日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔55〕

「皆無事でよかった。筧さん達としっかり話せなかったのは、心残りだけど」
 それは仁と宙が、ギョロ眼のアウターの群れを倒した後のこと。
 作業時間が放課後に突入した頃合いを見計らって、睦月ら残りの仲間達は一旦離脱。地下
の司令室(コンソール)に集合していた。二人から詳しい話を聞き、新たに現れた敵の臭い
を探る。筧達とは道中、既に別れた後だ。
「まぁぶっちゃけ、運が良かったってのもあるんだろうなあ」
「筧さん達も一緒だったし、その場で倒せたから良かったものの……」
 一通り把握をして、ホッと胸を撫で下ろすのも半分。一方で怪しさも半分。
 正直、消化不良な感じは否めない。特にそんな感慨は、当の本人達が一番強かった。
 睦月や海沙は苦笑(わら)い、冴島や國子は隊士からの報告を受けている。持ち帰った戦
闘記録(ログ)を見つめながら、皆人は確かめるように言った。
「……大江。こいつらは始めから、複数体居たんだな?」
「ああ。筧さん達もそれは目撃して(みて)る。徒党を組んで、居合わせた警官達を襲って
たみたいだぜ?」
「量産型(サーヴァント)……じゃないもんね。見た目から何から全然違うし……」
 海沙も中央のディスプレイ群を見上げながら、そうモヤモヤとした違和感に何とか回答を
得ようと模索していた。外見こそ鉄仮面とギョロ眼、明らかに違う他、筧達には腐食の息ま
で吐いていたという。自分達が今まで見聞きしてきた量産型とは、別個体なのだろうか?
「うん。新型の可能性もあるけれど……」
「そうね。あり得ないと言ってしまうのは早計だけど……合理性や必要性を踏まえれば、疑
問符が付くわね」
「サーヴァントは元々、特定の召喚主を持たなかった場合の姿、初期状態(デフォルト)の
個体だ。“蝕卓(ファミリー)”が雑兵として使う以外、改良を加える積極的価値があると
は思えん。お互い時期が時期だ。タイミングとしても、戦略としても。そもそも召喚主から
の願いを聞き入れた時点で、その姿形・能力は大きく変わってしまうからね」
 睦月からの問いに、母・香月や萬波以下、研究部門のメンバーが答える。敵側が何らかの
意図をもって、改良を加えることはあり得るだろうが、あくまで選択肢の一つに過ぎない。
同じ個体だからと言って即そう結び付けてしまうのは安直だろう。
「“群体”であること。或いはそれ自体が、奴らの特性だったのかもしれないな」
「なるほど……」
「複数っていうか、コンビだけど、ピッチャーとバッターの奴らもいたしね。まぁあいつら
の場合は、リアナイザもそれぞれ別に持ってたから違うかもだけど……」
「その意味では、獅子騎士(トリニティ)──筧さん達の方が近いのかも。一つのリアナイ
ザから生じた個体という意味では、今回のような例が出てもおかしくはないわ」
 ぶつぶつ。皆人は誰にという訳でもなく、そう一応の仮説を付けて言う。
 仁もそれで一旦、積極的な疑問符を引っ込めていた。睦月や香月も、これまでの例を挙げ
てみては補完する。ただどちらにせよ、特殊なケースであるには違いない。そもそも今回の
件については、召喚主の正体も目的も不明なのだ。一人であるとも限らない。
「何より……末端とはいえ、当局の警察官達に被害が出たのは対策チーム(おれたち)的に
も拙いな。ただでさえ政府との共闘話が、表向き踏み込めていない中、向こう側からの突き
上げがまた増す可能性がある」
 ディスプレイ群からサッと視線を逸らし、皆人は睦月達を見た。香月が一人密かにばつの
悪そうな表情を浮かべている。あくまで現状内々の調整作業とはいえ、少なくとも全体の情
勢が好転する材料にはなり得なさそうだ。
「でも三条君。ソラちゃんや大江君が倒したんだから、これで大丈夫なんじゃないの?」
 きょとんと、海沙が直後小首を傾げて言った。実際先刻の現場に現れた個体は爆発四散し
たのだから、当座の脅威は去った筈だ。それでも皆人や香月、萬波や冴島といった面々──
研究部門寄りは、まだ怪訝と警戒の念を拭い切れていないらしい。
「……そうだといいんだがな。念の為、こちらで追加の調査をしておく。確認だ。また同じ
ような事件があれば、今回のように押さえられるとも限らん」
 少々含んだ言い方を皆人はする。用心しようというのは解らなくもなかったが……睦月達
は正直モヤッとした。そんな仲間・親友(とも)達の心情自体は推し量っているのか、彼は
一旦話題を切り替えるように大きく息を吐き出すと、言う。
「それよりも。俺達には今、やらなくちゃならないことがあるだろう?」
「? うん?」
「それって──」
 ああ。終始生真面目だった彼の表情が、少しだけ、ほんの少しだけ“学生”のそれに変わ
った。努めて緩めたように見えた。
「文武祭が、もうすぐ始まるだろう?」


 Episode-55.Crusade/いずれ街を喰らうもの

 飛鳥崎を含めた各地の集積都市で、待ちに待った文武祭の当日がやって来た。
 会場は、街の中心区に広がる大型の屋外イベント施設・セントラルヤード。この全域を丸
三日間貸し切り行われる、学生以外の市民達にとっても年に一度の大イベントだ。
『大変お待たせしました! 只今より、本年度の飛鳥崎文武祭をここに開会致します!』
 各校の生徒達は、大きくクラス毎と所属する文化部、運動部に分かれて参加する。クラス
毎の出し物に加えて、文化部は宛がわれた部屋を使っての展示、運動部は隣接会場での対抗
戦に臨む。一年の集大成を示す場という訳だ。また吹奏楽部やチアリーディング部など、文
化部系の中でもアクティブなものは、運動部と同じく専用会場での大会・各種コンテストと
いった形式を採る。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませー!」
「出来たての焼きそばですよ~、如何ですか~?」
 これら部活毎の勝利数に加えて、クラス毎の出店による売り上げ、来場者アンケートの評
価によって期間中ポイントが換算される。集積都市らしく、学校単位の“競争”要素が多分
に含まれているのが文武祭の特徴だ。会場は毎年三日と経たずに大きく白熱し、スポーツ系
は各種目の競技会、音楽系はライブ合戦とあちこちで盛り上がりを見せる。
「皆、ガンガン飛ばして行こうぜー!!」
『イエーイ!!』
「位置に着いて。用意──!」
 一方で幕間にはセッションを。注目選手を取材した番組をパブリックビューイングで。
 運営側も競争一辺倒では疲弊することを学んだのか、近年では“ガス抜き”も含めた娯楽
要素をふんだんに取り入れる動きも当たり前になってきた。それはただ単純に生徒達のモチ
ベーションを維持する為のみならず、より多く来場者を喚起する為でもある。
 屋外のライブ会場でロックに歌うグループもいれば、恒例となったミスコンが行われたり
もする。本格的な吹奏楽は、反響性能のあるホール型で。水泳やバスケ、柔道や剣道といっ
た屋内型のスポーツも、それぞれ専用の適した会場が確保されている。
 陸上、野球、サッカーにテニス。いわゆる旧時代からメジャーとされる種目も多くの観客
達で満たされていた。学園(コクガク)からは、いち選手として黙々と泳ぐ元クリスタルの
召喚主・法川晶の姿もあったし、一方でスポーツ系の有力校とされていた玄武台(ブダイ)
は、瀬古勇の一件が尾を引いてか学校自体が出場を見送っていた。
(皆……)
(話には聞いていたけれど、やっぱり消えちゃったのか……)
 物理的にも精神的にも、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。同校は前校長・磯崎
が殺害された後、体制の立て直しに苦慮しており、学校側も生徒達を送り出す余裕が無かっ
たものとみられる。睦月達も、何より元玄武台(ブダイ)生である由香などは、萎む気持ち
を拭えなかった。古巣から“いち抜け”して、自分だけが参加しているという後ろめたさが
あった。
 それでも会場全体を埋めるのは、数え切れないほどの来場客とこれに応対する生徒達。
 運営側も、昨今の情勢を踏まえて、そんな人波の中に例年以上の警備要員を投入して警戒
に当たっていたのだった。
『──いらっしゃいませ~、ご主人様♪』
『お帰りなさいませ。お嬢様』
 そうして賑わう会場の一角、睦月達学園(コクガク)高等部、一年B組が出店するメイド
・執事喫茶。
 元々はセントラルヤードの屋外通路である洋式の石畳の上に、クラスの皆が準備した喫茶
店風の内装が広がっていた。外の呼び込みや看板を見て入って来る客達に、宙や由香、國子
や皆人を含めた接客係の面々が出迎える。
 仁も「サイズ的に似合わねえだろ……」と、またその一人としてごちていたが、メイド服
姿の由香や男装の國子、そもそもに大企業の御曹司でイケメンという高スペックである皆人
などのお陰で、客入りは中々良い出だしのようだ。
 奥の調理スペースでは、睦月や海沙を含め、エプロン姿な料理係の面々が注文を受けて各
種メニューを忙しなく作っている。食べれこそしないが、密かにポケットの中に突っ込まれ
たデバイスの中で、パンドラも画面上でニコニコと楽しそうにしている。
 尤も原価を考えれば、流石にプロの店舗のような品揃えという訳にはいかなかったが。
「うんうん。皆、仲良く一丸となってくれて……。グズッ、先生嬉しいわあ……」
 特に担任の“トヨみん”こと豊川先生は、睦月達のそんな姿に一人勝手に感動して瞳を潤
ませていた。
 個人的には当初由香という転校生──玄武台(ブダイ)からの厄介の種という新入りを加
えてギスギスしていた空気が、今回のイベントで解消されたと喜んでくれているようだ。
 事実店に足を運んで来る客達の中には、由香の姿を撮っている者も少なからずいた。良く
も悪くも、七波由香という存在が、その話題性でもって集客効果を高めているらしい。
「よう。儲かってるか?」
「遊びに来たわよ~」
「げっ!? お父さん、お母さん……?!」
「おいおい。何だあ、その態度。俺達は客だぞ~? なあ?」
「……海沙や睦月君は奥か。ああ、いい。忙しそうなら、また後で訪ね直す」
 開店から暫くして、ふと現れたのは輝・翔子夫妻と定之・亜里沙夫妻──宙と海沙の両親
だった。当の娘であるメイド服姿の宙は、思わずだみ声になって叫んだが、父・輝はわざと
そうからかって笑う。一緒にやって来た定之の方も、クラスの一員として働く海沙や睦月の
様子が気になっているようだ。
「ああ、宙っちと海沙っちのご両親ね?」
「私達は大丈夫だから、話して来なよ。青野さんと佐原君も呼んでくるから」
 まごついていると、接客係のクスラメート達が何人か、気を利かせてそう言ってくれた。
宙は数拍躊躇っていたが、彼女達の厚意に甘えて託すことにする。エプロン姿の海沙と睦月
も、程なくして奥から連れられ顔を出して来た。
「おじさん!」
「お、お父さん……。お母さん……」
「こんにちは、睦月君」
「ふふ。頑張ってるみたいね? 睦月君と一緒に、ねえ……?」
 ボフン! 隣で顔を真っ赤にする海沙に気付く事もなく、睦月は「来てくれたんですね」
と優しい笑みを浮かべて輝達を迎える。普段無口な定之や控えめな亜里沙も、お祭り気分も
手伝ってか多少饒舌になっているようだ。ちょうど豊川先生もこちらに気付き、ぱたぱたと
やって来て挨拶をしてくる。
 お互いに何度か頭を下げ合い、どうもお世話になっていますの一言。
 他の客達への対応に動き回っている由香──保護者達だと理解したらしいその眼差しと気
配を感じながらも、睦月は翔子からヒソヒソと確認を投げられる。
「ねえ、睦月君。香月さんは……やっぱり?」
「はい……」
 彼女らが知らないという事は、やはり母は来れないのだろう。まだ初日だからという返答
も出来たろうが、睦月は敢えて期待を持たせるような言葉は紡がないようにした。実際日頃
の多忙ぶりは目の当たりにしているし、何より中央署の一件以降、司令室(コンソール)に
詰めっ放しな生活が続いている事をよく知っている。
「そっかあ。ま、色々とタイミングが合わないと仕方ないわなあ」
「睦月君達が元気そうだったってことは、ちゃんと香月さんにも伝えておくわ。貴方達も、
目いっぱい楽しんでおきなさい?」
「年に一度の祭り、だからな」
「……うん」
「そう、ですね」
「言われなくても楽しむつもりだよ~。自分のシフトが終わったら、見て回る所も決めてあ
るしね」
 輝と亜里沙、定之、両親ないし普段お世話になっている小父さん・小母さん達からの言葉
に、三人は素直に頷いていた。内心思っていること、裏側で知っていることは諸々あるが、
勿論こんな所でぶちまけてしまう訳にはいかない。仁も慣れない様子で料理を運び、遠巻き
から睦月達の姿をそれとなく見守っている。
「──こんにちは♪」
 ちょうど、そんな時だった。ただでさえ客足の増えてゆく睦月達の喫茶にあって、今度は
当人らも思いもしない顔が、店のレース暖簾を潜って来たのだから。
「ッ!? 藤城さ──」
「おいおい、おいおいおい!」
「マジかよ……。あの制服、清風の……?」
「ああ。間違いねえ……」
「な、何で? 何で俺達みたいな、普通の色物なとこに……?」
「……あんたそれ、自分でうちのクラスが変テコだって言ってることに気付いてる?」
 驚愕する睦月や海沙、宙に仁、國子。場に居合わせたクラスメートや周りの客達。
 淡雪だった。例の如く、不愛想な表情(かお)を貼り付けたままの執事・黒斗を傍らに控
えさせたまま、自身の取り巻きと思しき女生徒らを連れたほんわか系お姉さん。東のお嬢様
学校・清風女学院の三年生、黒斗ことユートピアの召喚主、藤城淡雪だった。

『──』
 しかしながら、この時の睦月達は未だ知る由も無い。
 一方その頃、歓喜沸き立つ会場(セントラルヤード)の入り口に、周囲の人ごみに紛れて
足を踏み入れた人影が数名、あったことを。


 眩いほどに光が濃ゆければ、同じく必然的にその陰に隠された影も深くなる。
 時はもっと前、飛鳥崎が文武祭の話題で持ち切りになるずっと以前にまで遡る。街から遠
く離れた郊外、今の“新時代”に置き去りにされた集落の片隅で、彼らは一様に沈痛な面持
ちをして俯いていた。古い畳敷きの部屋に集まったまま、寧ろ怒りすら湧き上がってくる己
の激情を、何とかして繋ぎ止めようとする。
『……もう限界だ。俺達はもう、街の連中から居ない者として扱われてる。くたばってくれ
るのを待ってやがるんだ』
 ぽつり。そんな我慢と痺れを切らしたように、出席者の一人が言う。
 厳密な区割りこそ此処とは違うが、井道さんが行方知れずとなり、街の一角で亡くなった
と判ったのは春先の事。心臓に病気のあった奥さんを亡くした喪失感からか、以前からおか
しくなってしまっていたが……。その最期が“怪死”とはあんまり過ぎる。
 歳月が過ぎても、彼らの中に燻る悼みの感情は消えなかった。いや、それ以上に増々恨み
や悔しさを募らせていた。
『俺達がいなくなれば、連中も大手を振ってこの辺りを民営化出来るもんな。それとも公営
の施設にして、雇用の足しにでもするのか』
 特に自分達の中では比較的若手に入る、宇高や益子などは人一倍義憤(いかり)に燃えて
いた。飛鳥崎の上層部が自分達郊外民を切り捨て、その版図を拡げようと目論んでいると、
声高に叫んでは訴え掛けていた。
 集まった面々は総じて押し黙っている。彼らを中心として、打てる手段は一通り試してみ
たつもりだ。最寄りの出先機関へ陳情に出向いたり、警察に再捜査を直談判したり。時には
抗議デモなんてこともやってみたが──当局はまるで動いてくれやしない。メディアはそも
そも、取り上げさえしない。
 尤も、それは無理からぬ事だったのだろう。何せ中央署には例の、電脳生命体なる化け物
どもが巣食っていたと云うのだから。
『正直信じられんがな……。その話を聞いたのも、事件自体があってから大分後の話だ。私
達のような年寄りには、デバイスだの何だのと言われても分からんよ……』
 とはいえ、自分達の訴えが封殺・黙殺されたのは事実だ。悔しさが、やがて憎しみに変わ
ってゆくのにそう時間は要らなかった。
『──止せ、益子! お前はそれが何だか解っているのか!?』
 だからこそ……。ある時彼が手に入れてきた代物を目の当たりにして、宇高達は生きた心
地がしない程に焦った。
 独特な形状の短銃型ツール・リアナイザ。今ではもう出回ってすらいない、違法改造品。
 宇高以下仲間達は、必死に止めようとした。元の情報こそ、事件があってから何周遅れか
で聞き及んだ内容であったが、中央署を例の化け物だらけにした元凶──とにかく危険な代
物であることだけは知っている。
『解ってる、解ってるさ!』
『だが言い換えれば……こいつさえあれば、今の街や政府へのダメージになるんじゃねえの
か? 少なくとも“実績”はある! ギャフンと言わせられる!』
『止すんだ! 俺達が、お前までが手を出したら……!』
『奴らが憎くないのか!? 井道さん夫婦を見殺しにされたまま、このまま黙っていろって
言うのか!?』
 鬼気迫る表情。怒り。
 結局宇高を始めとした集落の仲間達は、彼の行動を止められなかった。取り押さえて引き
剥がそうとしたそれを、部屋の中で高々と掲げて引く。刹那銃口から眩しい光の球が飛び出
して来て、面々の前に着地した。鉄仮面の──いわゆる電脳生命体と思しき怪人の姿がそこ
にはあった。
『……願イヲ言エ。何デモ一ツ叶エテヤロウ』
 ゆらりと視線を向け、ややあって問い掛けてくる初期個体(サーヴァント)。宇高達は、
当の益子は、暫く唖然と目の前の光景に立ち尽くしていた。
『ふ、復讐だ。井道さんを殺し、今度は俺達を見殺しにしようとしている、街の連中に思い
知らせてやりたいんだ! 井道さん夫婦の無念を、晴らしたい!』
『……了解シタ』
 するとどうだろう。次の瞬間このサーヴァントは、音もなく益子に近付いたかと思うと、
突き出した右手の指先を彼の額に押し当てた。ぐっと力を込めた。『ガッ──?!』驚いた
が、別段風穴が空けられた訳でもない。
 ただ一同が気付いたその時には、この鉄仮面と蛇腹の配管を巻き付けた怪人の姿が変わっ
ていた。デジタル記号の光と共に“濁った体色とギョロ眼”のそれへと、変貌を遂げていた
のである──。

 首都集積都市・東京。公安内務省庁舎内、大臣執務室にて。
 上等な絨毯や棚、応接用のソファとテーブルの奥で、梅津は一人大量の書類仕事に追われ
ていた。ペンを走らせ、判を押す。政治家になってからというもの、今に始まった事ではな
いが、やはりデスクに長時間張り付くだけというのは性に合わない。
(……ったく。この辺が相変わらず、この国の無駄な所なんだよなあ。何か行動一つ取るに
しても、手間が掛かり過ぎる……)
 一旦大きく息を吐いて手を止め、尚もデスクの上に積まれたままの書類達を睥睨。先日自
身が予算委で揺さぶりを掛けたのもあるが、最近は飛鳥崎当局末端への被害も多数報告され
ており、批判もとい突き上げの声は一層激しさを増している。
(守れるモンなら、とっくに守ってるよ。全部責任をこっちに放り投げて、安穏としたがっ
てるのはそっちの方だろうが……)
 元々梅津は根っからの現場人間──叩き上げで鳴らした剛腕刑事だった。それがある時、
同じく若き日の“三巨頭”小松雅臣や竹市喜助と出会い、後にこの国における“新時代”を
牽引することとなる。
 自らの信念、現場一徹を脇に置いてでも政治家の道を選んだのは、当時“限界”を感じて
いたからだ。どれだけ実績を挙げ、人々から支持されようとも、組織の中では良くて中堅。
思うがままに犯罪と立ち向かうには制約が増え過ぎていた。
 仕方ないとはいえ、上に立てば立つほど、煩雑なタスクが増えてゆく。
 俺が“直接”手を出せれば。そうしても大丈夫になる為の、権力だった筈なのに……。
「失礼します!」
 ちょうどそんな時だった。独り小休止がてらに物思いに耽っていた梅津の下へ、聞き慣れ
た部下の声が響いた。キュッと普段の強面を引き締め直し、ノックからのそれを促す。出入
口の扉を開けて入って来たのは、H&D社調査の為、飛鳥崎市に派遣していた筈の筑紫以下
調査チームの面々だった。
「お前らか……。どうした?」
「はい。中間報告を兼ねてご相談が。先日、予算委で例の“発見器”のことを話されている
のを観ましたので」
 信頼のおける部下の一人、筑紫はそうビシッと警官時代のスタイルのまま、他の部下達と
共に梅津に敬礼して答える。少し眉根を寄せた彼に、面々は流れるようにこれまでの状況を
報告してくれた。
「有志連合との共闘話は、進んでいるのですね」
「ああ。で? 調査の具合は如何だ?」
「正直厳しい状況です。最初、リチャードCEOが直々に顔を出してきた時点で拙いとは思
ったのですが、例の会見によって世論の心証をシロにされてしまいましたからね……。先手
を打たれたというか、外堀を埋めてきたといいますか。結局あれから何度も探りを入れては
みましたが、有力な証拠は挙がっていません。既に警戒し、処分されてしまっている可能性
もあるでしょう」
「あそこは昔っから秘密主義だからなあ……。まあ今日び、技術を囲い込むってのは何処の
企業でも珍しいことじゃねえが……」
 曰く、目ぼしい収穫は無し。噂通り例のCEOは頭が切れるようだ。中央署の一件の後、
こちらがもっと早く動ければ結果は違ったのかもしれない。野党やマスコミどもの、足の引
っ張り合いを恨む。
「と、なると……。益々連中を引き摺り出す為に、あれが重要になってくるな」
「ええ……。なのでその為にも、私達にも例の“発見器”とやらを見せてはくださいません
か? 実物を把握していれば、今後の捜査にも役立つかもしれません」
「ん。そうだな。ちょっと待っててくれ」
 だからこそ、梅津はそう語る筑紫らの求めに応じ、すっくと椅子から立ち上がった。その
ままデスクを離れて斜め右正面の窓際へ。保管先に連絡を取る為だろう。懐からデバイスを
取り出すと、慣れた手付きで番号をコールする。
「ああ、もしもし。俺だ」
「例の装置についてなんだが……」
『──』
 即ちそれはちょうど、彼がこちらに背中を向けて立っている状態。筑紫ら部下“だった”
筈の者達は、この絶好のタイミングを見逃す筈もなかった。
 密かに光るデジタル記号のノイズに包まれ、ボコボコと人皮の上から明らかな変質を始め
てゆく。或いは肉体に隆起を見せることはなく、鉄仮面と蛇腹の配管を巻き付けた姿へと変
貌を遂げる。
 越境種(アウター)だった。
 筑紫ら部下達は、異形の蚊人間及びサーヴァント達となって梅津の背後を襲おうとした。
最早その正体は人間ではなく、原典(オリジナル)の彼らと入れ替わった偽者に過ぎない。
「──やっぱりな。余程俺達の動きが邪魔と見える」
『!?』
 しかしながら、当の梅津はこの気配に始めから気付いていたのだった。窓際、わざと見せ
た背後から襲い掛かろうとする寸前の彼らを、ぽつりと威圧感のある声色で躊躇わせる。片
頬に押し付けていたデバイス越しに、梅津は叫んだ。
「今だ、やれッ!!」
 言って窓際から少し横に飛び退いた、次の瞬間だった。ちょうど直線上、窓際と筑紫達を
捉えた室内左側の壁から、これをぶち抜いて巨大な炎の渦が彼らに襲い掛かったのである。
『ギャアアアアアアア──ッ!!』 
 浄火一閃。
 突然の攻撃に避ける暇も無く、サーヴァント達はあっという間に黒焦げになって蒸発して
いった。一方の筑紫──彼の姿に化けていた蚊人間のアウターも、炎に巻かれたまま窓ガラ
スをぶち破って落下。庁舎ビルの外へと放り出され、地面へと叩き付けられる。
「ぐぅ……ッ!!」
『動くな!』
 更にそこには、予めこうなる事が判っていたかのように、完全武装した当局の治安部隊が
待ち構えていたのだった。炎上と落下ダメージに悶えるこの怪人を包囲し、一斉にライフル
の銃口を向けている。
(こ、こいつら。俺がやって来ることを知ってて……??)
 蚊人間のアウターはよろりと、顔面から延びる長い口器を揺らしてこれを睥睨していた。
ぶち割った窓、先程までいた上階からは、静かに怒気を孕む梅津がこちらをじっと見下ろし
ている。
『──やりましたね、マスター!』
「ああ。……すみません、梅津さん。そっちの書類までごっそり焼けちゃって……」
「何、構いやしねえよ。紙の百や二百、手続きくらいならまたやり直せばいい。命の方は替
えが利かないんだからな」
「……はい」
 そうしてぶち抜かれた室内、執務室左の向こうから出て来たのは、健臣だった。
 香月から託されたサポート・コンシェル──アウターを焼く、特殊な炎を操るガネットを
挿れた調律リアナイザを片手に、そうあくまで謙虚な苦笑(わら)いを浮かべながら。

『結論から言うと──大当たりよ。三条君の勘は当たっていたわ』
 時は戻り、飛鳥崎文武祭。中心区・セントラルヤード。
 クラスのメイド・執事喫茶が賑わいを見せる中、皆人は独りこっそりと店舗裏に抜けて連
絡を取り合っていた。デバイスの向こうから聞こえてくるのは、司令室(コンソール)に詰
める香月や萬波、ないし冴島達である。
『例のギョロ眼のアウターだが、以前にも似たような襲撃事件が何件が起きている。どれも
これ散発的で、郊外だった所為もあり、私達もすぐには把握出来なかったのだが……』
 皆人は彼らに、先のギョロ眼のアウター達についての追加調査を頼んでいた。奴らの正体
は何なのか? 過去に類似した事件はなかったか──? はたしてその答えはイエスだった
のである。
 データを送るよ。萬波に言われて、一旦デバイスを耳元から話して画面を見る。
 そこには確かに、類似した事件がここ二・三ヶ月の内に集中して起こっているさまが示さ
れていた。地図上へと落とし込むと、事件は全て飛鳥崎の郊外──街の北西から市中方面へ
と点の集まりが延びてゆこうとしている。先日の一戦も北西の端だった。
「やはりか……。事件は未だ、終わっていない」
 皆人は思わず、顔を顰めて唸っていた。嫌な予感とは、往々にして的中してしまうものら
しい。よりにもよって、文武祭が行われている真っ最中に。
 仁や宙から“群体”という特徴を聞いた時点で、怪しんではいた。もっといるのではない
かと思った。姿形も量産型(サーヴァント)ではないというのなら、尚の事。
 その時はまだ、ぼんやりとした仮説の域を出なかった。もしかたら奴らは、数そのものが
特性のアウターなのかもしれない、と……。
 だからこそ皆人は、チームの息が掛かった工作員や兵力を市内の各所に配置させていた。
実現が難しくとも、香月達には調整(チューニング)を急がせた。
「香月博士。例の作業の方は……?」
『ええ、一応間に合わせたわ。出来れば、使わずに済むことを祈っているけれど』
 中央署での一件以降、守護騎士(ヴァンガード)──自分達対策チーム、こと仁や宙など
元のTA(テイムアタック)ユーザーを中心とした身バレ情報が、アングラ界隈のネット上
に出回り始めている。その都度こちらが密かに手を回して、消して回ってはいるが……そん
な人海戦術にも限界はある。秘匿しようとすればするほどに、一部の者達は寧ろその逆張り
を往くものだ。
 “蝕卓(ファミリー)”の差し金? いやそれ以上に、市民ら自身の暴きたいという欲求
が勝っているのだ。中には自分達以外のこれと対抗、擁護・反論する者らの存在も確認して
いるが……現状覆すほどの勢力ではない。
(まさか、な)
 平穏は壊される。それでも限界まで、皆人は睦月らのそれを守りたいと願った。同時にそ
れは、彼なりの、七波由香への償いでもあったのだろう。
 せめて、この文武祭ぐらいは……。折角クラスの面々とも、期せずして融和が図れる機会
なのだ。出来ることならその一時を確保してやりたい。彼女絡みの一件も含め、本来は関わ
る必然性など無かったのだ。睦月や海沙、宙に仁。彼ら親友(とも)達もまた、こちらの見
通しこそ甘くなければ、同じくここまで足を踏み入れる必要など無かったのだから……。
「──!?」
『? 司令……?』
『な、何? どうしたの?』
 だがしかし、現実は非情である。
 皆人がそう確認と思案に呑まれそうになっていた最中、異変は訪れた。店の方、会場方面
全域から、何やら騒々しい轟音が聞こえ始める。

(おいおい。こりゃあ、予想外の客が来たな)
(向こうも解っていない筈はないだろうけど……大丈夫かしらね?)
 睦月達のクラス、飛鳥崎学園(コクガク)高等部一年B組のメイド・執事喫茶に姿を見せ
たのは、過去対策チームと共闘経験のある淡雪と黒斗──人間態のユートピアだった。尤も
そんな事情を知る由もない周りの大半は、清風女学院生という彼女の制服姿、ステータスに
驚いていたのだが。
「お姉様。どうしてこんな所に……?」
「格式も何もない、猿真似のような店に……」
 一方で、その取り巻きと思しき他の学院生達はと言えば、あからさまに彼女が“下々”の
出店へと足を運んだことそれ自体が面白くなかったらしい。彼女達からすれば、確かに上っ
面だけを真似たその下劣なコンセプトを、じろじろと見渡しては顔を顰めている。
「むっ。何だよ? そっちから来ておいて早々──」
「ちょっと! あんたらもあんたらで、喧嘩腰になってどーすんの!」
「そりゃあ、清風のお嬢様達からすれば遊びみたいなモンよ。何よりお客さんでしょ?」
「あらあら……ごめんなさいね? 貴女達も、礼儀は尽くしなさい? おもてなしの心に、
上下も何も無いでしょう? 大体今日は、お祭りなのだから」
「は、はいっ!」
「申し訳ございません……」
 だがそんな両者をめっ! と宥めてくれたのは、他でもない淡雪本人。
 彼女はしゅんとなる学友達に穏やかな苦笑(え)みを向けると、すぐにこちらを──睦月
の方に視線を戻して微笑みかけた。傍らの黒斗と共に、改めて流れるような所作で小さく頭
を下げてくる。
「お久しぶりです。その節はどうもお世話になりました。本来ならアポイトメントを取るべ
きだったのでしょうけど……驚かせてみたくって」
「お、お世話あ!?」
「佐原、おい、てめえ! 知り合いなのか!?」
「ずりーぞ! 青野や天ヶ洲だけじゃ飽き足らず……!!」
「え? ええっ!? ち、違──!」
 故に次の瞬間、主にクラスの野郎どもがにわかに色めき立つ。営業中・接客中だというこ
とをすっかり放り出して、彼女から言葉を向けられた睦月に対して、ジェラシー全開で揉み
くちゃにしてゆく。束になって突っ掛かってゆく。
「ちょっと、あんたら! 仕事中! 仕事中!」
「あらあら……。知り合いだったの? 睦月君?」
「はっはっはっ! 誑(たら)し結構! 男は甲斐性あってこそのモンさ!」
「……」
「べ、別に、あたし達はそういうのじゃないんだけど……」
 クラスの女子、接客係が慌てて割って入ったのは勿論の事ながら、奇しくも場に居合わせ
た輝や翔子、定之に亜里沙といった両親組もこれには驚いていたようだ。呵々と笑い、或い
はどういう事だと訝しんでいる。
「サハラ……?」
 しかしそんな中、当の淡雪自身は小さく繰り返すように呟いていた。以前の対ムスカリ共
闘の際、聞いていた名前とは違ったからだ。
 なるほど? だがややあって、まるでそうすぐ理解が及んだように、彼女はクスッと密か
に微笑(わら)う。ギャーギャーと騒がしくなる様子を見ていた黒斗も、そんな彼女や睦月
達の反応を見かねて助け舟を出してくれる。
「申し訳ないが、無用な推測はご遠慮願いたい。お嬢様は以前、事故で入院されておられま
した。その際彼と、彼のご友人の協力もあって回復したというだけのことです」
 前半少々釘を刺す味を強く、後半は主に代わっての礼を。
 取っ組み合いのようなカオスになりかけていた面々が、彼の放った言葉で一気に冷静さを
取り戻していた。誰からともなく彼と、ニコニコと微笑む淡雪を見遣って、すっかり揉みく
ちゃになってしまった睦月から離れる。手を放す。
「……ああ、何だ。三条絡みか」
「それならそうと始めから言えよなー。無駄に興奮しちまったじゃねえか」
「え? あ……うん。ごめん……」
「いや、何であんたらが被害者面してんのよ」
「す、すみませんね? 本当、品性の欠片もない野郎どもばっかりで……!」
「そう言えば、当の三条は?」
「ああ。何か少し前に、電話掛かって出てったぞ。いつもの家のアレだろ?」
「……こういう時ぐらい、電源切ってて欲しいんだけどなあ。ただでさえ、今回は執事組の
稼ぎ頭なのに……」
 くすくす。急に真面目に戻ったクラスの男子達と、慌てて取り繕う女子達。それでも淡雪
は笑って許してくれていた。寧ろ微笑ましいと、若干引いている黒斗や取り巻きの学院生達
を尻目に、また二言三言と雑談に花を咲かせ始める。
(く、黒斗さん。どうしてまた……?)
(突然ですまなかった。彼女の、たっての要望だったものでな。まあ私にとっても、都合が
良かったのだが)
(? それはどういう──)
 気を取り直して接客係が、淡雪及び輝達を空いている席へと案内する。周りのギャラリー
も程なくして捌け、睦月はヒソヒソと黒斗にそれとなく、このサプライズの経緯を訊ねてみ
ていた。尤も当の彼はと言えば、相変わらず不愛想な表情(それ)を崩さず、主の横顔を見
守ることを優先していたのだが。
(……やれやれ。一時はどうなる事かと。全部バレちまうかと思ったぜ)
(流石にそこまでは行かないでしょうが……警戒するに越した事はありませんね。何せ彼は
一度、彼女らと交戦しています。ただの御礼に来ただけなら良いのですが……)
 或いは仁や海沙、宙。他の仲間達。
 仁のホッと胸を撫で下ろしたヒソヒソ声に、執事服姿の國子は、尚も密かに緊張した面持
ちを変えなかった。その視線の先には由香──メイド組の一人として配膳をして回りながら
も、チラチラと先程から淡雪ないし黒斗の方を窺っている。

「──ぐっ、うぅぅッ!?」
「人が……人が思った以上に多い!!」
 一方その頃、文武祭の会場を埋め尽くす人波では、これに呑まれた取材チームの面々がも
がき苦しんでいた。事実今年の来場者は、例年よりも更に多かったのだ。当初のお目当てで
ある学園(コクガク)一年B組の出店──ネット情報等で守護騎士(ヴァンガード)と共に
大立ち回りを演じていたと思しき仲間の一人、大江仁と天ヶ洲宙が所属するそこへと、その
正体を調べに行こうとして。

「──ところで兵(ひょう)さん。七波ちゃんに顔出さなくていいんスか? 今速報のタイ
ムライン観てますけど、結構良い感じに看板娘やってるみたいですよ?」
「わざわざ出向かなくてもいいだろ。大体あそこは、三条の坊主どもと同じクラスだ。俺達
が行ったら行ったで、警戒されるのは目に見えてる」
 筧と二見も、この一大イベントに足を運んでいた。朝から食べ歩きや各種ライブ、競技の
観戦などを見物して回っていたが、同じ獅子騎士(トリニティ)仲間の由香の下へは未だ会
いに行っていない。
(まあ、例の“クロト”についての情報は出てくるかもだがなあ……。それでも今すぐ此処
でって訳でもねえ。せめて今日ぐらいは、七波君にも楽しんで貰いたいしな)

 だが現実は何時だって無常である。望まないことばかり知覚する。
 喫茶の中で輝達や淡雪、黒斗に取り巻きの学院生らがテーブルに着いて軽食を摘まんでい
た最中、突如として会場の何処かしらからか爆発音が聞こえたのである。続いて乾いた、連
続した発砲の音。思わず立ち上がった睦月達や場の面々に、緊張が走る。
「な、何!?」
「何処かの演出……じゃねえよな?」
「だとしたら趣味が悪過ぎんだろ。あのざわめき、演技とかじゃねえぞ」
『か、怪物だー!!』
『怪物が出たぞーッ!!』

 自分達を切り捨て、見殺しにしようとする飛鳥崎に恨みを持つ郊外民・益子匡(ただし)
を召喚主とし、濁った体色とギョロ眼のアウター・パンデミック達は最寄の当局出先機関を
次々に襲撃していった。
 そう、パンデミック“達”である。
 彼らの能力は自己増殖──力を蓄えれば蓄えるほど、自らの個体数を倍々に増やしてゆく
事が出来る、珍しい群体型のアウターだった。集落の仲間達の制止を振り切り、集積都市へ
の復讐に乗り出した益子は、その圧倒的な物量が全てを押し潰すさまにすっかり陶酔してし
まっていた。
 箱たる出先機関の建物自体は勿論の事、そこに詰めていた官吏、委託された企業の関係者
達を襲っては呑み込み、進撃してゆく。襲撃を繰り返すほどに増殖のスピードは増し、腐食
のブレスまで駆使するパンデミック達に、最早並みの人間では全く歯が立たない。
『はははははははは!! 凄い、凄いぞ凄いぞ!! これなら勝てる! こいつらを使えば
飛鳥崎を──いや、首都の政府すら倒せる! もう俺達のことを、勝手な都合で“乗り遅れ
た敗北者”だなんて言わせねえ!!』
『……』
 ただ、宇高を始めとした他の仲間達は、山間を埋め尽くすその姿を目の当たりにしてよう
やく悟っていた。彼らを味方として頼もしいと思うよりもずっと、その力が“恐ろしい”と
思い始めたのだった。
 はたしてあれらは、本当に自分達の手に収まるレベルなのだろうか?
 このまま街への恨みのままに武力を振るい続けては、取り返しの付かない事になってしま
うのではないか……?
『捨てろ? 馬鹿言え! これからなんだぞ!? ここまでの兵力に育って、これから敵の
本丸を攻め落とそうって時に……!』
『一旦冷静になれ、益子! やはりお前は間違ってる! こんな事をして、街の人間の命を
奪った所で、井道さん達が喜ぶと思うか!?』
『あれは化け物だ。お前の力じゃない、俺達の力でもない!』
『大体、もし飛鳥崎を本当に滅ぼしたとして、その後お前はどうする心算なんだ!?』
『五月蠅いッ!!』
 本当は解っていた。もっと早く止めるべきだった。もっと強く、彼の暴走を力ずくにでも
食い止めるべきだった。
 しかし、既に力に呑まれた益子は聞く耳を持たない。宇高や集落の仲間達の説得にも応じ
ず、寧ろ鬼気を纏ってギラついた眼でこちらを睨み返してくる。駄目だと思った。
 ──同じだ。益子はもう、あの怪物達と同じ眼をしてしまっている。
『ま、待て! 待て待て!!』
『俺はお前達のご主人様だぞ!? いいから離せ! 群がる“敵”は俺達じゃない!!』
 だから……やがてパンデミック達の矛先が、自分達の方にも向けられた時、宇高達はこれ
は報いなのだと思った。無数のギョロ眼、濁った体色と恨みの塊。その害意にいよいよ自分
達が“始末”されようとする中、彼らは最期の瞬間まで必死に足掻く益子の姿を見ていた。
文字通り大きな隔たりによって手すら届かず、救い出せなかった──共犯者であったかつて
の同胞の姿を。
『関係……ナイ』
『憎イ、憎イ、憎イ!』
『恨ンデイル……ノダロウ?』
『街ヲ、呑ミ込ム。ヒトノ全テヲ、破壊スル……』
 群体であるということ、それそのものが性質であり能力ということは、彼ら個人の自我な
いし自由意思と呼ばれるものは、希薄と言ってしまって良いのかもしれない。
 だがそれでも、彼らには唯一明確な意思があった。只一つの目的だけが在った。
 益子本人と改造リアナイザ、本体であったデバイスをあっという間に呑み込んで、彼らは
飛鳥崎の市街へと進む。
 感染爆発(パンデミック)。
 その名の通り、主亡き後も“飛鳥崎を恨む”という憎念だけは受け継ぎつつ、ただ只管に
破壊と増殖を繰り返す。立ち塞がる全てを押し潰す──。

 怪物──電脳生命体の出現。
 そんな情報だけでも恐ろしいのに、加えて現れた場所がこんな人でごった返すイベント会
場、個ではなく群れで襲って来たとなれば尚更である。遠くセントラルヤードの西側から聞
こえてきた爆音・銃声を切欠に、居合わせた人々は瞬く間にパニックに陥っていた。無数の
悲鳴や怒号が上がり、客は勿論学生らも我先にと逃げ出そうとする。
「くそっ! 何がどうなってんだ!?」
「電脳生め──越境種(アウター)が出たみたいだぞ?」
「どうしてこんな、ピンポイントな時に……!」
「奴は何処から来てる!?」
「確か、音がしたのは向こう……」
「西だな!? なら東だ! 東に逃げるぞッ!!」
 最早文武祭どころではなかった。各校各クラスの出店を始め、ヤード内の各競技会場にお
いても人々は逃げ惑う。ただでさえ人口密度の高さを、警備要員らが適宜通行ルートに誘導
することで保っていた均整が、見るも無残に崩壊してゆく。
「み、皆さん落ち着いて! ちゃんと列を作って、順に避難を……!」
 豊川先生も、突然の出来事に慌てながら、それでも皆の規範たれと生徒達を統率しようと
したが、一旦崩れた秩序と物量の前にはまるで無力だった。誰も話を聞いちゃいない。輝や
翔子、定之に亜里沙達が「おおぅ……!?」と、混線する人ごみに呑まれていた。睦月や海
沙・宙、仁に國子といった対策チームの面々も、行き交う不確実な情報達に耳を澄ませなが
ら、どう動くべきか迷っている。
「まさか奴らが……。よりにもよってこんな時に……」
「だからこそ、なんだろうよ。こんなに人間が集まってる機会、早々ねえからな」
「皆っちは!?」
「少し前に、司令室(コンソール)との定期連絡に。皆人様も、全く気付いておられないと
は思えませんが……」
「と、とにかく、皆を逃がさないと!」
 タイミングが悪い事に、司令塔たる皆人はちょうど不在。何よりこれほど大人数の眼があ
る以上、迂闊に飛び出して変身・召喚しようものなら確実に身バレしてしまうだろう。かと
言ってこのまま何もしなければ、今までで間違いなく最大級(クラス)の犠牲者を生む事に
なる。
「……あいつら」
「黒斗、黒斗! 無事!?」
「お、お姉様、急いで避難を!」
「どうやら東側が一番安全のようですわ!」
 黒斗と由香も、逃げ惑う人ごみの中で立っている。それぞれに大きく揺らぐ周囲のテント
を視界に映しながら、その向こうより迫って来ているであろう敵(こたい)の姿が確認出来
ないかと粘る。淡雪が彼の名を呼んで駆け寄った。取り巻きの学院生達も、血相を変えて早
くこの場を離れようと提案している。
「はい、私は此処に。それと──」
 すぐに追いつきます。黒斗は応えながら、しかし最後の一言までは言わなかった。取り巻
き達が後ろに居たこともあるが、何より彼には彼で目的があったからだ。淡雪も、彼が暴挙
に出た同胞を止めに行くのだろうと察して、小さく頷いていた。目と目があってそういう旨
だと、てっきり思い込んでしまっていた。
『──ッ!?』
 “消えた”のだ。轟音のような周りの気配に溶けそうになりながら、しかし次の瞬間、黒
斗はその領域支配の能力を発動していた。即ち瞬間移動(テレポート)。問題は当の彼本人
だけではなく、その際何故か由香までも一緒に連れて行ってしまったということ。
「え……?」
「な、何で!? 何で七海さんまで……?」
「分かりません! とにかく今は、周りの人達を!」
 取り巻きらや淡雪、輝を始めとした周囲の客は勿論、睦月達もこの突然の挙動に動揺を隠
せなかった。それでも彼の能力を知っている分、他のクラスメート達よりはまだ数拍早く動
けたようだ。國子が眉を顰める。
 つまりそういう事なのか? 彼の方も、彼女が獅子騎士(トリニティ)の一人だと知った
上で……?

「くそぉっ!! 撃て撃て、撃て! 撃ちまくれーッ!!」
 異変が始まった現場、セントラルヤード西口。
 やや北側から回り込むようにして突如現れたこのギョロ眼の怪人達に、運悪く居合わせて
しまった警備要員らは、必死の迎撃を試みていた。通路を塞ぐように隊列を組み、雨霰と銃
弾を浴びせるが、この濁った体色の群れは全く意に介していない。多少の滑り気を持った身
体にことごとく弾かれ、そのまま数の力でもって押し込まれる。押し倒され、一人また一人
とあっという間に陣形が崩されていった。
 ……しかも、彼らにとってはまさしく悪夢であるかのように、このギョロ眼のアウター・
パンデミック達はその間も“増殖”を続けていたのである。彼らを押し倒して状態を下げて
いる最中、また新たな、且つ姿形そのままの群れが第二波・三波として襲い掛かって来てい
たのだ。
「ひぃっ!? ひぃッ!!」
「た、助け──助け、あぁぁぁーッ!!」
『……』
 そんな眼下の地獄絵図を、奇しくも放送棟の上階廊下から恵と耕士郎──人間態のアイズ
は目撃していた。
 あまりにも一方的で、無慈悲で。
 しかし彼女らは、そうした目の前の惨劇よりも、いち召喚主と個体だからこそ気付ける事
実に至っていた。目を見張って冷や汗が伝い、状況がより一層絶望的であると知る。
「……ねえ、コウシロー」
「何だ、メグ? まぁ言いたいことは大よそ見当が付いてるが」
「あの馬鹿みたいに多い奴ら、銃弾が“すり抜けていない”わよね?」
「ああ。物理的な干渉に、一旦は抵抗している。つまりは既に──実体化している」
 最悪だった。ただでさえあんな、群体タイプの個体など見た事がないのに、それがもう今
の段階でマックスのポテンシャルを発揮出来ている。なまじ物理的に抵抗できしまうものだ
から、実際警備要員らも次々に巻き込まれていた。これ以上侵食ラインが拡がれば、会場内
に居る数万人規模の来場者及び生徒達が犠牲になる。
「冗談じゃないわよ……。私にとっても、今回の文武祭は最後なのに。佐原君は? 三条君
達は一体どうしてるの!?」
 くわっと憤りに声を荒げ、こちらを見てくる恵に、アイズは険しい表情をするだけで応え
なかった。
 彼らが全く動いていない訳ではなかろう。だがこれほどの、今日のような“市民”が大挙
して集まっている場所で、彼らが思う存分戦えるとは思えない……。
「……流石に、この状況で“傍観者”はやってられないわね」
 故に恵は躊躇いつつも、意を決して呟いた。自らに活を入れた。僅かに頷き返すアイズを
視界の端に映しながら、彼女らもとにかく自分達に出来ることをしようとする。
「コウシロー、三条君達に“眼”を飛ばして! 少しでも此処で起きてる事を伝えるの!」

「──ったく。何がどうなってやがんだ? あいつらは確か、俺と天ヶ洲が倒した筈だぞ?
何であん時と同じ奴らが……それも馬鹿みたいに増えてやがんだよ?」
 睦月と仁、國子は混乱する人ごみの中を縫い、何とか自分達が身を隠す為の場所を確保し
ていた。海沙と宙はそれぞれの両親を、淡雪達や、店内に居た他の客やクラスメートらを避
難させるべく動いてくれている。
 身を屈めた物陰の向こうでは、間違いなくあの時のギョロ眼──パンデミック・アウター
達が膨大な数に膨れ上がって会場内に流入しつつあった。尤もそのお陰で、最初よりも人々
の逃げ惑う方向が統一されては来たが。
「睦月、國子、大江!」
「ッ!? 皆人!」
「皆人様! ご無事だったのですね」
「おせえよ。今まで一体何やってやがったんだ」
「……こちらの想定よりも、敵の動きが早かったようだ。お前達も薄々勘付いているかと思
うが、奴の能力は増殖だ。群体であること、それ自体が最大の武器だったんだよ」
「うっ。や、やっぱりそういうことか……」
「それでどうする、皆人? ちょうど小父さん達や藤城先輩達も来ていたんだけど、今は海
沙や宙が皆を逃がそうとしている途中で──」
 そうしていると、遅れてやって来たのは司令塔たる皆人だった。仁が悪態をつき、従者の
國子が珍しく安堵の声色を濃くする中、彼は努めて冷静に状況を見極めていた。睦月達から
報告された情報も含めて、今急ごしらえでも可能な指示・作戦を組み立てて伝える。
「このまま睦月と國子、大江はアウター達の迎撃に当たってくれ。隊の皆は冴島隊長含め、
今急いでこちらに来て貰っている。青野と宙には引き続き避難誘導を。二人のコンシェルを
考えても、このような乱戦のど真ん中で運用するのは難しい。俺は冴島隊長と合流して、七
波を捜してみる。状況からして、おそらく黒斗は彼女の正体に気付いている筈だからな」
 正直な所を言えば、戦況は至って厳しい。それでもこれほど大規模な襲撃に対し、自らの
保身を優先して息を潜めていることなど出来なかった。『了解!』睦月と仁、國子はそれぞ
れに応えてリアナイザを懐から出し、変身とコンシェルの召喚を実行する。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
「頼んだぜ、デューク!」
「守備は宜しくお願いします。私は適宜来場者達を見つけ次第、安全な場所へ移します」
 パワードスーツ姿に身を包んだ睦月と、大盾と突撃槍(ランス)を引っ下げた白い鎧甲冑
の騎士。触れた対象を透明化させる事が出来る、般若面の侍。
 三人は、冴島隊と合流しに行く皆人と再び別れ、一斉にこの“数の暴力”を体現したかの
ような敵へと立ち向かう。

「──ああっ、もうッ!! キリがねえ!」
「つーかこいつらはこの前、俺達で倒した筈の奴らでしょう!?」
 戦う力はまだ他にも持つ者がいる。呑気にお祭り気分を楽しんでいた筧と二見の所にも、
パンデミック達の大群は押し寄せ始めていた。逃げ惑う人々に注意して一旦隠れてから、彼
らは赤の獅子騎士(トリニティ・ブレイズ)と青の獅子騎士(トリニティ・ブラスト)に変
身。これに立ち向かう。
「その筈、なんだがな……。どうやらあの時で全部じゃなかったらしい。喋ってる暇があっ
たら手を動かせ! 奴らがまた増え出す前に、削るんだよ!」
 どらァッ!! 燃え盛る炎を纏わせた剣閃で、筧は迫り来るパンデミックらを数体一気に
消し炭にした。どうやら数こそ馬鹿みたいに多いが、肝心の一体一体の戦闘力はそこまで高
くはないらしい。体感として、精々量産型(サーヴァント)より少し強いといった程度か。
「そう言われても、物理的に無理っしょ。動きを止めることは……出来ますけどっ!」
 一方で二見は、杖で地面を叩いて“ゆっくり”の波動を発動。押し寄せて来るパンデミッ
ク達を少しでも捌き易くする。氷柱を纏わせて尖った杖先を振るい、長刀の要領で一体また
一体と撃破。それでも効果は一時的なもので、尚且つ元の数自体が如何せん多過ぎる。
「七波君はどうしたんだ?」
「さっき電話しましたけど……出ないんスよ。場所が場所ですし、回線が悪いってことは考
え難いんですが──」
 ちょうど、そんな時だったのだ。二人して何とかパンデミック達を押し留めようとしてい
た最中、件の由香から折り返しの通信が入ったのだ。杖を振るいながら、冷気を叩き込みな
がら二見が呼び掛ける。筧も、同じく回線を同期させてこれを聴こうとしている。
「もしもし? 七波ちゃん? 今何処いるの!? 多分そっちも見えてるだろうけど、こっ
ちも大変な事になっててさあ……!」
『え、ええ。解ってます。でも』
 なのに、当の由香からの返事はどうも要領を得ないものだった。もごもごと、いつもの控
えめさとは明らかに違う。何かに怯えているような? 戸惑っているような……?
『場所は……はっきりとは分かりません。でも何処かの屋上です』
『アウターと……。黒斗っていう、執事の人と一緒にいます』

「──皆、こっち! ともかく今はこっちに避難して!」
「落ち着いて! 落ち着いて、列に沿って進んで下さい! 誰かが転んでしまったら、それ
だけ皆の逃げる時間が延びちゃいますよ!」
 海沙と宙は、戦いには参加しなかった。先刻睦月達と合流していた皆人が考える通り、人
ごみの中で戦うには向かないコンシェルをお互いが持っていた事もあるが、何より彼女ら自
身が選んでしまっていたからだ。
 半ば反射的に、追い詰められて。
 対策チームの一員として戦い勇むよりも、目の前で戸惑う実の両親達を何とかしなければ
と思ったのだった。
「宙! いいのか!? 母さんや、定之君と亜里沙さんと先に逃げて!?」
「あたし達の事は気にしなくていいから! とにかくお父さん達は安全な所に! あたし達
はもてなす側だけど、そっちは“お客”でしょ!」
「むー君や三条君達ともすぐ合流しますから、今は急いで運営さんへ!」
「ああ、黒斗。一体何処に……」
 それでも暫くは、輝達も中々その場を離れてくれようとはしなかった。他でもない睦月や
皆人、國子に仁といった面子がいつの間にか居なくなっていたからだ。
 ……普段から家族ぐるみの付き合いをしていると、いざという時にどうしてもお互いを気
遣ってしまう。守ろうとしてしまう。本来なら美しい関係性な筈だったが、流石にこの時ば
かりはもどかしい枷のように二人には感じられた。
 ともかく、半ば強引にでも避難する人々の波に押し込んだ方が良さそうだった。はぐれた
などと答えても、却って要らぬ心配をさせるだけだろう。まさか守護騎士(ヴァンガード)
として、アウター達と戦っているとは言える筈もない。
「あばばば! あばばば……!!」
 東へ東へ、ごった返す人波。
 そんな中で尚も、先の女性記者を中心とした取材チームも揉まれている。

「──何時から、気付いてやがった?」
「最初からだ。お前らも彼女を手に入れたと聞いて焦ったのだろうが……しくじったな」
 時を前後して、首都集積都市・東京。梅津と健臣による秘密裏の待ち伏せ作戦は、かくし
て見事に成功したように思われた。庁舎の執務室から吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた
この蚊人間のようなアウターは、周りを取り囲んで銃口を向けてくる兵達には見向きもせず
問う。召喚されたガネットや、調律リアナイザを構えた健臣と降りて来た梅津は、そう努め
て警戒を怠らずに淡々と答える。
「一つ。筑紫達を調査チームとして派遣した後、リチャードCEOが会見を開いた──先手
を打ってきた時点で、もしかしたらとは思ってた。覚悟はしていた。それでも俺だってあい
らの上司だ。それでも未だ無事かもしれないっていう期待は、していたさ」
 ギリッと静かに歯噛み。しかしながら、その怒気は決して覆い隠されてはいない。
「二つ。なのに今回のこのこと、お前達は戻って来た。すぐ偽者だと分かったよ。俺の前に
来るまでの足取りと所作──要所要所にぎこちなさがあった。俺も公安畑出身なモンでな。
すっかり歳こそ取っちまったが、同類かどうかは見りゃあ分かる」
「ああ……。なるほど」
「三つ。何より俺の部下は、任せられた仕事を放りだして帰って来るような軟弱どもなんか
じゃねえ!」
 轟。そして梅津が怒りをあらわにして叫んだその直後、傍らの健臣が再び調律リアナイザ
を振り払った。中空に浮かぶガネットが、強力な浄化の炎を叩き込む。
 断末魔の叫び声が辺りに響き渡った。周りを取り囲んでいた部隊員達も、思わずごくりと
息を呑み、この焼き尽くされて消滅してゆく蚊人間──筑紫に化けていた怪人の最期の言動
をしかと見届ける。
「ギャアァァァァァァーッ!! ……へっ、へへっ。やっぱ、化けるのには向いてなかった
かあ。そもそも、性に合わないからなあ。取り込んで支配する……それが俺のスタイルだ。
化けるのは“ロスト爺”の十八番だもんなあ」
 にも拘わず、当の蚊人間のアウターは黒焦げになりながも笑っていた。おそらくは敢えて
こちらが飛びつくような情報を小出しにし、反応を窺ったのだろう。一瞬眉根を寄せてこれ
を問い質そうとした健臣を、梅津は手だけで制止した。クククと、アウターからの挑発行為
は止まらない。
「しっかし、人間ってのは惨いモンだねえ。自分の部下をいきなり焼くとは」
「てめぇじゃねえだろ。化けてただけだ。……本物の筑紫達を、何処にやった?」
「クククク……。今俺がこうして此処にいる、それが何よりの証明だと思うがなあ?」
「お前ッ!!」
「止せ! 俺達も、中央署の一件で学習したからな。用済みの本物(にんげん)は、お前達
が早々に消している」
「ははっ。嗚呼、そうだな。それもそっか……」
 ボロボロと、辛うじて人型だった四肢が最早原型を留めなくなっている。腕から脚からと
崩壊し、細かい炭になって蒸発してゆく。最期の最期に、この蚊人間のアウターは意味深な
言葉を残して塵へと還った。
「ま、精々今だけは勝った気でいるこった」
「“こいつ”は死んでも、まだまだ“俺”は死なねえ──」

「くっそ! キリがねえな……」
「三条司令も、奴の脅威はその増殖能力にあると言ってましたからねえ……」
 國子隊と仁隊、もとい旧電脳研メンバー。司令室(コンソール)から援軍として駆け付け
てくれた彼らや別クラスの面々と合流した睦月達は、のそのそと進軍を続けるパンデミック
らを食い止めるべく奮戦していた。
 それでも如何せん、こちらの数との差が大き過ぎる。どうやら相手個々の戦闘能力はそこ
まで高くはないが、力を込めて倒した傍から、またその減少分以上の新手が複製されてくる
ものだから堪らない。
「とにかく、今は会場に居る人達の安全が最優先だよ!」
「少なくとも自分達が引き離せば、直接犠牲になる可能性は下がる筈です!」
 何よりも、戦闘開始時の状況(ハンディ)が悪過ぎる。敵は只々進路上のものを全て呑み
込めさえすれば良いらしいが、こちらはそれを防ぎつつ逃がしつつ、尚且つ自分達の素性が
人々にバレないように配慮までしなければならない。ジリ貧は火を見るよりも明らかだ。
「って、おい!」
「そいつらの吐く息に気を付けろ! 装甲ごと溶かされちまうぞ!」
 だからこそ、一見地の戦闘力の差で押し留めていた睦月達の様子も、次第に雲行きが怪し
くなってきた。つい油断し、大きく口を開けた数体の姿を見て、思わず仁のグレートデュー
クがこれに割って入るように飛び掛かった。すんでの所で掲げた大盾が腐食のブレスを仲間
達から守り、されどジュウジュウとこの厚みを少しずつ溶かして止まる。
「す、すまん! 助かった……」
「気を付けろよ。こいつらはただの量産型(サーヴァント)とは訳が違うんだ。もしかした
ら俺達もまだ知らない技の一つや二つ、持ってるかもしれねえ」
 睦月がドッグ・コンシェルの追尾弾を連射し、次々とパンデミック達を凍て付かせる。國
子の朧丸も赤色に力を蓄えた太刀を振るい、少しでもその数を減らすべく奮戦していた。
『ま、拙いですよ、マスター。私達の今の処理能力じゃあ、こいつらの増殖スピードを抑え
られません。均衡限界……来ます!』
 だが睦月達のそんな抵抗も空しく、やがてパンデミック達の増殖数がその捌いてゆく撃破
数を上回った。崩した最前列からワッと次の、また別の群体が押し寄せ、パワードスーツ姿
の彼や召喚されたコンシェル達を押し返す。
「しまっ──!?」
 表情を歪めた時にはもう遅かった。間に合わない。
 そのまま睦月らは、他の仲間達や逃げ遅れた人々と同じように、この暴力的な“数”の濁
流に呑み込まれ──。

スポンサーサイト



  1. 2020/06/16(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)汝、灰色の世界を愛せよ | ホーム | (企画)週刊三題「電脳染(せん)のグリム」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1236-84f14214
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (205)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (116)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (55)
【企画処】 (507)
週刊三題 (497)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (9)
【雑記帳】 (418)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month