日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔113〕

 全ての魂はその肉体的死後、冥界(アビス)へと運ばれる。彼らが汚染され、劣化し過ぎ
てしまう前に、再び生のサイクルへと乗せ直す為だ。同界の中枢、魂魄楼に属するエージェ
ント・死神及び閻魔達は、可能な限りこれらの仕組みを担保する使命を帯びている。
 私も──当初はそんな例に漏れなかった。一個の生命として死を迎えた後、こちら側に連
れて来られたことで、初めて世界の真実たるを知った。
 端的に言えば……絶望でしかなかったのだ。私達は所詮、神を自称する(なのる)者らの
“資源”に過ぎない。死した命、私達そのものであり核たる魂は、浄化と呼ばれるプロセス
を経て再び魔流(ストリーム)へと還る。
 即ち生命とは幾度となく再利用(リサイクル)されるものであり、生とは単にその一部、
一過性の現象に過ぎないということだ。加えて当時の魂魄楼上層部が、私を“強い素質”を
持つ魂として、半ば強制的に死神へと転身させた点も大きい。『拒むなら徒に浄化が長引く
ことになる』──刑が延びるぞと、暗にちらつかされて。

 死んでもまだ働かされるのか……。私は大いに辟易した。
 事実生前、私は戦って戦って戦い続けた人生であったと記憶している。尤もこちら側に来
てからの永い歳月の中で、すっかりその仔細はぼやけてしまったが。
 故にそのような押し付けられた役目など、早々に棄ててしまえば良かったのかもしれない
が……裏を返せば他に何もする事が無かったとも言える。本当に己の一切が消失することに
躊躇いがあったのか、結局生来の真面目さで手を抜く事もままならなかった。結果周囲から
は「有能」と認識され、順調に昇進を重ねてきてしまった──永く死神をやらされる羽目に
なってしまった。
 今や私はその最高位、総長の地位にまで登り詰めてしまっている。自身の《滅》の色装、
得物である大鎌も相まって、その象徴的存在と見做されてしまって久しい。

 どうしてそこまで、必死になって働かねばならない?
 あの頃抱いた徒労感は、今も殆ど解消されてはいない。寧ろ歳月を重ねれば重ねるほど、
最早自分では拭い去れないほど頑固にこびり付いてしまった、腫瘍のようでもある。
 私達は知ってしまった。生も死も、全ては魂を再利用(リサイクル)する為の一過程に過
ぎないということを。私達は死んでも生きているし、生きていても、少なからず前世で死ん
でいる。今此処に在ることの意味の、何と希薄なことか。
 何よりも……永い歳月の中、延々と肉体的死を経て送られてくる魂達を処理するという果
ての無さこそが苦痛だった。一人一人は当代、その直前までの生の記憶に縛られているにせ
よ、その事情を全て知った上で呑み込み、気取られぬよう気丈に振る舞い続けることを強い
られるならば、早々に自ら“煉獄”へと身を投げてしまった方が良かった。私が私でなくな
るのなら、徒に魂が使い潰されるのが秩序だと云うのなら、いっそそんな秩序など無くして
しまった方がまだ救いがあるではないか……?

 こと魂魄楼(こちら)へ流入する魂達の絶対量が、ある時を境にして大きく増えた。現世
の歴史ではちょうど、魔導開放と呼ばれた時期と重なる。ただでさえ魔力(マナ)──魂達
を酷使する術を、より多くの人間が行使するようになった。即ち、その代償として瘴気に中
てられる命が増えた。
 全く……余計な事を。
 冥界(アビス)、死神衆としても、以降人員の大幅増を余儀なくされた。私個人の願いと
は裏腹に、救われぬ魂は歳月を経るごとに増えてゆく一方だったのだ。
『──やあ。君がアララギだね? 歴代屈指の総長と誉れ高い』
 彼らが私の前に現れたのは、ちょうどそんな頃だった。個人としてもより強く、加えて楼
内全員のそれを思って疲弊が募る日々の中、二人は私を勧誘しに来たのだった。
 一人は淡い金髪の青年。一見してこの場に現れるのが不自然なほど、若い男だった。
 一人は黒灰の老人。後に古仰族(ドゥルイド)と呼ばれることとなる一派の術師だった。
 曰く、彼らは先の魔導開放の要“大盟約(コード)”を消滅させ、この世界を救おうとし
ていた。その為に私の力を欲し、手を組まないかと交渉しに来たのだった。
 正直な話、私は彼らの目的それ自体にあまり興味はなかった。全ての生命にとってこの世
界そのものが苦痛の苗床であるのなら、そもそも差し伸べるべき対象が違う。
 しかし私は一方で考えた。
 それでもまだ、この延々と続く地獄を、終わらせることが出来るなら──。
『……なら聞かせろ』
『お前達のこと、お前達の知っている、全てを』
 故に私は彼らに対し、逆に“答え”を求めて問うた。同時にその返答次第では、即座にこ
れを斬り捨てて、行動を起こそうとさえ考えたのだ。
『む? それは──』
『ああ、いいだろう。俺達が知っていることなら、何でも』
 一瞬警戒する老魔導師・ハザンと、臆せず寧ろニッと笑ってすらみせる青年・ルキ。
 尤も私は結果的に、彼ら共々“盟約の七人”の一人となった訳だが……。


 Tale-113.終着の地に安寧を(前編)

「……拙いな。こりゃあ」
 魂魄楼の上空、ルフグラン号内ブリッジにて。
 合流も兼ねて一旦船内に逃れたジーク達は、遥か眼下の市中から次々と現れる死神衆の兵
らを見て、思わず顔を顰めていた。びっしりと楼壁の各所に就き、こちらを船ごと撃ち落す
準備を始めている。砲門が一つ、また一つと向けられる中、黒幕アララギによる楼内放送が
一しきり全要員を動かし終わった。
「こちらが動くよりも先に、向こうが仕掛けてきたようだね」
「相手は“結社”だからねえ……。空間転移ですぐ放送室辺りにも飛んだんでしょ」
 シフォンもステラも、刻一刻とお互いを引っ張り合うパワーゲームに若干辟易している。
 確かに騒動を持ち込んだのは自分達だが、本を正せば竜王峰の戦いでジークが殺されたの
がその切欠だ。魂魄楼の人々には悪いが、結社(やつら)のやった事に対してけじめはつけ
させて貰わなければならない。アララギがその中枢に君臨し、既に楼内及び冥界(アビス)
を掌握している以上、このまま放置して帰るという訳にもいかないのだから。
「穏便にけじめをつける……というのは、やはり難しくなってしまったわね」
「まあ、もう既に何度も戦ってしまってますからね」
「結局ヒムロさん達は、間に合わなかったんでしょうか……?」
 取り得る選択肢は、とうに絞られ、潰されている。イセルナはそう密かに歯噛みをしてい
たが、周りの団員達は覚悟を決めていたようだ。サフレが半ば自嘲めいて呟き、レナも未だ
安否の知れないヒムロらを心配している。
「……やっぱ直接、アララギを叩くしかねえのか。正直真正面からぶつかった所で、周りに
被害ばかり増えちまうぞ……?」
 とはいえ、再突入──“結社”の大幹部・アララギを追う為の作戦は、極めて時間との勝
負だと言っていい。アララギの正体を知らず、命じられるままにこちらを包囲してくる死神
達の数は圧倒的だ。兵力差も地の利も、明らかにあちら側に分がある。
「ああ。対抗できるとすれば……閻魔総長のヒミコ殿だろうな。もし彼女を説得できれば、
事情を知らない大半の死神達との戦いを避けられるかもしれん」
 自身が二度三度と直に対峙したこともあり、ジークの表情は浮かなかった。代わりに打開
策を提示してきたのは、他でもない元死神衆のいち隊長格・マーロウである。
「閻魔総長?」
「死神と並ぶ、魂魄楼の官吏です。私達が運んで来た死者の魂を、裁定して“煉獄”に送る
裁判官の役目を担っています」
「そのトップに居るのが、閻魔総長。地位的にはアララギ総長と対になるお方だよ~」
 理解の遅れる団員らに、ハナとヨウのクチナシ姉弟が補足している。実際問題、この現状
を鶴の一声で収められるような人物は、ほぼ彼女のみだろう。
「どうだろうな……。脱獄と楼内侵入の時点で、そのもう一人の総長殿に聞く耳があるのか
どうか……」
「まあな。だがどちらにせよ、じっとしたままじゃあいられねえぜ? 逃げるにしても、奴
の正体を暴くにしてもな」
 一行の中でも、マーロウ達の提案に対して意見は分かれていた。シフォンやサフレといっ
た面子はそう都合良く事が収まるか懐疑的だったが、一方でダンやジーク、グノーシュなど
は他に方法はないと動き出そうとする。
「団長」
「……そうね。まだ可能性が断たれた訳じゃない。もう一人、彼らを代表して私達の言葉を
聞いてくれる相手がいるのなら、そこに賭けましょう」
 応ッ! 最終的には一行のリーダー、イセルナが決断を下した。
 ありがとう、マーロウさん。彼女は続いて言ったが、当の本人とその部下達は謙遜しなが
らもまだ気を抜いてはいない。「礼を言われるのは、全部が片付いた後だ」コクリと互いに
頷き合い、にわかに作戦は動き出す。事実アララギが反転攻勢を掛けてきている中、ここで
踏ん張れなければ、自分達は二度と“逆賊”の汚名から逃れることは出来ない。
「問題はヒミコ殿の居場所だな。これだけ楼内で混乱が続いている以上、どう動いているか
は分からないが……。平時なら北棟と合同の本部棟、裁定所の並ぶ詰め所区画に居る筈だ」
 飛行艇を急ぎ旋回させ、魂魄楼の北へ。
 続いてマーロウ達の証言により、今後を占う要でもあるヒミコの所在地に大よそ目星はつ
けたが、それはあくまで知識の中にある“何時も通り”に過ぎない。何より相手も相手で、
こちらの狙いを予想しない筈はないだろう。
 アララギが直接傘下に入れているのは北棟死神隊。彼らの本拠地も、同じくこの本部棟の
域内に在る。
「区画へ向かうのは最短ルートで良いとして……問題は進入口だな。楼壁外周もそうだが、
本部棟自体にも防御結界が張られている。有事となれば尚更強力にな。あれをどうにかしな
い限り、そもそも突撃することもままらない」
「問題ねえ。今の俺には六華がある。この白菊をぶっ刺せば、何人かが通れる穴ぐらいは空
けられるだろうよ」
「うん? そ、そうなのか?」
「ええ。反魔導(アンチスペル)なんですよ、その短剣」
「それが一番手っ取り早そうね。だったら最初は、ジークやダン達を先行させて──」
「待ってくれ」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。皆が慌ただしく突入準備と打ち合わせに走り回って
ゆくその最中、ジークやイセルナ、マーロウ達に向かってクロムが言葉を向ける。それまで
黙して険しい表情(かお)を浮かべていた彼が、珍しく面々を妨げるように止めたのだ。
「? どうした?」
「……善は急げとは解っている。だがすまないが、私は一旦別行動を取らせてくれ。レナも
先程言っていたように、ヒムロやアマギ、シズル達が戻って来ていない。突入にこそ間に合
わずとも、捜しに行くべきだと思う」
「そりゃあ……そうだが……」
「む、無茶ですよお! クロムの旦那ぁ!」
「市中(した)は他の死神達がわんさかしてます。そこへ向かおうなんて自殺行為だ!」
「大体ヒムロ隊長達が今、何処に居るかも判ってないんですよ? 隊舎に着いてたんならま
だしも、追っ手に捕まってたらもう……」
「私も天瞳珠(ゼクスフィア)で捜してみましたけど、あんなに大勢の人でごった返してい
るとなると……」
 元十六番隊の隊士達や、自身の聖浄器を握ったまま唇を結ぶリュカ。市中で囮役を務めて
くれた同残党らも然り、この状況下で彼らが無事だという保証はない。クロムに加えてテン
シンやガラドルフ、ヒムロらとの別行動に立ち会った面々も曰く、彼らは先んじてヒミコの
下へ向かった筈だという。奇しくも事態の先を読んだ行動だった訳だ。
 にも拘らず、アララギはそれよりも先に次の一手を──楼内全域の死神達にこちら側の殲
滅を命じた。つまり彼らは間に合わなかったということだ。
 結局辿り着けはしなかった? 或いは本部ではなく、まだ市中? それとも……。
「ああ、分かっている。しかしこのまま彼らを見捨てて、こちらはこちらで本作戦に進んで
良いものなのだろうか? ここまで私達に協力してくれた、貴重な内部の人間だ。アララギ
の正体を暴いてみせる為にも、味方は多い方がいい」
「しっかしなあ……」
 たっぷりと沈黙、間を置いて、ダンがガシガシと後ろ髪を掻き毟った。皆を代表するよう
に、ちらっと後ろの面子を見遣った。
 言わんとすることは解る。
 だがその為に、決して潤沢ではない兵力を割くのは──。
「分かった」
 しかし戸惑い、迷う仲間達を尻目に、はっきりとそう答えたのは他ならぬジークだった。
えっ? ジーク……? 思わず面々が目を見開いて振り向き、その真意を量るよりも早く、
彼は真っ直ぐにこの元使徒の友を見据えて言う。
「俺は直接会っちゃあいねえけど、話ならさっき色々と聞いたからな。元いた組織を敵に回
してまで、そいつらはアララギの正体を疑ったし、確かめようとしてる。どう考えたって割
に合わないことをしてるってのに……“筋”を通そうとしてる。放っとけねえよ。そいつら
が力を貸してくれたからこそ、俺も戻って来られたんだからさ。その意味じゃあ、マーロウ
さん達と同じぐらい恩人だろう?」
 ジーク……。珍しく真面目に、されど次の瞬間にはそうニッと笑ってみせる彼に、ダンや
イセルナ以下仲間達も、思わずばつの悪い表情をみせた。同じぐらい──些細な表現だが、
危うく自分達は、元々縁も所縁もなかった“造反者”を見捨てようとしたのだ。
「こっちは俺達で何とかするから、助けてやってくれ。……団長、副団長、いいよな?」
「ええ。彼という戦力を欠くのは正直、不安は残るけれど」
「しゃーねえな。だったら俺もついて行ってやる。どのみち室内じゃあ、俺の《炎》は全力
を出せないしな」
 或いはこちらと併行して、ヒムロ達がヒミコ以下閻魔衆を説得できればと考えていたのか
もしれない。どちらにせよアララギの即決な反撃により、そんな悠長な暇は間違いなく無く
なりつつあったが。
 ダンも言って、自らクロム側の助太刀を申し出た。グノーシュのように、生体電流に力を
回せればある程度立ち回れるだろうが、彼自身の性格や戦闘スタイルとも合わない。ちらり
とお互いに顔を見合わせ、マーロウも続けた。「なら、うちの副官達も連れて行くといい。
道案内にもなるだろう」「ど~も~」「宜しくお願いします」結局一行はまた二手に別れる
こととなった。ただ闇雲にアララギと戦っても、楼内の人々の心証が好転する訳ではないと
いう点も大いに加味した上で。
「問題は、あいつらが今何処に居るか? だよな」
「状況的に、本部棟内に潜んでいると考えるのは厳しいからな」
「と、なると。隊長格の彼らが向かいそうな場所は……」

 なるべく早くに合流する旨を申し合わせ、ジーク達は改めて作戦を開始した。それぞれに
ルフグラン号内の転移装置から目標とする地点──本部棟の進入口へと続く壁上通路及び、
ヒムロ達の隊舎が在る同楼東側、アララギの命を受けた死神達が待ち構える最前線へとその
身を投じてゆく。
「っ!? こいつら、何処から……?」
「敵襲、敵襲ーッ!!」
「侵入者達の方から攻めてきたぞーッ!!」
 厳戒に当たる死神達からすれば、それこそ神出鬼没なテロリストに見えたのだろう。実際
その大元は“結社”が使っていた転移網を援用したもの。ジーク達及びクロムやダン、クチ
ナシ姉弟以下別働班は、決死の強行突破を開始する。
『うおおおおおおおッ!!』
「皆、気合入れてゆくわよ!」
「無闇に戦おうとするな! 俺が全部、片付ける!」

 かくしてジーク達を転送した後、急いで楼内の空域を離脱してゆくルフグラン号。この現
世由来の鉄の船を、地上の死神達は必死に撃ち落そうとしていた。
「奴らの舟が逃げるぞ!」
「させるか! 落とせ、落とせ! 撃ちまくれッ!!」
「で、でも奴ら……全然当たらねえ。一体どんな奴が舵を取ってやがるんだ……?」
 楼壁上ないし内部から大砲を引っ張り出し、一斉に攻撃を加えるが、機動力に勝るルフグ
ラン号はことごとくこれを回避していた。大きく旋回して船首を百八十度変えつつ、彼らの
弾幕をあさっての方向に散らす──操縦桿を握るエリウッドの、元空軍仕込みの達人技だか
らこそ為せる動きだ。
 加えてその周りには、ジークが脱獄の際に連れて来た、有翼種などの大型魔獣達が防御を
固めている。地上から死神達が放つ砲弾や矢を、軽々と弾いてアシストしてくれている。
「だ、駄目だ! どんどん離れてゆく……!」
「舟だ! こっちも舟を出せ!」
「で、ですが先刻から魔流(ストリーム)が荒れておりまして、航行するには到底……」
 言わずもがな、全ては彼が獄内で“覚醒”を果たした、その余波によるものだった。時間
こそ経てど世界に残した影響が未だ良くも悪くも作用し、奇しくも彼ら自身の闘争と逃亡を
後押ししていたのである。
「だったらもっと頑丈なタイプの船があるだろ! 出せ!」
 そんなアララギからの直接命令もあり、楼内の船着き場はより一層混乱していた。同じく
ルフグラン号を追おうとして足止めを食らっていたヒサメやニシオ、サヘイらも現場での指
揮に加勢。直接の追撃へ出向こうと急ぐ。

「──本当に大丈夫かなあ? イセルナさんやジーク君達……」
 エリウッドと共に操縦桿を握っていたレジーナは、そう次第に遠退いてゆく地上──仲間
達を残した魂魄楼を見下ろしながら不安そうにごちていた。ブリッジ内及び船内で補給作業
に走り回る技師組の面々も、そんな親方(かのじょ)の呟きに己の感情を刺激されずにはい
られない。
「大丈夫さ。それよりも僕達が為すべきは、この船を守ることだよ。このまま結界の圏内に
留まっていれば、いずれ狙い撃ちにされて全滅だ。いざとなれば、彼らは手持ちの転送リン
グで逃げられるけど……そもそも帰ってくる場所自体が崩壊していれば、それも不可能にな
ってしまう」
 だからこそ、一方で同じく操縦桿を握るエリウッドは諭すように彼女に言った。普段は穏
やかな物腰の彼も、飛行艇を駆っている今はかつての“空帝モード”に口調も雰囲気も半分
支配されている。以前に比べると随分と丸くはなったが、溢れる圧そのものはやはり止めら
れぬらしい。
「彼らも冒険者(プロ)だ。仮に作戦を維持できなくなったとなれば、すぐにでも仲間を抱
えて戻って来るだろう。白菊による反魔導(アンチスペル)もある。死神衆が展開する防御
結界も、通り抜けること自体は問題ない筈だ」
「うん……」
 言ってしまえばその通り。その通りなのだが……。
 レジーナは彼の隣でルフグラン号を操作しつつ、しかしながら内心の不安は決して晴れる
ことはなかった。
 わざわざ彼も言及するように、この作戦は明らかに分が悪い。確かにその状況をひっくり
返す為の行動だと言えばそうなのだが、問題は肝心の閻魔総長ヒミコが、こちらの話を聞い
てくれるか否かに懸かっている。或いはそもそも彼女の下へと、イセルナ以下主戦力が辿り
着けるかどうか……。
 加えてブリッジから見える窓の外、機体の周囲を並走して飛んでいる魔獣達についても、
レジーナらはまだ判らない事が多過ぎる。
「大体ジーク君は、この子達をどうやって連れて来たんだろう? ステラちゃんの話じゃあ
こういう正気に戻ったパターン? ってのが、前にもあったらしいんだけど……」
 実際砲弾を防いで貰えているし、味方であるならば、これほど心強い者はなかろう。
 ただ魔人(メア)の少女が話していたその前例は、当の彼らがまだ魔獣化してしまってす
ぐ故“正気が残っていた”からに過ぎない。マーロウ達から聞いた情報によると、煉獄深部
の囚人でもあった彼らとは根本的に成り立ちが違うのだ。
 これは一体、どういう事だろう?
 内心レジーナは終始首を傾げっ放しだった。今はそれ所じゃないとはいえ、益々訳が分か
らない……。
「とにかく今は、可能な限り追っ手から逃れることだけを考えるんだ。砲弾が届かない距離
だからといって油断はできない。魔流(ストリーム)に乗れる舟とやらを出してくれば、こ
の距離からでも十分追撃はされうる」

 一方その頃、クロム達と別れた後のヒムロは自身の隊舎へと辿り着いていた。厳戒態勢が
敷かれた北棟本部棟へ突入し、ヒミコと面会するには、余りにも兵力差が大き過ぎると考え
たためだ。
 故に一旦生き残った部下達が戻って来ているであろう隊舎へと向かい、万一北棟隊と交戦
する羽目になっても、凌ぎ切れる態勢を整えようとしたのだが……。
「──どうして裏切ったりなんかしたんです!? どうして私達に、何も言ってくれなかっ
たんですか!?」
 待っていたのは副官の美女、ハイバラによる怒涛の攻撃だった。《塵》のように細かく散
った無数のオーラに、ただでさえ手負いのヒムロは苦戦を強いられる。
「遠征の結果を聞いて、てっきり貴方は捕われたとばかり……。それでももしかしたらと、
私達は必死に逃げ帰って来たのに、よりにもよって賊の側につくなんて……!」
 涙を流しながら怒号を放ち、赤鞘の太刀を振るってくる彼女の猛攻に、ヒムロは手も足も
出なかった。能力的な相性──《凍》の色装で一度に拘束できる対象はそう多くないという
点も然る事ながら、他でもない自身が信頼を寄せていた副官なのだ。向こうが盛大に勘違い
をしているらしいとはいえ、好き好んで刃を返す訳にはいかない。
「落ち着け、ハイバラ! 俺達は騙されているんだ!」
「騙されているのは貴方です! 一体侵入者達に、何を吹き込まれたというんですか!?」
 ぐうっ……!? 体重を乗せた中空からの一撃を受け止め、ヒムロは思わず苦悶の表情を
浮かべる。先ほどから何度も一連の黒幕、アララギの正体を明かそうとしたが、頭に血の上
った彼女には信じて貰えなかった。彼女ほどではないが、遠征から生還した他の隊士達も何
時でもこちらを押さえられるよう、じりじりっと多かれ少なかれ躊躇い気味に抜刀。二人の
周りを囲んでいる。
(……拙いな。昔からこいつは、一旦火が点くと手が付けらない奴だったが……)
 裏切りや孤独、寂しさ。彼女から感じるのは、まるでそんな様々な感情が綯い交ぜになっ
た末の“怒り”であるように、ヒムロには思えた。
 すまない──心の中で、或いは実際に言葉にして。彼は剣戟の中でそう幾度か彼女に語り
掛けたが、やはり聞く耳は持ってくれなかった。
「残念です、残念ですけど……貴方を討つしかないんです!」
 よりにもよって自分達の隊、上司でもあるリーダーが賊と通じ、寝返ってしまったのだ。
 ならば残された元部下たる自分達に出来るのは、自らこれを討って詫びることのみ。魂魄
楼にこのような未曽有の災いをもたらした全責任を、この命を賭して取るしかない。
「ヒムロ、無事か!?」
「こちらは何とか皆と合流しました。このまま急いで本部に──」
 アマギとシズルが駆け付けて来たのは、ちょうどそんな時だった。
 彼以上にガタイが良くて色黒な、やたら雄叫びを上げている大男と隊士達。或いは彼女の
傍らにちょこんと付き従い、瓜二つな容姿をした二人の少女と隊士達。それぞれが隊舎で再
会した副官と、生き残っていた部下達である。
「アマギ隊長!? シズル隊長!?」
「っ! やはり貴方達は、賊に……!」
 ま、待て! それでも尚盛大に勘違いをし、激昂するハイバラに、ヒムロは慌てて割って
入ってその太刀を止めた。ギチギチと鍔迫り合いをし、されどダメージの有無が響いてやは
り押され始める。
「むう。どうやら私達以上に揉めているようだな」
「ハイバラさん、情熱的な人だから……」
 ただでさえ一対多数という不利に、先刻のアララギ直々の楼内放送がピンチに拍車を掛け
ている。共に手こずったのか、アマギもシズルも至る所に怪我や埃の痕が見て取れた。彼ら
に従う部下達も、一部そんな変化が窺える。
(タノウエと、メグとミク。どうやら主立った戦力は回収できたようだが……)
 存外彼らについて来てくれた兵力はまばらのようだった。或いは先の遠征時点で、相当数
の者が脱落してしまったのか。
 感情的なハイバラの剣を受けつつ、ヒムロは内心後悔していた。各隊舎で兵力を集めて来
てからというのは、結局悪手だったのではないか……?
「話は後だ、とにかく助けるぞ!」
「はいっ!」
 そうして事態を目の当たりにしたアマギ・シズル隊がヒムロに加勢しようとした、まさに
次の瞬間だったのだ。段差を滑り降りて彼らがハイバラ達と対峙する寸前、ザザッとこの隊
舎ごとを包囲するように、新手の死神隊の面々が一斉に姿を現したのである。
「そこまでだ!」
『──ッ!?』
 ヒムロやアマギ、シズル。十番隊と三番隊、七番隊の各隊士達が、思わず足を止めてその
頭上を仰ぐ。
 待ち伏せか……。明らかに彼らは、こちらが揃うのを待っていたようだった。それまで内
輪揉めしていたヒムロとハイバラ以下隊士達も、間合いを取り直してこれを見ている。状況
は最悪だ。アララギは既に、こちらに向けて刺客を放っていたのか。
「遠征軍に参加していた、アマギ・シズル・ヒムロの三隊長だな?」
『……』
 真っ直ぐにこちらへと向けられた、弩や投げ槍などの武器。
 それらが全て、確認するかのような誰何の後、一斉に──。

 時を前後して、煉獄内第三層。
 ジーク達に脱出され、囚人達を“浄化”していた筈の鋼杭群も散々に破壊され、それでも
ドモンはじっと腕組みをして立っていた。足元にフーゴやサヤ、西棟死神隊の部下達を従え
ながら、自らが呼び出したとある人物を待っている。
「──よう。そっちも手酷くやられたみてぇだな」
「ええ、全くよ。メイクも崩れちゃうし……」
 姿を現したのは、南棟一番隊隊長──技局長ことヒロシゲとその部下達だった。先の壁上
戦で、グノーシュから受けた傷が未だ癒え切ってはいないのだろう。応急用のパックをして
いるとはいえ、その顔は部分的に大きく腫れたままだった。自嘲的に小さく笑うドモンから
の言葉に、彼(彼女?)も若干うんざりした様子である。
「それで? 用件はなぁに?」
「ああ……。見ての通り、この大穴だよ。何処ぞの馬鹿が盛大に空けやがってな」
 くいっと立てた親指だけで示し、背後のくり抜かれたような大穴を見せるドモン。
 ヒロシゲ達にわざわざ連絡を取り、呼び出したのは他でもない。先刻までの脱出劇の遠因
となったこの綻びを、彼(彼女?)らに修復して貰う為だ。当の本人らも、ひょこっと彼の
背中越しに広がるそれを覗き込み、早速その縁に屈んで状態を確認する。
「……ただ単純に破壊しただけじゃないわね。切り口がすごく綺麗。まるでナイフを入れた
みたいな……。それに損傷の仕方も、幾つか種類があるわ。くり抜かれたものと、重量の大
きな何かに圧迫されたものと」
「流石は技術屋だな。正解だ。一つ目は最初にぶち抜かれたらしい穴、二つ目は深層から逃
げてきた魔獣ども。そんで三つ目は、ジーク・レノヴィンがアララギの鎌を誘発して天井に
ぶち上げた一発だ」
 心苦しいような、清々しいような。
 ドモンはヒロシゲの見立てに、続いてくいっと風穴の空いた天井を指差して答える。言わ
ずもがな、ジーク達が脱獄前、アララギと戦っている最中に作った脱出口だ。
「なるほどね。妙だとは思ってたのよ。元々ここは巨大な空間結界みたいな場所なのに、誰
がどうやって? ってね……。すぐに修復に取り掛かるわ。でもこっちの、足元の方は一体
誰の仕業? まさか貴方じゃあないと思うけど……」
 ヒロシゲ曰く、やはり彼(彼女?)も現場をざっと見て不審に思ったそうだ。
 元よりこの“煉獄”は、並大抵の攻撃で破壊できるような代物じゃない。魔獣達を逃して
戦力に数えたのは事実でも、レノヴィン達が犯人とするには疑問が残る。彼らが元々収監さ
れていた階層から考えて、出口とは逆の方向に潜って行ったと考えるのは不自然だからだ。
「勿論だ。第一メリットがねぇだろ。ただ可能性があるとすれば……こんな真似が出来る奴
がいるとすりゃあ、アララギぐらいだろう。実際天井(うえ)の方は、あいつがレノヴィン
に嵌められて空けちまったんだからな」
 ドモンは答える。奴の《滅》の色装なら、或いは……。
「それこそ、何故そんな事をするのか分からないわ。アララギちゃんはあたし達の総長よ?
ただでさえ今は、前代未聞の非常事態なんだし……」
「はい」
「実は、その事なのですが──」
 しかし彼(彼女?)のそんな問いかけに、今度はフーゴとサヤ、自らも件のアララギの豹
変ぶりを見ていた部下達がドモンの仮説・疑問に続けた。つい先刻まで自分達が目の当たり
にした事の経緯と、抱いた疑惑の根拠を話し始める。
 自分達がこの第三層で、ジーク達脱獄囚らと交戦していた最中、突如として“何処からと
もなく”現れたこと。すさまじい殺気と黒い靄の“瞬間移動”で、まんまと地上へ逃れた彼
らを追って行ってしまったこと。
「瞬間移動……? それってまさか空間転移? あたし達はおろか、現世でも今じゃあ殆ど
遺っていない技術よ? 専用の設備を経由して行うなら、話は別だけど……」
 なまじ技術屋の長を務めているからこそ、その異質さを誰よりも深く理解できていたのだ
ろう。ヒロシゲは二人や西棟隊士達の話を聞き、大層驚いている様子だった。少なくとも自
分達魂魄楼、死神衆が把握している技術ではない。
「ああ……らしいな。それに」
 加えてドモンは、唇を噛み締めるように続ける。
 自分達の目の前で消え失せたアララギ、その前後に見えたあの黒い霧の出所に、彼は見覚
えがあったからだ。
「俺の記憶が正しけりゃあ、あれは確か──」


 所変わり、顕界(ミドガルド)・トナン皇国王宮内。
 ハロルドとリンファから届いた、息子達の無事を報せる通信に、現女皇で二人の母親でも
あるシノは大声を上げて咽び泣いていた。通信の向こう、何故か天上層に滞在しているとい
う彼らも微笑ましく苦笑し、傍らで寄り添う夫・コーダスも自身の感傷に浸る暇さえ無い。
サジやユイ、ナダ以下場に居合わせた臣下達も、最大の懸案であった二人の無事を聞いて心
底ほっとしているようだった。
「あああああああああッ!! よがっだ、よがっだ……!!」
「……そうだね。本当に、良かった」
 現地からの報告曰く、兄・ジークは“煉獄”からの脱出している最中であり、イセルナ以
下残る仲間達もそのアシストに向かったという。弟・アルスはそれ以前、冥界(アビス)に
向かう最中で一時はぐれてしまったのだが、ハロルド達が先刻神界(アスガルド)にて無事
保護したとのこと。
 流石に緊張の糸が切れたのだろう。その場で泣き崩れた妻を抱き支えつつ、コーダスは静
かに背中を擦り続けていた。本来なら自分も、彼女のように感情を爆発させてしまってもお
かしくはなかったのだが……連日の女皇代行で存外、その辺りが磨り減ったのか。
 とりあえずは一安心。
 後は彼らが現世に二人を連れ帰り、戻って来るの待つだけだ。
(……まぁ色々と、細かなことは気になるけれど)
 何でも報告によると、アルスとエトナが流れ着いた神界(アスガルド)では、ちょうど最
高神ゼクセムら主流派に対し、遊戯と寓意の神・ルキ達が反旗を翻していたのだという。幸
いにもこのクーデター自体は他ならぬゼクセムが身を挺して犠牲になり、尚且つアルスがそ
の中で不思議な力を“覚醒”させて撃退。現在は一先ず沈静化へと向かっている。
 正直驚いたのは、その叛逆の首謀者・ルキ神がどうやら“結社”の大幹部であったらしい
こと。最高神たるゼクセムの死と、何より息子アルスが手に入れた二つの力──彼らを圧倒
した謎の“覚醒”及び、その最期に譲られたという“管理者権限”。
 まさか、神々の領域にまで結社(やつら)の魔の手が及んでいたとは……。
 コーダスは内心、暗澹たる思いに苛まれたが、それも一応は済んだこと。考えるべきはこ
れから自分達に一体何が出来るのか? とにかくその一点に尽きる。
 政治の場、こと宗教指導者達とも面識を持つようになり、かねてより多少なりとも聞き及
んではいたが……神々と呼ばれる存在とて一枚岩ではなかったということか。厳密には彼ら
も神性という外皮を被っているだけで、元々は別世界の人間だったとは……。
(……いや。そこは今、重要じゃない)
 それでもコーダスは努めて、目の前の妻を慰めることに心血を注いだ。密かに錯綜する思
考をふるふると払って、今はまだ突かずにおこうと判断した。
 どのみち、これらの問題にはまたいずれぶち当たる。
 先ずは息子達が無事に帰ってくること。ともあれ取り急ぎ報告してくれた、彼ら本人と直
接会って話を聞かなければどうしようもない……。
「……大丈夫よ、コーダス。みっともない所を見せちゃったわね……」
 ぐすん。随分と一しきり泣いた後、現女皇シノはようやく落ち着きを取り戻したようだ。
臣下達の目や今後の事もある。あくまでも気丈に務めを果たそうとする妻に、コーダスは言
葉少なく見つめ返す。「いや……」そっと寄り添ったまま、抱え起こす。すっかり女皇モー
ドに戻った彼女に、サジやナダ以下臣下達も改めて跪いた。一度二度、大きく深呼吸をして
からシノは皆に確認を取る。
「すぐにセド君やサウルさん、ハウゼン様達にも連絡を取って。こちらもあの子達を迎える
準備をしましょう。シンシアちゃんも一緒だし、セド君だって心配しているだろうから」
「はっ! 直ちに!」
「エイルフィード伯やフォンテイン候には、既に並行して報告中です。お二人を介し、ハウ
ゼン王以下四盟主にも、一両日中に伝わるかと存じます」
「そう……。早い仕事をありがとう」
「いいえ、滅相もない……」
「嗚呼、良かったですなあ。本当に良かった……」
「ええ。これでもう少しの辛抱──私達の我慢比べも果てが見えてきたというものです」
 事態は早速動き始めていた。世間にはまだ公表、確実に現世(こちら)に戻って来るまで
明かすべきではないと思われるが、統務院加盟国同士では緊密に連携を取らねばならない。
『外界(そっち)はどうなっています?』
 通信越しのハロルドからもそう訊ねられたが、現状は厳しいと答えざるを得ない。ジーク
の死が人々の間に知れ渡ってしまったことで、世界各地で“結社”の攻勢が強まっている。
彼が復活し、再びこちらに戻ってくれば、それも多少は抑制されるとは思うが……。
『……やはり手札(カード)に使ってきましたか。分かりました。イセルナ達と合流し、急
ぎそちらへ戻ります』
 見聞きできるのは声だけだが、そんな情報一つ取っても彼らが険しい表情を浮かべている
のは容易に汲み取れた。事実既にセドやサウルと交わしてきたやり取りの中で、もうこれ以
上“待ち”に徹するのは厳しいとの認識で一致している。
 物理的な親“結社”勢力からの突き上げは勿論の事ながら、文字通り「蘇生」を果たした
ジークないしアルスに対し、人々から驚きや反発が起こるのは必至だ。何より現世に無事戻
ってくれば、息子達はこれまで以上に“結社”から狙われるようになるだろう。
「ああ、頼むよ。僕達もなるべく──手を尽くしてみる」
 妻・シノと共に、コーダスは通信の向こうに居るであろう、息子達の命の恩人にエールを
送った。政治の領域に携わる者として、自分達が出来ることを考えなければ。どちらからと
もなく互いに頷き合い、彼らの「復活」をアシストすべく、二人は臣下と共に動き出す。

『生死・手段は問わない。かの侵入者達の船を──撃ち落せ』
 魂魄楼北部、本部棟兼閻魔衆詰め所区画。
 不自然なほど立ち入りを拒もうとする末端の兵達を押し退け、オシヒトがその会議室へと
足を踏み入れようとした直前、楼内に聞き覚えのある人物の声が響き渡った。アララギだ。
ちょうど今し方、他の幹部共々集まっていると返答があった筈の、その最たる人物が。
「えっ?」
「アララギ、総長……?」
「……」
 やはり彼ら末端の兵には、水面下の経緯は知らされていないらしい。他の者を入れるなと
だけ厳命され、肝心の本人は実際全く別の場所に居たようだ。
 楼内に張り詰める空気と、下った直々の命令。思わずオシヒトは、彼らと一緒にこの声の
する方向を見上げていた。静かに眉根を寄せ、それまで抱いていた疑惑を更に強い確信へと
変える。
(アララギ……。やはりそうなのか?)
 目の前の門番達が見せる戸惑いっぷりも然り。何よりいち幹部である自分に、何の話も無
かったことへの不審。
 即ち全ては奴の独断という訳だ。ドモンは? ウカタは? 閻魔衆もこの事について了解
は得ているのか? 緊急事態とはいえ、奴の対応はあまりにも拙速過ぎる。
「──」
 何より。次の瞬間オシヒトは腰の太刀に手を掛け、自身の《金》のオーラを練っていた。
彼を中心とした輝く黄金の熱気に、この門番役の死神達も慌てて逃げ出し始める。
 この私を、言葉一つで騙せると思ったか。無辜の兵に語らせれば、行動を起こすほど怪し
まずに立ち去ると思ったか。
 動作は刹那。目の前の扉を見据え、彼は飛沫のような一閃を放つ。
 とうに“視えて”いるぞ。この扉の向こうで、私を待ち構えている刺客達が──戦い慣れ
た死神達の気配と殺気が。
『うぎゃあああッ!?』
 斬撃に乗せて放った《金》の炎は、直後扉ごとその待ち伏せの兵を吹き飛ばした。激しく
散乱する会議椅子や机、巻き上がった埃。オシヒトは一歩二歩、そのまま悠然と進みつつ、
内部の様子を窺う。
 自分で壊したというのもあるが、直前まで誰かが座っていた形跡はない。
 となれば、部屋の更に奥。すぐさま横を向いて身を返す──。
「動くな! それ以上の攻撃は、我々への反逆と見做す!」
 ビンッと叩き付けたかのような怒声。はたしてそこには、総長ヒミコを含めた数名の閻魔
達を人質に取った、キリシマとヒバリ、ヤマダ以下北棟の隊長格らが立て籠もっていたのだ
った。「ヒミコっ!!」咄嗟にオシヒトは叫び、刃を振るおうとする。それでもギリギリ踏
み止まったのは、他でもない捕われた彼女の姿があったからだ。
「オシヒト機動長……」
 喉元に青白い雷光の剣先を添えられ、ヒミコがか細く呟いている。彼女を羽交い締めにす
るキリシマ当人と、その左右傍らで身構えるヒバリ及びヤマダ。両者は暫し、互いに動けな
いまま沈黙を保っていた。
「……お前達がいるということは、やはり黒幕はアララギだったんだな」
「妙だと思っていたんだ。侵入者とはいえ、奴の対応には最初から違和感があった」
 そして先にそれを破ったのは、オシヒトの側。
 目の前の“敵”への警戒は一切怠らず、彼は実質確かめるようにキリシマ達へと問うてい
た。始めは総長たるアララギの指示にこそ従っていたが、その内心ではずっと今回の判断プ
ロセスについて疑いの眼を持っていたのである。
「極めて早い段階からの遠征軍編成と派兵、楼内への厳戒態勢指示──私達他の総隊長に対
しても、まるで自分から引き離すような策ばかりを打っていた。あわよくば、侵入者達もろ
とも戦死してしまえばいいとでも言うような……」
『……』
 キリシマ達、アララギに近しい側近らは答えない。代わりに本来同僚とは思えないほどに
向けられた敵意・忌避の感情が、その推測の正しさを物語っている。
 彼女を離せ! オシヒトは叫び、要求したが、案の定彼らは応じはしなかった。寧ろ自分
達の暗躍を嗅ぎ付けたこちらを疎み、一層ヒミコらを人質に攻勢を強めようとする。或いは
彼ほどの戦力が乗り込んで来るのは予想外だったのだろうか。
「そこを退きなさい。貴方の対応次第で、魂魄楼を束ねる双璧の片割れが死ぬのよ?」
「出来るものならやってみろ。その瞬間……お前達の首を斬る」
 尤もオシヒト自身、彼女らの脅し程度で退く心算は毛頭無かった。寧ろそう圧を掛けてく
るヒバリに対し、眼光鋭い凄みを返して言う。
 うっ……。彼女やヤマダ、配下の死神達が思わずたじろぐ様子が見て取れた。加えてオシ
ヒトは《金》の熱気を漂わせつつ、牽制の意味を込めて言う。
「四番隊のヒバリ隊長だな? 戦わない方がいい。君の色装(のうりょく)はガスで、私の
色装(のうりょく)は炎だ。ぶつかればどんな事になるか……解るだろう?」
 実際彼女の表情(かお)は無意識に歪んでいた。自滅の可能性を示唆した点もそうだが、
何よりオシヒトとしても、ヒミコ達が消し炭になってしまうのは避けたい。要するに保険だ
ったのだ。
 この突然の乱入者に、配下の死神らがじりじりっとこちらを包囲し始めている。自身の力
があれば、雑兵の一塊ぐらいどういうことはないが、先ずは彼女らの身の安全を確保する必
要があった。
 流石に部屋の外も、騒ぎに気付き始めている。ざわめきと幾つもの気配が近付いて来るの
が分かった。キリシマ達も焦りを隠せないようだ。事実アララギも先ほどのように楼内全域
へ指示を出し、より対応が荒っぽくなった。全てはレノヴィン──彼らが予定を狂わせたが
故の強行なのか。
(さて、どうしたものか……)
 実力差で後れを取ることはなかろうが、それでも如何せん数が多過ぎる。
 そこでオシヒトは、ふいっと思い付いて一計を案じた。それまで正面の敵へ構えていた太
刀をぶらりと下げ、一旦無防備にも見える体勢になったのである。
「? 何を──」
 ちょうど、次の瞬間だった。
 思わずキリシマらが怪しんだ次の瞬間、彼は霞むような速さで斬撃を“真上”に放った。
自身の《金》のオーラを巻き込み、天井をぶち破って、輝く火柱が吹き上がる。


「や……」
『止めろォォォォォーッ!!』
 始原層・霊界(エデン)。全ての軛たる世界樹(ユグドラシィル)の根元で、アルス達は
エトナの身を挺した専行を止められなかった。精霊族の始祖・マーテル。かつての契約者で
あり愛した人に、永らく封印されてきた悲劇の女性……。
「そん、な……」
 目の前で激しく放たれ続ける碧色の光、混ざり融けてゆく命の気配。
 アルスやハロルド、リカルド達は、思わずがくりとその場に膝を突いていた。止めようと
したが間に合わなかった。
 呆然とする。涙が溢れて止まらず、或いはショックに打ち震えている。同族たるカルヴィ
ンは珍しく言葉を失い、案内役としてついて来た数名の神格種(ヘヴンズ)達も、突然の展
開に只々戸惑っていた。尤も彼らに関しては、また面倒な事になったという感慨が前面に出
ていたようにも見えたが。
「ドウシテ、ソンナ……」
「エトナの馬鹿! あんたが犠牲になることなんて無かったでしょうが!!」
 仲間達もそう、口々に呟いている。一見すれば神秘的な輝きに恨み節をぶつけている。
 そんな中でもアルスは、膝を突いたまま酷く脱力していた。哀しみを通り越して感情その
ものが一気に磨り減ってしまったようにさえ思えた。

『──アルス・レノヴィン。お前の持ち霊・エトゥルリーナを契約解除しろ(すてろ)』

 何時ぞやかにブレアに突きつけられた、いずれ来るかもしれない別れの時に対する覚悟。
これを問われた時の記憶を反復再生(リフレイン)しながら。
「……ごめんね」
 しかしである。近付くこともままならず、只々エトナが消えゆくのを見ている事しか出来
なかった次の瞬間、他でもない彼女がマーテルに抱き止められていたのだ。
 スッと静かに、優しく。当のエトナ自身も大きく目を見開いて驚く中、彼女は言う。
 母のような──生命そのものに包まれるかのような、均一の心地。
「でも貴女が、消えることなんてない」
 はたしてそれは……犠牲を出さぬ為の犠牲だった。エトナが自らの命を擲ってまで挑んだ
干渉により、マーテルに施されていた《罰》の封印が緩んだのだ。その一瞬だけ出来た隙を
見逃さず、彼女はエトナではなく、自らが消滅することを選んだのだった。
 施された封印自体を、そもそも意味の無いものに。
 エトナが飛び込もうとした光の中へ、今度はマーテルが輝く粒子となって消えてゆく。
「最初から、こうすれば良かったのにね」
「ありがとう。後はあの人を、どうかお願い──」

「ッ?! エトナ、エトナぁ!!」
 だからこそ、辺り一面を覆っていた閃光が止んだ時、アルス達は一体何が起こったのか解
らなかった。只々何かが終わったのだと、慌てて彼女の下へと駆け寄り、皆でして失われた
筈の誰かの正体を確かめようとする。
「……アル、ス? えっ? 私何で、消えて……?」
 そんなこと、寧ろこちらが訊きたいくらいだ。何故ならアルス達が慌てて登って来た大樹
の根元には、明らかに先程までとは違うエトナらしき人物の姿があったからである。
 以前よりもふんわりと、大人びた姿。
 マーテルを思わせる碧色の光と長髪、衣装。
 駆け付けた仲間達を始め、当のエトナ自身もようやく、一体何が起きたのかを理解した。
消滅したのはエトナではなく、始祖(マーテル)の方だったのだ。代わりに自身の力を彼女
へと託し、千年にも及ぶ束縛からようやく解放されて。
「まさか……。エトナが、始祖マーテルと融合……??」
「えっ? ええっ!? マジかよ。っていうか、そんな事出来んのか!?」
「マーテル様の姿は……やっぱり見当たらない」
「死んだ、の? エトナを庇って、消えて……?」
「……何ということだ」
「私達は一体、上に何と報告したら……」
 三者三様。アルス達は目の前で起きた奇跡、自己犠牲に大きく戸惑った。ようやく状況が
理解できたとはいえ、未だ信じ難いアルス達と、そんなとんでもないものを託されてしまっ
た当のエトナ。最高神(ゼクセム)の死から立ち直るのもそこそこに、また新たに前代未聞
の事態に出くわしてしまった案内役の神格種(ヘヴンズ)達。
「……私の、所為で。私がお母様を助けようと、突っ走ったから……」
 特に彼女が自滅する原因を作ってしまった、エトナのショックは甚だしいものだった。輝
く光の雨を浴びながらも、そのじっと落とした視線、見つめた掌は小刻みに震えている。涙
が自然と零れ、頬を伝った。
「エ、エトナ……」
『──』
 なまじ全身にみなぎってくる力は、他でもない彼女のもの、彼女の意思。
 どうやら消滅せずに済んだ。生き残った。対する相棒たるアルスも、そんな事実と彼女の
ショックなさまに、安堵していいのか哀しんでいいのかさえ判らない。

「……!? ユヴァン!」「ユヴァン様!!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 かくして封印は解かれた。即ちその術者である、ユヴァンの身体に反動としてダメージは
跳ね返る。摂理宮の奥底にて、彼は盟友達を見送りながら、突如として片膝を突いた。激し
い眩暈を引き起こしながらその場に崩れ落ちた。
「ユヴァン様、御顔色が真っ青です。一体何が……?」
「敵襲の気配は──ねえよな。となると、ここまでお前が弱っちまうってことは……」
「……ああ」
 ティラウドとルキ、シゼル、オディウスの四人に支え直され、ユヴァンは再び立ち上がっ
た。まだ荒く呼吸が乱れ、動揺に目を泳がせているが、幸いにも即死という訳ではない。
「《罰》の反動か」
「だが一体全体、何処のどの対象だ? 仮の器(にくたい)はこの前ヨーハンに粗方壊され
ちまってるし、あれ以来自ら出撃してはいない筈だが……」
 だからこそ、この盟友達は程なくして思い至る。彼をここまで消耗させるほど、強い力を
込めて施された何か。何より本人が明らかに憔悴しているにも拘らず、結局“中途半端”な
ダメージで死にはしなかったらしいこと。
「これ、は……。まさか……」
 暫くして、ユヴァンはようやく声を絞り出していた。真っ青になった顔と全てを悟ったよ
うな絶望感で以って、小刻みに震え出す身体。頬につうっと伝う、一筋の涙。
「マー、テル……」
 ああああああああああああああああッ!?!? 次の瞬間だった。困惑する盟友達を尻目
に、彼は小さく一人の女性の名を紡ぐ。直後まるで、内側から崩壊するかのように、その押
し留めていた感情が堰を切って溢れ出す。

 時は巻き戻り、冥界(アビス)・魂魄楼。その本部へと続く城壁上通路。
 イセルナ以下クラン・ブルートバードの団員達は、黒幕アララギの正体を白日の下に晒す
べく、棟内の何処かに居る筈の閻魔長ヒミコの下へと向かおうとしていた。
 当然ながら、その行く手を大勢の死神達が阻む。先刻、他でもないアララギ本人──死神
総長直々の非常事態宣言により、状況は魂魄楼対ブルートバードの全面対決という様相を呈
していた。
 両者の衝突の先頭、その最前線にジークが立っている。取り戻した肉体と紅梅、蒼桜の二
刀流でもって、数で押してくるこの死神衆の面々を必死になって受け止めている。
「──? 何だあ?」
 金色に染まる火柱が噴き出したのは、ちょうどそんな激戦の最中だった。ジークやイセル
ナ以下仲間達、本部棟を死守すべく突撃する死神達もまた、この突然の出来事に思わず振り
向いて空を仰いだ。
 灰味がかって暗く、全体的にモノクロな印象を与える冥界(アビス)。
 そんな同界にあって、この出所不明の火柱は煌々と明るかった。何よりその天へと届かん
とする火柱は、他ならぬ本部棟の一角より上がっているように見えたのだ。
「あれは……オシヒト機動長の……」
「オシヒト? 誰だ、それ?」
「早い話が、俺達東棟の死神全員のリーダーです! 一番隊の隊長ッスよ!」
「“金剣”のオシヒト──あれは間違いなく、彼の《金》の色装ですね。俺達と一緒で誰か
と戦っているのか、或いは……」
「でもクロム達の話じゃあ、こっちの話に聞く耳も持たなかったんだろう?」
「そうじゃのう……。よくは分からんが、奴も奴で何か思う所があったのやもしれん」
「少なくとも、あそこで何か起きたのは間違いなさそう、だなッ!」
 忙しなく死神達の群れを捌きながら、ジークは手っ取り早くその名前について問う。マー
ロウ及び元十六番隊の隊士達や、実際に彼と対峙したガラドルフやテンシン、二人が率いる
団員達が答えた。現状その味方である筈の、守備要員の死神達も明らかに動揺している。
「幸か不幸か……ちょうど良い目印にはなったかな?」
「位置的にも、マーロウさんが話してくれた詰め所区画の辺りね。皆、一旦あそこを目指す
わよ!」
『了解!!』
 元々予定には無かった出来事だ。もしかしたらクロムやヒムロ達が既に到着しているのか
もしれないし、罠かもしれない。それでも確固とした手掛かりのない一行にとっては、渡り
に船の光明だった。団長イセルナが即座に前者を採って叫び、仲間達も一斉に応える。二刀
や長刀、弓に魔導に槍──めいめいが奮戦し、何とかこの死神もとい人の盾を乗り越えるべ
く踏ん張る。
「ちい……ッ! 退けよ、あんたらと事を構える気はないんだ!」
「黙れ、この災いを運ぶ侵入者め!!」
「ここまでこの魂魄楼を滅茶苦茶にしておいて、どの口が言うかっ?!」
 しかしながら対する守備要員の死神達は、ジークのそんな心の叫びを最早まともには取り
合ってくれない。寧ろ態度は一層頑なとなり、これまでの秩序や日常──総長アララギから
直接下された命令に従うことを選んでいた。
「くっ! まぁそう言われりゃあそうなんだがよ……。ああもう! 次から次へとまどろっ
こしいな!」
 あくまで狙いはアララギ、その本性を彼らにも伝えて刃を収めて貰うことだ。この場で斬
り伏せてしまうことは容易だが、それでは本末転倒も甚だしい。やはり彼らの追撃は振り切
った上で、閻魔総長ヒミコを確保する事に専念すべきだろう。
 どっ……せいッ!! 故にジークは次の瞬間、交差させた二刀を素早く開き、組み伏せよ
うとするこの死神達を弾き飛ばした。大きく体勢を崩す面々、その隙と次々に繰り出される
攻撃の刃先を見氣で捉えながら、ダンッと横回転に身を捻りつつ跳躍。右手紅梅の剣先から
手近な魔流(ストリーム)を引き寄せ、とっておきの肉体強化を発動する。
「──接続開始(コネクト)!」
 まさしくそれは、対する死神達からすれば一瞬の出来事だっただろう。何せ彼が霞むよう
に消えたかと思えば、次の瞬間、何人かの仲間達がその得物を圧し折られた──踏み台にさ
れた衝撃であさっての方向に吹き飛んでいたのだから。
(よしっ! 突破!)
 気付いた時にはもう遅かった。ジークはあくまでその強化術を、彼らを乗り越えてゆく為
の手段のみとし、一人防御結界の敷かれた本部棟の真ん前へと辿り着いていたのだった。ズ
ザザッと着地する暇も惜しむように、同時に右手の紅梅を口に咥え、懐から白菊を抜き放っ
た。握り手と刀身にありったけの魔力(マナ)を込め、これに向かって突き立てる。
「ぬおっ……せぇぇぇぇーいッ!!」
 はたしてその本来の能力を発動した白菊の一撃は、侵入者を拒む防御結界に大きな風穴を
空けたのだった。人一人分どころか軽く大扉を一枚分、淡黄色を纏った力場を粉々に砕いて
吹き飛ばす。
「──よしッ!! 入口が出来たぞ!」
「今の内よ! 皆、急いであそこから中に入って!」
 イセルナやシフォン、グノーシュやサフレ、マルタにレナ・ステラ・クレア。仲間達も彼
の一点突破と先ず最初の目的達成にガッツポーズをし、それまでの防衛線をあっさり左右に
崩して走り出す。リュカやマーロウ、天魔導や《荷》の能力で味方の機動力を強化し、この
流れに乗じる動きをアシストする仲間達もいる。
「まさかあれは……反魔導(アンチスペル)!?」
「拙いぞ! 防御結界が破られた! 本部に侵入されるッ!!」
 止めろォォォーッ!! 守備要員の死神達は程なくして気付き、慌てて仲間達に訴え掛け
たが、時既に遅しだった。一旦複数の手段で縦横無尽に動けるようになったイセルナ達を、
彼らではもう押さえ込むことはできない。
「行け! 一気になだれ込め! 白菊の効果は、そう長く続くモンじゃない!」
 うおおおおおおおッ!! 激しく片腕を振るジークの叫び声を合図に、イセルナ以下団員
達及び、マーロウ隊の面々は突入を開始する。

「──っ!? 貴様まさか、始めからこれを狙って……?!」
 僅かな隙を突いて打ち上げられた《金》の火柱。だがそれがあくまで自分達を攻撃する為
ではなく、他の協力者にこの場所を知らせる狼煙だと理解した瞬間、キシリマ以下アララギ
側近の隊長格達は色めき立った。
 天井には大穴、ゆっくりと霧散してゆく黄金色の火の粉。
 少なくとも外部──この本部棟より遠ければ遠いほど、事態の異変に気付く者は多数に上
ることだろう。最早この事態を隠匿できる可能性はゼロに等しい。
「“敵”にわざわざ、手の内を明かす馬鹿がいると思うか?」
 故にズラッと、キリシマやヒバリ、ヤマダ達は一斉に武器を抜き放った。
 青白い雷光を纏う細剣は更に輝きを増し、逆手に握った短刀からはゆらりと《窒》のガス
が漏れ出す。悪食な《肥》の鎖鉄球(モーニングスター)も、主たるヤマダと共にじゅるり
と涎を垂らしながらその牙を剥き出しにしている。
(これで彼らが、こちらの異変に気付いてやって来るだろう。或いは既にこの楼内の何処か
で、アララギ配下の者達と戦っているか……)
 狼煙とするのが目的というのも一つあるが、もう一つ重要なのはガス──ヒバリの《窒》
の色装(のうりょく)に対してだ。少なくともこれで天井に穴が空き、この部屋は密室では
なくなった。
 一体何故奴らがヒミコを攫ったのか? その理由は未だもって不明だが、今はその疑問自
体さして意味はない。大方閻魔衆のトップにいる者だから、後で何とでも利用出来ると考え
たのだろう。実際人質にしこそすれ、未だこちらに牽制以上の目的で使って来てはいないの
がその証拠だ。尤もどのみち、このまま生かして帰す心算はないが。
 ガスの逃げ口と風向き、そして自分が迂闊に《金》の炎を使わなければ、次の一手で確実
に彼女を取り戻せる……。
『──』
 だがこの激昂する三隊長と相対し、睨み合うオシヒトの背後から、次の瞬間音もなく別の
刺客が現れたのである。黒い靄を伴いながら瞬間移動──何も無い吹き飛ばされた出入口の
扉の前に転移し、その《滅》の大鎌を振り上げる死神総長・アララギ。
「っ!?」
 オシヒトはこれを、辛うじてすんでの所で避けていた。殺気を嗅ぎ取ったのと同時に、殆
ど反射神経でもって床を転がり、彼の即死する一撃をかわしたのだ。ごっそりと、その斬撃
が通った跡には、不自然に“消滅”した床板や会議机が沈黙している。
「そ、総長!?」
「どうして此方に……?」
「くっ、お前か。黒幕直々の登場とは」
「……」
 驚くヤマダやヒバリ、或いは努めてヒミコを人質に取り続けているキリシマ。
 だが慌てて転がった姿勢から立て直し、こちらを見つめてくるオシヒトに、当のアララギ
はじっと静かな殺意を向けてくるだけだった。
 《滅》の大鎌と《金》の太刀。
 魂魄楼でも屈指の戦力同士が、今まさに対峙する。

スポンサーサイト



  1. 2020/02/11(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)永遠だろうと滅びだろうと | ホーム | (企画)週刊三題「告詩(つげうた)」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1199-901ae4d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (201)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (114)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (53)
【企画処】 (492)
週刊三題 (482)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (9)
【雑記帳】 (411)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month