日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「淡き夢見じ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:桜、夜、墓標】


 初秋の夜長に、酒を呑む。
 不思議に輝く頭上の桜と昔話、或いは現在(いま)への愚痴を肴に酌み交わす。きっとそ
れは人であろうと、人ならざる者であろうと変わらないのだろう。
「──ささ、どうぞ」
「おう。すまねぇな」
 杯を傾けるのは、一組の夫婦と一人の大男だった。三人とも何処か古めかしい装束に身を
包んでいる。夫と彼二人の酒を注ぐと、彼女は自身も分も入れ、そっと傍らに控えるように
座る。
「じゃあ、久方の再会に……乾杯!」
「乾杯」「乾杯♪」
 仮にミコトノヒコとミコトノヒメ、モモノベヌシと呼ぶことにしよう。
 一人は細身で端正な顔立ちをした青年と、同じくお淑やかで美しいその妻。もう一人は対
照的に、筋骨隆々とした赤毛の偉丈夫だった。
 骨董品のような焼き物の杯を軽く互いに鳴らし、先ずは一口を呷る。或いはちびちびと、
上品に喉へと通す。
「はっはっはっ! いや~、やっぱ誰かと呑む酒はいいねえ。まさかお前さんらとこうして
呑めるとは思わなんだ。長生きはしてみるモンだな」
「……そう言って貰えるのなら、幸いです」
「ええ。モモノベ様も、まだまだお元気そうで良かった」
 豪快に笑う赤毛の大男・モモノベヌシ。
 対してミコト夫妻は、生来の性質もあるが、若干控え目に振る舞っているように見えた。
スッと目を細めて言葉を選び、彼が暗に自らの歳月を自嘲(わら)うような言い方をするの
を諫めようとする。あまり好くは思わなかったらしい。
 そうして暫くの間、三人は静かに呑み続けた。
 ミコトノヒメが折を見て酌をし、或いはモモノベヌシ自身が手酌で一杯もう一杯と呷る。
現実(ほんらい)の季節ではありえない頭上の桜達が、静かに光を帯びて佇んでいた。時折
ミコトノヒコがこれを見上げ、杯片手に何処か遠くの景色を視ている。旧知の友との酒席で
ありながら、その横顔は常にある種の憂いと共にあった。
「……人伝に聞いたのですが。モモノベ殿。今はもう、鍛冶仕事はやられておられないので
すか?」
「うん? ああ。お前んとこにも噂は届いてたか。……そうさな。少なくとももう、人間に
武具を打ってやるのは大分前に止めちまった。今じゃあ顔馴染みの雑貨を、頼まれて手入れ
するぐらいなモンさ。人間達(れんちゅう)はもう、俺が考える以上のものを作り出せるよ
うになっちまったしな。こと戦に限れば、あれほど殺すことに長けた奴らはいねえ」
 彼の表情と、たっぷりと機を窺ってから訊ねられた時点で、およそどんな内容かは予想し
ていたのだろう。モモノベヌシは手酌で次の一杯を注ぎながら、努めて淡々と、何でもない
といった風に答えた。訊ねた当人であるミコトノヒコ、この夫を心配そうに見遣ったミコト
ノヒメの眉尻が下がる。
「お前らこそどうなんだ? 大分前、森の社から住処を移したって聞いたぞ?」
「……ええ」
「理由はモモノベ殿と似たようなものですよ。人の領域が広がり、我々も座に戻ってゆく他
なかった。私と妻だけならともかく、眷属達もいますしね」
「……そっか。“独り立ち”と言っちゃあ聞こえはいいが、正直寂しいモンがあるな」
 はらり、はらり。淡く輝く花弁が杯の水面に落ち、波紋を作った。そちらが訊ねてきたの
だからと、モモノベヌシもそう近況を確かめると、彼ら夫妻は静かに苦笑(わら)うしかな
かった。言わんとすることはお互い、とうに暗黙の了解が出来上がっている。暫くは酒に口
をつけることもしないまま、じっと何かを──過去の記憶を辿っているかのようだった。
「これも、時代の流れって奴かねえ」
 そうして誰にともなくごちるモモノベヌシ。ミコトノ夫妻も、特に応答する訳でもなかっ
たが、肯定と解釈して差し支えなかっただろう。
 かつてモノノベヌシは、火と鍛冶を司っていた。
 かつてミコトノ夫妻は、森と生命を司っていた。
 全ては後世(あと)に生じる者達の為に。彼らを含めた古き者らは、持てる多くの知識と
力、宝物を与えた。このか弱くも前進し続ける、新しき種(しゅ)の為に。ある者は生き抜
く為の武器であったし、またある者は生み育てる行為、或いは環境そのものであった。
 杯に落ちた花弁をそっと摘まみ取り、ふぅっと息を吹きかけて飛ばす。
 夜風と合流して、一枚のそれは瞬く間に何処かへと消えて行ってしまった。目で追うのも
難しいし、追う心算もない。過ぎ去った日々を慈しみ、或いは哀しみ、彼らは差し向かうお
互いの表情(かお)を見遣る。
「まあ、あいつらと俺達の云う“時代”ってのは、かなり幅が違うだろうけどな」
 自分で訊ね返しておいて、代弁しておいて。
 少々ばつが悪そうに、モモノベヌシは苦笑(わら)ってみせた。同じく声もなく哀しげに
苦笑(わら)うミコトノヒコも、そのままつられて視線を動かす──桜の木々の向こうに乱
立する、無数の石碑達を眺め始めていた。
 ……いや、それらは実際墓標なのだろう。
 だがどれだけの長い歳月が経ったのか、或いは人々に忘れ去られたからなのか、石碑達は
総じて苔むしていた。或いはひび割れや損壊が激しく、中には墓石ですらなく木札や刀剣、
槍といった物騒な物で代用されてさえいる。
「彼らはもう……我々のことなど忘れてしまったのでしょうか」
「忘れてるんだろうな。そりゃあ今も時代も、篤い奴は居はするんだろうが」
 モノノベ殿の言うように、彼らがそれだけ“独り立ち”していった証左であるのなら、か
つて生み育てた自分達は寧ろ喜ぶべきなのだろう。見守ってやるべきなのだろう。
 しかし……。森と生命を司る一柱・ミコトノヒコは思った。
 それでは、あんまりじゃないか。
 せめて幸福であるなら良い。だけども現在(いま)の有り様を観ている限り、彼らが到底
そうだとは思えない。大多数とは思えない。かつてより多くが病み、多くを奪い、多くを奪
われる。そのような結末の為に、自分達は存在してきたのではない──。
『……』
 暫くの間、三人は黙っていた。改めて思い出す過去の日々と、こんな話題を久方の宴席で
出してしまった愚。思い出を語らう材料にはなったろうが、はたして酒の肴としては適切だ
ったろうか?
 如何せん自分達はもう、古き存在だ。
 いっそあそこに眠る──隠れてしまった同胞達のように、役目を終えたと認めてしまった
方が楽なのではないか? まだ救われるのではないか……?
「早まった真似はするなよ。ミコトの」
 だがそんな彼の胸中を、モモノベヌシはぽつっとそう一言だけ呟き、止めた。
 ハッとなって声もなく振り向くミコトノヒコと、これを眉を顰めて見るミコトノヒメ。杯
の中の残りを飲み干し、彼は言った。酒はすっかり冷めてしまったようだ。心情的にももう
一杯注ぐという気も起こらない。
「俺は独り身だからいいが、お前さんは嫁さんや子供が沢山いるだろう? こう言っちゃあ
重石になっちまうんだろうが……泣かせてやるな。お前はお前の時間を生きればいい。鍛冶
仕事が無くなろうが、森が消えてゆこうが、俺達が否定される訳じゃねえんだからな」
「モノノベ殿……」
「……有難う、御座います」
 言われた当のミコトノヒコは内心少なからず動揺して。傍らでこのやり取りを聞いていた
ミコトノヒメは、ややあってゆっくりと頭を下げて。
 いいって事よ。対するモノノベヌシは変わらず、努めてその発言(ことば)を軽いものだ
と言わんばかりに振る舞おうとしていた。……彼ら夫妻だけに向けたものではないからだ。
桜の向こうで静かに眠る、かつて同胞だった者達に対しても、きっと彼はこの慰みを手向け
てやりたかった。
「……さあ。ここいらにしとこう。折角の酒の席だ、楽しまなくっちゃあ損だろう?」
 そうして再び、三人は飲み直し始めた。少々わざとらしく話題を切り替え、新しい酒瓶を
用意する。モモノベヌシのそんな心遣いに、ミコト夫妻も静かに頷いた。努めて沈んでいた
表情を穏やかに戻し、改めて杯を掲げて打ち鳴らす。輝きを帯びる桜の花弁達が、はらはら
と、先程よりも気持ち多く舞い出しているようにも思えた。
「──ぎゃはははッ!!」
「何だよそれ~、馬っ鹿じゃねーの?」
 しかしちょうど、そんな時である。
 不意に暗がりの向こうから、彼らではない者達の声が聞こえてきた。同じく呑んで来た帰
りらしい。ほろ酔い気分で笑い合い、近付いて来る人間の一団だった。若者達だった。
 はたっと、ミコトノ夫妻とモモノベヌシ、古き装束と時代の側の動きが止まる。
『──』
 次の瞬間だった。目を見張ってこれを見遣った彼らの姿が、突如として霧散──光の粒子
のように消え失せたのだった。それだけではない。周囲を照らしていた、静かに輝きを纏う
桜の木々も、彼らが悼んでいた同胞の墓標達さえも、同じく一瞬にして消え失せる。照明を
切られたように視えなくなる。
「ははは! ひ~、ひ~……っ! 可笑しな奴だなあ」
「そんなのと付き合ってる、お前も大概だけどよ~」
 されどこの場、季節外れの夜桜と酒席が広がっていた公園内に足を踏み入れた人間達は、
その事に全く気付いていなかった。あたかも人には視えぬ幻であったかのように、一転して
人気の失せた暗がりの中を、違和感一つ抱かず通り過ぎてゆく。
                                      (了)

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  1. 2019/10/28(月) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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