日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔114〕

 真っ白な砂の地面と、真っ黒な虚ろの空間。何度も何度もサラサラと朽ちては再生し、朽
ちては再生してゆくイメージ。
『……』
 目を覚ました時、彼女の記憶は失われていた。
 浄化プロセス、個体としてのリセット。さりとてそれは、この冥界(アビス)ではありふ
れた日常に過ぎない。魂を使い回す為のいち工程でしかなかった。深い檻から引き上げられ
た後も、その姿はうら若きとて虚ろな目をしている。
『──素晴らしい。この者には素質がある』
『おそらくは生前、蓄えていた“穢れ”が少なかったのだろう』
『実に清く正しく生き、愛し愛されたのだろう』
 ただ彼女が他と違っていたのは、ひとえに目を付けられたからだった。当時の魂魄楼上層
部、世界の魂(エネルギー)を管理する神々が、彼女を閻魔にすべく働き掛けたのである。
『私が……裁判官に?』
 詰まる所はスカウト、強引な配置転換であったのだろう。
 尤も彼女自身、そんな事を薄々解ってはいた。しかし記憶──己そのものを失い、乏しく
なった今、激しさを増す空虚さを埋められるのならば何でも良かった。……いや、そもそも
一連の引き抜き自体が、そうした者を狙っての事だったのかもしれないが。

 かくして神々に言われるがままに居留、閻魔として道の歩み始めた彼女は、永い時間を掛
けて着実に出世を果たしていった。閻魔と死神、及び冥界(アビス)の存在理由──生と死
にまつわるシステム、世の理と呼ばれるもの。
 尤も既に在る、与えられた「秩序」であろうと、彼女にとってはそれが全てだった。抱い
た空虚さを埋めてゆく日々の中、自らも気付かぬ内に、それらは己の存在意義そのものと化
していたからだ。真面目に務め上げたが故に、総長にまでなった。
「──ヒミコっ!!」
 時は現在。全く変わり映えのしなかった日常が今、大きく壊れようとしている。これまで
疑うことさえも、暇もなかった根本が揺さぶられている。
 キリシマ以下北棟死神隊の面々に捕らわれていた彼女は、その時突入してきたオシヒト機
動長の姿を見、目を丸くしていた。その叫ばれた呼び捨て(ことば)に、一抹の違和感を覚
えていた。
 脳裏の一角にちらついたノイズ。いわゆる既視感(デジャヴ)。
 ただ彼女自身は全くもって判らない。そもそもこれが自分の記憶だとの実感すら無い。
 故に、反射的に抱いた感慨は、安堵でも捕らわれの恐怖でもなく戸惑いだった。しかし現
実に、目の前の彼は必死で自分を助けようとしている。口論(やりとり)も上の空──対す
るキリシマ達を含め、彼らの声が妙に遠くで響いているように感じる。
(……何なの? 私は一体、何者なの?)
 彼女は不意に息苦しくなった。表情(かお)を歪めて、激しい衝動に駆られた。
 もしかして彼は、“私”のことを知っている──?


 Tale-114.終着の地に安寧を(後編)

 すんでの所でアララギの、文字通り“背後”からの奇襲を回避し、オシヒトは引き続きこ
れと対峙する格好となった。キリシマらとの挟撃。先程まで立っていた位置、室内の出入口
をなぞった斬撃上の机や椅子、床板などがごっそりと消滅している。
「くっ、お前か。黒幕直々の登場とは」
「……」
 状況は芳しくない。だが一連の疑惑は完全に晴れた──奴らは黒だ。焦りと怒りの中、尚
も口を開こうとしないアララギに対して、オシヒトは改めて問い質す。
「何故だ? 何故私達を騙した!? 一連の専横も、お前が“楽園(エデン)の眼”に加担
しているからなのか!?」
 ヒムロ達が訴えていた内容に辻褄を合わせようとすれば、今回の一件で彼がレノヴィンの
抹殺を急いだのも、この同組織の危険因子を確実に潰す為だと考えられる。魂ごとその復活
を抑え込むといった目論見だったのだろう。ただ結果論とはいえ、あくまで普通に煉獄へと
収監しておけば、もっとすんなり事は済んでいたようにも思うが……。
 いや、何よりも……長年魂魄楼を欺いてきたことが、オシヒトには許せなかった。長らく
保たれてきた“秩序”を壊したことが許せなかった。彼女(ヒミコ)に手を掛けようとした
ことに、怒りが収まらなかった。
「……奴らに、色々と吹き込まれたらしいな」
 故に次の瞬間、アララギがそう小さく忌々しげに呟いたことで、敵対は避けられないもの
となった。こちらの憤激もまるで意に介さぬよう、ガチリと大鎌を握った手に力が籠る。
「だからこそだ。だからこそあの少年は、一刻も早く処分する必要があった。……いや、厳
密に言えば、奴らの側に寝返ったクロムか。なまじこちらの内情を知っている分、一度私達
と遭遇してしまえば、全ての計画が台無しになりかねない。それにお前の事も、かねてより
警戒していた。実力も地位も、死神衆のナンバー2だからな」
「? 私を……?」
「ジーク・レノヴィンの処分が完了し次第、計画は実行される筈だった。この魂魄楼全域を
掌握し、永年の本懐を果たす時が。だがそこの閻魔長(おんな)の杓子定規な介入と、やは
り抵抗してきた奴の仲間達の所為で破綻してしまった。私達の存在もいよいよ、秘密裏には
出来なくなってしまったらしい」
 まさか“二人揃って”私の障害になるとはな──。
 口を開いたかと思えば、やけに多くを語り始めるアララギの言葉に、オシヒトは一瞬だけ
眉根を寄せた。キリシマ以下彼の部下達も畏れや焦りからか酷く緊張しており、捕われた当
のヒミコに至っては心なしか、目を大きく見開いて戸惑っている。頭に少なからぬ疑問符を
浮かべている。
「貴様ッ……!!」
 言うな! さも押さえ込まんとするように、オシヒトは叫んでいた。ふん、と小さく意趣
返しも含み鼻で笑うようにし、アララギも応じて続ける。
「私は長らく総長をやってきた身だ。知らないとでも?」
 だからこその警戒。だからこそ寸前まで悟られる訳にはいかなかった。いつ反抗してくる
かも不透明な状態を許せば、最悪計画そのものが御破算となる可能性がある。
「……お前達もお前達だ。戦えすらしない女を一人、押さえられんとはな」
「うっ!?」
「そ、それは……」
「申し訳ごさいません……。ならば今、すぐにこの者らの始末を……!!」
 ちらりとキリシマやヒバリ、ヤマダら配下の隊長格達を見遣って、アララギはヒミコを捕
らえておくことさえ完遂できなかった彼らを静かに責めた。
 更には撃ち上げられた《金》の火柱により、この場所も割れてしまっている。楼内の誰か
が異変に気付き、駆け付けて来るのは時間の問題だろう。三人のばつの悪い、必死の取り成
しも空しく、彼の視線と意識は再び身構えたままのオシヒトへと戻る。
「……私はただ、この歪なシステムを正したかった。無に還したかった」
 そうしてたっぷりと数拍。次の瞬間彼がぽつりぽつりと語り始めたのは、大よそ彼が何故
“結社”に与するようになったのか? その動機とも言える内容だった。相対するオシヒト
に、その吐露は半ば自棄糞な説得のようでもある。
「お前も知っているだろう? 私達が担っている魂の再利用(リサイクル)。あれは元より
無理がある。もう限界なんだ。ただでさえ惰性による世界の延命に他ならない営みが、魔導
開放以降更に悪化した。どうして私達が、神を名乗る余所者どもの為に働き続けなければな
らない? この世界そのものが、所詮奴らの“踏み台”でしかないというのに……」
「……お前の事情など知らんよ。あくまで私は、この魂魄楼の秩序を──彼女の守る秩序を
守る。それだけだ」
 尤も当のオシヒトは、眉間に皺を寄せども賛同はしない。引き摺り込もうとするアララギ
の怨嗟とでも言うべき言葉に、彼はそう撥ね付けるように答えた。「機動長……?」キリシ
マらに捕らわれたまま、ヒミコが先刻以上に驚いた表情(かお)をしている。両者の溝は予
想以上に深かった。いや、互いに全く別の方向で頑なであるだけか。
「案の定、聞く耳など持たない、か……」
 するとどうだろう。アララギは深く静かに嘆息をつくと、空いていた方の手でパチンと軽
く指を鳴らした。黒衣のオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)、紛れもなく“結社”が
量産・使役する兵達が、突如として何も無かった筈の空間から現れる。
「ッ!? これは……」
「いよいよ正体を見せたか。だが雑兵如きで、私は止めらんぞ」
「……分かっている」
 だからこそ、次の瞬間彼が取った工作に、オシヒトは抵抗する間もなく乗せられてしまっ
たのだった。「お前達」アララギはキリシマとヒバリ、ヤマダ以下配下の隊長格らにこの兵
達を預けると、この北棟本部棟に攻め込んで来ているジーク達を討つように命じた。
「し、しかし……」
「総長は……?」
 当の彼らは困惑しているようだったが、アララギはこちらの言葉にすぐ従わない部下達に
苛立つ。「……お前達に、この男が倒せるとでも?」三人はぐうの音も出ない。東棟一番隊
隊長、機動長“金剣”のオシヒト。その戦闘能力は楼内屈指の水準、アララギに次ぐ強さを
誇っている。
「閻魔どもはそいつらに任せておけ。用が済めば、何の役にも立たない者達だ」
 させるかッ──!! オートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)達に、ヒミコ以下捕われ
の閻魔らが引き渡されてゆく。オシヒトはそんなやり取りを目の当たりにし、咄嗟に飛び出
そうとしたが、結果的にそれが落ち度となった。振り向いた瞬間、太刀の柄先をアララギに
掴まれ、刹那黒い靄と共に全く別の場所へと転移させられたのである。
「ここは……」
 混乱したのはほんの数秒ほど。これでも楼内を知り尽くす一人であるオシヒトには、自分
が飛ばされた先が何処なのか程なくして解った。北棟の外、高楼の屋根の上。彼はアララギ
と一騎打ちの格好──完全にヒミコやキリシマ達と分断させられてしまったのである。
「しまった! これではヒミコ達が──」
「……」
 ゆらりと背筋に感じた殺気。反射的に《金》の炎剣を振るい、オシヒトは《滅》の大鎌を
振り下ろさんとするアララギを一旦振り払う。
 飛び退いて、間合いを取り直した両者。さりとて睨み合いはそう何時までも続かず、やが
てくわっと見開いた目、屋根瓦を蹴ったと同時に斬り結び──。


「撃て! 撃てーッ!!」
「絶対に逃がすなよ? 今度こそ仕留めろ!」
「くそっ、何て荒れ模様だ! どうしてこんな時に限って、魔流(ストリーム)が……?」
 ジーク達を再び楼内へと送ったルフグラン号を落とすべく、死神達の追撃は更に激しさと
執拗さを増していた。擦った揉んだの末に何隻かの大型船を引っ張り出し、大挙して背後眼
下から、次々に砲撃や矢を加えている。
「そんな事は後回しよ! 愚痴っている暇があったら、もっとしっかり舵を握りなさい!」
 面々の指揮を執るのは、ヒサメとニシオ、サヘイら北棟の隊長格達だ。一度は遠征時に同
号を制圧しようとアスレイ以下守備組を攻め立てるも、駆け付けたシンシアらの加勢によっ
て敗北。一時はクラン・ブルートバード側に捕らえられていた三人である。
 足は確保した。後は奴らとの空中戦を制するだけだ。
 しかし現状は尚も、船の周りを囲んでいる有翼の魔獣達によって、こちらの攻撃は尽く落
とされてしまっていた。一体どんな人間が操縦しているのか? ただでさえ機体制御が途轍
もなく巧い者が舵を握っていると思われるのに、このままでは逃げ切られてしまう……。
(……そうよ。こんな事で手間取っているようじゃあ、姉さんには到底──)
 ヒサメは同北棟四番隊隊長、ヒバリの実の妹である。但しその姉妹仲はこれまで決して良
好とは言えず、彼女はいつも優秀な姉に見下されながら生きてきた。同じ死神の道を選んだ
のも、姉に追い付きたかったからだ。認めて貰いたかったからだった。
 しかしそんな奮闘に奮闘を重ねるほど、現実は彼女にそっぽを向いてきた。空回りし続け
てきた。冷たい態度で臨まれるその原因が、あくまで本人がアララギに熱を上げているため
だったのだが……当のヒサメには知る由もない。焦りも重なり、こちら側の船を操作する下
っ端の死神に辛く当たる。もうこれ以上、失敗する訳にはいかない……。

「ああ、もう! しつこいなあ!」
 一方でルフグラン号ブリッジ内。エリウッドと共に操縦桿を握るレジーナは、社員兼部下
たる技師組の面々らと必死の逃避行を繰り広げていた。機体の周囲を有翼の魔獣──ジーク
が“煉獄”から連れ帰って来た元囚人達が守ってくれてはいるが、それも過信はできない。
いつまで続くとも限らない。後方下方からの砲撃、死神達からの追撃の手は、尚も執拗に断
続的に撃ち込まれている。
「どわっ!?」
「ゆ、揺れる……」
「しゃっ、社長! 副社長! 何とかならないんですか!? こっちも撃ち落したりは出来
ないんですか!?」
「旋回すれば反撃ぐらい出来るだろうけどね……。でもイセルナさん達の方針通り、僕らが
これ以上彼らに手を挙げるような真似は拙いかな」
 半分昔の“空帝”モード、目付きや口調はいつもの物腰穏やかな応答。
 右に左に、忙しなく操縦桿を切るエリウッドは、そう巧みに死神衆達からの砲撃を避けな
がら技師達に言った。「そりゃあ、まあ……そうッスけど」「だけどこのままじゃあなぶり
殺しッスよ!」彼らも解っていない訳ではない。ただこれまでの経緯、仮にジーク達が無事
に目的を果たして現世に帰還した後も、従来通り“生者”として暮らしてゆけるかどうかは
怪しい所がある。ただでさえ“結社”との戦いが何年も続き、およそ平穏な日々とは縁遠く
なってしまっているというのに。
「元々の火力差を考えれば、容易いんでしょうがねえ……」
「向こうさんの心証が余計に悪化しちゃいますからね」
「悪化も何も、実際もう敵対しちゃってるのになあ……」
 ぶつぶつ。これ以上余計なドンパチ、実害を“魂魄楼の人々”に加えるべきではないこと
ぐらいは彼らも解っている。こちらの狙いはあくまで、そんな人々を騙し、煽っているアラ
ラギとその息の掛かった側近達を追い出すことにある。
 ただ……そう懸命に説得しようとしたとして、はたしてどれだけの者がこちらの言い分に
耳を貸してくれるのだろう?
 もう一人のリーダー、閻魔総長ヒミコなる人物と上手く接触できれば良いが。
 文字通り最後の作戦は時間との戦いだ。何としてでも両者を切り離し、この過剰に膨れ上
がった対立を終わらせる……。
「くっ。流石に地の利は向こうにあるか」
「どうする、エリ? 一旦現世まで逃げちゃう?」
「距離を開けるという意味では、確かに有効かもしれないが……。そこまで離れると転移に
不安が残るぞ? ジーク君達を回収できなければ元も子もない」
 あーだこーだ。操縦桿の固さと立て続く震動に耐えながら、レジーナとエリウッドは何か
打開策はないかと話し合っていた。広大とはいえ、空間が限られている以上、いつまでも同
じ空域(フィールド)で追いかけっこが出来るとも限らない。肝心のジーク達団員側の帰還
が不確かになってしまうが、それも一度撒いてさえしまえば舞い戻ることだって……?
『──ッ!?』
「な、何?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。必死の逃走劇を演じていたブリッジの計器群に、船内の
設備棟からの信号(シグナル)が点灯して音を鳴らした。示すのは転移装置──誰かがこの
ルフグラン号へと帰還して来たことを意味する。
「誰だ? 誰か戻って来たのか?」
「何かトラブルが? まさか、皇子達が失敗した(ひいた)んじゃあ……?」
「──っ。いえ」
 レジーナやエリウッド、ブリッジ内に居た技師達が慌てて確認する。船内の面々に連絡を
取り、返ってきた答えにその一人がにわかに興奮、ぱあっと笑顔を浮かべて告げる。
「ハロルドさん達──アルス皇子です!」

 時は少し前、ジークやマーロウ達が煉獄から脱出を果たしたすぐ後に遡る。
 天上層・神都(パルティノー)入口。霊界(エデン)から戻って来たアルスとエトナ、ハ
ロルド達は、イセルナらと合流すべく此処を後にしようとしていた。
『……』
 ただその住人、生き残った神格種(ヘヴンズ)達の態度は未だ冷たく頑ななままである。
 無理もないだろう。自分達の指導者でもあったゼクセムの死と、ルキ一派の叛乱、加えて
長らく世界樹(ユグドラシィル)に封印されていたマーテルの消滅が口外されかねない──
神の威光が一層失墜しないかと恐れたためだ。
 ひとえに保身。故に最初、彼らはアルス達を引き留めようとしたが……結局はそう長く、
強くは出られなかった。当のゼクセムがその権限を託した本人達であるために邪険には出来
ず、何より事実としてルキらの叛乱を撥ね返してくれた。卵が先か、鶏が先か? そもそも
迷い込んで来さえしなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。
『さっさと往け』
『分かっているとは思うが……。口外すれば、身の保証はせんぞ?』
 だからこそ、結局彼らは感謝よりもプライドを選んだ。信仰の低下は避けられない。なら
ばせめて、もう二度と来るな。そう向き合うアルス達に向かって言外に告げる他なかった。
 半ば追い出すような格好──当のアルスやエトナ、ハロルド以下救出班の面々も、そんな
複雑な内情を察していたからこそ、あくまで恭順に振る舞おうと努めた。直接弁明して拗れ
ても、目下幾つもの懸案が浮かぶ中でメリットは皆無なのだから。
『どうも、お世話になりました』
 想像とはまるで違っていた、遥か天上の“神の都”。
 只々そう頭を下げ、一行は転送リングでルフグラン号へと帰って行った。此方に迷い込ん
だ際、アルスの分は動作しなくなってしまったため、リンファが二人の手を取ってその転移
の光に引き入れて貰う。

「──いやあ、無事でよかった」
「もう一時はどうなることかと……。あ、ハロルドさん達を信じてなかった訳じゃあないん
ですけどね?」
 設備棟からブリッジに繋がる連絡路へ。出迎えてくれた技師達と共に移動する道中で、船
内に戻ったアルスらはこれまでの状況をざっと聞かせて貰っていた。
 曰く、魂魄楼内部の協力者──死神衆のいち隊長となっていたマーロウの存在や、一度は
投獄されるも脱出。蘇生を果たした兄・ジークと元脱獄囚達。今回の黒幕たる死神総長アラ
ラギの正体を白日の下に晒し、その暗躍を阻止する為の決戦が既に始まっていること。
「よがっだ……! にっ、兄ざんば、無事だんだね……?」
 故に未だ本人と再会できてもいない内から、ボロボロと泣き腫らすアルス。エトナも苦笑
いを隠せずに笑い、ハロルド達も安堵に胸を撫で下ろしていた。リンファやオズも一緒にな
り、静かに涙を拭っている。茜色のランプ眼をしきりに明滅させていた。
「それにしてもマーロウがねえ……。妙な因果だよ。ジークも魔獣をぞろぞろ引っ張って来
たって話じゃない? 一体何がどうなってんの?」
 さあ……。続いてエトナも問うてくるが、対する技師組の面々も生憎はっきりとした理由
など知らないし、分からない。本人ですらも把握していないのだから。
「というか、それをあんたが言うかね」
「少し見ない間に、随分と大人びたっつーか、格好が変わっちまってるし……」
 がやがやと、皆が歩きながら話し込んでいる。アルスもその列の中、仲間達の流れに加わ
りながら、にわかに大挙して入ってきた情報を咀嚼していた。
 如何せん気掛かりなことは幾つもあるが、特に不可思議だったのは兄・ジークに付随する
現象についてだ。
(魔獣が味方……。以前にもステラさん絡みで、そういう事件はあったけど……)
 何でも皆の話では、脱出途中の煉獄内から連れて来たのだという。本人に自覚は無いらし
いが、どうやら兄が手懐けたらしい。
(まさか、兄さんも……?)
 心を通わせ、正気に戻した?
 それは自分にも起こった、あの奇妙な“覚醒”と同じ──?
「あ! おかえりー!」
「って、エトナちゃん? 何かはぐれる前と感じ変わってなくない?」
 ただそうこうしている内に、一行はブリッジに着いていた。アルス達が戻って来たとの報
告を受け、操縦を他の技師と代わったレジーナが明るんだ笑みで迎えてくれる。
「ま、まあ……」
「詳しい話はまた後で……」
 当の相棒(エトナ)と共に、アルスやハロルド達は思わず互いに顔を見合わせては苦笑を
返す。こちらもこちらで色々と大変だったが、今立ち向かうべき・優先すべき課題は目の前
に広がっている。
 ブリッジの操縦席、ないし左右に詰め込まれた計器群から、この飛行艇の背後より死神達
の追跡が続いていることが窺えた。ヒサメやニシオ、サヘイ以下追っ手らの大型船が飛んで
来ているのが見える。
「……あいつらは」
「さっき言ってた、一度アスレイさん達が倒した相手だよ。こっちで情報を引き出そうと捕
まえてたんだけども、逃げられちまって……」
「今の所は副社長の操縦テクと、外の魔獣達のお陰で、大きなダメージを貰ってはいないん
ですけどね……」
 技師組の面々、ないしレジーナやエリウッドが少なからず心苦しい表情(かお)をする。
 実際の所はただ援軍と好機が重なり、逃げの一手が上回っている状況なのだ。このまま時
間ばかりが延びれば、ジーク達の帰還を待ち続けていれば、いずれ航行が不可能になるほど
の一撃を浴びてしまうかもしれない。
「……何とか追っ払えないの?」
「出来てたらとっくにやっているでしょ。火力はあっても、下手に刺激すれば、イセルナさ
ん達の作戦が余計に難しくなりますもの」
「マスターガ……心配デス」
「何とか、私達も助力に向かえないだろうか?」
「可能は可能だが……今はもう、何処に転送して(おろして)も敵陣の真っ只中だ。みすみ
す死にに行くような真似を、僕達の独断でさせる訳には……いかないなっ!」
 どうすれば? ミアやシンシア、オズにリンファ。エリウッドは険しい表情のまま、また
何度目かの舵を切った。機体は大きく左旋回し、飛んでくる死神衆からの砲撃を立て続けに
回避する。手近な物を掴み、皆が揺れに備えて踏ん張るそんな中、アルスはふと何かに気付
かされたかのようにハッと顔を上げた。
「? アルス?」
「……何だろう、これ? いきなり情報の、量が……」
 相棒からの問いかけにも、思わず彼は眉を顰めて意識を集中させていた。集中せざるを得
なかったからだ。
 アルスの眼、感覚には、再び魔流(ストリーム)が“視え過ぎ”ていた。無数の、まるで
中空に漂う波間のような魂(エネルギー)達の奔流に、アルスはぐるぐると現在進行形で流
れ込んでくる光景を受け止める。
 世界そのものが、色彩を減らしてスローモーションに陥るような感覚。遠く高所へと向か
って分離してゆく反応群が、大きく二つあった。
 一つは、交じり合う“怒れる”感情がちょうど二人分。剣戟の音からして戦いだろうか?
 もう一つは、やや小さめな一人の“恐れ”を囲む、幾つもの無感情。これにはアルス自身
にも覚えがあった。
 そうだ。これは“結社”のオートマタ兵。大きい方は狂化霊装(ヴェルセーク)か。
 魔導によって創られた存在とはいえ、同じ命。魂が宿っている筈なのに、まるで自由意思
を感じられない、冷たく蓋をされたヒトの形──。
「レジーナさん」
 故に次の瞬間、アルスはレジーナら技師組の面々に空間転移を頼んでいた。にわかに様子
のおかしくなった自分を、心配そうに覗き込んでくる仲間達に、今自分達がすべきことを急
ピッチで組み上げると伝え出す。


(しまった──!!)
 魂魄楼東部、ヒムロ隊こと東棟十番隊隊舎。
 副官ハイバラらの反撃に遭い、半ば戦意を失いかけていた彼だが、合流して来たアマギ・
シズル隊の加勢によって危機は脱せられたように思えた。しかしその直後、隊舎の周りを別
な隊の面々に包囲され、ヒムロ達は再びピンチを迎えてしまう。
『……??』
 だが真っ直ぐこちらへと向けられ、一斉に放たれた筈の弩や投げ槍といった攻撃が、一向
に自身や仲間達の下へと降り注いで来ない。思わず手で庇を作り、防御していたヒムロ達だ
ったが、程なくして様子がおかしいとゆっくりその構えを解いてみる。
「あばっ!?」
「な、何……で……?」
 はたして攻撃を受けていたのは、相手側だったのである。副官ハイバラや十番隊残党、つ
い先ほどまでこちらを倒し、捕らえようとしていた面々ばかりが、この新手の死神達の強襲
に倒れて白目を剥いていたのである。
 ……どういう事だ? ヒムロやアマギ、シズル、及びその連れられた部下達が困惑する。
 とりあえずは助かったようだ。本を正せば自分達の“裏切り”が原因な分、彼女達には悪
いことをしたなと思う。念の為警戒は緩めず、隊舎を囲む塀から降りてくるこの死神隊達に
剣先を向けたまま、じっとその出方を窺う。
「大丈夫でしたか? ヒムロ隊長」
「アマギ隊長と、シズル隊長も。ご無事で何よりです」
 しかし対する当の死神達から発せられたのは、先程の第一声とは明らかに違った、こちら
を敬うような物腰だった。構えた得物はスチャッと下げられ、言葉通りこちらに対して友好
的な態度を取ってくる。
「お前達は……??」
 ヒムロ達とは別の、北棟の死神隊だった。つい先刻まで“煉獄”の出入口にてジーク以下
脱獄囚らを押さえるべく、本部の指示で包囲網を敷いていた筈の面々だったのである。
「北棟十六番隊、カシワギです」
「同じく二十二番隊、フロンです」
「皆さんは知らないかもしれませんが、例の侵入者達が脱獄をしてしまったのですよ」
「前代未聞ですが……それよりも大変な事が。もしかするとアララギ総長は、自分達を騙し
ていたのかもしれんのです」
 見覚えはある。確認を込めた若干の誰何と、一見仲間割れの如きこの攻撃の意図。
 ヒムロらの問いに、彼らは代わる代わる話し始めた。自分達が少し前まで就いていた任務
と、そこで目撃した総長アララギの異変。黒く禍々しい靄と共に現れた空間転移と、舟すら
使わぬ空中浮遊。かの“結社”の元使徒クロムが、自分達に向かって叫んだ彼の正体。
 曰く戸惑いはしたが、それでも疑惑は晴らさねばと皆で話し合ったのだという。どちらに
せよ、姿を消した死神総長もとい“死長”アララギの行方は追う必要がある。
 もし万が一にも、彼が本当に自分達の──魂魄楼全体にとっての「敵」となるならば、一
致団結して戦おうと決意したのだと。
「……そんな事が」
 静かに眉根を寄せるアマギ、或いはシズル達と顔を見合わせ、ヒムロはそう大きく目を見
開いて衝撃を受けている。
 確かに少し前、楼内全域に当のアララギ本人による放送が入っていた。ちょうどハイバラ
達とやり合っていたため、じっくりと耳を傾けている暇は無かったが……。なるほど、これ
でようやく一連の状況が噛み合った。あれは上層部、アララギ側が追撃を強める為の放送で
はなく、自身の正体が明るみに出かけた焦りと反撃の一手だった訳か。
 例の侵入者──ジーク・レノヴィンは復活した。
 いち死神、魂魄楼の守護者としては本来大失態なのだろうが、少なくとも状況はこちら側
に傾き直りつつある。事実、期せずしてこう心強い味方を得られたのだ。ハイバラ達の手当
ても、併せて行う必要はあろうが、これでようやく少しは彼らの力になれる。
「貴方達を、賊軍扱いしてすみませんでした」
「どうか一緒に、この危機を乗り越えましょう」
「……ああ!」
 是非もない。ヒムロ以下三人及びそのめいめいの副官、連れて来た部下達は、快諾してコ
クリと頷いてみせた。善は急げだ。すぐにクラン・ブルートバードと合流しよう。
「? うん?」
「ッ!? あれは……」
「金色の……炎?」
 ちょうどそんな時だったのだ。にわかに大連合となったヒムロ達の視界の向こう、北棟本
部棟の一角から、激しい《金》の火柱が噴き上がるのが見えたのは。

 時を前後して、クロムとダン、案内役のクチナシ姉弟。
 対アララギのヒミコ奪還作戦とは一時別行動を取った四人は、ヒムロら三隊長の無事を確
認すべく、楼内市中へと潜入していた。
 先ずは最寄り──北棟本部に最も近いアマギ隊、東棟三番隊隊舎へ。
 道中こちらに気付いた死神達が、何人か攻撃を仕掛けてきたが……クロムの《鋼》とダン
の《炎》で早々に蹴散らした。もう下っ端の兵程度では太刀打ちなどできなかった。
 敵を分散させられれば、それこそイセルナやジーク達の援けになるかもしれないが、今自
分達が行おうとしている目的を踏まえるに、徒に発見されるリスクを増やす意味はない。と
にかく急ぎ三人を見つけ、本隊と合流する方が先だろう。
「──何だよ。こりゃあ……」
 しかしいざ三番隊の隊舎、アマギが足を運びうるであろう現場に到着した時、既にそこは
もぬけの殻だった。彼本人は勿論、部下たる隊士らの姿すら無い。ダンが思わず呟き、クロ
ムがじっと眉根を細めている。ハナとヨウがアマギ達の名を呼び、辺りを探してみはするも
のの、敷地内は不気味なほど静まり返っていた。
「もう既に、厳戒態勢に駆り出された後だったのだろうか?」
「隊の皆さんは、その可能性はありますね」
「という事は、アマギ隊長はここに来ていない……?」
「或いは本人がそいつらを抱えて出て行った後、かもな。本丸の警備を見るに、あいつらも
戦力強化が要ると考えたっておかしくはねえだろうし……」
 そっとその場に屈みながら、誰にともなく言葉を返すダン。
 尤も彼の発言は実の所、希望的観測と呼んでしまって良かった。クロムも姉弟も、それは
重々解っている。
 敷地内はあちこちが荒れ、何より争ったような形跡がある。
 隊長たるアマギと、これを“裏切り者”として粛清しようとした副官以下元部下達──。
四人の脳裏に、最悪の事態が過ぎる。
「……残るお二人の隊舎を当たってみますか?」
「そうだなあ……」
 たっぷりと沈黙を挟み、訊ねてくるヨウ。ダンとクロムは少し迷った。
 ヒムロは東棟十番隊隊長。シズルは同七番隊隊長。即ちここから更に遠く、ジーク達から
今以上に離れることになってしまう。再び他の死神達に見つかってしまう可能性はその分増
す筈だ。一応倒せない訳ではなかろうが……やはりアララギ一派以外との戦いは避けたい。
「仕方あるまい。他に心当たりはないのだから」
「ああ。もしかしたら未だ、どっちかに居るかもしれねえしな」
 迷っている暇は無い。半ばクロムに促されるようにして、ダンは立ち上がると来た道を戻
り始めた。クチナシ姉弟もこれに続く。虱潰しだ。正直期待値は低いが、可能性が残ってい
る以上賭けてみるしかない。
『──』
 だがちょうど、そんな時だったのだ。隊舎を去ろうとしたダン達四人の行く手を遮るよう
に、巨人族(トロル)と思しき大男の死神と、その側近らしき男女及び幾人かの死神達が姿
を見せたのだった。特に前者は、特徴的な羽織を上に引っ掛けている。
 隊長格……!? ダンとクロムは思わず身構えた。ハナとヨウも、その見覚えのある姿に
驚愕の表情を見せる。
「ド、ドモン煉獄長!?」
「煉獄長?」
「って事は、まさか……」
「はい。西棟一番隊隊長“百獣”のドモン。煉獄の警備を司る方です。となると、そちらの
お二人は、副官のサヤ隊長とフーゴ隊長……」
 何でこった。クチナシ姉弟が矢継ぎ早に伝えてくる情報に、ダンは思わず頭を抱えた。隣
ではクロムが、拳や頬に硬質化を走らせ始めており、すぐにでも両者がぶつかりそうな気配
がする。
 もしかしてなくても、ジーク達を追って来たのか?
 迎え撃つか? ダンは思案したが、他の下っ端達とは訳が違う。自分達はこんな所で足止
めを食らっている場合じゃないってのに……。
「……」
 だがそうして身構えるものの、当のドモン以下西棟の死神達は、一向にこちらに仕掛けて
は来なかったのだ。じっとこちらを見つめてはいるものの、攻撃というか明確な害意らしき
気配すらも読み取れない。
「クラン・ブルートバードだな?」
「ちょいと、面貸せや」
 戸惑いを隠せない、ダン以下別働隊の四人。
 そんな彼らに、ドモンは面々を代表してぽつりと口を開く。

「本部に侵入されたぞ!」
「戻れ、止めろ! これ以上踏み込ませるな!」
 魂魄楼北棟兼閻魔衆本部、決戦の最前線。ジークが白菊の反魔導(アンチスペル)で防御
結界を破った事により、イセルナ以下クラン・ブルートバードの仲間達は一挙に此処へとな
だれ込んだ。
 内部に居た死神達。防衛線を突破され、慌てて戻って来る死神達。わらわらと駆け付け、
一行にとっては挟撃の格好になってゆくものの、その目指す先は一貫して変わらない。彼ら
を何とか不必要に傷付け、殺めることがないよう、ジーク達は最小限の回避と反撃でもって
奥へ奥へと進んでゆく。
 先刻外から見えた、屋根をぶち抜く《金》の火柱。機動長オシヒトの色装。マーロウ達の
話によれば、ちょうどあの辺りが閻魔衆の普段詰めている区画──各法廷が並ぶエリアなの
だそうだ。総長ヒミコも、同じくその何処かに居る可能性が高い。
「うおおおおーッ!! がはっ?!」
「この先は通さ──げばっ!?」
「退けッ! 退けってんだよ! お前らとやり合う心算はねえんだ!」
 二刀やサーベル、斧や矛の腹で受け流し、ジークやイセルナ以下団員達は突き進む。
 急がなければ。こうして騒ぎが大きくなってゆく一方な以上、当の本人らが別の場所に移
ってしまうのも時間の問題だ。
「そこまでよ!」
 だがちょうど、そんな最中だった。一行の行く手を遮るように、新たに死神隊の兵力が立
ち塞がる。ジークとマーロウ、及び元十六番隊の残党達が思わず目を見開いていた。あの面
子を率いている、三人の隊長格には見覚えがある。
「あいつらは……」
「? 何だい、ジーク? 知っているのか?」
「北棟のヒバリ隊長、キリシマ隊長、ヤマダ隊長です!」
「アララギ総長に近しい隊長格──側近だよ」
「皆、あの女に気を付けろ! 奴のオーラはガスに化ける! 迂闊に近付こうモンなら、窒
息させられてアウトだ!」
 並走するシフォンの問い掛けに、隊士達やマーロウが応答を被せた。彼を含めた仲間達の
表情が険しくなる。アララギ配下となれば、倒さないという選択肢は無い。
「一度はやり合った──やられた相手だ。下がっててくれ。奴らは俺が片付ける!」
 舐めるな! 言って突出してゆくジークに対し、当のヒバリも怒声を上げて《窒》のオー
ラを練り上げた。廊下を満たし、味方である筈の他の死神達さえ巻き込んで気絶させてゆく
その強引さ。……副団長が来なかったのは幸いだったな。ジークはキュッと唇を結んだ。も
しこんな室内で《炎》とぶち当たれば、間違いなく引火して大爆発していただろう。
「逃がしはしない! 此処で貴様らを仕留める!」
 だが彼は努めて冷静であったのだ。迫り来る《窒》のガス状オーラに、ジークは落ち着い
て右手の紅梅を鞘へと納刀。続いて懐から脇差型の六華・緑柳を取り出すと、自身の髪に同
じ色の侵食を来たしながらもこれを“完全解放”する。
「──閉ざせ、緑柳」
 はたして次の瞬間だった。ピッと刃先を向け、そう持てる能力を振るった刹那、彼女や近
くにいた他の死神達が、亀甲型を組み合わせた翠の結界球の中に閉じ込められたのだった。
 即ち誰でもない、彼女の《窒》のガス状オーラが、瞬く間に内部で行き場を失い……。
『ッ!?』
「これは……」
「幾ら自分の色装(のうりょく)でも、こう密閉されりゃあ無事じゃ済まないだろ。二度目
は通用しねえぞ? 時間は十分に空いてたんだ。考えてない訳、ねえだろうが」
 当の本人、ヒバリもまた、その施された意図にはすぐに気付いたようだった。慌てて能力
を解き、得物の短剣でこの結界を破ろうとしたが……相手は聖浄器だ。そう容易く壊せる筈
もない。寧ろ結界球自体はジークの操作でじわじわと縮んでゆき、ガス状オーラは霧散する
所か逆に濃くなる。「あ……ッ、ガッ……?!」既に窒息していった死神達に続き、やがて
彼女もまた、白目を剥いてその場に崩れ落ちてしまった。
「……対策されていたか」
 思わず躊躇う部下達を前に、キリシマとヤマダ、残る二隊長が苦々しい表情(かお)を見
せる。
 先に動いたのは、ヤマダの方だった。粋がるなっ!! 自身の《肥》──自我を持つ悪食
の鎖鉄球(モーニングスター)をぶんぶんと振り回し、続いて仲間達に叫ぶジークに向かっ
て投げ放つ。
「まともに戦ってる場合じゃない。狙いは俺だ、こいつらは俺が引き受ける!」
「団長達は早く先へ! 長引くほどこっちが不利になる!」
「させるかよッ!!」
 一瞬こちらを見たが、イセルナ達は刹那の判断で左右に散開。迫って来る《肥》の一撃を
避けて再び前に向かい始めた。ヒバリと同様、場に居合わせた末端の死神達の犠牲など気に
留めることさえせず、ヤマダの放った現出型能力は彼らを文字通り“喰らって”瞬く間に巨
大に成長した。大きく鋭い牙だらけの口を開き、ジークを一呑みにしようとする。
「ぬんッ!!」
「な──」
『何ぃぃぃぃーッ?!』
 だがこれを、対するジークはその二刀で真正面から受け止めていたのだった。仲間達は勿
論の事、周りの死神達が驚愕の叫びを上げている。「……てんめえ」返ってきたのは、そん
な静かな憤怒。話には聞いていたが、本当に味方を犠牲にしてきやがった。
「ふ、ふふふ……! 無駄だ、無駄だ無駄だ無駄だ!」
「俺の相棒は、他人のオーラを喰って成長する! このままてめぇも、その馬鹿力ごと食い
破ってやらあ!」
 だからこそ最初は慌てたヤマダ。しかし自らの能力に絶対の自信を持っていた彼は、これ
幸いとそのまま押し切ろうとした。事実ジークから溢れる《爆》のオーラは、ガジガジとこ
の牙を持つ鎖鉄球(モーニングスター)に齧られている。
「……うる、せえっ!」
 にも拘らず、当のジークは寧ろその練り上げるオーラを増やしたのだった。轟と辺りが震
えるほどの膨大なオーラ量でもって、彼はこの《肥》の鎖鉄球(モーニングスター)を摂食
限界を越えて破壊。反動でヤマダ自身にも大ダメージを与えて吹き飛ばす。
「ガアッ?!」
『や、ヤマダ隊長ーッ!!』
 盛大に後ろの壁に激突し、めり込んで白目を剥くヤマダ。或いは一瞬何が起きたのか理解
すら追い付かず、思わず絶叫する死神達。
 ただ一方で残るキリシマは、次の瞬間には青白い雷光を纏って消え失せていた。《鳴》の
色装(のうりょく)による生体電流により、目にも留まらぬ速さを得て、撃破直後のジーク
の首を狙って斬撃を打ち込もうとしたのだ。
「──」
 しかし、その寸前でジークもまた接続(コネクト)。瞬きすら許されない時間の中で、ち
らっとこちらを一瞥したかと思うと、この加速よりも更に速い身捌きによって逆に彼の背後
へと移動。懐へ滑り入るように柄打ちを叩き込んだのである。
「ガッ──?!」
 信じられない。キリシマはさもそんな驚愕の表情のまま、為す術も無く自身もまた吹き飛
ばされていた。総長アララギに最も近く、忠誠心篤い隊長格。《鳴》による速度重視の肉体
強化は、他の隊長格達すらもまともに対応できない領域であった筈、なのだが……。
(速い……!? こっ、これが、肉体を取り戻したジーク・レノヴィン本来の力? いや、
それだけでは説明が付かない。もっと何か、別の要因が掛け合わさったような……?)
 実時間にして、ほんの数秒。
 周りの死神達はおろか、先に進もうとしたイセルナ以下仲間達でさえ、彼の目にも留まら
ぬ早業に唖然としているようだった。魂魄楼の守護を司る北棟死神隊。その中でも選りすぐ
りの面々が、ほぼ瞬殺と言っていいほどに倒されていたのだから。
「……うん。何だか前に比べて身体が軽くなったな。リミッターが外れたっつーか……」
 これも一回死んだからかな? ははは、と自嘲めいて苦笑(わら)うジークに、敵味方を
含めた皆々が暫し言葉を失っている。
 ただそれでも──ヒバリやキリシマ、ヤマダ達はまだゆっくりと立ち上がっていた。一人
は酸欠、一人は殴打、一人は反動ダメージといった風に様々だが、三人ともあっという間に
ボロボロになりながらも尚戦おうとする。
「……このまま、負ける訳にはいかないのよ。アララギ様は、私達に倒せと仰った」
「然様。あの方は我々にとって唯一無二の導き手。我らが忠節を尽くすべきお方……」
「何なんだよ。てめぇらは何なんだよ!? 俺達はあの人の創る、新しい仕組みの下で、絶
対的な優位を手に入れるんだ!」
 言い換えれば個人的な思慕、忠誠と利益。ジークやイセルナ達は黙して見遣っていた。
 ヒバリは知っていた。魂魄楼でも数少ない、総長となったアララギの永年の苦悩とその果
てに見た救済(こたえ)。彼の力になりたい。彼に見捨てられたくない……。
 キリシマとヤマダも、彼女ほどではなかったが、大いに疑問を持っていた。有力な地位に
登り詰めれば詰めるほど、既存の“秩序”には救い難い欠点が見える。そもそも一度死した
魂を再利用(リサイクル)するなど、誰が頼み、誰が望んでいることなのか……。
「……知らねえよ。そもそもてめぇらがやらかしてきた、悪事の言い訳になんぞなりはしね
えだろうが」
 うおおおおおおおッ!! 最後の抵抗。この三隊長は四方八方から、一斉にジークに向か
って襲い掛かる。
 ジークは見上げた。少しだけ時間がスローモーションになったような気がした。
 だが、そんなものは幻で。刹那の醜い悪足掻きで。
 次の瞬間、彼らを斬り捨てていたのは、精霊融合──冷気を纏う飛翔体に変じたイセルナ
だった。或いは生体電流で加速したグノーシュであり、黒い《荷》の剣で頭上からこれを重
くして押し潰した、マーロウの剣技だった。
『……』
 凍て付き再び叩き伏せられた、ヒバリとキリシマ、及びヤマダ。
 死神総長アララギの側近とも言える三人の隊長格は、こうして遂に破れるに至る。

「団長、マーロウさん。そっちはどうでした?」
「駄目だね……こっちには居ない。そっちは?」
「同じくもぬけの殻、と言った所ですね。他の職員などはちらほら残ってはいましたが」
 元より無駄に戦いを、殺生を重ねる心算はない。
 キリシマら三隊長が敗れたさまを目の当たりにし、戦意を喪失してしまった末端の死神達
を早々に捨て置き、ジーク達は詰め所区画の中を急ぎ手分けして捜索した。
 だが所々、室内にまだ残っていた末端の閻魔や巡回の警備要員などを除き、そこに目的の
閻魔総長・ヒミコやその側近たちの姿は無かった。一通り順繰りに各部屋を確かめて回り、
合流した面々は、当初の目算が盛大に外れたことに対して徐々に焦り始める。
「ジークさーん! イセルナさーん!」
「何だか、ドンパチやった後っぽい部屋が見つかったよー!」
 辛うじて発見できたのは、黒焦げになって不自然に机や床などが抉れた、会議室の一つで
あった。中は同じく既にもぬけの殻ではあったものの、天井に盛大な穴が空いていることか
ら、外で見えた火柱の出元だと考えて良い。
「やっぱり、私達が着くのが遅かったんでしょうか?」
「その可能性が高いだろうだな。問題は、彼女達が何処に行ったのか? だが……」
「心配なのは、オシヒト機動長もだな」
「少なくとも此処で、奴らとやり合ったのは間違いなさそうですからねえ」
「本当に一体、何処に消えたんだか……」
 うーん。流石にジーク達は、いよいよもって分からなくなってしまった。
 《金》の火柱の出元、オシヒトが、此処で何らかのトラブルに巻き込まれていたのは確定
したと言って良いだろう。そもそも彼が“味方”についてくれたのかまでは怪しいが。
 肝心のヒミコは、アララギ達に移動させられた後だと思われる。探そうにも追おうにも、
今からでは時間が掛かってしまう。長居は無用だ。その間にも死神達が追い付いて来る可能
性は十分にある。
 完全に当てが外れた。次は一体、何処を探せばいいのか……?
『──さん。兄さん』
 だがちょうど、そんな時だったのだ。ジーク達が皆腕組みをして悩んでいた次の瞬間、聞
き覚えのある声が、にわかに面々の耳に響いてきたのである。
 兄・ジークは勿論の事、場の仲間達がぱあっと表情を明らめて顔を上げた。精霊伝令だ。
間違いない。いつの間にかよく見れば、自分達の周りを小さな光球──精霊が飛んでいる。
 これを通じて彼の声が、天上層・神界(アスガルド)へと流されてしまっていた筈のアル
スの声が、攻防の最前線に立つ面々の下へと届けられていたのだった。
『兄さん、イセルナさん、マーロウさん。皆、聞こえる?』
『状況は把握してるよ。皆、僕の指示に従って?』


 魂魄楼北部外郭、点在する高楼の上。
 瓦造りの屋根を伝って足場とし、オシヒトとアララギは目まぐるしく且つ激しく打ち合っ
ていた。大鎌と太刀、互いの得物がこちらを捉えないよう、繰り返しこれを押し留める攻防
が続いている。
「ぬんッ、ぬんッ、ふんッ!!」
「くぅ……っ!」
 アララギが振るう《滅》の大鎌は、相手を攻撃ごと消し去れる能力を持つが、その得物の
種類が故にどうしても大振りになりがちだ。一方でオシヒトの《金》の炎は、アララギを含
めた幽冥種(ホロゥ)全般に対して特効を持つ反面、直撃しなければ効果は薄い。剣撃に纏
わせながら放つそれも、間合いに入った瞬間に抉り取られて打ち消される。
 互いの技量及び、色装(のうりょく)同士の相性。
 強制的な空間転移の末、二人はこの高楼の天辺で一騎打ちを演じていたが、共に相手に対
して決定打を与えることが出来ないでいた。大振りの鎌、その刃は《金》の炎で牽制され、
一方でその特殊な炎も《滅》が発揮する特性でもって届かずにいる。
「……何故だ? 何故貴様は、そこまでしてこの魂魄楼を庇う? あの女を──前世の妻で
あるヒミコの魂を、こんな不毛なシステムに囚われたままで良いと言うのか? 自他共にあ
のような“秩序”に延々と従い続けるなど、思考停止だ! 奴隷のようなものだ! 貴様は
只管再利用(リサイクル)され続ける魂達を見て、何とも思わないのか!?」
 互いに拮抗──いや、停滞する戦況。
 もう何度目になるか分からない弾き弾かれをしながら、アララギは苛立つように吼える。
「……同じ事を言わせるな。お前の都合で何もかもひっくり返すなど、許されない」
 ただ対するオシヒトはと言えば、変わらず淡々とこの大鎌の斬撃をいなし続けるのみだ。
 時折《金》の炎を撃って距離を空けさせ、撃ち込まれる得物の刃以外の部分に剣先を捻じ
込ませ、いよいよ本性を現してきたこの黒幕たる男の主張を撥ね付ける。
「確かに私達は、とうに死んだ人間だ。だがあの再利用(リサイクル)があったからこそ、
私はヒミコと再会することが出来た」
「たとえ彼女が私を憶えていなくとも、私は彼女を守る。彼女がこの秩序を愛し、守ろうと
するのなら──」
「それがヒトを、あの女を囚われさせる原因だと、何故分からん!?」
 尤も相手の主張に耳を傾けようとしないのは、アララギとて同じだった。あくまで自分の
範疇を守り、淡々と。再び《滅》の大鎌を振るってくる彼に対し、《金》の炎を追随させな
がらの剣先を滑り込ませる。いなして前進、すれ違いざまに一閃を加えようとする。
「っ……」
 激しさを増す打ち合い、かわし合い。
 オシヒトからの斬撃を身を捻って回避し、お返しだと言わんばかりに掬い上げるような位
置からの鎌先を。
 再三再四。オシヒトもこれを、上体を逸らしつつかわし、地面を蹴りながら《金》の炎で
反撃。バック宙の要領で改めてアララギと間合いを取り直すと、巻き戻るようにまた彼の下
へと太刀筋を運んでゆく。
「この世界は所詮、創られたものだ! 外側の人間どもの箱庭(おもちゃ)でしかない! 
始めから生死のサイクルに意味など無いのだ! この世界のヒトとは、成り立ちからして悲
劇そのものなのだぞ!?」
「だから……壊すのか。私よりもずっと、年上だとばかり思っていたんだがな」
 大鎌の湾曲と太刀の刃。両者の得物が間近でぶつかり、空気が軋むような鍔迫り合いが行
われる。
 先程から叫び、吐露されるアララギの理由。但し当のオシヒトは静かに辟易していた。眉
間に寄せた皺は普段と変わらない──気持ち割り増しでさえあるように見えたが、彼の返す
回答(こたえ)は何時だって冷め切っている。
「この世界も、他の世界も何も、生きるとは元来そういうものだ。意味など始めから用意さ
れてはいない。私達それぞれが、自ら生き抜いて見出す。それだけのこと……」
「……頑固者が。だから悲劇なのだと言っている!」
 押し返して横薙ぎにした大鎌。オシヒトは寸前で跳び退き、消滅する足元の瓦屋根を、視
界の端に映していた。中空で《金》の炎を放つが、やはりこの《滅》の能力の前では、すぐ
に一閃の下に掻き消されてしまう。
 アララギとオシヒト、両者の溝はかくして全く埋まることはなかった。戦闘能力云々とい
った面ではなく、その価値観において。永続的な「死」によってようやく救われると考える
彼に対して、あくまでオシヒトは「生」きる中でしかそれは見つけられないと答えた。
 曰く、魂がリセットされれば元も子もないのだと。
 だからいっそ、死んだままなら幸せだとでも言うのか? それは逃げだろう。何も感じて
いない、考えていないことと同じではないか……。
「正直言って、がっかりだ。総長ともあろう者が、そんな破滅願望と持っていたとは……。
裏切られた思いだよ。そんな内心で総長を務めていたのか? 少なくとも今回の一件がある
まで、私は絶対的なリーダーとして、お前に尊敬や畏怖の念を抱いていた」
「……元より、信用などしていないさ」
「魂達の悲鳴が、少しでも減ってくれればいい。私が“結社”に与するようになったのは、
ただその一点のみだ。“大盟約(コード)”の消滅──とはいえ、全てが消えて無くなって
しまえば、我々は根本的に救われる」
「……そうか」
 オシヒトはその実、諦観を当初より色濃くしていた。元より様々な事象に対して“諦め”
をもって受け入れることを多く選んできた彼ではあったが、その根本に在ったのはあくまで
彼自身がヒトというものを信じてきたからだ。生まれ変わった魂達が、今度こそ幸せな一時
を過ごしてくれればと願うからだった。
 努めて、静かに太刀を正眼に握り直して。
 残念だが、これがショウ・アララギの本音なのだろう。その任務柄、現世での“結社”の
暗躍についても少なからず耳には入っていたが、彼らとて必ずしも一枚岩ではないらしい。
 彼らの云う大命。
 しかし目の前のこの男は、仮にその“閉界(エンドロォル)”が結果的に防げなかったと
しても、それはそれで構わないのだという。
「お前に……本当に守りたいと思うものは無いのか!?」
「とうに死に尽くした! そんな拘りこそ、魂に刻まれた一過性のデータだろう!? 秩序
(システム)を守護しようというのに、そんな基本的な事さえ解らぬか!?」
 アララギに引けを取らず、オシヒトもまたやがて叫んでいた。内側からずっと込み上げ続
けていた義憤(いか)りが、その《金》の炎剣を振るわせる。対するアララギも、黒塗りの
《滅》の大鎌を振り上げて突撃してくる。
 霞むような、猛烈な殺傷の応酬だった。互いに近距離で得物を振るいながら、その一撃は
中々相手の肉体に届かない。激情に任せて打ちつけているようで、その実恐ろしいまでの精
密さで再び攻防を繰り返している。
「──ぐっ?!」
 しかし今度はこの打ち合いが、はたして決着を付けるに至った。周囲の空気を軋ませるほ
どの攻撃のやり取りの末に、遂に片方の得物が一瞬の隙を縫って弾き飛ばされたのだ。
「詰み(チェックメイト)だ」
 押し切られたのは──オシヒトだった。
 吹き飛んでしまった太刀の行方を追う暇さえなく、彼は直後アララギから《滅》の大鎌の
先を向けられた。首筋へと巻き付けるように、湾曲した刃が冷たくザラリと添えられる。
「……この役割に繋がれれば、貴様もいずれ解るようになる」
「私達は皆、虚ろで出来ている」
 一旦刃を頭上背面に持ち上げ、この最大の障害に止めを刺そうとするアララギ。
 仮に尚も抵抗しようものならば、オートマタ兵達に連れて行かせたヒミコを人質に自由を
奪う心算でいた。実際当のオシヒトの側も、自分が倒れればそうなることを理解しているよ
うな向きさえあったからだ。
(むっ……?)
 だが異変が起きたのは──その時だったのである。
 何故か身体が動かない。まるで腕や背筋、全身の筋肉という筋肉が“凍て付いて”しまっ
たかのような。
(……まさか!?)
 いつになっても振り下ろされない大鎌の刃。当のアララギ本人は勿論、片膝をついていた
オシヒトも異変に気付いて顔を上げる。
 此処は楼内中心から大きく外れた塔の上だ。物理的に敵対側の援軍が駆け付けて来るには
時間が掛かる。それでも次の瞬間、彼が恐れていた事態ははたして“頭上”から襲い掛かっ
て来たのだった。
「どぉぉぉー、りゃあああーッ!!」
 ジークだった。他でもない忌々しきレノヴィンの片割れが、突然の《凍》で動けないアラ
ラギの大鎌に向かって、その白菊を完全解放をした姿でもって急降下。現出型の能力、オー
ラの塊である彼の《滅》を、反魔導(アンチスペル)によって打ち砕いたのである。
「ぐうっ……!?」
 粉々になって空中に舞う、漆黒の鎌だったもの。或いは愕然とする真向かいのオシヒト。
 完全解放状態になったジークは、前髪を白に侵食されつつ刃を振り下ろしていた。首元に
巻かれた同色のマフラーと、脇差を握った右手と一体化する半透明な結晶の籠手。
 色装(のうりょく)を解除された──対するアララギもすぐに、一体自分に何が起こった
のかを理解した。まだ破壊から再生成までの間隔が短過ぎる。反魔導(アンチスペル)の効
果範囲から逃れる為にも、彼は半ば反射的に大きく跳び退いて下がっていた。若干の衝撃が
残る利き手を守りつつ、されど次の瞬間、更に響き渡った声にこの黒幕は思わず我が耳を疑
った。ハッとなって空を仰ぐ。
『オシヒト機動長! 聞こえますか!?』
『閻魔総長ヒミコ様は、僕達が保護しました! もう大丈夫です!』
 遥か頭上に浮かび、忙しなく旋回を繰り返す光球──アルスの精霊伝令。彼とエトナ、ハ
ロルド以下天上から帰ってきたばかりの面々は、魔流(ストリーム)越しに彼が視たヒミコ
らの移動先へと転移。オートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)達を叩きのめしてこれを助
け出していたのである。
 驚くオシヒト、或いはアララギ達。
 加えて気付けば、辺りには二人を囲むように援軍──有翼魔獣や雷光纏うジヴォルフ達の
戦車(チャリオット)に乗り込んだダンやクロム、クチナシ姉弟にドモンら西棟死神隊、ヒ
ムロら三隊長とその配下の隊士達に、イセルナ以下クラン・ブルートバードの面々が大挙し
て飛んで来ていたのだった。想定以上の数に、流石のアララギも目を見開き、言葉を失って
しまっている。
(まさかこいつら、全員裏切りを……?)
 そのすぐ正面間合いの際(きわ)に、ズザザッと盛大に着地して、瓦屋根を吹き飛ばしな
がらジークはようやく動きを止めた。
 援護する仲間達。程なくして次の瞬間、この復活を果たした皇子はキッと顔を上げると、
一連の元凶たるこの死神に向かって咆哮を放つ。
「……見つけたぜ、アララギ」
「今度こそてめえを──ぶっ倒すッ!!」

スポンサーサイト



  1. 2020/03/10(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)せっつく気持ちと病の類 | ホーム | (企画)週刊三題「堅心」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1207-c9c17b81
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (205)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (116)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (55)
【企画処】 (510)
週刊三題 (500)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (9)
【雑記帳】 (419)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month