日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔116〕

 前死神総長ショウ・アララギ及びその一派との戦いは、土壇場で形勢をひっくり返す事に
成功したジーク達クラン・ブルートバードと東西南、残る三棟の長らを中心とする共同戦線
の勝利に終わった。死者の国・冥界(アビス)全域を、永らく暗躍し続けてきた“結社”の
魔の手から解放する事に成功したのである。
 ただ……“敵”さえ倒せば万事解決、とはならないのが世の常だ。言わずもがなだった。
決戦を経た此処冥界(アビス)の中心地・魂魄楼は、そのあちこちに少なからぬ爪跡を残し
ていた。破壊され、焼け焦げ、或いはそれを悟られぬよう大きな布で覆われている。
「──」
 北棟本部兼裁定所区画。このような楼内復旧の様子を、ヒミコは自身の執務室の窓から眺
めていた。戦いの余韻冷めやらぬ内から迅速に動いてくれているのは、流石は技術者集団・
南棟死神隊と言った所か。トンカンと作業が拡がってゆく光景を、市中の人々は立ち止まり
つつ見上げつつ、通り過ぎてゆく。
『……』
 彼らの眼差しは、総じて強い不安に晒されているように見えた。安堵より不満。一般の魂
達は、先日までの死神隊の戦いなど知らない。只々、死んだ後も怯えて暮らさなければなら
ないのかと、寧ろ事の発端となったジーク・レノヴィン達に怒りすら向けているのだろう。
(やはり、そう簡単に丸く収まる……という訳にはいきませんね)
 だからこそヒミコは、一人静かに嘆息をつき、気持ち眼下の街並みから視線を逸らした。
 いち個人及び、閻魔総長としての不安。これからは物だけではなく、人の復興が重要にな
ってくる筈だ。何より死神衆の後任をどうするか? 人事は先日発令されたが、混乱の収拾
を優先する余り、少々拙速に過ぎたかもしれない──。
「失礼します!」
 ちょうど、そんな時だったのだ。一人物思いに耽る彼女の下へ、この執務室の扉を叩く者
が現れた。ハッと我に返り、出入口の方を見遣る。一度半分開けられた隙間から、数名の部
下と見張り役の死神が顔を出して伺いを立ててくる。
「クラン・ブルートバードの、クロムウェル殿をお連れしました」
「閻魔長にお目通り願いたいとのことです」
 何だろう? ヒミコが最初に思った内容は、そんな純粋な疑問だった。
 先の戦いを経て、少なくとも自分の周囲の者達は彼らに対して協力的にはなったが、未だ
楼内全体として見れば警戒感は根強い。何より彼らは今、戦いの傷を癒す為に大人しくして
貰っている筈だ。何が問題でも持ち上がったのか?
「……そうですか、ありがとう。お通しして?」
 ヒミコは努めて静かに微笑(わら)い、そうこの部下達を一旦人払いするようにして廊下
側へと返した。入れ替わるように入って来た当の客人・クロムとやや距離を置いたままじっ
と向き合い、数拍様子を窺う。
 最初に口を開いたのは、彼女の方だった。
「この度は……本当にありがとうございました。もし貴方達がいなければ、この魂魄楼は、
冥界(アビス)全土はどうなっていた事か」
「いや。元を正せば私達が引き起こしたようなもの。謝らなければならないのはこちらの方
だ。改めてお詫びする。古巣とはいえ、貴女方に多大な迷惑を掛けてしまった──」
 一方のクロムはと言えば、相変わらずいつもの気難しい表情(かお)を崩す訳でもなく。
 何となく間がもたず、先ずは改めて礼をと頭を下げかけた彼女を、彼は淡々と押し留めて
いた。逆に一連の騒動について責任を認め、謝罪する。
「そっ、そんな心算では……!」
 動揺するヒミコ。
 だが当のクロム本人は、至って真面目だった。何よりこうして恐縮される事も予め織り込
み済みだったようで、彼は次の瞬間さらりと本題へと入り、言う。
「閻魔総長ヒミコ殿」
「今日訪れたのは他でもない。貴女に是非、訊いておかねばならない事がある」


 Tale-116.再びの復活と囚われの魂

 時を前後して、魂魄楼同本部内の一角。暫定的に、関係者以外立ち入り禁止の措置が取ら
れた大医務室にて。
 異形化したアララギを破った直後、ダウンしてしまったジークの眠るベッドを囲み、イセ
ルナやダン以下仲間達はじっとその目覚めの時を待っていた。死神衆の医師曰く、幸い命に
別状は無いそうだが、実際意識を取り戻してくれない事にはこちらとしても安心出来ない。
『……』
 そう一同が概ね沈痛に押し黙っている中、レナは一人あの時自分が彼を抱きしめていた事
を思い出して悶々──密かに顔を赤くしていた。そんな内心に気付いたのか、ステラやクレ
アなどは、先程からこれをニヤニヤと窺うように見遣っていたが。
 一先ず危機は去った。
 だがこれ以上、自分達はあまり長居するべきではない。
「なあ、イセルナ。もし間に合いそうになかったら、寝てるままでも船に放り込んじまって
もいいよな? アララギは追い出したが、結社(れんちゅう)はまだピンピンしてるんだ。
こうしてる間にも、また攻めて来ないとも限らねえ」
「ええ。そうね。シノさん達も、気が気でないでしょうし……」
 後任の死神総長にはオシヒトが、それによって空席となった東棟一番隊隊長こと機動長に
は、アマギが就任する運びとなった。
 実力や功績から言って前者は当然だとして、後者は他の二隊長──ヒムロとシズルの推挙
による所が大きかったらしい。曰く死神としての経験値は勿論の事、オシヒト襲撃の際に見
せた機転がなければ、自分達は全滅していたからだと。最初の裏切り者という後ろめたさも
手伝ってだろう。先輩に手柄を譲った格好と思われる。
 アララギ一派を倒すべく共闘した事により、ヒミコ以下魂魄楼の要人達とは一応の和解を
果たしたが……そこに胡坐を掻いていれば、間違いなく反発が生まれてくる筈だ。末端の、
それこそ今回の事情をよく知らない楼民達からすれば、自分達は結局“侵入者”である事に
変わりないのだから。
 ただでさえ自分達ないし“結社”が関わった事で、彼・彼女らには個々の“実害”が発生
している。本当の敵は「どちら」か? そんな問いは市中の人々にとって必ずしも重要では
なく、問題とされるのは只々そのストレスだった。死後の世界においても戦いが……。こと
辟易する人々のそれは、捉え方次第で相当なものとなる。
 これまでの経験、旅の中で培ってきた諦観。
 たとえ“悪”を討てたとしても、守った者達から疎まれる──。
「そういや、クロムの姿が見えねえが? アルス達は例の“弔い”に行ったけどよ」
「? そうなのか? 俺はてっきり、一緒に行ったとばかり……」
「ううん。クロムさんなら、さっき外で死神さん達と話してるのを見たよ~?」
 尚も静かに寝息を立てたまま、目を覚ます様子のないジーク。そんな彼の周りで、ダンが
ふいっと思い出したように訊ねた。レナをそれとなくからかっていた内、クレアが顔を上げ
て反応し、答える。グノーシュも片眉を上げていた。
 サフレやマルタ、リュカ、オズなども、めいめいに沈んでいた面持ちを持ち上げて反応を
見せている。今此処に居ないのはアルス及び相棒のエトナ、リンファとイヨの侍従コンビ、
ルフグラン号の準備に戻ったレジーナ達ぐらいだ。室内はそこそこ広いとはいえ、あまり団
員全員で固まっていても仕方ない。
「まぁあの人なら、意味もなくフラフラなんぞしないでしょ。間に合いそうになけりゃあ、
楼内に呼び出しでも掛けて貰えばいい」
「そうだな。流石に街の外にまで出ちゃあいねえとは思うが……」
「……クロムさんと言えば。あの時、聖浄器の侵食とか何とか言っていたね」
 だからこそ、次の瞬間シフォンがそう思い出したように口を挟んだ時、場の仲間達はにわ
かに緊張した面持ちになったのだった。
 あの時──ジークがアララギを撃破した直後、その身に起こった異変。
 聖教典(エルヴィレーナ)の力を借りたレナによって、あの場は何とか収まったが、確か
にあれは一体何だったのだろう? ちらほらと仲間達から視線を向けられた当の彼女も、ま
た少し頬を赤らめて俯いている。
「暴走状態、でしょうね。結局改めて詳しくは訊けずじまいだったけど」
「聖浄器の核は、素質ある者の魂──つまり作られてから何千年と封じられ続けた過去の人
間だ。場合によっては、確かに“狂気”に蝕まれていても不思議ではない、か」
「だから私達を恨んでるってこと?」
「……可能性は高いわね。実際、彼らとの“対話”に成功しているのはジークや貴女ぐらい
じゃない?」
「うーん、どうなんだろ? 秘葬典(ムスペル)の場合、明確な自我が在るようで無い感じ
だったから……」
「武具自体の性質によりけりといった所か。ただ、それだけ長く使い込み“対話”も進めて
いたジークでさえ、侵食のリスクは排除出来なかった。僕達も、十分に気を付けて使わなく
てはいけない」
『……』
 仲間達は、こと十二聖ゆかりの聖浄器を託された面々は、総じて険しい表情をしてこのサ
フレの言葉に耳を傾けていた。あのような異変が起きて驚いた事は勿論、翻れば自分達にも
同じような反動が襲ってくる可能性がある。“対話”さえ進めば、ある程度核たる魂から直
接教えて貰えるのかもしれないが……。
「ヨーハン様が、ご自身の聖浄器を出し渋られていたのも、こういった副作用をご存知だっ
たからなのでしょうね」
「オソラクハ。作ラレタ経緯モ然ル事ナガラ、使イ方次第デ破滅シカネナイトナルト……」
「実際あの“英雄”ハルヴェートも、聖浄器の使い過ぎで早死にしたって研究がある。表向
きには病死だがな。願望剣ディムスカリバー。“結社”に盗まれちまったが、あれは使い手
の寿命を削って力を与える類のものだったらしい」
「マジかよ……」
 元史の騎士団の部隊長でもあったリカルドが、そう自身の歴史知識をもって応じる。件の
聖浄器は、二年前の大都(バベルロート)の一件で奪われてしまったが、今思えばそれで良
かったのかもしれない。どちらにせよ、大きな“犠牲”を払った事に違いはないが。
「結社(やつら)を倒す為には、聖浄器のような強大な力が要る。だけど彼ら自身の無念を
思えば、寧ろ解放してあげた方が正しい──」
 イセルナも、自身の氷霊剣(ハクア)の柄を撫で、呟いていた。クリスヴェイルでの一件
で彼女を託されて以降、幾度となく時間を見つけては“対話”を試みてきたが、そもそも核
たる魂(とうにん)から恨まれているのならば、難航するのは必然だったか。
 ではジークは? 仲間達はそれぞれに、誰からともなく考える。
 彼は護皇六華を、それこそ二年前よりもずっと昔から使ってきた。“結社”との出会いを
経て、当初からその由来に疑問を持ってきた筈だ。
 六本で一組。侵食されるのが早かったのも、当然と言えば当然だろう。
 加えて冥界(こちら)に居る間に、妙な力にも目覚めてしまってもいる……。
『──?』
 大医務室の扉がノックされたのは、ちょうどそんな時だった。イセルナやダン以下、未だ
眠ったままのジークを囲む仲間達は、室内に顔を出してきたこの面子に思わず顰めっ面のま
ま視線を向けていた。
 マーロウにハナ、ヨウのクチナシ姉弟及び、元東棟十六番隊の死神達。
 がっつりと旅の荷物を纏めた彼らは、開口一番、その向けられた眼差しに若干戸惑いなが
らも声を掛けてきたのである。
「よう、待たせちまったな。支度出来たぜ」
「……どうしたんです? 皆さん揃いも揃って、毒でも呑んだみたいに?」

 一方その頃、同楼西部煉獄内にて。
 南棟の死神達によって大穴の修復が済むのを待ち、キリシマやヒバリ以下旧アララギ一派
の面々は投獄された。第四層・金輪の間。頭上から降り注ぐ浄化の陽に文字通り焼かれなが
ら、その精神が邪悪に堕ちた者であればあるほど、彼らは激しく悶え苦しむ事になる。
「ぐっ──ぎゃああああああああーッ!!」
「熱い! 熱い熱い熱いィィーッ!!」
「何でや……。何でわいらが、こんな目に遭わなアカンのや……? わいらは勝っとった。
お前はんらが幾ら束になったかて、総長には敵わん筈やったのに……!!」
 ヒサメ・ニシオ・サヘイら元遠征軍の隊長格は、この輝く陽射しにのた打ち回る。朽ちて
乾いた足元の砂地も、天井も、逃げ場など無い。なまじ人の形を維持しているが故に、その
苦しみはより長く強く続くだろう。
「……姉、さん。私……はっ」
 焼け焦げてゆく内に、骨肉すらも黒ずんでゆく。自身が壊され、崩れ始めるのを自覚しな
がら、ヒサメは最期の瞬間までその劣等感に手を伸ばし続けていた。
「熱ちゃちゃちゃちゃ!! クソッ、クソぉ!! この俺が、この俺がァァァーッ!!」
「アララギ様、アララギ様? 一体何処に行かれたのですか……? 本当に私達を、見捨て
られたのですか……?」
 キリシマとヒバリ、及びヤマダ。
 元北棟隊長格にしてアララギの側近だった三人は、一方でそんな他の同胞達とは少し違っ
た反応を見せていた。浄化の激痛に悶えるという点では同じなものの、そこに込められた叫
びは怨嗟。ヤマダは尚も自らが敗れたことを受け入れられず、ヒバリは敬愛する主の姿を虚
ろな眼で捜し続けている。
 新たな囚人達でにわかに燃え盛り始めた、第四層。
 西棟一番隊隊長こと煉獄長ドモンは、監視棟内からこの様子と声をじっと見つめていた。
窓越しの姿と獄内の集音器。こちらを苦悶のまま仰いで睨むキリシマと、彼は対峙する。
「お前達は……。お前達はこの選択をした事を、きっと後悔するぞ? アララギ様を倒した
所で、世界の軋みは──魂の鬱積は変えられない。過ちを助長しているのは自分達だと、必
ず理解せざるを得ない瞬間(とき)が来る……」
『……ほざいてろ。てめぇらが俺達を裏切った、それは紛れもない事実だろうが』
 数拍黙った後、手元のマイクを引き寄せてドモンは言う。じっと視線を移す動きもなく、
只々己が怒りの理由を告げることに努めた。煉獄長、死神という道を選んで進んできたその
時点で、否応無くその手の自問自答などやり尽くしている。
『それに俺はよ……“外”の大義ってモンにあんまり関心がねえんだ。だってそうだろう?
俺達はとっくに死んでる。今更現世に介入すべきじゃねえ。自分達の仕事じゃねえ。正直な
話業腹だが、それはあいつらがやるべき──やれる事さ。ま、結果的にあいつらの“蘇生”
を許しちまう格好にはなるがな。俺達はあくまで、秩序(ほう)に基づいて自分の仕事を果
たした。それだけさ』
 キリシマは黙り込む。信じられないと形容すべきか、侮蔑と見るべきか。
 自ら敢えてその行動を狭めることは、ドモン自身にすれば一種のバランス感覚でもある。
ほぼ事後的にジーク達の“掟破り”を援けた手前、何処かで早々に線引きを図る必要があっ
た。戦いの理由を直情的な正義などではなく、再び粛々とした役割(ルーティン)へと組み
込み直す為には。
「……愚かな」
『だからヒトなんだろうがよ。てめえは一体、何様だ』
 背後の昇降機の一つが鳴ったのは、ちょうどその時だった。フッと気付いて振り向くと、
中からはアルスとエトナ、リンファ及びイヨを伴った自身の副官──フーゴとサヤが出て来
るのが見えた。
 こうして水掛け論を続けていても仕方ない……。
 ドモンはさっさと“処理”を現場の部下達に任せ、踵を返しながらこれを迎える。一方で
この煉獄内を訪ねて来たアルス達は、終始緊張した面持ちだった。ゆっくりと、重苦しい様
子でこちらに頭を下げる。
「お疲れ様です。隊長」
「予定通り、連れて来ましたよ~」
「おう、ご苦労さん。……話は聞いてる。立ち話もなんだ。案内するよ」
「……はい」
「お手数をお掛けします」
 先日の戦いの後、既に予約(アポ)は取り付けてあった。ドモン自身、キリシマ達の最期
を見物するというよりは、彼らの求めに応じる・同伴するのが今日の目的である。
 分厚い窓の向こうに広がる、文字通りの地獄絵図を肩越しに一瞥し、ドモンはフーゴとサ
ヤに指示して再度昇降機へと向かった。責任者が持つ専用キーを操作盤に差し込み、通常で
は気軽に足を運べないその場所へとアルス達を誘う。
「分かってるとは思うが……。もうあの女はヒトですらねえぞ」
「一応、覚悟は決めといてくれ。お前らの事も、もう憶えちゃいねえだろうからな」
「ええ……」
 昇降機は下がった後に横へスライド、変則的な動きをし、やがて目的の区画へと面々を運
んだ。分類的には囚人の収容施設。ただ位置付けとしては監視塔の外郭、外で焼かれている
者達とは明らかに異なる扱いを受けていた。
『──』
 理由は程なくして明らかになった。
 青白くぽつぽつと揺らめく幾つもの人魂。最早ヒトの形も失った純粋なエネルギーの塊。
此処は浄化ないしその過程で壊れてしまいかねない死者らを、何時でも魔流(ストリーム)
に還せるよう待機させてある安置所なのだ。
「そこです。そこで揺れているのが、アズサ・スメラギ──二年前まで、現世・トナン皇国
の女皇に就いていた者の魂ですね」
『……』
 アルス達がわざわざ獄内に出向いたのは、兄・ジークがその脱出を果たす前に自ら犠牲と
なったという、かつての政敵・アズサを弔う為だった。ゆらゆらと揺れ、サヤからそう示さ
れなければ見分けすらつかなくなった彼女の魂に、アルス達はそっと近付き手を合わせる。
 獄吏達曰く、件の脱獄騒ぎの“落とし前”として始末された彼女。ドモンにぶん殴られ、
身を包んでいた人工魄は粉砕。ひん剥かれた。
 一抹の感謝と、予想もしなかった再会。青い炎を燻らせながら今度こそ、かの魂は静かに
眠りに就いていたのだった。
「……何でだ?」
 ただ一方で、ドモンはそんな彼らの祈りを、弔問を当初から不思議に思っていた。同伴し
た西棟の死神達も、その点に関しては大なり小なり同じらしい。あからさまに口にこそ出さ
ないが、彼らはめいめいに困惑の様子を見せていた。汲んでやってか否か、ドモンはやがて
皆を代表するようにアルス達に問う。
「えっ?」
「どうしてだって訊いてる。こっちの資料──俺の記憶が正しければ、お前らとこの女は敵
同士だったんだろう?」
 他意があって訊ねてきた訳でないことは解っている。それでもアルスは、思わず振り向い
た直後にくしゃっと哀しい表情を浮かべた。エトナやリンファ、イヨも少し口籠ったという
か、警戒する素振りを見せる。尤もあり得ない話ではなかった。冥界(アビス)の、それも
実際に運ばれてきた魂達を再利用(リサイクル)する工程に関わっている要人ならば、彼女
の生前・経歴を把握していてもおかしくはない。
「そう……ですね」
 エトナ達をちらっと見、小さく許可を得てから、アルスは訥々と話し始めた。敵同士だっ
たという表現は、十中八九皇国(トナン)内乱の事を指しているのだろう。あれがもう二年
前、まだ二年弱しか経っていないという現実が、どうにも嘘偽りのように感じられる。
「確かにあの時は、僕らは彼女と敵対していました。母さん──今の女皇陛下の人生を狂わ
せた人でもあったから」
「でもそれは……もう終わったこと。また憎しみを引っ張り出してくるのも今更です。それ
に何より、皆の話を聞いた限り、彼女は兄さんの脱獄を助けてくれました。切欠を作ってく
れました。それこそ、自分の身を犠牲にしてまでも」
「……」
 だからこそ。アルスは言う。今彼女に向けるべきはかつての敵意ではなく、兄を救い出し
てくれた感謝であるべき筈だと。
 どんな人間、生物でも、一度死んでしまえば全て同じ。それはこの冥界(アビス)へ実際
に足を踏み入れてから改めて痛感したことだ。魂ないしその生前の記憶が浄化(クレンズ)
されるのなら、尚更自分達は何処かで線を引かなければならない。
「私達は、あの方の行いと犠牲には全力で敬意を払いたいと思っています」
「ドモン煉獄長。貴方と同じように」
「……ふん」
 口では憎まれ口、小さく鼻で哂うような反応。だが実際の所ドモンは、内心悪い気はして
いなかった。
 全く、つくづく甘ちゃんな兄弟だぜ……。彼ら本来の当事者や獄内のキリシマ、アズサの
末路(さいご)を見て、彼自身も思う所が無い訳ではなかったのだから。
「まあ、お互いああいう形になるんだったら、もうちっと他にやりようがあったのかもしれ
んがなあ」
「いえ──。それは結果論ですよ。あの時も今回も、僕らは“敵”を打ち負かし、勝った。
そうしなければ、事態は収まらなかったんです」
 にも拘わらず、である。半ば照れ隠しに、そうドモンが苦笑いを零したも束の間、対する
アルスはこれを即座に否定してきたのだ。
 ピシャリと、思いもせずに遮られた彼の言葉にドモンらは思わず面を食らったが、すぐに
一抹の不快は反転して萎んだ。エトナやリンファ、イヨといった傍らの仲間達でさえも実際
に震えるほど、アルスの発した言葉には冷たさがあったからだ。暗く重く、悲痛なまでの強
迫観念が宿っていたからだった。
「だからこそ、勝った側の人間は──そのことを忘れちゃいけないと思うんです」
 言ってこちらを見つめてくる眼差し、ある種の狂気を孕んだ眼。
 自虐以上、正論未満。ドモン以下場に居合わせた西棟の死神達は、紡ぐべき返答を見出せ
ずに押し黙った。

 ──自分達は、此処に長居するべきじゃない。
 アララギ一派を撃破した当初から、そう考えていたイセルナ以下クラン・ブルートバード
の面々は、大方の傷が癒えるのもそこそこに冥界(アビス)を発つことにした。ジークの目
覚めは結局間に合わなかった。彼をルフグラン号内にぶち込み、一行は魂魄楼の郊外に隠し
ていたこれへ乗り込む。
 ヒミコやオシヒト、ドモンにヒロシゲ、アマギ。各総長やヒムロ・シズルなど、世話にな
った隊長格や隊士達も見送りに集まって来てくれている。手を振ってくれている。
「どうか、お気を付けて」
「……達者でな。色々と、世話になった」
 ただその雰囲気は、決して和気藹々という風ではなかった。寧ろ全体的に引き締まった、
緊迫した様子と言って良い。
「大丈夫ですよ~。ヒミコ様、オシヒト総長」
「前総長(かれ)には必ず、我々が報いを与えてまいります。ですからそちらは、市中の復
興に全力をお注ぎくださいませ」
 理由は至ってシンプルだ。イセルナ達の船出には、マーロウやクチナシ姉弟ら東棟十六番
隊の面々が同行することになったからである。言うなればクラン・ブルートバードの新たな
仲間達だ。こちらとしても大歓迎だし、心強い。正気に戻り、生き残った魔獣達も、同隊預
かりの“死神見習い”として組みこまれた。
 しかし……実際にその命令が下る事になった経緯については複雑だった。結論から言って
しまえば、体の良い追放処分も兼ねていたからである。
 魂魄楼を裏切り、ルキら“結社”の手助けによって逃走したアララギ。
 表向きはその追討任務に、今回の一件で実績のあるマーロウ達を宛がった格好だが、それ
は同時に彼ら自体を楼内から追い出すという意味合いもある。
 何故なら、今回のジーク“蘇生”やイセルナ達の冥界(アビス)侵入は、魂魄楼側として
あってはならぬ大事件だったからだ。『特例中の特例』──だからこそ死神・閻魔両衆の間
でも、彼らの優遇について反対する者は多く、何より詳しい事情を知らない楼民達からの突
き上げは日毎に増すばかりだった。そんな状況下で、流石のヒミコやオシヒトら上層部も、
露骨に協力を見せる訳にはいかない。必ずしも笑顔では送り出せない。
 そこで一計を案じた結果が、このマーロウ達十六番隊の派遣であった。表向きはアララギ
への追討と、魂魄楼を代表しての報復。反対派への説得材料としては体の良い追放であり、
今や共通の敵となった“結社”との戦いの中で、くたばってくれれば尚良し……。当の本人
達も、イセルナ以下クラン・ブルートバードの面々も、その辺りの事情は理解しているから
こそ多くを語らなかった。黙して受け入れていた。
 少なくとも、この先やるべき事は同じだ。結局は、彼らそれぞれが自分達をどう捉えてい
るかという認識の問題であって、そこから噴き出してくる文句に一々答えてやる義理も暇も
ありはしない。
「……行って来ます」
「どうも、お世話になりました」
『お世話になりました!』
 ハナとマーロウ、続けてヨウ。イセルナが団員達を代表してヒミコらに深々と頭を下げ、
皆もこれに倣って謝意を示す。戦ったからといって喜ばれる訳じゃない──そんな事はもう
ずっと前から解り切っている事だ。船内に下がり、ゆっくりとタラップが格納されていって
機体が浮き上がる。飛行艇ルフグラン号は、いよいよ死者の国・冥界(アビス)を後にした
のである。
 準和圏の建築物が密集する魂魄楼の街並みが遠退き、暗くて黒い、不毛の大地ばかりが延
々と続いてゆく。船内でようやく一息をついた仲間達は、窓から覗くそんな風景を暫くじっ
と見つめていた。気にしない、解っていると言い聞かせていても、何だかんだで心はやはり
しんどいのである。
「……いざ終わってみると、呆気ないモンだな」
「それを平穏と、人は呼ぶんだよ。戦いが日常になってる僕達の方が、彼らからすれば寧ろ
おかしいんだって」
 はあ、と盛大に嘆息を代行してみせ、ダンは皆の沈黙を破ってごちた。シフォンもフッと
静かに苦笑(わら)い、同じくわざとらしく嘯くように言う。
「レジーナさん、エリウッドさん。これから私達はまた“虚穴(うろあな)”に向かうんで
すよね?」
「だ、大丈夫なんでしょうか? 聖浄器を持ち込めば、また魂達(ストリーム)が暴れ出す
のでは……?」
『ああ、それなら──』
「今はもう心配ありませんよ。マルタさん、ステラさん。多分……ですけど」
「大丈夫大丈夫~」
『私達が、彼らを抑えます』
 霊海の空へと潜り込み、一行は再び現世への直通ルートを通り始めた。船内の回線越しに
ステラやマルタ、仲間達の何人かがそう問いかけるが、これにアルスとエトナがやや対照的
な様子で答えていた。特にエトナに関しては、纏う翠色のオーラから始祖精霊(べつじん)
の声すら聞こえてくる。
「ま、そう言うから同じルートを採ったんだろ?」
「どのみち通常の航行じゃあ、冥界(アビス)を行き来する手段は無いからねえ……」
 ここを抜けたら、すぐにシノさん達に連絡を取らないと──。異変が訪れたのは、イセル
ナを含めた他の仲間達がそう、ぶつくさと呟いていた最中だった。ブリッジでルフグラン号
を操縦していた、レジーナやエリウッド以下技師組の面々が、突如として機体の前方上空に
立ちはだかる存在に気付いたからである。
『ッ!? 皆さん、敵襲です! 複数の敵影を確認!』
『あれはまさか……。アルス君達が言っていた、神界(アスガルド)の……?』
 ハッと弾かれるようにして、イセルナやダン以下面々が表を上げる。予想していない訳で
はなかった。マーロウや十六番隊の死神達も、めいめいに得物を引き寄せて身構える。船外
に現れたであろう、この敵に対して臨戦体勢を取って。
「──」
 ルキだった。
 魔流(ストリーム)渦巻く霊海の空中に浮かび、多数の有翼型オートマタ兵を率いた金髪
の青年神。天上層・神都パルティノーでは、クーデターの末に最高神ゼクセムらを、アルス
達の目の前で殺害した“結社”最高幹部の一人である。


 それは彼が、ジーク達に敗れた直後の事。
 ボロボロになって落ちてゆくアララギを回収した“結社”の盟友・ルキは、空間転移した
魔流(ストリーム)の中で、彼を適当な足場に横たわらせて目覚めを待った。
 ゆっくりと、外界とは異質に流れてゆく時間。
 魔導要員の兵に応急処置を施させたのもあり、それは思いの外早かった。
『よう。手酷くやられたみたいだな』
『……お前は。何だ、私を哂いに来たのか?』
『開口一番の台詞がそれかよ……。まぁいい。そうさ、お前は失敗した。こちらからの指示
を無視して突っ走って、その結果がこれだ。ちったあ……頭が冷えたかよ?』
 ダメージは未だ身体に残っているため、アララギは仰向けになったまま動けない。しかし
売り言葉に買い言葉を返したルキに、彼はその形相を鬼の如く変える。
『貴様に……貴様に一体、何が解る……ッ!!』
 “憤怒(いかり)”だ。そんな盟友の言葉に、対するルキは何処か寂しそうな面持ちを覗
かせたように見えた。ちらりと横目で彼を一瞥しつつ、続けて小さく呟く。
『そうだな。初めて会った時から、お前と俺の間には根本的に異なる部分があった』
 はたしてそれは憐憫か、単なる嘆きなのか。
 ルキは語る。それでも“大盟約(コード)”の消滅──“閉界(エンドロォル)”の阻止
という共通の利害があるのなら、溝があろうと構わないと思っていたと。始めから全く同じ
方向を向けないなんてのは、何も今に始まった事じゃない。昔から散々見てきたからと。
『それでも……何とかしたかったんだよ』
 或いは自虐的とも取れる。彼はフッと自嘲(わら)い、周囲に渦巻く魔流(ストリーム)
を見上げていた。
『俺は神格種(ヘヴンズ)だ。この世界の魂達には愛されない』
 当時の長に従わざるを得なかったとはいえ、創世のエネルギーとして彼らを利用した。こ
の世界という箱庭に閉じ込めた。自分はその恨みを一身に受けている、とも。
 だからこそアララギ達が羨ましかった。絶望という形ではあるが、魂達との親和性は間違
いなく自分よりも高い──“摂理”の加護・恩恵を多く受けられる。ただそれらの穴を、自
分は信仰の力を強めることで埋めてきただけだ。
 動機は七人ともそれぞれ──破滅願望でも何でもいい。ただ彼自身は、この世界ないし魂
達の“愛”故にこの道を選んだ。創世し直し、自分だけが助かることなど、間違っていると
考えるようになった。
『俺達、この世界を創った人間からも見捨てられちまったら……あいつらの“救い”は一体
全体、何処に在るっていうんだよ?』
『……。酷い自己愛だな』
『ならば始めから、このような世界など創らなければ良かっただろう』
 暫くアララギは、仰向けのまま耳を傾けていたが、やはり返し紡いだのは皮肉で。
 ルキは静かに苦笑(わら)った。否定されるであろうことは分かっていた。直接これには
答えず、嘆息をつく。そっと細めた目を、眉間の皺を深めて言った。
『所長(チーフ)は……保身の為にもう一度創世をやろうとしていた。俺達とは違って、頑
なにこの世界の人間を見下していた。そんなあの人を、最期の最期に奴は変えちまったんだ
よ。アルス・レノヴィン──たった一人の、この世界の人間がな。奇しくももう一方、兄貴
の方も同じく“摂理”に撰ばれた。これまでの俺達の歩みからして、最も拙い事態だ』
 だからこそ……。
 ルキは言いながら、ザッと踵を返し始めた。曰く、ユヴァンがマーテルの件でボロボロに
なっている今、あの兄弟は何としてでも止めなければならない。あの持ち霊から彼女の魂を
引き摺り出さなければならない。
『……勝てるのか? 神界(あちら)で覚醒した弟に、お前達は手も足も出なかったんじゃ
ないのか?』
『あそこは神都(パルティノー)だったからな。場所が悪過ぎた。だが此処なら、まだ条件
はイーブンだ。もう一度“死なせる”んじゃなく、今度こそ“消滅させて”しまえば──』
 未だ動けないままのアララギの問い掛けに、ルキは背を向けたまま答える。ワイシャツと
白衣の裾を翻し、今度は彼に代わって出撃する為に。

「──畜、生ぉぉぉーッ!!」
 そうして時は現在。現世へと続く“虚穴(うろあな)”の中、魂達の乱気流。
 十中八九こちらがやって来るのを待っていたかのように、ルキ率いる“結社”の軍勢が、
イセルナ以下クラン・ブルートバードの乗るルフグラン号を撃ち落すべく攻撃をし掛けて来
ていた。
 魔獣達では周囲の魔流(ストリーム)に呑まれるのか、編成はほぼ有翼型な黒衣のオート
マタ兵。レジーナやエリウッドが懸命に操縦桿を握り、回避に専念する中、機体天井に登っ
たイセルナやダン、グノーシュにシフォン、レナ、サフレ、ステラ──聖浄器持ちの精鋭主
戦力が、この防衛戦に挑んでいる。
 何せ相手からすれば、船さえ破壊すればこちらの勝ち。アルスとエトナが、その覚醒によ
って得た力で、皆を淡い翠の防護膜で包んでくれはしたが、状況としては非常に拙い。非戦
闘用である天瞳珠(ゼクスフィア)を持つリュカを含め、二人は周囲の魂達を抑え込むので
手一杯になっている。襲い掛かって来る有翼型オートマタ達を、ダンらは翻弄されながらも
一体一体叩き落してゆくしかない。
「光線(レーザー)、来るぞ!!」
 加えてこの戦況を俯瞰するように見下ろしているルキからは、的確に《光》の射撃が飛ん
でくる。氷霊剣(ハクア)と風霊槍(コウア)。空間ごと凍らせて弾き飛ばして、何とか船
体に当たらぬよう防御に努めるが……それも何時まで持つかは分からない。
「……ちッ!」
「させるかっ!!」
 ヴォォォォォォォ──ッ!! 脳味噌を直接揺さ振られるような、魔流(ストリーム)達
の叫び。味方になってくれる者、なってはくれぬ者。戦いは一瞬の油断も許されない状態だ
った。
 やはりオートマタ兵だけでは落とせないと痺れを切らせたルキが、その《光》の剣と光速
移動で斬りかかって来るものの、これを尋常を外れた感覚を発揮するアルスが防ぐ。ぐいっ
と振り抜いた腕の動きに合わせ、触手のように蠢く魔流(ストリーム)と樹木の融合塊が打
ち合って相殺する。
「……やはり厄介だな。敵に回った“撰者(イレクタ)”は」
 事実アルスとエトナ、二人のアシストが無ければとうにやられていた。ルキも真正面から
打ち合うのは得策ではないと判断したのか、一旦大きく頭上・船体の進行方向に後退し、距
離を取った。二人からの追撃の樹手も、光速且つ連射の《光》が牽制して引き剥がす。同時
にもう片方の掌に、巨大な《光》のエネルギー球を蓄え始めた。
「ッ!? やべえ!」
「あ、あんなの、まともに当たったらただじゃ済まないよ!」
「……私達もろとも、ルフグラン号を吹き飛ばす心算ね」
「れ、レジーナさん! 後退、後退! 急いで逃げて!!」
 瞬く間に膨れ上がってゆく光球。イセルナ達は、手持ちの聖浄器でも破壊し切れないので
はと悟り、急ぎ位置取りを変えようとする。船内の団員達も、このルキ渾身の一撃が形作ら
れてゆくさまを見て、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに慌てふためく。
「──五月蠅ぇなあ……。また性懲りもなく現れてやがったのか……」
『っ?!』
 だがちょうど、そんな時だったのである。一行が絶体絶命のピンチに陥ろうとしていたそ
の最中、ふと船内の奥から、聞き慣れた感じの気だるい声が近付いて来た。ジークだった。
寝起きの若干不機嫌な目付きで、ボリボリと首筋を掻きながら、思わず驚いて振り返ったレ
ジーナやエリウッド、技師組の面々やマーロウらを含めた団員達の前に現れる。
「じ、ジーク君!?」
「だ……大丈夫なのか? もう起きて?」
「ああ。っていうか、五月蠅過ぎて寝てらんねえよ。外でドンパチやってんだろ?」
 ようやく目を覚ましたのはホッとした。しかし今は状況が状況だ。通信越しに、船外にい
るイセルナ達も驚いているようだ。
『ジークさん!?』
『お、おい、待て! 今出て来ても──』
 口々に心配する声が聞こえる。ただ当の本人は、じっとこの船内外を結ぶブリッジの窓か
らの景色や、モニターに映し出された画面を見つめていた。弟・アルス達の防戦とルキの巨
大光球。彼はギリッと歯を、唇を噛み締めると、突如として叫ぶ。
「……何引っ張られてやがんだ。元凶は俺達じゃなくて、そっちの光野郎だろうがッ!!」
 だから最初、仲間達は彼が何を言っているのかイマイチ理解出来なかった。こちらに叱咤
しているのかと思えば、その眼差しは寧ろ自分達ではなく、空中──魔流(ストリーム)に
向けられている。くわっと目をかっ開き、蠢く無数の魂達へ。
 はたしてそれは……事態を劇的に変化させる合図となったのだ。
『──?!』
 爆ぜた。
 次の瞬間、まるでその一喝に衝き動かされたかのように、分厚い筈の魂達(ストリーム)
の壁に大穴が空いたのだった。
 慄いて逃げたかのように。仲間達は勿論、対峙していた当のルキも直後、自身に起きた出
来事に驚愕する。空間ごと──今直前までルフグラン号を落とさんと掲げていた光球と右半
身が、巻き込まれる形で弾け飛んでいた。

 かくして戦いは連鎖する。闘争とはヒトの根源の一つであり、淡い理想だけでは変えられ
ない。変えることは出来ない。
 所は現世、顕界(ミドガルド)西南部ハイリッツビル。今は朽ちた古城と荒野ばかりが広
がるこの土地で、統務院軍と“結社”の激しい衝突が繰り広げられていた。ハウゼンとファ
ルケン、ウォルターにロゼ。同院四盟主達も、通信越しに指揮を執っている。
「報告します! トナン皇国シノ女皇より入電! 現在クラン・ブルートバードが、ジーク
皇子を連れて冥界(アビス)を脱出! 此方へ急行しているとの事です!」
「おおっ!」
「そ、それは誠か!?」
『来たか……。シノ女皇に謝意を伝えておいてくれ。手筈通り、彼らを此方に誘導する』
「はっ!」
 兵力の質という面で押され気味だった戦況が変わったのは、そう待ちに待った情報が伝え
られた時だった。統務院軍側、アトス連邦朝の自陣に駆け付けて来た伝令に、場の将校達や
通信越しのハウゼンが答える。彼の指示で、状況は慌ただしく動き出した。クラン・ブルー
トバードの帰還──増援の報せは、必死の思いで前線を維持する兵達の士気にも直結する。
『王貴統務院加盟国、及び正義の剣(カリバー)の戦士達よ! 時は満ちた! 今かの死者
の国より、クラン・ブルートバードが復活する! もう少しの辛抱だ!』
 それまで公にこそしなかったが、予めこうなる事を見越し、現場には幾つもの映像機がセ
ッティングされていた。
 通信越し、ホログラム画面に映し出されたハウゼンら四盟主は、そう“演出”するように
兵達へと呼び掛ける。戦いの様子が適宜報じられていた、世界中の人々──フェイアンと剣
を交えて弾き返すヒュウガや、半身を魔獣化させたバトナスとグレン、巨大な鉄屑塊を避け
つつ、ライナの《磁》に拳を打とうとしていたガウル。こと現場の主戦力達は、その報せに
思わず不敵な笑みを綻ばせる。或いは驚き、その意味を理解して歯噛みする。
「ふふ……。ようやく来たか」
「やったじゃない。まさか本当に蘇って来るなんて」
「だとよ、お前ら! もうひと踏ん張りだ!」
『おおッ!!』
「……チッ、奴らめ。死に損ないが」
「潮目が変わった。押してくるぞ」
 兵力では必ずしも劣る訳ではない。それでも感情の浮き沈み、士気は集団の持つ力それ自
体の馬力に大きく影響する。
 グレンが振るう大剣を起爆し、黒煙舞う中でバトナスが一旦大きく跳び退いた。後方で補
充のオーラ兵を造っているフォウが、じっと警戒の眼差しを解かずにいる。
『……頃合いだな。全軍に指示! “牙”を出せ!』
「はっ!」
 加えてこの状況を観ていたヴァルドー国王・ファルケンが、それまで伏せていた奥の手を
駄目押しとして投入してきたのだった。通信越しに現場の将校達に指示。ハイリッツビルの
各地点を囲むように、突如として何者か達が現れたのである。
「!? あれは……空間転移?」
「“結社(うち)”の援軍じゃねえな……。そうか、ブルートバードと同じ──」
 数はそんなに多くない。位置取りによっては、側背に回り込まれた格好にこそなってしま
っていたが、何よりも驚き警戒したのはその陣容。
「さて。任務開始と行こうかのう」
「分かっていると思うが、いきなり頭を取りに行くな。先ずは相手の兵力、反分子とオート
マタ兵を減らす事を優先しろ」
「オーケー、オーケー。分かってらあ。存分に暴れてやるよ!」
 人数は、両軍数千単位で残存している中、たったの十人。しかしその全員が明らかに他の
者達とは異質だった。檻から解き放たれたかのように興奮した──血色の眼。
 ヴァルドー国王直属処刑隊“王の牙”。以前同国へのクーデターを企てたグノアが、その
敗北と捕らわれの原因となった、魔人(メア)のみ構成される精鋭部隊である。
 ファルケンは、今回の遠征とジーク達の状況を聞き及んだ上で、彼らをギリギリまで戦場
へ投入せずに待っていたのた。こちらの被害を最小限に、敵へのダメージを最大限に。その
心を圧し折る、ただその為だけに手札(カード)を隠し続けて。

「──どらぁ!! 死にたい奴は出て来い! この俺様がぶっ飛ばしてやる!」
 “牙”のリーダー格を務めるのは、元獅子(ライオン)系獣人族(ビースト・レイス)の
魔人(メア)、鎧戦士のアイン。身の丈以上もある槍斧を振り回す豪傑だ。
「ちょっ! に、兄さん! ……もう。全然ツェーリ爺の話聞いてなかったろ……」
 そんな彼の後ろをついて来るのは、実の弟であるアシェル。同じ見た目の獣人でこそあり
ながら、性格は対照的だ。こちらに気付いて迎え撃とうとする反分子勢力の兵らに向けて、
彼はブンッと自身のオーラから創った“死神”を解き放つ。
「ひっ──!?」
「な、何で。何でお前が此処に……!?」
「やっ、止めてくれぇぇぇ!! 来ないでくれぇぇぇーッ!!」
「済まなかった! 俺が悪かった! だから、だからだからだからァァァーッ!!」
 だが不思議な事に、この兵らに“視えて”いたものは、それぞれに全く違っていたのだ。
 或る者にはどうしても克服できない苦手なものだったし、自らの過失で死なせてしまった
誰かだったりした。或いはもっと抽象的な、幼い頃に刻まれた心的外傷(トラウマ)──。
 これこそがアシェルの、現出型《痛》の色装。相手が持つ恐怖のイメージを、幻影として
見せる能力である。
「どっ……せいッ!!」
 そうして“恐れ”に竦んだ彼らを、妙に“巨大化”したアインが中空から斧槍を叩き付け
て一網打尽にしていた。
 強化型《勇》の色装。相手が恐れれば恐れるほど、自身が強大になるという一風変わった
能力だ。この性質を最大限に活かすべく、基本的に弟・アシェルは常にサポートに回る。
「──逃がしはしない」
「ゴミどもが。まともに動けなければ……ただの的だ」
 元女傑族(アマゾネス)の太刀使い、ヴァイル。生真面目な眼差しから放たれる《軌》の
斬撃は、そのまま敵を一挙に捕らえる刃の縄へと変わった。
 その隣で、チャフのようなオーラを撒き散らすのは、元蟲人族(インセクト・レイス)の
暗殺者・サリェリ。相手の感知能力を麻痺させる、変化型《欺》の色装によって、相棒の攻
撃をアシスト。自身も手慣れた短剣捌きで一人また一人、その首を掻っ切ってゆく。
「こ、こんの……ッ!!」
「はい。お終い。感情が先走ったら負けだぞ?」
 加えてもう一人、元人族(ヒューネス)の狩人・ノイッシュ。オーラを圧縮する《蒐》の
色装の矢が、分厚い鎧に身を固めた屈強な戦士すらも一瞬で撃ち抜いてしまう。
「──何で戦場に女とガキが?」
「構いやしねえ! 飛び込んで来たんなら敵だ!」
 “牙”の副隊長こと、元人族(ヒューネス)の女魔導師・セナ。スリットから覗く美脚と
短めの杖を手に、襲い掛かって来る反分子兵やオートマタ兵達に向け、自身の《門》の色装
を発動する。胴体がマントの小さな使い魔は、その身体の中からもう一人の少女・フィアの
掌をワープホールよろしく迫り出させた。
「がっ!?」
「何……が、起こっ、て……?」
「く、崩れる……。顔が、身体ガ、崩レ──」
 変化型《劣》の色装。自らの人生をも狂わせた、触れたものを朽ちさせるそのオーラは、
かくして襲い掛かって来た者達を瞬く間に塵に還て絶命させた。セナは怯える彼女の頭をそ
っと撫で、何時ものように保護者のお姉さん宜しく振る舞う。
「大丈夫よ。この人達は悪い人。私が貴女を、守るから」
「……うん」
 そして“牙”には、もう一人女性の構成員がいる。元蛇尾族(ラミアス)の娼婦、双曲刀
使いのマキアスだ。彼女はまるで舞を踊るかのように剣を振るい、女だと高を括った反分子
兵を次々に血に染める。一方、感情を持たないオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)に
対しては、自身の《砂》のオーラで水分を吸収。内部から乾涸びさせて自壊させた。
「──下衆が。見た目で他人を判断するんじゃないよ」
「あはは。そりゃあ姐さん、そんなセクシーな服装してたら誰でも……あだっ!」
 そんな彼女の隣で援護するのは、元人族(ヒューネス)の道化・スヴェン。たっぷりの両
袖、中華服に隠した暗器や重石、果ては戦象まで解き放つと、周囲の敵を粉微塵に滅ぼす。
操作型《縮》の色装──自身のオーラで包んだものを、極小サイズにして持ち運ぶことの出
来る能力だ。
「──ふむふむ。皆、随分と暴れておるのう。暫くぶりの任務じゃからな」
 十人目、最後の一人。元古仰族(ドゥルイド)の老魔導師・ツェーリ。
 彼の役割は主に、その超覚型《伝》の色装による連絡要員だ。“牙”達の中で唯一、この
戦場からやや離れた位置から状況を俯瞰し、他の面々に指示を出す。或いは自らが「視た」
映像を彼らと共有し、作戦の迅速な遂行を援ける。
「さて……。御膳立ては済んだようじゃ。陛下、あの者達が到着したようですぞ?」

『イセルナさん、皆! 急いで戻って! このままあの大穴を突っ切るわよ!』
 始めから狙っていてか、本当に全くの“偶然”だったのか。目を覚ましたジークが船内で
叫んだ一喝で、大きく吹き飛ばされた魔流(ストリーム)の隙間を、操縦桿を握るレジーナ
達は見逃す訳にはいかなかった。機体外へ防衛に出てくれていたイセルナ達を、急ぎ転送リ
ングで呼び戻し、自分達はこの機を失うまいと一気にルフグラン号を前進させる。
「ぐっ……。しまっ──!」
 自らの右半身と《光》のエネルギー球を巻き込んだ、世界の境界すら貫く大穴。
 ルキは彼女らが取ろうとする行動にすぐ気付いたが、ダメージの衝撃で崩れた体勢と、急
激に変化した魔流(ストリーム)の流れによって思うように動けない。連れて来た有翼型の
オートマタ兵達も、その多くが既に撃ち落されるか、巻き込まれてしまっていた。必死の抵
抗も余所に、倒すべき敵らを乗せた飛行艇は、あっという間に己との距離を増やしてゆく。
「しっかり掴まっていてくださいよ!」
「このまま一気に、顕界(ミドガルド)へ! おお、りゃあああああああーッ!!」
 冥界(アビス)から、地底層・魔界(パンデモニム)西方の鬼ヶ領。更に概念的な“上”
に位置する地上へと。
 世界同士の隔たりをもぶち抜いて、ルフグラン号は安全度外視の加速を続ける。鬼ヶ領の
屋敷に居たセキエイは、部下達と共に一瞬猛烈なスピードで過ぎ去ったこの機体を唖然とし
て見上げていた。ザザザッと、そうして地上・現世へ近付けば近付くほど、通信が平時のそ
れへと対応し始めていた。他の技師組の面々が、急いでこれに齧り付く。
「!! 社長、副社長! シノ女皇です! 何かこちらに呼び掛けているみたいです!」
「繋いで!」
「俺達がこんな状態だの、知ってるのか……? 向こうで何か、大変な事でも……??」
 技師組の面々と、思わず眉を顰めるジーク。ただそれは結論だけを言えば杞憂だった。手
段と目的が逆転していたとでも言うべきか。
『聞こ──える? レジー、ナさ──? 統務──院、が──大変、なの──』
 通信の向こう、何度も呼び掛けていたらしい彼女は言う。何でも地上では現在、統務院と
“結社”の軍勢が正面衝突を繰り広げており、バトナスら使徒級の戦力までも現れているら
しい。このままではいずれ押し切られ、大きな被害が出てしまうと。
「分かった! すぐそっちに行く! 母さん達は、向こうの奴らに伝えておいてくれ!」
『ええ──分かった──わ。場所は──西方南部の──ハイリッツ、ビル。ハウゼン様も、
他の盟主達も──先程から──指揮、を──』
「イセルナさん、皆さん! 聞こえますか!? このまま現地に向かいます! 全員タラッ
プへ集まってください!」
『了解したわ!』
『おうよ! 任せときな!』
 船内への通信網も駆使して、レジーナやジーク達は施設棟に戻って来たであろうイセルナ
以下仲間達にも急ぎ伝える。各所に散っていた団員らも、にわかに戦闘準備を整えて機体側
面のそこへと集まり始めていた。その間にも機体はぐんぐんと世界の壁、無数の霊海を通り
抜けて、次の瞬間にはパッと開けた一面の荒地──顕界(ミドガルド)ハイリッツビルへと
辿り着いていた。
「!? 来たぞッ!」
「空に、穴が……」
「マジかよ。本当に飛行艇が──ルフグラン号が」
『うむ。よくぞ戻った。ジーク皇子、アルス皇子。クラン・ブルートバードの皆々よ』
『……ジーク、アルス』
『ははっ! あんにゃろう……。随分とギリギリだったなあ、おい』
「お前ら、見えるか? 戻って来たぞ! 統務院特務軍、ブルートバードがよお!」
 オォォォォォォォッ!!
 通信越しの映像、或いは現地の空を見上げて。
 かつて共に戦い、或いは争った者達が、この帰還を待ち構えるように出迎えていた。上が
る戦塵を、押し返すように木霊する。十中八九悲喜こもごも、敵味方に分かれて違うその絶
叫に、再び集まったジーク達はタラップから見下ろす形で耳を傾けていた。雲間から覗く戦
場の様子を僅かな時間で把握し、直後リュカの風紡の靴(ウィンドウォーカー)によって、
彼らは一斉に空へと走り出す。
「──ッ、来た!」
「陣形展開! 左右に分かれろ! 挟まれる前に、こちらが逆に包囲するんだ!」
 まるで重力に従い、垂直落下してきた弾丸のように。
 ジーク達はこの戦場の真っ只中に着地して、敵味方の轟音に応えた。世界がまるでスロー
モーションに呑まれたかのような錯覚。ゆっくりと、復活の皇子とその仲間達は顔を上げ、
険しい眼差しでこれらを見据える。


『──私に訊きたいこと、ですか?』
 自身の執務室を訪ねて来たクロムの言葉に、ヒミコは思わず目を丸くして瞬くと繰り返し
ていた。背後の窓、耳には変わらず市中の工事音が聞こえ、眼前の出来事が何処か夢幻のよ
うに感じられる。
『はい。ある人物の、死後の足跡が知りたいのです』
 故に最初、彼女は警戒した。突然そんなことを言われて驚いたのもあるが、本来裁定に関
する記録は外部に出してはいけない決まりだったからだ。
 しかし相対して観る限り、彼に害意は感じない。寧ろ不器用ながらも一心に、頼み込もう
とする印象を受ける。
『名前はシオン・チドリヤ。今から二百年ほど前、器界(マルクトゥム)南西部サディーハ
県、ヒヒイロ村に暮らしていた鬼族(オーグ)の女性です。享年は人族(ヒューネス)換算
で二十七歳。当時その故郷ごと、とある武力衝突に巻き込まれて命を落としました』
『……』
 曰く、死後の魂を裁く閻魔、その長たるヒミコなら当時の記録を出させることが出来るの
ではないか? そう思い駄目元で、今日一連の騒動が落ち着き始めたこのタイミングで、調
べて貰いたく足を運んだのだという。
 正直ヒミコは迷っていた。彼らは恩人だ。出来る事なら礼の一つ代わりにそんな頼みであ
れば聞いてあげたい。だが自分は閻魔総長──この冥界(アビス)の秩序を担う身だ。そう
簡単に、これ以上、私情を交えて勝手な真似をしていいものか……。
『……一つ、お訊きしても宜しいですか?』
『何でしょう?』
『その方は──貴方とはどういうご関係ですか?』
『……私がかつて、愛した人です』
 独断だとは解っている。されど全くの淀みもなくそう答えたクロムの眼差しに、ヒミコは
思わず目を見開いてしまっていた。密かに動揺していた。
 対する当のクロムは、じっとこちらを見つめて押し黙っていた。返事を待つように無音の
まま立ち続けている。ヒミコは暫く逡巡したが、その実心は決まっていた。キュッと僅かに
唇を結んで胸元に拳を握り、静かにゆっくりと息を吐き出す。
『分かりました。貴方がたには恩もあります。今回だけの……特別ですよ?』
 言って彼女は、一人部屋の壁際に並べられた本棚へと歩いて行った。一見すれば年代物の
それだが、肝心の中身は金属とも陶器ともつかぬ半透明の戸で守られている。
 そっと手をかざすと、その一角に掌サイズより少し大きめの魔法陣らしきものが現れた。
おそらくは閻魔総長の権限──本棚の施錠を解除し、幾つもの本がひとりでに彼女の周りに
飛び出して来ては旋回し始めた。ぶつぶつと発音、差し出した手にやがて一冊の本がふわり
と収まり、彼女はそれを数拍ぱらぱらと捲る。
『……見つかりました。確かにちょうどその時期、同じ名前の魂がこの魂魄楼に誘われてい
ます。裁定の結果は第一層・白砂の間、十三日間の浄化プロセス──魔流(ストリーム)へ
と程なくして還って行ったようです』
 クロムはじっと、その回答(こたえ)に耳を傾けていた。ただ当のヒミコは、少し申し訳
なさそうな表情を浮かべている。
『……すみません。残念ですが、輪廻に乗った後のことは私達にも……。この方が今、何処
の誰に、どんな命になっているのかまでは……』
『いえ。そこまで判れば充分です。どうも、ありがとうございました』
 躊躇うヒミコ。しかし求めた側のクロムは、発した言葉の通り安堵したようだった。その
場で深く彼女に一礼し、そのままゆっくりと踵を返して立ち去ってゆく。

「ったく……。復帰早々戦場とはなあ。王様達も、人遣いが荒ぇや」
「言っている場合か。寧ろ私達が抜けていた間、その穴を埋めてくれていたんだぞ? 二年
前の件もある。もうひと踏ん張り、報いねばな」
「……どっちでもいいや。どっちにしろ、こいつらをぶっ飛ばして撤退させなきゃ、落ち着
くも糞もねえし」
 地上層・顕界(ミドガルド)、城砦跡地ハイリッツビル。
 ルフグラン号から降り立ったジーク達は、早速“結社”の軍勢に取り囲まれつつある戦況
をざっと眺めて得物を構えていた。ダンは鎧戦斧(ヴァシリコフ)を、リンファは居合の構
えで太刀を。コキコキと首や肩を鳴らして、ジークも抜き放った紅梅と蒼桜の二刀を握り締
めている。
「ジーク皇子だ……。本物のブルートバードだ……」
「噂は本当だったんだな。本当に、冥界(アビス)から蘇生を──」
『クラン・ブルートバード! よく来てくれた! 状況は見ての通り。先行している我ら統
務院本軍と協力し、残存の敵勢力を撃滅してくれ! 使徒級の“結社”からの加勢で、現在
苦戦を強いられている!』
 実際の戦場でこの一部始終を見ていた兵士達は勿論、用意された映像機を通して伝えられ
たその姿に、世界各地の市民らも大きくざわついていた。通信越しに拡声で。先刻から指揮
を執る四盟主と他の王達が、彼らに改めて加勢を命じる。
「……コーダスさんの言っていた“援護(アシスト)”とは、こういう事か」
「元より再戦(リベンジ)はする心算だったしね。派手に行こうか!」
 全軍、ブルートバードに続けーッ!! 将校やヒュウガらサーディス三兄妹の指示の下、
既存の統務院軍も動き出した。兵達は相手の陣形が移動している、側背が晒された今この時
こそが好機だと言わんばかりに、一斉に反転攻勢を仕掛け始めた。当然“結社”側もこうし
た動きは予測しており、陣形を組み直すまでの時間を狂化霊装(ヴェルセーク)や大盾持ち
のオートマタ兵などを使って稼ごうと試みる。
「船の中で話は聞いてたけど、随分好き勝手に暴れてくれてたじゃない」
「私達も行くわよ! 総員、彼らと連携して“結社”を攻撃!」
『応ッ!』
 戦場は奥をジークやイセルナ以下クラン・ブルートバード、次いで左右に分かれてこれを
先に叩こうとした“結社”及び反分子勢力の残存兵と、彼らを横一列で呑み込まんとする統
務院軍の三者に分割されていた。加えて一連の混戦の中には、先ほどファルケンが投入した
直属の魔人(メア)部隊・王の牙の面々も散っている。
「どっ……せいッ!!」
「!? チッ」
「接続開始(コネクト)ォ!」
「ぬぅッ?! こいつ、前よりも速く……!」
 特に聖浄器持ちのジーク達は、率先してバトナスやフェイアン、ガウル以下使徒達を押さ
え込みに掛かっていた。位置的に前衛と後衛が逆になっていたことも手伝い、ハザンより出
される筈だった他戦力との合流すらもままならない。
「──使徒級が止まったな。今がベストか」
 ちょうど、そんな最中である。このジーク達加勢後の戦況を眺めていたファルケンが、そ
う居城の玉座に着いたまま傍らの臣下達に、また新たな指示を飛ばした。通信を繋いだ先は
ヘイデン──彼肝入りの研究プロジェクトを率いる老博士である。
「俺だ。そっちの状況は把握してるな? 奴らを出す。用意はいいな?」
『ふぉっふぉっふぉっ……。勿論ですじゃ。どの者も皆、ようやく力を試せるとあってウズ
ウズしておりますわい』
「上出来だ。ヴァルドー王国国王、ファルケン・D(デュゼムバッハ)・ヴァルドーの名に
おいて命じる。地上で暴れている“結社”及び反分子どもを──殺せ」
 かくして、異変は次の瞬間起こった。文字通り生死の境を掻い潜って戻って来たジーク達
とバトナスら使徒級の魔人(メア)達。共に以前よりも力をつけた者同士が激しくぶつかり
合い、戦局が益々血生臭くなる一方にあって、にわかにこの戦場へと進軍して来る一団が現
れたのだ。ジーク達や“結社”側の軍勢、味方である筈の統務院軍の面々も、ハッと顔を上
げて訝しむ。
「……何だあ? ありゃあ?」
「まさか、増援か? だが聞いてないぞ?」
「私達の“お友達”じゃ……ないみたいだけど」
「ざっと一大隊って所か。服装からしてあれはヴァルドー軍。いや──」
 一見する限り、少なくとも“結社”側の予備兵力という訳ではなさそうだ。統務院側の軍
服らしき衣装で統一されているし、何より揃いの腕章には西方の大国・ヴァルドー軍の紋章
が刺繍されている。
 だが……兵自身にそれほど変わった点がないように見えても、彼らが携えているその武器
には違和感があった。戦鎚や矛槍、銃剣。めいめいが意気揚々に、不敵に掲げたこれら得物
が効果を発揮し始めた次の瞬間、場に居合わせた両軍──特に魔獣や魔人(メア)を多く擁
する“結社”側の軍勢は大いに揺らぐことになる。
「総員、突撃!」
『おぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
「グッ!?」「ガ──ッ?!」
「な、何だ? 急に兵どもが崩れ出したぞ?」
「この威力、嫌な感じ。まさか……聖浄器か!?」
 バトナスやフェイアンらが驚いたのも無理はない。何故ならそれまで、自分達を脅かす件
の古代兵器は、使い手は勿論その数自体も限られていた。代表格は志士十二聖ゆかりのそれ
だが、今は大半がクラン・ブルートバードの面々が握っている筈……。
「どっ、どういう事だよ!? 聖浄器って、あんなポンポン出して来れるモンじゃなかった
ろうが! 何であいつらが、いきなり徒党を組んで使いこなせてるんだよ!?」
「そ、それはそうですけど……。実際あれは間違いなく聖浄器──」
「……いや、少なくとも理論上は不可能じゃない。私も正直、今の今まで考えつきもしなか
ったが」
『えっ?』
「はい……。まさかとは思いますけど」
「だ、だけどさあ! 聖浄器ってのはそもそも、強い魔力の──」
 ジーク以下、クラン・ブルートバードの仲間達も、最初は同じく盛大に混乱した反応を見
せていた。それでも現実として同様の特効(こうか)を持つ一団が現れ、敵を打ち崩し始め
たのを見て、ハロルドやアルス、リュカにイセルナといった学識のある面々が次第に苦々し
い表情(かお)をする。クレアやステラ、他の仲間達が口々に言いかけて、しかしだからこ
そ気付いてしまう。
「……ファルケン王。貴方って人は……」
『ほう? 理解が早いな。流石はそいつらを纏める団長だな』
『そうだよ。あいつらの持ってる武具は全部、俺が人工的に作らせた聖浄器だ。いつまでも
お前らだけに、使徒級殲滅の重荷を背負わせてやるのも不憫でな』
 皆を代表して、絞り出すように呟くイセルナ。そんな声に、通信越しからヴァルドー王・
ファルケンが自ら認めて言った。ハウゼンにウォルター、ロゼといった残りの四盟主や他の
王達も驚愕して押し黙っている。予めこれを世に知らしめることも計算に入れていたのか、
彼は堰を切ったように語り始めた。
『知っての通り、元々聖浄器ってのは大昔に作られた対魔獣用の武具達だ。そしてその力の
源泉、核たる部分には、当時の優れた魔力を持つ人間の魂が使われた──』
 当然、今の今までそんな事実を知らずにいた者達も少なくなかっただろう。通信を介して
伝えられるその情報に、人々は愕然として言葉を失っていた。或いはもう少し先の理屈に思
い至り、背筋が凍る思いに襲われる。
「……魂さえ選り好みしなければ、そういった武具を作ることは、理論上可能」
『ああ。幸か不幸か“材料”ならばたくさんある。現在進行形でこちらが揃えていってる、
結社(てき)勢力の兵ならな……』
 ジークやアルス、エトナ。仲間達が一斉に言葉を失っていた。場の友軍達や通信の向こう
にいる王、各地でこの一部始終を見つめている人々も然り。
『ファルケンめ……。今回の戦、妙に用意周到かと思えば……』
『何てこと……。そんなこと、人道的に許されるものではない筈です!』
『ああ? 綺麗事云々で素直に退いてくれる輩かよ。戦争だぞ? こっちが退いたら、こい
つらは延々とこの世界を壊して回る。どっちかが滅びなきゃ、この戦いは根本的には終わら
ねえんじゃねえのか?』
 若き大統領・ロゼの叫びを、ファルケンはまさしく鼻で哂った。自身がたとえ悪役と見做
されようともいい──人類存亡を賭けたこれまでの戦いを、一刻も早く終わらせる為に。
『こいつらの装備に使われてるのは、全部“結社”絡みで投獄された囚人達だ。勿論本家本
元の出力には敵わねえ。だがその分、数に関しちゃあよっぽど取り回しが利く。見ての通り
量産化にも着手した。その辺の魔獣やオートマタなら、問題なく倒せる。威力の方も、詰め
込む頭数を増やせばカバー出来るしな』
 唖然とする。そうしている間にも彼肝入りの聖浄器部隊が“結社”所属の兵らを破り、逃
げ腰になっていた反分子勢力にまで届き始めていた。
 彼らからしてみれば、まさしく絶望だ。何せここで捕まりでもすれば、同じくこの量産型
聖浄器の材料にさせられかねない。
『差し詰め……“亜聖浄器(レジスタン・シリーズ)”って所かね? どのみち十個や二十
個じゃあ、決戦には役に立たないだろうからよ?』

「──ッ?!」
 時を前後して、摂理宮。かつての相棒・マーテルの自死にショックを受け、ぐったりと寝
込んでいた筈のユヴァンが、次の瞬間弾かれるように起き上がった。ベッドの傍でうとうと
としていたシゼルが、気付き慌てて近寄る。物音を聞いたティラウドとオディウスも、何事
かと顔を出してやって来る。
「ゆ、ユヴァン様? どうなされたのですか?」
「おいおい……。まだ寝てなきゃ駄目だろうが。《罰》の反動もあるし、どう見たって本調
子じゃねえぞ」
 急いで再び寝かせようとする三人。しかし当のユヴァンは、彼らの話すらまるで耳に入っ
ていないかのように空を見上げていた。刻一刻と七色に変わる半透明の天井、魔力(マナ)
の塊で造られた宮殿内。一見すると静かに変わらず蠢き続けているように見えるそれらに、
彼はやがて絶望したかのような号泣でもって叫び始める。
「ああああ!! あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 彼には──視えていたのだ。現世・顕界(ミドガルド)ハイリッツビル。この数年間ずっ
と危惧し、幾度となく刺客を差し向けてまで止めさせようとしたあの研究が、遂に実戦投入
の日の目を見てしまった。突然泣き叫び始めた彼に、シゼル以下盟友達は動揺する。
「ユヴァン!? 一体何が──」
「……視えたのか? またお前には別の、この世界の魂達の叫びが」
 彼らの支えもそこそこに、ユヴァンはぐらりとベッドの中から転がり落ちた。更にそれだ
けでは飽き足らず、ガンガンッと、その場で激しく床を叩き始める。何度も何度も、怒りと
怨嗟、後悔の念を滾らせて。
「くそッ、くそォォッ!! 守れなかった……! また僕は、守れなかった……ッ!!」
 その耳には聞こえていた。ファルケン及びヘイデンらが作り出した亜聖浄器、その核とし
て囚われた魂達の声が。世界を覆う魔流(ストリーム)のそれらと共鳴して、彼の五感には
まるで、己が身を引き裂かれんばかりの苦しみが次々と流れ込んで来ていた。
「ユヴァン様……」
「畜生、畜生、畜生ォォォーッ!! それでもお前は、血の通った人間かァァァーッ?!」
 ひとえにその嘆きは、件の研究を止められなかった自責の念も含んでいたのだろう。
 遥か遠く、ハイリッツの古城と荒野を舞台にした戦いで。この亜聖浄器を手にした一大隊
は、更なる追撃を開始し──。

                       《霊冥の彷徨者(ワンダラー)編:了》

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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