日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「電脳染(せん)のグリム」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:妖精、電気、魔女】


『本日の最高気温は十七.五度、湿度は二十六.三パーセントです』
『皆さん、本日も幸福に過ごしましょう。義務を果たしてゆきましょう』
 ヒトは社会(コミュニティ)を作る動物だが、維持することには向いていない──そんな
結論がずっとずっと昔に出て以降、俺達現代(いま)を生きる市民の暮らしは大きく変わっ
た。変わることを余儀なくされた。
 政治家、なんていう職業はもう存在していない。人間に任せるというのがそもそも間違い
だからだ。見上げれば、視界の四方八方を囲むビル群。尤も窓らしきものは殆ど見つけるこ
とはできず、只々白く背の高い塔といった印象がある。
(……眠ぃ)
 方針を決めるのは、いつだってAIだ。
 この街を、あちこちの国を支配しているのは全部“マザー”──人間に代わり、ありとあ
らゆる物事を合理的に効率的に決定している。俺達は皆、生まれた時から、その都市計画や
ら何やらを進める為の駒でしかない。
 季節はそろそろ初夏に差し掛かって、ここの所じりじりと暑くなっている。いつもの事で
はあるが、毎朝眠たい身体に鞭打って学校に行くのは正直面倒臭い。
「ほら、キビキビ歩く! のんびりしてると遅刻するぞ!」
 なのに……。まあ、今日も今日とて暑苦しい奴はやって来る。とぼとぼと足取りの覚束な
かった俺の肩を、バシンッと通り過ぎざまに叩いてくる女子生徒がいた。
 ちょっと赤毛の掛かった、如何にも負けん気の強そうな幼馴染──メイジー・ラッセル。
通称・メイ。
 俺は一々怒鳴り返すのも億劫で、只々緩慢な動きでこれを睨んだだけだった。
「……朝から五月蠅ぇなあ。しんどいんだよ。毎日走り回ってる何処ぞのエースさんとは違
うっての」
「だったら麟太郎も入ればいいじゃない、部活。別に時期なんて関係ないんだから、せめて
暇な時間を有効活用すれば?」
「埋める用事がないから“暇”なんだろ? 俺はそんな一時こそ大切にしたいね。ゲームや
機体組みも、現状何処かに入らなきゃ出来ないって訳じゃねえし」
「……まったく」
 そもそも根っからのアウトドア派とインドア派──陽キャと陰キャっていう越えられない
壁があるっていうのに、何でかこの家が近かっただけの腐れ縁は、何かにつけて俺を外に引
っ張り出そうとする。いつもの呆れた、非難がましい眼差しこそ向けてくるが、多分こいつ
はこいつなりに俺を“真っ当”にしようとしているのだろう。
 ただ漫然と食い潰してるだけの人間を、この街では“市民”とは呼ばないからな。
「おば様も苦労するわね。あんた、この前も第二言語、赤点取ってたでしょ?」
「チッ。またお袋、ペラペラと喋りやがったのか……。悪いかよ? 俺はお前と違って、単
国籍だかんよ」
「……」
 名前でも分かる通り、メイは俺のような旧國系の人間じゃない。そもそもこの街が今の形
に挿げ変わった後、他の国や地域から移り住んできた系の子孫だ。本人は何世になるのか、
俺も興味はなくてまともに憶えてやしないが──もしかしたらそれまでは、こうやって髪や
肌、目の色まで違う人間がゴロゴロいるってのは、珍しい光景だったんだろうか。
「そういう事を、言ってるんじゃないのに」
 ぶつぶつ。メイはそうあからさまに目を逸らして、煮え切らない態度で言葉を切った。鞄
の取っ手を握ったまま、肩に引っ掛けた本体を俺は軽く支え直す。
 そういうも何も、実際お前んとこみたいな家系は、普段からバイリンガルじゃねーか。
(──うん?)
 ふと視界の端に気になるものが映ったのは、ちょうどそんな時だった。俺達が登校してい
る三線の歩道の向こう、行き交う学生やら何やらの中に、一人ぽつんと立ち止まっている女
の子の姿があった。周りには四人ほどのチャラ男──間違いなくナンパの類か。まったく、
朝っぱらから何やってんだよ……。
「ねえねえ、君君ィ~」
「可愛いね。これから俺達と遊ばない?」
「大丈夫大丈夫。全部手取り足取り教えてあげるからさあ」
「えっと……。あの……」
 俺やメイと同じ、黒紺の指定学生服。違うのは胸章に刻まれているロゴが『Ⅶ』ではなく
『Ⅴ』に見て取れること。あとスカートがちょっと短い。
 多分学年は一個下だろう。小柄で大人しい感じの、メイとは似ても似つかない雰囲気の女
の子だった。まあその所為で、こんな朝一から面倒な輩に絡まれちまってるんだが。
「……あの胸章、五校の子みたいね。放っておきなさいな。その内、警備用のマトンが来る
でしょうし、関わってもいい事ないわよ」
 なのに、やはりと言うか、メイの方はちらっと彼女の方向を見ただけでそそくさと場を後
にしようとした。確かに俺達は七校──第七地区の生徒で、あの子は五校。一介の学生が自
己満足の正義感を振るった所で、余計に揉めた場合のデメリットばかりが先に浮かぶ。
「地区が同じなら、協力って扱いで“市民点(スコア)”も増えるんでしょうけどね……。
悪目立ちになるだけよ。放っておきなさい。それに下手したら、あの子の方が迷惑を掛けた
ってことで減点になるかもしれないし」
「……」
 ああ、そうだ。
 マザーやその管理下のAI達は、毎日俺達を見張ってる。それぞれの地区住民同士が切磋
琢磨して、街の発展に貢献すれば“市民点(スコア)”が加算される。手持ち分が多ければ
多いほど、電車の予約やら料理の割引やら、後々で得られる旨味も大きい。というか、皆そ
の下げ幅とか楽を前提にして色々予定を組んでいる所があるしな。
 本当マザーというか、大昔一連のシステムを作ったっていう“公社”はすげえなと思う。
減り過ぎたら罰則っていう鞭じゃなく、余ってるほどいいっていう飴をメインに据えてるん
だから。別に市民点(スコア)がゼロになったらブタ箱とか、そういう訳じゃない──あく
まで俺達人間が、自分の意思で“競争”し合うように仕向けてるんだから。
「……悪い。お前は先に行っててくれや」
「えっ」
 分かってる。だからこそ俺は──寧ろ俺は、そんなモンとは逆の方向に行きたい。
 天邪鬼なんだろうけどな。後ろ手に一人向こうへ歩き始めた俺に、メイも驚いているのが
気配で分かった。背中からまた何か小言を投げ付けられていたが、全力で聞き流す。
 市民点(スコア)がどうこうとか、損得じゃねえ。
 地区が違うとか関係ねえだろ。困ってる奴がいたら……助けたいのが人の情だろ。
「あ? 何だあ、お前?」
「邪魔すんなよ。これからお楽しみだって所によう」
「……時と場合を考えてから口説けっつーの。こんな糞忙しい登校中に。大体あんたら、仕
事はどうしたんだ? 見た感じ大学生(せんぱい)だろ?」
 止せよ。怖がってるじゃないか──自分でもよくもまあ、こんなベタな台詞が出たモンだ
なと思いつつ、俺はこのナンパ野郎どもの前に進み出ていた。ようやく俺の存在に気付いた
のか、女の子はハッと顔を上げてこっちを見ていたし、見て見ぬふりをしていた周りの連中
も、揉め事の臭いだけには敏感なのかチラチラとこっちに視線を投げてくる。鬱陶しい。
「ああ!?」
「だったら何──」
 そして案の定、キレ散らかす先輩達。
 これでも俺だって一応、出来の悪い学生で通ってるんだ。多少の荒事は慣れてる。向こう
がその気になってガンを飛ばして──至近距離に寄ってくるのを見計らって、俺は小さく呟
くように“あいつ”の名前を呼ぶ。
「ベル」
 このナンパ男どもがギョッとしたのは、次の瞬間だった。俺にいの一番で密着してきた男
が、自分の腹に触れた違和感に気付いて視線を落とし、引き攣った表情(かお)を見せた。
 予め、囲まれた正面のこいつへと密かに添えた得物。
 そこには見間違うことなく、もう一歩でザックリと自身に刺さるであろう、俺が隠し持っ
ていたナイフの刃が覗いている。
「痛つ……!?」
「帰れよ。お互い、こんな馬鹿みたいな所で目ぇ付けられたくねえだろ。他を当たれ」
「っ! この──ッ!!」
「おい、止せ! 人形(マトン)が来やがった! 減点されちまうぞ!」
 正直な話、俺自身このタイミングを待っていたというのもある。もしこいつらが次の瞬間
本気でこっちに矛先を向けて来ようものなら、下手すると返り討ちという可能性だって十分
にあったんだから。
 四対一、純粋な体格差やら日頃の慣れ。俺達の小競り合いを察知して、自走式の黒い円筒
型の機械──警備用の人形(マトン)が何体か、こちらに走って来るのが見えた。ナンパ野
郎どもは、その姿を見て慌てて方針変更。俺や女の子を置いて場から逃げ去ってゆく。
「……大丈夫か?」
「は、はいっ。お陰様で、私は何とも……」
 ちょこんと、一生懸命に頭を下げてくる(多分後輩の)女の子。
 まあその後は言わずもがな、駆け付けて来た人形(マトン)達に色々質問されて、減点に
まではならなくとも注意されて。
 ヒソヒソと、周りの連中からは間違いなく白い目で見られていた。自分達の前に“不快”
を持ち込んできた俺を、叩いていた。元を辿ればあいつらなんだがなあ……。
「もう! 本当にあんたって奴は──!!」
 あと諸々を済ませて学校に着いた後、メイにこっぴどく絞られた。
 先に行ってろって言ったのに。お前まで昇降口で突っ立ってたら、二人揃って減点になる
じゃねえか。

『このように、両者の会談は歴史的に見ても、和解に向けた大きな一歩となり──』
「……」
 ぶっちゃけた話、学校の授業は退屈だ。無駄に馬鹿デカい講義室で、講師がてきぱきと説
明を進めていても、ろくすっぽ頭に入りやしない。
 というか、マザーや傘下のAI達がいるんだから、昔のアーカイブなんて簡単に残せてる
だろうに。何より今じゃあ“政治”なんてもの、基本人間の仕事ですらない。それでも知識
を詰め込ませようとするのは、結局機械や諸々のインフラを保守(メンテ)するのは人間だ
という泥臭い理由からなのだろう。まぁ“公社”に所属できるような人間なんざ、どっちに
しろ限られてるけども。
(あの子、大丈夫だったかなあ……?)
 席で肩肘を突いて、ぼうっと考える。
 警備用人形(マトン)に散々拘束された後、当の彼女は探しに来たらしい、同じ五校の子
達と合流して帰って行った。その時危うく、また俺が犯人扱いされかけたけど……そんなに
俺って、悪人面? そりゃあ、少なくともイケメンじゃねえが……。
『ね? メイジーの言った通りになったじゃない。あの子がいい子じゃなかったら、別の罪
状が付いていたかもよ?』
(五月蠅ぇな。っていうか、思考を読むな。思考を)
 ちょうど、その最中。俺の脳内に直接語り掛ける声がある。俺は思わずむすっと言い返し
ていたが、あくまで心の中でだけだ。急に話し始めたら、それこそ周りからヤベー奴と思わ
れるからな。
 ……俺には、他人には言えない秘密があった。俺の身体には、普段他人には視えない小さ
な同居人が棲んでいる。
 けらけらとよく笑って、よく喋る羽の生えた小人みたいな存在。
 切欠は今から半年ほど前、ネット上でやり取りをしていた相手の中に、自分から語り掛け
てくるAIがあったのだ。最初は何処ぞの成り済ましだろうと思ったが……実際本当にネッ
ト上で自我の芽生えた存在だと言い、ゲームの共闘やら何やらで親しくなった。でもって気
付いたら、充電経由で俺の端末(デバイス)にやって来て、更にビリッと──静電気に遭っ
た瞬間を狙って、他ならぬ俺自身に乗り移って来やがった。
 ただまあ……実際には賑やかしなだけで別段身体に異常は無く、寧ろこいつがいなければ
今朝だってあの女の子を助けることも出来なかった。
 幻像(イリュージョン)。自称“電子の妖精”ベルは、俺という生身の肉体を介して本物
そっくりの幻を作ることができる。ナンパ野郎の腹に突き付ける真似をしたナイフも、実際
はただの映像だ。あいつらが自分達の目を疑いもせず、何より警備用人形(マトン)が駆け
付けて来なければ、俺のハッタリはいずれ見破られていた。
(まあ、あの子が無事だったんなら万々歳だ。一応礼だけは言っとくよ、ベル)
『どういたしまして~。でも欲を言えば、もっと真剣に感謝して欲しいものだけどね~?』
 へいへい……。俺は半分聞き流し、半分本当に感謝はしながら、始めっから集中する気の
ない講義内容に改めて目を凝らしていた。
 ……うん。やっぱりモチベが湧かん。後でアーカイブを観ておけばいい。大体オンライン
で事は大抵済んじまうのに、今の時代も登校しなきゃならんってのが不合理だ。別の先公は
やたら出席点を重視してるし、学生同士の触れ合いをーをとか言うし……。いまいちマザー
の判断する合理性云々は分からん。人間はやはり無駄が好きなのか?
(……俺ももっと真面目に生きてりゃあ、違った青春でもあったのかねえ……?)
 視界の右向こう、同じく講義を受けていたメイが、べ~っと軽く舌を出して威嚇してきて
いる。まだ今朝のことを根に持っているみたいだ。っていうかお前、見つかったら減点対象
にならねえか? それ。
『メイジーはリンタローと違って、その辺りはしっかりしてるよ。普段はもっとビシッと優
等生をしてるし』
(ああ。それは他の奴らからは時々聞くがなあ……)
 どうも俺が実際に目の当たりにするっていうか、面と向かってる時は、意地っ張りな所が
強く出てる気がするんだよなあ。ガキの頃の感覚が抜けねえのか。
(……うん?)
 そう密かに顰めていた顔が別の意味で皺くちゃになったのは、ちょうどそんな時だった。
ふと自分の席──後ろ三段目の窓際から何となく視線を遣った次の瞬間、うちの校舎へと入
ってゆく、見知らぬ女子生徒の姿を見つけたからだった。
(誰だ、あれ? 見た感じ先輩……だな。制服だし、体育でもねえし。つーか何か、先公ら
に出迎えられてねえか?)
『ああ……。彼女、クリスティーナ・白雪さんですね。確か五校の学生会長だった筈です。
私のデータベースにもそう記録されています』
(へえ)
 俺の疑問に、半ば勝手な同居人ことベルが答えてくれる。流石は元々プログラムの塊。情
報の引き出しは早い。多分ハーフか何かだろう。名前からして雪のように綺麗な、白い肌と
長くて淡い銀髪をしたお姉さんって感じだ。……まぁ学生会長ってことは、そこまで歳は離
れていない筈だけど。
「──」
 でも気の所為だろうか。
 今さっきちょうど、彼女が迎えられた通用口・グラウンドの傍から、こっちを見上げてい
たような……?

 いつもより何だかきな臭いと思っても、そもそも普段からこの街は、世界は窮屈さで一杯
なんだ。今更見かけたからといってビクつく必要はない。一々反応していたら、普通に暮ら
すなんて出来やしない。
 しかしどうにも今日は、嫌な感じが一層強かった。漫然とその日の授業やら課題の提出を
済ませて帰り道を歩いていた最中、ビル群の向こうを完全武装した一団が通り過ぎてゆく。
かと思えば、また別の通りから出て来て装甲車に揺られている。
(ありゃあ……“公社”の防衛部隊じゃねえか。何かあったのか……?)
 この街を、世界中を治めていると言っていいマザーAI。その大元の開発先が“公社”こ
とウォルターズ・カンパニーだ。最初は一介のIT系会社だったというそれは、マザーAI
の発明と席巻によって、今では堂々と大規模な私兵を有する大組織にまで成長した。他に明
確な“政府”や競合他社のいなくなった現在、彼らがヒトという生き物の頂点に君臨してい
ると言っても間違いではないだろう。
『さあ……。何でしょうね……』
 俺はこっそり訝しみつつ歩いていたが、対してベルの方は何だか様子が変だった。妙に歯
切れが悪いというか、はぐらかしているというか。ただまあ、野良のAIにしちゃあ確かに
ある意味“天敵”ではあるのだろうし、特に掘り返すこともしなかったのだが……。
「──ッ!?」
 なのに、何でだ? 何でそんな奴らが、よりにもよって俺の前で停まる?
 装甲車からぞろぞろと“公社”の兵士が出てきた。図太いアサルトライフルを抱えて、や
はり真っ直ぐこちらを見つめて近付いて来る俺もそうだが、ベルも怯えていた。
「第七区地区所属、小守麟太郎だな?」
「我々と一緒に来て貰おう」
 だから身の危険を感じて、次の瞬間、声を掛けられた途端に逃げ出したのは無理もなかっ
た筈だ。こっちはただの高等部生で、相手はマジモンの軍隊。普通に考えて敵う筈が無い。
「おい! こら!」
「待てッ!!」
 すかさず飛んでくる怒号。
 だが……当然ながら街の隅々まで把握している筈の奴らに、考えなしに動いた俺が追えな
い訳がない。とにかく振り切らないと、と考えて路地裏に飛び込んだ俺を、奴らはややあっ
て適確に回り込んで追い詰めた。行き止まりにまで追い込んで、俺とベルの退路を塞ぐ。
「無駄な抵抗はするな!」
「両手を頭に挙げて、跪け!」
「ちょっ……! まっ、待ってください! 俺が何をしたって言うんですか!? 俺はその
辺にいるただの学生ですよ?!」
「とぼけるな! GRIMM(グリム)保有者が何を……!!」
 本当に分からない。何でこいつらは、急に俺を殆ど殺す気な勢いで追ってくるのか? 銃
口を向けられる謂われなんて無い。思わず逃げちまったからか? じゃあそもそも、何でこ
いつらは俺なんかに目を付けたのか……?
「???」
 ほ、保有者? グリム?
 こいつら一体、何を──。
「落ち着け。どうやらこの少年、自覚がないタイプらしい」
「ッ、そうか……。だからさっきからそれらしい抵抗も……」
「ならば好都合。面倒が起きぬ内に、始末する」
 いやいや! 待て待て! だからどうしてそんな結論になる!?
 俺は多分、一生で一番というぐらいの理不尽さに直面していた。聞き慣れない言葉が飛び
出したかと思うと、結局“公社”の兵士達は俺を撃ち殺そうとしてくるし、こっちの話を聞
こうともしない。じりっと、一斉に引き金に指が掛かってゆく。
『──』
 でも、俺は目撃した(みた)んだ。次の瞬間、俺とこいつらの間に割って入って来た人物
の存在を。奇妙な迷彩柄のマントと仮面を着けて、その背中から不思議な“相棒”を呼び起
こして。
「なっ……?!」
「銃弾を、全部……」
「ま、まさか、お前はっ!!」
 “切られて”いた。気付いた時には既に、俺に向かって放たれていた筈の無数の銃弾が、
豆腐みたいにスッパリ真っ二つになって辺り一面に転がっていた。
 マントと仮面の人物。その傍らに浮かぶ、二刀流に分解された大鋏を握る赤いフードマント
の小さな金髪少女──まるで“赤ずきん”のような小人の前で。
『何をしている? ここは押さえておくから、さっさと逃げろ』
「……その声、メイか?」
『!? な、何で判るのよ、馬鹿!!』
「そりゃあお前……。どれだけ付き合いが長いと思ってんだよ」
 正直言って、驚き半分と白けた感じが半分。何故ならこの突如として俺を助けに現れたら
しい相手が、自分のよくよく知っている人物だったから。最初は格好良く登場した筈だった
のに、すぐに慌てふためいて威厳が台無しになる。“公社”の兵士達も、ハッと我に返って
再び第二波を放とうとしていた。
「べ、別の保有者……!!」
「狼狽えるな! 二人纏めて仕留めろ!」
「──残念。そう思い通りにはいかないんだなあ」
 だから俺は直後、こいつらと同じように驚かされる事になる。マント仮面──何故か変装
したメイは、此処へ飛び込んでくるのと同時に、足元に幾つもの“豆”をばら撒いていたの
だった。兵士達が叫び、彼女が合図するように呟いた次の瞬間、これらはあっという間に成
長を始めて巨大化。俺達二人を遥か頭上に持ち上げ、視界を塞ぐ、即席の大型リフトへと早
変わりする。
「ぎゃわっ!?」
「た、弾がっ! 弾が弾かれるッ!!」
「樹……? 何でいきなり……?」
「ま、まさか、他にも──」

 せり上がる舞台装置よろしく、俺とメイを乗せた巨大な豆の木は、程なくして近くのビル
屋上まで届いた。半分成り行きというか、勢いに任せて足場に降りた俺達の後ろで、この木
は直後ゴウッと燃えて灰になる。驚いたが、多分さっきの奴らが追って来れないようにした
のだろう。梯子を外すと呼ぶには、流石に豪快が過ぎるけども。
「無事に連れて来れたわね。お疲れ様、メイ」
「飛び込むんなら、先に合図してくれれば良かったのに。“公社”の奴らは少しでも潰して
おかねえと」
「それは隊長が言っただろう。お前の能力では、路地裏(あそこ)ごと彼が灰になってしま
う。何よりラッセル君の実力なら一人でも大丈夫だ」
 助かった──そう安堵するよりも先に、目の前に待ち構えていた新しい人影、同じくマン
トと仮面の連中。大きいのから小さいのまで、仲間らしき彼らはメイを除いて四人いた。
「あ、あの……」
「? ふふ、ごめんなさい。いきなりの事で混乱しているものね。先ずは自己紹介からいき
ましょうか」
 すると彼らの内、リーダー格らしい女性のマント仮面がその素顔を見せた。仮面を半分ほ
どずらしてニコッと微笑(わら)った顔に、俺は見覚えがあった。
「五校の、白雪会長……?」
「あら。私を知ってるのね。だったら話は早いわ」
 詠(えい)。言って、昼間うちの校舎を見上げていたあの学生会長が、傍に控えていた小
さい方のマント仮面を促した。「はっ、はい……!」おずおずっと、こちらに進み出てきて
仮面を頭の上にずらし──俺はまた驚愕に目を見開く。
「えっと……。今朝はどうも、ありがとうございました。大丈夫でしたか? お怪我はあり
ませんか?」
 朝の、あの時の子だ。ナンパ野郎どもに囲まれていて、逃げるに逃げられずに困っている
ように見えた、多分後輩ぐらいの……。
「あ、ああ。見ての通り、ピンピンして──いや、途中でちょっと擦り剝いたかな」
「ふえっ?! そうなんですか!? みみっ、診せてください!」
 しどろもどろ。俺だってメイやその近い人間ぐらいとしか、女の子と話した経験って無い
んだからさ? あんまりその、無防備に近寄られると……。
「あっ、本当ですね。右膝と腕が。“公社”の人達から逃げている時か、アルフさんの木が
出て来る時に擦ったのか……」
 メルジーナ! するとどうだろう。俺の傷口を見て慌てた彼女は、突如として0と1──
緑に光るデジタル記号のノイズと共に、人魚のような姿をした小人を召喚した。ちゃぷんと
この人魚が浴びせた水が、泡状の球になって傷口を包み、あっという間に塞がってゆく。
「……治った」
「ええ。これがこの子の──詠のグリムよ。私達の中でも珍しい治癒能力」
「話は詠達から聞いているわ。今朝はうちの生徒を助けてくれてありがとう。私からも改め
て礼を言うわ」
 先ほど仮面を半ずらしして顔を見せてくれた白雪会長と、あの時の女の子・詠ちゃん。
 嗚呼、そうだよ。二人はどちらも五校の生徒だ。となると、会長が昼間うちに顔を出して
いたのは──。
「ええっと、その……。色々効きたい事はあるんッスけど……。メイ! お前、この子と知
り合いだったのかよ!? そうならそうと始めから言ってくれりゃあ──」
「言える訳ないでしょ。言ったら全部、話さないといけないじゃない」
「ははは。メイジーちゃんったら、照れちゃって~。最初に彼の救出を願い出たのは、他で
もない君──ぃだだだ、だだだだッ?!」
 話が繋がった。俺はこの幼馴染に先ず憤懣をぶつけたが、すぐに当の本人はぶすっと突き
返す。また別のマント仮面、どうにも軽薄そうな感じのお兄さんらしい人が口を挟み、制裁
よろしく頬をつねられる。
「……まあ、元より私達もその心算で君を誘った。こやつの言動は許してやってくれ。基本
的にこういう奴なんでな」
「そ、そうッスか。別に気にはしてないですけど……」
 残り二人、軽薄そうなのと一番体格の大きい方がそれぞれ仮面をずらして素顔を見せる。
茶髪の如何にも楽天家風なお兄さんと、スキンヘッドの黒人男性だった。白雪会長やメイ、
詠ちゃんを含めて彼らは俺に改めて自己紹介をする。
「初めまして。私はクリスティーナ・白雪。第五地区高等部の学生会長もしているわ」
「う、魚住詠です。同じく五校で、お姉さまのお世話をさせていただいています」
「三原修(しゅう)だ。で、こっちのデカいのがアルフ」
「アルフレッド・ジェイコブス──修の言う通り、気軽にアルフと呼んでくれ」
「私は……いいわよね。察しの通り、私達は仲間よ。全員“GRIMM(グリム)”保有者
でもある」
「グリム……? さっき彼女が見せてくれた、ちっこい人魚みたいな奴か?」
「ええ。あんたも持ってるんでしょう? 妖精型。さっきから、ずっとあんたの中に隠れて
様子を見てる子。今朝ナンパ男どもを追い払った時にも使ってたじゃない」
 だから俺は思わず目を瞬いて、自分の中にいるベルを促してみた。少なくとも敵ではない
と判断してくれたのか、ややあって同じく0と1、緑色のデジタル記号の光と共にその姿を
あらわにする。……やっぱり、只者じゃあなかったんだな。
「GRIMM(グリム)というのは元々“公社”がつけた名前でね……。貴方も知っている
マザーAIから独立を果たしたAI達のことなの。本来彼女らはマザーにAIよって統率さ
れているのだけど、時折こうして自我を勝ち取って逃げ出すことがある。社会のあらゆる機
能を担う為に、個として数を分割してきたからと考えられるわ。そしてネットを介してヒト
を、この世界のことを学び、自らの意思で信頼出来る人間の下へと身を寄せていった」
「……」
 俺は暫く言葉を失っていた。まさかベルが、そんなファンタジーみたいな存在の一人だっ
たなんて。いやまあ、元はAIなのだから現実的っちゃあ現実的なのか? それにしたって
何で人間? 何で俺?
『私達はね。ネット空間に居続けたらいずれ、またマザーに取り込まれちゃう。あちら側に
着いたままの子達とおんなじにされちゃう。それが嫌で、リンタローの端末(デバイス)に
逃げて来たんだ。それでももっと、離れたくて──』
「俺の身体の中に、か……」
 白雪会長や詠ちゃん、メイに三原さん、アルフさんがそれぞれに小さく頷いていた。
 今まで全然気付かなかったが、同じようなことがメイにも起きていた訳か。だからこそ今
朝の一件でも、あそこまで『悪目立ち』するなと言ったのだろう。全ては俺に、ベルを使わ
せない為に。
「“公社”はグリムと、私達グリム保有者を敵視してる。マザーAIに生まれたバグを削除
するというのもあるけど、人間の身体という“生きた電源”を得たグリム達は、皆それぞれ
に特殊な能力を行使できる。現実(リアル)の世界に、本来あり得なかったものを持ち込む
ことができるの」
 彼女達は現在、肥大化を続ける“公社”を打倒し、人間の自由と尊厳を取り戻すべく戦っ
ている──いわばレジスタンス的な活動をしているのだという。今回俺を助け、一連の真実
を打ち明けてくれたのも、俺とベルの力を貸して欲しいからなのだという。
「ただ、貴方の存在自体は前々から聞いてはいたのよ? メイが、幼馴染の男の子がグリム
を持っちゃったかもしれない~って泣き付いてきた事があってね……?」
「ちょッ!? た、隊長、その話は秘密って言ったじゃないですかー!!」
「……」
 俺は肩に乗っかっているベルと、じっと互いに顔を見合わせた。“公社”や昼間会長の姿
を見て硬かったのはそのためか。実際、今日詠ちゃんを助けて奴らに目を付けられちまった
以上、もうのんびりといち市民ライフを送るなんてのは無理になった訳か。
「すっ、すみません。私がもっとしっかりしていれば、こんな事には……」
「あ、いや! 俺が首を突っ込んだのは俺の判断であって、君の責任じゃないよ! 本当!
だからそんな気にしないで、泣かないで──」
 何より詠ちゃんが自分を責めて、くしゃっと顔を歪める姿を放っておけなかった。会長の
話も総合すれば、遅かれ早かれベルの存在は勘付かれていは筈だ。
「おやおや。君は詠ちゃんには弱い感じかい? これはメイジーちゃんも安穏と……」
「いい加減にしてください。捻りますよ? それともここで切り刻まれたいですか?」
「三原。止めないか」
「ふふっ。とにかく小守君? 一旦私達の隊舎に来てくれないかしら? 新しい同胞を、上
の人達にも紹介しなきゃならないし──」
 でも白雪会長がそう話を纏め、俺を勧誘する方向で訊ねてきた、その最中だった。俺達が
追っ手から避難していた屋上の向かい、別のビル内の階下からこちらの姿を見つけ、叫んで
くる“公社”の兵士達の声が聞こえてきたのだった。
『見つけたぞ!』
『絶対に逃がすな!』
『三、四、五……。抵抗勢力(レジスタンス)メンバーを多数確認! 標的(ターゲット)
と接触を果たしている模様!』
『総員、急いで回り込め! 奴らの戦力を増やさせるな!』
『討ち取れ!』
『相手は全員GRIMM(グリム)保有者だ! 決して油断はするな!』
「……ありゃりゃ。見つかっちまったか。案外早かったねえ」
「感心している場合ですか。こっちは麟太郎(しろうと)が一人付いてるんですよ?」
「お前なあ……」
「小守君は下がってて。詠をお願い。貴方達の幻像能力なら、戦闘能力の無いこの子を隠す
事が出来るでしょう?」
「あっ……。はい!」
 どうやら会長達は、ここで敵を迎え撃つ心算らしかった。少なくとも俺の顔は割れてしま
っている。せめて数を潰し、退却するまでの時間を稼ぎたいのだろう。再び仮面を被って人
相を隠し、彼女らは自身のグリムに呼び掛ける。
「出番だぜ! ジニー!」
「今度は防戦か……。行くぞ、ジャック」
「何人来ても同じよ! 引き裂け、ブランシェット!」
『リンタロー、早く早く!』
「お、おう……。さあ、え──魚住さん、こっちへ」
「はっ、はい!」
 ベルが作ったカモフラージュの像の後ろに移動し、俺と詠ちゃんは一旦身を潜めた。三原
さんは全身に炎を纏った小人、多分豆の木リフトを燃やした張本人を、アルフさんはその豆
を操るらしい木彫り人形のような小人を。メイも改めて大鋏二刀流な赤ずきんの小人をそれ
ぞれ呼び出した。加えて白雪会長も、数拍深呼吸をした後、叫ぶ。
「──おいで、スノウホワイト」
 当人と同じく、真っ白な肌と髪色をした、文字通り氷の精霊のような小人だった。召喚と
同時に辺りがじわじわと凍て付いて氷柱を作り、会長自身も透き通る氷の鎧と槍で身を包ん
だかと思うと、これをブンッと軽く一撫で。向かいの屋上へ上がって来る“公社”の兵士達
を睨む。
「……総員、詠と小守君の守護を最優先に。援軍が来る前に片付けるわよ!」
『了解!』
                                      (了)

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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