日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔17〕

 かの「ゴルガニア帝国」が戦乱の世界を統一せしめたものは何だったのか。
 歴史の変遷、運命の巡り合せと云われるものか。或いは拗れた対立の束を武力で以って断
ち切ってくれる──結局は時が経つにつれ“悪”扱いされた──強権だったのか。
 一概には語れない。しかし一つ確実と言っていいファクターはあるだろう。
 それは即ち帝国が開発し、大成させた“機巧技術”に他ならない。
 今日、かつては大陸毎に隔絶していた人々を結びつけ、交流を盛んにし、そして飽くなき
セカイの開拓を可能にするインフラとしての飛行艇や鉄道網は、これらのテクノロジーなし
には成しえなかったのだから。
 しかしこれらの功罪を、この機械仕掛けの空港(ポート)に居る人々はどれだけ真に理解
しているのだろう?
 一方では人々を苦しめた圧政の巨悪として。
 一方では今日の交通・物流の要を築いた先駆者として。
 それでも衆愚(かれら)はそのような事も考えず、今目の前にある繁栄に口を開けて待っ
ているだけなのだろう。
 それらがいつ潰えるとも知らず、想像せず、ただひたすら依り立つセカイを顧みる事すら
を偽善などと哂ってのけて、多くの彼らはただ刹那の現在(いま)を過ごして。

「……」
 人の波がひっきりなしに行き交っている。
 彼らが忙しなくひしめているのは、一面が金属質の素材で覆われた建物だった。
 此処は、空港(ポート)。
 世界各地に建設され、日夜飛行艇が離発着する機巧技術の最先端の現場。
 何処へ向かうとも知れぬ人々の群れが視界を断続的に遮ってくる中、分厚いガラス越しか
ら眼下に見えるのは、硬い石造りのだだっ広い地面の上で待機している多数の飛行艇だ。
 中にはポートの建物から延びる機械式の渡り廊下と接続し、乗客の出入りをしている最中
の機体もある。
 生産国や機種にもよるが、基本的に飛行艇はずんぐりむっくりな卵を横に倒したボディに
多数の軌道制御用のプロペラを取り付けたフォルムをしている。この金属で覆われた機構が
大気中のマナを取り込みながら動力にして消費・排出し、推進力に変えながらセカイを覆う
マナの雲海を航海するのだ。
 そしてこうしている間にもまた遠巻きに一機、ゴウッと唸りを上げながら空高く飛び立っ
てゆく姿が見えた。
(さて……と)
 コツンと、ロビーに点在する観葉植物の枝葉に隠れるようにスーツケースを一つ置く。
 その所作に周りの誰も気付かない。
 無数に巡り、行き交っている姿と眼。しかしそれらから気配を断つことなど自分達には容
易い行為だ。ゆたりとその場から離れて人の波に混じりつつ、着こなした黒スーツの襟元に
取り付けた小型のマイクに呟くように合図を送る。
「設置した。お前達(そっち)はどうだ?」
『ハイ、問題アリマセン』
『配置ノ遂行状況ヲ確認……百パーセント完了デス』
「ん……。では撤収だ。常に余裕を持って、スマートに」
 そう言うと、人ごみの中で一瞬だけ同時に複数の人影が動いた。
 一見すると何の変哲もない、共通点もない一般市民の姿をしている。
 だが彼らが各々マイク越しに伝えてきたのはヒトではなく──戦闘用オートマタ兵らが語
るぎこちなさを伴う人真似の声だった。
 しかし雑踏の騒々しく忙しない構内に、彼らの侵入を察知したものはいなかった。
 ゆっくりと、しかし確実に彼らは人ごみの中から現れて集まると、言葉の通り余裕綽々と
してその場を立ち去っていく。

 彼らは知らないのだろう。いや……知ろうとすらしないのだろう。
 セカイを壊してまで自分達だけを豊かにしようとする行為が結果、何を意味するのか。
 正義は──摂理の加護は我々の側にある。
 さぁ、すぐに示してあげよう。我らの大命を妨げるとどうなるのかを。
 そして泣き叫びその慢心なる生を存分に呪うがよい。
 君達の“善”とは真に善か?
 君達の“悪”とは真に悪か?
 ヒトという名の尺度の狭さ、今此処に示してやろう。
「──さぁ。派手な花火を打ち上げよう(パーティーをひらこう)じゃないか」
 前髪に隠した表情の隙間からにたりと口元に弧を描いて。
 配下らを率いたこの黒スーツの男(フェイアン)は、そう小さく呟くと哂った。


 Tale-17.そして歴史(とき)は動き出す

 ジークが、ダン達が皇国(トナン)の地に足を踏み入れてから数日が経っていた。
 一見すれば水と緑に恵まれたのどかな群島国。
 しかしその内実は、現皇が掲げる徹底した実力主義により今や大きな変化を遂げている。
 より強く大きな国へ。内にも外にも強い確かな国へ。
 おしなべて貧しいよりも、富める力がある者はしっかりと活かし牽引を委ねる。
 しかしそれは一方で持つ者と持たざる者を積極的に是認することでもある。
 足を踏み入れてようやく分かった、こののどかさの中に漂う歪。その変遷。
 北方よりの旅人達は少なからずこの地に──いや今のセカイ全てに燻る火種の気配を感じ
つつも、己が目的と相対する他なかった。
「──知らぬな。時折とはいえ、他にも塔を訪れる旅人がいない訳ではない」
 石造りの祭壇を背景に、眼深に被ったローブの面々・衛門族(ガディア)らはさも関心薄
といった様子で答えた。
 ダンとミアのマーフィ父娘とステラの三人は皇都周辺に存在する導きの塔を虱潰しに訪ね
歩いていた。勿論、路(オゥス)の最中で離れ離れになってしまったジーク達の行方、その
手掛かりを少しでも集める為だ。
「そもそもそれは、別の塔での事なのだろう? 流石に我々が関知する所ではないな」
 しかし対する各地のガディア達は、やはりというべきか、そんなダン達の思いには総じて
非協力だった。
「……でも、導きの塔の空間転移については、貴方達が一番詳しい」
「な、何でもいいの。ジーク達は何処かに脱出している筈だから。せめて何処の出口に出て
行ったのかが分かれば……!」
「そう言われてもな。路(オゥス)上にいる状態ならば検知できようが、一度出て行ってし
まった者までを把握することはできん」
 最初、皆で塔を利用した際に長老格が話していたセカイを蝕む歪み。その原因が他でもな
い自分達ヒトにあるという指摘。それ故に積極的に関わりたくないという嫌悪感は必ずしも
理解できない訳ではない。
 だがそれでも、ある意味で厭世的な彼らとの交渉、情報収集は困難の連続だった。
「……それよりも。情報は皇国(こちら)の我々にも伝わっている。そもそも彼の“門”に
闖入者──“楽園(エデン)の眼”の軍勢を招いたのはお前達の所為ではないのか?」
「ッ!?」
「ボク達が悪いって、言いたいの?」
「……お前達の耳は節穴か? 幸か不幸か、どうやら奴らは路(オゥス)維持への妨害に成
功したのを確認すると立ち去ったようで、先方の被害は最小限に留まったらしいが」
「~~ッ! もう何なのよ、さっきから偉そうにッ! 自分達のことばっかりッ! ジーク
は、ジーク達は──!」
「止せ。またこいつらとドンパチやる気か?」
 あくまで自分達は“世間のヒト”とは距離を置くというスタンス。
 ストリームの歪みを調整する、その民族としてのアイデンティティが故に徹底される冷淡
と取って過分になる態度。
 ミアが静かに眉間に皺を寄せる隣で、ついにステラが我慢の限界に達しようとしていた。
 しかしずいと銀髪を揺らし、高揚で瞳が紅く──魔人(メア)のそれに染まり出すすんで
の所で、ダンがその太く大きな腕で制しに掛かる。
「労力の無駄だろ? 別に俺達は戦いに来てるんじゃない。あくまで、調査だ」
 ガディア達はそんなステラが見せた変化に思わず目を丸くしていたが、ダンが二人に言い
聞かせながら寄越す眼光もあって言葉を付け加えることはできないでいた。
 末尾をやや強調して、緊迫した空気が要らぬ戦闘を起こしかねない事態を食い止める。
 そして静かに苛立っている娘、悔しそうに涙目になっているステラをもう一度見遣ると、
「……戻るぞ。ここも収穫は期待できなさそうだ」
 ダンはこの距離感を埋めるつもりのない守り人らに背を向け、先んじのそりと歩き出す。

「お疲れさま。はい、ステラ」
「うん……。私こそ、ごめん」
 そのまま何棟目からも分からなくなってきたこの導きの塔を後にし、ダン達は最寄の小村
で暫しの休憩を取ることにした。
 その一角にある茶屋に腰を下ろし、店員の老婆から受け取ったお盆の上の注文の品をミア
がステラとダンに手渡してゆく。
 ほかほかと温かい茶と、程よく甘い団子に羊羹。
 先程までの苛立ちを癒してくれるかのように素朴な味わいが口の中に広がる。
「……結局、今日もろくに情報らしい情報は集まらなかったな」
「うん。予想はしていたけど」
「だけどさ、あそこまで突っ撥ね続けられると流石に嫌になっちゃうというか……」
「そうだな……。分からんでもないが」
 さりとて自分達の目の前の現状が変わってくれる訳ではない。
 ダンは非協力的なガディアらに不満を漏らす二人の声を耳にしつつ、ズズッと茶を一口。
ほんのりと、湯飲みから漂う湯気越しにのどかな緑を眺めつつ思う。
 自分達は仲間──ジークらレノヴィン母子──の為に、六華を奪還すべくこの国にやって
来た。それは間違いない、ブレるとすら考えていなかった理由の筈だった。
 なのに……このアウェー感は一体どういうことなのだろう?
 “結社”からの妨害は(敵対しているから)分かるとしても、ガディア達のあの頑なまで
の非協力的な態度は正直自分でも「どうして?」と思いたくなる。少なくとも、彼らの言葉
尻から察するに“結社”と繋がっている様子はなかったのだが。
(……俺達(ヒト)がストリームを歪めている、だからってか?)
 とんだ逆恨みだろうがよ。
 ダンはチッと舌打ちをしたが、それでもまだ一蹴し切れないもやもやが胸の奥に燻ってい
るのを感じていた。
 似ているのだ。ヒトの繁栄の為にセカイを拓く事と、この皇国(くに)のように強くあろ
うとするが故に弱者の出現を是認している姿とが。分かっていても、止められない様相が。
 いや……むしろトナンでのそれらも、全体(セカイ)から見れば潮流の一部なのだろう。
 所謂「開拓派」と「保守派」。
 二分法で語ってしまう事自体は容易いが、なまじ荒事に接する機会の多い業界に身を置い
ているが故にそれらの潮流に対する立場の違い、それ故の争いについては正直掃いて捨てる
ほど見聞を重ねてきたつもりだ。
(だとすりゃあ、分かんねぇんだよなぁ……)
 そして団子を大きな一口でまとめて串から抜き取り口の中に放り込んで、怪訝に唸る。
 自分の理解が正しければ、“結社”は保守派(の中でも相当な過激派)に分類される筈な
のだ。なのにまるでトナン──現在の治世からみても敵対するであろう開拓派──に与する
かのような、これまでの自分達への妨害行動は、どうにもチグハグする感が否めない。
 奴らにとって、現在の皇国と六華は別物という認識なのだろうか?
 いや、そもそも奴らは何故ああも六華を執拗に狙って来たのか?
「…………」
 熱を帯びる疑問に、自然と眉間に皺が寄る。
 団子をもしゃもしゃと咀嚼しつつ、ダンは横目で束の間の休憩と談笑をしている娘とその
友を一瞥すると、もう一度じっと考え込み出す。
 今更かもしれない。次々と起こる目の前の事件に手一杯だった面もあるのだろう。
 しかしこうして状況を見渡してみると、分からない点が多過ぎるのだ。
 “結社”が六華を狙ってきた理由。自分達をおそらくは皇国(トナン)に踏み入れさせた
くなかったとみえるアウツベルツや導きの塔での妨害行動。
 どうにも繋がりが見え辛いような気がする。
 六華を取り戻す為にも、これからのジーク達の為にも、奴らの“理由”を知ることは実は
既に避けては通れない疑念ではないのか……。
「……?」
 そんな最中だった。
 ふとミアがピクリと猫耳をひくつかせると、それまでの雑談を止めて村の外方面へと目を
遣った。ステラも、口の中の団子を片付けていたダンも、同じく何事かとその方向に視線を
向けてみる。
 聞こえてきたのは軍靴だった。
 遠くの村の入口近くで、軍服姿の一団が何やら近くの村人らに質問を投げ掛けているのが
見える。ただ軍隊とはいってもあまり臨戦的な重装備ではない。おそらくは周辺を受け持っ
ている守備隊の類なのだろう。
 そうしてダン達が遠巻きにそんな一団の様子を見遣っていると、こそりと先程の茶屋の老
婆が顔を出してくる。
「……おやおや。また兵隊さんかい」
「また? 婆さん、この辺りは守備隊がよく来るのか?」
「そうですねぇ。アズサ様の代になってからは特に出入りが増えたような。まぁ都から割合
近いですから。しょうがないと言えばしょうがないんでしょうけどねぇ……」
 老婆ののんびりとした、しかしその表情の裏に疲労のようなものを隠した返事を聞いて、
ダンらは誰からともなくお互いを見遣り合った。
 アズサ皇からの代。つまりそれは、今の治世になってから軍隊を動かさないといけないよ
うな案件が増えているという事なのか。
「見た所、お客さん達は旅人さんのようですね。くれぐれもお気をつけて下さいまし。アズ
サ様は何かと“尖った”方ですから」
「……。ああ、そうらしいな。忠告ありがとよ」
 あまりのんびりと長居している訳にもいかなさそうだった。
 同じくいい心地ではないとみえる娘っ子二人を傍に、ダンは平静を装って微笑んでみせる
と、この老婆に代金の支払いを始めて──。

「ほう。先代の頃の兵隊さんなのか」
「だったらあんたらは俺達の味方だな。ほれ、ぼさっとしてないで座りなよ」
 一方、リンファとリュカは皇都の下町で地道な聞き込みを続けていた。
 結論から言うと行動開始前の目論見──リンファが元・先皇一家の近衛隊士であるという
経歴が有利に働くのではないかという打算──は思った以上に住人からのレスポンスを引き
出すことに成功していたのである。
 勿論逐一を話した訳ではなかったのだが、自分達が先皇ゆかりの同胞だと知るやいなや、
決して裕福とは言い難いあばら屋の軒下にたむろしていた人々はそう言って二人を手招きし
てくれる。
「……リンファさん」
「大丈夫だ。言っただろう? 私の予想が当たったみたいだ」
 それも元を辿れば中間層未満、今日の改革の治世で恩恵を受けられなかった者達の妬みの
類といった感情なのかもしれない。だが今回ばかりはこの利害の合致を歓迎すべきなのだろ
うと割り切る事にする。
 屋外に置かれたボロっちい木のテーブルを囲み、終には「こいつは吉報だ」となけなしの
酒瓶まで持ち込むまで現れて。
 おずおずとやれやれと。
 気付けば二人は別々な反応と共に空いた席に着いていた。
「それで? 何を訊きたいってんだよ? さっきは暫く国を離れていたとか言ってたが」
「ああ。暫く外で仕事をしていてね。久しぶりに帰って来てみればどうやら色々と変わって
いるらしくてな。だからこうして、散歩がてら留守の間に何があったのか、耳に挟めないも
のかとね。……大体はそんな所だな」
「ほう。やっぱり出稼ぎさんだったか。そいつはお疲れさんだったな」
 粗末だが、しかし飾らないグラスを傾けてリンファと住人らは互いに酒を酌み交わした。
途中でリュカもと誘われたが、まだ緊張しているのか当人はその誘いをやんわりと断り一先
ず様子見を決め込んでいる。
「じゃあどれくらいから話そうかね。……先代が謀反で倒れたって事は?」
「……ああ。人伝にだが。できればその辺りについて知っている事があれば、話して貰える
と助かる」
 とりあえず一杯目をくいと飲み干し、本題へ。
 既に長らく女傑族(どうほう)の中ではナイーブな話題となっているのだろう。
 先陣を切ってそう静かに最初の確認を投げきた中年男性に、リンファは気丈にも促すよう
に返答をする。
「……。そうか」
 住人達の眼の色が、変わった。
 とはいえ、少なくとも険呑という訳ではない。むしろ何処か遠くを見るような、嘆息の類
を多く含んだ感情に思える。
 そして語られ始めたのは──より一層、彼らの身に詰まされた皇国(トナン)の過去から
現在へと至る姿だった。
 おしなべて貧しくとも、寄り添い支え合って暮らしていた先皇の頃までのトナン。
 そのゆったりとした時間を伝統を壊し、強い国を目指し始まった現皇アズサの治世。
 語られるのは、何故そこまで“強い国”でなければならないのか? そんな彼らの素朴な
疑問。そしてそうした問い掛けには耳を傾けず、ただ富める者達と共に邁進してゆくアズサ
皇への不平不満だった。
「加えて、最近はレジスタンスっていう連中とのドンパチも激しくなってるんだよなぁ」
「聞いた話じゃあ、先皇派の一部が加わってるとかいないとかで。別に俺達は同胞同士で戦
争をしたい訳じゃないってのに……」
「……。そのレジスタンスのメンバーや指導者というのは、ご存知なんですか?」
「まさか。相手はあのアズサ皇に喧嘩を売って何十年も逃げ続けてるような奴なんだぜ? 
俺達みたいな庶民に顔がバレちまうようなヘマはしないよ」
「だよなぁ。仮にバレてるとしても、アズサ皇がそのまま野放しするとは思えないし。或い
はそれだけそのリーダーとやらが上手いこと立ち回ってるか、だが……」
 断続的に漏れ出す、眼前の下層市民らの声。
 その隙間を縫うようにそっと質問を投げてみたリュカと顔を見合わせ、リンファは内心で
思案をしていた。
 どうやらレジスタンスは庶民との繋がりが必ずしも深い訳ではないらしい。
 ここが皇都──アズサ皇の膝元である所為なのかもしれないが、一口に先皇派といっても
その立ち位置は様々のようだ。
(大体の状況確認(まえふり)はこんなものか……)
 そしてグラスを傾けつつその間も続く彼らの溢れる愚痴を聞きながら、リンファは次の質
問へと移ろうとする。
「ところでもう一つ訊きたいんだが。蜂起のあった日以降、王宮に何か変わった事はなかっ
ただろうか?」
「王宮? 何でまた……?」
「……知らないのならいい。だがむしろ私にとっては本題なんだ。一度は宮仕えをしていた
者の一人として、少しでも今の王宮がどうなっているのか耳に入れておきたくてね」
「嗚呼、なるほど」
「ん~……でもなぁ。俺達みたいな庶民には中々……」
 一瞬の怪訝の後に納得し、さりとて心当たりはなさげに彼らはお互いを見遣る。
 駄目元ではあったが、流石に知らないか。
 そうリンファが密かに苦笑し、ではもうとこの話題を収めようとした。
「あ。その、王宮についてなら一つ聞いたことがあるんだけど」
 そんな時だった。
 ふと彼らの中の、まだ年若い青年がそうおずと手を挙げて口を開きかけたのだ。
「えっ? 本当?」
「些細な事でも構わない。教えてくれ」
 思わずリュカが、リンファがその彼に視線を向け、促していた。
 そんな二人の反応に少々驚いたのか、彼は一度ごくりと唾を飲み込んでから語り出す。
「いや、さ。俺も人伝に聞いただけだから本当かどうか知らないんだけど。……何か少し前
から王宮に変な奴が出入りしてるらしいって噂があるんだよ」
「え? そうなのか?」
「あ~……聞いたことあるような、ないような」
「……その怪しい者というのは?」
「いやいや。だから俺もそこまでは知らないんだって。ただ怪しい黒ずくめの連中が王宮に
入っていくのを見た──とか、そういう類の話でさ」
 少なくとも青年自身は眉唾物の話、或いは盗賊の類ではないかと語った。
 そうした見解は周りの住人らも似たようなもので、結局さして深く言及することもなく、
そもそも初耳な者も多く、気付けば再び彼らの愚痴の垂れ流しが始まっていく。
(王宮に出入りする黒ずくめの連中、か……)
(それってまさか……?)
(かもしれない。だが、これだけでは確証とするには足りないと思う)
 そんな中で、リンファとリュカはひそひそと目配せと数度のやり取りを交わしていた。
 流石に六華の事は安易には訊けず、収穫があっても迂遠だろうと思っていたのだが、この
青年の語った噂話が、にわかに二人のイメージの中に“結社”の影を過ぎらせる。
 皇国(ここ)へ奴らが追ってくるのではなく、既に待ち構えている……?
 互いの顔を見合わせ、そんな可能性を想起していると。
「あら?」
 ふわりと、ちょうど二人と彼らの間に割って入ってくるかのように、密集する家屋の上か
ら淡黄色の光球──精霊が一体、姿を見せてきた。
「おわっ!?」
「も、もしかして……精霊?」
「そうなのか? 俺初めて見た」
 ここトナンでも一般人には見慣れない存在なのか、彼らは一様にその出現に驚いたり興味
深げに目を細めたりしていた。それでもそんな中をこの精霊はゆったりと漂い、辿り着くか
のようにしてそっとリュカの広げた掌の上に止まってくる。
「リュカ。その子は……」
「ええ。伝言を頼まれて来たみたい」
 ほうっと暫し掌で点滅し、魔導師以外には聞こえぬやり取りを済ませて、精霊は現れた時
と同じようにフッと舞い上がると空気に溶けるように消えてゆく。
 リンファが視線を向けてくるのに頷きながら、
「ステラちゃんからよ。……どうやら私達が思っている以上に風向きが悪いみたい」
 リュカはフッと険しい表情(かお)を漏らすと呟いた。

 乗合馬車の廻る車輪の音が遠ざかっていく。
 石窟地帯を抜けた後、ジーク達四人は一般の旅人らに混じって一路皇都を目指していた。
 それはレジスタンスからの追跡を撒き切るための用心でもあったが、何よりも長時間レナ
に征天使(ジャスティス)を使わせれば疲労が重なると判断したからでもある。
「んしょっと……。この辺りでいいのか、婆さん?」
「あぁええよ~。わざわざありがとねえ」
 とはいえ、直通(の乗合馬車や鉄道)では足がつくだろうと、ジーク達は何度か便を乗り
継いでゆく方式を採っていた。
 故に皇都への進行は決して早いとは言えず。
「いえいえ。こちらこそ、お節介ではありませんでしたか?」
「そんな事はないさね。助かった~よ。儂らじゃあどうにも大荷物だったからのう」 
 現状は、こうして行きずりの、大荷物に困っていた老夫婦に手助けを申し出ると一旦夫婦
の目的地であるいち小村へ共に降り立つといった、比較的ローペースな旅程が続いていた。
 夫妻が開けてくれた自宅の中へとお邪魔し、両手に抱えた彼らの大荷物をジークとレナが
手分けして運んでは居間の隅に仮置きしてゆく。
 のんびりと、田舎の人間らしいトーンで寄越してくれる夫妻の感謝の言葉。それだけで何
となくホッとするような、手を差し伸べてよかったなと思えるような。
「は~い、お疲れさま。礼としては簡単過ぎますけどお茶でも淹れましょうかねぇ」
「いや、そんな気を遣わなくていいって。こっちも節介でもってやった事なんだしさ」
「そうですね……。お爺ちゃんお婆ちゃんも帰って来たばかりなんですし、先ずはゆっくり
と休憩を入れて下さい」
「ほほっ」「本当、ありがとうねぇ」
 それでも、そのまま緩い空気に流されて夫妻とお茶会に……という誘いは流石に謙遜して
辞退しておいた。
 手伝ってくれたレナには元より献身家な気質があるにせよ、少なくともジーク自身にとっ
ては、この差し伸べた手は本心の奥底では「自分のため」であったのではないかと思えてな
らなかったからだ。
『だがな……。今の不当に始まった治世によって苦しんでいる人々が、少なからずこの国に
いるのも事実だ。その現実に、君はどう応える?』
 その理由は、きっと間違いなくあの時のサジから投げられた問い掛けで。
 王座を巡る争いは所詮首の挿げ替えだ、その意識は変わらない。だがその一方で彼が語っ
たこの国のリアル──持つ者と持たざる者の格差は、これまでの道中でも少なからず目にし
てきた光景であった。
 だから、自分はこの夫妻に手を差し伸べていた。
 せめてこの手が届く範囲に困っている誰かがいるのなら、全力で救おう──。
 そんな、ある種の自己満足的な動機だとの自覚があったから。
「……にしても。一体この荷物の多さは何なんだ? 引越し……じゃねぇよな。こうして普
通に自分ん家がある訳だし」
 だからこそ、そうした己を哂うもう一人の自分を封じ込めるように、ジークは平素の調子
を装うとそう自分達が運んできた大小様々な白布に包まれた箱の山を見上げる。
「……せがれの私物だよ。少し前に、部屋で死んでいるのが見つかってね」
「えっ」「死ん──!?」
 フッと感情を押し殺したかのような、震えを隠せない声にジークとレナは思わず驚きの眼
をこの老夫婦に向けていた。
 白一色で包んだ大量の荷物。つまり全てが亡き息子の遺品だと。
「今日は向こうで葬儀と、細々とした事を済ませて来た帰りだったの。あの子ったら、街に
出ればもっと自分達の生活も良くなる筈だって、昔一人村を出て行って、それで……」
「死んでしまったら、何にもならないんだけどもねぇ……」
『…………』
 老婦の俯かれた表情(かお)に、二人はすぐに反応を返すことはできなかった。
 ただ夫妻の哀しみがじわりと込み上げてくるのを前に、立ち尽くすだけしかなくて。
 流石に詳しく立ち入って訊く気にはなれなかった。
 ただ、街に出たからといって必ずしも暮らしが豊かになるとは限らないだろう。これは予
想でしかないが、いつからか彼は食うに困り、そのまま人知れず逝ってしまった……のかも
しれない。
「可笑しい話よねぇ。アズサ様に代わって“トナンは強くなった”と言われてるのに、私達
の生活は以前よりも苦しくなってる気がするのよ」
「庶民の妬みやもしれんが、恩恵を受けているのは皇に認められた金持ちやら側近連中ばか
りな気が儂にはしてならんよ。あとは、外国の商人かのぅ」
 どうしようもなく漏れる嘆き、或いは怨嗟の声か。
 俯き哀しくため息をつく妻の背を擦ってやりながら、老父は縁側の、何処か遠くの風景を
眺めるようにして呟いている。
「……どうやらアズサ様は儂らの暮らしまでは守ってくれんらしい。息子も、とにかく金を
稼げという言葉に煽られて死んだように思えてならん」
「本当、一体何の為の謀反(だいがわり)だったのやら……」
 声色も視線も、別段ジーク達を責めている訳では決してなかった。
 それでもこうしてふつと漏れてしまう程に、彼らトナンの庶民にはアズサ皇の掲げている
“強い皇国”の実感は遠い場所にあるということなだと思えた。
「……すまねぇ。余計なことを訊いて」
「ご、ごめんなさい」
「いいんじゃよ。何と言おうが所詮は年寄りの戯言さね」
「それに、こうして貴方達という親切な人がいるんだと経験し直せたんだもの。私達はもう
それだけで何だか救われた気分ですよ」
「……。そっか」
 謝辞が嬉しいよりも、やはり心が痛む向きが強かった。
 思わずジークは彼らからそっと視線を逸らしてバツが悪く立ち尽くし、レナは部屋の片隅
に積まれたこの遺品の山を前に静かに片肘をつくと、三柱円架──クリシェンヌ教徒が祈り
を捧げる前に宙で切る文様──を胸元で切り、深く鎮魂を祈り始めている。
「──あの~。ジークさん、レナさん?」
 そうして、どうにも居心地の宜しくない沈黙の中にどれだけ居た頃だったろうか。
 ふとそんな空気を知らず、こそりと聞き覚えのある声が耳に届いてきた。
 声の方向、玄関先の方に視線を移してみると、気持ち半分に戸口を開けおずおずとこちら
を見遣ってきているマルタと、その後ろで言葉少なく立つサフレの姿が見える。
「……用事は済んだか? そろそろ出て来てくれないか」
 そして祈りを終了させおもむろに立ち上がるレナと、浮かない顔のジークをじっと眺めて
から、サフレはそうぽつりと呟いてくる。

「で? そっちは何をしてたんだよ。手伝おうともしないで村の中に消えてたみたいだが」
 老夫妻には申し訳ないと思いつつも、正直言って抜け出す切欠だった。
 ジークとレナは重ねて彼らに弔事を述べてから家を辞すと、村に入ってから暫し別行動を
取っていたサフレ・マルタの二人と合流していた。
「勿論、情報収集だ。君がお人好しに駆られている間も事態は常に動いている。僕らは先ず
もってこの国の現在(いま)がどういう状態なのか、より詳しく把握しておく必要がある」
「……。まぁ、そうだな」
 何気に先までの手助けを咎められているようだったが、ジークに反論の弁はなかった。
 サフレは今もずっとこの旅の目的を、見据えるべき問題の全体像に目を遣り続けている。
 なのに、自分はどうだ? サジから投げ掛けられた言葉に惑わされたかのように、自身の
満足の為に、目の前の老夫婦に手を差し伸ばして──陰気な現実を再び垣間見ている。
 しかし、このまま内心の落ち込みを引き摺ってもいられない。
「どうだったんだ? 何か六華やリュカ姉達の手掛かりになる情報はあったのか?」
 心配そうに眉根を下げるレナに苦笑の一瞥を向けてやってから、ジークは気分を切り替え
るように一度深く息をつくと、そうサフレに問いを返す。
「いえ。直接的なものはあまり……」
「基本的に僕らが道中で既に見聞きしたものの繰り返しだったな。アズサ皇の治世で恩恵を
受けられなかった庶民の不平不満。それらが手を変え品を変え語られるだけだった。尤も都
市部に移ってくれば、こうした意見の分布も変わってくるのかもしれないが」
「……どうだかな。街だからってだけじゃあ、期待できないと思うぞ」
「同感だ。……ただ、少なくとも僕らがこの村に寄ったこと自体には意味があったらしい」
「あん?」
 そう言うと、頭に疑問符を浮かべようとしたジークとレナに、サフレはそれまで片手に握
っていた紙切れを一枚差し出してくる。
 紙質や大きさからして、どうやら何かのビラであるらしい。
 ジークはサフレからそのビラを受け取ると、こそっと覗き込んでくるレナと共にその内容
に目を通し始めたのだが。
「……。何だよこれ」
 そこに書かれていたのは「国家反逆罪」や「捕獲者に報奨金」といった文言。
 何よりも、紙面に大きく印刷されていたのは間違いなくジークの姿だったのだ。
「もしかしてなくても手配書、ですよね?」
「ああ。だけどどういう事だよ? 俺、こっちに来て別に悪さなんて……。もしかしてあれ
なのか? 来て早々、軍隊をぶっ飛ばしたから……」
「で、でも実際に追い払ったのは征天使(ジャスティス)──私ですよ?」
「そりゃそうだが、実際映ってるのは俺だけだぞ? 背景でぼやけてるのは確かにお前の使
い魔だろうけど」
「……とりあえず二人とも落ち着け。僕が言いたいのはそこじゃない」
「へ?」「ち、違うんですか?」
 思わずジークは、レナは、動揺してあの時の行動をそこはかとなく後悔し始めたが、対す
るサフレはさっぱりと落ち着き払っていた。
 ぴしゃりと二人の矢継ぎ早のやり取りを中断させると、ハッと顔を上げる彼らにジト目を
寄越してから、再度神妙な顔つきに戻る。
「さっき顔を出す前にこの張り出されていたビラについて村人に確認を取った。一昨日、守
備隊がやって来て数部配っていたんだそうだ」
「つまりですね? 私達は“結社”やレジスタンスだけでなく、トナン皇国自体も敵に回し
てしまったって事になるんですよ」
 サフレの言葉を継ぐようにして、マルタが噛み砕いた状況の変化を口にしてくれた。
 レジスタンスを“敵”としてしまうのは尚早な気はしたが、少なくともジーク自身はあま
りよい印象を抱いてないのは事実だ。ようやくジークもレナも、この魔導具使いとその従者
が語ろうとする意図に合わせるようにして真剣な表情になる。
「マズい事になったな……。これじゃあ皇都にいる筈のリュカ姉達にも影響が」
「かもしれない。だがそれよりも、このビラで幾つかの疑問が解決するとは思わないか?」
「疑問、ですか……?」
「……君達はおかしいとは思っていなかったのか? そもそも、何故“結社”はあそこまで
して六華を狙ってきたと思う?」
「ん? そりゃあセイジョーキだから、魔人(メア)の集まりのあいつらには都合が悪いと
かじゃ……?」
 しかしサフレは、静かに首を横に振った。
「それもあるだろう。だがそれだけでは執心する理由には弱過ぎる。それに目的が本当に聖
浄器そのものだとすれば、現状六華だけを狙ってくることに説明がつかない」
「そりゃあ、そうだが……」
「……思い出してもみろ。六華はこの国の──王が代替わりして“開拓派”と化したこの国
の王器なんだ」
 ちらと彼が遣った視線──自身の背中に背負った三本だけの護皇六華の布包みを肩越しに
同じく一瞥し、ジークは眉根を寄せる。
 要するに何を言いたいんだ?
 そんな疑問符がまた頭の中を埋め尽くそうとしたのだが、
「そもそも六華を手にして一番得をするのは誰だ? ……他でもない、トナンだろう?」
 次の瞬間、それらはサフレが指摘したその言葉で瞬く間に吹き飛ぶことになる。
「何よりも現皇アズサは謀反で権力を得た人物だ。彼女ほど失われた王器を欲しがっている
者はいない。もし、その欲望に“結社”が突け入っていたら……?」
「!? ま、まさか……」
「ぐるだってのかよ? だけどお前、さっきトナンは開拓派って言ってたじゃねぇか。どう
解釈したって“結社”は真逆の連中だろ? 本当にトナンと奴らが組んでるのかよ?」
「さっきも言っただろう? 奴らの目的が単に六華──聖浄器ではないとすれば、その真の
目的の為に利用されつつ利用する、そんな関係を結んでいてもおかしくはない。それが策謀
というものだからな。現にこうして逸早く君を捕らえようと手を回してきているのが何より
の証拠じゃないか」
「う、う~ん……??」
 顎に手を当てて唸りながら、ジークは情報を改めて整理しようと試みた。
 確かに六華を手に入れて一番得をするのはアズサ皇だ。
 だがそれに“結社”が噛んでいる? 正直その思考にはまだ違和感──所謂“開拓派”な
国と“保守派”その過激派勢力とか結びつくというイメージへの追いつけなさがあった。
 それでも、これまでの自分達に降り掛かってきた出来事を踏まえていけば分からない訳で
はない。アウルベルツへの襲撃や導きの塔での(結社の妨害と思われる)一件も、ひとえに
アズサ皇が彼女自身が排除した先代の血筋の者──先の皇女の子、皇子を国内に入れたくな
かった(体制が揺るがされるのを恐れた)のだと考えれば、或いは……。
「……と、とにかく合流を急いだ方がよさそうってことだよな?」
 今度はジークがふるふると首を振る番だった。
 ただそれは否定という訳ではなく、普段あまり意識して回さない頭脳が熱を帯び過ぎたと
いう理由に近かったのだが。
「そう、だな……。何にせよ、ダンさん達とはぐれたままというのは色々と不利だ」
 その思考のキャパシティオーバーを見抜いていたのかサフレは一瞬だけ苦笑を見せたが、
次の瞬間には大きく頷くとふと腕組みをして何やら考え始める。
 ジークもレナも、そして彼の傍らのマルタも、何だろうと頭に疑問符を浮かべていた。
 地方の小村にゆっくりと沈黙が降りていく。ジークが握ったままのビラも、空寒い風に煽
られてカサカサと揺れ動く。
「……いや」
 そして、やがてはたと顔を上げたサフレは。
「逆にこの状況を利用すれば、ダンさん達と合流できるかもしれないな」
「えっ?」「ほ、本当ですか?」
「どういう事だよ? なにか名案でもあるってのか?」
「ああ。相応にリスクはあるんだがな──」
 ジーク達に促されるまま少々躊躇いつつも、ゆっくりとその口を開き始めたのだった。


「──あれは、一体どういうつもりだ?」
 静かな、ごく静かな苛立ちを言葉の端に含めて、彼の白い長髪が心持ちサラリと揺れた。
 時は日没、所はトナン王宮──そのある意味で一番の中枢といってもいい皇の執務室。
 アンティークの柱時計が淡々と時を刻む中で、政務の書類に独り目を通していたアズサの
下に姿を見せたのは、密かに彼女が雇い使っている“結社”の手の者達だった。
「何の事かしら?」
「とぼけないで欲しいわね。国軍を動かしたんでしょう? レノヴィン一行を捕らえる為に
手配人の触れまで出して」
 手を止め、アズサは照明がカバーしない暗がりの中から音もなく現れた彼ら三人を一瞥す
ると言ったが、白髪の男から継いで緋色のローブの女はそうしたやり取りも鬱陶しいと言わ
んばかりに静かに眉根を寄せていた。
「余計な事をしてくれたじゃない、今配下を遣って捜させている所だというのに」
「先刻報告が上がってきた。同志によって一行は分断され、一方は皇都近辺を点々と、もう
一方──肝心のレノヴィンがいる側は西域を移動中であるそうだ。もう二、三日もあれば確
保に出られたんだぞ」
「……私を詰るつもり? 回収に“失敗”した分際で」
 だがアズサも負けてはいない。
 白髪の男とローブの女が淡々と自分達の進捗とそれらを無碍にした苦言を放ってくるのを
強く鋭い眼で睨み返すと、再び書類に手を伸ばしながらそれがさも当然の対応であるかのよ
うに言い放つ。
「何度も言わせないで。私は能力のある者なら評価する。でもそうでないなら要らないの。
六華の回収に加え、みすみすアカネの血脈をこの国に上げてしまうなんて……。期待外れも
いい所よ」
 黙っているのをいい事に、アズサは普段の──相変わらずの信条を吐いた。
 そもそも、この者達を使ってやると決めたのは、彼らが長年失われたと思っていた六華の
在り処について情報を持っていたからだ。
 本当ならば──いや、こう口ばかりで期待する成果を持って来ないのなら、あの時点で自
ら手の者を遣って早々に回収と始末を済ませるべきだったのかもしれない。
 それでも未だ手元に残しているのは、ひとえに彼らが“結社”の手の者だから。
 情報はしっかり搾り取る。何を企んでいるかは知らないが、遅れを取るつもりはない。
 元より外様の連中だ。用さえ済めば統務院への手土産にして我が国に一層の箔でも付けて
やろうという算段もある。……尤も、その通りに応じる輩ではないだろうことくらい百も承
知の上でなのだが。
「貴方達は引っ込んでいなさい。この国に上がり込んできた以上、もう逃がしはしないわ」
「……いいだろう。精々、内紛(いくさ)に興じているといい」
 アズサは下がれと追い払うように言葉を切ったが、白髪の男は顔色一つ変えずにあっさり
と承諾の返答を寄越してきた。対照的に着流しの男が苛と表情を歪めていたが、ローブの女
が冷淡なままの視線だけでそれを何気なく制している。
 言ってその足で、白髪の男は踵を返した。
 翻る黒革のコート、カチャリと鳴る腰に下がった剣の音。
 ローブの女も着流しに男も、やや遅れてその後についてゆき、アズサが書類を片手に無言
で寄越す強気一色の眼を背に受ける。
(……。所詮はこの程度の皇(おんな)、か)
 そんな白髪の男の内なる呟きを彼女は知る由もなく、目の前で、彼ら三人は再び夜の暗闇
の中へと溶け消えてゆく。

 各国がその領内各地に守備隊を配置しているのは(建前である)周辺住民の安全や治安の
確保というよりも、いざという時──有事における前線基地としての想定が色濃い。
 皇国(トナン)もその例外ではなく、領内には皇都や主要都市を中心として何重もの円を
描くようにこうした守備隊の砦兼詰め所が──規模の大小はあるが──設けられている。
『…………』
 そんな砦の一つの近くに、ジーク達はやって来ていた。
 辺りはすっかり暗くなっており、潜んだ茂みという遮蔽物も相まって砦の正門で見張りを
している兵士二人も何処か眠たげにしている様子が窺える。
(だ、大丈夫でしょうか? 上手く……いきますかね?)
(いくのか? じゃねぇ、やるんだよ。どうせこのまま皇都に向かってたらみすみす捕まり
に行くようなもんだし)
(それはそうですけどねぇ……。レナさんの心配も分からなくはないですが)
(リスクがあるのは既に話した通りだからな。しかしジークの言うように、僕らも悠長に合
流を待っている余裕はなくなってくる筈だ。だからこその作戦なんだからな)
 そんな兵士らを遠巻きに眺めながら、レナは不安をこぼしていた。
 ステラが苦笑で同情を漏らすも、既にジークやサフレは腹を括ったように真剣な表情をし
て砦の様子を注視している。
(そろそろ始めよう。手順はちゃんと覚えているな?)
(おうよ。フォローしっかり頼むぜ)
 そしてサフレ達に言うと、ジークはおもむろに遠回りに茂みを後にし始めた。
 更にその物音を隠す素振りもなくガサリと大きな音を立て、はたとこの兵士達の視界の中
へと飛び込んで見せたのである。
「ぬっ?」「何者だ!」
 当然、彼ら二人は素早くジークに視線と銃剣を向けて夜闇の薄暗さの中に誰何の声を飛ば
してくる。
 だがそれでも、ジークは何故かニッと口元に弧を描いて立っていた。
 凝らした夜目が効きだし、彼らが不審以上の何かを感じ始める。
 ちょうどその時だった。
 兵士らの視界の隅、ジークの立つ彼らが視線を向ける方向とは真逆から飛んできた何か。
 気付いた時にはもう避ける事は叶わなかった。振り返りかけたその顔面に、胴体にズシリ
と勢いのついた重い一撃が──サフレが一繋ぎの槍(パイルドランス)を鞭にようにしなら
せながら放った一発がこの兵士二人を捉え、薙ぎ倒したのはほんの一瞬の早業で。
「がっ!?」
 短く唸って吹き飛ばされ、砦の壁にしたたかに打ち付けられるこの兵士二人。
 内一人──より後方、槍の至近距離に立っていた方──はその衝撃でそのまま深く昏倒し
て動かなくなり、もう一人は脳天を揺さ振られた状態でのろのろと起き上がろうとする。
「──おっと。動くな?」
 だがその動きを、この隙に乗じてぐんと距離を詰めたジークが押さえ込んでいた。
 彼らの手から零れ落ちた銃剣を奪い、その刃先を立ち上がろうとしたこの兵士の喉元へと
突き付ける。
「お、お前ら……。こんな事をして、どうなるか分かって」
「ああ。だけどこうでもしねぇと状況は不利になる一方だからよ」
 身動きを封じられる格好となった彼がちらと向けた横目に映っていたのは、相方の、気絶
したもう一人の兵士と、遅れて茂みの中から姿を現してくる槍を携えたサフレとマルタ、そ
しておずおずとしたレナの三人の姿。
「ちょっと訊きたい事があるんだがよ。この砦の放送設備と牢屋は何処にある?」
 ややあって彼が視線を自分に向け直し見上げた格好になるのを見つつ、ジークは銃剣を突
き付けたままで訊ねていた。
「な、何でそんなこと──ぐっ」
「いいから答えろよ。まさかこのまま殉職したい訳じゃないだろ?」
 この兵士は怪訝を返し言い淀んだが、それも想定内だ。
 ジークはあくまで演技で、ぐいと銃剣の先で軽く彼の身体を小突くと暗に脅しをかけて揺
さ振り、情報を引き出そうとする。
「……ほ、放送ブースなら、二階の司令室の横に併設されている。ろ、牢屋は……地下だ」
「そっか。情報ありがと──よッ!」
 するとジークは手にした銃剣をひゅんと前後逆に持ち帰ると、そのまま打撃武器よろしく
白状した兵士に向かって振り下ろした。
 ゴッと響いた鈍い音。
 脳天を再び揺るがされ小さな悲鳴を上げると、今度こそこの兵士もまた昏倒して地面に倒
れ込み、沈黙する。 
「うう……。ご、ごめんなさい……」
「……お前が謝ってどうすんだよ。ほれ、さっさと次に掛かるぞ?」
 ぐったりと倒れた見張りの兵士二人をずるずると引きづり、持参してきた縄で両手を縛っ
てゆくジーク達に混ざりつつも、レナは人一倍の申し訳なさに駆られていたようだった。
 そんな、意識のない彼らにぺこぺこと頭を下げている彼女を見て、ジークは内心で自覚は
していた罪悪感を刺激されつつもできるだけ淡々とした様子を装いながら言うと、仲間達を
促して立ち上がる。

 一旦茂みの中の樹に彼らを縛り付けておくと、ジーク達は砦内へと潜入を始めた。
 夜も更けてきた事もあって内部の警備は手薄だった。何よりも都市との距離も短めで且つ
さほど大規模でない砦をと事前に調べ、選んだ側面が大きかったのだろう。
 何度か内部を巡回している兵士らを物陰でやり過ごしつつ、ジーク達は砦の奥へと進んで
いった。
 そうして監視の眼を抜けると、はたと広い吹き抜けの場所に出る。
 左右前後に通路、隅には移動式の演壇が置かれている所を見るに、どうやら集会場を兼ね
たロビーの類であるらしい。
 向かいの壁には上下階に繋がる階段、そして見上げた二階の奥には司令室らしき大きな扉
で設えられた部屋が見えた。
「……集めるとしたら、ここだな」
「ああ。このまま司令室まで直行するぞ」
 そのまま辺りを警戒しながら階段を上る。
 上り切った先で巡回中の兵士を見つけて慌てて物陰に身を引っ込めたが、幸い気付かれた
様子はなかった。
 そのまま、兵士と鉢合わせにならないよう奥へ奥へと進み、一階の広間から見えていた件
の司令室の前へと辿り着く。
「じゃ、こいつも頼むぜ。レナ」
「は、はいっ……」
 そしてジーク達がきょろきょろと周りを警戒する中、
「盟約の下、我に示せ──繰の意糸(ウィンヴル)」
 レナは鍵穴に指先をかざすと小声で呪文を唱えていた。
 その詠唱の完了と共に、彼女の指先から橙色のマナの糸がしゅるしゅると現れる。
 その糸をレナは慎重に鍵穴へと通すと、先刻、砦の入口を開けた時と同じように内部から
掛けられた錠を外しにかかる。
「……あ、開きました」
 やがてカチャリと、糸の先から伝わる手応えを頼りに鍵が開く音がする。
 もう一度辺りを見渡し、巡回の兵士の姿がない事を確認すると、ジークは「よくやった」
と照れる彼女の頭をポンと軽く撫でてやってから皆と室内へと進入してゆく。
「さて。放送設備は……あれだな」
 種々の機材とデスクが投入された、この砦の中枢。
 その内部をぐるりと見渡すと、サフレが逸早くその一角にある分厚いガラスで仕切られた
ブースに気付いて足を運んでいく。
 目論見通り、そこは放送用の機材が集約されていた。
 ここで司令官らの出す命令を砦内の兵らに伝え、守備隊という組織を実際に動かす訳だ。
「で? 使えるのか?」
「ああ。国が違っていても、こういう機器の仕様というのは案外似たり寄ったりなものだか
らな。……うん、よし。これですぐにでも使える」
 ジーク達三人が覗き込んでくる中、サフレはこの放送デスクに座って目の前の機材を一通
り検めていた。複数多数あるスイッチを把握し、設備の電源を起動させてみせると、彼は椅
子の背もたれ越しから確認するように問うてくる。
「では始めるぞ? 皆、準備はいいな?」
「おう。頼む」
「はい、マスター」
「お、お願いします」
 ジーク達の返答に頷いて、サフレは機材のマイクをオンにした。
 放送範囲は砦全体。指向性のそれをグッと引き寄せて、サフレは深い一呼吸の後に次のよ
うな“偽の命令”を流し始める。
『──こちら司令部。総員に告ぐ。緊急事態が発生した。先日の手配人が近隣に現れたとの
情報あり。至急装備を整え一階ロビーに集合せよ。繰り返す。こちら司令部……』
 当然ながら、寝ていた者も起きていた者も、砦内の兵士達は驚いていた。
 それでも迅速に命令に従い、一斉に移動を始めたのは流石職業軍人といった所か。
(……上手くいったみたいですね)
(ああ。だが、むしろこれからが本番さ)
 ジーク達は暫し、その足音の群れが階下に下りていくのを聞きながらじっと息を潜める。
「──緊急事態だって?」
「ああ。らしいな」
「全員揃ったかー? 点呼しろー!」
 そして階下のロビーには、続々と銃剣を装備し軍服に着替えた守備隊の兵士らが集まり、
仮の隊伍を完成させつつあった。
 多少ざわついたが、それでもいち軍の部隊らだ。
 身体に刷り込まれたその反応のまま、彼らは並び終えると、次の指示があるものと司令官
の登場を待つ。
「……おい。これは一体どういう事だ?」
 しかし、ややあって姿を見せたその当の司令官らしき大柄の男は、戸惑いの様子を隠せな
い様子だった。
 現れざまにその一言。返されるのは「え? 命令だと聞いたのですが」の声ばかり。
 そこでようやく、場の面々は様子がおかしいことに気付いたのだが……もう時は既に遅か
ったのである。
『──……~♪』
 次の瞬間、館内放送から聞こえてきたのは、ゆったりとしたハープの音色。
 思わず聴き入ってしまう美麗な歌声と弦楽──司令室のマイク越しにマルタが奏で始めた
子守唄(ララバイ)。
 驚嘆と、戸惑いと。
 守備隊の面々は一様に唖然として天井付近に下がるスピーカーを見上げる。
「一体、何が起こ……」
「んぅ……?何だか、眠」
「お、おいっ、どうし──」
 だがただ呑気に聴いていられるような音楽ではないと、一体誰が予想していただろう。
 マルタが奏でる音色は魔力を持つ音色。分類上は古式詠唱に当てはまる、強制的に効果を
受けてしまう魔導の亜種であるのだ。
 ややもせず戸惑いの中、兵士達は己の身に何が起きたかも分からずに次々とその場に崩れ
落ちて──深い眠りへと包まれてしまう。
 そして、程なくして場の面々が一人残らず眠ってしまった中。
「……よし、成功だな」
「サフレさん、マルタちゃん、もういいですよ。演奏を止めて下さ~い!」
 その場にジーク達がこそりと足を踏み入れてきた。
 屈み込み、しっかりと兵士全員が眠りこけたのを確認しているジークの傍らで、レナが吹
き抜けの向こう、階上の放送ブースの中から顔を覗かせるマルタとサフレにぶんぶんと手を
振ると合図を送っていた。
 ややあってマルタの歌声も止み、放送ブースの電源も落ち、二人もこの場へと追いついて
くる。ざっと五十人弱はいるだろうか。ふぅとジークは両手を腰に当てて一息をつくと、縄
を取り出すサフレらへと肩越しに振り返ってみせる。
 ──作戦の全貌は、こうだ。
 何処か、国軍の砦を一つ落としてみせる。
 そうすれば否が応なくこの「騒ぎ」によって自分達の居場所、ないし出没した場所の情報
は外部に伝わることになる。それがダン達に届けば、皇都以外での接触も可能となる。
 だが当然、たった四人で本当に武力で攻め落とすのは不可能だった。
 だからこそ、できるだけ無闇な戦闘を避けて砦の人間全てを拘束してしまえばいい。
 形は違っていても、それも間違いなく“砦が落ちた”ことになる筈だからだ。
「……っと。こんなもんでいいだろ」
 暫くしてジーク達は眠らせた兵士らに縄を、口封じ用の布を噛ませ終わると彼らを一箇所
に集めた。
 当分彼らはマルタの子守唄(ララバイ)の効果で目を覚ます事はない。あとは話で仕入れ
た通り、このまま地下の牢屋に放り込んでおけばいい。
(で。あとは……)
 ちょうどそんな時、ロビーの向こう側からサフレが歩いてきた。
 連れていたのは、先刻彼の槍で倒され縄を掛けられたままの門番役の兵士二人。
 彼らはロビーに広がっていた光景に目を丸くしていたが、同じく布で口封じをされていた
為、悲鳴を上げることすらできずにモゴモゴと言うばかりだ。
「まぁそんなに急けるなって」
 すると、ジークははたとそんな彼らに噛ませていた布を取り払った。
「ぶはっ……! お、お前らっ」
「皆に、隊長に何をっ!」
「ギャーギャー騒ぐな。怪我も何もしてねぇよ。皆眠らせてあるだけだ」
 当然門番二人はジーク達を責め立てようと声を荒げたが、ジークは面倒臭そうに聞き流し
て一応の無事だけを返事すると、この二人の頭にボスッと掌を乗せて凄んでみせて言う。
「いいか? お前らをこれから逃がす。できるだけ遠くの砦に行って、この詰め所が落とさ
れた事を伝えて来い。できるだけ遠くにだ。いいな? もし変な真似をしたらあそこの仲間
達がどうなるか……分かるよな?」
 初めは反抗的なままの二人だったが、台詞の最後に付け加えられたその文言を耳にすると
その表情はサァッと青ざめていた。
 少なくとも、目の前のこの荒っぽい感じの青年は本気──のように見える。
 何より、隊の仲間達は実際に目の前で囚われの身になっているのだ。ここで余計な反抗を
すれば自分達も含めてどうなるかわかったものでは……いや、きっと無事で済まない。
「──行け!」
「ひいッ!?」「ひゃぁぁっ!」
 そして一喝の下にジークに叫ばれて、彼らは弾かれるように両手を縄で縛られたまま駆け
出して行った。
 とにかく逃げなければ。助けを呼びに行かなければ。
 そんな脅迫観念に押されたかのような一心不乱さで走り去っていく彼らを見送って、再び
ロビー内に夜の静寂が戻ってくる。
「何だかなぁ。俺、そんなに悪人に見えたのかよ……」
「そっ、そんな事は」
「いやいや。中々板についた演技だったぞ? 僕も、正直少しデキ過ぎていて驚いた」
「……ぬぅ」
 ジークが予想以上に怖がられた事に内心ショックな様子を見せ、レナは掛ける言葉に戸惑
い、サフレは苦笑気味にちょっと茶化すようにフォローを入れてきた。
 心外なんだが。
 そう言わんとするかのようにジークはサフレにジト目を遣ったが、彼もまだ作戦が全て終
わっていないが故の緊張感は忘れていなかったらしく、すぐに真剣な表情(かお)に戻ると
一つ軽く咳払いをして言う。
「それよりもジーク。もう一つ仕事が残っているぞ」
「ああ……。俺がマスコミに導話するんだっけ?」
「そうだ。今からリークすればあの兵士達からよりも市井に漏れる方が早くなる。ダンさん
達の耳にもより届き易くなる筈だ」
「分かってるよ。……にしても、何とも後味が悪いな。状況が状況だけに仕方ねぇけど」
 そう。全ては皇国(トナン)政府──いやアズサ皇という新たな追跡勢力をも撥ね退けて
ダン達との合流を果たす為。
 ジークは正直気の重さを感じながらも、宥められつつサフレと再び司令室の放送ブースへ
と足を向けた。

 ──しかし、結論からすれば、犠牲を出さないようにという方針からすれば、ジーク達の
下に先んじて現れたのは招かざる者達の方だったと言わざるを得ない。
「くそっ、どういう事だよ!?」
 それはジーク達が砦を落としてから三日目の夜の事だった。
 レナが砦の周囲に張らせていた精霊らが突如として侵入者の気配を──しかも地下に嗅ぎ
取ったのである。
「入口は俺達が交代で見てたんだぞ? なのにどうやって地下に」
「……分からない。僕らが把握していなかった隠し通路の類なのか、或いは……」
 報告を受け、砦の入口を見張っていたジークとサフレは司令室に待機していたレナとマル
タとも合流して、急ぎ地下牢へと向かう。
「……レノ、ヴィン」
「他三名モ発見シタ。併セテ、コレヨリ“処理”ヲ遂行スル……」
 そして、地下牢にいたのは──最も鉢合わせしたくない者達だった。
 中は薄暗かったが見間違う筈もない。
 黒衣に全身を包んだ被造人(オートマタ)の兵士達。
 即ち、結社“楽園(エデン)の眼”の手先達。
「くそっ、てめぇらか。道理で……。サフレ、六華を解くぞ!」
「ああ!」
 サフレが槍を現出させる隣で、ジークも背中の布包みを解いて二刀を抜き放つ。
 その間にも両腕に仕込んだ鉤爪手甲を全面に構えて、傀儡兵らが迫ってくる。
「貫け、一繋ぎの槍(パイルドランス)!」
「盟約の下、我に示せ──光明の散撃(ファル・シャイン)!」
 その突撃を、サフレの伸縮する槍先とレナの聖魔導が先ず挨拶代わりに迎撃した。
 鋼色の刺突で貫き飛ばされる彼らを、彼女の放った多数の淡い光球がカバーするように撃
ち込まれ、弾けると同時に美麗な発光の余韻を残す。
「らぁッ!!」
 次いで、ジークが二刀にマナを込めた錬氣の剣を振り放った。
 サフレとレナの初手で崩れたこの集団を更に抉るように、大上段からの二本平行な斬撃が
その防御を砕いて吹き飛ばす。
『……』
 傀儡兵らは一旦突撃を止めて、鉤爪を構え直していた。
 その背後には、牢屋の中で怯えている守備隊の面々の姿がある。
(何なんだ? トナンとこいつらは繋がってるって話じゃなかったのか?)
 相対して二刀を構えつつ、ジークは内心眉根を寄せていた。
 確かサフレの推測では皇国(トナン)と“結社”が繋がっているかもしれないという話だ
ったが、少なくともこの守備隊の兵士達には奴らへの仲間意識があるようには見られない。
 或いは──こうした末端の兵士らには知られていない事なのか。
 しかし、そんな思考はすぐに寸断される事となる。
 ふと傀儡兵らの一部が仲間から頷くアイコンタクトを受けると、小さなどす黒い球を取り
出しているのが見えたのだ。
「あれは……!」
 ジーク達は焦った。
 記憶──サフレと戦った時、初めて彼ら“結社”との戦いを経験した時──が間違ってい
なければ、あれは確か瘴気を封入した代物である筈だ。
「おい待て! 何を」
 ジークはその挙動を止めようとしたが、間に合わなかった。
 二刀を握ったまま飛び出そうとした次の瞬間、瘴気球が兵士らを閉じ込めておいた牢屋の
中へと放り込まれ、床にぶつかったと同時にどす黒い瘴気が一気に溢れ出す。
「ひっ……!?」
 それからの彼らは、地獄絵図だった。
 かつて見た筈の光景。だが決して慣れることはできない、慣れていい筈がない光景。
 死を呼ぶ毒に包まれて、兵士達が泣き叫ぶ声が幾重にも重なる。次々と死が生まれる。
「このっ、てめぇら……ッ!!」
 彼らを閉じ込めていたのは他ならぬ自分達。それが故の罪悪感。
 しかしそれ以上にジークを激しく沸き立たせていたのは、目の前でそんな惨事をあっさり
と起こしてみせた傀儡兵ら──“結社”への怒りだった。
「……ジーク・レノヴィン」
「貴様達ヲ、始末スル」
 それでも傀儡兵らは常に淡々と無機質で。
 更に牢をぶち破って、瘴気に中てられ魔獣化した兵士が数人、加勢するように砦内に響き
渡るほどの咆哮を上げていて。
 侵入者と迎撃者の攻守が入れ替わっていた。いや……そもそも自分達とでは、絶対的な兵
力数が違い過ぎたのだ。
 じりじりと、傀儡兵らが鉤爪手甲を構えてジーク達を包囲しようとする。
 狂気の血色の瞳をギラリと向けて、魔獣と化した元・兵士らが食指を伸ばそうとする。
(く……ッ!)
 明らかに天秤はリスクの側へと傾いていた。
 しかしジークもサフレも、レナもマルタも、この危機的状況に為す術がなく。
「──掛かれぇッ!」
 だが突然背後から叫び声が響いたのは、ちょうどそんな時だった。
 一斉に飛んでくる銃撃や魔導、驚くジーク達の間を縫って傀儡兵や魔獣に飛び掛ってゆく
軽装備の民兵達。
 それは間違いなく、石窟地帯で出会ったあのレジスタンスの面々だった。
 ジーク達が突然の乱入に目を見開くその間に、彼らは次々と数の力で傀儡兵と魔獣らを押
し返すと、尽く討ち倒していく。
「フッ──!」
 それでもジークのすぐ頭上に最後の抵抗よろしく魔獣が牙を向くが、それを一人の男が振
り抜いた槍の軌跡が、その身体をザックリと引き裂き、倒す。
 天井へと噴き散る大量の血と、断末魔の叫び。
 そのままどうと倒れると、魔獣はややあって動かなくなった。
「……やれやれ。随分ときな臭い場所に出くわしたらしいな。これで片付いたか」
 いきなりの加勢で少なからず呆気に取られたジーク達は、すぐに言葉を出せなかった。
 各々に得物を手にして傀儡兵や魔獣の亡骸を前に勝ち誇るレジスタンスの面々。
 そしてそんな彼らを率いるようにして振り向いてくると、
「やっと見つけたぞ、少年?」
 そのリーダー格・サジは槍を片手にしたまま、そうジークを見遣って言ったのだった。


 地下牢の亡骸達はレナが丁重に浄化を施してくれた。
 そしてその後は暫し、ジーク達(とレジスタンス)は総出で近くの森の中への埋葬作業に
追われる事になった。
 死や魔性への忌避感がないと言ってしまうと嘘になってしまうだろう。
 だがたとえ相手が敵──少なくとも味方とはいえない──でも、死体を放置したまま平気
でいられる程、自分達は屈折しているつもりはないし、不信心でもない筈だから。
「──さて。随分と入り組んだ様子のようだったが」
 やがてその一連の処置を終えると、ジーク達は砦一階のロビーへと場所を移していた。
 何となく、ジークら四人とサジらレジスタンスの面々は相対するように互いに分かれて立
っている。
 どう切り出していいものかと黙っていると、それまでコツコツとゆっくり硬質の床の上を
歩き回っていたサジが、ふと顔を上げてこちらを見てきた。
「あれも含めて訊かせて貰いたいな。一体君達は何者なんだ? 何故こんな真似をした?」
『……』
 それは当然の疑問であり、問い質しであった。
 しかしジーク達も素直に答える訳にはいかない。
 相手は現皇アズサに対して長らく反体制活動を続けている、そのリーダー格だ。何よりも
自ら名乗っていたように、かつての先皇に仕えた近衛隊の隊長だった人物でもある。
 あくまで六華の奪還が目的である以上、そんな彼ら(の諍い)には関わりたくなかった。
 加えてそれはサンフェルノを発つ前に母(シノブ)が語っていた意思でもある。
 だからこそ、そんな本音が蓋をするままに、四人は口を噤むことを選んでいたのだが。
「……だんまりか。確かに話し辛いのかもしれないな。しかし」
 対するサジは、そんな選択を許す気はなさそうだった。
 彼は静かに嘆息めいてそう呟くと、サッと軽く手を動かして合図し、レジスタンスの面々
に再び武器を構えさせてくる。
「黙ったまま、この場を切り抜けられると思わない方がいい。……少し質問を変えようか。
少年。何故君はその剣を──護皇六華を持っている? 知らないかもしれないが、それらは
この国の王器なんだよ。そんな、長らく行方知れずになっていた代物を何故君が持っている
のか、私達が一番知りたい部分はそこなんだ。拾ったのか、誰から奪ったのか。君達の返答
次第では、此処で……」
 言ってそっと目を細める彼の眼は、間違いなく本気だった。
 淡々と、しかし逃がさないという意思を明白に示した上で、仲間達と共にじりじりと得物
を構えてジーク達を包囲してくる。
(チッ。バレてたのか……)
 ジークは内心で舌打ちをしつつ、眉根に深い皺を寄せた。
 片手にした、布に包み直した三本の六華を握る手に思わず力が篭る。
 同時に、視線を逸らして向けた先は、仲間達。
 どうする……? そんな皆に意見を求める眼差しとでもいうべきか。
 レナはすっかりレジスタンスらの武力の気配に怯え始めているし、マルタもじっと目を細
めて彼らを注視しているサフレに寄り添い、おろおろと戸惑っている。
「……仕方ないな。ジーク、話してしまおう」
「えっ。で、でもよぉ」
「気が進まないのは僕も同じだ。だがこのまま彼らが此処を去らせてはくれると思うか? 
戦力的にも無理があるし、何よりこれ以上敵対的なしこりを残すのは都合が悪い」
「それは、まぁ……そうなんだが」
 ややあって、サフレは注視していた眼を一度ちらりと遣ってくると言った。
 状況を見れば間違っていない眼だ。何よりも本来の目的が果たせない。それは分かる。
 正直ジークは指摘された通り気が進まなかったが、そう分析めいて言うサフレや傍らのマ
ルタ、おずおずと頷くレナらを反応を確認するように見ると、
「……こいつは盗品なんかじゃねぇ。正真正銘、母さんが俺に託してくれたものだ」
 大きくため息をつき、渋々としたまま語り出す。
 
 自分達兄弟がシノブ・レノヴィン──もといシノ・スメラギの息子であること。
 六華はそんな母がかつて冒険者となる自分に託してくれたものであること。
 そしてつい最近まで六華の正体や自分達の血筋の件は全く知らず、期せずして“結社”に
よって内三振りを奪われた事で、それらを取り戻しにこの国にやって来たこと。
 何よりも、今回の一手がその遠征の途上で連中によって離れ離れになってしまった仲間達
へのメッセージを意図していたこと。

『…………』
 当然ながら、サジ達はあんぐりと目を開け口を開けて愕然としていた。
 無理もないだろう。てっきり盗賊の類かと思って怪訝を向けてみれば、その正体が本来の
持ち主の嫡子であったのだから。
 たっぷりの戸惑い。重なるざわつき。見合わせるお互いの顔。
 しかしジークが問われる毎に(正直面倒臭げに)語る母(シノブ)の話は実の母子でなけ
れば知りえないものばかりで。
 加えてサジの記憶が、ジークの持つ剣は紛れもなく正真正銘の護皇六華だと云っていると
いう事実が何よりの証拠で。
「で、では君──いや貴方様は、殿下のご子息……?」
「つまり、ジーク……皇子」
「い、生きておられた! 殿下が生きておられたっ!」
 だがそんな戸惑いも束の間、気付けば無数の歓喜へと変わっていく。いや、感涙に袖を濡
らし出したと言った方が正確であろうか。
 現在もシノブ──先皇女・シノが村(サンフェルノ)でひっそりと慎ましく余生を送って
いると聞いて、レジスタンスの面々は計り知れない安堵に包まれていたのだ。
 忠誠を誓った先皇の血筋は、まだ生きている。
 こうして今も、ジークとアルス、彼らの子孫である兄弟の中で息づいている。
「……そうで、ありましたか。知らなかったとはいえ、私達は何と無礼な真似を……」
 安堵と感激でおんおんと泣く者まで現れてゆく中、サジはぐっと感涙を堪えるように言葉
を詰まらせながらも深く深く低頭し、ジークの前に跪いていた。
 そんなリーダーの姿に、他の面々も遅れて涙を拭いつつ鼻を啜りつつ、その動作を倣う。
「あ~……気にすんなって。多分こうなるだろうなって思ってたからあんまり言いたくはな
かったんだよ。正直、今でも皇子だとか言われても実感ねぇしさ……」
 しかし一方で当のジークの反応は若干冷ややかだった。
 げんなりと。掌を翻したように振る舞ってくるサジらにジト目を寄越しつつ、苦笑する仲
間達を左右にそんな弁明に近い呟きを漏らす。
 これで、誤解が解ける──。
 そうレナとマルタは、お互いに顔を見合わせるとホッと胸を撫で下ろそうとしたのだが。
「……。でも、そんなに母さん達に忠誠だの何だのと言ってるなら、今すぐにお前らのやっ
てる反皇活動(そんなまね)は辞めろ。母さんは……王座に就くつもりなんてない」
 次の瞬間、ジークがあまりにも唐突に、何よりも突き放すように棘を以って放った言葉に
その場の空気があっという間に凍り付いてしまう。
「なっ……!?」
「で、殿下は、王座には就かれないと……?」
「ああ。ここに来る前、本人から確かに聞いた。自分がトナンに舞い戻って国ん中を混乱さ
せちまうよりも、今の王権が謀反で出来たものであっても、安定した政治の中で皆が暮らせ
る事の方が大事だってな」
 二度目の愕然が、レジスタンスの面々に落ちていた。
 それは即ち、自分達が良かれと思っていた“正義”をその一番の被害者、当事者であろう
シノ本人が否定したことに他ならないから。
 再びざわめき始める面々の戸惑いと、互いに見合わせる顔。
 石窟のアジトでジークから話を聞いていたサフレを除き、レナもマルタもそんな彼らと同
じように──少なくとも、抱いていたであろう内の憎しみを押し殺してでも、今の民の為を
想うというシノブの心情を慮り──心持ち目を見開き驚いている。
「……そんな。殿下はこの国を見限るおつもりなのか!?」
「どうして……。自分達はアズサ一派の罪を償わせる為に戦ってきたのに……」
「安定した暮らし? それができないからこそ、我々は戦っているのですよ!?」
 しかし、そんな母の伝言は既に遅過ぎたのかもしれない。
 やがて彼らから矢継ぎ早に返ってきたのは、そんなある意味“正義”と自己陶酔を履き違
えかねない者達の叫びだった。
 黙していたサフレの目が更にスッと細まる。
 マルタはそんな彼らの怨嗟からくる怒号に怯え始め、レナは言い表せない苦しさにギュッ
と半ば無意識に胸を掻き抱く。
「止めないか! 殿下の意思だぞ。ジーク様も前に……!」
 噴出する声を、サジは一喝して制止に掛かっていた。
 だからこそ、対面しているジーク当人が俯き加減に唇を噛み締めているのに気付くのが遅
れていた。
 慌てて場を取り繕うとする、このリーダー格の元隊長。
「──……やんよ」
「えっ?」「ジーク、様……?」
「なら、止めてやんよ!」
 しかし、既に“溝”は深く出来上がっていたのだ。
 不意にぽつりと呟いた声に、サジらが一斉に視線を向け直す。
 同時にジークはしゅるりと布に包んでいた三振りを取り出すと、ゆっくりと普段のように
腰に差し直す。
「よーく分かった。やっぱりてめぇらは、何も分かっちゃいねぇ……」
 サジらの動揺。しかし今度のそれは本能が危険を告げるそれで。
「あくまで止めねぇってなら、止めてやるよ。俺が……この場で」
 そしてジークはザラリと内の二刀を躊躇なく抜き放つと、そう彼らに切っ先を向けて宣言
した。

「ジ、ジーク様? 何を……」
「うるせえ! 結局てめぇらは……てめぇらはッ」
 レジスタンスの仲間達は勿論、サジはジークのその挙動を何とか収めて貰おうとした。
 しかし当のジークは既に“敵意”の眼で自分達を見ていた。
 彼は全身に二刀にマナを込め両脚をぐっと踏み締めると、
「母さんを、自分達の“言い訳”に使ってきただけじゃねぇか!!」
 溜め込んだもの、それらを一気に吐き出すように叫びながら、地面を蹴って猛然と斬り掛
かって来る。
「ぐ……ッ!?」
 その力一杯に振り下ろされた斬撃を、サジは得物の槍で咄嗟に受け止めていた。
 ガリガリバチバチと、金属質の武器同士がぶつかり合う火花が二人の間に散り始める。
『サジさんっ!?』
「あわわっ!?」「ジ、ジークさん!」
「止せ、ジーク! 僕らは彼らと戦うつもりは」
 レジスタンスの面々も、サフレ達も、一瞬の間に切り替わった状況を前に何とか事態を収
拾しようとした。両陣営が互いに得物を持ったまま、この(一方的な)激突を始めた二人の
間に割って入ろうとする。
「止めろ! ジーク様に危害を加えるつもりか!?」
「お前らは引っ込んでろ! こいつらは俺の問題だ!」
 それでも殆ど同時な、サジとジークの重なる声は、そんな介入を牽制するもので。
 思わず両者の仲間達が動きかけた足を止めた。その間も槍と二刀のぶつかる火花と込めら
れた錬氣は力を増す一方で、少しずつ、だが確実にジークの躊躇いのない力押しがサジの踏
ん張った両脚を後退させてゆく。
 ──もし一言で表現するのなら、憤慨だった。
 ジークの思いは皇国(トナン)を訪れる前から、いや訪れたからこそ、一つの方向性へと
固まっていた。
 母(シノブ)が村を発つ前に語っていた思い。自身の無念よりも、今を生きる民の生活を
少しでも安定させたいと願った、彼女の苦悩の末の意思表示。加えてジーク自身の、冒険者
の端くれとして“正義”を掲げて争いを繰り返す者達を見聞きしてきたが故の、それらの空
虚さと。
 だから相容れる事ができなかった。
 何よりも、悔しくて堪らなかった。
 このレジスタンス達──母の一族への忠誠を理由に内乱を起こし続けている彼らの、その
大義とやらの為に、母の想いは届かなかった。ずっと、踏み躙られていたと思うと。 
「……お前は言ったよな? 実際に苦しんでる奴らがいる。そいつらをどうするんだって」
 得物をぶつけたまま、戸惑いの表情を隠せないサジを睨んでジークは言った。
 その間も、強襲と防御、二つの力同士がぶつかって悲鳴を上げている。
「正直言って、俺は弟(アルス)みたいな学はねぇ。政治なんて分かんねぇよ。でもっ!」
 力同士が限界を向かえ、弾かれ、反動で二人に束の間の距離が生まれる。
「俺が馬鹿でもこれくらいは分かる! 何もそいつらを救う為に“戦う”しか道がないなん
て訳、ありっこねぇ!」
 それでもジークは追いすがり、防御の体勢のままのサジに更なる斬撃を叩き込んでいた。
 サジの顔が一層に苦痛に歪んだ。
 それは何もジークの剣撃が強烈だったからではない。
 彼もまた、憤慨──ではなく、驚愕していたのだ。
 今まで戦ってきた理由(たいぎめいぶん)を、今まさにその当人らが否定して激情に任せ
た敵意を向けてきていたから。
(こんな、筈では……)
 この初対面の、若き皇子の剣撃を、怒りをサジは何度となく構えた槍の腹で受け止めざる
を得なかった。
 反撃はできなかった。臣下の礼が故、彼の言葉が偽りなき憤慨だとの理解ができる故に。
 何度も何度も、ジークからの斬撃がぐんと軌跡を描いて叩き込まれてくる。
(止めなければ……。だがこの方に“あれ”を使う訳には……)
 その度にサジは己の身体に、ゴテゴテした布巻きで包まれた得物の槍に、マナを込めた防
戦一方で在ることしかできない。
「てめぇらは、皆を救う為に皇を殺ろうってんだろ……?」
 レジスタンスの面々は、そんな二人が入れ替わり立ち替わり動き回る度に下手に手を出す
訳にもいかず、ただおろおろと逃げるように距離を取り直していた。
 それはサフレ達も同じようなもので、どんどん“離れていく”ジークに為す術がない。
「なら、覚悟はあるんだろう!?」
 何度目かの、弾かれた間合いからの、蹴り出す地面。
 ジークは二刀を地面と平行に構えた格好で、
「お前らが皇(ひとり)を倒す事で、皆(たくさん)を助けようっていうんなら……てめぇ
一人が倒れる事で、そんな首の取り合いで苦しむ人達を出さない事もできる筈だ!」
 また──防御がやっとで“疲労”を見せ始めたサジへと、その仲間達へと叫ぶ。
「てめぇらのやってることってのは、そういう事だろうがッ!!」
 何度目となく、再び火花が散った。
 サジの表情が一層「苦痛」で歪んでいる。
 そして遂に押され続けたサジが、弾かれた勢いで防御を崩すと、ジークが反動に乗り掛か
るままに上段からの袈裟斬りを放ち──。
(……?)
 一際、大きな金属音が響き渡った。
 しかし斬られた感触がない。
 思わずサジが瞑りかけた目を開くと、そこには自分達の間に割って入るようにジークの全
力全開な斬撃を戦斧と長太刀で受け止める、獣人の男と黒髪の女性の後ろ姿があった。
「全く……。何があったか知らねぇが、なにトチ狂ってんだよ?」
「同感だ。どうやらギリギリ間に合ったみたいだな」
「ふ、副団長。リンさん……」
 それは間違いなく、ダンとリンファの二人の姿で。
 サジに飛び掛るような格好だったジークは思わず目を丸くすると、フッと全身に滾らせて
いたマナを収め刃を除け、よろりと心持ち数歩程を後退っていた。
「ジーク、皆!」
「レナ、ステラ!」「大丈夫!?」
「ミアちゃん……ステラちゃん。リュカさんも」
 するとほぼ同時にロビーの向こうから、リュカやミア、ステラが駆けて来るのが見えた。
 レナとマルタがひくっと驚いて顔を向け、ようやくこの場に割って入って来たのがずっと
捜していた仲間達だと認識する。
「心配した。いきなりこんな事をするなんて」
「ご、ごめんなさい……。でもできるだけ早くミアちゃん達に居場所を知らせかったから」
 手順は随分と狂ったように思えるが、何とか本来の目的は果たせたらしい。
 レナやミア、女性陣が数日ぶりの再会にホッと胸を撫で下ろしている。
「……落ち着いたかよ?」
「……。はい」
 それを遠巻きにジークは二刀を下げたまま、ダンとリンファの嘆息を大いに込めた、しか
し確かな諫めや説教を受けていた。
 サフレも従者(マルタ)の安堵した笑顔を遠巻きに見遣ると、静かにやれやれと言わんば
かりのため息を漏らしている。
「リン……? まさか、リンファ──ホウ・リンファか? 私だ、サジ・キサラギだ」
 しかし、それは実は束の間の安堵でしかなく。
「!? まさか……。サジ、隊長……?」
 訪れたのは、お互いが予想だにしてなかった再会の瞬間(とき)でもあって──。

「──よう。ジーヴァ、フェニリア。あとリュウゼンも」
 ほの暗い闇の中だった。
 石柱が等間隔に点々と並び壮麗でありながらも、彼ら以外の人気のない静けさがむしろ不
気味さに拍車を掛けている。
 そこに並び立つのは白髪の剣士と緋色のローブの女、そして着流しの男。
 そんな彼らに、暗闇の中から呼び掛ける声があった。
 荒々しい風体の大男と青紫のマントを翻した青年、そして継ぎ接ぎだらけのパペットを胸
元に抱いた少女達──即ちバトナス、フェイアン、エクリレーヌら“使徒”の面々で。
「来たか……」
 響いた声に振り向き、白髪の剣士・ジーヴァらは闇に潜めていた身を起こした。
 周囲にはじっと黒衣の傀儡兵らが跪き周囲を円陣のようにして待機しており、この彼らの
合流の様を言葉少なげに見届けている。
「あまり首尾は良くなかったようね。トナン皇は先日からずっと苛立っているわよ?」
「知るかよ。そもそもあの街の周りですらどれだけ導きの塔があると思ってんだ? 何処を
使ったか捜すのだって結構大変だったんぞ。おまけに当たりは地図にない場所と来たもんだ
からな……。分断だけして足を止めただけでも、こっちは成果として貰いてぇ所だっての」
 緋色のローブの女・フェニリアの淡々とした言葉に、バトナスは嘆息気味な声色で答えて
いた。ばさばさにツン立てた髪を掻きながら、そんな釈明を語りつつジト目を送る。
「バトちゃんも可哀相なの。あのおにーちゃん達、全然言う事聞いてくれないし……」
 続いて、伏し目がちにエクリレーヌがパペットをぎゅっと抱き締めて呟く。
 既に“教主”より連絡は受けていた。
 レノヴィン一行への六華回収作戦が幾度となく彼らの抵抗──その時々に彼らに味方した
衆愚によって阻まれてきたこと。そんな彼らが、六華を取り返す為にこの国へ乗り込んでき
ていること。
「最初に報告を聞いた時は愚かしいと思ったけどね。ようやく政争に破れた側の血脈と知っ
ても尚、この地に足を踏み入れるなんて。国内に混乱を招くであろうことは容易に予想でき
た筈だけど……」
「……知るかよ。別にこの国がどうなろうが知った事じゃねぇだろ? 六華とあのババアが
揃えば目的は果たせるんだ」
 しかし厄介な、向こう見ずな相手だと一同が思う中で、着流しの男・リュウゼンだけはそ
うした状況への思索を詮無いものと一蹴する。
 いや、そんな論理的なものではないのかもしれない。
「余計なことを考えるだけ、面倒臭いだけだろうがよ……ふぁ」
 彼は懐越しに胸元をボリボリと掻くと、背を預けた柱で一度ぐっと身体を伸ばすと、そう
気だるげに欠伸をして勝手気ままに船を漕ぎ始めていたのだから。
「……それで? 貴方は確か今回の作戦メンバーにはカウントされなかった筈だけど」
 するとそんな寸断を仕切り直すように、ふとフェニリアがフェイアン達の更に後ろの暗闇
の方へと視線を向けて問うた。
「確かにそうだがねェ。しかしこやつが連れてゆけと五月蝿くて敵わなかったのだよォ」
 言われ現れたのは、撫で付けた金髪と白衣の男──ルギスだった。
 彼は引き攣るような笑い声で答えて眼鏡の奥の瞳を光らせると。
「……」
 その傍らに、一人の巨躯の者を侍らせている。
 一言で表現するのなら、どす黒い鎧騎士だった。 
 軽く大人一人を超える大きな体躯の一切を閉じ込めた漆黒の鎧。その中から微かに、目出
しの隙間より鮮血のような赤い光が漏れているのが見える。
「そういえば皇国(ここ)とは因縁があったのだっけ。……大丈夫? その“狂戦士”はま
だ開発段階じゃなかったかしら?」
「その通りィ。だがこの私がついているのだ、抜かりは無いのだよォ。既に教主様からの許
可は取ってある。今回の正念場で、この戦鬼(ヴェルセーク)の性能テストも併行させると
いうねェ……」
 再び引き攣るような笑い声でルギスは笑った。
 その傍らではヴェルセーク、そう呼ばれた鎧騎士が静かな狂気を全身に漂わせながら言葉
一つなく立っているままだった。
「……教主の許可があるのなら問題ない。念の為の戦力補充と考えればいい」
 そして暫く黙っていたジーヴァが、そう言って彼らの参加を容認する発言を呟いた。
 口元に弧を描き眼鏡の奥の瞳を光らせるルギスと、言葉なき狂気のままそこに在るヴェル
セーク。フェイアンもバトナスも、エクリレーヌも話は纏まったかと各々に静かな威圧感の
下に佇んでいる。
「ところでフェイアン」
 そうしていると、フェニリアは再び問うた。
「頼まれていた任務、貴方はちゃんとこなしてきたんでしょうね?」
「勿論さ、姉さん」
 すると返ってきたのは、そんなフェイアンの不敵な笑みと返答で。
「ついさっき報告が上がって来てね。実に盛大な花火になってくれたよ」
 紳士然と振る舞うその口元に、ニタリと陰湿な嗜虐心が滲み出る。

「──すみません。また遅くなっちゃって」
「いいんだよ。僕も皆も、アルス君が毎日遅くまで頑張ってることは知っているしね」
 アウルベルツの街もすっかりと日が暮れていた。
 茜色から夜の黒へ。街の空は気付けばとっぷり塗り変わり、あちこちの家々から照明の灯
りが漏れている。
 アルスとシフォン(そしてエトナ)は、学院からの遅めな帰宅の路に就いていた。
 皆の力になる。そう決心し夢見て、自ら居残っては座学に実践にと鍛錬を重ねる日々。
 そしてこの日も、暗くなってからようやくホームの近くまで帰って来ていたのだが……。
「号外! 号外~ッ!」
 少し離れた先に、人だかりができていた。
 近所の住人や同じく帰宅途中の人々、或いは騒ぎを聞きつけた野次馬の類。
 アルス達は思わず立ち止まり、その普段と何かが違う様子に眉根を寄せる。
「……何だろ? こんな時間に新聞屋さんなんて」
「分からない。でも、号外か……」
「ふむ……。僕らも試しに貰っておこうか?」
 それでも三人は──号外を配っている売り子が順路の途上にいた事もあり──ややあって
その人だかりへと近付いて行った。
 そして通りすがり、売り子から受け取った紙面とその宣伝の言葉に……驚愕する。
「“楽園(エデン)の眼”がまたやらかしやがった! 皇国(トナン)行きの飛行艇が爆破
されたぞー!!」

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  1. 2012/02/13(月) 22:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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