日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)凍える空と、濁る海

……足りぬ(º﹃º)

かねてから言及していた予定(お仕事方面)の嵐を受け、先週末は執筆モードに臨める時間
とコンディションを確保出来ませんでした。ほぼ直前、事後的な報告をツイッタ(小日記)
やなろうさん側の活報で軽くした程度でしたが、伝わってましたかね……?

そんなこんなで例の如くバタバタッと過ぎていった一週間。
当初の遠出予定は、諸々のアクシデントによって取り消しとなりましたが、一方で納期の催
促が重なり、結局多忙であることには変わらず。現在は何とか一つ二つと捌き終え、若干楽
になってきたという具合でしょうかね。まだ月末~翌頭辺りまで急ぎは続きますが、また少
しずつ普段のペースに降り戻せてゆければいいなと思います。

……しかしあれだな。ここの所“懸命”ではあったのかもしれないけど、自分の体力という
ものを過信していたきらいがある。

ほんの数年前、今のお仕事に関わるようになるまでは、単純に倍ぐらいの年月を療養ニート
として過ごしていた訳で。元々体力(とそれに付随するであろう気力も)ボドボドであった
のに、一応の社会復帰が出来た──ようやくそのとば口に立った嬉しさに背を押され、つい
無理を押してきたような……? 先述の納期云々もあっての事だけど、流石にリソースの差
し引きがマイナスになりっ放しだったのやもしれません。シフト数の調整などを言い訳に、
先日暫くぶりに中休みを貰いました。それでも何となく落ち着かなかったのは、社畜かなあ。

今週分と来週分、当稿現在で三題の執筆・予約投稿を済ませてあります。如何せんこうした
中の人の事情、割ける日々のリソースとスケジュールによって十全に書けていないようにも
思いますが今に始まった事じゃないですが、ご容赦くださいm(_ _)m この雑記も例の如く、
ないし時間的な余裕があれば、水面下でリハビリ的な書き物をしていった方が良いかもしれ
ませんね……。どのみち止める事は無い、筈です。惰性──と言ってしまえばそれまでなの
でしょうが、続けてきたものをプツッと切ってしまわないよう、今後も予定や体調と相談し
ながら更新を行ってゆきます。先にツイッタ(小日記)と活報で言及した通り、基本隔週の
所を延期し、この週末に今月後半分の長編系=サハラ~の次章を書く心算をしております。

もう暫く、お待ちくださいm(_ _)m


嗚呼、忙しい。忙しい。
そうやって毎日がミクロな(個人的な)諸々にどっぷり費やされてゆくのも手伝ってか、気
付けばネットを通してゆっくり“世の中”を観るというのも、中々出来なくなりつつあるの
かなあ? と思う今日この頃です。家人の晩酌時に流れているテレビニュース等から、ちら
っと時事を垣間見ることこそありますが……何分世知辛い報せばかりが目立つもので、つい
つい目を背けたくなります。斜に構えて哂い、自分にはそう関係あるものではないさねと、
なるべく“深く考えない”よう努めているきらいさえあります。

──何処もかしこも、分断分断。やれパワハラだのセクハラだの、こいつら同じ人間か?と
疑いたくなるような事件・案件も日々枚挙に暇がなく。

まぁこういった現象は、あくまで人々がネットないしSNSというツールを得て「可視化」
された結果に過ぎないんだと、僕個人は思いたいんですけどね。分断というか、大小様々な
コミュニティにおいて意見の相違なんてのは腐るほど在った。ただそれが、旧来は文字通り
外側の第三者、大部分の“他人”からは見えなかっただけであり、結局の所自分達は要らぬ
気煩いばかりを抱えるに至った──そんな程度の認識でいいのだと思っています。少なから
ず僕個人の諍い厭いも手伝っているのでしょうが、基本外野がやいのやいの言うほど、事態
は拗れに拗れてゆくものですから。金銭や権益など直接的な利害関係は勿論、取り巻く相手
方との関係、いわゆる面子って奴も拗れがちな大きな一因。僕らはあくまでしがない一介の
市民であって、裁判官ではない。警察官でもない。“怒り”を伴った正義は概ね、正しくは
ないのです(個人的な人生訓)それぞれの分野で問題解決のプロがいるのだから、先ずは彼
らに任せればよろしい。それでも気に食わない、間違っていると叫ぶのなら……正直あまり
関わりたくはない手合いに、貴方は成り下がる。

ここの所、自分の筆感覚が鈍っているのもありますが……あまりこの手の面倒な話題には、
触れない方が賢明なのですよねえ。せめて「物語」に落とし込む。いち物書きであるならば
そうやって昇華してなんぼ、ようやっと同じ土俵に立てるぐらいだとは思うのですが、どう
にもこの我は語りたがる。物語に“説教(思想)”は悪手だと、個人的には考えている癖し
て、何かしらモヤモヤした事象があれば取り組みたがる。言葉というツールでもって、一定
の形にまで整理しようと試みてしまう……。

思うに、昨今云われるようになった「分断」というのは、ある種「信仰」とダブっているん
ではないか? と(まぁ前者の用法をするのは、何某かの価値観Aに反対するBの連中が、
一方的に彼らを“悪者”と印象付ける為に使っている節がありますが……)要するに価値観
が相対化されることを拒否する態度です。自分達Bの思想・理想が、Aなんかと“平等”に
なんてされて堪るか──良くも悪くも今日の「自由」で「論理的」な世界の広がりに、己の
精神が侵奪されてゆくかのような感覚。それは即ち“信仰の危機”と形容しても良い。辻褄
というか、一通りの説明がつくと思うのです。どれだけ理路整然としていて、科学的に正し
いと証明されても、そういった事実を認めない反応がまま在るように、必ずしも僕ら人間は
“分かり合う”ことをそこまで望んでいないんじゃないか──??

そんな思考を巡らせる切欠になったのは、先日僕が観測範囲内で知ったとある討論会。及び
開かれ終了した後の結末。

そもそも自分のTLが“そういう”人間達で形成されているから、そんな鬱々モヤモヤとした
話題が折につけて上ってくるんだろ──? 言われてしまえばぐうの音も出ませんが。
ただ実際問題として、今の世の中はどうにも世知辛い。他人の失敗をあげつらい、引き摺り
下ろすことにばかり躍起で、どんどん自分達で自分達の首を締め上げているような。世界に
制約を課さんとする運動ばかりで、窮屈が増えてゆく。社会の空気としての、いわゆるポリ
コネ的なタブーが大手を広げて歩くものだから、如何せん“リスク”ばかりを先ずもって思
案せざるを得ない。それでも大人しく良心的な市民らは、日に日に更新されてゆく新しい法
なり通念を守ろうとするのだろうけど……他人を押し退けてでも我が道を行くような手合い
は、相変わらずそんなものには無頓着で。結局そういった一部の“違反”が「正義の人」の
怒りを買う羽目になるし、結果縛りはその都度どんどんきつくなってゆく。より広範、個人
の“心”に関わる領域にまで踏み込んでくる。だからこそ、いわゆる理知的な論客、或いは
ネット上の「無責任ジャーナリスト」達が反論の礫を投げ、盾を構えてこれを押し返そうと
するのだけど──そもそも相手は特定の(被害)感情、場合によっては信仰の類で主張をし
ている訳だから、両者が折り合う筈なんて無かったんです。それを……ね……。

僕が此処で「信仰」という表現を敢えて用いているのは、単に揶揄するような意図ではあり
ません。こういったある種の剥き出しの信仰=思想に根付いた感情論でその“正義”をごり
押してくる手合いと同様、彼・彼女らと「議論」を通じて分かり合おうとする──お互いに
その意見をブラッシュアップすればきっと折り合える、より良い着地点が見つかる筈との前
提で臨んでいる理知的な人々もまた、そういった議論万能説とも言える信仰に拠って立って
いるのではないか? と観たからです。事実、従来までのトンデモ運動対ネット弁士という
構図において、両者が円満な一致をみたケースは(残念ながら)皆無と言ってしまって良い
でしょう。だからといって、相手を理解しようとする試みを諦めない──理性という概念は
全く無駄なんだとまでは言いませんが、少なくともこうした互いの「信仰」が自覚の有無を
問わずに在る・根付いてしまっている以上、不毛なすれ違いと不和の新規作成を繰り返すば
かりではないのか? と僕は考えます。

最初いわゆる今日の「分断」を「信仰」と重ねたのは、そもそも論として彼・彼女らが分か
り合うことを至上命題としていない可能性をちゃんと認識しておかなくっちゃあ駄目だと、
そう思い知らされたからでした。……だってそうじゃないですか。議論とは『自分の考えが
間違っているかもしれない』という余白から始まり、他者のそれを参照しつつ再考する試み
です。相手と自分の価値観をフラットに並べてみるという作業も勿論ながら、そんな行為は
「信仰」に生きる人間にとっては恐ろしく脅威の筈です。信じてきたものへの冒涜だとすら
捉えるかもしれない。そこへ更に「議論」の信徒が『それは貴方の感想ですよね?』などと
煽りを加えようものなら、少なくとも冷静な話し合いなど望めないでしょう。理屈馬鹿──
理知的であればあるほどに、ややもすれば彼らはその辺りの“情”を勘案し忘れる可能性が
ある(まぁ、そんな不確定なものを入れ込んだら話し合いにならんだろう? というのが、
論理的思考なるもののスタンスではあるんでしょうけど……)始めっから互いの目的が噛み
合っていないんですよね。一方は“信仰の敵”を何とかしてぶっ叩きたいとの欲求を抱えて
いるけれど、もう一方はそんな根っこの態度、非科学的な在り様自体を哂って当然とする。
少なくとも目的が“嘲笑”それ自体になってしまっている輩であるならば、決裂してもさも
ありなん──結局己が「信仰」の為に相手を、別コミュニティないし“異教徒”達を屈服さ
せたくって堪らないだけなんじゃないでしょうか?

……だからお互い下手に関わらない。相手の領域へ土足で踏み込んで行かない。

しかしそんな暗黙の了解的な、次善としての“紳士協定”も、今や有名無実と化してしまっ
ているように僕は思えてなりません。良くも悪くもインターネットによって人々は繋がり、
自分の知らない(存在していることさえ認識していなかった)世界が幾つものあるのだと気
付いてしまった。これはある意味で、地獄の蓋が開いた状態なのかもしれません。或いは最
初言ったように、そんな“業”の火がそこかしこで燃え広がっていることを、ようやく僕ら
が認識出来るようになっただけなのかもしれません。『あんたに迷惑を掛けてる訳じゃない
んだし良いだろう?』『頼むから放っておいてくれよ』──そんな言い回しも哀しいかな、
通用しなくなっているのかもしれません(認識されてしまった時点で、相手とっては自身の
「信仰」が穢されたと思われ得るので)
やはり僕らはこの先、互いの存在を手放しで信頼出来なくなってゆくのでしょうか? 自分
とは異なった存在との邂逅を喜ぶ可能性よりも、そこで“地雷”を踏むリスクに怯えて暮ら
すようになってゆくのでしょうか? 人類は結局、共に生きることに向いていない……?

かつてエロい人は云いました。『貴方の地雷は誰かの萌え。貴方の萌えは誰かの地雷』。

僕達の開いた蓋が、地獄の釜ではなく、せめてパンドラの箱(希望だけが残った)であって
くれれば良いのですがね……。

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  1. 2019/11/21(木) 22:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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