日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔112〕

 時を前後して、摂理宮中枢域。
 苦虫を噛み潰したような様子で戻って来たオディウスとティラウド、及びルキを、魔導の
ホログラム板を背にしたユヴァンとシゼルは迎えていた。二人は神都(パルティノー)での
事の顛末について、彼らから報告を受ける。
「そうか……間に合わなかったか……」
「ま、まさか、御三方でも……」
 曰く、レノヴィン兄弟の片割れ・アルスの“撰出”は防げなかったという。こちらが機先
を制して抹殺を図るよりも早く、その瞬間は訪れてしまった。
「ユヴァン、君の予感は間違っていなかった。彼らは常人(ヒト)の身では届き得ぬ領域を
経て、とうとう私達と同じ高みにまで手を掛けてきたんだ」
「参ったぜ。よりにもよって所長(チーフ)が……。自己犠牲なんてのとは、対極の位置に
居る人だとばかり思ってたのによ」
 特に歯噛みして惜しんでいたのは、他でもないルキだった。
 “結社”の創立に深く関わり、同胞らを敵に回してでも、世界を神々の占有から解き放と
うとした彼だったが──いざ反旗を翻したその途端に、新たな障害が現れた格好だ。
「保身と面子に囚われた最高神、ですか。確かに私も聖都(クロスティア)の一件で、彼が
ヒトの教団よりも自らの威光を取るさまは観ていましたが……」
「それだけあのガキどもが、他人を変えちまう素質を持ってるってことか。業腹だが、認識
を改めねえといけねえな」
 にわかには信じられませんが……。
 シゼルの神妙な面持ちの呟きに、オディウスもぶすっと腕組みをして同意する。
 元々自分達が手を回したこととはいえ、ゼクセムは一度信者らの組織の梯子を外してでも
保身に──乱世による人々の絶望を止めようとした。自分達“神”への不信が拡がることを
恐れた。そんな人物が己の命を擲ってまで、本来いち被造物でしかない少年にその全てを託
したことは大きな意味を持つ。
「一番厄介なのは、所長(チーフ)の第九級管理者権限(レベルナイン)が奴に渡っちまっ
たって点だ。神都(パルティノー)内は勿論、今後俺達に干渉できる度合いが増す可能性は
非常に高い」
 “大命”を果たす際の障害である、ゼクゼム打倒それ自体は叶ったが……結果として新た
な脅威が取って代わって現れてしまった。ユヴァン達は暫し唸るようにして押し黙る。
 よもやあの兄弟が、ここまで迫って来るとは……。どうやら自分達は、あの者らの存在を
過小評価していたらしい。
「……そういや、ハザンはどうした?」
「あ、はい。例の“均し”を指揮しておられます。ただどうしても、本来予定していた戦力
の低下は否めませんが……」
 ややあって、オディウスが辺りをざっと見渡して問う。ユヴァンの傍らに控える秘書よろ
しく、その隣でシゼルが答えた。
 言わずもがな、ジーヴァ達のことだった。先の竜王峰の交戦である種の“痛み分け”──
使徒級こと魔人(メア)達が一部負傷離脱してしまったため、投入できる戦力にはある程度
の制限が出てしまう。
「ハザン殿が直接付いてくれているんだ、問題はないだろう。今回の作戦に関しては、特段
必須のファクターでもないしな」
 それよりも……。そして気を取り直すかのように、ユヴァンは彼女の言葉を引き続きなが
ら言った。オディウスやティラウド、ルキ、場に居る盟友達に向けて、彼は次の指示を出し
た。悠長に感傷に浸っている暇など無い。
「シゼル。ハザン殿にレノヴィン兄弟の抹殺を“第二種大命”に指定するよう、急ぎ伝えて
くれ。じきに奴らは合流するだろう。こちらも末端の隅々にまで、意思を共有させておく必
要がある」
「!! 直ちに……」
 恭しく頭を小さく下げて、シゼルが踵を返そうとした。「じゃあ、俺達も加勢に行くか」
オディウス達も戻って来た足で、再び出撃しようとする。
 状況は決して芳しいものではない。寧ろある意味、最悪のトラブルが起きてしまった。
 しかしながら自分達に、元より撤退の余地などなく──。
「ッ?!」
 だが異変は、ちょうどそんな時に起こった。立ち去る面々の姿を見送ろうとしたユヴァン
が、突如としてその場に片膝を突いて崩れ落ちたのだ。
 右手で顔半分、頭を抱えたその表情は、これまでにないほど苦痛に歪んでいた。盟友達は
思わず弾かれたようにして駆け寄り、口々に叫ぶ。
「……!? ユヴァン!」「ユヴァン様!!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 ティラウドとルキ、シゼル、オディウスの四人に囲まれて支えられて、ユヴァンは暫く激
しい眩暈に襲われていた。すぐに彼らへ応答する事もできない。只々蒼褪めた表情で苦悶の
まま──いや、通り越して強い動揺をみせていた。何かに酷く絶望しているようだった。
「これ、は……。まさか……」
 ようやく、辛うじて絞り出された声。
 はたして彼の全身は小刻みに震え始めていた。そして何故かその頬には、つうっと一筋の
涙が伝ってゆく。


 Tale-112.報われた想い、なかった想い

「戻ったああああーッ!!」
 冥界(アビス)の灰空に響く雄叫び。
 魂魄楼西部・煉獄上空にて、ジークは遂に復活を果たした。仲間達が禁忌(むり)を押し
てまで運んで来てくれた自身の肉体に、己の意識──魂を含む霊体を捻じ込み、生前の姿を
取り戻す。「よしっ……!!」煉獄の内側と外側で、仰ぎ見る仲間達や各死神隊の面々が笑
い、或いは驚愕の表情を浮かべている。
「ジーク! 早くこっちへ!」
 しかしながら状況はまだ完全に終息はしていない。念願の蘇生を果たした喜びも束の間、
同じく空中のリュカやテンシン、ガラドルフ隊がそう強風の中叫んでくる。
 取り急ぎ、ジークにも風紡の靴(ウィンドウォーカー)を。
 何より敵は眼前に迫っている。彼と共に吹き飛んできたマーロウ達に、彼女は大層驚いて
はいたものの、今は為すべき事を為さなければ。早く此処から離脱しなければならない。
「させるか……!!」
 事実当の敵、アララギはすぐさま追撃の手を加えてきた。空中でリュカ達に回収され、呪
文を掛けて貰ったほぼ直後、彼は一人黒い靄と共に空間転移してきたのである。
 煉獄内、ちょうどその目の前にいたドモンなどは、改めて目を見開いて驚いた。別の意味
で少なからぬ動揺をみせた。「何だありゃあ……??」出入口の大蓋、獄外でイセルナらと
交戦していた死神達も、見た事もない総長の技と姿に困惑している。
「アララギ総長……?」
「そ、空に浮いてる!?」
「魔流(ストリーム)を集めて、足場にしているのか……。あんな技知らないぞ」
「というか、一体何処から出て来た? さっき明らかに何も無い所から……」
「──」
 《滅》の大鎌を構えたまま、アララギは地上の部下達を一顧だにせず、凄まじい殺気でも
ってジークとリュカ達を睨み付けている。風紡の靴(ウィンドウォーカー)で同じく空に立
ち、面々も警戒して振り返った。ぐんっと、彼の漆黒の鎌が振り上げられる。
「ッ!!」
 一瞬の判断だった。ジークは咄嗟に自ら飛び込んでマーロウやリュカ達を抱え込むと、そ
の勢いのまま一旦大きく距離を取り直した。灰色の空を、刹那縦振りの斬撃が飛んで行った
ように見える。驚いたリュカやテンシン、ガラドルフ他団員達に、慌ててかの能力の恐ろし
さを伝える。
「止せ、まともにぶつかりに行こうとするな! あいつは……やべえ!」
「あの鎌だ! あの鎌が多分、奴の色装(のうりょく)だ! もし巻き込まれたら、何もか
も消し飛んじまうぞ!」
 折角生き返ったのに、また“死ぬ”なんてのはご免だ。「ジーク!」「今助けに……!」
上空の様子を見て加勢に来ようとするダンやステラ、イセルナ以下仲間達に、ジークはリュ
カらを含めまとめて注意した。
 とにかく逃げろ! 庇い立てし、尚且つ地上の混戦模様を視界に映して把握しながら、皆
を急ぎこの場所から遠ざけようと試みたのだが……。
「ッ──?!」
 ちょうどその直後だったのである。リュカ達を押し返そうとしたジークの身体が、突如と
してひとりでに引っ張られ始めたのだ。本人は勿論、上空・地上の仲間達もこの異変に驚愕
する。彼が引き込まれた先には──続けて自身の大鎌を構えるアララギが浮かんでいる。
「!? い、一体何が……?」
「……揺り戻しだわ。さっきあいつが斬った空間が急速に、元の位置へと戻ろうとしている
のよ」
 片手で庇を作るテンシンらに、リュカがはたっと理解して言う。
 始めから相手は、直接ジークを狙ってはいなかったのだ。おそらくその反応速度からかわ
される可能性を見込み、今度こそ確実に“捉える”一撃を打ったのだと。
「ぐうっ!? ちっく……しょうッ!!」
「──」
 逃がすものか。アララギは射殺すような眼でジークを睨んでいる。元よりその魂ごと確殺
すべき対象だった人物。加えて“覚醒”してしまった以上、何としてでも始末しておかなけ
ればならない。一撃目で捌いた空間が元に戻ろうとするのに合わせ、自動的に間合いに吸い
込まれてくるジークを、彼は今度こそ仕留めようとする。
「……だったら!」
 しかし対するジークの方も、ただでは転ばない。崩される体勢の中、咄嗟の機転で彼から
逃れたのだ。奇しくも万歳と挙げたような恰好なった両腕、その手首に嵌っていた転送リン
グを目の当たりにし、ほぼ反射的にこれを使ったのである。
 大鎌が振るわれる寸前、斬撃が届くそのすんでの所で、ジークの姿は消え失せた。登録先
であるルフグラン号へと転移したのだ。アララギも弾かれたように、チッと激しく舌打ちを
してすぐ頭上を仰ぐ。
 クラン・ブルートバードの転移網については、既に聞き及んでいる。
 そもそもあれは“結社(じぶんたち)”の技術が出元──盗用だ。
「逃がさん……!!」
 見れば魂魄楼の保護結界ギリギリの所で、彼らの飛行艇がゆっくりと旋回している。アラ
ラギはすぐさま標的をそちらに切り替えた。ジークに半ば突き飛ばされかけたリュカらや、
地上のイセルナやダン達、或いは獄内外の死神達。目まぐるしく変わってゆく状況、攻守の
交代に、どうしても一歩動くタイミングが遅れてしまう。
『──見たか? 魂魄楼の死神達よ!』
 だが、追撃に移ろうとするアララギや傘下の者達、場の面々を直後押し留めたのは……他
でもないクロムであった。朗々と若干演説めいた大きな声で、煉獄周辺ないし空を仰ぐ楼内
の住人達に、ここぞと言わんばかりに今置かれている事態の“真実”を説く。
『死神総長ショウ・アララギ──その正体は、結社“楽園(エデン)の眼”大幹部が一人、
“死長”アララギだ! 今黒い靄と共に空間転移して来たのがその証。魔流(ストリーム)
を足場にして空を渡る術も、同じく奴らの持つ技術力の一つだ!』
 ざわっ……!? そんなクロムの言葉に、少なからずの死神達が激しい動揺を見せて戸惑
っていた。誰からともなく互いの顔を見合わせ、今この場でどう判断し、どう動くのが正解
なのか、自身では決めかねているように思える。
「“結社”って……」
「おい。あいつ知ってるぞ。確か連中の元幹部だろ?」
「使徒、だっけ? 二年前の大都(バベルロート)で統務院側についた──」
 加えて中にはクロムの人相、その経歴を見聞きしている者もおり、ざわめきから来る疑問
は次第に信憑性を持ち始める。
『唆されるな! 侵入者の言う事を鵜呑みのする心算か!?』
 だからこそ、堪らず対するアララギも反論を叫ぶ。眼下で戦いの手を止める無数の部下達
に向けて、激しい叱咤の言葉を飛ばした。
 ……ただはたしてそれは、寧ろ彼らにとって逆効果になったのだった。
 普段不愛想なほどに物静かな、彼の苛立ちと大迫力の威圧。どちらの言い分を信じるかで
彼らは迷い、結局統率を取り戻すには至らなかったからだ。
『イセルナさん、リュカさん! ジーク君回収したよ!』
 加えてその間に、通信越しにフルグラン号内のレジーナ達が、仲間らに作戦の完了を告げ
てくる。戸惑う死神達の隙を縫って空域から離脱し、やがてその機影は見えなくなる。
 ぽかんとする彼らの只中で、イセルナ達はコクッと小さく頷き合った。空中のリュカやマ
ーロウ達も、一先ずの安堵に若干頬を緩める。
「……くっ」
 “死長”アララギと、残るクラン・ブルートバードの面々。
 暫くの間両者は睨み合いを続けていたが、ややあって先に折れたのはアララギだった。直
接の戦闘能力でこそ、今この場で彼ら全員を始末する事も不可能ではなかったかもしれない
が、それでは自らの心証的不利は深まってしまう。何より事実として、ジーク・レノヴィン
を自身は取り逃してしまったのだから。
 強く歯噛みを、忌々しく改めて殺気を一同に向けてから、彼は刹那空間転移して姿を消し
てしまった。冥界(アビス)の灰空に、黒い靄のような残滓がバチバチッと小さな奔流を残
して霧散する。

 一方その頃、煉獄内第三層・青柱の間。
 数階分の天井と入口の大蓋(ハッチ)をぶち抜かれた状態で、ドモン以下西棟の死神達は
呆然と場に立ち尽くしていた。瞬く間に彼らは遥か上空──遠くに行ってしまったが、少な
くとも事態が大きく動いたことは間違いない。
「……一体何が、どうなってやがる?」
 先刻までに沈めた魔獣達の亡骸の上で、ドモンは誰にともなく呟く。アズサやハナ、同分
隊と残る囚人の面々も似たような反応だった。直属の部下であるフーゴ・サヤらも、平素で
はないアララギの殺気に戸惑うばかりだ。
 まるで、ジークを絶対殺すことだけに集中していたかのように。事実、友軍(こちら)の
巻き込みなど厭わずに。更には“瞬間移動”などという芸当で、自分達を置き去りにして。
「あんな技、死神衆(おれたち)にはねえぞ……」
 そうした面々の様子を、アズサは暫しじっと観察していた。こと西棟の重鎮達、此処煉獄
の責任者であるならば、資料などで自身の生前──元トナン皇国女皇である旨も把握済みだ
ろうと踏み、彼女は語り掛ける。
「……あれは“結社”の操る空間転移術よ。私も以前、自分の国の中で暗躍させていた頃、
使徒級の者達が使っているのを見たわ」
 尤も、結局はあいつらに使い捨てられちゃったんだけど。
 自嘲と呼ぶには妙に淡々とし過ぎる、じっとぶち抜かれた煉獄の天井を見上げ、アズサは
最後そう付け加えるように言った。今度はちらりと、ドモンやフーゴ、サヤ達が彼女の横顔
を見つめる番だ。
「“結社”……?」
「アララギ総長が……??」
「状況的にそうでなければ、まるっと説明が付かないってことよ。獄長さん、彼を止めなく
ていいの? 少なくとも彼の暴走は越権行為でしょう?」
「ああ……そうだな。良い訳がねえ。だがそれと、お前らの脱獄はまた別の話だろうがよ」
 大方自分達すらも、この場から動かして逃げる算段と考えたのだろう。アズサにそれとな
く促されたが、ドモンは未だアララギやジーク達を追おうとはしなかった。「……真面目な
人ね」彼女から皮肉めいて呟かれたが、意にも介さない。深く眉間に皺を寄せ、それでも尚
魂魄楼側の現状を勘案して告げる。
「てめえらのお陰で、現西棟一番隊隊長として汚点を残しちまった。せめてお前らだけでも
とっ捕まえた上で、奴を追う。外にも増援は来ているだろうしな」
 それは即ち、彼なりのけじめとでも表現すべきだったのだろうか? 言ってアズサら獄内
に残った面々に改めて向き直り、彼は未だ混乱していた部下達をそれとなくけしかける。は
たっと弾かれるように、フーゴやサヤ、場の死神衆が得物を手に身構えようとする。
「……」
 アズサは数拍、そんな目の前の状況に押し黙っていた。姐さん……。脱獄囚やハナ分隊、
魔獣達がもう一度戦うべきか否か迷っている中で、彼女はやがて一人ゆっくりとドモンの方
へと歩み出る。
「今回の脱獄の首謀者は私よ。ならその首で、手を打つ心算はない?」
『姐さん?!』
 だからこそ、次の瞬間彼女の口から出た“提案”に、一同は大層驚いた。驚愕を通り越し
て義憤(いか)りすら覚える。とりわけ自身に脱出の夢を見させてくれた取り巻きの囚人達
などは、この文字通り犠牲になろうという作戦に異議を唱えた。「何言ってるんですか!」
「貴女だからこそ、俺達はここまでついて来たんですよ!?」ワッと一斉に周りを囲み、叫
び始める面々を、当のアズサ本人は既に冷めた目で見ていた。ハナ及び彼女に率いられた分
隊も、突然のことに言葉を失っている。
「……全くだ。何を言ってやがる。お前はそれでこいつらを逃がせるかもしれねえが、俺達
のう方にはメリットなんぞねえじゃねえか」
「……本当にそうかしら? 貴方達がここで私達全員を捕らえようとしている間に、あの男
が逃げてしまっては拙いんじゃなくて? “結社”の一員かもしれない人物を楼外に逃した
となれば、被害はもっと拡がるでしょうね。貴方の言う汚点とやらも、脱獄一件では済まな
くなるわよ?」
 ことジークという存在に、あれだけの殺気を向けていたのだ。万一その矛先が獄外の圧倒
的他者に向けられれば、どれほどの惨状となるか分からない。
「首謀者を確実に取った上で、他の面々を追えばいい。欲張るのは嫌いじゃないけど、そう
するならそうするで、安全マージンの一つや二つは取っておくべきよ」
「……」
 ドモンは極めて渋い表情(かお)をしていた。隠す事もない怪訝の眼差しで、この元女皇
の魂を見ている。
 パッと聞く限り、彼女はさも“合理的”な説得をしようとしているようにも思えるが……
その実やっていることは全く逆方向の理論だ。情の類だと自分でも解っている癖に、意地で
もそれらを表に出そうとはしない。良しとはしない。
(全く……とんだ強情女だな)
 一方でその間も、アズサは場に残る囚人達に再三促していた。「姐さん……」彼らも自分
達を逃がす為、彼女が身を挺してくれていることは理解していたが、それでもすぐにこれを
切り捨てて駆け出せない。「何をしてるの? 早く行きなさい! 一体何の為にここまで来
たのか忘れたの?」最後の最後まで、放つその口調は辛辣だ。
「貴方達もよ。翼がある者は、彼らを外まで運びなさい。……私の言ってることが解るかし
ら?」
 結局何故なのかは分からないが、少なくともジークによって、下層の元囚人魔獣達は正気
を取り戻している……。

『精々その奇麗事で足掻いてみなさいな。このセカイは、そんなに甘っちょろいものなんか
じゃないって、すぐに分かる』
『冥界(アビス)で観ててあげるわ……。そして同じ末路になってこっちに来たなら、思う
存分哂い続けてやる……』

 かつての内乱、現世の時間にして二年前、自分はその玉座を二十年ぶりに戻って来た姪に
よって奪われた。自業自得、己が欲望の為に“結社”を迎え入れていたことが、結局国と自
らの破滅を招いたと言えばそれまでだが。

『二年……? そう。随分と長い時間だと思っていたのに、まだその程度なのね……』

 崩壊した自身の治世も、この命も、ジーヴァ達によって失った。忌々しいシノの血筋の者
達に、持っていたものを全て取り上げられた。
 ただ一方で、内心には何処かで“諦め”があった。それがより強く、明確に自覚されたの
は、他でもないあの男・ジークがこの煉獄まで堕ちて来た時のことだったけれど。
 現世(そと)の実際は未だもって知らない。直接この目で確かめた訳じゃあない。
 しかし当の彼から、あの後シノが何だかんだで女皇として頑張っていること、領民らが再
び纏まり始めていることを知った。……今更自分が生き返ったとして、どうなるものか? 
つい先日までとは真逆の発想、思いだった。
 もう居場所なんて──戻るべき玉座なんて無い。
 随分と自分も、落ちぶれたものだなと思う。

「姐さん……!!」
「行っくよー、皆! 振り落とされないように気を付けて!」
「三席達は無事でしょうか?」
「途中で何とか、拾って差し上げないと……」
 有翼の魔獣達の背に掴まり、残りの脱獄囚達やハナ分隊、第二陣・三陣目の面々が脱出を
始めた。前者は尚もアズサの名を呼んで別れを惜しんでいたが、もう振り返ってやることも
ない。当の本人はじっとドモンやフーゴ、サヤ達と対峙し、その巨体を見つめている。
「……外に出ても、奴らが助かるとは限らないんだぜ?」
「そうね。でも元からそこまで尻を拭いてあげる義理はないわ。あくまで脱獄するまでの駒
だった訳だし」
 そうかよ。ハハハッと乾いた笑いを浮かべ、ドモンはそれ以上を訊かなかった。辺りには
彼とアララギ、二人が葬った魔獣達の残骸ばかりが残っていた。
 はたっと睨み合いが途切れ、直前までの破顔が消え失せる。オーラを練り上げながら握り
締めた右の拳と片腕が、その《獣》の能力(ちから)で変貌する。
 フーゴやサヤ、部下達が、努めてそんな一部始終を見守っていた。
 巨大な肉塊の如く変質した剛腕が、こちらを見上げたままのアズサに振り下ろされ──。


 竜王峰における戦い以降、ジークやクラン・ブルートバードの面々が行方を眩ませた点も
大きいのだろう。“結社”によるテロ攻勢は地上層・顕界(ミドガルド)だけに留まらず、
地底層や天上層の国々に──あたかも無差別に拡大し続けていた。
 古界(パンゲア)・レストアーデ王国には、開祖ヨーハンの死を越えて、セイオンらディ
ノグラード竜騎士団が加勢を。
 魔界(パンデモニム)・ザラム閥(ファミリー)領では、宿現族(イマジン)以下現地の
構成員らが武力抵抗を続けている。
 顕界(ミドガルド)東方の旧メイヴァン領や南方のサラージュ公国などでは、統務院から
派遣された部隊と国軍が共同して親“結社”勢力の排除に当たっていた。当初は防衛戦を強
いられていた同軍も、七星が一人“海皇”シャルロットと“万装”のセロが加勢に駆け付け
たことで状況は逆転。一挙にこれを攻め返し始める。

「……やれやれ。相変わらず酷ぇなあ」
 そんな混沌の情勢が広がる中、統務院四盟主の一人・ファルケンは、自身の王城を離れて
お忍びの視察に赴いていた。護衛を兼ねたお付きの面々と共に、顕界(ミドガルド)のとあ
る廃墟へと分け入る。
 念入りに破壊されたような、元は何かの研究用と思しき施設の跡だった。焼け焦げ、あち
こちに飛び散った残骸は比較的新しく、加えて地下からも掘り返されたような痕跡を方々に
視る事ができる。
 どうやらこの辺り一帯を破壊した犯人は、よほど此処に居を構えていた施設が邪魔であっ
たらしい。暫くうろうろと、お付きの者達がなるべく止めようとするのも構わず進むファル
ケンの前に、やがて一人の人物が姿を見せる。
「おお、おお! これは陛下! わざわざご足労いただき……!!」
 欠けた歯と度の厚い眼鏡、皺だらけの顔をした老博士・ヘイデンだった。瓦礫の山の上で
白衣を引っ掛け、同じく部下らしき同様の研究者らと共に、自分達を訪ねて来た彼を嬉々と
した様子で出迎えてくれる。
「よう。無事か? まぁその様子なら大丈夫そうだが」
「へへへ……お陰様で。肝心のデータは、今回も無事でございますよ?」
 二年前の大都(バベルロート)での事件を切欠に、国王ファルケン秘密裏に進めていた、
彼肝入りの研究プロジェクトのリーダーである。
 もうすっかり慣れっこなのか、今回が始めてではないのか、ヘイデンらはこちらに歩み寄
って来たファルケン達にそう余裕の笑みを浮かべた。言ってサッと、めいめいの袖口を捲り
ながら見せてきたのは──紛れもなくクラン・ブルートバードも使っている転送リング。
 いや……何も不思議な事ではないのだ。そもそも彼女らが“結社”の転移網を基にこの魔
導具を開発した際、統務院もこれに関わっている。かの組織から盗用した技術を同様に、自
国の軍事力にも落とし込んだに過ぎない。
 ヘイデン達は予めこの転送リングを使い、襲撃される度に大事な研究成果を抱えて避難。
そそくさと逃れた後、改めて研究拠点を造り直すということを繰り返していた。ちょうど今
回で、この二年間で七回目になる。
 執拗に彼率いるプロジェクトを狙う“結社”──やはり連中は、この研究が続けられると
よほど困るらしい。
「……ならいいんだが。こりゃあさっさと、奴らの方を潰さないと面倒臭いな。何だかんだ
で一応、これも全部領民の税金で賄ってる訳だしさ?」
 若干そうおどけてみせつつ、ファルケンは道すがらぎこちない苦笑いを浮かべる。
 財政的な面というのは勿論、現実としてあるにはあるが、何よりも時間的な意味で。
 奴らの捕捉・攻撃は、段々と早まってきている。もっと二重三重に本丸を造り、守ってお
かなければ。
 ジーク・レノヴィン達の敗北と不在を切欠に、案の定“結社”は攻勢を強め始めた。メイ
ヴァン領など旧保守同盟(リストン)系のそれへと攻撃を加えるのは、ヘイト追討の一環と
して解らなくもないだが、天上・地上層の各地にも戦線を拡げてゆく意味は何なのだろう?
奴らの目的とは一体……?
 竜王峰宝物殿前での戦いで、使徒級の筆頭・ジーヴァ及びヴァハロ達は重傷を負って戦線
を離脱している。少なくともあれから、出現したという報告は入っていない。
 そんな戦力が不十分なままで拡大路線を取っても、確実な勝利は望めないのではないか?
事実現地の者達の抵抗により、各地の戦況は長期化の様相を呈している。
(まさか、奴らにはそもそも“勝つ心算がない”……??)
 故にふと脳裏に過ぎった一つの可能性、思考に、ファルケンは思わず密かな頭を振った。
眉を顰めて、自らの中に生じたざわめきを宥めに掛かる。
「? どうかなさいましたかな、陛下?」
「……何でもねえ。続けてくれ」
 ヘイデンらに案内され、ファルケン及びそのお付き一行は、既に始まっていた研究拠点の
移設作業の現場に足を踏み入れた。歓迎第一声の通り、重要なデータや機材は転送リングで
もって運び出したが、それでも回収できるものはなるべく回収しておきたい。財政面云々と
いうよりは、敵にそれらを拾われない為──寧ろ彼ら自身の拘りが主因であると思われる。
「回収だけなら、こっちで人を寄越すぐらいはするぞ? 舞い戻って来てお前らが撃ち殺さ
れるようなことになれば、それこそ本末転倒じゃねえか」
「はっはっはっ! そうですなあ……。ただ儂らとて、やられっ放しも性に合わんもので。
門外漢には些事と思われるかもしれませんが、機材の一つ試薬の一つにしても、我々にとっ
ては大切な相棒であり、子供なのですよ」
 ……そうかよ。先日拠点を吹き飛ばされた興奮が残っているのか、ヘイデンはそう高笑い
を止めずに終始あれやこれやと語りっ放しだった。ファルケンはこれ以上突いても詮無いな
と早々に諦め、彼ら及び派遣された人員らの作業を視察する(みまもる)。その間も思考の
片隅には、先程浮かんだ“違和感”がぷるぷるとこびり付いていた。
(いつぞや爺さんが言ってた読み通りだったな……。個々で勝利する以上に、組織全体で狙
う何かが、奴らには在る)
 尤もそれが、はたして何なのかは未だ判然としない。しかし結社(かれら)との戦いが続
く中で、その核心に自分達は随分と近付いたような気がした。こういう時こそ例の兄弟のち
っこい方、アルスの頭脳が有用であるのだが……。
「それでヘイデン。研究の進捗は、今どのぐらいまで来てる?」
「実戦投入できるまであと一歩、といった所でしょうかのう……。まだもう少し、出力を安
定させる必要がありましてな。まぁどの辺りまでの調整で良かろうかは、陛下ら政治家の皆
様の按配次第ではありますが」
「……ふむ」
 ヘイデンの答えに、ファルケンは至って真面目な表情(かお)をして呟いた。口元に手を
当て、少し考える。“材料”なら今も、現在進行形で集まってはいる。
(そろそろ、だな……)
 思い、彼は次の瞬間その実戦投入の準備を急ぐよう指示した。『はっ!』「承知!」白衣
姿のヘイデンと配下の研究者達が、瓦礫の山から機材や資料だったものを引っ張り出しつつ
明朗な返事をする。

 ヒロムとシズル、アマギの三隊長は、一旦クロムらと別れて魂魄楼本部へ──もう一人の
頂点である閻魔総長ヒミコにアララギの疑惑を伝え、事態の改善を図ろうと奔走していた。
市中は元十六番隊の残党達、その捨て身な囮のお陰で、大分隠れて進み易くなってきたよう
に思える。
「問題は……これからだな」
 物陰に潜み、自身の死神装束の袖に手を掛けて。
 ようやくヒムロ達は、視線の先に北棟隊の詰め所兼本部棟の姿を見ていた。とはいえ、厳
戒態勢真っ只中の内部を、何の策もなしに突っ込むのは無謀過ぎる。
「予想はしていたけど……多い」
「当然だろうな。ヒミコ殿も無事なら良いのだが」
 安全に潜入する為、隊服を脱いで変装でもしようか? いや、そもそも隊章が無ければ出
入りできない区画もある。奥には入れない。何とも矛盾する話だ。かと言ってこのままでは
いずれ見つかり、袋叩きに遭ってしまう……。
「仕方ない、か」
 故にヒムロ達は、一旦その場を離れざるを得なかった。遠回りになってしまうが、各々の
隊舎へ戻り、待機しているであろう部下達(へいりょく)を確保しようと結論付けたのだ。
 何せ遠征軍としては、一度敗れはしたものの、直属の部下達である。話せば分かってくれ
ると思った。ついて来てくれるのではないかと期待した。
 だが既に、彼らも自分達の「裏切り」については聞き及んでいるだろう。逆に攻撃されか
ねないリスクも少なからずある。それでも……そんなリスクを取ってでも、頭数がいなけれ
ば、ヒミコを囲むアララギ傘下の北棟隊を突破する事はできない。
「──何処に行ってたんですか、隊長!?」
「──説明してください! 一体全体、何がどうなってるんです!?」
「──何故です!? 何故俺達を裏切ったんだ?!」
 しかし現実は、やはり悪い方へとヒムロ達を誘った。ようやく隊舎に戻って来た、彼ら三
人の姿を認めるや否や、それぞれの部下達は酷く困惑していた。或いは激しく怒っていた。
「くっ……」
 置き去りにされた。裏切られた。そのような気持ちが強かったのだろう。
 ヒムロらはそうして直接、めいめいに怒号と刃を向けられ、応戦する他なく──。

「お、オシヒト機動長!?」
「どっ、どうしてこちらに……??」
 一方その頃、本部棟中枢。ヒミコら閻魔衆の幹部が、裁定時に詰めている区画。
 そこへ独りふらりと現れたのは、東棟一番隊隊長、機動長ことオシヒトだった。普段の執
務室には不在だったため、ならばとこちらに足を運んでくる。会議室などが並ぶ一角で、門
番のように立っていた北棟の死神達は、その姿を認めて慌てふためく。
「……閻魔長に目通りを願いたい。目下市中での混乱について、報告を」
 末端の兵は何も知らないのか。オシヒトはスッと静かに目を細めはしたものの、直接彼ら
を叱りつけるような真似はしなかった。あくまで淡々と、訊ねて来た目的だけを告げ、ちょ
うど通せんぼになっている彼らを除けようとする。
「も、申し訳ございません。今は皆様、手が離せない状態でして……」
「こちらとしても現在、対応を協議している最中で……」
 あたふたと、それでも尚も。門番代わりの死神達は両手を忙しなく振って拒む。直截には
答えなかったが、どうやら上から他人を入れるなとでも厳命されているらしい。
「……そうか。ならば好都合だ」
「他棟の幹部も──アララギやウカタも来ているのなら、早く情報を共有すべきだ」
 あ、いや……。故にそう彼から逆に言い負かされ、この門番達は狼狽える。そして立ち塞
がろうとするその腰が大きく引けたのを、オシヒトは見逃さなかった。
「入るぞ」
 その実、彼らの反応を含めてとうに確信はしていた。
 半ば強引に、元よりその心算で、この門番役の死神達を軽く両手で押し退け──。

 アララギが退散したのを見届け、合流を果たしたジーク達は急ぎ上空のルフグラン号へと
転移して(もどって)来た。楼上結界内の空域、ヒムロらの協力でその維持装置の一部は破
壊されたままだ。一緒に飛んで来た元囚人の魔獣達は、同号に随伴する形で浮遊している。
「ジークさん! ジークさん! ジークさんっ!!」
「うわああああああんッ! よがっだ、よがっだよおおおおーッ!!」
 仲間達は彼の復活を心から喜んだ。特にレナやステラのそれは尋常ではなく、船内に戻っ
て来て一息つく暇すらも惜しみ、抱き付いていた。わんわんと泣いていた。
 五月蠅いし、鼻水やら何やらでぐちゃぐちゃだが……流石に邪険にはしない。撥ね退ける
なんて選択は毛頭なかった。
「……悪い。心配かけた」
「本当だよお……。滅茶苦茶、心配したんだから」
「悪かったって。まさか生き返れるとは思わねえじゃんか。こっちも魂魄楼(むこう)で初
めて聞いて、ようやくその可能性に賭けようって思ったぐらいだったし……」
 とにかく暫くは、彼女らを含めた皆に平謝りの日々が続くだろう。本来なら相当な無茶を
承知で冥界(ここ)までやって来てくれた筈だ。たとえそれでも、自分が蘇る可能性がある
のならと。
「すまねえな、クロム。助かったよ、ありがとう」
「……礼には及ばん。仮に私がいなくとも、彼らはこの道を選んだろうさ」
 そんな方法を知らせ、皆を此処まで導いてくれたクロムに感謝しつつ、ジークは暫し再会
の余韻に浸る。それはイセルナやダン、シフォンやグノーシュ以下他の仲間達も同様で、特
にリュカに関しては思いもよらぬ“新顔”が加わることになった。
「懐かしいなあ。そう言えばリュカちゃんも、ジーク達と一緒に行動していたんだっけ。あ
の頃と全然変わってないな……。まぁ竜族(ドラグネス)だから当然か」
 言わずもがな、マーロウ達だった。
 ボロの囚人服から十六番隊の死神装束──此処まで生き残った元部下達からその隊服を借
り受け、仮として袖を通した彼とハナ・ヨウの副官姉弟。
 かつて同じ村に暮らし、されど魔獣の襲撃によって命を落とした筈のその姿に、リュカは
じんわりと目に涙を浮かべていた。
 変わらないと言うが、貴方の柔らかい笑みだって、あの頃と何ら変わっていない……。
「……マーロウさんこそ。まさか、死神になられているとは思いませんでした」
 船の外、上空の魔獣達もそうだが、気付けば随分と大所帯になったなと思う。マーロウと
彼配下の死神らは勿論、脱獄の過程でくっ付いて来た囚人達も加わっている。生前の時代も
まちまちらしく、このルフグラン号──飛行艇が珍しい者も少なくないようだ。
「ああ。道理で“煉獄”の中が騒がしかった訳だ。まぁお陰で俺達も、救出作戦をトントン
拍子で進められた訳だが」
「一時はどうなる事かと思ったものね……。本当、皆無事で良かったわ」
 語らいたいことは、それこそ数え切れないほどある。
 だがそれよりも今は、込み入った現状を何とか解きほぐさねばならない。イセルナやダン
以下団員側と、マーロウやクチナシ姉弟、囚人達とジークを含めた魂魄楼側。両者は早速互
いの持ちうる情報を交換し、共有することに努めた。最大の目的は達せられた訳だが、この
冥界(アビス)を巡る事件はまだ完全には解決していない。
「アララギ総長が──“結社”の大幹部??」
「まあ、あの転移を見た瞬間、そうじゃねえかとは思ったけどな」
「アズサ皇が──ジーク様や皆さんの身代わりに?」
「はい。一陣目を打ち上げた後、私達を逃がす為に自ら首を……」
「生きてたのも驚きだが、あの女が自己犠牲とはねえ……。煉獄(ろうや)暮らしで何か思
うことでもあったのか」
「いや、死んでるからな?」
 ジークの一連の脱出行を後押ししたのは、旧知の縁で繋がるマーロウ隊。魂魄楼に君臨す
る死神総長アララギが、度重なる妨害でこれを葬ろうとした黒幕であると判った。
 加えて煉獄内で、残る者達を助けてくれたのが、かつての仇敵・前トナン女皇アズサだと
知り、リンファを始めとした団員側は複雑な面持ちを浮かべていた。彼女が同階層に収監さ
れていたとはつゆ知らず、だがそこまでして逃がしてくれた分、こちらもしっかり“生還”
を果たさなければ。
「あいつら……馬鹿野郎……」
「それで? これからどうする? ジークを救い出して復活させる。その目的は達成された
訳だけど、このまま地上に帰っていいものなのか」
「良くはねえだろうなあ。結局、魂魄楼の連中とはドンパチやり合う羽目になっちまった。
現世に戻っても、死神に狙われ続ける余生はご免だぜ?」
「何より、総長アララギが“結社”の一員であると判った以上、放っておく訳にはいかない
もの。ユヴァンやシゼル、オディウスやティラウドと同格の存在となれば」
「この冥界(アビス)も、とうに奴らに侵食されていた訳ですからね。直接戦うのはリスク
が高いですが、せめてその正体だけでも人々に知らせないと……」
 うーむ。
 情報を一通り共有した後、面々は改めて難しい表情(かお)で頭を悩ませた。元々自分達
が持ち込んで来た諍いということもあり、このまま“逃げ得”を選ぶのは筋が悪い。大体も
って追撃の手が今後も止まぬだろう。
 少なくとも、魂魄楼の人々と敵対する心算はなかった。真相が明らかになった以上、対峙
すべきはアララギ及びその息の掛かった配下達のみであり、楼内全体をそう“団結”させて
しまうことは二重三重の意味で宜しくない。何とかして切り離させるべき案件だった。
「とは言っても、どうやってあの幹部級の化け物を相手にするかな……」
「ハロルドさん達の合流を待っていても、手遅れになりかねませんしね……」
 現状、あくまでこのルフグラン号は、魂魄楼の圏内に在る。なまじ元囚人らしい魔獣達と
いう目立つ的もくっ付いて来ているため、いつ狙い撃ちされてもおかしくはない。
「大体ジーク。君は一体どうやって、あれだけの魔獣達を手懐けて来たんだい?」
「……知らねえよ。俺もよく分かんない内に、何か味方してくれたモンだから、つい──」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。
 大よその方針は固まったものの、ではいざどのようにしてアララギに勝つかを決めかねて
いたジーク達の五感に、突如として大きな震動が襲った。「な、何ッ!?」「襲撃……?」
ルフグラン号が揺れている。船内にけたたましい警報が鳴り響いた。「大変だよ、皆!」操
縦桿を握っていたレジーナやエリウッド、技師組の面々らが振り返って外を指差す。

『──魂魄楼全域の死神達、及び関係者に告ぐ。煉獄内にて大量の囚人が脱獄。警備の兵ら
を欺き、楼内へと逃走した』

 アララギの声だった。慌てて窓から眼下を覗くと、どうやら市中に緊急事態を報せる旨の
速報が流れているらしい。楼内各所に置かれた、拡声用と思しき光球型の魔導具より、死神
総長直々の呼び掛けが発せられてゆく。
『これは訓練などではない。この魂魄楼始まって以来の、前代未聞の危機である。脱獄を手
引きしたのは件の侵入者──先刻楼壁を破壊し、逃走した飛行艇に乗り、上空へと逃れた事
実を確認している』
『ここは冥界(アビス)、死者の国。その魂を現世に連れ戻すことは許されない。これは重
大な秩序違反である』
 窓硝子越しに、爆音と共に警戒レベルが引き上がってゆく様子が見て取れた。高さ故にそ
の個々の人影は非常に小さく、豆粒のように見えるが、東西南北各所の詰め所からわらわら
と、黒装束の群れが所狭しに溢れ出していた。
『死神衆総長、ショウ・アララギの名において告ぐ。生死・手段は問わない。かの侵入者達
の船を──撃ち落せ』


 遥かな昔、この世界が生まれる以前から、おぼろげな「意識」は在りました。しかしそれ
は必ずしも「私」とイコールではありません。

 創世。大量の魂(わたしたち)をその要素として注ぎ込み、循環させる箱庭。
 私たち精霊族(スピリット)は古種族の──生命そのものに最も近しい存在として定義さ
れました。様々な奇蹟、後の魔導の運び手として人々にも知られてゆきましたが、最初はそ
の創造された“意味”がよく解りませんでした。
 いえ、そもそも深い思考ができるほどの「私」は、もっと先の話なのですが……。
 長い長い時間の中、他の魂(わたしたち)が別れたり戻って来たりを繰り返す内に、やが
て「私」は「私」として確立されていったように思います。
 人呼んでマーテル──精霊族(スピリット)全ての始祖であり、母。
 ずっとずっと私は、霊界(エデン)の中心で単調な日々を送っていました。自分が生み出
された意味も、生き続けている理由も解らず、只々惰性のままに歳月を重ねていたのです。

『聞こえるか? 精霊の始祖・マーテルよ! 僕達に力を貸してくれ!』

 でもある時、そんな微睡みを破ってくれた人がいました。ヒトの概念で言うと大体一千年
と少し。現世ではちょうど、ゴルガニアという大国を巡って激しい争いが起きていた時期と
重なります。
 彼の名はユヴァン・オースティン。若く才能と正義感に溢れた、眞法族(ウィザード)の
青年でした。元来めいめいの研究に閉じ籠もりがちな同一族の中にあって、彼はその意味で
異端だったのかもしれません。
 アイリス、ハルヴェート、レイア、ベオグ、リュノー、ヨーハン……。
 仲間達の力を借りて、彼は長らくヒトが踏み入れて来なかったこの場所へ、私達を生み出
した神々でさえ滅多に近寄らなくなってしまったこの世界樹(ユグドラシィル)の根元へと
辿り着いたのでした。静かに目を開き、何事だろうと耳を傾け始めた私に、彼は強い決意を
宿して訴えます。
『始祖マーテル、僕と契約を交わして欲しい! 悪しき帝国・ゴルガニアを倒す為に君の力
が必要なんだ! 圧政から人々を解き放ち、救う。その為の力が欲しい!』
 最初私は、激しい驚きと迷いに揺さ振られていました。
 ……今思えば、誰かに必要とされることに喜んでいたのかもしれません。興奮していたの
かもしれません。一方で、迷いの理由となるものは明確でした。
 自分が外に出てもいいだろうか? 現世に影響を与えてもいいのだろうか?
 何時しか私は、中小の精霊達から慕われ、彼・彼女らを育む義務を負うようになっていた
からです。何より今この時だけの趨勢に、加担していいものか……。
『お願いだ、力を貸してくれ! 君の力が必要なんだ!』
 彼は必死に、私を味方に加えようと説得してきました。精霊達も精霊達で、私を離すまい
と随分抵抗したのを憶えています。
 だけれど……私は最終的に、彼との契約に応じました。私達とヒトの持つ時間が違い過ぎ
るというのもあったにせよ、彼の一時に全てを賭けるその姿に、私は惹かれたのです。これ
までの単調な“永遠”から距離を置けるなら──そんな子供じみた欲望が、奇しくも私を解
き放ってくれたのかもしれません。
 それ以降の私達は、概ねヒトが後世へ語り継いだ伝承の通り。
 ゴルガニア戦役、通称「解放戦争」と呼ばれたこの戦いにおいて、彼は私を従えたことで
“精霊王”の異名をほしいままにしました。彼の持ち霊として、私は他の仲間達、後の十二
聖と共にオディウスとの決戦に挑みましたが……結局彼を守り切る事はできませんでした。
 二人は相打ちとなり、ぶつかり合った力の大きさで居城は崩壊。乱れに乱れた力の余波の
中から彼らを見つけた時には……既にその在り様は大きく変貌していたのです。

『……そうか。僕はやはり、戦死したことになっているのか』

 心が、死んでしまった眼。
 戦いの果てに、人々が得られたものと失ったものを見比べて、自らを傷付けるように激し
い後悔に苛まれていたのでしょう。何より“閉界(エンドロォル)”とこの世界の成り立ち
を知り、彼の中で培われてきた価値観は一挙に崩れ去っていたのです。
 失意の中、彼はやがて一つの決断をしました。自らが“悪”になるという道です。全てを
守るのではなく、私というただ一人を崩壊から守り抜く為に、立ちはだかる“敵”全てを切
り捨てるのだと。
 ──違うの、ユヴァン。私が望んだのはそんな貴方じゃない。
 だって哀し過ぎるじゃない。本当の貴方はあの時のまま、目に映る全ての人達の笑顔を守
りたかったんでしょう? そんな自分に嘘をつき続けて、塗り固めて、ヒトという存在全て
を敵に回してしまった……。

『マーテル、君との契約を解除する。君は自由だ。もう僕の我が儘に縛られることはない』

 “閉界(エンドロォル)”の存在、世界の真実。
 これらを報せにやって来たルキ達──“結社”の面々と行動を共にする為、彼は私との契
約を切ろうとしました。でもそんなのは間違ってる、解ってる。万が一自分達の闘いが失敗
に終わった時のことを考えて、私を少しでも安全な場所へと遠ざけようとしたのだから。
 私は拒みました。嫌だと言いました。
 霊界(エデン)には戻らない。貴方達は間違っている。
 ……だけどそんな私に、彼はとうとう痺れを切らして強硬策に出ました。自らの力でもっ
て私を世界樹(ユグドラシィル)の根元へと封印し、オディウスと共に姿を消してしまった
のです。
 こんなこと、私は望んでいない。
 こんなやり方は、絶対に間違っている……。

 かつて私は、一時に全てを賭ける彼に惹かれて契りを結びました。そのこと自体は、今も
後悔していません。だってあの時あの場所で彼が声を掛けてくれたから、私は只々漫然とし
た、意味の無い微睡みから目覚められたのだから。
 私達精霊にとっては、確かに些細な「一時」かもしれません。でも彼や彼の仲間達と出会
い、共に過ごして泣き笑い、愛し合った日々は私にとってかけがえのない記憶なのです。
『私の、声が……聞こえますか?』
『お願いです。どうかあの人を、止めて下さい──』
 だから本当に哀しくて、辛くって。
 何とかしなければ。取り戻さなければ。
 でも封印されたままの私に出来ることと言えば、目の前の届く魔流(ストリーム)達に乗
せて、命達(みなさん)に呼び掛けるぐらいしかなくて……。

「マーテル……? あの伝承の……?」
「本当にいたのかよ!? まぁリュノーの隠し文にも、名前は出てきてたけどさ……」
 アルスとエトナ及び、天上層のハロルド達。
 旧最高神(ゼクセム)にその最上級権限を託された一行は、数名の神格種(ヘヴンズ)達
の案内を受け、始源層・霊界(エデン)の中枢へと足を踏み入れていた。光り輝く森を潜っ
た先の空間には、一人の女性型精霊が眠りに就いている。全体的に碧色の粒子を湛え、ふん
わりとしたローブと、長い髪が特徴的な美女。
 同族のエトナとカルヴィンが言っているのだ、間違いはないだろう。始祖という大仰な肩
書きもあって二人は若干緊張しているようだったが、それ以上にアルス達には気になって仕
方ない光景がある。
「あれは……封印?」
 眩い生命の光が溢れる中にあって、一際大きな大樹・世界樹(ユグドラシィル)。
 その根元で静かに眠ったままの彼女の身体は、何重もの文様(ルーン)帯によってぐるぐ
る巻きにされていた。明らかに異常である。アルスやシンシア、オズなどは、ちらっと自分
達のやや後ろで控えている神格種(ヘヴンズ)達に振り向いたが……どうにも彼らは彼らで
動きが鈍い。驚きとは別に、ある種の気まずさを抱いているようだ。
「かの“精霊王”ユヴァンと契約していた、最強の精霊、か……」
「ひゅー! まさかこうして実際に見れるとはなあ。ははは。もう大抵の事じゃあ驚かない
つもりでいたってのに……」
「しっ! フィデロ、あまり大きな声を出すな。彼女が起きる──」
 とはいえ、このまま回れ右をして帰るなんて筈もなく。
 めいめいの驚きとどよめき。そんな普段中々耳にしない雑音に、沈んでいた意識が揺さ振
られたのだろう。気付けばもぞっと、次の瞬間この始祖たる彼女はゆっくりと目を覚ました
のである。
「……うぅん? あら、貴方達は……?」
「よく眠っていたようだな。マーテル」
「早速ですまないが、紹介しよう。この少年はアルス・レノヴィン。現在“結社”と戦いを
繰り広げている、レノヴィン兄弟の片割れだ」
「そして彼らはその仲間達。冒険者クラン・ブルートバードの面々だ。今回ゼクセム様の御
遺志により、お前と引き合わせにやって来た」
 思いの外つっけんどんな態度。いや、彼ら創世の民にしてみれば、彼女もまた自分達の被
造物に過ぎないからか。これが当初の目的、仕事だと言わんばかりに、彼らはマーテルにア
ルス達を紹介する。
「ゼクセム殿の……遺志?」
「ああ。絶対に口外するなよ?」
「つい先刻、ゼクセム様は──殺された」
 始祖精霊マーテル。訪ねて来た神格種(ヘヴンズ)達から聞かされた経緯に、彼女は思わ
ず目を大きく真ん丸と見開く。
 ルキ一派による叛乱とゼクセムの死。神都(パルティノー)全体が制圧される事態は、そ
れこそ偶然こちらに迷い込んでいたアルス達によって防がれたが、自分達は偉大なる指導者
を失ったと。裏で“結社”を操っていた一派の追討もままならず、今はただこうして最期の
瞬間に託された命令を遂行しているのだと。
「そうでしたか。あの方が、そんなことを」
『……』
 どうやら彼ら神々と彼女は、全く面識が無い訳ではない。しかし前者は基本、滅多な事で
は此処には来ないらしい。道中ゼクセムから預かった管理者権限なるものを使いながら、当
の本人達は当てつけがましくごちていた。
 特にその移譲先であるアルスは、内心ぐるぐると思考が回って止まらない。目の前で静か
に眉を伏せるマーテルの姿に動揺していたこともそうだが、何よりゼクセムが“何故”彼女
と自分達を引き合わせようとしたのか? その意図した所を推察することで一杯一杯になっ
ていたからだ。
 紛れもなく彼女があのユヴァンの元持ち霊なら、どうしてこのような幽閉される形で眠っ
ていたのだろう? もう彼とは一緒ではないのか? 契約関係は途切れているのか? 詳し
い事情は本人達に訊けばすぐ分かるだろうが……やはりユヴァンが“結社”を率いるように
なったことと、何か関係があると思われる。
 それに彼女のこの声……何処かで聞いた覚えがある。
 嗚呼そうだ、間違いない。時々夢の中や、以前導きの塔の壁に触れて流れ込んで来た、何
処からか助けを求める女性(ひと)の声──。
「マーテル様。貴女はどうして世界樹(ユグドラシィル)の幹に……??」
「……ええ、そうね。先ずはこれまでの私の経緯を、貴方達に伝えなければならないわね」
 フッと哀しげに微笑み、彼女は語り始めた。精霊族の開祖と呼ばれた自分が、何故いち魔
導師に過ぎなかったユヴァンと出会い、かの大戦に参加したのか。何故現在は封印などされ
てしまっているのか。
 無数の文様(ルーン)に絡み取られたままながら、彼女はゆっくりと振り返る。生命に最
も近い存在、その最古参の個体であるが故に抱いてきた苦悩と、そこから解き放ってくれた
最愛の人との出会いを。
 されどかつて共に戦い、強い絆で結ばれていた筈の彼と、今はもう半ば袂を分かったよう
になってしまっている。戦後に知った世界の真実と、終焉の呼び声・閉界(エンドロォル)
の存在。そのいずれ訪れる災いに向けて、自分を守ろうとするがあまり、彼が“悪”に堕ち
てしまったこと。全ての人々の為に己を擲ったその後悔が、結果自分の為にヒト全てを切り
捨てても構わないという狂気へと反転してしまったこと──止めようとしたために、こうし
て封印されてしまったこと。
『時折、貴方達の活躍は観ていたわ。“結社”や“閉界(エンドロォル)”について……何
処まで知っているの?』
 核心に迫る前に、そう努めて柔らかく訊ねてきたマーテル。アルスと仲間達は、この期に
及んで嘘をつく訳にもいかず、全てを正直に話した。確認するようにうん、うんと頷き、だ
からこそ彼女はそうして自らにまつわる全てを明らかにしてくれた。
(……やっぱり、そういう事だったのか)
 アルスは思わず内心、息を呑んでいた。自身の仮説、疑問は大よそ間違っていなかったの
だから。流石にそのスケールの大きさまでは、想像の遥か斜め上を行っていたけれど。
 神格種(ヘヴンズ)達は──神々はこの事を知っていた。知っていながら、ずっと見て見
ぬふりをしてきたのだ。それはひとえに、徒に現世へ干渉すれば混乱を招くと危惧した部分
もあるのだろうが……だからと言ってこの仕打ちは酷過ぎる。千年以上もずっと、独り此処
に囚われ続けていただなんて……。
「気が、遠くなるわね」
「ああ……。種族の違いってのもあろうが、普通とち狂ってもおかしくはねえよ」
「申し訳、申し訳ございませぬ! 我々精霊族(スピリット)とあろう者が、貴女様の苦悩
に気付きすらせず……!!」
「……いいのよ。やっとこうして誰かに伝えられたんだもの。安心したわ。それで、だから
ついでと言うのは、厚かましいとは解っているのだけど……。もし良ければ、あの人を止め
て来て欲しいの。これまで彼らと、楽園(エデン)の眼と戦ってきた貴方達なら、適任だと
思うから……」
「そ、そんな事!」
「止めるさ。今更投げ出す気もないからね。ただ──」
「うん。その封印、どうにかならないの? ユヴァンを倒せば解けるの?」
「哀し過ぎるわよ……。お互いがお互いを想い合っているのに、どうして、こんな……」
 だからこそ、彼女があくまで自分達に懇願してきたのがユヴァンらの阻止であることに、
一行は頷きながらも居た堪れなかった。
 リンファやリカルド、カルヴィンやエトナ、ハロルド・ミア・シンシア達。
 涙目や憤り。何とか彼女を救い出さなければとアルス達は思った。しかしなまじ魔導を知
っているからこそ、一目見て解る。この世界樹(ユグドラシィル)ごと彼女に施された封印
が、並大抵の代物ではないことを。
「私達デ、破壊スル事ハ出来ナイノデショウカ?」
「あ~……。オズは視えてても解んないか。難しいだろうな。自力やら此処を知ってる連中
で解除できるんなら、そもそもとっくにやってるだろ?」
「……アア」
「そもそも損傷させることさえ可能か、という話になってくるね。見た所この封印、通常で
はあり得ないほどの力が込められている」
「ええ……破壊は無理でしょう。何せこの封印は他でもない、あの人自身の色装(ちから)
によって掛けられたもの。文字通り、自らの命を賭して」
『──ッ!?』
「い、命ィ!?」
「それって……本当?」
「なるほどな。道理で尋常じゃない筈だ……」
「つまり、もし仮にこの封印を自力で破れたとしても、その瞬間ユヴァン・オースティンは
死ぬ……と」
 封印自体が文様(ルーン)以上に自己主張をしないせいで分からなかったが、他でもない
マーテルがその成り立ちを語った事で、アルス達も彼女らの意図する所を理解した。
 竜王峰での戦いでも明らかになったように、ユヴァンの持つ色装は《罰》──自身に誓約
を課すことで、その力を飛躍的に高められる能力だ。逆にこの誓約が守られなかった場合、
ダメージは全て使用者であるユヴァン本人に跳ね返る。
「どうすんのよ!? どうすんのよ!?」
「そう言われましてもねえ……。壊そうとしたら、奴(やっこ)さんが死ぬんでしょう?」
「出来る筈もなかろうな。マーテル殿とユヴァン殿は、元々契約を結んだほど強い絆で繋が
っていた者同士。それを理解した上で、彼がこの封印を施したのなら腹立たしいが」
『……』
 克てる訳がない。キースやゲドの義憤(いか)りは痛いほど解っていたが、解るからこそ
アルス達にはどうしようもなかった。
 自らの命さえ賭けても、世界の全てを敵に回しても、愛する人を消滅から救う。
 眉間に寄った皺が、限界を越えて顰められる。馬鹿野郎。何でそんなに困難を全部、たっ
た独りで背負い込もうとする……。
「──そっか。なら簡単じゃん」
『えっ?』
 にも拘らずである。次の瞬間、エトナがそうニカッと、屈託の無い顔で笑った。アルスや
他の仲間達が思わず呆気に取られるその中で、一歩また一歩と封印に囚われたマーテルの傍
へと近付いてゆく。
「エトナ……何を……??」
「お母様を自由にするんだよ。話の通りなら、解く方法は一つじゃん? あいつが自分の命
を張ってこの封印を作ったんなら、こっちも同じように差し出せば打ち消せるってね」
「ッ?! 何言って──」
 場の神格種(ヘヴンズ)達や周囲の精霊達、或いは当のマーテル本人も驚愕したように目
を見開いていた。眩い光の粒子の中で、何となくわざめている気がした。「お、お主がそこ
までせずとも……!」珍しくカルヴィンも必死になって止めようとしたが、対するエトナの
意思は揺るがない。
「……ねえ、アルス。私達が最初に出会った時の事を覚えてる? あんたは村の皆の中でも
早い内から精霊が視えてて、ジークに庇って貰わないと孤立する一方だったでしょ? 私も
私で、確かに此処に生きている筈なのに、全然その実感が無かった。パリパリに乾いちゃっ
てたんだよ」
 エトナ……。長年の相棒たるアルスが同じく呆然とし、呟いている。マーテルの下へと進
みながら、彼女は言った。それは何時しか心の奥底に閉じ込めてしまっていた、自身の存在
意義と証明に関する自問(とい)である。
「感謝してるよ。あんた達兄弟や皆に出会えて、私はそんな過去から救い上げて貰った。で
も気付けば、あんた達はどんどん先へと走って行って……“結社”と戦うようになった。ず
っと苦労しっ放しだってのに、私は殆ど力になってあげられなくてさ?」
「そ、そんなこと!」
 だから。エトナは言う。これが自分が今まで生きてきた、アルス達と出会った“意味”な
のではないか? と。いずれ辿り着くであろうこの場所で、お母様を救い出す為に。そんな
運命の為に、自分達は選ばれたのではないかと。
「……だからさ? 結社(やつら)に勝ちなよ? 因縁にいい加減、ピリオドを打ちなよ。
お母様の力があれば、きっと大丈夫。この世界のこれからを皆で“話し合う”為にも、奴ら
は何としてでも止めなくっちゃ」
 継ぐべき言葉を失っていた。ぐわんぐわんと、自身の意識とセカイが眩暈するように激し
く掻き回される。アルスは哭いていた。心が叫びたがっていた。無数に積み重なってきた記
憶の一頁、その一つに瞬間、脳裏の光景が支配される。

『──アルス・レノヴィン。お前の持ち霊・エトゥルリーナを契約解除しろ(すてろ)』

 学院(アカデミー)に入学した当初、後の指導教官・ブレアから選別代わりに投げ掛けら
れた言葉だ。実際は大切な相棒を──専攻する分野の性質上、瘴気によって失いかねない可
能性について覚悟を決められるか? といった意味合いであったのだが……。
 そういう事なのか? アルスは目まぐるしい攪拌の中で迷う。想定は違っていたものの、
いずれ来る別れを見込んで、そう問おうとしていたのか?
「馬鹿言うんじゃねえ! 戻って来い、エトナ!」
「そんな事をして、アルスが喜ぶ訳がない! そんな事も解らないの!?」
「君が犠牲になる必要なんてないんだ! きっと他に方法が……」
 仲間達も一斉に慌てふためき、この自殺行為を止めようとする。生命の光溢れる神秘の森
は、一転して互いを隔てる閃光になった。アルスも神格種(ヘヴンズ)達も、囚われたまま
のマーテル本人さえ、この行動に思わず制止の手を伸ばす。
『止めろォォォォォーッ!!』
 厳重に彼女と大樹の幹に巻き付けられた、封印の文様(ルーン)帯。
 その正面にエトナがそっと触れ始め、直後白ばむほどの黄金の光が視界を染め上げ──。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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