日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「悪魔ノ証明」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:主人公、悪魔、殺戮】


 人生ってのは、基本的に報われないモンだ。なまじ例外みたいな奴が目立っちまうから、
皆そっちが当然(デフォルト)なんだと思い込む。信じたがる。
 大体先ずもって、割に合わない話じゃあねえか──清二は常々そう思っていた。

 小振りな鞄を肩に引っ掛け、彼はその日もバイト終わりからの家路を急いでいた。とうに
陽は落ち、近道と何時ものように通る路地裏も、やはり注ぐ明かりは“おこぼれ”のように
心許ない。
(……うん?)
 ただ一つ違っていたのは、他人(せんきゃく)が居たことだった。進行方向、一角の壁に
瀬を預け、縮こまるように座り込んでいる人影がある。
 何となく目を凝らしていた。別に興味があったからではない。ただ何時もの道筋に見知ら
ぬ姿があれば、警戒もするものだ。こっちはようやく今日一日のシフトが終わって疲れてい
るのだ。要らぬトラブル、面倒には巻き込まれたくない。
「──」
 すると相手の方も、こちらの気配に気付いたようだった。丸まり俯いていた顔をのそりと
上げ、妙に怯えた感じで視線を向けてくる。
 何故かボロボロの服を纏った、一人の少女だった。時々テレビなどで見る、海外のスラム
街にでも居そうな風貌をしている。
 事実その酷くボサついた赤毛と瞳の色からも、少なくとも日本人ではなさそうだった。元
は民族衣装か何かだったと思われる服も然り。ただそれ以上に痛々しいのは、全身を汚して
そのままになっている、無数の赤黒い傷痕だった。
(おいおい……。何でこんな所にいるんだよ? 何でよりにもよって)
 俺なんかの目の前に。
 突如として、断りもせず飛び込んできた情報量に、清二は数拍静かに大きく見開いた目で
立ち止まっていた。相手に気付いた、その時点の微妙な距離感を維持したまま、とにかくこ
の状況にどう応じれば“最善”かと迷う。
 間違いなく言えるのは、もし関わったら碌な目に遭わないだろうということ。
 一体全体何があってこんなボロボロになったのか知らないが、裏を返せば彼女をこんな姿
にした相手側はもっとヤバい。一番良いのは、このまま見て見ぬふりをして場を立ち去って
しまうことだったが……。
『──』
 嗚呼、駄目だ! もうバッチリ見られてるっ!
 清二はそう、すぐ頭の中で正答(こたえ)を出してはいたが、結局そこまで非情にはなり
切れなかった。こちらの顔を、座り込んだままの少女はじっと縋るように見つめている。
 いくら今が夜更けで暗いからと言っても、時折届くネオンの明かりで全くお互いが見えな
い訳ではない。最悪このまま知らぬ存ぜずを貫いて逃げたとしても、顔を見られた──後々
保護された誰かにある事ない事を吹き込むかもしれない。
 何よりこんなボロボロの、自分より一回りは年下と思しき少女が、そこまで悪辣な仕込み
をして待ち伏せていたというのも考え辛い。
「……おい」
「ひッ!」
 だから半ば根負けするように、彼はこの赤毛の少女に恐る恐る声を掛けてみたのだが……
当の本人から発せられた第一声は明らかに怯えの感情を多分に含んでいた。
 縮こまっていた身体を更に抱きかかえ、警戒している。清二は眉間に皺を寄せた。怖がる
んなら、そんな眼を向けるなっつーの……。一歩二歩、逃げようとしていた足を彼女の方へ
と向け直し、緊張を解いてやろうと試みる。
「あ~、そもそも日本語解るのか? えーと、俺の言ってるコト、ワカリマスカ?」
「……」
 コクコク。こちらも変なアクセントが付いてしまいつつも、訊ねてみた瞬間に彼女は何度
か頷いてみせた。どうやら言葉の壁は大丈夫そうだ。まぁ今時こっちの言葉を勉強する外国
人ってのも珍しくはない。
 加えてこちらに、少なくとも害意が無いと察知したようだ。少女は先ほどよりも若干引き
攣っていた表情を緩め、パクパクと口元で何かを話そうとしている。言うべき内容、言葉を
選んでいるのか。
「どうして? ホワイそんなボロボロ、傷だらけ? 何があった? 動けないのか? 救急
車呼ぼうか? それとも警察……ポリス?」
「だ、駄目っ……! わ、私は、大丈夫。ちょっと、見つかっただけ──」
 先に乏しい学力で絞り出し、問うてみたワードの最後に、少女は明らかに動揺していた。
 ふるふる。こちらからの提案に何度も首を横に振り、同じく只事ではない筈の自身よりも
この通りすがりの相手を庇うように続けて──直後盛大に腹の虫が鳴る。
『……』
 普段人気の皆無な路地裏に、数拍妙な沈黙な横たわった。少女はじわじわ顔を真っ赤にし
てから、ハッとなって自分の腹を押さえ、清二も清二で思わず気が抜けたように右半身を傾
ける。
「え~っと……?」
 目を瞬き、パチクリと改めて数秒。
 ようやく彼女の現状が判り始め、彼は肩に引っ掛けていた鞄の中からコンビニ弁当を一つ
取り出した。
「その……よければ食うか? 今日の廃棄分(ロス)だけど。厳密には持って帰っちゃいけ
ねえんだけどな」


 そうして意を決して差し出してみたのに、結局彼女は困ったように俯き加減になったまま
受け取らなかった。……腹が減ってるんじゃねえのか? てっきり俺はそう思ったんだが。
清二は怪訝に思いながらも、再び今夜の夕食(予定)を取り下げる。
 かと言って一旦声を掛けてしまった手前、このままこの子を見捨てて帰ってしまうという
のも後味が悪い。その場で散々迷いはしたが、清二は結局彼女を自宅アパートにまで連れ帰
って来てしまっていた。

『ならせめて、そのボロボロとドロドロを何とかしなよ。貧乏でも、風呂ぐらいは貸してや
るからさ?』

 そんなこんなで、清二は現在部屋の奥に引っ込んでいた。玄関入ってすぐの右手、ユニッ
ト式の風呂の中で彼女はシャワーを浴びている。最初は一丁前に遠慮というか、戸惑いを見
せていたが、こちらもこちらで此処まで来てしまうともう引っ込みが付かない。半ば無理や
り説得して替えの服(勿論ながら男物しかない)を突きつけ、仕切りの向こうへと放り込ん
だのだった。
(……やっちまったなあ)
 しかしながら、段々と常識的判断というものが傍らに帰って来て、清二は一人部屋の隅っ
こで悶々としていた。ガシガシと両手で髪を掻き毟り、文字通り頭を抱えている。
 仕方なかったとはいえ、何故あの子を家にまで上げちまった? 風呂なんて貸した?
 冷静に考えて、これはいわゆる“事案”ではないか。まだ若い──自分もそこまで老けて
いる訳ではないが、おそらく一回りほどは年下、見た目十代くらいの少女を、夜遅くに連れ
込んでいるのだ。もし帰宅するまでに誰かに見られていたら……詰む。人生詰んでしまう。
 だがまあ……見捨てようが見捨てまいが、元より厳しい暮らし向きには変わらない。毎日
バイトや短期の派遣で食い繋ぎ、惰性のままに生きている。強引な後付けにしかならないの
かもしれないが、ちょっとぐらい“善いこと”をしたって──。
「す、すみません。お風呂上がりました」
「──っ!?」
 ちょうどそんな時だった。風呂場の仕切り扉の開く音と、少女のおずおずと呼び掛けてく
る声がほぼ同時に耳に届いた。思わずビクッと身体を強張らせ、清二もゆっくりゆっくりと
後ろを振り返ってゆく。
『……』
 性別は元より体格差もあって、完全にダボダボだった。長袖のシャツとジャージ、清二の
昔の部屋着を仮として借りた赤毛の彼女は、湯上りすぐなのも手伝って照れ臭そうにしてい
る。その癖出る所はしっかり膨らんでいるのだから、こちらもどうしても目のやり場に困っ
てしまう。
 羞恥心やら申し訳なさ。お互い意図する所は絶妙に噛み合っていないながらも、暫く二人
は次の言葉を見つけられずに押し黙る。
「わ、悪ぃな。ちゃんとした服が無くてよ。流石に女物を調達してくるには、店も閉まっち
まってるしさ……?」
「い、いえ。わざわざここまでして貰って……。お湯、気持ち良かったです」
 ああ、もう! ホコホコ温かい空気流れてくるし、良い匂いするし!
 当の本人はもじもじと、あくまでこちらの厚意に感謝しているようだったが、一方の清二
はそれ所ではなかった。色々と大変だった。目も碌に合わせられず、わたわたとただ場を取
り繕う言葉を挟むぐらいしか出来ない。
(本当に大丈夫か? これ、やっぱ一方的に俺有罪じゃね? 拙いんじゃね?)
 これも十中八九男の性なのだろう。恥ずかしいが、しかして同時に疑問も残る。肝心な彼
女の、何故あんな状況になっていたのかという説明が未だもって為されていないからだ。
 どうしてこの子は、あのような場所で一人蹲っていたのか? 家族は? 連れは?
 どうしてこの子は、あのようなボロボロの姿と怪我を負っていたのだろうか? 何か彼女
をそこまで追い詰めていたのだろう?
 何より空腹なのは明らかなのに、どうして差し出された弁当を受け取らなかったのか?
「……そういやまだ、お前の名前を聞いてなかったな。まぁ嫌なら答えなくていいけど」
 或いは大方、こんなみすぼらしい食事など嫌だとでも思っていたのか。こんな底辺生活の
男と同じものを受け取るなど、生理的に受け付けなかったのか。一旦深呼吸をした後、清二
は改めてこの赤毛の少女に訊ね始めていた。とにかく今後の対応もあるし、ある程度事情の
一つや二つは把握しておかなければ。
「正直言って、俺も何かヤバそうな橋だなとは思ってる。それがお互いの為なら、このまま
親御さんか信頼できる人に迎えに来て貰ってくれ。連絡を取るなら、携帯貸してやるから」
「……」
 だが対する少女は、尚も迷ったように口を噤んでいた。ちらっと肩越しにその様子を覗い
てみると、やはりまた俯き加減で黙っている。慎重に言葉を選んでいる。
「まあ、警戒するのが当然か。分かったよ。通話相手も見ないと約束──」
「アーシャ、です」
「あ?」
「私の名前……アーシャといいます。その、助けていただいてありがとうございました」
 若干突き放すように、自虐めいて更なる妥協を。
 すると次の瞬間、少女はたっぷりタイミングが遅れてからそう自己紹介をしてきた。よう
やくこちらを、静かに目を見開いて驚いた清二を見据えて、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「……いやまあ、あんな所見ちまったらなあ。しかし本当に風呂だけで良かったのか? 腹
減ってんだろ? 身体洗って傷口も綺麗にしたし、食わねえと治るモンも治らんぞ?」
「だ、大丈夫です。本当に、それだけは大丈夫ですから……」
 妙に拘るなあ。
 清二は改めて眉根を寄せ、怪訝に思った。てっきりこんな学生崩れのフリーターに助けら
れたくないのかと思っていたが、きちんとお礼を言えるぐらいには謙虚さはある。そもそも
見も知らない男の家について来た時点で矛盾してはいたのだが。
 変なやせ我慢だなあ……。清二はとんと首を傾げていた。或いはちょうどダイエットでも
しているのか? 先刻目の前で見た光景とどうにも嵌らない感じがして、やはり自分の想像
だけではイマイチ全容が知れない。
「……お兄さんは、優しい方なんですね」
 だからこそ、繰り返し食事だけは固辞する彼女に折れ、クローゼットの収納スペースから
薬箱を取り出し始めた背中にそう声を掛けられた時、清二はくしゃっと表情(かお)を歪め
ていた。それまでのものとはまた別の、自分自身に向けられたかのような攻撃性だった。
「都合が良いの間違いじゃねえか? 大体、そんなモンで腹は膨れねえよ」
 清二自身、そんな呟きが決して“善い”ものだとは思っていなかった。悪しき呪詛だと理
解していた。
 だからこそ努めて背中を向けたまま、薬箱を取り出し、開けるふりをする。不意に向けら
れた彼女の、アーシャのおそらく感謝を兼ねた賛辞を──彼はどうしても受け取る事が出来
ない。
「お前が何で、そんな怪我だらけになるまで彷徨ってたのかは知らねえがな……。実際問題
そうやって、自分の為に他人を蹴落として当たり前って奴らが全部取ってゆくんだ。平等な
んかじゃねえ。優しいんじゃねえんだ。それぐらいしかパッと出せる手札(カード)が無い
んだよ。人によって持ち合わせが違うからな。他の奴らはもっといいのを沢山持ってる」
 お兄さん……? 彼女はぱちくりと目を瞬いていたが、清二は構わずその手をついっと引
き寄せてあげていた。消毒液とティッシュ、絆創膏などで素人仕事に、しかし傷痕が見えな
いように念入りに。本来とても綺麗だったであろうこの色白の肌を隠し、癒える時までの間
に合わせとする。
「ま、こんなモンでいいだろう。親御さんの所に戻ったら、ちゃんと病院行って医者に診て
貰うんだぞ? あ~、それと服かあ。流石にこんなダボダボのまま外に出しちまう訳にはい
かねえしなあ」
「……」
 そして一通り手当てを済ませた後、清二は思い出すように立ち上がった。彼女の格好──
見る者が見れば煽情的な姿に、さてどうすれば良いだろうか? 調達して来れるだろうか?
と思案を始める。流石に元のボロ服は処分せざるを得ないだろうが……。
「あ、あのっ」
 赤毛の彼女・アーシャが、そんな恩人(かれ)の横顔を見上げて何か意を決するように口
を開こうとしていた。
「? どうした?」
「そ、その……。お兄さん、私に──」


 デーモン。悪魔や妖魔、いわゆる怪異全般、国や文化圏によって多少違いはあるが、ヒト
に災いをもたらす存在という解釈では概ね共通している。
 私達<教会>の衛士は、古来より人々を守る為彼らと戦い続けてきた。それは科学万能が
叫ばれるようになった今日のおいても何ら変わりはしない。奴らは手を変え品を変え、現代
社会に潜んでいるのだから。
「──目撃者が見つかったぞ。やはりこの辺りで間違いない。彼女らしき人影と歩く青年の
姿を近隣の住民が確認している」
「青年……? 手負いの奴を助けたということですか?」
「ふん。腐っても色欲(ラスト)の一端か。早速手頃な餌を見つけたという訳だな」
「その者の居場所は判ったのですか? 時刻が時刻です。場合によってはもう“喰われて”
いる可能性も高い」
「ああ。その特定の為に手間取ってしまってな……此処だ」
 揃いの青い法衣を翻し、仲間の衛士達と合流する。それぞれに逃げられた今回の標的の情
報収集に散っていたが、どうやら一番成果を挙げたのは隊長のようだ。流石である。現代の
テクノロジーらしく、彼は言ってからすぐ自身のスマホ画面から周辺地図を呼び出した。
 種族や個体差によって手法は様々だが、デーモン達は“人間の悪感情”を主食とする。
 傲慢や憤怒、嫉妬、怠惰、強欲に暴力、色欲。人々の持つ歪な欲望を奴らはその能力で唆
し、食べ頃になるまで増幅させた上で食らい尽すのだ。それまでに多くの災いを世に振り撒
かせる点は勿論、唆された当人も総じて悲惨な結末を迎える。奴らは人の世に不幸しか生ま
ないのだ。奴らを決して許してはならない……。
「アパートの一室ですね」
「時間帯も時間帯だ。他の住民もいるだろう」
「“人払い”の結界を準備しよう。退路を塞いだ上で、今度こそ仕留める」
『はい!』
「どうした? 行くぞ、瑛美瑠」
「……っ。はい!」

 自分にアーシャが何か言おうとしたが、ちょうど次の瞬間チャイムが鳴った。
 こんな時間に誰だろう……? 清二は訝しく思いながらも話を中断し、覗き穴を確認しに
玄関扉の前へと向かう。
 カチリ。にも拘らず、何故か目の前で“鍵がひとりで開いて”いた。
 残り数歩。思わず目を見張った清二と、更に部屋の奥でぺたんと座っていたアーシャが、
この異常事態に対して酷く焦り始める。
「失礼するよ」
 青い法衣、らしき装束に身を包んだ妖しげな一団だった。明らかに日常ではない。何処ぞ
のアニメや漫画で見たようなエージェント達が、こちらの都合などお構いなしにズカズカと
入り込んでくる。
「なっ!? お前ら、いきなりなん──」
「五月蠅いな。ちょっと黙ってろ」
「設置、完了しました!」
「ご苦労。では引き続き、そちらは見張りと記憶消去の処理を頼む」
 リーダー格と思しき壮年男性の表情は穏やかだったが、それはあくまで繕った習慣の笑み
だと清二は悟った。別の大柄なメンバーに顔ごと三和土に押し付けられ、ろくな抵抗も出来
ずに侵入を許してしまう。その間も彼らは次々に、明らかに奥の人物──アーシャを狙って
いるように見えた。
「ひっ……!!」
 事実、彼女は酷く怯えていた。押し付けられた視界の隙間から視える。先刻、路地裏で独
り丸まって震えていた時と同じ表情(かお)だ。ずずいっと、青法衣の面々が彼女を追い込
むようにして立ち塞がった。そして一斉に懐から妙に分厚い十字架を取り出すと、何やらぶ
つぶつと呪文を唱え始める。
『我らは子、我らは僕。今此処に、悪しき魂を打ち砕かん』
『主よどうか、許し給え』
『闇なる者に絶望を、傷付きし者に祝福を──』
 するとどうだろう。彼らの手にする十字架が青白く発光し、まるで剣のように長い刀身が
現れたではないか。スチャッと揃いの所作でこれを眼前に掲げ、震える彼女を見下ろすと、
次々にその一撃を叩き込む。
「ぎゃっ……あああああーッ!?!?」
 ただでさえ傷だらけだった白い肌に、更に彼らの剣が突き刺さった。それに何故か、この
刃の触れた先から彼女の肌は焼けるように爛れ始め、ジュウジュウと本来ならあり得ない音
を上げてゆく。
「アーシャ!!」
「おっと。じっとしてな。あれだけの手負いだ、じきに終わる。尤もお前さんがご丁寧に手
当てをしてくれたようだが」
 清二は殆ど反射的に、彼女の下へ駆け出そうとした。しかしそんな僅かな抵抗も、彼を押
し付けたままの大柄な青法衣は見逃さない。寧ろ更にギュッと力を込め、動き出さないよう
体重を乗せながらそう耳打ちしてくる。
「……何なんだ? お前らは一体……??」
「我々は<教会>の衛士だ──と言っても分からんだろう? まぁ事が済んだら全部忘れて
いるからな、問題ない。ただまあ、お前さんもよりによって色欲(ラスト)のデーモンを拾
ってくるとは。よほど女運が無いとみえる」
「デーモン……?」
「英語(イングリッシュ)が解らんのか? 悪魔だよ。あれは人の悪意、こと情欲を喰って
生きる個体だ。まだデーモンとしては若いが、放置しておけばいずれ大きな災いをもたらす
だろう。安心するといい。我々が今度こそ、責任をもって駆除する」
「……」
 悪魔? 情欲? 駆除する?
 突拍子もない話というのは勿論だったが、清二は混乱していた。今現在進行形、文字通り
物理的に置かれている状況もそうだが、あの子が──アーシャが人を喰う悪魔?
 そういう事か……。妙に冷静になっている自分が可笑しかったが、ようやく合点がいった
のだ。あれだけ盛大に腹を空かせ、音まで鳴っていたというのに、彼女は一切弁当に手を付
けようとしなかった。……痩せ我慢じゃない。本当に食べることが出来なかったんだ。
「……うる、せえ」
 ただ一方で、そんな笑いすら吹き飛ばすような激情が沸き起こってくるのを、清二は同時
に感じ取っていた。自身の主導権が奪われそうになる予感を抱いていた。
 悪魔だから駆除する? あんなに叫んでいる彼女の痛みを、与えている自分達を、正義な
んだと信じて?
 ふざけるな。聞き取れなかったのか、男が一・二拍遅れて聞き返してくる。その間に清二
は三和土の上で手を伸ばしていた。……させるかよ。此処は俺ん家だ。何処に何が置いてあ
るかは、自分が一番知っている。
「ぐぎゃっ?!」
 握り締めた、靴の一つで思いっきり強打。踵の硬い部分を狙って打ち込んだため、男は激
痛のあまりその手を離さざるを得なかった。片目から血が噴き出して潰れているが、構いや
しない。お返しだ。さっきから散々人の家で好き勝手した罰だ。「ゴードン!?」部屋の奥
へ進んでいた他の仲間達が、彼の悲鳴を聞いて思わず振り返っている。
「っ──!」
 その隙に、清二は駆け出していた。彼らの間に割って入るように、彼女を、アーシャを庇
って大きく両手を広げる。背後で当の本人が驚いているのが分かった。……こんにゃろう。
こっちが持ち出して手当てした分も、ゼロどころかマイナスにしやがって。
「……どういう心算かな?」
「貴方、自分が一体何をしているか解っているの!?」
 リーダー格らしき男は尚も平静さを失わずに。一方で若い女性の青法衣は、まるで自分が
反撃されたかのように激しく怒り狂って。
「どうもこうも……。その台詞、そっくりてめえらに返すよ。デーモンだかサーモンだか知
らねえが、俺ん家で何勝手な事してくれてんだよ? ああ!?」
 お兄さん……。彼がこの一団ではなく、自分に味方したことを心配しているのだろう。背
後で、当のアーシャは震えた声を漏らしていた。玄関口でまだ暴れ牛のようにのたうち回っ
ているさっきの大男を含め、この青法衣の連中は間違いなく彼女を“敵”として殺しに来た
者達だ。
 デーモン。確かに彼女があんな傷だらけだったり、食事を摂ろうとしなかったことにも辻
褄が合うが……。そんなことより、もっとこいつらを見て腸が煮えくり返る理由がある。
「ふざけんじゃねえぞ。この子が一体何をした? 少なくとも俺は、怪我だらけのこいつを
助けただけで、何も危害は加えられてねえんだぞ? それをお前らは、自分達が正しいだの
何だのと好き勝手を──」
 ぶつぶつ。清二はそうして長々と恨み辛みを並べていたが、彼らはきっとその真意を解り
はしなかっただろう。実際、半ば八つ当たりのようなものだった。
 ただでさえ虐げられる、持たざる者に対するいわゆる“勝ち組”の独善。やっている事は
ゼロサムだというのに、奴らはその歪を何時だって自分達に都合の良いルールでもって正当
化してくる。ごり押して当然だと言い張る。手札(カード)の違いで優劣を決める癖に、こ
っちが増やそう・変えようとすることさえ認めない……。
「“始めから居ちゃいけない奴”なんて、俺は認めねえ!!」
「──っ」
 故に彼のそれは、殆ど私怨に近かったのだろう。ずっと優れているとされる者達の間に埋
もれ、決して報われることのなかった人間の叫びだ。まるで最初から存在しないような、あ
まつさえ居ることすら疎まれるような彼女に対して、限りなく同情に近い義憤(いかり)を
感じていたのだろう。
 だからこそ、事態はより複雑なそれへと流動するのだった。彼の背後で大きく目を見開い
ていたアーシャが、次の瞬間ふと唇を結んだかと思うと、密着するように囁いてきたのだ。
「お兄さん」
「? 何……ってお前、近い近い!」
 少女の身体が触れる。しかしそんな自覚で慌てる清二に構わず、アーシャはそっと彼の首
元に向かって小さな口を開けた。「……まさか」「拙い、止めろ!」「──いただきます」
青法衣の面々が弾かれたように叫ぶが、間に合わない。首元、彼から溢れ出していた怒りの
感情を、直後彼女は“喰った”のだった。
『──』
 轟。はたして色魔(デーモン)の少女は、その力を取り戻す。何の変哲もないアパートの
一室に、朱く膨大な魔力が満ちた。青法衣の面々も、この一連の逆転劇にそれぞれ呆然とし
ている。聖別された十字剣を片手に、改めて臨戦態勢や敵意を剥き出しにして構える。
「アーシャ……。お前……」
 当然ながら、彼女を庇い立てした青年・清二もその例に漏れなかった。驚愕のまま振り向
きかけた格好で尻餅をつき、固まり、本当に彼女が人間ではないのだなと改めて実感する。
「帰ってください。この人は良い人です。デーモンだからと、私を討伐しようとする貴方達
の理屈は分かっています。でもお兄さんだけは、この人だけは……巻き込まないで!」
 大きく揺れ動く赫灼(かくしゃく)の髪。頭の角と背中の蝙蝠羽、尻尾。
 久方ぶりの“食事”で回復したのだろう。つい先刻まで全身に残っていた彼女の傷痕は、
綺麗さっぱり消え失せていた。
                                      (了)

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  1. 2020/01/12(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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