日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔51〕

 最新鋭のAR技術を駆使した育成型対戦ゲーム・テイムアタック。及びその専用ツールで
ある短銃型装置・リアナイザ。
 一時は巷のコアなゲーマー達を夢中にさせたものの、他でもない製造・販売元たるH&D
本社のリチャードCEOにより、事実上の終焉を迎えた。
 だが……そうして“禁制”の品になったからこそ、人々は考える。水面下で尚蠢く者達が
いる。
 中央署の一件を経て、件のツールが電脳生命体なる怪物達の苗床となり得る旨は、広く知
れ渡るようになった。人によってさほど信を置いてはいないにせよ、政府が公式にその存在
を認めた点も大きいのだろう。要するに関わり合いになれば、碌な事にならないと判ってい
るのだ。
 にも拘らず、一方で彼らは考える。もしそんな人外の力を借りられれば、終ぞ果たせなか
った思いも現実のものとなるのではないだろうか? と。
 何としても──たとえ法や倫理を犯してでも叶えたい願い。それは極論、少なからぬ人々
が抱えているとも言える。問題はそういった良識の枷を、一線を越えて行動してしまえるか
否かなのだから。何も彼らを衝き動かす原動力は、「悪意」故の願いとは限らない……。

「だ、誰かいないのか? 来たぞ! 約束通り、例の物を俺に寄越してくれ!」
 水面下での変化。それはアウター及び改造リアナイザの、一層のアングラ化だった。中央
署の一件以降、それでも件のツールを求める者達は、人知れず“窓口”とされる存在と接触
を図っていたのだった。
 昼間でも薄暗い、街の暗部──雑居ビル群の谷間。
 そこへ独り、おずおずと足を運んで来た一人の青年が、未だ見えぬ取引相手へと呼び掛け
て言う。
「──分かってるよ、そんなデカい声出すな。気付かれるだろうが」
 するとどうだろう。次の瞬間暗がりの一角から、何者かの声が返ってきた。青年が思わず
ハッとなって振り向くと、そこには荒くれ風の男と酷い肥満の大男が立っている。良くも悪
くも目を見張る二人分の人影が、気付けば音もなくこちらへと歩いてくる。
「ようゴゾ。あんたは正直者で……幸運だァ」
 言わずもがな、人間態のグリードとグラトニーだった。“蝕卓(ファミリー)”七席にし
て、かねてより改造リアナイザの売人を務めている二人組である。喉まで肉に塗れたグラト
ニーが決め台詞のように、舌っ足らずな口調で言う。
 ほらよ。そして青年へと十分近付くよりも前に、グリードが手にしていた改造リアナイザ
を一つ、彼へと放り投げた。それが自分の求めていた品だと知り、一瞬慌てつつも咄嗟の反
応でキャッチ。両手に包み込んで受け取る。
「こ、これが……苗床のリアイナイザ」
 何より呟くその目には、確かに動揺と一抹の興奮が滲んでいた。
「おうよ。じゃあ確かに渡したぜ? 精々上手くやるこった」
「頑張ってネー」
 禁制の闇取引。だが人々がそれらを求める際、彼らは別段金銭を要求したりはしない。既
に知る者は知っているように、彼らの目的はあくまで苗床の──アウターこと電脳生命体の
増殖にあるからだ。ヒトの欲望、負の感情に付け込み、その個体数を増やす。同胞達の進化
を促す……。
 荒くれ風の男と、肥満の大男。グリードとグラトニーは引き続き言った。
 同じくこれも、予め取り決めた台詞であるかのように。既に青年に対して半ば興味と用件
を失い、ヒラヒラと片手を振って、暗がりの中へと再び踵を返しながら。
「引き金をひけ。そうすりゃあ……お前の願いは叶う」


 Episode-51.Brothers/其の始まり、此の始まり

 八代もといキャンサーの撃破から数日。睦月達は学園(コクガク)のクラス教室に集まっ
ていた。各々が席に着き、正面教壇を見つめている。授業はちょうど、ホームルームとして
宛がわれていた。
「──さあ、皆さん。“文武祭”が近付いてきました♪」
 そう言ってにこやかにポンと手を叩くのは、クラス担任を務める豊川先生だ。
 細いフレームの丸眼鏡にふんわりとウェーブの掛かった髪、間延びした声。良くも悪くも
情に脆いが穏やかで心優しい、一部生徒達には「トヨみん」の愛称で親しまれている女性教
諭である。
「文武祭……。そっか、もうそんな時期か」
「去年はあたし達、見るだけの側だったもんねえ」
 彼女のそんな開口一番の呼び掛けに、クラスの面々が少しざわつく。思い出したように膝
を打ったり、懐かしんだり。睦月や海沙、宙も含めて皆はお互いに顔を見合わせた。教壇に
立つ豊川先生は、尚もニコニコと微笑んでいる。
 正確には“飛鳥崎文武祭”──秋口のこの時期行われる、集積都市を一単位とした大規模
な学園祭である。旧時代の頃には体育祭、文化祭などと呼ばれていたものだ。
 ただ従来の形では運動か芸術か、特定の得意分野を持つ生徒しか活躍できなかったことに
加え、複数回のイベントではどうしても授業時間が削られる。何より……国内の人口を幾つ
かの地域に集中させてきた同政策により、開催には都市全体への多大な影響が避けられなく
なってしまった。
 そこで当時の政府・教育行政は、これらも“統合”する選択を採った。文化系も体育会系
も同じ発表の場を用意し、街全体で済ませてしまおうと。
 文武祭は、そういった経緯で開かれるようになった。今や各集積都市において、学生達は
勿論、多くの住民達にとってこの時期の名物行事となって久しい。また現在の“新時代”の
例に漏れず、各クラス単位や学校単位の競争──ランキング形式の戦いもその特徴だ。
「……あれからもう、一年が経っちゃったんだなあ」
「そうだね。私達が高等部に進んだのだって、つい最近の事だとばかり思ってたのに……」
 睦月が何処か遠くを眺めるように呟き、数列向かい側に座る幼馴染の海沙も、若干複雑な
苦笑を浮かべて頷き返す。
 文武祭は基本的に、高等部生を対象としたイベントである。初等部や中等部生までを含め
ると、ただでさえ多い人数が膨れ上がるというのが大よその理由だ。
 それこそ大学に進めば、開催の有無自体が分かれるし、そもそも進学せずに就職を選ぶ者
も少なからずいる。文字通りこの三年間の仲間達と、確実に思い出を共有する事のできる、
限られた機会の一つなのだ。
「ふふっ、そういうこと。折角のお祭りなんだもの。どうせなら楽しまなくっちゃね?」
 と、言う訳で……。豊川先生は皆の反応をニコニコと見渡しつつ、そう続けた。正副クラ
ス委員長を指して壇上に呼び出し、自身は傍らの椅子に移動する。
「今日は、このクラスの出し物を決めましょう♪」
 あくまで彼女は教え子達の自主性を重んじ、成り行きを見守るつもりらしかった。ホーム
ルームの進行を、出て来た正副委員長にバトンタッチし、二人が残るクラスメート達から早
速意見を聞き出してゆく。
「やっぱ定番は食い物屋だろ」
「そりゃそうだが……他のクラスと被らねえか?」
「じゃあ、展示?」
「展示って……具体的に何をだよ?」
「え? えっとお、それは~……」
「大体それだと、当日私達が暇にならない? よほど興味を引くような内容にしないと、お
客さんだって寄って来ないわよ?」
 あーだこーだ。案自体は色々と皆の口から出た。大よそ内容は二つに分けられたが、どち
らにせよ有利不利がある。進学初っ端、一年生の内から優勝などとは、それこそ夢のまた夢
かもしれないが──文武祭自体が大小の“競争”で成り立つため、始めから手抜きありきだ
と間違いなく下に見られる。
 加えて文武祭当日は、各部活対抗の大会や発表も行われる。一応出場者個々人の成績も、
所属クラスのポイントに加算こそされるが……クラスの出し物に関われる時間は限られてし
まう。
 正面黒板には、次々とクラスメート達が挙げる案が書き出されていた。中には一部女子な
どからブーイングを食らうような内容もあったが、先ずは列挙するだけ。
 傍らの席でニコニコと。豊川先生もこの機会に皆の──由香を含めたクラス全員の親睦を
図ろうとしていたのだが……。
「──ねえ。そうなると七波さんは?」
「えっ?」
「ああ、そっか。あの子もどうするか分かんないもんね」
「うーん……無理なんじゃない? この前お母さんが亡くなったばかりだし、それに──」
 だが実際の所、彼女のそんな思いは上手く進んでくれぬようだった。ふと保健室登校を続
けている転校生なクラスメートの存在を、女子生徒の一人が思い出したようにヒソヒソと訊
ねるが、周りの仲間達からの反応は鈍い。
 明らかに、腫れ物に触れるかのような態度だった。
 忘れた訳ではないが……。睦月や海沙、宙、仁に國子といった対策チームの面々もちらり
と横目を遣るが、皆敢えて触れることを避けているように見える。正直心苦しかったが、こ
の場で殊更庇い立てすれば悪目立ちしてしまう。
「そうだよ~。また襲撃騒ぎ(あんなこと)が起きたら、お祭り所じゃないし~」
『……』
 ちょうどそんな時である。にわかに気まずい雰囲気が漂い始めたクラス内で、豊川先生は
ふとその一角──自身の机の下でデバイスを弄っている皆人の姿を見つけたのだった。まる
で無関心を装うようなその態度にむっとなり、思わず彼女は席を立って覗き込むと、彼に注
意したのだった。
「ちょっと、三条君? デバイスを触るなら休み時間にしなさい。今は“皆”で出し物につ
いて話し合っているんだから」
 しかし彼女のそんな態度が、結果的に場のクラスメート達には悪手となった。ただでさえ
由香の名が出てナイーブになっていた所に、さも彼女を含めた“全員”を強調したことで、
一部面子が攻撃的な言動を吐き出したのだ。慌てて豊川先生自身も彼女らをフォロー、巻き
返そうとするが……もう遅かった。
「いいんですよ、先生。やる気のない奴は放っておいて」
「そうですよ。大体三条君達は、あの時七波さんを庇って連れ出してたじゃないですか」
「えっ?」
「マジで……?」
「ああ、その話は後で聞いたなあ。そりゃあ俺達も、いきなりの事で我先に逃げちまったっ
てのもあるけど……」
「そうよそうよ! 今本人が居ないから言うけど、あの時変に助けたから、二度目の騒ぎや
誘拐事件も起きたんじゃないの?」
「おい、それは流石に言い過ぎだろ! お母さん(ひと)が一人死んでるんだぞ!?」
「だって事実じゃない!!」
「実際、あの子がうちのクラスに来てから、学園(コクガク)が──!!」
 何も存在しないものだと、気が付いてすらいなかった訳じゃない。七波由香を巡る対立の
火種は、彼女の転入当初から在ったのだ。先日、物理的に教室が襲撃されたという“実害”
をもってその在籍を快く思わないクラスメート側と、あくまで良識の範囲内でそこまで言う
のは酷だと捉える、同情的なクラスメート側に分かれる。
「あ……あわわわ……っ!?」
「ちょっ!? み、皆、一旦落ち着いて──」
 だが次の瞬間、そんな事態を収拾させたのは、他でもない皆人だったのだ。それまで爆発
的に被さり合っていた面々の大声を、ピシャリとただ一つの淡々とした声色で黙らせる。
「すみません。先日から家の用事で、細かく連絡が来ていまして」
 或いは敢えてそう、皆に聞こえ易いようにしたのだろう。彼は手にしていた自分のデバイ
スを懐にしまうと、睦月らを含めたクラスメート達から一斉に遣られる視線を、じっと受け
止めて自ら折れてみせた。但しその目力もあって、相手側に与える心理的な勝敗は真逆だっ
たが。
「……コホン。とっ、とにかく、出し物の続きを……」
 暫くの沈黙。思いの外あっさりと矛を収め、向ける先を失った一部のクラスメート達は、
そのままばつが悪そうに己の口撃を呑み込んでいた。発端となった豊川先生も、これを好機
とするように、多少無理矢理に咳き込んでみせながらも話題を切り替える。
「は、はい!」
「でっ、では先ず、今出ている候補の中から一番いいと思うものに挙手を──」
 黒板の前の正副委員長も、ようやくフリーズ状態から復帰していた。豊川先生が必死に繕
ってくれた間・空気を読んで、そう皆に質問を投げようとしている。
(……??)
 一方で睦月は、仲間達と共に、そんな親友(とも)の様子に一抹の怪訝を抱いて……。

 その理由は、応答を待つまでもなく本人の口から聞かされる事となった。これと同じ日の
の放課後、睦月達対策チームの面々は、電脳研の部室に集められていた。やや遅れて姿を見
せた皆人に対し、仁や宙などは早速質問を浴びせかける。
「やっと来やがったか。おい、三条。昼間の件、どうしたんだよ? お前らしくもねえ」
「そうだよ。人一倍正体がバレないよう、普段あれこれ口酸っぱく言ってる皆っちがさ?」
「僕達をわざわざ部室に呼んだってことは……やっぱり?」
「……ああ。最初に訊いておくが、お前は先日から起きている“衰弱事件”を知ってるか?
尤もこれは、あくまで便宜的な名前に過ぎないが……」
 二人の後に若干おずっと、それでも長年の付き合いから大よそ見当がついていた睦月。
 されど当の皆人は、仁や宙以下仲間達の質問に答えるよりも早く、別の質問を返してきて
いた。「衰弱事件?」睦月がにわかに出てきたその単語に、思わず小首を傾げる中、仁が眉
間に皺を寄せながら言う。
「うん? あれって、まだ他にも被害が出てたのか?」
「? 大江君……知ってるの?」
「ええ。少し前、ネットに記事が上がってたんスよ。何でもただの傷害じゃあなく、まるで
栄養をごっそり吸い取られたみたいに、衰弱した人間が倒れてたとかで……」
「ああ、それだ。先日からこの飛鳥崎市内で次々と、同様の事件が報告されている」
 最初は何の話だろうと頭に疑問符を浮かべたが、ネット──アングラ界隈に詳しい仁も多
少耳には挟んでいたらしい。同じく小首を傾げる海沙に、彼は未だ緊張して答える。皆人が
そんな彼の言葉を継いで、事件の概要を話し始めた。
「今大江が話した通り、被害に遭った者は皆大きな外傷はなく、しかし酷く衰弱した状態で
発見されている。幸いどのケースも救急搬送され、回復に向かってはいるようだが……」
「うーん? 集積都市のど真ん中で栄養失調?」
『ちょっと考え難いですねえ』
「この前の廃ビル群とか、開発から遅れた地域ならまだあり得るかもだけど……。そんなに
あちこちで起きてるの?」
「報告自体はな。ただ似た症状というだけで、未だ被害者の共通点などは不明なんだ。だか
らか当局も、公表するかどうか迷っている」
 曰く司令室(コンソール)から皆人のデバイスに、件の事件群について適宜報告が上がっ
て来ていたのだという。昼間のホームルームで豊川先生に見つかった時も、その情報をチェ
ックしている最中だったそうだ。仕事熱心というべきか、歳相応の青春に興味が無さ過ぎる
と嘆いてやるべきなのか……。
 少なくともその手口の異様さから、アウターの仕業である可能性は少なくない。
 自身が司令官を務める対策チームとしても、目下詳細を調査。情報を収集させている段階
なのだという。
「被害者同士を結び付ける繋がりは、まだ見えない。ただこれまで明らかになった発見現場
の多くが、飛鳥崎の東側に集中している」
「東側……?」
「市庁舎とか、お金持ちの家がいっぱいある方向だね」
『そう言えば、清風女学院もあちら側でしたねえ。藤城さん、元気にやってるでしょうか』
 睦月や仁、海沙や宙、旧電脳研のメンバー達も思わず小首を傾げる。懐かしんだ。自身の
デバイスから地図に落とし込んだ一覧を呼び出し、見せてくる皆人に、睦月のデバイスの中
で待機するパンドラも言う。
「……藤城先輩かあ。そうだね、今頃どうしているかなあ?」
「えーっと? 清風に通ってるお嬢様、だっけ? その頃はあたしも海沙も、対策チームの
事は知らなかったけど……」
「前におばさまや萬波さんから聞いたよ。むー君達と一度、一緒に戦ったアウターの召喚主
さんなんだよね?」
「うん。少なくとも僕達の知る限りじゃ、他人に危害を加えるような人じゃなかった。あく
まで先輩を狙ってた別のアウターを、倒すまでの期限付きだったけど」
 ムスカリ・アウターとの一件を含めて、二人が対策チームに加わるまでの経緯は、それと
なく司令室(コンソール)の皆から聞かされてきたとのこと。
 睦月は胸ポケットのデバイス内で浮かんでいるパンドラと共に、この幼馴染の少女達に苦
笑いを零しつつ答えた。一瞬他の異性に言及して良かったのだろうかと思ったが、どうやら
例の二人──淡雪と黒斗のロマンスの方に関心が向いているらしい。
「まあ、あいつらに関しちゃ大丈夫だろう? 奴の強さは実際に俺達も目にしてる。直接ぶ
つかりさえしなきゃ、自分から面倒を起こすメリットもないしな」
「ああ。だが現場が集中していることから、犯人も周辺在住である可能性は高い。或いは犯
行時の拠点が、近くにあるか、だが……」
「どうなんだろ? わざわざ離れた場所から足を運んで、犯行に及ぶものなのかな? 理由
だって分からないんだし……」
「少なくとも、用心するに越した事はないでしょうね」
 それでも皆人ないし國子は、この一連の事件に対し、警戒を怠らない。それは何も相手が
アウターかもしれないという可能性以上に、清風にはもう一人の元召喚主・東條瑠璃子がい
るからだ。
「実際まだ判断材料が足りなさ過ぎる。考え過ぎではあるかもしれんがな……。しかし同じ
元召喚主の一人である八代直也が、大江への復讐に燃えて再び改造リアナイザに手を出した
例もある。可能性を排除するべきじゃない」
「……」
 十中八九当てつけではなく、敢えて引き合いに出して睦月達の用心を喚起したかったのだ
ろう。皆人はちらっと眉を顰める仁を見遣り、そうまだ仮定の段階だと断りつつも、國子の
言葉に話を繋げた。無知は恐れである。恐怖である。こと自分達対策チームにおいては、そ
の対応が間に合わなかったがために、どれだけの人間が犠牲になってきたか……。
「職員達には引き続き、情報収集を行わせてゆく。それと併せて睦月、お前達には一度現場
周辺での調査をして来て貰いたい。アウターか否かも含め、その正体だけでも目星を付けて
おきたいんだ」
「う、うん。分かった」
「まあ……そういう事なら」
 即ち、用件とは出撃(それ)である。
 元より部外者を近付けさせない為の隠れ蓑・部室に集まり、睦月以下アウター対策チーム
の面々は、新たな事件の臭いを確かめるべく動き出した。


 とある原典(オリジナル)達の話をしよう。彼らの元となった人物は、かつて飛鳥崎市内
の“貧民区”に暮らしていた、二人の兄弟である。
 兄の名は葦田剛(つよし)。負けん気こそ強いが、弟想いの真っ直ぐな少年だった。
 弟の名は葦田望(のぞむ)。のんびりとマイペースだが、いつも兄の後をついて歩く純朴
な少年だった。
 ……さてもう一つ。先ほど“貧民区”と呼称したが、これは正式な表現でない。あくまで
集積都市の人々が、陰日向に使ってきた一種の蔑称、俗語(スラング)である。
 最早今に始まった事ではないが、この国が“新時代”に突入して以降、同じ集積都市内に
おいても貧富の差は激しい。
 個々の能力差は言わずもがな、土地開発の波の乗れたエリアとそうではないエリア。そん
な否応無しの競争に人も物も常日頃から揉まれ、結果“負けた”者達は、この比較的安価な
土地へと流れ着くようになった。同じような社会階層の人間が集う地域となり、周囲とは別
種のコミュニティが形成されていった。即ち集積都市が本来大義名分として掲げる、最先端
の各種インフラから取り残された者達であったのだ。
 しかしながらそれ故に、現実には当局の介入も後手後手に回らざるを得ない。中には無法
地帯と化し、日々の糧を奪い合うトラブルも日常茶飯事──そんなエリアも決して珍しくは
ない。唯一明確な介入があるとすれば、それは彼らが当該区を「浄化」する時だろう。
 剛も望も、そんな街の暗部で必死に生き延びてきた者達の一人だった。物心ついた頃には
親に置き去りにされ、他の住民達のコミュニティを転々としながら食い繋いできた。
『兄ちゃ~ん……。腹、減った……』
『……我慢しろ。標的(えもの)が見つかりゃあ、食いモンにだってありつける』
 だからこそ、彼らは大人というものに──大よそ既得権と呼ばれるものに強い憎しみを抱
いていた。絶対に成り上がってやると、その幼い瞳にギラギラと暗い炎を宿し続けていた。
 何が「浄化」だ。
 他の街の中や、外の住人達へのアピール。都市の外と此処と、一体何が違う……?
 弟・望は、兄ほど“考え”はしなかったが、日々の糧──食べ物を得る為にはそれこそ手
段を選ばなかった。幸いにも恵まれた恰幅と腕力で、時には年上の少年少女すらも平気で捻
じ伏せた。奪い取り、空腹を満たすことに日々の全てを傾けていた。兄の後ろを行き、二人
で懸命に棄てられた街の片隅で生き延びてきた。
 明日への希望など無い。それより先ず、目の前にある「欲しい」を満たさなければ生きる
ことすらままならなかった。際限なき奪い合いに打ち勝つこと。良くも悪くも、二人はそん
な剥き出しの──原始的な欲望に忠実だったのだ。
『やあ』
 はたして、そんな兄弟に転機が訪れる。ある時この“貧民区”へと、一人の男がひょっこ
り足を運んで来たことで、彼らの運命は大きく変貌する。
『……誰だ?』
 兄・剛は警戒した。かねてより彼にとって大人は即ち敵だったからだ。弟・望も、いつも
のようにぼんやりとしつつ、思考はとうに上の空。今日も今日とて感じ始めた空腹を、如何
にして鎮めるようかとばかり考えていた。
 ニッコリと、されど対する男は笑う。
 草臥れたワイシャツの上から白衣を引っ掛けた、撫で付けた金髪と痩せぎすの身体。下手
すればこの少年二人を相手にしても、腕力で負けそうなほどのもやしっぷりである。
『良い眼ダ。真っ直ぐにギラついている……。先ずは君達で試すとしよウ』
『ああ? 何を──』
 それでも、不思議とすぐさま殴りに掛かれなかったのは……この時既に、その底知れぬ何
かを感じ取っていたためなのか。
 周りには他の人影もない。まるで人気が引いたタイミングを見計らったかのように、二人
の前に現れたこの男──シンは次の瞬間、懐からある物を取り出すと訪ねたのだった。
『力が……欲しくはないかイ?』

「──駄目に決まっているだろう? 周りの状況と心証を考えろ」
 時を前後し、学園(コクガク)保健室。
 豊川先生は旧友でもある光村を訪ね、密かに由香を文武祭のクラス出店に参加させようと
していた。
 尤も結果は……見ての通りである。
「ええーっ、何で!? 七波さんにとっても、絶好の復帰機会(チャンス)なのよ? 彼女
だってクラスの一員には違いないんだから!」
「……親身になるのは美徳だけどね。っていうか、あんた私の話聞いてた? どう考えたっ
て他の子達が気まずくなるでしょうが。あの子の場合はただでさえ、他のケースとは経緯が
違うんだからね?」
 どうやらクラスのホームルームでは、出し物に“喫茶店”をやろうという結論になったよ
うだ。同じ飲食系でも、ただの屋台ではつまらないと考えたらしい。
(まあ、気持ちは分からなくもないんだけどね……)
 とにかく、今はまだ拙い──如何せん情に絆され易いこの友人兼同僚に、光村は念を押し
て言い含めた。クラスの面々や周囲の関係者達の中に在る、先の襲撃騒ぎや拉致事件の記憶
と悪感情。そのほとぼりが冷めるまで待つべきだと。
「でも……」
「でも、じゃない。長い目で見ればその方が、あの子の為にもなると思わないか?」
 結局最後の最後まで彼女は渋っていたが……光村は敢えてピシャリと封じ込める。流石に
職業柄、独断で文武祭本番に引っ張ってくるような真似はしないだろうが、万一下手を打た
れれば困るのは対策チーム(こっち)だ。これ以上、事態を悪化させる訳にはいかない。
(それに……)
 加えて光村自身、先日から妙に引っ掛かっていることがあった。七波沙也香の拉致・殺害
事件の後、いや、正確には一度リアナイザ隊から逃げた後、筧兵悟経由で自宅に戻って来て
からの当人の変化だ。
 一見すれば以前と、さほど大きな変化があるようには見えない。寧ろ母親を失ったことで
激しく憔悴したっておかしくはない筈なのに、実際は妙に保健室(ここ)での自学自習に熱
心だった。まるで逆張りのように己を鼓舞している節さえあった。
 だからこそ、そんな彼女の気丈を、光村は素直には喜べない。自身の経験が告げている。
直感が警戒するよう口煩くなっている。
 逃走から帰還までの間に、間違いなく“何か”があった──。
「大丈夫です」
「私、参加します(でます)」
 だがちょうどそんな時だったのだ。豊川と光村、二人が話していた保健室に、突如として
当の由香本人がドアを開けて入って来たのだった。「七波さん!?」驚いて振り返る旧友と
同じく、光村も思わず目を見開いていた。手には真新しい学園(コクガク)の指定鞄を提げ
ている。
 と、いうことは……。
「あ……貴女。帰った筈じゃあ……?」
「はい。でも途中で豊川先生が、こっちに歩いてゆくのが見えたから……」
 面持ちを気持ちくしゃりと。光村は内心、自らの詰めの甘さを悔いた。
 しまった。油断した。どうやら扉の向こうで聞き耳を立てていたと見える。気配を探るの
もそうだが、少なくとも本人に聞かせるべき話じゃなかった……。
「私も参加します。いつまでも、逃げたままじゃあいられないから」
「七波ちゃん……」
「……」
 はたしてそれは、決意表明。
 当の由香から発せられたその一言に、二人は大いに衝撃を受けていたものの、次の瞬間に
みせた反応は実に対照的だった。豊川先生はぶわっ! と、にわかに涙を零して勢いよくこ
れに抱き付き、一方で光村は眉間に皺を寄せたまま、その場に立ち尽くしている。
「偉い! 偉いよ、七波ちゃん! よく言ってくれた! 一緒に頑張ろうねっ?」
 よーしよーし。よしよし。さも愛犬を可愛がるかのように繰り返し撫で回し、ポンポンと
軽く彼女の背中を擦ってあげる豊川。対する由香も「……はい」と小さな声ではあったもの
の、確かにそう答えていた。物理的にも精神的にもやや距離を置いたままで、光村はただじ
っとそんな二人の様子を見つめていた。
(……一体全体、どういう風の吹き回し?)
 予想外も予想外な返事。ある種の覚悟と言うべき類。
 光村は正直戸惑っていた。同時に、それまで彼女に対して抱いていた密かな訝しみを、よ
り一層強くせざるを得なかった。

 清風女学院にて再び“異変”が起きたのは、淡雪と黒斗がその日の朝、何時も通りに登校
しようとしていたまさにその最中だった。
 校門を潜る前、敷地内の向こうで何やら人ごみが出来ている。二人が思わずふいっと立ち
止まり、静かに目を凝らしていると、やがて教職員と思しき何名かの声が耳に届いた。
「そこっ! 立ち止まるな!」
「早く自分の教室に入りなさい!」
 そして彼らの声色は総じて、明らかな苛立ちを含んでいる。隠し切れずに生徒達を追い払
っている様子が、遠巻きからも確認することができた。
「……どうしたのかしら?」
「分かりません。ただ、何かしらのトラブルが起きたのは間違いないようですね」
 学院敷地内、正門へと続く石畳。淡雪と黒斗は小首を傾げ、微かに怪訝な表情を浮かべた
ものの、自分達までも彼らに咎められるのは避けようと思った。周囲の他の生徒達の流れに
混ざりながら、同時に見知った顔を探して、それとなく情報を集めようと試みる。

『──あら? お姉さまってば、ご存じない?』
『──今朝早く、越前先生が緊急搬送されたそうですわ。ほら、テニス部の顧問の』

 そうして何人かに訊いてみるに曰く、学院の教諭の一人である越前が、グラウンド内に併
設されているテニスコートの一角で倒れていたらしい。
 朝方の時間帯ということもあって、おそらくは朝練の準備をしていたのだろう。事実第一
発見者は、これに参加すべくやって来た所属生達だったそうだ。朝早くから起きたこの事件
に、学院側は大わらわ。淡雪ら他の生徒達を帰す時間も足りず、とにかく職員総出で“いつ
も通り”のスケジュールに皆を落とし込もうとしているとのこと。

『──ええ、間違いありません。これはきっと例の“衰弱事件”のに違いありませんわ』

 加えて妙だったのは、発見された越前教諭がガリガリに痩せ細っていたらしいこと。
 記憶が正しければ、寧ろ彼は体格に恵まれた、根っからのスポーツマンの筈だが……。

『──いえいえ。ただの噂話じゃないですよ~。少し前から、この手の事件は幾つか起きて
いるとうちの執事も』
『──大丈夫だとは思いますが、お姉さまも十分お気を付けてくださいね? 以前の入院も
ありましたし、もしもの事があれば、私(わたくし)達は……』

 とはいえ、多くの後輩・同級生達は、基本立て続けだという一連の事件を何処か対岸の火
事として見ている節がある。
 此処が巷とは距離を隔てた環境、世俗とはまた違った社会だというのも当然あるものの、
淡雪は違った。傍らの黒斗も多くは語らないが、例の如く不愛想な顰めっ面で彼女らの話に
耳を傾けていた。
 以前の入院──ムスカリのアウター、及び東條瑠璃子との騒動。
 まさかとは思った。流石に詳しい話は判らなかったが、こんな奇妙な出来事を起こせる心
当たりは一つしかない。
「でも……」
 自分を慕ってくれる後輩達から一通り話を聞いた後、淡雪は戸惑う。
 何故なら先日、中央署の一件を経て、疑惑を向けられたH&D社のCEO・リチャードが
自ら来日してまで記者会見を開いたからだ。件の怪物、黒斗の同胞達も、今後自主回収が進
むリアナイザの流通が途絶えることで消えてゆくだろう。
 ただ、当の黒斗は──淡雪がかつて自ら召喚したその内の一体は、まるで逆の見解を述べ
るに留まる。
「そうでもありません。既に流通してしまっている、或いは進化済みの個体の仕業なら、自
主回収云々とは関係ないでしょう。それにまだ、彼らの犯行と決まった訳じゃない」
「……それは、そうだけど……」
 正門を通り過ぎて昇降口へ。あちこちで自分達生徒を見張っている教職員らの圧に急かさ
れながらも、二人は気持ちヒソヒソと言葉を交わし合っていた。周りの人間の目がある故、
黒斗の言葉遣いも基本的に“外向け(しつじモード)”である。
「お嬢様。今は静観しましょう。私達がそこまで関わる必要など、無い筈です」
 敢えて強い口調でそう言い含めたのは、彼自身、これ以上淡雪に要らぬ心配を掛けたくな
かったからだ。執事として、繰り手(ハンドラー)として、余計な負荷を彼女に強いるべき
ではない。努めて冷静に、出来る限りトラブルとは距離を置きたいと考えた。
(……とはいえ、犯人は間違いなく何処ぞの個体だろう。面倒な事になった……)
 そもそも黒斗は、自分が“蝕卓(ファミリー)”の一員であることを淡雪に知らせてすら
いない。知られる訳にはいなかった。彼女のことだ。もし自分が七席の一人だと判れば、き
っとそれを止めようとするだろう。理由が他でもない、己の身の保証だとなれば。
(売人はグリードとグラトニーか? それとも別の……?)
 中央署における戦い、プライド達の敗走以降、組織内にも少なからず変化が訪れていた。
自分達七席とは別の、シンに近しい“海外組”の面々が先日召集されていた。普段はH&D
社本体を押さえている者達である。詳しくは自分も知らないが、その中にはCEOリチャー
ドも含まれていると聞く。
 表向きは事件によって露呈した、こちら側の事後処理の為だが──目下拙いのは、その大
義名分によって、自分達七席の立場が彼らと逆転しつつあるということだ。プライドの敗走
と召集を受けたことを笠に、新たな任、個体の選出等にも関わり始めているからだ。これで
は自分が、シンからの勧誘を渋々呑んだ意味すら薄れかねない。無くなりかねない。
 事実他の七席達とも、彼らはじわじわと不和を生じさせ始めている。元よりそれでも構わ
ないと、当初から上から目線を崩さないのも大きな原因だろうと思っている。何よりシン自
身、それらを解っていて放置している節さえあるのだ。
 ……敢えて端から、自分達と彼らを“競わせて”いる?
 確かに彼の“目的”が目的だけに、そんな思考プロセスも理解できなくはないが……。
「だけど正直、心苦しいわね。ただでさえ中央署の一件の後も、色々と事件が続いているで
しょう? 早く落ち着いて欲しいものだわ。皆の心が、どんどんささくれ立ってゆくもの。
東條さんも、あれからすっかり人が変わったように大人しくなってしまったし……」
「……。そうですね」
 それでも尚、主たる淡雪の心境は複雑であるようだった。かつて他ならぬ自分自身に害意
が向けられても尚、心配するのは他人の事。相変わらず自分の存在価値を、誰かを助ける事
に見出そうとしている。高潔且つ危うい。
 黒斗は小さな返事を寄越すしかなかった。曖昧な肯定に留めるしかなかった。
 はたして実際問題、他人事でいられるのだろうか? 事実こうして学院の職員にさえ被害
が及ぶようになってしまった今、放っておけば彼女にも──?


 見も知らぬ男からの贈り物に最初こそ警戒したが、目の前に示された欲望に対して二人は
正直だった。
 彼から受け取ったのは、短銃型のツール・リアナイザ。及びその本体であるコンシェル込
みのデバイス二対分。
 勿論の事ながら、これがAR技術を駆使したゲームであることさえ、長らく貧民区で暮ら
してきた二人は知らなかった。加えて男がその技術を悪用し、怪物達の苗床として改造を施
した代物であることも。
『願イヲ言エ』
『何デモ一ツ、我々ガ叶エテヤロウ』
 かくして兄弟は力を得た。
 兄・剛はその野心に溢れた欲望から、触れた対象を自らの“所有物”へと変える能力、後
の盗賊の怪人(ローグ・アウター)を。弟・望はその底無しの食欲から、あらゆるものを喰
らって力とする能力、後の悪食の怪人(フィード・アウター)を。
 大人達の──奴らの握っている全てが欲しい。奪い取られ、飢える自らを満たしたい。
 やがて二人はそんな各々の相棒を引き連れ、貧民区内の敵対勢力を次々に打ち破るように
なった。同年代の少年少女達を中心としたメンバーと共に、倒した彼らを手当たり次第にそ
の傘下へと組み込んでいったのだった。
『行くぜ、相棒! 一人残らず奪い尽せ!』
『どんどん食べちゃって~。僕もそろそろ、お腹空いたし~』
 間違いなく、周囲の人間達にとってそのさまは悪夢そのものだっただろう。何せそれまで
路傍の石に過ぎなかった葦田兄弟が、見知らぬ短銃らしき代物を片手に、得体の知れない怪
物どもを従え始めたのだから。
 一つ、二つ。日を追う毎に彼らの勢力圏は増えてゆく。
 怪人達自身の戦闘能力は勿論の事ながら、特にローグが“所有物”とした少年少女達も非
常に厄介だった。彼らは皆総じて目が虚ろで、しかしいざ兄弟に攻撃を加えようとするなら
ば、文字通りその身を盾にして襲い掛かってくるのである。
 兄・剛本人も、最早そのことに疑問を抱いている様子はなかった。今まで散々足蹴にして
きた者達への復讐に比べれば、今更人一人の命など安いといった所か。
 弟・望も、自身の相棒──フィードの恩恵をたっぷりと受けていた。元々鈍臭く、兄ほど
積極的に喧嘩をしてこなかった彼も、この怪人に食わせた他人(てき)からもたらされる満
腹感の虜になっていたのだ。かの大顎の巨体が喰らい、吸収したエネルギーは、少なからず
彼の胃袋へと流れてゆく仕組みらしい。
『ひいっ! ひいィィッ!?』
『無理だ……勝てる訳がない。こんな、こんな化け物相手にっ!!』
『お前ら逃げろ、喰われるぞ!! あいつらはもう……正気じゃねえ!!』
『どっ、どうすりゃあ……? どうすりゃあ!?』
『け、警察を呼ぶか? それとも軍隊か?』
『馬鹿野郎、ここは飛鳥崎の掃き溜めだぞ? 奴らが助けてくれる訳ねえだろ』
『大体軍隊でも、あいつらに勝てるか怪しいモンだ。相手は正真正銘の化けモンだぞ?』
『もうお終いだあ……。この地区はもう滅びるんだあ……』
 ボロボロになりながら逃げ惑い、或いは八つ裂きにされ、巨体の胃袋の中に消えてゆく仲
間を目の当たりにしながら絶望する住人達。
 その口から漏れるのは、とうに反感や怒りではなく、怨嗟だった。一つまた一つ、突発的
に襲ってくる兄弟と二体の怪人、及びその“肉壁”達を前に、彼らは只々蹂躙される以外の
選択肢を持たない。元より生き地獄・無法地帯だった貧民区は、次第に文字通りの地獄絵図
へと変わっていった。ただでさえ朽ちかけた街並みが破壊され、燃え盛る火の中で住人達が
倒れ伏している。
『止まれ、止まれェェェ!!』
『撃つぞ!? それ以上こちらに進めば、本当に撃つッ!!』
 事態はそこから更に悪化してゆくことになった。葦田兄弟とその一派は、自分達がかつて
暮らしていた貧民区を制圧するだけでは飽き足らず、隣接する区外の食料品店や市場、銀行
や貴金属店といった箇所を襲撃。やがて当局の治安部隊とも衝突するようになったのだ。
 だが当時の武装人員らをしても、兄弟が操る二体の怪人達を止めることは出来なかった。
最初“人の盾”が展開されているのを見て攻撃を躊躇し、そこから一挙に突き崩されたとい
うのも大きい。『オァァァァァァーッ!!』銃弾すらその素早さで掻い潜り、刹那短剣の切
っ先が隊員達をバラバラにする。或いは当たってもまともなダメージにすらならず、大きく
開かれたその口に噛み砕かれて死んでいった。
(イケる……これならイケる。俺達は最強になったんだ! もう誰も、俺達を邪魔すること
はできねえ!)
 二人は耽溺した。この力、この不思議な短銃さえあれば、自分達は何だってできる。この
世の全てだって、手に入れることができる。
『いくぜ、野郎ども! 次は一個南の地区の金庫だ!』
『オーッ!!』
(はあ~……美味しかった。次は何を食べよっかな……??)
 進撃は止まらない。復讐と満腹を。生まれてからずっと充たされてこなかった兄弟が、得
られるようになったその反動は、ゆっくりながらしかし着実に彼ら自身を蝕んでいった。
『──』
 嬉々として“部下”を引き連れ、破壊された街並みを往く。
 その背後、半ば瓦礫となった物陰から、一体の鉄仮面の怪人(サーヴァント)の眼がじっ
と注がれていたことにも気付かず。

「じゃあ皆、手筈通りに。所定の位置に着いたら一旦連絡してきて?」
『了解!』
 冴島と睦月、國子隊と仁隊、及び海沙・宙率いる小隊を含めた計四方面の実働要員は、例
の“衰弱事件”が集中する街の東側一帯へと足を踏み入れていた。自身の部下たる隊士達が
何故か“ゆっくり”と化してしまった冴島も、残る面子をその介抱と筧の追跡に回し、今回
の調査に加勢してくれている。
 予め打ち合わせた作戦はこうだ。睦月と冴島、國子隊と仁隊はざっくりとエリア一帯の円
内になるべく均等に散開し、その中心部から海沙と宙──ビブリオによる索敵能力のサポー
トを受けた上で、犯人と思しきアウターを捜し出す。
『こちら宙! 海沙と一緒に目標の屋上に着いたよ~!』
『同じく陰山隊。総員、地点Bに到達しました』
『大江だ。こっちも特に異常はなさそうだな。寧ろ俺達の方が浮いてる気もするが……』
 睦月と冴島のインカムにも、仲間達から次々に連絡が入ってきた。準備が整ったと早速、
司令室(コンソール)の皆人は一行に指示を出し始める。
『それで? どうだ、青野? 今どれぐらいの反応がある?』
『えっと……。いくつか確認できるよ。五・六人ぐらいかなあ? 判別はちょっと。とりあ
えず精度よりも、範囲を優先してみてるから……』
 エリア内の中心付近に建つビルの屋上から宙と街並みを見渡し、海沙は皆人からの問いに
そう答えた。
 片手には自身の調律リアナイザと、彼女のコンシェルであるビブリオ・ノーリッジ。紫紺
のローブに身を包み、各種検索能力に特化した賢者型の個体だ。ふよふよと音もなく彼女の
傍らに浮かび、物静かに軽く目を瞑りながら複数の古書──補助処理用と思しきデバイスを
高速で捲っている。
『そうか。だが今は例の“衰弱事件”の犯人を捜している。とりあえずは波長などのデータ
だけをこっちに送ってくれ。後日改めて叩こう。今確認できている中で、一番出力の低い者
を皆に伝えてくれ』
『? 一番、低い……?』
「何で? 高い奴を探すんじゃないの?」
『いいや、逆だ。もし現在進行形で事件を起こしているのなら、その個体は進化途中である
可能性が高い。“蝕卓(ファミリー)”から何らかの指令でも受けていない限り、実体化を
果たした後で存在を気取られるメリットは無いからな。となれば、普段発するエネルギーも
進化済みの個体よりは劣る筈だ。確実とは言えないが、目印にはなるだろう』
「……なるほど」
 尤も、今回の事件がアウターの仕業であればの話だがな──。通信の向こうで皆人はそう
柄にもなく苦笑(わら)っているように聞こえた。國子や仁を始めとした実働部隊の仲間達
と共に、一旦海沙が指定の対象を見極めるまで待つことにする。
『ああそれと。相手がまだ召喚主のリアナイザに頼っている状態ならば、反応自体が“突然
現れる”かもしれない。区別が付かなくとも、そういう反応があればすぐに知らせてくれ』
『……うん、分かった!』
 或いは改造リアナイザの電源がオンになる、その瞬間を感知できればより確実だ。ただで
さえ中央署の一件以降、同ツールはH&D社による「自主回収」が進んでいる。表向きはそ
うだ。にも拘らず、敢えて使おうとしている者がいるとすれば……最優先に警戒するに越し
た事はないだろう。
 そうして暫く、海沙がビブリオを操り、周囲数キロ圏内のアウター達を一体ずつ比較し始
めていた。確定が出れば、睦月ら他の三班もすぐにその地点へと向かう。
『──ッ、反応出たよ! A地点の南南西二・四キロ! むー君と冴島さんの方向!』
 よし来た! はたして条件に当てはまる個体は、程なくして見つかった。睦月と冴島、國
子隊と仁隊。面々が弾かれたように顔を上げ、デバイス画面に表示された地点を目指して駆
け出してゆく。
『オッケー、まんまと引っ掛かってくれた。皆、急いで!』
『反応は少しずつ動いてる。何処かへ……移動しようとしているのかな?』
「だろうね。流石に未だこちらに気付いてはいないと思うけど……」
「犯人かどうかは分からなくても、アウターには間違いないんだ。絶対に、捉える!」
 だが睦月達がそう現場に急行する中、ややあって他でもない海沙が不意にその断言のトー
ンを落とし始めたのだ。『あれ……?』通信の向こうで、何やら難しい表情(かお)を浮か
べた戸惑いの声色が伝わってくる。『どうしたんスか?』同じく仁や彼率いる隊士、旧電脳
研出身のメンバー達が怪訝な反応を向ける。
「? 海沙……?」
『うん? どしたん?』
『どうした、青野? まさか消失(ロスト)したのか?』
『う、ううん。そういう訳じゃあ、ないんだけど……』
 司令室(コンソール)からも、示されたその個体の追跡が始まっている。ディスプレイ群
からではあくまで地図上での光点にしか過ぎないが、確かにその出力はこれまで蓄積してき
たデータと比べても低めだと判る。
『気のせいかな? 今、エネルギーの流れが……』

「あッ……ガァッ……?!」
 時を前後し、睦月達が向かおうとしていた現場。飛鳥崎の東側を貫く、とある並木道の一
角で、ロードワーク中の男性が突如として襲われていた。がっしりと筋肉質な身体を頭から
鷲掴みにされ、ジタバタと必死にもがくものの、為す術なく持ち上げられる内に真っ青──
全身から力という力を抜かれて意識を失う。
『──』
 襲撃した相手、それは紛れもなく怪人(アウター)だった。
 一見する限りは、身体のラインからして女性型。されどその風貌は半機械・半生物のよう
なぴっちりとしたラバースーツに覆われ、白や金、赤といった無数の配管ラインが全身に走
っている。
 何より目を引いたのは……その胸元。
 それら曲線美を強調するようなラインに囲まれた正面の位置には、ロザリオを模した宝石
状の機構が植わり、縦二列の覗き穴だけの面貌──鉄仮面の両耳にも、小さな白い羽と思し
き装飾が取り付けられている。
「いた! 間違いない!」
『ええ、海沙さんが送ってきた反応ともばっちりです! 例の犯人ですよ!』
 ちょうどその時だった。現場に一番近かった睦月とパンドラ、そして冴島が、血相を変え
ながら駆け付けて来る。
「蒼褪めて、酷く衰弱した人間……。当たりだな。どうやら次の犠牲者までは間に合わなか
ったようだけど」
 このアウターの足元に転がっていた男性、その服装からしておそらくランニングでもして
いたと思われる人物は、既に意識ここに在らずといった様子でピクリとも動かなかった。睦
月と冴島、二人は懐からほぼ同時にそれぞれのリアナイザを取り出して、構える。
『──』
 対する胸ロザリオのアウターも、こちらの接近に気付いたようでゆっくりと振り向いてい
た。自らが手を掛け、足元で崩れ落ちた男性の成れの果てにも、まるで興味が無いかのよう
に押し黙り、立ち塞がる。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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