日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔53〕

「トリニ……ティ?」
 惨劇に落ちた病院の外、手負いのマリアを一気に畳み掛けようとしていた睦月らの下に現
れたのは、思いもよらぬ乱入者達だった。司令室(コンソール)の向こうの皆人らも、思わ
ず目を見開いている。
『……どういう事だ? 何故あの二人が──額賀二見が一緒にいる?』
 変じたのは赤・青・黄、三色の獅子を象った騎士甲冑。
 筧と二見、由香。ただこの三人が現れただけだったならば、まだ分からなくもなかった。
彼らは皆、何からの形で自分達対策チームと関わりを持ってきた者達なのだから。
 しかし……三人がまるで守護騎士(ヴァンガード)のように、パワードスーツ姿に身を包
んだとなれば話は別だ。少なくともその力は、考えうる限り最も厄介な出元であると思われ
るからだ。避けねばならなかった。
 急いで解析を! 萬波や香月、研究部門の面々は、次の瞬間弾かれるようにめいめいのデ
スクへと飛びついていた。皆人らを含め、脳裏に駆け巡ったこの仮説を確認する為である。
その間にも睦月や冴島、仁に黒斗、現場の状況は刻一刻となだれ込んでゆく。
「退いてろ。後は、俺達が始末する」
 赤の獅子騎士──筧はそう短く言い放つと、両腰に下がっていた一対のパーツを手早く組
み立てた。取っ手付きの円筒と、三方十文字に分かれた円筒。両者を真っ直ぐ一本に繋いで
取っ手を手前に捻った瞬間、先端から迫り出したエネルギー塊が大きな刃──剣へと変わっ
て固着する。
 睦月達が止める暇さえなかった。直後彼はダンッと地面を蹴り、一気にこちらの合間を縫
ってマリアへと肉薄。引き離すようにして幾つもの斬撃を叩き込む。
 そのパワードスーツの色彩と同じく、刀身や甲冑から漏れるのは炎。辺りの空気を熱が少
なからず歪ませ、ぼやけたように見せる。マリアもマリアで、この突然割って入ってきた敵
に対し、何とか反撃しようと試みる。
「ガッ……!? 調子ニ……乗ルナッ!」
「本間翼ヘノ回路(パス)ガ途絶エタカラトイッテ、能力自体ハ……!」
 何度目かの斬撃。それをマリアは敢えて肩ごと受けて捉えた。肉を切らせ、骨を断とうと
したが──逆に利用されてしまった。筧ことブレイズのエネルギーをその吸収能力で奪い取
ろうとした直後、寧ろ熱と共に奪い返されてしまう。
「悪いな。てめぇの能力はもう、把握済みだ!」
「グエッ?!」
 続けざまに叩き込まれた一閃。マリアは弱った身体と隙を突かれて盛大に吹き飛び、アス
ファルトの地面の上で仰向けになって悶絶する。睦月達も一瞬、何があったのか理解出来て
いなかった。
「筧さん!」
「吸い取り返した……? あの力は、一体……?」
 熱量掌握。それが筧の、赤の獅子騎士(トリニティ・ブレイズ)の能力だ。熱を生み、或
いは奪って操る。同じく吸収系の能力を持つマリアにも、その効力は例外ではない。
 何故筧刑事達が? 睦月らは混乱していたが、少なくとも目の前で起きた変身(じたい)
は解る。彼らも改造リアナイザに手を出したのだ。このまま好きにさせる訳にはいかない。
間合いの空いた彼へと、急ぎ駆け寄ろうとするが……。
「額賀!」
 だがそれを防いだのは、もう一人の獅子騎士、二見ことブラストだった。青い騎士甲冑の
ようなパワードスーツ姿に身を包んだ彼は、筧からのそんな合図に両腰のパーツを組み立て
て棒状に。筧のそれとは逆方向に取っ手を捻ると、中心からエネルギー塊のシャフトが伸び
た杖を握り締める。
「どっ……せいっ!」
 するとどうだろう。次の瞬間、彼がこの得物を振り回しながら柄先をガンッと地面に叩き
付けると、そこを中心として青い冷気のような余波が睦月達を襲ったのだ。
 思わず駆け寄ろうとした足を止め、手で庇を作って風圧に耐える四人。
 しかしこれと同時、面々の動きはその意思に反して“ゆっくり”になっていた。驚愕する
表情さえスローモーションになる睦月達を、EXリアナイザの中からパンドラが目撃して叫
んでいる。
『こ、これは……まさか!?』
「そのまさかさ」
 物質遅滞。それが二見の、青の獅子騎士(トリニティ・ブラスト)の能力だった。対象範
囲を“ゆっくり”にし、動きを封じる。冴島隊B班を襲った異変と全く同じ効果だった。或
いはその作用の一環で空気中の水分すらも凝結させて冷気に──氷へと変えて攻防に利用す
る事ができる。
 杖の両端から冷気を纏わせつつ、二見は筧に加勢して更にマリアを追い詰めた。今度は熱
ではなく氷でその手足を凍て付かせ、回避を抑え込む。その隙に筧が高熱を込めた拳を腹に
叩き込み、再び病院側の方へと吹き飛ばした。
「……では、仕上げです」
 更に残る三人目、七波由香も準備を整えていた。両腰のパーツをL字型に組み立てて銃身
に見立て、先端三又の左右から弦を展開。まるで弩(ボウガン)のようにこれを構え、ちょ
うど階上の踊り場窓からこの一部始終を見ていた國子や海沙、宙、及び本間颯に狙いを定め
たのである。
『──ッ!?』
 直後、躊躇いなくひかれた引き金。数発の電撃の球が射出されたのを見て、國子達は咄嗟
に颯を庇いつつ避けようとしたが……同じく“ゆっくり”の範囲内に巻き込まれた彼女達は
思うように動けない。結果、最初の一発は彼女らを隔てていた窓硝子を破り、残る二発は他
でもない颯を直接襲う。
「あ……れ? 別に……痛くも……何とも……??」
 されどダメージは無い。しかし、油断したその直後から「仕上げ」は始まっていた。全身
をバチバチと、帯電の光が覆ってこそいたが、颯自身には特に変化はなかった。本人や國子
達が戸惑っている中で、由香は更にもう一発。近くのベンチを目掛け、この帯電させる電撃
球を放ったのだった。
「がっ?!」
 するとどうだろう。次の瞬間、彼の身体は瞬く間にこのベンチに向かって吸い寄せられて
ゆくではないか。「本間さん!?」海沙や宙が止める間もなく、この召喚主の男性は自分達
の手元を離れ、病院外の現場へと引き摺りだされていった。ビタンッ!! まるで磁石のよ
うに引き寄せられ、強力にくっ付く。國子や司令室(コンソール)の皆人、この一部始終を
目の当たりにした仲間達がハッと気付いて言う。
『……そうか、磁力か! あの光球は、包んだ対象(もの)を磁石に変えるのか』
 磁力付与。それが由香の、黄の獅子騎士(トリニティ・ブリッツ)の能力だった。S極か
N極、どちらかの磁場を相手に与え、吸引と反発の力でもって攪乱する。
 筧さん、額賀さん! 由香は二人の仲間に呼び掛けていた。キッと気丈に、手筈通りに。
 彼女はボウガン型に組んだ得物を片手に、これの銃底から延びるスイッチを引いた。スラ
イドしてまた元に戻りつつ、ボウガン及び騎士甲冑のパワードスーツ姿に黄色いエネルギー
の奔流が迸る。「おうよ!」二人に吹き飛ばされたマリアも、同じくベンチの方へと転がさ
れていた。筧は指先でなぞり、赤く熱を帯びる刀身を。二見は杖全体に冷気を巡らせ、回転
させてから再び地面へ。彼らはそれぞれの必殺技を発動する。
「……ッ!?」
「ひぃっ──?!」
 連続の剣閃が描く炎の獅子はマリア本体を、足元を這って進む冷気の獅子はマリアと颯、
両者の身動きを封じて襲い掛かった。ボウガンから大きくチャージして放たれる電撃の獅子
は一方で、的確にその改造リアナイザだけを狙って抉り取る。
『ぎゃあああああああーッ!!』
 故に断末魔。直後この実体化寸前まで進んだアウターは、あと一歩の所で自身の召喚を潰
されて永久に消滅した。三人の大技、風圧の余波で颯も吹き飛び、白目を剥いて遂に意識を
手放してしまった。辺りに立ち上った煙や土埃が晴れるまで、掛けられた“ゆっくり”の効
果が解けるまで、睦月達は呆然とその場に立ち尽くすしかない。
『……凄い』
『ええ。だが間違いなく、あの力は……』
 司令室(コンソール)の皆人や萬波、香月らも、同じく硬直したままでこの一部始終を見
ていた。とはいえそこに込められていたのは、単なる驚愕だけとは限らない。
 じっと筧と二見、由香が、マリアの撃破を確認してからこちらを見遣ってきた。睦月と冴
島、仁が、思わず“ゆっくり”なままで身構えようとする。
『……』
 ただ彼らが狙っていたのは、あくまで四人目──黒斗ことユートピアだったのだ。
 数拍、妙な間があってからの、明らかに害意を向けてこちらに駆け出した三人。それぞれ
の得物を引っ下げて、この睦月達の側に立っている個体(アウター)を引き続いて攻撃しよ
うとする。
「えっ……?」
「ま、まさか。彼らは」
「おい! 止め……止めろォォォーッ!!」
 尚も“ゆっくり”の効果が続いている睦月達には、どうする事も出来なかった。意識の上
でそう叫ぼうとしても、動こうとしても、言葉は酷くスローモーションで鈍い。次の標的と
された当の黒斗も、静かに目を見開いたように見える。
「……っ!?」
 鈴付きの鉤型杖を両手で握り締めたまま、同じく思うように動けない黒斗。
 筧ら三体の獅子騎士は、残るこのもう一人のアウター・ユートピアを倒すべく、彼を目掛
けて襲い掛かり──。


 Episode-53.Trinity/第三極と綻ぶ絆

「ど、どういう事ですか!? 今度は彼に攻撃を……? 睦月さん達と共闘しているのは見
えていたでしょうに……」
 飛鳥崎の地下に広がる司令室(コンソール)。その中央ディスプレイ群に映し出される現
場の様子に、職員達はめいめいに酷く狼狽していた。
 ようやくマリアを、まさかの筧達が倒したかと思えば、今度はその矛先を怪人態の黒斗こ
とユートピアに。或いは突如として現れ、変身した彼ら三人を急ピッチで解析しながら。
「ああ。だがアウターであることには変わりがないからな。その意味では彼らの方が、筋は
通っているとも言える」
「そ、それは、そうですけども……」
 これらに対し、司令官たる皆人は淡々と答えていた。というよりも、状況証拠からしてそ
う解釈する以外になかった。口調こそ平静を保っているように聞こえるが、その実内心では
非常に焦りがあった。ぐるぐると思考を巡らし、組み立て、突然現れたこの三人の目的と切
欠を探ろうとしている。
「──くたばれッ!!」
 筧もといブレイズの炎剣が黒斗に迫る。先ほどの“ゆっくり”で彼も満足に身動きする事
が出来なかったが、それでも咄嗟に自身の能力である力場を展開。自らをその最大限端へと
瞬間移動させ、この一撃は何とかかわす事が出来た。難を逃れた。
 ただ……相手は筧を含めて三人だ。いつものように杖術を振るえれば如何様にも対処でき
たが、向こうも予めそれを理解した上で封じ込めを行ってきている節がある。筧と由香、そ
して二見が一斉に移動先の彼を目で追って、走り出す。
「逃がすかよっ!」
 ダンッと杖の柄先を地面に叩き付けて、二見もといブラストが冷気の波を放つ。もう一度
黒斗は逃げようとしたが、一瞬間に合わなかった。引こうとした片足がその氷によって捉え
られ、思わず骸骨な顔立ちの眼に焦りが──明滅が生まれる。
「くっ……!」
 何より当の黒斗自身、彼らと直接事を構える心算など無かったのだ。
 筧達の経緯をなまじ知っている、且つ恨んでいるであろう“蝕卓(ファミリー)”七席の
一人であることも手伝い、彼にはある種の後ろめたさがあった。本気で迎撃するのを躊躇っ
ていたのだった。
 先ず氷を除ける? それとも、この足を犠牲にして転移を?
 黒斗は判断に迷った。その隙を見逃さず、炎剣を振りかざした筧が改めて迫る。
「や~め~ろォォォーッ!!」
 しかし次の瞬間、これを止めたのは睦月だった。自身も“ゆっくり”の効果で満足に動け
なかったにも拘らず、ほぼ力業でこれに抵抗(レジスト)。軽くなった拍子に激しく地面を
蹴り、二人の間に割って入ったのである。
 黒斗へと吸い込まれてゆく炎熱の剣、その腹をすんでの所で加速の勢いと裏拳で弾いてそ
らし、同時迫ってくるブレイズの左肩口を掴む。
「止めてください! いきなり何をするんですか!? 一体その力を何処で? どうして貴
方達が戦おうと……!?」
「黒斗さんは悪い人じゃないんです! 攻撃するのは止めてください!」
 だが睦月のそんな必死の訴えも、文字通り怒りに燃える筧達には届かなかった。寧ろこち
らの邪魔をしてくる彼を、即座に撥ね付けようとさえして叫ぶ。
「退け! 庇い立てする気か? そいつはアウターだろう? お前達が倒すべき“敵”じゃ
ないのか? それとも何か? お前達なら、善悪の判断をつけられるってのか?」
「……っ。それは──」
「とんだ思い上がりだな。そうやってちんたらしてたから……由良もみすみす死なせちまっ
たんじゃないのか? 額賀のアウターも、七海君の母親も!」
『……』
 間違いない。それは紛れもなく筧の怒り、そして後悔。獅子の甲冑姿で吼えながら、彼は
ここぞと言わんばかりに睦月の持つ“甘さ”について指弾し始めた。背後の黒斗、列挙され
た当の二見と由香は勿論、場や司令室(コンソール)越しの仲間達も同じく押し黙ってしま
う中で。

「──ったく。まーた同胞が一人やられたか」
「うん? つーか何だあ? 何であそこに、ラストの野郎がいるんだよ?」
 尤もこの時、面々は知る由もなかった。すっかり混戦の泥沼に陥っていた現場を、グリー
ドとグラトニー、二人の人間態に、遠いビルの屋上から監視されていたことを。
 戦いの一部始終、マリアが斃された瞬間を目の当たりにし、彼らはまたしてもと舌打ちを
してこれを惜しんでいた。だが同時にそこに居合わせた、黒斗こと同じ七席・ラストの姿を
見つけ、二人は思わず訝しむ。
「一緒にぃ~……戦ってるぅ?」
「立ち位置からしてそんな感じだなあ。妙な邪魔者が増えてるみたいだが」
 多少驚きはしたが、かといって“絶対にあり得ない”という訳でもない──それが一連の
異変を観たグリードの感想だった。寧ろ動機的には、こちらに敵意を向ける要因は腐るほど
挙げられる。
「守護騎士(ヴァンガード)と共闘……? 庇われてる……? あの野郎、裏で繋がってや
がったのか。ただまあ、あいつはそもそも、俺達とは七席に収まった経緯が違うからなあ。
こっちもこっちで、あり得ねえ訳じゃねえか……」
 手で庇を作り、目を凝らしながらぶつぶつ。
 グリードはそう誰にともなく呟きながら、一先ずは状況を静観することにした。元々自身
の繰り手(ハンドラー)を守る為に、自分達“蝕席(ファミリー)”の傘下に入った──本
来的にその忠誠心云々を踏まえれば、裏切り者ではあるのだから。
「どうするぅ、グリードぉ? 殺っちゃう? 喰っちゃう?」
「……いや、止めとこう。あの分じゃあ勝手に潰し合うだろ。それならそれで好都合だ」
 行くぞ。だからこそ、相棒・グラトニーからの問いに、グリードはそのまま踵を返して場
を後にしていった。興味もリソースも、その注げる分量は何時だって無限ではない。
「俺達は変わらず、真造リアナイザの売人をやるだけだ」
「それがあの人の──“マザー”の意思なんだからよ?」

「筧さん、二見さん、七波さん……。貴方達って人は……!」
 ギリギリと押し合い圧し合いを続けて、ややあって睦月は辛うじてそんな言葉が口を衝い
て出ていた。結果論を言えばぐうの音も出ない。助けられなかった。でも、その恨みを全く
関係ない個体(ひと)にぶつけるのは違うだろう?
 左右それぞれの手で取っていた炎剣と左肩を、ぐいっと押し広げて筧の体勢を崩そうと試
みる。だが対する当人もそれはすぐに感じ取ったようで、瞬間こちらの腹に蹴りを入れて一
旦後退。互いに間合いを取り直して黒斗を狙う。これを守ろうとする。
「額賀! 七波君!」
 振り向きさえもせず、名を叫んで残り二人の仲間を呼ぶ筧ことブレイズ。二見と由香、ブ
ラストとブリッツも、それぞれ冷気を纏わせた杖や磁力球のボウガンを放とうと地面を蹴っ
た。引き金をひいて射出した。
 ──だがちょうど、次の瞬間だったのである。冷気の震動と氷柱群、磁力球が睦月に向か
って迫ってくる中、冴島や皆人以下仲間達が叫ぶ中、黒斗が足元を凍て付かせていた氷から
脱出を果たした。砕いていた。「守護騎士(ヴァンガード)!」気持ち後ろに跳びながら、
彼は睦月他場の面々に向かって呼び掛ける。力場を大きく病院敷地内全体に展開し、一挙に
全員を捕捉しながら叫ぶ。
「一旦退くぞ! 目的ならもう果たした!」
 睦月らの姿が掻き消えたのは、その刹那の出来事だった。
 現場には、マリアに搾り殺された病院関係者や患者達が倒れ、当の本間翼は苦しそうな表
情を浮かべながら眠っている。兄・颯も、半壊したベンチの上で気を失ったままだ。
「……チッ」
 後には筧と二見、由香ばかりが残されていた。三色の獅子甲冑の姿をしたまま、彼らは当
てを失くして暫く立ち尽くし、やがて静かに舌打ちさえする。

 黒斗ことユートピアの機転で難を逃れた、睦月以下現地の実働部隊は、市民病院から遠く
離れたビル街の一角に身を潜めることとなった。
 息を殺して気配を探る。筧達三人が追って来る様子はない。流石に撒けたようだ。
『──ここで別れよう。彼らが敵対的である以上、私達の共闘が見られたのは拙い』
 曰くだからこそ、もうお互いにこれ以上関わり合いになるべくではないと、彼は告げた。
事実淡雪にも被害が及びかねなかったマリアの脅威は、他でもない筧達によって既に排除さ
れている。
『それは……。そうかもしれませんけど……』
 当初の目的は果たされた。故に、本来“敵”であるこちらと手を組む必要性はもう無い。
 ただでさえ三人が自分達と顔見知りな上、また一緒にいる所を見られれば更に事態が拗れ
ると踏んでの発言だったのだろう。不器用ながら、努めて第三者を巻き込むまいとする優し
さのように睦月達には思えた。
『でもいいのかい? 筧刑事達はまた君を狙ってくるだろう。そうなれば藤城さんが──』
『その為に私がいる。お前達にこれ以上、首を突っ込ませる訳にはいかない』
 だが、そう冴島がそれとなく問い返すものの、彼からの態度は案の定頑なだった。
 キッと睨み返すような眼差し、威圧感。もしもう一度粘るような言葉を放っていれば、今
度は彼と一戦を交えることになっていただろう。ごくりと睦月、海沙や仁が息を呑み、暫し
の沈黙が路地裏に横たわる。
『……ともかく、先ずは自分達の身の安全を心配するんだな。私とは違って、お前達は彼ら
に、素性も居場所も割れているんだろう? 場合によってはそっちが先に仕掛けられる側だ
ろうに』
『あはは。そうかも、しれませんね……』
『ど、どうなんだろ? 流石に学校にいる時に襲ってきたりはしないと思うけどなあ。でも
七波ちゃんは現状、保健室登校だから、授業の合間を縫ってあたし達を呼び出してきたりす
るのかも……?』
『ううっ、それは困るよお~。こっちは戦いたくなんてないのに……』
『まあ、可能性としては捨て切れないッスね。どうも向こうは対アウターってことで固まっ
てるみたいッスけど、場合によっちゃあ俺達もそいつに協力しているから敵だ! みたいな
論理(ロジック)で攻撃して来ないとも限らない』
『それに何より、彼らが何処であのような力を手に入れたか? というのも疑問です』
『ええ……。見た感じだと、多分アウター絡みで間違いないと思うんですけど……。リアナ
イザの形だって違ってましたし……』
『三人で使い回してたもんね? そういうタイプの物があるとか?』
『そんな記録は無いですねえ。あれも含めて力の一端だと考えて良いと思います。ただマス
ターの仰っているように、どうも彼らからは妙な感じがしました。強いのだけど、一つ一つ
の出力はそこまで大きくはないような……?』
 そうして黒斗から再度向けられた言葉に、睦月達は苦笑いを零す。或いは目の前へ矢継ぎ
早に繰り出された謎に対し、整理がつかずに頭を悩ませていた。特に國子が代表した問いは
深刻だ。場合によっては自分達も未だ知らない、新たな脅威がこの街に生まれつつある可能
性すらある。
『まあそれは──こっちに戻って来てからでいいだろう。一応先程の戦いで、萬波所長達が
データを収集してくれた。解析次第では有効な手が見つかるかもしれない』
 EXリアナイザ内のパンドラの呟きに続き、通信越しに司令室(コンソール)の皆人がそ
う睦月達に指示を出した。ともかくマリアは斃された。今はもう、現場近郊に留まり続ける
理由もない。
『ん……分かった』
『そうだね。一旦帰ろうか。今後の動き方について、皆で詰め直さなくっちゃいけないし』
『ああ、そうしておけ。お互いこれから、敵が多くなりそうだしな』
 じゃあな。言って黒斗は踵を返し、大通りの向こうへと消えてゆく。
 背中を見せたまま軽く振った片方の掌。睦月達も暫くその後ろ姿を見送っていたが、やが
て誰からともなく拠点に向かって歩き出す。

「今までご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした! もし宜しければ、私も一
緒にクラスの出し物に参加させてくださいっ!」
 なのに……異変はそのすぐ後日に起こった。日中、学園(コクガク)で過ごす睦月達の前
に、彼女は何を思ったか姿を現したのである。
 七波由香だった。ミサイル及びストライク達による襲撃騒ぎ、瀬古勇による母親の誘拐殺
人の後、すっかり保健室登校に閉じ籠もってしまったとばかり思っていた彼女だったが、あ
る日突如としてホームルーム中のクラスに戻って来たのだった。
 ちょうど季節は、文武祭準備が本格化する寸前。クラスの出し物も“メイド・執事喫茶”
に決まり、いざ動き出そうとしていた矢先だった。ホクホクと満面の笑みで微笑む豊川先生
の横で、彼女は一見するとそう非常に真摯な態度で、皆に頭を下げている。
『──』
 当然ながら睦月や仁、皆人や國子、海沙や宙といった対策チームの面々は、内心物凄く驚
いていた。激しく動揺させられてしまっていた。
 但し表面上は不遇な元転校生の少女、同じクラスメートによる一念発起の復活劇である。
間違っても全く違った理由でショックを受けているとは、他の皆に知られる訳にはいかなか
った。それぞれが必死になって、口から心臓が飛び出そうになるのを何とか抑え込む。互い
にちらりと、目線で(ど、どういうこと?)(こっちが聞きてぇよ)と確認し合うも、事態
は既に彼女の側へと転がり始めていた。特に他の、男子達の喜びはひとしおである。
「よっ……しゃあああーッ!!」
「清楚系メイド、ゲット!」
「ちょっと、あんたら!?」
「第一声がそれ?!」
「はあ。本当、男って馬鹿……。やっぱ、出し物変えた方がいいんじゃないの?」
「まあまあ……いいじゃない。これでようやく、クラス全員が揃ったんだから。ね?」
 妙にテンションが上がる男子達と、逆に呆れ顔になる一部の女子。豊川先生は担任として
これを宥めるも、その表情はウキウキと実に嬉しそうだった。我が事のように喜んでいた。
一時はクラス全体を分断していた由香を巡る剣呑も、これでようやく好転すると胸を撫で下
ろしていたのだろう。
『……』
 蒼褪める。或いは人知れず、深く静かに眉間に皺を寄せる。
 睦月達は努めて動揺を押し殺していた。じっとめいめいの席から遠巻きに見つめる壇上。
そこに立つ由香本人が、スッとこちらを見返すように視線を向け──。

「クラスに復帰するのは本当ですよ? 光村先生は、ギリギリまで渋ってましたけど……」
 だからこそ直後の休み時間、人気の無い教室に呼び出された睦月達が聞かされたのは、他
でもない彼女自身が今日までに体験した経緯の全てだった。事実上の宣戦布告──切欠はや
はり、母・沙也香の拉致殺害事件にまで遡る。
「隊員さんには申し訳ないですけど……あの時は必死だったんです。何もかも私の所為でぐ
ちゃぐちゃになって、壊されて。貴方達のことだって信じられなくなってしまった。どうせ
私を庇い立てするのも、アウターや瀬古さん達のことを知っているからなんでしょう? 中
央署の件じゃないですけど、誰かに喋られたら面倒だから」
「七波さん……」
 曰く、当てもなく飛鳥崎の街を彷徨った彼女は、その末にとあるアパートの前へと差し掛
かったのだという。同市北西、そこはちょうど額賀二見が事件後暮らしていた新居であった
のだが……彼はその折再び手を出そうとしていたのだった。改造リアナイザ。かつて失って
しまった親友(とも)に、もう一度会う為に。
 更に言うならば、この時他にもう一人、彼のアパートを訪ねようとした人物がいた。筧で
ある。彼は彼女よりも一足早く、この部屋に持ち込まれた件の禁制品に気付き、二見からこ
れを取り上げんと揉み合いになっていたらしい。由香はそんな事などつゆ知らず、筧が居る
と判って飛び出し、二人の攻防を目の当たりにして──。
「それで二人と一緒に、筧刑事に加勢して取っ組み合いをしている内に、引き金を“三人同
時にひいてしまった”と……」
「……はい」
 何故彼女ら三人が、全く同じ三色の意匠、獅子を象った騎士の姿に変身できるようになっ
たのか? 筧はともかく、これまで面識が無かった筈の二見とも行動を共にしていたのか?
 皆人は一しきり説明を聞いて静かに嘆息をつく。仁や國子、海沙や宙、場に集まった残り
の仲間達も大よそは同じだった。純粋な驚きや戸惑い、仮面越しとはいえ先日こちらに向け
てきた強い敵意。ガシガシと後ろ髪を掻き、にわかには信じられないといった風に話をまと
め返す。
『アウターの反応ではあったのに、妙に小さい気がしたのはその所為だったんですねえ』
「うん……。凄く珍しいケースなんだと思う。タッグとかトリオは今までもあったけど、そ
れも原則、召喚主一人に対して一体って形だったし……」
 差し詰め“三つ首”──トリニティのアウターといった所か。
 曰く期せずして引き金をひいてしまい、彼女達は最初大いに迷ったという。なまじこれが
怪人達の苗床であり、それぞれの大切なものを失わせた元凶であると知っていたから。
 それでも……。筧達は話し合った結果、この機会を最大限に活かそうと決めた。要するに
契約を、無関係な一般人を巻き込まないものにすれば良い。そんな望みで揃えれば良い。
 幸いにも、彼女達には共通した願いがあった。
 全ての元凶、アウター達を裏で生み出し、操っている“蝕卓(ファミリー)”を倒す──
元被害者であることと彼らへの恨み、その点において共に戦おうと決めたのだった。筧は部
下であり相棒だった由良を、二見はミラージュを、由香は母を殺されている。尤も彼女の父
に関しては、一応存命には存命だが……間接的にも殺されたも同然。再起不能となってしま
うのは最早時間の問題だ。
「契約内容は──全てのアウターの撲滅。その為に必要な力を、私達に与えること」
 きゅっと唇を結んで、由香は答える。懐に伸ばした手が握っていたのは、あの時も目撃し
た黄色のカード型デバイスだった。原理的には勇のドラゴンと似たようなものなのだろう。
 一方で丸型の、あの妙な改造リアナイザを三人で共有していた点も、このような経緯で生
まれた力であるためだった。変身能力を授ける為、元あった改造リアナイザ自体も変質を遂
げたということらしい。
「……事情は分かったわ。でも──」
「七波ちゃん、あんた達は黒斗までも倒そうとした! あいつは只々、自分の召喚主を守ろ
うとしていただけなのに!」
「お、落ち着いて……。七波さん? あれには色々と事情があって……。確かにアウター達
は人を食い物にする悪い奴らだけど、中には黒斗さんみたいな“いい人”もいるんだよ?」
「ええ。らしいですね。額賀さんも以前は、そうだったみたいですし……」
 理屈は分かった、動機は判った。それでも海沙や仁、睦月などは未だモヤモヤとしている
部分がある。言わずもがな黒斗のことだ。
 確かに自分達対策チームの存在理由からして、矛盾していることは認めざるを得ない。
 だがそれにしたって、明らかにこちらに与してくれていた側に、いきなり襲い掛かるとい
うのは如何なものなのか……?
「でも──貴方達は守れなかった。いえ、自分に“力”さえあれば、こんなに色んな後悔を
しなくたって済んだんです」
『……』
 しかし、対する当の由香は頑なだった。あの時の騎士甲冑の姿と同様、キッとこちらを強
く睨み付けるような眼差しが濃くなり、彼女は半ば当てつけように言い返す。
 睦月達は何も反論できなかった。これまでの経緯、彼女自身の不幸の一端に関わってきた
事実も手伝い、只々苦々しい表情を隠し切れずに押し黙る。
「……もう、守られてばかりは卒業します」
「これからは私が──私達が、戦いますから」
 かくしてそんな、突き放したような結びの言葉と決意表明。
 だがこと彼女の放つそれは、単なる“独り立ち”として素直に喜べるような代物では決し
てなかった。寧ろ睦月ら対策チームないし全てのアウター達に対する、宣戦布告と呼んでも
差し支えの無いものだったのだから。


「さて、これから一体どうしたものか……」
 急遽開かれた全体ミーティングの理由は、他でもない七波由香(かのじょ)のこと。
 突然のクラス復帰と、自分達への決別宣言。その日の放課後、皆人は睦月以下対策チーム
の面々を司令室(コンソール)に召集していた。揃い踏みした皆をざっと眺めて開口一番、
この司令官たる彼は珍しく盛大に嘆息をついてみせる。
「話は聞いたよ。七波さんも、随分と大きく出たみたいだね。まぁ半分は僕達の所為……そ
う言われれば、正直否定はできないけども」
 尤も、心底参ったと感じているのは、何も皆人だけに限った話ではない。彼からの嘆きを
次に繋げるように、冴島が残る睦月達のそれを代弁するように口を開いた。ミーティングの
目的は決して愚痴り合うことではなく、今後自分達が如何に振る舞うべきか? その意思統
一を徹底させる為である。
「ですね。すっかり恨まれちゃったみたいですし……。ただこれで、今まで不思議だったこ
とも辻褄は合います」
 明確に声に出し、そう相槌を打ったのは海沙。眉を下げ、その境遇に胸を痛めながらも、
彼女は彼女なりに現状を改めて見つめ直そうとしているようだ。
「すみません……。自分達が、もっと早く報せていれば」
「俺達が、不甲斐ないばかりに……」
「気にするな。もう済んだことだ。実際睦月達も、あの力に呑まれていたしな」
 即ちトリニティ──先日冴島隊B班の面々が“ゆっくり”にさせられ、身動きはおろか筧
達の異変を報せることすらままならなかった一件の原因・正体である。ようやく復帰を果た
した当人らが、随分と縮こまって謝罪をするが、皆人も今更彼らを責めようとは思わなかっ
た。考えていなかった。
 言葉通り、既に事態はもっと先に進んでいる。これから問題になるのは、対処すべき懸案
なのは、これから如何に彼ら三人と対峙してゆくか? この一点に尽きる。
「だけど司令。私にも落ち度はあるわ。あの子の変化に気付いた時点で、もっと介入すべき
だったのかもしれない……」
 加えてそんな中で、自らの責任を強く感じている人物がいた。学園(コクガク)の養護教
諭にして、由香のケア担当・忍である。
 光村先生もチームのメンバーだったんだ……。睦月らはしれっとこの会議に顔を出してい
た彼女に驚いていたが、肝心の皆人はじっと目を細めるだけで何も言わない。おそらくは最
初の段階から、彼女を宛がっていることは承知していたのだろう。或いは他でもない彼自身
が、その人選に関わっていたか。
 忍曰く、母親の拉致殺害事件から一時の逃走、その後の帰宅以降から、彼女が急に活動的
になったように見えたのだという。なまじ表向きは不遇な被害者、無辜のいち少女と見られ
ている分、下手にその変化に水を差すのも難しかったそうだ。担任の旧友──豊川も只々純
粋に喜んで励ましていた手前、また逆張りに抵抗されては元も子もないと考えたからだ。
『そうだな……。切欠そのものは歪んだ形ではあるのだろうが、彼女にとっては前に進んで
ゆく一つの形だったのかもしれない』
 通信越しに映り、そう苦渋の面持ちで語っているのは、皆継以下対策チームのスポンサー
を務める企業連合の長達。今回新たな勢力──筧らトリニティという第三極が出現したこと
を受け、急遽集まってくれていた。忍の、やや感傷的な理由付けにも、彼は一応の理解を示
している。
『だが報告では、筧刑事達も、アウター討伐という点では我々と同じではないのか?』
『条件さえ揃えば、こちらと共同で事に当たるというのも……?』
「難しいですね。彼らは現状、こちらにも敵愾心を見せています。性質としては自分達より
も過激な一団とみるべきでしょう」
「黒斗さんまで倒そうとしたからね……。いやまあ、アウターには変わらないってのは、間
違いないんだけど……」
 他の出席者からは、やはりと言うべきかそんな意見が出た。だが皆人はこれを、やんわり
と迂遠に否定する。睦月も内心複雑ながら、この親友(とも)の見解には同意していた。
 少なくとも現状、彼らと手を組むには“信頼”が足りなさ過ぎる。向こうがそれぞれの喪
失経験に関し、こちらにその一因があると見做している以上、改めて良好な関係を築く事は
至難だと思われるためだ。
「見境なしって奴だな。少なくとも二見先輩に関しちゃあ、カガミンっていう“相棒”がい
た筈だろうによ」
『……』
 たっぷりと間を置き、深くため息をついて。仁はそう続けざまにごちた。
 かつて同じアウターの親友(とも)がいたからこそ、黒斗のような人間と共存している個
体まで倒そうなどという気は起きない筈じゃないのか? 大方そう言いたいのだろう。ただ
現実は寧ろ逆で、彼もまた筧や由香のアウター退治に加担している。となれば、今本人が抱
いているのは綺麗な追憶ではなく、却って全てを翻り、否定するかのような……。
「……あれから、相応の時間が経っているんだ。彼も心変わりの一つくらいはするだろう」
 隊士達からの報告によれば、再び例のアパート──二見の自宅を訪ねてみたものの、反応
は無かったのだという。
 居留守を使われていたのか? 或いはもう既に、筧らと別の拠点に移ったのか? 詳しい
状況は未だ分からない。現在も人員を割いて、行方を追わせているとのこと。
『ふむ……? 彼らが“守る対象”から外れたのは、少し荷が降りたかもしれんな』
『いや、どうだろう。こうして第三極となって戦況を掻き回してくるとなれば、結果的にこ
ちらの負担は増えるのではないか?』
『何より彼らの──トリニティの力は本来、アウターの物だ。公にも禁制となった以上、彼
らの存在が“悪”と見做されても仕方あるまい?』
 あーだこーだ。通信越しのライブチャットで意見を交わし合う企業の長達の様子を、皆人
や睦月以下司令室(コンソール)の面々は暫く眺めていた。
 悪……。そう簡単に括ってしまえれば、割り切ってしまえれば、どれだけ楽だろう?
 彼らと違って自分達は、筧らと浅からぬ因縁(かかわり)があるからか? 時折皆人が突
き放す言い方をするように、実際は情に絆されて、判断を見誤っているだけなのか……?
「どうでしょう。彼らが──筧刑事がそのような力に、溺れるとは考え難いですが」
 彼にしては珍しい、まるで庇うような言動。
 だからこそ睦月達は、思わずこの友にして司令官の方を見遣っていた。「……ともかく、
先ずは彼ら三人の動静を把握する事から始めましょう。改めて今後も、不測の事態に備えて
マークを続けます」若干控え目に、誰にともなく呟くように。皆継以下参加企業の長達に対
して、皆人はそうちらっとこちらを見遣りつつも言う。
「……了解」
「今度こそ、彼らから目を離さないでおくよ」
 それは同時に、睦月以下実働隊の面々に向けた指示でもあった。
 数拍静かに眉を下げた、複雑な表情。次の瞬間には睦月達も、コクリと小さく頷きを返し
ていた。気持ちを切り替えて“次”のステージへと進む。

「あ、お帰り~。今下ごしらえしているから、ちょっと待ってね?」
 時を前後して飛鳥崎東部、睦月達と共にマリアの脅威を取り除いたすぐ後。
 黒斗は自身の繰り手(ハンドラー)が待つ藤城邸へと、一人声を上げるでもなく戻って来
ていた。合鍵を使って中に入り、キッチンに潜ると、ちょうど淡雪が鼻歌交じりに夕食の準
備を進めている所だった。
「……ああ」
 ニコッと花が咲くように、満面の微笑みで振り向き、迎えてくれる彼女。
 何時ものように黒斗は、そう短い返事だけを寄越してリビングに向かおうとした。本来な
らばこうした日々の料理も、使用人達に任せれば済む筈の仕事だった。少なくとも二人だけ
で暮らすには、この屋敷は広過ぎる。
 それもこれも、全ては彼女の両親が幼くして亡くなってしまった事が始まりだった。まだ
小さく、無力な女の子でしかなかった当時の彼女から、親類縁者は容赦なく財産を奪い取っ
ていったという。
 結果残されたのは……この広過ぎる家と、当座の生活資金のみ。
 尤もそれ自体、両親の死によって降りる保険金をギリギリまで受け取れるよう彼女を生か
す為だったようだ。本人には直接伝えていないが、奴らから巻き上げた諸々の証拠からも、
悪巧みを巡らせていたのは間違いない。
(しかしまた、面倒な事になってしまった。これでは淡雪に迷惑を掛けてしまう……)
 肩越しにそんな彼女の後ろ姿、エプロンを着けた上機嫌を一瞥しつつ、黒斗は内心気掛か
りの材料ばかりが増えてゆく。
 言わずもがな、筧達のことだ。確かトリニティ……と名付けられていたか。
 例の衰弱事件を起こしていた個体は始末した。されど、間髪を入れずに同時、またしても
自分達が狙われうる案件が現れては元も子もない。何より戦いを嗅ぎ付けられてしまえば、
最悪“蝕卓(ファミリー)”にも守護騎士(ヴァンガード)達との関係がバレかねない。
「ねえ、黒斗~」
 そんなこちらの内情を知ってか知らずか、台所に立つ淡雪は今日もニコニコと穏やかな日
常を過ごしているように見えた。ふいっと黒斗が、自身のパートナーが出掛けてしまうのは
今に始まった事ではないと理解しているらしく、そう努めて語らずに場を後にしようとする
彼の背中へと呼び掛けてくる。
「? 何だ?」
「例の事件の犯人、見つかった?」
 だからこそ次の瞬間、黒斗は不用意にこれに反応したことを後悔した。本当に何の気なし
に彼女に訊かれたものだから、思わず彼は静かに目を見開いて、振り返ってくる彼女の方を
凝視してしまう。
「……どうして?」
「衰弱事件(こんかい)のことは、私も知っているから。この前、越前先生が搬送された事
件の後、貴方が出掛けちゃったんだもの。調べているんじゃないかな~って……」
 至って真面目に、普段からユーモアというものとは無縁な性格である黒斗からそんな驚き
を見せられてしまえば、確定だと言わざるを得ない。淡雪はフッと苦笑いを零しながら、そ
う一旦料理の手を止めてこちらに近付いて来た。その歩みに吸い寄せられるように、黒斗も
この繰り手(ハンドラー)の下へと、一歩二歩と舞い戻る。
「今回も、貴方と同じ電脳生命体──アウター絡みなんでしょう? 東條さんの時のことが
あるもの。他人事とは思えなくって。事件の裏には、きっと不幸になってしまった誰かがい
る筈だと思うから」
「……安心しろ。その犯人はもう倒された。お前がそいつに何かされるということは、もう
二度とない」
 そっか。間隔をたっぷりと置いてから、淡雪は小さく苦笑(わら)った。何処か哀しげな
その表情は、きっと自身に火の粉が及ばないと判った安心感よりも、事件そのものでまた一
人、不幸な繰り手(ハンドラー)が目を付けられてしまったという憐れみの感情から来るも
のだったのだろう。
「今回の人も、無事に立ち直れればいいのだけど……。東條さんだってあれ以来、すっかり
人が変わってしまったから。記憶が無くなったから、なのよね? あんなに皆をぐいぐい引
っ張っていた人が、今じゃあ他人の視線に怯えて学院にさえ来れないんだもの」
「ああ。個体が実体化する前に、リアナイザを破壊されたからな。仮にそうなれば、吸収の
依存症を含めて、全ての反動が繰り手(ハンドラー)自身に跳ね返る」
「……私達は大丈夫なのよね?」
「心配ない。私のように実体化が──個々の存在として確立された後ならば、リアナイザが
破壊されても影響は出ないからな。大体私の中に取り込むのを、お前だって見ただろう?」
 東條瑠璃子。清風女学院における淡雪の同級生であり、かつてのムスカリ・アウターの召
喚者であった人物だ。今はその個体も事件を聞き付けた守護騎士(ヴァンガード)──対策
チームの面々と成り行きから共闘した末、撃破・消滅してこの世からは失われている。
 もう何度も話した内容だ。黒斗は少し片眉を吊り上げたが、改めてこの少女の不安を取り
除く為にも言及する。「うん、うん……。そうよね……」胸に手を当て、淡雪は小さく息を
整えていた。かつての旧友の事を思い出し、当時のトラウマじみたものが蘇りかけたのかも
しれない。
「……相変わらず、過ぎるほどのお人好しだな。あの女はお前を陥れようとしたんだぞ? 
今だって、いつお前への嫉妬を思い出して凶暴化するか分かったものじゃあ──」
「そこまで彼女を追い詰めたのは、私にだって責任が無い訳じゃないもの。あんな事になる
までにもっと色々お話しできていれば、もっと違った結末だってあったかもしれない」
「……」
 ふるふると若干遮るように首を振る淡雪。黒斗は思わず口を噤み、そんな彼女の自責の念
を観ていた。必要ならば手刀なり何なりで一旦眠らせ、落ち着かせようとさえ考えた。
「だから私は、東條さんが戻ってくるまで待つわ。過去を一切合切否定していたら、私達は
前になんか進めないもの。良い事も悪い事もどっちも合わせて、未来よ。自分に都合の良い
記憶だけを持とうだなんて、虫が良過ぎるとは思わない?」
「淡雪……」
 ただふいっと湧いてきた思いを吐き出した事で、少しはスッキリしたのだろうか。次の瞬
間には彼女は、またニコッと元の笑顔に戻っていた。一度大きく深呼吸をして、気持ち荒げ
てしまった言動をリセット。そっと胸元に手を当てながら、当時の記憶を振り返る。
「ねえ、黒斗は覚えてる? 貴方と一緒に戦ってくれた、キハラ君とシジマさん。今思えば
あの子が、守護騎士(ヴァンガード)とその仲間達だったのよね……。今頃どうしてるのか
しら? 元気かしら? 中央署の一件以来、あまりいい噂は聞かないけれど……」
 彼女としてはまだ“綺麗な思い出”の内に入っているのだろう。ただ一方で黒斗の方は、
内心また妙な方向へと話題が飛んでしまったなと思っていた。
 中央署の一件──プライド達とやり合ったあの戦いか。
 確かにメディアを通じてその存在が明るみに出た後も、彼らはそもそも事件になった片棒
を担いでいたんだとの批判も根強い。何より政府がその実在を認め、共闘を図ると明言して
おきながら、未だにその実現が果たされていないらしいという不満もある。要は秘密主義過
ぎるとの批判だ。結局はあの一件も然り、良いとこ取りだけをしてまた雲隠れするんじゃな
いのか? そういった心証が、少なからぬ市民達の間で燻っているのだろう。
(……外野の声とは、やはりいつだって無責任なものだな)
 少なくとも、自分達の存在が既知となった現在、状況は大きく変わっている。従来のよう
に各個体が好き放題に暴れ回るにはリスクが大きくなり過ぎた。尤もその意味では、実体を
得る為の“影響”を広めるには好都合かもしれないが……。
「黒斗。今回だって貴方は、私の為に犯人を探しに行ってくれていたんでしょう?」
「貴方が強いことは分かってる。でももし、万が一貴方が倒されちゃうようなことがあった
らっ、私は……っ!」
 辟易と追憶。ただそんな一方で、この目の前の繰り手(ハンドラー)は、そう自分が消滅
した時のことを考えて今にも泣き出しそうになっていた。身長差もあり、こちらが大きく見
下ろす格好になっていることも手伝い、彼女はじっと両目に涙を浮かべて顔を上げている。
「……」
 そっと胸元に触れる、淡雪の握り拳。
 黒斗は暫く黙り込んだままこれを見ていたが、次の瞬間何を思ったか、衝き動かされるよ
うにこの背中に手を回していた。
 ぽんっと泣き顔をこちらに押し付け、声を抑え込む彼女。自分でもこの“ざわめき”の正
体が何か判らないまま、彼はそっと慰めるように淡雪へと返す。
「大丈夫だ」
「お前を残したままでは……死ねない」

 所変わり、首都集積都市・東京。旧時代から変わらずこの国の中枢である人口密集地は、
その日も議員達による激しい論戦を内包していた。
 いや……。実の所それらは、そもそも“議論”とさえ呼べないのだろう。其処にあるのは
只々相手の粗を探し、足を引っ張ろうとする者達の目論見ばかり。互いに持てる意見を擦り
合わせ、最善解を導き出そうとする精神は、既に半世紀以上も前から放棄されていた。
「──お答えください、大臣! 件の有志連合との共闘は、今どうなっているのですか!?
政府として公言した以上、彼らに関する情報は直ちに開示すべきです!」
「──先日、H&D社がリアナイザの自主回収を表明しましたが、政府として調査に入るこ
とはしないのですか? 今後の検討は?」
「──先の拉致事件において捕まった、磯崎氏の御息女は? 報道によれば、酷く混濁……
記憶喪失の状態にあると聞いていますが?」
 同市最高機関・国会。その委員会室では、アウターこと電脳生命体達が起こす一連の事件
に対し、政府の責任を問う質問が繰り返し投げ掛けられていた。代わる代わる野党の議員達
が演台に立っては、連日からの同じ要求を浴びせ、これに梅津が淡々と答えている。
「その件に関しましては、目下交渉中につき、詳細は差し控えさせていただきく存じます」
「現在、調査チームの立ち上げを行っている最中です。詳細は後日」
「氏の御息女であること、保護された事実は確認済みです。ただ本人の状態、家族の意向に
より、現状としては詳しい情報は申し上げられません──」
 ふざけるな! 何も答えていないじゃないか!
 だが案の定、のらりくらりとかわす事ばかりの彼に対し、野党席の議員達からは次々に非
難の野次が飛んでいた。中には質問に立った議員本人でさえ、あからさまに不快感を表情に
出して睨み付けてくる者さえいる。
(……梅津さんも、面倒な役回りを引き受けちまったなあ。いやまあ、元を辿れば、全部俺
が引っ張ってきたようなものなんだけど……)
 そんな父の盟友、政治家としても大先輩の彼の姿を、健臣は与党席の一角から心配そうに
見守っていた。
 お互い気心の知れた仲とはいえ、今は公安内務大臣と文化教育大臣──政権の構成員だ。
元より何かトラブルが起これば、その批判の矛先は全て自分達に向かう。容赦なく首を狙わ
れる。政治家とは哀しいかな、そういう生き物だ。
(うーん……。梅津さん、大丈夫ですかね?)
(まあ、いつもの事っちゃいつもの事だから。下手に情報を出せばこっちの“敗け”だろ)
「……」
 ヒソヒソと周りの席で、そう他の幹部や官僚達が耳打ちをし合っている。議場では割合あ
りふれた光景だ。事前に申し合わせ的なことは当然やっているとはいえ、野党も野党でこち
らを倒す為ならば、様々な手を講じてくる。パワーゲーム。そう揶揄して顔を顰めてしまう
のは簡単だが、現実問題としてこれらにある程度乗っておかなければ、進む議論さえも進ま
ない。
 先日、有志連合こと対策チーム──香月から受け取った特殊なリアナイザとコンシェル、
ガネットの能力によって、梅津のSPに紛れていた敵を即座に発見する事が出来た。一時は
どうなることか思ったが、流石はあの彼女の謹製。リアナイザを介して現実に呼び出したこ
のコンシェルの少女が放った炎により、正体を現した怪物は塵となって消えた。他に目立っ
た被害が出なかったことは、本当に奇跡と言っていいだろう。
(あの子は確か、“焼却(デリート)”と呼んでいたっけか……)
 対策チームとの共闘、その条件を満たす為に寄越されたガネット。
 その能力は、本来データの塊、コンシェルであろうと焼き尽くす特別な炎だった。当初先
方が表明していた懸念通り、敵の刺客はすぐにそこまで潜んでいた。仮にそうなってもすぐ
対応できるようにと、彼女が手を回してくれたのだろう。
 正気な話をすれば……ショックだった。まさか本当に政府関係者の中に、怪物達の手先が
潜んでいたとは。これから大層な“大掃除”になるだろうが、改めてガネット越しに彼らを
一人一人検めてゆくしかない。全てではないが、各種データも提供して貰っている。一刻も
早く、こちらもこちらで対応できる体制を整えてゆかなければ……。
(彼らがもっと、協力的であってさえくれれば、こちらも素早く動けるんだろうがな……)
 答弁に立つ梅津はあくまで“大人”な対応に終始していたが、それでも健臣は内心不快感
を覚えざるを得ない。
 全く、こちらの苦労も知らないで──だが実際にそんな事を口に出してしまえば、彼らか
ら袋叩きに遭ってしまうのは目に見えている。政府与党、否政治家。その時点で自分達は、
今やるべきこと・この先手を付けてゆくことについて、真摯に説明を尽くして理解を求めな
ければならない立場にある。たとえ質問過多、批判ありきであろうとも、元より意思が統一
された組織など無いのだから。

『政治とは本質的に、対立である』

 父だったか書籍だったか、いつか何処かで見聞きした覚えのあるフレーズが、健臣の頭の
中で駆け巡っていた。
(小松大臣)
 ちょうど、そんな時だった。梅津さんもそろそろ我慢の限界かな……? そう遠巻きに眺
めて思案していた最中、フッと席の後ろから官房職員がヒソヒソ声で呼び掛けてきた。見れ
ば向こうの総理席から、薫さん──竹市首相がそれとなく目で合図してきている。
 健臣はコクリと小さく頷き返し、答弁台の梅津もこれを視界の端で捉えていた。質問者が
次の議員にバトンタッチするのを見送りながら、彼は一転してその口元に僅かな笑みを浮か
べる。
「梅津大臣、ご質問します。先日貴方がたが、例の有志連合と接触を図っていたというのは
事実でしょうか? 加えて同日、都内で幾つもの車両襲撃事件が起こっています。もし事前
にその危険性を知っておられたのなら、所管大臣としての責任が問われると思うのですが、
如何でしょう?」
 来た──! 当の梅津は勿論、健臣や竹市首相、委員会に出席していた政権幹部の少なか
らずがこの質問に臨戦態勢を取った。委員会に限らず、議事に挙がる質問は予め与野党の間
で調整が行われているものである。ならば事の真相、先のガネット受け取りに際しての交戦
情報が洩れていれば、彼らがこれを利用しない手はないと踏んだのだ。
(普段なら内心、攻撃材料程度にしか見ていないと憤慨している所だが……。ちょうど良い
お膳立てが出来た。頼みますよ、梅津さん……!)
 健臣は心の中で祈る。願わくはそれぞれの思惑、悪意ある者達が掻き乱すこの国と社会を
正すべく、勇気ある者達こそが報われて欲しいと。
 それは今日の今日まで、アウターこと電脳生命体達に運命を弄ばれてきた、名もなき無数
の人々に対してである。有志連合こと対策チームの一員として戦う、香月や息子・睦月達に
対して募る、かねてからの想いだった。
 梅津はその背中で語り始める。質問者と野党、そしてテレビカメラを通じてこの中継を観
ているであろう、国内外全ての関係者・傍観者に向けて。
「……結論から申し上げると、事実です。先ほどからお話しておりますように、我々は先の
記者会見後、いわゆる有志連合との接触を図ってきました。相互に情報交換を進め、この未
曽有の危機に立ち向かう為です。……ですが事件は、その最中に起きました。私が指定場所
に伴っていたSPの一人が、人間に化けていた件の電脳生命体だったのです」
 ざわっ──!? 故に梅津が突如としてぶちまけた証言に、野党を中心とした議員達は騒
然となった。撮影に入っていた各局のクルーらも互いに顔を見合わせ、慌ててフォーカスを
こちらに強めてくる。それらを肌感覚で捉えながらも、梅津は歴戦の弁士として手筈通りの
答弁を続けた。
「しかし問題はありません。我々は有志連合より受け取った力──電脳生命体に対抗する為
のリアナイザと専用のコンシェルを用い、これを撃破済みであります。……お解りいただけ
たでしょうか? 我々も今は、かの怪人達を検知する術を持っているということです。そう
遠くない内に、この技術はより社会の広いシーンに導入されることでしょう」
 つまりはこの委員会、審議がテレビ中継されることを逆手に取った、公への牽制行為その
ものだった。
 いつでもこちらは、お前達を見破れるんだぞ──? 今も尚、現在進行形で市中に潜んで
いる筈の、アウター達への反転攻勢の合図であった。
「撃破……済みだって?」
「倒せるのか? 私達にも、電脳生命体が……?」
 場に広がった動揺は中々収まらない。いや、寧ろその姿を電波に乗せて、見せつけてやる
までがワンセットだ。梅津はニッと哂い、本来の豪胆な性格を取り戻していた。表に出し、
改めてレンズ越しに戒めを解き放つ。
「──自分達だけは大丈夫だなんて保証が、一体全体、この世の中の何処にあるっていうん
だ?」


 それでも時は前へと進んでゆく。事態は更に絡まり合い、望みもせずに拗れてゆく。
「何ですって? ラストが……守護騎士(ヴァンガード)達と共闘を……?」
 飛鳥崎ポートランド地下、“蝕卓(ファミリー)”のアジト。神父然とした人間態のラー
スは、同じく市中から戻って来たグリード及びグラトニーから、そんな聞き捨てならない報
告を受けていた。
 相も変わらず薄暗く、陰気な円卓兼サーバールーム。
 何でも七席の一人・ラストが、先日から暴れていた個体を守護騎士(ヴァンガード)達と
共に倒していたというのだ。加えてあの筧兵悟らも、新たな敵対勢力として力を得て参戦を
果たしたようだ、とも。
「うん、間違いないよォ~。この目で見たもん」
「ま、奴の経緯からして、大方自分の繰り手(ハンドラー)絡みだろう? バレねえとでも
思ってやがるのか」
「……」
 眼鏡越しにやや俯き加減になり、片手で頭を抱えて歯を食い縛り。
 ラースは努めて、直情を声に出さぬよう抑えていたが、その横顔に“怒り”が宿っている
のは明らかだった。眼鏡の奥、その双眸をギリッと血走らせて、このどうしようもなく度し
難い同胞達の身勝手な振る舞いに嘆きを絞り出す。
「……なるほど。先日から相次いでいる、同胞殺しの犯人は彼らだった訳ですか。ラストも
余計な事をしてくれます。只でさえ今は、例の海外組が大手を振っているというのに……」
 シンは中央署の一件があった後、本国のH&D本社から、リチャードを始めとした新たな
幹部達を呼び寄せた。
 表向きその理由は、先の事件で揺らいだ同社への信頼回復と隠蔽工作とされているが──
実際はもっと別の意図が含まれているとラースは考えていた。事実奴らが来日して以来、自
分達七席の立場は明らかに悪くなっていた。真造リアナイザの流通や後続個体の管理、その
強化実験まで。今や組織の実質的な指揮は奴らに奪われている。最早自分達はその補佐役と
して、辛うじて幹部の体裁を守っているだけに過ぎない。
(……シン。私達はもう、不要ということなのですか……?)
 尤もこうした疑念について、明確な証拠があるという訳ではない。これまでの経緯と現在
の状況証拠、何より当のシンが両者の間に燻る不仲に対して、全くの放置を決め込んでいる
らしいとの個人的見立てがあるのみだ。
 七席の司令塔という役割を与えられてきた手前、ラースはそう心の中で思いつつも、下手
に弱音を出す訳にはいなかった。彼自身、もしそんな醜態を晒すことになれば、自分で自分
を許せない。
 ……ただおそらく、自らの予測は少なからず当たっているのだろう。シンはやはり、自分
達を互いに“競わせよう”としている。
 渇望し、その欲求に対して正直になること。
 かつて繰り手(ハンドラー)を介して実体を獲得したように、今度はヒトの精神の大部分
たるそれを。模倣し、我が物として取り込み、更なる高みへと自らを進化させる。それが彼
の、我らが“マザー”が願う望み──。
「で? どうするの、ラース? 筧達もこの際、まとめてぶっ潰しておくに越した事はない
んじゃない? ただでさえ守護騎士(ヴァンガード)だけも、これまで散々手こずらされて
きたんだからさ~」
 一方で円卓の奥、暗がりの中にじっと座っていたスロースが、そう相も変わらず気だるげ
に声を掛けてきた。ラースとグリード、グラトニー。残る場の三人がめいめいに彼女の方を
ちらっと見遣り、代表して彼が眼鏡のブリッジを持ち上げながら続ける。
「……そう簡単に言わないでください。彼ら三人を討伐する為の刺客? 先程も触れました
ように、既に幾人かの同胞らが斃されているのですよ? 生半可な戦闘能力ではおそらく返
り討ちに遭うでしょう。それではどんどんとジリ貧になります。或いは相性的に、適任な能
力の持ち主を選出するかですね。一度我々は、人間社会に疑われています。以前までのよう
に、湯水の如く兵は──」
「問題ない。手ならば、既に打ってある」
 ちょうど、そんな時だった。ふとサーバールームの扉が開錠(アンロック)されたかと思
うと、廊下の向こうから見覚えのある同胞──同じく七席のプライドが顔を出して来たので
あった。
 人間態での通り名を、白鳥涼一郎。
 あの頃と同じく高級スーツを着こなし、颯爽とラース達の立つ円卓へ……。
「はあ? 大元のポカをやらかした張本人が、よく言うわよ」
「おいおい、大丈夫かあ? お前、暫くは身バレし易いから表には出ないって言ってたじゃ
ねえか」
「……二人とも、少し黙っていてください。それでプライド? 貴方の打った手とは?」
 露骨にむくれっ面になって抗議するスロースと、彼女ほどではないが、遠回しにお呼びで
ないと突っかかるグリード。
 ラースも正直な所を言えば不快だったが、そこは敢えて呑み込んで訊ね返した。プライド
は相も変わらず傲岸不遜な立ち振る舞いを崩さず、視線を向けてくるこの四人をザッと見渡
してから答える。
「絶好のキャスティングだろう? あの男には──エンヴィーが既に動いている」

 集積都市・飛鳥崎に巣食う暗部、人目の少ないアングラ区域。
 そんな夜の路地裏の一角で、筧や二見、由香の三人は戦っていた。赤と青と黄、揃いの獅
子を象ったパワードスーツに身を包み、ビル間を飛ぶ蜻蛉(トンボ)型のアウターと人知れ
ず攻防を繰り広げている。
「キシャー! シャアアアアーッ!!」
 呼称するならば、F(フェザー)・ドラゴンフライ。元のモチーフがモチーフだけに、そ
の見た目は最早人間ベースの怪人とは言い難かった。濁った青緑の身体に二対の翅を激しく
揺らし、その度に真空の刃となった衝撃波が辺りを切り刻む。
 戦い始めて早々、空中戦を仕掛けてきたこの個体に対し、筧達は人数差と機動力で立ち回
っていた。この無数の刃を、筧ことブレイズが囮役となって一手に引き受け、剣と騎士甲冑
に纏わせた炎熱で相殺しながら距離を詰めようとしていた。二見ことブラスト、由香ことブ
リッツも、それぞれ左右に展開しながら隙が出来るのを狙う。
「っと! くっ……このっ……!」
「兵(ひょう)さん! 避けるだけじゃなくて攻撃を! 相手にペースに乗せられちゃ駄目
ッスよ!」
「うーん、刃の数が多過ぎるよお。やっぱり直接、あいつに磁力を当てて引き摺り下ろすと
かしないと……」
 彼の動きは、決して悪い訳ではない。ただ如何せん、相手が上空から一方的に攻撃してく
る布陣は何としてでも破りたかった。冷気を纏った杖と磁力球のボウガン。二人は両者の攻
防を視界に捉えながら、筧をアシストすべく動き出す。
「どっ……せいッ!!」
「筧さん! 剣の刃をこちらに!」
 二見が放ったのは、上空のドラゴンフライを巻き込むようにして展開した遅滞力場。由香
がそう呼び掛けつつ連射したのは、筧の炎剣と空中のドラゴンフライ、両方を狙って放たれ
た磁力球だった。
「グアッ!?」
「む? 七波君、これは……なるほど」
 はたしてこの直後、ドラゴンフライと周囲に飛んでいた真空刃は“ゆっくり”な動きと化
していた。そこへ由香の磁力球が本体ないし筧の剣先、双方に引き合う磁極として宿り、必
然的に踏ん張りの利かない前者の方が、彼の方へと引き寄せられる格好となってしまう。
「ふっ──らぁぁぁっ!!」
「ギャバッ?!」
 強烈な引力で、避ける事もままならないドラゴンフライ。
 この蜻蛉(トンボ)型の“合成”アウターはそのまま、待ち構えていた筧渾身の炎剣によ
ってざっくりと斬り付けられた。背中の翅を左半分丸々失い、これでもう二度と空へ飛び逃
げる事は出来なくなる。
「……蟲は蟲らしく、地べたを這いずり回ってろ。二見、七波君、決めるぞ!」
「はいっ! 決めます!」
「ういッス! 全くもう、ちょこまかと飛び回りやがって……」
 剣先を赤くなぞり、或いは青く光る杖を頭上でぐるぐると回転させながら。一方でその隣
に立ち、ボウガンの棒状スイッチを掴みながら。
 描くような剣閃と地を這う氷、ギリギリまで引き絞った巨大雷球がそれぞれに、三色の吼
える獅子頭となって襲い掛かった。この怒涛の必殺技に、対するドラゴンフライは走り逃げ
る間もほぼ無く爆発四散──最期に断末魔の叫びを上げながら消滅する。
「……ふう」
「へへっ。やりましたね、兵さん」
「お疲れ様です。思ったより苦戦させられちゃいましたね」
「ああ。こいつの力を使えるようになったとはいえ、まだ日が浅いからな。俺もお前らも、
場数を踏んで覚えていかなくちゃ……」
 勝利の余韻。だがことこの、筧ら三人の獅子騎士(トリニティ)達には、そんな悠長に構
えている暇はなかった。
 自分達が今、紆余曲折を経て、結局アウターの力に頼っている事は解っている。
 だからこそ一日でも早く全てを終わらせて、この忌々しい力を捨てる。これ以上自分達の
ような人間を生まない為にも、一日でも早く……。
「ええっと。これで通算何体目でしたっけ?」
「十四・五ぐらいじゃなかったかなあ。ただ大事なのは数というよりも、新しい奴を増やさ
ないよう潰してゆくってことだとは思うが」
「同感だな。しかし現状、そこまで俺達も手が回らんな。とりあえずはこいつらの探知能力
に頼ろう。連中を見つけ次第、虱潰しに倒していく。最終的には“蝕卓(ファミリー)”の
本丸自体をぶっ潰す」
『はいっ!』
 取り出した丸型リアナイザ及び、めいめいのカード型デバイスをひらひらと揺らしながら
筧は答えた。獅子甲冑の三騎士・トリニティ。彼らの目的はあくまで、一時的に敵と同じ根
っこを持つ力を借りてでも、これを壊滅させることその一点に在る。
「──ほう? 少し見ない間に随分と様変わりしたじゃねえか。俺達と同じ力ってのは、お
前らにとっては禁じ手じゃなかったのか?」
 勇が突如として姿を見せたのは、ちょうどその最中の出来事だった。暗がりの中から、カ
ツカツと靴音を鳴らし、黒いリアナイザを片手にぶら提げて、そう歪んだ笑みを向けてきて
言う。ハッとその声と姿を認め、筧達は思わず身構えた。アウターと一戦交えた後だとはい
え、タイミングとしては中々どうして宜しくない。
「……軌道修正って奴だ。現状その力が無ければ、俺達はお前らに太刀打ちすることさえま
まならない」
 てめぇ……ッ!!
 自らの仇敵だとすぐに解ったのだろう。二見はギリッと憎しみに目を血走らせ、この堕ち
た唯一人間の七席を睨んだ。一方で由香はと言えば少し違い、必ずしも純度百パーセントの
恨み憎しみだけではない、敵ながら一抹の哀しみも含みつつ彼を見つめていた。ぎゅっと自
らの得物であるボウガンを、両手で静かに握り締めている。
「お前らを全て倒したら、すぐに捨てるさ」
「どうだかな……。まぁそんな事は、どうでもいい。確かにそんな力を手に入れちまったの
は驚いたが、俺にとっちゃあ好都合だ」
 何を──? 筧が仮面の下で、明らかに眉根を寄せているのが分かった。だが勇はそんな
疑問には構わず、手に提げていた黒いリアナイザを持ち上げた。ニィ……と、やはり不気味
なほど仄暗く笑って、彼はその込められた力を解放する。
『READY』
「礼を言うぜ? お前達が“敵”だっていうんなら、こっちも心置きなく殺れる」
『EXTENSION』
 入力したコードは『666』。黒いバブルボールのような光球に包まれ、次の瞬間勇は同
じく、その身を漆黒を基調としたパワードスーツ姿に変えた。
 龍咆騎士(ヴァハムート)──“蝕卓(ファミリー)”七席が一人、エンヴィーとしての
姿だ。スッと黒いリアナイザを持ち上げ、彼は引き続き追加武装の呼出コードを入力する。
『ENHANCE TYRANNO』
 肉食竜の強靭な顎を思わせる、巨大な赤褐色の鋏型アーム。彼は変身後早々に、この主力
級の一つである武器を左腕に装備していた。
 ゆっくりと両腕、拳を前後へと構えながら、大きく腰を落とす勇。
 対して若干身じろぎながら、これに相対さんと辛うじて、横一列に並んでいる筧達。
「ラァァーッ!!」
 くわっと目を見開き、十字且つ溝状に走る仮面の眼を光らせて。
 彼は直後、この三人に向かって突撃した。剥き出しの殺意に駆られ、狂喜に身を委ねなが
ら、古びた石畳を疾走する。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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