日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ライヴラリ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:本、子供、最高】


「リリー、ちょっと手伝って~!」
「あら? D7架のファイルが一冊足りないわね……。誰か、閲覧履歴を確認して来てくれ
ないかしら?」
「は~い! ただいま~!」
 縁あって、私は栄えある“白史の塔”にて司書を勤めさせて貰っています。まだまだ新米
で、先輩司書の皆さんには毎日のように叱られてばかりですが、心はとてもウキウキし続け
ています。
 古今東西、ありとあらゆる歴史とその英知が保管されているという記憶の殿堂──幼い頃
から本の虫だった私にとっては、これ以上にない職場です。
 眼鏡の向こう、おさげを揺らしながら、私は先輩達のヘルプに入っていました。両手いっ
ぱいの本を一緒になって書架にしまい直し、或いは何処からか投げ掛けられた、別の先輩の
声にも応えます。
 所狭しと、塔内は無数の書架で埋め尽くされています。
 私達司書は日々、そこへ新たな記録を収めては失われないよう、保守点検に勤しむ役割を
負っているのです。
(えっと……。端末室、端末室……)
 不意の出来事(アクシデント)は、そんな最中に起こりました。先輩に頼まれて閲覧履歴
を確かめに向かっていると、廊下の曲がり角で他人とぶつかってしまったのでした。
「──おっと」
 衝撃で私も、相手の方も少しよろめかれたようでした。ドサッと、抱えていたらしい本が
何冊か足元に零れ落ちてしまいます。
「す、すみません……!」 
「いや、構わないよ。歩きながら目を通していた私にも非はある」
 私は慌ててその場に屈み、これを拾い始めました。十中八九、塔内の蔵書である貴重品を
傷付けたかもしれないのです。多かれ少なかれ、蒼褪めてすらいたのでしょう。
 なのに相手の方は、ごくごく自然に許してくださいました。同じようにスッと屈み、言わ
れながら手伝ってくださいます。ふわっとした白髪と、細い金フレームの眼鏡。着古した長
めの白衣に、同じく使い込んだ手袋──。
「……っ!? い、院長?!」
「うん? どうしたね、リリー君?」
 だから次の瞬間、私は凄く驚いてしまいました。目の前にいたのは他でもない、この“白
史の塔”の最高責任者であらせられる院長だったのですから。
「あ、いえ……。えっと。どうして私の名前を……?」
「? 大切な部下達の情報だ。憶えていない訳がないだろう?」
 正直な話、私は感動してしまいました。じーんとしてしまいました。何の躊躇いもなくそ
う答えられる院長の姿に、まるで後光が差しているような錯覚さえ抱いたのです。
「さて……。すまなかったね。先程は急いでいたように見えたが、何かあったのかい?」
「! は、はい。実は──」
 でも、そんな夢見心地は束の間の事。
 気付けば院長は落とした本を回収し終わり、私の手からも残りのそれを受け取っていまし
た。半分ぼんやりと、促されるままに手渡したこちらに訊ねてこられ、私もつい流されるよ
うに答えてしまいます。
 院長直々に、お手を煩わせるべきではないのに……。
「……ふむ。それでこの連絡路を通っていた訳か。どれどれ」
 するとどうでしょう。院長は小さく頷き、面倒そうな表情すら見せず、ご自身の左腕の袖
を捲ったのでした。そこに嵌められていたのは、籠手型の装置。私がD7架という情報を口
にしたのを梃子にして、あっという間に幾つものキーを打ち込んでから、検索を掛けてしま
われます。
「ああ、一昨日元老下院より貸出申請があったようだね。スレイダー議員か。そちらにきち
んと連絡が届いていなかったかな? 手間を掛けさせてしまったね」
「い、いえ! あの……その籠手みたいなものは、もしかして……?」
「ああ。端末だよ。君達は普段、据え置き型の方をよく目にしているだろうが……。セキュ
リティ上の理由もあるが、基本は専用のスペースに届け出を出してという形だからねえ。た
だ私は院長として、常時蔵書たちの動きを把握しておかなければならない立場にいるものだ
から……。Dフロアの皆には、すぐ報せておくよう指示を出しておくよ」
「は、はひっ! すびばぜんッ!!」
 私達末端の司書なんかよりもずっと偉い──それこそ世界各地のお偉いさん方とも、役職
柄交流がある筈なのに、院長はそう私に優しい笑みを向けて話してくれました。
「ふふっ」
 腕のすぐ上に浮かんでいるホログラム画面を解除して、左袖をもう一度。籠手型の装置越
しに多分、統制部門へと直接連絡をし、今話した通りの指示を出してくださいます。
「──ああ、うん。そういう訳だから宜しく頼むよ。私も済み次第、部屋に戻る」
 なのに……。院長はすぐにその場を立ち去ろうとはしませんでした。通院も切り、捲って
いた左袖を引っ張り直したかと思うと、私の方を向き直って言ったのです。
「リリー君。ちょうどいい」
「良ければ少し、手伝ってくれないか?」

 そうして私は、先輩から頼まれていた仕事もすっかり代わって貰った暇もあり、急遽院長
の助手を仰せつかることになりました。正直最初は驚きましたが、きっと院長ご自身に他意
はなかったのでしょう。ただ目の前に立っていたから──新米だとかベテランという区分は
きっと、関係係なかったのです。
「そこの一番上、右端から七列目だ。しまってくれ」
「はい!」
「次はこっちの四段目。左端から十五列目。巻数を揃えて入れてくれよ?」
「は、はい! 大丈夫です!」
 院長はわざわざ、自ら蔵書の一部を各フロアの書架に収めようとなさっていました。不意
に足を運んできた他の先輩──塔内の司書達が、彼及びこれに付き従っている私に驚いて作
業の手を止めているのが見えましたが、一方で在席の長い方は慣れた様子です。院長が自ら
資料の保守管理に加わるのは、何も今回に限った話ではないようでした。
「……何であの子が、院長と?」
「さあ?」
「端末室に向かう途中で、ばったり出くわしたみたいよ。そこでちょうどいいって、連れ回
されてるみたい」
 ヒソヒソと、先輩達が知っていたり知っていなかったり。
 私は内心、生きた心地がしませんでしたが、同時に楽しい気分にも包まれていました。
 だって……こんなにも本に囲まれているのですから。本来ならまだ下積みレベルの司書で
ある私は、ここまで多くのフロアに立ち入る事は許されていません。膨大な書物の管理に人
手が要るのは事実ですが、それらが世界的にも貴重であるからこそ、関わる者は原則絞られ
ています。
 古今東西、ありとあらゆる歴史と智の殿堂──それが此処“白史の塔”なのですから。
「……本当に、凄い数の本です。これだけあれば、一生掛かっても読み切れません」
「ああ。だからこそ保管し続けなければならないのさ。別に君や私だけとは限らない。過去
の記憶や先人の思い、それらを必要とする者が出てくるのは、もっと未来の事かもしれない
のだから」
 幾つかのフロアを渡り歩き、院長と私は手持ちの蔵書を大方しまい終えました。その頃に
はすっかり、区画も人気が無くなって、碧い薄暗がりの静けさだけが辺り一面の書架と共に
横たわっています。
「院長……?」
「リリー君。見た所、君も随分と本が好きなようだ。見ていれば分かる。人事部も、良い司
書を迎え入れてくれたらしい」
 ボッと、私は思わず顔を真っ赤にして俯いていました。勿論、院長がそういう意味で口に
したのではないとは解っていますが……正直そんなに真っ直ぐ褒めてくれる他人なんて、今
まで殆ど居なかったから。
「──やっと見つけた~! こんな所に居たのね? ライル」
 ちょうど、そんな時だったのです。心臓がドクドクと鼓動を高め、全身が熱を帯びてゆく
ような心地に包まれていた最中、ふと場の静寂を破る方が現れました。
 院長と同じ、セミロングの白髪。
 だけど見た感じの性格は全く逆だと言っていい、対照的で綺麗な女性──。
「姉さん」
「えっ? ね……えええっ!? 院長の、お姉さん……??」
 数拍呆気に取られていた私達でしたが、それを破ったのもまた院長でした。相変わらず穏
やかな笑みを浮かべて彼女に返しつつ、それでも当の本人は、道案内に連れてきたと思しき
他の先輩司書達と共にちょっぴりご機嫌斜め。
「そうよ。そこの本狂いの陰キャの姉をやってる、アズールよ。お楽しみの所ごめんなさい
ね? 若い司書さん?」
 院長のお姉さん、アズール様はそうややピッと気だるげに指を立てて自己紹介をし、私に
語り掛けてきました。傍に控えていた先輩達が眉間に皺を寄せます。それをぼんやり視界の
中に捉えている内に……私もボッと、また顔が熱くなるのを感じます。
「どうしたのさ? わざわざ此処まで」
「あんたねえ……。顔出しに行くってこの前連絡したじゃん。忘れたの~?」
「えっ? そうだったかなあ……? ははは、いやいや、ごめん」
 全く……。地の性格がそうなのか、アズール様は終始ぶすっとした表情・態度で実の弟こ
と院長に当たっていました。対する院長も院長で、何処かのんびりマイペース。私達司書に
はあまり見せない、少し抜けた感じの一面を覗かせます。
「ま、いいけど。あんたは昔っから、本の事になると他の事がすっぽ抜けちゃうからねえ」
「はは。悪かったよ。とりあえず、立ち話も何だから座ろう。場所が場所だけに、ちょっと
埃っぽいかもしれないけれど」
 そうして私や先輩方、院長とアズール様は近くのソファに腰を下ろしてテーブルを囲みま
した。木製の小さな、簡易の物です。ご本人の仰る通り、元々この辺り一帯の保管庫は、来
客を迎えるスペースとしては想定されていないのです。
「……ねえ、ライル。何か前より本の数増えてない?」
「そりゃあ増えてるよ。殆ど毎日、何かしらの資料が入ってくるからねえ」
 私達は暫く、そんなお二人のやり取りを気持ち離れた位置取りで見守っていました。歴史
と英知の殿堂を任せられている院長と、そんな彼を呼び捨ててで悪態つけるほどの女傑──
実の姉というのも勿論ですが、おそらく彼女も相当な地位・役割を与えらえた方なのだろう
と推察します。
(というか、院長のお名前ってライルというんですか……。知りませんでした……)
 ちょっと驚き。知れて、ちょっと嬉しみ。
 ただこうして先輩共々と観察している限り、アズール様はあまり書物に興味があるようで
はなさそうでした。それは当然、何に興味があるかは人それぞれではありますが……栄えあ
る“白史の塔”を収める院長に対し、そういった態度は内心如何なものかとの印象を抱いて
いたからです。
「……感心はしないよ。いつまで“過去”に、囚われてる心算なんだい」
 なのに何故でしょう? 次の瞬間、そう呟いたアズール様の瞳は妙に哀しそうで。
 院長は微笑(わら)っていました。一見すれば全く変化がないくらい、実に穏やかそうな
物腰を崩しはしませんでした。
 私個人、一抹の違和感を抱けたのは、束の間でも彼と一緒に作業をしていたからなのかも
しれません。或いは──単なる自惚れなのかもしれません。
「……過去も必要さ。姉さんは務め柄、過去を“消す”方に慣れているんだよ」
 フッと微笑(わら)い、薄暗い室内を一人見上げ始める院長。
 私達は誰からともなく、その視線に釣られて書架を見上げていました。この部屋一つでも
数え切れない程の、それこそ膨大な“過去”の記憶……。
「確かにこの塔が抱える記録は、日に日に増え続けるばかりだ。いずれは現在の収容能力に
も限界が訪れ、増改築が必要になる時がくるだろう。少なくとも、終わりはない」
 でも──。院長は言いました。続けて静かに、自らに言い聞かせるように言いました。
「だけど姉さんのように、それを“重荷”だと切り捨ててしまうばかりでは、彼らは報われ
ないんだよ。記録達も、この塔を支えてくれる司書(かのじょ)達も、私は我が子のように
思っている。その結末がどうであれ、先人達が必死に紡いでくれた物語がこうして在るから
こそ、私達も存在できるんだ。私が──誰かが、その思いを引き継ぐ必要がある。可能な限
り捻じ曲げられることなく、ありのままに後世へ残してゆく義務がある」
「私は……その営みに賛同した。素晴らしいと思った。ただそれだけに過ぎない。姉さんの
気持ちは解っているよ。すまない」
『──』
 過去、お二人の間に一体何があったのかは分かりません。ただ院長はそれを自ら望んで受
け容れて、アズール様はそれを好ましく思っていない。そんなぼんやりとした事実だけが私
達には見て取れました。
(院長……)
 先輩達なら何か、もっと詳しい事情を知っているのでしょうか?
 しかし、話を聞きながらちらりと様子を窺ってみるに、彼女達はそれぞれ困惑の色を濃く
しているだけのようにも見えます。同じように、断片的にしか知らないようにも取れます。
「……我が子、か」
 それからたっぷりと、随分と長く感じられる沈黙がありました。アズール様は、自身の席
に背を預けたまま、ゆっくりと大きく息を吐きます。物言わぬ沢山の書架を見上げて、何処
か諦めのような、押し殺した感情のようなものを湛えているように思えました。
 やがて一人すっくと立ち上がり、彼女は踵を返しかけます。私達は少し身構えました。
「言うようになったじゃないの。ライル」
「でもやっぱり……あたしは反対だよ。それじゃああんた自身の、幸せはどうなるのさ?」
 まるで“今回も駄目だった”よと、気持ちが萎んでしまわれたかのように。
                                      (了)

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  1. 2020/07/27(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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