日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「小文業(しょうぶんごう)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:矛盾、闇、関係】


 波多慎一郎殿

 君がこの手紙を手にしている頃には、僕はもうこの世には居ないだろう。毎昼毎夜、例年
に無いほどの寒さが続く中で、いよいよ自分も駄目になってしまったようだ。

 久方ぶりの再会が、こんな形になってすまない。僕から名指しされてこれを受け取り、大
層驚いていることだろう。いや、或いはとうにこちらのことなど忘れてしまっているのだろ
うか? 字書きを名乗ってきた癖に、どうも昔から筆不精だったものでね……。

 察しの通り、この手紙は僕が事前にしたためておいた物だ。いわゆる遺書という奴だな。
 ただこれだけは間違えずにいて貰いたいのだけど、僕が死ぬ事を選んだのは、他でもなく
僕自身の至って個人的な理由だ。こうして君宛てに手紙を書いた、その事実は決して君自身
を責め立てようとか、そんな意図では決してない。
 君の事だから大丈夫だろうが、悔やまないでくれ。自分を責めないでくれ。ただふっと、
かつての旧友(とも)の事を思い出して、最後に色々と伝えたかったんだ。言葉に残してお
きたかったんだ。完全に僕の個人的な我が儘だよ。これ以上読まずに破り捨ててしまっても
いいし、読んでくれてもいい。……所詮、くだらない呪詛なのだから。

 奥さんは元気にしているかい? 風の噂では、去年二人目が生まれたそうじゃないか。僕
とは違って、すっかり一人前の勤め人、父親をやっているようで安心した。

 学生時代、君と一緒に小説を書いていた頃がとても懐かしく思う。あの頃はとても楽しか
った。就職先が決まり、卒業も控え、君は比較的早い段階で筆を置いてしまったけれど……
僕はあれからもずっとこの畑に残り続けた。同じようにこちらの事も、風の噂で聞いていた
かもしれないが、僕の方はそう簡単に割り切れなかったんだ。夢を追い続けて、理想を追い
求めて、自ら真っ当な勤め人になることすら拒んだ。作家になりたくて、一日の大半を執筆
に費やす生活を長らく続けていたんだよ。それこそ──君が結婚すると聞いた時もね。

 折角招待してくれたのに、式に出られなくてすまない。あの頃も今も、とてもじゃないが
僕なんかでは釣り合わないと尻込みしてしまった。夢ばかりが大きくって実が無く、君や君
の家族にも合わせる顔が無いとばかり思い込んでいた。ずっとずっと、自分の不義理を正当
化し続けてきたんだ……。

 慎一郎。君は“小説を書くこと”とは何だと思う? 自分を表現する為か? 他者に認め
て貰いたい為か?
 僕は──きっと両方だったんだろうと思う。どちらも捨て切れずに、表裏一体になってこ
びり付き、いよいよ自らを追い詰める結果になってしまった。そうする事でしか、もう退路
は残されていなかった。そんな状況に陥るまで、僕は自分で自分の首を絞め続けてきたんだ
ろう。気付きさえしていなかった。……いや、気付いていたのに、向き合おうという決断を
下すことが出来なかった。目を背けて、他でもない僕個人の“理想”に拘り続けた。

 慎一郎。君は僕とは違って、比較的簡単に小説以外の大切な何かを見つけたし、何よりあ
頃から人を楽しませる物語が得意だった。娯楽(エンターテイメント)に寄っていた。
 でも僕は──寧ろそれとは逆で。物語を通して、自分と文章を突き詰めようとすればする
ほど、周りとの温度差を痛感せざるを得なかった。いわゆる文学というものが、こうも世の
他人びとに求められていないものかと絶望する経験ばかりだった。

 理由は単純。大きく分けて二つある。一つは、娯楽ではなく文学的な問い掛けが、しばし
ば他人びとの無意識下にある醜さ(もんだい)を暴き立てるから。もう一つはそんな、いわ
ば“お節介”を、僕ら書き手自身の“傲慢”と読み替えがちであるからだ。

 ……求められていないんだよ、慎一郎。僕という人間は。作家という生き物は。
 もっと昔ならいざ知らず、今の時代は小説以外にも色々な媒体の娯楽が在る。敢えて自分
を心苦しくさせるようなコンテンツよりも、より即物的で快楽的な、気軽に消費出来るもの
が選ばれるのはきっと時代の要請なんだ。そこを色々と履き違え、長らく現実を見ようとし
てこなかった自分を、僕は今この瞬間において酷く恨んでいる。もっと君のように、しなや
かに生きてこられたら、少しは違った結末になっていたんじゃなかろうか……?

 当初、暫くの間僕は恨んでいた。世間をだ。人間というものをだ。どうして自分が物語達
に込めた思いを、問い掛けを、お前達は無視するのか? そんな浅慮で克己心を志向しない
者ばかりが溢れているから、巡り巡って誰もが生き辛さを感じているのではないか? 世の
中が一向に良くならないのではないか?
 可笑しいだろう? 僕はそれでも一時は本気で、そんなことばかりを考えていた。自分の
側から変えることを怠り、自己正当化ばかりに努めていた。当然、小説を書く力が鍛えられ
る訳でもなく、成果は出ない。デビューは出来ない。辛うじて伝手を頼り、ゴミみたいな文
筆の仕事で食い繋ぐ。焦りばかりが、自分の中で濃縮される。再生産される……。

 本当に、難しい仕事だったんだ。始めから茨の道だったんだ。
 尤もそれは程度差こそあれ、どんな職業でも当て嵌まることではあったんだろうけれど。
ともかく僕は大いに道を踏み外した。修正が効かないぐらいの所まで拗れ続けた。そんな状
態でも尚、研鑽すべきは物語の質であって、包み隠す技術──他人びとへの問い掛けを如何
に気付かせないようにするのか? 物語の深層に練り込む業(わざ)だった筈だ。表層の娯
楽性に釣られ、手に取った他人びとの中から、何人かでも人知れず“考察”したいと思わせ
られるよう創意工夫をする──曲がりにも作家を自称するのならば、勝負すべき本質はそこ
へと集束するべきだったのに。腕の見せ所と捉えるべき筈だったのに。

 解るかい? 作家とはその意味で、非常に“献身的”でなければ務まらないんだよ。自ら
が知り、或いは気が付いた、今世の中へ放つべき問い掛けを僕らは抑えなければならない。
前面に出して誇るようなことをしてはいけない。自分が優れているのだと、このような思考
を得たのだと、堅持する「手段」にしてしまってはいけないんだ。あくまで「目的」は、問
い掛けを他人びと自身の中で熾させることであって、作家とは手段を生成する為の没個性で
なくてはならない。問い掛けの正否を決めるのは、あくまで無数の他者であって、投げ掛け
た僕ら作家側じゃないんだ。思いを、衝動を繕わずして、藝術などとは呼べない──。

 でもね? 慎一郎。僕は駄目だった。自分の思いを、衝動を抑え込んでまで彼らの精神に
尽くすなんて営みが、どうしても受け入れられなかった。
 だってそうだろう? 世の中の彼らのどれだけに、その意思がある? 庶民から代議士、
元首に至るまで、どいつもこいつもヒトという種の醜悪さを被ったまま恥じる事すらしない
んだ。どれだけ過ちと争いを繰り返そうと、全く学習しようともしない。全く疑おうともし
ない──知識や理論も全て、今ある自分を補完する為のイエスマンだ。自分達の都合に合っ
た言葉だけを聞いて、世界だけを作って、それ以外を切り捨てる。愚かとしか言いようがな
いんだよ。実際そんな中に、他らなぬ僕自身も含まれているのだとしても……そんな彼らに
作家として、藝術者として、尽くそうなんて思えなかった。そういうものだ、覚悟するべき
だと何度も言い聞かせたけれど……駄目だったんだよ。

 しかしそうなると、僕自身大きな袋小路に陥る。君や世の他人びとのように、僕は柔軟に
生きて来れなかった。それこそ小説と出会って以来、人生の大部分をこれに費やしてきた。
さっきの言い回しを使うなら捧げてきた。だが逆に言えば、それが仮に“不可能”だと判っ
てしまったら、僕にはもう次の選択肢は無い。見つける前に……きっと心が死んでしまうだ
ろう。
 自分を表現したいという衝動──理想とでも言い換えられるものと、他人びとへの献身。
 二つを両立させられないのであれば、僕は自ら終わりを迎えるしかなかった。どちらかを
捨てなければ叶わないのならば、僕は僕自身を捨てるしかなかった。復讐すべきは他の誰か
にではなく、自分自身であるべきだったんだ。

 ……すまない、慎一郎。
 お互い学生だったあの頃、切磋琢磨し合えたのはとても楽しかった。幸せな時間だった。
 どうしてなんだろうな? いつの間に僕は、ここまで小説を楽しめなくなってしまったん
だろう? やはり欲気を持ち過ぎてしまったんだろうか? 良くも悪くも、純粋ではなくな
ってしまって久しかったんだろうか?

 友よ。せめて君は、柔軟に生きてくれ。奥さんと子供、家族を大切にな。

 君達の門出に、こんな冷や水をぶっかける真似をして本当に申し訳ないと思っている。だ
からこれは、あくまで僕個人の尻拭いだ。最初言ったように呪詛なんだ。最期の最期まで己
と他人びとを天秤に掛け続け、後者を選べなかった人間の、惨めな結末だ。
 ただせめて君には、かつての同志には、記憶の片隅で知っていて欲しかった。我が儘だと
は解っている。本当に、本当にすまない──。

 ***

「……」
 旧友の死を知った波多が、その自宅を訪れて渡されたのは、そう赤裸々に書き残された彼
の心の叫びだった。ずっと長い間、不器用にも夢を追い続けた果てに散った、一人の落伍者
による足掻きの痕跡だった。
 文面は抜粋、やや冗長。当人も随分と迷っていたようで、話題が二転三転しながら綴られ
ている。『▲▲年 ●月◆日 浅間行雄』結びの字はおよそ達筆と呼んで良い。友の署名が
酷く寒々しく思えた。一方でこの自分宛ての手紙を持って来てくれた、彼の縁者らしき中年
女性は、心底面倒臭そうな様子で立っている。こちらが読み終わるのを、じっと待っている
に睨み付けてさえいた。
「あんの……馬鹿野郎が……」
 それでも尚、波多は暫くその場を動かなかった。手紙を握り締めたまま、ポタポタと涙し
始めている。幾枚の便箋が濡れてゆく。
 本当に、他人の家族を祝う内容なんかじゃねえよ……。
 視界が曇った。今はもう、この部屋には戻らない亡き友の姿を、彼は記憶の中でのみ繰り
返す。言われたからではなく、他でもない自分の意思で、再生していたのだった。
                                      (了)

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  1. 2020/04/01(水) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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