日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔115〕

「オシヒト機動長! 聞こえますか!?」
「閻魔総長ヒミコ様は、僕達が保護しました! もう大丈夫です!」
 精霊伝令を介し、アルスとエトナ、ハロルド以下冥界(アビス)側に合流したばかりの面
々は、ヒミコら閻魔衆を“結社”の兵達から救い出していた。アララギ・オシヒトとはまた
別の高楼、その内部に籠っていたオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)達を全滅させ、
アルスはそう掌の光球に叫んでいる。
「……ジーク達、何とか間に合ったみたいだね」
「うん。僕達も急ごう。相手は“結社”の大幹部だ。こちらの数が少し増えたぐらいで押さ
えられるとは思えない」
 どうやら兄達は、一先ず作戦通りに動けているようだ。しかし傍らの相棒が小さく哂うほ
ど、彼自身はそこまで楽観視してはいなかった。映像(ビジョン)の向こうでは、兄や味方
達が今まさにアララギとの直接対決になだれ込もうとしている。
 全ては精霊族(スピリット)の始祖・マーテルとの融合──生まれ変わったエトナの力添
えによって可能になった芸当だ。或いは自身に与えられた、想定外の管理者権限(ちから)
の賜物か。
 事実皆がこれほどタイミングよくオシヒトの下へと集結できたのも、自分達がこうして伝
令を駆使して面々を繋ぎ、共闘するよう導いたからに他ならない。だからこそその為に、予
め閻魔長(かのじょ)らを助けに来たのだ。
「ああ……。そうだな」
「これだけ事態が拗れてしまっているからね。いつ結社(やつら)の側から、援軍が来ると
も限らない」
「もしそうなれば、状況は絶望的ですわね」
「……させない。その為に此処にいるんだから」
 ハロルドやリカルド、シンシアにミア以下場の仲間達も、険しい面持ちを崩してはいなか
った。こちらへ踵を返してくる二人に小さく頷き、転移の為に再びルフグラン号へと戻ろう
とする。
「シンシアさん。ルイス君、フィデロ君」
 だが次の瞬間、アルスが呼び掛けたのは、その内の学友及び彼女の従者達だった。息の合
ったような頭の疑問符。ふいっとこちらに視線を返す彼女らに、アルスは尚も真剣な表情の
まま続ける。
「先にヒミコ様達を船へ。中で避難してて待ってて」
「えっ──」
「何言ってんだ! 俺達も戦うぜ!?」
「相手が強敵なら、尚更……」
「だからだよ。もしヒミコ様達をまた失えば、人質として狙われてしまえば、今までの頑張
が差し引きマイナスになる。無駄になる。それじゃあ駄目なんだよ」
 それに……。アルスは加えて、少々口籠る。自分でも次々と指示を飛ばしている、その自
覚はあったのだろう。細める両の目、横顔には心苦しい憂いが宿っていた。
「君達まで、失ったら」
「……アルス」
 こんな時でも、こんな時だからこそ一緒に戦ってくれるのは嬉しい。だがその厚意に甘え
てずるずると、本来“部外者”である彼女達まで巻き込むことはアルス自身、決して好いと
は思えなかった。その果てにもし犠牲にでもなれば、セドさんやご両親、親類縁者の皆さん
に何と詫びればいいのだろう?
 ポンと、そんな言葉を掛けられた当人・シンシアの肩を軽く叩く者があった。彼女の従者
の一人、キースだ。振り返った視線に小さく頷きを見せて促し、もう一人の従者・ゲドも若
干口元を結んで同調している。
「仕方……ありませんわね」
 たっぷりと数拍迷ってはいたが、結局彼女達はこの指示に従うことにした。「絶対生きて
戻って来いよ!」「必要ならば援護する!」フィデロとルイスも、数歩駆け出しながらそう
ギリギリまで心配してくれていた。彼らやシンシア、ゲドとキースが転送リングの効果に巻
き込む為、ヒミコ達の手を取ってゆく。当の彼女は尚も強く困惑したままだった。
「どうして」
『??』
「貴方は、貴方達は……一体何者なのですか? 魂魄楼への侵入、実の兄の蘇生という前代
未聞の事件を引き起こしながらも、一方では私達を助けてくれた……」
 実際の所、半分問いのようで問いにはなっていなかったのだろう。只々彼女やその部下達
は戸惑い、彼らの“矛盾”に混乱していたからだ。少なくとも、自分達魂魄楼をこれまでな
かったほどに掻き乱す革命者。裏切り者のアララギに相対する英雄──。
「……」
 しかし、そんな彼女の揺らぐ眼差しに、対するアルスは只々静かに微笑んでいた。にも拘
らず、本当の感情は見え辛い。徒に打ち明けても、余計に混乱させてしまうだけ。オシヒト
や他の死神達の情報こそ聞き出しはしたが、今はゆっくりと話し込んでいる暇は無い。全て
はアララギ一派をどうにかし終わってからだ。状況はまだまだ好転してはいない。
(僕は)
 一体何者なのか? アルスは自らに問う。
 確かに今回、天上でゼクセムから最高レベルの権限を譲られ、エトナもマーテルと融合。
更なる“力”を手に入れはしたが……。
「ただの人間、ですよ」
 フッと微笑(わら)う。密かに苦笑する。
 それはきっと、目の前の人々を、大切な誰かを救って来れなかったことへの後悔だった。


 Tale-115.霊冥の克服者(サバイバー)

『おおおおおおおおッ!!』
 アララギ・オシヒトの立つ高楼の屋根。そこへジーク達及び死神の連合軍が、大挙して押
し寄せていた。鼓舞される大号令。ジヴォルフ達の戦車(チャリオット)や飛行型魔獣──
正気を取り戻した元囚人達に分乗し、これを包囲する。アルスが報せてくれた、ヒミコは無
事と伝える精霊伝令の光球も、ややあって消え失せていった。
「機動長!」
 唖然としていたオシヒトに、有翼の魔獣に乗った死神達が得物を返してくれた。どうやら
先程弾き飛ばされた後、キャッチしてくれていたらしい。「……すまん」再び受け取って、
握り直す。彼は内心酷く安堵していた。これで奴と、気兼ねなく戦える。
「……」
 そんな様子を一方で、アララギは改めて冷静に冷淡に観察していた。少なくとも状況は、
秘匿を兼ねた彼との一対一ではなくなっている。
 イセルナやダン、クラン・ブルートバードの面々に元使徒クロム、ドモンやフーゴ、サヤ
を始めとした南棟死神隊。ヒムロら三隊長とハイバラ、メグ・ミクにタノウエ──それぞれ
の副官以下残党達。どうやらキリシマ達では止められなかったようだ。
「……どいつもこいつも」
「それはこっちの台詞だ! どういう心算だよ、アララギ!? 何でだ? 何で俺達を裏切
った!?」
 故にアララギは静かにごちたが、終始感情を爆発させて憤っていたのは、これに対する煉
獄長・ドモンだった。この魂魄楼の“秩序”を長らく牽引してきた同胞として、これ以上の
結末は無い。
「本当に、貴方は“結社”なのですね」
「てめぇの所為で、死ななくてもいい部下達が死んだ……。お前だけは許せねえ!」
 裏切られたという事実、衝撃も然ることながら、それ以上に多くの同胞が巻き込まれて文
字通り“消えて”しまったことに、彼らは憤懣遣る方無かったのだ。サヤとフーゴ、ドモン
の副官的立ち位置の二人も、それぞれに最早アララギを“敵”と見做している。
 煉獄内での暴走と空間転移、閻魔長ヒミコらを攫ったという尖兵──黒衣のオートマタ兵
と狂化霊装(ヴェルセーク)。一連の疑惑を確かとする証拠は次々と挙がっていた。
「もう、言い逃れはできないぞ!」
「この裏切り者め!」
「俺達の……俺達の信じていた誇りを返せ!」
「魂魄楼は渡さねえ! お前ら“結社”から……守ってみせる!」
 覚悟しろッ!!
 だがそんな怒涛の責めと激情に、当のアララギは尚も言葉少なく静かだった。いや、終始
その内に、彼なりの“怒り”を秘め続けてきた点には変わりなかったのかもしれない。
「……調子に乗るなよ」
「寧ろここまで傾けば好都合。この組織ごと、破壊してやる」
 破棄して再生する(スクラップアンドビルド)。もうちまちまと、配下の者らで侵食させ
るといった手間は省かれたと捉え直す。くわっとその暗い目を見開き、アララギは再び漆黒
の大鎌──《滅》の色装を現出させた。同じく屋根の上、間合いの際に立っていたジークと
オシヒトが、咄嗟に反応する。
『っ!?』
 速い。大鎌を振り被って疾走、刃を振り下ろしてくるまでの一瞬の技に、二人は殆ど反射
でもってこれをかわしていた。ギリギリである。足元の瓦が真っ直ぐ直線状に抉れ、斬り裂
かれた空間もろとも“消滅”する。
「ぎゃっ?!」
「ぐあ……ッ!!」
「み、見えなかった。相棒が、消えて──」
「避けろォ! そいつの刃に触れたら、防御ごと身体が消し飛んじまうぞッ!!」
 放たれた斬撃の軌道上にいた仲間達が、幾人かその餌食になってしまったようだ。ちょう
どギリギリ、隣に浮かんでいた死神隊の面々が、身体半分を失い落下してゆく同胞らの姿を
目撃して(み)、戦慄で青くなっている。
「刃部分には絶対に触れるな! 大振りさせろ! 全員で隙を作るんだ!」
 おおおおおッ!! それでもこの場に集まってくれた精鋭──真の敵を知り、これを倒そ
うとする者達だ。次の瞬間には誰からともなく叫び、各隊長格らを中心に攻撃を開始する。
イセルナ以下クラン・ブルートバードの仲間達も、相手が動き出す前にこれを封じ込めよう
と能力を放つ。
「その程度で……。私に勝てると、思うなッ!!」
 だが対するアララギは、この数の差をものともせずにすぐさま押し返してきたのだ。大鎌
を振らせ、その隙に四方八方別方向から攻撃を仕掛けてくる面々に、驚異的な反応速度と技
量でもってこれを捌く。柄から繰り出す突きや、素早く返す刃、何より大鎌自体の射程外か
らの攻撃や彼らを、空間そのものを削って引き寄せることで解決。相殺して、一人また一人
とその《滅》の刃で葬り去ってゆく。
「ぐぅっ……!?」
「ひいッ?!」
「だ、駄目だっ! 包囲網が崩された!」
「各隊、一箇所に固まるな! もっと距離を取れ! それじゃあ逆に狙い撃ちだぞ!」
 辺りに目立った遮蔽物の無い高楼の上、立地的に仕方ないと言えば仕方なかったのかもし
れない。だが皆が飛行型魔獣達をその足として分乗してきた事が、ここに来て裏目に出た。
 言い換えればそれは、実質彼らを一中小隊に押し留める状況を生んでいたからだ。大鎌本
体の射程外にいようが、空中だろうが、自身の能力を熟知しているアララギの技をもってす
れば如何様にも捉えられる。一方でこちらには、それらを確実に回避する術が無い。
「……拙いな」
「ああ。かと言って、近距離で打ち合うにはリスクが高過ぎる」
「一旦オシヒト機動長を回収して、ジークもこちらに戻しましょうか? 今ならまだ、奴の
狙いも一箇所には絞られていない……」
 イセルナの《冬》では時間が掛かり過ぎるし、何より敵味方が入り乱れている。ダンやグ
ノーシュの色装(のうりょく)も、その性質上一閃されれば掻き消される。事実こちらから
何度も援護射撃を放つが、ことごとく相殺されてしまった。逆に空間を併せて削られ、危う
く引き寄せられそうになる。その意味では円陣──左右の仲間達に掴み留めて貰うという抵
抗手段も取れなくはなかったが。
「私の《金(ほのお)》も……致命傷を与えるにはっ、ならんな!」
「……ちっ。足場と、相性が悪過ぎる。おい、この楼の中、まだ人がいるんじゃねえだろう
な!?」
 屋根の上のオシヒトと、有翼魔獣に乗っているドモン。死神衆の大幹部達も、改めてこの
死神総長を攻めあぐねていた。どちらも基本は近接高火力型。一撃を打ち込める可能性もあ
るが、同時に貰う危険性も高い。こと《滅》の大鎌相手ではそれがイコール死に直結する。
 加えてアララギの動作だけでは、その斬撃が近接が遠隔かを見極めるのも難しい。オシヒ
トと共々、ジークはこの現出し直された大鎌に苦戦を強いられていた。
「力で押し勝とうとしちゃあ駄目だ! 反魔導(アンチスペル)だ! 奴の得物をとにかく
消し去るんだ! 再生成(リキャスト)までの隙を狙え! それしかない!」
 それでも一行は──特にマーロウ以下十六番隊の面々は、諦めなかった。同じ現出型の能
力故の知識、これまで仲間達と共有してきた情報を駆使して、自身も《荷》の二刀によるア
シストを繰り返す。繰り返し繰り返し、味方を軽くしたり、アララギの鎌を重くしたり。少
しでもこちら側の被害を減らそうとする。隙を作ろうとする。
「どっ……せいッ!!」
「盟約の下、我に示せ──反導法(アンチスペル)!」
「少しでも、鎌を形作るオーラを……!」
 完全解放した白菊を握り、執拗に肉薄するジーク。ステラや他の魔導使い達による灰色の
放射が飛び交い、或いはサヤが《散》を込めた剣閃で大鎌を叩く。イセルナ以下団員達や他
の死神達も、一人また一人と屋根に飛び降りてはこれに続いてゆく。
「くぅッ!?」
 再三《滅》の大鎌に打ち付けて掻き消す。たとえアララギ自身に攻撃が届かなくとも、直
接自分達に攻撃が振り下ろされないようにする。
「猪口才な……」
 得物が大鎌という形状である以上、そのモーションはどうしても大きくなりがちだ。加え
てジークが、消耗を伴いながらも幾度となく白菊で相殺し続けていることで、確実に当のア
ララギもその再生成が遅くなり始めている。
 そんな状況を、少しずつ見えてきた僅かな隙を、仲間達は見逃さなかった。《炎》の放射
や《金》を纏う剣閃、投擲された槍状の《雷》とイセルナ・ブルートの極第大気。仲間達に
よる魔導の雨霰。周囲に膨大な爆風が立ち込める。
「やったか……?」
 だがそれでも、肝心のアララギには大きなダメージを与える事が出来なかった。多少死神
装束に焦げやボロ付きが見えるが、彼自身は地の錬氣によって全身をガード。ほぼ唯一の攻
め所である現出型能力の隙も、全員総出の攻撃ですら突き切れない。
「──何故だ」
『?!』
「何故お前達は、そこまでして抗う? 私もお前達も、この箱庭に囚われている存在だとい
うのに……」
 マジかよ。しかし皆が、ジーク達がそう思わず絶望しかける一方で、当のアララギには苛
立ちが募っていた。自身の色装(のうりょく)も対策され、こうも粘られて、永年の悲願だ
った“解放”はどんどん遠ざかってゆく。
『──ォ』
『オォォォォ……』
 はたして、次の瞬間気付けば“声”が聞こえていたのだ。
 姿はよく視えない。強いて言えば……自分達の立つ、浮かんでいる空間のそこかしこ。耳
にじわじわと響いてきたその無数の気配に、ジーク以下場の面々は、思わずハッと顔を上げ
て辺りを見渡した。「な、何?」「魔流(ストリーム)が……」いつの間にか、アララギの
周りには魂達が集まっていた。酷く悲しく、ある種の怒りに満ちて叫ぶ声。既に生まれ、或
いは死んでいった者達の意思。ゆっくりと大鎌を掲げ、アララギはこれらを自身とその得物
の表面へと集束させる。
『──ッ?!』
「な、何だあ、ありゃあ!?」
「変身した……! 化け物、いや、竜……??」
 刹那、面々に過ぎったのは恐怖。すり抜けてくるような威圧感。ことクロムやリュカ、古
い知識や種族に縁のある仲間達に関しては、驚き以上に戸惑いもある。
「……」
 異形と化していた。
 アララギはその大鎌を長く長く伸びる鈍銀の竜頭に。背中には翼。両脚や右半身、頬に首
筋周りといった全身の各部を、ごつごつと折り重なった鱗と無数の突起で覆っていた。
 赤く血の色に染まったかのような、両の目を見開く。
 直後周囲が──彼の下へ集まる魂(ストリーム)達が、一斉に絶叫するかの如く吼える。


 時を前後して、魂魄楼郊外上空。
 ヒサメら追跡の死神衆を引き付けていたルフグラン号もといレジーナは、その最中に思わ
ぬ第三者との遭遇を果たしていた。相手方の木製を中心とした大型船とは違い、金属製──
明らかにこちらの、飛行艇によく似せてあるそれだったのだ。
「むぐっ!?」
「こ、これは……!」
 しかもその船体側面から、ヒサメ達の船に向かって大量の“蝋”のような粘質が注がれて
くる。大きさと機動力、その両方によって逃げる事もままならず、彼女らはそのまま“蝋”
に包まれる形で落下していった。
『ああああああああーッ!?!?』
 次々と上がっていた悲鳴も、内部で反響・吸収されてしまったのか、碌にこちらへと届く
事はなかった。あっという間に途絶えて、消える。
「ふえっ? な、何なの……?」
「ただの蝋……ではないようだね。特殊な素材──いや、色装か」
 当然ながらレジーナやエリウッド、技師組の面々は警戒していた。
 確かに厄介な追跡者達(てき)は脱落こそしたが、かと言って状況が丸々好転したとは限
らない。もしかすると、現れたのは“結社”の援軍かもしれないのだ。
『ちょっ、ちょちょッ!? あたし達は敵じゃないわよ!? 今まさに助けてあげたでしょ
うが!』
 だが先走ってこちらの砲門が向けられた次の瞬間、この金属船からはそんな慌てふためく
声が響き渡ったのだ。
 女……? いや、それにしては随分とゴツ過ぎるような……?
『あたしはヒロシゲ、ヒロシゲ・ウカタ。南棟一番隊隊長よ。貴方達の事を聞いて、加勢に
来たのよ。ドモンちゃんから聞いてるでしょう?』
 レジーナやエリウッド、技師組以下ルフグラン号を守っていた面々は、その言葉を聞いて
ようやく警戒を解いた。思わずお互いに顔を見合わせ、頷く。アルスとエトナが仲立ちをし
てくれた、共闘側の死神達のビッグネームだ。
 砲門を下げ、辺りにもう敵が迫って来ていないことを確認してから、レジーナ達は空中で
この大型船に向けて連絡橋を延ばした。ガシリと捕捉、流石に相手方の船体と構造的に合致
するまではいかなかったが……そこは向こう側、ヒロシゲ以下南棟死神隊の匙加減である。
「はいはい~、こんにちは~♪」
「へえ~、これが現世の飛行艇。最新の技術なのね……」
 姿を見せたのその筆頭は、ボサボサ髪と眼鏡が印象的な隊長格──いや、それよりも明ら
かに男性なのに、言葉遣い等は女性的だった。「オカマ?」「オカマだな……」迎え入れた
技師達もちらっと相手を見、確認している。一応ドモン達からも“変わり者”だとは聞かさ
れてはいたが……なるほどそういう事らしい。
「きょ、局長」
「興味深いのは解りますが……」
「それよりも先ず、今は皆さんにお話を……」
 住んできた世界が違うとはいえ、同じ技術者としての血が騒ぐのだろう。船内に入って来
て早々、彼(彼女?)は目を爛々に輝かせてその構造を上から下まで見て回っていた。うず
うずしているのは配下の死神──南棟の技師達も同様ではあったが、随伴する少女型のキン
シー達と共に何とか諫めた。本題へと促そうと試みる。
「……そうね。では改めて初めまして、クラン・ブルートバードの皆さん? あたしはヒロ
シゲ・ウカタ。ドモンちゃんやオシヒトちゃんと同じ総隊長よ。こっちは各隊の部下、こっ
ちの子達は再躯種(キンシー)──ざっくり言うと仮の肉体(いれもの)に宿った魂ね。貴
女達に危害は加えないから、安心して?」
 ちぇっと、そんな部下達に残念そうに。
 だが流石に南棟一つを任されている重鎮だからか、次の拍子には一転して真面目且つ友好
的な振る舞いでそう挨拶をしてきた。自身の部下達の中に、馴染みの薄い存在が交じってい
ることも解っているのか、こちらが驚いて問うてくる前に予防線を張ってくる。
「レジーナ・ルフグランよ。この船の管理全般を任されているわ。厳密にはうちの会社が造
船を請け負っただけで、団員って訳じゃないんだけど」
「エリウッド・L(ローレンス)・ハルトマンです。彼女の補佐、副社長を務めています。
主に操舵関係の指揮と、財務全般ですね」
 かくして自己紹介を交わしつつも、話題は情報交換へ。ドモンやヒムロ達からもある程度
聞かされてはいたが、彼(彼女?)もまた大幹部の一人。アララギの暴走を止める為、少し
でも戦力は多い方がいい。
 曰く、一つ自分達はあくまで技術屋なので、戦闘にそこまで貢献できる訳ではない。確か
に先ほど、ヒサメらの船を墜落させこそしたが……あれは彼(彼女?)の《形》の色装を船
内で増幅し、流し込んだだけ。直接本気でぶつかっても、アララギには勝てないだろうとの
こと。
 二つ、こちらへ発つ前“煉獄”に空いた大穴を、残る部下達が現在急ピッチで修復中だと
いう情報。半ば空間結界のように巨大なあそこをぶち抜けるとすれば、まさにアララギ以外
に可能な者はいないと。ドモン達も彼の黒靄の転移──“結社”の技術を駆使した瞬間や、
ジークら脱獄囚に対する異様なまでの殺意、豹変ぶりを目撃して疑問を抱くようになったの
だという。
「──状況証拠からして、アララギちゃんは間違いなくクロね。それにドモンちゃんがわざ
わざ、こんな時に嘘を吐くような子じゃないのはあたしもよく知ってる。魂魄楼(うち)の
技術でないことはあたしが保証するわ。技局長だもの。少なくとも外部のそれを、独り密か
に取り入れてきたことだけは確かでしょうけれど」
『……』
「だけどアララギには勝てない、か……」
「間違いなく強い部類だと思うんスけどね。実際、あいつらの船もあっという間に無力化し
てくれたじゃないッスか」
「相手がそれだけ、化け物じみているという事の証左なんだろうさ。正直、こちらへ援軍に
来てくれただけでも助かったよ」
「うーん。でもそれじゃあジーク君達が……。大体ウカタさんも、アララギ達の裏切りに怒
ってこっちに付いてくれたんじゃないんですか?」
 魂魄楼全域の、各種技術を管轄する人物の証言。やはりアララギは“結社”と繋がってい
たのだ。ユヴァン以下外部からの連絡を受け、ジークを完全に亡き者にしようとした。魂の
段階から消滅させようと企んでいた。
「? いいえ? 別にそういう訳じゃないけど」
『えっ──?』
 だからこそ次の瞬間、こちらからの問いにヒロシゲがきょとんと答え、否定したものだか
ら、レジーナ以下技師組の面々は思わず目を丸くしてしまっていた。傍らのエリウッドこそ
逸早くその真意を読み取ろうとし、スッと目を細めていたが、それ以外は只々予想外の事態
に焦る。当てが外れたのではないかと不安になる。
「だって、このままアララギちゃんが勝っちゃったら、魂魄楼自体が存続の危機──あたし
の気ままな研究生活が強制終了になっちゃう訳でしょう? 何だかんだで結構好きだったの
よ、この死後(せいかつ)。まぁ確かにドモンちゃんはカンカンだったけどね」
『……』
「それに怒りなんてものは、損はあっても得なんて無い。愚かな感情(つきつめればバグ)
よ。どうしようもなく判断を誤らせる。それは技術者・研究者として、最も避けるべきもの
じゃなくて? 自分どころか、他人をも巻き込むならば尚更に、ね……」
 ウカタさん……。思わずレジーナは、一瞬感情的に反発しそうになった自分を悔いた。話
を聞いていれば、何のかんのと言って彼(彼女?)もまた“感情”にブレさせられてきた人
間だったのだろうと想像できたからだ。自分達のこれまでと、アララギ自身の企み。現在に
至るまでの記憶が記憶だけに、正直その内心は複雑ではあったが。
「でもまあ。あたしも古参の一人として、彼のことをもっと解っていれば、今回のような出
来事は止められていたのかもしれないわね。或いはもっと早く、抑止力を開発しておくべき
だった」
「局長……」
 ぼやくだけで明言はしない。だがもしかしてそれは、彼(彼女?)なりの“けじめ”だっ
たのかもしれない。ヒロシゲは誰を見るでもなく、そう小さく嘆息をつきながらごちた。場
に同伴した部下達の何人かが、思わず目を瞬いてこれを見ている。
 ヒサメらを引き付け、撃破した飛行艇ルフグラン号は、旋回して再び魂魄楼へと近付いて
いた。暗い冥界(アビス)の雲海、その遥か遠巻きに幾つかの高楼が並んでいる。
「レノヴィンちゃん達、アララギちゃんと戦っているのよね?」
「……とんでもなく強いわよ。彼は」

 所変わり、現世・顕界(ミドガルド)某所。
 古い時代の城跡と荒野ばかりが広がるその場所で、統務院軍と“結社”の軍勢が激しく衝
突していた。銃剣に大砲、魔導と魔獣。ジークの死と、クラン・ブルートバードが表向き姿
を眩ました後、各地で攻勢を強める彼ら反分子を押さえ込む為である。
「らあッ!! 死ね、死ねェ!!」
「無駄と解っていてわらわらと……。本当、スマートじゃあないね」
 ただその戦場には、途中からバトナスとフェイアン、エクリレーヌ、及びガウル・イブキ
・フォウといった使徒級戦力もまた投下されていた。結社(こちら)も結社(こちら)で、
このまま争いが収束していっては困るからだ。
 魔獣化した剛腕で兵達を、文字通り千切っては投げ、或いは氷漬けにして魔獣達が食い散
らかす。決死の形相をしながら霞むような拳、ないし剣撃を叩き込み、押し寄せる兵の数を
《樹》のオーラ人形達が呑み返す。土地や人々の敵味方に関係なく、同調する者達と共に各
地でテロ(さくせん)は続いている。最終段階に向けて、その矛先を集め続けている。
「──何ですと!? それは本当ですか……!?」
 異変はちょうどそんな最中に、密かに起こっていたのだった。同調する武装集団に助力を
し、現場で指揮を執っていた“教主”ことハザンは、その本陣たる古城内で光球越しに驚愕
の事実を伝えられた。伸び放題な黒銀の髪と、皺だらけの老顔に緊張が走る。
『ああ……。かなり拙い事になった。俺も弟の方と所長(チーフ)に、一杯食わせられちま
ったしな』
 通信相手は他でもない、同じく“結社”を率いる盟友・ルキだ。
 ハザンは彼から、リーダー・ユヴァンが半ば精神崩壊をして倒れたとの報告を受けた。原
因は間違いなく、彼が今日まで闘ってきた理由そのものである精霊母(マーテル)の消滅。
その端緒となった、神都(パルティノー)におけるアルス・レノヴィンの“撰出”も相まっ
て、事態は大よそ最悪の部類に至ったと言って良い。
 加えてユヴァンの代理で「視た」所、どうやら兄・ジークの方も同じく覚醒を見たようだ
とも。自分達と同じレベルにまで、兄弟共々登り詰めて来てしまったのだと。
「何という……」
『それで、だ。ユヴァンが倒れる前に、お前に指示を残した。あの兄弟二人を第二種勅命に
格上げしろ。弟の方も、仲間達と一緒に神界(アスガルド)から冥界(アビス)へと向かっ
た。兄と合流する為だろう。急ぎアララギにも、奴らとの戦いを変更させなくっちゃあいけ
ねえ』
 その上で、ルキは永年の盟友に伝言する。いよいよもって、全ての作戦をプランBへと切
り替えなければならなくなってきた。実質死亡したとはいえ、マーテルを宿したエトナを倒
してしまえば、中に居る彼女の魂ごと消滅させかねない。
『ユヴァンは俺達の中で、最も“摂理”の加護を強く受けている。失う訳にはいかない』
「……ええ」
 それはひとえに、ルキ自身が“神”の一人ゆえ、受けられる加護(ちから)には限度があ
るという事でもあった。元より深く強い絶望に堕ちた魂達(かれら)から、創世の民たる自
分が恨まれていない筈など無いのだから。
『作戦を変えるぞ。こっちで、ユヴァンは引き続き介抱するが……何処まで立ち直れるかは
正直俺でも分からん』
『兵力をこっちに戻させろ。あの二人が、現世に戻って来る前に介入する』

 ジーク達クラン・ブルートバードと、オシヒトを除いた各棟死神隊との共闘。
 その橋渡し、魂魄楼での現状を“視た”アルスは、彼ら全員を一旦ルフグラン号内へと誘
っていた。ドモンが巨体なため、場所を船内住居区ロビーへと変更。ブリッジのレジーナ達
とは、通信越しに繋げることにする。
『──協力なんて、できる訳ねえだろ! わざわざそんな事を言われて、素直に……ッ!』
 ただその打ち合わせの最初こそ、両者は少なからず揉めていたのだった。
 理由は他でもない、ジーク及びドモン。一行が“煉獄”からの脱出を果たした後、アズサ
の命を奪ったと、当の本人から聞かされたためである。
 曰く、一連の脱獄事件の首謀者として、自ら“けじめ”を付ける為に申し出てきた──犠
牲になった。
 確かにあの後、追い付いてすら来なかった彼女の末路に、ジークは怒りを露わにしていた
のである。
『ちょっ……!? ま、待って! 落ち着いて!』
『あんた、折角アルスがバラバラだった私達を繋いでくれたっていうのに、喧嘩してどうす
んのよ!? 共闘のチャンスを台無しにする気!?』
 それでも場に集まった、周りの仲間達はこれを必死に止めていた。ステラやエトナ、負け
ん気の強い彼女達が、文字通り彼に組み付いて叫ぶ。
『獄内(なか)での事情は聞いたから、複雑な気持ちであるのは解るけども……。ただそも
そも彼女は、皇国(トナン)内乱の際には“敵”だったんだぞ?』
『分かってる! 分かってるが……だがよう……』
『落ち着け、ジーク。確かに彼女が手を貸してくれたお陰で、俺達が脱獄できたのは事実で
はある。だがそれはあくまで、お前達にとっては目的を果たす為の前提条件だった筈だ』
 サフレやマーロウ、同じく“煉獄”から逃れた同胞達さえからもそう続けざまに諭され、
とうとうジークは反論も出来ずに押し黙った。じっと、そんな面々の様子を見ていたドモン
が、深く眉間に皺を寄せたまま言う。
『……あの女は、全部解っててああ言ったんだろうぜ』
 曰く、アララギが出現した──黒い靄の転移を目の当たりにしたことで、再び“結社”が
敵として立ち塞がっていると悟ったのではないか? このまま脱出したとしても、自分は足
手まといになるだけではないか? そう考えて残ったならば、辻褄は合う。
 加えてもしかすれば、ジーク達とは違い、自分にはもう蘇るべき肉体は存在しないと解っ
ていたのかもしれない。仮に人工魄なり何なりを纏っても、今更祖国に帰った所で最早居場
所は無い。存在価値などとうに消え失せて久しいのではないか? と……。
『だからこそ、あの女は全てを放り投げてお前らを逃がした。素直じゃねえ女だ。晩節を汚
すような真似だけは、意地でもお前らに見られたくなかったんだろうよ』
『……』
 故に、あくまで自分と最期まで“対等”に取引をしようとした彼女の遺志を、ドモンは汲
んでやる事にした。汲まざるを得なかった。そこまで文字通り、命を懸けて筋を通そうとし
た者の望みを、捻じ曲げてまでジーク達を追う訳にはいかなかったのだ。
『姐さん……』
『あ、あんたって人は……』
『何だかヤな感じ。そりゃあもう、敵だったのは二年も前の話だけどさあ……?』
 当のジークは勿論、仲間達もそれぞれに複雑な心情を抱いているようだった。最期まで弱
みを見せようとしなかった頑なさと、或いはムスッとした不快感。敗北感。尚も割り切れず
に歯噛みしていた目の前の彼に、ドモンは窘めるように言う。
『レノヴィンの。おめえは優し過ぎだ。これから俺達の“敵”をぶっ飛ばしに行こうって時
に、そんな生半可な覚悟でどうする?』

(──崩れるッ?!)
 かくして時は現在、崩壊を始める魂魄楼郊外の高楼。
 周囲の魂達(ストリーム)を取り込み、異常なまでに巨大化したアララギは、その自重に
よってジーク達の拠って立つこの限られた足場すらも踏み砕いた。無数の瓦礫となってバラ
バラになる地面、宙に放り出される感覚。ジークを含めて乗り込もうとしていた仲間達全員
が、次の瞬間ジヴォルフの戦車(チャリオット)や飛行型魔獣達によって救助。キャッチさ
れる。大きく旋回して次々と逃れる。
「何なんだよ……? いきなり化け物になったぞ、あの野郎……」
「魔獣化? という訳ではなさそうだな……。普段の仕事とは明らかに違う。威圧感も、肌
で感じるおぞましさも」
「魔流(ストリーム)を取り込んでいるみたいですね。どうしてそこまで、この魂魄楼を、
世界を憎んでしまったのでしょう……」
 最早そこには、死神総長アララギと呼ばれた人物の面影は消え失せつつあった。全身の大
部分を異形の鈍銀──巨大な竜の形に覆われ、尚も少しずつ呑み込まれてゆくそのさまは、
レナが哀しみを覚えるが如くまさに“憤怒”の化身と化している。
「畜……生っ!」
「デカいからって何だ!!」
 だがそんな化け物を目の前に、猛然とこれに立ち向かおうとする仲間達が、一部中にはま
だ交じっていたのだった。絶望的な状況、だからこそ今の内に積極的に叩くべしと、跨った
飛行型の魔獣達をけしかけて突撃を試みる。
「!? おい、馬鹿! 止めろ!!」
 しかし直後そうダンが叫び、止めようとしたのも束の間、彼らは渾身の一撃をこの竜頭の
首筋に向かって叩き付けた。対人戦ならば、決して鋭くない筈の攻撃だったのだが……刃が
これに触れた刹那、その部分が折れるよりも先に“掻き消えて”しまった。「へっ?」予想
外の出来事に固まった隙を突いて、竜頭がぶんっと軽く一薙ぎ。彼らの得物もろとも、その
上半身を一瞬にして吹き飛ばしてしまう。
「ひっ?!」
「消え……ッ!?」
「おい、まさか」
「……ああ。間違いねえ。あの竜みたいな頭、奴の大鎌の能力をそのまんま受け継いでいや
がる!」
 故に上がった悲鳴と、瞬間的に理解してしまった戦場の勘。
 そもそも冷静に考えれば分かることではあったのかもしれないが、アララギは何も無意味
に巨大化した訳ではなかったのだ。斬り裂いた相手を消滅させる《滅》の大鎌──その握っ
ていた右腕があの竜頭として肥大化した以上、状況は更にこちらにとって不利になって当然
ではあった。全身を覆う鱗と爪、背中の翼。彼の戦闘能力は、その破壊力は勿論の事、その
射程も大幅に延びてしまったと言える。より広範囲を、変幻自在に捉えることが出来るよう
になってしまったと考えられる。
「……拙いぞ」
「退けぇ! 一旦距離を取れぇ!! 軽く掠っただけでも死ぬぞォォォーッ!!」
 故にそれからは戦況が一転。ジークやイセルナ、ダン以下クラン・ブルートバードの面々
と、ドモン・オシヒトやヒムロ達を中心とした死神連合は、後手後手の回避一辺倒に回らざ
るを得なくなった。竜頭や剛腕、鞭のようにしなる尾によって一団、また一団、こちら側の
戦力が叩き落される寸前で消し飛んでゆく。
「──ああ。私だ」
「?! 何だと……?」
 傍目からすれば圧倒的、一方的な蹂躙。
 ただそんな当人、竜型の異形鎧に包まれていたアララギは、その最中左掌に現れた光球か
ら何かを伝えられ、酷く静かに驚愕していた。怒りのままに両の瞳は血色に染まって赤く、
ほんの僅か、ほんの僅かながらジーク達に向ける攻撃の手が緩んだようにも見えた。
「くっ……! ここまで来ると、流石に私の《金》の炎も通じないか。一度に捉えられる面
積が少な過ぎる」
「はっ。飛び道具がありゃあまだマシだろ。こちとら接近、即死亡みたいなモンだぞ?」
 オシヒトとドモンも、次々と確実に減ってゆく部下達の姿を見ながら、そうジリ貧になる
戦いに焦っていた。せめて彼らを無闇に失わせまいと、浄化の炎撃を放って足止めしようと
するが……効果は雀の涙程度。用心すべき部位が大鎌以外にも広がり、ドモンも《獣》の剛
腕を活かす事が出来ない。
「どうしますか? 私の《散(しきそう)》でも、碌なダメージにはなりません。貴方のそ
の脇差でも、あの肉壁は……」
「ああ。的がデカ過ぎて穴にもなりゃしねえ。そもそもあれ、もう現出型とか何とかってレ
ベルじゃねえだろ……」
 頼みの綱はジークの白菊、反魔導(アンチスペル)。或いはそれらに類似した能力。
 だが相手がここまで巨大化してしまった今、その隙を作り出すという役割を期待するのは
もう無理だと言って良かった。戦車(チャリオット)で通り過ぎたサヤに対し、ジークも急
ピッチで頭を回転させ、次の一手を考えていた。
 似た経験があるとするなら……王都クリスヴェイルの、ハーケン王子のあれか。
 ただあの姿は、もっと純粋に瘴気の塊だったような気もする。一方でこちらはそれ以上に
エネルギーそのもので覆われているように見えた。魂達(ストリーム)──もっと上位の、
根本的な力……。
「だったら、デカブツにはデカブツだ!」
 故に完全解放状態の白菊を解除して、今度は三本の太刀の一つ・黒藤を。
 こいつの力・特性ならば、あの馬鹿デカい形態ともやり合う事が出来るだろう。問題は直
接刃を交えた所で、どれだけこちらが持ちこたえられるか、だが……。
『止せ、ジーク! 連続しての解放は消耗が大き過ぎると言っただろう!?』
『ただでさえ完全な解放は、貴方への侵食率が高くなります。危険な行為には変わらないん
ですよ!?』
 自身の中、六華に宿る核たる魂達がそう慌てて呼び掛けていた。ジークは応えない。その
ようなことはとうの昔に知っている。お前達との対話の中で、もう厭になるほど聞かされて
きた聖浄器の危険性(デメリット)だ。
『それに今のお主には……以前と違う何かを感じる』
『我々も、神界(アスガルド)で同様の目に遭ったが……何と言うか、今のお主には“獣”
を強く感じるのだ』
「……?」
 珍しく、何度も警告を繰り返してくる黒藤や紅梅、蒼桜。ジークはちらっとその声、刀身
の中に潜んでいる彼らの言葉に耳を傾けこそしたものの、手は既にざらりとこれを鞘から抜
き放っていた。
「意味がよく分かんねえよ。だがすまん、今は迷ってる暇なんざねぇんだ」
 兄さん、皆──! ちょうど、そんな時だったのだ。皆を左右に、背後に捉えて黒藤を構
えようとした次の瞬間、気持ち後ろの空中から聞き慣れた声がしたのだった。
 ハッと他の仲間達も顔上げ、或いはぱあっと表情を明らめる。旋回するルフグラン号を背
景に、雲海へと放り出されたアルスやエトナ、ハロルド達がこちらに向かって飛んで来る。


『お前が、創世の民……だと?』
 全てを話せ。そう目の前に現れた、この二人の男から語られる真実に突き当たってゆく中
で、内一人の青年ことルキが、神格種(ヘヴンズ)の一人だと程なくして明らかになった。
私は激怒した。
 嗚呼、そうか。お前が。
 この世界、自分達を創り出し、囚われたの身とした元凶……。
『おわっ!? ちょっ、ちょっと待──!』
 だからこそ私は、次の瞬間《滅》の大鎌を生成し、この男の首筋向けて振り抜いていた。
一撃で葬り去る心算だった。
 なのにこの自称・神は、慌てた素振りを見せながらも私の速度についてきたのだ。咄嗟の
反射神経のみで私の一撃をギリギリでかわし、同時に《光》を収束させた長剣を私の顔面へ
と差し出す。
『……』
 鎌先は首筋に、剣先は目の前に。
 悔しいかな、私達は互いに実質引き分けのような状況に置かれていた。すんでの所で刃を
止め、詰めた間合いから動けなくなる。もう一人、古仰族(ドゥルイド)の老人がやや遅れ
て悲鳴のような叫び声を上げる。
『ルキ殿!!』
『……大丈夫だ。俺も配慮が足りなかったな。しかしまあ……流石の力量といった所か。俺
の見込んだ通りだな』
 一瞬杖を、この老人・ハザンが加勢しようとしたが、直後他でもない当のルキがこれを押
し留めていた。私と彼は互いにゆっくりと得物を離し、距離を取り直す。『悪かったな。そ
う殺気を向けないでくれ。お前とやり合う気はねえんだ』握る掌から光剣を消し去り、彼は
そう改めて語り始めた。私も大鎌をしまい、その話とやらに耳を傾ける。
 曰く、確かにこの世界のシステム──魂の再利用(リサイクル)を構築したのは自分達だ
が、自身はそれを決して良いものだとは思っていないのだと。何でもこの世界は、彼らが元
いた世界から避難する為に創った世界。“閉界(エンドロォル)”の発生によって、他でも
ない自分達がその一部にならざるを得なかった結果なのだという。
『ただな……。こちらの世界でも、人間達が“大盟約(コード)”を造り出したことで、同
様にその軋みは日に日に大きくなり続けている。あれを基軸として、文明が発展してゆけば
ゆくほど、再び“閉界(エンドロォル)”が起こるリスクは高まってゆくんだ』
 時系列を整理するなら、ハザンが元々生きていたのが魔導開放──“大盟約(コード)”
が成立した時代。その後様々な文明が発展し、王朝が乱立していったのがティラウドの弟が
王位に就いていた時代だ。いち個人、現世の人間にしてみれば途方もない時間だが、私達に
すれば実に色褪せた過去の日々に他ならない。
『所長(チーフ)──最高神ゼクセムは、また同じように新しく創った世界へと逃げ込む心
算だ。その為にはエネルギー、大量の魂を育て上げて用意する必要がある。問題があるのは
判り切っているのに、敢えて放置しているのはその為だ。この世界の人間達には、もっとも
っと繁栄して貰わなければ困るって訳さ』
 でもな……。ルキは言った。その時の横顔を私はよく憶えている。
 義憤(いかり)のような、哀しみのような感情だった。いや、それは詰まる所、自分が上
位者であると確信しているが故の“傲慢”だったのかもしれないが。
『所詮、あいつらの選択は“逃げ”なのさ。自分達の勝手で創っておいて、それでいてそこ
に残された者達を見捨てるなんざ……間違ってる。少なくとも、多少の“選別”があろうと
も、崩壊を止めて世界を維持することの方が本来の責任じゃねえのか? ってな。実際一々
切り捨てず、守ってゆけば、将来的に救える命──魂の数も多くなるだろ?』
『……』
 彼の力説。天上と冥界(アビス)、上位者の為だけの秩序(システム)を改革したい。
 その為には先ず、最高神として君臨する自分達の長・ゼクセムを引き摺り下ろす必要があ
った。但し今のままでは絶対に敵わない。ここは奴の箱庭なのだから。
 だからこそ彼は、秘密裏にハザンと組んで“楽園(エデン)の眼”を興し、自分達の姿や
象徴を混ぜた偶像をそのシンボルとして掲げた。構成員が増え、これに彼らが祈りを捧げて
ゆけば、必然的に“信仰”が溜まる。神格としての自分の力が強化される……。
『随分と迂遠な真似をしているのだな。大元が不満なら、自分達の世界を別に創ってしまう
なり何なりすればいいものを……』
 正直を言えば、私には彼らの考えが半分理解できたようで、半分理解できなかった。この
世界に囚われた魂達を救う──その意味では目指す所は同じでも、突き詰めればその根本的
解決策は“無”に他ならない筈だ。この世界など、箱庭(フラスコ)そのものを壊してしま
えば、彼らは自由になる。なのに彼らは、頑なにそれを避けようとすらしている。
『はは。そうすりゃあ、結局ついて来てくれる奴と、そうでない奴が出てくるだろう? そ
れじゃあ、所長(あいつ)のやってる事と大して変わりはしねぇんだよ。こっちが上から囲
い込むんじゃなくて、皆の自由意志にさせる──その為に乗り越えなきゃいけねえ課題は、
まだまだごまんと在るけどよ』
『……』
 ルキは、ハザンは苦笑(わら)った。真剣に、正義は我らに在りと信じていた。
 創造主(おや)が被造物(こ)を慈しむようなものだろうか? どちらにせよ、あまり共
感できたものじゃない。当人もその矛盾に気付いてはいるのかもしれないが。
 ただ一点、この世界の魂達を救うという目的では、私達の志は一致していた。何よりこん
な裏切りの事実を打ち明けられた以上、断った所で今後何も無いとは思えない。
 半ばなし崩し的に、私は彼らからの勧誘を受けることにした。受諾して協力を得、同組織
の最高幹部の一人として、今日という日まで暗躍を続けてきたのだ。彼らが十分確実な力を
得て、全てをひっくり返すその時まで。
 ティラウドからユヴァン、オディウスにシゼル。
 その後更に新たな同志が加わり、私達は七人となった──。

「アルス!」「兄さん!」
 弟達が合流して来たのを見て、ジークは思わず安堵に頬が緩んだ。
 どうやら一通り閻魔長救出(むこう)も片付いたようだ。仲間達と共に、お互いとりあえ
ずの無事を喜ぶ。
(それにしても……。やっぱり様変わりしちまったよなあ)
 ただ一方で内心、ジークはそう戸惑いを抱えたままでいた。先刻船内で再会した折に目の
当たりにはしたものの、アルスはともかくエトナの見た目が明らかに別人──翠濃く大人っ
ぽい姿へと変わっている。
 十中八九、神界(むこう)で何かがあったのだろうが……現状が現状のため、詳しい話は
事が全て済んでからということになっていた。
「……それで兄さん。一体、あれは?」
「アララギだ。自分の鎌ごと、化け物に変えちまったんだよ」
「変えたっていうより……魔流(ストリーム)と融合してる?」
「ああ。お前にもそう視えるか?」
「なるほど。ハーケン王子の時と似たようものか。だがしかし、あれは……」
「うん。色合いもそうだけど、あの時とは根本的に違う気がする。凄くいっぱい……哀しい
声が聞こえるから……」
「完全に暴走してるって訳じゃあなさそうだもんな。それにしたってあんなデカブツ、どう
やって倒せば……?」
 ジーク達はジヴォルフの戦車(チャリオット)や飛行型魔獣に。アルス達は何処でそんな
術式を覚えてきたのか、魔導によって空に浮いて。
 再会の余韻に浸っている暇は、少なくともなさそうだった。キュッと唇を結んで、異形化
したアララギを仰ぐ弟に、ジークは同じく視線を遣って答える。エトナもハロルドも、或い
は帰って来た義父に応じながら、レナがそう続けていた。オォォォォ……ッ!! 無数の魂
達と思しきうめき声は、尚も辺り一帯に響いている。
「おい、お前ら! まとまってるんじゃねえ!」
「狙い撃ちにされるぞ!」
 ドモンやオシヒト、ヒムロ以下死神連合の面々が、遠くアララギを挟んで叫んでいた。直
後こちらに向かって襲って来た竜頭を急いで避け、ジーク達は大きく旋回しながら距離を取
り直す。最早人であることすら辞めた感のあるこの敵を、兄弟と仲間達は息を呑みつつ観察
している。
「……原理的には多分、高密度の魔流(ストリーム)──魂を鎧のように纏って取り込んで
いるんだと思う。瘴気じゃない。純粋なエネルギーの塊と一体化している状態だと思う」
「だから反魔導(アンチスペル)じゃあ、あいつの鎧は剥がせないよ。魔導というか、それ
以前の姿だからね。仮に効いたとしても、元々使ってた色装(ぶき)の部分くらいじゃない
かなあ?」
 白菊を懐に差し直し、抜き放って握っていた黒藤。アルスとエトナの見解に、ジークはじ
っと押し黙って唇を結んでいる。耳に貼り付いて残るような魂達の絶望に、彼自身当初から
慙愧の念を抱かされていた。
「狙い目はそこか……。だが本体がああなった今、そんな至近距離に捻じ込んで試すという
のはリスクが大き過ぎる」
「何とかして、あの物量を破るしかない。奴自身が完全に覆われる前に決着を付けられなか
ったら、間違いなく俺達の負けだ」
 囲むぞ! ダンが皆に向かって叫び、各隊をアララギの四方八方へと散らせた。イセルナ
やシフォン、サフレにグノーシュ、ステラとレナ。聖浄器持ちの面々が一斉にこれらを取り
出し抜き放ち、最大火力を叩き込む準備を始める。ダンも鎧戦斧(ヴァシリコフ)に《炎》
を纏わせて、この戦列に加わった。オシヒトやドモン、残る死神隊の各員も、その限界まで
オーラを練ることに集中し出す。
「──ふざけるな!!」
「やっと願いが……やっとこの時が、来たというのに……っ!!」
 一方で気付いていない筈はなかったのだが、対する当のアララギは、何やら左手に浮かべ
た光球に向けて怒りをぶちまけていた。
 おそらくは“結社”側からの指示なのだろう。イセルナやハロルド、シフォンといった仲
間達もその異変を目撃してはいたが、寧ろ総攻撃を仕掛けるには好都合だ。横目を遣って続
行の合図をし、皆の頷きを得る。正面からはジークが、正眼に構えた黒藤に、持てる力の全
てを注いでいる。
(何故だ? 何故だ、何故だ、何故だ!?)
(もうすぐこの魂魄楼は終わる。こいつらさえ、こいつらさえ始末してしまえばッ!!)
 突如として、光球越しから飛んできたルキ達からの指示は、今すぐ撤退して戻って来いと
いうものだった。曰く、ユヴァンの拠り所であるマーテルが、あの弟の持ち霊と融合する形
で命を絶ってしまったため、このまま戦えば彼女の存在まで消えかねない──“盟主”たる
彼がそれこそ再起不能に陥ってしまう恐れがあると言ってきたのである。
「……ならば、要はあの二人だけを始末すればいいのだろう?」
「魂魄楼は……その後でもいい」
 グシャリ。だがアララギはあたかも文字通り、この光球を握り潰すように破壊すると、ル
キからの指示を無視して最後の一撃を放ち始めた。「おぉぉぉォォォォッ!!」それまで全
身に纏っていた魔流(ストリーム)──魂達の鎧を更に強化・拡張すると、自身への負荷も
顧みず、背中から新たに伸びた幾つもの竜頭をその右腕に合体。先程よりも格段に巨大に膨
れ上がった顎(あぎと)の刃として、こちらへ向かって振り被ってくる。
『?!』
「あっ、あの野郎、まだ……ッ!?」
「拙い! 狙われている! ジーク、アルス、逃げろォォォーッ!!」
「おっ、大きっ──!?」
「……ッ! 上等じゃねえか。守ってやるさ。護って、みせる……!!」
「アルス、管理者権限(レベルナイン)だよ! あいつに管理者権限(レベルナイン)を使
って! ここは冥界(アビス)、死者の世界。あいつを死神という役割から解放するの!」
 どういう訳か、幸か不幸か。敵の狙いは真っ直ぐにジークとアルスへと向けられていた。
仲間達が瞬時に理解させられて、思わず叫ぶ。半ば本能的に敵わないと恐れる。
 だがそんな中にあって──当の兄弟達は寧ろ逃げる事をしなかった。兄・ジークは黒藤を
握り締めて受けて立つ意思を見せ、一方弟・アルスは相棒(エトナ)から、思い出したよう
にそう指示を出される。
 なるほど、そうか……! ハッとなり、彼は彼女に頷いた。よく見ればその全身に、一層
濃い翠の輝きが増している。
 マーテル様、見守ってくれているんですね……? アルスはザッと掌をアララギの方向に
かざして目を凝らした。五感、全身に流れる最高神の力。我が身を擲ってでも自分に、後世
に託そうとした、その遺志を力に換えて。
「アルス・レノヴィンの名において命じる! 死神総長ショウ・アララギよ、今こそその身
分の全てを剥奪する! お前はもう、死神ではない!」
 神都(パルティノー)での記憶を頼りに、そう強く念じて叫んだアルス。
 するとどうだろう。直後目に見えぬ何かが、パキンッ!! と割れて砕け散ったような音
がした。それは当のアララギにも自覚があったようで、思わずその赤く染まった目を開けて
いる。ただ目に見えて起こった変化はそれだけで、彼自身の攻撃を止めた訳ではない。キッ
と次の瞬間には、寧ろ怒気を増し、彼は両腕に集中させた《滅》の竜頭を思いっ切りこちら
へと叩き込む。
「だからどうした!? そんな事で私の力は……怒りは止められないッ!!」
「──克ち取れ、黒藤ッ!!」
 アララギとジーク、両者渾身の一撃がぶつかったのは、その直後の事だった。弟や仲間達
を庇うように魔獣の背に立ち、独り大きく跳躍して飛び出した彼は、叫んだ次の刹那自身を
も巻き込む巨大な黒いオーラに包まれて巨大化したのだ。
 黒藤・完全解放。
 全体的に漆黒色を増し、頭髪部分に灰みがかったモフと大鉈状の刀を持つ、アララギのそ
れにも負けぬほどの巨大な鎧武者へと。
「ぬおおおおおおおおッ!!」
「ヴォォォォォォォォーッ!!」
 はたしてそれは、アルスやエトナ、イセルナ以下仲間達がじっと立ってはいられない程の
風圧さえ撒き散らす激突だった。最早竜と呼べるほど形も整っていない顎を受け止めつつ、
黒藤と一体化したジークがこれを振り下ろした刃で押し返そうとする。バチバチバチッと目
を焼くほどの火花が両者に散り、魂魄楼はおろか冥界(アビス)全域をも轟かせる鍔迫り合
いが繰り広げられる。
「ぬう……ぐう……ッ!?」
 しかし状況は、やはり元々《滅》の色装を備えているアララギの方に分があった。顎の牙
に自身の刃が削られてゆく中にあって、これを膨大なオーラでもって随時再生しながら巻き
返しを図る。ドクドクッと脈打つように、アララギの右腕から全身から、彼へと流れて込ん
で来る無数の魂(ストリーム)達が悲鳴を上げつつ殺到している。
「……どうしてだよ? てめぇは死神、死んだ魂を導く奴らのリーダーをしておきながら、
どうして“結社”なんかに加わった?! 奴らは世界を……今生きてる人達を見殺しにしよ
うとしてるんだぞ!?」
「愚問だな。その犠牲で全体(せかい)が救われるのなら、寧ろ本望。大体お前達こそ、徒
に生を歪め、殺し、本来のサイクルをパンクさせてきたのではないのか? 救う為に壊す。
排除する……私とお前の、何が違う!?」
「違ぇよ! それは結局、お前一人の思い込みだろうが! 何が正しいかを決めるのは、人
それぞれの──俺達一人一人の意志だ!」
 一体化した鎧武者越し、歪な竜型の装甲越しに二人は問答し合っていた。叫んでいた。改
めてこの目の前の“敵”にそう問い、帰ってきた独り善がりに、ジークはやはり弾かれるよ
うに怒鳴る。力ある者に只々蹂躙される人々の、途方もない理不尽に対して怒る。
 くわっと声を荒げたその意思に呼応して、黒藤の鎧武者もまた赤く目に光を点して刃を押
し出す。ぐぐっと少しずつ、顎による噛撃を弾き返そうとする。
 だがアララギもまた、そんな押し合い圧し合いに負ける訳にはいかない。一進一退、互い
に暫く膠着状態になるが、やはり《滅》による削減効果が上乗せされるからか、長引けば長
引くほど戦況は間違いなくジークに対して不利になる。
(……解ったような口を)
(しかし驚きだな、私の全力とここまでやり合うとは……。撰出間もないとはいえ、やはり
今此処で、始末しなくてはならない……!)
 或いは弟の方が自分に掛けてきた、あの「神」の権能が為せる業か?
「撃て撃て! 撃ちまくれーッ!!」
「ジークを援護するんだ! 少しでも、奴の化けの皮を早く……!!」
 それでも激しい拮抗の中で、イセルナやダン、マーロウ以下仲間達は、必死になってこの
四方八方から持てる限りの攻撃を加えていた。氷霊剣(ハクア)に風霊槍(コウア)、多節
棍形態にした鎧戦斧(ヴァシリコフ)、深緑弓(エバーグリス)や秘葬典(ムスペル)が呼
び出す黒狼。聖教典(エルヴィレーナ)の天より降り注ぐ光刃──。
「……忌々しいな。あまつさえその力で、尚も抗うか?」
「お前達は、この箱庭の虜囚(とりこ)なのだぞ!」
 尤も流石に相手が大き過ぎるからなのか、聖浄器をもってしても、アララギの装甲に与え
られるダメージは限定的だった。加えてそれ以上に再生してゆく速度の方が速く、彼は苛立
たしげにちらっとこちらを見遣るだけだった。中空の飛行艇、ルフグラン号からレジーナ達
が放つ砲門射撃も、他の皆と同じく蚊ほども効いていない。
「うる──せえッ!!」
 それでも、それでも。
 仲間達の頑張りを視界の端に捉えていたからこそ、ジークは諦めなかった。尚も巨大武者
と一体化したその刃に力を込め、彼が見せたその僅かな隙に目を付けると、再びこれを押し
切るべく前進を続ける。全身を使って攻勢を繰り返す。
「ッ!?」
「エトナ、兄さんを援けるよ!」
「了解ほい来た! せーので行くよ? せーのっ!」
『強化(コーティング)!』
 アララギにとって、それは予想外の奮闘であった。僅かな拮抗の緩み、ジークの底知れぬ
力押しに彼が驚きを隠せなかった刹那、アルスとエトナが一斉に兄のアシストに乗り出す。
遥か地上、最早立ち込める雲間で視認すらできない地上から、無数の樹木を這わせてこの鎧
武者へと展開。巻き付けて再生の力を与えたのである。「……?」「何だあ……?」魂魄楼
市中、戦いの気配を地上から見ていた楼民達が、一人また一人と思わず空を仰ぐ。
「うおおおおおおおッ!!」
「そ……そんな。まさか。この私が……こんな──」
 撃ち抜いた。次の瞬間兄と弟、エトナの三人が力を合わせた一撃が、遂にアララギの竜顎
を真っ直ぐに引き裂き、この本体を捉えたのである。
 なッ!? 突如として崩れた均衡。周りで必死に攻撃を加えていた仲間達が、その決着に
思わず目を見張った。ジークを宿した鎧武者の一閃がアララギを叩き、盛大に鈍銀色の飛沫
を撒き散らしながら吹き飛ばす。数拍、たっぷりに感じられたスローモーション。かくして
死神総長ことアララギは、周囲の他の高楼を巻き込みながらこれを破壊してゆくと、雲海の
向こうへと姿を消していったのである。
「やっ──!」
『やったァァァァァーッ!!』
 空中で太刀を振り抜き、中途半端に体勢になった黒藤ことジークは、その解放状態を解い
て元の人間サイズに戻った。直後ぎゅんと有翼の魔獣──ハロルドやリカルド、レナといっ
た面子が乗る足場によってキャッチ・回収され、更に次々と駆け付けてくる他の仲間達によ
って揉みくちゃにされる。
「うおおおおおお! やったぞ、やったぞ!」
「信じられねえ……。マジでアララギに、あの化け物に勝ちやがった!」
「良くやったな、ジーク」
「これで魂魄楼を巡る一連の事件も、終息に向かうでしょう」
「……しかしあんま、俺達の出る幕が無かったような気もするがなあ」
 言葉なく、力なく苦笑。皆に囲まれて、介抱されて、ジークは最初全てを出し切ったよう
に激しく疲弊していた。
 手には黒藤。残りの護皇六華。
 一時はどうなる事かと思ったが、これでようやく──。
「ッ?!」
 だがちょうど、次の瞬間だったのである。本人を含めて仲間達が酷く安堵の息をつき、実
際油断していたその時、ジークの身体に再びどす黒いオーラが纏わり始めたのだ。面々の表
情は一瞬にして引き攣り、咄嗟に手を伸ばして彼をこれから救おうとする。呑まれてはなら
ないと、半ば直感的に理解する。
「な、何!? 一体何が起きてるの!?」
「……これはまさか。聖浄器の侵食……!」
「侵食?」
「おいおい……。何なんだよ、それ。知ってるのか、クロム?」
「うむ……」
 ジヴォルフの戦車(チャリオット)や飛行型の魔獣達、複数を繋いで一つの足場にしよう
としていたイセルナやダン、マーロウ以下仲間達。そこへクロムは逸早く、慎重且つ酷く目
を見張って答えた。途端に苦しみ始めるジークを見下ろし、確信する。
「お前達も知っての通り、聖浄器の核は素質ある者の魂だ。故にその力を真に引き出し、使
い続けてゆくということは、即ち彼らを蝕む狂気に等しく侵されるということ……」
「……何ですって?」
「り、理屈は分かるけどさあ……。何で今!? 今やっと、やっとアララギをぶちのめした
ばかりだっていうのに!」
「それに黒藤はもう、能力を解かれてる! 呑まれる道理なんて無い筈だろう!?」
 イセルナやステラ、サフレといった面々が驚愕してこれを見つめた。その間にもジークは
再び黒いオーラによって覆われ、あの鎧武者姿に──いや、まるで違う“獣”のような姿形
の中に呑まれようとしている。
「くそっ……! 剥がせ! ジークをそいつから引き剥がすんだ!」
「も、もうやってますよお!」
「でも、この黒いモヤモヤ、まるで生き物みたいに兄(あん)ちゃんを……!!」
「──」
 にわかに訪れた絶体絶命の危機。だがその刹那、これを誰よりも早く払い除けたのは、あ
ろうことかレナだった。彼女はガシリと、皆が危険だと叫ぶのもそこそこに、その身を挺し
て抱擁。静かにそっと、ゆっくりと優しくジークの耳元で囁いたのである。
「もう……大丈夫です。大丈夫ですよ、ジークさん」
「戦いはもう終わりました。だから──」
 するとどうだろう。それまで明らかに異変が起きていたジークの身体を、この黒いオーラ
は退散するかのように解け、何処かへと消えて行ってしまったのだった。義父であるハロル
ドやリカルド、親友のミアにステラ、クレアなどもあまりの事に唖然とする。……気のせい
ではなかった筈だ。この時、彼女の懐にしまわれていた聖教典(エルヴィレーナ)が煌々と
黄金に輝いていたのを、仲間達は目の当たりにしたのだから。
「……ん?」
「!? ジーク!」
「お、おい! 無事か!?」
「? あれ、俺は……」
「気付いてなかったの?! あ、あんたさっき、危うく黒藤に呑まれそうになってたんだか
らね!?」
「……び、びっくりしたあ」
「ハイ。私モ正直、何ガ起キタノカ解カリマセンデシタ……」
「レナちゃん。貴女今……大丈夫?」
「よく分かんないけど、さっきまーた“聖女様”みたいな後光が差してたよ??」
 ややあって当のジークが目を覚ます。どうやら無事だったようだ。ダンやエトナ、アルス
やオズを始めとした仲間達が次々に声を掛けるが、本人の記憶は曖昧らしい。加えてリュカ
やステラも、同じく豹変したように見えたレナを心配していたが、当の彼女はまだぽーっと
心此処に在らずといった様子である。或いは自身が咄嗟に取った行動に、顔を真っ赤にして
いただけなのかもしれない。
「──遅かったか。まさかお前が、あいつらに負けてしまうとはな……」
 そしてこの時ジーク達は、知る由もなかった。その全員が必ずしも、彼らの出現に気付い
ている訳ではなかった。
 ルキ及び、その配下の兵達である。彼は《光》の糸に足を乗せて空中に浮かび、破壊され
た高楼群を背景に立つと、ボロボロになって白目を剥いたアララギを、自らその両腕に抱え
て回収していたのである。
 かつての盟友。今やその意識は無い。思わず呟いた通り、自分達“盟約の七人”ですらも
奴らは打ち破り始めた。最早第二種勅命だけでは足りぬだろう。急ぎ体制を立て直し、全て
の決着を付けなければ……。
『──??』
 レナやアルス、仲間達が見上げども、時は既に遅し。
 敗北したアララギを回収したルキ達は、刹那人知れぬまま転移・退散して行った。先に気
配に勘付いていた面子も、目の前のジークがこうなった──危うく暴走寸前となってそれ所
ではなかった事も手伝い、流石に追撃に出ようとまでは思えなかった。
「……」
 虚ろの眼。ともかく今は眠る。
 されどこれでようやく、ジーク達は救えたのだ。この冥界(アビス)を、死者の国たる魂
魄楼をアララギ達の魔の手から守り切り、彼自身をも死の淵から救い出して。

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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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