日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「夢葬火」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:火、幻、荒ぶる】


 指先が燻(くゆ)っている間だけは、夢を見ていられた。パチパチと、小さく灯ったその
明かりだけが、私を現実から遠ざけてくれたから。
『パパ~!』
 炎が揺れている。光を通した視界の向こうには、未だ幼かった頃の私の姿が映っている。
幸せだった頃の姿が見える。
『お~よしよし、アンナ……。ただいま。良い子にしてたか?』
『おかえり! 大丈夫だよ、良い子にしてたよ』
 父と母。決して裕福とは言えなかったけど、あの頃は三人で慎ましく暮らしていたっけ。
日が落ち始める頃を目安に、父は勤め先の工場から帰って来てくれた。あの頃は全然知らな
かったし、解らなかったのだけど、いつも笑顔を絶やさずに私を抱き締めてくれた。時々買
って帰ってくるお土産も楽しみだった。
『ほらほら。パパも帰って来た所だから、先ずは休ませてあげて? あなた、シャワー浴び
ちゃう?』
『ああ、頼むよ。今日も汗だくだったからなあ……』
 教練場から帰って来た後は、母と二人で父の帰りを待つというのが日常だった。お喋りを
したり、夕食の準備を手伝ったり。父はよく、汚れた作業着姿の自分を気遣って苦笑いを浮
かべたりもしたが、私自身はそんなに嫌いじゃなかった。頑張っている証と、何より私達を
愛してくれる温もりが、それ以上に伝わってきて嬉しかったから。
『は~い!』
 でもそれは多分、私がそんな日常(セカイ)以外を知らなかったからなのかもしれない。
 未だ幼かったから。子供だったから。何も知らなくて、解っていなくて、何の根拠も無し
にこの毎日がいつまでも続くと信じていた所為だから──。

『借金!?』
 私達の暮らしに異変が起こり始めたのは、それから何年か経ったある日の事だった。父が
仕事から帰って来たかと思うと、珍しく母と言い争う声が聞こえる。まだ教練場の年長組だ
った私は、二人のその荒げた気配に思わずビクつき、扉の前で聞き耳を立ててしまった。知
るべきではない現実を見てしまった。
『すまない……。あいつが、どうしてもと頼んできたものだから……』
『だからって! 本人に逃げられたら、火の粉を被るのは私達なのよ!?』
 途轍もなく拙い事態に陥っていることだけは分かった。当時父は、親しくしていた友人か
ら請われ、借金の保証人になってしまっていたらしい。そしてその友人が、突如夜逃げ──
行方をくらましてしまったと。
 母の怒号が聞こえる。父の後悔と、歯切れの悪い返答が何度か続いていた。
 元々その友人が、始めから踏み倒すつもりだったのかは分からない。それ以降、結局連絡
が取れたという話は聞いていないから。少なくともあの日以来、父は彼の借金を肩代わりさ
せられることになってしまった。当然だけど、一家三人で暮らしてゆくだけでも手一杯だっ
た私達に、返せる余裕なんて無い。
 ……指先の炎が大きく揺らいでいた。あの時の記憶と、少女だった頃の私達の動揺を象徴
するかのように。
 楽しかった筈の光越しの景色が、一変して苦しいものとなる。視界の周りが急に暗くなっ
て、重くなって、耐えられない。
 私はただ、幸せな夢を見たかっただけなのに……。
『信じられない! どうして一言相談してくれなかったの!? 私達で払える額じゃない事
ぐらい、分かってるでしょう!?』
『あ、ああ……。それは、そうなんだが……』
『だったら! 私達の生活を無茶苦茶にする気!? これから一体、どうやって暮らしてゆ
く心算なのよ!?』
『っ──』
 思い出に大きなヒビが入る。光の向こうに見えていた日常(セカイ)が、音を立てて壊れ
てゆく瞬間をまた目の当たりにしてしまった。
 確かあの時の私は、扉の前で思わず後退ったんだっけ。そしてギシリと床板を踏む音で二
人に気付かれ、怒気に満ちたそのままの表情(かお)と声色で叫ばれたんだ。勢い良く押し
開けられた扉の内側で、悲しく怯え切った父と視線が合うのを見た。
『アンナ!』
『お前……見ていたのか……??』
 気付けば私達の前に、大きな溝が生まれていた。ううん、元々ずっと前から在ったのかも
しれない。まだ子供だった私には、きっとそれが視えていなかっただけなんだ。

 炎が揺れている。
 そうして私達一家は、離れ離れになった。何度か借金取りが家を訪ねて来た頃には、母は
既に父と離婚を済ませていた。荒っぽく手を引いて、私を守る為だと叫んでいたけれど……
要は早々に見捨てたんだと思う。実際当時の私は、母と同じく自分が“被害者”だと思って
いたから、痛いほど握られたその手を振り解くことさえしなかった。いや、出来なかった。
そこまで私には、明確な“意思”なんて無かったから。
 その後、父がどうなったのかは……分からない。押し付けられた借金を返す為に、知り合
いという知り合いに頭を下げてお金を工面しようとしたのかもしれないし、或いは如何にも
人一人ぐらい平気で殺していそうなあの借金取り達に、とうの昔に始末されてしまったのか
もしれない。
『アンナ。貴女は絶対に守ってみせるからね? ママ頑張るから』
 でも……そうやって早々に父を見捨てた選択が、本当に正しかったのかと言われると、正
直な所分からない。離婚して家を出てすぐ、私と母は新しい暮らしを始めたけど、家計はそ
れまで以上に苦しかった。母は何年も、必死に取り繕いながら昼も夜も働き、私を上級院ま
で行かせてくれたけれど……私自身そこまで乗り気だった訳じゃない。
 学歴を積めば、将来的な選択肢も増えるとは分かっていたけど、自己犠牲(そこ)までし
て尽くしてくれなくても良かった。頑張ってくれる度に、毎日ボロボロになるまで働き詰め
だったその後ろ姿を見る度に、私は罪の意識に駆られていた。結局父の下から去っても、当
の母自身は全く救われてはいなかったんだから。時にはそんな生き様が、私を出しにした自
己満足のように思えて、酷く憎んでさえいたことを憶えている。
『……どうしてこんなになるまで、放っておいたのですか』
 母が倒れたのは、私が上級院を卒業して一年と経たない冬の最中だった。炎が揺れる。見
ていたいのは幸せな夢だったのに、嗚呼、どうしてこんなにもすぐ嫌な思い出ばかりが蘇っ
てくるの? 割り込んでくるの?
 報せを聞いて、家に飛んで帰った。ベッドの上には既に、酷く痩せ細って変わり果てた母
が寝かされていて、一通りの診断結果を話した医師は最後にそう、私を睨みつけながら訊ね
てきた。……あたかも私が、母をここまで追い詰めたのだと言わんばかりに。
 違います。言いたかったけれど、その眼を前にして言葉は出なかった。一方でベッドの上
の母は、生気すら感じ取れないぐらい衰弱していて、凄くちぐはぐした空気が漂っていたの
を憶えている。
 違います。文字通り身を粉にして働いてくれていたのは、あくまで母の意思であって、私
がそう望んだからじゃない。母が頑張っている自分というものに、ある意味酔っていたから
だと思う。そして私の方もそれを、止めることすらしなかった……。
『ご臨終です』
 多分、私が働きに出始めた姿に安心して、それまで必死に張り続けていた糸が切れてしま
ったのだろう。私や近所の人達、医師の治療も空しく、母は長くはもたずに逝った。あの時
家にもっと蓄えがあれば、もしかしたら助かっていたのかもしれないけれど。
 炎が揺れる。……いいや、それは結果論だ。母は私を連れ、父の下を去った時から、既に
茨の道を歩み始めた。人一倍努力しなければ、生きることすら出来ないと覚悟していたから
こそ、己の命を削ってでもそれを為そうとしたんだと思う。
 ……でもね、ママ? 死んじゃったら元も子もないんだよ?
 炎が揺れる。私は自嘲(わら)った。心が痛くて、寒い。今いる現実も、あの日と同じよ
うに凍える冬の真っ只中だ。指先を燻らせて、これから野垂れ死のうとしている私が言った
って、説得力はないのだけど。
 駄目なんだ。駄目だったんだ。ママはあんなに私の為に頑張ってくれたけど、結局私の心
が折れてしまって。上手くいかなくなってしまって。
 仕事をクビになって、もう三月近く経つ。知識は蓄えられても、やる事なす事鈍臭かった
ものだから、工場長に哂われ続けた。お前の代わりなんて幾らでいるんだと、私達の人生の
全てを否定されて。
(ママ……)
 ごめんね。謝りたかったけど、指先の火がまた消えそうになってゆく。幸せだった思い出
が消えてゆく。時折吹き過ぎる冷たい風に、明かりも熱も根こそぎ奪われてしまうような気
がして。いよいよ、心の息の音が止められそうな気がして。
(ごめんね……)
 憎いのか愛おしいのか、私自身もすっかり判らなくなってしまった。
 でもただ確かなのは、行き詰まったということ。明日の食事も、雨風を凌ぐ家すらも無く
なってしまったということ。
 そうだよ。私達はただ、先延ばしにしていただけなんだ。パパが背負い込んで死んでゆく
筈だった、あの終わりから逃げて来ただけなんだから。
 意味なんて無かったんだよ。もう戻れないんだよ。
 炎が消えそうになる。このまま一緒に、私の存在(からだ)も──。

「おい、君! 何をやっているんだ!?」
「女だてらに放火とは……随分と肝が据わっているようだな?」
 なのにどうして? どうして貴方達は、私を自由にはしてくれないの?
 寒空と風に揺らめく火を見つめ続けていると、次の瞬間不意に私を呼ぶ声が聞こえた。ぐ
るりと周りを囲むようにして、大柄な男の人達がこちらを見下ろしている──夜回り中の衛
兵みたいだ。
「随分とボロボロな格好だな……。浮浪者か?」
「知るかよ。この手の連中は、掃いて捨てるほどいるだろうに」
「本人に聞こえてるぞ。さっさと確保しろ。これで点けられちまったら責任問題になる」
 ぐいっと、衛兵の人達は私を取り囲んだまま羽交い締めにした。指先に点していた火を切
り離すように、両方の手も別の何人かで押さえる。揺れる残り火の向こう──未だ消え切っ
ていなかった夢が視界に映って、私は殆ど反射的に抵抗していた。
「はっ……離して! 私の火に……触らないで!」
「ッ、暴れるんじゃない! もっと痛い目に遭いたいのか!?」
「やはり放火か……。君がどれだけ苦しかろうが、八つ当たりは困る。このまま砦まで来て
貰おうか」
「多分未だ、マッチか何かの火種を持っている筈だ。取り上げておけ」
「ああ。ちょっと失礼するよ……ん、あった。もう殆ど残ってはないみたいだがな」
「離して! 離して!」
 冬の街。夜闇ですっかり暗く冷たくなった小脇通り。
 衛兵達に捕まって、私は叫び続けた。最初から悪者扱いされて、酷く痛めつけられるかも
しれないと恐れたからじゃない。私の火を、最期まで夢を見ていたかった私の願いすらも、
こいつらは踏み躙ろうとしたから。連れて行こうとしたから──。
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2020/07/12(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)九つ巡りの時節に添えて・遅 | ホーム | (企画)週刊三題「ホープ」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1242-4e3c3eda
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (205)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (116)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (55)
【企画処】 (510)
週刊三題 (500)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (9)
【雑記帳】 (419)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month