日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔52〕

 時は睦月達が、八代もといキャンサーを倒した後の事。白昼堂々、勇はやや遠巻きの位置
から学園(コクガク)を覗いていた。じっと微動だにせず、物陰から半身を覗かせている。
「……」
 七波由香を巡る攻防は、同じく彼女を狙う別個体らの襲撃により、当初の思惑から大きく
外れてしまった。延びてしまった。
 下調べによると、あの女は一時行方知れずになった後、また保健室登校に戻ったらしい。
 ならば同じ場所を──グラウンドに面したあの一室を狙えば、もう一度始末するチャンス
はある筈だ。
(ただ……)
 とはいえ一方で、気になることもある。同じく下調べをしていた際、市中の“同胞”達か
ら奇妙な噂を聞いていたからだ。何でも『ここ最近、筧の姿が見えなくなった』とか、或い
は『また同胞が一人、また一人と消えていっている』らしいとか。
 少なくとも後者に関しては、今に始まった事じゃない。また守護騎士(ヴァンガード)達
が、手当たり次第に首を突っ込んで狩っているのだろうと思ったが……それにしては奴らの
動きに目立ったものが見られないのは何故か?
 筧兵悟の件も気になる。十中八九、七波由香の方が当人に報せなかったのだろうが、結局
自分が目論んだ策に奴は乗って来なかった。寧ろ後になって知り、彼女と接触して家まで送
ったとみた方が自然だろう。
 何か不穏な動き──。そんな情報もあって、勇は再びの襲撃に対して慎重を期していた。
 大体もって七波由香の転入とその後の動き自体、守護騎士(ヴァンガード)とその仲間達
による“根回し”である。となれば学園(コクガク)内部にも、工作員の類が居てもおかし
くはないだろう。警戒すべき戦力が潜んでいる可能性は否めない。七波由香一人を殺す。そ
の目的自体は、龍咆騎士(ヴァハムート)のアクセルでも使えば強行突破できなくもないだ
ろうが……リスクは大きい。こちらが変身した時点で察知はされるだろうし、今後突きうる
チャンスも減る。となると、やはり在宅時を狙った方がいい。
 ただそれも、自分が七波沙也香を“始末”したことで、一家の住処として殆ど機能しなく
なってしまった。警戒の兵、当局の人員が今も交替で張っているようだが、当の由香本人は
まともに帰って来てすらいないようなのだ。
(……どいつもこいつも)
 俺の邪魔ばかりしやがって。勇は内心ずっと、怒りや焦りが綯い交ぜになったその感情に
苛立ちを覚え続けていた。苛立っている自分自身にも、しばしば害意を向けたくて仕方ない
時があった。
 どうしてだ? お前は何故、俺という“仇”に反撃しようとさえしない? 自ら向かって
来ることすら選ばない? どのみち俺もお前も、今更「普通」の「日常」には戻れない筈だ
ろうが。自分の意思で茨の道を選んだのだろうが。何を呑気に、奴らが設えた安寧の中に閉
じ籠もっていやがる……。
(それにしても。妙に浮付いてるな。何かあったっけか?)
 少なくとも当の標的(ターゲット)、向こうから積極的に動こうという様子は無さそうだ
った。一方で先ほどから覗いている学園(コクガク)の敷地内では、あちこちでトンカンと
工作の音が聞こえる。屋台らしき木組みを運んでいる生徒達の姿が見える。
(……そうか。そう言えばそろそろ、文武祭の時期だったな)
 だからこそ勇も、ややあってその理由に気付き出して。自身も前年と前々年、いち学生と
して玄武台(ブダイ)のそれに関わっていたからだ。祭りの準備をしながら、当時まだ中等
部生だった弟・優との記憶が蘇る。

『へえ、凄いなあ……。話には聞いていたけど、そんなに大きなお祭りなんだ?』
『ああ。玄武台(うち)だけじゃなく、飛鳥崎中の学校が集まるからな。先輩に聞いても随
分盛り上がってたみたいだぜ? まぁうちは基本、スポーツ系の大会になっちまうんだろう
けど……』
 記憶の中の弟は、そうやってニコニコと笑っていた。まだ野球部に入る前、進学先の高校
すら決まっていなかった頃だ。思えばあの時もっと、あいつに合った学校を見つけてやれて
いれば、あんな死に方はしなかったのかもしれない。元々お世辞にも、バリバリの体育会系
という訳ではなかったのだから。
『それでも、だよ。いいなあ。僕も参加したいなあ……』
『はは。お前も進級すれば、クラスでやるだろうさ。それまでのお楽しみだな?』
 只々家から近かったから。選んだ理由は先ずそこからで。
 でも根っこの優しかったあいつには、スポ根という名の閉鎖的なセカイは合わなかった。
奴らの秩序と自らの良心、さぞ辛かっただろう。俺達もあんな最期になるとは考えもしなか
った。あいつの平穏な日々と笑顔を、奴らは平気で奪いやがった。悪いのはさも、そこに小
さくとも疑問を呈した弟の方だと、反省すらしなかった……。

「──」
 要らぬ感傷だな。
 されど勇はすぐに、そんな過去の記憶から意識を現在(いま)に戻すと、再び敷地内の様
子に集中し始めた。だってもう……あの頃には戻れないのだから。殺した者、殺された者。
本当の意味で“取り返しのつかない”ということを、彼は否応なしに知っている。
 かつての平穏だった頃の記憶。同時に自分達を置き去りにしてでも、こうして現在進行形
で前へと進んでゆくばかりな、歳月というものの無慈悲さ。無常さ。
 状況としては、依然として宜しくはない。文武際の準備が本格化すれば、今以上に七波由
香をピンポイントで狙い討つのは難しくなるだろう。
 それでも──勇はやるしかなかった。
 七波由香と筧兵悟、そして守護騎士(ヴァンガード)。彼女らを殺す、これまでのけじめ
をつけるしか、もう残された道は無かったのだから。


 Episode-52.Brothers/罪の生みの親達は

「行くよ、睦月君!」
「はいっ! ここで……止めます!」
 飛鳥崎市内の東側、とある並木道の一角で。
 睦月と冴島は、ロードワーク中と思しきジャージ姿の男性を襲った、件の衰弱事件の犯人
たる怪人(アウター)と相対していた。半金属・半生物。無数の配管状のラインが全身に走
った、ラバースーツに覆われたような個体だった。鉄仮面の両耳には白い小さな羽の装飾、
胸元のロザリオを模した機構。全体的に女性型であるようだ。
「……オ前達ハ」
 EXリアナイザと調律リアナイザ。二人は懐からそれぞれ専用のツールを取り出し、この
“敵”を倒すべく構える。視界の端で召喚主の姿を探すが、それらしい人影は見当たらなか
った。何処かに隠れている──いや、もっと別の場所にいるのか。
「来い、ジークフリート!」
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 國子や仁隊、海沙・宙達も急行してくれてはいるが、彼らを待っていては逃げられる。
 二人は同時に守護騎士(ヴァンガード)姿に、或いはジークフリートを呼び出して先制攻
撃を仕掛けた。睦月は銃撃の基本武装を、冴島はこのコンシェルに炎の剣を引っ下げさせて
突撃させる。
「ッ……!」
 だがそんな最初の一撃は、対する女性型アウターが展開した翼によって防がれた。咄嗟に
背中から広げ、自身を覆うように前方へ包んだ白い壁は、ジークフリートの炎剣と睦月の銃
撃のエネルギー弾を押し返す。
 一瞬、二人は少し目を見開いたように見えた。だがそれも数拍の事だった。
 ぐるんと、受け止められた反動を利用して、冴島はジークフリートの半身を一旦回転させ
た。勢いをつけて続く剣撃を翼と翼の隙間に捻じ込もうとし、睦月も地面を蹴りつつ、EX
リアナイザにペッカー・コンシェルの連射力を付与しながらこの側面に回り込む。
「その人から──」
「離れろ!」
『ELEMENT』
『RAPID THE PECKER』
 つまりはちょうど、この女性型アウターを横っ腹から吹き飛ばす格好。
 睦月も冴島も、先ずは襲われたこの男性を、彼女から引き離そうと試みていた。既に昏倒
しているとはいえ、このままでは自分達の戦いに巻き込んでしまう。保護・回収は、合流し
て来た仲間達に任せれば良い。
「グゥ……ッ!?」
 下からすくい上げられるような一閃と、間髪入れずに撃ち込まれる銃弾の連撃。
 女性型のアウターは思わず大きくよろめき、目論見通り男性から大きく引き離された。だ
が彼女も彼女で、そのままでは転ばず、次いで彼の足元からずいっと進み出て来た二人に対
し、今度は甲高い絶叫のような音波攻撃でもってこれを阻む。「ぐえっ!?」「睦月君!」
慌てて冴島が、ジークフリート経由で吹き飛ばされかける睦月を掴み、一旦距離を取った。
互いにダンッと地面を殴りつつ、再びこの衰弱事件の犯人へと立ち向かってゆく。
 戦いは最初、二人の側に分があるように見えた。二対一という数自体もそうだが、何より
こちら側のインファイトに対し、当の女性型アウターは終始押されているように見えたので
ある。
 なまじ長年の付き合いのある間柄ではない。コンビネーション──片方が押さえ、もう片
方が攻撃する。入れ替わり立ち代わりの連携攻撃に、女性型のアウターは確実に一発一発を
貰っていった。翼を展開する防御を捻じ込もうとはするが、何度も同じ手は食わない。羽が
一対しかないのを確認した上で、ならばと背後・側面から斬撃を叩き込む。火花が散る。
「アッ、ガッ……!!」
 どうやら今回の犯人、このアウターはそこまで直接戦闘が得意という訳ではないらしい。
ちらっと互いに目配せをして、されど二人は警戒を緩めない。
 戦闘能力に、それほど多くのリソースを割いていない。
 という事はつまり、この個体は寧ろ──。
「ヌウンッ!!」
 はたして二人の経験値、戦いにおける勘は当たっていたのだった。こちら側からの連撃の
隙を縫い、彼女は突如としてザッと手をかざしてきた。何か来る……! 咄嗟に睦月と冴島
は詰めようとしていた間合いを、次弾の手を止め、構える。だがそれが結果的に、それまで
の戦況を変えてしまう切欠となったのだ。
「──ッ?!」
「どうした、睦月君!?」
「いえ。今何だか力が……。それより冴島さんも、ジークフリートが……」
 錯覚だろうか? 一瞬睦月は全身の力が抜けるような心地がした。思わず身体が大きくふ
らつくさまを見て、傍らの冴島がハッとなって叫ぶ。
 しかし睦月も睦月で、彼とその召喚中のコンシェル・ジークフリートに起こり始めた異変
に気付いていた。ザザザッと、実体化されたその姿にノイズが混じり始めている。
『大変だよ! マスター、志郎! 二人の生体エネルギーが、あいつに吸われてる! この
ままじゃあ変身も召喚も維持できなくなっちゃうよ!』
「何……?」
 その正体──次の瞬間、EXリアナイザ内のパンドラが二人に向かって叫んだ。電脳の存
在である彼女の目には、現在進行形で二人の力がこの女性型アウターに吸い取られてゆく流
れが視えていた。胸元のロザリオを模した宝石状の機構。紅く輝くそこへ、驚いている間に
も次々とエネルギーは流出して行っている。
(……そういう事か!)
 故に、睦月と冴島は合点がいった。今回の衰弱事件はやはり、このアウターの能力による
ものだということを。
「だったら──」
 パンドラの言う通り、実際問題ぼんやりと突っ立っていればこちらの負けだ。変身や召喚
を強制解除されてしまえば、こちらの戦力は大幅減となる。ならばそうなる前に、一気に片
を付けるまでだ。
『GIRAFFE』『DEER』『GOAT』
『SHEEP』『RABBIT』『MOUSE』『SQUIRREL』
『ACTIVATED』
「っ!」
『ZEBRA』
 睦月はEXリアナイザのホログラム画面を操作し、急いで黄の強化換装・ジィブラフォー
ムへと変身し直した。鮮やかな黄色を基調としたパワードスーツ姿と、頭部に生えた一対の
巻き角。両肩のモフに装甲表面の、濃い黄色と黒の縞模様。エネルギーの出力に特化した、
電撃の力である。以前“救世主(セイバー)”のアウターを破った姿だ。
 こいつも吸収系の能力を持っているならば、同じようにその限界以上にぶち込んでやって
パンクさせればいい筈。
 らぁぁーッ!! 激しい雷光を纏う棍棒を振り上げ、睦月はこの女性型アウターに攻撃を
加えたのだが……。
『むー君、駄目!』
『そいつのエネルギー、もっと別の所に流れてる!』
「!?」
 インカム越しの通信から、海沙の声が聞こえた。自身のコンシェル・ビブリオによる分析
を行いながらの警告だ。
 事実、睦月が得物の棍棒による連打を叩き込んだものの、対する女性型アウターは微動だ
にしていなかった。シュウウウ……と、電撃の余熱こそ上がっていたものの、彼女は敢えて
この攻撃をがっしりと受け止めて自身の肩に引き寄せ──より至近距離で睦月のエネルギー
を奪おうと目論んでいた。
『離れるんだ、睦月! それでは奴の思う壺だ!』
 司令室(コンソール)の皆人も続けて叫ぶ。こちらでもリアルタイムで、敵の能力を解析
しようと試みている。確かに奪われたエネルギーの流れは、単純にこの個体自身に流れてい
る訳ではないようだった。ただの吸収ではなく、何処かへ転送されている……?
『青野、エネルギーの流出先を! こいつ自身の弱点は、もっと別の場所にあるのかもしれ
ない!』
 了解だよ! 通信越しに皆人は海沙や他の仲間達とやり取り・指示を飛ばし、少なからず
焦りながら、再び正面のディスプレイ群を仰いだ。画面にはジィブラフォームの過出力が効
かないこのアウターに驚き、動きを止めてしまっている睦月の姿が映っている。
「睦月君!」
 冴島が、ノイズの走るジークフリートに鞭打ってこれを救い出そうとした。だが決死の覚
悟で飛び掛かっていったその実体と炎剣は、文字通りこの吸収能力を前にして遂に消し飛ば
されてしまう。召喚が強制解除された反動で、調律リアナイザを握る冴島の手と身体が大き
く弾かれた。よろめいた。
『……拙いな。いきなり主戦力でぶつかったのが、逆に不利になったか……』
 皆人は眉間に皺を寄せて呟く。ディスプレイ群には召喚を解除され、或いは散々にエネル
ギーを吸われてよろめく睦月の姿が映っていた。或いはこの女性型アウターの、胸元で光る
朱いロザリオがちらついている。
 もしかしてあれが、奴の吸収・転送の要──?
「見つけたぞ。お前が犯人か」
 だがちょうど、その時である。皆人が画面越しに戦いの一部始終を見ていた次の瞬間、現
場の道向こうから聞き覚えのある声が響いた。カツ、カツと靴音と杖を鳴らし、見覚えのあ
る姿が睦月と冴島、女性型アウターの方へと近付いて来る。
「……君は」
「黒斗、さん……?」
 骨と皮ばかりの羊頭を覗かす、黒いローブに身を包んだ一体の怪人。
 藤城淡雪の執事・牧野黒斗ことユートピア・アウターの姿だった。尤も今回は始めから人
間態ではなく、本来の怪人態としての姿である。
 間違えよう筈もない。睦月と冴島がその声に気付き、振り向こうとするのも待たず、彼は
ブゥンッと黒く大きな力場を出現させていた。反動ダメージに尻餅をついていた冴島や、敵
に得物を捉えられたままの睦月を一瞬にして転移させ(すくいだし)、ぺいっと投げ捨てて
歩いてゆく。一方でこの女性型アウターの戸惑い、即座にこちらへと反撃して来ない様子を
見遣りながら、早くもその大よその攻略を掴んだらしかった。
「オ、オ前ハ……! マサカ……?!」
「……能力の射程は、それほど長くはないようだな。あくまで自身を中心とした近距離、私
の三分の一ぐらいといった所か。ならばこの位置から、さっさと済ませてしまおう」
 彼女からすれば、突然の乱入者に戸惑い、尚且つ圧倒的な力量を感じた場面。
 だが当の黒斗は、そんな相手からの誰何に全く耳を貸さなかった。彼女が届かず、こちら
は届く。力場の射程圏内から一度指を鳴らし、一瞬でこれを引き寄せると、次の刹那にはそ
の杖術でボコボコに殴り付けていた。「グアッ!? ゴガッ……?!」吹き飛ばされること
さえ許さず、再び彼の間合いへ。繰り返し繰り返し、そのラバースーツのような身体はあっ
という間に千切れ汚れて、ボロボロになってゆく。
「ガッ、アッ……!? ジャ、邪魔ヲ……スルナッ!!」
「それはこちらの台詞だ。全く、余計な手間を増やしやがって」
『……』
 睦月と冴島、或いは司令室(コンソール)の皆人達は唖然としている。一度は散々にエネ
ルギーを吸われてしまったが、思いもよらぬ援軍が駆け付けてくれた。理由はまだ確定では
ないが、彼の実力を睦月達はよく知っている。
「何だか、よく分かんないけど……」
『今がチャンスですよ! あいつと三対一なら、或いは……!』
 ともかく、この機を逃す手はない。睦月と冴島はパンドラにせっつかれるようにして再び
立ち上がった。一方的になぶられる女性型アウターに止めを刺すべく、これに加わろうと地
面を蹴る。
「ッ──!」
 しかし次の瞬間、二人が近付いて来る気配に黒斗が一瞬横目をやった隙を縫い、この女性
型のアウターは光る大量の羽根──チャフをばら撒いて姿を消してしまったのだった。迎撃
よりも逃走を選んだようだ。反応からして、自ら現出を切るなどしたらしい。
「……逃げられたか」
 思わず手で庇を作り、しかし数拍後にはそれが目くらましだと解った二人の姿を、怪人態
の黒斗は特段責めるでもなくじっと一瞥するだけで捉えていた。寧ろ刹那の隙を見て逃走に
転じた相手を惜しみ、ギュッとその杖を握り直してさえいる。

『お久しぶりです、黒斗さん』
『助かったよ。ありがとう。街の東部という事で、もしかしたらとは思っていたけど……』
 再会は一旦そうして、この女性型のアウターを撃退もとい逃してしまった直後。
 とりあえず交戦が止んだらしいと見た後、変身を解いた睦月と冴島は黒斗の下へと近付い
て行った。良くも悪くも既知の間柄となってしまった彼らに、人間態──黒スーツ姿の青年
に戻ったユートピアこと黒斗は、静かにジト目を寄越す。
『……どうやらお前達とは、妙な縁があるらしいな。かと言って邪魔して貰っては困る。奴
に逃げられた損失は大きいぞ? ここに来ているという事は、例の衰弱事件を嗅ぎ回ってい
たのだろう?』
 たっぷりと押し黙ってからの、第一声。彼がこちらに向けて放った一言は、少なくとも再
会を喜ぶような友好的な態度とは言い難かった。相変わらずと言えば相変わらずだが、睦月
達の気を許した笑みに対しても、あくまで遠巻きに示すのは先ほどの女性型アウターを逃し
てしまった責だ。
『そういうあんただって』
『……そうだな。お前もわざわざ動いているという事は、やはり藤城淡雪か』
 襲撃され、昏倒した被害者男性は、先刻合流した國子以下仲間達とその部下らによって搬
送された。睦月のデバイスの中からはパンドラが、インカム越しの通信からは皆人が、それ
ぞれこの召喚主の“不殺”を掲げる奇妙な個体に対して質問を返す。
『……こちらの事情にまで首を突っ込んで来るか。まぁいいだろう』
 曰く、件の衰弱事件に関し、彼の方も清風女学院──淡雪が通うお嬢様学校でも関係者の
中に被害者が出たらしい。幸いまだ当の淡雪自身に実害が出た訳ではないが、このまま放置
していればいずれ狙われないとも限らない。だからこそ、彼女に内緒でまたその元凶の排除
に動いていたそうなのだが……。
『テニス部の顧問、か』
『さっきの人も多分、格好からして走り込みしてたっぽいしねえ。運動好きな人が狙われて
るのかな?』
 仁や宙、同じく場に集まり話を聞いていた面々もそう暫し思案顔をする。少なくとも当初
に比べて情報は集まった筈だが、まだどれも断片的な事実でしかない。今回の事件の全体像
を把握し、対策を講じるには、もっと核心的な部分にまで迫る必要があるだろう。
『もしそうなら、彼女が狙われる可能性は低くなるが……。だからと言って今回の一件から
手を引く心算はないんだろう?』
『当然だ』
『だ、だったら! この前みたいに、また一緒に戦いませんか? 貴方の力があれば、今度
こそあいつを倒す事が出来ると思うんです!』
『うんうん。それがいいよ。牧野さんの話は以前から聞いています。淡雪先輩を守る為に、
むー君達と一時手を組んだんですよね?』
 しかし再会の勢いのまま、ここぞと言わんばかりに再び共闘を持ち掛けた睦月ないし海沙
の言葉に、対する黒斗の返答はにべもないものだった。司令室(コンソール)の向こうの皆
人や國子もそうだったが、てっきり“敵”ではないとばかり思い込んでいた両者の間に降り
た空気に、場の一同は緊迫感を強いられる。
『断る。そちら側のリーダーも同じ考えだろうが、あれはあくまでも例外だ。それに今回は
あの時と状況が違う』
『状況……?』
『理由は二つある。一つは淡雪にまだ実害が出ていないこと。もう一つは彼女自身、この事
件について聞き及んでしまっていることだ。何よりこの点が大きい。もし私が首を突っ込ん
でいることが彼女にばれ、尚且つお前達と再び共闘していることが知れれば、芋づる式にお
前達の正体もばれることになるだろう。東條瑠璃子の一件でお前達の使っていた偽名、それ
とお前達が裏で手を回し、電脳生命体(どうほう)達と戦っていること──今回の犯人を倒
すことは容易かもしれんが、万が一のリスクは大きい。お互いにな。それなら無駄に慣れ合
わず、早々に奴を潰す為に時間を使うべきではないのか?』
 だろう? シジマ君、キハラ君──?
 その声色から、あの時名乗った名前が偽物であるとはとうにバレているようだ。中央署の
一件も何かしらで観ていただろうから、無理もなかろう。『それは……』睦月は冴島と互い
に顔を見合わせ、次いで國子や仁、海沙・宙以下仲間達の方を見た。司令室(コンソール)
の皆人らも敢えて口を噤み、難しい表情(かお)をして成り行きを見守っている。それでも
睦月が彼を引き入れようとするなら、すぐにでも止める心算だった。
『……無理強いはできないね。戦力としては、非常にありがたいんだが』
『解っているならさっさと帰るんだな。先ほどの戦闘で、もう奴の攻略法辺りは目星がつい
ているんだろう?』
 じゃあな。言って黒斗は一人踵を返し、睦月達の前から立ち去り始めた。
 ふいっと人気の無くなった物寂しい並木道。しかしながらその間際、視界から遠くなって
ゆく直前に、彼は思い出したように肩越しから言い残す。
『……尤も、淡雪の安全を確保する為ならば、協力自体は惜しまん。精々あの個体の繰り手
(ハンドラー)を探すことだ。奴の実体化も弱みも全て、そこに在る──』

 故に時は進んで現在。件のアウターに逃げられて数日後、睦月以下対策チームの仲間達は
司令室(コンソール)に集められていた。この手のパターン、召集はもう幾度となく経験し
てきたから大よそ想像はついていたが……やはり毎度他人の“事情”といったものを垣間見
ることになるのは心苦しい。
「それぞれ連絡を受けたとは思うが、例の女型アウターとその召喚主の身元が判明した。そ
の上で、今度こそ奴を仕留めて事件を終わらせる」
 正面のディスプレイ群を背に、面々に話し始める皆人。先の戦い、三班及び海沙・宙によ
る交戦と隊士らによる内偵の結果、当日改造リアナイザが作動した地点と吸い取られていっ
たエネルギー達の向かった先が割り出せたのだという。
「本間颯(かける)、三十五歳。市内東部在住のエンジニアだ。仕事の為に飛鳥崎へ移って
来たため、両親はいない。郊外だ。ただ、代わりにと言っては何だが……歳の離れた妹と暫
く二人で暮らしていたらしい」
「妹?」
 ちょこんと小首を傾げた、睦月とパンドラ、ないし海沙。
 皆人(とも)は一瞬、僅かに表情を曇らせたように見えたが、すぐに平時の冷淡さを取り
戻して続ける。
「本間翼。現在二十四歳の元女子大生だ。今回の一件は、大よそこの人物に原因を見ること
ができるだろう。四年ほど前、在学中に彼女は難病に侵された。倒れた所を搬送され、その
後入院生活が続いているが……今も回復の兆しは見られない。大学も中退せざるを得ず、病
の進行で身体が弱り、出歩く事もできない状態だ」
『……』
 いや、気のせいではなかったのだ。睦月達は互いに顔を見合わせ、そして再び彼の真っ直
ぐ見据えてくる眼差しに応えた。一旦そこで言葉を切った意味。最初に召喚主としてその兄
の名を出したという事は、つまり……。
「改造リアナイザに手を出した動機は、妹の病気を治す為……?」
「そう考えれば全ての辻褄が合う。事実これまで被害に遭っているのは、全てスポーツなど
を嗜む“健康的”な人間だからな」
 睦月達は多かれ少なかれ絶句した。つまりあの女性型のアウターは、ただ単に人を襲って
いた訳ではなく、他人の生命力をその病に苦しむ妹に与えていたのではないか? という事
だ。弱る一方の身体を回復・維持させる為に、何人もの人間の“生きる力”を吸い取って回
らせている……。
「──何てこった」
「じゃあもし、あたし達が奴を倒しちゃったら、その妹さんは死んじゃうってこと?」
「どうするの? そんなの……戦えないよ」
「差し詰め“聖女(マリア)”のアウターと言った所かな」
「ですが、アウターはアウターです。止めなければ、今以上の被害が出るのは間違いないで
しょう」
 仲間達は大いに戸惑っていたが、それでもやはり倒すべきだとの意見は出た。もし召喚主
本人と接触し、説得に応じてくれれば被害の拡大は止める事は出来るかもしれないが……そ
もそもの動機である、妹・翼の病臥は変わらない。
「み、皆人。対策チームの力で何とか出来ないかな? 医療分野の企業さんに、妹さんを保
護して貰えば──」
「可能かもしれない。だが俺は勧めない。何故ならそれは“特別扱い”になるからだ」
「えっ……?」
 睦月とて、そんな動揺は同じだった。寧ろただ“敵”を倒してお終いだというものではな
いと痛感してきた人物だからこそ、何とかして彼女を救いたかった。縋るようにしてこの親
友、司令官たる御曹司に頼もうとするが、当の皆人から発せられた見解は否定的だった。
「考えてもみろ。お前だって解っている筈だ。確かにそれで本間颯自身の“戦う理由”は解
消できるだろう。だが改造リアナイザに手を出し、他人の命を奪った事実は消えない。奴の
犯した罪を、他でもない俺達対策チームが正当化してしまうんだぞ? 良かれと思った救い
の手が、奴の誤った手段に加担するんだ」
『……』
 珍しく、友が滾々と説明しているように思える。じっとこちらを、まるで自身も煮え滾っ
ているであろう感情を押し殺し、相対する親友(とも)に改めて諭しているような。
 睦月は勿論、仁や海沙、宙、他の仲間達も思わず言葉を失って聞き入っていた。唖然とし
てその場に立ち尽くしていた。香月や萬波、冴島、周りの職員達もめいめいに心底沈痛な面
持ちで沈黙を守っている。他に救いは無いのかともがいている。
「お前の言いたいことは解っている。だがな、睦月。一々内情に踏み込んで助けるという事
は、裏を返せば“助けなかった”者や“助けられなかった”者を作るという事でもある。彼
らとお前が手を差し伸べた者、その違いは何だ? 全てを救うなんて、俺達のリソース的に
も無理なんだよ。救えなかった誰かを、実例を、お前は今まで幾つも見てきただろう?」
 敢えて在った者と無かった者、二つに分けて論じようとする皆人。そこにはおそらく、今
までそうして取りこぼしてしまった──二見やミラージュ、由良や筧、ないし由香といった
面々の姿が年頭にあるのだろうと思われた。睦月も思わず俯き加減になり、ギリッと唇を強
く結んでいる。
「でも……! でも、僕は……っ!」
「聞け! 何もいきなり本間翼を保護すればいいってものじゃない。戦いを避けられるのな
ら、もっと段階を踏んで例のアウターを無力化する手段もあり得るという事だ。……先ずは
戦いに集中しろ。裏の根回しや工作は、俺達が気を揉むべき仕事だ」
「……」
 以上。さもそう言わんばかりに、皆人は最後被せるように叫んで釘を刺した。コクッと睦
月はややあって静かに頷いたが、明らかに納得はしていないだろう。「三条……」「そ、そ
こまで言わなくても……」仁や海沙、他の仲間達も、流石にどっちつかずの態度でいる訳に
もいかず、この非情な応答に対して口籠る。


 あれから四年。見慣れたを通り越して憎々しいほどの病室では、妹がベッドで静かな寝息
を立てている。……どうやら“また”少し、楽になったようだ。とは言え、この状態がいつ
まで続くとも限らない。
(翼……)
 男の名は、本間颯。目の前で眠っている元女子大生・翼の実の兄である。
 腰掛けた背無し椅子の陰に隠して、彼はとある物を握っていた。独特なフォルムをした短
銃型のツール・リナイザ──その中でも本来市中に出回ってはいけない、違法改造が施され
た品だ。ぎゅっと力が入れられたままの引き金は、現在進行形で異形の怪人・電脳生命体こ
とアウターを実体化させている。そんな彼のじっと黙した横顔は、先程からずっと険しく複
雑なそれを宿し続けていた。
「っ!?」
 ちょうどその最中だった。ふと彼の背後、左側面の空間からデジタル記号の羅列が現れ出
し、次の瞬間には女性型と思しき異形が姿を見せた。
 聖母(マリア)。睦月ら対策チームの面々がそう仮に呼び名をつけた、一連の衰弱事件の
犯人である。
 颯は弾かれるように、椅子から立ち上がっていた。その様子は彼女を出迎えるというより
も、反射的に彼女から妹を守らんとするような動き──警戒の現れのようにも見える。コツ
コツとヒールの音を鳴らしつつ、マリアは鉄仮面ながらも小首を傾げると、軽く肩を竦めて
みせた。心外だと言わんばかりに、この我が繰り手(ハンドラー)の出迎えにたっぷりの皮
肉を返して。
「ソンナニ身構エナイデクダサイ。妹サンノ容態ハ、落チ着イタデショウ?」
「……やっぱりそうか。また街の人達の、生命力を奪って来たんだな? もう止めてくれ!
俺は、俺はこんな心算じゃ……!」
「イイエ。コレガ貴方ノ望ンダ願イデス。妹サンノ病ヲ治ス。ソレガ契約内容デス。私ヲ伝
ッテ、生体エネルギーハチャント彼女ニ供給サレテイルデショウ? コレカラモ私ハ、貴方
ノ願イヲ梃子ニ、コノ世界デノ実体ヲ形作ルノデス」
 違う! 頭を抱えて、颯は必死に叫んだ。否定しようとした。
 だが実際問題、その右手には尚も改造リアナイザが握られて続けている。引き金がひかれ
続けている。離れないのだ。妹が抱える事情と共に、彼自身も徐々にまた、この禁制の品が
引き起こす依存症状に蝕まれつつあったのである。
「……貴方ニ拒否権ハ無イト思イマスヨ? 私ヲ放棄スレバ、彼女ハマタ弱ッテユク一方デ
ショウ。ソウナレバ、イズレ力尽キテシマウ」
「分かってる……分かってるけど!」
「アマリ騒ガレナイヨウニ。妹サンガ目ヲ覚マシテシマイマスヨ? マァ私ガ調整シテオリ
マスカラ、問題アリマセンケドモ」
 故に彼は、その言葉にハッとなる。要するに妹に集めてきた生命力を注いでいるのはこい
つなのだから、そこに何か細工を出来てもおかしくはないという話か? こちらの態度次第
ではずっと、生きてはいても目覚められないといった状態を維持することさえ出来てしまう
とでも言うのか?
 いや、それ以上に──物理的にこの化け物と別れてしまう事が恐ろしかった。本当はいけ
ないのだと解っていても、妹を救う為なら何でもやってやるとあの時は息巻いていた。どの
みち“正攻法”では、自分の稼ぎでは治療代もままならないのだから、それこそ奇跡でも起
こらなければ妹は治らないんだと言い聞かせた。
 ……なのに、今となっては後悔している。実際問題、こいつを手放せば妹の容態は一気に
悪化すると判っているし、何より他人の命を奪って移し替えるだなんて聞いていなかった。
 確かに契約とやらの際、妹を治す“手段”については言及しなかったとは思うが……。い
やまさか、そんなこと……。
「中央署ノ(アノ)件以前ナライザ知ラズ、解ッテイタトハ思ウノデスガネ……。貴方ガ私
ヲ手ニ取ッタ時点デ、私達は“運命共同体”ナノデスヨ。貴方ハ彼女ノ病気ヲ治ス。私ハソ
レニ便乗シテ実体化ヲ進メル。オ互イ、メリットガアルトイウノニ」
 尤も対するマリアの方は、あくまで自分達がWin-Winの関係だと主張する。その意
味でも“契約”であり、彼も事前に“合理的”な判断の下に選択をした筈だと。
 とはいえ、それはあくまで方便だ。彼女ら越境種(アウター)にとって、人間はあくまで
自らが実体を手に入れる為の踏み台でしかない。
 中にはそんな人間達と、目的完遂後も友好関係を維持する個体もいるようだが……。少な
くとも自分には理解し難い学習効果だ。より多くの他者を、より広範な方面に影響を及ぼせ
る契約であればあるほど、獲得のプロセスは能率的且つ迅速になる。
「……ソレハソウト、貴方達ニハスグ転院ヲ勧メマス。ドウヤラ守護騎士(ヴァンガード)
達ニ、貴方ガタ兄妹ノ存在ガ知ラレマシタ」
「えっ」
 頭を抱えていた颯は、だからこそ次の瞬間、別の意味で慌てふためくことになる。
 彼女ら電脳生命体と戦う秘密の戦士・守護騎士(ヴァンガード)。中央署の一件が明るみ
になって以来、その存在と詳細は彼のような一般市民にも広く知れ渡っている。
「ちょ、ちょっと待てよ! それってつまり、お前を倒しに来るってことか? いや、お前
を呼び出している、このリアナイザを狙って……?」
 ああああああああ!? 益々颯は混乱していた。どちらにせよ、彼らが自分達に狙いを定
めたということは、妹に注がれている生命力が途絶えかねないということだ。もしそうなっ
てしまえば、自分がこいつと対立する前に、翼が……。
「どどっ、どうするんだ!? 俺は一体、どうすればいい!? こ、このままじゃ妹が! 
翼の、翼の命がっ!」
 まるでスイッチが入ったかのように、激しい動揺を見せ始める颯。
 こちらからの報告に、面白いほど目に見えて錯乱し出す己の繰り手(ハンドラー)。
「大丈夫デスヨ。ソコデ私ニ……一ツ考エがアリマス」
 かくしてマリアは言った。この愚かで使い甲斐のある人間に、そう不気味なまでに丁寧な
物腰で寄り添い、答えるのだった。

 時を前後して、首都集積都市・東京。
 その一等地に建つ屋敷(じたく)から、健臣は急ぎ出掛けようとしていた。玄関先で靴を
履き替えていたちょうどその最中、廊下の向こうから一人の少女が走って来る。
「お父様、お父様。何処に行くの?」
 まるで仔犬のように無邪気な、小柄で色白な女の子だった。
 名前は小松真弥──健臣にとっては二人目の、世間的には彼の一人娘である。今年都内の
中等部二年に進学した十三歳だ。
 やや短めの髪に、後ろでちょこんと結わった短いおさげ。臙脂(えんじ)のネクタイシャ
ツとスカートというシンプルないでたちだが、かなり上等な生地を使っているのだろう。見
た目からして品の良さが窺える。年相応かそれ以上に人懐っこく、父・健臣が外出する物音
を聞き付けたようだ。
「こらこら。待ちなさい、真弥。お父さんはお仕事だから、邪魔しないであげて?」
 健臣がじゃれついてくる娘に困っていると、更にもう一人の女性がこちらに向かって歩い
て来た。真弥の顔立ちによく似た、健臣より少し年下の人物である。
 小松真由子──彼が首都の生家に戻って来た後、持ち込まれた縁談を切欠に知り合った現
在の妻である。元々は良家の出身であり、その立ち振る舞いからしても“政治家の伴侶”と
して申し分ない。
「え~、やっとお休み貰えたのに? お父様とも遊べると思ったのに……」
「あはは。ごめんよ? ちょっと打ち合わせに、ね? 今回の埋め合わせは、いずれまたす
るから……」
 素直に残念そうな表情。娘・真弥の言葉に、健臣は内心複雑な心境で苦笑(わら)ってみ
せた。ちょんっと、彼女の肩に手を乗せて諭している真由子。傍目からはとても穏やかな家
族のように見える。
「先生」
 家の外、正門前には既に黒塗りの高級車が横付けされていた。秘書兼運転手を務める中谷
が、まだ出て来ない健臣をそう短く呼んでくる。
「ああ、分かってるよ。今行く」
 じゃあな。良い子にしてるんだぞ──? 今の正式な妻と子に見送られ、スーツ姿の健臣
は、一人屋敷(じたく)を後にしてゆく。

『健臣、貴方に渡したいものがあるの。こちらが指定する日時と場所へ、信頼できる人達と
来て。政府との共闘の件よ』

 学生時代の恋人且つ、現在アウター対策チーム──いわゆる有志連合に所属している香月
からメッセージが届いたのは、つい先日の事だった。元々互いにやり取りは続けてきたし、
それ自体は特段驚きはしなかったのだが……政府の一員としての役割であるのなら、話はま
た別だ。
「あと十分ほどで目的地に到着します。渡したいものとは、一体何なのでしょう?」
「……さあね。少なくとも重要な代物であることは、間違いないと思うが……」
 指定された場所へと向かう車中、中谷はハンドルを握りながらそう訊ねてきた。対する健
臣は数拍黙っていたが、嘘を吐く意味もない。小さく肩を竦めて、ついでに緊張する自身を
慰めてみる。
 共闘案件ということは、十中八九例の電脳生命体か、苗床たる違法改造のリアナイザに関
する情報だろう。或いはもっと物理的に、技術提供でもしてくれるのか……。
 彼女からの連絡で、既にダミーの配送が幾つも出されているという。まぁそうだろうなと
健臣は思った。例の組織・蝕卓(ファミリー)が、今回の動きに全く気付いていないとは考
え難かったからだ。間違いなく妨害や奪取があるだろう。その可能性を踏まえて、せめて時
間稼ぎだけでもしておこうという策なのだと思われる。
『畜生ぉぉぉーッ!! 』
 事実この同時刻において、都内では既に幾隊かのサーヴァントと刺客のアウター達が、ダ
ミーの配送車両を襲っていた。彼らがその計り事──偽物の標的を狙わされたことに気付く
のには、そう時間は掛からなかった。盛大に破壊され、炎上した各現場は、少なからず混乱
と爆音が鳴り響いていた。手当たり次第に積み荷が引き裂かれ、散らばっていたが、どれも
これも中に入っていたのは文字通り全て“ゴミ”だったのである。
 健臣の乗る車が辿り着いた先は、とある倉庫街の一角だった。その性質上、平時から警備
の人員は巡回しているが、特に今日は物々しい雰囲気を纏っているように思える。なるべく
悟られないよう、ゆっくりと指定された区画まで車を滑らせてゆくと、そこには既によく見
知った顔が待機してくれていた。
「──よう。やっと来たか。待ちくたびれたぜ? 此処で……合ってるんだよな?」
 同じ三巨頭、その本人であり、父の代からの盟友・梅津だった。現場にはSPを含めた彼
の部下達が何人か、既に集まっており、車を降りてきたこちらを一斉に見遣っている。
「その筈です。相手の方は何と?」
「ああ、それがなあ……。お前じゃないから駄目だっての一点張りだ。知らない顔じゃああ
るまいに。健臣、さっさと済ませてきてくれや」
「……はあ」
 よりにもよって梅津さんを相手に……。俺とは違って、本物の“伝説”だぞ……?
 正直健臣は、相手の頑なさにげんなりとしたが、嘆いた所で状況が変わる訳でもない。梅
津らが見守る中、彼は中谷と共に、指定され既に開けられていた倉庫内へと足を踏み入れて
ゆく。
「小松健臣様、ですね?」
「博士(ドクター)から指示は受けております。どうぞ」
 照明の一つも点いていない、取引場所という名の倉庫。暗闇。中で待っていた有志連合側
のエージェントと思われるスーツ姿の面々は、それまで身を挺して厳重に守っていたアタッ
シュケースを握り締めると、ゆっくりこちらに引き渡してきた。
 実を言えば、対策チーム所属の隊士達であった。尤もそんな事を、当の健臣達は知る由も
なく、只々渡されたそれを囲んでおずおずと開けた。濃灰色の内装材に受け止められていた
のは、一対の短銃型ツールとデバイス──。
「こっ、これは……リアナイザ?」
 故に健臣達は思わず、確認するかのように顔を上げて呟きを漏らした。まだ慣れ切ってい
ない暗がりの中で、有志連合側の名代らがコクリと小さな首肯を返す。
 お前を名指しして、渡されたモンだろ? 梅津がそう暗に言いながら顎で促してくる。最
初数拍は正直躊躇ったが、健臣はややあってこれを手に取った。想像していたよりも案外重
いと感じた。伊達に先端技術が詰まってはいない。
「ご心配なく。それは調律リアナイザ──巷に流出していた、違法改造のリアナイザとはま
た別の代物です。尤も元の技術は彼らのものですが。我々が彼らと──電脳生命体及びその
組織と戦う際に使っている物と、基本的には同じ物です」
 エージェント達曰く、彼らとの共闘条件は一つ。この“調律リアナイザ”を使い、健臣ら
政府側の人間に蝕卓(ファミリー)の手下が潜んでいないか確かめること。身バレ防止と安
全が保障されていない限り、深く手を結ぶことは出来ない、と……。
(なるほどな……)
 かねてより香月が繰り返し求めてきていた話とも、間違いなく一致する。健臣は見様見真
似でこのリアナイザに用意されていたデバイスを挿入し、起動してみた。グリップすぐ上の
リアサイト部分から、ホログラム画面が出現し、次の瞬間コンシェルと思しき赤髪の少女が
その中で目を覚ます。
『ふう……。あ、おはようございます! 初めまして! 私の名前はガネット。博士より貴
方様に贈られました、対アウター用サポート・コンシェルであります!』
 見た目はパンドラによく似ている。というより、実際に彼女の姉妹機でもある。
 機械の六枚羽はそのままに、生真面目そうな口調と所作、官憲の制服を模したような衣装
など。政府要人、現職大臣へと託されるという前提もあってか、そんなチョイスが為された
のだろう。
 宜しくお願いします! まるで生身の人間と変わらないようなAIに驚いたのも勿論なが
ら、件のリアナイザの有志連合バージョン、その現物が届くとは……。健臣や梅津、中谷と
場に集まった部下ないしSP達。面々は思わず暫し言葉を失っていた。確かにこれなら、例
の電脳生命体達とも渡り合えるのかもしれないが……。
「あ、ああ。こちらこそ宜しく頼むよ。彼女がわざわざ用意してくれたんだ。では早速、君
の能力を見せて貰えるかな?」
『はい、了解です!』
 まだ普通に会話するには、大分慣れが必要だろうが……。健臣はやがて気を取り直しつつ
命じてみることにした。ビシリッと再び敬礼をし、この赤髪のコンシェル・ガネットが、両
の瞳に何か走査を巡らせる。
 異変はその直後、くわっと彼女がその目を見開いた瞬間に起きた。こちらを見ていた彼女
の視線が、背後にいた梅津のSPの一人へと向けられたのである。
『っ! アウターの反応有り! そこの警護要員の中に紛れています!』
「何だって?!」
 故に健臣や梅津、中谷達は一斉にその指し示された対象へと振り返った。
 一見する限りでは、揃いの黒スーツ姿のSPにしか見えないが……。直後バレては仕方な
いといった風に、この者はデジタル記号の光と共に怪人化。遂に一同の前に本性を現す。
「嘘だろ? 俺の、部下が……」
 流石に動揺している梅津。一方で健臣は、既に臨戦態勢に入っていた。
 嗚呼……不思議なものだな。香月。君のくれたこの子が、力が、俺に勇気を与えてくれて
いるみたいだ。
 大臣! いえ、マスター! ホログラム画面の中から、ガネットの声が聞こえる。
 右手に握った調律リアナイザ。健臣は彼女が指示してくるままに、その銃口を目の前の鉄
仮面へと向け──。

 葦田兄弟の進撃は、その後も止まる所を知らなかった。他の誰にも真似できない、持ち得
ない力・怪物の主として振る舞い、彼らのコミュニティは急速にその版図を拡げ続けていた
のである。
『よう、あんたか。久しぶりだな!』
 そんな折、再び彼らの前に姿を見せたのは──シン。
 かつて自分達に、無双の力を与えてくれたこの白衣を引っ掛けた外国人を、兄・剛は快く
迎えた。まぁ、座れよ。廃墟と化した雑居ビルの一角。相変わらずぼんやりとしている弟・
望と共に、彼は手駒にした少年少女達を侍らせながら笑う。
『あんたには一度、ちゃんと礼を言いたかったんだ。お陰で俺達は力を得た。俺達が好きに
できる人間(ひと)が、物が、こんなにも広くなった。ありがとよ』
『でも……まだまだだ。俺達はもっともっと上を目指す。成り上がる。もう誰も、俺達に舐
めた口は利かせねえ。今まで散々に踏みつけてきた奴らを、この世の中を、全部俺達の物に
するんだ!』
 握り拳にグッと力を込め、高らかに宣言する剛。望もうんうんと繰り返し頷き、とうに正
気を失っている配下の少年少女達も、無感情な瞳のまま微動だにしない。
『……欲望に素直で結構な事ダ。だが君達はもう、いいんだヨ』
 ? 何を──。しかし凋落は訪れた。彼らが崩壊するのはあっという間だった。
 次の瞬間シンは、最初のニコニコとした表情のままながら、嗤う。兄弟が違和感を覚える
よりも速く、廃墟内のあちこちに、鉄仮面と蛇腹配管を纏った怪人──サーヴァント達が突
如として現れたのだ。
 まるで瞬間移動でもして来たかのように、先程まで全くの“無”だった薄闇から、次々と
姿を見せてきた軍勢。剛は思わず立ち上がり、手には自身の改造リアナイザを握っていた。
 貧民区で生まれ育った故、学は無い。だが培ってきた動物的直感と、闘争に明け暮れてき
た経験則が、その意味する所を理解させたのだろう。
 ──自分達はもう、用済みだと。
『ガッ?!』
 だが流石に、自身が頼りにしていた怪物、ローグ・アウターの裏切りに遭うことまでは思
考が回らなかったらしい。引き金をひき、慌ててこれを呼び出そうとした本人に、彼は直後
背後から短剣で刺し貫かれていた。『何(なん)……?』腹から滲んでゆく大量の赤と、口
元から溢れ出す赤。隣では弟・望が、悲鳴を上げる暇も無くフィードに上半身から上を齧り
取られて即死していた。じゅるりと巨大な唇を拭い、何でもないといった風に、一瞬ちらっ
とこちらを見遣っている。
『騙、し……』
 どうっと、かくして兄弟は斃れた。呆気ない最期だった。
 たっぷりと十数秒。ややあってシンは、飄々とした表情(かお)でこの暴君だった者達の
亡骸を見下ろして呟く。
『ははは。可笑しなことを訊くなア』
『始めから君達ハ、私の計画(プラァン)の被検体(モルモット)なんだヨ。この子達を育
てる為ノ、踏み台に過ぎないのだかラ』
 元よりこの兄弟に、飛鳥崎の支配者になって貰おうなどとは微塵も思っていなかった。寧
ろアウター達の力を自身の力と勘違いし、街のインフラや既存の秩序すら破壊しようとして
いた彼らは、この狂気の科学者にとって段々と邪魔な存在にすらなっていた。
 あくまで二人を選んだのは、強い“欲望”を持っていたからだ。尚且つそんな欲求に善悪
の枷を越えて忠実であり、ちょうど良い駒(じんざい)だと見做したからに過ぎない。
『──任務、完了だ』
『──じ、実体化、出来たンだな』
 そうしている間にも、ローグとフィードの両アウターは、最後の仕上げに入っていた。自
らをこれまで召喚し続けていた葦田兄弟を、それぞれ改造リアナイザ内のデバイスごと喰ら
い、進化を完了させたのである。
 晴れて人間態に戻った二人。
 彼らはそれぞれ、元の繰り手(ハンドラー)に強い影響を受けた姿となった。一人は見る
からに荒くれ者風なパンクファッション、もう一人は丸太のような肥満の大男……。
『ようこそ、新たな子らヨ。そして同胞達を率いるに値する我が家族(ファミリー)ヨ!』
 バッと両手を広げて仰々しく、シンは叫んだ。全身全霊でもってこの二体の怪人達の誕生
を愛で、狂気に満ちた爛々の目を見開く。
『……』
 そっとその場で跪く。片膝を突き、まるで始めからそうプログラミングされていたかのよ
うな、流れる所作でこの二人は軽く右手を胸元に添える。
 盗賊(ローグ)と悪食(フィード)。
 後の“強欲(グリード)”と“暴食(グラトニー)”は、かくして七席最初の一員となっ
たのである──。


 異変は既に、睦月達対策チームの面々が訪れた時には始まっていた。今回の事件における
キーマン、本間颯の妹が長期入院している大学病院へと足を運んだ一行が目の当たりにした
のは、患者・職員を問わず辺り一帯に人々が倒れ伏す、まさに地獄絵図だった。
「が……外部に、連絡……を……」
 最初に狙われたのは、各階のナースステーションだった。院内において、こちらの思惑に
対抗し得る──且つ生命力に優れた人間を先ず確実に潰しておく為だ。人々を襲う緊急事態
に対し、看護師らは必死の思いで外線を採ろうとするが……マリアの張る吸収能力を前に、
敢え無く力尽きてしまう。
「フフフフフ……。無駄ヨ、無駄ヨ! 私ノ為ニ、ソノ命ヲ捧ゲナサイ!」
 大きく背中の翼を広げ、全身にオーラを携えて。
 マリアは恍惚のままに笑っていた。最早悠長にしている暇は無い。多少手荒であろうと、
一刻も早く実体化(ほんかい)を遂げなければ、守護騎士(ヴァンガード)達が攻め込んで
来てしまう。残り僅かが視ていたからこそ、打って出られた強硬策だった。
「あばばば……ばば……」
 そんな院内を渡り歩くマリアの一方で。颯はとうとう“壊れて”いた。握らされ続けた改
造リアナイザに侵され、今や正気を失い彷徨っている。
「いも……うと。つばさの、為……」

「こ、これは一体……??」
「……どうやら来るのが少し遅かったようだ。急ごう。奴を止めなければ」
 自分達はもしかしたら、最悪の一手を打ってしまったのではないか? 睦月らは多少なり
とも、そんな思考・可能性を過ぎらせざるを得ない。
 だが今やもう詮無いことだ。自分達に出来る事は、一刻も早くこの事件を終わらせること
である。犠牲になった院内の人々を、一人でも多く救うことである。
「あの馬鹿、病院を丸ごと狙ったって訳?」
「しかし、止めるっつっても……。どっちをだ? アウターの方か? それともリアナイザ
の方をか?」
『欲を言えば両方だな。仮にアウターの実体化が済んでしまっていれば、もう倒すしかなく
なる。どのみちこのような事態を引き起こしたんだ。本間颯の方も、ただ善意で救出すると
いう訳にはいかないだろう』
 こちらの人員に対し、四方八方に倒れている人々が多過ぎる。司令室(コンソール)から
の通信越しに、皆人はそう仁らの確認に答えていた。大至急追加の隊士らを送るとの約束を
した上で、睦月達に事態の早期収拾を命じる。
「じゃあ奴を倒すのと同時に、周りの人達も安全な場所へ?」
『そうしてくれると助かるが……肝心の奴の位置がな。なるべく巻き込まないように戦って
くれ。最悪、被害者の救護はこちらの要員で専念させることになる』
「どちらにしても、二手に分かれる必要がありそうだ。先に会敵すれば、僕のアブソーブ・
キャンセラーもある。一旦室外に吹き飛ばし、体勢を整えてもいい」
『駄目よ。同期強度(リアクト)が制御されていない状態で、マリアのエネルギー吸収を受
けてしまえば、貴方の命が保証できないわ。懐に飛び込むなら尚更よ。ただでさえその力は
反動が強いのよ? 使い所は、私達が判断するから……』
 冴島も懐に忍ばせていた、例の円筒状の強化ツールを握り締めるが、他でもない通信越し
の香月に止められた。自身で作り出した発明とはいえ、今もそのリスクの高さを案じている
節が見られる。
「……とにかく、僕が先行するよ。奴を捉えたら、本間さんと引き離して。その間に周りの
人達の救助もお願い」
『了解!』
「問題は、一体何処をうろついているかだが……」
「パンドラ、そっちで場所を特定出来たりしないの?」
『うーん。厳しいですね。さっきから生体反応があちこちから流れてて、集束先を追うにし
ても時間が……』
 睦月と冴島、仁が前衛に。國子と海沙、宙が後衛に。
 一行はその場で大よそ二手に分かれながら、院内の何処かにいる筈のマリアを捜した。焦
りや不特定多数のエネルギーもあってか、パンドラもすぐには誰と判別するのに手間取って
いるらしい。
 走りながらEXリアナイザの引き金をひき、変身する。或いは調律リアナイザから、それ
ぞれのコンシェル達を召喚する。
 騒ぎの元凶、マリア・アウターを倒す為、睦月達は院内の地面を強く蹴り──。
『っ!?』
 だが次の瞬間、睦月達は再び病院の外へと瞬間移動していたのだった。仄暗い、見覚えの
ある力場に辺りが包まれたかと思った直後、自分達ともう一人──他ならぬ凶行に走ってい
たマリアが強制的に一堂に会し、驚いたように空を仰ぐ。
「……やれやれ。とんだ大事(おおごと)にしてくれたらしいな」
「黒斗さん!」
「びっ、びっくりしたあ……。てっきり攻撃されたのかと……」
 近くの守衛棟に立っていた、ユートピアこと怪人態の黒斗だった。睦月達と同じく驚愕し
ているマリアを一瞥し、ちらりとこちらを見る。握り締めて揺れる杖先が、開戦を告げるよ
うに音を立てた。
「大体の状況は把握した」
「私も加勢する。今の内に繰り手(ハンドラー)を!」
 はいっ! 弾かれるように國子と海沙、宙が再び院内へと駆け出して行った。黒斗が駆け
付けて来てくれたことにより、自分達が人々の救護に回れると判断したのだろう。対してマ
リアは一瞬、何が起きたのか分からなかったらしく、彼女達よりも数拍反応が遅れる。
『睦月! ロザリオだ! 奴の胸元にあるロザリオを壊せ! この前の戦いで、奴の本間翼
にエネルギーを送る中枢が、その部分に在ると判った!』
「……っ! 了解!」
 更に皆人が飛ばした指示が、この戦いの結末を大きく左右する事になる。この友たる司令
官の叫びに、睦月は半ば反射的に飛び出していた。驚きこちらへ振り向こうとしていたマリ
アに、彼は跳び上がりながら渾身の一撃を叩き込む。
「うあああああああッ!!」
『ARMS』
『ABSORB THE SQUID』
 ホログラム画面を叩きながら、EXリアナイザより槍型の武装を召喚する。自身に向けら
れた狙いに気付いて、マリアは咄嗟に翼を曲げて防御しようとした。しかしちょうどその直
前で、状況を見ていた冴島と仁に、背後から羽交い締めされて妨害。広げようにも中途半端
な格好になってしまい、肝心のロザリオ状機構は露わなままになってしまう。
「今だ、睦月君!」
「ぶち壊せ!」
 重低の入った雄叫び。はたして次の瞬間、睦月の放った槍はマリアの胸元にある紅い宝石
を砕いていた。破片になって飛び散ってゆくロザリオ。タイミングを合わせて、コンシェル
達の拘束する手を離す冴島と仁。
 マリアは気持ち、その面貌の目を見開いているように見えた。刺突の威力で大きく後ろに
仰け反ってゆくように見える。これで本間妹に、他人びとから奪い取った生命力はもう供給
されない筈だ。
「は、離せっ! 離せぇぇぇーッ!!」
 一方で國子と海沙・宙、隊士達は、階段の一角で颯の身柄を確保していた。すっかり狂気
に囚われてしまったこの召喚主を、半ば強引に取り押さえ、その手から改造リアナイザを取
り上げようと試みる。
「妹を……妹を助けなければ……!!」

 時は少し遡り、司令室(コンソール)内大医務室。
 睦月達が本間翼の入院する大学病院に向かって暫くした後、謎の“ゆっくり”化現象に侵
されいた、冴島隊B班の隊士達が目を覚ました。彼らを蝕んでいた件の異変もどうやら効果
切れとなったらしく、ベッドの中でぱちくりと目を瞬いている。室内を忙しなく行き交って
いた医務要員達が、ホッとした様子でこれを覗き込んだ。
「……うん?」
「ああ、良かった。やっと戻ったんですね」
「もうっ! 心配しましたよ~。自分達じゃあ、さっぱり対処法が分からなくて……」
「例の“ゆっくり”が解けるまで、皆さん飲まず食わずでしたからねえ」
『……』
 言葉通りの、いやそれ以上の安堵。
 だが当のB班隊士達は、たっぷり数拍室内の天井──見慣れた風景を見渡した後、徐々に
顔色を青くしていったのだった。やや遅れて頭に疑問符が浮かぶ彼らに、隊士達はハッと思
い出したように身体を起こして詰め寄る。
「そうだ! そうだよ……!」
「なあ、今日は一体何日だ? 俺達はあれから、どれだけ封じられてた?」
「筧刑事は──いや、七波ちゃんは?」
「? い、一体どうしたんです?」
「何をそんな慌てて……。やっぱり皆さんがあんな事になってたのも、何か理由が……?」
 薄々感じ取ってはいた事だった。少なくとも何かしらのイレギュラーが起こっていたのは
間違いなかった。
 ガクガクと身体を揺さぶられて、医務要員らは狼狽していた。元より彼らリアナイザ隊の
面々に比べれば、膂力体力などにおいて自分達は劣っているのである。そうこうしている間
にも、隊士らは蒼褪めた様子を濃くしていた。盛大に頭を抱えて、鬼気迫る表情でもってこ
ちらに叫んでくる。
「急いで司令に──冴島隊長や、睦月君達に知らせてくれ!」
「早く彼女達を見つけないと、大変な事になる……!」

 胸元のロザリオ状機構は破壊された。もうこれ以上、生命力を奪われる犠牲者が出る必然
性は無くなるだろう。
 とはいえ、本体のマリア自身は無事だ。守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月や冴島、仁が
操るコンシェル、及び怪人態の黒斗はこれに対して追撃を加えていた。自重などしない、四
対一のインファイト。本来の能力・契約履行を阻害されたとはいえ、このまま彼女を逃がす
訳にはいかない。
「グッ! ガッ! グオッ!?」
「オ……オノレェェェ! オノレ、オノレ、オノレェェェーッ!!」
 院内では國子と海沙、宙らが本間颯を確保している。逃げようとする彼を数人がかりで押
さえ込むが、肝心の改造リアナイザを死守するようにお腹に抱えて丸まっている。
 聖母(マリア)という異名も形無しだ。そこには只々、アウターとして自らの実体化を果
たそうとする妄念だけが見られる。一方的にタコ殴りにされても尚、電脳の怪物としてイン
プットされた命令に忠実な、いち個体としての姿が在るのみだった。
『──』
 ちょうど、そんな時である。睦月達が一気に彼女へと止めを刺そうとしていた最中、ふと
背後からこちらに近付いて来る複数の足音が聞こえたのだった。
 カツ、カツ、カツ、カツ。三人分。半ば反射的に振り向いた面々は思わず──驚愕した。
何故ならそこには筧と由香に加え、かつて守り守られを演じて散った、二見の姿までがあっ
たからである。
「筧刑事……?」
「な、七波ちゃん!?」
「二見さんまで……。どうして、此処に……?」
「……相変わらず、ちんたらやってるみたいだな。しかも見覚えのない奴まで居やがる」
 睦月達が戸惑ったのは他でもない。筧と二見、そして由香が見せていた表情が、これまで
見た事もないほどに険しく、まるで別人のようだったからだ。睦月やパンドラ、冴島や仁、
ないし司令室(コンソール)の通信越しでこの一部始終を見ている皆人達もまた、予想だに
しなかった面子の出現に動揺を隠せない。
「退いてろ。そいつ“ら”は──俺達が始末する」
 そして筧が代表し、短く言い放つが早く。
 彼はガチャリと懐から、何処か見覚えのある道具を取り出した。
 握り拳の外周を覆うような形状の、独特な短銃型ツール・リアナイザ。ただ明らかに違う
点があるとすれば、睦月達や“蝕卓(ファミリー)”が使っているそれよりも全体的に小さ
く、丸っこい。何より銃身部分に当たる上底パーツには、本来備わっていない筈の、三つ穴
の回転式弾倉(シリンダー)が埋め込まれていた。筧と二見と由香。三人はそれぞれズボン
やスカートのポケットから、赤・青・黄のデバイスらしき金属製のカードを握り締める。
『TRINITY』
『BLAZE』
 故に、睦月達は更に愕然とした。怪人態の黒斗やマリアも、その為そうとしている意味を
探ろうとして戸惑っているようだった。特に前者は前者で、寧ろこちらの方が厄介だと本能
で理解したらしい。
 最初、筧が赤いカード型デバイスを弾倉(シリンダー)に挿入し、引き金をひいた。次に
リアナイザに似たこのツールは自動的に隣の弾倉(シリンダー)へと切り替わり、同時に隣
に立っていた二見へとバトンタッチ。同じく青いカードを挿し込んで引き金を。更にまた隣
の由香が短銃を受け取って、黄色のカードを挿し込んで引き金を──三人で全く同じプロセ
スを踏みつつ、一つのツールを使い回す。
『TRINITY』
『BLAST』
『TRINITY』
『BLITZ』
 筧の頭上には赤、二見の頭上には青。そして由香の頭上には黄色の光球がその銃口から射
出され、ゆっくりめいめいに向かって落ちて行った。睦月達が唖然とする中、そのタイミン
グに合わせて、三人は宣言する。
『──変身!』
 はたして場の面々が目撃したのは……新たな戦士達の出現だった。
 赤・青・黄。まるで睦月、守護騎士(ヴァンガード)のように獅子を象ったパワードスー
ツにそれぞれ身を包んだ筧達が、そこには立っていたのである──。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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