日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「余空」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:彗星、テント、静か】


 指先や肌に、少しばかり刺すような感覚が伝わってくる。視界がじわじわと、目の前の暗
闇に慣れ始める。
「……うん、晴れて良かった。折角君を連れて来たのに、観れなかったじゃあ骨折り損だか
らね」
 彼はその夜も、趣味の天体観測に出掛けていた。ただ何時もと違っていたのは、かねてよ
り交際している恋人を一緒に誘って来ていたことだ。
 昼間の都会の喧騒から離れ、郊外の山合いから空と谷を見つめる。
 冬の走りでもあるこの頃、二人の後ろには休憩用のテントや暖を採る為の焚き火、軽い夜
食など万全の準備が整えられている。
「ほら、見える? あそことあそこ、こっちともう一つの四つの星を結んで出来るのが、秋
の四角形。ペガススとかアンドロメダとか、聞いた事ぐらいはあるんじゃないかな?」
 秋の星々は総じて明るさの面で見つけ辛いが、一旦目印となるそれを捉えてしまえば、後
は周囲に芋づる式で浮かんでいる。要するに慣れと言ってしまえば風情も何もないが。
「……うん。一応は、まあ……」
 隣で彼女は、ゆっくりと白い息を吐いている。予め暖かくして来てねと言ってはおいたも
のの、そこは同年代の都会っ子。モコモコの上衣(コート)やブーツを履いて来ても、あく
まで優先されるのはファッション性のようだ。スカートから覗くストッキング越しの脚は寒
そうである。
 だがまぁ──こんな事もあろうかと。
 彼は到着後すぐ、アウトドアチェアに座り込んだ彼女の膝に、持って来ておいた毛布を被
せてあげた。「……ありがと」自分とは違って慣れていないからだろう。普段とはガラリと
趣向を変えたデートに、当人は当初ぶすっとした様子だったが、こっちで淹れたてのココア
などを振る舞っている内に落ち着いたようだ。今度はサプライズではなく、ちゃんと行き先
を示してから誘おうと思った。
「倍率は……こんなものでいいかな。僕は大丈夫だから、見え難かったら使って?」
 双眼鏡の摘みを弄って手渡し、彼はこの恋人の様子を隣で見守っていた。おずおずと、や
はり迷うように触ってから、両目でレンズを覗いて星を観る。その動きを確認してから、彼
もそっとこの日の夜空を見上げた。
 ……綺麗だな。それこそほぼ毎週、空いてしまっても月に何度かは仰いでいる筈の光景な
のに、こうして観れば観るほど違った様相を見せる。星の巡りは変わらないのに……。にも
拘らずそう感じてしまうのは、もしかしなくとも彼女が隣に居るからか? 普段は中々誰か
と観に来ることはないから、新鮮なのだろう。自然と微笑(え)みが零れる。
「どう?」
「えっと……。チカチカする」
「あははっ! そりゃそうだ!」
 はたして彼女の目には、天候に恵まれた今日この日の星々が如何映るのだろう? 少しで
も何か、普段の暮らしの中では得られないものを──癒しを感じてくれればいいのだけど。
 良くも悪くも素直なその返答に、彼は思わず笑い声を吐き出した。自分の方は何だかんだ
で見慣れている・観続けているものだから、ある意味そういった初心を忘れているかもしれ
ないと思ったのだ。
 別段、自分も他人の事を言えた立場ではないけれど……四六時中街の中の、ギスギスした
人間関係の中に居れば、どうしたって精神はささくれる。そんな状態が長く続けば、日々の
パフォーマンスにだって影響するだろう。自分だけならばともかく、周りの誰かにも。
 そんなことを思って、ある時“気晴らし”に夜空を見上げてみた。気付けばそれが今や、
自分にとって欠かせない一時──心の凸凹をリセットする手段となっていた。
「むう……。そんなに笑うことないじゃない」
「ははは、ごめんごめん。いやね? 僕も何だか楽しくなっちゃって……」
 では彼女はどうだろう? 日々のストレスを解消する、自分なりの方法を持ち合わせては
いるのだろうか? 先日フッと心配になり、今回のデートの行き先を決めた。
 ただでさえ彼女は、若干キツめの性格をしているからなあ。
 もしかすると僕よりも、将来的には出世を果たしているかもしれない。それぐらいのキャ
リアウーマン。付き合い始める前から、自他共に厳しく当たっている姿が目立っていた。
 何でツボってるのよ……。ぶすっとジト目をこちらに寄越してきながら、彼女は双眼鏡か
ら目を離していた。
 結局別々に眺めるよりも、一緒に見上げた方が楽しかろう。分かり易かろう。彼は暫く、
夜空に浮かぶ星々を順繰りに差しながら、星座にまつわる様々な物語を伝えてあげた。子供
の頃よく、父から読み聞かせられて目を輝かせた夢物語だ。
「比較的最近の星なんかはまた違うんだけど、昔っから人々は変わらずに浮かぶその姿を見
上げて、色んな想像や神話を重ねてきたんだ。悲運の死を遂げた英雄や恋人を、神様に頼ん
でお星様にして貰ったりとかね」
「……でもそれって、要するにこじつけでしょ? どう目を凝らしても、私には何かの絵に
なっているようには見えないのよねえ……」
「うんうん、分かる分かる。それだけ昔の人の想像力は凄かったんだろうね。点と点を結ん
だだけじゃあ、それっぽく見えないものも多いし……」
 苦笑する。彼女の言わんとする所は分かっている。リアリズムな思考が当たり前に染まっ
ている現代の大多数には、取るに足らない話なのだろう。でも──。
「実際に見えるとか見えないとか、問題なのはそこじゃないんだ。あくまで僕個人の解釈で
はあるんだけどね? それよりも大事なのは、こうして一呼吸置いて何ともなしに空を眺め
てるってことだよ。時には都会の喧騒から離れて、違った視点から景色を見てみるってこと
だと僕は思ってる」
 星座の知識とか、夜長にプチキャンプをする為のいろはとか、そういう事じゃない。只々
今夜は、君に肩の力を抜いて欲しかった。いつも君は忙しそうにして、ピリピリしがちだか
ら、偶にはリラックスして欲しいなと思ったから。
 彼は少し困りながらも、今回の動機じみた部分を彼女に話して聞かせた。あくまで目的は
その慰労であって、当人にとってはきっと非日常である夜の一時。そんな普段とは切り離さ
れた環境に身を置いて、ささくれた心を癒して欲しかった。
「……ふぅん? まぁいいけど」
 とはいえ、相変わらずその面持ちはつんけん気味だ。解るような解らないようなと、次の
瞬間には再び夜空を見上げ始めてしまっている。ふぅふぅと、時折白く小さな息を吐き出し
ては、両の指先を揉んでいる。

(あ~……寒っぶい! 暗い! 話が長い! 何でよりにもよって、デートの場所がこんな
中途半端な山の中なのよ!?)
 偶にはちょっと趣向を変えてみないか? そう言われて正直期待していたのに……いざ蓋
を開けてみれば想定外の、ナルシスト全開ったらありゃしない大外れ。
 以前より交際している恋人に誘われて、彼女は郊外にあるとある山合いへとやって来てい
た。尤も道中までの足やキャンプセットは、全て彼の持ち出し──私物であったのだが。
 星を観るのが趣味だなんて、意外だった。まぁこれまではっきり訊いてこなかった私も悪
いと言えば悪いのかもしれないけど、せめてアウトドアならアウトドアだとぐらい知らせて
おいて欲しかった。最悪のサプライズだった。気を利かせて毛布やホットココアを出しては
くれたものの、そもそも選ぶなっていう話なんだから。このデート用の服やら何やらが汚れ
たり、例えば木の枝なんかで切れてしまったらどう弁償する心算なの?
(でもなあ……。かと言って今すぐ、ぶっちして帰っちゃっても印象悪いだろうし……)
 蚊ほどの興味も無いこの天体観測に付き合っているのは、あくまで自分の付き合っている
異性だからだ。この人ならイケるかも? そう思って喰らい付いてた、現状最大の優良物件
に他ならないからだ。
(稼ぎも良いし、スペックだって申し分ないからなあ。多少なよっとはしてるけど、私の言
う事は大抵聞いてくれるし……)
 渡された双眼鏡を、とりあえずポーズだけ取って覗いてから、聞き耳を立てる。
 四角形とか三角形とか知らないけれど、何処と何処を繋げばそう見えるってのよ? あん
たも含め、昔の人って頭おかしいんじゃないの──? 彼女は内心、本気でそう思ってなら
なかった。退屈で退屈で仕方なかった。
 大体もって、自分が好きなものだから相手も喜んでくれるだろうって発想が、貧相な想像
力の証じゃないのよ。本当なら今頃は、何時もみたいに豪華なディナーを囲んでしっぽりや
っている筈だったのに……。
「それよりも大事なのは、こうして一呼吸置いて何ともなしに空を眺めてるってことだよ。
時には都会の喧騒から離れて、違った視点から景色を見てみるってことだと僕は思ってる」
 知らないわよ。私はインフラの整った、夜でも煌びやかな街の方が好きなの。
 どうやら彼は息抜きに、自分を一緒に趣味のスポットまで連れて来てくれたらしい。本当
に悪意は無いようだ。だからこそ、余計につまらないとは言い出し難いし、性質が悪い。と
りあえず今自分にできることは、今この時間を何とかやり過ごすことだけだった。
「……ふぅん? まぁいいけど」
 あーあ。がっかりだよ。とんだ期待外れだよ。
 彼女はさっさと、彼が帰ろうと言ってくれないかと待ちながら、点々と遥か遠くで自己主
張を続ける星々を眺めて息をついた。
(どうしよっかなあ……? あんまりこんなのが続くなら、新しい男を探した方が……?)
 せめてあれが全部、宝石になって降ってくればいいのに。

「──あ~あ。伊達の奴、今日も優雅にデートですか、そうですか。こちとら今夜も残業だ
よコンチクショウ! 本っ当……イケメンは得だよなあ! むかつくわー」
 夜闇の空が瞬くのが星々のお陰なら、都会のそれが明るいのはきっと、夜も強いられて働
く数え切れない“誰か”によるものなのだろう。夜でなければ身を差し出せず、昼間とは別
に惜しんで働いている人達なのだろう。
 人気のほぼほぼ無くなったオフィスで、一人のサラリーマン風の男がぶつぶつとパソコン
に向かっていた。残業だ。今日定時に上がり、今頃別部署のエリート女子とデートに出掛け
ているであろう同僚との違いに、義憤やら嫉妬を雑じらせて愚痴る。
 ッターン! 乱暴にキーボードを叩いて、無駄に溜まったデータ仕事を片付ける。こうい
うのはもっと事務方がやったら良かろうに、ふと予告もなしに「頼むよ」と肩を叩かれた。
まぁ家に帰った所で、コンビニ飯を突いて缶チューハイを煽るか、泥のように寝落ちするか
ぐらいしかないのだけれど。
(まったく、何で俺ばっかりがこんな目に……。いや、あいつみたいなのは寧ろ少数派だと
は思うんだけど、信じたいんだけど……)
 しょぼしょぼする瞼と、顰める顔が緩むのと比例して、弱る心。
 嗚呼、どうしてこの世の中ってのは、こんなにも露骨に“勝ち負け”がはっきりしている
んだろう──?

 秋の四角形? 三角形? やれ○○座だの、神話の物語だの。
 ……ふざけんじゃねえ。俺達はただ宇宙に漂うガスの塊だ。燃え尽きる前の残り火であっ
て、いずれは皆それぞれが死ぬ。永遠なんてものは無い。ロマンなんてのは、手前らが勝手
に語る幻想に過ぎない。こっちは必死こきながら、その瞬間(とき)が来るのを待っている
というのに。抗えるものなら抗いたいぐらいなのに……。
『おぉぉぉぉぉぉぉ!? おぉぉぉぉーッ!!』
 ぐんぐんと吸い寄せられる。偶々近くに馬鹿デカい星が在った、ただそれだけの所為で。
 そりゃあ人間ども──その小さな岩の上で立っているだけの連中には、まるで無限のよう
に感じるかもしれないが、実際はそんな事はない。宇宙(そら)にだって果ては在るし、飛
び続ければいずれ辿り着く日もあるだろう。尤も大抵は、そうなる前に何かしらの理由で、
文字通り“消えて無くなる”訳だが。
『熱い! 熱い、熱い、熱い! 融ける! 融ける、融ける、融けるゥゥゥーッ!?』
 氷や塵(からだ)がゴリゴリと、剥がれるように消えてゆく。それらは真っ黒で上も下も
無い筈の空間に、遠目からは尾を引くようにして線を描くのだ。
『嫌だ、嫌だ、嫌だ!!』
『ま、まだ消えたくないっ! 死にたくないっ!!』
 そうして巻き散らかされたかつての自分達は、手前らの住む星へと引き摺り込まれて消え
てゆく。最期の最期に光を遺して、何の見返りも与えられないまま燃え尽きる。
 どうしてそんな死にざま(もの)を観て、癒されるだの何だのと言えるんだ?
                                      (了)

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  1. 2020/01/20(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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