日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)如何すれば前向きになれる

(師走……師走?)

秋口から続いていたお仕事側(リアルサイド)の忙しなさも、先日ようやく落ち着きをみた
状況です。年明け以降の動きがどうなるかは未だ分かりませんが、これで当面はもうちっと
創作活動にもリソースが割ける──かもしれませんφ_(¦3 」∠)_ 喉元過ぎれば何とやら。

先日、ユー録の百十一章をUPしました。今回で現行第Ⅷ部も中編までが終了、次章より終盤
へと移ります。分量としましては、推敲後時点で24200字弱──個人的な目安よりも結構多め。
中の人のシフト事情で執筆モードに掛けた日数(及び翌推敲とUP準備で実質週半分くらい)
も延びてしまいました。如何せん、場面・視点切り替えが多いと、どうにも描出が大雑把に
なりがちな気がします。まぁ元より自分の文章は硬いわ長いわなので、寧ろガッツリと意図
的に削っていった方が(相対的には)読み易くなるのでしょうけど……。

しっかしまあ……今回もごっそり費やした(´=ω=`)-3

何時ものように難産、その癖散々四苦八苦して「もう嫌だ」となった記憶も、いざ原稿が上
がってしまえば高揚に変わる。それも所詮は束の間のものだと、今までの経験で痛いほど判
っている筈なのに、止められずにいる──只の阿呆、惰性でしかないのか。それとも本当に
書きたくて仕方ないのか。

(モチベよりもノルマ的なあれが勝って久しいですし)自問してみても、あまりそうは思え
ないんですけどねえ……。リアルのお仕事でわちゃわちゃ、物理的に割り振れるキャパが足
りなかった──題材としての時事に関心を向ける暇・意義をどんどん感じなくなってゆくの
も手伝い、ここ暫くは間違いなく小説の“優先順位”が下がって来ている風に思うのです。
ただそれはそれで、今まで拙作らを追ってくれている方達には申し訳ないのですけど……悲
しいかな多分事実ではあって。
肝心(?)のクオリティに関しては、その時々でなるべく妥協しないようにはしている心算
です。というよりもこっちは趣味で書いているのだから、自分が好きで出来なきゃ、それこ
そ本当に意味が無くなりますからね……。療養ニートから(一応)社会復帰一年生。歳月と
共に自身の立ち位置が移ろってゆく中で、その紡ぎ出す文章・物語(ひいては思考)もまた
レベルアップしていれば、読者のニーズに合うか否かはあれど、問題はないのですが……。

……うーん。雑記としては二週間ぶりぐらいなんだけど、如何せん直近までの執筆モードに
て大方のエネルギーを使い果たしている(ガス欠)なモンだから、更新&近況報告の文章で
すらままらない。文面が浮かばないというのもそうですが、これといって明瞭な話題を持参
出来ている訳でもない。じゃあ書かなくても。グダるグダる……。

あ。今月後半分の長編系(サハラ~の次章)は、特に予定が捻じ込まれない限りは来週末の
土日に書き始める心算でいます。残り三回の三題と共に、今年最後の更新となりますね。


昨今のインターネッツは言わずもがな、ふと気付けば日常のリアルな観測内でも、他人個々
人における生き辛さというか、物事全般への相対し方がネガティブだなあというケースがま
ま見られるようになってきました。仕事柄、無縁である方が珍しいのでしょうけど。

或いは僕自身、以前から感じ取っていたことではあるのだと思います。ただそれを露骨に出
し過ぎると、結局の所“上から目線”でイキっているだけなんではないか? 下手に逆恨み
だって買いかねないと、普段は言葉(と態度)を選んでいる心算なのですが……。良くも悪
くも、先天的に何かしら病症を抱えている人間ではなかったものだから、こと自分のそれに
関しては究極「気の持ちよう」なんですよね……。そこまで悟る=ある種の諦めと共に暮ら
せるようになるのには、実際ここ十数年という歳月を犠牲にしたものの。

●●が不安だ。××はもう駄目だ。○○をしなければ、得なければいけない──。

自身の臥せっていた日々から一周し、ようやく遠巻きから彼らの嘆きを見つめることが出来
始めたのかな? と思います(或いは先述のように、只々半ば無意識下で相手への優越感に
浸っている=上から目線の天狗に陥っているのか)傍から見れば、そこまで必須・絶対では
ないものを、代替する術だってあろうものを、人は如何にも求め過ぎているような気がする
のです。中にはそういった行動・視野狭窄が自身を苦しめていると解っているのに、自分の
力ではどうしようも出来ない──拘りというか、依存対象になっているのかなあ? と考え
るのですよね……。なまじ自覚がある分、苦しい(勿論自覚がなくとも、周りと上手くゆか
ない現象は事実として在る訳ですから、それはそれでご本人は生き辛さを感じている)

何だろう? 治ることとは捨てること、諦めることだと僕は自身の経験から学びましたが、
一方でそれらが容易ではない現実(心理)も分かるのです。何せ同じ?ように、一度は陰鬱
の泥沼に嵌り、世界の全てを憎んでいた厨二病だった身です。諦め、捨て去ってその後、新
たに自分を支えてくれる・定義できる何かを見出してもいない内に、そういった境地に進む
のは困難を極めるでしょう。自分だって未だに、時折得体のしれないモヤモヤ、苛立ち等に
起因するのであろう衝動に襲われます。一言で“闇”と言ってしまえば確かに簡単ですが、
暗闇(生き辛さ・孤立)の中で生きる人達にとって、それは同時に縁(よすが)でさえある
のです。依存先──捨てられないもの、脅迫する価値観。過去の栄光。○○しなければなら
ないとの思いや、○○出来る筈なんだという理想。……難しくない訳ないじゃないですか。
人によってはそれが自分の「全て」なんですもの。今までの自分を作ってきた要素・属性・
記憶なのですから。こと“今”を身近な人々や世間に否定され続てきた人ならば、益々頼る
先はそれら過去、既に有るものしかなくなる。なくなってゆく。落ち着いて考えれば第三者
でも理解は出来ない訳じゃないのだけど……その人自身のキャパシティは限られている故に
『知らんがな(迷惑を被ってるのはこっちだ)』といった感慨が、反応が、つい先に出る。

だから前向きになろう──? 但し僕自身も考えなしにポジティブ教徒になる気はないし、
実際それをやっていれば、そんな手合いばかりが溢れれば「馬鹿」な社会に成るだけで。僕
が言いたいのはそうじゃなく、一旦視界狭窄から距離を置いてぐるっと現状を見渡す限り、
そうして捨てること・諦めることを覚えた方が『得だよね?』と。只々それだけの理由から
なのです。でも現実問題として、とてもとても重要なことだと考えます。自縄自縛で年単位
で苦しみ続けるデメリットも然る事ながら、場合によってはその閉じ籠もり、ないし肥大化
し歪んだ自意識の矛先が他者に向かった場合、自身だけなく他人にもそのデメリットが飛び
火しかねません。その時、果たしてどれだけの他人が、貴方(僕達)に優しくしてくれるで
しょうか? 寧ろ潮流としてはやんわりと排除の方向へ進んでゆくでしょう。事実ネット上
でもリアルでも、そうした気配は少なからず観測されています。こう言うと酷な、厳しい表
現になるのでしょうが……百パーセントの被害者も加害者も、基本は存在しないのですよ。
(薬害など、明らかに人為的ミスによる例は別として。あくまで精神衛生云々の話)

……何だろう。どうも日頃片手間に、インターネッツや各種メディアを眺めていると、皆が
皆“求めてばかり”な気がするんですよねえ。求める声、要求をする圧は大きいのだけど、
じゃあ相手方がそれをちゃんと聞いてくれる努力はしてる? と問うと割合その辺りがすっ
飛ばされているケースが多い。“私(達)は正しいのだから、貴方が従うのは当然だ”──
そりゃあそんな高圧的な態度を取られりゃ、誰だってヘソ曲げますよ。お客様は神様だって
のは誤用で、僕ら凡庸の俗世に聖人君子を求めるなんてのは無理ゲーなのです。ガチャの排
出率としては詐欺レベルの低確率。それを『間違ってる! 間違ってる!』とギャンギャン
騒ぎ立て、●●が話題になっているもとい、炎上している──厭にならない方がおかしい。

或いは逆に(寧ろ個人的には、こちらの方が深刻だとさえ感じる)もっと内向きな憎悪・嘆
きばかりを磨き続けているような人々。××はもう駄目だ。あいつは○○だから──今も昔
も、いわゆる斜に構えて世の中を見ているような、他人を冷笑(わら)うことしかしないよ
うな人達はある程度一定数居たのでしょうけど、昨今はネットやSNSの発達によりそれら
もより可視化されてきている。一昔前は居酒屋で悪酔いしつつ、管を巻くだけで済んでいた
彼らの怨嗟が、さもじわじわと社会そのものを冒してきているように思えて僕は恐ろしいの
です。上述のように、厭にもなりながら……それ以上に怖れを抱く。いち物書きだから、と
いうのは流石にこじ付けかもしれませんけど、いわゆる言霊ってのは全く無いとは思わない
んですよねえ……。日常のリアル、ミクロの視界内ですら、誰かの吐いた悪態が周囲の他人
びとをピリピリとさせる。そんな現象が仮にマクロの社会広域で常態化すれば……ただ厭だ
と、僕個人が目を背けてやり過ごすままでは変わらない。何か、何か出来なければ。

求めること、足りないと突き動かされること。それ自体には本来善も悪もない筈です。ただ
それらを、自らを高める原動力にするか、他人を責め立てる(要求する)材料にするのかで
結末は大きく違ってくるとは思いませんか? 昇華と嫉妬。極端に表現してしまえば大よそ
そんな所。無いものを求める前に、有るものを押し固める前に、自分が他人に与えることの
出来るものはないでしょうか? 捨てることで、求めないことで、解消する道はありません
か? 断捨離──テレビ等ではしばしば“他人の所有物”を捨ててスッキリ! みたいな使
われ方をするので、あまり好きな言い方ではないのですけど──結構大事ですよ。大事とい
うか、何かしらの時点でその必要性に迫られる瞬間瞬間ってのが、人それぞれに出てくるの
だと思うのです(物質的というより、精神的な拘り云々。今回の文脈からして)ただ無邪気
に能天気に……ではなく、ある意味陰鬱で心配性で、だからこそリスクを回避する。その為
の“建設的”なのです。全力で、後ろ向きに備えるのです。

或いはこういう、僕の現状の捉え方自体が、一つの“拘り”なのかもしれませんしね?
(同じように何時の日か、捨てざるを得ない瞬間が来る?)

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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