日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「フラストレー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:破壊、依頼、風船】


 突然の大手術を乗り越えた頃を境にして、彼の人生は大きく変わった。そもそも事の発端
は、車で移動中に酷い事故に遭ってしまったからだった。
 こちらは普通に道路を走行していただけなのに、信号を無視して曲がって来た相手側の車
が激突──その衝撃で彼は激しく全身を打ち、へしゃげた車体に挟まれ、何とか引っ張り出
された時には既に意識を失っていた。出血や怪我の度合いも酷く、そのまま搬送された病院
で緊急手術が施されたという。
 幸い、何とか命だけは取り留めた。
 それでも、事故によって受けたダメージは完全に回復する事はなく、以降彼に視力の低下
と右半身の麻痺という後遺症を残した。事故を起こした相手はその間に逮捕・実刑を言い渡
されて収監されたが、当の彼自身にとっては何処か遠い出来事のようでもあった。元々面識
は無かったし、物理的に見え難くなったことで対面する気力も削がれてしまったのだろう。
実際彼当人というよりは、周りの義憤(いかり)によって、自分が理不尽な目に遭ったのだ
と自覚するようになった……そんな具合だったのである。

(──うぅん?)
 仮に彼の人物を“Y”と呼ぶ事にしよう。
 Yが始めて異変に気付いたのは、長らくのリハビリを終え、街中に戻ってきた頃だった。
重い後遺症を患った彼は、当然元の仕事や生活に戻れるでもなく、当初は事故による保険金
や家族の支えによって暮らしていた。
 このままではいけない……。内心そう焦って少しでも出歩けるように、身体に鞭を打って
みるものの、目に見えるのは決まって全体的にぼやけた世界だ。街の雑踏、人の声。音や触
覚、嗅覚は生きていたが、それでも知覚の大部分を占める目が悪くなってしまったのは痛か
った。現実は非情である。事故前まで普通に見えていたものが、見えない。
(何か膨れて……。顔か? あれは……?)
 ただ不思議な事に、その一方で今まで“視えて”いなかったものが視えるようになってい
たのだ。ぼんやりとしか映らない色彩、世界の中で、行き交う人々の頭上に何やらふよふよ
とくっ付いて浮かんでいるもの達がある。
 思わずYは目を凝らした。最初は一体何であるかが解らなかったが、どうやらそれらは皆
他人の頭から生えて、ガスを溜め込むようにして浮かんでいるらしい。
『……』
 例えるなら、ゴム風船のようだった。赤・紫・黄土色──全体的に汚れた感じのそれが、
一見すると人の顔のような絵柄を纏って宙に浮かんでいる。加えてそのどれもが一様にぶす
っと不機嫌面をしているものだから、視ていて何となく面白い。
 Yは何度かゴシゴシと目を擦ってみたが、変わらなかった。どうやら行き交う当の他人び
とは、自分達の頭から延びるこれらには全く気付いていないらしい。
 そんな人ごみの中で自己主張していたら、窮屈だろうに……。その実単なる幻の類に過ぎ
なかったのかもしれないが、時折互いにすれ違ってぶつかり、大きく弾かれ合って揺れるそ
のさまを、Yは暫く眺めていた。間の抜けた青信号のメロディ。周りの雑音が大きければ大
きいほど、その視界に観測出来る姿は滑稽に映る。

 精神が病んでいるのだろうか……? 当初はそう思っていたYも、ある時ある出来事を切
欠にこれを利用することを思いつく。
 一つはこの顔のようなゴム風船が、その者の“不満”を溜め込んでいるらしいこと。もう
一つは何故か自分だけが、これらに干渉出来てしまうらしいこと。
 切欠は些細な偶然からだった。その日も同じように街中でゴム風船がくっ付いている男性
を見、その苛立った様子でスマホを弄っている姿を見送っていたのが……不意に彼が屈んで
靴紐を直そうとした次の瞬間、自分の白杖でこのゴム風船を突いてしまったのである。
 盛大にパァンと割れ、弾けた“不機嫌面”。
 するとどうだろう。それまで同じく貼り付いていた男性の表情が、フッと穏やかに和らい
だようにYには視えたのだ。少なくとも聞こえてくる息遣いは機嫌良く、一瞬自分に何が起
こったのか混乱する向きはあったものの、そのまま足取り軽く歩き去って行ったのだった。
ポカンと、自らの不注意で起こしてしまった目の前の出来事を、Yは暫く咀嚼するかの如く
立ち呆けになる。
(……もしかして?)
 他人に確認、もとい実験するのは正直後ろめたさが無かったとは言えないが、Yはその後
も通りがかった何人かで同じくそっと突いてみる事にした。そろっと近付き、やはり何処か
苛立ったり不機嫌な他人びとのゴム風船を、通り過ぎてゆく段差の上からそっと白状で刺激
しては観察するを繰り返した。
 元々そう強度はあって無いようなものなのか、ゴム風船達は容易く割れていった。パァン
と割れて、外側(ガワ)と同じように幾つもの“不機嫌面”なモヤモヤ達が、解き放たれる
ようにして空高くへと昇ってゆく。『アァァァァァァァーッ!!』と、声にならない甲高い
叫びと共に視えなくなる。
(……間違いない)
 故にYは確信した。多分あれは自分達ヒトの「不満」なのだと。あれが頭上で大きく膨れ
れば膨れるほど、その者は日常的にストレスを抱えている。多くの物事に煩っている。
 何故自分に、自分だけがこれらに触れ、壊す事さえ出来るらしいのかは分からないが……
きっと何か意味があるのではないか? 彼は次第にそう考えるようになった。

『私どもとしても、最善は尽くしましたが……』
『おそらくは頭部を打ちつけた際、視覚を司る部分が損傷してしまったのだと思われます』
 術後、医師からそう告げられた時はショックだった。このぼんやりとした世界の景色が、
これから死ぬまでずっと続くのだと否応なしに突きつけられて──絶望さえした。
 だけど未だ完全に見えなくなった訳じゃない。もう半身は生き残っている。杖さえあれば
身体は支えられるし、実にゆっくりだが、日常生活も少しずつこなせるようになった。
「──では先生。宜しくお願いします」
 Yが新たに見出し、始めた仕事は──占い師だった。最初それを聞いた妻や子らは、随分
と胡散臭い表情(かお)をしていたようだったが。
「ええ。ではこの水晶に手を当てて、ゆっくりと目を瞑ってください。貴女の中にある悩み
の元を、出来るだけ強くイメージして移し替える心算で」
 街の一角、なるべく人目のつかない小さな掘っ建て小屋の中で、Yはそれっぽいローブ姿
に身を包んでいた。弱視を隠す為の色付き眼鏡と杖が、如何にもオカルトに属する者として
の彼を表現している。この日も悩める相談者が小屋を訪れ、救いを求めてきた。Yは開業以
来すっかり慣れ親しんだ、いつもの口上を取り、一旦彼女の注意を自分から逸らさせる。
(さて、と。この方の“不満”のほどは……?)
 勿論ながら、Yにいわゆる霊能力的なものは一切無い。在るのは事故前までの、三十数年
間のサラリーマン生活で培ってきた営業トークや経験則ぐらいなものである。あくまでこの
商売の肝は、手術以来「視える」ようになったゴム風船達だ。
 本来なら大きく弱ってしまった目を凝らし、この女性の頭上を仰ぐ。
 すると案の定、ふよふよと延びて浮かんでいるそれが在った。黒みがかった赤紫。結構大
きく膨れている。まだ声からして若そうなのに、苦労しているようだ。
「ふむ……」
 それっぽく、テーブルの上に置いた水晶玉を覗くふりをして、スッと右手の白杖を持ち上
げる。彼女にこのような体勢を取らせているのは、他ならぬ頭上のゴム風船を割る瞬間を見
られぬ為だ。これまで何人もの依頼人の“不満”を取り除いてきたが、今の所自身のゴム風
船の存在に気付いたらしい者はいない。だが傍目には、相手の頭上で杖を振るう怪しいおじ
さんである。用心しておくに越した事はない。
 杖先が触れるのを確かめてから、Yは次の瞬間これを一気に横薙ぎした。圧を掛けられた
彼女のゴム風船は、そのまま盛大に割れて中身が弾け飛び、幾つもの“不機嫌面”のモヤモ
ヤ達が、小屋の天井さえ物ともせず透過──逃げ去ってゆく。
「……よし。終わりました。貴女の中にあった苦しみが、この水晶の中に無事閉じ込められ
ましたよ」
 合図とするように、Yがそっとなるべく優しい声を掛けた。女性がゆっくりと目を開け、
そして次の瞬間、自分の中に在った筈も負感情(モヤモヤ)が消えていることに気付き──
驚愕の表情を浮かべる。
「あ、ああ……! 凄い! 本当に凄い! さっきまで重かった頭が、まるで……」
 先生、ありがとうございます! 弾かれるように立ち上がって、ぶんっと高速で頭を下げ
てくる依頼者の女性。Yは「いいのですよ」と苦笑していた。実際やっている事はインチキ
のようなものなのだから。
 この商売を始めてから毎度の事ではあるが、やはりいつも救われたような表情(かお)を
して、彼・彼女らが感謝してくるこの瞬間こそが一番胸が痛む。後ろめたさというか、罪悪
感に少しずつキリキリと締め上げられるような感覚だ。

「ありがとうございました! ふふ。これはフェイスノートに載せないと……」
 料金(自分としては良心的な設定にしていると思っている)を払い、この女性客が掘っ建
て小屋こと占いの館を後にしてゆく。去り際、また面倒な事になりそうなことを呟いていた
ようだが、まぁ客が絶えないには越した事はない。
(……やれやれ。こんなものに頼らないと回らないなんて、本来おかしな話なんだが……)
 占い師? お父さん、頭大丈夫?
 最初妻や娘からは散々言われたものだが、まぁ世の中の認識ってのはそんなものだよな。
一旦客が捌け切ってしまったのを確認し、Yは自らも小屋の外に出る。記憶の中で家族らの
困惑する反応に苦笑いし、それでも転身を遂行した自分の判断は間違っていなかったよな?
と、心の中で改めて問い返す。
 目もぼやけてしまい、杖なしには歩くのも覚束ない。
 そんな障害──後遺症を追っ手も尚、仕事を見つけなければと急き立てたのは、他でもな
い家族の為だった。妻や子供達は黙っているようだが、彼女らの金で余生を長らえさせて貰
おうなどというのは図々し過ぎる。自分が出来る限りのことは、やっておかないと。
 だから自身に他人の不満(ゴムふうせん)が視えるようになった時、これしかないと思い
至ったのである。折角の不思議な力だ。世の為人の為、何かしら活用しなければ。
「……」
 Yはただ、今も内心疑問ではあった。人々の不満(ゴムふうせん)を自分が割ってやった
所で、はたして根本的な解決になるのだろうか? と。
 夕暮れの空。黒いアスファルトと、灰銀色のコンクリートジャングル。
 確かに彼は事実として、今この瞬間の苦しみから解放されたがっている。現状ゴム風船が
視えるのが自分一人である以上、それが可能なのは自分だけだ。その立場を利用して、自分
は生計を立てている。日々を賄っている──言ってしまえば、それまでなのだけど。
『オァァァァァ……ッ!!』
 自分以外の、誰か。
 茜色に染まっているらしい空高くでは、今もゴム風船から解き放たれた“不機嫌面”のモ
ヤモヤ達が、激しく叫びながら飛び回っている。
 勿論、あの全てが自分によるものではないが──少なくともあの膨大な負のエネルギー的
な何かの一部は、他ならぬ自分が意図して解き放ったのだ。幾許かの金銭と引き換えに、彼
らの求めに応じて後先も構わず。
 間違いなく、根治という状態からは程遠いだろう。或いはあれが四六時中自分達の頭上で
飛び回り、ゴム風船の中で膨れ上がっているというのが、本来の姿なのか? 偶々自分だけ
が事故と手術により、視えてしまうようになっただけなのか? 占い師(しょうばい)を始
めるに当たり、先ず自分の中に在った加害者への恨み辛みといったものを、ゴム風船ごと鏡
越しに割ったのだが──その時から自分は既におかしかったのか?
「……」
 あれらは一体、何処に往くのだろう?
 暫くの間、Yはこの忙しなく漂うモヤモヤ達を見つめていた。
 ぼんやりとした輪郭、夕暮れ時の色彩の中で、時折これらの一部がまた誰かに降ってゆく
さまも視える。嗚呼、取り憑かれてしまったか……。いや、元々彼は、呼び込むほど抱えて
いたのか……? 道行き、スマホをしきりに見ているその姿は、全身からして殺気立ってい
るようにも視えた。余裕がなく、常日頃苛立ちが燻っているようにも視えた。
(やっぱりさっきの人、SNSは止してくれと、言っておいた方が良かったかな……?)
 遅きに失した感はあるが、今更ながらに改め迷う。
 ぐぐっと両肩だけで伸びをして、Yは再び踵を返した。のそりとローブ姿を翻し、杖を突
いて、店の中へと戻って行った。
                                      (了)

スポンサーサイト



  1. 2019/11/03(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅷ〔110〕 | ホーム | (企画)週刊三題「ハウリング」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/1167-09f90542
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (194)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (111)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (49)
【企画処】 (472)
週刊三題 (462)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (2)
【落書帳】 (2)
【詩歌帳】 (8)
【雑記帳】 (403)
【読書棚】 (32)
【遊戯倉】 (25)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW(凍結中) (17)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

Tweets by long_month