日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔50〕

 時は少し前、七波沙也香の告別式が行われた日の昼間に遡る。
 冴島及び同隊A班──由香への刺客騒ぎのため、一旦司令室(コンソール)に戻っていた
面々は、ようやく異変の現状を発見していた。自分達が留守の間、筧の監視・警護を任せて
いたB班の隊士達が、変わり果てた姿でそこに在ったのだ。
『ヴぁ~……』
 場所は飛鳥崎の郊外、北西の外縁部。当初連絡の途絶えた地点から、大きく離れた路地裏
の一角だった。そんな人目の付かない物陰に押し込められ、彼らは酷く“ゆっくり”な動き
のまま、ろくに会話も出来ずにいたのだった。
「……何なんだ、これは」
「じ、自分にも分かりません」
「右に同じく……」
 故に冴島達も、大いに困惑する。呟く彼に、傍らのA班隊士達も答えが見つからない。
 確かにB班(かれら)は、筧刑事の動向をチェックしていた筈だ。なのに当の本人の姿は
此処にはない。一体何処に行ってしまったというのか? 隊士達が「と、とりあえず運び出
そう」「いくぞ。いっせーのーせっ!」と、数人がかりで彼らを動かそうとしたのだが……
罹っている“ゆっくり”の影響なのか、妙に重くて苦戦している。
 加えて彼らのデバイスは、その調律リアナイザごと破壊されていた。辺りに残骸が捨てら
れたままになっている。
 十中八九、時間稼ぎを意図しての行為だろう。これでは記録(ログ)を確かめる事も出来
ない。司令室(コンソール)に持ち帰ってサルベージを試みたとして、はたしてどれほど復
旧させられるだろうか。
(何がどうなっているんだ……? 皆に一体、何があった?)
 普段温厚な冴島も、流石に険しい表情(かお)をしていた。辺りに転がっていた人・物、
異変の様子を注意深く眺めながらも、その一挙に流れ込んできた情報量に困惑している自覚
があった。
 努めて冷静に。
 少なくとも犯人は、こちらの装備なり内情を、相当程度知っていると思われる。
「落ち着くんだ、皆」
 “ゆっくり”化した同胞達を、わちゃわちゃと運び出そうとする隊士らに振り向きつつ。
 冴島は告げた。まだ彼らに何が起こり、自分達が何を見落としているのかも分からない。
それでも尚自分達に出来ることは、今考え得る最善手──もつれた事実の糸を一つ一つ解い
てゆく作業を怠らないこと。ただそれだけだ。
「彼らの搬送は、人手があれば何とかなる。僕から司令室(コンソール)に連絡して、寄越
して貰うよう頼んでみるよ。その間に皆は、彼らの足跡を可能な限り調べてくれ。向こうに
も、定期報告の記録は残ってるだろうけど……もっと線と線を詰める作業が必要だ」
『了解!』
 それまで狼狽えていた隊士達の目が、明らかに力強さを取り戻した。自身のデバイスを取
り出す冴島を視界に、それぞれが何人かのグループに分かれ、聞き込みや捜索の割り振りを
その場で話し合ってゆく。
「……」
 通話の向こう、拠点へとコールされる効果音を耳にしながら、冴島は直感していた。
 少なくとも只事ではない。これはアウターに起因する、何らかの力だ。


 Episode-50.Madness/捻じ伏せる、力

『やっ──』
『止めろぉぉぉぉぉぉーッ!!』
 七波沙也香の告別式に現れた、かつての召喚主・八代。
 睦月は、その人間態(すがた)を借りたD(ダイブ)・キャンサーから仲間達を逃がすべ
く、無茶を承知でドラグーンフォームに変身を試みたものの……やはり暴走を始めてしまっ
ていた。敵味方を関係なく重力波に巻き込み、更にはその大剣の刃が仁達へと迫る。
「止めて……むー君っ!」
 だがちょうど、そんな時だったのだ。暴走した睦月の振り下ろす刃、その正面にさも皆を
庇うように割って入った海沙が、自身の呼吸も整わない内から両手を広げて立ち塞がったの
である。
 全身の痛みに鞭打って。掠れながらも絞り出した声で。
 宙や仁、國子、司令室(コンソール)側の皆人ら他の仲間達も、この彼女の行動に一瞬肝
を冷やしたのだが……迫る大剣の刃はその顔面ギリギリの所で止まっていたのだ。仲間達は
勿論、当の海沙自身も、思わず目を見開いてこの急に静かになったさまを見つめる。
「──ぅ、あっ」
 震えていた。身を挺して自分を止めようとした幼馴染の姿に、紫のパワードスーツ姿の睦
月が辛うじて反応らしきものを見せたのだった。剣先が震えている。一瞬止まっていた時間
が、次第にミシミシと軋み始め、彼の中の拮抗が露わになる。
「海……沙……?」
『っ!』
 それは紛れもなく、暴走しても尚辛うじて残っていた正気であったのだ。半ば本能、条件
反射的に、大切な人を傷付けまいとしたのだろう。事実この一瞬出来た暴走の隙を、制御を
担うパンドラは見逃さなかった。
『い、今です! システム強制解除!』
 咄嗟の機転。睦月がこの時僅かでにもドラグーンフォームに呑まれていない余地を作って
くれたため、彼女もようやく介入する事が出来たのだった。EXリアナイザ越しからの叫び
と同時に、身長大の光球に包まれて睦月が元の姿に戻る。どうっと、そのまま意識を失って
崩れ落ち、仁達も半ば反射的に彼の下へと駆け出して行った。
「睦月!」
「むー君!」「睦月さん、しっかり!」
 どうやら暴走からの自滅という最悪のパターンは回避されたようだった。仁が睦月を抱き
上げて揺さ振るが、だらりと開いた口元からは息が漏れている。暴走状態から強制的に弾き
出された反動からなのか、肩で呼吸をするような荒げ具合だ。……少なくとも、死んではい
ないらしい。最初の安堵もすぐに吹き飛び、面々は何度も彼の名を呼んでその目覚めを促そ
うとする。
「……っ、はあッ!」
 ただその間に、八代ことキャンサーは隙を見て逃げ出してしまっていた。
 自身も睦月のドラグーンフォームの猛攻によってボロボロになり、自慢の硬い甲羅もあち
こちがひび割れ、砕けてしまった這う這うの体を晒して。

 そうして時は「今」へ。睦月はいつしか奇妙な夢を見ていた。
 イメージ。自分の中でゴツゴツとした、鰐(ワニ)のような人型の異形が暴れ回っている
様子が視える。四方八方へと吼え、手には無骨な大剣を握り締めて。
(これは……)
 本人に、誰かに確かめた訳でもない。しかし睦月は直感として理解していた。
 彼がクロコダイル──鰐をモチーフとしたサポートコンシェル。先程まで自分達を呑み込
んでいた、紫の強化換装(ドラグーンフォーム)の中核となる存在──。

「睦月!」
 だが垣間見れたのはそこまでだった。次の瞬間、睦月の意識は急速に、目には見えない何
かによって突き上げられていた。勢いよく浮上させられる心地を味わわされた。
「睦月!」「むー君!」「睦月さん」
「佐原、しっかりしろ!」
 仲間達が、自分を取り囲んで呼び掛けている姿がそこには在った。海沙や宙、司令官たる
親友(みなと)に國子、今回キャンサーに狙われた仁及び旧電脳研出身のメンバー達。萬波
以下研究班の面々と共に、母・香月も皆の輪の一角で、そわそわとした面持ちでこちらを見
つめている。
「…………みん、な」
 たっぷりと数拍。仲間達の表情(かお)を見返してから、睦月はそうぽつりと第一声を呟
いた。ようやく目を覚まして安堵したのだろう。皆人や國子、宙は深く息を吐いて強張った
身体を解し、海沙や香月はじんわりと目に涙を浮かべている。仁もメンバー達と一緒に、や
っと苦笑(わら)いを零していた。尤も今回に絡む事情が事情ゆえ、完全に気持を切り離せ
てはいないようだったが。
「……あのアウターは?」
「逃げられたよ。パンドラが何とか守護騎士(ヴァンガード)の変身をひっぺがして、お前
が倒れちまった隙にな」
「ぐずっ……。本当に、本当に良かったよう……!!」
「本当よ。睦月、あんたはいつもいつも無茶し過ぎなんだから!」
 下手したらあたし達も死んでたんだからね!? 実際口には出さなかったが、ぷりぷりと
怒る宙の言外には、そんな抗議が込められているように思えた。「とにかく、目が覚めて良
かった」尚も淡々と、あくまで言葉を選んだように見える皆人を筆頭に、場に集った仲間達
がめいめいに声を掛けてきてくれた。
 最早見慣れた周囲の景色──どうやら自分はあの後、司令室(コンソール)まで運ばれた
らしい。
「……ごめん。僕の所為で、皆を巻き込んで……」
「暴走、だろ? 博士から聞いた。確かにあれはすげえ力だったが……」
「うん……。大江君達は怪我してない? まだぼんやりとしてるけど、あの時僕は……」
「そりゃあ痛かったよ。肺の空気が全部出るくらいの勢い!」
「で、でもっ。すぐに浮かされたからか、思ったよりダメージは……。こっちに戻って来て
から、コンシェルさん達が治療してくれたのもあるけど……」
 酷く遅れてやって来る後悔、罪悪感と。
 睦月はおずおずと訊ね、詫びようとしたが、海沙はそんな心中を察してか何とか取り繕お
うと微笑む。苦笑いだった。「……そっか」少なからず肩を落としたまま、寝台から上半身
を起こして辺りを見渡す。あれから一体、どれくらいの時間が経ったのだろう?
『あ、謝るべきは私の方です! 危険があると分かっていても、最終的に封印(ロック)を
解除したのは私なんですから』
「パンドラ……」
 なのに、自分以上に背負い込んでいる人物がいた。相棒(かのじょ)だった。
 既に本体の入っているデバイスごとPC横の機材にセットされ、交戦当時のデータ取得が
試みられている。息子が眠っている間も、交替で作業を進めてくれていた同僚達を一瞥し、
香月は言う。
「本当に、ね……。睦月、パンドラ。私は確かに話した筈よ? 残る強化換装は、全て不完
全なままだって。リスクがあるのに話してしまった、私にも落ち度はあるけど……使うべき
じゃなかった。再封印(リロック)するから、もう二度と使わないで」
「まあまあ、香月君。そう目くじらを立てんでもいいじゃないか。今は未だ“総括”するに
は早いだろう?」
 自責の念も手伝って、彼女は今まで以上に険しい表情(かお)と声色をしていたが、他で
もない萬波がこれを宥め出した。
 結果オーライではあるが、実際あの時ドラグーンフォームを使わなければ、キャンサーの
猛攻を退けられなかったであろうこと。少なくとも奴の能力に対し、重力操作の力は非常に
有効であると証明されたこと。
「……でも、使わせたのは僕です。母さんが怒るのも当然だと思います」
「堂々巡りだな。一旦その話は置いておけ。俺は萬波主任の意見に同意する。確かにこちら
は少なからぬ損害(ダメージ)を被った。すぐ万全の態勢には戻らないだろう。だがそんな
事情を奴が──八代直也が汲んでくれる訳でもない。寧ろ好機と踏み、更に攻勢を強めてく
る可能性だってある」
 ここからは俺達の仕事だ。言って皆人は、しょぼくれる親友(むつき)に向かって数枚の
写真と書類を差し出した。彼なりの叱咤激励なのだろう。ぱちくりと目を瞬き、示されるが
ままにこれらを受け取る。
「現状、大江の証言を元に辿り直しただけではあるんだがな……。戦闘記録(ログ)が分析
出来次第、確定させる」
 それは即ち、かつての召喚主が一人にして仁達の元同胞・八代のその後を調べた結果だっ
た。旧電脳研を舞台にした海沙へのストーキング──カメレオン・アウターが倒された後、
彼は郊外へと越して行った筈だが……。
「オリジナルの八代直也は、先日から消息不明になっている」
「っ!? まさか……」
「恐らくはな。大江から聞いた話と、奴の姿を取っていた、例の蟹型アウターが既に実体化
済みだった事を考えれば」
『……』
 睦月や仁、仲間達が思わず押し黙る。何も無事でいてくれと願った人物ではなかったとし
ても、一度は関わり合いになった相手だ。結局学園(コクガク)から追い出したような結果
の末に、奴らの餌食になった──またしても改造リアナイザに手を出したとなれば、一抹の
後悔が浮かんできても不思議ではないだろう。
「これから暫く、奴を警戒してくれ。七波由香の一件があった後すぐで申し訳ないが……」
「……仕方ねえよ。これはある意味、旧電脳研(おれたち)の不始末だ」
「何より相手は、あの“合成”された個体ですからね。野放しにしておけないことには変わ
りません」
 うむ。険しい面持ちになる仁と、國子。面々の使命感ある快諾に皆人は小さく頷く。少な
くとも主力である睦月が、暴走の反動から回復するには時間が掛かる。それまではなるべく
敵に襲わせないように立ち回り、且つその“潜る”能力への対策を練らなければならない。
「睦月。お前はとにかく安静にしていろ。もう無茶だけはするな」
「うん……」
 最後にちらっと横目に。司令官にして親友からの指示(ひとこと)。
 だが当の睦月本人は、か細く頷いたようで何処か違っていた。まるで別の思案顔を浮かべ
つつあったのだった。

 ──俺は以前奴らに敗れ、屈辱を受けることを余儀なくされた。
 あの野郎。俺達と同じ側の人間の癖しやがって、変な正義感で突っかかって来やがって。
あいつが要らない勘を働かせなきゃ、今頃俺は欲しかった女が手に入っていたんだ。もう人
ごみの向こうから指を咥えて見ているだけじゃない、一歩も二歩も進んだ勝ち組に……。
 そんな俺の欲望にぴったりな相棒が倒され、俺自身もポリ公の厄介になった。親父やお袋
も、付き合いのある親戚も、俺のことを穢れの塊のように扱い始め……やがて逃げるように
郊外へ引っ越すことになった。お前のせいで、もう此処では暮らせないんだと。
 ふざけるな。
 要は奴らが勝ったから、良いように俺を追い落としただけじゃないか。
 ……いや、ただ単にそれだけならまだマシだったのかもしれない。勝った奴が大半を分捕
って、負けた奴は残りをひっそりと突いて暮らす。飛鳥崎──あちこちの集積都市やらこの
国は、今やそういう時代だ。割り切ってしまえば新天地でも何とかなる。
 なのにあいつは……しれっと彼女の隣に立っていたんだ。俺だけを除け者にして、自分達
だけが正しいんだと言わんばかりに、いつの間にかお近付きになっていやがったんだ。
 忘れる訳がない。例の中央署の一件の後、ネットに出回った映像に奴らが映っていた。全
員が全員、見覚えのあるパワードスーツ姿だったり、コンシェルだったり。外野には分から
んだろうが、俺にはすぐに奴らだと解った。後々で国のお偉いさんが話していたように、奴
らは文字通り“正義の味方”に祀り上げられていたんだ。元を辿れば同じ力だろうに、俺達
の方だけがさも悪いみたいな風潮で。
 ふざけるな!
 俺はただ……望みを叶えたかっただけだ。近付きたかっただけだ。それを何故、俺じゃな
くてお前らが果たしてやがる? 意味がねぇんだよ。他人に果たして貰っても、俺は全然満
たされねえ。日に日に膨らんでゆくのは寧ろ、煮え滾るような怒りばかりだったんだ。
 だから再び例のリアナイザに手を出したのも、俺にとっては必然の流れですらあった。

『──なるほど。その為に力が欲しい、と……。ならば君にとっておきの方法がある』

 原典(オリジナル)の記憶はここまでだ。俺達は程なくして、とある人物が率いる一団と
相見えることになった。八代直也のギラついた欲望を聞き入れた彼は、そうにこやかな笑み
を浮かべつつもそう提案する。
 というのも、俺達はここで“一つになった”だからだ。正直俺自身、原典(オリジナル)
が最期に見た記憶が混在して分かり辛くなっている。
 ストレージに残っているのは、手術台や機材に囲まれた青白い部屋と、片手だけがプラグ
のようになった彼の姿だった。迸る金色の電流と、全身を無数の粒子に分解された俺達二人
は、気付けば一つの個体になっていた。原典(オリジナル)の八代直也は消え去り、自分が
進化を果たす為の純粋なエネルギーとなった。痛みは途轍もないものだったが、いざ終わっ
てしまえば呆気ないという感慨さえあった。
 俺は訊ねた。生身の人間を消してしまってよかったのか? ただでさえ連中は、細かな不
自然一つにもねちねち食らい付いて来る……。
 彼は答えた。問題ない。元よりあの人間は、君を完成させる為の駒でしかないのだから。
 ……ならいいんだが。事実俺の周りには同じように、既に“分解”の進む同胞達が硝子の
向こうに詰められていて──。

「はあっ、はあっ、はあッ、ハアッ……!!」
 仁から睦月、守護騎士(ヴァンガード)へ。自らへと相対する敵が変わってこれを迎え撃
とうとしたキャンサーは、思いもよらぬ反撃を貰い、息を荒げながら逃走していた。
「畜生、あんな奴聞いてねえぞ……!」
 八代直也──人間態の姿に戻り、苦悶の表情で胸元を押さえながら。
 最初こそ大江仁こと、グレートデュークを相手に一方的な展開を維持していたものの、途
中で現れた守護騎士(ヴァンガード)に全てをひっくり返されてしまった。
 堅いが重い奴との相性は想定していたが、あの姿は何なんだ……? 聞いた事もないし、
見せて貰った記憶もない。
 重力(あれ)は……拙い。
 何より自分の能力との相性が悪過ぎる。どうやら奴本人も、ろくに制御出来ていないのが
幸いであったが、それがいつまで続くとも限らない。何とか一人に、他の連中と引き離せは
しないものだろうか……?
(うん?)
 ちょうどそんな時である。ふとキャンサーが小走りで進む雑木林の一角から、スッと音も
なく知った人影が姿を現したのだ。
 勇だった。瀬古勇──“蝕卓(ファミリー)”七席が一人、エンヴィー。シン直属の部下
達の中で、唯一生身の人間という珍しい幹部である。
「おっと……。誰かと思えば、七席の一人じゃないッスか。どうしたんです? こんな枯れ
木ばかりの場所に。俺に何が用でもあるんですか?」
「……あいつに、守護騎士(ヴァンガード)に手を出すな。あいつは本来、俺の獲物だ。尤
もお前自身の標的(ターゲット)はまた違うようだが」
 木の陰からそっと現れた勇は、そうたっぷりと間を置いてキャンサーを睨みつつ答える。
彼もキャンサーと同様、七波沙也香の葬儀を遠巻きに見物していたのだ。
 そこへ同じく同胞らしき個体が睦月達を誘き出し、戦っていたさまを確認したからこその
警告だったのだが──。
「へっ。失敗続きの七席様が、あいつを倒せるとでも? 悪いが俺は、あんたの指図は受け
ないぜ? 別にそういう指令が下っている訳じゃあないんだろう?」
 なのにキャンサーは敢えて、そう挑発するように嘲笑いと侮蔑を返した。あくまで淡々と
静かに告げていた勇が、ビキッと眉間の皺を深くして殺気を強める。夜闇が深まりつつある
森の中。互いの間に空いた距離が、そのまま両者の隔たりとなっていた。
「あんたも知ってるんだろう? 中央署の一件以来、あんたとは別の刺客達が何度か放たれ
てる。あの葬式に出てた娘だ。……いいのかねえ? こんな所で油売ってて。そもそも俺は
シンの召集を受けた“あの方”達から生まれた。あんたら七席はもう古いんだよぉ!」
 自身が守護騎士(ヴァンガード)にボコボコにされ、鬱憤が溜まっていたからなのかもし
れない。そんな彼を、多かれ少なかれ今まで倒せずに放っておいた勇に、キャンサーは逆に
恨み節に似た口撃を送ったのだ。「貴様……!」懐から黒いリアナイザを取り出し、勇も怒
りも露わに制裁を加えようとする。
『DUSTER MODE』
 或いは勇の側も自身への侮辱──以上に、プライドらに見捨てられつつある現状を看破さ
れたと感じたのだろうか。銃底を素早く二度ノックし、生身のまま拳鍔(ダスター)形態の
黒いリアナイザで殴り掛かる。
「おっと……!」
 しかしこれを、キャンサーは咄嗟に大きく後ろに跳んでかわしていた。同時に手近な木陰
へと何度も身を隠しながら距離を取り直し、やがて彼の視界から完全に──すたこらさっさ
と逃げおおせてしまう。
「……チッ」
 一人取り残され、誰にも気付かれぬまま、勇は小さく舌打ちするしかない。


 七波沙也香の告別式から数日。
 学園(コクガク)の保健室で、養護教諭でもあり対策チーム所属のカウンセラーでもある
忍は、引き続き由香の様子を陰ながら観察していた。間仕切りとカーテンの向こうで、彼女
は今日も黙々と自習に勤しんでいる。
(ふ~む……?)
 しかし妙だ。忍は一目見た瞬間からそう、違和感を覚えていたのだった。
 何と言うか……以前とはどうにも様子が違う。確かに彼女は戻って来たが、先日母親が殺
された例の事件を境に、瞳にある種の強さが宿ったように思う。何かしらの“覚悟”を決め
た後のように思う。
 但し、彼女が宿したらしいのは──あまり良くない方向でのそれだ。あくまで状況証拠、
自身の経験と勘がそう告げているに過ぎないのだが。
 ……まぁ無理もない。実の母親が命を奪われたのだ。凶行に及んだ犯人があの瀬古勇、彼
女個人としては変な肩入れをしていた分、受けたショックも大きいのだろう。葬儀での様子
も人伝に聞いたが、焦燥しない方がおかしい。たとえミサイルとストライクの投打、自身に
向けられた刺客達の所為で、ちょうど母子(おやこ)仲が悪くなっていた折だとしても。
(それにしたって、色々分からない事が多過ぎるねえ。立場上、私が直接訊ねる訳にもいか
ないしさ……)
 司令室(コンソール)からの報告では、事件後逃走した彼女を保護したのは、何故か筧兵
悟だったという。
 本当に単なる偶然だったのだろうか? 彼が郊外から市内に戻って来つつあった。一応そ
んな旨は、冴島隊が少し前に報せてきていたようだが……。
 少なくとも彼女自身は、自分達よりも彼を“信頼”できる相手だと認識した。期せずして
か否か再会した後、父親の下まで無事送り届けられている。
 ただそうなると……当の筧にまつわる現状が一層不可解なものになる。何でも彼の監視・
警護に就いていた同隊の一部が、今まで見たこともない異常に罹って行動不能になっている
らしい。一体全体、何があったというのか?
 医学に携わる者として、正直興味をそそられはするものの……直接足を運びに行けないの
が残念だった。彼女へのケアは勿論、普段の養護教諭としての務めも果たさねばならない。
(……我ながら、困ったモンだよ)
 そう声もなく肩をすぼめ、小さく嘆息をつく。
 忍は内心、柄にもなくブレる自身の感情に少々戸惑っていた。外見上の振る舞いはあくま
でクールそのものだが、思案すればするほど疑問は増える。直接対アウターとの戦い、その
最前線に立っている訳ではない以上、頭の中で組み上がるイメージはあくまでイメージに過
ぎなかった。
 折角こちらへの転入後、担当として彼女のケアに関わるようになったというのに。彼女と
いう人間について、少しずつ解りかけてきたというのに……。
 十中八九、これを俗に情と呼ぶのだろう。迷いは一応自覚している。
 チームの一員として任務はこなすが、それ以上に自分は、一人の保健従事者として彼女を
援けたいと思うようになっていたのだから。前向きに捉えれば、これも越境種(アウター)
という、埒外の存在が絡むからこその経験……なのかもしれないが。
「──」
 嫌な予感がする。カリカリと間仕切りの向こうから、彼女が時折ペンを走らせている音や
息遣いが聞こえていた。
 この時忍には、少女が何故そんな変化を見せ始めたのか知る由もなかった。カーテンと併
せて遮られ、こちらが見えていないのを確認してから、そっと自身のデバイスを取り出すと
定期報告の文面を打ってゆく。

「ん~♪ うんめぇ~!!」
「流石はプロだなあ。天ヶ洲お前、毎日こんな美味いモン食ってるのか……?」
 ちょうど同じ頃、その日の夜。
 海沙や宙、仁以下旧電脳研メンバーの隊士達は、昼間の営業を終えた『ばーりとぅ堂』に
集まっていた。要するに宴会である。
 宙の両親たる輝・翔子と、海沙の両親たる定之・亜里沙も加わって、この日皆で会食イベ
ントが開かれていたのだった。普段等間隔に置いてある大テーブルを寄せて、輝が用意して
くれたオードブルを一心不乱に頬張る。
「はは、嬉しいねえ。いい食いっぷりだ。多めに作ってあるからたんと食べな」
「ふふっ。本当、こんなにお友達が増えてるなんて……。出来れば香月さんと睦月君にも食
べて欲しかったけれど」
 エプロンを引っ掛けて豪快に笑う輝と、気持ちしんみりとした微笑の翔子。
 先日から睦月の姿が見えない、学園も休んでいるのは、ここ暫く忙しさを増す母・香月を
手伝う為。買い出しを含めて、その配達も兼ねて向こうに泊まり込んでいるから──。
 言わずもがな、それらは海沙や宙達が彼らについた嘘である。キャンサーとの戦いの後、
今も未だ司令室(コンソール)で休養中の本人の辻褄合わせの為、皆で口裏を合わせた方便
だった。
 確かにその一環で、このような会食を開いたという面もあるのだが……。
「二人の分は、私達で取っておくわ。また睦月君が戻って来たら、渡しておいてくれる?」
「う、うん。それは構わないけど……」
 されど当の両親達は、そんな娘らの報告を怪しむ様子などない。こと香月の職業柄、泊ま
り込みで仕事に没頭しているという例は、これまでも少なくなかった。息子・睦月もそんな
母の背中を見ながら育ってきたからか、構ってくれないとグレるよりは寧ろ積極的にこれを
手伝おうとさえする。良い母子(おやこ)だとの認識がある。
「まあ、無理もないんでしょうけれど。今は香月さん達も大変でしょうし……」
 母・亜里沙にそうタッパーを片手に頼まれて、海沙が訥々と承諾する。肉や魚、サラダに
飲み物と、次々に口に放り込んでゆく仁達を甲斐甲斐しく世話しながら、翔子はその苦笑い
を隠せない。
 先の中央署の一件を経て、彼女らを含めた市民の間にも、アウターこと電脳生命体の存在
は随分と認知されてきて久しい。だがそれ故に、そんな怪物達の苗床とされる違法改造のリ
アナイザ──ひいてはコンシェルそのものに対し、過度な怖れを抱くという向きも出始めて
いた。コンシェル開発の権威でもある香月にとっては、仕事へのダメージも大きかろう。
「むぐ……。まあ、そうッスね」
「宙。TA(テイムアタック)だっけか? 当分遊ぶのは控えろよ? この前もそこのお偉
いさんが、自主回収するとか何とか言ってたろ」
「ああ、はい。H&D社ですね」
「分かってるよ~。今は何かと目立っちゃうからねえ……」
「大丈夫ッスよ、親父さん」
「ゲームなら他にもありますから」
 もきゅもきゅと料理を頬張りつつ、そう仁や旧電脳研のメンバー達が、輝にそう努めて笑
みと共に言う。「……そっか」数拍間が空いたが、対する彼はまだ正直心配しているようだ
った。無理もない。娘の横で、それまで寡黙に飲んでいた定之が続ける。
「……私達の職場にも、近頃は自分のコンシェルを汎用型にしてくれと頼みに来る市民が増
えた。コンシェル達全てが怪物になる訳ではないが、やはり不安なのだろう」
「うちの部署は、そもそも管轄外なんですけどね……」
 あはは。そう呟いた夫の隣で、亜里沙も思わず苦笑いを零す。二人は飛鳥崎市役所に勤め
る公務員だ。なるべくあっさりとした言い方で済ませようとしているが、それだけ人々の間
に、コンシェルへの警戒心が醸成されつつあるのだろう。
「気持ちは分からんでもないがな。ただ流石に、掌を返し過ぎじゃねえかね?」
「独自型イコール、怪物化しかねないというイメージなのだろう。利便性かリスクか。どち
らを取るかの問題だ」
「香月さんって人がいるから、私達も贔屓目に見てるのかもしれないけどねえ……。でも宙
や海沙ちゃんだって、そのゲームがあったからこうして大江君達とも仲良くなれた訳でしょ
う? 部活まで作った訳じゃない。良くも悪くも結局使う人次第だと思うのよねえ……」
 酒の勢い、或いは翔子の言うように、香月という共通の隣人・友人が関わっている私情が
多分に影響しているのか。
 少なくとも輝達は、巷に広がりつつある空気──偏見には大よそ懐疑的だった。娘達が、
根っこは同じ技術のゲームを通じて交友を深めてきたことにも好意的で、即ちその価値判断
の基本には彼女らが幸福になれるか否かが貫かれている。
 但し……実際問題として、先の中央署の一件以来、街は何かと物騒になった。いや、本当
はもっと前々からその兆しは潜んでいたのだろう。原因はどちらにせよ、政府も公式に認め
た例の怪物・電脳生命体とやらにある。
「だけど状況が状況だし、宙も海沙ちゃん達も遊び回るのは程々にね? 睦月君にも、行き
帰りは十分に気を付けてって言っておいて?」
「は、はいっ」
「分かってるよ~。無茶はしないってば~」
 そうした話の流れの中、改めて釘を刺してくる翔子、及び身近な大人達。
 海沙や宙はそれぞれ、緊張や苦笑でいなしつつ答えていた。仁らもコクッと力強く頷き、
二人を守ってみせると誓う。
「……」
 ただそんな中、定之はじっとグラスを片手に黙したまま、密かに彼女らを見つめていた。
尤もこの時は他に誰一人として、その眼差しに気付く事はなかったのだが。

 散々飲んで、食べて笑って。
 宴会もお開きになり、仁は『ばーりとぅ堂』を後にしていた。旧電脳研メンバーの隊士達
とも一人また一人と道中で別れ、淡い月明かりの下、独り帰宅の途に就く。
「……ふぅ」
 暴動状態で被ったダメージ回復の為、佐原が出張れないこの数日の間、自分達は陰山隊と
交替しつつ海沙さん(と天ヶ洲)を守ってきた。なるべく近くに居ようとしてきた。
 とはいえ、二十四時間ずっとは流石に二人のご両親に怪しまれるし、何より秘密──アウ
ターどもと戦っているのが、他でもない自分達だと知られる訳にはいかない。
 先ずは攻めさせないことだ。俺達が居ると警戒されることだ。
 キャンサーもとい八代は、また海沙さんを狙ってくるかもしれない。あの時は散々迷惑を
掛けてしまったが……今は違う。奴が再び現れた事、その執念を知り、隊の皆も全面的に協
力してくれている。今度こそ、守ってみせる……。
(八代……)
 一方で仁は思っていた。当の本人は死んだらしいというのに、何故自分達は尚も奴の陰に
怯えなければならないのか?
 あいつを一人排除(パージ)したから? いや、そもそも切欠は本人の自業自得な訳で。
海沙さんのファンとして、許されぬ事をやらかしたのだから。
 確かに結果、あの事件を境に、自分達は彼女と“お近付き”になれたものの……。
「──よう」
「!?」
 ちょうど、そんな時だったのだ。どうにも釈然としない、未だ自分の中で割り切れない思
いが残っている事に苦しみながら歩く仁の行く手に、スッと八代──人間態のキャンサーが
姿を見せたのだ。
 思わず足を止めて、身体を強張らせる。懐の調律リアナイザに手を掛ける。
 何で奴が此処に? いや、俺達を狙っているのは分かっていたが、何故海沙さんではなく
こっちに……?
「待ってたぜ。てめぇが一人になるこの時をよお」
 だがその内心で渦巻いた疑問は、他でもないキャンサー自身が答えてくれた。暗くギラつ
いた憎悪の眼差しでこちらを睨み付け、彼は人気のない夜の住宅街に咆える。
「何で……」
「何で? はっ! そうかよそうかよ。やっぱりてめぇはいけ好かねえ野郎なんだな……。
煩ぇんだよ、頭の中でガンガン響いて煩ぇんだよ! こいつの──原典(オリジナル)の八
代直也は俺にとっちゃ、あくまで進化する為の“餌”でしかなかったんだ。なのに今もしつ
こく、お前が憎い、お前が憎いって呟いてきやがる……!!」
 そう吐き捨てながら、人間態の髪を掻き毟るキャンサー。仁はそこでようやく、自分が大
変な思い違いをしていたことに気付かされたのだった。
 確かに奴の召喚主は八代だが、奴は八代自身ではない。今までが割とそういうケースが多
かったため、すっかりその前提で考えてしまっていたが……召喚主の意志や思考を、彼らが
丸々受け継ぐとは限らないのだ。
 つまり奴が自分達の前に現れたのは、自分達を狙うようになった理由は──自身の抹殺。
海沙さんではなく、他ならぬ。
 召喚主(オリジナル)が元々願っていたであろう海沙を手に入れるという欲望は、実体化
を果たしたキャンサー自身によって、かつて彼を阻んだ自分達への恨みとして変貌していた
のである。
「てめぇさえ始末すれば、俺は本当の意味で自由になれる!! 自由になれるんだ!!」
「……くっ!」
 デジタル記号の光に包まれ、本来の怪人態となるキャンサー。
 大きく跳躍してくる彼に対し、仁も自身の調律リアナイザからグレートデュークを召喚す
ると、臨戦態勢を取る。
 初撃はデュークに引っ張って貰いながら大きく横に跳び、相手の“潜行”を回避した。し
かしそれでも状況は一切改善していない。寧ろこれから──どうすれば奴の猛攻、向けられ
る剥き出しの殺意を止めることが出来るのか?
 とにかく何につけても……場所が悪過ぎる。住宅と住宅に挟まれた通り道、家屋や塀とい
った遮蔽物だらけの此処一帯では、奴の“潜る”能力は最大限に活かされてしまう。
 四方八方、足元を含めたあちこちから浮上して来るように強襲をし、すぐに壁の中へと隠
れてしまうキャンサーに、仁とデュークはまたしても苦戦を強いられた。「ちぃッ……!」
堅い防御で何とか致命傷だけは防ぎながらも、反撃すらままならぬ二人には逃げの一手しか
なかった。
 とにかく場所を移さなければならない。
 少しでも、少しでも海沙さんや、皆のいる場所から遠くへ……。
「はあっ、はあっ、はあッ!!」
 そうして仁が逃れたのは、住宅街を少し抜けた先にある公園だった。時間帯もあって、ぽ
つんと遊具が点在している他は人影はない。敷地もそこそこに広く、先程に比べれば自身を
囲む遮蔽物も大きく減っている。
「よしっ、ここなら……! デューク!!」
 するとどうだろう。仁は肩で息をする暇も惜しみ、自身のコンシェルに足元の地面を攻撃
させたのだった。ガガンッと突撃槍(ランス)の穂先が円を描くように土埃を舞い上げ、辺
りの視界を曇らせる。
 更にその直後、仁はデュークを鉄白馬形態(チャリオットモード)に変えて跳躍──自身
もろとも大きく空中へと飛び出した。
「……よし。これで何処から襲って来ても、すぐに判る……」
 先日の初戦の後、皆人からレクチャーされた対抗策だった。防御に厚い分、機動力に劣る
デュークが再びキャンサーに襲われた際、少しでも反撃の体勢を整えられるようにと予め備
えてあったのだ。
 如何せん間に合わせの、付け焼刃の策ではあるが……なるほどと仁は思う。
 これなら奴の飛び出してくる位置も、土煙の変化で逸早く察知することが出来るし、何よ
り遮蔽物のない空中に跳べばこちらへの動線も限られる。
『なるほどな。俺対策か』
『だが俺も、同じように考えてはいたんだぜ? お前を……確実に殺る為になあ!』
 何ッ!? だが仁の取った行動は、結果として自らの首を絞める行為になってしまった。
土煙の中から如何来る? そう眼下にばかり注意を向けていた仁は、肝心のキャンサーが今
何処に潜んでいるかを見落としていたのだ。
「──捕まえた」
「?! くっ、お前、デュークの中に……!!」
 鉄白馬の巨体、チャリオットの表面から、キャンサーはにゅるりと現れた。仁は思わず戦
慄しながら振り向く。盲点だった。こいつ……俺が煙幕を張った瞬間に、デュークの身体ン
中に“潜って”逃れやがった!!
 先読みされていた。空中について来られてちゃあ、逆にこっちが逃げ場がない……。
「落っこちても俺は“潜れば”何とでもなる。だがお前は違うだろう? このまま地面にぶ
ち当たって、挽肉になって死ねぇぇぇぇーッ!!」
「畜……生ォォォォォォォーッ!!」
 動きはさながら、ジャーマンスープレックスの如く。
 キャンサーはチャリオットの巨体から浮上して来るや否や、背後から仁の身体に両腕を回
すと、そのまま地上に向けて飛び降りた。高度と頭を下にされた状態。加速度もついて衝撃
は相当のものとなるだろう。彼の言葉通り地面へと叩き付けられて、このままでは確実に殺
される。
 仁は叫んでいた。悔しさに絶叫していた。
 相手は怪人(アウター)、こちらは生身の人間。腕力でも適う筈がない。急いでデューク
を戻そうとするが、間に合わない。そもそも飛行能力がある訳でもない相棒に、どう自分を
キャッチさせようというのか? 寧ろ堅固さが災いし、どのみち勢いを殺せずに死ぬんでは
なかろうか?
(海沙さん、皆……。佐原、三条、陰山……。親父、お袋、姉貴……ごめん……)
 どんどん増してゆく風圧と、近付く自らの死。
 最期が迫るその瞬間、仁はいよいよ覚悟を決めていた。大切な人と仲間達、いつしか疎遠
になってしまった家族の姿が脳裏に浮かび、心の中で詫びの言葉が紡がれ──。
『……??』
 しかしその死(とき)は訪れなかったのだ。ぶつかる! 肌感覚でそう思った刹那、彼の
身体はふわっと何者かの力に包まれて“浮いて”いたのだった。彼を羽交い締めにして叩き
付けようとしていたキャンサーも、戸惑ったように辺りを見渡している。
『──』
 睦月だった。
 二人の前に現れたのは、見覚えのある紫のパワードスーツ。大剣を肩に担いでこちらに片
掌をかざしつつ立っている、睦月ことドラグーンフォームの姿だったのである。


「!? 守護騎士(ヴァンガード)……ッ!!」
「さ、佐原。まさかお前……」
 思いもしなかった人物の救援に、キャンサーと仁、それぞれが目を見開いて驚いていた。
背後で追いついて来たデュークが、鎧騎士姿に戻って着地する。
 つい先日の出来事がどうしても記憶にあるものだから、二人は共に警戒していた。同じ事
が再び繰り返されるのではないかと危惧した。
 何でお前が? 回復が終わって駆け付けて来たってのか?
 いや、だからってそれは拙いだろう。未だそいつは……。
「馬鹿野郎! 止めろ! また暴走しちまうぞ!」
「──大丈夫。もう“原因”は潰してきたから」
『えっ?』
 にも拘らずである。次の瞬間、睦月は何故か“落ち着いた声色”で応えてきたのだった。
仁もキャンサーも、声を揃えて言葉を途切れさせる。
 紫のパワードスーツの下で、笑みさえ零しているような姿が想像できた。少なくともあの
時のような、理性を失った暴走状態ではなくなっているらしい。

『──じゃあ、召喚する(よぶ)よ』
 時は少し遡って、司令室(コンソール)。ある程度動けるぐらいまで回復した睦月は、皆
人達に頼んで併設の訓練空間を使わせて貰っていた。丈夫な硝子壁越しに母・香月を含めた
面々が、心配そうに見守っている。『や、やっぱり止めておいた方が……』通信からそう再
三の制止が試みられたが、当人の意志は固い。
『は、はい。いつでもオッケーです。……危なくなったら、こちらで強制封印(リロック)
しますからね?』
 手に握るEXリアナイザの中で、パンドラが言った。皆人や香月、萬波ら壁向こうの面々
と同様、彼女も主たる睦月を心配している。言葉なくコクリと、彼は静かな笑みを返して頷
いた。
『SUMMON』
『GRAVITY THE CROCODILE』
 召喚したのは、他でもないクロコダイル・コンシェル本人だった。今度は強化換装のいち
パーツとしてではなく、自らと向き合う為に。
 EXリアナイザの銃口から、紫の光球として飛び出してきた彼は、何時ぞやの夢の時と同
じく無骨な大剣を肩に担いでいた。二足歩行の鰐型の怪人──自身を直接召喚してきた睦月
を見て、ニヤリと邪悪な嗤いを浮かべる。
『おうおうおう! この俺様をご指名かあ? 一体何の用だあ? ……ってのは茶番だな。
俺もそん中で聞いてたからな。この俺を、改めて従えようとは』
 ピッと大剣の切っ先を向け、睦月の握るEXリアナイザを指し示すクロコダイル。
 それが今回、彼を直接呼び出した理由だった。睦月としてはドラグーンフォームの能力、
その中核を担うこのコンシェルに真意を問い、協力してくれるよう説得する心算だった。皆
人や香月達は、あまりに無謀だと止めたのだが……。
『従えるとか従わされるとか、そういう話じゃないんだけどね。ただ先ずはどうして、君が
そこまで“暴走”してしまうのか訊きたかったんだ』
『はっ……! 前々から思ってはいたが、とんだお坊ちゃんだな。理由なんざ決まってる。
自由が欲しいからだよ! 俺達だって生きてるんだ、意思がある! 調律だの何だので縛る
なってんだ! お前らの都合で使われるなんて、まっぴらごめんなんだよ!!』
 両手を大きく広げ、ここぞと言わんばかりに主張。クロコダイルはその凶暴さを隠そうと
もせずに、訊ねてくる睦月を小馬鹿にさえして叫んだ。硝子壁の向こうでそわそわと、母・
香月や萬波らが成り行きを見守っている。皆人も皆人で、対策チームの司令官として今回の
問答を終結させる必要があった。
『……自由、か。自分勝手と一緒にするなよ。“思うままに振る舞う”ことが、どれだけ罪
深いことなのか、君だって今まで散々見てきた筈じゃないか!』
 ただ激しく主張──感情を昂らせたのは、睦月とて同じだった。これまでのアウター達と
の戦いを踏まえ、誰よりもその弊害と果ての悲劇を知っている心算だった。
『自分さえよければいい。そんな考えがあることで、そんな考えで行動することで、これま
でどれだけ多くの人達を巻き込んだと思ってる? 傷付けたと思ってる!? ……認める訳
にはいかない。君達と同じコンシェルで且つ、あんな“暴走”するような奴らを、解き放つ
訳にはいかない……!』
 出来れば“説得”して丸く収めたかった。戦わずに済むならそれに越した事はなかった。
 五月蠅え!! だがそんな思惑も、対するクロコダイルが憤怒と共に一蹴したことで、案
の定上手くはいなかった。『やっぱり、力で黙らせるしか……』EXリアナイザを静かに持
ち上げ、睦月は忌々しく呟く。デバイス内のパンドラや皆人達も、避けられない衝突に複雑
な心境であるらしかった。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 白亜のパワードスーツ、守護騎士(ヴァンガード)姿になり、睦月は迎撃態勢に入る。大
剣を振り上げ、クロコダイルが咆哮を上げつつ迫って来た。剣戟モードを選択し、直前現れ
たエネルギーの刃でこれを受け止める。
『ぐっ……!?』
『ふははははははは!! その程度の力で、俺に勝てるとでも思ってたのかよ? 俺達の力
がなきゃあ、ろくにダメージも与えられないような癖してよお!』
 ただ最初から、戦況は明らかにこちらが不利だった。大剣と細長めの片刃剣という形状の
問題ではない。備えているパワー、膂力自体が違い過ぎた。クロコダイルにぐいぐいと押さ
れ、睦月は次々に斬撃を打ち込まれる。パワードスーツがその度に、激しく火花を散らして
悲鳴を上げた。
『があっ……!!』
『む、無理です、マスター! コンシェル達を追加してください! 私のベースフォームだ
けじゃあ、彼には勝てません!』
『……駄目だ。皆の力を借りるんじゃなく、自分の手をこいつを倒さなきゃ、僕の言葉に説
得力なんか付かないだろう……?』
 にも拘らず、睦月は意地でも他のサポートコンシェル達を使おうとはしない。パンドラが
再三進言するが、あくまでそう主張して譲らなかった。斬撃や蹴り、突進を受けつつ何度も
弾かれて、それでも尚クロコダイルを破ろうと立ち向かう。
『睦月!』『睦月君!』
『もういい、止せ! 戦闘を中止しろ!』
 ヒャッハァァァーッ!! 鉄塊のような大剣を引っ下げ、クロコダイルが嬉々として追撃
を仕掛けてくる。攻勢を弱めることをしない。
 ふらつき、すぐ目の前に刃を大きく振り被る彼の姿が映った。打ち込まれ過ぎて見上げる
反応さえ遅れる中、クロコダイルは容赦なくその一撃を叩き下ろした。『死ねぇぇッ!!』
一際激しく大きな火花が、守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月にヒットした。皆人や香月、
萬波、硝子壁越しの面々も蒼褪めた様子でこれを目の当たりにする。
『……あん?』
 だが倒れてはいなかったのだ。受けた重量で片膝こそついていたものの、睦月はクロコダ
イルが放ったこの一撃を、文字通り身をもって受け止めていたのだった。振り下ろした格好
のまま、怪訝に動きを止めた一瞬の隙を狙い、睦月はと彼の両手を握られた柄ごと鷲掴みに
する。
『……バカスカ撃ち過ぎだ。もっと考えるんだな』
 しまっ──! クロコダイルが危険を感じたものの、もう遅かった。ナックル! 睦月は
自ら至近距離まで相手を踏み込ませると、空いていたもう片方の手でEXリアナイザに武装
をコール。基本装備の中で最も破壊力のある一撃を叩き込む。
 銃口を中心としたエネルギー球が、メキメキと浅黒いクロコダイルの身体にめり込みなが
ら、その持ち前の反発力でダメージを植え付けた。慌てて身を捩って回避しようにも、睦月
の側が得物の大剣ごとこちらを捉えてしまっているため、思うように逃げられない。
『アガガガッ!? ガァァァァァァァーッ!!』
 無理矢理な力の拮抗。ややあって両者の身体は弾かれ合い、クロコダイルも訓練空間の端
まで大きく吹き飛ぶ。自重と間合いを完全に無視していた猛攻が祟り、壁に叩き付けられた
その姿は明らかにダウンしていた。
 たっぷりと十数秒息を整えてから、ボロボロの睦月がゆっくりと彼の下へ歩み寄る。
『……僕の、勝ちだ』
『はあっ、はあっ、はあッ!! 畜生。まさか、こんなモヤシに負けるなんざ……』
 硝子壁の向こうでも、皆人や香月達が騒然としていた。互いに顔を見合わせ、まさかの結
果に少なからず驚いているようだった。息を切らしてその場に仰向けになっている、クロコ
ダイルを見下ろして睦月は言う。
『確かに僕一人じゃあ、これからのアウター達には敵わないかもしれない。でも僕と一緒に
いれば、君の鬱憤も“正義”と共に発散できるかもしれないんだよ。少なくとも、それが僕
達対策チームの戦いだから。こんなことをしていてもいい、方便があるんだから』
『……』
 クロコダイルは暫く黙っていた。起き上がるでもなく、即座に反論する訳でもなく。
 ただじっと、睦月の放った言葉を噛み砕いているかのように見えた。尤もそれはお世辞に
も、清く正しい理念などではなかったが……。
『……いいぜ。そこまで言うんなら力を貸してやる。力ずくで止められちまった手前、分が
あるのはてめぇの方だ。……全くよう。偽善者ぶりやがって……』
 乾いた笑い。静かにこれを見下ろしている睦月と、一体どちらが“人間”だと言えるのだ
ろうか? まぁいいさ。暴れられるなら。最後の最後まで、クロコダイルはその悪態を睦月
に向け続けていた。
『だが勝てよ。俺達の力を使っておいて、くたばったら承知しねえぞ──』

『クロコダイル・コンシェルは正式に支配下に置かれた。今度こそ、奴を倒す!』
「勿論。行くよ……パンドラ」
『はいっ!』
 かくして戦況は今に至る。復帰の支度を進めていた折、仁のデュークとキャンサーの反応
が現れたため、急ぎ司令室(コンソール)から駆け付けて来たという訳だ。通信越しの皆人
達の声に、睦月はあくまで物静かなテンション。EXリアナイザ内のパンドラも油断なく、
一度は逃げられたこの相手と対峙する。
「チッ……あの時とは違うって訳か。だがどうする? 見ての通り大江は俺の──」
 両手の鋏で仁を捉え、睦月とデュークを牽制しようとしたキャンサー。
 しかし彼がそう台詞を吐き切る前に、他ならぬ睦月の姿は消えていた。紫の強化換装、ド
ラグーンフォームを真に使いこなせるようになった守護騎士(ヴァンガード)が、気付けば
すぐ目の前まで肉薄していたのである。重量操作の能力を応用し、自身を瞬間的に軽くして
いたのだ。
「ごばっ?!」
 キャンサーがそう理解した時には、既に遅し。睦月は大剣の柄をピンポイントで彼の顔面
に叩き込み、これを仁から引き離した。盛大に吹き飛ばされて地面に“潜り”つつ転がり、
のたうち回る。デュークが主の手を引いて起き上がらせる隣で、睦月はパワードスーツの下
からキャンサーを睨んでいた。腰のEXリアナイザを引き抜いて持ち上げ、叫ぶ。
「お前は仲間を傷付けた。何より海沙を、再び脅かすのなら容赦しない……。キャンサー、
お前は僕の“敵”だ! チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
 頬元に近付けたEXリアナイザから返ってくる電子音声に、睦月は大剣の握り部分に用意
されていたくぼみへこれを嵌め込んだ。大剣やパワードスーツの全身から迸るエネルギーと
共にゆっくりと切っ先を向け、ふらふらと起き上がるキャンサーを狙う。蠢く濃紫の光球が
撃ち出される。
「──ッ!?」
 慌てて逃げようとしたが、追尾性もあるそれにキャンサーは逃げられなかった。背を向け
ようとする動作もままならぬ内に捉えられ、光球の中に閉じ込められる。ミシミシと、少し
ずつ小さく縮まり始めていた。それに合わせて彼の全身が、押し潰されるように圧縮されて
ゆく。
「ガッ、アガガガガガガガッ!?!?」
 更に睦月は大剣を大きく掲げ、同じく濃紫のエネルギーを纏わせ始めた。重力波を上乗せ
した巨大な斬撃である。これを睦月は、続けて駄目押しと言わんばかりに叩き付けた。二度
三度と、振り抜く勢いも活かして止めを打ち込み、はたしてキャンサーの身体は断末魔の叫
びと共に爆発四散したのであった。
「……すげぇ」
 デュークの突撃槍(ランス)さえ通らなかった甲羅も、枯葉を踏み潰すように容易く。
 この必殺の一撃に居合わせた仁は、唖然として上がった爆風を見ていた。通信越し、戦い
の一部始終を見守っていた司令室(コンソール)の皆人達も、ようやく破顔して互いにハイ
タッチなどの歓喜をみせる。
『──』
 どうっと、ややあって変身解除した睦月はその場に倒れ込んだ。ただで消耗の激しい強化
換装を、病み上がりの身体で使ったのだ。
 それでも……地面に頬をつけたその表情(かお)は、何処か穏やかに微笑(わら)ってさ
えいたかのようにも見えた。

「──“ゆっくり”にさせられて動けなくなったあ?」
 事件は、そんな激戦を終えた後に聞かされた。
 睦月と仁が司令室(コンソール)に戻って来るのを待ち、対策チームの面々を集めた皆人
は改めて報告する。先日、筧の監視と警護を任されていた冴島隊の半数ほどが、何故か当初
よりも大きく離れた路地裏の一角で見つかったのだという。
 何より奇妙だったのは……その際、冴島達が目撃した光景。
 この部下達、隊の同胞らが、何故か文字通りスローモーションでも掛けられたかのように
酷く緩慢な動きに囚われていたのだ。
「……何それ? どういうこと?」
「実際に見て貰えば分かる。出してくれ」
 仁と共々、数拍目を瞬いてから、思わず訊ね返す睦月。
 皆人もそんな面々の反応は想定済みだったようだ。すぐに制御卓に着いている職員達に指
示を出し、司令室(コンソール)内のとある部屋の様子を映させる。
「これは……大医務室だね」
「うん。前にも何度か使われてたっけ。あたし達もお世話になってるし」
「なあ、これって本当にマジなのか? 俺達を騙す為の芝居とかじゃあ……ねえよな?」
「何で三条達がそんなことするんだよ? 理由がねえだろ。理由が」
「残念ながら、事実だよ。正直僕達にも、一体何があったのか判然としない状況でね……」
 中央のディスプレイ群に映し出されていたのは、人数分の寝台に寝かされた冴島隊B班の
面々だった。こちらから見ても判るほどに、彼らは皆確かに“ゆっくり”とした動きでもが
いているように見えた。室内で対応している医務要員らと同様、この場に出席した冴島自身
も困惑の表情を浮かべている。
 睦月やパンドラも、同じく頭に浮かぶのは只々疑問符ばかりだった。
「何でまた……? 次から次に……」
『じゃあ筧刑事は今どうしてるんですか? 結局皆さんがああなって、逃げられたままなん
ですか?』
「ああ。そこなんだよ。こんな真似、十中八九アウターの仕業なんだろうが……いまいちそ
の理由が分からない」
「? 理由?」
「目的……と言った方が解り易いな。疑問点は二つ。もし犯人が始めから彼らを狙って襲撃
したのなら、何故こんな中途半端な効力を選んだのか? 確かにその動きを封じはしたが、
殺めた訳ではない。効力がいつまで続くとも限らない以上、どうしても一時的なものに過ぎ
ないんだ。もう一つはさっきパンドラも言ったように、筧刑事の行方だ。仮に犯人の目的が
同じくアウターを嗅ぎ回る者達の口封じなら、何故彼だけが現場から見つからなかったのか
説明がつかない。説得力が弱い」
 自身もまだ、色々と情報を整理している段階なのだろう。皆人は一つ二つと順番に指を立
てながら、それらを睦月達と共有するように語り始める。「確かに……」海沙や宙、仁以下
旧電脳研メンバーや他隊の隊士達も、誰からともなく互いの顔を見合わせては首を捻る。
 何とも不可解だった。状況からして、ただ単純にB班の面々を襲ったとは考え難い。
 となると、やはり時間稼ぎの線が濃厚か? 何かを隠そうと? いや、それならそもそも
不都合な人間ごと消してしまった方が確実ではないのか? 由良を含め、これまで奴らがそ
うしてきたように……。
「……とにかく、今萬波主任や香月博士達に、何とかあの効力を解除させられないか試して
貰っている。彼らが満足に動けるようになり次第、詳しい話が訊けるだろう。その前に、皆
に話しておきたかった」
 さりとて、この問題に現状大きな進展は見込めそうにはない。皆人はただ集まった睦月達
にそんな異変が起こったことだけは報告を済ませ、話題を別のそれへと切り替えた。即ちつ
い先刻まで睦月と仁が戦い、そして斃した、キャンサーについてである。
「八代直也はやはり、奴に使い潰されたようだ。それでも当の彼自身が抱いていた妄念をも
受け継いでしまったことで、大江を狙い続けた……。敵は必ずしも“新規”の存在とは限ら
ない。今回それが証明されてしまった訳だな」
『……』
 正直、暗澹とした気持だった。司令官たる皆人にそう改めて振り返られ、睦月達は思わず
口を噤んだまま押し黙る。
 理解はしていた筈なのに。
 アウターを斃したからはいお終い、とはやはりならないのだ。
「筧刑事は先日より、かつての召喚主──元被害者ないし加害者を巡る旅をしていたと聞い
ている。自覚は無かったんだろうが、その実彼の歩みは的を射ていたのかもしれないな」

 ネット空間に行き交う膨大な量の情報、玉石混合な人々の声。
 それらは日々忙しなく表れては消され、表れては消されを繰り返すものだったが……その
中に幾つか、核心に迫るものがあった。先の中央署の一件、正面広場に舞台を移して撮られ
た各種映像記録(ログ)の一部に、人々が次第に反応を寄せ始めていたのだ。
 一つは音声。声の記録(ログ)。
 守護騎士(ヴァンガード)と思われる、浮世離れしたパワードスーツ姿の人物から放たれ
ていたのは、少々くぐもった少年の声。
 知らない者は知らないが、知っている者は知っていた。更にもう一つ、何よりもこの時彼
と共に戦っていたコンシェル達──仲間と思しきその姿形と声に、覚えがあるとの証言を寄
せる者達が現れ始めていたのである。
『ああ、知ってるよ。何度か対戦したことがある。もしTA(テイムアタック)の中身と、
同(おんな)じ人間が使っていればの話だが……』
 良くも悪くも、ネット空間という広さと狭さ。
 彼らの多くは元々、件の人物達とゲームを通じて交友があった。各種サルベージされた情
報群から、その正体に勘付いてしまった者達だった。
『──大江仁の、グレートデュークだ』
『天ヶ洲宙の、Mr.カノンだ』
『同じ学園(コクガク)の……同じ部活の奴らだよ』
                                  -Episode END-

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  1. 2019/12/24(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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