日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)揺れ続けるこの国で

前回の更新の通り、先日ネット上で他の物書きさん達と交流を持ったりしつつあります。
自分が創作を始めた頃は同好の士などまるでおらず(知っていた友人などはいましたが)
一人でもそもそと創っていたものです。
それはブランクの後のここ数年も変わらず、作家と呼べるようになるのも夢のまた夢とばか
り思っていて。それでも誰かに読んで欲しくて。当頁やなろうさんを利用し始めたのはそん
な動機(と友人からの後押し)故だったからでもあります。

創作中毒、という注力の按配が違うかなぁという気はしているのですが、結果的には自分は
以前よりも豊かに活動できるようになったように思います(現状ネット上で、ですが^p^)
のめり込む格好──いつか他の方とトラブルになるかもしれないという可能性を含め──に
対する不安なり懸念がない訳ではありません。
でも、たとえネット越しでも趣味嗜好を同じくする人々(でなくとも)とこうして交流の機
会を持てるというのは、世の中も便利になったものだなあと思う訳です。
……時は、確実に移ろっているのですね。自身がこんな上下する波の最中にいるように。


そして今日、1月17日はその移ろいを数値としても再確認できる日でもあります。
十七年前の今日の、淡路島北部を震源として発生した大地震──阪神淡路大震災。
昨今は3.11──東日本大震災(及び福島第一原発の事故による多大な影響)が報道の大きな
ファクターである状況が続いていますが、何も多くの人を巻き込んだ天災は今回の震災だけ
に留まらない訳で。
一介の近畿圏の在住で、幼いながら当時の大地震を経験した一人として、この日にこうした
震災について言及し文字を走らさせずにはいられなかった……。どうかご容赦をm(_ _)m 
そして何よりも犠牲になった、辛苦を強いられている方々に良き未来への祈りを。

幸い、僕は阪神淡路~の折は震源からも離れた場所に暮らしていたので直接被災した訳では
ありません。それでも当時はこちらでもかなりの揺れがやって来て、家族一同何が起こった
のだとオロオロし、翌日のニュースに衝撃を受けたのを子供心ながらに覚えています。
それからの被災地、阪神淡路周辺の復興への経緯は皆さんも少なからずご存知のことかと思
いますので敢えてその記述に文章を割くことはしません。
それでも、ただ一つ言えることは「あの災いは終わっていない。終わらない」のだという事
です。震災で肉親や近しい人を喪ったといった悲しみ、後悔やその後の生活再建といった個
別具体的な不安定化要素。僕が偉そうに語れる立場ではないのは重々承知ですが、ただ単に
家屋が以前のように建て直されること=復興完了ではない筈です。
それは今回の東日本~でも言わずもがなで。
規模も失われたものもあの時の比ではない(たとえ数量の問題でないとしても事実として)
加えて、今回は放射能という目に見えない“神の火”の残滓がつきまとうのです。間違いな
くこれから長い長い時間に渡ってずっと。
……とはいえ、僕は今回この雑記でそうした脅威を長々と語るという意図はありません。
むしろ考え、語ってみたいのはこうした国難(と人は喧伝する)における精神的な捉え方が
様々にあること、そこにつけ込まれる現実もまたあるのではという点なのです。

震災直後(阪神淡路でも東日本でも)から、人々の支援の手は伸ばされています。
その人々の助け合いや忍耐の精神は内外で紹介されたのは記憶に新しく上書きされたことか
と思います。
それでも、僕はこういう際に決まって「一致団結」「日本人の美徳だ」などといい気になり
そして『頑張ろう日本!』とひたすらに右に倣えに叫び出す風潮には、正直少し距離を置い
てきました。
別に愛国精神が嫌いだとかそういう訳ではないのですが(むしろ自分は政治に対しては所謂
保守派な方ではないかしらん?とさえ思うことがあります)ただ、こういう時に叱咤激励を
いい気になって唱える人というのは、大抵の場合“上から目線”なんですよね。つまり自身
は被災している訳ではなく、その応援ムード?に乗っかっているだけというか……。
実際に被災した方々が欲しいのは現実を立て直していく為の支援である筈です。
(一介の物書きとして)温かい言葉が何にもならないとまではいいませんが、やはり切羽詰
っている人々に今更「頑張れ!」だけを連呼するのは、何だか違うんじゃないかと。

そしてそんなチグハグ感や不気味さは、今もこの国に潜んでいます。
例えば、こう先述のように励ましの声を送る一方で被災地産だからとその農産物等々を拒否
したり或いは良かれと思って使用すれば抗議が殺到したり(尤も放射能に脅かされるという
不安があるのは仕方ないのかもしれませんが。……それでも責めるべきは生産者の方々では
ない筈です。この人災を起こした某電力会社でしょう)、それまで無知だった無関心だった
ことを棚上げにしておいて反原発だの何だのと叫び始めたり──というよりは、トレンドの
ように沸き起こったムーブメントに水を差す者を指弾する攻撃性──。
(あと付け加えてよいというのなら、復興を名目にして色々金が徴収される事ですかね)
こういう何か大きな事件が起きる→その原因とされる者を叩く→そんな“自分達スゲー”に
与しない奴らは全部「敵」だとしかねない歪な傾斜と情熱の出現には、正直僕は積極的に関
わりたくはないです。まるで当事者を放置して(或いは巻き込んでダシにして)虚栄心を満
たそうとしている自己満足的な行為であるように思えて。
また、先日人々の間でも「震災は終わった」「原発反対の話題とかしないでくれ」という、
ある意味での距離感や無関心さを持っている──事象に対する差異が“動議”的に記事にさ
れているのを見かけました。
記事自体は『無関心な人がいるのは責められない。だから説得し続けなければ』といった旨
の文言でそれとなく中立を装いつつ終わっています。それでも全文の構成や雰囲気から、僕
は「ああ、やっぱり難癖か」と見ています。

こう言うと冷淡かもしれませんが、人間のエネルギーというのは決して無限ではないのです
(自身の痛いほどの実体験でもあります)そうなれば、そのキャパシティの中で個々人が注
ぐバランス感覚と選択は違っていて当然ではないでしょうか?
なのに「○○しないのはおかしい」「○○すべきだ」と自分達が熱を上げることを“啓蒙”
──もとい“布教”しようとする輩のなんと多い事か。
百歩譲ってそういった「無責任」な人を巻き込めたとします。
ですが、それが必ずしもイコール実際に窮している人々への救済に繋がるとは僕は考えない
のですよね……。ご存知ではあるかもしれませんが、仔細な留意なきボランティアというも
のは“悪意のない迷惑”でしかない事も多々であったりします。
何よりも……僕は、そういって「これが善行なんだ。正義なんだ」と“信仰”して、それら
を誰にも彼にも“布教”して回るような真似には与することはできないのです。
それは人海戦術的に人が集まる素人よりも、ある程度組織立てられた資金やノウハウのある
者達が中心を担った方がずっと効果的であるという技術論からの眼でもあり、ややもすると
先述したような「右へ倣え」的な強制が個々の選択の自由というものを阻害するのでは?と
いう危惧の眼でもあるのです。

勿論、公権力ではカバーし切れない部分を人々同士が担える部分はあると思います。
でも僕は……それを強制して当然のような風潮にはやっぱり与できません。
できることは、個々人によって違うのですから。
公の権力が個人にはできない(手に余る)仕事をこなす、こなすことを期待されるように、
僕ら個々人にもできることというのは違う筈ではないでしょうか。
体力に自信があれば肉体労働で、専門技術があればその強みを活かして。そして特にできる
ことがなければ……見守る。祈る。実質何もしていないという選択。
それも許されていいように思うのですよね。
(僕自身が単に不作為を正当化したいだけだという批判はあるかと思いますが、仮に僕が現
地に出向いても役に立てないと思いますから。自分のカラダの守りですら難儀なので……)
思考と実践が併行できれば理想なのですが、どちらかが限界という人間もいるのですよ。

単に天災だから、地理的に地震の多い国だからと諦観や理屈を述べることは簡単です。
しかし(ヒトがヒトの文明活動を放棄しない以上は)僕らは営みを続ける他なくて。
……「もういいや」と思うなら自死して終わらせるなんて事もできなくはないですが。それ
でも基本的には生きることを強いられる。

物資であったり、人的交流であったり、医療や教育を始めとした専門技術であったり、或い
は詞(ことば)や音楽といった文化的なものであったり。
手を差し出す選択をするとすれば、選択肢は何も一つではない筈です。たとえその一つ一つ
がほんの僅か、無力なものであっても。
阪神淡路大震災から十七年。東日本大震災から十ヶ月。
国土も、人の心も、政治経済も揺るぎ続けるこの国で、僕らは何をするのでしょうか……。

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  1. 2012/01/17(火) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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