日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)ヤオロズトビラ

【注】文章創作応援番組「わなびすとりーむ!」第10回に自分が応募したお題小説です。
   <お題:『タンスの中にあった何かによって主人公が事件に巻き込まれる物語』のプロローグ>
   番組HP(http://wannabestream.jugem.jp/)にも同様に掲載されています。
   本文は追記部分からどうぞ↓


 母が、死んだ。
 悲しくないと言えば嘘になる。
 だけど学生時代には既に父が先んじて他界していた事もあってか、経験済みという意味で
は、多少なりとも母の死去でドタバタする度合いは減っていたのかもしれない。
「お疲れさま。姉さん」
「ん……」
 少し熱めのお茶を淹れ、僕は久しぶりの生家にて姉と二人で居間にいた。
 これから先、やれ何周忌の法要だのと雑事は確定する訳だが、それでも一応葬儀の終わり
という形で連日の忙しなさは一段落ついたように思う。
 親類縁者もつい先程皆帰宅の路に就き、喪服姿の僕たち姉弟二人はこうしてちょこんと主
なき古民家で言葉少なげに佇んでいる。
「それで? あんた母さんから何言われてたの?」
「えっ」
 だがそんな姉の一言は、そう簡単には僕に腰を落ち着かせてはくれないらしかった。
 お茶を啜って暫しぼんやりと中空を。
 ふとそうしてあらぬ方向を見遣って黙っていた姉さんが、ふとこっちに眼を向けてきたか
と思うと、開口一番そんな質問をぶっきらぼうに投げ付けてきたのである。
「えっ? ……じゃないわよ。あんた、母さんから何か聞いてないの? この家の処分とか
遺産相続とかのこと」
 正直、姉さんの眼は怖かった。
 欲に目が眩んで、という類ではない。
 僕の主観で語ることを許されるなら、この眼差しが含んでいるのは「面倒臭さ」だ。或い
は母さんや僕への「嫉妬」や「憎悪」にも似た感情なのかもしれない。
「何も聞いてないよ。姉さんこそ何か聞いてるの? 遺言みたいなものとか」
「ある筈ないでしょう? そもそも何で母さんがあんたにじゃなく私に寄越す訳? 可愛が
られてたのはあんたじゃない」
「そ、そんな事……」
 やはりかと思った。そしてまた始まったとも思った。
 正直な所を曝け出してしまえば、姉さんと母さんはあまり折り合いがよくなかった。
 ただそれはうわべだけをすくっただけの理解でしかない。そう実の息子である僕は考えて
いる。正確に表現すれば──姉さんが母さんを一方的に疎んでいたのだ。
 何時からこんな状態になってしまったのかは、もう今となっては確かめようもない。
 それでも確かなのは、この上昇志向で負けん気の強い姉とマイペースで田舎に留まり続け
た母とではすっかり価値観が違い過ぎてしまったのだということなのだろう(ちなみに僕は
この家から少し離れた隣町のアパートで一人暮らしだ)。
「ふん。そうやってまだぶりっ子でいる気? あんたはいっつもそうよね」
「……」
 本来、自分の子供に優先順位をつけてはならない。つけるべきではない。
 子は国の宝であり、何よりその家族の一員だ。
 それでも、少なくとも姉さん自身は母さんが自分よりも後から生まれてきた弟の僕を可愛
がってきたと思い込んでいるらしい。
 確かに住所という物理的な距離も近く、父が亡くなって以来、時々独りぼっちになってし
まった母の様子を見に行ってみることはあった。
 しかしそれを“母に媚を売っている”と難癖をつけてくるのは、正直もどかしかった。
 だったら姉さんも顔を見せに来ればいいのに……。
 自分は都会に出てバリバリ働いている癖に、僕が単に近くに住んでいるというだけで口撃
の矛先を向けられるのは、やはり釈然としないものがある。
 そうして、僕らはまた暫く黙り込んでしまった。
 流石に今思っているこのモヤモヤをぶつける勇気はなかった。
 僕としては正直な言葉の筈だ。しかし彼女はきっと曲解して解釈するだけだと、もう経験
からして分かり切っている──僕自身も、それがこのお互いの溝を放置することになるのだ
との自覚はあるのだが──諦めの気持ちがあった。
「何処に行くのよ」
「……。トイレだよ」
 だから僕はどうにも気まずくて、久々の肉親との再会にも関わらず、やがて逃げるように
席を立っていた。
 ──対話をしたくても。相手が槍(てきい)を持ったままでは、埒が明かないんだから。

 そのまま嘘を通すのも忍びなくて、一応僕は用を足しておいた。
 キィと控えめに古さを主張をする扉を閉め、すぐ傍の洗面台で手を洗い濡れた手を拭った
後、僕はぼんやりとこの年季の入った生家を眺め始めていた。
 昔はこれが普通の光景だった。
 なのに、一度別の部屋を持ってしまうとこうも違和感と懐かしさが入り混じるものか。
 母の死後と葬儀の手続きで駆け回っていたので、こうしてのんびりシミだらけの天井を、
あちこちで軋む音を立てる木目の床を感じ取っていると不思議な笑みが込み上げてくる。
(姉さんは処分とか言っていたけど……)
 だけど思い出して、また気が沈んでいた。
 確かにもうこの古民家の主は──母はこの世の人ではなくなってしまった。
 そもそも父が死んでしまった時に自分たち姉弟も分かっていた筈だ。母さんもそう若くは
ない。いずれ父を、夫の後を追うことになるだろうことは。
 それでも僕らは何もこれといった“引継ぎ”をしないまま今日を迎えている。
 どちらかが所帯を持っていればこの家を受け継いでいたのかもしれないが、生憎そういう
出会いには縁が薄く……。
 ただ姉に関しては、仮に結婚していたとしても、この家に戻って暮らしを変えることを嫌
がっていたであろう様子が容易に想像できてしまう。
 いい意味でも悪い意味でも、あの人は今風のキャリアウーマンなのだ。
 所謂「家を継ぐ」「嫁になる」みたいな古風さは何よりも毛嫌いするような人種だと、僕
はここでこっそりと改めて思っておく。
 それこそ、長男である僕に押し付けて後は勝手にやっていろとでも言うのだろうけど。
「……ん?」
 それは、そうしてぼうっと重い足取りで縁側を歩いていた時だった。
 ふと曲がり角の向こうで、スッと人影が過ぎったような気がしたのだ。
(姉さんかな?)
 思ったが、わざわざ出向いてくるようには思えなかった。
 むしろ「あいつめ、また逃げた」と茶を啜りつつ侮蔑を漏らしているかもしれない──と
いうのは流石に悪く言い過ぎだけども。
 しかし、だとすれば……誰だ?
 今この家には僕と姉さんしかいない筈だ。誰か遅まきに来客が訪ねてきたのかもしれない
が、なら僕を無視するのは妙だと思う。
「……。まさか、ね」
 一瞬脳裏に過ぎった仮説に、僕は思わず一人引き攣り気味な顔で苦笑していた。
 母の幽霊。その気配ではないか?
 理性の上では馬鹿馬鹿しいと思いつつも、本音の部分では否定できなかった。
 僕自身、そういう類の存在は「いないという証拠もないし、いてもいいじゃないか」程度
の認識でいる。目に見えないものが大切だったりするのは……僕もよく知っている。
 だからなのか、僕は気付いた時にはその曲がり角の方へと足を踏み入れていた。
 怪訝を確かめる為の好奇心。或いは運命の悪戯的な何かか。
 少なくとも僕は、この時近寄ってしまったのだ。
(……。誰もいない)
 その廊下の先には、母の自室があった。
 畳敷きの純和風な八畳間。彼女が生前、一日の大半を過ごしていた場所。
 そうだよな。ここも近い内に整理しないと……。
 そうしてぼんやりとそんな事を思ってまた一歩足を踏み入れていくと、コツと僕のつま先
に触れる感触があった。
「……鞠?」
 足元に転がっていたのは、一個の色鮮やかな手鞠。
 はて、母さんはこういうものを持っていたっけ? でも普段から和服で過ごしていた人だ
から別段おかしくはないが──。
「? 開いてる……」
 加えて気付く。その鞠が落ちていたすぐ傍の箪笥の引き出しが一つ、中途半端に開いてい
たことに。
 確か僕らが子供の頃からずっとあった家具の一つだっけ。何せ家自体が古いから。
 懐かしさでそっとその年季の入った木の感触を撫でながらも、僕は何となくその引き出し
に手を掛けて開く。
「──あ」「えっ」
 思えば、それが全ての始まりだったのだろう。
 引き出しの中には詰められているであろう衣類の姿はなくて。
 代わりに、しかし本来は在り得ない筈の──眼下に広がる古き時代の建物が並ぶ宿場町の
ような風景が広がっていて。
「……あぅ。見つかっちゃった」
 引き出しの外(くうちゅう)から。
 引き出しの中(まちなみ)から。
 僕はその日、母の箪笥の中に不思議な古びた街と、はにかんで苦笑する着物姿の小さな女
の子の姿を見つけていたのだった。

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  1. 2012/02/28(火) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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