日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔111〕

 ハロルド及びリンファ──自分達を心配し、遥々捜しに来てくれた仲間が戻って来るのを
待ち、アルスとエトナは彼らと再び合流していた。一体何処に行っていたのだろう? どう
やら一旦連絡に出ていたらしい。
「お帰りなさい」
「もう大丈夫?」
「ああ、待たせたね。行こうか」
 王を失った神都(パルティノー)内部は、一見して相変わらず静まり返っているようで酷
く動揺していた。人工塔群の元から有る無機質さも手伝い、目に見えて怒りをぶちまけると
いうよりは、途方に暮れている神格種(ヘヴンズ)達の方が多かったのだ。
(……何故我々が、こやつらの案内を)
(よりにもよって、我々の領域を突破してきた者達に、このような待遇など……)
(口を慎め。聞こえるぞ。そもそも元を辿れば、ルキどもが叛乱を起こしたからで──)
 ゼクセム亡き後、一部の神々に連れられて、アルス達は再度神都(パルティノー)の奥深
くへと潜って行った。ルキ一派を退けた後、道中も彼らに不満が無い訳ではなかったが、他
ならぬ当のゼクセム自身の遺志もである。無下には出来ず、こうして一行を案内する他ない
といった様子だった。王に命じられた最後の仕事でもあった。
「……こちらです」
 途中、厳重に閉ざされた大扉が何度も立ち塞がったが、それもゼクセムから譲渡された最
高レベルの“管理者権限”が解決する。おずおずとアルスが手をかざすと、周囲の中空に数
式の羅列が浮かび上がり、歯車が一つ一つ外されるようにその封印(セキュリティー)が解
除されてゆく。そんな行程(プロセス)を幾度も繰り返した。
 はたしてその先に在ったのは──とある昇降機。
 かなり昔に造られたのか、或いは元々そういう設計なのか、外観は至極シンプルだった。
只々人を乗せて、何処かしかへ向かう為だけの手段である。案内役の神格種(ヘヴンズ)達
に促され、一行は中へと乗り込んだ。魔導らしき仕掛けも合わせた機構が軋むように駆動し
始め、延々と霊海、世界同士を隔てる壁の中を昇ってゆく。
「一体この先に、何があるっていうの……??」
 昇降機の中で、ぽつりとシンシアが誰にともなく呟く。ルイスやフィデロ、オズといった
面々も、密かな不安や緊張では等しかった。あまり変わり映えのしない周囲の景色を、忙し
なく視線を泳がせたり、茜色のランプ眼をぱちくりと点滅させている。
 いや──エトナの話などで、大よそは判っていた。
 九つの世界の天辺、始源層こと“霊界(エデン)”。全ての魂が生まれ、再び還る、この
世界の生命にとって根本的な場所と言っていい。
 魔導的な円陣が描かれた直後、一行を乗せた昇降機はその一角に現れた。足元にも広がる
白い靄を払いながら、アルス達は開かれた扉からかの地へと足を踏み入れる。
『……』
 眩い生命達の光。霊木・霊草が生い茂る神秘的な世界だった。やはり霊海の靄でその全景
を把握するのは難しいが、辺り一帯はこれらの森として覆われているらしい。
 言葉を失って辺りを見渡している間にも、精霊達が次々と生まれては魔流(ストリーム)
へと流れ、或いは留まって賑わいをみせている。良くも悪くも一行は、そんな目の前の光景
に圧倒されていた。興味深げに目を見張っている仲間達も少なくなく。
「……凄いな」
「うん。とても綺麗」
「“聖域”と称されているのも頷けるな。尤も私のような門外漢には、その価値も引き出せ
ないのだろうが」
 暫く呆然とした後、ようやく言葉を絞り出せたリカルド。小さく頷くミアやゲド、キース
といった戦士側の面々。
 一方でアルス達──魔導師側の面々は、若干その受け取った印象は違うようだ。最初に声
を漏らしたリカルドは勿論、ハロルドやアルス、エトナにシンシア以下学友達。辺りに漂う
精霊達と時折言葉を交わしながら、ことハロルドとシンシアは難しい表情を浮かべていた。
リンファやオズも、怪訝に横目を遣っている。
 一見すればとても平和な“楽園”のようでもあったが、反面浮世離れした感が著しい。
 性質上、仕方ないとはいえ……少なくともこの場所は生気が濃過ぎるのだ。
「あちらです。この聖域の、文字通り中心となります」
 すると案内役の神格種(ヘヴンズ)達がぽつっと、緊張した硬い声色で言う。
 ハロルドやアルス以下一行への警戒心も合わさっているのだろう。彼らが指し示した先に
は、森の中でも殊更巨大な、満天に光り輝く大樹がそびえていた。
「あれは……」
「“世界樹(ユグドラシィル)”です」
『“世界樹(ユグドラシィル)”?!?!』
 驚くのも無理はなかった。彼らは淡々と答えたが、それは紛れもなくこの九つの世界全て
を貫いている央域の魔流(ストリーム)──東西南北の支樹(それ)へと分岐する、文字通
り世界の軛(くびき)だ。
「我々も、普段余程の事が無ければ此処に来ることはありません」
「そもそも、その権限もありませんしね」
「事の重大さをご理解いただけましたか? ゼクセム様が貴方がたに託したというのは、そ
れだけ異例中の異例だということなのですよ」
 口々に説明というか、ほぼ後半は恨み節。
 だがそんな言葉を向けられていた当の一行、アルス自身はと言えば、実際話を半分ぐらい
にしか聞けていなかった。視界の向こう、この大樹の根元に眠る何者かの存在に気付いたか
らだ。
『──』
 とある一人の、精霊族(スピリット)の女性のようだった。
 全体的に碧色の光を湛え、ふんわりとしたローブと長髪が一際目を惹く。妙齢の背格好も
あって、母性の塊といった印象を受けた。
 ただ当の彼女をよく観てみると、その身体はこの“世界樹(ユグドラシィル)”の幹に、
何重もの文様(ルーン)帯によってぐるぐる巻きに──封印されているようだ。
(何で……こんな所に?)
 しかしその答えは程なくして知れる。案内役の神格種(ヘヴンズ)達から受けた説明もそ
こそこに、同じく大樹の根元に眠る彼女の姿を認めて、エトナとカルヴィンが驚愕の反応を
みせたのだ。「な、何!?」「どうしたの、カルヴィン……?」アルスやシンシア、自身の
契約主や仲間達の慌てた問いを受け、二人はぎゅっと一度唇を結んだ。或いは静かに鉄兜の
下で目を細め、改めて一行──立ち会うこの神格種(ヘヴンズ)達の姿も視界に捉えつつ、
答える。
「お母様……」
『えっ?』
「うむ、間違いない。あの方は我らが精霊族の始祖“マーテル”様だ」


 Tale-111.到達者達と閉ざされし魂

 煉獄第二層・紅蓮の間。
 ジークの脱出行に協力してくれた、同十六番隊隊士達と共に、ハナとヨウのクチナシ姉弟
はこの階層に収監されていた。黒い足元の石畳から噴き出す浄化の炎に茹だり、隊士達や他
の囚人らがめいめいにぐったりとしている。
 隊長達は……無事なのか? 刻一刻と魂ごと炙られながらも、頭の片隅に辛うじて残って
いたのは、そんな心配。尤も今となっては確かめる術も無いし、先ずは自分達の身を案じる
べきだというのも事実だ。このままではいずれ、その余力ごと“全て”を忘れ去ってしまう
だろうから。
(──うん?)
 だが潮目が変わり始めたのは、ちょうどそんな最中の事だった。ふとヨウの五感に、足元
からゆらゆらと昇ってくる魔流(ストリーム)らしき気配があった。
 一本や二本といったレベルじゃない。少なくとも此処に漂っているものではない。加えて
耳には、自分の魂へと直接訴えかけてくるように、幾つもの姿なき声が聞こえる。
(何だ? 敵襲……じゃないな)
 ハッと目を見張って身体に鞭打ち、上体を起こす。困惑したようにフロア一帯を見渡して
みるが、それらしい侵入者の影はない。姉・ハナも同様に、立ち昇ってきた気配を感じ取っ
ていたが、隊士らを含めた他の囚人達はこれに気付いていないようだった。二人は互いに顔
を見合わせて怪訝な表情を浮かべる。彼女が向こう側から、こちらの格子まで四つん這いに
なって近寄って来た。
「ヨウ。あんたもさっきの感じ、気付いた?」
「ええ……。他の皆は、視えてすらいなかったようですけど」
 この時前後し、ジークが下層にて魔獣達と相見えていたことなど、勿論二人は知る由もな
い。獄内に轟き始めていた異変も、比較的浅い階層である此処一帯にはまだ伝わっていなか
った。
 言いながら、ヨウもはたして何が原因なのかは皆目見当がつかなかった。見氣を維持しな
がら、周囲の様子に目を配ってはいるが……現状こちらに何か影響が及んでいる訳でもなさ
そうだ。
 足元──おそらくより深い階層から昇って来た魂達は、一目散に地上へ霧散してゆくよう
にも視える。距離が離れれば離れるほど、段々とこちらの視認能力でも捕捉出来なくなって
しまう程には。
(!? これは……)
 いや、何も影響が無い訳ではなかった。ふと不安げに視線を落とした彼は、自身の首に嵌
っていた封印錠が、明らかにその効力を弱めていることに気付いたのだ。
 一体いつの間に……? 完全に封印が解けた訳ではなかったものの、そっとオーラを練っ
てみる事が出来る。無効化する作用が緩んでいるのだ。「姉さん」ここで大騒ぎすれば尚の
事皆が混乱する。彼女が近寄って来たのを好都合に、ヨウは封印錠の変化についても指摘し
ておいた。言われて見氣を凝らし、ハナも密かに目を見開く。緩みは波があるというか、不
安定だったが、何の望みも無かった状況は間違いなく変わり始めている。
「でも……何でまた?」
「さあ、それは分かりません。けど──」
 可能性があるとすれば、この先刻からゆらゆらと昇っている魔流(ストリーム)の所為。
というよりも、現状それぐらいしか考えられない。魔力同士が干渉し合い、封印錠に施され
た術式が噛み合わなくなりつつあるのだろう。
「ただ油断は禁物です。この緩みもいつまで続くかは分からない。僕達に出来るのは、この
好機(チャンス)を活かすこと。今の内に西棟の連中から、錠の鍵と人工魄、武器を手に入
れましょう。隊長やジークさんを、助けるんです」
 途端に思考を回転させ、今自分達にとっての最善手を導き出す。この手の仕事は元々ヨウ
が得意としてきた内容だ。尤もそれは、補佐対象である姉が基本脳肉だからという理由も大
きいのだが……。
「……うん!」
 ハナも、すぐに彼の言わんとする事を理解したようだった。下層へ。何よりも大切な人達
を、この文字通りの地獄から助け出す為に。一定のリズムを刻んで噴き出される紅蓮の合間
を縫いつつ、姉弟は密かに動き始めた。紛れつつ隊士(ぶか)達にも報せ、中央の監視塔へ
と攻め入る隙を窺う。

「──お前ら何ぼさっとしてやがる。俺が居なきゃあ、脱獄者一人捕まえられんのか?」
 足元をぶち抜いた大穴から、のそりとその巨体を這い出させてから。
 第三層・青柱の間。フーゴとサヤ隊、魔獣化した囚人達やジーク以下脱獄囚という三つ巴
の真っ只中へと、西棟死神衆の長・ドモンは割って入っていた。
(デカい……! 巨人族(トロル)か!)
 見上げるほどの彼の体躯に目を見張り、間近に位置したジークも臨戦態勢だ。
「ドモン煉獄長!?」
「? 知ってるんスか?」
「ああ……西棟死神衆の総隊長だよ。魂魄楼最高戦力の一人だ」
「拙いわね。ここで大将級(クラス)が、出張って来たとなると……」
 一方で当のドモンはドモンで、目の前に広がっている状況に少々混乱している。顰めっ面
のまま頭に疑問符を浮かべ、部下達を遠回しに詰りながら咀嚼しようとしていた。
 逃げた魔獣(しゅうじん)達が、やけに大人しくなっている。この少年──ジーク・レノ
ヴィンに、まるで寄り添うかの如く従順になっている。
 フーゴとサヤが敗けた(やられた)? 白い小太刀を手に二人を見下ろしているのは──
間違いない。例の裏切り者、東棟のマーロウだ。この場所、この状況からみて、レノヴィン
どもはこいつを助けに来たのだろう。そしてまんまんと、封印錠を含めて解放されてしまっ
た、と。
「しっかしまあ……。随分と俺の部下達を可愛がってくれたじゃねえか? ああん?」
 実際に前者は魔獣達の侵入や崩壊によるもの、後者はそこから彼らを助ける為に一旦白剣
を振るい直した後の姿だったのだが……ドモンが気付ける余地などなかった。こめかみに血
管を浮き立たせ、その巨体が一歩二歩と前に進みつつ拳を握り始める。
「ま、待ってください!」
「彼らはさっき、私達を助けて──」
 勘違いされていると悟った当のフーゴとサヤ、部下の死神達が、慌てて彼を止めようとし
たのだが……。
「ぬんッ!!」
 次の瞬間ドモンが、殺気を宿してオーラを練り始めた。彼の部下達は勿論、ジークやマー
ロウ、アズサや脱獄仲間達も思わず息を呑む。
「グルル……ッ!!」
「ヴォオオオオッ!!」
 するとどうだろう。そんな彼の敵意に反応してか、ジークの周りに集まっていた魔獣達が
突如として牙を剥いて地面を蹴り、襲い掛かっていった。「ッ!? おい、止めろ!」慌て
てジークがこれを止めようとしたのが──遅かった。
「邪魔、だッ!!」
 攻撃が届く寸前での裏拳一撃。自身よりも遥かに巨大な個体も交ざっているにも拘らず、
ドモンは彼らをいとも容易く殴り倒していた。飛び散る血飛沫と肉塊。握り締めた拳、両腕
が、禍々しいオーラを纏った異形と化している。
「……強化型《獣》の色装、だったか。人為的にオーラを暴走させ、自身を魔獣化させる能
力だと聞いている。こと破壊力に関しては、全隊長格中随一だぞ」
『──』
 マーロウのそんな呟きに、ジーク達は只々唖然と立ち尽くす他なかった。
 或いは彼らが仕掛けていなければ、本来自分がやられていたか。その間にもドモンはあか
らさまに舌打ちをしながら、粉砕され昏倒したこの魔獣達を、顔面から鷲掴みにして大穴の
方へと投げ捨ててゆく。
「ったく、余計な仕事増やしやがって。本来はてめぇらを連れ戻さなきゃならんのだぞ? 
浄化も済んでないってのに、消滅させち(やっち)まったら始末書が面倒だろうが」
 てめえ!! 自身もよく分かってはいなかった。ただ刹那その言葉と行為を目の当たりに
して、ジークは激情のままに飛び出していた。
 少なくとも彼らは正気に戻っていた──傷付けなくとも良かったのに。
 接続(コネクト)と《爆》の瞬間火力でもって、すかさずこちらに振り向いてきたドモン
の拳とぶつかる。
「ぬっ!?」「ぐう……ッ!!」
「ジーク!!」
「兄(あん)ちゃん!!」
「何をやってるの!? 引きなさい! 時間を浪費するだけよ!」
 マーロウや脱獄仲間達、アズサの叫び声が重なる。ジーク渾身の二刀とドモンの《獣》化
した拳、両者の攻撃が激しい火花を散らしながら押し合っていた。これが最善ではないと解
っていも、衝突は止められない。
(危っねえ……! 一瞬見落としそうだった。しかし驚いたな……)
 内心でドモンは思う。存外にこの少年は油断出来なさそうだった。初速とこのパワーから
して、自分と同じ強化型だろう。より純粋に力を高める系統のようだ。現世でのあれこれは
報告でこそ聞いていたが、俺の拳に耐えるとは。
(っ……!! 何つー馬鹿力だよ。接続(コネクト)と《爆》でも押し切れねえ。やっぱ生
身じゃねえ分、万全には程遠いか……)
 一方でジークも強く歯噛みをしていた。最初こそ魔獣と化した囚人達を投げ捨てられ、頭
にきたが、やはりそんな勢いだけで勝てるような相手ではない。今この瞬間の手応えからし
ても、間違いなく強敵だ。刀身を補強しているオーラすらも惜しい。やはり六華でなければ
全力を振るうことさえままならない。
 おおおおおッ!! 数拍、時間にして僅かな拮抗を弾き返し、二人は猛烈な勢いで互いの
攻撃を打ち込み始めた。拳が斬撃が、周囲の鋼杭を粉々に破壊し、吹き飛ばす。マーロウや
アズサ、脱獄仲間やフーゴ・サヤ隊の面々は、終始その余波に煽られていたが、手助けも何
も出来そうにない。
「マーロウさん、アズサ! 皆を連れて先に行ってくれ! 魔獣達もだ! こいつは俺が引
き留める!」
『兄(あん)ちゃん?!』
「し、しかし……!」
 ドモンは魔獣達を回収するついでに、ジークや脱獄を図る面々を撃破・確保しようとして
いたが……他でもないジークがただ一人、させまいとこれに抗おうとしていた。
 仲間達は勿論の事、フーゴやサヤも驚いた表情を見せていたが、こちら側からの戸惑いに
正直構っていられる余裕もない。迷うマーロウを、険しい顔をしたアズサが一瞥して言う。
「あんたが止めるって、本当にいいの?」
 一方彼女にとっては躊躇いではなく、あくまで思案だ。相手の大将格が現れた以上、先刻
ようやく戦意を削ぐことに成功したフーゴ・サヤの両隊に、再び包囲されてしまう可能性が
ある。なるべく迅速且つ確実にこの煉獄から脱出を果たす為には、彼という最大の戦力を、
此処で手放す判断が良策だと言えるのか?
 少なくとも自らに戦う力が無い分、腕っぷしのあるカモは必須なのだが……。
『──』
 しかしちょうどその時だった。ジークとドモンが、体格差著しい激戦を繰り広げていた最
中、突如として死神総長・アララギが場に“転移”して来たのである。
『ッ……?! !?!?』
「げぇっ、総長?!」
 闇のような黒衣と黒髪、陰気なオーラ。
 既に彼は例の大鎌を手にし、足音も少なくこちらへと向かおうとしていた。鋼杭や連絡用
通路を巻き添えにしながら、ドモンがこの援軍の登場にニッと振り返る。
「おお。やっと来やがったか。一体今の今まで何をやってた?」
「まぁいいや。とりあえず今は見ての通り、こいつらをとっちめてる。手伝ってくれ」
 拙い……。一度その脅威を目の当たりにしているジークなどは、その姿を見た瞬間引き攣
っていた。少なくとも状況は悪化していると理解し、脱獄仲間達も蒼褪めた表情で固まって
しまっている。「??」「今の今……?」フーゴやサヤも、呆気に取られている部下達と共
に、ふとそんな小さな引っ掛かりを覚えていた。
 確かにアララギ総長には部下を通じて、煉獄(こちら)の緊急事態を伝えようとした──
応援を要請させはしたものの……。
「……」
 刃から柄まで、全体が禍々しく黒光りするその大鎌を片手に。もう片方の手も添えて。
 一旦跳び退いて間合いを取りつつ、尚も戦いを続けるジークやドモンの下へと、アララギ
はゆっくりと近付いて行き──。


「大変です! レジーナさん、エリウッドさん!」
「追っ手です! 追っ手が来ます!」
 転送リングで一旦ルフグラン号内に戻って来た、アスレイやテンシン、ガラドルフ以下三
隊の団員達は、帰還後の落ち着きもそこそこにブリッジへと駆け込んでいた。レジーナやエ
リウッド、技師組の面々が、頭に小さな疑問符を浮かべてこちらを向く。彼女らの操縦で、
冥界(アビス)のどんよりと暗い上空を母船は旋回し続けていた。
「!? アスレイさん! それに皆さんも……」
「医務室に繋げます。先ずは手当てを!」
「一体向こうで、何が起こっているんですか?」
「……うむ」
 ブリッジ内から船内各部署へ。にわかに動き出す面々を横目にしつつ、ガラドルフやテン
シン、団員達が事の経緯を語り始めた。
 魂魄楼への強行突入から、イセルナ・ダン達との別行動。同船の戦域離脱。予想はしてい
たことだが、楼内からの増援があまりにも多く、結局自分達もクロムやヒムロ以下三隊長を
置いて来ざるを得なかった。ジークを匿ったという東棟の元隊士達が味方についた一方、同
総隊長たるオシヒトの出現により、アスレイが戦闘不能に陥ってしまった。
 確かに負傷者も多く、あのまま向こうに留まっていれば、実際足手まといにしかならなか
っただろうが……。
「すまねえ。そんなこんなで、例の三人衆にも逃げられちまった」
「どうやらまだ捕捉されてはおらんようじゃが……。この船を落としに追って来るぞ。すぐ
に守備を固めて貰いたい」
「ふむふむ……。なるほど」
「うんうん。でも多分、大丈夫だと思うよ?」
 だが対するレジーナ達は、何故かニコッと微笑みさえし始めたのである。
 何でまた? そんな悠長な──。ガラドルフやテンシン、同隊の団員達は、思わず怪訝に
眉を顰めていた。誰からともなく互いの顔を見、その理由を問い質す。
「別に変な話じゃないよー。ただイセルナさん達からも、クロムさん達からも、その都度連
絡を受けてたっていうだけ」
「大まかな状況はこちらも聞き及んでいました。ただ皆さんのお話で、その全景がようやく
僕達にも掴めてきたということです」
 曰く、結果三者に分かれたガラドルフ達の向かった先と、そのめいめいが合流しようとし
ている動きが判ったからだという。「……? なら良いが」相変わらず勝手に納得されても
腑に落ちず、渋い表情(かお)をしている彼らに、レジーナ達は笑った。どうやら既にイセ
ルナ以下他の仲間達も、既に次の一手に向けて動き出しているらしい。
「とにかく詳しい事は話しながら。僕達も、準備を急がなければなりません」
「う、うむ」
「よく分からんが、まぁ兄(あん)ちゃん達がそう言うんなら……」
 アスレイ達の手当てと、目下進行中の現状を踏まえての、クラン・ブルートバードとして
の一手。間近に迫る大勝負。
 曰く必要ならば、改めて楼内へ──煉獄へと飛んで欲しいのだという。
「レジーナさ~ん、エリウッドさ~ん! こちらの準備、出来ました~!!」
『?!』
 ちょうどそんな時だった。ふと一行が集まるブリッジ内へ、とある仲間がひょっこりと顔
を出してきたのだ。思わずガラドルフ達は、目を見開いて驚愕する。
 風門の魔導を得意とする、竜族(ドラグネス)の女魔導師・リュカ。
 確かイセルナやダン、主力部隊と共に、煉獄へと直行した筈だが……。

「くそっ! また路地に……!」
「深追いはするな! 先ずは門を閉じろ!」
「絶対に、楼民だけは盾にさせるなよ!?」
 時を前後して、魂魄楼市中。オシヒトから逃れたクロムと元十六番隊の残党、ヒムロ以下
三隊長を追撃すべく、死神達は奔走していた。ただ相手が散開し始めたのと、楼内の人々を
巻き込む訳にはいかないため、その攻勢は控え目にならざるを得ない。
「オシヒト機動長の言っていた通り、奴らは確かに袋の鼠の筈なんだがな……」
 クロム達が既に三者に、そこから更に別々の場所へ向かっていることには、この時彼らは
未だ気付いていなかった。
 迂回して煉獄へ。或いは閻魔総長ヒミコを目指し、船に戻り。細かな状況よりも、先ずバ
ラバラに散って行ったアピールが目についていたのだ。
「大人しく……しろッ!!」
 加えて捕まえたと思っても、一人か二人。肝心の侵入者・クロムではない。
 あくまで殆どの残党達は、彼を逃がす為の囮役──たとえ自身が力尽きたとしても、彼や
クラン・ブルートバードの面々が隊長(マーロウ)を助け出してくれるならば、本望ですら
あった。さも名誉の負傷だと言わんばかりに、かつての同胞達に取り押さえられても尚、そ
のボロボロになった顔には笑みさえ浮かんでいる。
「違う、またハズレだ! こいつじゃない!」
「やっぱりそうか。こいつら全員、マントを被って俺達を騙して……!」
「奴は何処に行ったんだ!? 侵入者は、こいつらを唆した肝心の侵入者は!?」
 クロムは既に少数の案内役──残る元十六番隊士達と共に、外壁上通路に入り直して煉獄
へと向かっていた。完全に囮の面々にしてやられた格好である。
 そしてその事実を、当の翻弄される死神達は未だ知らない。

 一方その頃、楼内船着き場。
 普段は東棟を中心とした死神達が、現世へと出る為の舟──上空の魔流(ストリーム)を
滑ってゆく為の発着エリアとして賑わっているのだが……。
「──舟が出ない!?」
 ヒサメとニシオ、サヘイ。一度はアスレイ達に敗れ、捕らわれの身になっていた北棟出身
の三隊長達は、そう舟を管理する担当者に頭を下げられていた。何でも先刻から急に、此処
冥界(アビス)一帯、こと魂魄楼周辺の魔流(ストリーム)が乱れ始めたのだという。
 死神とはいえ、万が一落下してしまえば、その渦に呑まれて死ぬ。
 そんな大荒れの中で舟を出す訳にはいかないというのが、この担当者の説明だった。先の
侵入者への対応もあり、皆には一旦平時の出航は後回しにして貰っているのだという。
「も、申し訳ございません。隊長級ともあろう皆様を、我々の判断ミスで失わせる訳にはい
きませんので……」
「……ぬう」
 何でまた、こんなややこしい時に?
 ヒサメ達を始めとして、この時その原因を知っていた者は僅かしかいなかっただろう。互
いに顔を見合わせ、困惑する。楼内で奔走する大半の死神・楼民達がそうしていたように、
一連の混乱は未だ収まる様子もなかった。
(少し前の……? 確かに一瞬、宙(そら)の様子が妙だなとは思っていたけれど……)
 事の元凶は煉獄──ジークと魔獣化した囚人達との出会い、覚醒の余波であったのだが、
現場から遠く離れた彼女らに知る術もなく……。
「おいおい、どうするんだあ!? これじゃあ奴らの船を追えねえだろうが!」
「どないもこないも……。足が確保でけへん以上、飛んでる相手をとっ捕まえるなんて無理
とちゃうん?」
 連中の船は、飛行艇という現世でも最新鋭の代物だ。物理的な強度・武装を始めとして、
あのような空飛ぶ鉄塊があるのは、顕界(ミドガルド)や一部の勢力だけだろう。
 先刻一応感じ取ってはいた違和感に、ヒサメが眉を顰める中、ニシオとサヘイはあーでも
ないこーでもないと言い争っていた。苛立ちとノープラン。そもそも文明力という点で、こ
ちら側とあちら側では全く異質の歴史を歩み続けている。
「ああああッ!? どうすんだよ、どうすんだよォ~!?」
 頭を抱える三人。今度こそ務めを果たさなければ、益々その立場は弱くなる。
 期せずして、彼女らの再追撃は……詰んだ。


『……?』
 イセルナ及びダン以下、煉獄へと向かった面々。
 ヒロシゲら南棟の部隊を突破し、一行はその膝元に到達していた。出入口と思しき天辺の
周りに陣取る死神達を見上げ、作戦開始の時を待つ。
「? どうした?」
「あ、いえ……」「何も……」
 その直前レナやステラ、マルタにブルート──術師な仲間が何やら怪訝に魔流(そら)を
仰いでいたようだったが、こちらの呼び掛けにすぐ居住まいを正した。
「あれだけ兵が集まっているということは、何かしら異変が起きている証拠よ。少しでも引
っ掛かったことがあれば教えて頂戴? 私達にとって有益な武器になるかもしれない」
「は、はいっ」「分かりました!」
 ただあまり、ぼんやりとしている暇はなさそうだった。ジークの脱獄(らしき状況)を何
時でも迎えられるように、こちらも迅速に動かなければ……。
『ッ!?』「矢……?」
「敵襲、敵襲ーッ!! 侵入者が来たぞぉぉぉーッ!!」
 やがてイセルナ以下ジーク救出班の面々は、煉獄入口に陣取る彼らに向かってわざと騒ぎ
を起こした。シフォンの放った矢が、天辺の一角に当たって金属音を鳴らし、盛大に彼らの
注意を引き付ける。
 言わずもがな、獄内から出て来るであろうジークを少しでも援護する為だ。
「あいつらは、まさか……!?」
「オシヒト機動長は!? 方角的に南棟だろ? 技局長達は何してたんだ??」
「分からん。だが報告では……突破されたらしい」
 当然警戒し、気を張っていたこの死神達は、にわかにこちらへと殺気を向けてきた。半ば
奇襲に近い形であったため、目の前の状況に混乱している様子が見て取れる。何処まで相互
に連絡が行き届いているかは知らないが、少なくともこちらが此処に到着している時点で芳
しくないことは理解したのだろう。部隊の大多数が一斉に動き出し、この僅か数名の侵入者
達を討ち取るべく攻撃を放ち始める。
「よし。釣れた釣れた……」
「俺達もいくぞ、手筈通りにな」
 応ッ!! 対するイセルナ達も、これを迎え撃つように身構える。全身に《炎》のオーラ
を滾らせるダンと、ジヴォルフ達と共に《雷》の幅広剣を振り上げるグノーシュ。シフォン
にサフレ、クレアにマルタ。レナ・ステラの聖冥両魔導師及び、ザラリと自身のサーベルを
抜きながら《冬》のオーラを散布する団長、イセルナ。
 但し一行はあくまで、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を維持するように立ち回った。
相手との兵力差を考えれば、直接真正面からぶつかるのは自殺行為だった。
 火炎や雷閃でごっそりと広範囲を薙ぎ払い、或いはマルタの子守歌(ララバイ)で敵の無
力化を図る。後々の心証を考え、徒に殺してしまう訳にはいなかった。取りこぼし、尚も迫
ってくる敵を、サフレの槍が的確に突き飛ばしてゆく。クレアの強化(エンチャント)され
た矢をシフォンが雨霰のように放ち、ステラの冥属性、レナの聖属性の拘束系魔導が縦横無
尽に駆け抜けてゆく。
「皆、一旦下がって!」
「マルタ、レナさん達を後ろに! 奴らを僕の射程圏内に引き込む!」
「了解です、マスター!」
 闇色の泥質が迫って来る死神達の足を取り、光り輝く無数の鎖が彼らを絡め取っていた。
主の指示にマルタは従い、後衛女性陣を優先して後ろへ。その間も尚、追撃せんとする彼ら
を一人また一人、サフレの槍が手厳しく弾き返す。
「ちっ! たった数人の癖に随分と粘りやがる」
「やはり報告にあった、例の侵入者達と同一で間違いないな」
「戦い慣れてやがる……。向こうの土俵に乗ってしまうのは拙いぞ」
 だが一方で、煉獄入口に集まっていた死神達のリーダー、隊長格達はもう少し冷静に事態
を観ていた。物理的に高い場所から見下ろしていたのも相まって、イセルナ達の動きからそ
の意図する所をややあって見破り出したのである。
「おい、お前達! 下手に向かって行くな!」
「こちらの兵力が分散している! おそらく奴らの狙いは……警備の隙だ!」
「……チッ。もう気付きやがったか」
「まあ、あれだけ俯瞰的に様子を見れればね」
「問題ないさ。それならそれで、僕達も対応を変えるだけだよ」
 遥か頭上から飛ぶ、敵隊長格らの指示。それまで攻撃しては退き、攻撃しては退きを繰り
返していたダンやイセルナ達が、小さく舌打ちをしてみせた。
 ただそんな相手の反応速度についても、ある程度は織り込み済みだ。シフォンが言って自
身の《虹》のオーラを練り上げながら、今度は魔力(マナ)の矢をごっそりと番え始める。
「流星──掃射!!」
 先程とは比較にならない程の膨大な弾数と、変幻自在な軌道。攪乱目的の分身達。
 隊長格達の戻れの合図に、シフォンらはここぞと追撃の雨霰を撃ち込んでいった。距離も
離れているし、頭数も多い。ただ向こうがそうやって分散から集団に戻って行こうとしてい
るのなら……絶好の的だ。
「盟約の下、我に示せ──悪魔の顕手(デモンズグラップ)!」
「盟約の下、我に示せ──戒めの鎖雨(パニッシュメント・レイ)!」
 今度は射撃や魔導を主体とした、遠距離主体の戦法だった。互いに距離を取ってまとまり
始めたのを見計らい、あくまで彼らを煉獄入口の包囲に向かわせない為だ。ステラの動きと
連動する巨大な使い魔が、死神達を鷲掴みにしては壁内へと放り投げ、レナが上空より放っ
た光の雨が、ヒットした彼らの身体を鎖化したそれで拘束する。
「ぬうッ!? 今度は引いたら引いたで……!!」
「散れ、散れーッ!! 固まるなーッ!!」
「奴らに狙い撃ちされるぞー!!」
「舐めた真似を……。やはり我々が打って出た方が良いのでは?」
「し、しかし。それではこちらの陣に、穴を作ってしまう事にもなりかねませんよ?」
 煉獄の出入口、巨大な円塔の天辺縁沿いに立っていた隊長格達が、そうめいめいに叫んで
いた。或いは状況を打破する為に量より質を選び、本来の任務との兼ね合いの中で決断を迫
られている。
「う~ん……? あっ、大変です! どうやら死神さん達、応援を呼んでるみたいですよ?
通信機? みたいなものに喋ってます!」
「ああ。何人か、羽織り付きの連中が降りて来てる。多分隊長格だ。直接俺達を叩こうって
魂胆だろう」
 マルタが、被造人(オートマタ)由来の視力でそんな様子を確認し、グノーシュも戻って
来たジヴォルフ達の鳴き声から状況把握に努める。
 どうやら……陽動作戦もここまでのようだ。狙いが見破られ、主戦力が打って出て来るの
は宜しくない。援護(アシスト)も長くは持たないだろう。
「どうする、イセルナ?」
「そうね。迎え撃つべきか、それとも彼らを無視してでも、私達の方からジークを迎えに行
くべきか……」
 覚悟! ダンに促されて思案するイセルナ達に向かって、隊長格の死神らが迫って来た。
円塔外周の螺旋階段を次々に飛び降り、或いは空飛ぶ使い魔に乗っている。
 大型の七支刀。黒光りするようなエイに、銛状の長槍。掲げた掌に現れる火球。
 彼らが一斉にこれらを振り被り、身構える一行に撃ち放とうとし──。
「んぎゃッ!?」
「ギャッ、パアッ?!」
『……!?』
 盛大に吹き飛んだ。すんでの所で突如として飛んで来た、弾丸らしき何かにことごとく撃
ち落されて未遂に終わったのだ。イセルナやダン以下仲間達が、ハッとなって視線を向け、
その先に現れた彼らの姿を認めて思わず頬を緩ませる。
「──すまない。遅くなった」」
 弾丸の正体は、指弾。
 硬質化させた自身の皮膚片を飛ばし、中空の隊長格らを退けたのだ。
『団長さん、皆さん! お待たせしましたーッ!!』
 クロム及び、元十六番隊の残党達だった。
 どうやら此処まで来る為に、その多くは脱落か別行動をしているようだが……。心強い味
方達がまた一隊、困難を乗り越えて駆け付けてくれたのだった。

「らっしゃあああーッ!! 歯ァ食い縛れぇぇぇーッ!!」
「はっ? ちょ、ちょっと待──ぐべらッ?!」
 煉獄第二層・紅蓮の間。ハナとヨウのクチナシ姉弟と、同じく収監されていた部下達は、
今が好機(チャンス)と脱獄を開始していた。首の封印錠があるからと油断していた獄吏、
西棟の死神達を、徒党を組んで襲撃する。
「姉さんに続くんだ! 先ずは監視塔を制圧する!」
 始めは武器こそ持っていなかったものの、封印に綻びさえあれば錬氣は使える。
 自身の拳を《凝》で密にしたオーラで覆い、ヨウは姉と共にこの獄吏らを殴り飛ばした。
ハナも手近な柱を自身の《軽》を使ってもぎ取り、即席の鈍器として振るう。
 同隊の部下達もこれに続いた。彼女が文字通り監視塔への進入口を確保したと同時、一斉
になだれ込み、運悪く居合わせた西棟死神隊の面々を押し倒す。
『うおおおおおおおッ!!』
「進め、進めーッ!!」
「……な、何だあ? ありゃあ?」
「もしかして、脱獄か?」
「ははっ! 活きの良い連中じゃねえか! 俺達も混ざってやろうぜ!」
 そんな様子を遠巻きに見、便乗し出す他の囚人達の姿もあったが──今は構っている暇も
ない。寧ろ数が増えるなら好都合だ。ヨウ達は監視塔内の死神らから、封印錠の鍵や武器、
何より予備の人工魄を強奪する。仮に獄内や楼内を脱出できたとしても、己の魂を守る為の
手段は絶対に必要になる。
「ま、また脱獄だ……!」
「おっ、応援を!」
「駄目だ! 今主力は三層に向かってるし、外で陣を張ってる連中を呼んでくるにしても、
時間が……!」
 慌てふためく、現場に居合わせた西棟の死神衆。
 どうやら、ハナ・ヨウ以下元隊士達に“奇襲”されたこと自体よりも、彼らの側に十分な
兵力が揃っていないという要因が強いらしかった。事実一行の前に、何とか食い止めようと
立ち塞がるのは、末端か小隊長クラスの兵ばかりであるのように見える。
(外で陣? 一層の出入口はもう待ち伏せしてあるのか……)
 尤も現状からして当然ではあるのだろう。姉らが半ばハイになって暴れているのを横目に
しつつ、ヨウは内心そう怪訝に思案していた。自分達が蜂起してからそんな布陣を取って貰
ったにしては、流石に対応が早過ぎる。目の前の混乱している彼らの様子を勘案しても、別
にそのような指示を出したグループが既に在ると観るのが妥当だろう。
「気を付けろ! そいつらをただの囚人と思うな!」
「あいつらは確か、例の東棟の奴らだ! 副隊長級(クラス)だぞ! 気を付けろ!」
 更に相対する獄吏達の一部、場のリーダー格と思しき死神らは、そうこちらの顔を思い出
すや否や部下達に注意を促していた。「……気付かれたか」ヨウは眉間に皺を寄せつつも、
道中で拾った杖を得物代わりに打撃を振るう。
「よっ……こいしょ~ッ!!」
 姉・ハナは、自ら身を挺して前線に出、部下やくっ付いてきた囚人達の進路を確保してく
れている。尤も本人としては、ただ目に見えた敵を片っ端から柱でぶん殴っているだけのよ
うにも思えるが……。
「姉さん!」
 ヨウはそんな彼女に数拍ジト目を遣りつつ、しかし次の瞬間には人ごみ越しにそう呼び掛
けていた。ぐるんと振り向くついでに何人か獄吏達を吹っ飛ばしつつ、この姉は妙に能天気
な声色で返事を寄越す。
「なぁに~?」
「一旦僕と姉さんで、二手に分かれましょう! 僕は上、一層に昇って出入口を開けに向か
います! そっちは下に、三層に降りて隊長の救助を! おそらくこの状況、隊長やジーク
さん達も暴れている筈です! 本隊とぶつかっている。合流して援護を!」
「オッケー!」
 敵味方入り乱れての混戦模様ではあったが、西棟連中の言い口からしてどうやら騒ぎの原
因は下──マーロウ隊長達の収監されているフロアに在ると見える。
 十中八九、自分達よりも先に、脱獄を目指して動き始めていたのだろう。すっかりこちら
は塞ぎ込んでいたというのに、本当に強い人達だ。自分なんかじゃあ、到底届かないような
精神力を持っている。
(……構造上、一つしかない出入口には待ち伏せ。下に行っても、多分西棟の主力部隊が集
まっている。下手すれば、ドモン煉獄長さえいる可能性だってある……)
 しかし状況だけを拾い上げれば絶望的だ。尚も自分達は、この煉獄という閉ざされた空間
の中に居る。脱出の為、ただ徒に奮闘しても……いずれ力尽きるだろう。こちらも二手三手
先を見据えて動かなければならない。
「頼みます! いざとなったら、隊長達を色装(のうりょく)で打ち上げてください!」
 指示通り、ハナ率いる分隊が下層へ、三層・青柱の間へと向かった。西棟の死神達も当然
これを止めようとするが、彼女が最後に投げ捨ててきた柱の塊に阻まれ、結局先に昇降機を
使われてしまう。巻き添えと土埃でまともに動けない。
 マーロウ隊長を……ジークさんを頼む。
 こと直接の戦闘能力においては、姉さんの方が上だ。その意味でも、下層に向かうのは自
分より彼女の方が適任だろう。加えて《軽》の能力を駆使すれば、吹き抜け構造になってい
るこの煉獄を、一気に駆け上る事だって不可能じゃない。
「オッケー!」
「開門の方、お願いします!」
 こちら側についた隊士達と共に、ヨウは彼女らハナ分隊を見送る。その姿が見えなくなる
まで、慌てふためく西棟連中の向こうで降りてゆく箱を確認する。

『──初めまして。俺はデビット・マーロウ。今日からこの十六番隊の隊長を任されること
になった。……とは言っても俺自身、死神としては新参者の身だ。色々と要領も悪くてヘマ
も多いだろうが、どうか力を貸して欲しい』

 今でも鮮明に憶えている。新しく隊長が着任すると聞いて、一体どんな奴が自分達の上に
立つのかと思いきや──その人物は自他共に認める新米だったのだ。前任、前々任と碌な奴
がいなかったしなと最初は思っていたのに、何というか、あの人だけは全く違ってたんだ。
 着飾らない。端的に言えば、そんな性格だったのだろう。
 良くも悪くも自分の心に正直で、不手際があれば素直に認めた。謙虚という言葉を傍に連
れて歩いているような人だった。楽しいことがあれば一緒に笑い、部下が失敗すれば、一緒
になって頭を下げに行ってくれる……隊長だからと偉ぶるような手合いとは真逆の存在だっ
たんだ。
 ……僕自身、死後自分が“消えて無くなる”──魔流(ストリーム)に還って埋もれてし
まうという事実が何となく怖くて、死神になったような半端者、劣等生だった。そんな僕ら
隊の皆を、あの人はまるで自分の家族のように包んでくれた。本当の息子や娘、或いは友人
のように接してくれたんだ。
 だからこそ……僕達は隊長を慕っている。この人にならついてゆけると思えたから。冷静
に考えれば無謀そのもの、魂魄楼という組織全体への叛逆だと解っていても、ジークさんの
脱出を手伝ったのはその為だ。あの人が生前、唯一と言っていいほど悔いていて、且つ事あ
るごとに語っていた故郷の思い出(きおく)の一部だったからこそ、協力しようと思ったん
だ。僕達にとっても縁のある人だったから。
「……」
 隊長。ジークさん。
 貴方達だけは、絶対に──。


(またこいつ……! あの時の……!)
 ドモンと激しい一騎打ちを繰り広げていたジークは、その瞬間思わず顔を引き攣らせた。
忘れもしないあの大鎌男・アララギである。
「おお。やっと来やがったか。一体今の今まで何をやってた?」
「まぁいいや。とりあえず今は見ての通り、こいつらをとっちめてる。手伝ってくれ」
 一方で同胞たるドモンは、周りの驚きと嗅ぎ慣れた気配でもって、彼の到来を知ったよう
だった。やや右側面の背後から。一旦ジークと距離を取り直し、肩越しにそう呼び掛けてく
る彼の傍らを通りつつ、アララギは既に手にしていた漆黒の大鎌を振り被る。
「──っ!」
 投獄前にも見ていたこともあり、本能が大音量で告げる。ヤバい。振り下ろされたその刃
を斬撃を、しっかりと視認するよりも早く、ジークは全力で跳んで逃げていた。ほんの僅差
で通り過ぎていった風圧が、直線上の空間をごっそり削り取って霧散する。
 現出型《滅》の色装──刃に触れた一切のものを“消滅”させる、まさしく死神達の長に
相応しい能力である。
 マーロウやアズサ、脱獄仲間達。魔獣達や、場に居合わせた西棟の死神隊らも少なからず
が愕然とし、しかし直後目の前で起こった結末に背筋が凍り付く。
 彼の放った斬撃は、確かにその進路上にあったもの全てを削り取った。
 標的であったろうジーク以外の、逃げ遅れ巻き込まれた“隊士達さえ”も消し飛ばして。
『ひっ……?!』
「おい、アララギ! てめぇ、俺の部下に何してやがる!?」
 咆哮するようにドモンが激怒したのは、それとほぼ同時の事だった。幾ら前代未聞の脱獄
首謀者を始末する為とはいえ、仲間の被害すら顧みないとはどういう心算なのか。
「……」
 されど当のアララギは、そんな彼の憤りに応えるでもなく、只々忌々しくジークを狙い続
けていた。刺すような、正面からまともに受け続けてはいられないような殺気だ。自身の大
鎌を振り回し、執拗にジークを追う。「だわっ……!?」「危ねぇッ!!」ただ追われるジ
ークもジークで、大人しく消し飛ばされる気はない。少しでも掠れば致命傷になりかねない
と判っている以上、普段よりもずっと大きめに間合いを取りつつ逃げ回る。その度に、辺り
にごっそりと削り取られた跡が出来てゆく。
「ひぃっ!? ひぃッ、ひぃィ!!」
「皆、逃げろ! 此処から離れるんだ! 総長の得物に巻き込まれるぞ!!」
「アララギ総長、落ち着いて下さい! 此処で戦われては、隊の者達にまで被害が……!」
 こうなってしまうともう、敵も味方も関係なかった。彼の色装(のうりょく)をよく知っ
ているのは西棟の死神隊とて同じだ。フーゴやサヤ、他の隊長格らに誘導され、隊士達は我
先にと逃げ惑う。だだっ広いとはいえ、こんな密室の中であの力を振るわれたらひとたまり
もない。流石に様子がおかしいと、サヤなどは必死になって彼に攻撃の手を止めるよう説得
を続けている。
「おいおい、おいおいおい……!! 俺の事は無視かっ!? 一体どうしちまったんだよ、
アララギ!? 止めろっつってんだよ! このフロアを消し飛ばす気かッ!?」
 自分が完全にスルーされた事も踏まえて怒りつつ、それ以上にドモンは戸惑っていた。声
音こそ前者の側に近かったが、彼自身の内心は限りなく後者へと傾き始めている。フーゴや
サヤ、部下達があちこちで悲鳴を上げ、制止を求めているのに、奴はまるで聞く耳を持ちや
しない。まるで何か強烈な“執念”でもって、ジーク・レノヴィンを仕留めようと猛追して
いるような……?
(本当に一体、どうしちまったんだよ……)
 加えて程なくして、彼は気付いてしまった。
 そういえばあの野郎、一体何処から“湧いて”来やがった……??
「ぐっ──!!」
 錬り出す事の出来るオーラを、全て回避に注いでも尚、ジークはアララギの猛攻を凌ぎ切
る事は難しかった。視界の端で、最初味方である筈の西棟の面々でさえ、奴は自身の大鎌に
巻き込んで消し飛ばしていた。全く構うことなく、真っ直ぐに自分へと剥き出しの殺意を向
けて襲い掛かってくる。
(やっぱり……そういう事なのか? ユヴァンやティラウドと同じなモンだから、ここまで
俺の命を狙ってるのか……?)
 アララギが現れる瞬間、ジークは目撃して(みて)いた。何もなかった空間から、彼が黒
い靄と共に転移してきたことを。
 つまり奴は──“結社”の一員だ。しかも実力からして、間違いなく最高位のレベルに立
っている。なまじ竜王峰で、使徒最強だというジーヴァと戦っているのだ。にも拘らず、目
の前のこいつから感じる殺気と威圧感は、あの時の比ではない。ずっとずっと上だと本能が
教えてくれる。
(大親分が直々に、か。なりふり構わず……だなっ!)
 されどそんな思考を巡らせている暇は、段々と無くなりつつあった。目の前の回避に集中
しなければ、すぐにでも捉えられてしまう。
 事実刀身が一本、既に半ば近くから消し飛ばされていた。遠く逃れようとしていたマーロ
ウ以下仲間達が、それでもこちらの身を案じて何とか助けようと試みる。
「ジーク!」
『兄(あん)ちゃん!』
「来るんじゃねえっ! 巻き込まれるぞッ!!」
 叫びつつも、実際それ以上に何か出来る事がある訳でもない。視界一杯にアララギの大鎌
が、或いは方々の端に彼らの姿が映る。
 全身が悲鳴を上げている。辛うじてかわした幾つもの跡も、見ればすっかり削り取られて
“無くなって”しまっている。
「……ちょこまかと」
 実際アララギは、同僚達だろうとマーロウ達だろうと、巻き込んでしまうことに何ら配慮
をしていない様子だった。苛立ちが口元に、眉間の皺に出、執拗にジークを狙う。もしその
刃を一旦マーロウ達に向けてしまえば、ジークも彼らを庇わざるを得なかったろうに……。
或いはそんな小細工すら霞むほど、彼への殺意で満ち満ちていたという事なのか。
「っ!」
 マーロウ達に叫びながら、ジークはちょうどそんなアララギに側面を見せる格好になって
いた。身体を捻って背中を向け、駆け寄ろうとした彼らを制している。彼と彼らを挟んで、
一直線の流れが見えた瞬間。アララギはギンッと目を見開いて、その大鎌を──。
(むっ?)
 すると直後、こちらに向かって何かが飛んで来た。二刀だ。ジークが振り向きざまに投げ
付けてきたらしい。
 無駄な足掻きを……。アララギは構わず刃を振るおうとする。《滅》の能力があれば、こ
の程度の反撃、奴と纏めて消し去って──。
「何ッ?!」
 だが違ったのである。ジークの投げ付けた剣は、先程まで彼が握っていた二刀ではない。
 黒剣だ。マーロウの《荷》の能力、斬り付けた対象を重くする、一対の小太刀だ。
 しまった……! アララギはすぐに気付いたが、振り抜き始めた動作はもう止まらない。
これは確か、デビット・マーロウの色装。敵の重量を操作する……。
 咄嗟に機転を利かせた、ジーク渾身の一投だった。
 結果的に、マーロウからすんでの所で受け取ったこの二本の黒剣は、大鎌の刃に当たって
即座にこれを重くした。刃の向きが、下から掬い上げられるような格好となり──アララギ
は体勢を崩しながら、自身渾身の《滅》の斬撃を、ちょうど“真上”に撃ちあげてしまった
のである。
『おおっ!!』
「なるほど。これは……」
 即ち、縦に長い円塔状、煉獄内を下から上へと貫いた大穴。アララギが最下層にて、魔獣
達を解き放つ為に行った工作と同じような現象を、奇しくもジークは再現したのである。
 ごっそりと吹き抜けのようになった“脱出経路”。マーロウや脱獄囚、アズサや魔獣達。
ドモンを始めとした、西棟の死神達。唖然としていた面々は暫くして、ようやく彼の狙った
意図を理解する。ボロボロに満身創痍となりながらも、尚もニッと笑ってみせるジークに対
して、アララギもまた直後、鬼神の如き憤怒を見せた。
「ジーク・レノヴィン……。貴様、もしかしなくとも……謀ったな?!」

「急げ、急げ!!」
「無用な戦闘は避けろよ! こっちは半分になってるんだ!」
 ヨウ率いる上方面の分隊は、ハナの残してくれた混乱に乗じて、昇降機で第一層の監視塔
へと侵入していた。他でもない、煉獄の出入口を開放──マーロウ達の脱出路を確保する為
である。頭に叩き込んだ記憶が正しければ、開く地上への大蓋は、構造上この真上に在る筈
だ。塔内に残っていた死神達と、ヨウらは必死の形相と雄叫びを上げながら交戦する。
「奴らの狙いはレバーだ!」
「絶対に近付けるな!」
 尤も、向こうもこちら側の目的にはとうに気付いているらしい。無理もなかろうが。彼ら
は文字通り身体を張って壁を作り、一行の進撃を止めようとするが、ヨウはぽつっと呟いて
薄暗く笑っている。
「……いえ。もう十分ですよ」
 するとどうだろう。ヨウは《凝》の能力を使い、レバー周りの魔力(マナ)を集めてこれ
を下げたのだ。遠隔操作の要領で、密度の流れで押してやった格好である。
 しまったーッ!? 獄吏の死神達が驚愕し、頭を抱える中、はたして煉獄の出入口たる大
蓋は開き始めた。投入大門。この第一層の天井部分に当たる巨大なハッチである。
『──ッ!?』
 しかしそうして大蓋が開くや否やだった。直後下からの強烈な突き上げ──アララギが誤
って放ってしまった、大鎌による斬撃の余波が内部駆け巡ったのである。

「おわっ?! な、何だあ!?」
「これは……風圧? ちょうど中から吹いてきたみたいだが……」
 イセルナやダン以下ジーク救出班の面々は、クロムや元十六番隊の残党達を加え、煉獄の
出入口を囲む死神隊と激しく刃を交えていた。そこへ突如として大蓋、ハッチが開いて皆を
吹き飛ばさんが如き風圧が上がって来たものだから、慌てて跳びかわす。実際この余波に巻
かれ、末端の死神達が何人も、遥か上空へと“消滅”していった。
「イセルナさん、イセルナさん! 開いてます! 入口が開いてます!」
「えっ、何? それ本当!?」
「よく分からぬが……中で門を開いた者がいたようだな」
「ダン!」
「おうよ! シフォン、合図出すぞ!」
「了解。タイミング合わせてくれよ……!」
 クレアが慌ててハッチの中を覗き込み、煉獄の内部が見えるようになった事を仲間達に告
げた。ブルートの呟きと共に、どうやら中での異変が佳境を迎えた事を知る。ダンが《炎》
を指先に点しつつ、シフォンに呼び掛けた。それまでの戦闘もそこそこに、彼は大きく上空
へと、矢を番えてから弓を絞る。
「──社長、エリさん! 合図ありました!」
「シフォンさんからの“火矢”です!」
 そして飛行艇ルフグラン号。レジーナやエリウッド以下、技師組及び守備に残っていた団
員達。魂魄楼の遥か上空を旋回していた同船は、はたと地上──煉獄の天辺から放たれた、
複数の束ねられた矢を確認していた。シフォンが放ち、ダンが点火。作戦の最終段階実行を
告げる合図である。
「オッケー、任せといて! リュカさん、今ですっ!」
 するとどうだろう。尚も遥か上空で航行を続ける船の側面タラップから、リュカがとある
物と一緒に姿を見せたのだった。機体表面がスロープ状に下がって開き、激しい風圧と共に
彼女らを煽る。大きく息を吸い込んで、意を決したリュカが、次の瞬間詠唱を完成させた。
「盟約の下、我に示せ──風紡の靴(ウィンドウォーカー)!」
 両足に風を纏う、空中浮遊の魔導。同時にリュカとテンシン、ガラドルフら護衛の団員達
と共に、彼女らは冥界(アビス)の空へと飛び出す。
『……ッ!』
 術式の効果をもってしても、軽減し切れない風圧。
 それでも彼女らが、必死に掴んで離さなかったのは──氷漬けにされた大きな塊だった。
他でもない、竜王峰で一度は死亡した、ジークの遺体(にくたい)だったのである。
「もっと押して! シフォンさんの矢には、まだ届かない!」
 テンシンやガラドルフ達と共に、この彼の戻るべき器を運ぶ。
 更にそこへ縄で一纏めにされていたのは、他ならぬ彼の愛刀・護皇六華だった。アルスを
捜しに、神界(アスガルド)に向かったハロルド達が、彼らの無事と共に返しに来てくれた
のだ。
「私の合図で、一気に解凍を! タイミングは術の制御でもって、ある程度合わせられる筈
です!」

「これは……」
 第三層に降り立ったハナ分隊は、目の前で繰り広げられていた光景に最初酷く困惑してし
まっていた。
 少なくともマーロウ隊長と、ジークさんは無事だ。というか、予想以上にわちゃわちゃ他
の囚人達が混ざっている。西棟の死神達もいる。自分達の脱獄とは、また桁違いのスケール
で行われていたらしい。
 ただ問題なのはそこではない。今現在進行形で、ジークさんと大鎌を持った死神──紛う
事なきアララギ総長とが、何故か投獄前とは逆の立場になって睨み合いをしている最中だっ
たのだから。
「貴様、もしかしなくても……謀ったな?!」
「はあッ、はあッ……!! 端っから、てめぇとまともにやり合おうなんざ思ってねえよ。
ありがとよ。これで随分と風通しが良くなった」
 ついっと握り直した折れ剣で、自身の遥か頭上を指すジーク。そこには各階層をぶち抜い
て空けられた、地上へと直通する大穴が出来上がっていた。
 まさか、アララギ総長の色装(のうりょく)を逆手に取って……? ハナ達はようやく理
解が追いつき始めてきたが、次の瞬間には他でもない、当のジークにその存在を気付かれて
声を掛けられた。敵味方及び何故か魔獣達の、場の面々の視線が一斉に向けられる。
「おう、誰かと思えばお前か。ちょうどいい所に来た。お前の色装(のうりょく)で、俺達
を投げ飛ばしてくれ!」
 またついっと、折れた剣先で遥か頭上へと。
 彼もまた、弟と考える事は一緒らしい──というよりも、元々そういう予定だった。ハナ
や分隊の面々は、数拍ポカンとしながらも、ややあってコクコクと何度も頷きながら動き出
した。マーロウ隊長もいる。皆一応無事だったのだ。内心じわじわ、急速に込み上げてくる
安堵と共に、彼女らはジーク達の下へ合流しようとする。
「ッ!! させるか──!」
 だがこれを阻むべく、再び地面を蹴ろうとしたアララギを邪魔したのは──下層から逃れ
てきた元囚人の魔獣達だった。激しい憎悪、苛立ちと共に舌打ちをする彼を、彼らは獣その
ものの唸り声で威嚇し、立ち塞がる。「ッ!? お前ら……?!」ハナ達の下へと駆け出し
ていたジークの、悲痛な声。「嗚呼、クソッ! 何がどうなってやがる!?」加えてドモン
も、髪をガシガシと掻き毟り、その怒りをかつての同僚に向けていた。「おい、アララギ!
お前は一体、何者なんだ……?!」
 しかしながら、当の死神総長こと“死長”アララギは、そんな同胞(とも)の問いにも答
える事はなく、只々目の前の邪魔な魔獣達を一閃の下に斬り伏せていた。
 邪魔だ──どだい時間稼ぎが目的だと解っていても、忌々しい。そもそも只管狂気と暗闇
に呑まれていた筈のこいつらが、何故そんな“人間的”な犠牲を払おうとする? それもこ
れも、あの兄弟が撒き散らす変貌だというのか? “撰ばれた”からだというのか?
(……やはり、始末しなければならん。絶対に)
 おい、アララギ!! 後ろからドモンが、同じくそんな事情など知る由もなく、魔獣達を
拳一つで伸しながら追いかけて来る。アララギは依然無視を決め込んでいたが、視線の先で
はジーク達が既に逃避行に入ろうとしている。
「大丈夫だって。色々あったんだけど、あいつらはもう俺達の味方だ」
 ハナや隊士達にそう大雑把に言い聞かせつつ、自身の身体に《軽》の効力を与えて貰う。
早く来い! すぐに此処を出るぞ! 犠牲になった魔獣達の姿に唇を噛みつつも、一方で気
丈に先を急かす。何故か上空──天井が空いているのは好都合だが、ハナ曰くヨウのお陰だ
とのこと。集まったマーロウ達と共に、少しだけ笑う。魔獣達が面々を胴上げの要領で持ち
上げ、質量ゼロになった状態を最大限に活かしながら、真上への全力スロー。
「や……」
「止めろォォォーッ!!」
 焦るドモンや怒るアララギの絶叫を耳に聞くも、ジーク達は次の瞬間、猛烈な加速度のつ
く風圧で為すがままにされながら、煉獄の円塔形を突き抜ける。

 ***

 ごめんね、兄さん。僕達はまた……兄さん達に迷惑を掛けちゃった。兄さん達を助けるん
だって勇んで出て来たのに、結局そっちの兵力を割かせちゃう羽目になって……。あの時も
今回も、大変な時に助けに行けなくてごめん。
 それでも……。僕とエトナは、こっちはこっちで凄く大切な出会いをしたよ。詳しい事は
また話すから。“虚穴(うろあな)”で魔流(ストリーム)に引き摺り込まれた時は、正直
どうなるかと思ったけど、今なら解る気がする。僕達が此処に呼ばれたのは偶然なんかじゃ
なく、必然の出来事だったんだって。
 もし、僕達がそうなら──兄さんももしかして? でも今から向かったんじゃきっと間に
合わない。だからせめて、六華だけでも託す事にするよ。取り返しておいたから。彼らは兄
さんの剣だから。
 僕も、僕達もすぐに行くから、待ってて。
 どうか、無事に帰って来て……。

 ***

「あばばばばばばっ!?!?」
 盛大に遥か上空へと投げ出されたジークは、その風圧でほっぺを揉みくちゃにされながら
暫しじたばたと飛んでいた。そうしている内に段々と威力が殺され始めたのか、周りを確認
する余裕も出てくる。マーロウや脱獄囚達、或いは一部の魔獣達も一緒に。
 するとそこへ近付いて来たのは──リュカとテンシンやガラドルフ、団員達だった。
 同じく風圧に煽られ、耐えながらも、何故か大きな氷漬けの塊を引っ張って来ている。
「ジーク~!!」
「!? リュカ姉? それに、テンシンのおっさん達も……」
「おいおい。何か色んな奴も一緒にくっ付いて来ちゃいねえか?」
「あれは……リュカちゃん? そうか。皆と一緒に、ジークを助ける為に……」
 途中、ジークの後方に浮かんでいる黒装束姿の男性──マーロウを認めてリュカは目を見
開いていたが、他でもない彼自身の笑みと小さな頷きに、彼女は今取るべき行動に改めて集
中した。ちらっと遣った視線の向こうに、一纏まりの火矢が飛んで来ている。ジーク達と挟
み、何とか中間の位置にもって来れそうだ。
 せーのッ!! テンシンやガラドルフ、団員達と共にこの大きな氷塊──彼の戻るべき身
体を示し、彼女らは最後の一投をもってその復活を促す。
「貴方の身体よ! 受け取って!」
 空中に射出された勢いと、風紡の靴(ウィンドウォーカー)で狙いを定めた力の向き。
 事の一部始終を見ていたジークの頭上で、氷漬けの塊はいよいよ火矢にぶち当たり、急速
に溶け始めた。何せただの火ではないのだ。ダンのオーラが作り出した《炎》の熱である。
 更に縄で繋がれた六華が、一緒に風圧で揺らいでいた。ハッと目を見開き、ジークがその
手をぐぐっとこれに向けて伸ばし出す。
「──っ!!」
 それは即ち、強い意識の指向。人工魄の器から本来の身体へと移る、ジークの魂それ自体
が射出された瞬間だった。
 上空と地上、煉獄内。皆が見守る中で、その魂及び精神は遺体となっていたその身体に、
吸い込まれるようにして消えていった。全身に巡る血流と、取り戻した感触。刹那カッと開
かれた目は、紛れもなく元あったジーク・レノヴィンの肉体そのものであって……。
『よしっ!』
 融解と内圧で砕け散った氷塊から、ジークは六華を縄ごと掴み上げた。空中で手早く腰の
三本、懐の三本を差し直し、握る。マーロウやヨウ、ハナ。ないし眼下の煉獄入口で戦って
いたイセルナやダン以下仲間達も、ニッと笑って安堵していた。船内のレジーナ達を含め、
思わずガッツポーズを取って喜びを露わにする。
『……』
 煉獄内の更に深く、三層で足止めしていた魔獣達を倒しつつ、アララギとドモンはそれぞ
れ別々の意図で忌々しげに、遥か上空のこれを見上げていた。アズサが同じくこの場で沈黙
し、じっとジークを仰いでいる。感情の読めぬ哀しい佇まいだった。
「戻ったああああーッ!!」
 口から衝いて出て、殆ど反射的な全身からの咆哮。
 一度は文字通り命を落とした、ジークの消滅まで──残り二十四日。否、翻って幾千日。

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  1. 2019/12/11(水) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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