日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ホープ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:蜘蛛、鳥、蛙】


 ──何をそんなに嘆くことがあるんだい? そもそもこれは、他でもない君が望んだ結果
じゃあないか。

 その少年は、広過ぎる世界を恐れていた。自身が一角の人物になるということさえも諦め
かけていた。夢を抱いても仕方ないのではと考えるようになった。
 故郷の村を出て、兄は出稼ぎに向かったまま戻らない。下の妹は山から降りてきた魔物に
喰われ、下の弟は五歳を迎える前に、急な病で死んでしまった。
 村の外へ一歩出れば、賊は勿論、魔物の脅威が付きまとう。もっと頑丈な城壁がある──
街の方まで辿り着ければ随分と違うのだろうが、そこまでの道程が安全ではないという事実
に変わりはない。徒歩だろうが馬車を使おうが、リスク自体は消えない。まして騎士や傭兵
でもない自分達に、立ち向かうという選択肢など無い。

 どうして……こんな世界で生きていかなきゃいけないのだろう? 少年は思った。
 生活の為。そう言ってしまえば身も蓋も無いが、命を繋ぐ──食い繋ぐ為に誰かが外へ出
て行かなければならないのに、そこで命を落としてしまっては元も子もないではないか。領
主は一体何をしているのか? 騎士達は自分達を守ってはくれないのか? 毎年税を取り立
てに来はしても、こっちが生身の人間だということを認識していない節がある……。

(俺……は……。こんなことを、望んだ訳じゃ……)
 だからこそ、少年は願ってしまった。ある時村近くの林で出会った、真っ白な燕尾服に身
を包んだ男から、どんな願いでも叶えてあげようと唆されて。
 勿論、最初は彼も怪しんだ。こんな辺鄙な田舎に貴族がふらふら出歩く筈もないし、仮に
言う通りにしてくれたとしても、相手に何のメリットがあるというのか?
 それでも、気付けば少年は魅入られていた。時折右手に左手にと持ち替えられる黒くやや
短めのステッキ、その先端に取り付けられた大きな赤い宝石の輝きに、彼の意識は徐々に吸
い込まれていったのだ。そしてぽつっと、かねてよりの欲望を口にしてしまう。

『……閉じ籠もりたい。もう外のことなんて心配せずに、安心して暮らしたい……。もう誰
も、死んでゆく所を見たくない……』

 はたして願いは果たされたのだった。「宜しい」満足そうに笑ったこの白服の男は、直後
そのステッキを振るったかと思うと、少年を一匹の蛙へと変えてしまったのだ。最早人語す
ら発せられず、目を見開いて一鳴きしたこの存在を、男は村の水汲み場にある井戸へと放り
込んで去って行った。水底がクッションになって浮かんで、かつて少年だったものはようや
く自分の過ちに気付かされる。
(た……助けてくれ! 助けてくれ!!)
(俺は、俺はここにいるんだ! ここにいるんだよォォォーッ!!)

 ***

(あはははは! 自由よ! 私はやっと自由になれたのよ!)
 所変わり、その少女は生まれながらにして枷に囚われていた。決して政治の中枢に関わっ
ているという訳ではなかったが、その生まれはとある王国の貴族。生来身体がそれほど丈夫
ではなく、多くの兄や姉に囲まれていた彼女は、半ば屋敷に軟禁されるような形で日々を過
ごしていた。上等な医師の治療と上等な家庭教師の教えを受けさせられ、適齢期には少しで
も有力な家の子弟へと嫁がせられるように。
 尤も……多感な年頃を迎えようとしていた彼女に、そんな現実が受け入れられる訳がなか
った。それでもまだ、ある程度自分が相手を選べていたら結末はもっと違ったのだろうが、
彼女の父親は認めはしなかった。子は何人もおり、彼は一貫して自身の娘すらも己が出世の
駒、道具としてか見ていなかったからである。

『そんなに難しい表情(かお)をしていたら、折角の美貌が台無しだよ』
『さあ、君の願いを言って御覧? 私が、どんな願いでも叶えてあげようじゃないか』

 転機は、彼女がいよいよ適齢期を迎えようとしていた頃、親同士が決めた結婚相手をどう
しても好きにはなれずに最中だった。
 囚われの人生がこの先もずっと続く、続けさせられる──そう自室で悩んでいた時、不意
に窓際から現れた、真っ白な燕尾服の男にそう唆されるように提案された。ここは屋敷の上
階よ? 貴方一体どうやって……? 当然の事ながら彼女は最初驚き、警戒したが、不思議
な輝きのステッキを携える彼と相対するに至って、結局はその願いを口にしてしまう。

『私を──自由にして。この屋敷から、鳥籠から、自由になれる翼が欲しいの!』

 はたして願いは果たされたのだった。「宜しい」満足そうに笑ったこの白服の男は、直後
そのステッキを振るったかと思うと、少女を一羽の白鳥に変えてしまったのだ。
 ただその事実に、当の彼女は気付いていたのかどうか。少なくとも自らの意思で大きく飛
び立った彼女は、その力いっぱいに広げた翼で、屋敷から飛び出した。男が侵入してくる為
に開け放っていた、テラスのガラス窓から、何の戒めのない空へと向かって身を投げる。
(凄い、凄い! 私飛んでる! こんなに高くって、屋敷があんなに小さくて!)
(自由よ! 私は自由よ!)
(これでもう、お父様達の勝手な縁談に縛られ──)
 しかし次の瞬間、白鳥に化けていたその身体は、突如として飛んできた一本の矢によって
貫かれていた。あまりに早く、自らの姿を確認するまでもなく歓喜の感情に任せて飛んでい
た少女は、運悪く眼下の森を通りがかった狩人の弓に射落とされたのだった。
「おお……。流石は兄貴、狙った獲物は一撃だ」
「偶々飛んでいるのが見えただけだよ。……しかしこの辺りじゃあ珍しいな。まあ少なくと
も、今夜の飯には困らずに済みそうだが」
 行くぞ。
 同行していた弟分の狩人に、そう自身の腕を褒めちぎられながら、彼はそうあくまで平静
を装いつつも獲物が落ちて行った方角へと駆け出してゆく。

 ***

「出たな、化け物め!」
「これ以上村の人々を危険には晒させない! 覚悟しろ!」
 その女性は人間だった頃、子宝に恵まれなかった。
 元より新しい命とは授かりものであり、決して非凡ではないけども優しい夫のことは変わ
らず愛していた。愛している筈だと、自らに言い聞かせてきた。
 ……だけども二度三度と、流産はおろか妊娠すらも出来ない日々が続く内、彼女の心は間
違いなく濁り始めていたのだった。夫も自らの子を産めず、また作れない自らの不能さを疑
うようになり、夫婦の会話は少しずつ減っていった。歳月ばかりが過ぎ、同じ村の住人達の
眼もあって、焦りばかりが募ってゆくさまを否定することは出来なかった。

『こんにちは、ご夫人。浮かない表情(かお)をしていますね? 私で良ければお話を聞か
せて貰っても宜しいですか?
『さあ、遠慮などなさらず。私が、どんな願いでも叶えてあげましょう』

 上下真っ白な燕尾服の男が訪ねて来たのは、そんな最中の出来事だった。ちょうど夫は畑
仕事に出ていて不在で、家には彼女だけが残っていた。新しく家族が増えたらと、かつては
胸を膨らませて増築も考えていた痕跡も、今では虚しい空きスペースに成り下がって広がっ
ている。
 当然ながら、最初彼女はムッとした表情を隠せなかった。村の誰かからでも聞いたのだろ
うか? 今更一々特定するのも煩わしいが、見も知らない相手の家庭事情に、土足で入り込
んで来るなんて……。
 大体もって、この辺りの領民にしてはそのいでたちは異端過ぎた。おそらくは何処ぞの貴
族なのであろうが、暇潰しやら娯楽の為に、他人の人生に首を突っ込まないで欲しい。
『気を悪くされたら申し訳ない。ただ、溜め込んでいても毒になるだけですよ?』
『……』
 はっきり言って、気の迷いとしか言いようがなかったのだろう。それでも彼女は結局、そ
の妙に食い下がってくる白服の男に、ぽつぽつと長年の悩みを打ち明け始めていた。不思議
な魅力を纏う異性だった。
 いや、そんな感じを抱かせるのは、手にしたステッキに付いている宝石……?

『……私は、子供が欲しかった。愛する人と生きたという証を、もっと。何人でも……』

 はたして願いは果たされたのだった。思案の末にようやく吐き出されたその思いを、白服
の男はニタリと笑って「宜しい」と呟いた。するとどうだろう。直後彼が振るったステッキ
が赤く妖しく輝き、この女性の姿は見る見る内に巨大な魔物に──大蜘蛛に変わっていった
のである。
 ミチミチと人間だった頃の肉体は裂け、盛り上がり、決して立派とは言えない自宅はその
巨大化と共に崩壊。村に居た人々は、突如として現れたこの女性だった化け物に、恐れをな
して一斉に逃げ始めた。誰一人として、彼女だと解る者はいなかった。
『……何なんだよ。これは』
 その中には当然ながら、彼女の夫も含まれていた。
 畑仕事の途中で騒ぎに気付き、唖然としてこれを見上げた姿のまま、他でもない大蜘蛛と
化した彼女に丸呑みにされて。

「奴に対して円陣を組め! 背後を取らせるな!」
「前衛火力は本体への攻撃に集中しろ! 取り巻きの子蜘蛛どもは、後衛火力総出で押さえ
付ける!」
 かつて一人の女性だった大蜘蛛型の魔物は、以来周囲の村々を襲い、人や家畜を無差別に
喰らい始めた。全てはその身体に新たな命を宿すべく、栄養をたっぷりと蓄える為に。
 被害が大きくなる一方だったある時、都から腕利きの冒険者達がその討伐に派遣された。
勇猛果敢な若き剣士をリーダーとする、期待の新世代チームだ。彼らは予め周辺の村々から
情報を収集し、件の魔物が大量の子蜘蛛を産んでは戦力としていることを突き止めた。討伐
には困難が伴うと予測した上で、その機動力を封じながらの殲滅戦を仕掛ける。
『グ……ゴォォォォォォォーッ!!』
 大蜘蛛の、刃のような前脚が立て続けに振り下ろされた。前衛を張るこのリーダーを中心
とした戦士達は、巧みにもこれを左右に跳び分けてかわしつつ、敵本体の懐へと一斉に潜り
込んでゆく。わらわらと湧いてくる子蜘蛛達を、魔法使いを中心とした後衛部隊が、複数の
縦列体制を維持して焼き払う。詠唱時間による隙を最大限減らす為だ。
「おらぁぁぁッ!!」
「足先は硬い、確実に間接部分を狙って動けなくするんだ!」
 屈強な斧戦士や槍使いが、横薙ぎ・突きを駆使して、八本ある足を次々に捉えに掛かって
いた。当の大蜘蛛の方も激しく抵抗し、冒険者達の側も吹き飛ばされる者が出たが、それで
も脚の二本三本はあっという間に力を失って崩れ落ちた。途端に動きが鈍り、遂には若き剣
士の一撃が脳天へと叩き込まれる。
『ギャ、アアア!! アアアアーッ!?』
「よしっ……! いいぞ!」
「そのままやっちまえ!」
 汚らわしい紫色の血を撒き散らしながら、大蜘蛛は悲鳴を上げる。このリーダー格の剣士
は自身の得物を深々と突き立てていたが、予想以上に分厚い皮下脂肪に手こずっていた。
(殻の部分以外なら、攻めようがあると思ったんだが……流石に厳しいな。反撃を貰う前に
一旦剣を抜くか)
 はたしてその判断は、自身の生存の観点からすれば正しかった。彼は一気に刃を引き抜い
て後ろに転がり落ちた次の瞬間、大蜘蛛の残った爪先からの攻撃がそこを捉えてゆくさまを
やや引き延ばされる時間の中で見ていた。半ば反射的に受け身を取り、すかさず両足を踏ん
張って構え直す。子蜘蛛を片っ端から焼き殺し、切り刻んでいた仲間達も、急ぎ彼の下に集
まり直して陣形を整えた。
「大丈夫か、ロイド!?」
「危なかったな……。後二本、脚が残ってる」
「先ずはあれを、何とかしてからの方が良さそうだな……。子蜘蛛の方はまだ押さえておけ
るか?」
 おうよ! 既に次の詠唱に入っている魔法使い達が、横目で了解の合図を送る。リーダー
格の剣士以下主力の前衛メンバーは、再び咆哮を上げる大蜘蛛へと立ち向かっていった。
(止めて……止めて! どうして!? 私の子供を……子供達を、殺さないで!!)
(こんな筈じゃあ……。私は、こんなことを望んだ筈じゃあ……)
                                      (了)

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  1. 2020/07/06(月) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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