日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅣ〔48〕

「リアナイザを、持っていない……?」
 突如として魔女型のアウターと、その召喚主と思しき女性に襲撃された睦月達は、彼女ら
相手に有効な攻め手を見つけられないでいた。
 炎や雷、冷気に風刃。多彩な攻撃を持つ魔女(ウィッチ)を一旦諦め、睦月はEXリアナ
イザの銃口を彼女に向けようとしたが──当の本人の手には、改造リアナイザはおろか、鞄
の一つも下がっていなかったのだった。こちらに向けてくる眼差しだけは並々ならぬ敵意に
満ち、しかし自身は丸腰と呼んでも差し支えなかったのである。
(……ど、どうする?)
 目に映った光景・事実に、睦月は思わず戸惑う。引き金をひく訳にはいかなかった。
 アウターの苗床である改造リアナイザが見当たらないという事は、彼女が召喚主ではない
可能性がある。つまりは別の誰かなのか? 或いは既に実体化を果たしているのか?
 ただ少なくとも、睦月にはこの二人が阿吽の呼吸であるように思えた。怒り狂うさまを始
めとして、その湛えた“感情”はお互いに酷似している。
 何よりも……彼女は明らかに生身の人間なのだから。
「アアアアッ!!」
 しかしそんな隙を、ウィッチは見逃さなかった。睦月が彼女にみせた躊躇いを、絶好のチ
ャンスと捉え、右掌に炎を集束──鞭状に変えてぶつけてきたのだ。
「ぐがッ?!」
「佐原!」「睦月君!」
 そのやや斜めから割り込んできた一撃を、守護騎士(ヴァンガード)姿の睦月はもろに受
けてしまう。仁や冴島、仲間達が思わず血相を変えて叫ぶ。隊士達のコンシェルらも何体か
巻き込みながら、睦月はビル壁の一つに叩き付けられた。鈍い衝撃音と共に、大きな陥没を
作ってひび割らせ、ぐったりとその場で項垂れる。「フゥゥ! フゥゥゥーッ!!」女性と
ウィッチが、勝ち誇ったように口元を歪め、或いは再三狂気のままに吼えていた。
「おい、佐原! お前ら! しっかりしろ!!」
「拙いぞ……。彼が崩されたら、僕達は……」
 絶体絶命のピンチ。止めだと彼女に呼応し、ウィッチが両手に雷のエネルギーを集める。
『司令』
 だがちょうど、その時だったのだ。次の瞬間司令室(コンソール)の向こうで、職員の一
人が皆人に報告を上げる声が聞こえてくる。緊張気味のそれが、気持ち通信越しの睦月達か
らも大きく漏れ聞こえて響くようだった。
『七波由香の居場所が判明しました。北大場三番地二十七──廃ビル群の一角です』
 えっ? 故に仁や隊士達、睦月らは思わず目を丸くして呟いた。不意に出てきたその名前
に、後の細かいやり取りが頭に入って来ない。
 何故そこで彼女が? ここ暫くは対策チームメンバーのケアの下、保健室登校と警備の続
く自宅を往復していた筈ではなかったのか? コンクリ壁の陥没に背を預けた睦月も、ゆら
りと顔を上げてこの報告を聞いている。静かに目を細めた冴島が、通信の向こうで挙げられ
たその方角、遠巻きに見える廃ビル群を仰いだ。
「七波さんが? 北大場……近くだ」
 するとどうだろう。それまで怒涛の襲撃を仕掛けていた、ウィッチとその召喚主と思しき
女性は、文字通り彼の呟きに血相を変える。「ナナミ……?」「七波由香!」憤怒の矛先を
あっという間に切り替え、全滅一歩手前の睦月達をそのままに、脇目も振らずに向かって行
ってしまったのである。
「……。えっ?」
「助かった、のか……?」
 回収するようにこの女性を抱え、二度・三度大きく跳躍。ビル街の向こうへと瞬く間に消
えてゆく魔女型(ウィッチ)のアウター。
 はたして一行は、その場に取り残される格好となった。ボロボロになりながらも、敵が止
めすら刺さずに往ってしまい、暫し呆気に取られたように立ち尽くした。


 Episode-48.Stigma/排斥者達の災展

「答えろ! 何で知ってて黙ってた!?」
 ウィッチ達との遭遇から、程なくして。
 司令室(コンソール)に戻って来た仁や旧電脳研仲間の隊士達、海沙や宙、國子らは、先
刻通信越しに漏れ聞こえていたやり取りについて問い詰めていた。特に仁の怒りは強く、帰
還して早々皆人の胸倉を掴み、詰め寄る。
 曰く、七波の母・沙也香が、瀬古勇によって拉致されたというのだ。
 転院先の警備員達は当然のように全滅。七波自身も、デバイスに着信があって席を外した
すぐ後、学園から抜け出してしまったらしい。
 事態に気付き、通信記録を調べた所、直前に掛かってきていたのは他でもない母・沙也香
からと判った。時系列と状況を勘案するに、おそらくは勇が拉致後に彼女のデバイスから連
絡を寄越したものと思われる。母親が人質に取られたと知り、慌てて飛び出したのだろう。
 睦月及び冴島隊は、既に先行して現場に向かった。皆人ら司令室(コンソール)から事の
経緯を聞かされ、派遣された援軍と治癒系コンシェルによる手当もそこそこに、勇が潜伏し
ていると思われる廃ビルへと出撃した。

『まるで囮みたいじゃないか。全部知ってて、僕らを……?』
『ああ、分かってる。それよりも今は、七波さんとお母さんを助けないと』

 勇に対抗出来る者が自分しかいないと、すぐに解って私情を収め、睦月は冴島達と共に別
れた。仁と同様、彼女がまたしても利用──理不尽に巻き込まれたことに少なからず怒りの
面持ちを見せていたが、一方でこの親友(とも)は何の理由もなく策を弄しはしない。それ
だけは確かだと認識していたようだ。
「……既に“蝕卓(ファミリー)”が、今回の件で動き出しているとしたら?」
「何?」
 全てはアウターとの戦いにおいて、少しでも後れを取らぬよう食らい付く為。
 冴島も國子も、始めから皆人の“策”に噛んでいたのだった。そのことで、一連の秘密主
義的な言動が彼の怒りを買おうとも。
 仁に胸倉を掴まれ、海沙や宙からも批判の眼差しを向けられつつも、当の皆人はそうたっ
ぷりと間を置いてから言う。ピクリと、仁の眉間にまた一つ小さな皺が寄る。
「事後的で、お前達を騙すようなやり方であったことは認める。ただ俺達が事態を把握した
時、奴らはもう水面下での工作活動を始めていたんだ。瀬古勇が属している大元だ。逸早く
感知していても不思議じゃない。或いは、奴らが彼に拉致するよう唆したのか……」
『……』
「こちらや当局が手を回すよりも早く、ネット上に拉致の情報が漏出して(リークされて)
いたんだ。既に書き込みを読んで反応している人達の声も、今こっちで抑えようと試みては
いる。当局内の工作員達にも、働きかけるよう指示してあるが……正直完全に火を消す事は
出来ないだろう。一度は俺達が蝕卓(やつら)を追い詰めるのに使った手だ。何より人質を
取られてしまっている以上、下手に刺激するのは拙い。救出は一回で成功させなければ」
「そりゃあ……そうだがよお」
 相変わらず全部が全部、裏で背負い込もうとしやがって。
 仁はその実、最初とは別の意味で顔を顰めていたのだが……結局本人に伝わる事はない。
海沙や宙も、人質と聞いてハラハラしたり、矛先を見失って悶々としていたが、自分達がエ
ネルギーを向けるべき課題については理解している心算だった。七波由香と七波沙也香、両
方を確実に助け出さなければならない。
「でもだったら、余計にあたし達があんな調査に出ている暇なんてなかったんじゃないの?
確かに結果的には、奴らは尻尾を出してきたけどさあ……」
「いや、だからこそお前達に、一旦別働隊として動いて貰ったんだ。あの新たなアウターと
召喚主を、お前達を介して“接触させる”ことで、当初の目的が叶うのだから」
『???』
 國子隊を除き、面々が頭に大きな疑問符を浮かべていた。どうにも妙な言い方をする。
 それではまるで、あの魔女(ウィッチ)と召喚主らしい彼女のことを、皆人達が前もって
知っていたかのような……。
「うーん……? すまん。もっとはっきりと言ってくれ。要するにお前は、一体何をやらか
そうとしてるんだ?」
「瀬古勇に、そのアウター達をぶつける為だ。脅威を相殺し、且つこちらの戦力がバラけざ
るを得ないという状況を防ぐ。あの召喚主の身元については、既に調べはついているんだ」
 ぽりぽりと後ろ髪を掻いて問い直す仁に、皆人は言った。もうこれ以上隠す必要も、騙す
必要もない。彼らが驚くように目を見開くのが分かった。曰く連続殺人という時点で、市中
の監視映像(ログ)は洗ったのだそうだ。
「召喚主の名は、磯崎瑠歌。二十二歳大学生」
「玄武台高校(ブダイ)の前校長・磯崎康太郎の──実の娘だ」


 勇による、七波沙也香の転院先への襲撃及び拉致監禁。そんな彼の情報もとい動静を、ア
ウター達を束ねる“蝕卓(ファミリー)”はかなり早い段階から把握していた。七波由香と
筧兵悟に対する秘密裏の脅迫行為と、確実な殺害計画。飛鳥崎南岸の人工島・ポートランド
地下のアジトでは、他の幹部達が一連の報せを受け、早速これをアシストすべく動き出す。
(やれやれ……)
 特に彼を引き立てた張本人たる白鳥──プライドは、彼の行動に肩を竦めながらも、冷徹
に眼前の状況を利用してゆくスタンスを採った。ラースやスロース、他の“七席”も加勢し
て、先手を打つように工作を開始。ネット上に拉致の情報をそれとなく流した。政府や飛鳥
崎当局への批判の声を、仕込み(サクラ)も使って拡散する。
『速報! 瀬古勇による凶悪犯罪再び!』
『告発者を守れぬ政府・国家権力の限界と傲慢』
 思惑通り、ネット民はこぞってこの餌に食い付き始めていた。やがてはマスコミも彼らの
ざわめきに目を付け、非難の記事を起こし始めるだろう。少なくとも政的な攻撃材料に関心
が高く、そこにアイデンティティを見出している者達にとっては、他人の何倍・何十倍もの
エネルギーを費やしてこれを口実──喧伝を繰り返す筈だ。
 大半の市民にしてみれば傍迷惑な、目を逸らして下手に口を出さぬよう努める事柄も、結
局はこうして“問題”にさせられてゆくものだ。沈黙は観測されない。いつだってされるの
は、寧ろ騒々しいほどに声を上げてアピールする側なのである。
 全ては、先の中央署の一件で一杯食わされた政府側への報復の為。
 世に云う“有志連合”と繋がっているであろう、彼らに今こそ反撃と痛手を──。

「……何なの、これ」
 自宅のPC画面を見ていた恵は、ふと増殖を始めたこの横並びの記事やレスポンスに、思
わず眉を顰めて呟いていた。情報が煩雑になっていて一見分かり難いが、断片的な要素を拾
ってゆくに、どうやらあの子の母親が誘拐されたらしい。彼女自身も、時期を同じくして行
方が知れないとも記されている。
「例の、玄武台(ブダイ)の告発をした娘(こ)か」
「ええ……」
 七波由香。件の内部告発者にして、先日も度重なる刺客達に狙われた後輩の少女。
 親身になってくれた筧・由良両刑事を失い、自宅も襲撃された──母親も入院を余儀なく
された。受難続きの最中にこれとは。対策チームの面々は一体何をやっているのか。
(ううん。それよりも……)
 将来の進路、実益も兼ねてジャーナリズムをウォッチしている彼女だからこそ、分かる。
 種々の書き込みが為された日時を洗い直してみると、その怒涛っぷりはやはり不自然だっ
た。政府や当局──実質対策チームへの批判の声が上がるのは仕方ないにしても、この拡散
速度と話題の循環は、あまりにも出来過ぎている。
 おそらくは、人為的に情報が流されているのだろう。当局が表立って動く前に、その不手
際を否定するよう扇動している。世論の操作を狙っている……。
「悪意を持った誰かが動いているんだわ。多分……“蝕卓(ファミリー)”」
「っ、そういう事か。この手の煽りは、先ず誰が一番得するかを考えなきゃな」
「ええ。瀬古勇は奴ら幹部の一人。把握していない筈はないもの」
 どうする? 彼女の傍に近寄って来た耕士郎──人間態のアイズは、そう神妙な面持ちを
しながら訊ねてきた。
 言わんとする事は解る。相手が相手だと判ったなら、尚の事。彼のオリジナルである伯父
がそうであったように、彼らと真正面から戦いたくはないが……。
「……でも、放っておけないわよ。あの子が不憫過ぎるし、何より一度は関わってしまった
身だしね」
 メグ……。アイズの心配そうな、しかしそれ以上止めようにも止めるべき言葉が見つから
ないといった気配に、恵はちらっと眼鏡越しの横目から静かに苦笑(わら)った。
 自分でも、わざわざ危険を増やすだけだとは解っている。それでもいち当事者、ジャーナ
リスト志望としては、かくもラディカルな言説が跋扈するさまは我慢ならない。
(放っておくだけじゃあ、事態は決して好転しない……)
 自身達の経験や先の共闘も踏まえて、彼女は意を決してキーボードを叩き始めた。画面上
を占拠しようとする先鋭化する人々の言葉を、抑え和らげようとするユーザー達に雑じって
立ち向かう。レスポンスに加勢する。
 せめてそんな理知的な人々に、こっそり「いいね!」を押すぐらいなら──。

「また……物騒な事件が増えてきたね。やっと飛鳥崎も、中央署の一件から落ち着き始めた
かな? って思ったのに……」
 所変わり、市内東部。今や自分と専属の執事以外、誰も居なくなってしまった屋敷にぽつ
んと座し、淡雪は小さく嘆息をつく。美麗な調度品で飾られたリビングのソファで、自身の
デバイスに表示されるニュースに思わず眉尻を下げていた。
 そんな彼女の傍らに、じっと言葉なく控えているのは、スーツ姿の青年──彼女の執事で
あり、契約を交わしたアウター。その人間態たる黒斗である。
「……そうですね」
 ちょこんと、人懐っこくこちらに振り向いて画面を見せてくる彼女に、彼は少しだけその
仏頂面を変化させていた。眉間の皺を一本、また一本と増やしていた。
 この繰り手(ハンドラー)は、お節介にも七波由香及びその家族の境遇を哀しみ、憂いて
いるようだ。自身のそれとも重ねているのだろう。黒斗は努めて多くを答えないよう振る舞
っているようにも見えた。
 七波由香を保護している対策チームとは以前、彼女を他の個体から守る為に一時共闘した
が、それだけだ。少なくとも自分からまた不用意に接触する心算はない。自身がその元凶、
蝕卓(ファミリー)の幹部・七席の一人であることは、彼女にも未だ話していない。今後も
同様、知られる訳にはいかない。
「大丈夫かしら? 何日か前からは、連続殺人の話もあるし……」
「……」

「ねえ、本当にいいの?」
 飛鳥崎ポートランドの地下、蝕卓(ファミリー)が居を構えるアジト。
 一通りの工作を指示・済ませて戻って来たスロース達が、そう円卓に着いていたプライド
へ確認するかのように訊ねてきた。当の本人は片手にカップを持ち、優雅に一時の休息を愉
しんでいる。
「何がだ?」
「エンヴィーのことよ。確かにこれで、七波由香やリークした連中への報復にはなるけど、
それ以上にあいつの退路を断つ真似になっちゃわない?」
 ゴスロリ服の小柄な少女──見た目だけなら可憐な容姿を、盛大に帳消しにして、両腕を
組んだスロースはそう気だるくも懸念を示して言った。
 彼はただでさえ、中央署の一件で“戦犯”扱いされてきたのだ。こうもこちらがお膳立て
をして、先んじて周りを大事(おおごと)にしてしまえば……サクッと殺れるものも殺り辛
くなるのではないか?
「いや。これでいいのさ」
 だが対するプライドは、フッと小さく哂うと答えた。静かにカップの中の紅茶を口にし、
一旦円卓のソーサーに置いた上で、こちらについっと視線を上げてきたのだった。小さな怪
訝というよりも不満、或いは既に興味を失くして奥へ引っ込んでゆくラース達の姿を視界に
映しつつ、彼は邪悪な影を宿して呟く。
「これは“罰”なんだよ。彼女達への、な……」

 時を前後して、北大場の廃ビル群。
 ネット上の書き込みとマスコミ筋からの情報を受け、飛鳥崎当局の武装部隊は秘密裏に現
地に展開していた。防弾チョッキや防護面付きのフルフェイス、ジェラルミン製の長盾や、
肩に引っ掛けた短機関銃(サブマシンガン)──各員があちこちの物陰に潜みつつ、救出目
標である七波沙也香を捜索している。
『……』
 じりじりと、滲む汗と募る焦燥。
 ただでさえ辺り一帯は、開発の波に乗り遅れて半ばゴーストタウンと化した場所だ。似た
ような建物の乱立、入り組んだ無数の路地。敵が人質を取って立て籠もるには絶好の環境で
ある。地の利は間違いなく相手にあった。こと、それがあの瀬古勇となれば、慎重にも慎重
を期さざるを得ない。
 更に追加で送られてきた情報では、目標(ターゲット)の娘である七波由香もまた、彼女
の拉致前後に行方を眩ませているのだという。
 まさか彼女も……? 何でよりによって……。
 捜せ! 当局及び上層部から、親子共々保護するよう指示が出たが……こうして現場に到
着してからというもの、その姿も足取りが判るような痕跡も見つかっていない。只々臆病に
隠れては走り抜け、一区画一区画ずつ虱潰しに当たりながら、現在まで推移している。
「突撃許可はまだなのか?」
「こうしている間にも、人質は……」
 そう、思わず舌打ちが口を衝いて出そうになりながらも、彼らは努めて気配を殺しながら
進んでいた。
 ……もどかしい。より機動的に展開出来れば、もっと早く効率的に相手の居場所を量る事
も可能だろうに。しかし上層部は人質の命を最優先とし、部隊の大半に待機を命じたまま動
かない。相手が相手だけに、恐れをなすのも致し方ないのかもしれないが……自分達武官が
それでどうする? 少なくとも他に誰かが、都合よく助け出してくれる訳でもないのだ。結
局基地に踏ん反り返っているお偉いさん方は、政治の事しか考えていないのか……。
『こちら第七班。区画内の捜索完了。瀬古勇や七波親子の姿は確認出来ません』
「こちら第一班。了解。引き続き慎重に捜索を続けたし」
 時折無線越しに、他の班が虱潰しの結果を報告してくる。ビルとビルの間の物陰に潜みな
がら、隊長格の男は応答を寄越した。見上げる空は曇りがちで、打ち棄てられた建物達の姿
が一層物寂しく、不気味に見える。
「……瀬古勇は、何処に居るんでしょうか?」
「分からん。情報が正しければ、このビル街の何処かで七波由香を待っている筈だが……」
 機銃を構えた部下の呟きに、彼は淡々と答える。眉間の皺が、ミシミシと深くなる。
 もしかしたら、事はもうとっくの昔に済んでいるのかもしれない。即ち瀬古勇は七波沙也
香を人質に取ることで、七波由香を誘き寄せてその抹殺を完了している可能性だ。そうなれ
ば間違いなく最悪のパターンである。
 だが……救出の成否に拘らず、自分達は批判の矢面に立たされることだろう。今回の一件
は、ネット上の書き込みから人々に知れ渡ったのだそうだ。こちらとしては事件が起きてか
ら招集を受け、七波親子の救出ないし瀬古勇の確保に当たっている訳だが、一般の市民達に
その辺りを理解しろというのは酷な話だろうなと思う。
 七波家を匿おうとしたのは、政府・当局といった「上」の連中なのに。
 中央署の一件以来、内外は決して“進展”などしていない──寧ろ泥沼化しているのに。
 この隊長格の男は、周りの部下達が今回の“理不尽”に鬱憤を溜めていることを充分に理
解している心算だった。元より組織としては、あの日を境にガタガタになっているのだ。今
もこうして残ってくれているのは使命感や惰性、或いはもっと即物的な理由が故の者達ばか
りである。
 信頼なら──端っから直接関わりの無い相手には、毛ほども抱いちゃあいない。
「……大体、例の共闘話ってのはどうなったんですか。あの化け物達相手じゃあ太刀打ちが
出来ないから、守護騎士(ヴァンガード)達と手を組もうって話が出たんでしょう?」
「結局こっちばかり損してるじゃないですか。有志連合だ何だって言って、実際全部面倒事
を押し付けられてるんですよ?」
「止めないか。今は任務に集中しろ。……人の命が、懸かっているんだぞ」
 思わずそんな他人を腐して出る部下達の言葉を、彼はぴしゃりと制した。
 こんなお喋りをしていて、目標(ターゲット)が発見されたらどうする? 見つかってし
まったらどうする? 部下達は水を打ったように静かになったが、全体の空気までは変えら
れない。不満やくさくさとした個々の感情は、武力であろうとも止められはしない。
(──うん?)
 ちょうど、次の瞬間だった。ふいっとすぐ傍らの首筋に、何か塊のような風が過ぎった気
がしたのだ。
 ハッとなって反射的に振り向き、確認しようとしたが……すぐ目の前はビルとビルに挟ま
れた隙間だ。灰色のコンクリート壁に正面・足元が囲われているだけで、他の誰かが通り過
ぎた様子はない。第一そんな不審者がいれば、自分はおろか部下達にも気付かれる筈だ。
『??』
「どうかしましたか?」
「……いや。何でもない」


 私は何の変哲もない、ただの大学生の筈だった。中には私のことを勝ち組だとか、お嬢様
だと言う人達もいるけれど……今の時代、上を見れば見るほど、うちぐらいのレベルはそう
珍しい訳じゃない。
 ただ一つ、父親が玄武台高校(ブダイ)の前校長だったという点を除けば。

『繰り返します。我々は被害者なのです!』
『我が校の関係者に刃を向け続けている彼を、どうして“英雄”などと呼べましょうか?』

 元々あそこは、スポーツに力を入れている学校だった。というより、地の学力では余所に
及ばないから、別の分野で突出するしか生き残る道が無かったと言う方が正確だけど。
 今よりもずっと穏やかだった春の暮れ頃、玄武台(ブダイ)内で苛めを苦にした自殺が起
きていた事実が明るみにされた。野球部の部員やコーチ達が、被害者の兄である瀬古勇によ
って、次々に殺されていた時期とも重なる。
 彼による、世間を騒がせた復讐劇。
 実際に玄武台(ブダイ)の校舎を破壊した、牛頭の怪人。
 後に電脳生命体と呼ばれるようになる、これを含めた常識外れの化け物達。
 ……だけどそもそも、事をここまで大きくしたのは、玄武台(ブダイ)の中に告発者がい
たからだ。
 名前は七波由香。瀬古優が所属していた野球部で、マネージャー見習いをしていた一年生
の女の子。彼女が警察に内情を漏らしさえしなければ、事件は只々ブチ切れた兄による復讐
殺人というだけで済まされていたかもしれない。後に告発(リーク)を受け付けた筧・由良
両刑事を巡る一連の騒動も起こらなかった筈だ。
 はっきり言って、本当に「余計な事をしてくれた」と思う。
 それは別に、当の玄武台(ブダイ)の生徒や教師、保護者達に限った話じゃなく、他でも
ない私自身にも大きな災いをもたらした。真っ先に生徒一人の命と学校の面子を天秤に掛け
て非難を浴びた父は、紆余曲折を経て死に、私も普通の大学生ではいられなくなった。
 ──磯崎康太郎の娘。
 ただそれだけで、私はその後の人生を滅茶苦茶にされてしまった。ちょうど就活中だった
私の素性を知るや否や、何処の会社も私を採りたがらなくなった。内定を貰っていた先から
取り消しを突き付けられたことだって、何十件とあったか。
 企業にしてみれば、わざわざ目に見える「リスクを回避した」だけ……なのだろう。その
安易に切り捨てる思考はすぐに解ったし、こちらも辟易したが、事実就職先が瞬く間に潰さ
れていったことには変わりない。
 確かに私自身、あの人を出来た父親だとは思っちゃいなかった。器が小さい癖に権力志向
だけは人一倍で、私達家族にもよく威張り散らしてたっけ。尤も集積都市(こんなばしょ)
に住んでいるなら誰しも、自分は出来るというアピールを続けていなければ、すぐに淘汰さ
れてしまう節はあるのだけれど。
 ……どうして? どうして! 私が一体、何をしたっていうの!?
 事件以来家に閉じ籠もっていた父も瀬古勇に殺され、母や兄弟らも皆社会的に殺されてし
まった。私達は“負け組”に落とされて全てを失い、路頭に迷うしかなかった。只々瀬古勇
と、何よりこんな事になる切欠を作った、七波由香に対する強い恨みだけが、私の中で濃縮
されていった。

『引き金をひけ。そうすれば、お前の願いは叶う』
 そんな時、奴は私の前に現れた。高そうなスーツにびしっと身を包んだ、如何にもお高く
止まっている風貌の男だった。
 差し出されたのは、例の短銃型ツール・リアナイザ。
 加えて彼の顔にも見覚えがあった。間違いない。前の中央署の一件で主犯格とされた、白
鳥警視──その姿形と権限を奪い取った怪人達の親玉、プライドだと。
『……よりにもよって、いけしゃあしゃあと。知ってるわよ。そもそも本を正せば、あんた
達が全部悪いんじゃない!』
 正直を言うと、始めは一瞬迷った。だけども相手が相手だけに、そもそもに大元を辿れば
こいつらに行き着くとあの騒動以降知ったものだから、先ず口に衝いて出たのは恨み節だっ
た。瀬古勇にこいつらが化け物用のリアナイザを渡しさえしなければ、私達家族もこんな目
に遭わずに済んだのだ。
『実に短絡的な、愚か者の思考だな。渡した後はその者の行いだ。基本我々は関知しない』
 なのにこの男・プライドは、憎たらしいほど淡々と、私を見下ろして答えた。私達人間は
あくまで踏み台であって、奴ら自身の目的は怪人達(なかま)を増やすことだと。
『いいのか? 同じ力でなければ、届かないぞ?』
『七波由香は今、守護騎士(ヴァンガード)達によって守られている』
 だけど奴は、こちらの事情を知り尽くしているのか、私の中に巣食っていた感情を問答無
用で掴んできて。
 奴は言った。その恨みを瀬古勇に向けようが、七波由香に向けようが、私のそれを晴らす
には力が要る筈だと。やられっ放しでいいのかと。
『……』
 私はぐるぐると迷った。いや、既にこの時、意思はすっかり動く側に傾いていたのかもし
れない。見上げた奴が手に提げるリアナイザが、この地獄を抜け出す為の希望のように思え
始めていた。ずいっと次の瞬間、奴が私に押し付けてくる。
『……手間を掛けさせるな。早く握れ』

 結局私は、奴からリアナイザを受け取った。正確には一般に出回っている正規品ではない
ようで、怪人達を現実に生み出す改造が施されているらしい。
『願イヲ言エ。何デモ一ツ叶エテヤロウ』
 引き金をひき、現れた鉄仮面と契約した内容は──父を理由に、私を蔑ろにした者達へ復
讐すること。少し躊躇いながら答えたその直後、この怪物は姿を変えた。灰紫色の鍔広帽子
と、ボロっちいローブに身を包んだ小柄な女の子。ファンタジー作品に出てくるような、魔
法使いのいでたちだった。
 だけど……その力は本物だ。炎や氷、風や雷、色々な攻撃でもって、彼女は私の望みを叶
えてくれた。事件が起こる前は是非うちにと言ってくれていた癖に、掌を返して内定を取り
消し、関わり合いにさえなりたくないと拒絶してきた奴らに、私達は反撃の狼煙を上げた。
平気で嘘をついて、私や私の家族の人生を滅茶苦茶にした、人事の人間や社長達を、その行
動パターンを調べては次々に殺した。燃え盛って悲鳴を上げて、或いは手足を吹き飛ばされ
て必死に命乞いをしてくる彼らを……私達は容赦なく始末した。
 だってそうでしょう? 自分だけ助かろうなんて、赦して貰えるだなんて、勝手過ぎる。

『ヤッタ、ヨ……ルカ。褒メテ、褒メテ?』
 魔法使いみたいな女の子、私の相棒は、多分その戦闘能力に大半を注ぎ込んだ個体なんだ
と思う。姿形が変わってからも、口調がぎこちないというか、何処となく幼いというか。
 何人目かの標的(ターゲット)を始末した頃だ。この子は私の持っていたリアナイザと中
のデバイスを食べてしまい、都度私が引き金をひかずとも実体化出来るようになった。何で
も彼女曰く、この“進化”が、自分達がヒトと契約を結ぶ理由なのだという。
 だから本来、姿を維持するのにリアナイザが要らなくなった時点で、私達人間の側は口封
じも兼ねて始末されることが殆どなのだけど……この子は何故かそうはしなかった。私が話
を聞いて『えっ──』と勘が働いた次の瞬間も、変わらず私の傍に居てくれた。
 もしかしたら、この子にも“心”のようなものが芽生えていたのかもしれない。最初は私
を蔑ろにする奴らを「倒す」ことが契約だったけど、いつしかそれが私を「守る」ことに変
わっていったんじゃないかって。
『ルカ……。守ル……』
 正直言って、私もAIの専門的な知識は分からない。実体化したコンシェルだなんて尚の
事だ。でもいつしか私自身、この子を本当の妹のように感じ始めていた。事件以来、すっか
りバラバラになってしまった家族の中にあって、彼女は私の新しい拠り所になっていたんだ
と思う。きっとお互い狂ってはいたんだろうけど、同じ志で繋がって。

『七波さんが? 北大場……近くだ』

 だからこそ私達は、あの時奴らが憎き七波由香(あのおんな)の居場所を口にした時、戦
いもそこそこに飛び出さずにはいられなかった。
 そうだよね。ずっと名無しのままじゃあ、貴女呼ばわりばかりじゃあ寂しいもんね。
 だから私は名前をつけた。
 身の丈に合わない鍔広帽子と、ローブ姿の小さな魔法使い。私の妹、マナ──。

「……っ! ?!?!?!」
 北大場の廃ビル群、とあるフロア。
 一人ようやく目的の場所を探し当てた七波は、そこに広がる光景に絶句していた。長く打
ち棄てられた空間の中に、母・沙也香の変わり果てた姿が在ったからだ。
 おそらくは繰り返し撃たれたのだろう。身体に幾つもの穴が空き、黒ずみ始めた血溜まり
の中に彼女はじっと突っ伏している。
「いやああああああーッ!! お母さんっ、お母さんッ!!」
 絶句から絶叫へ。ギリギリまで引き絞られ、弾かれるように駆け出した七波は、その亡骸
も下へと転がり込んで膝をついていた。
 急いで抱え上げようとするが、血で滑って上手くいかない。触れても揺さ振っても、その
肉体からは命と呼べる熱量は既に失われていた。自身が血溜まりで汚れてしまうのも二の次
に、彼女は泣き叫んでいた。ボロボロと、両の瞳から涙が零れる。
 死んだ? 殺された? お母さんが?
 どうして? 確かに一時は自分のとばっちりを受け、不仲になってしまってこそいたもの
の、死んでしまってはもう二度と仲直りも出来ないじゃない……。
「ようやく来たか」
 そんな時である。スッとフロア内の物陰から、音もなく勇が姿を現した。手にはあの時に
も見た、禍々しい黒塗りのリアナイザが握られている。
「筧兵悟は……一緒じゃないのか。まだあいつを庇うのか」
 視界の中で転がっている沙也香の死体などまるで関心が無いように、勇はぐるりとフロア
内に他の人影がないことを確認してからそう呟いた。静かに眉間に皺を寄せ、要求通りに七
波が動かなかったことを詰るかのようだった。
 一方で、当の七波も負けてはいない。母が死んだ──殺された激情が間違いなくそうさせ
たのであろうが、彼のそんな第一声にキッと顔を上げ、強い憎悪と涙目でもって睨み返すと
言う。
「どうして!? どうしてこんな……! 私が来れば、助けるんじゃなかったの!?」
「……お前を始末する為だ。返すとは言ったが、五体満足とは言っていない」
 しかし対する勇は、あくまで冷徹で、向ける眼差しは彼女の比ではない。
「俺はそんな約束などしていないし、お前が筧兵悟を連れて来なかった時点で、そもそも条
件を満たしてはいない」
「うっ──!?」
 嗚呼、本当に本気なんだ。七波は今更ながらに痛感した。あまりにも遅過ぎるし、手遅れ
だったが、彼とは未だ話し合える余地がある筈だと希望的観測を抱いていたのだろう。詰将
棋のようにこちらの甘さを指摘・論破してくれる彼に、彼女の瞳が苦渋の表情から死んだ魚
の如く、濁った色へと変わる。
 ……筧さんに知らせなかったのは、ひとえにこれ以上巻き込まない為だ。でも瀬古先輩は
以前にも増して、冷徹で且つ頑なになっている。
 猛烈に襲う無力感。
 やはり自分には、もうこの人を止められないのか……?
「まぁいい。なら先に、お前だけでも──」
 ちょうどその時だった。数拍絶望に沈む七波を見下ろし、黒いリアナイザをゆっくり持ち
上げながら近付こうとした勇に向かって、何処からか複数の火球が飛んで来たのだった。
 攻撃自体は直前、リアナイザから飛び出したドラゴンがこれを剛腕で弾き、未然に防ぐ。
彼を守るように前傾姿勢を取って激しく息を吐き出し、暗がりの向こうに潜んでいた犯人達
を威嚇した。
「……誰だ?」
「あんたこそ誰なのよ!? そいつは私達の獲物よ!」
「ナナミ、ユカ……。殺ス! 殺ス!」
 鍔広帽子とローブ姿のアウターと、召喚主らしき女性──ウィッチと磯崎瑠歌だった。勇
はじろっと横目に彼女らを睨み付けつつも、一抹の怪訝を宿している。相手は確実に自分達
と同胞のようだった。
(俺達と同じ標的(ターゲット)? “蝕卓(ファミリー)”が水を差した……刺客の一人
か。どちらにせよ──)
 九十度方向転換して、彼女らと向かい合う。ドラゴンが再び咆哮を上げながら真っ黒なデ
バイス状に変化し、勇の下に戻った。彼は左手でこれをキャッチすると、右手のデバイス内
にセット。『666』のコードを入力し、排除すべき対象を切り替える。
「邪魔をするのなら……お前達も一緒に消すまでだ」
『EXTENSION』
 変身! 改めて明確に敵意を向けて、引き金をひいた直後に包まれる黒いバブルボール。
 電子音がそう鈍く発声するや否や、その身は禍々しい黒を基調としたパワードスーツ姿へ
と変貌する。
「……コイツ、マサカ」
「上等じゃない。そっくりその台詞、返すわよ。マナ!」
 対するウィッチと瑠歌も、大人しく引き下がる心算はないらしかった。彼女の買い言葉を
合図として、魔女型(ウィッチ)のアウターことマナも戦闘を開始した。
 両掌から放たれた火球や雷撃を、勇はぐるぐると身を翻してかわしながら、手近な柱の陰
に隠れる。黒いリアナイザに追加でコードを入力し、アンキロモジュールを起動──装甲竜
を思わせる巌のような盾をかざし、彼女からの攻撃を正面から防ぎつつ突進。すかさず右手
の拳鍔(ダスター)モードで殴り掛かり、接近戦へと持ち込む。
「ひっ、ひいッ……!?」
 激しく散る火花と、勇・ウィッチ双方の叫び。
 攻撃の矛先が彼女達に逸れた隙を縫って、七波は腰を抜かしながらもその場から逃げ出し
始めた。戦いに巻き込まれまいと、巻き込むまいと、せめて母の遺体だけでも此処から連れ
出そうとする。だが彼女の比較的小柄な体格と細腕では、その身体を満足に引き摺ることさ
え出来ない。
「グゥ……ッ?!」
「やはりそうか。お前の能力は、中から遠距離の射撃型だな?」
 らっ、しゃぁぁぁ!! 一方で相手のスタイルを即座に見極めた勇は、徹底してインファ
イトに持ち込み、維持していた。アンキロモジュールの盾も打撃に活用し、一度入り込んだ
懐から引き剥がされまいと食らい付く。当のウィッチは繰り返し拳鍔(ダスター)と盾の殴
打を浴び、その都度大きくよろめいた。牽制に火球や風刃を射出するが、しっかりとその予
備動作は見切られ、的確に防御と回避で詰め返される。
「……っ、マナ!」
 召喚主たる瑠歌も、じりじりと後退する他ない。どうやら相手が予想以上に強敵、戦闘慣
れしていることを理解しつつ、されど視界の端には仇敵・由香の姿を外さない。彼女はこの
どさくさに紛れ、母親の遺体を引き摺って逃走を図ろうとしていた。
「待て! お前だけは逃がさない!」
 咄嗟に瑠歌はこれを追うべく走り出した。勇もちらっと視界の端でこれを捉え、ウィッチ
から離れて追おうとしたが──させじと彼女が炎鞭を叩き付けた。足元を高熱がジュッと溶
かし、反射的に足を止めた勇の前に立ちはだかりながら、この小さな魔女の怪人は叫ぶ。
「サセナイ……! ルカハ下ガッテ! 私ガ押サエルカラ、早ク!」

 廃ビル群の一角で繰り広げられる両者の戦いは、程なくして屋外に展開していた武装部隊
の面々にも知れ渡ることとなった。何だあ!? 突然遥か頭上の一フロアから爆発が起き、
彼らが弾かれたように見上げている。降ってくる硝子や瓦礫に慌てて逃げ出し、現場は大き
く混乱した。
(……何で? 何で、こんな事に……??)
 狂気のままに戦う二人から這う這うの体で逃げ出しつつ、七波は激しく問うた。母親の遺
体も、これでは満足に運べない。引き摺った跡が血のレールになって残り、すぐ傍らで黙り
込んでいる。酷く嘆いて祈っても、もう二度と目を覚ますことは無い。
 勇は新たにティラノモジュールを展開していた。ウィッチの炎鞭を力ずくで引き千切りな
がら、より攻防一体の動きでこれに迫る。
 七波の心と体に蓄積していたのは──他らぬ後悔だった。自分の行いが由良の命を奪い、
筧の人生を狂わせたというのに、陰山さん他対策チームの人々は『正しいことをした』のだ
と言う。……何が正しいのか分からなかった。いやそもそも、自身の行いを間違っていない
んだと言い聞かせたその判断こそ、何よりも正しくなかったのかもしれない。自分は始めか
ら、間違っていたのかもしれない……。
「しっかりするんだ、七波さん!」
 だが次の瞬間である。三度嘆きの底に沈もうとしていた七波の意識に、刹那ちらっと光が
視えた気がした。ハッと顔を上げ、泣き腫らしたその瞳に映したのは──白亜を基調とした
パワードスーツ姿。守護騎士(ヴァンガード)に身を包む睦月及び、同期させた冴島のコン
シェル・ジークフリートだった。
 但しその両腕は、以前見た時とは随分違う。かなりゴツくなっている。
 膂力(ブルート)。ゴリラ・コンシェルの武装だ。まるで丸太のように巨大な左右両腕の
パーツが、睦月の打撃力を大幅に強化していた。勇とウィッチ、七波そっちのけで争う二人
の間に割って入り、ジークフリートと共に彼らを弾き飛ばしていたのである。
「!? お前ら……」
「グゥッ……!? シコツイ……!」
「大丈夫? 助けに来たよ!」
「予定通り、こっちに来ていたな。皆、彼女を安全な所へ」
『了解(ラジャ)!』
 ティラノの鋏型アームを打ち返され、或いは仕返しとばかりの斬撃を叩き込まれる。
 どうやら外の当局部隊をダズルの能力ですり抜け、ビル内に潜入していたらしい。同時に
大きくよろめいた勇とウィッチは、それぞれに顔を顰めていた。七波を追おうとしていた瑠
歌も慌てて振り返っており、その隙に冴島隊の面々が乱入。母親の亡骸の前で泣き腫らして
いた七波を連れて逃げてゆく。
『──』
 間に合わなかったか。暗にそう言葉が出そうに、睦月と冴島はちらっと肩越しにその血塗
れの遺体を確認していた。深く眉間に皺が寄る。隊士達が完全に姿を消してしまうのを見守
ってから、尚も追おうとする勇やウィッチ、瑠歌の前に立ち塞がった。
「瀬古さんは僕が何とか押さえます。魔女型(ウィッチ)の方は……頼めますか?」
「ああ。こっちは任せておいてくれ。予定通り──手筈通りに行こう」
 二対二。瑠歌やコンシェル達を含めるのなら、実質更にプラスアルファ。
 睦月と冴島は、始めから一騎打ちに持ち込むことを決めていた。EXリアナイザと得物の
長剣。それぞれをゆっくりと持ち上げながら、二人は矢継ぎ早の戦いに挑む。

『──冴島君。リクエストのあった品、出来たわよ』
 時は数時間前、冴島が司令室(コンソール)から出発しようとしていた頃に遡る。
 当初は刺客騒ぎの落ち着きを経て、一旦筧監視の任に戻る予定だったのだが……その前に
磯崎瑠歌の身元が判明した。睦月達にも未だ皆人の作戦が伝えられぬまま、彼が先行して動
き始めたその直前、香月がとあるアイテムを手渡してきたのである。
『これは……』
 受け取ったのは、独特の形をした円筒状のパーツ。ちょうど、冴島達が持つ調律リアナイ
ザの銃口にぴったり嵌るようなマズルである。
 冴島は最初、小さく目を見張ったが、すぐに彼女の意図する所を理解した。コクリと頷い
て感謝を示し、次いでその説明内容に耳を傾ける。
『名前をつけるとすれば──“アブソーブ・キャンセラー”。貴方達が通常、召喚したコン
シェルと同期する際の同期強度(リアクト)軽減を、一時期に無効化するアイテムよ。これ
で理論上、貴方のジークフリートは大幅な出力強化を実現出来る筈……』
 それは冴島が以前より、彼女に頼んでいた、パワーアップ用の新装備であった。
 しかし当の香月は、淡々と説明しながらもその表情は浮かない。自らが対策チームの技術
を担っているため、このアイテムの危険性を誰よりも認識していたからだ。
 同期強度(リアクト)とは本来、調律リアナイザを操って戦う、冴島以下隊士らの命を守
る為のシステムである。
 コンシェルと同期している間は、確かに通常時よりも遥かに操作性が向上するが……同時
に受けたダメージが、生身の人間であるこちらにもフィードバックとして跳ね返ってくると
いう弱点がある。故にコンシェルがその姿を維持出来ないほどの大ダメージに曝されれば、
最悪命を失いかねない。同期強度(リアクト)とは、そんな事態を未然に防ぐ為、同期の深
さを敢えてシステム側で抑制する仕組みなのである。
『だけどね? 冴島君。はっきり言ってこの力は……諸刃の剣よ』
 彼女が浮かない表情をしていたのはこのためだった。そのようなセーフティーを一時的に
とはいえ、一切無効にしてしまえば、それこそ反動で死に至る可能性がある。
『分かってます。でも僕は……もっと強くなりたいんです』
 それでも冴島は言った。技術的な危うさと、彼女の心配と。理解しても尚、彼はこの新た
な力を使うことを躊躇わなかった。
『“合成”アウターの件で捕まって、迷惑を掛けたこともそうですし、そもそも本来僕が担
う筈だった守護騎士(ヴァンガード)装着者の責務を、貴女の息子に──睦月君に背負わせ
てしまった。もっと力になりたいんです。仮に僕が装着に成功していたとして、これまでの
戦いがどう変わっていたかは分かりませんけど』
『……』
 言ってしまえば、それはずっと蓄積してきた罪悪感が故だったのだろう。香月もそのこと
は重々解っている心算で、唇を結んだまま多くは語らなかった。
 ぎこちなく苦笑(わら)う彼の姿が痛々しい。
 どちらにせよ、誰かが重荷を背負うことには変わらないのだから……。
『睦月君(あのこ)だって、必死になって戦ってくれています』
『僕だって──リスクを取らなきゃ』
 暫くの間、香月は冴島が受け取ったマズル状の部品、アブソーブ・キャンセラーにそっと
指先を添えて押し黙っていた。迷っているようだった。息子を気遣い、何より諸刃の剣とな
るこのような発明を“再び”してしまい、罪の意識に苛まれている自分自身にも。
『……十秒よ。貴方の適合値でも、十秒が限界だわ。それ以上の使用は、本当に貴方の心と
体を破壊してしまう。絶対に越えないで』
 だからこそ、ツール自体の稼働は時限性の作りとした。
 同期強度(リアクト)を無効化し、操作者の生体エネルギーを百パーセント注ぎ込めば、
コンシェルの出力・性能は爆発的に上がるだろう。しかしそれは同時に、本来常人の手には
余り有る力でもある。元装着予定者の彼でさえ、間違いなく長時間の使用には、心身という
名の器が耐えられない……。
『分かりました』
 ギュッとこの新装備を握りしめ、冴島は微笑(わら)う。真剣な表情の中にふいっと、誰
よりも大切な人の笑顔の為に、自らが笑みを絶やさないようにと意識して。

「──退ケ! オ前達ニ構ッテイル時間ハナイ!」
「まあまあ。そう焦らないでくれよ。すぐに終わるさ……」
 睦月と、同期済みのジークフリート。二人が自分達の行く手を阻もうとしていると解り、
勇と横並びになっていたウィッチは苛立つように叫んだ。睦月達の後方には、召喚主である
瑠歌も戸惑って突っ立っている。焦りと怒気は、増しはすれど収まる気配はない。
『……』
 生身の人間、ジークフリートの操作者・冴島は廃ビル群の外側に居た。皆人が送ってくれ
た援軍、対策チームの覆面ワゴンの中に身を潜め、ゆっくりと瞳を閉じる。瞼の裏と五感の
中に、直接自身のコンシェルとこれが相対する敵の姿、状況を把握している。
『MUZZLE ON』
『READY』
 そして彼は、手にしたキャンセラーを自身の調律リアナイザの銃口に嵌め、溝に沿って初
期位置に固定した。リアナイザ本体が新装備を認識し、電子音声が発生。フロア内のジーク
フリートも同時にカッと、その両目を光らせる。
「!? な、何?」
「……こいつ、何か企んで──」
 瑠歌がビクッと反応し、龍咆騎士(ヴァハムート)姿の勇が警戒する。だがそんな彼に、
直後スタッグ・コンシェルの武装に換えた睦月が突撃した。緑の鋏型アームでこの宿敵を押
し出し、戦いを冴島とウィッチの一騎打ちに持ち込もうとする。
「ヌゥゥッ!!」
 迎え撃つ気は満々だった。ウィッチが両掌に炎と雷のエネルギーを溜め、先制の一撃を浴
びせようと振り被る。
『TIME START』
 しかし──次の瞬間だった。銃口に嵌めたマズル部分、円筒の外側をぐるっと回して、冴
島は再びリアナイザの引き金をひいたのだった。デジタルとアナログ。直後カウントされ始
める残り秒数と、一度回したマズル部分が、今度はゆっくりと逆向きに戻り出す。物理的な
タイマーのそれである。
『!?』
 即ち刹那の動き。同時に炎鞭と雷光を放ったウィッチの攻撃を、冴島の操るジークフリー
トは目にも留まらぬ速さですり抜けたのだ。当の本人や瑠歌、睦月と押し合い圧し合いをす
る勇。それぞれが予想外の展開に目を見張りつつも、事態は既に進行──あれだけ攻めあぐ
ねていた彼女の攻撃を、瞬く間にかわし、懐に一発を入れたのである。
「グオッ!?」
「マナ!」
「おお~……」
『話には聞きましたが……凄いですねえ。何で志郎なんかに……』
 外野の面々、こと睦月やパンドラは感心したようにこれを見ていた。尤も後者は、そこは
かとなく面白くなさそうだったが。
 コノッ! 思わぬカウンターによろめいたものの、ウィッチはすぐに反撃していた。咄嗟
に足元を奔る氷結波を放ち、或いは複数の風刃を振るう。しかし冴島はこの素早い次弾を難
なく跳びながらかわし、周囲の天井や柱を蹴って縦横無尽に駆け回った。目で追うも捉え切
れず、半ば勘で放たれた特大の火炎も、着地から肉薄へ移りながらの剣閃が真っ二つに斬り
裂いてしまう。
「おおおおおおおおッ!!」
 はたして……怒涛の攻勢はこの魔女が倒れるまで、僅か数秒の間に済まされたのだ。
 炎撃を掻い潜り、再びウィッチの懐に迫ったジークフリート。鍔広帽の下で、驚愕と焦り
に顔を歪める暇も与えないまま、彼の折り重なるような斬撃の嵐が叩き込まれた。
 始めはより鮮やかで同じ炎、次いで青白い冷気。雷から地面を抉る剛剣、渦巻く風へ。
 自身も多重に霞んで見えるような、超高速から放たれる無数の斬撃によって、遂にウィッ
チの身体はダメージの限界。バラバラに刻まれて爆散したのである。
『TIME OVER』
「ギ……ギャアアアアーッ!!」
 その時間、ほぼ十秒。
 最後の一閃を振り抜いて残心し、背中でウィッチの消滅を見届けたジークフリートは、直
後力尽きたように光の粒子となって姿を消した。キャンセラーの効果時間が切れ、冴島が同
期ごと解いたのだろう。咄嗟に駆け付けようとし、衝撃に巻き込まれた瑠歌が、そのまま激
しく地面に叩き付けられた。「マ、ナ……」他の誰にも聞き取れぬほどの小さな声で呟き、
意識を手放す。フロアの向こうでアーム同士をぶつけていた睦月と勇が、それぞれ首肯と驚
きを湛えて視線を向ける。

「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇッ! ははっ。何とか、間に合った……かな?」
 そして当の冴島は、対策チームのワゴンの中で、激しく肩で息をしながらその場に座り込
んでいた。全身からはびっしりと汗が噴き出し、キャンセラー付きの調律リアナイザも、思
わず手から零れ落ちている。
 何とかギリギリ制限時間内だったようだ。自滅も免れ、ウィッチを倒す事にも成功した。
 文字通り音が出るほど盛大に安堵──通信越しの香月や萬波、皆人以下対策チームの仲間
達も、総じてホッと胸を撫で下ろす。


 何度かの爆発の後、武装部隊が廃ビル内から確保してきたのは、七波母子(おやこ)でも
なく、瀬古勇でもなく瑠歌だった。「……えっ?」「誰?」隊員達は戸惑ったが、負傷して
倒れている民間人を捨て置く訳にもいかない。仕方なく皆でして連れ出した。
「……一体、何がどうなってるんですかね?」
「俺に聞くな。今ちょうど、頭の中がグチャグチャになってる」
 部下達のそれに引けを取らぬほど、面々を率いる隊長格の男は混乱していた。彼らとはま
た別の違った意味で、目の前に突きつけられたこの現状に頭を痛める。予想されるであろう
事態に気が重くなる。
 結局、救出目標である七波沙也香は助けられなかった。頭上に見えた爆発騒ぎでもってよ
うやく敵の居場所を把握し、突入した時には既に遅し。フロア内には彼女の変わり果てた姿
が転がっていた。
 どうやらあそこで、瀬古勇と何者かが交戦したと思われる。現場には無数の刀痕や弾痕、
焦げ跡や大きく引き摺られた血の線が残されていた。状況からして、血は十中八九七波沙也
香のものだろう。双方どちらかが移動させようとしたが、諦めたのか。
 何より現場には瀬古勇も、同時期に行方を眩ませたという七波由香の姿もなかった。少な
くとも自分達が踏み込んだ時にはもぬけの殻だった。或いは母親共々奴に殺されてしまった
のか? ただそうなると、何故娘の方だけ遺体が見当たらなかったのかという疑問が残る。
(拙いな……)
 彼女達を、助けられなかった。
 だがそれ以上に厄介なのは、今後自分達に向けられるであろう非難の数々である。
 今回これほどの部隊を投入したにも拘らず、全くと言っていいほど成果が得られなかった
となれば、当局への批判は避けられないだろう。まるで鬼の首を取ったかのように、ここぞ
とばかりに口撃を扇動する者達の姿が容易にイメージ出来た。ただでさえ先の中央署の一件
で、人々からの信用は地に落ちているのだ。上からの圧力、巷からの突き上げが更に強まる
のは必至だった。
「……」
 ちらりと見る限り、部下達も大分消耗しているようだ。
 自分を含めて、現場の疲弊具合はもう、限界まで来ている。

『──七波由香が逃げた!?』
「は、はい。予定通り私達でビル街の外まで保護したのですが、その……いきなり金田が股
間を蹴り上げられまして」
「車を用意して、血を拭う用のタオルを持って来ていた所を狙われてまして……。もう完全
にこちらを敵視しているというか、親の仇でも見るかのように睨んで、そのまま郊外の方へ
走り去ってしまい……」
「……Oh(オウ)」
 ウィッチとの戦いを終え、冴島隊の面々と合流した睦月達。
 しかしそこで聞かされたのは、肝心の七波が逃げ出したという思いもよらぬ報告だった。
通信越しに司令室(コンソール)の皆人が珍しく大声を出し、隊士らも面目ないといった様
子で終始しょんぼりとしている。
 キャンセラー使用後の反動で動けない冴島に代わり、睦月を迎えに来た別働隊と、心配で
現場に駆け付けてくれた仁や海沙、宙。一同は暫し唖然とした表情で、廃ビル街奥の道路沿
いに立ち尽くしていた。彼女がこちらに確保されたからか、途中で勇も睦月を振り払って逃
げてしまい、最早向き合うべき相手はこの場所には居なくなっていた。大きく頭を抱えて歯
を噛み締め、通信の向こうの皆人が声を絞り出す。
『……拙いな。これじゃあまるで、今回の作戦が丸損じゃないか』
 誰よりも先に、より強く、この司令官は悔恨を込めて嘆く。
 そのさまはまるで、失ったものの多さを惜しんでいるというよりは、彼女からの拒絶度合
いにショックを受けているかのようだった。「皆人……」睦月や他の面々が、事態の深刻さ
が故、中々適切な言葉を掛けられないでいる中、やがて彼は次の言葉を紡いだ。必死に焦燥
を押し込め、更なる指示を皆に出す。
『こちらからも人を遣る。捜してくれ。命を狙う者は、他にもいる筈だ』

「──はぁっ、はぁっ、はぁっ! えぐっ、えぐっ、えぐぅぅぅぅ~ッ!!」
 涙と怒りがごちゃごちゃに入り混じる。激しく全身を震わせ、鞭打ちながら、七波は一人
逃げ出した先の街を走っていた。
 あの時取った行動は、殆ど反射的な攻撃だった。このまま彼らにまた“保護”されようも
のなら、これからも自分の周りで人が死んでゆく。自分が「正義の味方」だなんて真似をし
た所為で、どんどん不幸な人が増えてゆく。
 もうこれ以上耐えられなかった。彼らを信用する事なんて出来ない。
 佐原君や青野さん。彼らの中にもきっと、心の底から心配してくれる、守ろうとした人達
はいたんだろうけど……事実として間に合いはしなかった。結局お母さんは殺され、繰り返
されるのは有志連合とアウター達の戦い。誰一人守れなかったし、誰一人守ってくれはしな
かった。所詮あの人達も、自分という人質を利用していたに過ぎない……。
 土地鑑の無い郊外区というのもあって、七波の心は締め付けられる一方だった。寂しくて
苦しくて、涙が止まらなかった。
(筧さん……)
 悲しみは後悔に。後悔は恨み節に。
 そもそも自分が出過ぎた真似なんかしなければ、一連の“迫害”は起こらなかった。無駄
に目立って意識され、他人びとの利害に絡んでしまうから、こんな目に遭ったんだ。始めっ
から全部間違っていた。軽率だった。変わり過ぎてしまった。私の居場所は……何処?
(今、何処に居るんですか? 私は一体、どうしたら……??)
 自分が濡れているのか、世界が濡れているのか? 七波はすっかり判らなくなっていた。
 ボロボロの心と体力が続く限り、まだ頼れる人を求めて、彷徨う。

「──? へ~い……」
 入口のチャイムが鳴って、その人物はのそりと身体を起こした。聞こえているのかいない
のか分からない、か細い気の抜けた声で、自室アパートの玄関へと向かう。
 こんな家賃が安いだけのおんぼろに、一体何の用だろう? 宗教やら商品の営業なら、さ
っさと居留守を使って黙りこくってしまえばいい。声を出したのは拙かったな。今後は気を
付けないと……。
(うぅん?)
 しかし、この部屋の主たる彼が覗き窓を見てみても、部屋の外にはそれらしい人影は見当
たらなかった。それほど視界に優れている訳でもないレンズの中に映っているのは、最早見
飽きた出てすぐの、打ちっ放しな廊下だけである。
(ああん? 悪戯かあ?)
 気持ち小さく、気だるく舌打ちをしつつ、彼は目を細めていた。念の為そろ~っと扉の鍵
とチェーンを開けて廊下を覗き、やはり人気の無いことを確認する。
「何だよ。無駄にエネルギー使わせる──なばっ?!」
 だがちょうどその時だった。次の瞬間、彼が開けた扉の隙間にガッと片足を捻じ込ませ、
一人の中年男がこちらに肉薄するように迫って来たのだ。思わず素っ頓狂な声が漏れ、バラ
ンスを崩しそうになる。開きかけた扉を、この男ががしりと両手で掴んで押し広げる。
「──っ」
 こ、こいつ! わざとレンズの死角を狙って……!?
 だがそれ以上に、彼が意識の端で引っ掛かったのは、この人物の顔を何処かで見た覚えが
あったからだ。ややあって目を細め、眉間に皺を寄せる。
 いや、待てよ? このおっさん、何処かで見た事がある。
 そうだ……筧兵悟。中央署の一件で大立ち回りをやった、相方殺しの疑いを掛けられてた
刑事さんだ!
「な、何なんスか? 僕って何か、悪いことでもしましたっけ……??」
 突如として押し入って来た、もとい訪ねて来たこの古臭い私服姿の男・筧に思わずおずお
ずと訊ね、彼は返答を待つ。場合によってはヤベー奴だと、110番することも選択肢に入
れようとしたが……そもそもこのおっさん、関係者だったわ。
 かくして盛大に混乱する中、お世辞にも丁寧とは言えない方法で接触してきた筧は、この
ダウナー気味な少年をじっと見つめて、確認するかのように訊き返す。
「──額賀二見だな?」
 故に彼は、大きく静かに目を見開いた。そんな反応に、筧もまた間違いないと確信したら
しい。気持ち先程までよりも険しい表情が和らいだ──ようにも見えて、ふぅっと小さく息
をつくと目を細める。

 飛鳥崎の外側から内側へ。
 街の北端、郊外と市内とを区切る境界の一角を訪ねた先には、かつて睦月達と一時の庇護
と共闘を演じた人物──筧による次の、何人目かの元アウター被害者にして、カガミンこと
ミラージュの召喚主だった少年・二見が、息を潜めるようにして暮らしていたのである。
                                  -Episode END-

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  1. 2019/10/22(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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