみるのか。
或いは“できる限りたくさんの人やモノに触れて、自分のセカイを広くする事に努める”と
いうような<拡がりへ貪欲になってゆくベクトル>に舵を取ってみるのか。
当頁の開設やツイッタの利用、なろうさんへの投稿は間違いなく後者の成せるものです。
ですが、最近はどうにも迷っている気がしてなりません。
即ち、前者への──元々積極的ではない自分という内面からの強烈な揺り戻しだったり燻る
迷いのような感触で……。

ツイッタ上だけではありません。
こんな自分でも幸い、ネット上で少なからぬ同好の士と出会う事ができています。
それは嬉しい。だけど同時に人が集まれば諍いは──持っている意見の違いというものはど
うしても起こるもので。
……その場面に出くわすと、どうしても辛くって(苦笑)
自分本位な欲望だと、その度に自分を哂ってみせてはいるのですが。
『確かに自分の思考についてこない人もいるだろう。だったらそれで自分は構わない』
『突き放す?高慢? 分かち合えないものを押し付けようとする方が高慢じゃないですか』
何とも自分は一方的というか、とことん自分本位だなぁと。
こうしてハッ気付かされるのも勉強、そんな他人の息遣いや思考に触れられるからこそ、僕
は望んでこの<拡がるセカイ>の側へと身を投じようとする。
それでも、生来の性格がそうさせるのか、一旦そこで気付かされて勉強になると感心する事
以上に、どうにも僕という人間はその眼を己の内面に向けてしまうようなのです。

──やはり自分は“間違っている”のではないか?

常に僕を否定しようとしてくる強烈で執拗な思いが、底知れぬ深淵からじっとこちらを見つ
め続けてくるかのように。
そして、どうにも引き戻されてしまう。
傷付きたくない。傷付けたくない。生臭いもの(諍い)を見たくない……。
そんな器の小さい自己防衛心の為に再び<閉じたセカイ>に戻りたくなる衝動が。

自分にとってのセカイを規定すること。
だけどそれを決して「閉じるか?開くのか?」の安易な二分法でラディカルに走ってしまう
のは良くはないのでしょうね。
物語を創る場合などであれば〆としてネタ(セカイの要素)を絞り込む作業は必要になりが
ちですが、それらをリアルの自分達にも当て嵌めなければならないのだというのは……どう
にも虚しいように思うのです。
折角これだけ開かれたセカイをツールが用意してくれるのだから。
できる事なら上手く使っていけたらなぁと、僕は思うのです。いや……思いたい。

確かにネットも辿ってゆけばリアルの延長上であり、深く関われば同じように他人との差異
や粗を見てしまい心苦しく思うのかもしれません。実際僕もまた現在進行形です。そもそも
こうしたものを利用する・利用しない、或いはその按配といった選択自体、個々人の自由で
あるべきだと僕は考えます。

だけど……それでも。
人を知らないまま、人を描ける訳がないとも思うのです。一介の、物書きとして。
何よりも自分はきっと間違いなく愚かだから。
もっともっと、生きている限り可能な限りの多くの世界観を──自分以外の多様な息遣いを
考えを、可能性を知りたいと、自分の中で担保しておきたいと願うのです。
(ただこれもまた、彼らに言わせれば高慢なのかもしれません。動機が自分本位ですし)

長く陰気な文章のままで、申し訳ありません。
でも、ただ悦楽だけを共有することだけが繋がりではなく、苦悩を分かち合い、共に進んで
ゆける繋がりも許されるのならば(それを傷の舐め合いと揶揄する声もあるのでしょうが)
僕らはもっと豊かになれるのかな?と……。
そんな、漠然とした可能性のようなものを拡げておきつつ。

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  1. 2012/03/06(火) 16:30:00|
  2. 【雑記帳】
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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