日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「Re:Q」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悩み、音楽、最弱】


「すまないな。忙しいだろうに、わざわざ時間を取って貰って」
 小粋なジャズが控え目に流れる店内で、寧ろ彼はそう陰気な声質を纏っていた。尤もそれ
は彼自身、今に始まった事ではなかったが。
「気にすんな。偶には息抜きってのも必要だぜ? お互いに、な」
 一方で今宵誘われた当の友人はと言えば、対照的にニカッと笑って受け止めている。痩身
に面長、筋肉質に丸顔。その外見からも二人は正反対だった。
 ああ……。
 だからこそ彼は、この友から向けられた言葉に、深く静かに頷いていた。隣り合った距離
で座ったカウンター席。マスターの出してくれたグラスの酒が、今か今かと出番を待って水
滴を垂らしつつある。
「話は他でもない、私の仕事のことさ。今に始まった経験ではないが、どうにも上手くいか
なくってね。どれだけ専門家としての知識や事実を伝えても、ああまで聞く耳持たずという
態度を返され続けると堪える……。曲解に曲解を重ねて、責められるのはいつも私だ」
 相手が長年の友だから、という面もあるのだろう。彼は大きな嘆息をついてからぽつぽつ
と話し始めた。目の前の自身のグラスこそ瞳に映っているが、すぐに喉を通そうという気に
はなれないらしい。代わりにこの友の方が、ついっと自分の分を持ち上げて一口。
「……そういやお前、まだあちこちで“議論”をやってるんだったな。頭が下がるよ。世の
学者先生の大半が、部屋に閉じ籠もってムズカシイ数式を弄り回してることを考えれば、お
前は随分とアクティブだもんなあ」
「全員が全員、数字を扱う訳ではないぞ?」
「例えだよ、例え。まあ……とりあえず一杯飲めや」
 相変わらず糞真面目に答えてきやがるなあ。この友は小さく苦笑いを零しながら、ついっ
と自身のグラスを向けて、乾杯を促した。彼の方もようやく目の前のそれを持ち上げ、お互
いに軽く鳴らす。
 とにかく今は、飲んで紛らわそう。
 結局感情云々なんてものは、脳味噌の中で流れる一過性の電気なんだから。
 そうして暫くの間──実際の所は二・三分ほどの沈黙の後、彼は再び口を開き始めた。こ
の友に己の嘆きを打ち明けても、これまで幾度となく同じ行為を繰り返しても、慰み以上の
効果は得られない筈だと解ってはいながら。
「これが学会だと、そこまで罵倒の類が飛び交うようなことはないんだがな……。どうにも
ネット越しのやり取りでは、私の意図する指摘も“攻撃”されたと感じるらしい」
「まあ……そりゃあ一般人はそんなモンだろ。何となく物を言ってた素人が、急に何処の誰
とも知らない学者先生から“指導”されるんだ。ありがたやって思うより、何様だよおめえ
ってなる方が先さ」
「……事実を指摘したまでなんだがな」
「それがそもそも、ボタンの掛け違いなんだって。別にそいつらは始めっから、お前やら他
の専門家に、ご指導ご鞭撻願ってる訳じゃあねえんだろ? 頼まれてもねえのに突っかかる
からだよ。前々から言ってるが、時間の無駄だ。お前はお前の研究に熱心なだけでいい」
「……そうしている間に、巷では誤った認識がさも常識のように広まりがちだ。いち専門家
として、私達にはそれを正す義務がある。放ってはおけない」
 まったく……。
 じっと眉間に皺を寄せている彼に、友はやれやれと肩を竦めてみせた。カランとグラスの
中の氷が揺れ、もう一口二口、くいっと煽る。
「だ~か~ら~。それがお前の一方通行だって言ってるんだよ。お前や他の先生方がこれこ
れが正しいって言っても、そいつらはそもそも訊いてねえ。聞く気もなきゃあ、指摘される
筋合いさえ無いと思ってる」
「筋合い……。意見や理論に反論があるのは、当然の事じゃないか」
「違うんだよなあ、それが。お前らはきちんとそういう訓練を受けて、それが当たり前だと
信じ込んじまってるが、基本的に一般人ってのは違うぞ。基本的に馬鹿だ」
 そう言い放たれ、彼が明らかに難しい表情(かお)をするのが、この友にはすぐ判った。
非難めいた視線を投げられても、予想通りだと呵々と笑い、受け流す。手に持ったグラスを
右に左と鳴らしながら、友は続けた。
「まあ、そう怖い顔をするなよ。俺が大雑把なのはお前も知ってるだろう? ざっくり言っ
ちまうとそんなモンなのさ。そりゃあ世の中には、ずば抜けて頭のいい奴も沢山いる。ノー
ベル賞だの何だの、色々あろうな。だけどもそういうのは……何千・何億の、そうじゃない
人間がいるからこそ存在してる。存在してるからこそ輝くっつーか。少なくともお前が要求
するようなレベルにいる人間ってのは、びっくりするぐらいいない」
「……理屈は分かる。乱暴だけどな」
「そう言ってるだろ~? とりあえず今そこは噛み付かないでくれよ。そうさな……。お前
も知ってる通り、俺は一応会社をやってるが、そりゃあ皆びっくりするぐらい馬鹿だぞ? 
あ、いや、知ってることと知らないことの差が広過ぎるっつーか何つーか……」
 コクリコクリと何度か首を左右に揺らしながら、この友は何とか自身の中の思考を言語化
しようと試みた。対する彼もそんな意図ぐらいは汲んでいるのか、次に紡がれる言葉をじっ
と待っている。一度だけ、視線をそのままにグラスに口を付けていた。
「例えば営業を主にやってる奴は、経理のことをよく知らねえ。技術畑の奴らが、毎日どれ
だけ必死こいて飛んでくる要望に合わせてるか知らねえ。経理の人間も、技術畑の人間も一
緒さ。自分の守備範囲外のことはよく分かってねえ癖に、あいつらは何も解っちゃいない!
って悪態をつくのだけは一人前だ。にも拘らず、自分こそが一番よく働いてるし、金を貰え
るモンだと思ってやがる。……払う側に身にもなりやがれってんだよなあ」
 半分、いや八割方個人的な恨み節なようで、この友は大仰に嘆いていた。肩を竦めて力説
してみせるその姿を、彼は暫し目を細めたまま見つめている。
「……そういった彼らの認識を、改めさせようとは思わないのか?」
「出来ることならやりたいさ。でも大抵の場合、呼び出して諭しても、素直にはいそうです
かってなるもんかよ。表向きはヘコヘコしてたって、裏で陰口悪口のオンパレードさ。人間
そういうモンだろ?」
「ああ。解らない訳ではない。解らない訳ではないんだが……正しい姿ではない。君の指導
が具体的にどうだったかまでを精査しないと、厳密な事は言えないが、あくまで業務上の範
囲内なら妥当な筈だ。注意されたからと、君自身の人格まで否定してかかるべきではない」
「そう! それなんだよ。お前がそもそも、盛大に掛け違えてる所ってのはよ」
 私の……? 彼は急に自身の方へ振られた最初の話題に、思わず別の意味で険しい面持ち
をみせた。尤も生来頭の回転こそ早く、すぐこの友が意図した、繋げようとしていた旨を悟
ったようだったが。
「お前は何時だって“議論”をしようとしてる。その理屈は正しいのか、間違ってるのか?
だとしたらその根拠は何なのか──? でもこういう、世間一般の連中は“議論”に対する
前提が違うんだと俺は思う。最適解じゃなくて、勝つか負けるか。こっちの理屈にぶつけら
れた批判と、自分自身への否定がワンセットになってる。切り離せてねえんだよ。だから肯
定して貰えなきゃあ、ご機嫌斜めになる」
「……討論(ディベート)の基本が、そもそもなっていないと言いたいのか」
「ああ。っていうか、寧ろ切り離せる人間の方が珍しいだろ。議論って体だろうが何だろう
が、大抵の奴は一度諍いになった相手をフラットには見れねえよ。禍根が残らない結末の方
がおかしい」
「……」
 口元に軽く握った拳を当て、やや視線を逸らして彼は考え込む。
 グラスの中の酒は、まだ随分と残ったままだ。最初の頃に比べると随分小さくなってきた
氷と、もう何曲目か分からないBGMが次のナンバーへと移ろうとしている。
 予想外──いや、彼自身、かねてから原因・可能性として挙げてはいたのだろう。ただ自
らそれを“選択”することが出来なかった。即ちそれらを採用することは、これまで自分が
生きてきた『理性の世界』を根本から否定することにもなりかねない。友が馬鹿だと表現し
ただけでも拒否反応をみせた、それが証拠だろう。あくまで彼の中では、誰もが本来的には
平等──誠実と事実を尽くせば対話はできるという思いがあった。
「海外はともかく、この国じゃなあ……。何を言うかより、誰が言うかで受け取られ方が違
うだろ? 無礼講なんてのも実質有って無いようなモンだし、空気を読む文化ってのとは致
命的に相性が悪いんだと俺は思ってる。まあ海外も海外で、揉める所はそれこそ何百年・何
千年って単位で揉めてるけどよ……」
 段々と舌が滑ってきた。ちっとセンシティブかね──? ぐびっと中断がてらに喉を潤し
て、一旦持説を止める。
「ほら、何だっけ? 大昔にやたらめったら“議論”を吹っ掛けて回って、最後には牢屋に
ぶち込まれた偉い人がいるだろ」
「ソクラテスか?」
「そうそう。それそれ。あれも要は、相手の面子やら感情を考えずに“論破”しまくった自
業自得とも言えなくはないか? まぁずっと昔の、海の向こうの人間だし、本人はそれで満
足だったのかもしれんがよ」
「……。君も中々博識じゃないか」
「長いこと誰かさんのダチをやってるお陰でな。……まぁ、結局人間なんざ、その頃から大
して変わっちゃいねえのかもしれねえなあ。知識やら技術ってのは、間違いなく過去の蓄積
がある筈なんだが、それをいち個人の人生の中で積極的に拾って、尚且つずっとアップデー
トし続けようって気概は……全員が全員持てる訳じゃねえ。何処かで面倒臭がるさ。そうな
りゃあ、自分の知ってる範囲内で片付けようとする。通らねえ理屈でも押し通そうとする」
 この友の言葉を、彼はじっと聞いていた。目の前のグラスの中、小さな氷を、静かに見つ
めたままややあって持ち上げ、煽る。
 半ば自棄のようにも見えた。反面その所作自体は極めて静かだった。たっぷりと長く、自
身も繰り返して言葉を整理するようにしてから、彼は再びこの友の方を向く。
「私はやはり……君が羨ましい。そこまで誰かを突き放し、適度な距離を取れるのは才能だ
よ。時には物事をアバウトに捉えることも、フットワークの軽さには必要だろうからね」
「無いものねだりって奴さ。お互いにな。……俺はただ、早々に諦める方を選んじまっただ
けだよ。そっちの方が楽だからな。さっきも言ったろう?」
「君のそれは、諦めと呼んでしまうには些か語弊がある。言い換えるなら妥協、或いは適応
力と表現すべきだ。それに……本当に我が身の保身だけでもって、他人を突き放して良しと
するのなら、私の相談(ぐち)に何度も付き合ってくれたりはしない」
「……。五月蠅えよ」
 そうして暫く、また二人は黙したままグラスを傾けていた。ちびちび、ぐいっと残りを流
し込み、手持無沙汰な感覚を紛らわす。
 彼自身も、少しらしくない台詞かと思い直し、考え込んでいた。
 この友も同じく、存外どっちが慰め慰められているか──褒められているか分かったモン
じゃないなと思っていた。
「……お前はさ」
「うん?」
「お前はさ。やっぱりこれからも“議論”は続けたいか? 研究室に籠ってばかりじゃあ駄
目だと、積極的に専門家として発信していきたいか?」
「ああ……勿論。私達の営みは、どうしても後手後手に回りがちだ。いざ研究の成果が大成
したとしても、その時にはもう世の中の情勢は大きく変わっていることが多い。一度に劇的
な処方箋を投入するよりも、地道な治療が一番の特効薬だからな」
「まぁな。ただそれはそれで事実だとしても、お前の──お前らのやり方は、やっぱり筋が
悪いと思う。“議論”を吹っ掛けても、連中は基本聞く耳なんぞ持たねえぜ? 自分の理屈
で燃やすだけ燃やして、味方が増えりゃあそれでいい。仲間同士で耳障りの良い“事実”さ
え入ってくりゃあそれでいいんだ。それが一番、快感原則に適ってる」
 彼は何も言わなかった。この友が改めて、繰り返し“助言”してくれていることを、され
ど自身の中で尚も呑み込めずにいるのだろう。ここで言い返せば、感情的に何とか否定しよ
うと試みてしまえば、他ならぬ自分自身の敗北を認めることになる……。
「……お前を見てて思うんだがよ。そういう連中の“信仰”と、お前の理性っつーか対話を
しなくちゃいけない、できる筈だっていう“信念”に、どれほどの違いがあるんだろうかね
え? 素人意見なだけかもしれないが、傍から見ればどっちも拘りを捨てられないって意味
じゃあ変わらないように俺は思えてならないんだ」
 畳みかける──いや、最後は半ば自らも含めて嘆くように。
 友は、この悩み多き学者の旧友をじっと見据え、言った。たとえ自身は小さないち企業の
社長でも、彼の苦しみを知らない訳じゃない。解らない訳じゃない。寧ろ自分ような人間が
詮無いと“切り捨て”てきた、無数の面倒で意固地な人間達が、巡り回ってこの世の中を困
難な方向へと押し進めているのではないか……?
「……すまない。少し、トイレに行ってくる」
 言って、次の瞬間彼は一人席を立つと姿を消した。店内のジャズがやけに虚しく奏でられ
ているように感じ、この友は陰鬱な気分になる。空になったグラスを弄びながら、この大ら
かを気取った悲観主義者(ペシミスト)はごちた。
「本当、誰一人として救われねえな」
                                      (了)


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  1. 2020/02/01(土) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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