日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ハウリング」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:テレビ、嫌、消える】


 どうしてこんなに、音は大きいんだろう? 他人の声が煩く感じるのだろう?

 思えば物心付いた頃から、僕はずっと違和感と一緒だった。僕に話し掛けてくる父さんや
母さん、先生や周りの大人達、或いは同年代の他の子達のそれに、いつも僕は顰めっ面で向
き合っていたように思う。どうしてそんなに大きな声を出すんだと、早く口を閉じて離れて
くれと、忙しない音の嵐にじっと耐え続ける日々だったように思う。
『どうしてそんな表情(かお)をするの? ●●君?』
『もっと皆と仲良くしましょう? ね?』
 小さな頃はまだ、ちょっと困った程度で何とか皆の輪に入れようとして。
 僕がある程度大きくなると、段々そんな努力さえ向こうの方から投げ出し始めて。
 ……今も昔も、根っこの部分はあまり変わっていないのだけど、僕が“厄介な子供”であ
った理由は主に二つある。一つは周りの“物音”よりも、他人の“気配”がとにかく苦手な
こと。一つは友達とつるんで遊び回るよりも、自分の興味関心に没頭している方が好きだっ
たこと。
 要するに集団行動というか、社会性って奴と、僕は徹底的に相性が悪かった。だけど相手
は大抵こちらがそんな悩みを抱えているとか、性質なんて知りはしないから、一見すると目
付きと付き合いの悪い根暗としか映らない。
 もしかしたら付き合いが長くなれば、始め抱いていた印象も変わっていったのかもしれな
いけれど……そもそも僕みたいな人間は早々に見切りをつけられる。自分が不快に思うよう
な、ノリの悪い相手との交友関係を好んで維持したいと思う人間は皆無だ。継続させてゆく
価値も無い。
『おーい、サッカーしようぜー!』
『人数が足りないや。誰かいない?』
『え~っと……。▲▲は?』
『止めとけ止めとけ。どうせ外に出たって、ずっと耳を塞いで丸まってるだけじゃんよ』
 そういう意味では、子供というのは凄く正直だ。気付けば僕はナチュラルに、日々の学校
生活から除け者にされていった。尤も僕自身、自ら好んで煩い場所の中へ飛び込む気も起き
なかったのだけど……それと、周りの冷たくなる一方の眼は別問題だった。扱いはどんどん
皆の中で固定化していった。
 こいつは、駄目だ。
 こいつはいつも、顰めっ面で面白くもない。
 おかしな奴だ。あんまり声を掛けてると、急にワーッとなって暴れるものだから。
 関わり合いにならない方がいい。近付かない方がいい──。

『ああ? ボリュームが大きい? そうか? 父さんはまだそこまで耳は遠くなっていない
心算なんだが……』
 特に辛かったのが、家に居る時だった。まだ僕の耳のことをよく知らなかった父さんや母
さんは、しばしば“静か”に拘る僕を訝しげに見ていた。リビングでテレビを観ている音量
について文句を言うと、父さんは決まって気持ち不機嫌になった。仕事から帰って来てから
の風呂と、晩酌。一日のささやかな楽しみを、他でもない息子に水を差されるのだから。
『……いい。部屋に、戻る、から』
 家の外ならまだ構わなかった。
 いや、音の多さとごちゃごちゃ具合は間違いなく家に居る時の比じゃなかったのだけど、
それ以上に本来安らげる筈の場所でも、こう気を遣わなくちゃいけないというのが精神的に
辛かった。気を遣わせてしまうのが申し訳なかった。
 画面の向こう、何処か遠い別の場所で、ざっくりタレントと括れるような人達が若干オー
バー気味にリアクションを取っていた。喋り倒していたし、その度にでかでかとテロップが
表示されて、どっと客席の人達がつられて笑う。
 ……多分偏見も混ざっているんだろうけど、あれって大半は仕込みなんじゃないかなあ?
 ともかく僕は、テレビやいわゆる日常に溢れている、ああいう大勢の人達の声が苦手だっ
た。今も克服出来ていないし、平然と観ていられる他の人達の気が知れない。

『自分が笑われているとでも思っているんだろう? 自意識過剰だ』
『嫌なら見なければいい。わざわざこっちに言ってくるな──』

 結局、近くにいる他人達には一ミリも共感されず、寧ろその場から弾き出されてきた。僕
自身もそうなんだろうと、尤もだからと聞き入れてきた。周りの他人達に理解して貰い、変
わって貰うことよりも、自分がそっと身を引いた方がずっと楽だったから。
 自分さえ我慢していれば、少なくとも波風は立たない。
 相変わらず、彼らから僕への評は、面白くない奴と固定化されたままだったけれど……。
(やっぱり、僕はおかしいのかな? 他人とは違っているのかな……?)
 もしかしたら自分は、何かの病気ではないかと疑ったこともあった。ネットでそれらしい
症状を調べてみたり、こっそり外来に掛かろうとしたこともあった。
 でもはっきり貴方は○○ですよ、という結論は、その後も出ることはなかった。何かしら
他人に比べて鋭過ぎる所、鈍過ぎる所があるのは間違いないにしても、それを“病気”と呼
んでしまうことは難しい。医者(せんもんか)であれば尚の事だ。
 実際父さんと母さんは、そのことで自分達の息子が“レッテル”を貼られることを非常に
恐れたようだ。僕がこっそり医者を探していることがバレた時、酷く頬を叩かれて罵られた
ことを憶えている。あの涙は、六割七割が保身の為のものだ。
『どうして、母さん達に黙ってそんなことするの?!』
『近所に知られたらどうする心算だったんだ! 病気に逃げるんじゃない!』
 結局、理解はされなかった。だって仮にしてしまえば、自分の息子が“普通”じゃないと
いう現実に向き合わざるを得なくなるから。
 ……僕自身も、二人をそこまで責められなかった。本当にこの物音や声を拾い過ぎてしま
う耳は、病気の類なのか? 当の自分にだって確証はなかったから。
 病気に逃げるんじゃない。父さんに向けられた言葉も、悔しいけど僕自身に関してはあな
がち間違いじゃなかった。これだけずっと思い悩んできて、自分の力だけではどうにもなら
ないと解っても尚、浴びせられる無理解に反発する武力はおろか、説得し返せるだけの知力
も持ち合わせてはいなかったのだから。……そこまで反発してまで己を、我を通す意味を見
出せてはいなかった。只々虚しかったから。

 仮にそんな無気力な自分が、これまでこの“耳”で生きてきた中での挫折、染み付いた諦
めの所為でしかないのだとしても。
 ……どうすれば、良かったんだろう?
 外に向けて訴えられない、訴えるべきじゃないと他ならぬ僕自身が思うなら、もう閉じ籠
もるぐらいしかないじゃないか──。

 ***

(寒い……)
 物理的にそうだというのと、心がそう訴え掛けてくるのと。
 僕は結局この“耳”の呪縛から逃れる事が出来ず、学校を出た後もアルバイトや派遣など
の職を転々としていた。周りにはもっと勉強して、何かしら食いっぱぐれのない資格でも取
ればとも言われたものだが……そもそも周りの声が気になってしょうがないような人間に、
人並みの仕事なんて出来るものだろうか? そう思って、言い訳し続けて、此処にいる。
(コンビニでおでん……。でも、今月は懐が……)
 モフの付いたコートに首を埋めて、アパートまでの道を急ぐ。
 駅前は冬の足音と共に冷たい風が右往左往し、日没後もあって家路に向かう他人びとの数
も多い。僕としては、もうこの時点で色んな物音や喋る声が聞こえてしまって、一歩も動き
たくなくなるのだけど……そうも言っていられない。往来のど真ん中で詰む。もう無理矢理
自分の中にインプットした習慣(パターン)のように、一分一秒でも早くこの場から逃れる
ことにのみ専念する。
 嗚呼、辛い。耳がビリビリする。頭がガンガンする。
 きっと取捨選択が出来ていないんだ。何処からのどの他人の気配も、僕には等しく苦痛な
ほどの騒音に聞こえる。荒っぽく踏ん張っては踏み出す足音に、アスファルトの小石が蹴り
上げられる音、車のエンジン達や青信号のメロディ。ざわめく他人びとの声──じっとして
いれば一人狂ってしまいそうで、かといって急いでもずっと耳に食らい付いてくる。
(……はあ)
 帰りたい。何も聞こえない場所でずっと閉じ籠もっていたい。
 いや、もっと正確に表現するのなら──消えてしまいたいと言った所だろうか。閉じ籠も
るのは手段であって、目的じゃない。究極もし叶うのなら、今までもこれからも僕を苦しめ
る、彼ら雑多な音の暴力から降りたい。こちらから攻めて無くさせるよりも、自分の方から
無くなった方がよっぽど早い。迷惑にはならない筈だ。尤も、そんなことは妄想ばかりで、
自殺する度胸さえ未だ持てないでいるのだけど……。
(うん?)
 ちょうど、その時だったんだ。ふと僕の耳にキィィンと、鈍くも染み込んでくるような声
が聞こえてきた。嗚呼、またか……。正直げんなりはしていたけれど、五感の方はしっかり
と把握をしてしまう。通りを行き交う無数の人々の中を縫って、その声の主のいる方向が僕
にははっきりと判る。
『──て。離──して!』
 どうしてこんな選択をしたのか、僕にも分からない。気付けば僕は、その声のする方向へ
歩を進めていた。最寄り駅の電車へ向こうのも後回しに、次第にはっきりと大きくなってゆ
くその声の正体を、僕は路地裏の一角で見出した。
「へへっ。喚いたって無駄だって。こんな時間にこんな場所へ、誰も来やしねえよ……」
 そして僕はどうやら、とんでもない面倒事に首を突っ込んでしまったらしい。半分苦情、
半分好奇心で足を運んだその先に広がっていたのは、明らかに暴行されそうになっている一
人の女性と、彼女を壁際に追い詰めている中年男だった。
 位置的に奴は僕の存在に気付いていない。彼女と物陰の僕とで、こいつを前後から挟んで
いる状態だ。女性は年格好からして……大学生くらいだろうか? 僕とさほど変わらない。
まぁこっちは進学すら早々に放り出した身だけれど。
「……」
 拙いな。
 状況が状況だったし、すぐに回れ右した方が得策ではあった。ただの好奇心みたいなもの
で、関わるべき案件じゃない。
「──ッ!?」
(あっ)
 だけど後悔した時には既に遅し。次の瞬間、当の彼女が僕の存在に気付いた。明らかに物
陰から顔を出していた僕を見て、動揺している。涙目になっている。
 クッソ、やっちまった!
 どうすればいい? この状況で僕なんかが、どうすれば……。
「!?」
「ぬっ──?!」
 どうしてこんな事をしたのか、僕にも分からない。もう最善ではなく次善だけども、彼女
が僕の顔をしっかり憶えていないことを祈りつつ、これを見捨ててすぐに逃げてしまうべき
だったのに。
 それでも実際次の瞬間、僕が取った行動は──この状況を“撮影”することだった。
「てめぇ……。何時からそこに……!」
 気付いた時にはスマホを取り出し、この男が今まさに行おうとしていた犯行を写真に収め
ていた。彼も小さくも鳴ったシャッター音に気付き、こちらに振り返った。ギロリと殺気を
瞬く間に宿し、文字通り鬼の形相で睨み付けくる。
「……っ」
 だけどこれでいいんだ。我ながら馬鹿馬鹿しいけど、少なくとも狙い通りだ。
「って、ゴラァ! 待ちやがれッ!!」
 見つかった瞬間、僕は一目散に走り出していた。踵を返して百八十度、来た道を全力疾走
して戻り、大通りの方へ向かった。こちらに足を踏み入れてからそれほど時間は経っていな
い筈だ。今ならまだ、あそこにはたくさんの“他人”がいる。身を隠して逃げ切るにはもっ
てこいだろうし、何より鬼の形相で追ってくる男の姿を、目撃してくれる誰かの発生率は格
段に上がる。
「はあっ、はあっ、はあっ!!」
 嗚呼。何で僕はこんな、馬鹿なことをやっているんだろう? さっさと逃げれば良かった
のに。一瞬あの状況で脳裏に浮かんだ“作戦”を、結局実行に移してしまった。タイミング
を失えば自分も道連れにされると、勝手に焦っていたのかもしれない。
 ……お世辞にも、僕は腕っぷしが強い訳でもない。同年代の男性に比べると小柄な方だと
の自覚があるし、何より喧嘩なんて記憶の限りした試しが無い。喧嘩出来るほどの親しい相
手がいなかったとも言うけど。
 だからとにかく、男の注意を襲われている彼女から逸らす。この場所、この状況でそれが
出来るのは僕だけだったし、逸らさせるには誰かに移すしかない。
 だから敢えて男の現行犯な姿を、写真に撮った。撮って気取らせた。勿論後々でこの面倒
事がまた襲って来た時、証拠として差し出せるようにという意味合いもある。
 思考時間、ほんの数秒。我ながらよく頭が回ったなと思う。よくもまあ……無謀なことを
やらかしたなと思う。
 繰り返すが、僕は全くもって強くない。捕まってしまえば即アウト、ボコボコに返り討ち
にされて終わりだろう。だからバイト帰りの身体に鞭打って──死に物狂いで逃げた。
 さて、何も言わずに逃げ出したけれど、彼女の方は……うん。ばっちり離脱を始めている
みたいだ。肩越しに確認しただけだからはっきりとは見えなかったけど、僕が走り出した瞬
間のその表情は、驚きで目を見開いていたような気がする。暴漢の次は盗撮魔、そんな風に
思われてはいないだろうか? こいつがブチ切れて追って来る辺り、こっちまで要らぬ容疑
を掛けられてはいないと信じたいけど……。
「はあっ、はあっ、はあっ!! はあっ、はあっ、はあっ、はあッ!!」
 どうしてこんな真似をしたのか、自分でもよく分からない。
 決して屈強でもない手足を忙しなくスライドさせて、僕は路地裏から飛び出した。
                                      (了)

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  1. 2019/11/01(金) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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