日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅱ〔16〕

 他に比べて相当長寿な種族であるといえる竜族(わたしたち)にも、味わった挫折の歴史
は少なからず存在する。
 それは私自身が関わった訳ではなくとも、代々血の中で静かに継いできた悔恨の記憶。
 普段は意識しないように努めている。ひっそりとセカイを見守ろう。そんな傍観者目線。
 そんなスタンスを同胞達(みな)の多くがお互いに暗黙の了解として、私達はこれまでの
長い長い時の中を生きてきた。
『──だがな、竜の末裔よ。それだけではないのだ』
 だけど、あの衛門族(ガディア)の長老はそう私を見遣って呟いていた。
 知らない筈はない。私達の“挫折した統治”の過去を。
 分かっていて、彼は投げ掛けてきたのだと思う。
 しかし少なくとも、彼自身は“諦めた”かつての主らの子孫を恨んでいるようには見えな
かった。……そう、私自身が思いたかっただけかもしれないけれど。
 そもそも彼らはご先祖様に正式に任されるよりも以前から、門(ゲート)と共に暮らし、
そこに根を張ってきた。
 だからこそ今も尚、ストリームの歪みと向き合い続けてくれているのだろう。
 かつてこの世に迷い込み流れて来た、最早ルーツも知らない先祖伝来からの使命を胸に。
「ジーク……。そんな……」
「落ち着いてくれ、先生さん。とにかく皆、足場が無くなり切る前に早く出口へ!」
 それに比べて私はどうしたいのだろう?
 皆からの質問に答えて自身を誤魔化しながら、私は閉じ込めていたその暗黙の了解に密か
に自問自答を投げ掛けていた。
 過去の古傷を背負い合い、皆と距離を置く。
 だけど……その流浪の先で出会った人々に癒され、彼らを護りたいと思った。
 特にあの子達──ジークとアルス、教え子達は。もっと他人から離れて一生を終えていく
繰返しの筈の身でありながら、繋がりたいと思ってしまう、このむず痒い温かさ。
「で、でもストリームの中に落ちたら……!」
 なのに、咄嗟にあの子達へ救いの手を差し伸べられなかった。
 助けなきゃ。でも思わず深淵へと喰らい付こうとした私達の襟首を、ダンさんがむんずと
掴んで引っ張り出してくる。
 獣人さんの膂力で私達は抱えられ、横を駆けるリンさんと共に当初の出口へ。
「なに、大丈夫ッスよ。レナには空が飛べる征天使(デカブツ)がついてますから。あれが
あれば奈落の底まで落ち切りゃあしませんよ」
 そうは言っても彼も後ろ髪を引かれる思い、そんな表情を滲ませている。
 飛行能力を持つ使い魔? 初耳だけど、確かにそれなら途中で浮遊すれば大丈夫な筈。
「それよりも皆が皆で落っこちまえば、それこそ邪魔に入ってきたらしい結社(やつら)の
思う壺です。それに、大人数だとデカブツでも受け止め切れねぇかもしれない」
 だけど、彼らの横顔は決して悲観的ばかりではなくて。
「……何より、私達の知っているジークはそう簡単にくたばるようなタマじゃないよ」
 それは間違いなく、皆さんが“仲間”に寄せる信頼の気色を強く宿すそれで。
 ダンさんから受け継いで語ったリンさんの言葉に、私は思わず目を瞬いてしまって。
 ──ジーク……アルス……エトナ。
 そうね。貴方達を信じてくれる彼らを、私も、もっと信じようと思う。
 それがたとえ私達の血脈の古傷を抉ることになろうとも。
 分かっている。あの古傷は、もう私達にとっての過去(おおむかし)なのだから。
 だからこの時代(とき)ぐらいは、大切な人達(いま)と寄り添ってもいいかしら──?

 光漏れる出口へと一斉に身を投げる。
 暫し、ダン達はその眩しさに目を細めて白くなる視界の中に佇んだ。
 やがて目に映ってきたのは、朝靄の中の森だった。昇り始めた朝陽が、木々を眠りから覚
ますようにそっと緑色を照らしている。
 ただ四方八方が木々という訳ではないようで、脚から伝わる傾斜の感覚や左右にバラけた
緑を見るに、ここは何処かの丘の一角であるらしい。
「……ここは何処なんだ? 皇国(トナン)なんだよな?」
 辺りを見渡しながらダンは誰にともなくぽつりと声を漏らす。
 そして肩越しに来た道を振り返ってみると、そこに鎮座していたのは大きな古木だった。
 周りの木々の中にあってもかなりの年季と見える。既に樹木としての態はなく、ただその
根本にぽっかりと開いた“うろ”が目を引いた。
「なるほど。此処に門(ゲート)として繋がっていたみたいね」
「だけど……今は何もないです」
「そりゃあそうだよ。基本的に空間転移ってのは陣を敷いている場所同士でないと往復でき
ないからね。あちこちから導きの塔へ侵入されても困るから、こういう一方通行な状態にし
てあるんだと思うよ」
 そっと目を細めてストリームを視ているのか、リュカが今回の空間転移の全容を把握した
ようにそう頷き、口を開いていた。
 その傍らではミアがうろの中に手を突っ込み虚空をなぞると、こちらからは路(オゥス)
に繋がっていない事を確認しており、ステラも魔導使いの端くれとしてそんな友に解説の弁
を与えている。
 もう後戻りはできない。あいつらならきっと大丈夫。
 ダンは肩越しに彼女達を見遣ったまま、ぐらりと揺れたこの判断を是と固め直す。
「ああ。間違いない。ここは……トナン皇国、私や殿下の故郷だ」
 すると、ダンの呟きに間を置いて、リンファがじっと丘の上から見える遠景に目を遣った
ままそう答えた。
 ダンやリュカ達がそれぞれに彼女の傍へと歩み寄る。
 そうして一同が目を凝らした視線の先──丘の眼下から見える景色の中に、一際大きな、
城壁で囲まれた都市が佇んでいるのを確認する。
「あの街は、まさか」
「皇都トナンだ。長らく国を離れていたとはいえ、この私が忘れる筈がないだろう?」
 という事は、間違いなく自分達は皇国(トナン)に辿り着いていると結論付けられる。
 一先ず空間転移には成功したらしい。
 ダンらは一度ほっと胸を撫で下ろしたがそれも束の間、ならばと再び表情を引き締める。
「……だったら早い所行ってみよう。何にせよ活動拠点を確保しておかないとな。ジーク達
を捜すにしても、トナンの今や六華のことを調べるにしても、こっちが地に脚を付けられる
状況じゃなきゃどうにもならねぇ。リン、色々とブランクはあるだろうが案内役、しっかり
頼むぜ?」
「ああ。任せておいてくれ」
 真剣な横顔の中に、フッと優しい微笑を漏らした彼女に皆が頷いて。
 そしてダン達五人はその場から丘を下り、眼下の皇都を目指し始めた。
 朝靄の中の森に、時折鳥の囀りや獣の気配が雑じる。
 こうしてみると以前より耳に挟む通り、トナンは豊かな水と緑に囲まれたのどかな島国と
いう世間一般的なイメージがしっくりくるように思う。
 だが……その内部は必ずしもそうではない筈だ。
 二十年前のクーデター、六華を執拗に狙い、且つ街(アウツベルツ)に魔獣の軍勢を送っ
てもきた“結社”との関係性の如何。
 怪しむべき部分、調査すべき部分はたんまりとある。
(……とはいえ、先ずは何よりもジーク達を捜さねぇとな)
 そもそも此度の旅路は、全て彼の──レノヴィン一家の為であるのだ。
 その中核であるあの危なっかしい、だけど根っこは熱くてどうにも放っておけないイイ奴
を置き去りにしたままでいる事は、ダンには、自分達にはできなかった。
(何処かに出ているとは思うんだがな。何とか上手い具合に合流できればいいが……)
 クランの副団長、この遠征部隊のリーダー役として。何よりも一人の冒険者の先輩として
何としてでも彼らと合流を果たさねば。
 想定外の事態を付け加える羽目になってしまったダンら一行は、それそれに心配や奮起を
胸に抱きながら、皇国の都へと歩みを速めていた。


 Tale-16.遥か東の女傑國

「……反皇活動(レジスタンス)?」
 その言葉が耳に届いた瞬間、ジークは半ば無意識に眉根を寄せていた。
 生まれも育ちも北方(サンフェルノ)であって、皇国(トナン)自体にさほど前知識があ
るわけでもない。
 だが、その言葉尻から読み取れるきな臭さは、ジークにそんな内心の第一印象を抱かせる
のに充分であった。
 そもそも、彼らのピンチに割って入る格好になったとはいえ、初対面である自分達に対し
いきなりこのような名乗りをしてしまっていいものなのか?
 続いて脳裏に過ぎったのはそんな怪訝でもあって。
「それにしてはやけに脇が甘いじゃないですか。もしかしたら僕らが敵対勢力のスパイかも
しれないんですよ?」
 そして、そういった思考は何もジークだけではなかったらしい。
 ジークと向き合う男性サジとその仲間達の間を遮るように、サフレはさっと身を割り込ま
せてくると、敢えて彼らを試すような物言いでそう口を開き、流し目を寄越したのである。
 マルタとレナもにわかに緊張した面持ちで互いの顔を見合わせている。
 だが、当のサジは微笑のまま、冷静さを欠く事なく言う。
「もしそうだとしたらそんな質問はしてこないさ。それに私も一人の武人として、警戒の念
で以って恩を無碍にするような不義はしたくない主義でね」
「……そうかよ」
 サフレとちらと視線を合わせ、ジークは片手で髪をガシガシと掻きつつ呟いていた。
 いきなり気を許さない方がいいかもしれないが、少なくともこの時点で彼らが“敵”だと
みなす必要はないだろう。
「じゃあよ、おっさん。ここは何処なんだ? 俺達はこの辺りには不案内でさ」
 故にジークは代わりに、話題を変えるように、そんな質問を投げてみた。
 見た所、彼らは自分と同じく女傑族(アマゾネス)の一団。
 せめて今自分達が何処でどういう状況に置かれているのか、それを把握しておくことが何
よりも先決であったから。
「不案内? ……そうか。ここはアサド、皇都から見て西の山岳地帯に区分される」
「見ての通り、此処にはあちこちに石窟があってな。今はろくに人も来ない辺鄙な所だが、
俺達にとっては中々の隠れ家(ぶっけん)ってわけさ」
「兄ちゃん達は、旅人か何かかい?」
「ん……。まぁそんなとこだ。見た目はあんたらと同じ(アマゾネス)でも、俺自身は生ま
れも育ちもトナンじゃねぇからさ」
「そうだったか。ならばようこそと言うべきだろうな。歓迎しよう、同胞よ」
 言ってから、サジは面々を代表してそう手を差し伸べてきた。
 なるほど。これが同族意識という奴か。
 幼い頃から多種族の中で育ってきたジークにはあまり馴染みのなかった感覚だったが、こ
うした結束意識は他の種族などにおいても例はごまんとある。サフレが互いを仲介するよう
に立ったまま、二人はやがてはしっと握手を交わす。
(とりあえずトナン本土に出る事はできたか。あとはリュカ姉や副団長達とどう合流するか
だが……)
 しかしジークは、今後当面の行動指針に並び気になったことができていた。
 交わしてみた握手。だが一方でその相手、サジ・キサラギ──反皇活動(レジスタンス)
に関わっていると語るこの男を、一見すると微笑に見えるその表情(かお)を、ジークは何
となく額面通りに受け入れることができなかったのだ。
「……もう一つ、聞いていいか?」
「何かな?」
「そもそも何でレジスタンスなんてモンがあるんだよ? 二十年前のクーデターは収まった
筈じゃねぇのか?」
 だからこそ問うたその言葉。
 だがその選択は、結論から言えば両者の溝を更に深めることになる。
「そうか……。君は外育ちでよく知らないんだな」
 握手を解き、フッと哀しそうな表情。
 サジはそれまでの微笑をにわかに顔の奥へと収めるようにして呟くと、レジスタンスの仲
間達をちらりと見遣ってから言った。
「確かに二十年前のあの日、クーデター自体は“成功”した。当時の主要各国の指導者らが
我々傭兵民族アマゾネスを敵に回す事になりかねないと判断し、追認の対応を取ったという
周辺事情が大きかったからとはいえな」
 ジーク達は頷く。その辺りの大人の事情とやらは、この冒険者という業界にいることで少
なからず耳にしてきた話ではある。
 しかし、対するサジらの表情はあきらかに承服せずといったそれであった。
 眉根を寄せ、そんな過去を辛酸として受け止めている、反皇勢力(レジスタンス)のそれ
であった。
「……だが、いくら各国──統務院によって追認されたとしても、それは結局、簒奪されて
得られた王位だ。かつて両陛下に仕えた一人として、私はその首謀者……アズサ殿を認める
わけにはいかない」
「アズサ……。確か今の皇だっけか」
「ああ。アズサ・スメラギ。先皇アカネ様の双子の姉に当たる。アカネ様は穏やかで優しい
方だったが、アズサ殿は」
「厳し過ぎるんだよな。色々と」
 つまり自分達兄弟にとって祖母であるアカネを殺害し権力を握ったのは、実の大伯母。
 そのような武力に訴えた権力交替だったことは小耳に挟んでいた筈だったのだが、ジーク
は急にその事実が重く自身に圧し掛かってくるような気がして胸糞が悪かった。
 そんな様子にレナが逸早く気付き、そっと手を眼を向けてくれるが、ジークはやんわりと
それを押し止めた。
 同じく眼だけで返す「大丈夫だって」な強がり。
 心配、様子見、同情。三者三様の仲間達の反応を背にしたまま、ジークは無言のまま続き
をサジらに促して片眉を上げた視線を送る。
「外育ちの君も少なからず知っているだろう。アズサ殿が皇となってからは確かにこの国は
豊かになった。それまでの伝統的な生活を守り、武芸を修めた者達からの出稼ぎで糊口をし
のいできた生活からすれば、生活水準それ自体は上がっている」
「だけどさ……。それはあくまで“国”としてみた場合なんだよ。確かに国として昔よりも
は強くなった。アズサ殿の政治手腕は確かなものだ。でも……あの人は厳し過ぎる」
「要は“富める者から富め”。富がなければ国も豊かになれないって理屈でさ。それまでの
伝統──彼女の言う旧態依然のしがらみを壊して、そこからの改革開放の中で実力を発揮し
てくる人間を出自に関係なく評価する。そういう実力主義者なんだよ」
「確かにそれはデキる人間にはこれとない立身出世の時世になる。だがな、正直言って凡才
な大部分の連中にはそんな世の中は単に息苦しいだけなんだよ」
「……まぁ、そうかもな」
 伝統的な社会を皆にとって居心地の良いコミュニティと取るか、或いはしがらみといった
悪しき因習の温床と取るのか。少なくとも、アズサ皇という人間は後者に依って立つ人物で
あるらしい。
「だから、俺達は戦っているんだ」
「皇に擦り寄って儲けている一部の連中が幅を利かせる今の皇国を正す。その為に俺達レジ
スタンスいるんだよ」
「少なくとも、今の皇国は皆が望んだ変革じゃない。それは間違いないんだ」
 レジスタンスの面々は少々熱っぽく語り始めていたが、対するジーク自身は曖昧に応答す
るに留まっていた。
 話が分からない訳ではない。
 武力で奪われた正当な筈の王位。弱者を切り捨てるかの如き政治。そうした人々の不満を
梃子にしているらしい彼らレジスタンスという反・現皇勢力の存在も。
 だが、そうしたレジスタンスのような「先皇派」と、アズサ皇に認められた者達の集団で
あろう「現皇派」という二項対立で語ることが事の本質なのだろうか。
 ジークはそこまで言語化して考える頭こそ持たなかったが、漠然とそんな安易な二分法的
な対立にあまり良い印象を持てなかった。
 そもそも、自身が生計を立てている冒険者業自体が基本的に実力主義社会なのだ。
 足りぬ力量を補い合うクランという互助集団は点在するが、それでも与えられる糧が均等
でないことに憤るのは、何処か方向が違う。そう感じていたのである。
「……正当な王位継承ならまだしも、アズサ殿のそれは奪って得た権力だ。だからこそ私達
は認める訳にはいかない。人々に代わって、多くの弱者を切り捨てて構わないとするような
彼女とその政(まつりごと)を討ち除く。それが私達に残された、亡き両陛下への手向けに
なるとも信じているんだ」
「…………」
 だからこそ、少なからぬ歳月の闘争を続ける彼らに、ジークは賛同できなかった。
 キュッと唇を噛み締めて結び、先皇夫妻──祖父母への忠節を語る彼らを見据える。

 ──それは、ジーク達がサンフェルノでの“使徒”襲撃を何とかしのぎ切り、帰路の旅支
度を始めていた頃のことだった。
「ジーク、アルス。入っていい?」
 襲撃から数日後の夜、ジークとアルスがいよいよ明日の朝となった出立に備えていると、
ふとドア越しに軽いノックの音と共に母(シノブ)の呼び声が聞こえてくる。
 ひょいと顔を上げたアルスが、逸早くドアの前へ駆け寄って出迎えていた。
「遅くまでご苦労さま。冷えるでしょう? 飲み物、持ってきたわよ」
「お、おう……」
「うん。ありがと」
 そんな彼女がトレイの上に載せて持ってきたのは、ほわんと湯気の立つホットミルク。
 兄弟共用な木製の丸テーブルの上に置かれたカップをそれぞれ手に取り、ジークとアルス
は暫しその優しい温もりでそっと喉を潤した。
 ゆったりと夜の時間が過ぎていく。部屋の片隅で舟を漕いでいたエトナがようやく気付い
てふよふよと近寄ってくる。
「……いよいよ明日ね。もうじき日付も変わってしまうけれど」
 シノブが同じくカップを手にそんな事を呟いたのは、そうした最中のことだった。
 エトナも加わって、三人は誰からともなく互いに顔を見合わせる。
 寂しさ、哀しさ、いやきっと憂い。
 丸テーブルを囲んで座る母の表情は、微笑を取り繕うとしていたものの、やはり浮かない
気色に思える。
 無理もないだろう。今までずっと黙っていた自分達の出自の秘密が明らかになり、同時に
六華を狙う刺客も姿を見せたのだ。
 それだけでも冷や汗ものだというのに、自分達息子はそんな連中と対決しようとすらして
いる。一人の母親として、皇家の直系として、心配の種は尽きない筈だ。
「まぁ大丈夫だって。母さんとリュカ姉のおかげで六華(こいつら)の本来の力ってのも引
き出せるようになったんだろ? 今回みたいにやられっ放しで済ませてやるもんかってな」
「そう……だね。相手が魔人(メア)なら、聖浄器は凄く有効だと思う。だからこそあいつ
らは兄さんから六華を奪おうとしたのかもしれない」
「うーん。だけど、それだけが理由なのかなぁ? 仮に狙いが聖浄器だとしても、それは何
も六華だけの話じゃないじゃない? 他の場所でも似たようなことやってるのかな?」
「かもな。だったら尚の事このままやられっ放しじゃいられねぇよ。残りの六華を取り戻し
て、それから奴らもぶっ飛ばす。悩む事なんざねぇさ」
 だからこそ、ジーク達は努めて強気に元気に振る舞っていた。
 彼女を心配させたくない。優しく笑っていて欲しい。
 上の息子、下の息子、そしてその持ち霊と立場はそれぞれに違っていたが、長らくこの村
で寝食を共にしてきた家族として、その願いはブレることなく一つだった。
 弟とその持ち霊にニッと不敵に笑いかけながら、ジークは足元に立て掛けていた三本のま
まの愛刀らに手を伸ばすと、意気込みの中に憤りを隠しぎゅっと握り締めてみせる。
「……」
 だがそれでも、シノブの憂いはそう簡単には晴れないらしかった。
「ねぇ。一つだけ……聞いて貰えるかしら」
 一瞬だけ見えた苦笑。
 しかし次の瞬間には静かに居住いを正すと、彼女はしっかりと息子達の眼を見据えてから
言ってくる。
「皇国(むこう)でもし、貴方達や私のことがバレてしまっても、国の皆には私が復権する
つもりはないことを伝えて欲しいの」
「へ?」「……王様には、ならないってこと?」
 ジークとアルスは頭に疑問符を浮かべてから、互いの顔を見合わせていた。
 確かに今度の旅はあくまでも六華の奪還が目的だ。少なくとも現皇アズサと対決し二十年
前の仇を取ることではない。
 しかし、その意思を他ならぬ母が──アズサ皇によって故郷を追われた筈の当人が口にし
たことにジーク達は少なからず驚いていた。
「考えてもみて? もうあの日から二十年も経っているわ。今更私がトナンに戻っても国内
をバラバラにしてしまうだけだもの。確かに叔母様はお父様とお母様を、城の皆に手を掛け
たわ。その事実は消えないし、恨んでいないと言えば嘘になっちゃうけれど……」
 でもすぐに、三人は察することができた。
「でもね? やられたからやり返す。それを権力者同士が繰り返した所で誰も──国に生き
る民は幸せにはならない。私達の勝手な争いに巻き込まれて不要な苦労を背負い込むだけ。
だったら……たとえその王位を手にした経緯が謀反でも、安定した政治の中で暮らしていけ
る方がよっぽど彼ら彼女らの為になると思うの」
 きっとそれは、優しさ。自分よりも民の行く末を憂う苦渋の論理で。
 だからこそジークは言い返せなかった。
 それが「逃げ」だとは決して言えなかった。自分と似ている。そう感じたから。
 だからこそアルスとエトナは押し黙るしかなかった。
 民にとって王はあくまで生活を担保してくれる存在に過ぎない。
 王が誰かよりも、王が自分達に如何してくれるかが、大部分の民衆にとっては関心事であ
ろう事は否定できなかったから。
「だからお願い。もしまだ皇を私か叔母様かで争っている人達に出会ったら、その争いをす
ぐに止めて、もっと自分自身と国に生きる人達の為に生きて欲しいと伝えて? ……私自身
はこの村、外野からそう頼むような卑怯者だけれど」
「卑……っ、そんなことっ……!」
「アルス」
 流石に哀しく笑う母にアルスはもらい泣いて叫び、否定しようとしたが、その出掛かった
言葉はそっとジークが制していた。
 ちらと兄の、母の顔を見て悔しそうに唇を結んで俯き加減になるアルス。
 そんな相棒へと心配そうに寄り添うエトナに一瞥を寄越してから、ジークは改めて母の静
かで、だけど長い長い苦悩を積み上げ来た表情(かお)を見る。
「……分かった。俺もそういう奴らを見つけたら説得してみるよ。俺達にとっても、トナン
は血筋上の故郷なんだしな」
「ええ。ありがとう……」
 温かかったミルクは少しずつ冷め始めていた。
 薄くなっていくカップからの湯気。
 シノブは一先ず何とか思いの丈を託せたと安堵の苦笑をみせると、
「……絶対無事に帰って来てね? 無茶だけは、しないで」
 今度は一人の母親として、そう息子達にそっと送る言葉を差し出してくる。

「──それは、本当にこの国皆の望みなのかよ?」
 瞳の奥から蘇ってきた記憶と、託された思い。
 ジークは何処か遠くを見ていたかのように長い沈黙を経ると、ふとそんな問い掛けをサジ
に投げ返していた。
 サジやレジスタンスの面々、そしてサフレ達もそれぞれに眉根を寄せたり、困惑の気色を
濃くしたりしているのが分かる。
「私達はそう信じている。アズサ殿は……討たねばならない。簒奪された王座を取り戻すこ
とも、弱者を切り捨てて憚らない政を正すことも、より多くの民の幸せの為だ」
 それでもサジは少し間を置いてから言い切っていた。
 或いはレジスタンスという闘争に身を投じる中で、己に言い聞かせてきた覚悟だったのか
もしれない。ジークにはそう思えた。
「民の幸せか。自分達の恨み辛みを上手いこと隠すにはもってこいの台詞だな」
「何だと!」「お前、いくら同胞でも……!」
「止さないか。彼らは今し方窮地を救ってくれた恩人なんだぞ?」
 だからこそジークは敢えて挑発的な言葉で以って彼らのエゴを引きずり出そうとしたのだ
が、そうした口撃も全てサジは受け入れているともで言わんばかりに、ピシャリと仲間達を
制していた。
 じわじわと、険悪な空気が場に流れてゆく。
 サフレは目を細めて様子見をし、マルタは不安そうなレナと共に両者を見比べていたが、
やがてサジは再びジークに向けていた視線をフッと逸らすと、
「外育ちという事もあるのだろう。不毛な争いだと言う理屈が分からない訳でもない」
 仲間達より先んじて踵を返し始める。
「だがな……。今の不当に始まった治世によって苦しんでいる人々が、少なからずこの国に
いるのも事実だ。その現実に、君はどう応える?」
「ッ。それは……」
 肩越しに今度はサジから問いが投げ返されていた。
 彼らのエゴを衝いたつもりだったのに、気付けばもっとリアルなこの国の人々という論点
がはたとジークを一層寄せる眉根と共に黙らせる。
「……さて、こうして立ち話ばかりしてもつまらないだろう。私達のアジトに案内しよう。
君達恩人をこのまま無碍に帰してしまっては、一介の武人としての徳義にも関わる」
 そしてジークのそんな苦虫を噛み潰したような反応に、サジは暫し静かな眼差しを遣ると
そう言ってきたのだった。


「──という感じでな。すまん、早々奴らの妨害に遭っちまったよ」
 丘を下り、ダン達は皇都の門をくぐっていた。
 土地の人間であるリンファを先頭に城下町を行き、用心のために少し奥まった路地の途中
に居を構える宿を当面の活動拠点とする。
 アウルベルツを出発して実時間は半日弱。
 ジーク達と逸れてしまうというアクシデントを経たものの、ようやく一段落をついた所で
ダンはホームのイセルナへと報告の導話をかけていた。
『仕方ないわよ。遅かれ早かれ奴らからの妨害は想定していたのだし。それに貴方の事だか
ら、もうジーク達の捜索は始めているんでしょう?』
 それでもクランの長として、仲間を信じている一人として、イセルナの声色は思っていた
以上にはブレていなかった。
 代わりにと、彼女は既に動き出しているであろうダン達にその進捗状況を訊いてくる。
「ああ。ステラと先生さんがさっきから精霊達から情報収集をしてるよ」
 言って、ダンは耳元に当てた受話筒を目一杯に引き伸ばすと、部屋のベランダから隣室の
それへと目を遣った。
 自分のような中年親父と同室は嫌だろうと、娘ら四人は隣室を追加で取ってある。
 そのベランダ上で、リュカとステラはじっと薄目を瞑り精霊達の声に耳を澄ませていた。
「ただあいつらが皇都(ここ)の近所にいる可能性はそう高くないみたいだぜ? 先生さん
の話じゃあ、ある程度の距離内ならすぐにでも居場所を把握できる筈なんだとさ」
『でしょうね。さっき言っていた通りレナちゃんの魔導具で転移空間から脱出できていると
は思うけど、その脱出口が何処に繋がっているかは分からないし。……最悪全く違う場所、
トナン国外に出てしまっているかもしれない』
「ああ。でもあいつらだって皇都(もくてきち)自体は知ってるんだ、何処に出たとしても
何とかしてこっちには来るだろうさ」
『ええ……』
 導話越しに心配と楽観論に包んだ慰みを返し合うクランの団長と副団長。
 しかし、姿こそ今はなくとも迫ってくるリスクは否めない。
 この皇都の拠点に腰を下ろし、ジーク達が追いついてくるのを待つのは確実な手ではある
のだろう。だがそれだと時間が掛かり過ぎるし、身動きが制限される。
 何よりも合流できるまでの間に“結社”から見つかり、追撃を受けるリスクが経過と共に
増してしまうという点が手痛い。
「だがまぁ、このままジッとしてるのも性に合わねえ。能率は落ちるかもしれねぇが、これ
から当面はジーク達の居場所と六華、両方の情報収集をするつもりだ。そっちにも定期的に
連絡は送る」
『それが一番現実的かしらね……。お願いするわ』
「おうよ。そっちも油断なく、だぜ?」
 だからこそダンはこちらからも動いていこうと考えていた。
 イセルナも導話越しに頷き、一先ずホームへの報告が終わろうとする。
「ダン、まだイセルナと話しているか?」
 部屋のドアをノックしリンファが顔を出してきたのは、ちょうどそんな時だった。
「ちょうどざっと報告をした所さ。何かお前も話しておくことがあるのか?」
「ああ。今の皇国(トナン)について少々、な……」
 言いながらダンその傍までやって来ながらリンファは言うと、そのままダンから受話筒を
受け取った。心なしかその横顔は、哀しみのような悔しさのような、複雑に入り混じった陰
鬱さを封じ込めたかのようにしかめられている。
「イセルナ。替わった、私だ」
『リン……? どうかした? 報告ならさっきダンにして貰ったけど』
「知っている。私の方は、それとは違うよ」
 椅子の背もたれに身体を預け、片目でそう語り始める彼女を見遣るダン。
 そんな彼を──いや、というよりも他に誰も近づいて来ていない事を確かめるかのように
一瞥すると、
「今の皇国(トナン)の状態について、実際に戻って来てみて分かった事を伝えたい。長い
間、身内にすら私の素性を伏せていてくれた貴方には知っておいて欲しい。巻き込んできた
身としての、勝手ながらの責任感だと思ってくれ」
『……。分かったわ、聞かせて?』 
 リンファは一度大きく息をついてから、ゆっくりと話し出す。
「現在の皇都はあの頃からすれば見違えるほどに堅固に大きくなっている。それはアズサ殿
の掲げる“強い皇国”の政の成果で、実際に豊かさと人口を増やしたからなのだろうが……
それ以上に、都を囲む城砦の規模もまた大きくなっているのが目を引く」
『……それは、強くなったからこそ“敵”もまた尽きないからだと言いたいのかしら?』
「ああ」
 やはり、イセルナは事の内実をよく見ている。
 リンファは短く頷きつつもそう思った。
 終始落ち着いた声色と気配。導話の向こうの仲間(とも)にふとそんな親愛の情を覚えて
僅かに頬が緩むも、次の瞬間には再び真剣な面持ちが心身をあまねく覆い直す。
「少し城下を歩いて回ってみたんだ。あの日以来ろくに帰っていないし、歳月の所為だとも
言えるのかもしれないが、皇都は──この国は随分と変わってしまっているらしい。昔は自
由に緩々と立ち並んでいた家屋も今は碁盤目状に整備し直されているし、雑多に点在してい
た商店も分野ごとにきっちりと区分けされている。……何よりも、富む者と富まざる者の差
が明確にされている。城下の内壁を境に、富裕層や中間層、貧困層と人々の領域が隔たれて
いたんだ」
 淡々と語る彼女に、傍らのダンも導話の向こうのイセルナもそっと眉根を寄せていた。
 二十年前とは違う大きな点。それはスラム街と一般市街という物質的精神的な隔絶。
 当時はまだ今ほど国力自体が豊かではなく、謂わば“皆がそこそこ貧乏で同じ”という状
態であったとリンファは語る。
 だが、今の皇国(トナン)は違う。
 国としては豊かになっているが、個々のレベルでみれば以前のような均衡は崩れている。
 都市計画の段階での恣意的なものか、或いは人々自身の貧富の格差を理由とした心理故な
のか、そこには明確な峻別が現れているのだと。
「かつて宮仕えをしていた一人として、格差自体を一概に悪だとは言えないのだが、どうに
もアズサ殿は目に見える形でこういった形態を採っているかのように私には思える。推測で
しかないが、頑張り次第でもっと上を目指せるのだというメッセージなのかもしれない」
『……だけど私には、耳に挟んでいる話の限りでは、それは到底』
「ああ。お世辞にもそう皆が皆奮起しているとは言い難いな。試しに隔てる内壁を自分で行
き来してもみたよ。……まるで違っていた。豊かになった暮らしを謳歌する者がいる一方、
貧しさの側に成った者達から送られた眼差しは怨嗟や嘆きばかりに思えた」
 ──尤も、そんな感想自体、かつて敗れた者としての先入観からなのかもしれないが。
 心なしか自嘲するように声のトーンを落とし、リンファはぽつりとそう付け加えていた。
 椅子にもたれたままダンは黙ってそのやり取りを見守っており、導話の向こうのイセルナ
も曖昧な苦笑で応えてやることしかできない。
 暫しの、間があった。
 このかつての近衛隊士は一体何を思っているのだろう……?
 ダンとイセルナはそれぞれにそんな感情を、イメージを抱いていた。
 悔しさか、或いは既に諦観なのか。しかし当の本人は、真剣な表情こそすれど、感情は漏
らさぬよう静かに内へと抑え込んでいるかのようにみえる。
「……ただ、皆が皆諦めて黙り込んでいる訳ではないらしい。こうした人々の苦境や今の皇
権が謀反で得られたという指弾を以って、打倒アズサ殿を掲げる反皇勢力(レジスタンス)
が存在しているとも耳に挟めたんだ。本国(こちら)の情報はアウルベルツにいる頃から私
もそれとなく収集をしていたが、予想以上にこの“先皇派”と“現皇派”の対立は根深いら
しい。特にレジスタンスは、もう十数年も皇国軍を相手にいたちごっこを続けているんだそ
うだ」
「ふぅん……? 俗に言う新旧各派の対立って奴か。今のご時世そう珍しい事でもねぇが、
皇国(ここ)でもそういう争いってのはあるもんなんだな……」
 眉根を上げて、ダンが少なからぬ嘆息と共にごちた。
 冒険者(このぎょうかい)自体が争い事に隣接しているとはいえ、無闇に争い合わないに
越した事はないのは言うまでもなく。
「イセルナ。もしかしたら、私は暫くそちらに戻らないかもしれない」
 するとコクと見遣りのない首肯をしつつも、次の瞬間、リンファははたと導話の向こうの
イセルナに言ったのだった。
『……それは、同胞の対立をどうにかしたいということ?』
「そういう事に、なるのだろうな。勿論、彼らに争いを止めるよう働きかけるなどにしても
ジーク達や六華の件が落ち着いてからになるが……。この国で生まれ育った一人として、用
事が済んだではさようならとは、しっくりと来ない気持ちがある」
 導話の向こうのイセルナが、窓際に片肘を乗せたダンが押し黙っていた。
 もしかしたら自分達は、この国に来る前に彼女がこうした思いに駆られることを予想して
いたのかもしれない。
 彼女は、シノブは、そもそも自らの意思でこの国を離れた訳ではないのだから。
 暫く三人は黙っていた。遠巻きに、都の往来と営みの雑音が耳に届いてくる。
「ま、その件に関してはぶっちゃけ俺達は外野だからな。お前に偉そうに能書きを垂れる資
格はねぇよ。……ただ下手に感情に惑わされるな? ジークもアルスもシノブさんも、今は
一介の庶民として暮らしてる。なまじお前の経歴が経歴だしな。いざ争いの渦中に飛び込ん
だ時にどう影響するかくらいは、お前だって分かってるんだろう?」
「ああ……。勿論だ」
 予防線を張りつつも、ダンはそう遠回しに混戦する自身の視野を諫めてくれる。
 リンファは短い返答ながらも深く静かな頷きを返していた。
 そもそも今までろくに国に帰らなかったのは、ひとえに主(シノブ)が今というささやか
な幸せを望み、選んだからに他ならない。
 愛する人と結ばれ、二人の子供にも恵まれた。
 それは皇女という立場からの「逃げ」とも言えなくはないが、自分が今更国に戻ることで
民達の生活を更に掻き乱すことはしたくない。──そんな、今まで何度となく繰り返してき
た主への定期報告の中で彼女自身が語っていた思い、王座から身を退くという意思表示。
 だがそれでも、とリンファは今苦悩していた。
 主の優しさやそんな彼女への自身の忠義。
 なのに、そんな願いとは裏腹にアズサ皇の治世は少なからぬ功罪──民同士の隔絶を拡げ
ているようで居た堪れなく思えるのもまた事実だったから。
『……そんなにすぐに答えを出さなくてもいいんじゃない? その件はせめてジーク達と六
華の、今回の旅の目的が果たせた後にしましょう? その時は、できる限り私達も協力する
から。私達は、仲間(かぞく)だもの』
「イセルナ……」
 そんな迷いを導話越しに読み取っていたのだろうか。
 駆け荒ぶるリンファの思考を、そっとイセルナは包み込むように慰めていた。
 皇家ゆかりの者か否か、先皇派か現皇派かなどではなく、長く寝食と戦いを友にしてきた
盟友として。イセルナはそう優しく語り掛けてくる。
「……ありがとう。少し、落ち着いたよ」
 だからこそリンファは苦悩で眉間に寄せていた皺を緩め、僅かに笑った。
 全くの無関係ではいられない。だけど、自分達でできることは限られていて、手近なもの
からしか届かないのもまた事実で。
 どういたしましてとイセルナも導話の向こうで微笑んでいる。
 リンファも薄目を瞑って佇んでいた。そんなやり取りを眺めつつ、ダンもやれやれと大き
な深呼吸をつく。
 そして──突然外から何やら大きな物音が響いてきたのは、ちょうどそんな時だった。
「? 何だ?」
 窓に近いダンがくいっと心持ち身を乗り出し、リンファも受話筒を握ったまま窓の外へと
視線を向ける。
 そこにいたのは、軍隊だった。
 城下の表通りをずらりと、刀や槍ではなく銃剣を担いだ兵士らが隊伍を組んで長々と往来
を引き裂くように歩いていく様子が遠巻きに確認できる。
「制服も着てるし、トナンの国軍って所か。物々しいな」
「ああ。だが私の記憶では、往来のど真ん中を軍が行進するような街ではないのだが……」
 二人は暫し眼下の皇国軍が通ってゆくのを眺めていた。
 皇都に入る際、簡単な身体検査しか受けていないが、まさか自分達を討ちに現れたという
訳でもないだろう。何処かへの遠征の帰り、と考えるのが妥当だろうか。
 やがて、遠ざかり小さくなっていく隊伍。
 そうして半ば威圧で分けられていた往来が再び元に戻っていく経過を眺めながら、
「……この国は、随分と変わってしまったんだな」
 かつて親衛隊士を務めた女剣士はそう小さく呟いていた。

 山々の稜線にゆっくりと日が沈んでゆく。
 暮れなずみの空は眩しいくらいの茜色からどよんとした黒へと徐々にそのグラデーション
を塗り替えつつある。
 ジーク達はサジらレジスタンスの面々の案内で、半ば成り行きのまま彼らのアジトに身を
寄せる形となっていた。……とはいっても、周辺の石窟寺院を(十中八九無断で)隠れ家と
して利用していると表現した方が正確なのだが。
 そんな石造りの内部の一室を宛がわれ、ジークは独りそのバルコニー上から、静かに終わ
ろうとする今日という日をぼんやりと眺めていた。
「そろそろ、頭は冷えたか?」
 すると背後から声がした。
 僅かに半身を返し、肩越しにその声の主を──宛がわれた室内から顔を出してくるサフレ
を一瞥する。山から吹き下りて来る風が時折、彼のスカーフを靡かせている。
「……レナは?」
「中でウトウトと舟を漕いでいるよ。いきなり色々あって疲れたんだろう。今はマルタが傍
に付いてくれている」
 質問には答えず、ジークは仲間の少女の様子を訊ねていた。
 自分やサフレはともかく、冒険者クランの一員といっても彼女は普通の女の子だ。
 サンフェルノ行きの列車上での加勢もそうだったが、どうにも最近、彼女は皆に追い付こ
うと少々無理をしているような感じがしていたのだ。
「そっか」
 だがそんな事、一々口には出せない。
 思い込みかもしれないし、何よりこっ恥ずかしくて喋れる気がしない。
「……それで? あの時彼らに言っていた話は君の意見だったのか? それともシノブさん
の意思か何かだったのか?」
 一方でサフレはそうしたジークの内心を知ってや知らずか、軒下の石柱に片肘をつくと、
ふと今度はそんな質問を投げてくる。
「どっちも、だろうな。サンフェルノを出発する前に母さんからああいう連中がいたらそれ
となく説得してくれって頼まれてたし。俺も……“猿山のボス”を誰にするかで延々揉めて
るなんて馬鹿げてると思うしさ」
「そうか……。だが随分な言い草じゃないか。君は正真正銘、この国の皇子だろうに」
 少なからずムッとして、ジークは今度こそサフレに振り返っていた。
 治めるとは血ではなく人徳のようなものだ。誰がではなく何をするかだ。
 しかしサフレの表情(かお)は言葉ほど自分を笑っているようなそれではなく、むしろ真
剣さを宿しているように見える。
「俺は、王座に就く為にここに来たんじゃない」
「分かっているさ。ただあの最中にカッとなって君の素性がバレてしまわないかと、僕は内
心冷や汗を掻いていたんだぞ?」
「ぬぅ……。わ、悪かったよ……」
 そう言われるとぐうの音も出ない。熱くなりかけていたのは否めなかったのだから。
 ジークは思わず目を逸らすと、ポリポリと髪を掻く。
「まぁあのリーダー格の男──サジも抑えてくれたお蔭で一先ず大事にはならずに済んで良
かったといった所だな。ジーク、それと」
 するとサフレはふと名を呼んでくると、不意にこちらに何かを投げて寄越してきた。
 反射的に顔上げて受け取り、視線を掌に落とす。
 それは一枚の大きな麻布だった。
「さっき部屋の隅の資材の中から拝借してきた。今の内に得物をそれで包んでおくといい」
 ジークは頭に疑問符を浮かべて再びサフレを見遣る。柱についていた肘を除けて立ちの姿
勢を正すと、彼は一層神妙な顔つきになって言った。
「……ジーク。君は暫く六華を抜かない方がいい」
 頭に浮かべた疑問符が一瞬濃くなり、ややあって霧散する。
 ジークは腰に下げた三本の護皇六華と麻布をちらと見遣った。 
「彼──サジ・キサラギは名乗ったろう? 元皇国の親衛隊長だと。君だって分からなくは
ない筈だ。彼のような王家に縁のある人間と鉢合わせになれば、その得物を梃子に僕らの潜
入がバレてしまうリスクが高い。さっき君も言ったように、僕らの目的は何よりも六華の奪
還なんだ。王家やその周囲の勢力に睨まれては動き辛くなる。色々と拙い」
「そう、だな……。でもいいのかよ? すぐに抜けないといざって時困るんじゃ?」
「僕を甘く見ないで欲しいな。これでも三年近くマルタと二人で旅をしてきたんだぞ」
 言われた通りに麻布に三振りを包みながら懸念を伝えてくるジークに、サフレは少し演技
ぽく余裕をみせるように応えていた。
 ジーク一人で全ての“敵”を倒せる訳ではないというある種の警句。
 そして得物を封印する格好となる彼への、不安を和らげる慰みや励ましとして。
 夕陽の光が静かにサフレの──指輪や腕輪といった形状の──魔導具に弾かれて一瞬だけ
茜を反射する。
「君たち兄弟、或いはシノブさん自身に王座への関心がなくとも、もしこの国の人々が君達
の素性を知ってしまえばきっとそうした距離感自体が認められなくなるだろう。権力という
のは良くも悪くも人の心理に大きな影響及ぼすものなんだ。元々その傍らに近しい人間であ
ればある程に」
「……」
 こいつは、どうしてそこまで言い切れるんだ?
 何処か達観したような、自嘲しているかのような。
 サフレが不意に語り始めたその言葉に、ジークは不思議な疑心を覚え始めていた。
(そういや、こいつも東の出だったっけ……)
 彼自身もまた、故郷で何か憂き目に遭ったことがあるのかもしれない。
 ジークは漠然とそう推論をすると、フッと視線を外の景色に向ける。
 二人は暫くの間、暮れなずみの空と山々を眺めていた。
 いざしんと言葉を途絶えさせると、部屋の向こう、アジトの内部からは忙しなく動き回っ
ているレジスタンスらの足音が耳に届いてくる。
 何でも、近い内に一旦このアジトを引き揚げるのだそうだ。
 一度皇国軍(成り行きでジーク達が追い払ってしまった彼らだ)に居所を探し当てられた
以上、ここに長居はできないという事らしい。他にも点々と国内外にアジトがあるらしく、
移転準備が整えばすぐにでも出発するのだという。
 そしてご丁寧にも、その際に自分達を最寄の町まで送ってくれるとも申し出があり、結果
こうして宛がわれた部屋で待機している状態なのである。
 だが……正直、このままじっと彼らの返礼に甘んじるのを待つのは気が進まなかった。
 あの男、サジに議論負けした負けん気がそうさせているのかもしれない。だがそれ以上に
ジークの中ではレジスタンスという、他ならぬ母の意思を無視して争う存在に自分が加担し
ているかのようでおもしろくなく、後ろめたかった。
 それに、サフレが言ったようにこのまま彼らと接触を続けていれば六華や自分達の素性が
バレてしまうおそれがある。
「……サフレ」
 だからジークは長い沈黙の後で決断をした。
 そして傍らの冷静な、何処か妙に達観したこの仲間に呼び掛け振り向かせると、
「今夜にでも、此処を出よう」
 冷たくなってきた風に服を髪を靡かせながら、そう言う。

「お~い、アルス~!」
 朝に座学講義を二コマとその後の実習を消化し、アルスは学生食堂へと足を運んでいた。
 “結社”による街への襲撃があっても、お昼時はいつものようにやって来る。
「フィデロ君、ルイス君」
 いつものように、食堂の入口前で友人達と落ち合って。
 三人(とエトナ)は中へ入ろうとする。
「アルス君、エトナ。君達は先に行っているといい」
「え? シフォンさんも一緒じゃないんですか?」
 だがそれでも事件を境に変わった点もある。
 それは護衛に就いてくれているシフォンだった。
 いつものように進んでいこうとする面々の中で彼は唯一立ち止まり、
「僕は僕で簡単に食事を済ませておくよ。……友人達との歓談に水を差すような野暮なこと
はしたくないしね」
 そうゆたりと背を向けながら肩越しに微笑むと、隣接する購買テナントの方へと歩いて行
ってしまう。
「……シフォンさんも一緒に来ればいいのに」
「う~ん。本人なりのケジメみたいなものなんじゃない? 事前に通行許可証を貰ってると
はいっても学生じゃないからねー」
「それは、そうだけど……」
 結局そのままシフォンの後ろ姿を見送り、四人は学食内へと入っていた。
 いつものように弁当持参のアルスがテーブルを確保し、バイキング形式で注文と会計を済
ませて来る手筈のルイスとシフォンを待つ。
(……う~ん)
 しかし友人達を待ちながらも、アルスはどうにも落ち着かなかった。
 理由は簡単だ。周りからの視線が先ほどからチクチク突き刺さっているからである。
 一応、入学当初にシンシアとの私闘騒ぎの件や代表スピーチなどで目立ってしまったが故
の好奇の視線はあり、それらに関しては随分慣れてきたつもりだ。
 しかし、今日向けられているそれらは少々異なっている──いや、今まで以上に好奇の色
を濃くしたものだと感じられた。
 これも分かっていた。十中八九、先日の魔獣襲撃騒ぎで自分が先生達(リュカを含む)と
共闘した件、そして領主に説教を叫んだ人物、ジーク・レノヴィンの弟であると知られてし
まっているが故に、良くも悪くも自分は己の意思とは裏腹に有名人になっているのだろう。
 正直、アルスには戸惑いが大きかった。
 ただ自分は学びたかった。友人と一緒に平穏な時を過ごせればそれでいいと思っていた。
 なのに、色んな出来事が重なり、今や毎日のように好奇の眼に晒される状態。
 現状ですらこうなのに、もし更に自分がトナンの皇子だと知られてしまったら──。
(迷惑になる、よね……)
 自分は別に構わない。入学段階で主席の成績を取り、学院長に代表スピーチを頼まれた時
から多少なりとも目立ってしまうのかなとは覚悟していた。
 でも……その所為で仲間(とも)達に迷惑が掛かってしまうのを心苦しいと思うのは、今
であっても変わらない。
 自分が、そこに居たから。
 魔導師見習いとしての成績、母からの血筋。それらを理由に開き直るなんてことはできな
くて。只々、脳裏にあの日、力不相応に森へ向かおうとし、マーロウさん達を失わせてしま
った幼い頃の記憶(ビジョン)がちらつくように蘇ってしまって。
「どうしたよ? 難しい顔して」
 それでも、目の前の友人達は変わらずに接してくれていた。
 肉中心と野菜中心、それぞれの食の好みの献立を載せたトレイを手にフィデロとルイスが
戻ってくる。
「……ううん。何でもないよ。食べちゃおう?」
「? おう」
 打ち明けられる筈が、なかった。
 アルスは笑顔を繕うとそう言って友らを促す。
 一瞬だけ頭に疑問符を浮かべたものの、フィデロはすぐにニカッといつもの快活な笑顔を
返してくれて。
 その横でそっと静かな眼差しを向け、アルスの背後で漂いつつ彼に一抹の憂いを見ている
エトナに一瞥を寄越してから、ルイスはワンテンポ遅れて席に着いて。
『いただきま~す』
 三人は事件を挟んでも、一見いつものように昼の会食を摂り始める。
 フィデロは厚切りのラム肉定食、ルイスは山菜のソテーとチーズパスタ、そしてアルスは
クランの仲間が作ってくれたお弁当。
 そして始め数切れを口に運び始めていると、これまたいつものようにフィデロが言った。
「アルス、おかず貰ってもいいか?」
「うん。取り替えっこしよっか」
 ソースをしっかり塗ってくれた肉の欠片と、南瓜の煮物を胡麻ご飯付きで交換する。
 取り皿の上に一旦乗せてからほぼ同時にあむっと口の中へ。アルスの口の中ではジャム状
のソースと肉汁の、フィデロの口の中では南瓜の繊維汁に染み込むご飯の味がじわっと広が
っていく。
「……んぅ?」
 しかし、アルスはそこで気付くのが遅れていた。
「どうかした?」
「いや……。なぁアルス、お前今日の弁当自分で作ったりしたのか?」
 今日からとそれ以前では、お弁当を用意してくれている人物が変わっている事に。
「ううん、僕じゃないけど……」
「そっか。何ていうか、前はいい意味で濃口っていうか“お袋の味”みたいな印象だったん
だけど、今日のはそれに比べるとあっさりしてるなーって思ってさ」
「流石はフィデロ。喧嘩と大食にはうるさいね」
「……褒めてんのかよ、それ」
「ふふっ。勿論」
 ジト目になるフィデロに、ルイスはフッと笑いソテーを口に運ぶ。
 だがアルスは内心しまったと思っていた。
 すっかり昼食を用意して貰うことが普通になってしまっていた上に、ミアもハロルドも同
じ信頼できるクランの仲間であるが故に、そこまで気にしていなかったという事もある。
「えっと、その。いつも作ってくれてる人がお仕事で遠出してるんだ。だから帰ってくるま
では別の人が代わってくれてて」
「ふぅん? なるほど。まぁ俺にしてみればどっちも美味いから別にいいけど」
「フィデロ、君じゃなくてアルス君の為のお弁当だから。……それにしても仕事で遠出か。
確か、猫の獣人さんだと言っていたよね?」
「うん。そう、だよ……?」
 内心慌てて事情を話す。少なくとも嘘は言っていない。
 フィデロは言葉の通り特に気にしている様子はなかったが、対するルイスは丁寧に食事を
咀嚼しながらもじっと冷静に何かを考えているようにも見える。
「……そうか。ブルートバードも色々大変だったみたいだからね」
 しかし次の瞬間、ルイスがそうぽつりと呟いた一言で、アルスの懸念はぐっと間近に迫っ
てきたように感じられた。
 目を見開いて、押し黙る。思わずエトナもアルスの背後で固まっている。
 暫しアルス達はテーブルを挟んで三方向から向き合いながら沈黙を続けた。
(まさか、ルイス君にバレてる……?)
 アルスは一瞬思ったが、すぐに内心自身で首を横に振った。
 いや、まさか自分の出生までは感知していないだろう。おそらく先日の襲撃騒ぎで自分達
が“結社”と何かしら因縁があるらしいと勘付いているといった所だろうか。
(やっぱりルイス君は鋭いな……)
 分析眼の良い友への警戒感のような──いや、何よりも先ず胸中に満たされていったのは
チクチクと刺してくる罪悪感だった。
 別に彼は自分を責めている訳ではないのだろう。それは確信を以って断言できる。
 だからこそ、辛かった。
 これまでの自分の軌跡と明らかになった素性。それらを知られてしまえばこの友らに少な
からず影響が、迷惑が掛かる。そう理屈がブレーキを掛けていても、感情の領域では本当の
ことを打ち明けられない自分を責める棘先が幾つも構えられているのが分かっていたから。
「……何時でもいいさ」
「え?」
 それでも、この翼人の友は待ってくれていた。
 思考が戸惑いがぐるぐると巡るこの目の前の友(アルス)の心中をまるで察してくれてい
るかのように、ただそれだけを、静かに穏やかに伝えてきて。
「下宿先が下宿先──冒険者クランだからね。色々あるんだとは思う。だけど本当に困って
いるのなら、僕らは相談くらい何時でも乗るつもりだよ」
「そうそう気兼ねすんなって。ダチだろ? よく分かんねーけど、もしそういう時は力にな
るからさ。正直、俺達がどこまで役に立つかはその悩み事にも依るんだろうけど」
「……。ありがとう」
 ルイスは何かしら勘付いて、フィデロは心当たりはなくともただ友情と共に。
 ただアルスは嬉しかった。そしてだからこそ……打ち明ける訳には、いかなかった。
 改めて認識する。この二人は自分にとっては大切な、大切な友人なのだと。
「でも、大丈夫だよ……。大丈夫」
 故にアルスはもう一度笑顔を繕った。
 せめて言葉だけでも平穏の今を。そう願って。
 そんな思いが通じたのか、何とかルイスもフィデロもその後、追求をしてくるといった行
動には出て来ることはなく昼の会食は進んでいった。
 臆病といえばそうかもしれない。だけど、やっぱり皆には悩み患うよりも笑っていて欲し
いと強く願った。
 確かに語らないことで罪悪感は自分を襲う。だけど、今頃トナンにいるであろう兄達の苦
労を思えば、これくらいはまだずっと生温いものである筈だ。
(……ごめんね。ルイス君、フィデロ君。……ありがとう)
 内なる弱音に何とか蓋(りくつ)を被せて言い聞かせ、せめて彼らの前では笑顔を作り。
 アルスはそっとこの幸いの友人達に礼と侘びを祈りながら、もきゅっと何度目とも知れぬ
白米を口の中に放り込む。

「はい。二点で18ガルドになります」
 一方、シフォンは購買のレジで軽い昼食を調達していた。
 キャベツとベーコンを挟んだ惣菜パンと、小振りの野菜ジュースを一パック。レジの店員
の無駄に元気な声が少々演技臭く思える。
 昼時ということもあって、店内は出来合いの弁当などを求める人々で混雑していた。
 とはいえ自分は学生ではない。あくまで護衛役としてアルス君に同行している部外者だ。
(さて、アルス君を見守りに──)
 だからこそ足早にこの場を去って、務めを……いや守りたいと願う仲間の下に戻ろうとし
たのだが。
「見つけましたわよ。ブルートバードの冒険者さん?」
 そこに立ちはだかるように現れたのは、見覚えのある少女とその従者二人組──シンシア
とゲド、キースの三人で。
「……何の御用です?」
 シフォンは昼食を放り込んだ袋を片手に、彼女達に細目の一瞥を送った。
 その間も、購買テナントからは学生や職員らが出入りしている。
「とぼけないで下さる? 分かっているでしょう? いい加減に教えて頂きたいのですわ。
以前の“結社”との交戦から先日の一件までの、貴方達の隠している事情をね」
 シフォンの眼が無言のまま鋭くなっていた。
 しかし、暫く両者は互いを見遣りつつも、この眼前の往来の邪魔にならないようとりあえ
ず学食と購買テナント間のスペースへ移動することにする。
「そう言われてもね。貴方に話すことはないのだけど」
「嘘をおっしゃい。貴方達はこの私を利用するだけ利用して捨て置くつもり?」
 ずんと進んでくるシンシア(と背後の従者二人組)に袋小路に追い詰められそうになった
シフォンだったが、そこは落ち着いて身を捌く。一瞬の隙を見て立ち位置を斜めにずらし、
学食側の壁寄りに彼が、テナント側の壁寄りにシンシアらが立つ格好となる。
「……その。べ、別に除け者にされたから機嫌が悪いとか、そういう事ではなくてよ」
「お嬢。その言い方は自ば──」
 仕方なく向き合うシンシアはこそっとツッコミを入れてくるキースの足を遠慮も無く思い
きり踏み付けて黙らせると、深く眉間を寄せた表情(かお)で詰問を続けようとした。
「……あの廃村の件から始まり、先日には魔獣の襲撃騒ぎ。冒険者(プロ)でなくともこう
立て続けに事件が起きればこの私であっても疑わずにはいられませんわ。以前からアルス・
レノヴィンに訊ねてはいても、曖昧に笑うだけで何一つ答えようとしない。なのに今日学院
の講義が再開したと思えば貴方がまるで護衛のようにそっとついて来ている」
「……」
「はっきり言って、きな臭いのですわ。一体貴方達は何と戦っているというのです? 推測
ですけれど、貴方がアルス・レノヴィンを警護しているということは、やはり先日のように
“結社”と貴方達が対立関係を続けているからではなくて?」
 予め用意をしてきたように、シンシアの口から核心を衝こうとする質問が飛んでくる。
 それは彼女自身、確かに始めは“除け者”にされたという事への癇癪から始まっていた。
しかし今はその内心は大きく変わりつつある。
 彼らブルートバード、いやアルス・レノヴィンへの敵対心から好敵手(ライバル)へとい
う心境の変化。当人はまだそれと気付かぬ芽生え始めた思慕と、それが故の不器用な心配。
 彼が守られなければならない程の事情が起きつつある。
 ただそのらしい事実に、正直には口に出せないけれどもやもやと不安が募っていたから。
「……好奇心は猫をも殺すんですよ?」
 しかし、シフォンがそんな彼女の不器用ながらの胸中を知る由もなくて。
 彼はじっと彼女からの矢継ぎ早の言葉に耳を傾けつつも、あくまで知らず存ぜず──君に
は語らないという姿勢を貫き続けていた。
「僕はただ、留守中の友にアルス君(そのおとうと)を頼むと言われている、それだけの事
です」
 のらりくらりと、はぐらかす爽やかな笑顔。
 だがその表情が表面的なものでしかないことを感じ取っていたのか、はたまた問い詰めて
も答えを返さないことに怒っているのか、対するシンシアはむすっとしていた。
「……さて。じゃあ僕はこれで」
「あっ。ちょ、ちょっと──」
 そして次の瞬間にはひらりと身を返し、シフォンはその場を後にし始めた。
 ワンテンポ遅れてシンシアは追いすがろうとするが、学食と購買テナントというお昼時の
激戦区の人の波に紛れてしまった彼を引き戻すことはもうできなかった。
「……。怪しいですわ」
 悔しさやら憤りやら。
 またもやはぐらかされたシンシアの胸中に、攻撃的な熱情と思慕の陰気が同居する。
 暫く彼女はざわざわと雑多な声と足音を奏でる往来に向き合って立っていた。勿論そうし
てシフォンが戻ってくる訳でもない。
(……ホーさん。やっぱり)
(うむ。シンシア様を遠ざけておくのは、そろそろ限界やもしれんのぅ……)
 そんな主を背中を見遣りながら。
 キースとゲド、密偵と戦士の従者二人組はこっそりとそんな呟きを交わしていた。


 夜。路地裏の宿のダン達は彼の部屋に集まっていた。
 すっかり暗くなった外の闇を遮るようにカーテンを引き、テーブルの上に広げられていた
のは、昼間の内に城下で調達してきた皇都周辺と皇国(トナン)全体の地図だった。
「さてっ、と……」
 それら机上の地図をぐるりと囲み、吊り下げの照明の下、目を落としている面々。
 ダンは一度そんな皆を確認するようにざっと見渡すと片手をトンと地図の上に置き、今後
の方針について語り始める。
「夕方にもちょいと触れた事だが、明日からの俺達の行動を説明するぞ。ジーク達の捜索と
六華の情報収集、この二つを同時併行でやる。ジーク達も俺達が皇都(ここ)に居ることは
分かってるんだろうが、かといってあいつらが追いついてくるのを待っていられる程悠長で
もねぇだろう。いつ“結社”の連中が嗅ぎつけてくるとも限らねぇ。だからいざって時には
すぐに動いたり合流できるように、お互いの班に精霊伝令の用意を──魔導の使える面子を
入れておく」
 言って、もう一度ダンは「いいな?」と確認するように面々を見た。
 彼の娘ミア、元皇国親衛隊士リンファ、魔人の少女ステラ、そして竜族の魔導師リュカ。
四人はそれぞれにコクと頷いて次の言葉を待っている。
「ジーク達の方には俺とミア、ステラ。六華の方にはリンと先生さんって感じに分けようか
と思う。ジーク達が何処に行ったのかは、やっぱり導きの塔──ガディアどもに訊いてみる
のが一番確実だろう。まぁ前みたいに頭が固いあいつらが無理やりドンパチを仕掛けてくる
かもしれねぇから直接前線で戦える俺が出張る。その間、リンは先生さんを伝令役に城下辺
りで六華についての情報を集めてみてくれ。内容が内容だし、俺とかよりも土地の人間の方
が何かと都合がいいだろうしな。……ま、どっちのにしても足で稼がないといけないわ、見
つかる保障がないわでしんどいとは思うけどよ」
「問題ない。ジーク達だって手探りできっと頑張ってる筈だから。ボクらが怠けている訳に
はいかないと思う」
「……そうね。少しでも情報を積み上げていかないと」
 どうやらダンの示した指針に皆賛成してくれたようだった。
 後は個別具体的にどうするか。二種類の地図を広げて、暫く五人は明日以降の動きを詰め
てゆく作業に入る。
 天井から下がった照明が静かに室内を照らしていた。
 夜の深さにつれて冷えてくる皇都の中にあって、心なしこの場だけは熱──仲間達の、お
互いのことを思い目的を成そうとする熱意で冷えすらも忘れかけるかのように。
「う~ん。こうしてみると思ったより多いんだな、皇都周りの導きの塔は」
「じゃあ……行ってみる先を絞る?」
「いや、できるだけ数はこなした方がいいだろうな。前にも言ったが、ジーク達が皇都の近
所に出ている可能性は低いからな。頑固な門番(ガディア)連中にも“数打ちゃ当たる”で
対応した方がいい気がする」
「だよね。そもそも私達が来た塔みたいに、ガディア達に管理されてる所がどれだけあるか
も分からないし……。塔だけが出入口じゃないのも体験済みだもんね」
 一方では、地図上に明記されているプラスアルファ(地図に載っていない)の導きの塔を
如何洗ってゆくかを。
「昼間の城下の様子を見るに、聞き込みは貧民層から中間層を狙うのが無難だと思う。私の
素性が“現皇派”の人間にバレるリスクを避けようと思えば、比較的アズサ殿の治世に不満
を多く持っているであろう彼らの方がより情報を引き出し易い筈だ」
「それはそうかもしれないけれど。でも、それじゃあただ生活苦の愚痴を聞くだけに終わら
ないかしら? 肝心なのは六華の所在でしょう?」
「確かにそうさ。だがそもそも六華という王器の実物自体、直接知っている人間は限られて
いる。それでも人の口に戸は立てられぬと云うからな。直接の情報ではなくとも、六華を巡
るやり取りが市井にどう届いているかを知るだけでも相応の収穫にはなるだろう」
 もう一方では、六華に関する聞き込みを外堀──庶民レベル、大雑把な範囲での不満分子
から浚っていこうといった話し合いがテーブルの上で行き交う。
「……なぁ、リン」
「ん?」
 すると、そうしたやり取りを語りながらも耳を済ませていたダンが、ふと声のトーンを落
として気味にそう短くリンファ呼び掛けていた。
「思うんだが、少なくとも六華の方に関しての最善手はあるんじゃねぇか? そもそも俺達
がトナンに来たのは六華の出元がこの国──王器だからだろ?」
「……ああ。だが、私は」
「あ~、分かってる。分かってるよ。そりゃそうだわな、いくら“王宮に近付くこと”が六
華に関しては最善手でも、お前にしちゃあ今の皇は仇と同じなんだし。気が進まないって事
くらい俺だって分かってるつもりだ」
「……。すまない」
「謝るなよ。こっちこそ傷を弄って悪かった。でも、場合によっちゃあそういう選択肢も頭
に入れないといけなくなるかもだぜ? ま、それだって実際にはジーク達と合流できた後の
話になるんだろうがよ……」
 やはり予想通りの心境だったか。
 まるでそう言わんばかりにダンは少々後悔したように視線を背けつつ、ガシガシと髪を掻
いていた。
 だがそれでも──ジーク達との合流を果たした後の──六華の奪還には、現在のトナン皇
家の存在を無視できないのは明らかだった。当のリンファも、改めてそっと目を瞑り、過去
や仇敵の姿形に思いを巡らせているようにも見える。
 ジークやアルス、シノブらレノヴィン母子。そして長年彼女に仕えてきたリンファ。
 故にダンだけではなく他の仲間達も、心の何処かではこうした因縁と向き合わずして今回
の六華奪還(もくてき)は果たせないのではないかと思っていたのかもしれない。
「……だったらリン、そっちは思い切ってアプローチを変えてみたらどうだ?」
 だからこそ、ダンは暫し思案してからそう言った。
 リンファが仲間達が、微かな疑問符を浮かべてこちらを見遣ってくる。
「何も、トナンは皇家──現皇派だけじゃねぇだろ? いるじゃねぇか。お前達の仇と対立
してて且つお前の素性を知れば協力してくれそうな連中が」
 付け加えられる疑問系の補足。だがその言葉ですぐにリンファは気付いたようだった。
 その反応にニッと笑い、面々を見渡してからダンは灯りの下で提案を示す。
「一度コンタクトを取ってみないか? 例の反皇勢力(レジスタンス)にさ」

 夜の帳は石窟寺院を抱く山間部にも等しく下りている。
 その寺院跡を利用したアジトの一室で、サジは一人黙したまま机に向かっていた。
 壁の至る所に貼られた地図、複数の作業机の上に重ねられた書類の山、足元には携行型の
発電機に繋がれいつでもアクセスできるようにしてある端末。微かに耳に届くのは、交代制
で見回りに当たってくれているレジスタンスの仲間達の足音や、山から漏れる虫や鳥の音く
らいである。
「…………」
 しかし今夜に限っては、組織の代表としてのデスクワークにも中々手が付かなかった。
 理由は分かっている。昼間、突如として自分達の前に現れ国軍からの追撃から窮地を救っ
てくれたあの少年──ジーク・レノヴィン達のことだ。
 自らが名乗った後、彼に同行していた金髪の青年がまるで──いや、おそらくは意図的に
割って来た為にすぐに目視し直せなくなったが、長年皇国の親衛隊長を務めてきた自分の記
憶が、あの日以来ずっと悔やんできた記憶が、見間違わせる筈もなかった。
(……間違いない。彼の差していたあれは……護皇六華だ)
 しかし、サジ自身の印象としては歓喜というよりも戸惑いの度合いが大きかった。
 一つは六本一組である六華が目にした限りでは何故か三本しかなかった点。
 そしてもう一つは、二十年前のあの日、殿下と共に行方知れずになった筈の六華が何故今
になって見知らぬ青年に携えられて現れたのかという点に尽きるだろう。
 だが、取っ掛かりはある。
 アジトの部屋に案内するまでに、渋る彼らから聞き出したその名だ。
 レノヴィン。確か一時殿下を拐かしたとしてアズサ殿が追討の触れを出した冒険者の名だ
ったと記憶している。ただその後、彼は巻き込まれただけだと判明して──。
(その際に六華を奪った? いや……或いは、殿下より託された?)
 可能性は充分にある。しかしそれはあくまで推測の域を出ない。
 何よりも皇都陥落のあの日以来、殿下の消息はぷつりと途絶えてしまっている。
 同じくかつての部下達もあの日を境に、謀反の軍勢に討たれては散り散りになっていき大
半が行方知れずになって久しい。今でこそ、生き残った部下達や自分の訴えに共鳴してくれ
る者達とこうして反アズサ皇の徒党を組んでこそいるが……。
 いや、一旦推測で考えるのは止そう。現状では不明確なことが多過ぎる。
「……確かめなければならないな」
 そう。その当人らは今このアジトで羽を休めている。
 正直気になって仕方ないが、朝方以降にでも──おそらく簡単に口を割ってくれないと思
われるが──問い質してみるしかない。
 そう一先ずの結論を導いて、椅子の背もたれにぐっと体重を預けて深く静かに息を吐く。
「サジさん、大変です!」
 突然レジスタンスの仲間達が部屋に飛び込んできたのは、ちょうどそんな時だった。
「いきなりどうした?」
「た、大変なんです。空、空に……!」
「きゃ、客人達が逃げ出してたんですっ!」
 その報せに、思わずサジは目を見開いてバルコニーに飛び出した。後ろからこの仲間達も
ついて来る。
 辺りを見回しじっと目を凝らすと、夜闇に染まった山の稜線を越えようとしている大きな
物陰が見えた。アジト内の仲間達の何人かがスポットライトをその飛行体へと向ける。
 そこにいたのは、巨大な鎧天使に抱えられ夜空を飛んでゆくジーク達の姿だった。
 驚くサジらの向けてくる視線。それらにはたと照明で照らされた彼の、背中に長い布包み
を伴った肩越しの振り向く眼が交差する。
 少なくとも惜別のそれではなかった。
 じっと上空から見下ろされたその瞳は、間違いなく自分達へ向けた警戒心、ひいては反発
や敵意のそれで。
 サジは半ば無意識に眉間に皺を寄せ、奥歯を噛み締めていた。
 あの時、意見が平行線だったからいけなかったのか。いや……おそらくは自分達が素性を
訊いてくるであろうことを見越して出奔を図ろうとしているといった所か。
「ど、どうすんだよ? 追いかける……のか?」
「いや、無理だろ。飛行艇でもなきゃ、空なんて」
「おーい、誰か魔導要員を叩き起こして来い! 飛行系の魔導が使える奴だ!」
 自分も内心そうだったが、仲間達もまた大いに混乱していた。自分のように逃げ出す理由
も分かっていないだろうから尚更だろう。
 ドタバタとにわかに騒がしくなる石造りのアジト内。
 サジは暫し黙して眉根を寄せ遠く小さくなっていってしまうジーク達を見遣っていたが、
「……皆落ち着け。それと、移転の準備はどれくらい進んでいる?」
「えっ? えぇと確か八割方だと。夜明けから荷造りを固めて、夜闇に紛れて移転先に向か
う予定でしたから──」
「ああ。しかしお前達もあれを見ただろう? 予定を修正する。移転の準備をできる限り急
いでくれ。移るアジトも変える。もっと機動力のある装備に乗り換えるぞ」
「は、はいっ」「りょ、了解です」
 はたと皆を見渡してから、そう組織のリーダーとしての一声を飛ばす。
 遺跡の内奥に人工の灯が点っていく。指示を受け、一度休んでいた仲間達も起こされ繰り
上がった予定の為に動き出していく。
「……」
 サジは踵を返す前に、もう一度夜空を見上げた。
 黒に塗られた山々がその稜線すらもぼかしている。
 そしてもう、ジーク達を乗せた鎧天使は飛び去ってすっかり姿をくらませた後だった。
「確かめなければな……」
 アジト内へ駆けて行った仲間達の後を追うように一人歩き、彼は誰にともなくそう呟く。
 何かが……変わろうとしている。
 このまま彼らを、野放しにする訳にはいかない。

「──これは一体どういう事?」
 そして。時を前後して“彼ら”もまた密かに蠢きつつあった。
「どうして六華が三本だけなの? 任せておけと言ったのは貴方達でしょう?」
 そこはだだっ広い広間のような場所のようだった。
 深夜の時間帯という事もあり、室内はうすら寒さを錯覚する程にどんよりと暗い。
 しかしその単純な広さも然ることながら、等間隔に配置された柱の群れやその間を縫って
敷かれた紅色の絨毯、その奥に君臨する“王座”の存在がこの場が普通の広間ではないこと
を──即ち王の間であることを示している。
 そしてその王座に座わる人物──トナン皇国の現女王アズサ・スメラギは苛立っていた。
 夜闇の中、目の前の卓に献上されていたのは……ジークが奪われた三本の護皇六華。
 しかしこの国の王器は六つ揃って初めて意味を成すものだ。だからこそ、彼女は送り出し
た雇いの刺客らの「失敗」につい声を荒げてしまっていたのである。
「……欲深いな。二十年掛けてようやく半分が戻ってきたんだ、それを素直に喜ぶ余裕ぐら
い持ってみたらどうだ? 皇なんだろう?」
 にも拘わらず、彼女に相対する者達は一見すると鷹揚としていた。
 一人は真っ白の長髪と黒革のコートを纏った、剣士風の男。
 一人は緋色のローブで全身をゆたりと包んだ長々とした茶髪の女性。
 一人は褪せ気味の黒髪をボサボサに垂らし、着流しと足袋草履といった格好の男だった。
 淡々とした、しかし相手を冷たく見下した声色が剣士風の男から呟かれる。しかしアズサ
皇も生来の負けん気の強い性格から、そんな言葉で劣勢になる訳でもなく、ただ彼と同じよ
うに彼ら三人を王座から片肘をついたまま睨み、見下ろしている。
「屁理屈を。分かっているでしょう? 私は能力がある人間しか評価しないの」
 それはアズサ自身が今日まで貫いてきた信条であった。
 いずれ根腐れする感情(しがらみ)は、要らない。
 国は人は、合目的に強く豊かにできる指導者によって治められるべきだと考えている。
 だからあの日、自分は伝統という因習の上に胡坐を掻く──国を蝕む者達を排除すべく、
同志らと共に立ち上がったのだ。全ては信じる正義と国のためだった。
 なのに……未だに世間では私達を謀反の政権と呼ぶ。統務院から正式な政府と認可も受け
ているにも拘わらず。
 ならば、何としても認めさせてやろう。
 その為にはこの国の王器──あの日、シノ達と共に行方知れずになってしまった護皇六華
が不可欠だった。
 だから六華の居場所を突き止めたというこの者達を使ってやることにしたのに……。
「心配要らないわよ。残りは目下回収中だから」
「……それよりも先刻報告が入った。ジーク・レノヴィン──シノ・スメラギの息子とその
仲間達がこの国に侵入したらしい。残り三本の六華と一緒にな」
「な──ッ!?」
 しかし、アズサの内心のそんなもやもやとした苛立ちは次の瞬間、彼らから発せられた言
葉によって消し飛んでいた。
 シノ・スメラギ。双子の妹アカネの一人娘であり、あの日討ち損ねた禍根の女。
 あの娘が、生きている? 息子がいる? レノヴィン……まさか。
「どうして話さなかったの!? そんな大事な話ッ!」
「……聞かれなかったからな」
「あー五月蝿ぇな。そもそも俺達に言ってたのは“六華を取り戻せ”だろ?」
 思いもしなかった。まさか諦めてかけていた討ち損ねの血脈までもが見つかるなんて。
 アズサは脳天を打たれたような衝撃から、殆ど激情のまま叫んでいた。
 しかし剣士風の男も着流しの男も、淡々と或いは気だるそうに、そんな彼女の執念には全
く興味がないと言った様子で冷ややかな流し目を寄越してくるだけで。
「さて。……どうする、トナン皇?」
 そして試すように剣士風の男は問うてきた。
 左右には緋ローブの女と、気だるそうな着流しの男が同じく試すような眼を向けている。
「……決まっているわ。当然、始末する。そして残りの六華もこの手にする」
 それに対してアズサ皇はあくまで強気で、あくまで己を信じていて。
「今度こそ、私が真の皇であることを証明してみせる!」
 片肘をついていた姿勢から威厳を誇示するように深く王座に座り直すと、強く苛烈なの瞳
で闘いの意思を露わにする。

「……流石にバレてたな」
「そうですね……。何だか申し訳ない気がします」
「あはは、それは私もちょっと思いました」
「だが、かといってあのまま居たら間違いなく今後の旅に支障が出ていたさ」
 征天使(ジャスティス)に抱えられながら、ジーク達四人は黒の夜空を飛んでいた。
 アジトのレジスタンス──サジ達から照明を当てられた時は少々驚いたが、どうやら追い
掛けてくる様子はないようだ。
「ま、一先ずは脱出成功ってとこだな」
 夜風に綺麗な金髪を靡かせて苦笑しているレナを、サフレとマルタを一瞥して、ジークは
山々の稜線の向こうに在るであろう皇都を思い描いて眺め見る。
 あそこにはリュカ姉やリンさん、副団長、ミアにステラと離れ離れになってしまった仲間
達がいる。きっと今も自分達を捜している。
「…………」
 気持ちは焦っていた。
 自身が故の旅なのに早々に躓いてしまったことへと負い目。サフレがバルコニーで語って
いたように、どうにもきな臭いこの国の対立構造とそれらを自分という存在が掻き回しかね
ないという危惧。
 たとえそれぞれがバラバラな事実でも、現実とする確証がなくても。
 胸の奥をねとりと撫で回すこの不安は感触は、否めない。
(早くリュカ姉達と合流しねぇと……)
 逸る気持ちを抱えながら、鎧の天使は夜空を飛ぶ。
 そんな一行を皇都の仲間達は捜し出そうと動き出し、苛烈の女皇と彼女を討たんとする者
達もそれぞれの思惑の下、互いにそれらを知ることなく続いてゆく。
 三者三様の追跡が、始まろうとしていた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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